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「雁塔聖教序記碑」に見える複雑な刻線の考察

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﹁雁塔聖教序記碑﹂に見える複雑な刻線の考察

池 

田 

絵理香

はじめに 褚遂良︵五九六∼六五八︶は初唐の三大家として欧陽詢・虞世南 の後に位置づけられる人物である。歴代書論においても、伊闕仏龕 碑 ︵六四一︶は ﹁欧虞の勝を兼有す﹂ ︵1 ︶ ﹁陳 ・隋の旧格に沿う﹂ ︵2 ︶ と評され、孟法師碑︵六四二︶は﹁遒麗の処は虞に似、端勁の処は 欧に似る﹂ ︵3 ︶ と評されるように、欧法・虞法の継承が看取される。 その一方で 、孟法師碑から 、房玄齢碑 ︵六五二頃︶ 、雁塔聖教序 ・ 雁塔聖教序記 ︵六五三︶への書風の著しい飛躍はどのように起こっ たのか。楊守敬も﹁登善は晩年に始めて力めて変化を求むるのみ﹂ ︵4 ︶ と評するように、先人からの継承だけでは説明しきれないだろう。 褚遂良晩年の作である、房玄齢碑、雁塔聖教序、雁塔聖教序記に は 、一筆で書いた点画とは考えがたい複合的な点画が散見される 。 下掲の表はその代表例を集め、該当箇所を矢印で示し、拡大したも のである 。同表の右欄にある ﹁房﹂は房玄齢碑を 、﹁序﹂は雁塔聖 教序を、 ﹁記﹂は雁塔聖教序記を指し、 ︵  ︶内の数字は碑中の全文 字の通し番号である。矢印の色︵白黒︶は見えやすい方を採用した ︵以下共通︶ 。下表に掲示した ﹁義﹂戈部のハネ 、﹁契﹂大の横画と いった房玄齢碑と雁塔碑の共通する部位には、類似する複合的な点 画が確認できる。 雁塔聖教序の拓にみえる複合的な用筆については、古くは松田南 溟 ・比田井天来の両氏が愛用していた拓に 、金泥二二七箇所 、朱 墨一二一箇所のしるしが付されていた ︵5 ︶ 。その後 、荒金大琳氏が 雁塔聖教序・記の碑面を撮影し、刻の様相を公開したことから ︵6 ︶ 、 以後、日中で碑面を用いた研究が進められてきた。しかし、房玄齢 碑にも同様の痕跡がみえることついては誰も言及しておらず、孟法 師碑から晩年の書風への変化という視点からの研究もなされていな いため、研究の余地があると考えられる。

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雁塔聖教序・記についての先行研究を整理すると、各氏は、褚遂 良の筆跡、刻法、後世に受けた影響のいずれか、あるいはそれらが 組み合わさった結果もたらされた形跡だとしている。 褚遂良の筆跡に原因を求めた根拠には、切筆や敗筆といった褚遂 良の筆法である可能性や、褚遂良が補筆・修正した可能性を挙げて いる ︵7 ︶ 。しかし該当箇所には 、切筆や敗筆では説明のつかない用 例がある 。例えば右掲の ﹁無﹂ ﹁潤﹂ ﹁思﹂に矢印で示した該当箇所 は、一筆では書きえない形状であり、一方の点画無しにはバランス が取れないため、後から意図的に書き足したと判断するのが妥当で ある。 褚遂良が補筆・修正した可能性については稿者も同様の立場を採 るが、先行研究の荒金氏・李夢媛氏の主張とは見解を異にする。荒 金氏は、補筆の意図は行書的表現から楷書的表現へ修正することに あったとする。李夢媛氏は、日常に用いる手書きの書から碑にふさ わしい荘厳な趣の銘石書への修正であり、褚遂良の審美理想をより よく体現するための創作の一環とする。しかし稿者は以前、その補 筆の意図は楷意か行意かではなく、文字の均衡をとるために太さや 強さを補うことにあったと論じた ︵8 ︶ 。また右掲の ﹁以﹂ ﹁其﹂ ﹁乎﹂ ﹁川﹂ ﹁遵﹂ ﹁之﹂に矢印で示した該当箇所のように、極端に細い点画 付近に加筆したような太い点画があることから、そもそも細く仮書 きをした後に、本書きとも言うべき書き重ね、あるいは部分的な補 筆をしたと見ることも可能であると考えられ、再考の余地がある。 刻法に原因を求めた根拠には、毛筆の躍動感を再現するための特 殊な刻法である可能性や、刻の深浅の差である可能性を挙げる ︵9 ︶ 。 しかし毛筆の躍動感を再現するために、点画を分断する、あるいは 二重にして交差させるというのは、斬新な発想であるが、その必然 性を見いだすことは困難である。 刻の深浅の差については右掲 ﹁遵﹂等にみえる用例を指しおり 、 点画の外枠と枠内を分けて刻したために、力加減から深浅の差が生 じ、それが後世の碑面の摩耗に伴い露出したと推測している。しか

