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「進まない分娩」に対する開業助産師の助産ケア

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「進まない分娩」に対する開業助産師の助産ケア

Independent midwives' care for

“prolonged labor”

金 子 あやみ(Ayami KANEKO)

*1

鳥 越 郁 代(Ikuyo TORIGOE)

*2

石 村 美由紀(Miyuki ISHIMURA)

*2 抄  録 目 的 開業助産師の「進まない分娩」に対する判断,ならびに分娩進行を促すために行う助産ケアの実態を 明らかにすることである。 対象と方法 対象者は,助産師経験15年以上,開業助産師経験3年以上の開業助産師3名である。データは半構成 的面接によって収集し,対象者の同意を得てICレコーダーに録音した。面接では,開業助産師の妊娠 期から分娩期の「進まない分娩」に対する判断,およびその判断に対して行う助産ケアの実際について 自由に語ってもらった。分析は,面接内容を逐語録化した後,KJ法の手法を用いた。 結 果 開業助産師は【分娩に向き合う姿勢】を大切にした上で,【自然界に生きる人間としての妊産婦すべて を診る視点】を常に持ち,すべての妊産婦にかかわっていた。妊娠期には【順調な分娩進行につなげる ための妊娠期からのアドバイス】をしていた。また分娩期には【基礎的な知識と経験で培われた判断材 料】をもとに分娩進行を判断していた。そして,その判断をもとに【分娩期の状況を見極めたケア】を 行い,分娩が順調に進行するようサポートしていた。 結 論 開業助産師は,妊産婦と相互に信頼関係を築き,助産師と妊産婦の互いが母子の持つ能力や可能性を 信じて,ともに分娩をあるがまま受け入れられるようにかかわることを大切にしていた。そして,妊娠 期から継続してホリスティックな視点で「進まない分娩」に移行する可能性を予測し,分娩を順調に進 行させるために準備するケアを行っていた。また分娩期には「進まない分娩」に対し,妊娠期からかか わる中で見えてきた情報をもとに,その時々の状況に応じて必要なケアを見極め,実践していた。今 後,このような開業助産師の助産ケアを,妊産婦のケアに携わる助産師が共有し,伝承していく必要が あると考える。 キーワード:開業助産師,助産ケア,分娩進行,判断 2020年5月8日受付 2020 年9月10日採用 2020年12月4日早期公開

*1田川市立病院(Tagawa Municipal Hospital)

*2福岡県立大学大学院看護学研究科助産学領域(Department of Midwifery, Graduate School of Nursing, Fukuoka Prefectural University)

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Abstract Purpose

To investigate how independent midwives assess“prolonged labor”, and identify the actual state of midwifery care to promote the progress of labor.

Subjects and Methods

This study involved 3 independent midwives who have >15 years of working experience as a midwife and >3 years of experience as an independent midwife. Data were collected through semi-structured interviews, and the interviews were recorded using an IC recorder with the consent of the subjects. During the interview, the subjects freely talked about how they assess “prolonged labor” during the stages of pregnancy and labor, and the type of midwifery care they provide based on the prediction and assessment they made. The interview data were transcribed verbatim and analyzed using approach of the KJ method.

Results

Midwifery care provided by independent midwives for“prolonged labor” was described as follows: Independent midwives in this study valued [positive attitudes toward labor] and had [a philosophy to care for every pregnant and parturient woman in this world] in the practice of midwifery care. During the pregnancy stage, they provided [advice for successful progress of labor from the pregnancy stage]. During the labor stage, the midwives assessed the labor prog-ress based on [assessment criteria developed based on their basic knowledge and experience]. Based on their assess-ment, they provided [care according to women's health status during the labor stage], in order for labor to progress smoothly.

Conclusions

In the care of pregnant and parturient women, the independent midwives placed value on developing a mutual trusting relationship with women, sharing the same belief that mothers and babies have potentials and possibilities, and helping the women accept their labor. They also maintained a holistic view to predict the probability of“prolonged labor”, and to prepare for women to have a smooth delivery. During the labor stage, the midwives assessed and practiced the care necessary for“prolonged labor” based on the information they obtained in the relationship from the pregnancy stage and according to the women's situation. In the future, midwifery care provided by such independent midwives must be shared among and passed on to midwives who are involved in the care of pregnant and parturient women.

Key words: independent midwife, midwifery care, progress of labor, assessment

Ⅰ.研究の背景

第二次世界大戦後,日本では GHQ の医療・看護制 度改革によって施設分娩が推奨され始め,医師により 管理される分娩へと変化していった(佐藤,2001)。 それに伴い,医療技術は大きく進展し,分娩監視装置 下で行われる陣痛誘発・陣痛促進などの分娩への医療 介入が一般的な産科技術として広く定着した(松島, 2006)。産婦人科診療ガイドライン(産科編 2020)で は,分娩第 1 期潜伏期で分娩進行が遅延している場 合,母児の健康状態に異常を認めなければ,基本的に は待機的管理を行うことが推奨されている。しかし, 分娩第 1期の活動期もしくは分娩第2期に分娩進行が 遅延した場合,その原因が微弱陣痛と判断されると, オキシトシン製剤やプロスタグランジン製剤などの子 宮収縮薬を用いた陣痛促進が検討される。「進まない 分娩」は,医学的には遷延分娩もしくは分娩停止と診 断されるが,その原因は微弱陣痛であることが多い。 微弱陣痛による分娩進行遅延時の子宮収縮薬の使用 は,多くの場合,分娩時間の短縮を目的として実施さ れるが,過強陣痛による胎児機能不全や子宮破裂,弛 緩出血などの有害事象を引き起こす可能性もある(日 本産科婦人科学会・日本産婦人科医会,2020)。また, 陣痛誘発・陣痛促進,帝王切開や吸引分娩などの医療 介入は,産婦の分娩に対する主観的評価や出産体験の 自己評価に影響を及ぼすとの報告もされている(乾 他,2015;常盤,2001)。 助産師は,原則的に,薬剤や器械的方法を用いた医 療介入を行うことはできない。そのため助産師は,女 性の妊娠,分娩,産褥の各期において,自らの専門的 な判断と技術に基づき,その技である手技や言葉を用 いて,利用者の心身の安全・快適さを保つために必要 なケアを行っている(日本助産師会,2010)。つまり 助産師は「進まない分娩」に対して,「進まない分娩」 への移行を助産師独自に判断し,正常な経過を維持・ 促進できるよう,女性の持つ力を引き出す自然な方法

