<研究ノート>地図を使ったフィールドワーク教育実 践(5) : 風景写真のワークショップ
著者 今和泉 隆行, 梅崎 修
出版者 法政大学キャリアデザイン学部
雑誌名 法政大学キャリアデザイン学部紀要
巻 17
ページ 123‑144
発行年 2020‑03
URL http://doi.org/10.15002/00023006
地図を使ったフィールドワーク教育実践(5)
― 風景写真のワークショップ ―
地理人
今和泉 隆行
法政大学キャリアデザイン学部 教授
梅崎 修
1.はじめに
本稿の目的は、フィールドワーク実習の方法を開発し、その実践を紹介す ることである。2014, 2015, 2016, 2017 年度に行われた地図を使ったフィールド ワーク教育実践に関しては、既に今和泉・梅崎(2016, 2017a, 2018, 2019)で 紹介した。本稿は 2018 年度に行われた、写真を使った新しいフィールドワー ク教育実践の報告である。
これまでの地図を使ったフィールドワーク実習の目的やその特徴について は今和泉・梅崎(2016, 2017a, 2018, 2019)でも記しているが、本稿から読み 始める人も多いと思うので、本稿でも、繰り返しその目的を述べておきたい。
以下の記述は、今和泉・梅崎(2019)の第1節を基にしている。
まず、確認すべきは、我々が紹介してきたフィールドワーク教育実践の目 的は、地図の読み方などのノウハウ学習ではないことである。我々の教育実 践の目的は、地図や写真を通して<社会>を<考える / 想像する>方法を学 ぶことである。
なお、フィールドワークに地図や写真を使うこと自体は新しい試みではな い。社会学や経営学などの社会科学分野、および民俗学や文化人類学などの 人文科学分野において地域を対象としたフィールドワークを行う時に地図の 読み解きや撮影はよく使われる。例えば、地理学のフィールドワークでは、
地図は必須の方法である。
ところが、フィールドワーク教育には、参与観察や現場密着の聞き取りが
学生たちの関心を集める傾向があり、事前の調査が疎かになるという教育上 の課題があった。つまり、あまり準備をせずに調査地域に入ってしまい、地 域の全体像が掴めていないので、結局、地域を<面>としてではなく、<点(取 材先)>として理解してしまうのである。特に大学外の短期滞在型の地域調 査では、このような準備不足ではインタビュー調査さえも未消化になる危険 性がある。結局、インターネットで取材先を探し、取材先で聞き取りを行っ ても、それは取材者である学生と取材先を点と点で繋げただけであろう。実 際のインタビューを<虫の目>とするならば、事前の地図や写真の読解は<
鳥の目>で地域を俯瞰することである。局所と全体の二つの目から地域を見 る訓練がフィールドワーク教育には必要である。
2014, 2015, 2016, 2017 年に行われた地理ワークショップでは、地図という情 報から様々な人々の生活や仕事(キャリア)を想像することで、「地理的想像力」
の拡張を意図していた(今和泉・梅崎 2016, 2017, 2018, 019)。続けて本稿で紹 介する 2018 年の実習は、地図の読解から一歩進み、写真の中の風景から地域 情報を入手する教室内ワークショップである。2017 年のワークショップでは、
風景写真の中に歴史や時間の経過に関する情報を読み解くことを目的として いたが(今和泉 2019)、本ワークショップでは、まちの空間的情報や地域の成 り立ちや地域の経済・生活情報を読み解く学習になっている。このように調 査地域に行くのではなく、写真の風景から様々な情報を入手する力を学ぶこ とで、実際に現地を訪問するフィールドワークにおいても想像と調査の融合 が行われると考えられる。
なお、風景写真を使う理由は、フィールドワークの三つの要素と言える「あ るく・みる・きく」のうち、あえて「みる」以外の方法(あるく・きく)を 塞ぐことで、「みる」ことの価値を理解し、意識的に「みる」能力を鍛えるた めである。一般的に地域フィードワークに参加した学生たちは、風景を見て いるが、「風景を読み解けている」わけではない。それゆえ、このようなワー クショップによって「みる」力を学ぶことは有効であると考える。