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しこの説に従うならば、当初は該当箇所を含む文字全体が現状より 大幅に太かったことになり 、﹁尊﹂の点画が潰れてしまう 。なぜな ら脆くなった点画の一部が欠落することはあっても、一文字のうち 局所的に深くすり減ることは想定しがたく、おぼろげになった字口 を鮮明にする際も、碑面全体ないしはある程度の範囲を均一に研磨 すると考えられるためである 。加えて類似する ﹁川﹂の一画目も 、 起筆の形状から細い点画と太い点画は別々に書かれたと見るのが妥 当であり 、右掲 ﹁其﹂ ﹁乎﹂ ﹁之﹂のような細い点画に太い点画が沿 う用例から類推しても、刻法によるものとは考えがたい。 後世に受けた影響に原因を求めた根拠には、雁塔の被災や過度の 採拓による 、 石の摩滅と破損 、 䎢 過の可能性を挙げている ︵ 10︶︵ 11︶ 石の摩滅と破損自体は、雁塔の被災や過度の採拓によるものかはさ ておき存在する。しかし本稿で対象にする、明らかに複数回書いた 形跡と 、摩滅や破損は別の問題である 。 䎢 過の可能性については 、 宋拓と碑面を比較する限り、極めて低いと言わざるを得ない ︵ 12︶ 以上を踏まえて考察すると、雁塔聖教序・記の碑面にみえる複合 的な刻は、段階を踏んで複数回書いた形跡の可能性がある。紙幅の 都合から、本稿では両碑における左右のハネと、ハネを含む点画を 対象に、仮書きと本書きによる書き重ねと、補筆の可能性を検証す る 。本稿に掲載する碑面の図版は 、荒金大琳氏に許可を頂き 、﹃ 褚 遂良 雁塔聖教序 原石・拓片・程志宏臨本・趙世駿臨本﹄と﹃褚遂 良 雁塔聖教序記 原石・拓片・程志宏臨本﹄より転載した。 一  部分的な補筆をしたとみられる用例 稿者がハネを含む点画から検出した複数回書写による用例は、① 点画の一部を複数回書いたとみられる用例、②一点画全体を複数回 書いたとみられる用例に大別できた。以下①を補筆、②を広範囲の 書き重ねと捉え、それ以外に何らかの形跡のある用例を③その他と した。以下の図表には、①②のうち確実とみなしうる用例 ∼ を 1∼ 32に、可能性のある用例 ∼ を 33∼ 110に掲載し、①②のいず れか判断しがたい用例 ∼ を 88∼ 110に、③その他の用例 ∼ を 111∼ 129に掲載した。 1 ∼ 2 は丸みを帯びた点画から角張った点画へ修正し、他の点 画との均衡を取ったとみられる例。 1 ﹁而﹂ ハネの下に点画がある。 2 ﹁妙﹂ 右旁ハライ末筆部に点画があり、 第一 ・ 三画に突起がある。 3 ∼ 4 は 先細りした点画に補筆して抑揚をつけ、文字全体の均 衡を取ったとみられる例 。 3 ﹁智﹂ハライ末筆付近に点画がある 。 4 ﹁ 名﹂第二画の転折部と収筆部に点画がある。第一画に沿う極細 の点画は、後述の仮書きの可能性もあるが、傷にも見える。 5 ∼ 6 は 小さな収筆部に大きな点画を補筆し、均衡をとったと みられる例。 5 ﹁ 間﹂第一画収筆部の左に点画がある。その形状と

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位置から考えると上から下へ書いたとみられ 、ハネの用筆とは逆 の方向から装飾的な意図をもって書いた可能性を示している 。 6 ﹁或﹂ハネの右下に点画がある。第五 ・ 六画交差付近の突起は傷か。 7 ∼ 9 は、ハネ先端付近に補筆したとみられる例。 7 ﹁於﹂ハ ネの先に点画がある。その形状から推察するに、左上から右下へ書 いたとみられ、補筆と考えられる。第四画起筆部にある小さな点画 は、補筆か、後述する仮書きの名残の可能性がある。 8 ﹁労﹂力部 ハネ先端に点画がある。冖冠転折部と力部第一画起筆部にも突起が あり、いずれも均衡を取るための補筆の可能性が高い。 9 ﹁域﹂戈 部ハネ付近に点画があり、均衡を取るための補筆とみられる。 10∼ 14は、ハネ根元付近に補筆し、元の点画に加重して文字の 均衡を保ったとみられる例 。 10﹁則﹂右旁ハネ根元下に点画があ る。第一画の凹凸は石の欠損か。 11﹁期﹂右旁ハネ根元下に点画が ある 。左偏の長い横画や 、右旁の第二画起筆との均衡を図ったと みられる 。なお右旁第二画起筆の細い突起は仮書きの可能性があ る。 12﹁惑﹂戈部ハネ下側に点画がある。ム部第二画が大小二点あ り、補筆か書き重ねの可能性がある。心部最終画右側の凹凸は宋拓 には無いため碑面の欠落か。 13﹁巳﹂ハネ下に点画がある。 14﹁截 ハネ右下に点画があるほか、第三画左側の突起は起筆部に点画を付 け足した形跡とみられ、どちらも文字の均衡を図るための補筆とみ られる。隹部第三画先端の極細い点画は仮書きの可能性がある。 15∼ 26は、ハネの根元∼先端に補筆したとみられる例で、うち 15﹁浄﹂∼ 19﹁思﹂は主に鋭利に拡大したとみられる例である。 15 ﹁浄﹂右旁ハネ左下に点画がある 。第二画からの連綿と第三画の起 筆が連続せず 、第三画にも補筆して拡大し均衡を図った可能性が ある。 16﹁風﹂ハネ右側に点画がある。第二画起筆の点画は、後述 112﹁月﹂ 113﹁域﹂に関連するか。 17﹁機﹂弋部ハネ右側に点画があ り 、その形状から二度補筆した可能性もある 。第一 ・ 二画起筆部 、 第三画収筆部に突起があり、後述のように文字全体を書き重ねた可 能性がある。 18﹁印﹂右旁ハネ左下と先端に点画がある。第一画起 筆の突起は、右旁のハネと呼応するよう太く書き重ねた形跡の可能 性があるが、第二画左側の突起は不明。 19﹁思﹂ハネ右横に点画が

