1.はじめに
組織の競争力や有効性に対するイノベーションの重要性については異論はない (Wolfe, 1994)1)。近年,市場のニーズとしてイノベーションの重要性はますます高まっ ており,イノベーションに伴うアイデアや知識,創造性はHRM(Human Resource Management)を通じて得られる場合が多い。イノベーションにおけるHRM側面あるい はイノベーションとHRMの関連に対する関心は高まりつつある(Bolwijn & Kumpe, 1990;Looise & van Riemsdijk, 2004)。
Looise & van Riemsdijk(2004)は,組織イノベーションおよびHRイノベーションは 技術イノベーションと同等に重要であると指摘している2)。Kanter(1983)はHRM施 策・制度は企業のイノベーションを生み出すイノベーションであると示唆している。大 滝(1987)は,組織の「ソフトウェア」(経営戦略,組織構造,人事)のイノベーション は「ハードウェア」(製品・サービス,工程)のイノベーションに劣らず重要であり,ま た両者は互いに密接に関連していることが多いと述べている。Lam(2005)によれば,組 織のイノベーションを技術イノベーションの前提条件としてとらえられるという。 これまで,HRイノベーションの重要性は指摘されているが,HRイノベーションその ものとその理論的枠組みについてはそれほど多く研究されていない。本稿においては, 主としてHRイノベーションについて体系的にアプローチした諸研究のレビューにより, HRイノベーションとは何かを明らかにしようとする。次節ではまず,イノベーションの 性質,組織のイノベーション概念の意味,Wolfe(1994)の分類に基づく組織のイノベー ションの3つの研究領域を述べる。第3節ではHRイノベーションの定義とそれに影響 する諸要因,イノベーションの概念枠組みの中でのHRイノベーションとほかのタイプ のイノベーションの関連について検討する。第4節では受容という概念を中心にして
H R イノベーション
Human Resource Innovation
咸 惠 善 Heasun HAM
HRイノベーションの有効性について述べる。第5節では要約および今後の課題につい てまとめる。 2.組織のイノベーション まずイノベーションの性質について,次に組織のイノベーションという概念の意味, Wolfe(1994)の分類に基づく組織のイノベーションの3つの研究領域について述べる。 2.1 イノベーション Kimberly(1981)は,イノベーションの定義については,2つの点において違いがあ るという。第1に,イノベーションをプロセスとして定義する研究もあれば,イノベー ションを製品あるいはプログラムとして定義する研究もある。例えば,Schon(1967)は イ ノ ベ ー シ ョ ン と は 発 明 を 実 用 化 す る プ ロ セ ス で あ る と 定 義 す る 。 Rogers & Schoemaker(1971)はイノベーションを個人が新しいと知覚したアイデア,実践あるい は製品であると定義する。イノベーションをプロセスとしてとらえる研究にも違いがあ る。イノベーションを発明の実用化プロセスとする研究(Schon, 1967)もあれば,組織 の主要な再構築をもたらす変化を実施するプロセスだけを言及する研究も(Wilson, 1966)ある。 第2に,何がイノベーティブなものか,それを区別する基準についてである。イノ ベーションを製品やプログラムとしてとらえるか,あるいはプロセスとしてとらえるか にかかわらず,一方では,その製品が由来した分野の技法状態(art state)との関連から 新しさという基準を考える見解がある3)。つまり新たな製品が既存の製品と重要な点で 異なればそれはイノベーションと呼ぶ。その例は,雑種トウモロコシ(hybrid corn)や PPBS(Program Planning and Budgeting System)などである。他方では,製品の潜在的 採用者との関連で新しさという基準を考える見解がある(Zaltman, Duncan, & Holbeck, 1973; Rogers & Schoemaker, 1971)4)。この見解では潜在的採用者がその製品を新しい と知覚しなければ,それはイノベーションと呼ばない。つまり新しさの基準として潜在 的採用者の知覚を強調する見解である。イノベーションの性質についての意見の違いは イノベーション研究の結果解釈や比較の際に注意が必要であることを含意する。
2.2 組織のイノベーション