ところで、インタビュー調査では事前に質問項目を作成するが、この事前 の質問づくりは、対象に対する思い込みを強める危険性もある。インタビュー
「問い ‐ 答え」が事前に想定されるので、どうしても問題意識や社会課題に
対する意識が先行しやすい。地域を歩き、観察しながら、土地の特徴を掴ん でいくという作業が蔑ろにされてしまうかもしれない。風景が情報源である ならば、その風景を分析しつつ、インタビュー調査に進む方がよいと考えら れる。
このような風景を読むことに関しては、今和泉・梅崎(2017b)でも指摘し たように、宮本常一が撮影した写真群という文化的遺産がある。宮本(2001)
などを読めばわかるように、民俗学者である宮本常一は、聞き書きとともに 写真を撮ること、さらに写真(=風景)を読み解くことを重視していたこと がわかる。そして、風景を読むための調査経験、民俗・歴史の知識、および 能力(民俗学的知性)を身に付けていたと言えよう。宮本常一から直接教え を受けた香月洋一郎氏の著作によれば、宮本が彼の教え子にどのように風景 を読む力を教えていたかを理解することができる(香月 2013)。本稿の試みは、
宮本(2001)や香月(2013)から大きな影響を受けている。また、今和泉・
梅崎(2017b)で紹介した地図フィールドツアーは、調査地域には行くが、あ えて「きく」ことを禁止し、「あるく・みる」だけでどれだけの情報が入手で きるかを確認する実習と言えよう。この実習の試みと比較すると、本稿で紹 介する実習では、参加者が「みる」だけに特化したフィールドワーク教育実 践と言えよう。
フィールドワーク教育に携わる研究者の中には、写真を使い、風景を読み 解く実習を行いたい人も多いと思うが、実際にどのように実施すればよいか はわからないかもしれない。本稿におけるワークショップの試行が、フィー ルドワーク教育の授業改善に取り組む人たちにとって役に立てば、筆者とし て大変うれしい。
2.ワークショップの進め方
今和泉は、2015 年から毎年、梅崎ゼミで地図的感覚を養うワークショップ を実施している。任意の地域を訪れるフィールドワークでは、訪れた先での 観察法やインタビューも重要であるが、同じ地域であっても、行ける場所、
見られる風景はどうしても限られてしまう。地図があれば、実際に回ったと ころの周辺、行けなかった他の地域の様子も推測し、ざっとではあるが「面
的な土地勘」を得ることができる。この「面的な土地勘」は、フィールドワー クの対象地域を空間的に把握し、その特質を理解するのに役立つが、フィー ルドワーク先を選ぶ時にも役に立つ。2015, 2016 年には地図上から街の様子を 想像するもの、実際に地図を作りながら街の様子を想像するプログラムにし たが、2017, 2018 年は、風景写真の場所が地図上でどこかを推測するプログラ ムを実施した。「面的な土地勘」については、今和泉(2019)において、フィー ルドワークで訪れる箇所(点)と、そこを通る道(線)から、いかにその周 辺まで含めた「面」的な土地の把握につなげるかという説明している。道路 の形状、道路と道路で区切られた区画の模様を見るだけでも、想像力によって、
その場所の新旧や特徴は読み解くことができる。
このように、地図からその場所の風景を読み解く前回の 2017 年地図ワーク ショップでは、1地点の風景と地図を対照するシンプルなものを数パターン 行ったが、今回は、都市の中心部か郊外かといった都市圏内での位置づけや その特徴を捉え、その周辺の風景や様子を想像し、他の地点と比較して考え るプログラムを開発した。
また、前回は住宅地と小さな市街地について、いつの時代に発達したか、
その時代性に着目する内容であったが、今回は市街地に絞り、多様な市街地 の様相や差異に着目するプログラムである。1つの都市(都市圏)でそれぞ れ4箇所、風景写真とその場所を示す地図をつなげる内容で、大都市圏から 地方都市圏まで、規模の異なる3つの都市圏で、ワーク1から3まで行った。
