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フランスの後期中等教育段階における道徳・公民科の教育指針

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解題

フランスでは2015年に,道徳教育と公民教育を一体的におこなう「道徳・公民科」(EMC: Enseignement moral et civique)が,従来の関連教科を再編するかたちで,初等・中等教育全体を貫く独立の教科と して設置された1)。知育重視の伝統が根強いフランスにおいては,道徳・公民教育上のこうしたカリ キュラム再編が道徳教育を強化すると受け取られたこともあり,当該科目の設置が多くの議論を呼 んだことは記憶に新しい2)。本稿では,フランスの道徳・公民科の現況を知るためのひとつの手がか りとして,国民教育・青少年省(Ministère de l’Éducation nationale et de la Jeunesse, 以下,国民教育 省と略記。わが国の文部科学省に相当)がリセ段階(普通科・技術科)における道徳・公民科にか んして作成した教員向け資料「道徳・公民科におけるアプローチと方法」(Démarche et méthode en

EMC, 2019)を訳出する3)。フランスにおける後期中等教育機関であるリセは,第2級(わが国の高

等学校第1学年相当),第1級(第2学年相当),最終級(第3学年相当)からなる3年課程で,普通 リセ,技術リセ,職業リセの種別があり,普通リセと技術リセを束ねて「クラシックなリセ」と呼ぶ こともある。なお,フランスの学校教育はいくつかの学年を束ねた学習期に区分される。現行の区分 は2014年度から実施されている。

第1学習期:日本の幼稚園に相当する保育学校全学年 第2学習期:小学校CP,CE1,CE2 (第1-3学年)

第3学習期:小学校 CM1,CM2 (第4-5学年) およびコレージュ第6級 (第1学年)

第4学習期:コレージュ第5級,第4級,第3級 (第2~4学年)

進路決定学習期:リセ第2級 (第1学年) *この段階でめざすバカロレアの種別を決定 最終学習期:リセ第1級および最終級 (第2~第3学年)

なお,小学校は5年課程,コレージュ(中学校相当)は4年課程である。義務教育は課程ではなく,

生徒の年齢によって規定されている。2019年度より3歳~16歳に変更され,事実上,保育学校が義

フランスの後期中等教育段階における 道徳・公民科の教育指針

─(翻訳・解題)国民教育・青少年省資料

   「道徳・公民科におけるアプローチと方法」─

杉山 大幹・吉野  敦・坂倉 裕治

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務化された。

道徳・公民科で扱うべき内容の概要は,小学校からリセまでの各学習期ないし学年ごとに国民教育 省が定めたプログラム(programme,学習指導要領相当)に示されている。2015年の発足時に最初 のプログラムが定められたあと,コレージュ段階までのプログラムは2018年に,リセ段階のプログ ラムは2019年に,それぞれ改訂されている。本資料は,教育内容についてごく簡潔に示すにとどま るプログラムを補完するものとして,道徳・公民科の授業・学習の方法を解説した国民教育省の公式 資料である。道徳・公民科のプログラムについては,すでに日本語に翻訳されているものもあり,そ れを通して教育内容の骨格について伺い知ることができる4)。しかし,管見に触れた限り,道徳・公 民科のプログラムの中で推奨されている「資料調査(recherche documaintaire)」や「ルールを定め た話し合いと論証的討論(la discussin réglée et le débat argumenté)」といった方法については,日 本ではあまり紹介されていないようである。本資料は,後期中等教育段階を直接的な対象としており,

初等・中等教育課程全体に適用されるわけではないものの,これらの方法について国民教育省の公式 見解を示したものとして興味深いと考える。

リセの道徳・公民科プログラムには,各学年で扱われるべき中心テーマ(第2級は「自由」,第1 級は「社会」,最終級は「民主主義」)が示されている。プログラムが教え・学ぶべき知識内容・価値 を示すのに対して,本資料は,そうした知識内容・価値をいかに4 4 4教え・学ぶべきかについての公的見 解を披歴したものといえる。ここで注目に値するのは,本資料で検討される方法は,今日的な世界を 生き抜くために必要な資質・能力の涵養のために,それ自体として重要な意義を担っているというこ とである。例えば,際限なく加速拡大し,無数の情報を氾濫させ続けている高度情報化社会を生きる ためには,情報の質を見抜くための判断力が必要不可欠であるが,本資料で検討される方法のひとつ である「資料調査」はまさにこうしたコンピテンシーを涵養することをめざすものであるし,またそ こで「討議」が重視されているのも,多様な価値観をもつ人たちとコミュニケーションを成立させ,

