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国際法上の「相当の注意(due diligence)」概念―その形成・発展とその問題性―

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(1)

国際法上の「相当の注意(due diligence)」概念―

その形成・発展とその問題性―

著者

樋口 恵佳

学位授与機関

Tohoku University

学位授与番号

11301甲第16710号

URL

http://hdl.handle.net/10097/63970

(2)

博士学位申請論文

「国際法上の「相当の注意(due diligence)」概念――その形成・発展とそ

の問題性――」

東北大学大学院法学研究科 博士課程後期 3 年の課程 樋口 恵佳 (B2JD1008)

(3)

i

目次

第 1 編 はじめに ... 1 第 1 章 問題の所在 ... 1 第 2 章 本稿の目的および射程 ... 4 第 3 章 定義 ... 6 第 1 節 国外における議論状況 ... 6 第 2 節 日本の議論状況 ... 10 第 3 節 小括 ... 16 第 4 節 本稿における定義 ... 17 第 2 編 「注意」概念から「相当の注意」概念へ ... 18 第 1 章 20 世紀までの学説状況 ... 19 第 1 節 18 世紀の論者による「注意」概念 ... 20 第 1 款 Emer de Vattel ... 20 (1) Vattel の記述 ... 22 (1-a) Livre I ... 23 (1-b) Livre II ... 25 (1-c) Livre III ... 26 (1-d) Livre IV ... 29 (2) Vattel の記述の分析 ... 30 第 2 款 小括 ... 33

(4)

ii 第 2 節 19 世紀の論者による「注意」概念 ... 34 第 1 款 英米圏の論者による「注意」概念(19 世紀) ... 34 (1) Jeremy Bentham ... 34 (2) Henry Wheaton ... 36 (3) John Westlake (19 世紀) ... 38 第 2 款 独仏圏の論者による「注意」概念(19 世紀) ... 41 (1) Jean-Louis Klüber ... 42

(2) Johann Caspar Bluntschli ... 46

(3) 小括 ... 53

第 3 節 20 世紀の論者による「注意」概念 ... 56

第 1 款 英米圏の論者による「注意」概念(20 世紀) ... 56

(1) Lassa Francis Lawrence Oppenheim ... 56

(2) John Westlake (20 世紀) ... 61

(2-a) Part 1, Peace ... 61

(2-b) Part 2, War ... 64

(2-c) Westlake のまとめ ... 69

(3) James Leslie Brierly ... 70

第 2 款 独仏圏の論者による「注意」概念(20 世紀) ... 73

(1) Gustaf Adolf Walz ... 74

(2) Alfred Verdross ... 80 (3) Charles Rousseau ... 87 第 4 節 小括 ... 92 第 2 章 判例の検討 ... 94 第 1 節 18 世紀・19 世紀の判例 ... 94 第 1 款 The Hoop 事件判決(1799) ... 94 第 2 款 アラバマ号事件仲裁判決(1872) ... 96 第 2 節 20 世紀前半の判例 ... 99 第 1 款 ザフィロ号事件仲裁判決(1925) ... 99

(5)

iii

第 2 款 キリスト同胞協会内外及び開拓地伝道協会仲裁判決(1920) ... 101

第 3 款 B.E.Chattin (United States.) v. United Mexican States (1927) ... 103

第 4 款 トレイル溶鉱所事件本案判決(1941) ... 105 第 3 章 ILC 国家責任条文起草過程の検討 ... 107 第 1 節 Francisco V. García-Amador (1956-1961) ... 107 第 1 款 第 1 回報告書 ... 108 (1) 第 1 回報告書の小括 ... 118 第 2 款 第 2 回報告書 ... 120 (1) 第 2 回報告書の小括 ... 129 第 3 款 第 3 回報告書 ... 130 (1) 第 3 回報告書の小括 ... 132 第 4 款 第 5 回報告書 ... 133 (1) 第 5 回報告書の小括 ... 137 第 5 款 第 6 回報告書 ... 137 (1) 第 6 回報告書の小括 ... 141 第 2 節 Roberto Ago (1969-1980) ... 142 第 1 款 第 1 回報告書 ... 142 (1) 第 1 回報告書の小括 ... 147 第 2 款 第4回報告書 ... 148 (1) 第 4 回報告書の小括 ... 162 第 3 款 第 7 回報告書 ... 164 (1) 第 7 回報告書の小括 ... 168 第 4 款 第 8 回報告書 ... 169 (1) 第 8 回報告書の小括 ... 170 第 3 節 Willem Riphagen (1980-1986) ... 170 第 1 款 第 2 回報告書 ... 170 (1) 第 2 報告書に関する小括 ... 171 第 2 款 第 4 回報告書 ... 171 (1) 第 4 回報告書の小括 ... 172 第 3 款 第 7 回報告書 ... 172 (1) 第 7 回報告書の小括 ... 174

(6)

iv 第 4 節 Gaetano Arangio-Ruiz (1988-1996) ... 174 第 1 款 第 1 回報告書 ... 175 (1) 第 1 回報告書の小括 ... 176 第 2 款 第 2 回報告書 ... 176 (1) 第 2 回報告書の小括 ... 181 第 3 款 第 3 回報告書 ... 181 (1) 第 3 回報告書の小括 ... 183 第 4 款 第 5 回報告書 ... 183 (1) 第 5 回報告書の小括 ... 184 第 5 款 第 6 回報告書 ... 184 (1) 第 6 回報告書の小括 ... 186 第 6 款 第 7 回報告書 ... 186 (1) 第 7 回報告書の小括 ... 187 第 7 款 第 8 回報告書 ... 187 (1) 第 8 回報告書 ... 188 第 5 節 James Crawford (1998-2001) ... 188 第 1 款 第 1 回報告書 ... 188 (1) 第 1 回報告書の小括 ... 192 第 2 款 第 2 回報告書 ... 192 (1) 第 2 回報告書の小括 ... 193 第 3 款 第 4 回報告書 ... 194 (1) 第 4 回報告書の小括 ... 195 第 6 節 小括 ... 195 第 3 編 「相当の注意」概念の現代的傾向 ... 202 第 1 章 判例の検討 ... 202 第 1 節 20 世紀後半・21 世紀の判例 ... 202 第 1 款 Velasquez Rodriguez 事件(1988)... 202 第 2 款 Pulp Mills 事件判決(2010) ... 204

(7)

v 第 3 款 国際海底機構の要請における勧告的意見(2011) ... 206 第 4 款 小地域漁業委員会(SRFC)の要請における勧告的意見(2015) ... 207 第 2 章 条約上の「相当の注意」概念 ... 208 第 1 節 「相当の注意(due diligence)」概念に言及する条約 ... 209 第 1 款 女性への暴力の防止、処罰、撲滅に関する米州条約(ベレン・ド・パラ条約) ... 209 第 2 款 女性に対する暴力およびドメスティック・バイオレンス防止条約(イスタン ブール条約) ... 210 第 2 節 「相当の注意」概念を導く一般規定を持つ条約 ... 213 第 1 款 国連海洋法条約 ... 214 第 2 款 女子差別撤廃条約 ... 220 (1) 「女性に対する暴力」への取り組みと「相当の注意」概念 ... 230 (1-a) 武力紛争時における女性への暴力と「相当の注意」概念 ... 232 (1-b) 締約国の義務の性質と「相当の注意義務」 ... 233 (1-c) 締約国の義務の性質と「相当の注意の基準」 ... 234 (1-d) 女性への暴力に対する取り組みと締約国の義務の履行 ... 235 第 3 款 欧州人権条約 ... 236 第 4 款 市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約) ... 239 第 5 款 経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約) ... 244 第 6 款 拷問等禁止条約 ... 247 第 7 款 集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約(ジェノサイド条約) ... 250 第 8 款 ジュネーヴ諸条約および第 1 追加議定書 ... 253 第 3 章 「相当の注意」概念と非拘束的文書 ... 255 第 1 節 ビジネスと人権に関する指導原則 ... 256 第 2 節 女性への暴力の撤廃に関する宣言 ... 258 第 3 節 民間軍事会社(PMSCs)の活動に関する非拘束的文書 ... 259 第 1 款 Montreux Document ... 260