ワーク1は、単に地図と風景写真をつなげるものであるが、ワーク2と3は、
広域の地図と、拡大図、風景写真の3点をつなげるワークとした。都市圏全 体における位置づけと、ミクロで見た際の街の様子が描かれた地図をつなげ ることも学習目的となってくる。続けて、一つひとつのワークを説明する。
なお、写真は現地を特定できないよう、また検索して特定できないように、
地名や固有名詞等が入ったところは黒く塗っている。
ワーク1… 地方都市(熊本市)で、新旧の市街地の違いを見つける(検討5分、
発表5分)
ワーク2… 大都市圏(大阪市およびその周辺)で、都心と郊外の市街地の違 いを見つける(検討5分、発表5分)
ワーク3… 地方都市(仙台市)で、それぞれ異なる商業地域の特徴を見つけ る(検討5分、発表5分)
ワーク4… 地方都市(佐賀市・佐世保市)で、地形と街の影響や特徴を見つ ける(検討5分、発表5分)
3.4つのワークショップ
(1)ワーク1
ワーク1の舞台となる熊本市は、中心駅の熊本駅周辺が中心市街地となっ ていない都市である。東京では駅周辺が街の中心となるのが一般的であるが、
既存の市街地内にあとで開通する地下鉄を除いて、それは駅ができてから後 発的に街ができるパターンに限られる。地上を走る鉄道は、建物が密集する 既存の市街地内に新たに線路や駅を作ることは難しく、大抵はそのときの市 街地の外側に駅や鉄道が作られる。東京における池袋、新宿、渋谷も、当初 はバイパス線だった山手線沿線にできた駅で、その後の郊外の発展から、乗 り換えで多くの人が利用するターミナル駅となったことで後発的に大きな市 街地となった地域である。
一方、地方都市の多くは、城下町に由来し、駅ができる前からの市街地を 持つ都市がほとんどであり、その後に中心駅が市街化するパターンが多い。
駅ができる前から中心性を持つ市街地を旧市街、駅ができたことで中心性を 持ち、後に発展する市街地を新市街と位置づけると、旧市街と新市街の賑わ いが拮抗していることが多い。
熊本は、特に旧市街が賑わう街で、駅周辺はほとんど市街化していない。
このことは地図からも読み取れる。地図上の「3」地点のあたりには橙色の 建物表記が多く見られるが、これは大型商業施設が集中しているということ で、中心市街地であることが読み解ける。「1」地点にある熊本駅は中心市街 地(3)からかなり離れている。
さて、この地図上の「3」地点の風景写真は C である。C の写真に大型商 業施設らしきものは見当たらないが、最も行き交う人が多く、写真の右には アーケードのある商店街が見える。その他、道幅でわかるものもある、D は 3つの写真の中でとりわけ道幅が狭いが、地図上でも「2」だけとりわけ狭い。
そこで D と「2」がつながる、
正解を説明するだけでならば、ここで終わりだが、本稿ではさらに考察を 深めたい。中心市街地と中心駅の間ともなれば、この場所こそ道路が太く、
建物も高く、行き交う人も多そうだが、実際にはその逆で、建物は低層で行 き交う人も少ない。また、路面電車の呉服町、河原町電停の周辺の町名、町 域にも注目したい。このあたりの町名は、呉服町、紺屋町、魚屋町と書かれ ているのが確認できる。何屋の町があるかが分かるような、町人の職業名を
称する町名は、江戸時代の城下町の中心市街地で見られることが多い。
また、町域は地図上で、黄色や水色等で塗られた背景でわかるが、このあ たりは背景の色の変化が早く、ひとつの町の面積が狭いことがわかる。昭和 40 年代の住居表示法の施行以降、全国的に狭い町を統合して大きな町域にす る動きも増えたが、それ以前、江戸時代から人口の多い中心市街地では、1 区画ほどの面積でひとつの町を形成することが多く、熊本をはじめ、こうし た町名、町域が残る都市も多い。こうした町域の狭さからも古い町であるこ とが読み解ける。つまり、ここが古くからの中心市街地であり、徐々に「3」
の周辺にその中心性が移っていくことになる。「3」周辺には「新市街」とい うアーケード街もあり、「2」周辺に比べると新しいと解釈できる。そのため 駅を無視すれば、「2」を旧市街、「3」を新市街と位置づけることもできる。
それでは、中心駅はこれからも全く中心性を持たないのだろうか。
