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(1)

<論文>

「レアル」経済下における

ブラジル財政フェデラリズムの変容

(注1)

横浜国立大学 山崎 圭一

Ⅰ はじめに 1997年以降タイや韓国やロシアなどを襲ったいわゆる「アジア通貨危機」 の煽りを受けて98年8月頃にブラジルの外貨流出が加速し始め、半年のうちに 外貨準備が750億ドルから350億ドルへと半減した。11月にIMFの緊急 支援(415億ドル)を受けたが、直後の99年1月はじめに再び流出が始まり、 ブラジル中央銀行は同月18日に変動相場制への正式移行を決定した。こうして 94年7月以来高めに調整されてきた為替レートは、1ドル=約1.8~2.0 レアル前後まで下落した(対米ドルレートは約7割減)。執筆時点(99年8月) では1.8レアル前後で推移している。レアル売りの直接のきっかけは周知のよ うに、ミナス・ジェライス州(以下MG州と略す)の知事に就任したばかりのイ タマル・フランコ氏が発した債務モラトリアム宣言であった。MG州は、連邦政 府に対する州債務の償還を90日間凍結し、2億米ドルのユーロ債の償還約1億 米ドル分も遅らせると発表した。これに対してただちに6州の知事が支持を表明 し、この問題の背景に連邦対州の財政運営方針をめぐる緊張関係が存在すること を伺わせた。通貨危機の発生には、国際的投機資本の行動といった対外要因と国 民経済の構造的脆弱性といった対内要因が絡み合っているが、本稿では後者の対 内要因とりわけ地方財政危機に焦点を当てて問題点を検証する。ただし公務員年 金制度改革など連邦制度全体の問題にも触れる。 第Ⅱ節でまずブラジル地方財政の基本構造を確認する。続く第Ⅲ節でなぜ地方 財政危機が深刻化したのか、その要因を探る。第Ⅳ節で財政再建の動きを連邦と 地方の関係に注意しながら追い、最後に第Ⅴ節で地方財政危機打開に向けての今 後の研究課題について考える。 「レアル」経済期はさしあたり本稿では、1994年7月以降99年初頭まで

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とする。日本の市町村にあたる基礎自治体を指す用語としてポルトガル語の「ム ニシピオ(município)」をそのまま使用する。ムニシピオは90年代末で約5 500団体存在する。92年には4974団体だったので数年間で急増した(注 2)。「地方政府」は州政府とムニシピオ政府の両方を指し示す用語として用い る。通貨単位については為替レートが大きく変動した時期を扱ったので、米ドル に換算せずレアル表記のまま残した箇所がある。財政フェデラリズムについて地 方財政調整制度を軸に論じたが、一般補助金(一般財源扱い)と特定補助金(使 途が特定)の区別について確認しておこう。前者はブラジルでは「憲法的移転 (transferências constitucionais)」と総称され、具体的には参加基金(fundo de participação)、ICMS(商品流通税)分与金その他の仕組みがある。これら は歳入分与金(米国)や地方交付税(日本)や共通税といった「分与税」の1類 型で、本稿では歳入分与金として言及する。後者は「交渉的移転(transferências negociadas)」と呼ばれ、日本の国庫支出金にあたる。支出規模は憲法的移転の 4分の1以下で、本稿では論じない。 Ⅱ ブラジル地方財政構造の概観 地方財政構造について一般会計の収入面から見ておこう(経費面は第Ⅲ節で論 じる)。財政収入は主に税、国(または上位の政府)からの一般・特定の補助金、 公債およびその他(事業収入など)から成るが、まず租税収入から検討しよう。 表 1 は ブ ラ ジ ル の 主 な 税 を 課 税 ベ ー ス 別 お よ び 各 級 政 府 レ ベ ル 別 に 整 理 し て いる。各税の正式呼称は表2に整理した。1993年時点で、中央と地方を合わ せた公的部門財政収入総額に占める連邦収入の割合は69.6%、これから社会 保障負担を除いた連邦税収が全体にしめる割合は37.6%である。連邦税収に しめるIR(所得税)の割合は5割、付加価値税のIPI(工業製品税)は3割 で、両税が連邦税の8割を占めている。貿易自由化の流れの中で、IEとII(輸 出入税)の比率はすでに小さい。州の付加価値税ICMS(商品流通税)の収入 規模は表1の構成比でみてIRの2倍近くある。ブラジル公的部門はこのICM Sで支えられていると言っても過言ではない。一方ムニシピオの税収は公的部門 全体の中で数パーセントを占めるに過ぎない。リオ・デ・ジャネイロ市やサンパ ウロ市のような巨大なムニシピオは例外として、ムニシピオの自主財源となる地 方税は無きに等しい。