(8)

vi 第 2 款 PMSCs に関する人権理事会条約草案 ... 263 第 4 節 小括 ... 264 第 4 章 分析 ... 265 第 4 編 おわりに ... 268 第 1 章 分析 ... 268 第 2 章 展望 ... 273

(9)

1

第 1 編 はじめに

第 1 章 問題の所在 国際法学における「相当の注意(due diligence)」概念は、長いあいだ自国領域内の外国人 保護義務、および国家責任法上の主観的要件に関する概念であるとされてきた。とりわけ国 際責任を認定する際、国家の主観的事象が責任認定の要件とされるか否か、という問いは、 「国際責任は過失責任か否か」という論争を巻き起こし、多くの論者がこの問題について取 り組むこととなった。この論争に関連して、従来から国際義務として語られてきた「相当の 注意」義務、あるいは特定の注意義務の履行に必要な「相当の注意」基準というものが、実 際に責任認定が行われるとき、主観的判断の要素として機能しているか否かという点には、 旧来より多くの学問的関心が寄せられてきた。 このような事情を背景として、「相当の注意」義務および「相当の注意」基準が満たされ たか否かという認定に関する議論は、その大部分が国家責任の認定に関わる要件の議論に 限定されて行われてきたのである。 国際法学上、国家責任法の理論的整備に関して最も重大な貢献をしたとされるのは、国連 国際法委員会(以下、ILC)における法典化作業であるといわれる。50 年にもわたる議論の結 果として編纂された「国際違法行為に対する国の責任」に関する条文(以下、国家責任条文) であるが、国家責任条文は、その文言のなかに「相当の注意」の概念を取り込むことなく編 纂を終えた。この判断は政府間の不必要な対立を回避する意図を含むものであり、ILC によ る国家責任条文のコメンタリには、上述の過失要件に関する対立について、条文は特定の立 場を取らない旨が記載されている1 しかしながら国際法学における「相当の注意」義務および「相当の注意」基準をめぐる議 論は収束したわけではなく、むしろ国家責任の範囲にとどまらない適用範囲の拡大2および

1 Commentaries to the draft articles on Responsibility of States for internationally wrongful

acts, the Report of the International Law Commission on the work of its Fifty-third session, Official Records of the General Assembly, Fifty-sixth session, Supplement No. 10 (A/56/10), chp.IV.E.2. November 2001, pp.69-70 (Article 2), para (3).

2 国際法協会の「国際法における Due Diligence に関する作業部会」が 2014 年 3 月 7 日付

で発表した報告書によれば、国家責任法、国際投資法、国際人道法、国際人権法、国際刑 事法、国際環境法、国際海洋法の項目が挙げられ、それぞれについて様々な文脈で「相当

の注意(Due Diligence)」が重要な役割を持つことが示される。See, ILA Study Group on

Due Diligence in International Law First Report (Duncan French and Tim Stephens), 7 March 2014, p.1., at http://www.ila-hq.org/en/committees/study_groups.cfm/cid/1045

(10)

2 用法の拡散が指摘されるに至っている。用法の拡散とは、はじめは主観的要件に関する概念 として出発した「相当の注意」義務および「相当の注意」基準履行の認定に客観性が要求さ れるようになり、かつこれが強化された結果として、「相当の注意」概念は現在単なる注意 基準ではなく、(1)一定程度の手続き的義務3の存在を示すようになった、あるいは、(2)一般 的概念である「領域使用の管理責任原則」と同じ、あるいは類似した原則となったとされる ものである。 (1)の傾向とは、現在、国際判例および国際文書において、「相当の注意義務(obligation of

due diligence)」は「すべての適切な措置をとる義務(take necessary measures)」であると明 言される。「相当の注意」義務および「相当の注意」基準は、単なる注意の基準としての性 質から深化し、基準が一定程度客観化された結果として、あらかじめ一定の義務について 「国際社会によって一般の国家に対して期待される、義務履行に必要な手続き的措置」の履 行義務を示すようになったと解されるようになったというものである。 以上のような用法の変化は 1972 年のストックホルム環境原則宣言以降、国際責任法の議 論のなかでもたびたび指摘されてきた4が、現在はこの点からさらに一歩すすんで、新たな 論点を提供するに至っている。 すなわち、一般的義務と手続き的義務の内容および射程の同定の問題である。国際海洋法 裁判所(以下、ITLOS)における 2011 年の深海底機構の要請における勧告的意見では、国連 海洋法条約の「確保する」義務が「相当の注意」義務であると判示され、「相当の注意」義 務の手続き的義務としての性質に言及して、義務内容を条文だけではなく国際海底機構の 採択した規則を参照して導いている。このような手法は国連海洋法条約(以下、UNCLOS) が「生きた文書」として解釈されることが意図されていることに起因するとされるが、当該 勧告的意見のなかでは「相当の注意」義務から以上のような手続き規則を導くための理論的 説明が付されていない。 あらためて、このような「相当の注意」義務を用いて導かれる手続き規則の内容および射 程について、理論的な説明が必要とされている。 (2) まず「領域使用の管理責任原則」とは、1928 年のパルマス島事件仲裁判決、1942 年 のトレイル溶鉱所事件仲裁判決、および 1949 年の ICJ におけるコルフ海峡事件判決によっ て認められた、領域支配の排他性は領域内で他国の権利を保護すべき義務を伴うのであり、 国家は自国領域を自ら使用しまたは私人に使用を許可するにあたって、他国の国際法上の 3 本稿における「手続き的義務」とは、「実体的義務」との対比において、規範の目指す目 的達成のために必要とされる措置をとる義務一般を指す。手続き的義務については、以下 を参照のこと。; 児矢野マリ「国際環境法における手続的義務の意義 : 国家主権に対する 「緩やかなコントロール」の基礎として」『新世代法政策学研究』Vol.20 (2013), pp.201-226. 4 たとえば、山本草二『国際法における危険責任主義』(東京大学出版、1982 年)。

(11)