地図上の「1」の西には熊本駅があるが、「2」や「3」の市街地から離れ ており、大きな川(白川)と小高い山に挟まれ、人口も増えにくく、市街地 として発展しにくかった。しかし、2011 年の九州新幹線開通を機に熊本駅の 拠点性は高まり始める。というのも、例えば関西方面から熊本に来る際、飛 行機に代わって熊本駅経由の新幹線で来るほうが最速になった。福岡から来 る際も、在来線特急の所要時間は1時間半ほどで、高速バスとさほど変わら なかったが、新幹線だと 40 分で結ばれるようになった。つまり、福岡まで通 勤可能な距離になることは、熊本市街地の賑わいや熊本の中心性を維持する のには脅威で、より人口が多く、拠点性強い都市に行きやすくなることでそ ちらに人々が吸い取られる「ストロー効果」の懸念があったと言えよう。そ の懸念は熊本市、熊本経済界も認識しており、市街地の機能を「3」の中心 市街地に集中し、凝縮して拠点性を高めようという動きがあった。
しかし、2021 年には JR 九州の駅ビル「アミュプラザ」の開業で、その構図 は少しずつ変わるだろう。アミュプラザは、過去に鹿児島(鹿児島中央駅)、
福岡(博多駅)、大分(大分駅)の駅ビルでも開業しており、既存の市街地(旧 市街)に比べて弱かった駅の集客力が増し、新市街の核になるほどの変化を もたらした。2021 年以降、こうした変化が訪れ、熊本駅周辺が新市街になる 可能性がある。ただし、現時点では、駅周辺は集客できる市街地にはなって
いない。2012 年に熊本駅前の再開発ビル(くまもと森都心)が完成しているが、
その多くを占めるのは公共施設とマンションである。その他、現在の熊本駅 周辺に多いのは宿泊施設である。できたての新市街で十分人が集まらないう ちは、このように宿泊施設や公共施設、企業のオフィスの進出にとどまる。
しかし、やがて人が集まると大型商業施設が出店し、中心的な市街地になっ ていく過程が全国で見られるが、熊本駅周辺はその途上にあるとも言えよう。
最後に、A の写真だが道も広く、建物の高さも低いため、この中でも最も 郊外の景観で、地図中では「4」の場所である。このあたりは平野が広がり、
早い段階で宅地化したため、人口が多く、市電やバス、JR の便も多い。周辺 は高校や大学等、学校も多いため、古くからの住宅地で高齢層が多い中、若 年層も多いだろう。
(2)ワーク2
ワーク2の舞台は大阪である。地図2の、「2」〜「4」は大阪市内だが、「1」
だけが吹田市になる。地図2を見る限り、大阪駅や大阪城から遠くない「3」、
「4」が都心部、そこから遠い「1」、「2」が郊外となるが、都心と郊外の風 景は見分けられるかどうかを考えてもらう。そして、このワークでは、広域 地図(地図2)と拡大地図(地図1)が分かれており、地図1のあ〜えと結 ぶ必要もある。地名や駅名を重ねて推測しないよう、地図1の固有名詞は黒 色で塗った。
小さな道路網を見ると、地図1では「あ」と「い」の道路幅は狭く、「う」
と「え」は太い。このような道路幅はどのような意味を持つだろうか。一つは、
古い街か新しい街である。高度成長以前から人口が集まり、建物が密集する 地域では、車社会ではない時点で道ができるために、その道幅は狭くなる。
高度成長以降、車社会になってから市街化すると、車の通行を前提に建物や 道路ができるため、道幅が太くなる。
ただし、これには例外もある。当初細い道幅であったが、あとで道幅を広 げる場合がある。特に大都市中心部では、古くからの建物は残りにくい。地 価が上昇し続ける地域では、多くの場合大きなビルとなる。また、大きなビ ルは多くの人が働くため、訪れる人も多く、周囲の道路の交通量も増える。
こうして変わり続ける過程で道幅が広がることがある。
いずれにしても、道幅で地図1と風景写真の関係は、当たりを付けられる。
A と C は「う」か「え」で、B と D が「あ」か「い」にあたる。もっと細か く分けると、地図1の「い」と「え」には地下鉄が走っているが、「あ」と「う」
の駅は地上である。鉄道建設時に既に建物が多かった都心部は地下鉄が建設 され、鉄道建設時は建物がなかった郊外では地上に線路と駅を建設できた、