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で分娩進行を促すケアを行っている。先行研究では, 「進まない分娩」に対する助産ケアとして,乳頭マッ サージ(大本他,2004),足浴(宮里,2000;坂本他, 2016),鍼療法や指圧,お灸(南他,2015;日本助産 学会,2020),身体を起こして自由に動くこと(日本 助産学会,2020)が,有効性のあるケアとして報告さ れている。しかし,それらのケアを行うに至った分娩 進行の判断は示されていない。 助産師の分娩進行判断に関する先行研究では,助産 師は「観る」,「聴く」,「触れる」,「嗅ぐ」などの非侵襲 的観察を通して分娩進行を判断していること(平川 他,2020;竹原他,2016;渡邉他,2010)が明らかと なっている。それに加えて,熟練助産師や開業助産師 は,分娩の自然性と日常性を守る信念を持ち,経験に よって洗練された知識や観察力を活かして分娩進行を 判断していること(正岡,2003;渡邊他,2010a;渡 邊他,2010b)が報告されている。一方,病院勤務の 熟練助産師においても,分娩進行を一連のプロセスで 判断していること(木村,2016)が報告されているが, 「進まない分娩」に焦点を当てた分娩進行の判断につ いて,その実態を調査した研究は見当たらない。 助産師の行うケアは経験的に会得・伝承されるもの が多く,助産師個々の経験知として留まっているもの が存在すると考える。特に開業助産師は,助産所とい う医師がいない施設で,正常分娩に対して多種多様な ケースを経験しており,豊富な知恵やわざを持ってい ると考える。そこで本研究では,開業助産師がどのよ うな視点を持って「進まない分娩」に移行する可能性 を予測しているのか,また「進まない分娩」に移行す る可能性が高い,もしくは「進まない分娩」に移行し たと判断した際には,分娩進行を促すために,どのよ うな助産ケアを実践しているのか,その実態を明らか にしたい。

Ⅱ.研究の目的

開業助産師の「進まない分娩」に対する判断,なら びに分娩進行を促すために行う助産ケアの実態を明ら かにすることを目的とする。

Ⅲ.研究の方法

1.用語の定義 1)「進まない分娩」:陣痛が発来し,産婦の観察か ら分娩進行が活動期にあり,順調な分娩進行が 予測されている状況にもかかわらず,分娩進行 が遅れている分娩。 2) 分娩進行の判断:開業助産師として,自らの専門 的な知識と技術に基づき,母子の状態を細やかに 観察しながら,分娩期だけでなく妊娠期も含め て,分娩進行が遅れる可能性があるのか,分娩 進行が遅れている状況なのか,分娩の経過時間だ けに依存せずに,分娩進行を見極めること。 2.調査対象者 日本助産師会およびA県助産師会の助産所一覧に記 載され,分娩を取り扱っている有床の助産所において, 研究の趣旨に同意が得られた3施設の助産師経験15年 以上,開業助産師経験3年以上の開業助産師3名を対象 に行った。調査期間は,2016年11月~12月であった。 3.調査内容とデータ収集方法 調査対象の開業助産師に対し,まず質問紙を用いて 基礎情報(年齢,助産師経験年数および開業助産師経 験年数,分娩介助件数,開業後の分娩介助件数)を収 集した。その後「進まない分娩」に対する助産ケアに焦 点化し,一人60分程度の半構成的面接を行った。半構 成的面接では,開業助産師の「進まない分娩」に対する 分娩進行の判断,およびその判断に対して行う助産ケ アの実際について自由に語ってもらった。その内容 は,対象者の同意を得て,ICレコーダーに録音した。 4.データの分析方法 データはKJ法(川喜田,2003;川喜田,2004)の手 法を用いて分析した。KJ 法とは,収集し蓄積された 情報の中から,当面する問題解決に必要なものを取り 出して,互いに関連のあるものを整理・統合し,現象 の実態とその本質をつかもうとする質的分析方法のひ とつである(井上他,2001)。KJ 法では,状況の意味 を損ねずに,実態が具体的に浮かび上がるよう創造的 に発想しながら段階的に統合して抽象度を上げてい き,最終的に現象に含まれる論理的関係を現し,構造 化する。本研究では,開業助産師の行う多種多様で, 個別性のある「進まない分娩」に対する判断や実施し た分娩進行を促すケアの実態および本質を総合的に理 解することを目的としているため,KJ 法の手法を用 いることとした。KJ 法の手順として,まず録音した 内容から逐語録を作成し,ひとつの意味を持つまとま

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りごとに区切って,ラベルを作成した。その後,「進 まない分娩」に対する助産ケアに関連すると思われる 語句や文章に注目し,段階的にラベルを精選した。次 に,精選したラベルをひろげ,データの意味や内容の 類似性に着目しながらラベルを集め,グループごとに ラベルの全体感を表現する表札を作り,グループ編成 を行った。この作業を繰り返し,最終的に残ったラベ ルを島(グループ)として,各島(グループ)の内容を 端的に示す一文(シンボルマーク)をつけ,島(グ ループ)どうしの関係性を図解化した。信頼性を確保 するため,ラベル化する過程において,研究協力者に 対して語りの内容およびその解釈を伝え,誤りがない かを確認し修正を行った。そして分析の全過程を共同 研究者と実施し,妥当性を確保した。 5.倫理的配慮 対象者には,研究目的,調査方法と内容,プライバ シーの配慮,データの保管方法,データの使途,結果 の公表,参加は任意で途中での辞退も可能であるこ と,辞退による不利益は生じないことを事前に文書と 口頭で説明し,調査協力と同意書への署名・提出を依 頼した。得た情報は匿名化し,個人情報の保護と管理 に努め,研究目的以外には使用しないこと,研究終了 後にデータを消去・破棄することを保証した。なお, 本調査は福岡県立大学研究倫理部会の承認(承認番 号:H 28-29)を得て,これを遵守し実施した。

