民族誌映画の撮影方法に関する試論
著者 大森 康宏
雑誌名 国立民族学博物館研究報告
巻 9
号 2
ページ 421‑457
発行年 1984‑08‑31
URL http://doi.org/10.15021/00004433
大 森 民族誌映画 の撮影方法に関する試論
民族誌 映画 の撮影方法 に関す る試論
大 森 康 宏 *
A Study in Visual Anthropology Filming from an Ethnological Perspective
Yasuhiro OMORI
The recording of image sequences on film, in other words making movies, is one of the principal activities in visual media. The movie was developed for scientific purposes by Edward Maybridge. His continuous still photographs of the natural movements of animals and humans not only provided the basis for further research, but also represented the first instance of the ethnographic film. Subsequent productions may be classified broadly as either fiction or documentary films.
With the development of portable devices for visual recording, the ethnographic film has come to be regarded as an integral part of anthropological and ethnographic research. Ethnographic film- making has yet to emerge as a definite genre within the field of anthro- pology.
This paper examines certain features unique to ethnographic film production, with particular emphasis on the process of shooting from an anthropological perspective. The ethnographic approach to filming in field situations is also addressed.
Theory and practice is a prerequisite to ethnographic film produc- tion, and the cameraman should therefore be a qualified ethnographer with enough technical knowledge and experience to operate the equipment. Further, an understanding of the history of film ethno- graphy not only establishes the context within which production takes place, but also often gives rise to new approaches to research design.
In addition, before entering the field, the visual anthropologist is obliged to study general features of production, including patterns of filming, reportage, footage film, direct film, and cinema verite .
In conclusion, emphasis has been attached to problems confront-
* 国立民 族学博物館第 3研究部
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国立民族学博物 館硯究報告 9巻 2号
ing the filmmaker under actual field conditions. This encompasses the composition of the film staff as well as the responsibilities implicit in shooting under diverse social and environmental conditions. Not even the production of a technically fine work can justify ignoring relationships between the people filmed and the research team.
1. 序 説 志 は じめ に λ 構 成
n.民 族誌 映画 の 歴 史 的背 景 1. 民 族 誌 映 画 の概 念 規 定 1) モ ノ グ ラ フの民 族誌 映画 2) 行 動 科 学 と して の民 族 誌 映 画 3) 文 化 人 類 学 を めざ す 映画 4) 広 義 な 民 族誌 映 画
2. 撮 影 方 法 の 歴史
