リボソームによる遺伝子導入とその分子機構
レーザ顕微鏡 ・プローブ顕微鏡による展開
中西 守 ・野口安里 ・川浦稚代
遺伝子治療の際の非ウイルスベクターとして,正電荷コレステロール誘導体を用いた正
電荷 リボソームを紹介する.この新しいタイプのリボソームは正電荷脂質を用いた市販の
リボソーム (
リポフェクチン)よりも遺伝子導入の効率がはるかに高かった.また,共焦
点レーザ顕微鏡と原子間力顕微鏡を用いたDNAや リボソームの画像解析からは,細胞内へ
の遺伝子導入がエンドサイトーシスで進行し,エンドソームとリボソームの膜融合の際に
DNAは リボソームから遊離し,核内へ選択的に移行していることが明らかになった.
【遺 伝 子 導 入 】 【正 電 荷 リ ボ ソ ー ム 】 【共 焦 点 レー ザ 顕 微 鏡 】【
原子 間力顕微 鏡 】
は じ め に ワ ト ソ ン と ク リ ッ ク が 遺 伝 情 報 の本 体 を 明 ら か に して か ら半 世 紀 が 過 ぎ よ う とし て い る1). 二 重 ら せ ん構 造 の発 見 は そ の 後 の 生 物 学 を大 き く変 貌 させ た . 分 子 生 物 学 や 生 命 科 学 が 新 し く誕 生 し, 生 物 学 は20世 紀 後 半 , サ イ エ ン ス の 舞 台 の 中 心 に登 場 した . と こ ろ で , 新 しい 世 紀 を 目の 前 に して , 生 物 学 は ま た 新 た な発 展 を遂 げ よ う と して い る. そ れ は, 生 物 学 が こ れ ま で の よ うな 基 礎 研 究 と して の 発 展 に留 ま らず , 疾 病 の 治 療 と い う 大 き な 目標 の も と に , 医 療 との 関 連 を よ り い っ そ う色 濃 く した もの へ と変 貌 し よ う と し て い る か ら で あ る . ゲ ノ ム 計 画 や 遺 伝 子 治 療 は ま さ に そ の よ う な特 質 を 強 く もっ た 研 究 とい え る. い まや , 分 子 生 物 学 や 生 命 科 学 の 基 礎 研 究 の 成 果 が , 疾 病 の 解 明 や 治 療 へ の 指 針 を打 ち 出 そ う と して い る よ う に み え る. しか し, 基 礎 研 究 の 成 果 が 臨 床 応 用 へ と結 び つ く まで に は, ま だ ま だ 多 くの 解 決 しな け れ ば な らな い 問 題 が 残 っ て い る. 本 稿 で述 べ る遺 伝 子 治 療 も そ の よ う な も の の ひ とつ で あ る . 遺 伝 子 治 療 は , 遺 伝 子 疾 患 だ け で な く, 癌 や エ イ ズ に も有 用 で あ る .21世 紀 の 新 し い 医 療 技 術 の ひ とつ に な る こ と は 間 違 い な い で あ ろ う. し か し, 先 天 的 な 代 謝 酵 素 の 異 常 の場 合 な ど を 除 い て , 遺 伝 子 治 療 は い ま だ に試 験 的 な医 療 技 術 の 域 を 出 て い ない2}. この問 題 を 解 決 す るひ とつ と し て , 外 来 遺 伝 子 の 安 全 か つ効 率 よ い 導 入 法 (ベ ク タ ー ) の 確 立 が 必 要 で あ る . 遺 伝 子 導 入 の 方 法 と し て は, ウ イ ル ス を 用 い る方 法 (ウ イ ル ス ベ ク タ ー 法 )と ウ イ ル ス を用 い な い 方 法 (非 ウ イ ル ス ベ ク タ ー 法 ) に分 け られ る. ア デ ノ ウ イ ル ス に代 表 さ れ る ウ イ ル ス ベ ク タ ー 法 は 外 来 遺 伝 子 を比 較 的 効 率 よ く生 体 (細 胞 ) 内 に 導 入 で き る の が 特 長 で あ る. し か し, ウ イ ル ス を用 い て い る た め に , 増 殖 性 ウ イ ル ス に よ る 病 原 性 の 問 題 が 常 に 指 摘 され て い る. 