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ある 。ハネ先端部もその形状から補筆したとみるのが妥当である 。 田部第二画は途切れた点画とその続線が延長線上で繋がらず、一筆 とは考えがたい。ハネの補筆に呼応するよう補筆し、文字全体の均 衡をとった可能性が高い。以上 15∼ 19該当箇所の補筆は、左から右 へ、又は上から下へ向けて、ハネの用筆とは逆方向から書き加えた と考えられ、少なからず装飾的な意識があったことを示唆すると言 えよう。 ハネの根元∼先端に補筆したとみられる例のうち 20﹁乎﹂∼ 26 ﹁梵﹂は主に加重したとみられる例である 。 20﹁乎﹂ハネ下側に交 差する点画があり、左上から右下へ向けて書いた可能性がある。横 画の突起は元の起筆の名残で、横画左側に補筆し延長した可能性が ある。 21﹁猶﹂ハネ左下に点画がある。第一画から二画へ繋がる箇 所に角張りがあるため、第二画起筆部も補筆した可能性がある。右 旁第三画の交差する点画は、位置を書き直したか、左へ延長した可 能性がある。 22﹁於﹂ハネ左下に点画があり、同画起筆付近の右側 へ突き出た部分も補筆した可能性がある。 23﹁帰﹂巾部ハネ左下に 点画がある。 24﹁乎﹂ハネ左下に点画がある。第三画の屈折箇所が 細く凹むが補筆なのか段筆なのか判断しがたい。 25﹁図﹂囗部ハネ 左下に点画がある。 26﹁梵﹂ハネ右側に点画がある。第一画起筆付 近上側の切れ込み跡は、ハネとの均衡を図るために点画を左に補筆 したか。 二  広範囲の書き重ねをしたとみられる用例 27∼ 32は、ハネを含む点画に極細の点画が沿う用例である。 27 ﹁仰﹂卩部縦横画に極細の点画が沿い 、ハネ内側に突起がある 。第 一画起筆部から覗くのも、極細の点画の名残か。 28﹁師﹂右旁巾部 全体に極細の点画が沿うほか 、左旁上下の横画が極細である 。 29 ﹁朝﹂右旁の縦画に極細の点画が沿うほか 、右旁第二画横画と左旁 第三画にもかにみえる。 27∼ 29は文字の結構や点画の太さを鑑み ても、基調となる太さの点画が主であり極細の点画は補筆とはみな しがたい。極細く仮書きした後に太く書いた形跡とみる方が妥当だ

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ろう。 30﹁我﹂ 戈部ハネ下に極細の点画が沿う。 31﹁感﹂ 戈部と 32﹁応﹂ 心部のハネ下に極細の点画があり、同右下にも点画がある。 31は口 部と心部にも点画が重複し、 32は不明瞭だが隹部横画にも極細の点 画があるほか、隹部三画が重複し、广部第一画と心部第一画に突起 がある。 27∼ 29から類推すれば、 30∼ 32のハネ付近も極細の点画を 先に書き、文字の基調となる太さの点画を後から書いたとみるのが 妥当だろう。 31と 32の該当箇所は極細く仮書きした後、基調となる 太さで本書きし、ハネの右横に補筆したと考えられるだろう。 三  部分的な補筆をした可能性のある用例 33∼ 39はハライや曲線がかったハネに補筆した可能性のある 例。 33﹁部﹂右旁ハネ曲線部に突起がある。 34﹁分﹂ハネ左下側に 突起がある。第一画収筆部は左下に延長したか、右下側を太くした 可能性がある。 35﹁高﹂ハネが右下側に突き出ており、同画起筆部 にも突起がある。第二画収筆付近の点は傷か。 33∼ 35は元は前掲 1 ﹁而﹂のようなハライに近いハネだったことが推察される 。均衡を 取るために補筆した結果、 33・ 34は角ばった点画へ変化したのだろ う。 36﹁揚﹂ 右旁ハネ右下側に突起があり、 前掲 2 ﹁妙﹂ や 3 ﹁智﹂ 、 または 11﹁期﹂のような補筆をした可能性がある。 37﹁而﹂第四画 縦画に突起がある。該当箇所に点を打ったか、転折部から太く補筆 した可能性がある。第三画からの連綿線と第四画起筆部の位置が延 長線上で繋がらず、補筆か書き重ねの可能性がある。 38﹁徳﹂稜角 のハネ先端から曲線がかった点画が延びる。文字内に曲線がかった 点画が頻出することからも、元は第二画左ハライのような丸みを帯 びたハネだった可能性もある。 39﹁而﹂ ハネ根元付近に窪みがあり、 稜角のハネを補筆した可能性がある。また第三画からの連綿線と第 四画起筆部の位置が延長線上で繋がらず、補筆の可能性がある。 40﹁義﹂ は先細りした点画の先端に補筆をした可能性がある例。 戈部ソリと三角形ハネの接合部左下が角ばり、一筆書きでは不可能 な形状である。前掲 4 ﹁名﹂のように補筆した可能性が高い。