1) す ぐれ た 民族 学 資 料 を求 めて 2) 研 究 者 自身 に よ る映 画撮 影 3) 映画 ペ ンと直 接 観 察 映画 4) 撮 影 主 体 と被 撮 影 客 体 に よ る映 画
5) 総 合 民 族誌 映 画 皿.民 族 誌 映 画 の撮 影 方 法 1. 撮 影 にお け るパ ター ン 1) 映 画映 像 の特 性 2) 基本 的 撮 影パ タ ー ン 3) 実例 と して のパ タ ー ン
2. 民 族誌 映 画 の撮 影 形 式 1) 形 式
2) 研 究 分 野別 の形 式 3. 研 究者 と撮 影 の人 的 構 成 1) 研 究者 の位 置
2) 撮 影 の人 的構 成 と問 題点 IV.お わ りに
1 . 序 説
ユ. は じ め に
記録 とい う行 為 は本 来 , 自分 の見 た り聞 いた り した こ とを , 自分 以 外 の人 々 に も認 め て も らお う とす る個 人 的感 情 に よ って 引 き起 こ され る,一 つ の 表 現 形態 と思 わ れ る。
一 方,記 録 を見 る人 々は ,記 録 さ れた もの を 通 して 記録 者 自身 の存 在 が 周 囲 の世 界 と どの よ うに か かわ って い るの か を見 つ め る こ とに な る。
映 像 に よ る記 録 の本質 は人 間 の個 体 性 が失 わ れ る こ と, つ ま り死 へ の挑戦 で あ る と い う。 なぜ な ら,様 々な行 動 様 式 を と る人 間 の個 体 性 を 映 画映 像 に よ って記 録 し,不
.滅 の もの にす る こ とが ・絶 対 的 な死 に対 抗 す る意 識 とな って い る か らで 菊 る [モ ラ ン 1971:296]。 したが って記 録 しよ う とす る人 間 の 意 志 は , た えず 消 滅 して い く人 間 の そ の都 度 の存 在 の姿 を何 か の方 法 によ って一 つ の具 体 的 な痕 跡 に とど め ,一 回 的 な 人 間 の個体 性 を不 死 性 に まで 高 あ よ う とす る もの な の で あ ろ う。1973年 の シカ ゴの第 9 回 国際 人 類 学 ・民族 学 会 議 に お いて Urgent Anthropology の 一 つ と して映 像 人 類
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大森 民族誌映画の撮 影方法に関す る試論
学1》が取 りあ げ られた 理 由 もや は り, 急 速 に消滅 しつ つ あ る伝 統 的 な文 化 と慣 習 を記 録 す る こ とに よ って ,人 類 の様 々な 生 活 様 式 を永 遠 な もの にす る試 みで あ った と考 え られ る。
さ て ,民 族 学 あ るい は人 類 学 とい う科 学 的 な領 域 に組 み 込 ま れ る民 族 誌 映 画 2)を , 科 学 研究 を 目的 と した 記録 映 画 製 作 と理 解 す るな らば ,撮 影 者 は ,研 究 に必 要 な 部 分 に限 って撮 影 を 進 め る方法 を採 用 せ ざ るを え な くな る こ とが 多 い 。
反 対 に客 観 的 な 科 学 研究 の立 場 か ら撮 影 す る こ とを念 頭 に置 い て も, 私 的 な 感 情 に 大 き く左 右 され る こ と も事 実 で あ る。 か とい って気 の向 くま ま に撮影 したな らば ,撮 影 者 自身 の文 化 的 背 景 と相 違 す る 目新 しい事 象 に ば か り レ ンズを 向 けて しま い , そ の 映画 は 風俗 紹 介 映画 や旅 行 日誌 的 な 映 画 にな って しま うで あ ろ う。 そ して 極 端 な 場 合 に は , 出来 事 の 異 常 な部 分 を強 調 す る記 録 映 画 に な りや す い。 す る と現 場 を 見 て いな い視聴 者 は ,撮 られ る側 の入 々 の普 通 の生 活 様式 を見 る こ とが 少 な くな る。 つ ま り平 凡 な 日常 の 出来 事 のな か に,深 い意 味 を発 見 す る こ とが少 な くな るだ ろ う。 こ れ らの 記録 映 画 は ,そ の 異 常性 ゆ え に価 値 あ る もの と して今 日ま で テ レ ビ ・ドキ ュメ ンタ リ ー の花 形 とされ て 来 た の で あ る。
今 日,以 上 の よ うな 民族 学 的 , あ る い は民俗 学 的映 画 製 作 は, 科 学性 を極 端 に強 調 した り,気 ま ま に撮 った り,異 常 性 を主 張 した り した歴 史 的 段 階 か ら徐 々 に脱 皮 しつ つ あ る。現 在 の 民 族誌 映 画 は撮 影 され る側 の 人 々 の立 場 と, 記録 の本 質 を考 え た 民 族 誌 映 画 を製 作 す る方 向 に発 展 しつ つ あ る。 特 にユ960年 代 に 出現 した シネ マ ・ヴ ェ リテ
(真 実 の映 画)は,そ れ ま で の 事 象 に 忠 実 な 客 観 的 撮影 方 法 の重 要 性 を 見直 し,撮 影 者 と現地 の人 々 と の率 直 な 対話 イ ンタ ビュ ーな どを 交 え た映 画 に,価 値 を お いて い る。
民族 誌 映 画 に よ る人類 学 ・民 族 学 の 研 究 には , まず 映 画 映 像 の 存在 が必 要 で あ る。
しか し今 日まで の製 作 され た既 存 の映 画 を 利 用 して研 究 す る方 法 は,民 族 誌 映 画 の確 立 とは い え ず, 研 究 の ため の補 足 的 手 段 と しか 考 え られ て いな い場合 が多 い。