一 方 , 非 ウ イ ル ス ベ ク タ ー 法 は 安 全 性 に 関 す る 問題 点 は 少 な い もの の , 導 入 効 率 が ウ イ ル ス ベ ク タ ー 法 よ り もMamoru Nakanishi,Ari Noguchi,,Chiyo Kawaura, 名 古 屋 市 立 大 学 薬 学 部 (〒467-8603名 古 屋 市 瑞 穂 区 田 辺 通3-1) [Faculty of
Pharmaceutical Sciences,Nagoya City University,Tanabe-dori,Mizuho-ku,Nagoya 467-8603,Japan]E-mail:mamoru@
phar.nagoya-cu.ac.jp
Gene Transfection Mediated by Cationic Liposomes with a Cationic Cholesterol Derivative
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リポソーム による遺伝 子導入 とその分子機構 49 は る か に低 い 欠 点 が あ る. 増 殖 性 ウ イ ル ス の 問 題 を考 え る と, 非 ウ イ ル ス ベ ク タ ー の 導 入 効 率 を上 げ る 検 討 は遺 伝 子 治 療 の 基 礎 研 究 と し て た い へ ん 重 要 で あ る. さ て, 筆 者 は こ こ数 年 , 新 し い タ イ プ の 非 ウ イ ル ス ベ ク タ ー の 開 発 を企 て て き た . そ れ は, 正 電 荷 コ レ ス テ ロ ー ル を用 い た 非 ウ イ ル ス ベ ク タ ー で あ る . 本 稿 で は この 新 し い タ イ プ の 非 ウ イ ル ス ベ ク タ ー の 紹 介 を行 な い , 同 時 に 共 焦 点 レ ー ザ 顕 微 鏡 や プ ロ ー ブ顕 微 鏡 を 用 い て 遺 伝 子 導 入 機 構 を 追 究 し て い る研 究 の概 要 を紹 介 した い . Ⅰ . 正 電 荷 リポ ソー ム 図1 2種 類 の 正 電 荷 コ レ ス テ ロー ル 誘 導 体 の 構 造 式 誘 導 体1は 側 鎖 末 端 に ア ル キ ル 鎖 を 結 合 さ せ た 誘 導 体 の な か で最 も 導 入 効 率 が 高 い も の . 誘 導 体Ⅱ は親 水性 基 を末 端 にも っ た誘 導 体 . 血 清 の 影 響 を あ ま り受 けず ,in vivo実 験 で有 望視 され る誘 導 体 . 遺 伝 子 導 入 の 際 の非 ウ イ ル ス ベ ク タ ー と し て 正 電 荷 リポ ソー ム が よ く用 い られ る. リポ ソー ム は リ ン脂 質 を水 に 懸 濁 した とき に生 じる小 胞 で ,DNAを 細 胞 内 に 導 入 す る と き の キ ャ リ ア ー (ベ ク タ ー ) と し て 利 用 で き る , い ろ い ろ な タ イ プ の 正 電 荷 リボ ソ ー ム が 知 られ て い るが ,DOTMA*1,DOSPA*2の よ うな正 電 荷 脂 質 を用 い た リ ボ ソ ー ム が 最 も よ く知 られ て い る3∼5). 