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41﹁同﹂は小さな終筆部に大きな点画を補筆した可能性のある 例。第一画縦画からハネへの急な切返しは筆を返せば可能ではある が、前掲 5 ﹁間﹂のように補筆した可能性もある。 42﹁心﹂はハネの先端部に補筆した可能性のある例。ハネ先端 部左下の膨らみは、石が欠けた可能性もあるが、前掲 17﹁機﹂や 19 ﹁思﹂のように補筆した可能性もある。 43∼ 47は、ハネの根元に補筆した可能性のある例。 43﹁耨﹂寸 部ハネ右下の突起は、前掲 11﹁期﹂ 13﹁巳﹂のような補筆の可能性 がある。辰部ハネ下側の形状が後掲 63﹁同﹂第二画のハネと類似す るほか、寸部横画の左半分が太細二本ある。 44﹁物﹂右旁ハネ下の 形状が 43﹁耨﹂と類似するほか、左偏第二 ・ 三画に極細の点画が沿 う。 45﹁茂﹂ハネ右下に突起があり、前掲 14﹁截﹂のような補筆の 可能性がある。 46﹁況﹂右旁ハネ根元付近に段差があり、補筆の可 能性がある。 47﹁乾﹂ハネ根元付近が太い。点画の抑揚にも見える が、左偏十部横画の左半分も部分的に太いことから、均衡を取るた めの補筆の可能性もある。 103﹁飛﹂参照。 48∼ 69は、ハネの根元から先端にかけて補筆した可能性のある 例。 48﹁引﹂左偏ハネ内側に突起があり、根元付近が凹むため、ハ ネ左下に三角形の点画を補筆した可能性がある。四画目は末筆部の ハネが不自然に細く、 縦画部のみ書き重ねた可能性もある。 49﹁易﹂ ハネ根元下側に窪みと突起があり、前掲 1 ﹁而﹂のような点画に 48 ﹁引﹂同様の三角形の補筆をし、右下に点を補筆した可能性がある。

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50﹁懇﹂ハネの根元と先端に突起がある。根元は前掲 12﹁惑﹂のよ うに、先端は 19﹁思﹂のように補筆した可能性がある。 51﹁永﹂ 52﹁朔﹂は、前掲 48﹁引﹂ 49﹁易﹂と同様に三角形の補 筆をした可能性があるが、ハネ左下の小さな点画は傷の可能性もあ る。 53﹁求﹂ V 字形のハネは、前掲 20﹁乎﹂や 21﹁猶﹂のような補 筆をした可能性がある。 54﹁尋﹂ 55﹁昏﹂も同類の用例である。 56 ﹁方﹂ハネ右下に突出するこぶのような形状は 、前掲 21﹁猶﹂のよ うな補筆をした能性が高い。第一画転折から下の太い形状も補筆の 可能性があり、いずれも均衡を図ったものとみられる。 57﹁万﹂ハ ネ下にも前掲 56﹁方﹂と類似する突出があるが、前掲 11﹁期﹂のよ うな根元のみの補筆か、先端部を含む補筆か不明。 58﹁陽﹂右旁 T字形のハネは、穂先を起点に左上へ筆を返せば可 能ではあるが、 59﹁妙﹂同様に後から補筆したと考えるのが自然だ ろう。 58﹁陽﹂右旁横画の収筆部は、均衡を取るため右側へ延ばし 補筆した可能性がある。 59﹁妙﹂ハネ右側の点画も太くするため補 筆した可能性がある 。右旁第二画の凹凸は傷に見えるが不明 。 60 ﹁懐﹂ハネ根元にこぶが二つあり補筆の可能性がある 。第二 ・ 三画 左側に極細の点画があり、仮書きの名残の可能性がある。右旁第二 画起筆部もその形状と太さから補筆の可能性があるが、右旁第一画 中程の膨らみは不明 。なお衣部横画起筆の凹凸も補筆の可能性が ある。 61﹁朗﹂∼ 68﹁歳﹂は、細い点画に太い点画を重ねたとみられる 例。 61﹁朗﹂左偏ハネが途中から突然太くなり 、一筆では書きえ ない形状である 。右旁ハネ下の曖昧な点は傷か 。 62﹁以﹂ハネも 61﹁朗﹂同様に太くなるほか、最終画の右下にも点画があり、他の 点画との均衡を図った補筆の可能性がある。左払い起筆部の窪みは 用筆によるものか。 63﹁同﹂第二画縦画とハネの接合部右側に前掲 48﹁引﹂のような窪みがあり、ハネ先端から細い点画が延びる。細 いハネの下寄りに、 48﹁引﹂同様の三角形の点画を補筆した可能性 がある 。 64﹁晨﹂ハネ先端が長短二本ある 。前掲例に照合すると 、 細長いハネの根元側に三角形の点画を補筆した可能性が高い 。 65 ﹁時﹂寸縦画収筆部とハネの接点に段差があり 、 ハネ先端付近に突

