九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
Vernacularism in "Higure Akutagusa'': A Dictionary of Tsushima Islands
吉町, 義雄
https://doi.org/10.15017/2332953
出版情報:文學研究. 40, pp.161-184, 1950-11-10. The Kyushu Literary Society バージョン:
権利関係:
対馬字引﹃H暮芥草﹄府中語抄 巻
︵序文二枚と五十枚︶百八十三語句 情︒各巻枚数と語句数とは左の通り︒ 原書は全二十巻あったが今や計十巻しか伝らす︑
対 馬 字 引
﹃ 日 暮 芥 草 ﹂
登一︵五十二枚︶三百十七語句 ひぐれあくたぐさ大八訓の一でありながら本土よりも鶏林八道へ近い対馬に方言関係の稿本古書﹃日瑞芥草﹄のあるのが自分に知机
に づ は ら 傘
gたのは漸く最近である︒3厳艇町の八幡宮岬祉︵宮司櫻井消氏︶を介して摘山政太郎翁の居所を知り︑文通数回数ケ
月に互つて原物の体裁内容も先づ知悉し得たので此処に紹介する事とした︒以下の掲載内容は高齢者が不遇の生活を
押して霙へる手先に北日の抄出を副写され数次の.外出御足労を以て調査されたペン細字饗翰を整碑したものであって︑
絃に厚く謝意を表する次第である︒
た ナ け し
原書は対馬藩士なる平山梨②が筆のすさびになる字引語釈であって︑文化十年(‑八一三︶の序文奥害があり︑明
音る
治四十年頃は完備物が平山家後裔に保存されてあった所︑経絆は知らす︑原害所有稚は川本葬氏が物故された今は同
家万吉氏に厩する︒③秘馘物なので九大へ郵送して副本を作る事も望めない次第である︒
それも本編は二巻宛合本となって計十二冊内六冊硯存と云ふ実
府 中 語 抄
吉
町
一六 窒
︱‑
︵保
︶
義
雄
続編上︵侠︶
残編上︵侠︶
各巻の表紙は鼠色反古紙を五枚合せ糊阻してあり︑
口臼は紹介者茄翁に質し︑又は翁が当初から添
表題を書いたものは二冊だけ︑各巻とも綴絲は紺色綿製二本 宛︑袋綴半紙は黒罫九行で丁付は無い︒内容は五十昔や伊呂波の順序も物類品目の区別もなく雑然筆録された雅俗語 句であって︑引用書は和漠約三百六十種︑大抵漠字仮名交りの標語は三分位を隔てて下に同大維読草休文字で註釈さ れてある︒残存総計千八百三十三語句中から予て滝山翁が対馬方言として抄出されておいた約二百七十箇を標語は仮 名に改め五十音順に記して更に不適格物を飾い落して紹介する︒の
へられた訟明文である︒
初に首巻序文から掲げる︵﹂は改行符︶︒
雪 賢 代 の 言 の 葉 は 却 知 事 鬱 卑 り し こ と 多
﹂ と か や 専
F e [
ど じ鄭耐いひ籾し人ありていかにも訳﹂む ヲ ン
有事なんある院偏に笑なかし祖掠のいひけるには古﹂の詞は田合に残れり都会の地には時代のはや﹂り詞と
カ タ ク ナ コ ノ ゴ ロ
いふもの出来て古わ皆かわり行に田合人わ頑にして﹂昔を改めぬなり頃日は田合人も都に来りて時の詞を
残編下︵五十九枚︶二百七語句︵践一枚︶ 続編下︵六十四枚︶百九十六語句
巻十五︵五十一枚︶百四十三語句
巻十六︵荘十枚︶百六十五語句︵践二枚︶
巻十二︵一二十九枚︶百二十五語句 巻八︵侠︶巻九︵侠︶
対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄
巻四
︵侠
︶
巻五︵五十枚︶百五十七語句
巻十︵侠︶
巻十三︵侠︶巻十四︵侠︶ 巻十︵四十四枚︶百七十五語句
密ハ︵四十九枚︶百六十五語句
一六
巻 七
盆5 )
対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄
シ ル ツ レ ー
習ひ
﹂つ
4行て田合の詞もよきに替りたると言ふわあしきにかわり﹂たる成へしと録しきさもあらんかし寂
ての折しも古今﹂集をば見けるに何をして身のいたづらに老ぬらん年﹂のおもわんことぞやさしきと詠歌を
(ジカシキ
ぇぞ
`
載らる熟想へば我こそ﹂かくなんありぬ覧と心めづり及なき井の蛙なれど﹂何かわせんと心芽生国の読訛り
メ ク ラ
︵ ピ ヲ ヂ チ ど ゾ ぺ
ども見聞しことに替﹂虹にも櫂すいとも拙キうへ禿にし筆を染側なる反古に﹂書留て子や孫に便りす蟹わ甲に
ホ ル ヲ ン ヤ ウ シ
似せて穴を穿と﹂かやされば名ばかりの陰陽師とひとしく中ルもありあたら﹂ざるも多からめ当らざるは猶占
ダ ゞ ゴ ン タ マ ゼ ャ ッ
?