共生する,という今日的な教育課題に応えようとするものにほかならない。本資料で検討される手続 きのひとつひとつが,いわば現代社会に固有の諸問題に対する道徳・公民教育上の真摯な応答として 厳選されたものといえよう。国民教育省がプログラムとは別に本資料をあえて作成したことからも,

道徳・公民科の「方法」は,「内容」に劣らない重要な教育的意義を担わされていることが伺われる。

道徳・公民科における「方法」への関心の高まりは,学ぶべき知識そのものに焦点があてられてき たコンテンツ・ベースから,知識を扱う仕方が関心事となるコンピテンシー・ベースへと転換しつつ ある世界的な教育動向を反映したものと考えられる。この点では,平成29・30年に,「どのように学 ぶか」に主眼をおく「主体的・対話的で深い学び」をキーワードとして学習指導要領改訂を行った,

わが国の学校教育も同じ状況にあるといえる。「どのように学ぶか」を重視する傾向は道徳教育およ び公民教育のカリキュラム改変にも影響を及ぼしたのであった。小・中学校における新設教科「特別 の教科 道徳」においては,物語の登場人物の心情理解に偏りがちな「読み物道徳」から,児童生徒 が主体的に「考え,議論する道徳」への転換がうたわれていたし,小・中学校の道徳教育との連携が

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期待されている,高等学校における新科目「公共」(令和4年度より実施予定)の学習指導要領にお いても,「合意形成や社会参画を視野に入れながら構想したことを議論する力」の涵養が,公民教育 上の新たな目標として明記されたことも,注目に値する5)

むろん,フランスと日本には,教科書制度,教員の裁量権などについて,大きな違いが認められる。

しかし,上述の背景を考慮にいれるならば,本資料「EMCにおけるアプローチと方法」は,フラン スの教育研究にたずさわる研究者のみならず,わが国の道徳・公民(市民)教育の関係者にとっても 参考となるところが少なからずあるのではないか,と考える。

翻訳

道徳・公民科におけるアプローチと方法 

(普通科・技術科共通課程,第 2 級,第 1 級,最終級)

〇シティズンシップを涵養するための教育:道徳・公民科のねらい

道徳・公民科のプログラム前文で,道徳・公民科は「生徒が自分の権利だけでなく義務をも自覚し た,責任感のある自由な市民になるよう支援する」と明示されている。

したがって,道徳・公民科は,以下をそのねらいとする。

◦すべての生徒に共和国の価値を伝達することに貢献する。

◦他者の尊重を保証する原則と価値とを獲得できるようにする。

◦批判的精神の涵養と倫理的行動の実践に貢献する。

◦シティズンシップの行使を準備させ,個人としての,また集団としての責任に自覚を促す。

道徳・公民科のねらいは,諸概念,知識,そして実践に支えられた,生徒の公民的教養を構築する ことにある。

道徳・公民科はすべての教科を結集させ,教育行為 (actions éducative)とシティズンシップ教育

(pédagogie de la citoyenneté) のはざまでたえず更新される教育実践,すなわち論証,話し合い,討議,

積極的参加によって具体化される。

価値,原理,概念についての反省を促すために,これらを具体的な文脈の中に置き入れて考え,こ れらを具現化することが可能となるような,各個人が置かれた現実,具体的な状況を,道徳・公民科 は基盤としなければならない。

〇アクティブな教育的アプローチと多様な学習の状況

道徳・公民科は,教員が考えるアプローチの枠組みのなかで,生徒の知的活動を促す学習時間を構 成する。

教員の選択にしたがって,以下に示す教育状況(situations pédagogiques)が組み合わされる。

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〇教育学観点からの資料調査

道徳・公民科では,生徒に資料調査とその方法を手ほどきして,情報の媒体(supports)や表現の 仕方の豊かさと多様性に気づかせ,フランス共和国の枠組みにおける複雑さ,自律,参加,意思決定,