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日本の地方自治は税源配分で見た場合「3割自治」だと批判されるが、ブラジ ルでは地方政府で「3割自治」、基礎自治体で「2パーセント自治」の状況であ る。ちなみに税だけでなく公債などの税外収入と社会保障拠出金を含めた公的部 門総収入がGDPに占める割合(いわゆる国民負担率)は、近年は24%前後で 推移している。これは先進国と比較すれば小さいが、途上国では平均的な比率で ある。 表1 ブラジル組織体系の概略(1993年) 単位:% 課税主体別税目 課税 ベース 連邦政府 (*=社会保障負担金) 州政府 ムニシピオ 小計 所得 及び 利潤 IR 社会保障積立金* CSLL* 16.2 19.3 3.5 - - - - 35.5 3.5 輸出 入 II IE 1.6 0.0 - - - - 1.6 付加価値 または 売上高 IPI PIS/PASEP * COFINS* 9.1 4.4 4.8 ICMS 27.6 ISS 0.2 46.1

取引 IOF 6.9 ITBI 0.0 IVVC

ITBI 0.2 0.3 7.4

資産 ITR 0.0 IPVA 0.4 IPTU 1.5 1.9 その他 - 3.8 AIR 0.2 - - 4.0

小計 69.6 28.2 2.2 100.0

出所) 富士銀行[1996]、p.14、表Ⅵ-1-2、連邦財務省ウェッブサイト(URL=http://www.fa zenda.gov.br)およびAffonso[1995], p.185を参照して作成。

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表2 税目の略語表(注1) 出所) 表1に同じ。 注1) 各税の説明は山崎[1999]を参照されたい。 注2) 本文中では「商品流通税」と略して言及した。 注3) AIRは88年第155条第Ⅱ号で定められているもので、「資本利益、利得および所 得に関する第153条Ⅲ号に定める課税の名目で、当該地域に住所を有する自然人ま たは法人により連邦に対して支払われる税の5%を上限とする追加税」である(矢谷 [1988], p.151)。 このような「2パーセント自治」の状況では、ムニシピオはその行政事務の経 費をまかなえない。そこで「垂直的公平」を担保するために、Fundo de Parti-c ipação(参加基金)やQPM-ICMS(商品流通税分与金)を軸とする連邦・ 州の歳入分与金制度が存在する(注3)。これは地域間格差の平衡化という「水 平的公平」の確保にも役立っている。ただしQPM-ICMSは格差是正機能が 弱い(注4)。筆者の推計で、連邦収入の3割以上が州やムニシピオへの歳入分 与金に当てられている。また州政府からムニシピオへ配付される歳入分与金も多 額に上る。ICMS収入の25%がムニシピオへ分与され、ムニシピオから見た

IR Imposto sobre Renda e Poventos(所得税)

FGTS Fundo de Guarantia de Tempo de Serviço(就業年限保障基金) CSLL Contribuição sobre o Lucro Líquido das Empresas(社会負担金) II Imposto de Importação(輸入税)

IE Imposto de Exportação(輸出税)

IPI Imposto sobre Produtos Industrializados(工業製品税)

PIS/PASEP Fundo de Participação do Programa de Intergração Social(PIS) e Fundo Único do Programa de Formação do Patrimônio do Servidor Público(PASEP) (社会統合計画税)

COFINS Contribuição Social para o Financiamento da Seguridade Social (社会保障拠出金)

IOF Imposto sobre Operações Financeiros(金融取引税)

ITR Imposto sobre a Propriedade Territorial Rural(農地所有税)

ICMS Imposto sobre Circulação Mercadoria e sobre a Prestação de Serviços de Transporte Interestadual e Intermunicipal e de Comunicações

(商品流通ならびに州間・ムニシピオ間運輸サービス提供ならびに通信サー ビス提供に課する税)(注2)