` ヽ ヽ ヨ シ ア シ ア ク タ ク サ
て訂せかしおもひ出の﹂儘なれば匹言も説も野語も道戯も混滑八の冊とは成しと好石わ﹂かで綴りぬれば芥草
ミヤマとは名づける深山の片葉大﹂海の一濯なれど又補にもならんかし
タイサン文化癸酉禰生H
序文末行の次行には五寸角の朱印が三箇あり︑上は右に﹁平山﹂左に﹁茉﹂とあり︑中は右に﹁東﹂左に﹁谷﹂そ
して下は右﹁罰﹂左﹁允﹂の字が見える︒
は利合物なるか太平記にあひものつみたる舶とあるも此事なん︻合ひ物は塩魚︼
蚕の踊の繭を作らんとする比ほひをあがり蚕といふ︻人の病み抜いて菜色を呈したる
をいふ︒対馬にては蚕をカイゴといふ︼ あがりかひ
'i
Jのやう あい もの
疇贔
海隅函叩翁東山明允夫賓古堂に書ス
一六
怒る心あるなり いらつく いぽはしわたれ
/ n
トいまけえんこっちゃねえ あとくちなほしあなぐリせなぐリ
かりあがりたる人の高くものをいふを云ふ︻かりあがりは逆上の意︼
ヒルガ︵シグッガヘス物を手にて翻覆すること
物を食ひ口中悪くして他品を以て改むをいふこれ口を嗽ぐたり
は索捜の字か︻隅たまでも捜索すること︼
潮の漸たさし来るをあびきといふ此の如き思ひ掛けなき方に当り来るをいひ又千るかと恩へば璃ち
あぶないせをとほす
網揚物の尽呆又は事済みて如何んともすべき衛なきの俗諺
ゾ バ フ ん ア メ ゾ ポ
7ルは微降雨叉小濡の転語ならめ
あめふリのにはとりのやうに人の姿のしよぼしなきことを云ふ鶏雨に濡れて毛起らす勢を失へる良にとる
マジナイ光を落す厭当の言葉とす人に移す意あb憎むべし 近来の事にて無しといふを今げゑのこっぢやねへと云今げゑは今の代なるへし
9
^ 9
イテ
ッ
いらいらするは心の急なるを云誓ば苛の剌にてさ
4
れしがごとくやるかたなきなり心を苛の苛は
あめがそばゆる あみあがリ
来るが如くにて返報のあるにもいへり左伝に云く波及
アブナイセ浮雲瀬を通す あびき ぁてくリかやす あったら人 あたまのきリきリからものをいふ
ク ラ ヒ ト
ご惜人なり
あたまにきリあがる人にあやなされて頂気に乗り自らをゑらいもの
4やうに考へたる人 対馬字
0 1
﹃R碁芥草﹄府中語抄
一六 四.
対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄
のなからん
あふきはやぶつてへたとはいはれる ぶ限りなしたるをも其芸業の苦は褒めす却て未練といふが如き人心胆を砕き一功を立てし事有ても其功を
賞せすして悪しき如くおもふこと多し日万人を賤しんじて我慢する愚人なればなり如此なれば懲りてなすも 金の入らぬ事といふが如し
おうおうにせにいらず うらせど うつとうされ うちみじゃ< うきよくもすけ い
ろ 喪ある者の服を製響といふいろの称は炉霞虹疇瓢這竺に叫服といふ事成べし︻葬式に服する白衣︼
どこにても行宿りて宿所を定めぬをいふ うらみこいなふ
気を失ひし如くしてぬる人朝鮮語にて人をさるむといふされはさるむの転語なり
ゥ ^.
Fイ
蓮上の十分一を取るを抽豊と一本は此心より出でしなるべし 器の蓋等を開く時えびすといふ夷神は顧肺にて幸を与ふる誹なれば此中輻ィあれといふことならん
︻瓢は幸と読ますならん︼
サカラ
人のものをいふに杵ふることなく応々と答へてをると云意俗に云ふ口上のみにて銭
扇は破つて下手とは云はれる笞ば舞人の中啓も破るる程に舞踏力の及
えびす
怨もこいも無い人如在なきをいふ 宅雌の裏辺といふことをうらせどといふ裏瀬戸なり
うはまえとリ
塾をいふ︻打砕く︼
一六
五
かきだし か が る 爪 に て か が る と い ふ は か き さ く た り
かがそう をばいか おろす およおよ おふたこよリだいたこおほてえなひとわうばんげえなおうぶる ゆりやかなる人をおふてゑなと云ふ大学に所謂心広体貯か也の意にて大休なるか
ヲ4
ペ ン
魚菜の大刻みなるを椀飯料理と云︻客人の数に応じぬほどに並み外れた献立をすること︼
物におふぶる叉は思ひお4ぶり為をぶる杯といふ応ぜざるをいふ︻為し遂げ能はぬなり︑例今日
おさきのこどら
おはらひさま は仕事が多くて日一杯に遣り切れすおうぶりました︼
小児の遊戯なり茸籐合の砕に御先の子等云たといふ︻子取ろ子取ろの遊戯︼
御祓とは伊勢紳宮にて数度の瞑を修し祈幡せし守紐と云ふことにて玉串箱なり.一
おびところむね
をんざのはつもん
おんたうな 衣服を沿て帯せざるを帯解きひろげといふ
農鋭菜類の無くなる時季に珍らしくも残りたるもの事疋の栂物なり
︻人
の好
い︼
ヲ ン ト ン 字 彙 に 以 下 人 ノ 性 ノ
苓んとうたは温嗽なり不爽利者5日1
蘊
認
nサガシヲコヲヨ少く物に驚くをおよおよと云臆々かヲクズルォトス人の事を悪しくいふをおろすといふ褒貶の貶なるべし去ればおろすは貶の転語ならん
様にあらす茫烏賊なり茫の穏に出でし比出づる魚なり︻今一本ふ所の二番烏賊に当る︼
斯為たらば司なるべきか悪しかるべきかと屈せるかゞそふと云樅話字如何成にや︻躊ふ︼
懸売の品々を綬面より抜いて書き出しやるの謂ならん︻売りたる物品の勘定害︼ 身近くにある者を寵愛すると云ふの諺 対馬字引﹃日暮芥草﹄府中諾抄
一六 六
対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄 きなぐさい きがしよぎしよぎする
絹紙等の火に燒焦るる香をきんにやくさしといふ
ぎやうさん
きやうまき
きんぶるひ ぎやうに物の多きをぎやうさんなといひ又はぎやうに杯といふ順山か顛ば物の大成を云詩
鱚其大ナルー有如咄
注 1 0
︱︱
顕ハ
大也
一 指の文をいふ即賣
. .