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起がある。細身のハネに三角形の点画を補筆した可能性が高い。 66 ﹁月﹂も 65﹁時﹂と同様の可能性がある 。第二画起筆周辺に微かに 見える形跡は不明。 67﹁蔵﹂戈部ハネ内側に細い突起があり、前掲 6 ﹁或﹂のような補筆を細いハネに重ねて施した可能性がある。 68 ﹁歳﹂戈部ソリとハネの接点に角があり 、前掲 40﹁義﹂のような三 角形の点画を補筆した可能性が高い。以上のように両碑特有の抑揚 のある点画には一筆では書きえない例があり、補筆とみるのが妥当 だろう。 69﹁也﹂第三画横画とハネの接合部右下に段差があり、補筆の可 能性がある。ある程度太い点画をさらに太くした用例か。 四  広範囲を書き重ねた可能性のある用例 70﹁探﹂∼ 82﹁而﹂は細小のハネを含む点画に太い点画を書き 重ねた可能性のある例。そのうち 70∼ 74は、ハネの内側に細小のハ ネが残っている例。 70﹁探﹂左偏ハネ内側に突起があり、第一画横 画が二重にある。 71﹁乗﹂ハネ内側に突起がある。一番長い横画の 起筆左側にも細い点画があるが、文字の均衡や太さから、左へ延長 する補筆とは考え難い。細く長い仮書きの横画に太く短く書き重ね たとみるのが自然だろう。 72﹁弥﹂左偏ハネ上に突起があり、弓部 第三画まがりが突如太くなる位置から書き重ねた可能性がある。 73 ﹁洗﹂最終画ハネの内側に細い突起があるほか 、第一 ・ 四画付近に 極細小の点画がある 。前掲 71﹁乗﹂同様 、極細小の点画のあとか ら、太く大きな点画を書き直したと見るのが妥当であり、最終画ハ ネを含む点画も二度書いたことが類推される。また第二画屈折部分 に段差があり、屈折手前までを太く書き重ねた可能性がある。後掲 80﹁塗﹂ 参照。右旁左払いは前述の第一 ・ 四画と同様の細さであり、 仮書きをそのまま残したと見るのが自然だろう。両碑のあまりに極 端な太細の差は、用筆法によるものではなく、複数回書写による可 能性が高いことを示す例である。九画中の四画に複数回書写の可能 性がみられることは、手直しの域を越えており、意図的に段階を踏 んで書いた可能性を示唆している。 74﹁化﹂ハネ内側に突起がある

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ほか、第一画起筆部の下にも突起がある。いずれも前掲同様、極細 の点画に太く書き重ねた可能性がある。 75∼ 78は、 ハネの外側に細小のハネが残る例であり、 前掲 70﹁探﹂ ∼ 74﹁化﹂同様に書き重ねの可能性が高い。 75﹁朗﹂右旁ハネ下に 突起があり 、左偏ハネは前掲 61﹁朗﹂同様途中から突如太くなる 。 その形状や前掲例から類推するならば、右旁ハネは転折部から太く 書き重ねた可能性があり、左偏ハネも途中から太くした可能性があ る。右旁第二画起筆下の形跡は傷か不明。 76﹁汚﹂右旁ハネ下に細 長い突起があるほか、右旁長い横画の起筆部が段になっており、横 画左下側に太い点画を加えた可能性がある。 77﹁隠﹂心部ハネの右 側に細長い突起がある。 78﹁儀﹂ 戈部ハネ右下に細長い突起がある。 79∼ 82は、細い点画に太い点画を重ねて肉付けした可能性のある 例とその参考例である。 79﹁浮﹂右旁ハネ先端から細い点画が伸び る。第三画は大小二点あるが、第二画連綿線の延長線上に位置する 小さな方を先に書き、他の点画との均衡をとるために大きな点画を 書き足したとみるのが妥当である。参考例 80﹁塗﹂ 氵のように ﹁浮﹂ 第二画も太く書き重ねた可能性があるほか 、﹁浮﹂右旁ハネも太く 書き重ねた可能性がある。 81﹁学﹂ 子部ハネから細い点画が延びる。 82﹁而﹂ハネ先端に細い突起があるほか、第三画起筆部にも細長い 突起がある。いずれも細い点画の上から書き重ねた可能性がある。 83∼ 87は 、長さや位置を書き変えた可能性のある例 。 83﹁崇﹂ 示部縦画が二本ある。左傾した点画の位置を修正したとみられ、形 状から推察するに、 ハネ部分まで書き直した可能性がある。 84﹁心﹂ 第二画が交差する。第二画起筆部に段差があり、付近が膨らむこと から 、ソリの角度を変更するために書き直した可能性がある 。 85 ﹁而﹂第四画ハネと六画が二重にある 。第二画横に沿うのは傷の可 能性もあるが、第三画起筆部に細長い突起があるほか、同画収筆部 に点画があり 、文字全体を複数回にわたって書いた可能性が高い 。 86﹁躅﹂勹部転折以下が並列し、足部、罒部にも二重に引いた点画 がある。 87﹁偈﹂右旁ハネ内側に点画があるが筆の割れとは考えが たい。左偏縦画右下の突起は補筆の可能性がある。