組織のイノベーションという概念の意味は曖昧である。それは組織におけるイノ ベーション(innovation in organization)(Rogers, 2003),組織における革新的な行動 (innovative behavior in organization)(Wolfe, 1994)あるいは組織によるイノベーション の採用(Kimberly & Evanisko, 1981)という広い意味で用いられている。したがって,
研究モデルにおける被説明変数として,イノベーションは多様な種類を含む。例えば, 新たな製品,新たな技術,新たな経営体制や管理システムなどである。しかし組織のイ ノベーションという用語をより限定的に使用する場合もある。経営体制におけるイノ ベーション研究がそれであり,その被説明変数は新たな組織形態が用いられている。 一般に,「組織のイノベーションという用語は,組織にとって新たなアイデアあるい は行動の創造あるいは採用(Lam, 2005, p.115)」を意味する。組織のイノベーションに 関する文献は非常に多様なものであり,またそれらは一貫性のある理論的な枠組みに統 合されていない状況である(Lam, 2005)5)。 2.3 組織のイノベーション研究の領域 Wolfe(1994)は,組織のイノベーションを組織における革新的な行動として捉えてい る。彼は研究課題,研究アプローチ,研究焦点といった3つの側面から,組織のイノ ベーション研究を3つの領域,すなわち,普及研究,組織の革新性研究およびプロセス 理論研究に分けている。表1には3つの研究領域,各々の特徴がまとめられている。 (1)普及研究 普及とは潜在的採用者の母集団におけるイノベーションの広がり(spread)を意味す る。分析単位はイノベーションである。普及研究の目的は,時間および/あるいは空間 にわたってのイノベーションの普及率と普及範囲,普及パターンを説明し予測すること である。イノベーション段階の焦点は採用である。データはアンケート調査や公文書か ら収集される。 普及研究では説明変数は,組織特性,イノベーション特性,促進者の特性である。 普及研究の成果は普及に影響するイノベーション特性(相対的優位性,両立性,複雑 性,試行可能性および観測可能性)と,採用者の分類(革新的採用者,初期少数採用 者,前期多数採用者,後期多数採用者,採用遅帯者)によって,採用傾向と採用者特 性を解明したことである。普及研究の限界は普及モデルの仮定と,採用者が組織の場 合,組織を1人の個人として扱っていること,つまり組織特性を擬人化していることで ある6)。 (2)組織の革新性研究 組織の革新性研究の目的は組織の革新性の規定要因を解明することである。分析単 位は組織である。イノベーション段階の焦点は採用あるいは実施である。組織の革新性 研究のモデルは分散モデル,回帰モデルである。データ収集方法はサーベイによるデー タ収集である。
表1 普及研究,組織の革新性研究およびプロセス理論研究の特徴 普及研究 潜在的採用者 の母集団にお ける普及のパ ターンは何 か 採用 イノベーション (組織外に 焦点) 組織特性 イノ ベーション 特 性 促進者特性 普及 パターン 普及範囲 普及率 ロジスティク成長モ デル (社会システム内の 接触および/あるい は変革エージェント の影 響 に 基づ く ) 横断的サー ベイ 2次 データ プロセス理論 研究 A−段階研究 組織のイ ノ ベ ーション の 実 施段階とは何 か 採用から実 施ま で イノベーション プロセス (組織内に 焦 点) イノ ベーション 特 性 段階 −存在 −順序 段階 モデル 横断的回顧 サーベイ B−プロセス 研究 イノ ベーション 実施中生じた 一連の出来事 をどのような 要因で説明す るのか 採用から実 施ま で イノベーション プロセス (組織内に 焦点) 先行要因 組織 コンテクスト −戦略 −構造 −資源 −技術 組織内政治的関係 結果 イノ ベーション プ ロセス (段階,順序, 分散的・並行的 経路,フィード バック・フィー ドフォアドサイ クル) プロセスモデル 深化し た フィールド 研究 分析単位 説明変数 被説明変数 研究 モデル データ収 集 方法 組織の 革新性研究 研究領域 研究課題 イノベーション 段階焦点 組織の革新性 を規定するの は何 か 採用 実施 組織 組織特性 イノ ベーション 特 性 マネジャー特 性 環境特性 革新性 −採用数 −採用速度 分散/回帰モ デ ル 横断的サー ベイ 出所: Wolfe ( 1994 ) p. 413 一部修正