Ⅳ.結   果

1.研究協力者の概要 研究協力者の概要は,表 1に示す。研究協力者 3名 の年齢は 40 代~60 代であった。助産師経験年数は 27~40 年,その内,開業助産師経験年数は 11~18 年 であった。分娩介助件数は 600~3000 例で,その内, 開業後の分娩介助件数は 141~800 例であった。面接 時間は60~116分であった。 2.分析結果 研究協力者3名の逐語録から作成したラベルの合計 は 634 枚であった。この全ラベルから 6 段階の多段 ピックアップ(段階的にピックアップしてラベルを精 選する方法)を経て,128 枚のラベルを精選した。こ の128枚のラベルを元ラベルとして,狭義のKJ法を実 施し,4段階の統合(グループ編成)を経て,最終的に 5つの島(グループ)となった。そして 5 つの島(グ ループ)を空間配置し,全体像をとらえた(図 1)。図 解の叙述化にあたり,最終表札の内容を一文で端的に 示すシンボルマークを【】,最終表札を下線部,元ラ ベルを「」で示した。なお,叙述における記号内の文 章は,内容に影響のない範囲で前後の文脈を配慮し, 表現を加工している箇所もある。 以下に,図解の叙述化,すなわち島(グループ)同 士の関連性と,各島(グループ)それぞれの要旨につ いて説明する。 1)「進まない分娩」に対する開業助産師の助産ケア (叙述化) 本研究における開業助産師は,妊産婦と相互に信頼 関係を築き,助産師と妊産婦のお互いが母子の持つ能 力や可能性を信じて,ともに分娩をあるがまま受け入 れられるようにかかわるといった【分娩に向き合う姿 勢】を大切にしており,すべての助産ケアの基盤にし ていた。そして,性格や歩き方,家族関係,自然界の 動きやお産の気の流れといった【自然界に生きる人間 としての妊産婦すべてを診る視点】を常に持ち,すべ ての妊産婦にかかわっていた。そして妊娠期には,ど の分娩も「進まない分娩」に移行する可能性があるこ とを考慮して【順調な分娩進行につなげるための妊娠 期からのアドバイス】,つまり,妊娠中から継続して かかわりながら分娩進行を予測し,順調な分娩進行に 向けて準備できるよう,妊婦個々に合わせたアドバイ スをしていた。また分娩期には,「進まない分娩」へ移 行しないかどうか【基礎的な知識と経験で培われた判 断材料】をもとに分娩進行を判断していた。これは, 「進まない分娩」に関する基礎的な知識だけでなく, 経験からの学びや自身の身体感覚,直観も頼りにしな がら分娩進行を判断していることを示す。そしてその 判断をもとに,「進まない分娩」に移行する可能性が高 い,もしくは「進まない分娩」に移行したと判断した 際には,刻々と変化する産婦の身体や心理面へのケア だけでなく,家族や周囲の環境,児へのケアも含めた 【分娩期の状況を見極めたケア】を行い,分娩がス 表1 研究協力者の概要および面接時間 研究協力者 A B C 年齢 50歳代 40歳代 60歳代 助産師経験年数 30年 27年 40年 開業助産師経験年数 13年 11年 18年 全分娩介助件数 (開業後の分娩介助件数) 3000例 (141例) (440例)600例 (800例)1500例 面接時間 116分 60分 68分

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ムーズに進行するようサポートしていた(図1)。 2)各島(グループ)の要旨 (1)【分娩に向き合う姿勢】 開業助産師の大切にしている【分娩に向き合う姿 勢】とは,助産師と妊産婦はお互いに信頼し合い,と もに母子の持つ能力や可能性を信じて分娩に向き合 い,分娩をあるがまま受け入れることを示している。 本研究における開業助産師は,「相手を思うとか, 常に相手を思いやる」ことを大切にしており,常に相 手を思いながら,安心感を与えられる助産師になれる よう心がけていた。また「助産院を選択する人は,開 業助産師のわざや生き方,考え方を信頼して産むの で,その人の前でしか足は開かない」とあるように, 分娩を順調に進行させるためには,助産師と妊産婦が お互いに信頼し合うことが大切であると考えていた。 そして「助産師自身が,赤ちゃんを信じることができ るか,お母さんを信じることができるか」,「妊婦が自 分と赤ちゃんを信じられるかどうか」が大事であると 考え,助産師自身も妊産婦自身も,児や妊産婦が持つ 能力や可能性を信じて,分娩に向き合わなければなら ないと考えていた。また「いつもこちら(助産師)の 方がワクワクしてお産を待っておかなければいけな い」,「お産は大変だと思ってついてはいけない」と, 助産師自身が分娩に対して何が起ころうとも,あるが 常 常 に 持 っ て 基 盤 と し て 【 分 娩 に 向 き 合 う 姿 勢 】 助 産 師 と 妊 産 婦 は お 互 い に 信 頼 し 合 い , と も に 母 子 の 持 つ 能 力 や 可 能 性 を 信 じ て 分 娩 に 向 き 合 い , 分 娩 を あ る が ま ま 受 け 入 れ る 。 常 に 持 っ て 【 基 礎 的 な 知 識 と 経 験 で 培 わ れ た 判 断 材 料 】 助 産 師 は , 基 礎 的 な 知 識 を 持 っ た 上 で , 経 験 や 自 身 の 身 体 感 覚 , 直 観 も 頼 り に し な が ら , 分 娩 進 行 を 判 断 し て い る 。 そ れ を も と に 【 自 然 界 に 生 き る 人 間 と し て の 妊 産 婦 す べ て を 診 る 視 点 】 助 産 師 は ,妊 産 婦 の 気 質 的 ・ 身 体 的 ・ 精 神 的 ・ 社 会 的 要 素 ,お よ び 自 然 界 の 摂 理 を 含 め た 妊 産 婦 を 取 り 巻 く す べ て の 事 柄 を ま る ご と 診 る 視 点 を 持 っ て い る 。 【 分 娩 期 の 状 況 を 見 極 め た ケ ア 】 助 産 師 は , 分 娩 が ス ム ー ズ に 進 行 す る よ う に , 刻 々 と 変 化 す る 産 婦 の 身 体 や 心 理 面 だ け で な く , 家 族 や 周 囲 の 環 境 , 児 の 状 態 も 考 慮 し な が ら , そ の 時 々 の 状 況 に 最 も 適 し た ケ ア を 見 極 め , 実 践 し て い る 。 【 】: シ ン ボ ル マ ー ク 内 : 最 終 表 札 【 順 調 な 分 娩 進 行 に つ な げ る た め の 妊 娠 期 か ら の ア ド バ イ ス 】 助 産 師 は , 妊 娠 中 か ら 継 続 し て 分 娩 進 行 を 予 測 し , 順 調 な 分 娩 進 行 に 向 け て 準 備 で き る よ う に , 妊 婦 個 々 に 合 わ せ た ア ド バ イ ス を し て い る 。 図1 「進まない分娩」に対する開業助産師の助産ケア