責任について教育する。

ある特定の手順を応用することに終始する調査モデルが強制されること(Cordier, 2011)を避ける ために,生徒たち自身の実践から出発することが重要である。活発な反省のうえに,その生徒にふさ わしい調査計画が練られるよう促さなければならない。支援を受けることができるように,生徒は調 査過程を記録しておく。この記録は映像,音声,文字など様々なかたちをとりうるもので,利用され た計画を比較するのに用いられる。こうして,グループでの意見交換を通じて,生徒一人ひとりが他 の方法に気づき,自身の実践に取り入れることができる。

〈資料調査とその方法の焦点〉

情報調査のアプローチは,情報の評価,選択,処理という3つの行為によって定義される。一 方で,これらの行為は調査活動全体を通して循環的かつ動的に働くものである。他方,これらの 行為は生徒が前もって有している知識やイメージに依存している。最後に,これら3つの行為は,

なすべき作業によって変化する情報や,物質的環境(情報機器),資料環境(リソース)を整え る必要があることを想定させる。したがって,情報調査は単なる情報収集や「解答」を得るこ とに限定されるものではなく,問題解決の認知的プロセスの一部なのである(Tricot, 2006)。情 報調査をその成果物(文字による,ないし口頭による発表)に結びつけて形にすることが大切 である。要するに,情報調査はこんにち,資料と情報機器にかかわる複雑な環境と深く関わっ ている。というのも,様々な個人,あるいは組織が,情報の作成,修正,分類,評価において 積極的な役割を担っているからである。したがって,メディアや情報は,価値,利害関心,力 関係を反映した現実が作り出す構築物ともなりうる。規格とはなりえない私的な生産物や意見 表明と,職業的なジャーナリズムの仕事とを生徒に区別させることが必要である6)。職業的な仕 事を生み出す枠組みとしてジャーナリストの職業倫理を構成しているものについて想起させる ことは,生み出された情報に合理的信頼があるのかどうかを考える上で,決定的に重要である。

このような文脈にみられる複雑さや不安定さと対峙しながら,最終的に生徒たちが有効なやり 方で自らの立場を決定することができるように導くことが課題である。

〇口頭表現の能力,ルールを定めた話し合い(discussion réglée),論証的討論 (débat argumenté)7)

道徳・公民科において選択された教育学的アプローチは,学習,発表,ルールを定めた話し合い,

論証的討論のいずれかを通じて,あるいは,これらを組み合わせることを通じて,生徒たちに口頭表 現のコンピテンシーを獲得させることに貢献する。したがって,どのような状況が作り出されたとし

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ても,言語に関わるコンピテンシーとしての口頭表現のコンピテンシーは,次の4つの局面から働く ことがありうる。

◦思考し,推論すること。

◦探究すること,比較対照すること,議論すること。

◦対象化すること,言語化すること,反省的実践を行うこと。

◦発表すること,説得すること,フィードバックすること。

討論による状況設定は,この課題に都合がよい。というのも,ルールを定めた話し合い,論証的討 論は,生徒たちが諸々の知識に照らし合わせて様々な意見を理解し,比較対照し,正当化し,論証し,

そしてそれと距離を取ることを可能にする,適切な方法だからである。こうして,生徒たちは,我々 の民主主義的社会において支配的な諸価値を視界に収めることができる。ルールを定めた話し合いと 論証的討論は,必然的に,教員が選んだやり方に応じた情報の収集,定められた枠組みにおける意見 交換,ノート作成や定式化が可能にする既習事項のふりかえりを含むものである。

〇探究のアプローチ

探究のアプローチは,問題として設定された問いを前提とし,そこから生徒たちは仮説を立てるこ とになる。生徒たちは,アンケート,インタビュー,資料調査といった,作業をすすめるための様々 な可能性に注意を向けることになる。得られた結果の妥当性に慎重であることを怠らなければ,生徒 たちは解決の糸口をみつけることができよう。このアプローチの全体を通じて,生徒たちは,推論の いまひとつ別のやり方の手ほどきを受けることになる。

〇「年間計画」:なぜ,どのように

〈アプローチの一つとしての「年間計画」〉

価値,原理,そして,これらを生かし強化するために必要不可欠な積極的参加として,これ らを実施するさいの限界について理解を深めるために,教員は「年間計画」を展開してもよい。