と考えると、「い」と「え」が都心、「あ」と「う」が郊外となる。写真では 狭い路地が広がる B と D のうち、D はアーケードのため遠景が見えないが、
B は遠景にマンションやビルが見え、都心付近だと分かる。A と C を比べると、
C の写真の歴史のありそうな古いビルや新しい高層ビルから都心部を連想さ せ、A の写真の放置自転車の多さからは郊外を連想させる。以下のような回 答が考えれるであろう。
A-う(郊外都市の広い道)、B-い(都心近傍の狭い路地)、C-え(都心近傍の広 い道)、D-あ(郊外都市の狭い路地)
さらに、広域の地図2と重ねるとどうなるか。これはかなり難しく、ここ で選択を誤るグループもあった。この誤解答は、ある程度仕方ないと言えよう。
「1」と「2」が郊外、「3」と「4」が都心であることは前にも述べたが、
それぞれの違いを見出しにくいのである。大阪の都心部は大阪駅、梅田駅周 辺のキタと、心斎橋から難波(地図中では JR 難波駅)にかけてのミナミが二 大都心であるが、「3」はその中間にあり、「4」に比べると都心部の様相となっ ているはずである。「1」と「2」を比べると、「1」は新大阪駅が近く、「1」
を通る鉄道は、地図2を見る限り地上を通っているが、地図1の「1」の下 に「地下鉄御堂筋線」と書いてあるため、比較的新しい街である可能性が高い。
「2」は「京阪本線」で、地下鉄よりは古くからある鉄道だろう。以上を総合 的に勘案すると、以下のような組み合わせになる。
1-A-う(郊外都市の広い道)、2-D-あ(郊外都市の狭い路地)、3-C-え(都心近 傍の広い道)、4-B-い(都心近傍の狭い路地)
1-A-う(郊外都市の広い道)は吹田市の江坂で、1970 年に地下鉄御堂筋線 の終点、江坂駅が開業することで都市化した。それまでは田んぼが広がって おり、全く建物がなかったところである。新大阪、大阪駅、心斎橋、難波といっ た大阪の都心部に直通する御堂筋線が通っていることもあり、都心への通勤 客が住む住宅が増えただけでなく、オフィスや宿泊施設も増えたという歴史 がある。関西外の人が関西に就職すると、江坂に住む人が非常に多い。外来 者が多く、ここで聞かれる関西弁はかなりマイルドである。
2-D-あ(郊外都市の狭い路地)は大阪市旭区の千林で、京阪電鉄は千林駅、
地下鉄谷町線は千林大宮駅が最寄りとなる。地図1の「あ」も、よく見ると 左上に地下鉄が描かれており、これが谷町線である。京阪電鉄は現在のルー トになる前は少し異なるところを走っていたが、現在の千林駅の前身の森小 路停留所は 1910 年に開通する。そして鉄道開通当時から集落があり、市街化 が早かった。戦後、高度成長以前の時点で住宅が密集し、現在も多くの住民 で賑わう千林商店街が広がっている。ちなみにここはダイエー創業の地でも ある。
3-C-え(都心近傍の広い道)は、大阪市中央区の、地下鉄の駅で言うと淀屋 橋駅と北浜駅の間の、少々南のあたりである。「え」の地図の左側は大きな建 物が多いが、ここが御堂筋で、大阪の都心部である。地図右上の北浜は大阪 証券取引所があり、現在このあたりはビジネスの中心地である。町名を見ると、
熊本の「2」のあたりと同じく、町域が狭く、伏見町や道修町(どしょうまち)
といった古くからの町名も見える。古くは多くの町人屋敷で賑わったところ が都市化によってビル街となったと解釈できる。
4-B-い(都心近傍の狭い路地)は、同じく大阪市中央区だが、地下鉄の駅は 谷町六丁目駅と松屋町駅の間である。戦災を免れたこともあって、都心近辺 では珍しく小さな路地、古い建物が残り、この2駅の間には空堀商店街とい う商店街も広がっている。近年まではただ古い建物が残る住宅地であったが、
古い建物が集まる風情がむしろ求められるようになると、多数の飲食店やス ペース、ショップが出店するようになり、下町の風情とオシャレスポットの 様相が重なる地域になっている。
(3)ワーク3
ワーク3の舞台は仙台である。ワーク2と同じく、写真と拡大地図(地図1)、
広域地図(地図2)の3つを合わせるものである。中心部が3箇所(2,3,4)