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まま受容する姿勢で分娩に向き合っていた。それだけ でなく「(妊産婦に)自分が産むのではなく,陣痛が産 ませてくれるから,陣痛が来たときに,嫌がったり, 怖がったりして否定しないように,と話をしている」, 「本人(妊産婦自身)が納得すると,痛みの捉え方が ちょっと変わってきて,待てないではなくて,待てる お産になる」とあるように,妊産婦が陣痛に対して否 定的感情や恐怖心を持たずに,自分のお産をあるがま ま受け入れられるようにかかわっていた。 (2)【自然界に生きる人間としての妊産婦すべてを診 る視点】 【自然界に生きる人間としての妊産婦すべてを診る 視点】とは,助産師は,妊産婦の気質的・身体的・精 神的・社会的要素,および自然界の摂理を含めた妊産 婦を取り巻くすべての事柄をまるごと診る視点を 持っていることを示している。 本研究における開業助産師は,豊富な経験から,分 娩進行を判断していく上で,「頭が硬い人,考えて考 えて,考え抜く人は分娩は進まない」,「話し方,食べ ているもの,歩き方,肌の質,筋肉の質,全部トータ ルで,身体の柔らかさ,子宮の柔らかさを判断してい る」と,妊産婦の気質的・身体的要素を診る視点を 持っていた。また「お産をうまく終わらせるために は,基本はリラックスであり,ストレスを与えないこ とが大事」であると,分娩が順調に経過していくため には,妊産婦の精神面へも目を向ける必要性があると 考えていた。例えば「最初の妊娠時に仕方なく行った 中絶をずっと引きずり,(今回の)お産まで解消できな かった人もいる」,「性器に暴力を受けた人は,精神的 なところで分娩に影響しやすい」というように,過去 の苦痛を伴う性的体験は精神的な面で分娩進行に影響 すると考えていた。また「(分娩の進行が)何でそうな るのって思う人の大半は,両親だけでなく,夫の親や 周りからの刺激が影響している」と,妊産婦と夫や両 親,義父母などの家族との関係性は,分娩進行に影響 すると考え,妊産婦を取り巻く社会的要素にも着目し ていた。特に開業助産師は「(実母との関係が悪い人 は)根底に母になる恐怖や実母みたいになりたくない という思いがありながら母になるので,(これから母 になる)自分を肯定できない。そのため,お腹の赤 ちゃんとの関係性も悪くなり,お産が難しくなりやす い」と考え,実母との関係が分娩進行を左右する要因 になると捉えていた。実母の関係性については,他に も「親から自分はつわりがひどかったから,あなたも 悪いかもしれないと言われ続けると,どんどんつわり がひどくなる」,「(分娩が)一番進まないのは,親が帝 王切開している人。親から言われることによる先入観 もあると思う」と,実母の言葉には影響力があると考 え,実母に自身の妊娠・出産体験をネガティブに言わ れ続けることで,妊産婦に先入観が生まれ,それが分 娩進行に影響を与えると考えていた。 そして「絶対ではないが,分娩には自然界の動きも 作用していると思う」と,潮の満ち引きや月の満ち欠 けなどの自然界の動きや,お産の気の流れは,分娩進 行に影響を与えると考え,自然界の摂理も大事にして いた。 (3)【順調な分娩進行につなげるための妊娠期からの アドバイス】 【順調な分娩進行につなげるための妊娠期からのア ドバイス】とは,助産師は,妊娠中から継続して分娩 進行を予測し,順調な分娩進行に向けて準備できるよ うに,妊婦個々に合わせたアドバイスをしていること を示している。 開業助産師は,妊娠中から「こういうお産になるだ ろうと予測して,話し合いながら準備しておかなけれ ばならない」と考えていた。そして,順調な分娩進行 に向けて準備ができるように,個々に合わせて適した 食事や睡眠,運動など妊婦自身が行動変容できるよう アドバイスしていた。具体的には「身体が冷えている 妊婦は,(身体が冷えると陣痛が弱くなるので)妊娠中 から食べ物を変えて,動く」,「(分娩時にエネルギー 不足になり得ると予測される妊婦には)妊娠中から玄 米や,鳥の胸身を食べる」,「身体が硬い妊婦には,固 まりやすい食材は身体を硬くするので,硬いパンや クッキー,焼きしめたものは控えてもらう」,「適度な 運動をして筋力をつける」,「自律神経が乱れている妊 婦には,深呼吸や睡眠を取るよう促す」などといった アドバイスであった。 (4)【基礎的な知識と経験で培われた判断材料】 【基礎的な知識と経験で培われた判断材料】とは, 助産師は,基礎的な知識を持った上で,経験や自身の 身体感覚,直観も頼りにしながら,分娩進行を判断し ていることを示している。 本研究における開業助産師は,「進まない分娩」の分 娩進行を判断するにあたり,巨大児,狭骨盤,回旋異 常,臍帯因子,軟産道強靭,微弱陣痛など「進まない 分娩の理由を自分(助産師)が知っておく必要がある」 と,「進まない分娩」に関与する要因についての基礎的