ITBI(州) Imposto sobre Transmissão de Bens Imóveis "causa mortis"(相続税) IPVA Imposto sobre a Propriedades de Veículos Automotores(自動車保有税) AIR Adicional de Imposto de Renda(所得税追加税)(注3)

ISS Imposto sobre Serviços de Qualquer Natureza(サービス税) IVVC Imposto sobre Venda e Varejo de Combustíveis(燃料税)

ITBI(ムニシピオ) Imposto sobre Transmissão de Bens Imóveis "inter vivos"(不動産譲渡税) IPTU Imposto Predial e Territorial Urubano(都市不動産税)

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ FPE Fundo de Participação dos Estados(州向け参加基金)

FPM Fundo de Participação dos Municípios(ムニシピオ向け参加基金) QPM-ICMS Quota Parte dos Municípios no ICMS(商品流通税の4分の1税)

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場合はQPM-ICMS収入のほうが連邦からの分与金よりもはるかに多い(注 5)。州の対ムニシピオ分与金の流れも含めて資金フローを表したのが次の図で ある。 最後に公債(国債と地方債)を見ておこう。1998年末段階で連邦政府には 約2000億ドルの債務残高があり、地方政府は約1200億ドルである(対内・ 対外債務両方を含む)。地方政府の債務のほとんどは州政府(とりわけサンパウ ロ州などの富裕州)の借金である。合計3200億ドルに達する公的部門の累積 赤字の対GDP比は、約40%である。日本やイタリアではこの比率が100% を超えている。ブラジルが通貨危機に陥った原因は、債務残高の規模からは説明 できないと考えるべきであろう。なお財政活動規模の小さいムニシピオの債務は ブラジル全体から見ると無視できるほど少ない。そもそも途上国の基礎自治体の 地方債残高は必ずしも大きくはない。たとえばフィリピンの弱小自治体では公債 発行に関する専門家が少ないし(注6)、地方自治体に起債権が与えられていな い国もあるし、国内証券市場が未発達な地域もある。ブラジルのムニシピオの債 務残高が小さい要因は別途分析する必要があるが、国際的にみて特別な事象では ないといえよう。 図 ブラジルにおける歳入分与制度の略図 出所)山崎作成。 Ⅲ 「レアル」経済下での州財政危機の進行 1988年に新しい連邦憲法が制定され、地方分権化が民主化とあいまって推 FPM(ムニシピオ向け連邦歳入分与金) FPE(州向け連邦歳入分与金) QPM-ICMS(ムニシピオ向け州歳入分与金) 連邦政府 州政府(26州)と連邦特別区 基礎自治体(約5500団体)

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進された。都市不動産税への累進制の導入(世界的に希)、都市計画におけるマ スター・プラン策定の義務化、連邦によるムニシピオ財政の統制権限の縮小など に加えて、第2節の図で説明した歳入分与金が大幅に拡充された。財源の地方移 譲が格段に進んだのである。分与金の配分状況に関する検証が内外の研究者の関 心を集めた。筆者は当初サンパウロ大都市圏下のムニシピオを対象に財源移譲の 実態分析を試みた(山崎[1993];山崎[1994];Yamazaki [1997])。1990年 前後のブラジル経済は深刻な不況に見舞われていたので、分与金の増大は地方の 景気浮揚策に近い機能を担わされていると論じ、地方自治を発展させる役割を担 うことができるか否かについては疑問視した。地方はより大きな財源を手に入れ たけれども、地方自治の精神にのっとった財政運営の能力を発展させたわけでは なかった。こうした中連邦と地方政府の財政危機は、とりわけ94年7月以降の 「レアル」経済期において深刻化した。ただし88年以降の地方分権化と今回の 財政危機の因果関係は明らかではなく、その詳しい検討は他日を期したい。地方 財政制度自体の考察も別稿(山崎[1999])に委ね、本稿では財政危機が進行した 過程のみに焦点を当てて考察する。 財政赤字は、経費が膨張する一方で収入の増大が十分に見込めない状況下で累 積する。ブラジル全体の問題としてはまず年金財政の危機がある(注7)。表3 に見るように、民間部門に1700万人の年金受給資格者(退職者)がおり、毎 年 4 5 9 億 レ ア ル の 積 立 金 が 徴 収 さ れ て 5 3 7 億 レ ア ル の 年 金 が 支 払 わ れ る 。 年々の赤字は78億レアルである。公務員の退職者は連邦、州、ムニシピオを含 めて300万人おり、年金財政の赤字は344億レアルである。官民両方で毎年 422億レアルの赤字が累積する。民間勤労者の給料からは8%から11%が積 立金として控除され、退職後月々1200レアルを最高限度として年金が給付さ れるが、実際の平均受給額は月243レアルにとどまっている。一方公務員は1 1%が控除され、退職後は退職時の給料と同額が給付される。彼らの平均受取額 は1051レアルもある。このように明らかに公務員が優遇されており、これに 対して国民の不満が高まった。この制度は1920年代に整備された。当時は平 均寿命が43歳と短く退職者も少なかったので、制度は機能した。60年代でも まだ現役8人に対して退職者は1人の割合であった。しかし今日寿命は68歳に 伸び、現役2人に退職者1人という割合に変化したため、財政的に破綻した。