年間計画によって,概念の学習が可能となり,期待される能力の習得が促進される。その形式,

生徒に提案するフィードバックのやり方8)は,教員の裁量に委ねられる。学習のため,あるいは,

アソシアション関係者 (monde associatif)9),選ばれた人たち,学校外のあらゆる人物との交流の 事前準備として,探求のアプローチ,文献の探索とコメントといったことが推奨される。

「年間計画」をどのように理解すればよいか。

◦クラスのなかでプログラム〔に示される内容〕を扱うための統合手段の一つである。

◦プログラムで習得が期待されている諸能力を働かせる,〔従来とは異なる〕一つの方法である。

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◦生徒たちの積極的参加と共同作業を促す一つの方法である。

◦ アソシアション関係者,経済界,政界,格別の体験をした人たちなどの中から,地域の資源を動 員し,プログラムを意味のあるものとする人々を招く,学校を外部に開くための一つの手段で ある。

◦ 学校が置かれた地域との交流を通じて,教育の自由を発展させるための,従来とは異なる一つの やり方である。

このように「年間計画」によって,教室の内部と外部について考えながら,教員が従来とは異なる アプローチを構築することができる。

〇道徳・公民科における教育の実施と諸能力の開発

義務教育課程終了後の生徒たちが獲得しているコンピテンシーから出発する道徳・公民科は,漸進 性の論理の一環をなす。道徳・公民科において動員される能力は,他の教科においても学習されてい るものの,道徳・公民科ではその能力の転移を可能とする特別な枠組みの一環をなしている。

〇  判断力を行使する術を身につけ,判断力を真理の探究に組み入れること。自分自身の意見やイメー ジに距離を置き,物事の複雑さの意味を理解し,他の人たちをその多様性や相違があるままに尊重 できること。

道徳・公民科は,対象となる情報に基づいた勉強を通じて,また,生徒たちが扱うべき情報(情報 の価値,典拠,仲介者)についての必要な探求を通じて,生徒たちが批判的精神を涵養することに貢 献する。知識が作られるものであり,知識が探究の共同体(communauté de recherche)における探 究と修正という仕事を必要とするものであることを,生徒たちが理解できるようにすることが,道 徳・公民科に求められる。このようにして,事実と解釈,議論と意見,仮説と知識,信条と知識を生 徒が区別することを学ぶ機会を持つことが期待される。生徒は,言説と異質な要素からなる現実(個 人的なことないし集団的なこと,個別的なことないし普遍的なこと,近隣のことないし遠隔のこと,

慣れ親しんだことないし見知らぬこと,主観的なことないし客観的なこと)が交差する様々な領域と 対峙することが,生徒に期待される。生徒たちの学習を通じて,様々な視座と知識を交差させ,様々 な教科がもたらす知見を活用する能力を生徒のうちでさらに強固にすることが期待される。この能力 が,しばしば信念に,ときによく考えたがゆえの過ちに,そしてまた,それとならんで問題を解決す るのに適したテクストやシンボルに,生徒を対峙させることが期待される。懸案となっている現実の 愛情に満ちた人道的責務は,利害の対立とか,隠された戦略が働いているとかとまでは言わないまで も,多様で,ときには対立さえする道徳的意見や生き方を選択することを包含する。これは,世界を 見る眼を変化させるために,生徒が自らが持っているイメージと距離を置き,自らの先験的前提を問 い直すことを学ぶ機会である。換言すると,道徳・公民科は,学校(l’Ecole)の外へと眼を向けたり,

分析したりと回り道をすることによって,生々しい社会的諸問題と生徒を向き合わせ,それらの問題

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が知識と意見交換によって適切な距離と節度をわきまえることによって,学習の対象となりうるよう にすることを,そのねらいとするのである。

〇  さまざまなタイプの資料(体験談,文学作品,芸術作品,司法文書,行政文書など)の違いを見分 け,それらを文脈に置き入れ,その特徴を把握し,書き手の意図を見極め,評価すること。

資料は,媒体,構造,そして公開される知的内容(情報)によって特徴づけられる。媒体と形式を 別とすれば,どのようなものでも資料となりうると考えることが大切である。実際,資料に帰される 意味は,それが公開される文脈(著作,定期刊行物,SNS,パブリックスペース)に応じて様々である。