正 電 荷 リポ ソ ー ム を遺 伝 子 導 入 の ベ ク タ ー と して 用 い る の は 細 胞 膜 が 負 電 荷 を帯 び て い る か ら で あ る . 正 電 荷 リ ポ ソー ム で 負 電 荷 のDNAを 包 み, 細 胞 へ の導 入 の手 助 け を す る. 正 電 荷 リ ボ ソ ー ム の 作 製 は 正 電 荷 脂 質 と DOPE*3の よ うな 中 性 リン脂 質 とを適 切 な割 合 で混 合 し て 行 な う. こ の タ イ プ の リ ボ ソー ム に は, リ ポ フ ェ ク チ ン とい う商 品 名 で す で に 市 販 され て い る もの もあ る. さ て , 筆 者 ら は正 電 荷 脂 質 の代 わ り に正 電 荷 を もつ コ レ ス テ ロ ー ル 誘 導 体 (以 下 , 正 電 荷 コ レ ス テ ロー ル ) を 用 い た 正 電 荷 リポ ソ ー ム に よ る遺 伝 子 導 入 の 研 究 を 進 め て い る . この 場 合 も, 正 電 荷 コ レ ス テ ロ ー ル と中 性 リ ン脂 質 を 適 切 な 割 合 で 混 合 して リボ ソ ー ム を作 製 す る. この コ レ ス テ ロ ー ル を素 材 と した 正 電 荷 リ ポ ソ ー ム は細 胞 毒 性 が 少 な く, 導 入 効 率 も高 い の で , 新 し い タ イ プ の 非 ウ イ ル ス ベ ク タ ー とし て期 待 で き る6∼10). 参 考 まで に 図1に 筆 者 らが 用 い て い る 正 電 荷 コ レ ス テ ロ ー ル 誘 導 体 の構 造 式 の 一 例 を 示 し た . 構 造 式1の よ う に コ レ ス テ ロ ー ル の 側 鎖 末 端 に ア ル キ ル 鎖 を 結 合 さ せ た 三 級 ア ミ ン (お よび 四 級 ア ミ ン) の 誘 導 体 を 二 十 数 種 合 成 し た . そ れ ら誘 導 体 を用 い て正 電 荷 リボ ソー ム を作 製 し, 培 養 細 胞 (NIH3T3,COS-7,HeLa) へ の 遺 伝 子 導 入 を行 な っ た . そ の 結 果 , 図1の コ レ ス テ ロー ル 誘 導 体Ⅰ を用 い た 正 電 荷 リ ボ ソー ム の 遺 伝 子 導 入 の 効 率 が 最 も高 い こ とが わ か っ た . また 同 時 に , ① 図2 正 電 荷 コ レ ス テ ロ ー ル 誘 導 体1お よ びⅡ と リポ フ ェ ク チ ン の 遺 伝 子 導 入 効 率 を 比 較 し た グ ラ フ 実 験 に は ル シ フ ェ ラ ー ゼ 遺伝 子 を用 い た. 正 電 荷 リボ ソ ー ムは そ れ ぞ れ の 最 も 導 入 効 率 の よ い 条件 を用 い て 比較 した . *1 N-[1-(2,3-dioleyloxy)propyl]-N,N,N-trimethylammonium chloride *
22,3-dioleyloxy-N-[2(spermine carboxamido)ethyl]-N,N-dimethyl-1-propa naminium trifluoroacetate
*3dioleoyl phosphatidyl ethanolamine
*4固 体 と液 体 の 界 面 に お け る電 位 差 の う ち界 面 導 電 現 象 に有 効 に作 用 す る電 位 の こ と. ゼ ー タ電 位 が 高 い と遺 伝 子 導 入 の効 率 が 高 く な る理 由 は, リボ ソー ム 膜 表 面 の 正電 荷 の 値 が 高 く,DNAと の相 互 作 用 と細 胞 膜 へ の 吸 着 に有 効 に働 い て い る もの と考 え られ る.
