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変異創成技術としてのゲノム編集技術

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Academic year: 2021

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2016 年 5 月 12 日受理 連絡責任者:江面 浩([email protected]

変異創成技術としてのゲノム編集技術

ートマトを事例としてー

江面 浩

筑波大学生命環境系(〒 305-8572 茨城県つくば市天王台 1 − 1 − 1) 要旨:作物の重要育種形質に関わる遺伝子研究が進展した結果,有用形質がゲノム中の既存遺伝子の変異により 生じていることが明らかになってきた.一方,ゲノム編集技術が開発され,作物の有用変異を人為的に創成する 技術として利用する関心が世界的に高まっている.本稿では,トマトを事例として,ゲノム編集技術を活用した 作物デザインの研究事例と開発されたゲノム編集作物の社会実装に向けた課題を紹介する. キーワード:変異創成.ゲノム編集.トマト.社会実装

1.はじめに

ゲノム編集技術を作物の変異創成技術として利用する関 心が世界的に高まっている.ゲノム編集技術は,狙った遺 伝子をピンポイントで書き換える(編集する)技術もしく は変異を導入する技術と定義でき,Meganuclease, ZFN, TALEN,CRISPER/Cas9 など様々な手法やその改良法が開 発されてきている(Voytas and Gao 2014).一方,主要な 作物のモデル品種・系統のゲノム解読研究,それに続く多 様な品種・系統の比較ゲノム研究,さらには従来から進め られてきた突然変異体を活用した重要育種形質発現の分子 機構を解明する研究から,作物に誘発された自然突然変異 が栽培化・育種改良の過程で固定・蓄積され,現在の作物 が出来上がってきたことが明らかになってきている.もし, これら近代作物に育種の過程で残されてきた有用遺伝子変 異をエリート育種親に直接再現できれば,効率的な育種改 良が可能になると期待される.このような中,ゲノム編集 技術を用いて,六倍体パンコムギの 3 種類の同祖対立遺伝 子を同時編集し,うどんこ病抵抗性が付与できたことが報 告され(Wang et al. 2014),重要育種形質発現に関わる遺 伝子を有用変異遺伝子と同じに書き換えることで,変異創 成育種が高速化できることが実証されたことから,この技 術に対する期待が益々高まっている.本稿では,トマトを 例として,ゲノム編集技術を活用した作物デザインの研究 事例とともにその社会実装に向けた課題を紹介する.

2.重要育種形質に関わる遺伝子変異研究

トマトは,世界的に重要な作物であると同時に,果実発 達研究のモデル植物でもあり,従来から自然突然変異体や 人為突然変異体を活用した重要育種形質発現に関わる遺伝 子及び分子機構の研究が行われてきた.その結果,様々な トマトの重要育種形質発現に関わる変異遺伝子の実態とそ の機能が明らかになって来ている.例えば,フロリゲン経 路に関わる誘発遺伝子変異を遺伝学的に組み合わせること で,トマトの果実生産性を向上できることが報告されてい る(Park et al. 2014).著者の研究室は,実験トマトである 品種マイクロトムを基盤とした大規模変異体集団を保有し ており(Matsukura et al. 2008, Saito et al. 2011),トマトの 重要育種形質に関わる変異体の選抜,原因遺伝子の同定・ 機能解析及び育種利用研究を進めている.その結果,トマ トの重要育種形質である単為結果性(Saito et al. 2011),日 持ち性(Okabe et al. 2011),高糖性(未発表)などに関与 する遺伝子変異が同定されてきている.ちなみに,単為結 果性は,国内的には夏季や冬季の着果を省力的に安定化す る重要育種形質であり,国外では高温地域でのトマト栽培 が拡大するに連れて着果を安定する鍵形質と考えられ,世 界的な収量安定化と栽培省力化に貢献できる重要育種形質 である.日持ち性は,世界的な課題となっている収穫後ロ スの低減や流通コストの低減に貢献できる形質であるとと もに,完熟収穫を可能にすることで収穫果実の高品質化に 寄与できる重要形質である.高糖性は,現在は極端な水分 ストレス栽培を行うことで発現させている形質であり,生 産される高糖果実は高品質作物の代表例として フルーツ トマト と呼ばれ販売されている.一方,この栽培技術に よる高糖化では果実が小型化するため収量性が犠牲とな り,大幅な生産性の低下をもたらしている.一般栽培を行っ ても高糖化する形質改良が期待されている. これら実験 トマトに見いだされた有用遺伝子変異体を一般的なトマト 品種の開発に活用する育種研究も平行して進められてい る.既に,日持ち性変異遺伝子については,生食用のトマ ト品種の日持ち性向上と完熟収穫による高品質化に有効で あることが実証されている(Mubarok et al. 2015, Mubarok