に対して、郊外が1(1)箇所なので、郊外は絞りやすいが、中心部が絞りに くい。写真で見る限りでも、郊外は空が広くマンションも目の前に見える地 域が C、地図1を見ても周辺の街路が狭く、「THE MALL」や「ララガーデン」
といった大型モールを除くと住宅が多い「え」、地図2を見ても、仙台駅から 離れた1が郊外であり、すぐに 1-C-えという組み合わせはつながる。問題はそ の他の3つである。
A、B、D のうち、商業施設がほとんどなく、オフィスビルがばかりが目立 つのは A である。これを地図1で見てみると、「う」の地図はヨドバシカメラ を除き商業施設がほとんど見当たらないが、その代わりにオフィスビルやマ ンションが多い。また、地図の「あ」と「い」と比べると格段に商業施設が 少なく、人が集まらないように見える一方で宿泊施設は多い。市街化してい なくても宿泊施設が多い理由は、アクセスが良いためであろう。つまり仙台 駅が近いことが考えられる。地図2の「2」と「3」の古くからの市街地だ とすると、仙台駅を境に、そことは逆側にある位置するのが「4」である。
こちらの方が、「2」や「3」の市街地の後に発達した新市街である可能性は 高い。ここで、4-A-うの3つの組み合わせが見えてくる。この他の2つの判断 は非常に難しいと言えよう。
B と D を比較すると、B は居酒屋の多い歓楽街で、D は物販店の多い商店街 である。ちなみに、どちらの方が都市の中心にできるかというと、物販中心の 商業地域のほうが中心にあり、その周縁に歓楽街ができることが多い。つまり、
D の街のほうが、より中心性の高い市街地である可能性が高いのである。「あ」
と「い」の地図を比較すると、ともに大型商業施設やオフィスビル、宿泊施設 の集中する様子が似ており、区別がつきにくいのであるが、「あ」のほうがか 広い道幅の大通りが多く、地下鉄も2路線が交わっていることがわかる。ここ で、D と「あ」、B と「い」がつながるが、地図2(広域地図)で「2」と「3」
のどちらに当たるのかは非常に難しい。前述の通り、駅を中心に街が発展する 訳ではないので、「2」と「3」のどちらが中心地か特定はできない。実際、
仙台駅から続く商店街は、「2」と「3」のちょうど間のところまで広がって いる。しかし、どちらのほうが人を集めやすいか考えると、「2」は近くに大 きな川(広瀬川)が流れており、その向こう側はあまり都市化していない。平
野が広がる方向に住宅が増え、人口が多くなると、こちらの方向から来やすい ところが中心性を持つようになる。そうすると「3」の方が中心性が高くなり、
「4」がその周縁になる。これらを総合すると、以下の組み合わせになる。
1-C-え(郊外住宅地の拠点)、2-B-い(都市中心部の商業地域)、3-D-あ(都市 中心部の歓楽街)、4-A-う(新たに都市中心部となりつつあるオフィス街)
地図2は、字の方向を見ると分かるが、90 度回転したものである。つまり、
地図の右側が北、左側が南になっており、地図1の向きとは異なるのでそこ だけ注意したい。
1-C-え(郊外住宅地の拠点)は、郊外の中心地で地下鉄の長町南駅が最寄り である。ここから長町駅、長町駅東側の再開発エリアも含めて仙台市は「長 町副都心」と位置づけている。長町南駅前には THE MALL、ララガーデンと いった大型モールの他、太白区役所がある。仙台市は中心部の南北に郊外の 拠点があり、副都心と位置づけられているのは、仙台中心部から南側にある、
ここ長町副都心と、北側の泉中央副都心の2箇所で、それぞれ地下鉄南北線 で結ばれている。
2-B-い(都市中心部の歓楽街)は国分町(こくぶんちょう)と呼ばれるエリ アである。国分町は、東北においては有名な歓楽街の代名詞でもある。地図 の右、東側は藤崎(地元百貨店)や仙台フォーラスといった大型商業施設が あるが、このあたりの建物に「国分町」という表記はなく、藤崎と仙台フォー ラスの間にある「一番町ステア」のように、一番町と呼ばれている。国分町 はそれより左、西の方向にあり、居酒屋を中心とした歓楽街が広がっている。