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五  部分的な補筆か広範囲の書き重ねか判断しがたい用例 88﹁蔵﹂ 左偏ハネ、 89﹁儀﹂ 右旁ハネが二つ並ぶ。前掲 48﹁引﹂ のような部分的な補筆か、 71﹁乗﹂∼ 79﹁儀﹂のような広範囲の書 き重ねか不明。 90﹁凡﹂左偏ハネ下部が二本あり、同字 91﹁凡﹂右 旁ハネ内側に突起がある。第一 ・ 二画起筆が三 伹 になっていること から、少なくともどちらかの点画は二重に書いたとみられる。 92∼ 94はハネの内側に窪みがある例。 92﹁花﹂ハネ直前の点画 を太く書き重ねたか、ハネ部分を右に補筆したか不明。 93﹁川﹂第 三画のハネ 、 94﹁燭﹂右旁ハネの内側にも類似する窪みがあるが 、 縦画部を太くした形状か不明。   95∼ 111は収筆部のトメとハネが枝分かれする例とその類似例で

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ある。 95﹁永﹂縦画収筆部より上の位置にハネがある。左上から縦 画収筆部方向へ書いた可能性があり、 96﹁門﹂のように二筆に分け て書いた用例に似る。 97﹁丁﹂第二画縦画収筆のトメより上の位置 にハネがあり、 98﹁心﹂第二画ソリ収筆のトメより内側にハネがあ る 。前掲 5 ﹁間﹂のようにハネを強調する補筆の可能性もあるが 、 95﹁永﹂のように、二筆に分けただけの可能性もある。 99﹁慈﹂ 100 ﹁悪﹂ Y字形のハネは 、 95﹁永﹂や 98﹁心﹂とは違いハネ手前から 点画が上へ持ち上がる。前掲 12﹁惑﹂∼ 13﹁巳﹂のような補筆の可 能性も否定できないが、 後付けを示す形跡はない。 101﹁光﹂ 102﹁外﹂ も類似例の可能性がある。一方で 103﹁飛﹂∼ 106﹁九﹂の Y字形のハ ネは、その形状から前掲 74﹁化﹂ 82﹁而﹂のように太く書き重ねた 可能性が高い。特に 103﹁飛﹂第七画は横画の左半分も部分的に太い ため、類似する前掲 47﹁乾﹂同様、書き重ねた可能性が高い。 107∼ 109は、ハネ根元付近に稜角が突出する例。 107﹁累﹂糸縦画 収筆部の突出は 95﹁永﹂や 98﹁心﹂のように二筆に分けた可能性が ある。 108﹁珠﹂右旁縦画収筆部の突出は、筆を開くためにできた形 状の可能性がある。 109﹁紀﹂は 100﹁悪﹂の類似例か。 110﹁珠﹂ハネ が縦画から付かず離れずの位置にある。右旁起筆部と右払いには補 筆のような形跡があり、同様の補筆の可能性もあるが不明。 六  その他の用例 111∼ 121は、 ハネを含む点画が途切れる例と、 その類似例である。 111﹁以﹂該当箇所は途切れた部分を繋いだ形跡か。 112﹁月﹂第一画 該当箇所は輪郭線があり 、刻し残しのようにも見えるが不明 。 113 ﹁域﹂の類似例には、 114﹁潜﹂右旁の横画、 115﹁三﹂第三画のほか、 116﹁風﹂第二画起筆部の書損じのような例や、 117﹁無﹂長い横画右 下の補筆のような例もある。 118﹁潤﹂門部右側の点画が途中から二 伹 になり、ハネの右下に極小点がある。二 伹 の部分が刻し残しにも みえるが不明。 119﹁宅﹂最終画も双鉤内の刻し残しにみえるが、類 似する 120﹁川﹂第一画のように、双鉤内の空白があるものの、太細 二度書きによる可能性の高い例もあり不明。 121﹁蔵﹂戈部も断絶す