︻原字扁は月︼也若くは経巻の紐を巻しにとりて名とするか
厨口人を指て絹飾と云目釦くして粉出菜るが如きに喩ふ物を貯へて出さゞるたり きゃらもたかねばへもひらず かやくリ がんがとびやはともとふ
密船の訛也 がんまくな かてつませつ がせになる かげんほうこう がきとうされ
g
一六
七
幼稗の者を貶して餓鬼童されといふ朝鮮語にて人の字をされといふされはさるみの転語なり
内証にて各別骨を折れども人共功を知らざるをいふ︻影の奉公なり︼
ヵ` ンケ ル
幼児或は猫の児等を頻にもてあっかへばがぜになるといふがぜは悴にて此略語なり
誓 つ は か て て に て 物 を 交 へ た る こ と 讐 雫 言 占 望 和 乳 記 戸 釦 請 遠
児童の強勢なるをがんまく者或はがんまくたといふ是は織田信長公の履奴に美濃国出生の者に
ガンマクて市若といふ者あり彼が異名を岩恐といふ其粋暴なるに取て通称とす今は小児のみに限らす成人にもいふ
也︻荒入し︒自分の力を計らす多くのことを一時に成し遂げんとあせるをがんまくな人といふ︼
雁烏が飛べば鳩も飛ぶ鴻雁翔り飛べば鳩も亦是を見て舞飛が如く人餌似するの喩
イ ソ ガ
` ン シ ョ
7
ギ イ ソ ガ
︑ ン キ
心援間きを気がしよぎ/\するといふ冗気たたか冗は閻なり︻いらだっ︼
伽紬も燒かねば屁も放らす何の香も無き意にて何とも無しと云ふ諺
くんちくリめしはらはリさける
クといふごとく九の音屈詰する故人と祁︻︿ネ︼たるなり和漢三オ図会に栗を食ふ別意なし只時の果たりと
マ
△
いへり田心ふに秋の穀物菜蔵の能実れるに従つて心の儘に飽食し胃に満て剖るが如きの謂是穀菜豊なる故
杓腹の者なきを説ひし戯言成かし
くわいっく
くはずひんらく 気の寛き人をくわいとした叉濶筵たと云気寛くして惜みなく金銭を遣ひ浪費するをいふ
マ4魁輛鶴魃の類なり死人を募に送るの時朦固起り累雲覆て昧蒙たりし時などを火車に捕はれたと云
食はす貧業貧うして飲食心に従はざるの謂飲食せんと欲すれば叉苦を生すれとも其苦なき
が故
業し
一
k k
くわしや 九日栗飯腹はりさける九日とは重陽をいふ中路くんと呼ぶものは十九廿九日 顧慢の者多充たるにもいひて和博し
ぐの み
ゥ ノ ミ
うのみにぐつとやりし杯書てあり︻ぐのみは鵜呑の転訛なり︼ くちにあがる くちつほめる人に無心をいひ或は淫らをいふの顔に人に口つぼめると云ふ くちうらがわるい口占とは人の詞の菩悪をいふ
言行一致せす言葉計也行はならす口もおさむることを得ずして頻にいふが故上ると云中略自負
ァ ッ
く じ る 目 を 挟 る 鼻 を く じ る 穿
︻ 原 字 穴 に 乙
︼ の 字 か
こ\ろ 対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄
くじなむ我がなす筈の事あるに人数あれば誰がたすべきぞと思ひて動かす頻に労を他人に誤らんと欲する
一六
八
対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄
Jぶ
ろ ては飢えて︼
害 巳 ぃ ふ
こむらの転たり J
のみかやのみたぺるいろがあっても
煙にて燻べ正月の半に用う
こつはらまくやうに Jくしやうに けてえなけふけれつな などといふ︼
けぬきあはせ鋸にて額を抜くを際抜と云髪際を抜ばなり
ヶ ゥ
けぶなこと杯といふは希有の事なり
怪異戯列か︻きてれつに同じ︼
けんきやうつく
こっぱら
異名異制なるべし
けぶな 悪む詞
けち けせつ
木の実草の実なり を一云ひ掛る化説か寃の事なり︻難題云ふ︼
ヶ チ
けちなは怪事なり
一六 九
かつれてもといふ意︻いろは場合の意︑かつれ
化体なるか︻怪体なの転ならん叉は気態なるか不満に堪へぬ時などに﹁けてえんわりい﹂
惑
けんきやうは健強か又捐強なるにやけんきやう馬けんきやう鉦矧も同じ成べし 味噌汁に酒を加へて魚肉をよく煮たるをこくしように煮といふ こつはらといふは惚︻原字木扁に息︼の木の皮を剥て長さ六七寸計にも切半上を紙にて左巻し松
クル
/\
`
物を手場く言為するをこつばら巻くやうにといふこっぱらを巻く荼如く撓挑巻しまふ 心なるべし去ればこっぱらといふこと詳ならす小樗︻原字木扁に息︼の転か叉は子学の訛語か所謂粥杖の
しやくしまひ さるのもちかひ さ
あま
あ︱
ジウカウ高慢言ふをじうかういふといふ肉好なるか 醜物
対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄
1J~
ふ ね に に が す ぎ る 身 に 応 ぜ ざ る を 小 舟 に 荷 が 過 ぎ る と い ふ
こんがうからひ衣服を着て背少し悽み然も物を負ひし形をいふ略詑背
訴 士 の 訛 水 の 底 に 淀 み た る ご み な り
サアマア早間か︻感嘆詞︑サアマアその儘にして下されませ等一云ふ︼
さけをわる讐ば上酒二合に其次たる酒一合調合せしをいふ一物を割て又水杯を加へて升合を墳すをくづす
ともいふ共性を類すなり
