3 次元多様体上の穴あき錐構造
吉田 建一 (お茶の水女子大学)
概 要
錐多様体を一般化することにより, 3次元多様体上の穴あき錐構造を導入す る. 錐多様体と同様に、穴あき錐構造に対してホロノミー表現が定義できる. 表現に沿って穴あき錐構造を変形することができて,特異集合の交差を回避 することができるようになる. また, トーラス上の絡み目から得られる穴あ き錐構造の例も紹介する. この報告の内容は論文 [6]に基づく.
1. 導入
双曲多様体とは,断面曲率が −1 で一定の完備な計量が入っている Riemann多様体の ことである. 有限体積の3次元以上の双曲多様体の等長類は位相型から一意的に決まる
ことが, Mostow 剛性として知られている. (Mostow [3] によって閉多様体の場合に示
され, Prasad [4] によってカスプがある場合に一般化された.) よって, このままでは双
曲構造は変形できない. しかし, 双曲錐構造という特異性のある構造を経由すると変形 できるようになる.
双曲錐多様体 (hyperbolic cone-manifold) とは,完備なパス距離が入っている位相多 様体で, 双曲的な単体に分割可能なもののことである. n次元錐多様体の場合, 特異集 合(滑らかな近傍をもたない点の集合)は上記の単体分割における (n−2)骨格に含ま れる. 以下, 3次元双曲錐多様体で, 特異集合が閉測地線からなるものを考える. この とき, 特異集合の周りの錐角 θ が定まる. つまり, 特異集合の周りをθ だけ回転すると 戻ってくる. 滑らかな近傍をもつ点の周りの錐角は 2π とみなせる. また, 定義を拡張 して, カスプを錐角0の特異集合とみなせる.
X を向きづけられた3次元多様体, 円周の和 Σ = Σ1⊔ · · · ⊔Σn ⊂ X を錐集合とし て固定する. ここで錐構造の定義を正確に与えておく. (X,Σ)上の錐計量とは,X が錐 多様体で Σが特異集合となるX 上の計量のことである. (ただし,錐角は0や 2π でも いいとする.) (X,Σ) 上の錐構造は錐計量の同値類である. ここで錐計量 g と g′ が同 値であるとは,等長写像f: (X,Σ;g)→(X,Σ;g′)が存在して(X,Σ)上の恒等写像とf の間に Σを保つイソトピーがあることとする.
錐構造の変形空間として, (X,Σ) 上の錐構造の集合 C(X,Σ) に C∞ 位相を入れる.
(正確には, 錐計量の集合に X \Σ 上の滑らかな計量から得られるC∞ 位相を入れて, 商位相をとる.) Θ : C(X,Σ)→ Rn≥0 を, Σ = Σ1⊔ · · · ⊔Σn における錐角を対応させる 写像とすると, これは連続写像である.
錐角を動かして錐構造を連続的に変形できることがある. 錐角を0から 2π まで変形 できると, 強い意味での双曲的 Dehn 手術ができる. つまり, カスプのある3次元双曲 多様体と,そのカスプをソリッドトーラスで埋めてできる3次元双曲多様体の間を連続 的に変形できる.
錐多様体の剛性(つまり,位相型と錐角で錐多様体が決まるか)について述べる. X が 閉多様体であるとする. C[0,θ](X,Σ) = Θ−1([0, θ]n) とする.
本研究はJST CREST(課題番号:JPMJCR17J4),科研費(課題番号:19K14530)の助成を受けたものであ る.
定理 1 (局所剛性 (Hodgson-Kerckhoff [1])). Θ : C[0,2π](X,Σ) → [0,2π]n は局所同相 写像.
つまり,錐角が2π以下の場合,錐角を連続的に動かすと錐構造を一意的に変形できる. 定理 2 (大域剛性 (Kojima [2])). Θ :C[0,π](X,Σ)→[0, π]n は単射.
つまり, 錐角がπ 以下の場合, 錐角から錐構造が決まる.
錐角が π と 2π の間にある場合の大域剛性は未解決問題である. 錐角がπ より大き いときに大域剛性が示せない主な理由は, 後の例で見るように, 錐集合が交わるような 退化が起きることである. 錐集合の間に穴を開けると,このような交差を回避すること ができる. この考えに基づき,錐構造の一般化としての穴あき錐構造を導入する.
2. 穴あき錐構造
(X,Σ)上の穴あき錐計量とは, (X\int(B),Σ) 上の錐計量のこととする. ただし「穴」
B は X\Σ内の有限個の閉球体の非交和とする. (X,Σ)上の穴あき錐構造 (holed cone
structure)を(X,Σ)上の穴あき錐計量の同値類として定義する. ここで穴あき錐計量 g
とg′ が同値であるとは, (X\int(Bi),Σ)上の錐計量gi (0≤i≤n)が存在して,g0 =g, gn =g′,かつ各 0≤i≤n−1 に対して以下のいずれかが成り立つこととする.
