三 輪 眞 弘
又 日
IAMAS叢
書
IAMASと は1岐阜 県立 国 際 情 報 科 学 芸術 アカデ ミーと情 報 科 学 芸 術 大 学 院 大 学 とい うふ た つ の 教 育機 関 の 総称 です 。 「イアマ ス」 と読 みます 。 テ クノロジー とアー トをIf.存させ るべ く組 織 され た このIAMASで 叢 書 がfll行され ました。 叢 書 とは特 定 のテ ーマ などに基 づ いて 書 物 に ま とめ たもの を さしま す 。 このIAMAS畿 書 に お ける 「特 定 の テ ー マ 」 とい うの は 「IAMAS 教 員 によって 書 か れ た テキス ト」 を意 味 します 。 IAMASに は 多くの 教 員 が いて 、 それ ぞ れ 独 自 の 研 究 ・制 作 活 動 を 学 内 外 、 さらには国 内 外 で 活 発 に行 なって い ます 。 これ らの 教 員 が ふ だ ん どのようなことを考 え、 どのようなことを為 し て い るか 、 その ドキュメントが このIAMAS叢 書 で す 。この 叢 井 は執k者 で あ る教 員 のプロフィー ル で あ り名 刺 で あ り長 め のキ ャッチ コピー で あり 備 忘 録 で もあるの で す 。 人 となりとか 生 き様 とか 立派 な日本 語 が あります が、 そうしたものをめ ざ してい るとも云えるか もしれ ませ ん。 叢 書 とい う名 称 を記 したの は、 この 「叢(く さ む ら)」 とい う表 現 か らは た だ ち に 「神 経 叢 (plexus)」 が 連 想 され るか らで す 。 神 経 叢 は 異 なった複 数 の神 経 が ひとつ の場 所 に集 め られ そ こか ら機 能 と場 所 ごとに而 び 枝 分 か れ して い る場 所 を表 わ します 。IAMAS叢 書 の執 筆 者 は 異 なった場 所 か らや って きて 、 また 異 な った 場 所 へ と向 か って ゆく、 そ うしたダ イナ ミズ ムの 一 過 程 として 纏 められ てい ると捉 えてい ただ けれ ば と思 います 。 また、 この神 経 という概 念 も、 す で に60年 代 にティモ シー ・リアリー とい う奇 人 によって著 され た 『神 経 政 治 学 」 とい う誉 名 からインスパ イアさ れ てもいます 。 この書 物 は人 間 の神 経 組 織 が こ の地 球 に対 して いか に拮 抗 しえるか とい うことに つ いて書 か れ た 奇 想天 外 な書 物 です が、「神 経 (意識)」 と 「量 子 」 との関 係 が 取 りざた され て い る現 状 を思 えば 、 先 駆 的 な 文 明 書 で もありま した。 彼 と一 緒 にオ タクな研 究 をして いた の が ステ ィーブ ・ジョブ スで あ った こともよく知 られ て います 。 一 人 ひ とりの 教 員 を世 界 を構 成 す る神 経 にな ぞ らえて、それ らの 神 経 たちが 世 界 に、地球 に、 宇 宙 にどの ように さらな る神 経 系 を拡 張 して ゆ くか、 そん な壮 大 な意 図 で この叢 書 は計 画 され ました。 情 報 科 学 芸 術 大 学 院 大 学 メデ ィア文 化 センター 長 小 林 昌廣電気文 明の芸術
テ クノロジ ー と音 楽 を め ぐる覚 え 書 き
三輪 眞弘
作 曲家 、IAMAS(情 報 科 学 芸 術 大 学 院 大 学) 教 授 、 1958年 東 京 に生 まれ る。1974年 都 立 国 立 高 校 入 学 以 来 友 人 と共 に結 成 した ロックバ ンド を 巾 心 に 音楽 活 動 始 め1978年 渡 独 。 国 立 ベ ル リン芸 術 大 学 で 作 山 をイサ ン ・ユ ンに、1985 年 より国 立 ロベル ト・シュー マ ン音 楽 大 学 で ギ ュ ンター ・ベ ッカーに師 事す る、,卒業 後 は 作 曲 家 として ドイツを拠 点 に活 動 す るか た わ ら、 ロベ ル ト・シューマ ン音 楽 大 学 、 ケ ル ン、 メデ ィア芸 術 大 学 の非 常 勤 講 師 を勤 め、1996年IAMAS の 創 設 メンバ ーの ひ とりとして 帰 国,,岐 阜 県 立 国 際is.ry報科 学 芸 術 アカデ ミー教 授 、2001年 よ り情 報科 学 芸 術 大 学 院 大 学 教 授 。 1980年 代 後'ト か らコン ピュー タを 用 い た 作 曲 の.可 能 性 を 探 求 し、 特 に ア ル ゴ リズ ミック ・コン ポ ジ シ ョン と1呼ば れ る 手 法 で 数 多 くの 作 品 を 発 表 。 そ れ ら は 国 際 コ ン ピ ュ ー タ 会 議(ICMC 88、Colognc)や 、 ア ル ス ・エ レ クトロニ カ な ど 、 世 界 的 な 舞 台 で 高 い 評 価 を 受 け て い る。 ま た 、 ア ッケ ・ワ ー ゲ ナ ー との インス タレ ー シ ョン 、 前 川 真 二 郎 との オ ペ ラ、 小 笠 原 則 彰 や マ ル テ ィン ・ リッチ ズ との 美 術 作 品 、 佐 近 田 展 康 との パ フォー マ ンス な ど 、 多 くの ア ー テ ィス トとの コラボ レー シ ョ ン な ど を は じめ 、CD制 作 、 執 肇 な ど、 そ の 活 動 は 多 岐 に 渡 る,, 1日 「方 法 主 義 」同 人 。 コンピュー タ 歌 唱 ユ ニ ット 「フ ォル マ ン ト兄 弟 」 の 兄,(社)1レ ト作 山 家 協 議 会 理 事/日 本 電 子 音 楽 協 会 副 会 長/情 報 処 理 学 会(IPS)音 楽 情 報 科 学 研 究 会 インター カ レッ ジ ・コンピュー タu楽 ワー キ ング グ ル ー プ 副 代 表 、,.主な 作 品 2009 『フレデ ィーの 墓/イ ンター ナ シ ョナル 』共 作 2007美 術 作 品 『Thinking Machine』 共 作 2007 ガ ム ラ ン音 楽 「愛 の 賛歌 』 2006 弦 楽 の た め の 「369,B氏 へ の オ マ ー ジ ュ』 2004 オ ー ケ ス トラ の た め の 『村 松 ギ ヤ ・エ ンジ ンに よ るボ レロ』 2003 篁 筏 の た め の 「蝉 の 法』 LOO3 2002 2000 1998 美術 作 品 『ま た り さま 人 形』 共作 逆 シ ミュ レー シ ョ ン音 楽 「ま た りさ ま』 モ ノ ロー グ ・オ ペ ラ 『新 しい 時 代』 『言 葉 の 影 、 ま た は ア レル ヤ 』 主 な 受 賞
2009 PRIX ARS ELECTRONICAデ ジ タル ミュ ー ジ ッ ク部 門 佳 作,オ ー ス トリア 『フレデ ィーの 墓/イ ンター ナ シ ョナル 』 『デ ジ タル ミュ ー ジ ッ ク にお け る6つ の パ ー ス ペ クテ ィブ』 共作 2008 PRIX ARS ELEC"1'RONICA ハ イ ブ リッ ドア ー ト部 門 佳作,オ ー ス トリア 音 楽 生 成 機械 「Thinking Machine』 共 作 2007 PRIX ARS ELECTRONICAデ ジ タ ル ミュ ー ジ ッ ク部 門 グ ラ ンプ リ,オ ー ス トリア 新 しい音 楽の 方法論 『逆 シ ミュレー シ ョン音楽 』 2004 .芥川作 曲 賞 受 賞 オ ー ケ ス トラの た め の 『村 松 ギ ヤ ・エ ンジ ンに よ るボ レロ』 1995 村 松賞 新 人 賞 音楽 舞踊 待 望 の 新 人 と して 1992 第14回 ル イ ジ ・ル ッ ソ ロ作 曲 コ ン クー ル 第1位,イ タ リァ テ ー プ の た め の 「Dithyrambe』 1991第19L』 「今 日の 音楽 」 作 曲 賞第2位 ク ラ リネ ッ ト、 ホ ル ン、 フ ァゴ ッ ト、弦 楽 五r:奏 とエ ン ドレス ・テ ー プ の た めの 「歌 え よ、 そ して パ チ ャマ マ に祈 れ!』 1989 第10回 入 野 賞 第1位 、 メ ゾ ・ソプ ラノ と コ ン ピ ュ ー タ制 御 に よ る 自動 演 奏 ピ ア ノの た め の 「赤 ず きん ち ゃん 伴 奏 器』 1985 ハ ムバ ッヒャー作 曲 コ ンクー ル佳作 、西 ドイツ、 バ イ オ リ ンの た め の 「詩 人 で な い 人 は …』 主 な 出 版 物 2008 「洪 水 」 第 三 号 「特 集:三 輪 眞 弘 の 方 法 」 草 場 書房 2007 『ピア ノ は い つ ピア ノ に な っ た か?』 伊 東 信 宏 編 、 共 著 、阪 大 リー ブ ル 2004 computer Music Journal(MIT Press)冬 号 (Volume 28)特 集 付 録DVDに フ ォ ル マ ン ト 兄弟 の 「兄 弟deピ ザ注 文』 ライ ブ ビデ オ収 録 'LOO4 2001 2001 'LOO1 2001 1999 1998 1995 1995 「イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル 』 編 曲 ・共 作 を 曽 我 部 清 典 の 「ト キ ノ コ ダ マ2」 に 収 録 「Wach jetzt auf!』 を 小 林f畢 の コ ン ピ レ ー シ ョ ン ア ル バ ム 「routine」 に 収 録 、 Polydor 作 品 集CD『 言 葉 の 影 、 ま た は ア レ ル ヤ 』 S"1'EINHAND 作 品 集CD『 新 し い 時 代 信 徒 歌 曲 集 』 昇 天 少 年