et al. 2016). 我々の研究の結果,単為結果性,日持ち性及び高糖性に 関わる変異遺伝子は,トマトゲノム中に共通に存在する既 存遺伝子の 1 塩基置換により創成された遺伝子変異である ことが判明している(第 1 図).これらの変異体がもつ有 81 作物研究 61:81 − 84(2016)

Copyright 近畿作物・育種研究会 (The Society of Crop Science and Breeding in Kinki, Japan)

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用変異形質を交配により育種親に導入することも可能であ るが,F1 品種のエリート親にゲノム編集技術を使って直 接同じ変異導入が出来れば,これらの重要形質の高速育種 が可能となる.また,これらの遺伝子は植物界に広く存在 する遺伝子であり,ゲノム編集育種が出来れば,従来の変 異誘導法で大規模変異集団の扱いが困難な作物種(例えば 果樹類及びその他の栄養繁殖性作物など)への利用も期待 される.

3.トマトのゲノム編集技術の開発

トマトのゲノム編集に成功した初めての報告は,Lor et

al. (2014) お よ び Brooks et al. (2014) に よ り 行 わ れ た.

Lor et al. (2014)は,TALEN により,ジベレリンのシグナ ル伝達系の制御因子である PROCERA 遺伝子に人為突然変 異を導入し,ジベレリン感受性を向上することに成功した. Brooks et al. (2014)は,CRISPER/Cas9 により,葉の形態 形成に関わる因子 ARGONAUTE7 (SlAGO7)遺伝子に人為 突然変異を導入し,葉の形態を変えることに成功した.何 れの事例ともアグロバクテリウム法により植物細胞に TALEN もしくは CRISPER/Cas9 遺伝子を導入し,培養細 胞から植物体を再生した.そして,得られた再生植物体の 中からターゲット遺伝子が変異した個体を選び,自殖種子 を得て,それらの個体の中から,導入遺伝子が抜け落ち, 目的変異のみをもつ個体を選抜した.何れの事例とも植物 体の効率的な再生系のある品種・系統では,ターゲット遺 伝子の編集が可能であるが,逆に効率的な再生系がなけれ ば,ゲノム編集技術の適用は困難になる.ゲノム編集技術 の利点の 1 つは,育種のエリート系統の遺伝子を直接編集 できる所にあるので,どのような品種系統にも適用可能な 技術開発が必要である.現在,ウイルスベクターを使った ゲノム編集技術の開発も進められており,完成すれば植物 体再生系の有無に依らず,多くの品種系統の改良にゲノム 編集技術の適用が可能になる. ゲノム編集技術によるトマトの重要育種形質の改良も現 実 味 を 帯 び て き て お り, 我 々 の 研 究 室 で も TALEN, CRISPER/Cas9 および国産ゲノム編集技術を活用し,先に 紹介したトマトの重量育種形質,すなわち,単為結果性, 日持ち性及び高糖性の改良に取り組んでいる(第 2 図). 現在,複数形質の同時編集にも挑戦している.