さざえぶく
しこぶつな
しちなんくやく
しちまんいふ
じゃれえ 殻を蝶蝶ぶくといふ恐らくは服にや︻螺蝶は字序が逆︼
七万八万云ふとは多言を云ふなり
始めて見し事あるか或は始めてなしし事ありし時杓子舞するといふ杓子を執て舞事ありとは
聞けとも其謂れを知らす云K
ザ レ
左軋戯なの転語なりE児供の遊戯なる﹁むくろなげ﹂などを賭にせすして仮りになすをじゃれえ
にするといふ︼
じうこうな l
リJ
猿の餅買ひは物を手より手に替へ替へすることをいふ朝三暮四の異語か
醜きまでに肥漠せる人又物︻品の特に不格好なものをしこぶつなといふ︼
泄の諺に七難九限と云ふて七の歳と九の歳と遇へば災ありと云ふ
一七
〇
対馬字引﹃日暮芥草﹄府中誇抄 す い き ん 甑 に て 物 を 蒸 す に 布 を 敷 之 を す い き ん と い ふ 則 炊 巾 な り
すいかぜ しはすこう しリからける
す意
︼
しリがうじよっく しらた しらがふつけえなる白髪ふつきになる︻白髪許りになる︑ふつきは富費か︼
道の泥溶をいふ漏地の訛か冬の谷風をじゆる東風などいふ云々
lゼウ田舎の者は多き事をぜうにと云饒也饒^説文に云飽也一に云多也心吻多き事をぜうにと云は此字也或
は穣の字をも用べし
じよさいのねえ
しよんしよん 有の儘なる人を如在もねえ人といふ
一七
愛子をしよん或はしよんしよん又はしよん子と云ふしよんは鍾の唐音鍾愛の意なり︻しよん
さまは他家の男児女児への敬称︼
し ら く ち た た く 無 盆 の こ と を 頻 に 云 ふ を 云 ふ し ら は 白 に て 色 な き 意 か
穀物菜薩の種実いらぬをいふ枇の訛かU穀菜の実入らざるをいふの外又白痴の人をいふ︼
しリくへくわんのん 尻がうじょっく或は尻をうじょつかすといふ是他行を屈ひ或は帰らんと恩ふて尻を助か
食物の食ひ足らすして半にて尽きんとするをしりからげようにあるといふ
尻喰へ観音人に背き詈るを尻喰へ観昔といふ
十二月に至れば正月用の魚類を積て往くを四椒がうといふががうは行なるか叉買か業か
ス キ マ ス キ カ ゼ
綽より吹入る4
風 翫 の 訛 言 也
ぜうに じゆるい
そつけた
いふ
︼
すつこむ
酒食に方量なきを底無といふ
すけおとす
斜に行くなり
物の定り居けるを謀り破りて己がためにするをいふ
カクアシ一足にて走るをすけ/\といふ
スツ
nム疎籠なり︻引籠む︼
粗工を貶していふの俗諺
舌粗帰て言語正しからざるをぜぜるといふ品の略語
﹁た
こん
ばち
﹂ せんぐわんのかたにたこのかさいちまい千貰返すべき所へたこの笠一枚にて済るが如く百分の一にも当ら
クケノn
* サ
' ク ケ ノ コ カ サ
ざる返銀をいふ筍︻原字は竹寵に若︼笠を州俗たこの笠と一云︻又筍笠の
そこなし
詈ば人の寒きといへば暑しといひ堅しといへば軟かなりといふの類にて馴賑せしことをいふ云A
そばばちくらふ碑言ば人の暇嘩をさかへんとして計らず傷づけらる
4もあるべし又己に咎なきに人に呵ら
ゾバパチるとの時不図加へらるも有べし何れ此類多からめ去は側罰ならんか︻さかえるは仲裁する︑留める︼
ダイ
nンナリ莱茄形始めはいさ宮よくして次第に劣るをいふだいこんなリ ぜぜる せえご ずらぽん すねきりだいく すけすけ すいくる
捕へ所のなき人をいふ俗語
最期の転なり目に掛ったがせえご 対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄
ことを
一七
とも
対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄 つばねる つ くほ む
ックペフ路踪なり
ヤブしワタ畝架を治るをつばねるといふ
とザカどっ︱膝蓋 ちょつけえはちょつかいの音便 てうぶ だんべえのよきちゃたう
だんべへのよき杯いふは坦手なるべし匁のだんびらもんも坦平物ならん
ものを間ふに贔﹃て有のま4にいはす色々にいひまぎらすをいふ︻イツ︿リの字に訴の字を以て 先祖の霊C瓶字はョの下へ大︼に煎茶を食ふるを俗茶湯と云茶と湯とは別たり云K
チャヌ
ち ゃ ね ば う ず 茶 道 坊 主 を さ す ち ゃ ね の ね 分 ら す 息 ふ に 茶 奴 か ち ゃ び ら く ち 疇 チ は ま む し の 一 嘉 胃 ふ 昌 腐 黒 に し て 蝸 の 如 く 紅 る に 星 あ る を 茶 ひ ら く ち と い ふ
雷へば籾忽ち上りて目〗いに痛み甚しきは往々死に至る【人の陰祓を発き悪しざまにこれを罵るを常と
ちゅうちゅうさざえ したる如き人のことを茶胆といひて人に恐れらる︼
郷螺の子をいふ
ちよつけえ がよいわるいといふ塩掬井に煮加減のよきをてうびがよいと云調味か又調美も然るべし
ヂコウカイ
箸ヒ か
だすといふ
つぶしのさら せられたるは詐の誤ならんか︼ ちばける だだくさ
ダ ジ ャ グ ク ゞ ク サ
は恢弱乱雑を一云懐雑なるか
為さいでもよきことを差し出でて為すをちょつけえ
一 七︱ ︱
︱
たれば是と異か
.
