短期留学学習成果報告書
留学先:Turku University of Applied Sciences 留学期間:2011 年 9 月 1 日~9 月 30 日
報告者:石澤 輝
釧路工業高等専門学校 専攻科
電子情報システム工学専攻
表
1 留学スケジュール
1. 留学概要
フィンランドは Turku,そこは4つの大学が集まる学生街であり,大学が留学 を運営しているというよりも,街全体で留学を支援しているように感じた。
私はその 4 つの大学のうちの1つ,Turku University of Applied Sciences, Faculty of Telecommunication and e-Business(以下 TUAS),に 2011 年 9 月 1 日から 9 月 30 日までの 1 か月間にわたって留学した.1 か月間の主な活動内容 を表 1 に示す.留学開始から一週間で主に Turku の街についてや,学校につい て学び,授業の履修,また私の場合プロジェクトテーマの決定を行った。
私は,一ヶ月のみの留学で他学校の留学生とは違い,単位を取ることはでき なく授業の履修もできなかったが,担当教授の好意により,リレーションデー タベースと,生産技術の授業に参加させていただくことになった。
残り 3 週間は基本的には研究室に通い,自らのプロジェクトを進めていた。
困ったことがあれば担当教授,もしくはラボラトリーエンジニアの方に相談し 問題を解決する,または一緒に議論し考えプロジェクトを進行していた。また,
プロジェクト以外の学校生活では,研究室の学生や先生と技術的な雑談,もし くは北欧と日本の文化の話に費やすことが多かった。
平日の就業時間は基本的には 8 時 から 16 時であり,日本と比べると 放課後に非常に時間がある。そこで 私は,すぐに家に帰ることはせず他 の留学生と,独特なことで有名な北 欧建築を見にいくことや,様々なイ ベントに参加することで,多くの国 の文化についての勉強と,英語の訓 練となった。
ここで英語の訓練と記述したが,
学校のプログラムは基本的になく,
英語は単純なコミュニケーション ツールだった。
日 曜日 活動内容
1 木 オリエンテーション 2 金 オリエンテーション 3 土 交換留学生向けパーティ
4 日
5 月 キャンパス設備見学
6 火 研究内容の決定,交換留学生向け観光案内 7 水 研究の実施
8 木 リレーションデータベース 生産技術
9 金
10 土
11 日
12 月 研究の実施
13 火
14 水
15 木 リレーションデータベース 生産技術
16 金
17 土
18 日
19 月 研究の実施
20 火
21 水
22 木 リレーションデータベース 生産技術
23 金
24 土
25 日 教授宅訪問 26 月 研究の実施
27 火
28 水
29 木 リレーションデータベース 生産技術 30 金 研究成果の報告
2. 留学先での学習内容
私の専攻は電子工学であり,特に回路設計を行う研究に従事していることから,
TUAS においてもその研究の延長となるプロジェクトテーマを行いたいと考えて いた。そこで,5日に設備見学をさせていただいたとき,電波暗室やネットワ ークアナライザーがあり,かつオーディオの専門家がいると聞いたため,私の プロジェクトテーマは,高周波回路と実装 に決定した。早速6日からは,持 ち込んだラップトップにソフトウェアをインストールし,回路実装の設計に必 要な環境を整えた。そのソフトウェアはもちろん使用したことがないため,マ ニュアルと担当の先生の説明により少しずつ使用方法を習得した。また,運よ く私が主にいた場所のすぐ隣で,同じソフトウェアを使用する授業(フィン語 の授業)を行っていたため,授業の様子を”見て”利用方法を学ぶこともあっ た。
3 学習内容および学習結果
上記の学習内容から,私はまずケミカルエッジングを用いた,回路基板作成 のノウハウを得ることが出来た。その結果,試作回路を作成し,動作試験を行 った。残念ながら私のいた研究室には高周波に対応したコンポーネンツがなか ったため,高周波の実験をすることはできなかったが,担当の先生に回路を見 せ,高周波向けに改善する点を指摘していただき,次の試作機作成へと繋げた。
指摘内容としては,グランドプレーンと呼ばれる高周波において重要となる要 素の欠落と,配線方法と部品配置についてだった。
授業で得たこととしては,まずリレーションデータベースの授業では,最初 の4回の授業で ER 図という様々な関係性を示す図の作成方法の講義を行ったた め,キリよく学ぶことが出来た。正直なところ,4回のみの授業ではリレーシ ョンデータベースのほんの表面に触れるのみであったが,英語の訓練と今後の この科目への興味を生むという点においては非常に効果の大きい授業だった。
生産技術の授業は本来全てフィン語で行う授業だったが,先生は度々英語で 説明してくれることと,フィンランド人の学生が私に英語で説明してくれるこ と,また非常に多くの製品に触れる授業だったため,興味深く学ぶことが出来 た。
4 フィンランド人学生および海外留学生との交流(学内編)
学内での学生との交流としては,授業中と研究室内での会話が多かった。特 に生産技術の授業では,先生も交え様々な国の製品のよいところと悪いところ を談笑しつつ比べることが多々あった。その中で,やはり日本は 電子立国 で あることを深く痛感した。その理由としては,まずカメラ(先生と私の共通の 趣味)を語る上で日本のメーカーが出てくることは必然であり,そのことは多 くの学生も理解している。また,コンピュータの話をするときにも出てくるの は日本のメーカーの TOSHIBA や SONY であり,誇らしく感じる。