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50 蛋 白 質 核 酸 酵 素 Vol.44No.11(1999) 三 級 ア ミ ンの 誘 導 体 は 四 級 ア ミ ン の 誘 導 体 よ り も導 入 効 率 が 高 い , ② 末 端 の ア ル キ ル 基 が か さ高 くな る (大 き くな る) と導 入 効 率 が 減 少 す る, ③ 正 電 荷 リボ ソ ー ム の 表 面 電 荷 (ゼ ー タ電 位 *4)と導 入 効 率 とは よ い 相 関 関 係 を示 す , こ と な どが 明 ら か に な っ た . また , 誘 導 体1を 用 い た 正 電 荷 リボ ソ ー ム は 市 販 の リポ フェ クチ ン (正 電 荷 脂 質 よ りな る ) よ り も数 倍 高 い 導 入 効 率 が 得 ら れ た . 図2に 培 養 細 胞 へ の 遺 伝 子 の 導 入 効 率 を ル シ フ ェ ラーゼ活 性 で比 較 した結 果 を示 した (野 口 ・長 谷 川 ら : 未 発表 ). 誘 導 体Ⅰ は リポ フ ェ ク チ ン よ り も明 らか に遺 伝 子 導 入 効 率 が 高 い こ とが わ か る. 一 方, 筆 者 は コ レ ス テ ロ ー ル の 側 鎖 末 端 に 親 水 性 基 を もっ た 新 し い タ イ プ の 誘 導 体Ⅱ (図1) が 高 い遺 伝 子 導 入 効 率 を 与 え る こ と を 最 近 発 見 し た . この 親 水 性 側 鎖 末 端 基 を も った コ レス テ ロー ル 誘 導 体Ⅱ は血 清 存 在 下 で も遺 伝 子 導 入 効 率 が そ れ ほ ど減 少 せ ず , 今 後 ,in aivoで の 遺 伝 子 導 入 の 研 究 を 進 め る に あ た っ て有 用 で あ る と考 え て い る11). II, 正電 荷 リボ ソ ー ムの 形 態 プ ロ ー ブ 顕 微 鏡 は ナ ノ メ ー トル レベ ル で の 物 質 の 表 面 構 造 や プ ロ ー ブ と物 質 表 面 の 相 互 作 用 の 物 理 定 数 を 測 定 で き る12,13). そ こで , プ ロー ブ顕 微 鏡 の ひ とつ で あ る 原 子 間 力 顕 微 鏡 (AFM) を 用 い て プ ラ ス ミ ドDNA と正 電 荷 リボ ソー ム の観 察 を行 な った . 図3(a)は環 状 図3 プ ラ ス ミ ドDNAと 正 電 荷 リポ ソ ー ム 複 合 体 のAFM画 像
(a)プ ラ ス ミ ドDNA単 独 .CAT( ク ロ ラ ム フ ェ ニ コ ー ル ・ア セ チ ル トラ ン ス フ ェ ラ ー ゼ )遺伝 子 を用 い た . (b)正電 荷 リボ ソ ーム とDNA の 正 負 比 が0.6の と きの 画 イ象 複 合 体 は数 珠 状 構 造 を形 成 して い る . (c)正 負 比1.2の と きの 画 像 , 遺 伝 子 導 入 の 実 験 は この 条 件 で行 な う.DNAは 正 電 荷 リボ ソー ム で カ プセ ル化 さ れ て い る ,
図4 正 電 荷 リポ ソー ム ーDNA複 合 体 のAFM画 像
コ レス テ ロ ー ル 誘 導 体 の 違 い に よ り, 複 合 体 の サ イ ズ が 大 き く変 動 す る . 中 程 度 の サイ ズ の複 合体 (c)の 導 入 効 率 が 最 も 高 い. コ レス テ ロ ー ル 誘 導 体Ⅰ を使 用 . 小 さ いサ イ ズ (a)や 大 き いサ イ ズ (b)の複 合 体 の 導 入 効 率 は低 い.