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表3 ブラジルの年金財政の収支(1998年) 出所)VEJA, 4 de novembro, 1998, p.52. 地方政府(州およびムニシピオ)の検討に移ろう。経費抑制が進まない要因と して、次の2点を指摘することができる。第1は、州政府の公債償還費がF.H. カルドーゾ大統領の高金利政策(年率30数%)というマクロ経済環境の中で雪 だるま式に増えたことである。高金利政策は、ドルを「錨」にして通貨価値を保 とうとする「レアル計画」の要である。それは、固定相場維持のためのレアルの 買い介入に必要な外貨をブラジル金融当局の手に引き留めるために採られた政策 である。地方政府はいわば「レアル」経済政策の犠牲になったといえる。 第2の要因は上述したように1988年憲法で連邦と州の歳入分与金が増大し、 州やムニシピオの分与金に依存する度合いが高まったことである。このため経費 縮減の必要性に対する地方自治体側の危機意識が薄まって、経費はむしろ膨張し た。第1に必要性を十分に吟味せずに公共事業が計画され、事業費が増大した。 第2にハイパー・インフレ時代には給料が支払い遅延やインフレ調整の遅れで実 質的に目減りしたから、人件費が不当に抑制されていた。マクロ経済が安定化し てこれが正常化され、さらに公務員ポストが安易に増やされたので、人件費が膨 張した。世界銀行は、分与金収入の増大分は公務員の私的消費に化けて無駄使い されたに過ぎないと批判している(World Bank[1997], p.125)。MG州の人件 費について見ておこう。経常収入に対する人件費の割合は、73.0(90年)、 66.3(91年)、65.2(92年)、69.1(93年)、68.6(9 4年)、78.6(95年)、77.5(96年)とかなり高いレベルで推移し ている。とりわけ95年と96年には8割近い値に達し、州財政を圧迫している (注8)。ちなみに「カマタ法(Lei Camata)」が人件費を経常収入の60% に抑制するよう求めているが、これを守ることのできる州は少ない(注9)。 このように経費が膨張する一方、地方政府の税収は伸び悩んでいる。これにつ いて2点指摘できる。第1に、90年代前半に「財政戦争」状況が発生したこと 受給資格者= 退職者数 積立金徴収額 (億レアル) 年金支払額 (億レアル) 赤字 (億レアル) 1人あたり 平均受給額 民間勤 労者 1700万人 459 537 78 243 レアル 公務員 300万人 66 410 344 1051 レアル 合計 2000万人 525 947 422