映 像機 器 の飛 躍 的 発 達 によ って 映 像 の情 報 を含 め た コ ミュニ ケ ー シ ョ ンの 研 究 が進 む につ れ ,人 類 学 ・民 族 学 の一 つ の分 野 と して 民族 誌 映 画 の確 立 が要 請 さ れ る こ と と
1) この ジ ャ ンル は M argaret Mead と Gregory Bateson の 2入 が バ リ島 の研 究 に 映 画 を用 い た こ とか ら生 まれ た とさ れて い る [RoucH 1979: 6]。 M ead は映画 だ けで な く写 真 そ の他 映像 に か かわ るす べて を 用 い て研 究 す る こと を考 え た。 映 像人 類 学 は人 間 の行 動様 式 を 通 じて ,人 間 の 本質 を 研 究 しよ う とす る文 化 人 類 学 に結 びつ く用 語 と して生 ま れて 来 た 。
2) ヨー ロ ッパ で は, 伝 統 的 に民 族 学 の 用 語 を用 いて来 た こ とか ら, 映 画 によ る 記 録 を一 つ の 記 述 とみ な して 民 族 誌 映 画 と して い る 。 フ ラ ンスの 病理 解 剖 学 の 専 門 医で あ った Felix・Louis Regnaltが 1923年 の 論文 「民 族 学 の フィ ル ム と博 物 館 」 の なか で民 族誌 映 画 の用 語 を 使 用 した。
この の ち, 民 族学 映 画 の 用語 も用 い られ たが , 1953年 の Jean Rouch の論 文 「民 族 誌 映 画 の復 興 」 に よ って記 述 を 主 とす る民 族 誌 映 画 の用 語 が一 般 化 した 。
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国立民族学 博物館研究報告 9巻 2号 な った。 その 契 機 は ,M arshall M cluhan の一 連 の著 作 に よ って 生 じた 。 M cluhan は メ デ ィ アの 発達 は人 間 関係 のみ な らず人 間 の感 覚 そ の もの を変 革 す る と した 『人 間 拡 張 の原 理 』 [マ クル ーハ ン 1967a],文字 と視 覚 表 現 の深層 に横 た わ る 無 意 識 の 共 通 す るパ タ ー ンを 示 した 『機 械 の花 嫁』 [マ クル ーハ ン 1967b], そ して 視 覚 表 現 と 対 比 しな が ら文 字 言 語 表 現 の歴 史 的展 開 に関 す る考察 を試 み た 『グ ーテ ンベ ル グ の銀 河 系』 [マ クル ーハ ン 1968] な ど の著 書 に よ って 映 像 全般 に わ た る 問題 を本 格 的 に 論 じて い る。 そ の結 果 ,「撮 られ る側 の人 々」,「撮 り手 」,「映 像 を見 る者 」の す べ て を 含 め た 総 合 的 な映 像 研 究 に発 展 す る こ と とな っ た。 これ と並 行 して民 族誌 映画 とい う
ジ ャ ンル が成 立 して い った ので あ る。
民 族 誌 映 画 の発 達 に は映 画 製 作 を通 じた 多 くの民 族 学 的 研 究 や ,す で に完 成 され た さ ま ざ まな 民族 誌 映 画 の研 究 に よ って生 ま れ て来 た既 存 の 映 画概 念 を乗 り越 え て , さ らに新 しい民 族 誌 映 画 の撮 影概 念 を 確 立 す るた め の研 究 活 動 が 必 要 で あ る。 本 稿 で は,
こ う した趣 旨 に立 って 民族 誌 映 画 製 作 の 基 本 とな る撮 影 につ いて 民族 学 的 立場 か らそ の在 り方 を追 求 し, 筆 者 が 妥 当 と考 え る方 法 論 を提 示 した も ので あ る。
2. 構 成
次 章 (第 II章) の 「民 族 誌 映 画 の歴 史 的 背景 」 に お いて は ,現 在 の民 族 誌 映 画 の概 念 規 定 に若 干 の考 察 を加 え る。 民 族誌 の 記 述 を 中心 に した 映 画 ,行 動 科 学 の映 画 , コ
ミュニ ヶ 一 シ ョ ン研 究 の映 画 な ど に与 え られ て きた概 念 規 定 と, 映画 利 用 を最 大 限 に 発 展 させ る理 論 な ど につ い て考 え る。 これ らは ,民 族 誌 映 画 の撮 影 に関 す る認 識 を 深 め る と共 に , この分 野 の新 しい概 念 規 定 の可 能 性 を追 求 す る糸 ロ とな るはず で あ る。
この 章 で は さ らに ,諸 概 念 の歴 史 的 背 景 を概 観 す る こ とで ,現 在 の 民族 誌 映 画 に与 え られ て い る位 置づ け を再 認 識 し, それ が 撮 影 の 問 題 に ど の よ う に反 映 して い るか を 考 え る。 特 に ,科 学 至 上 主 義 が 批判 さ れて い る現 在 の 社会 で は ,直 接 視 覚 を通 じて感 性 に訴 え る映画 映像 の価 値 は, 民族 学 研 究 へ の応 用 も含 め て 見直 さ れて よい と思 う。
第 皿章 で は, 映画 映 像 に特 徴 的 な 長所 と短 所 を説 明 した うえ で ,民 族 誌 映 画 の 撮 影 時期 と三 つ の 撮 影 プ ロセ ス のパ タ ー ンにつ い て , そ の実 例 を あ げ な が ら解 説 す る。 そ して ル ポル タ ー ジ ュ, フー テ イ ジ ・フ ィル ム , ダ イ レク ト ・シネ マ , シネマ ・ヴ ェ リ テ と呼 ばれ る映 画 の 表現 形 式 が, 記録 に あ た って上 記 三 つ の 撮 影 パ タ ー ンと どの よ う に関係 して い るか を 示 した 。 こ れ は人 類 学 ・民族 学 研 究 に お け る歴 史 的研 究 と の総 合 過 程 ,分 析 的 研 究 にお け る理論 の組 み 合 せ ,一 般 化 の過 程 な ど に対 応 す る映 画 映 像 に お け る具体 的 な撮 影 方 法論 の考 察 とな って い る。