の プ ラ ス ミ ドDNAが 単 独 に存 在 す る ときのAFM像 で あ る. 図3(b) は正 電 荷 リボ ソーム とDNAの 正 負 比 (正 電 荷 コ レ ス テ ロ ー ル とDNAの ヌ ク レオ チ ドの モ ル 比 ) が0.6の と き の 画 像 で あ る. また , 図3(c) は正 電 荷 リ ボ ソ ー ム とDNAの 正 負 比 が1.2の とき の画 像 で あ る . 正 負 比1.2は 遺 伝 子 導 入 に 実 際 に 使 用 して い る最 適 な 正 負 比 で あ る. 正 電 荷 リボ ソ ー ム の 量 が 少 な い と き に は , 環 状 プ ラ ス ミ ドDNA鎖 に 沿 って 図3(b) の よ うに リボ ソ ー ム が 数 珠 状 に 結 合 し て い た . 遺 伝 子 導 入 に 適 切 な 正 負 比 (=1.2)で は 図3(c) の よ う にDNAは 正 電 荷 リポ ソー ム で 覆 わ れ た (カ プ セ ル 化 ) 形 態 を とっ て い た. 正 電 荷 リポ ソー ム に よ るDNAの カ プセ ル 化 は膜 表 面 が 負 電 荷 を帯 び て い る細 胞 内へDNAを 導 入 す るの に必 要 で あ る と筆 者 らは考 えてい る14∼16). また , 図3(b) の 数 珠 状 の構 造 で はDNAの カプセル 化 が不 十 分 であ り, 高 い遺 伝 子 導 入 効 率 を得 る こ とが で き な い こ と も明 ら か に な っ た16). と ころ で ,DNAを カ プセ ル 化 した リボ ソー ム の 表 面 構 造 は コ レ ス テ ロ ー ル 誘 導 体 の 種 類 に よ る 違 い は ほ と ん ど観 測 で き な か っ た . た だ , カ プ セ ル 化 され た 複 合 体 の サ イ ズ は誘 導 体 の 違 い に よ り大 き く変 化 し た . そ の 一 例 を 図4に 示 し た . 複 合 体 の サ イ ズ は3種 類 に大 別 で き, 複 合 体 の サ イ ズ と遺 伝 子 導 入 の 効 率 との 間 に は 密 接 な 相 関 が あ る よ う に み えた . た とえ ば , 図4(c) に 示 した よ う な 中 間 サ イ ズ の 複 合 体 は遺 伝 子 導 入 の 効 率 が 最 も高 く, 複 合 体 の サ イ ズ が 大 きす ぎ て も, また , 小 さ す ぎて も導 入 効 率 は 減 少 した9). この こ とは, 遺 伝 子 導 入 に細 胞 の エ ン ドサ イ トー シ ス が 重 要 な か か わ り を も っ て い る よ う に み え た .
Ⅲ
. 遺伝子の細胞内導入
そ こ で , 正 電 荷 リボ ソ ー ム に よ る 遺 伝 子 導 入 の 分 子 機 構 に つ い て 考 え て み る こ と に した . 遺 伝 子 導 入 機 構 の 追 究 に は 導 入 遺 伝 子 の 細 胞 内 動 態 を明 らか に す る の が ま ず 第 一 で あ る . そ こで , 蛍 光 標 識 し た ア ンチ セ ン スDNAを 導 入 遺 伝 子 とし て用 い る こ とに した. 蛍 光 性 の フ ル オ レセ イ ン を ア ンチ セ ンスDNAに 結 合 させ , 誘 導 体1か らな る 正 電 荷 リボ ソー ム で培 養 細 胞 内 にア ンチ セ ン スDNAを 導 入 した . マ ウス繊 維 芽 細 胞 (NIH3T3) に 導 入 し た 結 果 を 図5に 示 し た . こ こで は , ア ン チ セ ン スDNA以 外 に正 電 荷 リボ ソー ム を蛍 光 性 (ロ ー ダ ミ リポソームによる遺伝子導入 とその分 子機構 51 ン)リ ン脂 質 に よ り標 識 し た . 