被説明変数である組織の革新性は,組織が採用あるいは実施したイノベーションの数 に基づく合計スコアとして操作されている。説明変数は組織特性,イノベーション特 性,マネジャー特性および環境に関連する変数である。この研究は組織革新性に対する 組織構造の影響に焦点をあてて,組織構造変数が主要な規定要因であると主張する。 この研究の問題点は,研究アプローチが静的志向であることと,研究焦点が実施よりも 採用意思決定に置かれていることである。 (3)プロセス理論研究 プロセス理論研究の目的はイノベーションプロセスの性質を解明することである。こ の研究はなぜかついかにしてイノベーションが登場し,発展・成長し,終了するのかを 分析している。分析単位はイノベーションプロセスそのものである。プロセス理論研究 は普及研究と組織の革新性研究とは異なり,イノベーションの開発と実施の際における 一連の臨時的な活動にある程度の価値を置いている。 イノベーションを構成位相に分解し,それらを構成する出来事の連続的な性質と各々 の規定要因の解明に焦点をあてることによって,イノベーション規定要因間の相互作用 に起因する組織の革新性研究結果の不安定性を克服している。プロセス理論研究は横 断的な回顧サーベイによる定性的なデータを使用する。 プロセス理論研究はさらに2つ研究領域に分けられる。それらは段階研究とプロセス 研究である。段階研究はイノベーションを時間の経過とともに展開する一連の段階とし て概念化している。段階研究の目的はイノベーションが識別可能な諸段階を含むかどう か,もしそうであれば,それらはなにか,またそれらの順序はどうなっているかを決め ることである。段階研究では横断的回顧サーベイによるデータが使用されている。 イノベーションが単純で外部から取り入れたものである場合,そのプロセスは期待す る順序で生じる傾向がある。しかしイノベーションが複雑で内部に起因するものである 場合,そのプロセスは多くのフィードバックとフィードフォアドのサイクルをもつひと つの複雑な双方向のプロセスになる傾向がある。重要なイノベーションは複雑および/ あるいは組織内に起因するものが多い。したがって,イノベーションプロセスは単純で 連続的な段階モデルによっては正確に示すことは困難である。プロセス研究では一連の イノベーションプロセスと,それを決定する諸条件を十分に記述するために,深化した フィールド研究による定性的なデータが使用されている。プロセス研究の先行要因は組 織コンテクスト要因(組織戦略,組織構造,組織の資源,技術)と組織内要因(組織内 政治・社会的関係)であり,被説明変数はイノベーションプロセスである。 Wolfe は組織のイノベーション研究を3つの領域に分類して,概念的レビューを行 い,組織のイノベーション研究結果の蓄積には障害があることを指摘している7)。彼は 研究結果の解釈と比較のためには,研究の際には,とくに焦点をあてるイノベーション
の段階と,イノベーションの特性を特定化する必要があると主張している。それは,と くに組織の革新性研究の場合,イノベーションの段階は被説明変数と関連しており,ま たイノベーションのタイプや特性によってイノベーションの採用や実施の規定要因が異 なるからである。 3.HRイノベーション ここではHRイノベーションの定義およびそれに影響をあたえる諸要因,そしてイノ ベーション研究枠組み内でのHRイノベーションとその他のイノベーション(製品やサー ビスのイノベーション,プロセスイノベーションおよび組織イノベーション)の関連を検 討する。 3.1 HRイノベーションに影響をあたえる諸要因 Kossek(1987; 1989)は,HRイノベーションを組織のイノベーションとしてとらえ, HRイノベーションとは組織メンバーによって新しいと知覚された,また組織メンバ ーの態度や行動に影響をあたえるようにデザインされた何らかのプログラム,政策,方 法であると定義している。この定義はHRイノベーションと組織変革を区別している。 Zaltman et al.(1973, p.158)によれば,「すべてのイノベーションは変化を意味する。し かし,すべての変化はイノベーションを意味しない。なぜなら組織が採用するものすべ てを組織メンバーが新しいと知覚しないからである。イノベーションは変化そのもので ある。それに対して,組織変革は組織の社会システムの変更であり,もしHRイノベー ションが組織メンバーの態度あるいは行動に影響をあたえるならば,組織変革が生じ る。」とされている。 HRイノベーションは,付加給付の領域(フィットネスセンター,育児プログラム)の 拡大から参加的マネジメント(自律作業チーム,QC)における発展までの広範囲にわ たっている(Kossek, 1987; 1989)。 Kossek(1987)は,HRイノベーションについての理論が確立されていない状況を言 及し,HRイノベーションに影響をあたえる諸要因を明らかにする6つの命題を提示し ている8)。 (命題1) 外部環境力はHRイノベーションに影響を与える。 外部環境力の諸要因としては,組合化の程度,技術変化,労働市場の特徴(労働市 場の逼迫さ,人口学的要因や社会的要因)がある。 (命題2) 組織の構造的な特性はHRイノベーションに影響を与える。 組織の構造特性要因としては,組織スラグおよび組織規模,そのほかに,組織の経済 的圧力(経済的危機)や市場の圧力がある。