中 村 和 枝 のCD「to you from,,.」 に ピ ァ ノ の た め の 「語 ら れ た.音楽 が 語 る と き、 ク ラ ー レ ン ス ・バ ル ロ ー の 言 葉 に よ る 』 を 収 録 、ALM 作 品 集CD『 界 天 す る 世 紀 末 音 楽 』 シ リー ズ 4枚 組 、 昇 天 少 年 作 品 集CD『 東 の 唄 』 フ ォ ン テ ッ ク 作 品 集CD『 赤 ず き ん ち ゃ ん 伴 奏 器 』 フ ォ ン テ ッ ク 「コ ン ピ ュ ー タ ・エ イ ジ の 音 楽 理 論 』 ジ ャ ス ト シ ス テ ム
は じめ に:西
洋 音 楽 と民 族 文 化
ぼ くは ドイ ツ の 音 楽 大 学 で 作 曲 を 勉 強 した 。 日本 で 育 った 日本 人 で あ る に もか か わ らず 、 今 の ところ ぼ くは 良 き日本 の伝 統 音 楽 の 聴 衆 とい うわ けで は な く、 「洋 楽 」 作 品 ば か りを書 いて い る。言 うまで もな く、日本 には 昔 か ら様 々 な 種 類 の 邦 楽 と呼 ば れ る音 楽 が あ る。 それ な の に、 なぜ ぼ くは ドイツ に まで 出 掛 けて 洋 楽 を 学 ぶ ことになった の だ ろうか?そ れ は当 然 の こ とな の だ ろうか?邦 楽 は洋 楽 にくらべ て、 取 る に 足 らな い 民 族 芸 能 で しか な い の だ ろ うか? た とえ ば 精 巧 な メ カニ ズ ム を備 え た フル ー ト に比 べ て 竹 を 削 った だ け の ような 尺 八 は 日本 入 の 知 恵 が 不 足 して い た か らそ うな った とで も言 うの だ ろ うか?… … もち ろん 、 そ うで は な い だ ろ う。 も し、 この 世 界 を 理 解 す る仕 方 に 「か たち」 が あ るとす れ ば 、 異 な る文 化 が異 な る言 語 を もつ の とまった く同 じように、 様 々 な 文 化 固有 の 「思 考 のか た ち」というもの が あ り、 そ の 「思 考 の か た ち」 が それ ぞ れ 違 った だ け だ ろ う。 そ して この 異 な る 「思 考 の か た ち」 こ そ が 、 人 類 の 多 様 な文 化 を 生 み 出 して きた こ とは言 うまで もな い。 しか し、 日 本 人 の ぼ くが 西 洋 音 楽 を 学 ん だ の に は 個 人 的 な興 味 を越 え た 明 確 な 理 由 が ある。つ まり、明治 維 新 以 来 、様 々な ヨー ロッ パ の 科 学 技 術 が 輸 入 され 、 以 来 今 に至 る まで 続 く日本 で の 洋 楽 愛 好 と洋 楽 の教 育 が 続 いた か らで あ る。 しか し、 異 文 化 を 知 るこ とが い か に 大 切 で あ る として も、 日本 に お い て 子 供 の 時 か ら学 校 で 洋 楽 ば か りが 教 えられ て きた ことは、 考 え てみ れ ば 不 思 議 な ことだ と言 うし か な い。 他 な らぬ ぼ くも また 、 「音 楽 」 とい え ば 当 然 の よ うに洋 楽 の ことを 意 味 す る と思 っ て 育 っ た。 さら に、 な ぜ 、 例 え ば イ ン ドの 音 楽 で はな く、 西 洋 の音 楽 が この 日本 で 、 いや 世 界 中 の 非 西 洋 地 域 で 教 え られ る ようにな っ た の か とい え ば、 西 洋 の 「思 考 の か た ち」、 つ ま り論 理 的、 合 理 的 な考 え方 が あ ら ゆ る他 の 考 え方 よ りも圧 倒 的 に強 か った か らに他 な らな い。 ここで 言 う 「強 い 」 とは、 異 文 化 理 解 にお いて 「論 理 性 」 こそが 最 も普 遍 的 な尺 度 とな るとい う意 味 で の 「強 さ」 で あ り、 また 単 に それ で 異 文 化 と競 争 を した ら勝 つ、 もっ とは っき り言 え ば、 戦 争 に負 け な い、 とい う 経 験 に基 づ い た もの だ 。 その ことは明 治 の 富 国 強 兵 策 の 例 を ひ くまで もな く、 あ らゆ る 民 族 に とって まさに生 存 を 賭 け た至 上 命 令 となっ た の で あ り、 地 球 上 の 多 くの 国 々 は こ の ヨー ロッパ で 発 達 した 「思 考 の か た ち」 を学 習 し、 何 よ りも軍 事 を は じめ とす る科 学 技 術 力 の競 争 を始 め た わ け で ある。 今 で は 「西 洋 の音 楽 には 普 遍 性 が あ る」な どと語 る日本 人 に はめ っ た に会 えな い が 、 ぼ くが 子 供 の 頃 に は い くら で も そ う語 る人 々 が い た ほ どだ 。 た だ 、 ここ で 難 しい点 は、 ヨー ロ ッパ 地 方 の 「伝 統 芸 能 として」 の 西 洋 音 楽 と、 そ れ を 生 み 出 した西 洋 文 明 とが、 当 然 の こ ととして、 分 か ち が た く結 び つ い て い る ところ で あ る。 そ して 西 洋 で 発 達 した 「思 考 の か た ち」 は た しか に西 洋 音 楽 と同様 、 数 あ る地 上 の様 々 な 「思 考 の か た ち 」 の ひ とつ に 過 ぎ な い と言 うに は あ ま り にその 影 響 力 が圧 倒 的 で、 西 洋 人 の み な らず 地 球 全 体 を巻 き込 み 、 決 して過 去 に は 後 戻 り で きな い世 界 を作 り出 して きた ので あ る。西 洋 音 楽 の歴 史 一1:
書 か れ た音 楽
西 洋 音 楽 の特 徴 を 「楽 譜 」 という視 点 か ら考 えて み よう。 多 くの 文 化 に お い て 演 奏 す べ き 音 を記 号 化 し「覚 え書 き」として書 き留 めた 「楽 譜 」 は様 々な形 で存 在 す る し、 西 洋 で も大 昔 は そ うだ った。 しか し複 雑 か つ 繊 細 な 「音 楽 の 音 」 を音 高 とタイ ミング とい う、 た った2っ の 変 数 で 指 定 され た 音 の 集 ま りと して 捉 え、 時 間 軸 と音 高 軸 の2次 元 平 面 に グ ラ フィカ ル に 配 置 す るように な った 時 か ら西 洋 音 楽 の 独 自 性 は 始 まる。 これ は 定 量 記 譜 法 と呼 ば れ 、 これ こそが 「書 か れ た 音 楽 」文 化 の は じまりで あ る。 この 制 度 は 歴 史 的 に様 々な段 階 を経 て 確 立 され て いった もの だ が、 それ に よって音 楽 表 現 と いうもの を 「作 曲」 と 「演 奏 」 という2 つ の プ ロセス に切 り離 して しまった とい う意 味 で人 類 史 上初 の 画 期 的 な 出 来事 だ った 。 或 い は この2つ を、 「構 造 と実 体 の分 裂 」 と言 い換 えて もよい。 西 洋 音 楽 史 上 偉 大 な作 曲 家 の 多 くが 、 同 時 に素 晴 ら しい演 奏 家 で もあ った 事 実 か らもわ かるように、 「演 奏 」 の ことをまった く知 らな い人 が 「作 曲 」 な どで きそうには な い としても、 演 奏 され た もの の 「覚 え書 き」 か ら 離 れ 、 楽 譜 と対 峙 しつ つ 記 号(二 音 符)を 使 い な が らい まだ 作 曲 家 本 人 で す ら実 際 に は聴 い た ことの な い 音 楽 、 さら に言 え ば、 必 ず し も楽 器 に依 存 しな い 音 楽 を考 え 出 して い くとい う独 特 な制 度 は実 に 多 くの も の をも た ら した。 