図5(a) は 導 入4時 間 後 の 共 焦 点 レ ー ザ 顕 微 鏡 画 像 で あ る. ア ンチセ ンスDNA は オ レ ン ジ色 で , リポ ソー ム とア ンチセ ンスDNA複 合 体 を ピ ン ク 色 で 示 した . そ の 結 果 , 正 電 荷 リポ ソ ー ム とDNAの 複 合 体 は細 胞 質 内 に取 り込 まれ , 核 内 で は ア ン チ セ ン スDNA( オ レ ン ジ色 )の 蛍 光 だ け が 観 察 さ れ た . 複 合 体 の細 胞 内 へ の 取 込 み は前 述 した よ う に , エ ン ドサ イ トー シ ス を介 し て 行 な わ れ て い る の で は な い か と推 察 され た . そ こで , エ ン ドサ イ トー シ ス の 阻 害 剤 (wortmannin,PI3キ ナ ー ゼ の 阻 害 剤 ) でNIH3T3細 胞 を前 処 理 し た あ とで, ア ン チ セ ンスDNAの 細 胞 内 へ の 導 入 を 行 な っ た17・18). そ の 結 果 , 図5(b) の よ う に正 電 荷 リポ ソ ー ム-DNA複 合 体 は ほ とん ど細 胞 内 に は取 り込 まれ ず , 複 合 体 は エ ン ドサ イ トー シス で細 胞 内 に 取 り込 ま れ て い る と結 論 で き た9,19).Ⅳ
. 遺伝子の核移行
と こ ろ で , エ ン ドサ イ トー シ ス で細 胞 内 に導 入 さ れ た 正 電 荷 リポ ソー ム-DNA複 合 体 か らDNAは どの よ う に して 核 に移 行 す る の で あ ろ う か . カ リ ウ ム イ オ ン の イ オ ノ ホ ア で あ るnigericinは エ ン ドソー ム 内 のpH の低 下 を阻 害 す る作 用 を もって い る20,21). そ こで ,nigeri-cinの 存 在 下 で 正 電 荷 リポ ソ ー ム-DNA複 合 体 を NIH3T3細 胞 に 導 入 した. 導 入 後 の 蛍 光 画 像 を図5(c) に示 した . 複 合 体 は 細 胞 内 に 効 率 よ く導 入 され て い る もの の,DNAは 正 電 荷 リポ ソー ム との 複 合 体 か ら遊 離 せ ず , 細 胞 質 内 に と ど ま っ て い た . この こ と は, エ ン ドソ ー ム 内 液 の 酸 性 化 が 正 電 荷 リポ ソー ムか らDNAが 遊 離 す るの に 密 接 に 関 与 して い る もの と推 察 され た .つ ま り, エ ン ドソ ー ム 内 のpHの 低 下 に よ って , 正 電 荷 リ ポ ソ ー ム は エ ン ドソー ム と膜 融 合 を起 こ し, その と き, DNAは 正 電 荷 リボ ソー ム か ら遊 離 し, 核 に選 択 的 に移 行 す る もの と考 え ら れ た . そ こで , 蛍 光 エ ネル ギー移 動 (fluorescence resonance energy transfer;FRET) 法 を用 い て この 仮 説 の検 証 を行 な っ た22∼24). 蛍 光 色 素NBDを ドナー分 子 に し, ロ ー ダ ミ ン を ア クセ プ タ ー分 子 に してFRET法 に よ り膜 融 合 の 程 度 を 解 析 し た . まず , 正 電 荷 リポ ソー ム に ド ナ ー 分 子 (NBD標 識 リ ン脂 質 )と ア ク セ プ タ ー 分 子 (ロ ー ダ ミ ン標 識 リ ン脂 質 )の 両 者 を標 識 し,DNAと 複 合 159352 蛋 白質 核 酸 酵 素 Vol.44No.11(1999) 体 を 形 成 させ た . そ し て, 複 合 体 中 の ドナ ー 分 子 だ け を励 起 した と こ ろ , エ ネ ル ギ ー移 動 が 効 率 よ く起 こ り, ア ク セ プ タ ー 分 子 の 蛍 光 だ けが 観 測 さ れ た . 