リレーションデータベースでは,授業の直接的な内容には国際的な事項はな にもないのだが,多くの留学生が参加する授業であるため,先生が演習内容で 使う例を様々な国の人に聴いて,それらの違いを比べることをしていたため,
ある意味では他国の文化も学ぶことが出来た授業であった。
研究室内では,技術系の雑談のほかに,日本文化について数多く説明してき た。特に皆が興味を持っていたのは”日本語”である。彼らにとっては,日本 の文字は 絵 にしか見えないようであった。しかし,私が日本語は中国語由 来の文字で,その由来はさらに象形文字にあるということを説明し,いくつか の象形文字由来の字と絵を比較して説明し,漢字はそれらの組み合わせが殆ど であることを説明すると,納得してくれたように見えた。
また,私の通ったキャンパスには非常に多くの留学生がいたため,各国のラ ップトップのキーボードに着目し,積極的に様々な人に話しかけてみた。日本 と同じく,漢字を使う中国のキーボードの入力方式は,日本と同じで,ローマ 字2つないし3つの組み合わせで”音”を入力し,それを変換ソフトで文字と する方式だった。ヒンドゥー系の文字を使うキーボードも目にしたが,正直な ところ何も理解するまでには至らなかった。
このように,休憩時間なども様々な人と会話し,色々な文化についての情 報を得ることで,授業や研究外の時間も充実さえることが出来た。
5 フィンランド人学生および海外留学生との交流(学外編)
私の学外での交流の主たるところは,Turku の街の4つの大学の学生連合が開 催するイベントと,1ヶ月の居住地となった Student village に住む学生との 交流がメインであった。学生連合は私たち留学生の歓迎パーティの開催や,ボ ーリングやハイキングなどのイベント用意されていることや,私の人ごみがあ ると飛び込まずにはいられない性格が幸いして,非常に多くの友人に恵まれた。
私の感覚では,フィンランド文化を堪能したというよりは,フィンランド文化 を利用し,国籍に依らない交流を堪能したという方が正しい。
特に,興味深かった交流はサウナである。私の行ったサウナは(学生連合の
用意したイベント)明りが殆どなく,ほぼ真っ暗な状態で会話をしていた。そ のような中で,会話の中から得た情報のみで会話をしていくという,英語力の 拙い私には非常に悪条件なコンディションで,辞書もなくあの場は純粋な英語 力とコミュニケーション能力が試される場だった。結局,サウナに強くない私 は30分程度でサウナは出てしまったのだが,その後もしばらくその場にとど まり,皆と小さなパーティを楽しんだ。そのパーティにはたまたま,1人も同 じ国籍の人がいなかったため,文化と言葉についての話が非常に盛り上がり,
とてもよい経験になった。
もうひとつ特筆したい経験がある,それは中国人と長い時間過ごした経験だ。
中国人と日本人がお互いにコンプレックスを抱いていることは,私の中では常 識であり,おそらくそれは日本中多くの人が思っていることだろう。しかし,
私個人では中国人を忌み嫌う経験はないため,嫌われているかもしれないが,
私が嫌うことは何もないと思っていた。その中国人と過ごした中で気が付いた ことは,中国人と日本人はお互いに嫌いあっているという勘違いを起こしてい るということだ。実際のところ多くの中国人は日本人のことを嫌っていない。
このことは,長い時間を共有し気が付いた,自分の中の大きな財産になるだろ う。
6 留学の感想および思うところ。
私は,工学部の学生としてフィンランドへの留学をしたが,新しい工学の知 識を身に付けたことが最大の成果だとは思っていない。確かに,英語を用いて 技術的な相談や雑談が出来たことは非常に良い経験であり,今後の人生ではも しかすると味わうことのできない至福であったかもしれない。しかし,私はフ ィンランドにいながら,数多くの国の人と会話することででき,その中で気が 付くことが出来た「人は人であり,若者は若者である。」という感覚を得られた ことが最大の成果だと感じている。
今,日本は原子力発電所の一件により,世界からは放射性物質に汚染された 島という認識が強く,日本製品の売り上げも風評被害で右肩下がりである。そ のように放射性物質というレッテルがある日本人を,全く忌み嫌うことなく,
むしろ熱烈な歓迎していただき,かつ放射性物質の拡散について文句を言わな い。これは,政府の考えと人の考えというのは直結せず,政府対政府の考えと 人対人の考えは必ずしも一致するわけではない,つまり人は人であることだと 思う。
この 人は人である という感覚を得た起因としては,まず 5 章で書いた,
中国人との経験であった。私は帰国後,この中国人との経験を数名に話したが,
殆どの人が中国人と聞いただけで顔を曲げる。ここでは,たまたま中国人を例
に挙げたが,おそらく様々な国の人に対して日本人は変なレッテルを持ってい るだろう。私は,今回の留学で得た経験を多くの人に話し,そのレッテルをは がし,多くの人に他国の人と話す機会をつくり”人は人である”ということに 気が付く感動をしてもらいたいと感じた。
また,私はもう留学という形で国外に出ることはないかもしれない,しかし 私は Turku の街を去るときに,友人たちに別れを告げると同時に,再会も誓い ました。そして,次会うときは私の英語をもっともっと改善するから,今度は もっと沢山話そうとも約束しました。私は今まで「将来仕事の役に立つから」
という理由で外国語を学んでいました。しかしこれからは,「自分の楽しみにた め」に勉強することになるでしょう。