制作・刊行物として,資料には発表の意図があり,世界に向けられた固有の視座を示すものである。

資料を検討するということは,著者が参照した文献のネットワークと,その資料を公開したメディア のネットワークに立ち戻って確認することでもある。

出典,それは制作された情報の源を示すものである。著者,編者,メディア,同定可能な言説や意 図を生み出した個人ないし組織を提示するものである。出典を知ることで,資料に含まれる情報の種 類(ジャーナリズムに属するもの,学術的なもの,政治的なもの,広告など)を特定することが可能 となる。情報の出典を分析することは,情報のイメージ,視点,意図,利害関心を特定することであ る(Ballarini, 2007)。

資料に基づいた学習では,生徒たちに資料の質を意識させることが期待される。一次資料とは,元 となる資料のことである(統計,著作,論説,司法文書など)。二次資料とは,ある内容の記述(別 の資料から読みとったことを伝えるもの)のことを指す。最後に,三次資料には視点と分析(論文,

雑誌記事,書評カード)が含まれている。

出典と媒体を組み合わせることによって,生徒たちは批判的思考を鍛練し,特に社説を比較,分 析する機会を持つ。また,一般的に,教員が生徒たちに情報の受け手が情報に対して向ける視点と まったく同様に,情報によってもたらされる視点についても考えさせることが有益である(Jeanneret, 2000)。

〇  探究し,収集し,分析し,テクストや証拠を公開する術を身につけること。自らの探究や情報の取 り扱いに厳格であること。

この能力を訓練するということは,情報を作成する3つの立場に身をおくことに帰着する。すなわ ち,情報の消費者ないし利用者,作成者,そして,制限,要求,責任をもって伝達する者の立場である。

情報の利用には,資料調査の能力と,調査のためのツールの活用とが必要である。

作成の枠組みにおいては,教員は情報の取り扱い方について勉強させる。

◦ 他の人が作成した情報を利用して資料を作成,公開する人に課せられる責任の約束事を理解させ る。このように,情報の取り扱い方は,著作権の尊重と結びつく。

◦ 生徒は盗用を避けるため,情報収集(準備段階)と情報の取り扱いとを区別できなければならな

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い。また,生徒は何を取り扱うことができるか,何を引用できるか,引用すべきかを区別しなけ ればならないし,どのように引用を記述するかを知らなければならない。

◦ 情報の取り扱い方が,知識の獲得に必須の条件でもあるということに意識させる。その手続きは,

まず,収集された情報の内容を理解すること,次いで,補足的な情報を残したうえで重複する情 報を取り除くべく,情報を関連づける能力である。最後に,すべての情報をまとめることである。

多くの場合,情報を凝縮することが期待される。つまり,文章を書くために,正確で,簡潔で,

しかも完全な形で情報を表現することである。情報の取り扱いにおいては,言語に関わるコンピ テンシーとともに,理解し,分析して総合する能力を動員することが求められる。

公開にあたって,教員は発表とあらゆる情報伝達に内在する責任について学ばせる。

◦ 発表とは,文字による,あるいは,口頭による,あるいは視覚的掲示物による,生徒によるあら ゆる作成物(掲示物,写真,ポスター,ラジオ放送など)を意味する。

◦ 情報伝達とは,一般的な意味において利用に供するということを意味する。親密な間柄,私的空 間と公的空間を区別する能力をもって,SNSに参画し,推薦すること(いいね,コメント,画 像の拡散など)も含まれる。

この勉強では,情報に関わる権利を尊重する倫理的な態度を取るために,法的枠組みについて知り,

意識することを前提する。報道の自由に関する1881年7月29日の法律とその後の法改正の概要を想 起させる必要がある。この法律は,著作権,肖像権,出版権,出版物の複製と再利用権(クリエイティ ブ・コモンズを参照),犯罪や犯罪行為教唆の禁止,戦争犯罪やテロ擁護の禁止,人道に反する罪へ の異議申立の禁止,出版物における名誉毀損や侮辱の禁止に言及している。

