印度學佛敎學硏究第68巻第1号 令和元年12月 (224) ― 325 ―
ツォンカパ絵伝に描かれたポラネーについて
李 先 才 譲
0.はじめに 18世紀に活躍した王ポラネー・ソナムトプギェ(1689–1747)の宮 殿において 「15枚からなるツォンカパ絵伝」(以下 15枚の版画 )が開板されてい る.その絵伝にはツォンカパ自身の事績と直接関連しない一つの区画場面が描か れている.先行研究のTucci 1949と王・宗2017では 「ポラネーである」 と理解しているが,Yon tan rgya mtsho 1994と石濱・福田2008では「ツォンカパがジンチ 寺の弥勒仏殿を修復する際に施主者となったウルカ地のタクツェパである」と推
測している.本稿で問題とするこの区画場面は,中央となる「本尊タンカ(gTso
thang)」の左右に各7枚ずつの作品を配置する内 「右の第七」(g-yas bdun pa)の下
手の下部に描かれている.本稿ではこれをポラネーにまつわる場面(以下 「ポラ ネー場面」)と考え,そこに描かれた内容と,ツォンカパ絵伝との関連を解明する ことが目的である.そして,何故ツォンカパ絵伝にポラネーが描かれたのかを明 らかにしたい. 1.問題の所在 第一に,「15枚の版画」 の各事績場面には短い文章(絵解き銘文) が印記されている.ツォンカパの事績に添えられた絵解き銘文の構造は,主語が 示されず,どこで何をしたかのみを示す短文であって,文頭にはウキュという符 号と,文字列の後には番号が付されている.しかし,「ポラネー場面」 の銘文は 他の構造とは違って,番外としての扱いであり,当然番号も付されていない.第 二に,『ジャムヤンシェーパ伝』(p. 102b4–6)に 今年〔御年五八歳乙酉(1705)年〕,尊者(ツォンカパ)の広絵伝を制作しようと思って, ツェル地方のこの絵師とは以前からも知り合いだったので要請した.〔絵師がジャムヤン シェーパの〕御足下に来たので,「以前に描かれた尊師(ツォンカパ)のこの伝記は省略 した物で,これより詳しいものを制作する必要がある」と〔ジャムヤンシェーパが〕おっ しゃった.「御自身により図像配置の指導がなされたなら,制作しやすいのだが」と絵師 がお願いして,この尊師(ジャムヤンシェーパ)御本人が指導をなさって 「伝記百五十三」
(225) ― 324 ― ツォンカパ絵伝に描かれたポラネーについて(李 先) (『ツォンカパ絵伝作画指示書』)というものを十三枚のタンカに収まるように制作された. と記述されている.これで,『ツォンカパ絵伝作画指示書』に基づいて最初に制 作された作品は 「13枚からなるツォンカパ絵伝」 であったことがわかる.第三 に,「15枚の版画」 については『パンチェン六世伝』(pp. 65a6–67b4)に 丙申(1747)年二月六日に君主たる郡王ソナムトプギェが崩御した.(中略)四月三日に ガンデンカンサルにおいて「ツォンカ〔パ尊者の〕八十の業績」の新たな版木が彫られた その最初の刷画や聖世自在菩 の尊像等を献上する者達に〔パンチェンが〕按手儀式を 行った.(中略)〔1747年〕八月に,(中略)郡王ダライバートルが「アヴァダーナ・カル パラター」と 「大尊師ツォンカパの伝記・ツォンカ〔パ尊者の〕八十の業績」 と 「聖十六 羅漢」 等のタンカの版木を献上し,特使に〔パンチェンから〕按手儀式が行われ,奏上の 栄誉を賜った. と記述されている.これで,1747年にポラネーが亡くなった直後に「15枚の版 画」などの木版画が制作され完成したことがわかる. さて,上述したこの三点から,『ツォンカパ絵伝作画指示書』に基づいて最初 に作成された絵伝は「13枚からなるツォンカパ絵伝」であって,1747年に開板 された「15枚の版画」で 「ポラネー場面」が新たに加えられたことに間違いない と思われる. 2.「ポラネー場面」に関する文献との検討 『ナルタン版テンギュル目録』(pp. 4b3–7a6)中に「ポラネー場面」に深く関係する記述がある.紙数の都合でその概 容だけを述べて置くと,「ニャンの上手地方の ポラ という地において生まれ たポラネーが転輪王となった.テンギュルの版木を制作するために,各地から収 集した版木,版下用の紙,四段階の修正に使う4セットの紙,木のバインダー, 版木に版下を貼るための麦粉,墨,膠,版木を熟成させるための油,鉄,木炭, 臙脂色,二種類の砥石,版木の保存用の布」等々版木制作するための材料が列記 され,四段階にも分かれた作業工程を経て版木が準備される様子が記述されてい る.同書(pp. 9a7–16a1)には更に献上品などが寄せられた事情も記述され,様々 な地方から80名程の多くの施主名や献上品の細目も記されている. 3.「ポラネー場面」の絵像解析 この「ポラネー場面」(図A; 王・宗(2017,
238))は説明の便宜上a1; a2; a3; a4の四箇所に分けて解析することにしたい.a1
は中央に位値し,他の三箇所(a2; a3; a4)は周りを取り囲むように配置される.