つ まり、 音 符 の 組 合 せ の み か ら 「理 屈 で は そ うな る はず 」 の 音 楽 を考 え 出 す ことが 可 能 に なった ので あ る。 「理 屈 で は そ うな る は ず 」 の こ とが 、 実 際 に はな か なか そ うな らな い の が 世 の 常 で あ る。 例 え ば 、 ふ た つ の 異 な る 音 高 を 二 人 が 同 時 に歌 え ば、 しか るべ き音 程 の 持 続 が 聞 こえ る は ず だ が 、(西 洋)音 楽 の 訓 練 を 受 け て い な い人 に とって 、 相 手 の 声 に 影 響 され ず にひ とつ の 音 高 を持 続 して 歌 い続 ける ことは か な り難 しい は ず だ 。 しか し、 西 洋 で は本 当 にそ うな るよ うに、 声 楽 な らば 発 声 法 や 音 感 の ト レー ニ ング で 、 器 楽 な らば 楽 器 の 改 造 や 奏 法 の 開 発 な ど に よって 徹 底 的 に 現 実 をそ の 理 屈 に近 づ けて い った 。 そ の 結 果 と して、 西 洋 音 楽 に お いて は 常 に揺 らぎ のな い正 確 な ピッ チ と明 瞭 な 発 音 が 求 め ら れ 、 逆 に余 計 な倍 音 や ノイズ を 多 く含 む 音 は 「非 楽 音 」 として 退 け られ て い った。 さら に、 通 常 正 確 な ピ ッ チ が 意 識 され な い 太 鼓 で さえ、 た とえ ば テ ィ ン パ ニ とい う調 律 可 能 な 楽 器 として 改 造 され ず に は い られ な か った の だ 。 な ぜ な ら 「ピ ッ チ の わ か らな い 音 は 楽 音 と して書 き記 す こ と が で きず 、 書 か れ て い な い もの は 音 楽 で は な い か ら」 で あ る。 これ は、 微 細 な ピ ッチ の 揺 らぎや 、 ノイズ を 含 む 歌 声 や 楽 器 固 有 の 響 きの総 体 に美 の 本 質 を見 出 して きた 他 の 様 々 な 民 族 音 楽 か ら見 た ら、 実 に異 様 な こ とな の で あ る… … まわ りか ら は異 様 だ と思 わ れ て も 「君 た ち が 野 蛮 な の だ 」 と言 い 返 し、 そ の 結 果 、 西 洋 音 楽 で は どん な種 類 の 楽 器 を使 っ て も同 一 の 旋 律 や 和 音 を奏 で る こ とが 可 能 にな り、 さらにそ れ ら は 「移 調 も転 調 も可 能 」 な 能 力 を 持 つ よ うに まで な って い った 。 そ れ らは す べ て 書 き記 す こ とが 可 能 で あ る以 上 、 実 現 さ れ ね ば な ら な か っ た、 つ ま り書 き記 す こ とに よって 引 き起 こ され た 特 別 な 出 来 事 だ った の だ 。 市而[貢 リム1ヒ ノKk文1日月0)芸 沐【5西 洋音 楽 の歴 史 一2:
五 線 譜 とテクノロジ ー
西 洋 音 楽 と西 洋 の 「思 考 の か た ち」 か ら生 ま れ た テ クノ ロジ ー と は常 に 密 接 な 関 係 を 保 っ て きた 。 例 え ば ピア ノとい う楽 器 の 改 変 の 歴 史 をみ れ ば 、 時 代 の要 請 に 応 じてそ の 時 々の 最 新 のテ クノロジ ーが 駆 使 され て きた … … と言 え ば、 確 か にそ うか も しれ な いが 、 見 方 を 変 え ると、 む しろテ クノ ロジー によって音 楽 は 作 られ て きた と言 うこともで きるの で は な い か 。 も しそ うな ら ば 、 西 洋 の 音 楽 が あ た か も、 新 しい音 の 組 合 せ を求 め続 ける作 曲家 の 要 請 に従 って、 楽 器 や 奏 法 を改 良 改 善 され て 来 た か の ように捉 える ので は な く、 む しろ テ クノロ ジ ー とい う 「何 者 か」 に音 楽 家/人 間 は 追 い 立 て られ なが ら新 しい何 か を生 み 出 し続 けて き た ということだ 。 … … それ につ いて 少 し考 え て みよう。 た とえ ば 西 洋 中 世 以 来 か らの 話 だ が 、 そも そ も歴 代 の 作 曲 家 達 は ど うして 「理 屈 で は そ うな るは ず 」 の新 しい 音 の 組 合 せ を 求 め 続 け な くて は な らな か った の だ ろ う?… もち ろん 、 いつ の 時代 で も新 曲 を書 か な けれ ば 作 曲 家 は 生 活 で きな かった か ら、と言 うか も しれ ない が 、 そ れ で は 「新 しい音 の 組 合 せ を求 め 続 け る」 とい う部 分 を説 明 して い な い。 実 際 に、 他 の 文 化 圏 に存 在 す る様 々な 音 楽 に は、 ほ とん ど 「新 しさ」 な ど と い う価 値 観 は な か った の で あ る。 先 に ぼ くは、 西 洋 音 楽 が 「書 き記 す こ とが可 能 で あ る以 上 、 実 現 され ね ば な らな か6「 \NI\S ql}Nla、ai,1[ONi1、 、a
った 」 と書 い た が、これ こそ が その 答 えだ ろう。 言 い換 えれ ば 「五 線 紙 が あ った か ら」 に他 な らな い 。 ず い ぶ ん 間 の抜 け た 答 え に 聞 こえ る か も しれ な い が 、 この ち っぽ けな 「物 」 を使 い こな す 定 量 記 譜 法 とい う 「技 術 」 が 、 あ く こ とな き進 歩 を 西 洋 音 楽 に 強 い るこ とに な っ た と言 う意 味 だ。 な ぜ な ら五 線 譜 に よって、 音 楽 は 「再 現 可 能 」 「練 習 可 能 」 「暗 記 不 要 」 「編 集 可 能 」 「分 析 可 能 」 「大 量 流 通 可 能 」 な も の とな り、 必 ず 既 存 の 作 品 と 「比 較 」 され なが ら生 み 出 され ず に はい られ な くなった か らで ある。つ ま り音 楽 が 五 線 紙 に書 か れ るよ うにな って か ら、 人 は まだ今 まで に試 され て い な い 「理 屈 で はそ うな るは ず 」 の音 の 組 合 せ とい う広 大 な 「可 能 性 の 沃 野 」 を見 ず に は い られ な くな った ので あ る。 大切 な の は、 そ の よ うな 「可 能 性 」 を見 つ け るた め に 定 量 記 譜 法 /五 線 紙 が 生 み 出 され た の で は な く、 す べ て は 定 量 記 譜 法/五 線 紙 が あ った か ら、 事 後 的 に 人 間 はそ の ように考 える ように なって い った とい うことで あ る。 これ を 「定 量 記 譜 法 という 技 術 が 音 楽 に対 す る考 え方 を変 えて しまった」 と表 現 して も構 わ な い の だ が 、 そ の 「技 術 」 は 五 線 紙 とい う 「物 質」 な しに は決 してあ り得 な かった とい う点 が 重 要 で ある。 さらに、 五 線 譜 を物 理 的 に構 成 す る素材 としての 紙 や インク も また、 人 類 が 生 み 出 した テ クノ ロジ ー の 偉 大 な産 物 で あ り、「紙 や インクが既 にそ こにあ っ た か ら」 こそ、 定 量 記 譜 法 が 考 え 出 され た の で あ る。 そ れ は また 更 に、 五 線 紙 とい う物 が あ った か らこそ、その 上 で は じめて可 能 にな る、 音 楽 に お ける様 々な 知 識 の 蓄 積 や 規 則 性 の 発 見 、 す なわ ち対 位 法 や 和 声 法 な どの、 よ り 抽 象 的 な 「音 楽 理 論 」 を生 み 出 して い くこと に なった のだ 。
西 洋 音 楽 の歴 史 一3:
テクノロジーを駆 動 す る
「
思 考 の か たち」