(命題3) 組織はより正当にみえるためにHRイノベーションを採用する。
重要な要因としては,組織間関係や組織ネットワークがある。理論的根拠は,制度的 同形化(DiMaggio & Powell, 1983)を適用している。強制的圧力に対応したHRイノベ ーションの例は,差別是正案,雇用機会均等プログラムマネジャー,女性と少数派のた めのメンタープログラムや特別な能力開発プランなどがある。 規範的圧力の源泉とし ては学問的職業的ネットワークがある。模倣的圧力の例として,企業はより正統で,成 功している企業を意識的にあるいは無意識的にモデルとし,模倣することである。 (命題4) コンサルタント会社により容易にパッケージされ,市場性のあるHR イノベーションは広く普及される。 HRイノベーションによっては,マーケティングを促進する特徴を持っているものも ある。パッケージ手法や可分性(divisibility)などのような特性をもつアセスメントセ ンターが広く普及したのがその例である。 (命題5) イノベーション先行要因は強い文化をもつ企業と弱い文化をもつ企 業間に違いがある。 とくに先行要因として経済危機や組織スラグの欠如といった要因は,強い文化をもつ 企業よりも弱い文化をもつ企業においてより重要な要因になる可能性が高い。成長産業 での強い文化をもつ企業では,HRMが一時的な流行を追う可能性は少なく,強い文化 はHR遺産を創り出すことができる。HRイノベーションの採用は,HRM発展についての トップマネジメントの態度だけではなく,トップマネジメントとHR部門の関係,HR部 門の地位や知名度などに影響される。 (命題6) 過去のHRM施策が将来の努力に対する見通しに影響をあたえる。 マネジャーのHRイノベーションに対する過去の努力は,新たな施策に対するメンバー の受容に影響をあたえる。もし以前の試みが成功したならば,従業員はマネジャーの新 たな努力を受け入れるだろう。もしマネジャーの過去の努力が社会システムに負の効果 をあたえたならば,懐疑と不信が新たなプログラムに対して生じうる。 KossekはHRイノベーションに影響を与える要因として,外部環境力(組合,技術お よび労働市場),企業の構造的な特性(規模と富),組織間関係(政府,知名度の高い HRM施策をもつ企業,コンサルタント会社),イノベーション特徴(市場性,広報価 値),組織文化,企業のイノベーション実績をあげている。HRイノベーションは組織の 社会システムにおける変化にもかかわっているので,HRイノベーションの採用や普及 は外部環境力だけではなく,社会的過程にも起因すると主張している。
3.2 HRイノベーションとほかのタイプのイノベーションの関連
3.2.1 イノベーションの概念枠組み
概念枠組みは,図1に示されているように4つの部分,すなわち,イノベーションの 原因,イノベーション,イノベーションの成果およびコンテクストからなっている (Looise & van Riemsdijk, 2004)。
図1 イノベーションの概念枠組み
イノベーションの成果はイノベーションの原因,イノベーション,各々にフィードバッ クしている。コンテクストは他の3つの部分と相互作用している。Looise & van Riemsdijk は,彼らの概念枠の特徴として,コンテクストを考慮していることをあげて いる。 まず彼らはイノベーションを次のように定義している。イノベーションとは,組織が 競争上の優位を獲得するために,既存の製品やサービス,プロセス,あるいは組織およ びHRMにおける意図的かつ画期的な変化であると定義する。この定義は次のような点 が含まれている。①イノベーションは,焦点組織が新たな何か(製品やサービス,技術 あるいは組織形態およびHRM)を導入することを意味する。②イノベーションは競争 上の優位獲得という意図から生じる。③イノベーションは画期的な飛躍を通じて展開さ れるものである。④イノベーションはマネジメント可能なものである。それには目標形 成,設計と組織,実施とモニターのような活動が存在する。
出所:Looise & van Riemsdijk(2004), p.280一部修正
コンテクスト:制度,文化,産業,地域など 原 因 −経済 −技術 −社会/文化 −政治 イノベーション −製品/サービス −過程 −組織 −HRM 成 果 −革新性 −生産性 −品質,顧客満足 −持続可能性