3-D-あ(都市中心部の商業地域)は、仙台駅前から一番町にかけての範囲で あり、仙台市内で最も賑わう中心市街地、東北の中心である。商業地域でも ありビジネス街でもある。「あ」の地図のすぐ右側には仙台駅があるが、この ことは「仙台駅前」という交差点名からも読み取れる。2路線ある地下鉄も 仙台駅で交わるが、全国的には珍しいことである。札幌で全路線が交わるの は札幌駅ではなく大通駅、京都で全路線が交わるのは京都駅ではなく烏丸御 池駅、福岡で全路線が交わるのは博多駅ではなく天神駅(天神南駅)である。
(4)ワーク4
ワーク4はワーク1と同様、地図は1種類で、地図と写真が1対1でつな
がる。しかし、1都市ではなく、佐賀県佐賀市と長崎県佐世保市の2箇所に跨っ ている。風景写真で見ると、中心市街地が A と B、郊外が C と D となる。地 図を見ると、左の地図が佐賀で、佐賀駅と佐賀県庁(佐賀城址)の間にある「1」
が中心市街地、「2」が郊外、佐世保駅に近く太い道路が集中する「3」が中 心市街地、「4」が郊外である。では、写真のそれぞれどの2つが佐賀で、ど の2つが佐世保なのかを考えていく。
佐賀と佐世保の違いを、地図から見比べてみたい。左の佐賀は、この地図 の範囲内には海がなく、割と直線的な道路網に囲まれているが、特徴的なの は水路が縦横無尽に張り巡らされていることで、ここは平地だということが わかる。右の佐世保は、海があり、道路は佐世保駅周辺を除くとどれも曲がっ ており、海から遠くなればなるほど道の曲がり方は際立ってくる。等高線や 陰影が描かれており、傾斜が強いことから、佐世保市街地は山に囲まれてい ることがわかる。つまり、山が見える郊外の写真 D は佐世保市郊外の「4」
であり、山が見えず、モールが写る写真 C は佐賀市郊外の「2」であること が分かる。
それでは中心市街地の A と B がそれぞれどちらの都市の中心地なのか、こ こからは山や平野が見えないので別の理由を考える必要がある。特にこの2 つの写真から分かる差異は、A の写真は多くの人が行き交い、多くの店が営 業しているのに対し、B の写真はほとんど人が歩いておらず、店舗も閉まって いるところが多いという点である。
では、続いて、平野に囲まれた佐賀と山に囲まれた佐世保で、どちらの市 街地が賑わうかどうかを考えたい。佐賀市は人口 24 万人、佐世保市は人口 26 万人と、都市規模が近いのであるが、この人口規模の都市の中心市街地は、
商業地としては大型モールの規模の互角となるため、大型モールに負けて市 街地が衰退するか、影響を受けずに賑わい続けるかについて成否の分かれる 規模である。
佐世保の地図を見ると、2の地点のモール(モラージュ佐賀)の他、地図の 上、北の方に「ゆめタウン佐賀」という大型モールがある。平地だと郊外に大 型モールができやすく、この地図中にも2箇所ある。その他、平地であるため 縦横無尽に幹線道路があり、中心市街地を通らなくても東西南北各方向へ移動
できる。しかし、傾斜地に囲まれた佐世保市は大型モールが作りにくく、郊外 になればなるほど傾斜が急になるため、縦横無尽に道路を作ることができない。
その結果、中央部を走る国道(国道 35 号線)のみが南北を結ぶ幹線道路となり、
車で動くにも中心部を通らざるを得ない。このことから、佐世保市の中心市街 地は多くの人が来て賑わう一方で、佐賀市の中心市街地はほとんど人がおらず 閑散としているという差が生まれる。すなわち、A の写真が佐世保の中心地
「3」、B の写真が佐賀の中心地「1」であることが分かる。
4.おわりに
最後に、今回の4つのワークを振り返る。最初のワーク1は、市街地の新旧、
都心か郊外かを見分けるものであり、続くワーク2、3では、風景写真に加 えて地図を2種類、マクロな都市圏内の位置づけ(都心か郊外か)と、その 街のミクロな様子(大通りと街路、路地が織りなす地図の模様)を対比しな がら、組合せを想像してもらうワークとした。最後のワーク4では、ワーク 1同様、写真と地図をシンプルにつなげるものだったが、地形の差異が街の 賑わいに与える影響を考えてもらうものとした。実施してみると、半分強ほ どは当てるグループが多かった。特に重要な点は、これらの組み合わせを考 えるプロセスである。他の地域や風景に比べてどうか、中心部から離れてい るとどんな地図の様相でどんな風景かという問いを設けながら、これまでの 経験や想像力で答えを探すプロセスが学びには重要であろう。