絵解き銘文によるとa1では向かって右から順にポラネー・ソナムトプギェと,
(226) ― 323 ― ツォンカパ絵伝に描かれたポラネーについて(李 先) が描かれ,彼ら父子三人の中でもポラネーがやや大きく描かれている.この配置 からポラネーがこの場面の主人公であることが読み取れる.詳細に見て行くと, ポラネーの顔の左の頬には黒点が描かれている.この点に関して『ポラネー伝』 (pp. 81–82)に 満月の如く丸い笑顔に青蓮華の雄蕊で印をつけたような脂ぎった黒痣があって,水晶に太 陽光が当たったように光を発する.そして〔黒痣には〕黒石のように黒くて,長い毛が生 えているように表現されている.(中略)尊顔に黒痣がある王様は君主自身であることに 間違いないし…云々. と記述されるように,黒痣が意図されていると思われる.すでに述べたように, この木版画はポラネーが亡くなった直後に制作したものと思われるから,作画者 が写実的に描いたとも考えられる.上手のa2では,様々な帽子を被った俗人の 数名と僧形の一名が描かれている.これらは各地から様々な献上品が持ち込まれ て来る場面である.下部のa3では,座具に座り,竹ペンと巻き紙等を持つ四名 の人物と立っている一人が描かれている.これは『ナルタン版テンギュル目録』 に記されているように,四段階にも分けて出版物の内容を編集する作業場面であ る.下手のa4では,転輪王の七宝と何人かの人物が描かれている. まとめると,a1とa4の箇所では統治者としてのポラネーとその国力,a2では 各地から献上品として得られた諸資材,a3では木版物の編集作業を行う学者達 が描かれている.つまり,ポラネーの指示に基づいてナルタン版の『カンギュ ル』や『テンギュル』の木版出版が進められたという事と,ポラネーがその善功 者であったことが描かれている. 4.ポラネーが描かれた他の作例との検討 『ナルタン版テンギュル目録』の 挿絵で当該の「ポラネー場面」の主人公と同様のスタイルの単独像が描かれてお り,その下部に「君主ソナムトプギェに恭敬する」と記されている.もしも,こ 図A
(227) ― 322 ― ツォンカパ絵伝に描かれたポラネーについて(李 先) の挿絵が1742年に編集された『ナルタン版テンギュル目録』と同時に彫られて いるならば,これはポラネーが施主者として描かれた最初の図像であろうと思わ れる.「アヴァダーナ・カルパラター」(王・宗(2017, 204))や「聖十六羅漢」(王・ 宗(2017, 274))の版画にも配置や構図は異なるものの内容は全く同じ「ポラネー 場面」が描かれている.これら三つのセット内での配置には何らかの関連性があ ると思うが,詳細は別の機会に考察することにしたい. 5.結論 「ポラネー場面」がツォンカパの事績ではなく,番外の容相であるこ とを明らにした.そして,文献素材と合わせて「ポラネー場面」に描かれている のはポラネーの指示に基づいて『カンギュル』や『テンギュル』の木版出版をす る際の情景であることも解明した.もちろん,この「15枚の版画」の出版はポラ ネーの死後であるため,直接の施主と考えることは出来ない.しかし,ポラネー が亡くなった直後に制作され完成したことを合わせて考えると,偉大な仏教保護 者であったポラネーの追善(bsNgo rten)の為に作成されたのではないかと思われ る. 〈一次文献〉
『パンチェン六世伝』= Dkon mchog jigs med dbang po. Blo bzang dpal ldan ye shes dpal bzang
po i zhal snga nas kyi rnam par thar pa i nyi ma od zer. Blo bzang dpal ldan ye shes dpal bzang po i
gsung bum. Bkras shis lhun po edition. Ka. (大谷no. 10532) 『ナルタン版テンギュル目 録』= Ngag dbang byams pa. Bstan gyur rin po che srid zhi i rgyan gcig gi dkar chag rin chen mdzes
pa i phar tshoms. sNar thang edition. 1742. 『ジャムヤンシェーパ伝』= Ngag dbang bkra shis. Jam dbyangs bzhad pa i rdo rje i rnam par thar pa yongs su brjod pa i gtam du bya ba dad pa i
sgo byed kē ta ka i phreng ba. Bla brang bkra shis khyil edition. 『ポラネー伝』= Zhabs drung tshe ring dbang rgyal. Mi dbang rtogs brjod. Si khron mi rigs dpe skrun khang, 1981.
〈二次文献〉
Tucci, Giuseppe. 1949. Tibetan Painted Scrolls. Rome: Libreria dello Stato. Yon tan rgya mt-sho. 1994. dGe ldan chos byung gser gyi mchod sdong bar ba. Paris: Yonten Gyatso. 石濱裕美 子・福田洋一2008『聖ツォンカパ伝』大東出版社. 王家鵬・宗緒盛編2017『藏族美
術集成』絵画芸術・版画卷1,四川民族出版社.
〈キーワード〉 ポラネー,ツォンカパ絵伝,釈尊絵伝,十六羅漢図,木版画