と リ か ぢ 多 慾 に し て 好 て 賄 賂 を 受 く る 者 を 取 柁 と い ふ
んか果して如何にや︼ てまへをリかみ ︻ゐどりは安座︑あぐらかく︼ てきてえてつくつとるてっちょうゐどリてんぐるま
あり此辺に取るものか
ァャ メ
とうろくざゑ黒白も分らぬ人を罵てとふろくざゑといふ︻硯代音はザニでもズニでもなくズこ︼
ときのたいしやうひのたいしやう
とつつまいつ つめがくう
ゥ ヅ ヶ カ ブ
" グ ウ
手足の爪がくう寒気に凍え疼痛なりくうといふは疼事咀食か如きを以てなるべし
テキチェ
和せざるものを敵対といふてえはたいの訛昔
テヮッカネ
手つくつてをる何もせす叉手て居るをいふ
ミ イ カ
M
キ キ コ
箕踪の足を屈めたるをてちゃういどりといふ亭長駆せし如きにて老入の居座するならん 手前折紙及ばすして自負するをいふ
ッ ム" ・
肩に跨がらせ頭に取っかするをてんぐるまに乗すといふ るものなく愚人にても時代に用らるれば共白擬の指輝に従が如く其時其日の威勢ある人をいふ
tッ4
ヲイ ツ
起合なり︻物を調べるに田心案に暮れ極りが付かす取っては見巻いては見する︑といふ意なら とわたりばなし
ト ア ク リ
とりゑのなき話をいふ鳥渡なるか又渡渉りにや樅話字戸当あれども物をかけての事と見え
対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄
時の大腟日の大豚たとへば賢人にても用ゐられねば善ことをいひても用
トン
惟話
字未
見す
狂︱
︱︱
‑E
に鈍太郎殿の手車
一七
四
対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄 はしリごくろふ は ざみ
ばあいや ななしのとふざぶらうねばしわたてくびしめるのぶといやっ
物を怠に一本はすしてじわじわといひ詰むることねばしにてしむるが如く強くなく
*ベシ
して自然々たにしまる心︻粘綿は鰐綿なり︼
根柄打つ︻尖り棒を地中に投げて立て他の棒を倒す遊戯︼
ノフトイャッ大胆者にて箆太箭なり
ばくリよう ねんがら ぬるい ぬらぬら
小児人を瓢り叉辱しむるにばあいや成はばいや/\などいふ文字未考
ばくらう
人の巾入するを博労するといふ︻ばくりようは博労の転訛なり︼
はずくひもいしやう
戸障子等の透間より媒ひ説るをはざみといふ
^シ
" n
グ9
イ
^ シ リ ノ ラ イ
奔区なり梵網緑には行拭と書けりではしりくらべ°はしりこくら︒におなじ︼
筈状如きものにても衣裳を懸ければ能く見えるみなりのよからざる人にても美服を饂
物事に綬たしたるをいふ
ヌルキヒト鈍き人を遅人といふ
本復すれども其直を弁ふべき道無きを以てくびれて死するをいふ
にいじんのんてくびくくる やといひてからかふ︼ な
iJ
なひと柔和なる人をなごな人と云
とふばぼうと相同じ︻児供同士の間に名を間はれしに対しおれは名無しの藤三郎ぢ
人参服して縦る
一七
五
人参は良薬なれども少きが故価甚高し彼艮薬を多く服して偶
ひき なき
ばらもん
^ズ
蒻れば見逹へる揺よく見える︻長き丸太材を峨に打込み竹を掛け渡し以て衣類を乾すに用うるものを筈
因といふ︼
はち われ る 小児姻草をばっぱといふ蛮人姻草を日本へ持来し時船主の名をぱっぱといひしとかやこれを伝へて 童子姐草の称とす
^テ
極月の廿日を云はては終なり叉畢同し一歳の廿日の終りといふことなり︻即ち一年中の最終
の二十H
をい翌幕政時代死刑者を是
H
に処刑せしといふ﹁又畢同じ﹂とあるは﹁叉畢の字もこれに同じ﹂
兄をばぼふと云町人褻に一云破茅成べきか︻﹁ばぼう﹂なるべきを平山先生は﹁ばぼふ﹂に作られた り下男の事を﹁ばぼう﹂といひたるも叉旧藩に士族の子弟を敬して﹁ぱほうさま﹂と云ひたり叉﹁ばぼう ぢゃう﹂といへば兄丈といへることなり︼
はんじよう
ばんぞうする かならヤ人と人との中に入りて双方よきやうに口入を為すこと︼
身行正しからざる人をばらもんといふ恐らくは婆羅門か ゑ
チャウッジ頭の頂辻をいふ ばぽう
査をはんじょうと云誕生の訛か強ていはゞ判生叉繁昌なるべし子孫繁昌に取しならん 売買の中に入て彼婚取扱をばんぞふにん或はぱんぞふする杯いふ︻﹁ばんぞう﹂の冊話字詳
といへる意ならんか︼ はてのはつか ばつば
器物の破るをいふ八割ならんか
対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄
一七
六
対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄 ふてる 決する心なし云々
ッ ラ フ テ ッ
9ふてり顔は腺面の略語か ひならしい し諺これに拠れり
と ナ タ ポ
9カウ
ひ な だ ぷ つ く り 日 南 北 向 の 訛 な り
キャ シャ
香車成人を指てひならしいといふ
とヂ シ"
肘也肘後ひぢしりの訛なるべし
兜翌叩が発た恐怖たる時に云強き風に当り毛孔が立つて烏肌になりたるを冷肌が出たとい