もちろ ん、 音 楽 に お い て定 量 記 譜 法/五 線 譜 が 引 き起 こ した 変 革 は決 して 単 独 の 出 来 事 で は な く、 む しろ西 洋 文 明全 体 に起 きた世 界 認 識 にお け る大 異 変 の ほ ん の 一 例 に 過 ぎな い。 例 え ば楽 器 の改 変 や 奏 法 な どの演 奏 に関 係 す る諸 事 情 もまた、 「美 しい音 楽 の た め に」 とい うことは ひ とまず 置 いて、 音 域 は狭 い よ り広 い 方 が望 ましい 、 音 は 小 さい より大 きい方 が望 ま しい、音 は安 定 して いた 方 が望 ましい 、そ して、 楽 器 はす べ て の 半 音 階 を 出 せ る方 が 望 ましい とい う、 実 は、 誰 か が 命 令 した わ けで もな い、 しか し西 洋 で は 誰 も疑 うことが な か った 強 力 で 単純 な合 理 的 価 値 観 に従 って 「進 化 」 して い っ た。 それ は、 「ピアノは す べ ての 半 音 階 を均 一 に 鳴 らせ るの に、 トランペッ トの 、 この 音 だ け は正 確 な ピッチで 出せ な い」 とい う、 「… … な い 」 とい うことを 次 々 と発 見 して しまう感 受 性 で あ り、「で きな い ことは技 術 や 肉体 の 鍛 錬(こ れ も技術 で あ る)に よって克 服 され るべ きで あ る」という思 想 で あ る。 逆 に言 えば 、そ れ は 「今 で きる範 囲 で 何 とか つ じつ まを合 わ せ て生 きて い く」 と いう、 地 球 上 の 人 類 が 古 来 培 って き た英 知 をか な ぐり捨 て て、 「この世 界 に は い た るところ に問 題 が あ り、 そ れ らは必 ず 克服 され ね ば な らな い」 と確 信 す る、 まった く新 しい、 西 洋 で 生 ま れ た 「思 考 の か た ち 」 な の だ 。 なぜ な ら、 それ まで は 「今 で きる範 囲 」 という 概 念 、 す な わ ち、 い まだ に 出 来 な い こ とが あ るという「世 界 の 見方 」その もの が 存 在 しな か っ た か らだ 。 そ して 「問題 」 は どの ように克 服 さ れ るの か とい えば 、 物 質 に 支 え られ た 「技 術 によって」 に他 な らな い 。 た だ し、そ の 「問 題 」 とは 、 ほ とん どの 場 合 、 そ れ が もともとあった の で は な く、 解 決 のた め に考 えられ た 「技 術 」 こそ が 、 克 服 され るべ き 「問題 」 を果 て しな く 生 み 出 し続 けて い るとい うことを 忘 れ て はな ら な い。 単 純 化 して いえ ば 、 半 音 階 を 当然 の よ うに 奏 で る ピア ノが あ るか ら こそ、 トランペ ッ トに は 「出 せ な い音 」 が 発 見 され るの で あ る。 そ して、 この 「問 題 発 見 と技 術 に よる解 決 」 の 繰 り返 しこそ が、 一度 始 まった ら誰 にも止 め られ な い 無 限 ル ー プ の始 ま りで あ り、 や が て そ れ は地 球 上 の 全 人 類 を 巻 き込 む、 テク ノロ ジ ー によって 支 えられ た 現 代社 会 の 前提 とな る 「思 考 の か た ち」 となった の だ。 そ の ような 意 味 で 、 西 洋 音 楽 の 歴 史 は偉 大 な 作 曲家 達 の 創 造 力 によって発 展 した わ けで は あ り得 ず 、 それ どころ か 「音 楽 的」 な理 由 か らは ほ とん ど何 も説 明 で きな い もの で あ り、 む しろ 「テ クノ ロジー に よって駆 動 され る西 洋 世 界 」 をは っきりと裏 付 け る形 で突 き進 んで き た と説 明 した 方 が ず っとわ か りや す い だ ろ う。 そ して 音 楽 、 す な わ ち人 間 の 感 性 とテ クノ ロ ジ ー の 幸 福 な 蜜 月 時 代 が ひ とつ の 頂 点 を 迎 え た 「ロマ ン派 の 時代 」 を過 ぎ た後 、20世 紀 にな って も はや テ クノ ロジ ー が 芸 術 の 美 や 人 間 の精 神 とは まった く無 関係 な原 理 に従 って勝 手 に 進 化 して い く 「何 者 か 」 で あ るこ とが 明 白 にな っても、 ぼ くら は まだ 、 テ クノロ ジー が 自分 達 の 支 配 下 に あ る、 単 な る 「もの 」 を 扱 う知 恵 、 す な わち 「道 具 」 の延 長 とい うカ ワイ イもの だ と信 じようとし続 けて きた わ けで あ る。 いわ く、 「新 しいテ クノロジー は これ か らも さら に、芸 術 表 現 の 新 しい可 能 性 を拓 くはず だ 」と。 … … こ の 問 題 を考 え るた め に20世 紀 の 西 洋 音 楽 の 状 況 を もう少 し詳 しくみて み よう。 IIINIL Ilr'<L丈IIIレ ー1、 720世 紀 の 西 洋 音 楽 一1:
「
音 楽 というもの」 の 定 義
ヨー ロッパ 中 世 以 来 継 続 的 に 「発 展 」 して き た 西 洋 音 楽 が あ る時 、 特 別 な 時 代 を 迎 える。 19世 紀 後 半 の 後 期 ロマ ン派 の 時 代 で あ る。 結 論 を先 に 言 え ば 、 この 時 代 を終 点 として 西 洋 音 楽 の 歴 史 は突 如 終 わ り、 な ん と100年 以 上 今 に 至 るまで 「凍 結 」 され た ままで い る。 す な わ ち 西 洋 音 楽 の輝 か しい レパ ー トリー は、 お よそ この 時期 まで の もの で あ る。 その 事 実 は、 例 え ば 、 世 界 中 の(西 洋 音 楽 の)音 楽 会 で演 奏 され る曲 目の 演 奏 回 数 と作 曲 年 代 を 調 べ て み れ ば 、 決 して 誇 張 で はな い ことが わ か るは ず だ 。 そ れ と同 時 に、 常 に改 良 と発 展 を 続 けて きた様 々な 西 洋 楽 器 は この 時 代 以 後 、 基 本 的 に まった く変 化 してい な い し、 ロマ ン派 の時 代 に突 如 大 が か りにな った オ ーケス トラの 編 成 は そ れ 以 後 、 その まま規 模 を 変 えて いな い。 また 、ロマ ン派 以 前 で は 当然 の ことで あっ た 「演 奏 され 聴 か れ る音 楽 は同 時代 の 音 楽 」8 1\NI¥S ql} Nla、ahl[〔 ハi1、 、a
とい う、 現 代 な ら ばポ ップ ス が そ うで あ るよ う な 習 慣 が 消 え、100年(以 上)前 か ら 西 洋 音 楽 は、 まる で 骨 董 品 を 愛 で る か の ように、 過 去 に作 られ た 作 品 をもっぱ ら作 曲 者 不 在 で 「演 奏 家 」 が 演 奏 し、 楽 しまれる もの になる。 しか し、 なぜ か、 これ らの事 実 を20世 紀 の 人 々 は どう して も認 め ようとは しな か った。 つ ま り、 西 洋 音 楽 は 「進 歩 」 を続 け、 そ れ まで 同 様 、 「演 奏 され聴 か れ る音 楽 は そ の 時 代 に 作 られ た 音 楽 」 で あ るべ きだ と信 じ続 け た の で あ る。 そ れ まで と変 わ らず 、 新 しい 時 代 の 到 来 と共 に 今 まで に はな か った 「新 しい音 楽 」 が 生 まれ て くるべ きだ った。 た だ し、 ロマン派 の 時 代 に生 まれ た、 過 去 の 音 楽 を愛 好 す るよ うにな った 新 しい聴 衆 が い る横 で、 古 き良 きも の を単 に真 似 るわ け に は いか な かった。 事 実、 科 学 や 技 術 は進 歩 を続 け 目を見 張 るよ うな新 しい 世 界 を 日々生 み 出 し続 け て い る中 で 音 楽 だ け が停 滞 して は な らな い。 … … そ の よ うな 板 挟 み の 状 態 で、 しば ら くの 間 は 偉 大 なる遺 産 として の 「調 性 」 音 楽 に お ける 「理 屈 で は そ うな るは ず 」 の 新 しい 音 の 組 合 せ 、 す なわ ち構 成 法 が わ ず か に残 って いた が、 それ もや り尽 くされ ると、 「新 しい音 楽 」 の た め に、 「調 性 」 とい う、 それ まで の音 楽 の大 前 提 とな って いた 体 系 自体 を 手 放 す こ とに なった の で あ る。 「音 楽 に は 必 ず 調 性 とい うもの が あ るもの だ」 と い う大 前 提 さえ な くせ ば 、 まだ まだ 「理 屈 で は そ うな るは ず 」 の新 しい 音 符 の組 合 せ が 自由 に考 えられ るに違 いな い か らだ。(「調 性 」 とい う言 葉 は 「調 性 の な い 音 楽 」 が 生 まれ て 初 め て 意 識 され る ように なった もので あ ること は 言 うまで もな い だ ろう)。 この 、音 楽 の 定 義 に お ける 「規 制 緩 和 」 とも いえ る、 ぎ りぎ りの決 断 は、 た ち まち 「音 楽 に は 口 ず さめ る旋 律 が