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である。すなわち各地方政府は減免税など租税特別措置を打ち出して企業の誘致 合戦を繰り広げた。長期的に産業が定着すれば、税源が涵養されて税収の増大が 期待できる。しかし短期的には減免税措置のために課税ベースが縮小してしまっ た。第2に連邦政府は外貨獲得のために輸出を振興すべく、輸出品を商品流通税 の課税対象品目リストからはずした(96年9月制定の「カンジール法(Lei de Kandir)」)。いうまでもなく外貨準備は「レアル政策」の要である。これ によって州の商品流通税収は打撃を受けたのである。連邦政府は補償金の交付を 約束したが、一方的なこの措置に対して州の不満は強まった。 Ⅳ 財政再建策と政府間関係の変容 州の財政危機に対して連邦政府はどのような対応を講じたか。この点を見る前 にまず連邦政府自身の赤字縮減策について略述しておこう(注10)。1996 年10月に「理由説明書(Exposição de Motivos)」という13項目にわたる改 革案が策定された。これは増税と歳出削減による約65億レアル分の赤字縮減目 標を掲げた。当時の連邦政府の財政収入総額約840億レアルに照らし合わせる と、1割弱の規模にあたる。また97年11月に出された51項目の「財政調整 政策」では、総額197億レアルの赤字縮減が見込まれた。しかし98年が大統 領選挙(10月4日実施)の年であったので、改革の実行は徹底されなかったと 見てよい。選挙直後の10月28日に、「財政安定化プログラム(Programa de Estabilidade Fiscal)」(以下PEFと略す)という名称の新しい財政再建計 画が発表された(注11)。PEFは「ワーク・アジェンダ(Agenda de Trab alho)」と「3ヶ年計画(Plano de Ação 1999-2001)」から成り、2001年 にプライマリー収支の3%黒字を達成することを目標に据えている。2001年 の黒字目標を達成するには本年(99年)の連邦財政収支を164億レアル(対 GDP比1.8%)の黒字にせねばならないが、現実には116億レアルの赤字 が予想されており、差し引き280億レアル分(対GDP比3.08%)の改善 努力が求められている。また99年4月には「財政責任法(Lei de Res-ponsabi lidade Fiscal)」が法案として下院に提出された。 財政再建策の主軸はCPMF(金融取引税)の税率引上げ、COFINS(社 会保険負担金)(表1・表2参照)の負担増、連邦政府職員年金制度(RPSU: Regime de Previdência dos Servidores da União)の改革および財政安定化基

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金(FEE:Fundo de Estabilização Fiscal)の拡充である。年金改革案は98 年12月の国会では否決されたが(注12)、99年1月の通貨危機再燃の最中 の1月20日に再度下院に提出されて、ようやく可決された(上院では27日に 審議)。改正法では、連邦政府職員の給与からの控除率11%が部分的に引き上 げられた(注13)。すなわち給与のうち1200レアルを上回る超過部分につ いては、その9%が今後5年間にわたって控除されて年金基金に入る。今回の積 立金引上げを含めた改革で、百億レアル以上の増収が見込まれている。約50万 人の連邦公務員が負担贈の対象になる。財政安定化基金(FEE)は94年2月 に設置された特別基金である。連邦財政収入の20%がここへ繰り入れられて、 財政安定化資金として活用される。当初これは99年末までの時限措置であった が、今回2006年末まで期限を延ばされ、留保率が40%へと引き上げられた。 地方自治体については次の点が重大である。第1に上のFEEが地方財政を直 撃した。従来州およびムニシピオ向け連邦歳入分与金の原資の一部を構成してい た公務員所得税源泉徴収分が全額EFEに組み込まれたからである。そのため地 方への歳入分与額が全体で約5~7%減ることになった。このことは地方政府の 不満の一因となった。 第2に連邦政府は州財政の破綻を防ぐため債務を肩代わりした(リファイナン シング)。とりわけ桁違いに債務残高が大きい州は表4にみるように、サンパウ ロ州、MG州、リオ・デ・ジャネイロ州の3州である。そのあとにリオ・グラン デ・ド・スル州やバイア州が続いている。たとえば99年1月危機の直接の発端 となったMG州の対連邦政府政債務は、年利7.5%の30年払いで162億レ アルである。 州政府の返済が滞った場合に備えて連邦政府は制裁措置を準備している。すな わち対州連邦歳入分与金の交付の停止や、州政府の税収を管理する銀行口座の差 し押さえといった手段である。たとえばカルドーゾ大統領は、MG州への連邦歳 入分与金の交付を差し止める可能性を示唆した。MG州が債務返済を停止しても、 その分はFPE(Fundo de Participação dos Estados)と呼ばれる連邦歳入分 与金から自動的に控除できるし、ユーロ債の償還についても、州税であるICM S税収から控除して連邦が管理することができる(Patury e Rocha [1999])。 後者はエヅアルド・アゼレド前MG州知事(Eduardo Azeredo)が連邦と取り決 めた処理方法である。すなわち連邦に州銀行口座の差し押さえの権利を認め、