3 権利を害する結果にならないよう配慮する注意義務を負い、これを怠れば国家責任を負う ことになる、という原則であり、国内法上の相隣関係の法理が類推適用されたものである5 近年、この「領域使用の管理責任原則」が他国のみならず国際公域の環境損害に適用され たり、かつ領域使用に責任根拠を求める方式から拡大し、UNCLOS 第 194 条第 2 項のよう に、国の属人的管轄下で行われる活動についても適用されている。「相当の注意」義務およ び「相当の注意」基準の第 2 の用法の拡散の傾向とは、このような国際公域の環境損害や属 人的管轄下において行われる活動について適用される「領域使用の管理責任原則」が、しば しば「相当の注意」義務および「相当の注意」基準と言い換えられることを指す。 従来、国際公域の環境損害や属人的管轄下への活動を国家が規律するためには条約上の 特別な仕組みが前提となっていたものの、一定の論者らは「領域使用の管理責任原則」、上 述のような属人管轄下での活動にも条約に基づかずに適用できることを主張する。このと き、このような条約に基づかない「領域使用の管理責任」の原則は、「相当の注意」義務あ るいは「相当の注意」基準、ひいては「相当の注意」原則とよび変えられる傾向にある。 このような条約に基づかない「領域使用の管理責任」の拡大を「相当の注意」義務、「相 当の注意」基準、あるいは「相当の注意」原則として推し進めることには、以下のような論 点が提起されうる。 第 1 に、ある国家の領域外に所在する、あるいは国境をまたいで国際的に活動する特定 の私人と、当該私人からもたらされる有害行為の防止義務を負う国家の特定の問題である。 ここでは、国家と私人との機能的関係をもとにして、国家に「相当の注意」義務を負わせる ことの是非および射程が問題となる。 具体的にいえば、国家にある特定の私人の行為が帰属しないと判断される場合でも、私人 が私人としての資格において犯す重大な国際刑事法上の罪(人道に対する罪など)は現在の 国際法の規律対象になるが、このとき、当該私人の犯罪を知りながら、かつ犯罪を防止する ための能力を持つ国家が存在する場合、当該私人の犯罪の防止義務が関係国に課される6 5 西村弓「領域使用管理責任」『国際関係法辞典』第 2 版、国際法学会(編) (三省堂、2005 年)、878 頁。 6 たとえば国際司法裁判所におけるジェノサイド条約適用事件では、ジェノサイドの防止 義務が領域に限定されないことを判示した。また、外国で活動する民間軍事会社(PMSC) が、私人としての資格で国際義務違反を犯すとき、当該民間軍事会社を規律すべき国家と しては、領域国のほか、契約国、企業の本国など、様々な国家が想定される。しかし民間 軍事会社を規律する特定の国際条約は存在しないため、規律を及ぼすことが期待される国 家に対して、(普遍的な人権条約上、あるいは慣習法上の)「相当注意の義務」が課されて

いる、と説明される実行がみられる。See, Judgement of Case Concerning Application of

the Convention on the Prevention and Punishment of the Crime of Genocide, (BOSNIA AND HERZEGOVINA v. SERBIA AND MONTENEGRO), (ICJ, 26 February 2007).;

(12)

4 される。このとき、領域国以外で私人が犯す国際法違反を防止すべき国家を決定させるため の規則については、国際法上統一的見解が存在していない7ため、個人の重大な刑事犯罪の 防止義務を負う国家をいかにして特定するかという問題が生ずる。 さらに「相当の注意」義務を負う国家の特定の論点をめぐっては、ある国家が「相当の注 意」義務を負う時間的問題に対する論点も伴う。すなわち、「いつ、どの国家が、どのよう な私人との関係性を理由に「相当の注意」義務を負うか」という問題が、未決のまま残され ているのである。 従来の国際法学において国家と私人との機能的関係性を責任追及の俎上に載せるために は、帰属制度が使用されてきたものであった。私人の行為を国家行為と理解させて国際法上 の義務違反を問う帰属制度と、私人としての資格で行動するものに対する国家の防止義務 は、元来制度の射程も基準も異なる。しかし帰属制度とは区別されるものとして、国家と私 人との関係性と国家の義務の射程を「相当の注意」基準によって策定しようという手法は、 国家の「領域内」に私人が所在する場面が想定されてきたのであるが、この理論が国家の「領 域外」にまで拡大される動きは、現在あらためて、国家と私人との機能的関係性を「相当の 注意」義務で結びつけるという手法の理論枠組みの解明と、その射程を検討する必要が生じ ている。 第 2 章 本稿の目的および射程 第 1 章で述べた論点は、言い換えると、「相当の注意」概念に関する適用の射程の問題で あると位置づけることができる。 この点につき本稿では、国際法学上の「相当の注意」概念の形成・発展をたどり、「相当 の注意」概念がどのような概念として創出され、どのような役割を与えられてきたのかを明 らかにし、現代における用法の拡大にどこまで耐えうる概念であるか検証を行う。 この作業によって、第 1 章で挙げられた論点、すなわち事態と国家との因果関係、および 私人と国家との個々の機能的関係に対して「相当の注意」概念に依拠して義務を負う国家を 特定することが、理論的に可能か否かという問いに回答を与え、また、「相当の注意」概念 が客観化した結果として生じた手続き的義務の履行方法および射程内容について、国際判 決の述べる論拠を精査し、これに国際法上の評価を与えることを本稿の目的とする。 言葉を変えていえば、「相当の注意」概念の内容ではなく、その適用の文脈や用法を検討

Montreux Document on pertinent international legal obligations and good practices for States related to operations of private military and security companies during armed conflict (hereinafter, Montreux Document), A/63/467–S/2008/636, 6 October 2008.

7 Sarah Joseph & Melissa Castan, The International Covenant on Civil and Political Rights; Cases, Materials, and Commentary, Third Edition (Oxford University Press, 2013), p. 112.

(13)

5 の対象とすることで、これまで国際法上どのように理論づけされてきたのか、いかなる場面 を想定した枠組みの一部として運用されてきたのかを考証し、「相当の注意」概念の機能と 限界を実証的に明らかにすることが、本稿の目的である。 以上述べた目的を達成するため、検討する対象を以下のように設定する。 第 2 編では「相当の注意」概念の枠組みを解明するため、国際法学が「相当の注意」概念 をいかに解釈し、受容したかについて検討を加える。17 世紀から 20 世紀において、「相当 の注意」概念について国際法学に影響を与えた学説および判例を扱い、次に国連国際法委員 会における議論を対象に、同議論のなかで「相当の注意」概念がどのように解釈されたかに ついて整理し、検討を加える。 第 2 編の記述は、「「相当の注意」概念は、用語と理論が同時に国際法学に登場したのでは なく、元々国際法に存在した「注意」概念を用いた理論に対して、「相当の注意」という用 語が当てはめられていった」という仮説に基づき、まずは 20 世紀までの「注意」概念を検 討することから開始される。 第 2 編からは、国際法上の理論に使用された「注意」概念が、「相当の注意」概念へと変 換されるまでの歴史を辿る。第 2 編の第 1 章には、20 世紀までの学説状況を概観し、様々 な文脈で用いられる「注意」概念が、現代において「相当の注意」概念と関わり合いの深い 理論の中で使用されていることを概観する。したがって、ある時点までは、こんにち「相当 の注意」概念であると考えられているもののほとんどは単なる「注意」概念を用いて国際法 上の理論形成が行われ、このあとから「相当の注意」概念を適用するようになったことが明 らかになる。とりわけ着目されるのが、アラバマ号事件判決の各論者の捉え方、および国家 責任に関する記述の変化である。 第 2 編の第 2 章は、判例の検討を行う。判例は「注意」概念による説明がなされており、 学説と同様、「相当の注意」概念を用いた説明がなされているものは少ない。 第 2 編の第 3 章には、国連国際法委員会における条約の起草過程が検討される。国家の 国際責任に関する条文の起草に携わった特別報告者の報告書を元に、どのような文脈にお いて「相当の注意」概念が扱われていたのかについて検討を行う。 第 3 編は、「相当の注意」概念の現代的傾向を確認するため、判例および各条約体制で運 用される「相当の注意」概念の適用状況を分析する。 第 3 編第 1 章では、20 世紀後半および 21 世紀の判例を検討する。「相当の注意」概念が それぞれの条約体制の特徴を反映して適用されていることが明らかになる。 第 3 編第 2 章では、条約上の「相当の注意」概念を扱う。第 1 節では、条約条文中に「相 当の注意(due diligence)」の文言を持つ地域的多数国間条約を扱い、続く第 2 節では、条約 の解釈のうちに「相当の注意」概念が用いられている例を扱う。 第 3 編第 3 章では、「相当の注意」概念に言及する非拘束的文書を扱う。これらの文書の なかには、従来の「相当の注意」概念の理解からは異なる適用がなされているもの、および 既存の条約体制の運営に沿っているもの等、非拘束的文書ごとの特徴が明らかになる。