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な知識を持っておく必要があると考えていた。その上 で「(臍帯が短い場合や臍帯巻絡がある場合は)わざと お産が進まないようにしているような気がする」,「子 宮を熟化させているときは,そんなに強い陣痛は来な い」と,「進まない分娩」につながるような分娩進行の 仕方を経験から学び,その学びを活かしながら分娩進 行を判断していた。また「夫が来るのを待っているか ら進まない,というお産もあると思う」と,これまで の経験から,夫・上の子など産婦を取り巻く環境が分 娩進行に影響すると考えていた。さらに「(産婦には) 体力的に何時間でも頑張れる人もいれば,痛みに弱い 人もいる」とあるように,分娩の経過時間だけでな く,産婦の体力や痛みに対する忍耐力からも分娩進行 を判断していた。加えて「陣痛が有効陣痛なのかは, 自分の手で覚えていかなければならない」,「腰をずっ と触っていると,(分娩進行に伴い)仙骨が盛り上 がってくるのがわかる」と,陣痛の強弱や,分娩進行 とともに変化する妊婦の身体の変化を自分の手で触れ て記憶し,自身の身体感覚を活用して分娩進行を判断 していた。また「分娩経過の中で,なんとなく,自然 と,この人はこうなるから待ちたくないな(と思うと きがある)」とあるように,分娩経過の中で感じた直 観も頼りに,分娩を待てるか待てないか判断してい た。 (5)【分娩期の状況を見極めたケア】 【分娩期の状況を見極めたケア】とは,助産師は, 分娩がスムーズに進行するように,刻々と変化する産 婦の身体や心理面だけでなく,家族や周囲の環境,児 の状態も考慮しながら,その時々の状況に最も適した ケアを見極め,実践していることを示している。 分娩期において「進まない分娩」に移行する可能性 がある場合や「進まない分娩」に移行したと判断した 場合には,分娩進行を促すために「三陰交と足三里に お灸」や「入浴」,「アロマでの全身マッサージ」をして 産婦の身体を温めていた。また「ドライブで揺れても らう」,「ちょっとトイレに座ってみる」など産婦の体 位調整をしたり,「乳頭刺激」や「スクワット」,「散 歩」,「骨盤が緩むようなヨガの体操」といった運動な ど,子宮収縮や児の下降を促すケアを行っていた。そ して「甘えて分娩が進まない人には,ひとりぼっちに したりもする」,「(弱音を吐く人には)そのタイミング を見て叱ることはある」,「過緊張で眠れていない人に は,(中略)赤ちゃんは元気だから大丈夫と伝え,産婦 を安心させる」など,分娩が順調に進行するように, 産婦の性格や分娩時の雰囲気,タイミングを見てさま ざまな声かけを行っていた。さらに「産婦さんがいて ほしくないというのなら,丁重にその人に説明して帰 宅してもらう」,「(分娩が)長くかかる人には,暗くし てロウソクの光だけにしたり,窓を全部開けたりす る」とあるように,産婦を取り巻く周囲の環境を整え るケアも行っていた。加えて分娩進行が停滞している ときは,「赤ちゃんはちゃんと産道から下に落ちてく る。それを待っとくように伝える」,「分娩が進行する のを待っている間は,温めたり,疲れさせないように する。意図的に少しの間でも眠らせたり,食べさせた りする」など,産婦が安楽に過ごせるようケアを行 い,分娩が進行するのを待つケアも行っていた。さら に「お母さんが楽でも,赤ちゃんにとっては楽ではな い姿勢もあるので,それをきちんと見極め」て,児に ストレスを与えない産婦の体位調整をしたり,「赤 ちゃんの姿勢がゆがんでいる場合は,内診をしながら 赤ちゃんの姿勢を整える」とあるように,児の姿勢を 整え,児の下降を促す内診など,児の状態を考慮した ケアも行っていた。そして「その今のタイミングで, 何か一つケアをしてあげたら,(分娩の)流れが変わる ということはたくさんある」,「(分娩が停滞した時に) 私がちょっと見せてって入って,ちょっと触るだけで (分娩進行が)早くなったりする」と,かかわるタイミ ングやその場の状況を見極めて最も適したケアを選択 し,実践していた。

Ⅴ.考   察

本研究において 3 名の開業助産師は,妊娠期には 「進まない分娩」に移行する可能性を予測し,分娩を 順調に進行させるために準備するケアを行っていた。 また分娩期には「進まない分娩」に対し,その状況に 応じて,最も適したケアを見極め,実践していた。そ こで,分娩を順調に進行させるための妊娠期からの助 産ケアと,「進まない分娩」に対する分娩期の助産ケア について検討する。 1.分娩を順調に進行させるための妊娠期からの助産 ケア 研究協力者である3名の開業助産師は,【分娩に向き 合う姿勢】を大切にして,すべての妊産婦とかか わっていた。この姿勢は,開業助産師だけでなく,妊 産婦の分娩に向き合う姿勢も指していた。これは開業