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るが不明。 122﹁接﹂は、前掲 27﹁仰﹂∼ 32﹁応﹂のような太細二度書きに 類似するが、太い点画の位置が大幅にずれており不自然である。 123∼ 129は傷の可能性のある例。そのうち 123∼ 125は、ハネを含む 点画から極細の点画が延びる例。 123﹁感﹂戈部ハネ先端から極細の 点画が延び、 124﹁闍﹂第五 ・ 六画の先端と、第六画縦画の上下に極 細の刻線が走る。 125﹁摂﹂左偏第三画から右旁右側の縦画収筆付近 まで極細の刻線が走る。その位置や形状から、刀が滑った傷か。 126﹁月﹂第二画縦画の中程に石面の痛みとみられる形跡がある が 、その一部は 、同画から細長いハネが突き出た形状にも見える 。 127﹁引﹂ 右旁縦画収筆部右側の点画が刀の跡に似るが不明。 128﹁林﹂ 右旁ハネ右側の凸は宋拓には見えず、その形状から石の欠けの可能 性がある。 129﹁地﹂右旁ハネ手前の凹みは、石中に固い部分があっ たために刀が逸れた形状か。 おわりに 本稿では、雁塔聖教序・記碑のハネを含む点画にみえる複雑な刻 線を観察し、段階を踏んで複数回書いた可能性があることを検証し た。一筆では書きえない形状をした 1 ∼ 32のうち、 1 ∼ 26は部分的 に補筆した形跡が明確にあり、 27∼ 32は極細の点画に基調となる太 さの点画を書き重ねた形跡が明らかである。そして 31﹁感﹂ 32﹁応﹂ には、極細い点画、書き重ねた基調となる点画、補筆の三点がっ ており、段階を踏んで書いたことを示唆している。 73﹁洗﹂のよう に半数近くの点画に複数回書写した痕跡がある例は 、手直しの域 を超えており 、意図的に段階を踏んで書いたと考えるのが妥当で ある。 あらかじめ細身の仮書きをしたのは、褚遂良晩年の楷書碑特有の 手法なのか定かでない。しかし文字のなかに極細の点画を残したと みられる 73﹁洗﹂や 、極細の点画の両端に補筆したとみられる 4 ﹁名﹂ 、ひいては 65﹁時﹂ 66﹁月﹂のように、細身の点画を効果的に

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用いて極端な抑揚をつけたとみられる例から考えるならば、孟法師 碑から雁塔聖教序・記碑への書風の飛躍の一因は、一筆で書ききら ずに段 階を踏んで書く行程がもたらしたとも言えよう。 補筆の意図は、主に文字の均衡をとることにあったと考えられる が、 5 ﹁間﹂ 7 ﹁於﹂ 9﹁域﹂ 15﹁浄﹂ ∼ 17﹁機﹂ 19﹁思﹂ 20﹁乎﹂ 等の、ハネの用筆とは逆方向から書き加えたとみられる用例は、単 に文字内の均衡を取るだけにとどまらず 、極めて装飾的な意識の もとで加筆したことを示唆している。これは孟法師碑以前にはみら れない点で 、褚遂良の書法観や審美観の転換を反映していると言 える。 褚遂良は太宗からの信任篤く、太宗亡き後も遺詔を受けた重臣と して尚書右僕射に至った。しかしその晩年は、門閥貴族と新興勢力 の権力闘争が繰り広げられ、武則天が勢力を拡大していた時期と重 なる 。時代の転換期にあって 、褚遂良の書風も変化せざるを得な かったのではないだろうか。例えば太宗の晋祠銘題額︵六四六︶に みえる飛白体は、高宗の大唐紀功頌題額︵六五九、右下掲載︶にお いて、 刷毛で書いたかのような形状の点画となり、 抑揚が誇張され、 装飾性が増す。そして武則天の昇仙太子碑題額︵六九九︶へと装飾 化の一途をるように、時の権力者の審美観が装飾性を重んじるも のへと変化していたことが推察されるためである。雁塔聖教序・記 碑にみえる他の点画や、冒頭に示した房玄齢碑にみえる類似例の詳 細な検討は、稿を改めたい。 ︻注︼ 1  劉熙載 ﹃芸概﹄ ﹁書概﹂ ﹁褚書伊闕仏龕碑 。兼有欧虞之勝 。至慈恩聖 教。或以王行満聖教擬之。 ﹂ 2  楊守敬﹃平碑記﹄ ﹁伊闕仏龕碑﹂ ﹁蓋猶沿陳隋旧格。登善晩年力始求変 化耳。 ﹂ 3  李宗瀚題跋﹁遒麗処似虞。端勁処似欧。而運以分隷遺法。 ﹂とある。 4  注二参照 5  ﹃書学院本 雁塔聖教序﹄ ︵天来書院、一九九五年︶ 6  荒金氏の 、雁塔聖教序 ・記の刻線に関する研究は以下の通り 。﹁ 雁 塔聖教序の線に関する考察﹂ ︵第九回 書学書道史学会における発 表 、一九九八年︶ 、﹁雁塔聖教序の線に関する考察︱非正書体 ︵行書 的表現︶から正書体 ︵楷書的表現︶への修正線として︱ ﹂︵ ﹃墨﹄第 一四一号 、芸術新聞社 、一九九九年︶ 、﹁雁塔聖教序の不思議な刻線 を探る﹂ ︵﹃墨﹄第一五七号 、二〇〇二年︶ 、﹃ 雁塔聖教序に関する記 録﹄ ︵啓照 SHO 出版社 、二〇〇三年︶ 、﹃褚遂良書雁塔聖教序﹄ ︵文 物出版社 、二〇一〇年︶ 、﹁雁塔聖教序の刻線﹂ ︵﹃墨﹄第二三五号 、 二〇一五年︶ 、﹃褚遂良 雁塔聖教序 原石 ・拓片 ・程志宏臨本 ・趙世 駿臨本﹄ ﹃褚遂良 雁塔聖教序記 原石・拓片・程志宏臨本﹄ ︵程志宏・ 荒金大琳 ・趙帥 、河南美術出版社 、二〇一七年︶また関連するもの に ﹁雁塔聖教序から生まれた同州聖教序﹂ ︵﹃ 別府大学紀要﹄第五一 号、二〇一〇年︶がある。 7  貞 政 研 司 ﹁ 雁 塔 聖 教 序 の 〝 切 筆 〟﹂︵ ﹃ 鶴 見 大 学 紀 要 ﹄ 第 三 二 号 、 一九九五年︶ 、程若 ﹁﹃ 雁塔聖教序﹄書刻異常現象献疑﹂ ︵中国書画 、 二〇一九年︶ 、趙宏 、荒金大琳 ︵前注参照︶ 、李夢媛 ﹁褚遂良 ﹃雁塔 聖教序﹄補筆修正考﹂ ︵南京芸術学院学報 美術与設計版 、二〇一四 年︶参照 。なお趙宏氏の説は 、注 10馮玉春氏の論考に引用されるが 出典の明記がなく、以後の中国人研究者も孫引きしており出典不明。 趙宏氏本人に確認したところ 、確かに自説であるが発表媒体は不明 との回答を得た 。 VC D ﹁褚遂良﹂ ︵主講教師 趙宏 、古代名家碑帖