(14)

6 第 4 編では、分析を受けた本稿全体の内容を振り返り、第 1 編第 1 章で提示した論点と 関わる事実の考察、および当該論点への回答を試みる。 第 3 章 定義 国際法における「相当の注意」概念は多義的な概念であり、論者ごとの問題意識の表れ方 によっても「相当の注意」概念の捉え方は異なる。よって、本稿の目的を誤解なく達成する ため、本章では本稿において登場する「相当の注意」概念を定義し、本稿の議論の射程を明 確にする。 第 1 節 国外における議論状況 本節では、現代の「相当の注意」概念の議論状況を概観する。まず、国外の論者による同 概念の位置づけを扱う。

Timo Koivurova は、「相当の注意(due diligence)」を「法主体の行為の義務」であり、通 常「主体が当該義務を履行したか否かを評価するにあたって適用される基準は、責任能力の ある市民あるいは政府のそれ」であり、「この基準による遵守を怠った場合――これはしば しば不注意(negligence)と呼ばれる――法的責任を法主体に帰すための一要素として、法主 体の非難可能性を表現する」と説明している8。Koivurova はこれだけでなく、「国際法にお いて、相当の注意の概念は法の一般原則であり続けている」が「国家実行は、相当の注意が 国際法主体に要求するものは何かという点に関して、さらに詳細な規則および基準を発展 させてきた」とも述べており、さらに相当の注意が影響を与えた分野として、「歴史的に、 私人の行為に対する国家責任について影響を与えてきた」と言及する。さらに、国家に相当 の注意を要求する一次義務が、「第二次世界大戦以降(…)ほとんどが国際環境保護の分野に おいて」みられるが、その他の分野においても見出すことができる9という。 Koivurova は別の論文のなかでも、「相当の注意」を原則として位置づけている10 彼は ICJ の核兵器使用の合法性事件に関する勧告的意見の「自国の管轄権や支配下にあ る活動が、他国あるいは国家の支配下にない領域の環境を尊重することを確保するという

8 Timo Koivurova,” Due Diligence”, in Rüdiger Wolfrum (ed.), Max Planck Institute for Comparative Public Law and International Law, (Heidelberg and Oxford University Press, 2012), pp. 236-237.

9 Ibid, p. 237.

10 Timo Koivurova, “What is the Principle of Due Diligence?,” in Jarna Petman and Jan

Klabbers (eds.), Nordic cosmopolitanism: essays in international law for Martti Koskenniemi (Martinus Nijhoff, 2003), p. 341.

(15)

7

国家の一般的義務の存在は、今や環境に関する国際法体系の一部となっている」という部分 を引用したのち、これを「いわゆる相当の注意原則(the principle of due diligence)」と表現

している。加えて、「相当の注意原則の射程」について、いわゆる「sic tuo utere(領域管理)

の原則の内容と射程」は相当の注意原則よりも多くの点において狭いため、別の原則として

語られねばならない、と結論している11

Robert P. Barnidge Jr.は、「相当の注意」概念を「相当の注意枠組み (due diligence

framework) 」、「相当の注意原則 (due diligence principle) 」と呼んでおり、アメリカ-メキ

シコ一般請求委員会の「加害者を逮捕および処罰するために適切な措置をとる」とされたこ とは「相当の注意原則と関係する」と述べる。

また彼は具体的な事例のなかで「相当の注意」概念によって具体的な国家の行為が評価さ れることを「相当の注意評価(due diligence assessment)」と呼び、「適切な措置をとる(take proper steps)、知りながらこれを許容する(allow knowingly)、可能な限り満足のいくように (as satisfactory as possible)、適切な措置(appropriate measures)」などの用語は相当の注意

評価を強調している例だという12

国際法協会(以下、ILA)は、Due Diligence in International Law と題された Study Group

を設けており、2014 年 3 月 7 日に第 1 次報告書13を提出している。

当該 Study Group の Mandate14によれば、当該概念は、「17 世紀に Hugo Grotius が学術

的に創設した」ものであり、「義務として、および国家行為の規律として適用され具体化さ

れ始めるのは、19 世紀になってから15」であるが、近年は「国際法における相当の注意の概

念は、多くの法分野において、とりわけ環境法(その中でも越境環境損害、あるいはグロー バルな損害の防止の文脈で)、および人権法の分野においてますます多くの影響力を獲得し ていっている」。

当該 ILA の Study Group の問題意識および任務は、「相当の注意」概念が様々な法分野に

おいて適用されている現状を捉え、様々な法分野において適用される相当の「注意」概念の

「共通性」あるいは「一般性」(commonality)について16、相当の「注意」概念がこのような

11 Ibid, pp. 341-347.

12 Robert P. Barnidge, Jr, Non‐State Actors and Terrorism; Applying the Law of State Responsibility and the Due Diligence Principle (Asser Press, 2008), pp. 114-115.

13 Supra note 2, (ILA Study Group).

14 ILA Study group on due diligence in international law – mandate, at

http://www.ila-hq.org/en/committees/study_groups.cfm/cid/1045.

15 Supra note 2 (ILA Study Group), p. 2.

16 相当の「注意」概念の「共通性」あるいは「一般性」(commonality)に関する論点と

は、たとえばコルフ海峡事件判決の射程が具体例として挙げられている。当該事件判決で は“あらゆる国家の、他国の権利に反するような行為のために、これを知りながら自国領域

(16)

8 法分野の壁を超えた共通性を有する基準とみなされうるか否か、といった論点を含めた、い くつかの論点を提起し、これを検討することにある。 よって第 1 次報告書の結論は論点を見出すという点に収束しており、最終的な全体の結 論はさらなる分析を待たねばならない。しかし、Mandate および第 1 次報告書の内容から は、Study Group が相当の「注意」概念にどのような(暫定的な)評価を与えているのかを読 み取ることができる。つまり、Study Group の Mandate および第 1 次報告書では、おおむ ね相当の注意を「行為基準を含む概念」と捉えており、この「行為基準」について多くの論 点が提起されている。 ただし、一部に Study Group の「相当の注意」概念の理解が「行為基準を含む概念」にと どまらない場面、すなわち近年の判例の傾向を示して、「一次規則の内容」のような説明が、 「相当の注意」概念を通じてなされることにも言及される。たとえば「海底紛争裁判部が 2011 年の勧告的意見の中で簡明に指摘したように、相当の注意は’結果を達成するために、 適切な手段を講じる、最善の可能な努力を行う、最大限を行う’義務である17」のように、こ の文面だけを参照すれば、「相当の注意」はある種の「義務」を指しているように見える。 このほか Study Group は、相当の注意と国家責任、国際投資法、国際人道法、国際人権 法、国際刑事法、国際環境法、海洋法との関係をそれぞれ扱い、各分野での「相当の注意」 の立ち位置を簡潔にまとめている。 前述のとおり、第 1 次報告書の結論は論点を見出すという点に収束している。しかし第 1 次報告書の結論は、様々な法分野において適用される相当の「注意」概念の共通性について は、このような適用が特定の事態に限定されるのか、あるいはさらに広い範囲に適用されう るのかは「非常に不明確」であるとしながらも、以下の 3 点については関連性のある論点を 見出せるとしている。すなわち、①政府の能力、②国家に期待される行為と比例するリスク、 ③広範に適用可能な共通基準か否か、の 3 点が各法分野において(あるいは共通して)見い だされる論点であるという。 対して、より一般的な体系書における「相当の注意」概念の位置づけは以下のとおりであ る。

Oppenheim’s International Law の第 9 版(1992 年)では、私人の行為から生ずる国家責任 の文脈で「相当の注意」概念が登場する。本書では、「国家責任の根拠はあらゆる状況に適

が使用されることを許容しない義務”があることが示された。これを「一般的な」友好相隣 関係の義務を確立したものだと考える立場がある(およびこれに相当の注意「基準」が適用 されること)一方で、国際法のフラグメンテーションにしたがって、相当の「注意」概念の

適用も多様化している、といった立場の違いが論点として提供される。; Supra note 2(ILA

Study Group), p. 4.