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助産師が妊産婦と初対面する段階から,常に相手を思 いやり,安心感を与える存在になることや,母子の持 つ能力や可能性を信じて,妊産婦をありのまま受け入 れる姿勢でかかわることから始まる。開業助産師がこ の姿勢で【自然界に生きる人間としての妊産婦すべて を診る視点】を常に持って,妊産婦を理解しようとあ たたかいまなざしを向けることで,妊産婦はすべてを みてくれているという受容される心地よさを感じる。 そして【順調な分娩進行につなげるための妊娠期から のアドバイス】といった思いやりのあるアプローチを 繰り返し受けることにより,助産師を心から信頼し, やがて妊産婦と助産師との間に強い信頼関係が構築さ れ,妊産婦自身も分娩に向き合うようになっていくと 考える。先行研究においても,助産所で出産した女性 の手記の分析から,女性が自己肯定感を高め,自分自 身の力を能動的,主体的に発揮するためには,助産師 のサポートが重要であること(野口,2002)や,助産 所では信頼のおける助産師が,出産に向けて心身を整 えていくことの重要性を繰り返し説くからこそ,妊婦 は少しずつ主体的に妊娠・出産に取り組もうと自覚を 持ち,生活を整えながら自身の身体により向き合って いくようになる(竹原他,2009)とされており,本研 究においても同様の結果が得られた。さらに竹原他 (2008)は,助産所および産院で出産した女性を対象 とした出産体験の調査結果から,助産師の女性を受容 する姿勢や精神的サポート,助産師と女性との強い信 頼関係がより豊かな出産体験と関連していることを示 唆している。このことから,開業助産師と妊産婦の親 密な関係性は,女性の出産体験にも有益な影響を与え ると考える。 助産師と妊産婦の信頼関係は,助産師が分娩進行を 判断する上でも重要である。竹原他(2009)は,助産 所での妊婦に対するケアを調査した結果,妊婦と助産 師の間に揺るぎない信頼関係が構築されるからこそ, 助産師は女性の産む力と児の産まれる力を信頼し,待 つことができ,その妊婦に合った適切な対応ができる ようになると述べている。また渡邊他(2010b)は,熟 練助産師の分娩進行の判断には,『手で観る』『からだ ことばを読む』といった助産師自身の身体感覚を活用 した手がかりが含まれていたことを明らかにしてお り,これらは産婦と助産師の信頼関係の上で成り立つ ものであると指摘している。したがって,助産師が分 娩進行を的確に判断し,必要なケアを行うためには, 助産師と妊産婦が相互に信頼関係を築く必要があると 考える。 このように本研究における開業助産師は,分娩を順 調に進行させるためには【分娩に向き合う姿勢】が大 切であると考え,それを基盤に据えて,すべての妊産 婦とかかわっていた。この基盤は,開業助産師が多く の妊産婦と妊娠期から継続して【自然界に生きる人間 としての妊産婦すべてを診る視点】を常に持ち,【順調 な分娩進行につなげるための妊娠期からのアドバイ ス】をしながらかかわるという一連を繰り返すこと で,経験的に創出されたものであると考える。 開業助産師は,妊娠期から常に【自然界に生きる人 間としての妊産婦すべてを診る視点】,つまりホリス ティックな視点で相手を理解し,妊婦の心身の状況を 見極め,分娩進行を予測しようと意識的に妊産婦とか かわっていた。助産師の産婦ケアにおける着目情報と 助産師経験年数を分析した研究では,経験 10 年以上 の助産師は 10 年未満の助産師に比べ,産婦の思考や 性格などの内面的特徴や心理面,夫や上の子などの家 族の状態,月や潮などの自然界の動きに対する着目度 が優位に高く,これらは豊富な経験によって培われる ものであると報告されている(正岡他,2009)。また 開業助産師を対象にした聞き取り調査では,開業助産 師は内診所見だけでなく,産婦が発するさまざまなサ インを読み取り,分娩進行を包括的かつ連続的に評価 しているとされている(竹原他,2016)。開業助産師 は,助産所という医師がいない施設で,多くの妊産婦 と妊娠期から継続してかかわり,分娩に対しても多種 多様なケースを経験している。その経験を積み重ねる ことで,開業助産師は妊産婦を取り巻くすべてが分娩 進行を左右すると実感し,自然とホリスティックな視 点で注意深く観察するようになったと考える。 興味深いのは,開業助産師全員が共通して,実母と の関係性が分娩進行を左右する要素になると捉えてい たことである。母娘関係について調査した先行研究で は,実母との親密性が高いほど,産褥1ヵ月時の不安 や抑うつ状態が少ないこと(長鶴,2006)や,実母と の関係がよいと母親の児への愛着が高くなること(河 本他2005,山田他2005),初産婦の半数以上が実母を 子育てモデルとしており,母乳育児継続には,実母の 影響が大きいこと(井上他,2015)が報告されている が,実母との関係性が分娩進行に影響すると明言して いる文献は見当たらない。しかし,成人女性の心理的 葛藤について母娘関係に焦点を当て文献検討した研究 では,母娘は出産・育児という共通の営みを持つた