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大森 民族誌映画の撮影方法に関する試論
この章 の 終 りで は ,研 究 撮 影 者 自身 と被 撮 影 者 (被 調 査 者) との 問題 に関 連 して , 撮 影 の人 的 構 成 と野外 調 査 の問 題 , さ らに研 究 撮 影 者 の 責 任 の 問題 な ど を論 じて 民族 誌 映 画 撮 影 の ま とめ と した 。
π. 民 族 誌 映 画 の歴 史 的 背 景 1. 民 族 誌 映 画 の 概 念 規 定
1) モ ノ グ ラ フ の 民 族 誌 映 画
1952年 の ウ ィー ン国際 人 類 学 ・民族 学 会 議 に お いて , フ ラ ンス の Jean Rouch が 試 み た民 族 誌 映 画 の定 義 づ け は ,新 しい民 族 学 の映 画 ジ ャ ンル に一 つ の新 しい紀 元 を 画 す も ので あ った 。 そ れ は , た と え映 画 制 作 3》を専 門 とす る人 が 民族 誌 映画 を 目 ざ し て作 った と して も, そ の作 品 は記 録 映画 で は あ って も民 族 誌 映 画 とは言 い難 く,逆 に 民 族 学 者 が この 種 の映 画 を制 作 した 場合 は , そ れ が ,芸 術 映 画 に は ほ ど 遠 い も ので あ って も, 民 族 誌 映 画 とみ なす べ き もの で あ る, とい うもの で あ った [ROUCH l 968:
431−432]。
これ は民 族 誌 映 画 の定 義 と して一 応 の 目安 をつ け るた め に提 案 さ れ た もので あ った が , こ こ に は別 な 意 味合 い も込 め られ て い る。 そ こ に は民 族誌 映画 を 製 作 しよ う とす る民 族 学 者 は, 現 実 に カ メ ラを持 って 野外 調 査 地 を歩 きまわ り, フ ァ イ ンダ ー を の ぞ き, シャ ッタ ーを 押 す撮 影 者 自身 にな るべ き こ とが暗 に指 摘 され て い る。つ ま り,人 類 学 ・民 族 学 な ど に関 す る研 究 者 の夢 とさ れ て いた ,動 く映 像 に よ る野 外調 査 の資 料 を ,他 人 に 委 託 す るの で な く調 査 研 究者 自身 が作 り あげ る こ との重 要性 を指 摘 した の で あ る。
映 画 映 像 は客 観 的 に 現 実 を 捕 え る こ とは で き るが , フ ァイ ンダ ー の ワ クに限 定 さ れ た視 野 と撮 影 時 間 の両 方 に規 制 され て い る撮 影 者 の立 場 は実 際 は 主 観 的 な もの で あ り,
撮 影 方 法 の いか ん によ って研 究 撮 影 者 と委託 撮 影 者 の間 に は相 違 が生 じて くる 。何 を 撮 影 す るか は, 調 査 研 究者 の方 が良 く知 って い る場 合 が多 い。 そ して 調 査地 の撮 影 に 関 す る画 面 構 成 の 最 終 決定 は ,観 念 的 あ るい は視 覚 的 な カ メ ラ ・ア ング ル の試 行 錯 誤 を く り返 しな が らも, 研究 撮 影者 の調 査 に も とつ く考 え に委 ね られ て い るの で あ る。
しか し,現 実 に は この 問 題 を解 決 しな いま ま に人 類 学 ,民 族 学 あ るい は 民族 誌 学 とい 3)「製作」 と 「制作」の区分 は, 企業によ って作 られた映画, および個人が制作 した場合で も 映画が資金的なスポンサ リングによ って社会性を獲得 した場合に 「製作」の用語 を用い,完全 に個人の創作にかかると思 われるものには 「制作」の用語 を用い ることにす る。
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国立民族学博物館研究報告 9巻 2号 う名 の も とに ,多 くの記 録 映 画 が製 作 さ れて 来 た 。
Rouchよ り以 前 の 定 義 は ,この研 究 撮 影 者 とい う視 点 を欠 いた もの で あ った。人 体 の動 き と技 術 につ い て 研究 した フ ラ ンスの先 史 学 ・民 族 学 者 Andr6 Leroi−Gourhan は ,1948年 の 『人 文 地 理 ・民 族 学 雑 誌 』 の な か で ,民 族 学 的 映 画 の定 義 を お こな って い る。 彼 は三 つ の カ テ ゴ リー の映 画 を民族 学 的映 画 と考 えて い る。
1. 科 学 的 な記 録 の み を 目的 と した研 究 用映 画 お よ び フ ィル ム4)。 2. 旅 行 な ど の記 録 を した公 開記 録 映 画 。
3. 社 会 集 団 の状 況 を収 め た 映 画 。