彼らの概念枠は,イノベーションの原因,イノベーション,イノベーションの成果お よびコンテクストの4つの部分からなっている。第1の部分,イノベーションは4つの タイプ,それらは製品やサービスのイノベーション,プロセスイノベーション,組織イノ ベーションおよびHRイノベーションに分類されている。それらのうち,製品やサービ スのイノベーションとプロセスイノベーションは,技術イノベーションに相当するイノ ベーションのタイプである。新たな組織形態,例えば,チームワーク,仮想仕事,組織 内ネットワーク形成などのような組織イノベーションや,新たなマネジメント方法,と くにHRM分野において,従業員のアイデアや知識,創造性を引き出し,活用する施 策・制度などのHRイノベーションは,組織全体のイノベーティブな能力(革新性)に貢 献するので,他のイノベーションのタイプと同等に重要である。 第2の部分,イノベーション原因である。つまりイノベーションを引き起こす諸要因 には4つの種類がある。それらは,①経済的要因(市場や産業の変化,製品やサービス の需要変化),②技術要因(新技術の開発あるいは応用,技術の新結合),③社会・文化 的要因(人口統計的変化,個人の選好の変化),④政治的要因(政府のイノベーション 政策の変化,超国家的な協力)である。第3の部分,イノベーションの効果あるいは成 果であるが,これには組織成果として,イノベーティブな能力(革新性),生産性,品 質,顧客満足,持続可能性などがあげられている。これらのうち,イノベーティブな能 力は比較的に新しい組織成果であり,その適切な測定尺度として,一定期間に開発さ れた製品の数あるいはサービスの量,変化に対する組織全体の適応力などがあげられ る。イノベーション成果は,イノベーション原因,イノベーション,各々にフィード バックしている。 第4の部分は,イノベーション原因,イノベーションおよびイノベーション成果が置 かれているコンテクストである。コンテクストには,①制度コンテクスト(法律や規制, 利害関係者の地位と役割),②文化コンテクスト(特定の価値観,信念,規範),③産業 コンテクスト(産業あるいはセクターの特性),④地域コンテクスト(地域の特性)があ る。これらのコンテクストは他の3つの部分と相互作用している。彼らは彼らの概念枠 組みの問題点として,この枠組みにはイノベーションプロセスが示されていない点をあ げており,また組織およびH R M におけるイノベーションは,そのイノベーションプロ セスが製品やサービスのイノベーションほど明確に把握できないと指摘している。 3.2.2 HRイノベーションとほかのタイプのイノベーションの関連 前述した概念枠の中でのイノベーション部分に焦点をあて,H R イノベーションとほ かのタイプのイノベーション,すなわち,製品やサービスのイノベーション,プロセ スイノベーション,組織イノベーションがどのように関連付けられるか,つまりイノ ベーション間の内的関連性を検討する。それをまとめたのが表2である。
表2 HRイノベーションとほかのタイプのイノベーションとの関連度合い
表2のHRイノベーションの内容は,Beer,Spector,Lawrence & Mills(1984)の
HRMの4つの領域に基づくものである。HRイノベーションとほかの3つのイノベーショ
ンの関連は文献レビューによって明らかにされたものである(Looise & van Riemsdijk, 2004)。まずBeerらのHRMの定義とHRMの4つ領域は次の通りである。HRMとは組織 と従業員の関係の性質に影響をあたえるマネジャーのすべての意思決定や活動であると 定義されている。HRMの4つの領域は,①職場の組織およびタスクの設計に関する領 域:これにはタスク技術,職務内容,ジョブローテーション,職務充実,グループワー ク,仕事質などが含まれている。②従業員のフローのマネジメントに関する領域:これ には組織のスタフィング(募集,選考,採用,配置),キャリア開発,教育訓練,解雇, 引退などが含まれている。③従業員の業績や報酬の測定に関する領域:これには人事 考課,職務評価,業績給,ボーナス,利益分配制度,従業員持株制度などが含まれて いる。④仕事や意思決定への参加に関する領域:これにはコミュニケーション・チャン ネル,情報やコミュニケーション,リーダーシップスタイルなどが含まれている。 彼らはイノベーティブなHRMとは,組織が前述したHRMの4つの領域において新た な方法を見出すことを意味し,HRイノベーションの例として,①より柔軟なスタフィ ングアプローチ(プロジェクト期間限定の臨時契約),②新たな仕事方法の開発や導入 のために権限を委譲すること,③新製品の数,新技術の成功的な実施などのようなイノ ベーション成果を反映した報酬制度の導入などをあげている。 表2によりHRイノベーションとほかの3つのイノベーションの間には,特定の関連 の度合いとパターンが存在するのがわかる。 ①製品やサービスのイノベーションは新たな従業員のフロー・マネジメントと強い関 連があり,新たな業績と報酬のマネジメントとの関連が高まっている。②プロセスイノ