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め,家族の中で互いに求めあう関係となりやすく,母 娘が親密な関係であることによって,娘の精神的健康 に対して肯定的な影響をもたらすことが報告されてい る(若本他,2010)。さらに藤田他(2009)は,女子大 生を対象に,母娘関係が娘の主体性や個性にどのよう に関連しているのかを調査し,娘は母親から受容され ることで,自己肯定感を高めることができ,母親から 受け止めてもらえるという安心感は,物事に挑戦する 基盤になることを報告している。これらのことから, 母親から受容され,親密な関係性を築くことができて いる女性は,精神的に安定しており,分娩という大き なライフイベントに対しても肯定的に向き合う資質を 備えていると推察される。以上のことから,分娩進行 を判断する上で,実母との関係性にも目を向ける必要 があると考える。 そして開業助産師は,ホリスティックな視点を常に 持ちながら,妊娠期から分娩進行を予測し,妊婦 個々に合わせて【順調な分娩進行につなげるための妊 娠期からのアドバイス】をしていた。例えば,妊婦の 冷えに対するかかわりである。開業助産師は,妊娠中 から冷え症のある妊婦に対して継続してかかわりなが ら,冷えを改善する食事に変えることや,よく動くこ とを提案し,妊娠中から冷えが解消されるようにかか わっていた。これは,妊婦の性格や肌の質,筋肉の質 などを考慮してのアドバイスであった。妊婦の冷え症 の有無による微弱陣痛・遷延分娩の発生率を分析した 研究では,冷え症のある妊婦はそうではない妊婦に比 べて微弱陣痛や遷延分娩の発生率が約2倍となること が報告されており(中村他,2013),冷え症が「進まな い分娩」のリスクファクターの 1つであることを示唆 している。このことから冷え症のある妊婦に対する開 業助産師のかかわりは,「進まない分娩」に移行する可 能 性 を 低 下 さ せ る こ と が で き る と 考 え る。 髙 橋 (2019)は,開業助産師が,妊婦に細かくヒアリング し,自ら考え行動できるように導いていくことで,異 常分娩の減少につながるとしている。開業助産師が, 妊娠期から個々に合わせて妊婦自身が生活に取り入れ やすい方法を提案し,それを継続して実行できるよう サポートすることで,「進まない分娩」に移行する可能 性を低下させることができると考える。 2.「進まない分娩」に対する分娩期の助産ケア 妊娠中から準備をしていても,「進まない分娩」に移 行する可能性はある。開業助産師は,常に正常から逸 脱する可能性を考慮し,急変を早期に察知して,医療 介入が必要であると判断した場合には,嘱託医への緊 急搬送など,母児の安全を守るケアを実施しなければ ならない(日本助産師会助産業務ガイドライン改訂検 討特別委員会,2019)。「進まない分娩」は,医学的に は遷延分娩もしくは分娩停止と診断される。遷延分娩 は「分娩開始後すなわち陣痛周期が10分以内になった 時点から,初産婦では 30 時間,経産婦では 15 時間を 経過しても児娩出に至らないもの」(p.198),分娩停止 は「一度は陣痛が発来して分娩が進行していたが,そ れまで同様の陣痛が続いているにもかかわらず,2時 間以上にわたって分娩の進行(子宮口の開大や児頭の 下降)が認められない状態」(p.328)と,分娩の経過時 間で定義されている(日本産科婦人科学会,2018)。 しかし開業助産師は,分娩の経過時間だけに依存した 判断をせず,「進まない分娩」になりうる可能性を予測 し,適切なタイミングで対応することで正常に経過で きるように助産ケアを行っている(井上,2004;村 上,2007)。 本研究における開業助産師も同様に,分娩経過時間 だけに依存せず,【自然界に生きる人間としての妊産 婦すべてを診る視点】を常に持ってかかわる中で見え てきた,妊婦個々の情報や【基礎的な知識と経験で培 われた判断材料】をもとに分娩進行を判断していた。 この判断には,自身の身体感覚や直観が含まれてい た。助産師の分娩進行判断に関する先行研究では,助 産師は「観る」,「聴く」,「触れる」,「嗅ぐ」などの非侵 襲的観察を通して分娩進行を判断していること(平川 他,2020;竹原他,2016;渡邉他,2010)が明らかと なっている。それに加えて,熟練助産師や開業助産師 は,分娩の自然性と日常性を守る信念を持ち,経験に よって洗練された知識や観察力を活かして分娩進行を 判断していること(正岡,2003;渡邊他,2010a;渡 邊他,2010b)が報告されている。また,助産師が助 産ケアを実践する際には,症状や徴候などの事実や知 識,経験から分析,判断して実践するという過程をた どるが,エキスパートは,臨床経験による直観(intui-tion)や本能的な感覚(gut feeling)も加味して助産ケ アを実践するようになるとされている(Raynor, et al. 2005/2006)。本研究においても同様に,開業助産師 は,基礎的な知識を持った上で,多種多様なケースに 遭遇するうちに蓄積された膨大な経験,その経験によ り磨かれた自身の身体感覚や分娩経過の中で感じた直 観を活用しながら,あらゆる情報に着目して産婦の微

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妙な変化を感じ取り,「進まない分娩」に移行する可能 性を判断していると考えられる。 そして開業助産師は,「進まない分娩」に移行する可 能性がある場合,もしくは「進まない分娩」に移行し たと判断した場合には,【分娩期の状況を見極めたケ ア】を実践していた。分娩期の陣痛促進に効果がある ケアとして,分娩が緩徐な経産婦への乳頭マッサージ (大本他,2004),足浴(宮里,2000;坂本他,2016), 三陰交などへの鍼療法や指圧,お灸(南他,2015;日 本助産学会,2020),身体を起こして自由に動くこと (日本助産学会,2020)があり,助産師の行うことが できるケアにもエビデンスが示されているものはあ る。本研究における開業助産師も同様に,分娩進行を 促進するために行うケアとして,乳頭刺激,スク ワットや散歩,三陰交や足三里へのお灸などのケアを 挙げていた。また開業助産師が「進まない分娩」に対 して行っていた産婦の心理面,家族や周囲の環境を整 えるケアは,熟練助産師や開業助産師を対象とした分 娩期のケアを調査した先行研究(岩田,2016;正岡, 2003;渡邊他,2010a)でも,分娩期の助産ケアの一 つとして挙げられており,本研究でも類似した結果が 得られた。産婦を精神的に支え,周囲の環境を整えな がら,分娩進行を待つケアは,開業助産師が母児の健 康状態を的確に判断しているだけでなく,助産師が産 婦と妊娠期から継続してかかわってきたからこそ見い だすことができるケアであり,助産師と産婦の信頼関 係の上で成り立つケアであると考える。一方で,開業 助産師は「その今のタイミングで,何か一つケアをし てあげたら,(分娩の)流れが変わるということはたく さんある」とあるように,ただケアを行うのではな く,ケアのタイミングやケアの選択を見極め,その 時々の状況に最も適したケアを行っていた。渡邊他 (2010a)は,熟練助産師を対象に,分娩第 1 期のケア の特徴を分析している。それによると,熟練助産師 は,断片となる一部の情報から全体を一気に認識する ような知識と経験を活用して分娩進行を判断し,ケア につなげているが,その判断のノウハウは,逐一表現 され,説明できるというものではないと述べている。 本研究における開業助産師の行う【分娩期の状況を見 極めたケア】は,正常分娩に対して多種多様なケース に遭遇する中で蓄積してきた膨大な経験があるからこ そ導き出すことができるケアであり,今後このような 開業助産師の経験知をどのように言語化していくかが 課題となると考える。 3.助産実践への示唆 本研究により,開業助産師の「進まない分娩」に対 する助産ケアの実態が明らかとなった。その中で,開 業助産師は,妊産婦の性格,話し方,歩き方,筋肉や 肌の質,身体の柔軟性,実母や家族との関係性など, ホリスティックに分娩進行を判断する視点を持ってい ることが明らかとなった。特に,開業助産師は,実母 との関係性が分娩進行を左右する要素になると捉えて おり,分娩進行を判断していく上で,重要な情報にな ると考える。今後,妊産婦のケアに携わる助産師がこ れらの視点を意識的に持ってかかわることで,「進ま ない分娩」の助産ケアの実践に活かすことができると 考える。