あ るもの だ」 とい う常 識 や 「音 楽 か らは 拍 子 が感 じられ るもの だ」 な ど、 様 々な 「音 楽 とい うもの」 の 前提 か らの逸 脱 へ と波 及 して い か ざ るを得 な か った 。 そ れ は 一 見 、 当然 の 帰 結 の ように見 え る し、 また、 そ の 通 りに な った の で あ る。 しか し、 そ れ らは意 識 化 され な か った 暗 黙 の 了 解、 つ まり、 より動 か しが た く深 い先 入 観 に よって生 み 出 され たもの で あ ることを忘 れ て はな らな い。 す なわ ち、 音 楽 は常 に 「新 し くな け れ ば な らな い 」、 「作 曲家 の 内 面 世 界 を 伝 えるもの でな くて はな らな い」、 「他 には な い 個 性 に よって聴 衆 に 訴 えか け るもの でな くて は な らな い」 等 々、 ロマ ン主 義 の 時 代 に特 有 な 「音 楽 とい うも の」 の定 義 を大 前 提 に して い た か らこそ 、100年 前 まで と同 じように音 楽 は 「進 歩 を続 けな けれ ば な らな い」 と20世 紀 の 人々 は 信 じ続 け た わ け で あ る。 言 うまで もな く、 この ような 「音 楽 とい うもの」 の定 義 は非 西 洋 世 界 ど ころか 、 西 洋 音 楽 の 歴 史 にお いて さえ、 きわ め て特 殊 な もので あ る。そ れ は、た とえば 、 」.S.バッハ の 音 楽 を聴 け ば、 彼 が そ の ような 定 義 とは全 く無 縁 な 世 界 で 作 曲 して い た こと が わ か る はず だ し、 音 楽 の 「進 歩 」 は結 果 な の で あって、 音 楽 の 目的 で はな い。
20世 紀 の西 洋 音 楽 一2
ロマ ン派 以 後 の作 曲
作 曲 家 が 五 線 紙 に 或 る 音 符 を 書 き込 む と、 それ が(あ る)演 奏 家 の 行 為 を限 定 し、 極 め て正 確 に指 定 され た 「音 」 が この 世 界 に必 ず 発 生 す るとい う西 洋 音 楽 の基 本 は、 ロマ ン派 の 時 代 まで 発 展 を 続 け、 改 良 され 、 そ して 完 成 され た 。 管 弦 楽 の場 合 な ら ば、 あ とは どう や って この 制 度 を使 い、 音 色 の パ レッ トを 自 在 に操 り、 今 まで にな か った新 しい 絵 が 描 け るか を20世 紀 の 作 曲 家 は考 えて い け ば 良 い わ けで あ り、 そ れ こそ が 作 曲家 の 仕 事 で あ るは ず だ。 … … しか し、 その よ うに 考 える ところ に こそ、 作 曲 とい うもの を考 え る上 での 大 きな 誤 解 が あ った。 そ もそも、 この素 晴 らしい色 彩 の パ レッ トは、 あ くまで も ロマ ン派 の(そ して 調 性 の あ る)音 楽 を 実 現 させ る要 請 に従 って 改 良 され て きた もの で あ り、 徹 底 的 に 「ロマ ン 派 音 楽 の た め に 」 最 適 化 、 つ まりチ ュー ニ ン グ され た もの な の で ある。 大 編 成 の オ ー ケス トラが ロマ ン派 の 作 品 を輝 か しく、 また 劇 的 に 響 かせ るの は 、 そ もそ も、 そ うな るように 楽 器 も奏 者 も長 い時 間 を か けて チ ュー ニ ング を 続 けて きた か らに他 な らな い。 つ まり決 して、 初 め か ら大 編 成 の オ ー ケス トラ が存 在 して いて 、 そ の お か げで ロマ ン派 の 名 作 が 生 まれ た わ け で は まった くな い の だ。 しか し、20世 紀 の 作 曲家 達 は これ とまった く逆 さまの順 序 で創 作 を 続 け な け れ ば な らな か った。 そ れ は 「伝 統 」 として大 編 成 の オ ーケ ス トラが 既 に 存 在 し、 そ れ を 「使 って 」 作 品 を 創 る とい うことで あ る。 作 曲 家 が 考 え た 「理 屈 で はそ うな る はず 」 の 新 しい音 の 組 合 せ を実 現 す るた め にこそ、 楽 器 や 奏 法 は 常 に改 良 され て きた の に、 「新 し い音 楽 」 の ため に新 しい記 譜 法 を考 案 した り、 楽 器 や 演奏 法 を新 た に作 り出 した りす るような ことは、突 如 、 御 法 度 に なっ て しまった。 そ し て 「伝 統 的 な」 記 譜 法 に従 い、 楽 器 、 奏 法 を うまく 「使 って み せ る」 ことだ けが 、 音 楽 で あ る とい うことを保 証 す る最 後 の 拠 り所 に なった の で あ る。 逆 に言 え ば 、そ の拠 り所 に さえ従 っ て い れ ば普 通 の 人 に は到 底 音 楽 と して 受 け入 れ られ な い 音 響 もまた 、 「現代 音 楽 」 として認 め られ ることになった のだ 。 IIINIL II,'<L丈IIIレ ー1、 9メデ ィア と芸術 一1:
視 聴 覚 装 置 の誕 生
中世 以 後 続 いて きた テクノロジー と音 楽 の 歴 史 に お い て、 もうひ とつ、 この 時 代 に 前 代 未 聞 の 出 来事 が 起 きる。 それ は画 期 的 な新 楽 器 が 発 明 され た とい うことで はな い。 そ うで は な く、 も っ と、 は るか に根 本 的 な 変 革 、 す な わ ち 「音 そ の も の 」 が 装 置 に よっ て 聴 か れ た り、 生 み 出 され た りす るようにな った とい うことだ 。 そ れ は録 音 ・再 生 技 術 の ことで あ り、 また 同 様 に写 真 、 映 画 な どの視 覚 に 関 わ る装 置 の 発 明 の こ とで あ る。 これ が な ぜ それ ほ ど大 事 件 な の か を考 えてみ よう。 19世 紀 に は す で に複 雑 で 高 度 な 「機 械 」 が 様 々な 形 で 存 在 して いた ことは言 うまでもな い が 、 そ れ は機 械 に過 ぎな か った 。 しか し機 械 が 「機 械 にす ぎな い 」 とな ぜ 言 えるの だ ろ うか?そ れ は人 間 に は で きて も、 機 械 に は 決 して で きな い ことが あ った か らに 他 な らな い。 す な わ ち、見 ること、 描 くこと、聴 くこと、 話 す こと、 書 くこと、 読 む こと、 考 え る(思 考 す る) こと、 な どの 感 覚 や 知 性 に 関 す る人 間 の 能 力 の ことだ。そして この未 踏 の領 域 にテ クノロジ ー が 第 一 歩 を 踏 み 出 した の が、 この ロマ ン派 の 時 代 な ので あ る。 例 え ば 「見 ること、 描 くこと」 は写 真 とい う技 術 によって この 時代 の 早 い時 期 に実 現 す る。 もちろ ん、 機 械 が 人 間 が そ うす るように見 た り描 い た りす るわ けで はな いわ け だ が(そ うだ った 方 が ぼ くらは ずっ と安 心 で き た はず だ)、 そ れ が 人 間 の 目や 手 を介 さず に、10 1\NI¥S ql} Nla、ai11mNi1、 、a