出所:Looise & van Riemsdijk(2004),p.283一部修正 製品/サービス イノベーション 弱い プロセス イノベーション 組織イノベーション 増大 強い HRイノベーション 新たな組織とタスクの設計 強い 弱い 弱い 新たな形の従業員フロー 増大 弱い 増大 新たな形の業績と報酬 弱い 強い 強い 新たな形の コミュニケーションと参加 弱い 弱い 増大 新たなHR部門組織
ベーションは,新たなコミュニケーションと参加と強い関連があり,新たな職場の組織 とタスクの設計との関連が高まっている。③組織イノベーションは,新たな職場の組織 とタスクの設計,新たなコミュニケーションと参加,各々と強い関連があり,新たな業 績や報酬のマネジメント,新たなHR部門組織との関連は高まっている。 製品やサービスのイノベーションは,プロセスイノベーションや組織イノベーション とは異なり,HRの資源機能に焦点があてられている。ほかの2つのイノベーション,双 方ともに,職場の組織とタスクの設計,コミュニケーションと参加に焦点があてられて いる。しかし両者間にも差異が存在する。組織イノベーションはプロセスイノベーショ ンと異なって,業績と報酬のマネジメント,HR部門組織に焦点があてられている9)。
彼らは前述した分析結果は,Boxall & Purcell(2003)やPurcell(2004)のそれと一致 するものとされている。どのように一致するのかについて彼らは次のように述べている。 前述した2つの研究は,HRM活動を2つのクラスターに分けている。第1のクラスタ ーは人的資本優位(Human Capital Advantage)と呼ばれており,それは従業員の高いス キルを引き出すことに関連する活動からなっている。第2のクラスターは組織プロセス 優位(organizational process advantage)と呼ばれており,とくに作業現場レベルにお いて従業員が特定の社会構造の下で一緒に働くことに関連する活動から構成されてい る。人的資本優位クラスターは,従業員のフロー・マネジメントや,業績と報酬のマネ ジメントの領域からなっている。知識や創造性が重要な役割を果たすことを考慮する と,これらの領域が製品やサービスのイノベーションに対してとくに重要である。組織 プロセス優位クラスターは,組織とタスクの設計,コミュニケーションと参加という領 域からなっており,良い組織とタスクの再設計,変革プロセスへの従業員の関与とコミ ットメント,双方の重要性を考慮すると,これらの領域がプロセスイノベーションと組 織イノベーションに対して重要である。 4 HRイノベーションの有効性 HRイノベーションの有効性の評価にはそれを抑制するいくつかの要因がある。例え ば,HRイノベーションの採用効果が現れるのにはある程度の時間の経過が必要であり, またどのくらいの時間が必要かはHRイノベーションによって異なることである。HRイ ノベーション採用効果に影響を及ぼす不測要因,例えば,不況や政府の政策の変化な どが存在することである。HRイノベーション有効性の評価は組織メンバーによって異 なることである。これらの点をある程度克服し,HRイノベーションの有効性を体系的 に評価するのに役立つ概念として,Kossek(1989)は受容という概念を提示している10)。
4.1 HRイノベーションの受容 ここでの受容とは個人,集団,組織がイノベーションをどの程度支持するか,つまり イノベーションをどの程度好意的に受け入れるかを意味する。しかし個人,集団,組織 によって完全に拒絶されるイノベーションも完全に受容されるイノベーションもないと されている。受容の枠組みは4つの段階,すなわち気付き,態度的受容,行動的受容 および制度化の段階からなっている。それらの段階は順次に示すことは可能であるが, 必ずしも連続的なものではないとされている。 この枠組みを個人レベルに適用すると,第1段階では,組織メンバーはHRイノベー ションに気づき,その目的や特徴についてよく理解する。受容の第2の段階,態度的受 容では組織メンバーのHRイノベーションに対する態度が発達する。HRイノベーション に対する態度は組織メンバーがそのイノベーションの特徴が自らのニーズに一致する度 合いに多く影響される。