• 恒等写像とイソトピックなfi: (X,Σ)→(X,Σ)が存在して,fiの(X\int(Bi),Σ;gi) への制限が(X\int(Bi+1),Σ;gi+1) への等長写像である.
• Bi ⊂Bi+1 であり, gi+1 は gi の X\int(Bi+1)への制限である.
• Bi+1 ⊂Bi であり, gi は gi+1 の X\int(Bi) への制限である.
2番目と3番目の条件は,穴を大きくしたり小さくしたりしてもよいということである. 穴の数を変えてもよい.
g を(X,Σ)上のB を穴とする穴あき錐構造とする. このとき基本群Γ =π1(X\Σ) = π1(X\(Σ∪int(B))) は穴を開けても変わらない. Mf→M =X\(Σ∪int(B))を普遍 被覆とすると, 展開写像 devg: Mf→H3 は通常通りに定義される. G = Isom+(H3) ∼= PSL(2,C)とすると,ホロノミー表現ρg: Γ→Gが共役を除いて一意的に定まり,展開写 像はρg に関して同変である. つまり,γ ∈Γ, x∈Mfに対してdevg(γ·x) = ρg(γ)·devg(x) が成り立つ. 穴は基本群に影響しないので,ρg は穴あき錐構造[g]に対してwell-defined である.
穴あき錐構造の変形空間を考えるため, 基本群の表現空間を以下のように定める. ま ず, 表現の集合 Hom(Γ, G) にコンパクト開位相を入れる. ここで, 共役で割った商空
間 Hom(Γ, G)/G は Hausdorff でないことに注意する. そのため, 代数多様体としての
商多様体である指標多様体X(Γ) = Hom(Γ, G)//G を使うことが多い. しかしそれだ と各点が何を表しているかわかりにくいので, もう少しわかりやすい部分に制限する. Homirr(Γ, G) を, 既約表現からなる Hom(Γ, G) の部分空間とする. t: Hom(Γ, G) → X(Γ) を自然な射影とすると, 既約表現ρ∈Homirr(Γ, G)に対し,t−1(t(ρ))は ρの共役 類と一致することが知られている. よって, Xirr(Γ) = Homirr(Γ, G)/G はX(Γ) の部分 空間とみなせる.
(X,Σ) 上の穴あき錐構造の変形空間 HC(X,Σ) にはC∞ 位相の商位相を入れる.
hol : HC(X,Σ) → X(Γ) をホロノミー表現を対応させる写像とする. HCirr(X,Σ) =
hol−1(Xirr(Γ)) とする. 1 ≤ i ≤ n に対し, 錐集合 Σi のロンジチュードとメリディ アンに対応する可換な元λi, µi ∈ Γ を固定しておく. Xcone(X,Σ) を, 以下を満たす [ρ]∈ Xirr(Γ)の集合とする. すなわち,各 i に対してρ(λi), ρ(µi) がランク2の放物的な 部分群を生成するか,
• ρ(λi) がある軸を保つ斜航的変換であり,
• ρ(µi) がその軸についての回転である.
つまり, Σi の周りで錐構造と整合的な条件を設定する. このときholによるHCirr(X,Σ) の像はXcone(X,Σ)に含まれる. さらにXbcone(X,Σ)を,以下を満たす([ρ], θ1, . . . , θn)∈ Xcone(X,Σ)×Rn≥0 の集合とする.
• θi = 0 の場合は ρ(λi) と ρ(µi)が放物的であり,
• そうでない場合は ρ(µi) が角度 θi の回転である.
つまり,整合的な錐角の情報を付け加える. このとき連続写像 hol = (hol,c Θ) : HCirr(X,Σ)→Xbcone(X,Σ)
が定まる. HCirr+(X,Σ) と Xb+cone(X,Σ) を, 錐角が正のものからなるHCirr(X,Σ) と Xbcone(X,Σ) の部分空間とする.
定理 3. hol :c HCirr+(X,Σ) → Xb+cone(X,Σ) は, 像を含む Xb+cone(X,Σ) の成分ごとへの正 規被覆写像である. また, holc のもとでの空でないファイバーは無限集合である.
つまり, 穴あき錐構造は表現に沿って変形することができる. hol :c HCirr+(X,Σ) → Xb+cone(X,Σ) は, 一般には全射でない. hol の像に属するには, G∼= PSL(2,C) への表現
がSL(2,C)への表現に持ち上がることが必要である. ただし,おそらくこの条件は十分
ではない.
さて,穴あき錐構造を錐構造の一般化とみなせることが, 以下の定理から従う. 定理 4. (X,Σ) 上の錐計量g と g′ が,hol(gc ) =hol(gc ′) を満たすとする. このときg と g′ は錐計量として同値である.