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9 用可能な唯一のものではなく、むしろ特定の義務に応じた性質を持つ、個別のものである18 という立場をとっており、ゆえに、私人の活動に関する国家責任は少なくとも「通常、損害 を防止しあるいは加害者を処罰するための相当の注意(due diligence)を示さなかった場合 を指すところの過失に基づく19」と説明されている。本書では私人の行為から生ずる国家責 任以外の部分において、相当の「注意」概念を用いた説明は行われていない。 私人の行為から生ずる国家責任について詳述する部分では、「国際法は、あらゆる国家に 対して、自らの臣民(subjects)が、あるいは自国領域内に居住する外国人が、他国に対して 不法行為を行うことを防止するため、相当の注意を行使する義務を課している20」と説明さ れる。さらに「私人の行為において国際的な損害行為を防止するために相当の注意を払うこ と、および、このような行為がこれにもかかわらず生じた場合に、違反者を処罰し、要求さ れる損害への賠償を彼らに強制することによって、不当な扱いを受けた国家に対して精神 的満足および賠償を提供すること21」が彼らの義務であるという。

このように、Oppenheim’s International Law の第 9 版では、私人行為に関して「相当の 注意を及ぼす義務」が国家に一般的に課せられているものであると説明がなされる。一方で このような注意を及ぼす基準についても言及がなされており、「相当の注意を行為するため に要求される基準は、状況によって変化」するのであって、それには「危機にさらされた人 物あるいは財産を持つ外国人の地位」も含まれるのだと述べている。 本書では、反乱団体の行為に対する国家責任のために独立の記述があるが、責任の構造は 「そのほかの私人の行為に対する国家責任と同じものである22」とされている。

James Crawford が著した Brownlie’s Principles of Public International Law の第 8 版(2012

年)23では、複数の分野に「相当の注意」概念が登場する。具体的には、国際海洋法(深海底)、 外交関係、国際責任の要件、国際義務の違反、外交的保護の要件および基準の章で記述がな されている。ただしそれぞれの分野に登場する「相当の注意」概念に対する考察は必ずしも 深いものではなく、この多くが参照される判例中に「相当の注意」の文言が登場するにすぎ ない。 国際海洋法分野における「相当の注意」は、深海底レジームに規定される、保証される事 業者(sponsored entities)および契約者(contractor)について保証国が負う責任の文脈で登場

18 R. Jennings & A. Watts (eds.), Oppenheim’s International Law, Ninth Edition, Volume I,

(Longman, 1992), p. 509.

19 Id.

20 Ibid, p. 549. 21 Id.

22 Ibid, p. 550.

23 James Crawford, Brownlie’s Principles of Public International Law, 8th edition, (Oxford

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10 する。Crawford は ITLOS の海底紛争裁判部が下した勧告的意見の内容を、「重要な解釈」 として検討している。このなかでは「このような状況における国家の基本的な義務は、(…)’ 深海底における活動’が、(…)UNCLOS[等に]したがって行われることを’確保する’ことであ る(…)この任務には十分な相当の注意が払われていなければならず、かつ予防原則、環境実 行、環境影響評価の観点から実施されねばならない」という部分が引用されている。

Malcolm N. Shaw の International Law(第 7 版)24において、「相当の注意」概念は国際環

境法のなかの、「国家責任と環境」という章で扱われる。

Shaw によれば、国際環境法における責任は絶対責任を負うとしばしば主張されるが、判 例はこの点確定していない。条約の規定もこの点は様々である。そこで、「相当の注意の基 準(The test of due diligence)」が「実際に最も適切なものとして一般的に受容されている基

準25」であると言及している。例として、UNCLOS 第 194 条がこれを定めたものであると 引用されている。ただし「相当の注意(due diligence)によって本当は何をすることになって いるのかについては、むしろ不明確」であり、「相当の注意の基準は、明らかに要因のなか に柔軟性の要素を導入しており、かつこの基準は、問題となる事例の状況の観点から判断さ れねばならない」と分析を加えている。 第 2 節 日本の議論状況 従来の国際法学界における議論の中で本稿の議論がどのように位置づけられるのかにつ いて明確にするため、次に日本の国際法学における「相当の注意」義務をめぐる論者の姿勢 について概観する。日本の論者においても「相当の注意」概念をめぐっては数多くの言及が なされているが、ここでは特徴的な 4 つのアプローチがある。 (1)国家の注意義務の存在から出発し、「相当の注意」を責任認定の際の要件のように捉え たうえで現実の国家責任法の性質を顧みようとする立場(山本草二など)。このような捉え方 が従来の国際法学における「相当の注意」概念の理解に最も近いものである。 (2)領域内外国人に対する保護から出発し、外国人に対する権利保護の領域から出発した 不確定概念としての「相当な注意」概念の射程の一般性に疑問を呈する立場であり、「相当 の注意」概念がいかなる根拠のもとで適用されるのか、適用するに足る根拠のもとで運用さ れているのかという、適用の前提について問題とする(小畑郁など)。 (3) 国際責任制度の存在から出発し、「相当の注意」概念が現実の国家責任認定の場面に おいてどのように振る舞うのかについて問題とする立場(湯山智之、萬歳寛之など)。「相当 の注意」概念は一次規則と二次規則の二つの側面を持つ概念であり、注意義務の内容を規定 するという一面(一次規則)と、基準としての側面(二次規則)を持つことが指摘される。判例

24 Malcolm N. Shaw, International Law, Seventh edition, (Cambridge University Press, 2014). 25 Ibid, p. 621.

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11 上現れた注意義務の内容および具体的基準を導いた国家の行為などを分析して、「相当の注 意」概念や「相当の注意」義務の内実を示す。 (1)山本草二は、「国際法における危険責任主義」(1982 年)において、「伝統的な注意義務」 と「こんにちにおける注意義務」を区別して論じている。彼によれば「伝統的な注意義務」 は ILC の条文案(当時第一読草案)に含められていた「特定事態防止の義務」の一形態であ り、国家の裁量が一定程度残されるものであって、「その判断の裁量性と内容の可変性をも つものであって、今日の科学技術起因の損害を防止し事後の救済をはかるには不十分26」な ものである。対して「こんにちにおける注意義務」とは、従来の注意義務から発展して、重 大な危険性を伴う活動を私人に許可するために、国家が一定の手続的措置をとらねばなら ないよう定められるようになっており、「いっそう客観的に認定できるようになる27」と述 べている。山本草二はまた「相当の注意」義務を満たすための手続き・措置は「国家責任の 範囲内で独自の機能を持つ」と評価しなければならないとしている28 ここの文脈で「相当の注意」というとき、山本草二の説明では注意義務の「相当」な程度 の履行が問題とされている。すなわち義務履行の際の国家の裁量権との関係で、履行の程度 をはかる基準のように記述されている。 また「相当の注意」概念の多義性について、山本草二は、「相当の注意」概念と国家責任 とのかかわりを説明する文脈において、「注意義務の欠如」という概念は過失責任主義と客 観責任主義の対立という争点に還元しつくせるものではないとして「注意義務の欠如」の多 義性を指摘している29「相当の注意」が履行されたかどうかは、国家機関の不作為そのも のとは区別して、国家に違法性が帰属されるための要件ないし基準とみなされるものであ る30」のである。 また同書の別の文脈において山本草二は、国家に違法性を帰属させるための要件として 「相当の注意」を説明している。別の文脈とは、領域使用の管理責任概念の成立の文脈であ る。 山本草二はアラバマ号事件、トレイル溶鉱所事件、コルフ海峡事件の判決を検討したのち に、注意義務の強化と客観化の傾向が「領域使用の管理責任」という概念をうちたてるよう になった、と分析しており31「こうした傾向が、国際違法行為に基づく国家責任に関する一 般国際法の体系の内部で育成された」と述べている32。すなわち「今日では、国家はその管 26 山本『前掲書』(注 4)96 頁。101 頁。 27 同上、103 頁。 28 同上、103 頁。 29 同上、96 頁。 30 同上、99 頁。 31 同上、136-137 頁。 32 同上、137 頁。