つ ま り一 切 の 人 間 的 感 性 や 技 能 を 介 在 させ ず に、機 械(や 、科 学 的 物 質)に よって 「自動 化」 され 得 る ことを初 め て 人 類 は知 った の で あ る。 そ して その ことは逆 に、 ぼ くらが 「視 る」 という ことそ の もの につ いて、 す な わ ち ぼ くらが人 間 で あることにつ いて の見 方 に根 本 的 な 変更 を迫 ることに なった の だ。 「写 真 の よ うに」 正 確 に描 か れ た絵 画 は昔 か らあ るが、 「本 当 の 写 真」 が 可 能 に なった こ の 時 代 、 画 家 の ドラク ロワ は 「写 真 が 示 す お ぞ ましさは、 それ が 文 字 どお り機 械 そ の も の の お ぞ ま しさで あ るにもか か わ らず 衝 撃 的 な も の だ … …」 と語 った という。 ドラク ロ ワが 受 け た 「衝 撃 」 を ぼ くらは もはや 実 感 す ることは で きな い が、 その 意 味 を考 えて みる ことはで きる は ず だ 。 見 える もの を人 間 の 目や 手 を介 さず に 定 着(再 現)す ること、 そ こに は 人 間 の視 覚 に関 わ る自 動機 械 の 誕 生 と、 そ れ を 受 け入 れ るぼ くらの 圧 倒 的 な 「意識 の 無 力」 が あ る。 も はや 視 て い る主 体 は人 間 で はな く、 人 間 は 機 械 が 自動 的 に見 た もの を視 て い る。 「衝 撃 的 」 な の は 「写 って しまった もの 」 に 写 真 家 の 意 図 が 介 在 して い よ うが い ま い が、 また、 そ れ が どれ ほ ど人 間 の 目 に とって 不 自然 な も の に 見 えた としても、それ を その もの として 「視 て しまう」 人 間 の 「意 識 の 無 力 」 の こ とで あ る。 人 間 の意 識 とは無 関係 に 、 視 覚 は 「そ の ように 視 る」 以 外 の 術 を知 らず、 人 間 の方 こそ が 自動 機 械 の ような 存 在 だ った とぼ くらに 思 い 知 らせ た の で あ る。 こ の 「意 識 の 無 力 」 の 体 験 は 他 者 の視 覚 を そ の まま受 け入 れ て し まうという前代 未 聞 の もの ともい えるが 、 そ の 他 者 とは人 間 で はな く 「機 械 そ の もの の お ぞ ま しさ」 だ と ドラクロ ワは呼 ん だ の で ある。
まっ た く同 様 に、 聴 覚 の 体 験 に お い て も また、お そ らく人 類 で初 め て録 音 され た音(た とえ ば 人 の 「声 」)を 聴 いた この 時 代 の 人 々は その 「おぞ ましさ」 が あ りあ りと感 じ取 れ て い た に 違 い な い。 それ は また 、 そ れ まで ひ とつ の もの だ った 音 、 つ まり物 音 や 、 声 や、 楽 器 の 演 奏 な ど、 音 として 聴 か れ るす べ て の 空 気 振 動 が 「音 響 」 と、 出 来 事 として の 「音 響 の 起 源 」 とに分 断 され た 瞬 間 で もあ る。 そ して、 写 真 の 場 合 とまった く同様 に、 例 え ば 録 音 さ れ た声 を聴 くぼ くら は、そ れ を 「それ そ の もの」 として、 つ まり、 あ る人 の 声 や 音 楽 として聴 い て しまう以 外 に術 を知 らな い。 た とえそれ が ど れ ほ ど精 度 の低 い録 音 だった としても、 で ある。
メディア と芸術 一2 「
録 楽」
絵 画 と写 真 、 音 楽 と音 楽 の 録 音 、 さら に演 劇 と映 画 …… とい う対 比 が 示 す ように、 当 時 の 人 々だ け で は な く現 代 の ぼ くらで さえ、 新 しく 生 まれ た 「メデ ィア 」 に よる表 現 を、 それ と似 た伝 統 的 な 芸 術 形 式 に カ ワイク喩 えて 考 え て しまう。 しか し、 そ れ ら は まっ た く異 な るも の で あ る ことを確 認 しよう。 そ れ らは あ くまで も 喩 えで しか な く、 実 体 は まった くの 別 物 で ある ことは 素 直 に考 え てみ れ ば 当 然 の ことだ ろう。 音楽 は 「音 」にまつ わ る人 間 の活 動 で はあ るが、 それ は その まま音 波 の ことで はな い。 す な わ ち 音楽 とは 単純 に 「音 波」 に還 元 す ることな どで きな い複 合 的 で高 度 な 人 間 の 営 み の総 体 な の だ。そ して、例 え ば、コンサ ー トホ ール で 聴 くオ ー ケス トラの 演 奏 と、 同 じ曲 をCDで 聴 くこ とを、 まるで 同 じことのように考 え ることな どで きるの だ ろうか? それ は音 楽鑑 賞 を 「音 波 の 聴 取 」 の ことだ とみ な し、 「聴 覚 に同 じ信 号 が 入 力 さ れ た以 上、 同 じ体 験 を した は ず だ 」 と信 じる、 とてつ もな く倒 錯 した 思 考 であ る。人 間 をひ とつ の 機 械 と同 一 視 して疑 わ な い、この 「思 考 の 形 」 こそが ロマ ン派 以 後 の ぼ くらの 思 想/妄 信 だっ た と言 うほ か は な い だ ろ う。 先 に も述 べ た よ うに、 これ はテクノロジ ー によって 「音 波 」 と、 出来 事 としての 「音 波 の起 源 」 とが分 断 され る 前 に は 問題 にす らな らな か った、 まった く新 し い事 態 な の で ある。 言 うまで もな く写 真 は絵 画 で は なく、 映画 は演劇 とはまった く関 係 が ない 。 そ れ らは耳 に聞 こえ るもの、 目に 見 えるもの の 起 源 を人 間 に対 して想 起 させ るだ けの、 自動機 械 が 産 出 した 「お ぞ ましい」幻 影 に他 ならない 。 ところ で、 「絵 画 」 に 対 す る 「写 真 」 の よ うな 関 係 に 当 た る言 葉 が 「音 楽 」 に は な い 。 ぼ くらは 目の 前 で演 奏 され て いる音 楽 もCDや '・・で 再 生 され る 「音 楽 」 も共 に 音 楽 と呼 ん で い る。 そ こで ぼ くは後 者 を 「録 音 され た音 楽 」 という意 味 で 「録 楽 」 と名 付 け、 はっきりと峻 別 す ることに しようと思 う。(こ の 「録 楽」 とい う 言 葉 が 歴 史 的 に な ぜ 生 まれ な か った の か? … … そ れ につ い て は別 の 機 会 に話 す ことに し た い)。メ デ ィア と芸 術 一3:ポ
ッ プ ス
今 で はそ の ような ことを気 にす る人 な ど ほ とん ど いな くな って しまった が 、 「映 画 は 芸 術 か?」 とい う話 題 が 熱 心 に 語 られ て い た 時 代 の 記 憶 が ぼ くに は あ る。 芸 術 と い うも の を真 剣 に 考 え よ うとす る人 な ら ば 当 然 の 疑 問 だ ろ う。 そ して そ の 答 え は 「映 画 は 芸 術 で は な い 」 と ぼ くな ら ば 言 うだ ろ う。 そ れ は 決 して IIINIL Ilr'<L丈IIIレ ー1、 11「映 画 は娯 楽 にす ぎな い」とい う意 味 で はな い 。 そ うで はな く、 映 画 を は じめ とす る記 録 メデ ィ ア による表 現 は どれ もが 従 来 の 「芸 術 」 と い う範 疇 と は異 な る、 人 類 に とって ま った く新 しい、 そ して圧 倒 的 な影 響 力 を持 った 体 験 で あ ると い う意 味 だ。 そ して す で に、 写 真 技 術 が 生 まれ た ロマ ン派 の 時 代 か ら、 現 代 で 言 う 「メ デ ィア ア ー ト」 は 始 まって い た の で あ り、 映 画 や 録 楽(電 子 音 楽 な ど も含 む)は 、 それ が 芸 術 な のか 何 な の か 、 誰 ひ とりは っきりとし た ことを定 義 せ ず に(い や 、 語 った人 は い た のだ が)、 た だ 「喩 え話 」 に よって曖 昧 に され た まま、 実 に100年 もの 時 間 が 過 ぎ て しまった ことに な る。 そ の 間、 先 に述 べ た ように、20 世 紀 の 作 曲 家 た ち の 多 くが 過 去 の 楽 器 や 編 成 、記 譜 法 の 可 能 性 を極 限 まで拡 張 し、より難 解 で 思 弁 的 な 音 楽 へ と進 ん で い った 一 方 で 、 作 曲 技 法 か ら見 れ ば 「新 しい もの な ど何 ひ と つ な い 」 単 純 な 大 衆 音 楽 、 す な わ ち 調 性 が あ り明 確 な 拍 子 が あ り、 す ぐ覚 え られ て 口 ず さめ る ような 「音 楽 」 が 世 界 を席 巻 す る よう にな った。 レコー ドや 放 送 を媒 介 とした 「ポ ッ プ ス 」 の ことで あ る。(音 楽 に は様 々なジ ャン ル が あ るの は承 知 の 上 で 「メ デ ィア テ クノ ロ ジ ー に よって媒 介 され る音 楽 」、 す な わ ち 録 楽 を ぼ くは こ こで は す べ て 「ポ ップ ス」 と呼 ぶ ことに す る)。 西 洋 の伝 統 的 な 作 曲 の 停 滞 と は対 照 的 に、 ポ ップス は テ クノロ ジー の進 化 と共 にそ の 影 響 力 を世 界 中 に拡 大 し、 現 在 で は 多 くの 人 々に とって この ポ ップス こそ が 「音 楽 」 の こ とで あ ると認 知 され て い る。 確 か に、 ポ ップ ス は それ が 演 奏 され た 瞬 間 に お いて は 「音 楽 だ った」 に違 いな いの だ ろ うが、 それ が 録 音 され た 瞬 間 か ら、 映 画 と同 様 、 そ れ は 音 楽 で は な く芸 術 で もあ り得 な い。 … …な らば