[LERoL−GouRHAN l948:42−51】 これ ら三 つ の 定 義 は 民族 誌 映 画 を 確 立す るた め の もので な く,民 族 学 研 究 に役 立 つ 映 画 資 料 と して の位 置 づ け を した もの で あ った 。例 え ば第 2の定 義 は,一 般 の人 が 見 知 らぬ土 地 を旅 行 した 時 に記 録 した 映 画 ま た は フ ィル ムを 民 族 学者 が見 て ,撮 られ た 人 々 の身 振 りや カ メ ラ の前 の反 応 な ど に注 目 し研 究 した な らば, 様 々な 民族 学 的情 報 が 得 られ る と,Leroi−Gourhan は考 え た。 また 第 3の 社会 集 団 に 関す る映 画 は,記 録 映 画 だ け で な く,劇 映 画 で あ って も正 確 に生 活 ・文 化 が描写 さ れ て い る な らば,異 文 化 と 対 比 した 場合 に比 較 民 族 学 研究 の資 料 と し一1一価 値 あ る映 画 に な る と Leroi−Gourhan は 指摘 して い る。 この第 2と第 3の定 義 は いず れ も既存 の完 成 した一 般 記 録 映画 ,劇 映 画 の な か に民 族 学 的 に重 要 な 情報 資料 を見 いだ そ う とす る もの で あ った 。
民 族 誌 映 画 の撮 影 とい う視 点 か ら考 え る と, ま ず 第 1の 定 義 で あ る科 学 的 な 記 録 を 目的 と した映 画製 作 が重 要 視 され る。 Leroi−Gourhan は この分 野 の映 画 ジ ャ ンル と して , 一 つ は人 間 の 行為 ,行 動 , し ぐさな どを研 究 す るた め の 人 類 学 研究 映 画 と,他 方 で は人 間 集 団 の 社 会 ・文化 の一 般 形 態 や あ る特 定 文 化 規 範 の な か で の人 間行 動 を記 録 して あ る民 族誌 研 究 映画 の二 つ を あげ て い る。
映 画 の形 式 と して は, 映画 映 像 に よ る単 な る記 録 と,企 画 ・構 成 され た主 題 の 明確 な記 録 映 画 作 品 が あ る と して い る。前 者 は, 民族 学 調査 の フ ィール ド ・ノー トの よ う に出来 るだ け 多 くの事 象 を 完 全 に近 い 形 で記 録 した もの を さす 。 そ して , 映 画 によ る 記 録 の 一 番 重要 な こ とは, 誰 もが 見 過 して しま う二 度 と繰 り返 さ れ る こ との な い文化
・社 会 現 象 の 細部 に わ た って 記 録 す る こ とがで き る点 にあ る と して い る。
後 者 の映 画 形 式 は , そ の完 成 作 品 を 研究 用 の記 録 映 画 と して ,一 般 に公 表 す る こ と 4) 素 材 そ の ものを 指 す 場合 に フ ィル ム とい う。鹿 島 茂 に よれ ば , Gilbert Cohen−Seatの 考え る
映画 は上 映 以前 ,上 映 中 ,上 映 以 後 の すべ て にか か わ る技 術 ・経 済 ・社 会 的 な諸 要 素 を 包括 し た もの を指 して い る。 つ ま り映 画 の 創作 か ら批評 ま で を含 めた もの を意 味 して い る こ とに な る
[メ ッッ 1981=272]o 426
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を原 則 とす る。 そ れ は ,研 究 者 に文 字 に よ る出版 と同 じ よ う にそ の研 究 成 果 発 表 の 必 要 性 を認 め させ る こ とを 意味 して い る。 これ は Leroi−Gourhan の第 2の定 義 にあ る 公 開映 画 に対 応 す る,民 族 学 研 究 成 果 の映 画 に よ る表現 で あ る。 Leroi−Gourhan は , 民 族 学 研 究 に も とつ く映 画 製 作 と既存 の完 成 作 品 の 区別 をせ ず に, この 分 野 の 映 画 を 一 括 して いた よ うで あ る。 それ は 一 つ に は , 当時 の 民族 学者 が 野外 調 査 を せ ず に, 多 くの探 検 家 や 宣 教 師 の 不十 分 な 報 告 書 を 研 究 資 料 と して 使 用 した の と同 様 に, 不 十 分 な 既存 の映 像 資 料 を 利用 して いた こ と に よ る もの で あ った 。 とは いえ , Leroi− Gourhan が劇 映画 を通 じて 民 族 学 研究 を実 行 で き る こ とを提 言 した の は, 民 族 誌 映 画 の 見方 の研 究 と して 重要 な指 摘 で あ った 。
す で に , M argaret M ead は1945年 に制 作 され た M arcel Carn6 の 「天 上 桟 敷 の 人 々」 の作 品 を ,19世 紀 初 頭 のパ リの様 子 を 調 査 す るの に活 用 して い る。 ま た ア メ リ
カ の映 画 監督 Frank Capra が 制 作 した 「汝 の敵 , 日 本 を 知 れ」 を は じめ, アメ リ カで 上 映 され た多 くの 日本 映画 は , Ruth Benedict の著 作 『菊 と刀』 の 研究 資 料 と して 活 用 され , 天 皇 の 存 在 を あ ぐる多 くの 情 報 を 提 供 した [ベ ネ デ ィ ク ト 1967:
蚤
12; 佐藤 1977:118−122; バ ーナ ウ 1978:160−167]。
Rouch の主 張 す る民 族 学 者 の手 に よ る民 族 誌 映 画 の 制 作 は, M arcel Griaule の 民 族 誌 学 調査 の記 録 方 法 論 に取 りあ げ られ る こ と とな った。 Griaule は映 画 に よ る記 録 方 法 論 の な か で ,三 つ の考 え を示 して い る。
1. 撮 影 され た フ ィル ム は, 調査 カ ー ドや研 究 の た め の収 集 資 料 な ど に照 応 す る総 合 資 料 と して 価 値 が あ る。
2. この フ ィル ムは ,民 族 誌 学 の 研究 を志 す人 々を 養 成 す るの に最 も効 果 的 な手 段 とな る。