〇他の人の前で自分の意見を表明すること,人の話を聞くことができること,討論の仕方を学ぶこと。

道徳・公民科は,口頭表現のコンピテンシーを働かせることができる(上述の,口頭表現コンピテ ンシー,ルールを定めた話し合いや論証的討論を参照)。

発表のための口頭表現の勉強で求められるのは雄弁術ではなく,自分を理解させ,自分の視点を示 し,説得するための,口頭で理性を働かせる能力である。

ルールを定めた話し合いと論証的討論は,傾聴,論証,そして説得する能力を重視する一つの方法 である。したがって,そのねらいは以下の通りである。

◦ 認識論的には,ルールを定めた話し合いと論証的討論は,(生徒に)知識をよりよく学び,理解し,

獲得させることを可能にする。

◦ 教育学的には,言語能力と論理的能力の開発を通して。

◦ 政治的には,シティズンシップを教育する手段。

◦ 教育的には,ふるまい方(〔他の人の〕尊重,傾聴,寛容など)を身につけさせるために。

ルールを定めた話し合いと論証的討論が,単なる意見交換や感情や反応の受けとめや,信条にのみ 結び付けられた個人的な価値観の対立にならないために,その実施のための枠組みを考える必要が

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ある。

教員は実施にあたり次のことに留意する。

◦ ルールを定めた話し合いと論証的討論を問題として構成すること。すなわち,反省へと導く応答 可能な場面を開くような問いを明示すること。この問題の構成化は,かならずしも弁証法的議論 に還元されるものではない。

◦ 提示された枠組みと展開された議論とを明示し,説明させること。議論や討論は,参加者がそこ で用いられた語の意味について共通理解をもっている場合にのみ意味があり,詭弁となることが 回避される。言語の明瞭化の努力はすでにそれ自体,第一級の要求である(ヴィトゲンシュタイ ンの言語哲学を参照)。

◦ 単なる意見交換を乗り越え,なぜその主張を展開できるのかを言えるようにして議論をするこ と。相対主義の罠に陥らないために,議論の質,その堅実さを基礎づけるものを意識させること。

◦ 我々の主張の趣旨と含意を露にすること。矛盾を避け,一貫性のある論理的な仕方で思考するこ とを学ぶこと,そして自分の話す内容の結果を予測することが肝心である。教員は必要に応じて 矛盾に気づかせてもよい。

◦ 進行に応じて要点を繰り返し,合意に至った点と議論の過程で明らかになった争点を説明させる こと。参加者たちに,集団的知性が現れている場面をとらえてこの知性について意識させ,この 知性を行使することによってもたらされる,立場の異なる人たちが深める相互理解について意識 させること。

〇  協同的ないし集団的な勉強に貢献できる諸能力を磨き,グループでの勉強やクラス全体のプロジェ クトに参加すること

集団的な勉強は意見交換と討論を刺激し,収集した情報の共有を促し,自分のアプローチ,選択,

位置付けを明確にし,コンセンサスを見つけるよう求める。ここで教員は,グループでの勉強やプロ ジェクトを通して,生徒たちに社会的コンピテンシーを磨かせる。教員の教育計画を通じて,期待さ れる活動を実現するために,各々の生徒が集団的なアプローチに貢献できる状況を,教員は重視する。

教員によってうち立てられた信頼の雰囲気が,与えられた枠組みの中で生徒が自分の意見を表明し,

発言がクラスに行き渡ることを可能にする。集団的な勉強では,意見が対立したり,多様であること を考慮に入れることが重視される。また,集団的勉強は,各々のメンバーが表現の自由と公平な共同 作業を,教室という特権的な空間で間違いを犯す権利を,身をもって経験する探究の共同体をうち立 てることを可能にする。それは,役割の割り当て(グループ内での発言を記録する係といったもの)

やフィードバックの仕方の双方に教員が留意することによってこそ,参加者の立場を平等にすること ができる。生徒たちの個人的な,あるいは集団的なアプローチについては,推論の構築過程と思考の 自律性を理解することを重視するために,義務教育課程で行われている勉強の延長線上で,教員は,

生徒たちの反省的分析を促してもよい。

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〇留意点

◦ 道徳・公民科のプログラムは,実際的具体的な諸能力の涵養をそのねらいとしているものの,し かしそれだけにとどまるものではない。概念,知,実践を結びつけることで,この教育は市民と しての教養を構築することに貢献する。