Ⅵ.本研究の限界と今後の課題

一般的に「進まない分娩」は,「予定日が過ぎても陣 痛が来ない場合」と,「陣痛が発来し,活動期になって いるにもかかわらず遷延している場合」の2 つに分類 される(秋元,2012)。しかし本研究における「進まな い分娩」は,陣痛発来後の分娩進行を促すための助産 ケアに焦点化したため,予定日が過ぎても陣痛が来な い妊産婦に対する助産ケアは明らかにできていない。 今後は,さらに多くの開業助産師の語りを収集・分析 し,予定日が過ぎても陣痛発来しない場合も含めた 「進まない分娩」に対する助産ケアを探求し,ケアの 有用性やエビデンスを明らかにしていく必要がある。 そして,開業助産師の「進まない分娩」に対する熟練 した助産ケアを,妊産婦のケアに携わる助産師が共有 し,伝承していけるよう言語化していく必要があると 考える。

Ⅶ.結   論

本研究における開業助産師は,【分娩に向き合う姿 勢】を基盤として,【自然界に生きる人間としての妊産 婦すべてを診る視点】を常に持ち,すべての妊産婦に かかわっていた。そして妊娠期には,どの分娩も「進 まない分娩」に移行する可能性があることを考慮して 【順調な分娩進行につなげるための妊娠期からのアド バイス】を行っていた。さらに分娩期には,「進まない 分娩」へ移行しないかどうか【基礎的な知識と経験で 培われた判断材料】をもとに分娩進行を判断し,「進ま ない分娩」に移行する可能性がある場合や移行した際

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には,【分娩期の状況を見極めたケア】を行い,分娩が スムーズに進行するようサポートしていた。このよう な開業助産師の「進まない分娩」に対する熟練した助 産ケアを,妊産婦のケアに携わる助産師が共有し,伝 承していく必要があると考える。 謝 辞 本研究を行うにあたり,快くインタビューにご協力 いただき,貴重な経験を語ってくださいました開業助 産師の皆様に謹んで感謝申し上げます。なお,本研究 は 2017 年度福岡県立大学大学院看護学研究科の修士 論文に加筆・修正を加えたものであり,研究の一部は 第33回日本助産学会学術集会にて発表いたしました。 利益相反 論文内容に関し,開示すべき利益相反の事項はあり ません。 文 献 秋元義弘(2012).『産婦人科診療ガイドライン 産科編 2011』における「進まない分娩」の取り扱い.ペリネ イタルケア,31(9),932-937. 藤田ミナ,岡本祐子(2009).青年期における母娘関係と アイデンティティとの関連.広島大学大学院心理臨 床教育研究センター紀要,8,121-132. 平川真梨,嶋澤恭子(2020).分娩期における熟練助産師 の非侵襲的観察 ― 分娩進行の手がかりとして ―.助 産師,74(1),56-58. 井上裕美(2004).「なかなかすすまない」分娩の介助法 総 論:「なかなかすすまない」分娩とその介助.ペリネ イタルケア,23(5),398-402. 井上理恵,富岡美佳,梅崎みどり,流舞衣(2015).初産 婦が看護職者に求める母乳育児継続のための支援. 山陽看護学研究会誌,5(1),3-10. 井上幸子,平山朝子,金子道子編集(2001).看護学大系 第10 巻 看護における研究(第 2版).p.144,東京: 株式会社日本看護協会出版会. 乾つぶら,島田三恵子,林猪都子,猪俣理恵(2015).分 娩の主観的評価に影響を与える要因 ― 医療処置と入 院中のケア―.母性衛生,56(2),399-406. 岩田美也子(2016).分娩遷延した場合の対処法 ― 待つこ とが必要なお産.助産雑誌,70(11),931. 川喜田二郎(2003).続・発想法(54 版).東京:中央公論 新社. 川喜田二郎(2004).KJ法―渾沌をして語らしめる(12版). 東京:中央公論新社. 河本洋実,澤村陽子,江國一二美,松井たみこ,大井伸子 (2005).母親の児への愛着とそれに影響する要因に 関する検討.岡山県母性衛生,(21),41-42. 木村亜矢(2016).病院勤務の熟練助産師が行う臨床判断 の特徴 ― 分娩第一期の分娩進行を判断していく一連 のプロセス―.日本助産学会誌,30(2),312-322. 正岡経子(2003).開業助産師の分娩期における意思決定. 日本助産学会誌,17(1),6-14. 正岡経子,丸山知子(2009).経験 10 年以上の助産師の産 婦ケアにおける経験と重要な着目情報の関連.日本 助産学会誌,23(1),16-25. 松島京(2006).出産の医療化と「いいお産」― 個別化され る出産体験と身体の社会的統制 ―.立命館人間科学 研究,(11),147-159. 南絵里,小川久貴子,宮内清子(2015).分娩期における 指圧・お灸の効果についての文献検討.東京女子医 科大学看護学会誌,10(1),11-17. 宮里邦子(2000).分娩第一期における足浴が生理的・心 理的側面に及ぼす影響.聖路加看護学会誌,4(1), 21-29 村上明美(2007).「満足なお産」を導く分娩進行のアセスメ ント.助産雑誌,61(8),653-675. 長鶴美佐子(2006).周産期の実母との関係性が産褥1ヵ月 の褥婦のメンタルヘルスに及ぼす影響.母性衛生, 46(4),550-559. 中村幸代,堀内成子,柳井晴夫(2013).妊婦の冷え症と微 弱陣痛・遷延分娩との因果効果の推定―傾向スコアに よる交絡因子の調整 ―.日本看護科学会誌,33(4), 3-12 日本助産学会 ガイドライン委員会(2020).エビデンス に基づく助産ガイドライン ― 妊娠期・分娩期・産褥 期 2020.pp.106-107,pp.112-116,東京:一般社団法 人日本助産学会 ガイドライン委員会. 日本助産師会(2010).助産師の声明/コア・コンピテン シー.pp.1-2,東京:日本助産師会. 日本助産師会助産業務ガイドライン改訂検討特別委員会 (2019).助産業務ガイドライン 2019.東京:日本助 産師会. 日本産科婦人科学会(2018).産科婦人科用語集・用語解 説集 改訂第 4 版.p198,p328,東京:公益社団法 人 日本産科婦人科学会事務局. 日本産科婦人科学会,日本産婦人科医会(2020).産婦人

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