これにより C(X,Σ)⊂ HCirr(X,Σ)とみなせて,hol :c C(X,Σ)→Xbcone(X,Σ)は単射 である.
錐構造を考える上で, 穴あき錐構造が役に立つとよい. 例えば, C(X,Σ) は連結かど うかという問題がある. 筆者の憶測ではあるが, C(X,Σ) が連結でない例は存在するだ ろう. 穴あき錐構造を念頭に置いた方が, C(X,Σ) が連結でない例を構成しやすくなる のではないだろうか. また, 穴あき錐構造は一般化しすぎたきらいがあるので, 適切な 範囲に制限した方がいいかもしれない. このような観点から, 以下のような問題が考え られる.
• C(X,Σ)は HCirr(X,Σ) の1つの成分に含まれるか?
• C(X,Σ)を含む HCirr(X,Σ)の成分の上でholc は単射か?
• X\Σに双曲構造が入るとき, hol :c HCirr+(X,Σ)→Xb+cone(X,Σ) は自明な被覆か?
3. 例
X =T2×I (トーラスと開区間の直積)とし, Σ =L=L1⊔ · · · ⊔L4 ⊂X を図 1の絡 み目とする. 錐構造の空間 C(T2×I, L) を考える. (ここで,T2×∂I は2つのカスプで あるとする.) C0 ⊂ C(T2×I, L) を,T2×I\L 上の完備双曲構造を含む成分とする. 錐 角を対応させる写像 Θ : C0 →[0,2π)4 について,以下が成り立つ.
L
1L
2L
4L
3I
図 1: T2×I 内の絡み目
定理 5 (Y. [5]). • Θ : C0 →[0,2π)4 は単射だが, 全射ではない.
• 任意の0≤θ1, θ2 <2π に対して(θ1, θ2, θ1, θ2)∈Θ(C0).
Θ(C0) ⊂ [0,2π)4 の境界では, 錐集合が交わるような退化が起きる. とくに, 錐角が 2π に近いところから [0,2π)4\Θ(C0)の点に向かって変形していくことにより,錐角が 減少する場合でも錐構造の退化が起きうることがわかる.
錐構造の構成においては, 図 2 のように, (T2 ×I, L) を4つの多面体(ねじれ双四角 錐 (tetragonal trapezohedron)) に分解する. 逆に, ˆLi 以外の辺での面角が直角である 双曲的なねじれ双四角錐の4つのコピーを貼り合わせることにより, C0 の錐構造を構 成できる. このときLi での錐角はLˆi での面角の2倍となる. よって,C0 の記述は多面 体の構成に帰着できる.
L4
L1
L3
L2
I
Lˆ1
Lˆ2
Lˆ3
Lˆ4
Lˆ4
Lˆ1
Lˆ3
Lˆ2
∼=
図 2: (T2×I, L) の分解
多面体の構成においては, 図 3 のように, H3 の上半平面モデルにおける R2 ⊂ ∂H3 への射影を使って具体的に座標を記述する. 変形の際に, ˆLi と Lˆi+1 の間の辺の長さが 0になるという退化が起きうる. ここで図4のような H3 へのはめ込みによって決まる 穴あき多面体を使うことにより,このような退化を回避することができる. 図5 のよう に, 多面体の構成を自然に延長して穴あき多面体を構成することができる. このような 穴あき多面体の4つのコピーを同様に貼り合わせることにより, (T2×I, L)上の穴あき 錐構造を構成できる. 結果として, 以下が成り立つ.
命題 6. C0 ⊂ HC0 ⊂ HCirr(T2×I, L)となるHC0 が存在して, Θ : HC0 →[0,2π)4 は同 相写像である.
図 3: 多面体の射影
図 4: 穴あき多面体
図 5: 穴あき多面体の射影
参考文献
[1] Craig D. Hodgson and Steven P. Kerckhoff, Rigidity of hyperbolic cone-manifolds and hyperbolic Dehn surgery, J. Differential Geom.48 (1998), 1–59.
[2] Sadayoshi Kojima,Deformations of hyperbolic 3-cone-manifolds J. Differential Geom.49 (1998), 469–516.
[3] George D. Mostow,Strong rigidity of locally symmetric spaces, Ann. of Math. Studies78, Princeton University Press, 1973.
[4] Gopal Prasad, Strong rigidity of Q-rank 1 lattices, Invent. Math. 21(1973), 255–286.
[5] Ken’ichi Yoshida,Degeneration of 3-dimensional hyperbolic cone structures with decreas- ing cone angles, Conform. Geom. Dyn.26 (2022), 182–193.
[6] Ken’ichi Yoshida, Holed cone structures on 3-manifolds, arXiv:2210.14765.