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表4 連邦政府による州のリファイナンスに関する合意額 州 債務総額 (億レアル) 割 引 (億レアル) 年間 利子 サンパウロ ミナス・ジェライス リオ・デ・ジャネイロ リオ・グランデ・ド・スル バイア ゴイアス マト・グロッソ サンタ・カタリーナ マト・グロッソ・ド・スル アラゴアス 493 162 151 89 52 49 25 24 19 12 38.0 9.7 0.2 16.4 0.6 1.8 0.3 1.6 1.0 0.3 6 7.5 7.5 6 6 6 6 6 6 7.5 合計 1076 70.0 -

出所: Felipe Patury e Leonel Rocha, "A Volta do Trapalhão",

VEJA, 13 de janeiro, 1999 の表の数値を四捨五入。 Fonte original: Secretaria do Tesouro Nacional (valores de 30

de novembro, 1998) 連邦政府との共同会計方式で処理されることになった。このユーロ債の99年2 月返済分(約3000万米ドル)のデフォルトが発生しても、ICMS収入から 控除して連邦が代わって支払うことができる仕組みが出来上がっていた。一方『ニ ューヨーク・タイムズ』紙によれば(Rohter[1999])、I.フランコ知事は、連 邦による州銀行口座の差し押さえ措置を禁ずる判決を州の地方裁判所から一度は 勝ち取っているが、連邦政府は高等裁判所へ上告した。また同知事は、連邦政府 の近年の行動が1988年憲法違反の疑いがあると考えている。リオ・グランデ・ ド・スル州知事O・ヅトラ氏(PT:Partido de Trabalhadores)も、近年のカ ルドーゾ大統領の政策は88年憲法の分権化推進の趣旨に背く疑いがあると批判 した。このように通貨危機を前後して連邦政府と地方政府の間の緊張関係は高ま った。 Ⅴ おわりに 第Ⅱ節で素描したように、ブラジルは途上国世界で希にみる高度に発達した地 方財政調整制度(歳入分与金制度)を有している。連邦政府税収のおよそ3割が 州やムニシピオに交付されている。とりわけ貧しい州やムニシピオが配分上優遇

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されているが(州の対ムニシピオ分与金は貧困地域優遇ではない)、その制度は 軍事政権の終焉と民主化の潮流の中で拡充されてきた。分与税制度など政府間財 政調整制度には一般的に、地方自治を促進する面と地方の中央への依存性・従属 性を高める面の両面がある。ブラジルの場合も両方が認められるが、地方税収が 乏しく地方債発行の行政技術もない零細ムニシピオでは、分与金依存が進行した。 88年憲法は紙の上では自主的な地方自治の発展を保障した。すなわち徴税シス テムを改善して税収を増やし無駄な歳出を抑制しつつ住民に奉仕する行政を個性 豊かに展開することを憲法は保障した。しかし実際には分与金(一般補助金)が 増えただけで、地方自治は発展しなかったと述べても過言ではない。こうした中 で地方債を活用してきた大規模な州政府が、94年以降のマクロ環境の変化の中 で債務が累積して元利償還が困難な状況に立ち至った。全般的に人件費と債務残 高と年金財政の赤字が膨張していった。公務員年金の積立金が増額されるなど連 邦レベルで一定の改善がようやくなされつつある。しかし連邦政府による州政府 の統制が強まりつつあり、州政府側から反発が生まれている。一部の州はそもそ も財政赤字累積の原因が連邦政府の高金利政策にあると考えている。国全体のマ クロ政策の影響の評価および州財政危機の原因をめぐる見解の対立が連邦と州の 間にあり、この政府間の緊張関係がフランコ発言や1月危機そのものの底流に存 在する。 ジェイメ・レルネル(元クリチバ市長、現パラナ州知事)やタッソ・ジェレイ サッティ(現セアラ州知事で第3期目)といった改革派の有名首長に率いられた 好調な地方がないわけではない(注14)。セアラ州の保健プログラムの成功例 はすでにモデル化され、他州も参考にしている。ブラジル地方財政の動きは、連 邦対州という対抗関係のみから把握するよりも、複雑な政府間財政関係の文脈と 財政事情の中で独自の政策展開を見せる地方と、補助金と借入金への依存体質か ら脱却できない地方との間の対照として把握するほうが、将来展望につながるよ うなより建設的な観察結果が得られるように思われる。この点は、「連邦対州」 という構図で財政フェデラリズムの変容を整理した本稿の先に位置する次の課題 としたい。