◦ ルールを定めた話し合いは,指導案の中で準備され,構造化され,統合される学習の方法の一つ である。

◦ 道徳・公民科は口頭表現および議論のコンピテンシーを発達させるのに貢献する。そのねらいは 雄弁術の練習に還元されるものではない。

◦ 道徳・公民科は他者性の経験を大切にする。そのため,カリスマ,脅迫やその他すべての支配の 手段(ジェンダー的な,社会的な,個人的な)による,グループ内での権力の掌握に対して,教 員は警戒を怠らないようにしなければならない。

◦ 年間計画の実施にあたっては,協力者として学校の外部からゲストスピーカー (intervenents)10)

を招くことも奨励される。しかし,実施にあたり,教育的側面は教員の責任下にあることに変わ りはない。

〇道徳・公民科の評価

道徳・公民科は,最終学習期の成績評価 (bulletins)を通じてバカロレアの合否判定に取り入れら れる11)。評価のやり方は教員の責任に委ねられる。諸能力の習得は評価の一部として組み込まれる。

〇さらに知るために  〈関連書籍〉

Boyd, Danah (2016). C’est compliqué : les vies numériques des adolescents. Trad. par Pène, Sophie, C&F éditions, Les enfants de numérique, 431 p.

Favre, Daniel (2016). Éduquer à l’incertitude : Élèves, enseignants : comment sortir du piège du dogma- tisme ?. Dunod, Enfances, 254 p.

Fourmentraux, Jean-Paul (dir.) (2015). Identités numériques : expressions et traçabilite. CNRS Éditions, Les essentiels d’Hermès, 238 p.

Grondeux, Jérome, et Desormeaux, Didier (2017). Le complotisme : décrypter et agir. Réseau CANOPÉ, Éclairer, 128 p.

Jeanneret, Yves (2000). Y a-t-il (vraiment) des technologies de l’information ?. Villeneuve d’Ascq : Presses Universitaires du Septentrion, Savoirs mieux, 134 p.

Tricot, André (2006). « Recherche d’information et apprentissage avec documents électroniques » In : A.

Piolat, (Ed.), Lire, écrire, communiquer, apprendre avec Internet. Solal, 572 p.

Vecchi, Gérard de (2016). Former l’esprit critique. 2. Une étude à travers les disciplines. ESF éditeur,

(11)

Pédagogies, 280 p.

Vecchi, Gérard de, et Carmona-Magnaldi, Nicole (2015). Faire vivre de véritables situations-problèmes.

Hachette éditions, Nouv. approches, 252 p.

 〈雑誌・論文〉

Ballarini Ivana, Duplessis Pascal (2007) « Dictionnaire des concepts info-documentaires » In : Savoirs CDI [オンライン]. Réseau CANOPÉ, 2008-2017. 以下で利用可能。http://www.cndp.fr/ savoirsc- di/chercher/ dictionnaire-des-concepts-info-documentaires/s/source.html

Cordier Anne, (2012) « Et si on enseignait l’incertitude pour construire une culture de l’information

? ». [オンライン] In : Colloque Spécialisé en Sciences de l’Information COSSI, Jun 2012, France.

Poitiers, 19-20 Juin 2012 [Réf 24 octobre 2018] 以下で利用可能。 https://archivesic.ccsd.cnrs.fr/

sic_00803091/document

Gardiès Cécile, « Le contexte scientifique de l’information-documentation » : les Sciences de l’Information et de la Communication. [オンライン] ENSFEA. [Réf 24 octobre 2018] 以下で利用可能。 http://

sites.ensfea.fr/cdi/wp-content/uploads/sites/3/2014/07/Les-SIC-et- linformation-documentation.

pdf

Grondeux, Jérome, (2017). « Peut-on enseigner l’esprit critique ? »,  Sciences Humaines, 296, septembre- octobre 2017.