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12 轄下の領域を自ら使用しまたはその使用を私人にゆるすにあたり、他国の法益を害するよ うな結果にならないよう、その使用方法について特別の注意義務を課される傾向にある33 のである。山本草二はこの領域使用の管理責任の文脈で、とりわけ国家の不作為の場面にお いて、「外国法益の侵害が、国家またはその直接の選任・監督に服する国家機関による積極 的な行為に基づくものでない場合に」、「直接無条件には国家に責任を帰属できない」ので、 そこに国家の責任の立証について「特別の要件が加わる」として、これが「一般に私人その 他、国家との間に機関権能・機関拘束の関係にない者による違法行為について、国家の国際 責任の有無を判定する」ための「「相当の注意」とか「事情の了知」とかの要件34」であると 述べている。 山本草二は、領域使用の管理責任の文脈における「相当の注意」要件について、要件が満 たされたかがどのように判断されるのかについても説明を行っている。領域使用の管理責 任の展開を説明する節において山本草二は、「前述したように、国家が私人等による行為に 基づく損害の潜在的な発生の事情を現に「了知」し、または「相当の注意」をもってすれば 知りうべきであったかどうかとか、その損害を防止し救済する措置をとり得たはずであっ た か ど う か を 認 定 す る に は 、 具 体 的 個 別 的 な 事 案 の 下 で の 状 況 証 拠 (circumstantial evidence)により因果関係の相当性を判断するよりほかにな35」いと指摘している。 さらにこの関係において山本草二が指摘するのは、「これまでその[因果関係の相当性]判 断の背景となる国際違法性概念の客観的な構成とかその社会的基盤は、必ずしも明確には なされないできた」としながらも、「しかしそれにもかかわらず、物理的な危険を伴う侵害 行為については、漠然としながらも最近の国際判例または国家実行が、「相当の注意」、「事 情の了知」を判定する基準として、責任当事国の主観的な過失の有無ではなく、国際関係に おける当該国の社会的義務、信義誠実、権利濫用などの概念を導入して、その客観化をはか ろうとしてきていることに、注目しなければならない36」という点である。 したがって山本草二は、「相当の注意」概念を複眼的に説明している。まず国家責任との 関係において、山本草二は国家が注意義務を満たすための基準を「相当の注意」概念として 捉えている。一方で、「相当の注意」義務を満たすための手続きを、単なる義務の一群では なく、国家責任の認定のなかで独自の地位を持つものと評価している。またさらに注意義務 概念が客観化した結果成立したとする領域使用の管理責任の文脈では、領域使用の管理責 任にもとづき国家が私人との関係において負う特別な注意義務を認定する際、とくに不作 為の場合は「相当の注意」あるいは「了知」の要件が必要になるとしている。ここでは国家 が注意義務を満たすための基準としてだけではなく、国家責任が(領域使用の管理責任にも 33山本『前掲書』(注 4)104 頁。 34 山本『前掲書』(注 4)105 頁。 35 同上、105-106 頁。 36 山本『前掲書』(注 4)106 頁。

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13 とづいて)認定される際の要件としても言及されている。どのように「相当の注意」が満た されるかを説明する部分では、個別具体的な事案のもとでの状況証拠が必要としながらも、 その判断には国際関係から生ずる一定の客観的基準が必要であると述べている。ここでも 「相当の注意」は一つの要件、あるいは注意の基準を指しているが、履行のために一定の手 続きと客観的基準が要求されることにも言及されている。 (2)小畑郁は、「国際責任の法制度における「相当な注意」概念の再検討」(2000 年)のなか で、国際責任の法制度における「相当な注意(due diligence)」概念の役割が重要であること が国際法上認められているとしつつも、外国法益の侵害あるいは外国人の損害のいずれに おいて適用されるのかという適用の前提の問題、事後の処罰について「注意」概念が適用さ れることの是非、私人行為についてのみ妥当するような説明についての理論充足不足、領域 内と領域外での「相当な注意」概念の適用が同じか否か、などの問題について議論が尽くさ れておらず、適用範囲がはっきりしないまま拡大する傾向がある、と指摘する37ことから論 文をはじめている。小畑郁の指摘はこれにとどまらず、「適用の優先順位についての規則に ついて明確にされることなく、この概念が優先的に適用される傾向」があることも、特別規 定の意味が失われてしまうとの問題意識から批判的に解している38。小畑郁はこのような 「相当な注意」概念に関する問題点を、「国際法学をも規程する法思考にとって、悪く言え ば安易に受け入れやすいものであるものであることとならんで、スライディング・スケール とよばれるように、融通無碍に調節して適用が可能であることから生じている39」と分析す る。 さらに小畑郁は、このような「相当な注意」概念の不明瞭さがこれまでも意識されてこな かったわけではないものの、その議論は、「この概念の定着と一般化をむしろ前提に、それ を「客観化」することを説くものであった」と指摘する。このうえで、「そもそもかかる一 般化が、はたしてどの程度まで確立しているか、そのように「相当な注意」概念を一般的に 適用しようとすることが、かえってさまざまな問題を未解決のまま残したのではないか、と いうことが、まず問われなければならないと考える40」。 また小畑郁は「相当な注意」概念の内容および性質について、「不確定概念として意図的 に持ち込まれたものであって、それにより特定の結論を後から説明することはできても、具 体的な規範を論理的に導き出すことはできない41」ため、「そもそも「客観化」できる要素は 37 小畑郁「国際責任の法制度における「相当な注意」概念の再検討」桐山孝信・杉島正 秋・船尾章子編『転換期国際法の構造と機能(石本康雄先生古稀記念論文集)』(国際書院、 2000 年)、57 頁。 38 同上、58 頁。 39 同上、58 頁。 40 同上、58 頁。 41 同上、76 頁。