このワークショップに参加したゼミ生は、2, 3, 4年である。その後2年 生は、3年生になって、コワーキングスペースを調査対象に地域調査を続けた。
関東圏の各所で地域とコワーキングスペースの関係、夏合宿先の徳島市でも コワーキングスペースやシェアオフィスの調査を行った。なぜ、この場所に コワーキングスペースが開業したのか、また利用者の属性や職業は何かとい う調査の問いは、実際に訪問し、観察やインタビューをして知ることであるが、
地図ワークショップでの想像力があるからこそ、想像から確認という調査プ ロセスが生まれたと考えられる。
[参考文献]
今和泉隆行・梅崎修(2016)「地図を使ったフィールドワーク教育実践(1)-想像地 図散歩ワークショップ」『法政大学キャリアデザイン学部紀要』第 13 号 pp.143- 156
―――――・梅崎修(2017a)「地図を使ったフィールドワーク教育実践(2)-空想 地図づくりのワークショップ」『法政大学キャリアデザイン学部紀要』第 14 号 pp.201-226
―――――・梅崎修(2017b)「地図フィールドツアーの実施報告(1) : 「流山おおた かの森」から「柏」へ」『生涯学習とキャリアデザイン』15(1), 193-200,
―――――・梅崎修(2018)「地図を使ったフィールドワーク教育実践(3)-空想地 図上の街・中村市を読む-」『法政大学キャリアデザイン学部紀要』第 15 号 pp.
279-296
―――――・梅崎修(2019)「地図を使ったフィールドワーク教育実践(4)-風景写 真から土地の情報を読む-」『法政大学キャリアデザイン学部紀要』第 16 号 pp.
59-81
今和泉隆行(2019)『地図感覚から都市を読み解く』晶文社
香月洋一郎(2013)『景観写真論ノート: 宮本常一のアルバムから』筑摩書房 宮本常一(2001)『空からの民俗学 』岩波現代文庫
ABSTRACT
Report of Fieldwork Education Using Maps (5)
― A Landscape Photography Workshop Takayuki IMAIZUMI
Osamu UMEZAKI
This paper introduces our fifth workshop on fieldwork, following three workshops conducted by Imaizumi & Umezaki (2016, 2017, 2018 and 2019).
This workshop focuses on the usage of cartography and photography; in fact, using maps and photographs for fieldwork is not a new approach. However, the use of maps or photographs that students have not investigated sufficiently is problematic as they are only interested in participant observation and interview methods. In brief, students enter the field without having done much preparation, thus making it difficult for them to understand the essence of fieldwork. Therefore, we designed a workshop using landscape photographs in order to build a strong "geographical imagination" and examined the resulting effects.