ふたあしふむ ひやいほがてる
ふ°寒さの余り又怖しさの余りに出る
ナ マ イ オ ブ エ ン
ぶゑん鮮魚を無塩の物と云︻不沙汰して居つて久しぶりに見舞に行くを﹁ぶゑんみまひ﹂といふ︼
ウォノ^ラワタ7カ
ふ か が く た 衣 服 の 敗 れ た る を 蝕 魚 が 喰 た さ う な と 云 ふ
︑ わ た 出 た る と い ふ 隠 語 俗 鱈 を 降 し て わ た と い
ワ タ ワ タ
へば架と錮と辛口同きがゆゑなり
79アシフム両足版
両端を持するの謂なり喩は右足は行んと欲して進め左足は留らんと欲して退き一に
ひんしリ ひとまねこまねからすの一﹄まね
カ ラ ス と ナ
小児が己が友のひとまねをするを人翼似こまね鶉の子〗県似と云ふ慈鳥の戴
マネ
肺するの比親烏嗚けば声未だ出ざるに己も亦嘴を開け共暗翼似するなり為れ共もとよりあたはざれば盆な
ひつかがみ ひ
・こ
ずリ
まは
す
七一
七
\
肥配如らん冗開雷は木芽味噌に囲豆腐を和して作るこ^れは瑯か参考として誓す︼
ひつかゞみ胴ひがみなり麟をひつかがみと云
まどとひ ほねかぶリ ほち ほが ウッケ空虚をさして匠がといふ ペえたもん 対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄
ャ ボ チ
の訛り夜発の謂彼が如き淫行の女をいふ バイタ
売女
` ヲ シ ヘ シ
人のいふこと苺に押脈するをへしぐそかくるといふ
方処不明か東酉を知らさるの謂ひ︻埒の明かぬとの謂ひなり︼
^ 7
衣服等を曳くをほふすると云制匈心に取るか︻着物の長け長くして共拗が地べたに垂れたるを曳
六 ウ
世の中をのらくらと踪手気儘に淫かれ廻はるをはふすり
まはるといふ︼
餅の訛小児或は郷人等かくいへりもとは横音通すればぼちといつても通守ること有んかで児供に対し
て餅を﹁庁ち﹂といふ︼
まつぷくら 葬
n i L
の手伝に行をいふ
ほ ん の く ほ が す い た 衰 へ 即 り た る 人 を 指 し て い ふ
マッアグ9
は置豊なり最中なりでまつぷくろともいふ餌壺或は図星といふにおなじ︼
タケ
鶉の非時嗚を宵嗚又まどとひといふ中略暮より酉の刻迄を宵暗と云盗嗚に当り夜暉て嗚をまど\ひ
き廻はすこと﹁ほうする﹂は這摺の転なるべし
はふずる ほうじよあかず ヘ
つる
\ へんてつもない
何のへんてつもないは無輯綴なり輯綴は衣服の制輻衿の事にて俯の箪衣なり
ヘッ
ル
木などをへつつて取は日本紀に書ける折の字ならんか
﹁へちぐそかける﹂といへし
J u
へしぐそかくる[をしへしは反対する事︑通俗には
一七
八
対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄 或はふつくらといふことの如くならん むすび
と云ひ不詳とす所胴荒鶏に当れり︻鶏の時ならぬ時に鳴くをまどとひといひ御幣担ぎはこれを火に立つと いふて恐れる︼
万が希なり
小児ゆばりするを尿まるといふ又成人も小便まるなどといふは日本紀にゆばりするを砂声りまる大便 するをくそまると訓訳あるより出し古語なり一二代実録くそまると訓たり
継病なりみごじけ叉はおとみつはりと訓む医書に叉魅魃病とす
みとほしのはふゐん見通しの法印
法印は僧の官位医師亦これに任一ご兄通とは医綬茄脊の景公の病の音肯 に在りしを知るが如く叉寛和帝の逃れて夜花山に御幸成しを睛明天文を見て知るが如く少も捻事なし是等 よりして能察知して遮の無きに取ていふ︻先見の明ある人をいふ︼
ミ ナ
小児の尿せるを蝸蓋拾ひに行くといふ
昔じつとあったげな︻昔噺をなす時の胃頭発語なり今は昔といふにおたじ︼
むかしじつとあったけなら
智釘と肌のゆるされぬ人菩ば鑑犀〗を生殺しにしたる如き人と底心に毒の有る人とは翼綿に針を包
たるが姐く無差肌の免れぬ人なり是虎の子を抱て寝が如し用心すへし
細く断し紙に男女の名をしるし綺て結合せ暗に合ふを以て戯とす
むなぐら乏とる むざと みなひらひにゆく みじけ まる まんがまれか
一七 九
服の襟を狐むをむなぐら捕といふむなは胸前のことなれば智なるべし贖を俗にほとくら
ゆうし も が る 気 を 遣 ふ を 心 を も が る と 云
もえらかす て子供の外出を戒める︼
モヘ
は崩出る意に拠りし語ならん
もうもうどき めのてんはくちにある
対馬字引﹃日暮芥草﹄府中謄抄
ヮ
む ね が し は る 胸 疾
︻ 胃 中 に 飲 食 物 が 停 滞 す る
︼
むらさききも五月五Hに生れし男子三月一一一日巳生れし女子紫肝色にして分けて畷﹃壬記て抜食ふと一云
下学集に云五月ノ子不レ養ハ五月/子ハ必ふデ父罷
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めがつつく
︻化物の出る時刻とし
︻多くの人の中に稀れに紫肝の人ありてその類の人が 目の点は口にある眠むたき時食事をすれば目覚るをいふ.
