新しい芸術に熱狂していた彼らは彼らの信条を声高く叫んで,彼らの仇敵, 古典派の《旧弊人》たちに果敢な闘いを挑み,《ブルジョア》たちを罵倒 することしか考えていなかった。ところで,もう一方のボエームは,惨め なボエームであった。貧乏生活にすり切れ,様々の心労に窶れ果て,言わ ば,生れながらにして生活に押し潰ぶされて,そのなかで呻き,もがいて いるような貧しい人びとの一団であった。(中略)以上の如きが,呪われ た詩人,半落伍者たちの悲惨な運命であって,彼らこそ正真正銘の本当の ボエームであって,世間に名も出なければ,人びとに持て囃されたり面白 がられたりしようともしないで,沈黙と闇のなかで死んでゆくことに満足 するのであった」という視点である。(4)
綿を敷いた方が良い」と悩みを告げた。 フランソワ,言わばレイヴンズウッドのカレブには,この大邸宅の壮麗 さが揶揄われていることを知らなかったのであろうか。彼が自身を戒めた のは,椅子の馬巣織りに関してだけである。私が,「家具職人があなたを 騙したのですか?」と聞くと,バルザックは,「それはどうでもいいこと だ。私が干し草を使うことを強く主張したのだから!これはまるで呪われ た泥棒のようなものだ!」と答えた。 ジャルディ荘の壮麗さは,少なくとも想像上のものであった。バルザッ クの友人達の皆は,剥き出しの壁の上あるいは灰色紙のベニヤに木炭で書 かれた文字を見たのを覚えている。「シタン材の羽板,ゴブラン織りのタ ペストリー,ベニスの鏡,ラファエルの絵。」 ジェラル・ド・ネルヴァル は既にこの方法でアパートを装飾していたので,そのことは私には,さほ どの衝撃を与えなかった。バルザックは,文字通りの黄金や大理石や絹そ のものを信じていた。にもかかわらず,もし彼が他の人達に,その夢を単 なる滑稽譚のように仕向けたなら,ジャルディ荘の存在すらもなかったの である。少なくとも彼は,自身の永遠の家を建てようと思った。それは「鉄 より丈夫」な記念碑,巨大な都,また大いなる創造の移動が可能で,彼自 身の栄光で金色に輝くものでなければならなかった。 註