一 方 , 複 合 体 を形 成 して い る正 電 荷 リボ ソ ー ム とエ ン ド ソ ー ム と の膜 融 合 が 起 こ る と, ドナ ー 分 子 と ア ク セ プ タ ー 分 子 の 距 離 が 離 れ , 蛍 光 エ ネ ル ギ ー 移 動 の効 率 が 減 少 し た . そ の結 果 , ドナ ー 分 子 と ア ク セ プ タ ー 分 子 の 両 者 の 蛍 光 が観 察 で き る よ うにな った . 実 際 に,NIH3T3細 胞 で 正 電 荷 リボ ソ ーム とエ ン ドソー ムの 膜 融 合 をFRET 法 で観 察 した 結 果 を 図6に 示 した19J.膜 融 合 の進 行 と と もに 図6(b) に示 した よ う に, ドナ ー 分 子 の 蛍 光 が 明 瞭 に 観 察 で き た . 一 方 ,nigericinに よ りエ ン ドソ ー ム 内 のpHの 低 下 を抑 制 す る と, 正 電 荷 リポ ソー ム とエ ン ド ソー ム の 膜 融 合 が 起 こ らな くな り, も は や ドナ ー 分 子 の 蛍 光 は観 察 さ れ な くな った . これ らの 結 果 か らは, エ ン ドソ ー ム 内 で 正 電 荷 リポ ソ ー ム とエ ン ド ソー ム の 膜 融 合 が 起 こ り, そ の 際 ,DNAは リボ ソー ムか ら遊 離 し 核 に 選 択 的 に 移 行 す る も の と判 断 で き た . つ ま り, 正 電 荷 リ ポ ソー ム ーDNA複 合 体 はエ ン ドサ イ トー シ ス に よ っ て 細 胞 内 に取 り込 まれ た の ち , エ ン 図5 導 入 遺 伝 子 の 細 胞 内 動 態 ア ン チ セ ンスDNAと リボ ソー ム を二 重 染 色 し共 焦 点 レー ザ 顕 微 鏡 で 観 察 . リポ ソ ーム に よ り遺 伝 子 導 入 した 後 の 蛍 光 画像 リポ ソー ム ー DNA複 合 体 は ピ ン ク色 で, ア ン チ セ ンスDNAは オ レ ン ジ 色 で 示 し た. (a)未 処 理 のNIH3T3細 胞 . ア ン チ セ ンスDNAが 選 択 的 に核 に 移 行 して い る , (b)wortmanninで エ ン ドサ イ トー シ ス を阻 害 した と きの 画像 複 合 体 は細 胞 質 内 に取 り込 まれ て い な い. (c)nigericin で膜 融 合 を阻 害 . 複 合 体 は細 胞 質 内 に 取 り込 まれ て い る が , ア ン チ セ ン スDNAは リポ ソ ー ム か ら遊 離 せ ず 細 胞 質 内 に 留 ま って い る. 図6 FRET法 に よ る 膜 融 合 の 観 測 リボ ソ ー ム膜 と エ ン ドソー ム 膜 の 融 合 が 起 こ る と, ドナ ー分 子 とア クセ プタ ー分 子 の 両 者 の 蛍 光 が 観 測 で きる .nigericin存 在 下 で は膜 融 合 は起 こ ら ず, ドナ ー 分 子 の 蛍 光 は観 測 で き な い . こ こ で は ,nigericinが 存 在 して い な い と きの 画 像 を示 す . (a)細 胞 の 微 分 干 渉 画 像 , (b) ドナ ー 分 子 か ら の 蛍光 画像 , (c)FRET法 に よ る ア クセ プ タ ー 分 子 か らの 蛍 光 画像 (b), (c)の 蛍 光 画 像 は ア ル ゴン イオ ン レ ー ザ (488nm) 励 起 に よ り観 測, 膜 融 合 の 結 果 (b)に示 した よ うな ドナ ー分 子 の 蛍 光 が 観 察 で き る.
リポソーム による遺伝 子導入 とその分子機構 53
効 率 の増強効 果 は興 味 あ る現 象 で あ る と考 えて い る.