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教学楷書系列 、中国文聯音像出版社︶の可能性があるが 、再生でき ず未確認である。 8  拙稿 ﹁雁塔聖教序 ・記の補筆の可能性︱複雑刻の意味を考える︱ ﹂ ︵淑徳大学書学文化センター ﹁書学文化﹂ 第二〇号、 二〇一九年三月︶ 9  石川九楊 ﹁東アジア後史の出発点 ﹁雁塔聖教序﹂ 考﹂ ︵﹃墨﹄ 一五七号、 二〇〇二年︶ 、程若︵前注参照︶参照。 10   李峰 ﹁再議 ﹃雁塔聖教序﹄及 ﹃序記﹄的異常線問題﹂ ︵中国書法 、 二〇一七年︶ 、馮玉春 ﹁雁塔筆画異常現象管見﹂ ︵青少年書法報 第 十九期、二〇一〇年︶ 11   その他、雁塔碑の造形や修正線に関する論文に以下の二件があるが、 拓を対象に雁塔碑の書法を探るものであり 、刻の意味には論及して いない 。 土井康弘 ﹁雁塔聖教序の造形美について﹂ ︵﹃羽衣学園短期 大学研究紀要﹄第三五号、一九九九年︶ 、日向雅之﹁雁塔聖教序修正 線についての一考察﹂ ︵﹃東洋通信﹄第五四号、二〇一七年︶ 12   校碑随筆には宋拓と明拓の差異について ﹁宋拓 、十五行 ﹃波濤於口 海﹄之 ﹃濤﹄字清晰無 䮽 鑿痕 。明初本 ﹃濤﹄字下 ﹃口﹄部似 䮽 成 ﹃ ﹄ 状。十六行 ﹃聖教缺而復全﹄ 之 ﹃聖﹄ 字完好。明初本似 䮽 成 ﹃望﹄ 状。 ﹂ とあるが、 手元にある宋拓はすでに ﹁濤﹂ 字の口部は ﹁ ﹂に 、 ﹁聖﹂ は ﹁望﹂ になっている。方若原著、 王壮弘増補 ﹃増補校碑随筆﹄ ︵上海書店出版社 、二〇〇八年一〇月︶三二五頁 、﹃雁塔聖教序﹄ ︵ 中 国法書選三四、 二玄社、二〇〇八年︶二三 ・ 二四頁参照。

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the two groups indicate that the differentiation occurred during the period around the reign of Huandi, with the possibility that the popularity of the spirit of Guoli played a role as a background factor in facilitating the differentiation.

This paper looks at the significance of Zhenmupings as clues to an understanding of the recognition of lettering styles by the people in those periods and as materials to understand changes in spirit during the later Houhan period. Thus, the paper has significance from the perspective that it suggests the materialistic value of Zhenmupings, to which less attention has been paid traditionally.

A Consideration on the Complicated Lines on the Yanta Shengjiaoxuji Memorial

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However, among his representative works of the Kaishu Memorial, the change in calligraphic style from the Meng Fashi Memorial (642) to the Fang Xuanling Memorial (ca. 652) and Yanta Shengjiaoxu/Shengjiaoxuji (653) is too drastic to be interpreted simply as something he inherited from his predecessors. This paper examines the possibility that the change is partly attributable to multiple overwriting, whereby extra-fine tentative lines were drawn before overwriting them with lines of basic thickness and adding corrections for finishing touches.

The Fangxuanling and Yanta Shengjiaoxu/Shengjiaoxuji memorials, Chu Suiliang s later works, have some complex dots and strokes that seem unlikely to have been drawn in a single stroke. These traces appear in specific patterns in the same parts of the same letters or in similar dots and strokes of different letters, which are largely classified into partial corrections, and the overwriting of extra-fine dots and strokes with those of basic thickness. The cases showing all the three traces, namely the extra-fine dots and strokes, the overwritten dots and strokes in the basic shapes, and corrections for finishing touches; the cases with nearly half of the dots and strokes of a letter showing traces of multiple overwriting; and the large number of cases where the letter shapes are reasonably regarded as the results of multiple overwriting. All suggest the possibility that these traces are not the results of simple corrections, but the letters were intentionally prepared step by step.

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