« Former l’esprit critique des élèves » 以下で利用可能。http://eduscol.education.fr/cid107295/ former- l-esprit-critique-des-eleves.html

〔付記〕この翻訳・解題は,早稲田大学教育総合研究所プロジェクト研究「フランスにおける「道徳・

公民科」教育実践の研究」(部会主任:坂倉裕治),ならびに,日本学術振興会科学研究費補助金(C)

「道徳教科化の日仏比較」(課題番号19K02723,研究代表者:上原秀一)による研究成果の一部であ る。この場を借りて,関係者各位に謝意を表明したい。なお,webサイトはすべて2020年10月15 日最終閲覧である。また,訳文中の〔 〕内は翻訳者による補足である。

1) EMCの前身科目に相当するのは,小学校では「公民・道徳教育」(instruction civique et morale),コレージュ では「歴史・地理・公民教育」(histoire - géographie - éducation civique),リセでは「社会・法律・公民教育」

(éducation civique, juridique et social)であった。道徳・公民科の設置の経緯については,以下の論考を参照。

大津尚志「ペイヨン法以降の道徳・公民科に関する動向」,『人間と教育』,91号,2016年。福島都茂子「フ ランス「道徳・市民科(EMC)」の導入とペイヨン法制定過程」,『社会科学研究年報』,48号,2018年。

2)道徳・公民科設置をめぐる論争を俯瞰的にまとめた論考として,次を参照。Pierre Kahn, « « L’enseignement moral et civique » : Vain projet ou ambition légitime ? Éléments pour un débat », Carrefours de l’éducation, no 39, 2015.

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3)本資料は,国民教育省が開設している,教育関係者向けポータルサイトÉduscol内のリセのEMCプログラ ム解説ページにおいて提供されている。Programmes et ressources en enseignement moral et civique. https://

eduscol.education.fr/cid144145/emc-bac-2021.html

4)大津尚志,松井真之介,橋本一雄,降旗直子「資料解題 フランスにおける小学校2015年版「道徳・市民」

科学習指導要領」,『教育学研究論集』,14号,2019年。川上若奈「2018年改訂版フランス第4学習期「道徳・

公民科」の学習指導要領」,『筑波大学道徳教育研究』,21号,2020年。なお,リセ段階の道徳・公民科プロ グラムは,まだ日本語に翻訳されていないようである。

5)文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)』,「第3節 公民」,79頁。

6)ここで,アカデミズムではなく,ジャーナリズムに言及していることから,生徒たちの「資料調査」の主た る対象として想定されている情報源の性格がある程度推測できるように思われる。この点については,後日 を期して,実際の授業のなかでの取り扱い方を確認し,検証したい。

7)ルールの定められた話し合い,論証的討論の具体的方法については以下の補足資料を参照のこと。https://

cache.media.eduscol.education.fr/file/EMC/01/1/ress_emc_debat_464011.pdf この補足資料では,討論

(débat)は民主主義社会における公共空間の最も重要な構成原理であり,その訓練は生徒の道徳的判断力と 公民意識の涵養に大いに資するものと定義されている。「シティズンシップ教育の中心」に位置づけられる討 論の訓練の具体的な方法として挙げられているのが,ルールの定められた話し合いや論証的討論と呼ばれる,

役割分担や立場の設定を導入した討論の方法である。

8)この方法については,以下に補足説明がある。https://cache.media.eduscol.education.fr/file/Francais/61/1/2_

RA_C3_Fr-Oral-Discipl-restitut-texte_DM_573611.pdf

9)以下の説明を参照。https://associations.gouv.fr/le-monde-associatif.html

10)以下の説明を参照。https://eduscol.education.fr/cid48591/intervenants-exterieurs.html

11)バカロレアは,リセの卒業資格と大学入学資格を兼ねる厳格な選抜試験として第三共和制下で整備された。

第二次世界大戦以降,合格者数は増加傾向となり,特にシュヴェーヌマン国民教育大臣が同一年齢層の80%

にバカロレア相当の免状を取得させることを目標と定めた1985年以降,その性格は大きく変貌した。2021 年6月実施のバカロレアからは,実施方法,区分,試験科目などが大幅に変更となり,最終課程,すなち,

リセの最後の2年間の成績評価 (平常点)を総得点のおおむね40%として組み込むこととなった。この改革 については,稿を改めて検討したい。ここでは,従来はバカロレアの試験科目となっていなかった道徳・公 民科が,成績評価を通じてバカロレアの合否判定に取り入れられたことをおさえておく必要がある。

参照

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