図7 正 電 荷 リポ ソ ー ム に よ る外 来 遺 伝 子 の 細 胞 内 導 入 の模 式 図 DNAは 正 電 荷 リポ ソ ー ム と複 合 体 を形成 しカ プ セル 化 され, 細 胞 内 にエ ン ドサ イ トー シ ス され る . エ ン ドソーム 内 でpHの 低 下 に よ りエ ン ドソー ム 膜 と リポ ソー ム膜 の融 合 が 起 こ り,DNAは リポ ソ ー ム か ら解 離 し選 択 的 に 核 に移 行 す る と考 え られ る . ドソ ー ム 内 の 酸 性 化 に 伴 っ て , リポ ソ ー ム とエ ン ドソ ー ム が 膜 融 合 を 起 こ し, それ に伴 い,DNAは リポ ソー ム か ら遊 離 し て 核 へ 移 行 す る もの と考 え られ た . この よ うな 正 電 荷 リポ ソ ー ム に よ る標 的細 胞 へ の遺 伝 子 導 入 の 分 子 機構 を 模 式 的 に 図7に 示 した .Ⅴ
. 糖脂質の効果
お わ り に 本 稿 で は筆 者 ら が 現 在 行 な っ て い る正 電 荷 コ レ ス テ ロ ー ル 誘 導 体 を 素 材 と した 正 電 荷 リポ ソ ー ム に よ る遺 伝 子 導 入 の研 究 を 紹 介 した . 研 究 の 遂 行 に あ た っ て は , レー ザ 顕 微 鏡 と プ ロ ー ブ顕 微 鏡 に よ り遺 伝 子 導 入 の 分 子 機 構 の追 究 も行 な っ て お り, そ の 結 果 も あ わ せ て 紹 介 し た . 遺 伝 子 導 入 の 分 子 機 構 に つ い て は, こ れ まで 種 々 の 説 が 提 唱 さ れ て きた . し か し , そ れ らの 多 くは ほ とん ど実 証 を 伴 わ な い も の で あ っ た . 本 稿 で は レ ー ザ 顕 微 鏡 とプ ロ ー ブ 顕 微 鏡 技 術 を 駆 使 して 遺 伝 子 導 入 の 分 子 機 構 に対 し て , 一 部 で は あ る が 具 体 的 な 説 明 を 加 え る こ とが で き た もの と考 え て い る. と こ ろ で , 正 電 荷 コ レ ス テ ロ ー ル を 用 い た 非 ウ イ ル ス ベ ク タ ー に よ る 遺 伝 子 導 入 法 は安 全 性 が 高 い うえ に , 遺 伝 子 導 入 の 効 率 も リ ポ フ ェ ク チ ン よ り も数 段 優 れ て い た . 今 後 , 非 ウ イ ル ス 系 の ベ ク タ ー と して 大 い に検 討 に値 す る もの と考 え て い る . そ の 際 , 正 電 荷 コ レ ス テ ロー ル 誘 導 体 をin vivoで の 研 究 に展 開 して い く際 に は, 図1の 誘 導 体Ⅱ の 活 用 や 糖 脂 質 を含 有 した正 電 荷 リポ ソ ー ム の検 討 も重 要 だ と 思 っ て い る. また , そ の よ う な 検 討 もす で に少 し ず つ 始 め て お り, 適 当 な 機 会 に今 後 の 進 展 に つ い て も報 告 で き る こ とを願 って い る . こ れ ま で 述 べ て き た 正 電 荷 リポ ソ ー ム は 正 電 荷 コ レ ス テ ロ ー ル と 中 性 リ ン 脂 質 と を単 純 に 混 合 し た も の で あ っ た . リポ ソー ム を 用 い た 薬 物 輸 送 の 研 究 で は, 糖 脂 質 を含 有 さ せ る こ と に よ り有 効 性 が 増 大 す る と報 告 さ れ て い る. また , リポ ソー ム ベ ク タ ー へ の糖 脂 質 の 効 果 を調 べ たin vivo実 験 に お い て は, 糖 脂 質 は リポ ソ ー ム の 安 定 性 に 寄 与 して い る な ど とい う報 告 が な され ている25,26). 一 方, 筆 者 ら は ガ ン グ リオ シ ドGM1を 組 み 入 れ た リ ボ ソーム を用 い て ,HeLa細 胞 へ の遺 伝 子 導 入 の効 果 を 検 討 した . そ の 結 果 , 正 電 荷 リポ ソ ー ム に糖 脂 質GM1 (2%) を含 有 さ せ る と,HeLa細 胞 へ の 遺 伝 子 導 入 の 効 率 が 糖 脂 質 を含 ま な い リポ ソ ー ム と比 べ て4∼5倍 増 大 し た27). これ は ,GM1レ セ プ タ ー を 介 した エ ン ドサ イ トー シ ス の 増 強 と も考 え ら れ るが , そ の 理 由 は現 在 の と こ ろ明 確 で は な い . た だ , こ の糖 脂 質 に よ る 導 入文
献
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