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何 だ と言 うの だ ろ う? 苦 しま ぎれ に答 え ると す れ ば 、視 聴 覚 装 置 に よる「人為 的 集 団 白昼 夢」 (Dと で も呼 ぶ しか な い。 これ は ポ ップ ス に 限 らず、 す べ て のメデ ィア を介 した 表 現 につ い て言 え ることだろ う。 つ ま り、 夢 の 中 の 出来 事 に 現 実 世 界 との 整 合 性 が あ るか ど うか な ど は 一 切 問 題 に な らな い。にもかかわ らず、さらに、 ぼ くら は 覚 醒 して い る にも か か わ らず 、 それ を 受 け取 るひ とりひ とりの 人 間 にとって そ れ は 現 実 の ような、 迫 真 性 を 持 っ た 体 験 にな る。 な ぜ な ら、 ぼ くら人 間 は 「そ の よ うに聴 く/ 視 る以 外 に術 が な い 」 自動 機 械 の ような存 在 だ か らだ 。 た だ し、 そ の 「夢 」 はす べ て人 為 的 に作 られ た もの で あ り、 また ほ とん どの 場 合 、それ は世 界 規 模 で 流 通 す る 「時 間 的商 品」 で もあ る こ とを 忘 れ て は な ら な い。 つ ま り、 この 時 代 に生 まれ た ぼ くらは、 全 生 涯 を通 じ て流 れ 続 けるBGM=ポ ップ ス=白 昼 夢 の 中 で ひ た す ら消 費 生 活 を 続 けて い るとい うことだ。 「放 送 局 が 売 っ て い る の は 商 品 で は な く、 視 聴 者 の脳 との接 続 時 間 だ 」 と語 った 放 送 業 界 人 の 言 葉 を ここで 思 い 出 して もよいだ ろ う。 確 認 しよう。 現 代 の メデ ィア によって媒 介 さ れ た 「作 品」 は 質 の 高 い もの も低 いも の もす べ て、 そ の 必 然 として 「コンテ ンツ」 にな らざ るを 得 ず 、 コ ンテ ンツ とは今 で はす べ て デ ジ タル ・デ ー タの ことで あ り、 ぼ くら人 間 はそ の 「デ ー タそ の もの 」 に 畏 れ を 抱 い た り、 いつ くしん だ りす ることな ど決 してで きな い ことを。 そ して 、 ポ ップ ス が 熱 狂 的 に受 け 入 れ られ て いった の は まさに、 か つ て 「音 楽 」 と呼 ば れ て い た も の を 意 識 化 可 能 で 「合 理 的 な 思 考 の 範 囲 内 」 の 対 象 と して 物 質/デ ー タ化 し、 時 間 的 商 品 とい う形 に倭 小 化 させ た か らに他 な らな い 。
コ ン ピ ュ ー タ と 「電 気 文 明 」
人 間 が 視 る こと、 そ して 聴 くこ とに 関係 す る、 写真 、映 画 、録 楽 は、ロマン派 時代 の発 明 以 後 、 テクノ ロジー の 本 性 に従 って休 む ことな く進 化 を続 けて来 た わ けだ が 、 当 時 は まだ 手 が付 け られ ず 、 最 後 まで 残 って い た 人 間 固 有 の 能 力 が あ る。それ は 「考 え る」ことで あ る。もちろ ん、 これ もまた 「人 間 が そうす るように」機 械 が 「考 える」 ことが で きるようにな ったわ けで はな い の だ が 、 写 真 や 映 画 の場 合 と同様 、 人 間 に し か で きな い と考 え られ て きた 計 算 や 論 理 的 な 判 断 、「知 識 」 の保 存 や 伝 達 な どが 「ロマ ン派 の 時代 」か ら100年 経 った今 、現 代 の コン ピュー タに よってや っと現 実 の もの となった。 同 時 に、 コ ン ピ ュー タ の 普 及 とまさ に 同 期 す る 形 で、 多 くの 技 術 的 基 盤 が ア ナ ログ 技 術 か らデ ジタ ル 技 術 に 移 り、 文 字 情 報 は もとよ り、 今 で は 画 像 も音 響 もす べ て コ ン ピュー タが 統 一 的 に 扱 えるデ ジタル 情 報 として 「処 理 」 され るよう に な った 。 そ して 、100年 前 に誕 生 した テ ク ノロジ ー に全 面 的 に依 存 す る人 間 世 界 の新 し い体 制 が ほ ぼ 完 成 した わ けで ある。 な ぜ な ら 実 質 的 にコン ピュータ は視 ることも聴 くことも、 そ して 人 間 に とって は最 後 の 砦 で あ った 、 考 え るこ ともで きるように なっ た か らだ 。 そ れ は ま た、 「人 間 が そ うす る ように」 で は な く、 コン ピ ュータ/デ ジ タル ・テ クノ ロジ ー の 原 理 に 従 って この世 界 を 「理 解 」 す ることをぼ くらが 必 ず 受 け 入 れ て生 きる 時代 の 始 ま りで あ る と 同 時 に、 これ らの高 度 な テクノロ ジー に支 え ら れ た 社 会 が永 遠 に 円 滑 に進 化 し作 動 し続 ける ことを 暗 黙 の 了解 として 受 け 入 れ るよ うに なっ た とい うことでもあ る。 そ こで 、20世 紀 か ら始 まった この ような新 しい人 間世 界 を ぼ くは 「電 気 文 明 」 と呼 ぶ ことに しようと思 う。 な ぜ な ら、 これ ら す べ て の テ ク ノ ロ ジ ー は 常 にエ ネ ル ギ ー 、 特 に その 代 表 的 な も の として 電 力 の 供 給 を無 批 判 に前 提 として い るか らで あ る。 す な わ ち21世 紀 に生 きるぼ くらは 人類 が この 地 球 に存 在 す る限 り、 必 ず 人 為 的 に生 み 出 され る 電 力 が 安 定 的 に供 給 され 続 けることを 前提 とし て 子 ど もた ち の将 来 や 人 類 の 未 来 を考 えて い るの で あ り、この ような前 提 は、言 うまで もな く、 人 類 史 上 は じめて の ことだか らだ 。 ここまで 来 て、 つ まりコン ピュータ が 実 現 し て は じめ て、 ぼ くらは そ れ まで 芸 術 と呼 ば れ て いた もの が 一 体 何 な の か 自 分 達 が まった く 理 解 して い な か った こと に気 付 くことに な る。 繰 り返 し述 べ て きた よ うに、 この ような 事 態 は100年 も前 か ら徐 々 に始 まって い た の だ が 、 コ ン ピ ュ ー タ が 普 及 す る まで は そ れ で も、 伝 統 的 な芸 術 の 「新 しい形 」 な どと、 あ た か も芸 術 さえ も進 化 す るもの で あ るか の ように、 カ ワイク喩 えて いられ た わ けだ が、 い よい よそ の ような とらえ方 が まった く通 用 しな くなって し まった ことに気 づ い た わ けだ 。 とうの 昔 に 「芸 術 は終 わ って い た 」 の はもち ろ ん だ が、 先 の 「音 楽 とい うも の 」 の 定 義 と同 様 、 忘 れ て は な らな い ことは、 い まだ に ぼ くらが 考 えて い る 「芸 術 」 とは あ くまで もヨー ロッパ の 、 しか も、 ロマ ン主 義 の 時 代 特 有 の 「芸 術 」 の概 念 だ とい うことだ。 しか し、 そうだ とす る と、 文 化 圏 や 時 代 を超 えた 普 遍 的 な 「芸 術 」 の定 義 、 あ る いは、21世 紀 に固 有 な新 しい 芸 術 の 定 義 な どとい うもの が あ るの だ ろうか 、 とい う疑 問 が 湧 いて くる… … IIINIL II,'<L丈IIIレ ー1、 13芸 術 の定 義
「芸 術 とい うも の 」 の 定 義 を考 え る の に、 ま ず 古 今 東 西 の 人 類 が 生 み 出 して きた 様 々な 伝 統 芸 能 に 目を 向 けて み る ことは 自然 な こ とだ ろ う。現 存 す る あらゆ る伝 統 芸 能 が 昔 の ままで はな く、 ほとん どが 現 代 風 にア レンジ され た も の で あ るこ とは 当然 だ としても、 少 な くともそ れ らが今 、 ぼ くらの 周 りに、 い まだ に存 在 す る ことに は理 由 が な い わ け には い か な い だ ろう。 す ぐに わ か る ことは、 そ れ らの 多 くは 「音 楽 」14 1AMAS叢ll} Alasahiro Miwa