例えば,学齢期前の子供のいる働く親は新しくオープンした職 場内保育所が彼女の働くニーズに密接に関連のあるあるいは適切なものであるかを考慮 するだろう。つまり,そのイノベーションの運営方法などについての個人の評価がどう か,あるいは自らの利用の意図があるかどうかに関係なく,個人はそのイノベーション に対して特定の態度を形成する。 第3の段階では,組織メンバーは態度変化を支持するために行動を変える。たとえ組 織メンバーがそのイノベーションに対して好意的な態度をもっていても,行動を変える ことは組織の制約要因によって困難であるかもしれない。しばしば個人はイノベーショ ンについて積極的な志向を持っているがそれを使用しない。なぜなら,その入手不可能 性あるいはその状況に適合しないからである。例えば,トップマネジメントはQCサー クルに対して非常に積極的な志向をもっているが,QCサークルに直接的に参加するこ とはできない。なぜなら,それは部下のために設計されたものであるからである。参加 を通じた受容を示すことはできない。組織メンバーがフレキシブルベネフィットプラ ンに登録する,あるいはQCサークルに自発的に関与するというのは,組織メンバーが それを受容する行動としてみなされる。受容の最も高い段階,第4段階はイノベーショ ンの制度化である。このレベルでは,組織メンバーはそのイノベーションを彼らの仕 事のレパートリーに取り入れ,日常化することである。 組織レベルでの受容は多様な方法で示されうる。例えば,HRイノベーションをある 部門からほかの部門への移動あるいは普及や,組織のリーダーと集団による持続的な金 銭的,社会的支援の提供,その他に,株主,地域社会などの利害関係者に対して組織 がHRイノベーションを公表することなどである。
4.2 組織成果
HRイノベーションの組織成果についてはこれまでそれほど多く研究されていない状
況である11)。HRMと企業業績の研究領域では,生産性,効率性,利益,市場占有率,
成長率などのような組織成果を扱っているので,それらをHRイノベーションの成果と して用いる場合が多い。しかし近年はHRイノベーションの成果にイノベーティブな能 力(革新性),品質,顧客満足,持続可能性などが加えられている(Looise & van Riemsdijk, 2004)。 5 まとめ 以上,HRイノベーションを明らかにするために,主としてHRイノベーションについ て体系的なアプローチを行った諸研究のレビューにより,HRイノベーションの定義と それに影響をあたえる諸要因,イノベーションの概念枠組みの中でのHRイノベーショ ンとその他のタイプのイノベーションとの関連,受容と組織成果の側面からHRイノ ベーションの有効性について検討を行った。それを要約すると,次の通りである。 HRイノベーションは組織イノベーションであり,新たなHRM施策・制度あるいはイ ノべーティブなHRM施策・制度であるといえる(Kossek, 1987, 1989; Looise & van Riemsdijk, 2004)。HRイノベーションに影響を与える要因には,外部環境力(組合,技 術および労働市場),組織の構造的な特性(規模と富),組織間関係(政府,知名度の高 いHRM施策をもつ企業,コンサルタント会社),イノベーション特徴(市場性,広報価 値),組織文化,企業のイノベーション実績があげられている(Kossek, 1987)。しかし これらの要因はHRイノベーションの採用と普及,受容などに包括的に影響するもので ある。
Looise & van Riemsdijk(2004)は,彼らの概念枠を用いてHRイノベーションと他の 3つのタイプのイノベーションとの関連を分析して次のようなことを明らかにした。① 製品やサービスのイノベーションは新たな従業員のフローのマネジメントと強く関連し ており,また新たな業績と報酬のマネジメントとの関連度は高まりつつある。②プロセ スイノベーションは,新たなコミュニケーションと参加と強く関連しており,また新た な職場の組織とタスクの設計との関連は高まりつつある。③組織イノベーションは,新 たな職場の組織とタスクの設計,新たなコミュニケーションと参加,各々と強く関連し ており,また新たな業績や報酬のマネジメント,新たなHR部門組織,各々との関連は 高まりつつある。4つのタイプのイノベーション間の内的関連性はイノベーションの成 果に重要な影響を及ぼすことが考えられる。 HRイノベーションの有効性については受容と組織成果の側面からみると,まずHRイ