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注 1) 本稿は1998年11月14日・15日に神戸大学において開催された第35回ラ テンアメリカ政経学会全国大会での研究報告「ブラジルの行財政改革と歳入分与制 度」の財政危機に関する部分を、その後のブラジル経済動向を考慮に入れて修正し 作成した。同報告のうち歳入分与制度の細部については別稿(山崎[1999])に委ね た。原稿提出後にラテンアメリカ政経学会の匿名レフリーより頂戴した間違いの指 摘や詳細な助言は、最終の推敲段階でおおいに役だった。記して謝したい。 2) ムニシピオ急増の理由については、ブラジル・ムニシピオ行政研究所(IBAM:I

nstituto Brasileiro de Administração Municipal)の研究でいろいろ指摘されて いる(Affonso[1995], p.151)。まず地方の代議士ないし代議士志望者の利害が関 係している。彼らにとってムニシピオの新規設立は新しい議会の設立を意味する。 これは地方選挙での当選のチャンスの増大を意味するので彼らにとって好ましいこ とである。また増加は自然の成り行きで、これまでは法律で新規の設立が制限され ていたにすぎないという説明もある。1970年代は67年11月9日付補足法第 1号で、ムニシピオの設立数が制限され決定権が連邦政府に留保されていた。これ が88年憲法で緩和されたのである。同研究所研究員のF.ブレメーカーは次のよ うに説明している。都市化が進み5万人以上のムニシピオが急増した。そこでは行 財政需要が膨らんで市役所が対応できなくなり、自治体の分裂が生じた。一方D・ L・デ・メロ同研究所国際部長は、基礎的サービスの不足や同一ムニシピオ内の住 民間の所得格差が大きいことなど複数要因を総合的にとらえねばならないと指摘し ている。 3) これ以外にも6種類以上の分与税が存在する。詳しくは拙稿(山崎[1999])を参照 せよ。 4) QPM-ICMSの効果の評価については拙稿(山崎[1993];山崎[1994];Yama-z aki[1997];山崎[1999])を参照せよ。 5) たとえばエスピリト・サント州では、州内全ムニシピオの財政収入の半分近くがQ PM-ICMS収入であった。すなわち96年度のムニシピオ財政収入の総和が約 8億4000万レアルで、うちIPTU(固定資産税)収入が240万レアル(財 政収入全体に占める割合は0.3%)、ISS(地方サービス税)が800万レア ル(同約1.0%)、FPM(ムニシピオ向け連邦参加基金)が150万レアル(同 約0.0%)であったのに対して、QPM─ICMSは約3億7300万レアル(同 約44.4%)に達した。詳しくは同州のウェッブサイトの租税関連情報のページ

(13)

(URL=http://www.vitoria.es.gov.br/indicadores/indefinan.htm)を参照されたい (同ページより情報をダウンロードしたのは98年9月28日)。

6) この点は、JICA(国際協力事業団)のプログラムで来日し自治大学校で研修中 のフィリピン国ジョゼ・パンガニバン市(Municipality of Jose Panganiban)の C.パディラ(Casimiro S.Padilla)市長に、研修の講師である柴田徳衛東京経済 大学名誉教授から紹介を受けて1999年6月20日東京でインタビューし、確認 した。フィリピンの農村部では地方債に明るい市長が少なく、地方市長会の世話役 を努める彼ですら今回の研修で初めて公債発行に関する専門知識を得たと、パディ ラ市長は筆者に述べた。 7) 以下公務員年金制度については、VEJA, 4 de novembro, 1998, pp.52-53の無署名 記事"Aspirador de Dinheiro" に負っている。なおブラジル全体のマクロ経済につ いては、西島[1993]、浜口[1998]らの論考を参照した。 8) ミナス・ジェライス州公式ウェッブサイト(URL=http://www.sef.mg.gov.br/recd-esp.shtml)の表3より(1999年1月24日にダウンロード)。 9) ただし60%以下への抑制に成功した自治体が皆無かと言えば、そうではない。セ アラ州のタッソ・ジェレイサッティ(Tasso Jereissati)知事は、同州政府の人件 費を経常収支の52%に抑制することに成功した(Patury e Rocha[1999], pp.37-38)。 10) 連邦政府の財政政策に関する情報は、連邦大蔵省の公式ウェッブサイト(URL=http: //www.fazenda.gov.br)から得た。 11) 以下は、連邦財務省ウェッブサイト内の「財政安定化プログラム」の要約を掲載し たページ(URL=http://www.fazenda.gov.br/portugues/ajuste/respef.html)から9 9年8月6日にダウンロードした情報を参照した。 12) この改正案について、アルツール・ポルゼカンスキー(ING銀行米州担当チーフ エコノミスト)は『VEJA』誌に対して次のように述べた。「財政再建策のすべ ての方策の中で、これはもっとも公正だ。なぜなら社会保険財政の赤字に責任のあ る人々を課税対象にしているからだ」。しかし法案は12月に205票の反対票で 否決された。「わずか百万人の現役公務員と退職公務員のために、ブラジル社会全 体を救う計画を危機に陥れた」と同誌は批判した。サンパウロMCM社顧問のカル ロス・アルベルト・フルタド・デ・メロ氏は、「彼ら(下院議員たち)は、国益主 義かコーポラティズムかの選択を迫られていた。しかし選んだのは、公務員官僚主 義(funcionalismo público)だった」と寸評した。このような公務員年金制度批判