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14 内在していない42」と分析する。そして、「諸実行・合意などの中からむしろ別個に具体的な 基準を導き出すことが、追求されなければならないのである43」と主張している。このよう な問題意識を背景に、論文では法典編纂会議の中での諸国の国際標準・国内標準主義の立場 の違いが分析され、「相当な注意」概念の不確定性概念としての機能、および「概念事態に ついて伏在する対立」が今日においても踏まえられねばならない44と結論している。このよ うに小畑郁は、一般的な適用概念としての「相当な注意」概念に疑問を唱え、その適用範囲 をその内容と共に慎重に吟味する必要を主張している。 (3)湯山智之は、「国際法上の国家責任における「過失」及び「相当の注意」に関する考察 (一)~(四)」(2002 年-2006 年)のなかで、「相当の注意」概念と国家責任論に関する議論を 行っている。湯山智之は、国際法上の国家責任法における「過失」を心理的要素、「相当の 注意」を客観的な行為義務であるとしてはじめに区別しつつ、「ともに違法性(義務違反)と は区別された責任の要素(いわゆる「帰責事由」)として作用する45」と定義している。ここ から湯山智之は、「義務の分類論」と「相当の注意」の妥当範囲、および領域使用の管理責 任と「相当の注意義務」とを検討している。 義務の分類論と「相当の注意」の妥当範囲を検討した結果、湯山智之は「相当の注意」が 一次規則の内容として義務を特徴づける機能を持つと同時に、義務違反を評価するための 統一的要素、責任の基準としての二次規則の機能を持つという議論を紹介しつつ、これが 「「相当の注意」に限らず、「不可抗力」「自己のものにおけると同等の注意」「意図」などの いわば「帰責事由」全般にいえることである46」と指摘する。すなわち「これらは義務違反 の認定にあたっては、一次義務から独立して作用し、一次規則の解釈によって導かれるもの である。しかし、それらは一次義務の内容でもあり、その存在は一次義務の解釈によって導 かれるものである47」。 したがって、ここで「相当の注意」の概念は、一方では一次規則の内容(すなわち義務)で あり、かつ一方で義務違反認定のなかで基準として作用することが指摘されている。 この指摘に関連して、領域使用の管理責任と「相当の注意」を分析する際、湯山智之は「「相 当の注意」が国際法の一次規則の内容から参照されるのではなく」、むしろ「義務の内容と 42 同上、76 頁。 43 同上、76 頁。 44 同上、75 頁。 45 湯山智之「国際法上の国家責任における「過失」及び「相当の注意」に関する考察 (一)」『香川法学』第 22 巻第 2 号(2002 年)、128 頁。 46湯山智之「国際法上の国家責任における「過失」及び「相当の注意」に関する考察(二)」 『香川法学』第 23 巻第 1・2 号(2003 年)、96 頁。 47 同上、96 頁。

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15 は別に事案の一定の状況48」を参照する場面があることを指摘している。 また領域使用の管理責任と注意義務の性質を語る場面において湯山智之は、領域使用の 管理責任から生ずる防止の義務との関係において、「相当の注意」は条件付けの要素として 機能しており、けして「相当の注意」の内容が防止および処罰というわけではない49、と分 析している。 したがって湯山智之は、山本草二よりさらに複眼的かつ詳細に「相当の注意」概念を捉え ている。ここでは「相当の注意」概念が一方では一次規則の内容、もう一方では義務違反認 定の際の基準としてふるまうと考察している。そして「相当の注意」概念の、義務違反認定 の際の基準としてのふるまいには二通りが存在し、一次規則が参照される場合と、一次規則 ではなく事態が参照される場合が存在することを指摘する。 (4)萬歳寛之は、「国家責任法における違法性判断の特質」(2011 年)において、国家責任 法の性格規定に関する議論について、判例および学説上の「相当の注意」義務の検討を行う ことによって分析している。萬歳寛之は「相当の注意」概念を、一般的概念および一般国際 法上のものとして捉える。同時に同論文中、「相当の注意」義務の適用法規としての性格を 考察している。 ここでの適用法規とは、国家機能の排他性に伴って各国に期待される、自国領域内に所在 する外国人の権利保護規範のことである50。萬歳寛之は「「相当の注意」義務や領域使用の管 理責任は、国家機能の排他性に淵源を求めると同時に、これらの義務は国家が保有している 権利の内在的制約要因として発展してきた51」ことを述べつつ、その内在的制約要因の淵源 とは相互主義であるとする。萬歳寛之によれば、相互主義にいかなる規範的価値が付与され るかは違反を含めた相互主義の法的帰結と密接に関係するものである。この法的帰結を規 定しているものの1つが国家責任法である52。すなわち、「相当の注意」義務の淵源は国家機 能の排他性のみに基づくものではなく、相互主義にも基づくものであることが指摘される。 このうえで萬歳寛之はマクドゥーガルの「決定の過程(the process of decision)」を引用しつ

つ、「相当の注意」義務(ここでは外国人取扱いに対する国際標準主義を指す)とは、「意思決 定権者に決定の過程において問題への取り組み方を指示・命令する規範であり、かつ非常に 柔軟で分野横断的な法的性格を有しているため、国際法の変容過程の中でも適用法規とし 48 湯山智之「国際法上の国家責任における「過失」及び「相当の注意」に関する考察 (三)」『香川法学』第 24 巻第 3・4 号(2005 年)、275-276 頁。 49 同上、313 頁。 50 萬歳寛之「国家責任法における違法性判断の特質―「相当の注意」概念を素材として ―」『早稲田法学』第 86 巻 2 号(2011 年)、111 頁。 51 同上、108 頁。 52 同上、111 頁。

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16 て妥当する基盤を有してきたと結論付けることができる53」とする。このうえで萬歳寛之は、 現代国際法における「相当の注意」義務の内容を客観化していくことが課題になると述べて いる。 また萬歳寛之は、具体的に「相当の注意」義務違反が認定される要素を考慮している。彼 は判例の分析の結果として、客観的な規範と実際の国家行動との不一致だけではなく、これ に加えて責任非難の要素が重要であると述べている。この責任非難の要素が、判例上は徐々 に客観化され、「排他性・黙認・認識・承知など」となって表れるものとされる54 すなわち萬歳寛之は、「相当の注意」義務が域内の外国人保護の文脈に限定してではある が、適用規範としての側面があることを認めている。これは、たとえば山本草二のように、 国家責任法における「相当の注意」概念を分析する際、域内の私人行為に対する注意義務の 基準・国家責任の要件としての言及よりも一段踏み込んだ分析となっている。また国家責任 法の淵源が国家主権の排他性と相互主義にあることを指摘するのみではなく、この相互主 義を各国に適用する際の調整弁としてのはたらきを「相当の注意」義務(ここでは域内外国 人保護規範)に与えた。また、たとえば湯山智之によって一次規則と二次規則との双方にお いはたらく概念とされた「相当の注意」概念について、萬歳寛之はマクドゥーガルの「決定 の過程」の議論に着目し、「相当の注意」概念が有する独特のはたらきに説明を与えている。 第 3 節 小括 以上のように、現代における「相当の注意」概念の分析は多岐にわたるものの、その定義 が明確に確立されてきたと断定することはできない。しかしながら、「相当の注意」概念に 対する理解および分析の傾向については、国内外の研究者たちを一定程度まとめることが できる。 少なくとも「相当の注意」概念の(分野横断的)一般性、あるいは射程についての姿勢で 1 つの分類が可能である。 Koivurova や Barnidge Jr.のように、「相当の注意」概念が個別の国際法分野にとどまる概 念なのではなく、国家責任法、国際人権法などの多くの分野で通底するものと考える立場。 Shaw や Crawford、山本草二、湯山智之、萬歳寛之のように、各個別の国際法の分野にお ける「相当の注意」概念のみを検討の対象とし、他の分野における「相当の注意」概念との 関係性に触れない立場。

ILA の Study Group や小畑郁のように、(1)の立場に対する疑念をもって、「相当の注意」

概念の一般性や射程を問う立場。

53 同上、113 頁。

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17 第 4 節 本稿における定義 前述の各論者における問題意識と議論の傾向を踏まえ、本稿では、「相当の注意」概念の 適用枠組みの多様性、および根拠の薄弱なまま行われる適用の拡散を改めて指摘しつつ、最 終的に「相当の注意」概念の射程を問題とする(3)の立場に立つ。 第 2 章で触れたとおり、本稿は「相当の注意」概念の内容ではなく、その適用の文脈や用 法を検討の対象としながら「相当の注意」概念の形成・発展を分析することで、「相当の注 意」概念の機能と限界を実証的に明らかにすることを目的とする。 よって、筆者は現代国際法上使用されているが、拡散が指摘される「相当の注意」のそれ ぞれの用法を全て包摂するかたちで「相当の注意」概念を定義することとしたい。