3. 広 義 に は, こ う した フ ィル ム は,一 般 大 衆 のた め の 教 育 映画 と して 役 に立 ち,
い くつ か の条 件 を 満 たせ ば芸 術 映 画 に もな り うるで あ ろ う。
[GRIAuLE l957:85−89] 以 上 の三 つ の事 項 は, 民族 学 ・民族 誌 学 の 研究 をす る人 が 映 画 を制 作 しよ う とす る
場 合 に 考 え るべ き こ とで あ る と して い る。 した が って , 民 族 誌 映 画 が再 現 さ れ た事 象 を 撮 影 す る の は ,意 味 が な い こ とで あ る と述 べ て い る。 す な わ ち,撮 影 とい う点 か ら 考 え る と,人 間 の生 み だ す さ ま ざ ま な文 化 ・社会 現 象 に は ,技 術 や 簡 単 な儀 式 な ど明 確 に反 復 的 な事 象 と, 一 回 限 りの 出来 事 で あ るた め に再 現 が不 可 能 な事 象 の二 種類 が 存 在 す る。 この一 回性 の 出 来事 の撮 影 に は, 研究 撮 影 者 の充 分 な 調 査 と現 地 で の 長期 滞 在 が 必 要不 可 欠 であ る。 そ の た め ,民 族 学 者 は最 低 の映 画 撮 影 に関 す る 知識 を必 要
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国立民族学博物館研究報告 9巻 2号 とす る こ とを Griauleは主 張 して い る。 これ は モ ノ グ ラ フを主 体 と した映 画 製作 の基 本 的 考 え方 で あ った。
Griaule は , 民族 誌 映 画 の基 本 的 な価 値 を認 め た こ とで 後 の 民族 誌 映 画 の発 展 に大 きな 影 響 を 与 え た 。 そ れ は , いか な る記 録 方 法 に もな い, 現 実 に生 じた事 象 と時 間 を 同時 に記 録 す る こ とが で きる映 画 の特 徴 に 由来 して い る。 つ ま りそ れ は ,現 実 の 事 象 と時 間 を 同 時 に再生 で き る民 族 誌 の記 述 法 で あ る。 した が って 撮 影 は ,研 究 対 象 に関 す る文 章 記 述 で は表 現 しに くい事 柄 を詳 細 に記 録 す る こ とがで き るだ け で な く,撮 影 を通 して 映 像 のな か に記 録 さ れ た現 実 の時 間 の経 過 を一 つ の歴 史 的 時 間 の記 録 とす る こ とが で き る。 これ は後 の撮 影 パ タ ー ンの形 式 , そ して カ メ ラの ア ングル に か か わ る 問題 へ と発 展 す る。
2) 行 動 科 学 と して の 民 族 誌 映 画
ドイ ツで は , 1952年 にゲ ッテ ィ ンゲ ンの科 学 映 画 百 科事 典 と もい われ る Encyclo− pacdia Cinematographica (E・C) が創 設 され る と, Gotthard W olf の 映 画理 念 に も とつ く研究 用映 画 製 作 が開 始 され た 。彼 の主 な考 え 方 は ,1900年 にパ リで 開催 され た 国 際 民族 誌 会 議 に お いて 決 議 され た物 質 文 化 の よ り具体 的 な展 示 に ,映 像 を 用 い る 方 法 と深 くか か わ って い る。 と い うの も,動 物 行 動 学 と い う視 点 か ら民 族 学 の映 像 へ と移 行 した 映 画 製作 の 目 的 は , もの や 人 間 の運 動 過 程 な ど機能 的 な面 を完 全 に把 握 す るた め の映 画 製 作 を 中心 とす る もの で あ った 。 そ こで 民 族誌 映画 も含 め た科 学 映 画 の 内容 を , 製 作 目的 に 沿 って次 の よ う に規 定 して い る。
1. 肉眼 で は把握 しえ ぬ プ ロセ ス。 例 え ば舞 踊 ,楽 器 演 奏 な ど。
2. 相 互 の 事 象 の 比較 に あ た って , そ れ ぞ れ が本 質 的 な役 割 を 果 し, しか も記 憶 に よ る描 像 や 記 述 だ けで は十 分 で な い も の。 例 え ば手 工 業 的 な製 作 作 業 過 程 が これ に あた る。
3. 一 回 限 りの 事 象 で あ るた め ,後 にな って は記録 しが た い と予 想 され , か つ 民族 学 の比 較 検 討 資 料 と して 映 像 に よ る記 録 が重 要 と考 え られ る もの。 例 え ば消 滅 し つ っ あ る民 族 学 上 の 現 象 な ど。 [ヴ ォル フ 1967:14]
上 述 した映 画 製 作 の主 旨か らも, もの の運 動 の経 過 を 正 確 に と らえ る短 い テ ーマ ・ ユ ニ ッ ト, つ ま り一 つ の事 象 に関 す る短 い フ ィル ム (フ ーテ イ ジ ・フ ィル ム) を 撮 影 す る こ と にそ の 目的 が あ った 。 そ しそ 映 像 の真 実 性 を 追 求 す る こ とが重 要 視 され たた め, あ る事 象 め 「雰 囲気 」 の盛 り込 ま れ た祭 りや ,儀 礼 の 全体 プ ロセ ス を扱 った もの は収 録 され な か った。
な ぜ な らば,こう した 状況 映画 は第 一 に計 測 分 析 が 不可 能 に近 い こ と,次 に人 間 の心
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大森 民族誌映画の撮影方法 に関す る試論