や 「ダ ンス 」 の ような 固 有 の ジ ャンル に収 まり きらな い、 祭 事 や儀 式 、 呪術 な どと一 体 となっ た も の ば か りだ ろ う。 音 楽 も ダ ンス も、 また、 絵 画 、 彫 刻 や 文 学 もす べ て 、 文 化 の 違 い にか か わ らず 元 をた どると、或 い は今 で もその まま、 そ の ような何 らか の 「信 仰 」 と無 関 係 で は あ り得 ない 。 そ れ らに共 通 して いるこ とは、 文化 や 宗 教 の 違 い に関 わ らず 、 芸 術 の起 源 は 必 ず この 地 上 の 価 値 観 を超 えた 何 か を 指 向 して い る ということで あ る。 そ してそ れ らが 現 代 社 会 にお い て も廃 れ ず に残 って い るとい うことは、 た とえ神 な ど信 じて は い な い と現 代 人 が 言 い 張 った として も、 そ の ような 感 性 だ け は ぼ く ら は、 人 間 で あ る限 り、 今 で も持 って い るとい うことで あ り、 言 い方 を変 えれ ば、 そ れ な しに 人 間 は人 間 と して 生 きる ことが で きな い とい う ことで もあ る。 事 実、 今 で も様 々な意 匠 で 飾 られ た ネ ット上 に溢 れ る 占 いサ イ トは 大 盛 況 な の だ。 … … これ は 当 然 の ことだ ろ う。 合 理 的 な 仕 掛 け に よって作 動 す る機 械 や 装 置 とは 違 って 、 ひ とりひ とりの人 間 は、 合 理 的 な論 理 に従 って 生 きて な どい な いの だ 。 ぼ くらは 多 少 合 理 的 な思 考 をす ることはで きても、 それ は 人 間 の 知 性 の ご く一 部 で あ り、 人 間 は む しろ非 合 理 的 な、 空 想 的な 思 考 、 或 い は欲 望 や 衝 動 に突 き動 か され て生 活 して い ると考 えるべ きだ ろ う。(そ うで な けれ ば、 誰 が 考 え ても割 の合 わ な い 犯 罪 な ど、起 こるはず が な い)。 つ まり、 人 類 は長 い 間、 神 な どの 人 間 を超 えた 存 在 に 象 徴 され る、 この宗 教 的 と呼 ぶ べ き思 考 によっ て 慎 ましく生 きの び て きた わ け だ が、 あ る 時 か ら、 合 理 的 な、 テクノロジ ーを媒 介 とした新
しい 「思 考 の か た ち」 が 生 まれ、 わ ず か 数 百 年 の 間 に、 合 理 性 に は 決 して還 元 で きな い人 間 本 来 の 思 考 を 閉 め 出 して しまった か の ように 見 える。 そ して今 で は、 神 は死 に 、 ぼ くらが生 きる社 会 に お いて は原 則 と して 合 理 的 に説 明 で きるもの だ け が公 正 な も の として 認 め られ 、 ぼ くら の魂(と 呼 ぶ しか な い もの)か ら 自然 に 湧 き出 て くる あ らゆ るもの が 不 可 解 で 無 用 な もの、 もしくは、 あ た か も存 在 して い な い も の の よ うに 扱 わ れ て い る。 これ は人 類 の 歴 史 に とって初 め て の ことで あ ると同 時 に、 危 機 的 な事 態 な の で あ る。 な ぜ な ら、 そ れ は 人 間 が 人 間 で ある ことの 否 定 を意 味 す るか らだ。 しか し、 だ か らといって古 代 の 、 あ るい は過 去 の 「人 間像 」を取 り戻 そうというので はな い。 その ような ことは不 可 能 に違 い な い。 そ うで は な く、 「電 気 文 明 」 が 始 まって 以 来 ます ます 、 地 球 上 の 多 様 な文 化 は淘 汰 され 、 民 族 間 の争 い は 激 化 し、 先 進 国 に対 す る憎 しみ は深 ま り、 人 間 は コ ン ピュー タに よって タグ付 け され 管 理 され た 「家 畜 」 の ように生 きる以 外 に 生 存 す らで きな くなって い く、 この 現 代 の状 況 は テ ク ノロジ ーや 合 理 性 によって は決 して解 決 で きな い とい うことを は っきりと認 め ることか らす べ て が 始 まるということだ 。 なぜ な ら、他 な らぬ 「テ クノロジ ーや 合 理 性 」 によってこ のよ うな状 況 が 生 み 出 され た か らで あ る。 「家 畜 」 のように 生 きるぼ くらに は、 ぼ くらを支 配 す る王 や 資 本 家 は存 在 しな い。 す べ て はテ クノ ロジー に支 え られ た社 会 システ ム によって 「自動 化」 され て い るだ けで 、 ど こにも強 権 をふ るう独 裁 者 な ど い な いの だ。 にもかか わ らず、 ぼ くらは、 あ た か も古 代 人 たち が 神 に 滅 私 奉 公 す るか の よう に、率 先 してそ の シス テム を守 り、テクノロジ ー が 永 遠 に作 動 し、 進 化 が 止 まらぬ ように発 狂 寸 前 にな るまで 働 き続 け て い る。 一 体 、 誰 が /何 が人 類 をこの ような世 界 に駆 り立 て て いる の だ ろう? … … それ につ いて ぼ くは今 、 はっ きりと答 える ことはで きな い が 、 この ような 状 況 の 中 で ぼ くら は再 度 、 そ して 急 い で、 芸 術 /宗 教 が 過 去 に担 って きた 人 間 に とって の 意 味 を確 認 し電 気 文 明 に お け るそ の まっ た く新 しい あ り方 を 明 確 に 示 さな くて は な らな い だ ろ う。 なぜ な ら、「す べ ての 問題 は テクノロジー の進 化 によって解 決 され る」 とい う、 近 ・現 代 人 が 共 有 して い るこの 合 意/信 念/信 仰 こそ が このような 事 態 を招 い て いるの で あ り、 この 危 機 的 な 「結 果 」 をそ の 「原 因 」 に よって解 決 す る ことな ど初 め か ら矛 盾 して い るか らだ 。 そ うで は な く、 西 洋 で 生 まれ た 、 この 揺 るぎ な い近 ・現代 人 の 堅 固 な 「思 考 の か た ち」 こそ を 対 象 化 し、 それ に よって この100年 以 上 抑 圧 され 続 け てきた、人 類 古代 か らの 英 知 を ぼ く らは ど うして も再 び 取 り戻 さな くて はな らな い の だ。 そ して、 「芸 術 」 と呼 ば れ るもの 以 外 に 一 体、 ど の ような 人 間 の 営 み が そ れ を 可 能 に す るとい うの だ ろ う。 現 代 社 会 や 電 気 文 明 を 否 定 す る ことな ども はや 「家 畜 」 に は到 底 不 可 能 な ことだ。 む しろ、ぼ くらはそ の ただ 中で 、 ぼ くら自 身 が 「家 畜 」 で あ りつ つ 「家 畜」 的 存 在 を超 え 出て い くた め に、 この 地 上 の価 値 観 を超 え た何 か を、 もっとも古 く、 また 同 時 に もっとも新 しい意 味 で の 「芸 術 」 とい う言 葉 に よって共 有 して い か な くて はな らな い。 11輸「買づ!、 ,ピ矢、メ(Illl〔/)11、 flllf 且5
IAMAS叢 書 編 集 岡 本 ゆか り、河 村 陽 介、 小 林 昌廣 、福 森 みか アートデ ィレクション ジェー ムズ ・ギ ブソン 撮 影 萩原 健 一 発 行 情 報 科学 芸術 大学 院.大学 メデ ィア 文化 セ ンター 印刷 サ ンメッセ株 式 会 社 Editors
Yukari Okamoto, Yosuke Kawamura, Masahiro Kobayashi, Mika Fukumori
Art direction James Gibson
Photography Kenichi Hagihara
Publisher
Institute of Advanced Media Arts and Sciences Center for Media Culture
Printing Sun Mcssc 2010年3月 発 行 Published March,2010 IAMAS 503-0014岐 阜 県 大 垣 市 領 家 町3-95 3-95Ryoke-cho, Ogaki Gifu 503-0014, Japan じ Www・1amas・ac・IP ・◎IAMAS ,2010