Max Plank Encyclopedia of Public International Law において「due diligence」の項目を

執筆する Koivurova は、「相当の注意」について 3 種類の方法で言及しているが、これが参 考になる。すなわち、(1)行為の義務。またあるいは(2)法の一般原則上、自国の排他的支配 領域内において私人行為から発生する国家責任についての概念。またあるいは、(3)(たとえ 支配領域の外であっても)ある一次義務を達成させるために行使するよう要求される55行為 基準、と 3 つの説明がなされる。 本稿は、これらの 3 種類の「相当の注意」を全て指す用語として、「相当の注意」概念を 定義することとしたい。

すなわち、本稿における「相当の注意」概念とは、「「相当の注意(due diligence, diligence[仏],

nötige Sorgfalt or gehörige Sorgfalt[独] )」と言及され、国際法上の理論と関連して専門用語 として機能する概念」である。このなかには、行為の義務としての「相当の注意」義務、領 域使用管理責任原則から生ずる「相当の注意」義務、ある一次義務を達成するために行使が 要求される「相当の注意」基準が含まれる。 また、第 2 編の議論と関連して、「相当の注意」概念と対比される「注意」概念をここで 定義する。前述のとおり、第 2 編の記述は、「「相当の注意」概念は、用語と理論が同時に国 際法学に登場したのではなく、元々国際法に存在した「注意」概念を用いた理論に対して、 「相当の注意」という用語が当てはめられていった」という仮説に基づき検証が行われる。 よって本稿における「注意」概念とは、「あらゆる主体が、他の客体に対して向ける注意、 監視、顧慮であって、国際法学上の議論と関係するものとして言及される概念」を指すもの とする。 以上、本稿ではこれらの定義にしたがって分析を進めていくこととする。

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18

第 2 編 「注意」概念から「相当の注意」概念へ

第 2 編では、国際法学における「相当の注意」概念の構造を解明するため、「相当の注意」 概念がいかなるものとして国際法学に導入され、時代ごとの国際法学者によって、どのよう な概念として捉えられてきたのかについて明らかにする。 まず、これから「相当の注意」概念の形成を探るうえで、歴史的な「相当の注意」概念の 淵源を検討する先行研究の射程について検討する。

先行研究において、Jan Hessbruegge などは、「相当の注意」概念はローマ法上の culpa,

dolus 概念にまでその淵源を遡ることができる56としており、のちの君主制国家の時代にも 当時の国際法上の概念として類似の概念が見いだせるとしている。また Sarah Heathcote は、 一般原則としての相当の注意に関連する法的宣言は、少なくとも 1925 年のスペイン領モロ ッコにおける英国人の財産権事件、1928 年のパルマス島事件仲裁判決、1941 年のトレイル 溶鉱所事件判決において既に確認されていた、と述べている57 このような理解は、国家責任法上の議論としては非常に示唆に富んでおり、必要十分な考 察である一方で、このような先行研究において言及される「相当の注意」概念とは、国家責

任法分野の議論上の「過失」、あるいは、国内法上の相隣関係原則である sic utere tuo ut

alienum non laedasから派生した「領域使用の管理責任原則」に相当する概念に他ならない。

したがって、現在「相当の注意」概念が国家責任法の分野の外、および「領域使用の管理 責任原則」の外に拡大している現在の状況に照らすと、以上の先行研究のような分析が現代 の「相当の注意」概念へ有する示唆の程度は明らかでない。 実際に、現代で使用される「相当の注意」概念は、先行研究が述べるように、長い歴史を 耐えた専門性を誇る概念だったのだろうか。そして国際法学における「相当の注意」概念の 構造や性質は、現代で確認されるような拡散に耐えうるものなのだろうか。 このような疑問へ回答するためには、現代の国際法上の「相当の注意」概念が、どのよう な時点で、どのような概念として、何を契機として導入され、発展させられてきたのかにつ いて明らかにしなければならない。

よって、本編では「相当の注意」概念(「「相当の注意(due diligence, diligence[仏], nötige Sorgfalt or gehörige Sorgfalt[独] )」と言及され、国際法上の理論と関連して専門用語として

56 湯山智之『前掲書』(注 45)。; Jan Hessbruegge, “The Historical Development of the

Doctrines of Attribution and Due Diligence in International Law”, New York University Journal of International Law 36 (2004), p. 276.

57 Sarah Heathcote, “State omissions and due diligence”, in Karine Bannelier, et al (eds), The ICJ and the evolution of international law: the enduring impact of the Corfu Channel case, (Routledge, 2012), p. 297.

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19 機能する概念」)と、無印の「注意」概念(「あらゆる主体が、他の客体に対して向ける注意、 監視、顧慮であって、国際法学上の議論と関係するものとして言及される概念」)とを区別 し、いかなる時点で「相当の注意」概念がそのような概念として国際法学へ形成されてきた のかを実証的に明らかにする。 結論を先取りすると、実際に、ローマ法まで遡ることのできるはずの「相当の注意」概念 は、ILC によって理論的に国家責任論へ組みこまれるまで、国際法学上、必ずしもこのよう な専門用語としての地位を与えられてはいなかった。すなわち、長い間、国際法におけるい わゆる「相当の注意」概念は、無印の「注意」概念だったのである。 本章で明らかになる、無印の「注意」概念から「相当の注意」概念への理論展開の経緯、 および国際法学における「注意」概念から「相当の注意」概念へ向かうまでの理論構造の分 析を元にして、次章以降の分析が行われる。 「相当の注意」概念につながりうる「注意」概念については、各論者がこのような「注意」 概念の根拠をどのような点に求めているのかについても着目する。第 1 章「はじめに」で述 べた問題意識のとおり、近年の「相当の注意」義務の用法は、伝統的な領域主権の排他性、 という根拠を離れて、領域外の私人に対しても使用される傾向にある。言い換えれば、国家 領域外の活動に対しても、国家と私人との機能的連結を元に「相当の注意」概念の適用が求 められている58。このことについて、「注意」概念から「相当の注意」概念への転換が生じた 際に、このような適用の根拠を同概念に与えてきたか否かが着目される。 第 1 章 20 世紀までの学説状況 国際法の歴史をどこまで遡って理解するべきかについては論者および検討しようとする 概念によって異なり、近代国際法の発展がそれ以前の古代ギリシャおよびローマにおける 法体系の伝統から見いだされるという還元主義者や、James Brown Scott や Belgian Ernst Nys のように、Grotius 以前の 16 世紀-17 世紀初頭の学者である Francisco Vitoria(c. 1480-1546)、Baltasar de Ayala(1548-1584)、Alberico Gentili(1552-1608)に求める論者、あるい

は、12 世紀に転機を求める Wolfgang Preiser のような論者も存在するところである59が、 58 域外の私人行為と国家責任の関係については、たとえば安藤仁介「領域外の私人行為に 関する国家責任」『神戸法学雑誌』第 30 巻 2 号(1980 年)、339 頁。安藤仁介は、領域外私 人の行為と国家責任との関係を、原子力事故の責任をめぐる条約、宇宙活動に伴う自己の処 理をめぐる条約、海洋汚染の防止をめぐる条約の起草過程を検討したのちに、領域外の私人 行為に関して国家がなにがしかの責任を負う根拠は、国家が私人行為を許可し監視するな どの、自己のの支配下において規制(control)しうる可能性に求められる、と結論している。

59 Randall Lesaffer, “The classical law of nations (1500-1800)”, in Alexander Orakhelashvili

参照

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