ノベーションの有効性の源泉として考えられる受容という概念は,個人,集団および組 織によるイノベーションの支持度合いを意味しており,受容は気付き,態度的受容,行 動的受容および制度化という4つのレベルからなる枠組みによって測定できる(Kossek, 1989)。次に,HRイノベーションの組織成果には,生産性,効率性,利益,成長率,イ ノベーティブな能力,顧客満足,持続可能性などがある。 HRイノベーションについての研究蓄積は十分な状況ではない。これからのHRイノ ベーション研究の際には,次のようなことを考慮する必要がある。第1に,研究領域 (普及研究,組織の革新性研究およびプロセス理論研究)を明確にすること,第2に, イノベーションの段階(採用,実施,プロセス)を特定化すること,第3に,イノベー ションのタイプや特性を特定化すること,第4に,調査する組織のタイプを明確にする こと,第5に,一つの理論的観点からではなく複数の理論的観点を統合した理論的枠 組みを設定することである。とくに第4と第5はイノベーションという現象は複雑でコ ンテクストに敏感な現象であるからである(Wolfe, 1994)。 注 1) 一般にイノベーションは革新あるいは技術革新・技術イノベーションとほぼ同義で用いられて いる。実際イノベーション研究の多くは技術イノベーションを研究対象としている(Kimberly, 1981; Wolfe, 1994; Lam, 2005)。 2) この研究での技術イノベーションとは,製品やサービスのイノベーション,プロセスイノベー ション,双方を意味する(Looise & van Riemsdijk, 2004)。
3) Kimberly(1981)は,潜在的採用者の知覚とは無関係に新しさを定義する必要があると主張す る。その理由は,潜在的採用者による新しさの知覚は特定のプログラムや製品,テクニックに 対する彼らの受容に影響を与えるからである。新しさの基準を既存の技法状態からの逸脱度 合いとする場合,その逸脱程度は専門家が決定し,イノベーションが最初に登場した時点は過 去の記録によって判断できると彼は指摘している。 4) イノベーションをアイデア,実践的方法,あるいは物質的な人工物の組織による最初の使用あ るいは初期の使用であると定義する研究(Becker & Whistler, 1967)もあれば,それらがほかの ところで試されていたかどうかに関係なく,組織内においてそれらの最初の使用であると定義 する研究(Aiken & Hage, 1977)もある。後者のほうが前者よりもより一般的な定義とされてい る(Zaltman et al., 1973; Kossek, 1989)。
5) 組織イノベーションという現象は研究領域によって異なった解釈が行われている。組織イノベ ーションに関する文献は3つの領域に分類することができる。それらは組織設計論,組織認識 論および組織学習論,組織変革および適応論である(Lam, 2005)。
6) 採用者分布は時間軸に沿って正規分布に近似し,正規分布は成功したイノベーション場合の みにあてはまる(Rogers, 2003)。 7) Wolfe(1994)は組織イノベーション研究蓄積の障害要因として次の4つをあげている。それら は,①研究が焦点をあてたイノベーション段階が特定されていないこと,②イノベーション研 究者がイノベーションのタイプや特性にそれほど注意していないこと,③ひとつの組織タイプ に限定して調査していること,④ひとつの理論的観点から,研究課題を分析しようとすること である。 8) Kossek(1987)の6つの命題については,咸(2009, pp.100−103)を参照。
9) Looise & van Riemsdijk(2004)は,組織イノベーションとHR部門の関連を次のように仮 定している。組織イノベーションを連続体としてとらえ,①階層的組織,②ユニット組織,③ マトリクス組織,④プロジェクト組織,⑤ネットワーク組織,⑥仮想組織を順次にあげ,各々 に仮定されるHR部門の役割は①管理,遂行,②管理,支援,③契約マネジャー,④契約マネ ジャー,⑤変革エージェント,⑥E−HRMである。 10) Kossek(1989)は従業員の特性(階層レベル,人種,性別,勤続年数)とHRイノベーションの 受容との関係を分析している。分析対象のHRイノベーションはQC,フレックスタイム,フレ キシブルベネフィット,ジョブ募集, 現金報奨制,フィットネスプログラム,同僚承認プ ログラム,従業員発行のニュースレターである。 11) イノベーションの成果の領域がそれほど発展していない理由のひとつとして,親イノベーショ ンバイアス(pro-innovation bias)があげられる。それは社会システムのあらゆる関係者はイ ノベーションを採用すべきであり,急速に普及させるべきであり,拒絶すべきでないことを含 意する(Kimberly, 1981)。 参考文献
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