(14)

の背後には、退職した公務員が得る年金が民間に比べて格段に高いという差別と、 そもそも公務員は怠惰で非生産的だという国民の批判があると思われる。筆者は後 者の公務員批判を必ずしも全面的に共有しないが、前者については、年金負担の官 民格差は事実である。年金財政の赤字累積構造も事実であり、改正自体は必要な措 置であった。98年12月の否決については、各党執行部の議員に対する拘束の不 徹底も話題となった。与党連合(PSDB, PMDB, PFL, PPB)の議員101名が他 の95名の野党勢力とともに反対票を投じたからである。反対理由は多様だったが、 1つの理由はすでに国際金融危機は過ぎ去り、財政再建の強い必要性はないと判断 したことにあるようである。より詳しくは、Friedlander e Neto[1999]を参照され たい。 13) 以下RPSUの改革に関する情報源は注10に同じ。 14) 保健衛生の改善、畜産振興、干ばつ被災地への緊急支援、公共調達を通じた零細企 業の支援などの領域で成功したセアラ州の公共政策プログラムに関する詳細な現地 調査の成果として、Tendler[1997]がある。 <引用文献> ・ 西島章次(1993)「インフレーションと安定化政策」西島章次・小池洋一編著『ラ テンアメリカの経済』新評論 ・ 浜口伸明(1998)「ブラジルは危機を回避できるか」『ラテンアメリカ レポー ト』 第15巻第3号 ・ 山崎圭一(1993)「途上国経済と地方分権--1988年地方財政改革に見るブ ラジル経済のジレンマ」『経営研究』第43巻第5・6合併号 ・ 山崎圭一(1994)「発展途上国における地方分権化-ブラジルの1988年地方 財政改革の問題点」日本地方自治学会編『都市計画と地方自治』敬文堂 ・ 山崎圭一(1999)「ブラジルの歳入分与制度」、勁草書房より1999年秋刊行 予定の日本地方財政研究叢書第6号(日本地方財政学会年報誌)に所収。 ・ 矢谷通朗(1988)『ブラジル連邦共和国憲法 1988年』アジア経済研究所(8 8年憲法の日本語訳)

・ Friedlander, David e Joao Sorima Neto (1999) "Estão Rindo de Que?" VEJA 9 de dezembro, p.154.

・ Patury, Felipe e Leonel Rocha (1999) "A Volta do Trapalhão", em VEJA, 13 de janeiro.

(15)

・ Rother, Larry (1999) "Brazil's Economic Crisis Pits President against Gover-nors" New York Times, January 27, 1999 (http://www.nytimes.com/library/ world/americas/012599brazil-politics.htmlよりダウンロード)。

・ Affonso, Rui de Britto Alvares et al. (1995) Reforma Tributária e Federação, FUNDAP/EDITORA UNESP, p. 185, Tabela 1.

・ Tendler, Judith (1997) Good Government in the Tropicos, Baltimore: Johns Hopkins University.

・ World Bank (1997) World Development Report 1997-- The State in a Chang-ing World, Oxford University Press.

・ Yamazaki, Keiichi (1997) "Descentralizacion en el Gran San Pablo, Brasil: ¿Un Paso hacia Economias Municipales Competitivas? en Mutsuo Yamada (org.) Ciudad y Campo en America Latina, JCAS

参照

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