理 的側 面 が 多量 に収 録 され て い るた め, 教 育 用 あ るい は鑑 賞 用 と して は現 実 感 が あ っ て 適 して い るが ,科 学 研 究 に は向 い て い な い とされ た の で あ る[ヴ ォ ル フ 1967:30]。
した が って 第 3の定 義 に あ る民族 学上 の現 象 の記 録 で あ る祭 に して も,要 素 別 に, 例 え ば, 祭 の 道 具作 りの映 画 を 数 本 ,組 み立 て の場 面 を 数 本 , そ して祭 の様 子 を 数 本 と い う具 合 に一 本 一一本 の短 い映 画 を製作 して ,一 つ の祭 全 体 に関 す る十 数 本 以 上 の映 画 を製 作 した の で あ る。
W olfは ,科 学 研 究 用 と して の民 族 学 の 映 画 と して , 比 較 , 分析 が ス ム ー ズ に実 行 で き る もの を第 一 に重 要視 した ので あ る。 した が って映 像 分 析 のた め には ,時 間 の短 い フ ィル ム で あ る こ とを 条件 に した ので あ る。 そ れ は ,今 日の コ ン ピュ ータ ー に よ る 映 像 分 析 に向 けて の重 要 な指 針 で は あ った が , モ ノ グ ラ フ的 な民 族 誌 映 画 か らは程 遠 い もの とな った。 こ う した 映画 撮 影法 は ,な に よ り も単純 ・明快 と い う点 で研 究 者 に は ,賛 同 さ れた 。 しか し,人 間 を物 扱 い に した よ うな撮 影 は, 映 画 と して 見終 った後 の 印 象 が悪 く,特 権 階 級 的 な 学 者 向 け映 画 と して 疎 ん じ られ る傾 向 が あ った 。 そ して 一 般 性 の な い映画 撮 影 は教 育 用 と して も次 第 に遠 ざ け られ た の で あ る。
W olf は, 出来 事 が 中 断 す る こ とな く, 複 雑 に入 り組 ん だ 現 代 の民 族 誌 映 画 に賛 同 しなか った 。 彼 は映画 が写 さ れた 時 点 で , 見 る者 に あ らゆ る現 象 を含 め た映 画 映 像 を 見 せ て しま う こ とを危 険 視 した の で あ る。 した が って そ こ には ,非 言 語 的 感 情 表 現 と い う映 画 独 自 の特 徴 を , で き る限 り排 除 し, 現 象 の事 実 に だ け映 像 を しぼ って科 学 的 研 究 に供 しよ うとす る意 図 が は っ き り見 られ る。 そ して ,誰 もが 理解 で き る共 通 メ デ ィア と して の コー ドを持 た な い,映 像 の動 きだ けの メ ッセ ー ジ,つ ま り象 徴 的 で暗 示 的 な イ メ ー ジ か ら導 か れ る文 化 的 メ ッセ ー ジ, した が って共 示 (connotation)の体 系
[バ ル ト 1980:19−21] な どを 考 慮 す る こ とな く映 画 撮 影 を進 め た の で あ る。
3) 文 化 人 類 学 を め ざ す 映 画
一 方 ,新 大 陸 の ア メ リカ合 衆 国 で は,1936年 か ら1938年 にか け て, M ead と Gregory Bateson の二 人 が , バ リ島 と ニ ュー ギ ニ ァ の 研 究 に 映 画 撮 影 を本 格 的 に導 入 した
[BATEsoN and M EAD l 942]。 この二 人 は ,言 葉 で は 表 現 しに くい よ うな行 動 様 式 や 家 族 内 部 の コ ミュニ ケ ー シ ョ ンの 問題 とそ の背 景 につ い て の研 究 を行 うた め に映 像 を 利 用 した。 そ の際 ,25,000枚 も のス チ ー ル写 真 が用 い られ 心 理 学 的分 析 を 中心 に研 究 が な され た ので あ る。 しか し,映 画 そ の もの を独 立 させ て 人 類 学 の 研究 を しよ う と は せ ず , あ くまで も補 足 的 な もの と考 えて いた よ うで あ る。 M ead はそ の 後映 画 に よ る 人 類 学 ・民 族 学 の資 料 作成 を重 要 視 し, そ の 結 果 ,絶 滅 しつ つ あ る孤 立 した文 化 の記 録 が ,1973年 の第 9回 国 際 人類 学 ・民族 学会 議 の シカ ゴ大 会 に おい て ,最 重 要 課 題 と 429
国立民族学 博物館研究報告 9巻 2号 し て 取 り上 げ られ た の で あ る [M EAD 1975:3−10]。
M ead の 流 れ を くむ R ichard Sorenson は , 人 類 学 資 料 を 提 供 す る よ うな 様 々 な 種 類 の 研 究 映 画 に は 二 つ の 大 き な 考 え 方 が あ る と して い る 。 そ の 第 一 は 「過 去 を 見 つ め る窓 」 と も 言 う べ き も の で , 映 像 の 必 要 部 分 を 摘 出 した り , 構 成 し た り して 見 な お し で き る よ う な 記 録 映 画 を さ し て い る 。 そ れ は , 二 度 と生 じな い 一 回 性 の 現 象 や 人 間 行 動 の 過 去 の 映 像 情 報 を 保 存 し , そ れ を 眺 め る の が 民 族 誌 映 画 で あ り , 過 去 を 見 つ め
る 窓 と考 え た の で あ る 。