4.ゲノム編集作物の社会実装に向けて

ゲノム編集技術の改良とその技術を活用した作物改良が 進むに従って,得られたゲノム編集作物の扱いについて関 心が高まっている.ゲノム編集技術を活用すると,ゲノム 中に存在する既存の遺伝子を編集する(書き換える)こと, もしくは新たな遺伝子をノックインすることが可能であ る.現在,第一世代のゲノム編集作物として開発が進んで いるのは,前者の技術であり,育種のエリート系統に自然 変異と類似の変異を単独もしくは複数変異を同時に創成 し,従来の育種操作を高速化することである.この方法で は,変異創成の過程で一時的に変異誘発源として外来遺伝 子が導入されるが,最終産物では創成された変異のみがゲ ノム中に残ることになる.このようなゲノム編集作物は, 従来の変異創成技術や自然突然変異により創成された変異 と区別が困難であり,GM 作物の範疇に入れるべきか,従 来の変異体の範疇に入れるべきかどうかの議論が世界中で 展開している. 一過的に人工制限酵素を細胞中に導入し,ゲノム編集を 行う技術が動物では開発・利用されているが,植物のゲノ ム編集では,人工制限酵素遺伝子をゲノム中に導入し,ゲ ノム編集終了後に取り除く技術が現状では一般的である. この場合,ゲノム編集作物が GM かどうかを議論する上で, 導入した遺伝子が確実に除去されているかどうかの情報が 重要である.この点を証明するには,ゲノム編集作物の全 ゲノム解読を行い導入遺伝子の残存を確認する方法やゲノ ミックサザン解析により確認する方法などが考えられる. 続いて,議論になっている点は,ゲノム編集操作に伴う

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第 2 図 単為結果遺伝子をゲノム編集したトマト. WT Sletr1-2

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GAF His K Receiver domain

Sletr1-2 (T䊻A) (V69D)

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第 1 図 トマト品種マイクロトムのエチレン受容体遺 伝 子(SlETR1 ) に 生 じ た 一 塩 基 置 換 変 異 (Sletr1-2 )(A) と 元 系 統(WT) と 変 異 体 (Sletr1-2 )との果実日持ち性の比較(B). 作物研究 61 号(2016) 82

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オフターゲット変異の有無である.ゲノム編集技術では 狙った遺伝子の特定の部位に変異を導入できることが大き な技術的特徴であるが,一方ではターゲット遺伝子部位以 外への変異誘発の可能性も指摘されている.この点を明ら かにするには,ゲノム編集作物とその原品種との比較ゲノ ム解析を実施することが有効と考えられるが,少なくとも 公共データとしての蓄積は現時点ではない.開発が進んで いるゲノム編集作物について比較ゲノム解析を行い,情報 蓄積を進めることが重要である.従来の化学薬剤処理によ り得られた変異体の比較ゲノム解析の結果,少なくともゲ ノム中に数百カ所単位で変異が誘発されていることが証明 されており(Shirasawa et al. 2014),一方でこれらの変異 体が既に従来育種に利用されている点はゲノム編集作物の 取り扱いにおいて配慮されるべき点である. 社会実装に向けて,有用ゲノム編集作物の事例構築,そ の科学的評価技術の標準化及びデータの集積が必要であ る.他にも,ゲノム編集技術に関する知財の扱いに関する 議論も必要である.現在,ゲノム編集作物の開発に使われ ている技術の殆どは,特許技術もしくは特許出願中の技術 である.従って,ゲノム編集作物の開発に当たっては,社 会実装に向けた知財戦略とマーケッティング戦略が必要で ある.

5.おわりに

我が国は,ゲノム編集技術の基盤構築に関しては,欧米 先進地域に対して,本格的な研究開始は大幅に遅れてし まったが,新たな国産技術も開発されつつあり,その後れ を挽回できるものと期待される.これらの背景から,内閣 府が実施する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) の中で,ゲノム編集技術を農林水産物改良に活用する研究 開発プロジェクトが実施され,イネ,トマト,マグロが重 点品目として取り組まれている.ゲノム編集技術は,多様 な農作物の変異創成技術の一つとして重要であり,開発の 初めから社会実装を意識した開発研究が重要である.今後, ゲノム編集技術が作物育種における新たな効果的変異創成 技術として定着して行くことを期待する.