暮方を王恭時と云もうもう時とは訛なり羅山文墾云和俗称孟只昏言品王奔時↓言フ心査^前
イリ漠也夜ハ後漢也以
I
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気已
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淡夜
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サ故
也然
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則名
弓ル
1
王非
時↓
当レ
ど叙
もじゃもじやするもやつく心なり気の屈欝するにもいふ
モ ヅ ケ
もつく悔造︻海藻の新芽︑漁いて酢醤油に渡し食賠に供す︼
ャ ニ ケ
やにくな蕩慈︻人に悪くたらしくいふこと︼
ッベキ
やまたてる輯過るの路に帥社有れば山茶の葉を挟立て不浮を避く是を山たてると云ふ
ヲ シ ヲ
7シ
咤子をいうしと云分らす瘤痘の転ぜしものならん
人のなすことの我心の如きに無をいふ 河童に肝を抜かれるとの迷信あ
b︼ 紫肝
了八
〇
対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄
ご八
わたくしU
と 水 痘
わざくら リつこぶ
夢助物を聞すして知らざを夢助といふ中略夢幻の如く知らすしてゐると一云事助は語の助けたり
.
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ダ そ`
草臥たる鉢にてぐつさりとして居をよたれるといふ釈たるか
イカリタッ
犀ど瞬とを屈して気を詰れば肘上に一肉憤起これを力瘤といふ 態々といふ事なり 以上此処へ出したのは計二百余語伺である︒次に巻十六の践文を栂げる︒
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麒辟 クナツヲl¥
難ィ哉俗中や春の日の穀の恩を送らんと心を墨に﹂き恩を紙にめった述心事を憑に躙害熟﹂開けば正味
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とやらんは知すして悉く皆糟粕ばかり雛此批の中客あり書案を捜り観ていゑり愚なるかな﹂翁倭文の出千葉
ヤ マ ト モ ロ nシ
もしらであとやさき成分りもせぬ﹂無他ことを雁飛ば秦亀しじたんだしかもめったに大﹂倭崩土の文字を書 果して塗桶に蛤の笑をとらん﹂そこでいゑらく伊呂波で長く仮名廻しとやらも最知す﹂明魏かかたひがみに ならふに非すロハ々身の拙きに懲果節用集を師にくり索め子﹂孫に一文字にても便りすの志し堂河豚を問ん
ア ゴ ウ オ ウ リ ケ イ ナ マ ズ
と正﹂字じゃとて遠き鮭の字お書て平毎に中られ鱗魚を﹂買んと鮎の字を書キ謹を得て魚買とはりあへ﹂とに
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はあらす款冬杜若椿萩の類も通用す泄話﹂字がよしといゑばいかな赤間ょ関の硬石も薬研にし下﹂手の歯染し ように奈良油煙で声デを塗廻す和戯充冠四﹀歳にわあらすや頻に紙を書即し尉
5加わ只蒙﹂﹂れ筆の叩叩塚とせん よたれる ゆめすけ ゆびきリかまきリ
子供が遊戯中何か約束をなし間違はぬと云事を哲ふ時に用うる詞なり
註
東 山 口
対 馬 字 引
﹃ 且 碁 芥 草
﹄ 府 中 語 抄 一
︿ 一
ケ ン ト ク ザ カ ヤ
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4ツされど井の蛙の見をも破ら﹂す夏の虫の擬を釈にもあらす活店の粕は食す﹂して他の糟を喫て酔業む愚なる
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かな翁と笑ふ﹂辞もひぬ問に軒端の鶉もしたおとかひに唖方/\﹂と嘲暗ば筆をこれぎりに投ち考えたゞし
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て消書﹂するの志も消失セ草案の儘に側なる古筐に蔵﹂て章魚の室居になんなれと名残に践す
最後に続編下の践文
絵心のなき菜取の眠を覚さす便りにもいと﹂ならす維混喪の夜留守届するもの4欠ビの﹂蓋とする徹にも論
ならすされど変戯とかは﹂りし日暮しなれば書綴りたりとて虐芦岱亡如き咎は有まじ素り清紫の糞のかざも﹂
ア*ウすべきよふは無れども間夜に一星の助も得﹂たき癖たへするより思出を訊ば擬漠﹂が始りと晒わるれど饂よ
キレ
b酒.より旨くして﹂石上和平か命毛絶し燒銘を以めったせぎに﹂せぎ遂に数葉を費す批の人は不用の物な﹂
シ ミ
bせど拙泄を絡ふる後までも御免たれ鴛﹂魚どの鼠どの
右最後のDは朱印であるが字体は不鮮明で判読し難い︒e
因に紹介者は九州方言において此稲資料の捜査も発表も是を以て終止符を打ち度い意辮である︒