参考文献

Brooks, C., V. Nekrasov, Z.B. Lippman, and J. Van Eck (2014) Effi cient gene editing in tomato in the fi rst generation using the clustered regularly interspaced short palindromic repeats/ CRISPR-associated9 system. Plant Physiology 166:1292-1297.

Lor, V.S., C.G. Starker, D.F. Voytas, D. Weiss, and N.E. Olszewski (2014) Targeted mutagenesis of the tomato PROCERA gene using transcription activator-like effector nucleases. Plant Physiology 166:1288-1291.

Matsukura, C., K. Aoki, N. Fukuda, T. Mizoguchi, E. Asamizu, T. Saito, D. Shibata, and H. Ezura (2008) Comprehensive resources for tomato functional genomics based on the miniature model tomato Micro-Tom. Current Genomics 9:436-443.

Mubarok S., Y. Okabe, N. Fukuda, T. Ariizumi, and H. Ezura (2015) Potential use of a weak ethylene receptor mutant,

Sletr1-2, as breeding material to extend fruit shelf life of

tomato. Journal of Agricultural and Food Chemistry 63:7995-8007.

Mubarok, S., Y. Okabe, N. Fukuda, T. Ariizumi, and H. Ezura (2016) Favorable effects of the weak ethylene receptor mutation Sletr1-2 on postharvest fruit quality changes in tomatoes. Postharvest Biology and Technology. 120:1-9. Okabe, Y., E. Asamizu, T. Saito, C. Matsukura, T. Ariizumi, C.

Bres, C. Rothan, T. Mizoguchi, and H. Ezura (2011) Tomato TILLING technology: Development of a reverse genetics tool for the effi cient isolation of mutants from Micro-Tom mutant libraries. Plant and Cell Physiology 52:1994-2005.

Park, S.J., K. Jiang, L. Tal, Y. Yichie, O. Gar, D. Zamir, Y. Eshed, and Z.B. Lippman (2014) Optimization of crop productivity in tomato using induced mutations in the fl origen pathway. Nature Genetics 46:1337-1342.

Saito, T., T. Ariizumi, Y. Okabe, E. Asamizu, K. Hiwasa-Tanase, Y. Yamazaki, N. Fukuda, T. Mizoguchi, K. Aoki, and H. Ezura (2011) TOMATOMA: A novel tomato mutant database distributing Micro-Tom mutant collections. Plant and Cell Physiology 52: 283-296.

Shirasawa, K., H. Hirakawa, T. Nunome, S. Tabata, and S. Isobe (2016) Genome-wide survey of artifi cial mutations induced by ethyl methanesulfonate and gamma rays in tomato. Plant Biotechnology Journal 14:51-60.

Voytas, D.F., and C. Gao (2014) Precision genome engineering and agriculture: opportunities and regulatory challenges. PLoS Biology 12: e1001877.

Wang, Y., X. Cheng, Q. Shan, Y. Zhang, J. Liu, C. Gao, and J.L. Qiu (2014) Simultaneous editing of three homoeoalleles in hexaploid bread wheat confers heritable resistance to powdery mildew. Nature Biotechnology 32:947-951.

83 変異創成技術としてのゲノム編集技術−トマトを事例として−

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Genome-editing technologies to create mutations in target genes: The tomato as

a case study

Hiroshi Ezura

Faculty of Life and Environmental Sciences, the University of Tsukuba

(Tennodai 1-1-1, Tsukuba, 305-8572, Japan)

Summary: A research progress in the gene accounting for the important breeding trait in crops allows to know that the useful

trait has been generated by a mutation in the original gene. Recently, a genome editing technology has been developed and there has been a growing interest to apply it to create useful mutations in crops. Here, the tomato as a case study, I introduce an example of crop design research using the genome editing technology and issues towards implementation of the products.

Keywords: mutation, genome editing, tomato, implementation

Journal of Crop Research 61:77-80(2016) Correspondence: Hiroshi Ezura([email protected]) 作物研究 61 号(2016)

参照

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