昭和廿四年四月廿九日朝八時博多泄発一一泊﹁春の島巡り﹂の広告が丁度数日前に繭岡市の岩田屋百貨店東出口︵西鉄瓢大
線終点︶で眼に入り︑多年待窒の模縁逸す可からずと極近くの西日本新聞祉事業局へ申込み︑結局対島班参加に決めて折
好く持合迂の会贅千四百円を払つて了った︒金曜出帆ではあったが天候もよく参加條件の弁当一食の外に白米九合持参も
対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄
ご八
困らなかったので︑わざと百円札数枚のみを懐にして軽装顕船した︒天長節から憲法記念日へ掛げての逼続祭休日を狙つz
ん た
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たのに博多松囃子直煎と全国的金詰りが崇ったか︑各五十名宛募集が同じく同船出発二泊予定の壱岐班ぱ約廿名︑対馬班
は舟名蒻であった︒八百一二十噸の大衆丸で海上は紹好日和︑午後四時巖原町着︑直に賀島由己氏の案内で宗家菩提寺なる
鐘碧山万訟院︵八十余歳住朦加納貰滸師︶見物t一一組に分れた旅館の夕食後は八幡宮紳社ヘ一同参梨して器用な土地児某氏
の対州節を三味線伴奏で闘いた︒翌二十日は樗ヶ浜迄バス︑午後の雨を冒して浅悔湾舟遊に終り︑翌五月一日はバス盟休の
つつ為に︑対州馬とカス危位の外は現代化甚しい府中と異り女は髪長く絣の継合せを瘤た郷士色濃ぎ豆殴訪問も断念して︑自分
は一行の半と共に予定逍り朝七時半発の阿多田丸二百八十噸へ菜組んだ︒併し当初の日程を急変して乏しい財布へ頻に触
つては︑一泊旅賃とバス代さへ頗る心配しつさも思ひ切つて壱紋北端の勝本へ十時着と共に箪独下船︵恰も壱岐班は予定
の如く此処で同船へ乖組んで帰路につく所︶︑バスで南端郷浦へ午後一時斎︑運よく終点で会へた目良亀久氏の東逍で
靡 峰 町 東 叫 0是加初見参の山口麻太郎氏︵刀江書院の藤岡腿次博士等﹁言語誌叢刊﹂昭和五年七月J[士笠餃島方言集﹄同
十二年二月﹃続壱岐島方言梨﹄の著者︶御留守宅へ名剌を置き︑
つて午後一一時博多躇荒︑無事十数年来の宿麒を呆した︒
一泊二食弁当四豆累向持宿を定めてから夜灌数町を山
ぉしペ翌二日東悔岸の萱辺から午罰十時に大衆丸薬船︑快晴の海原を滑
所で折角の対州行に何か言語関係古書︵それも朝鮮語ならざる︶の一っ位は土産代りに探り当てられぬものかと考へてゐ
たがやはり焦駄ではなかった︒それは九大国文学研究室へ最初から掴へた中央公監社刊の柳田匡男氏輯﹁全国方言集﹂の
最近刊第七なる滝山政太郎氏著﹃対黒南部方言集﹄昭和十九年九月二千部が梵平洋殿等甜の為今迄入手出来ずにゐた所を
山口鹿太郎氏から同家の壱妓民俗研究所蔵本を弄借して璧罰後一費し得た実情にある︒で同害の序3頁に見える﹃日暮芥
草﹄は木村毅氏編﹃九州風土記﹄昭和二十二年九月︵久留米市の金文堂刊︶の一九州と方言﹂︱=
1 0
頁には当然登録されて ロ氏を再訪間︵本島も夜十一時から電気は点かない︶︒
5続編下祓文最後の﹁せぐ﹂は﹁襲る﹂意︒ 4 3 2
云ふ
︒
に物類別にした﹃対馬南部方言集﹄ ある可きに洩らされた不運さを託ちつ
A︑末見の滝山八十五歳翁︵慶応二年生で八幡宮紳就氏子総代︶へ通信逮絡した︒
クスケ
長崎隊激育会対馬部会﹃対馬人物誌﹄大正六年五月の三四
0
ー四頁に由ると︑平山次郎左衛門
f名は梨︑字は明允r初め
寵貞︑後に戯水ど号し叉東山と日ひ
r
後改めて烏楽と号す︒土田平治直行ク四子
r母は丸島氏︑宝磨十二年︵一七六エ︶
四月十二日を以て対馬府中に生る︒安永一一年二月儒臣満山雷夏の門に学び︑九年五月痙仕文庫役を命ぜらる︒天明元年六 月照軍撼川家齊の立倍使都舶︑王を命ぜられ朝鮮に抵る︒寛政十二年五月郡幸に任ぜらる︒文化︱︱一年正月朝鮮通信使易地
g
事を以て幕吏藍官土屋帯刀︑会計桧山惹右衛門等来れるを以て郡宰として醸行︑帯刀山川地理耽寺名勝人事の変遷を諸ふ︒
其見聞する所を以て答へ︑幣刀命ずるに対馬地理編修の事を以てす︑大学頭林衡も亦贅同︑六年十二月津島紀事成り幕府 に上る︒八年五月朝鮮通信使来聘に当り斡旋最も努め其功を賞せらる︒十︱︱一年︵一八一六︶二月二十六日歿す︑享年五十
四°津江氏を姿るr
子なしがその略歴である︒叉対馬敦育会﹃対馬島誌﹄昭和==年七月の一七︱︱ー三頁琴照︒
I四に文化六
年序﹃津島紀事﹄稿本十二唸附録一巻の原物は八幡宮詩就に所裁されてある︒
昭和廿五年七八月の八学会遁合対馬共同調査七十七人の言開学班に加り自分が再度鞍原を踏んだ時︑川本家で原物を手に
するを得た︒
原書には勿論仮名違ひがあるが是はなるべく元の儘に示し︑送仮名︵翁の所謂拇仮名︶は可なり鋏除してゐるので此の方
は補紙されたと云ふ°叉癖が抄出されぬ部分にも幾多地方味豊かな府中厳原言語賓糾の残存する事は勿険想像される︒因 対馬字引﹃日暮芥草﹄府中語抄
︵実は厳原方言集︶︱‑千︱︱‑=一百語旬には原書抄出物も可なり利用浬入されてあると
一八
四