第 二 に , 認 識 可 能 な あ る民 族 の 文 化 の 組 織 , そ れ に 伴 う 諸 事 象 , そ の 文 化 に 対 す る 映 画 制 作 者 の 価 値 な ど す べ て の 情 報 を 含 み , か つ 研 究 撮 影 者 と共 通 す る文 化 的 特 徴 を 示 す コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 様 式 な ど も映 し出 す こ と が で き る の で ,「文 化 の 鏡 」 の 役 割 を 果 す こ と も可 能 で あ る と して い る [SoRENsoN l 974:IO79−1085]。
こ う し た ア メ リ カ の 人 類 学 ・民 族 学 に 関 す る映 画 は , 物 質 文 化 の 側 面 に 焦 点 を あ て た 技 術 映 画 だ け で な く, な に げ な い 日 常 の 動 作 や し ぐ さ な ど を 多 量 に 記 録 して 分 析 研 究 す る方 法 を 確 立 して い っ た 。 例 え ば Sorenson の パ プ ァ ニ ュ ー ギ ニ ァ の N orth Fore 地 域 の 子 供 同 士 , 親 子 関 係 な ど の 行 動 様 式 と コ ミ ュ ニ ヶ 一 シ ョ ン様 式 の 調 査 に 際 して , 非 言 語 的 感 情 表 現 に 重 点 を 置 い て 撮 影 した フ ィ ル ム が , 科 学 的 研 究 に不 可 欠 な こ とを 実 証 し て 見 せ た の で あ る [SoRENsoN l976:145−211]。
4) 広 義 な 民 族 誌 映 画
以 上述 べ て来 た よ うな 個 々の概 念 規 定 を も とに ,物 質 文 化 や 人 間行 動 や心 理 作 用 な どの 一 定 の テ ー マ にそ う コ ンテ キス トを持 った , フ ィル ム撮 影 が 研究 者 の も とで実 行 され て 来 た の で あ る。 しか し,多 くの フ ィル ム が Rouch の述 べ て い るよ うな研 究 者 兼 撮 影 者 とい う形 式 で , 撮 影 され る こ とは少 な か った。 そ こ に は多 くの 困 難 が伴 うこ と は予 想 さ れ た が, 問 題 は常 に ,科 学 の厳 密 さ と映 画 の芸 術 性 を結 び つ け る作 業 を ど うお こな うか と い う こ とで あ った。
西 イ リア ンのダ ニ族 につ い て の フ ィル ム撮 影 を担 当 した一 人 で あ る, ア メ リカ の文 化 人 類 学者 K arl H eider は , こ う した 実状 を見 て , 人 類 学 ,民族 学 ,民 族 誌 学 な ど の 映画 が あ ま りに多 義 に渡 る意味 を持 つ た め , この種 の映 画 を す べ て 同等 に定 義 づ け す る こ とは無 謀 な こ とで あ る と忠 告 して い る。 とい うの は, 映 画 を使 って研 究 しよ う とす る と,多 くの 研究 者 は ,技 術 的 に ど うす れ ば よ り完 成 され た映 画撮 影 が で き るか を ま ず 考 え る。 そ の一 方 で文 字 で は表 現 で きな い よ うな情 報 を どの よ うに して正 確 に フ ィル ム に収 め ,表 現 で き るか を考 え るか らで あ る。 と こ ろが , この二 つ の考 え方 に は 相 矛盾 した志 向 が含 ま れ て い る。す なわ ち,研 究 撮 影 者 は技 術 的 には ,映 画 手 法 に
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大森 民族誌映画の撮影方 法に関す る試論
従 って 時間 の流 れ にそ った カ メ ラ ・ワ ー クを 要請 され る一 方 で ,文 字 表 現 で きな い よ うな情 報 を映 像 に よ って 表現 しよ うとす る と, カ メ ラ ・ワー ク は停 滞 し,全 体 と して の視 点 は不 明瞭 とな り,映 画 体 系 を バ ラバ ラにす る可 能 性 が あ るか らで あ る[HEIDER l976:39]。
と こ ろが , こ う した 研 究 者 の 撮 影 に対 す る配 慮 と は関係 な く,一 般 に撮 影 さ れた 記 録 映 画 が研 究 に利用 さ れ ,将 来 の 研 究 活動 に と って 問題 解 決 の糸 口 とな る仮 説 を導 く こ とが少 な くな いの も事 実 で あ る。 した が って Heider に よ る民 族誌 映 画 の定 義 は , 映 画 の撮 影 と製 作 に 関す る こ と は二 の次 と して , ど の く らい よ り良 く映 画 を人 類 学 ・
民族 学 に活 用 す るか が大 きな問 題 で あ る と して い る。
ま た ,民 族 誌 映 画 の定 義 づ け の危 険 性 につ い て Rouch が ,ベ ル ギ ー の ア フ リカ研 究 家 Luc de H eusch の言 葉 を 引 用 して い る 。社 会 科 学 の一 分 野 で あ る社 会 学 , 民族 学 な どの学 問 で さ え, その 定 義 を正 確 に与 え る こ とが 難 しい の が現 状 で あ る。 そ の 理 由 は どれ らの学 問 の定 義 が , 国 や学 問 の伝 統 によ って す べ て異 な る か らで あ る。一 方 , 民 族誌 映画 の方 は人 類 学者 ・民 族 学 者 が 制 作 した もの も含 め , さ ま ざま な 観 点 か ら撮 影 され , さ らに 美学 的 要 素 も付 加 さ れ て製 作 され た もの で あ る。 こ う した 複 雑 な 要 素 を 持 った 映画 を 学者 が勝 手 に カテ ゴ リー に類 別 した り,切 り分 け た りす る こ と はで き な い と de H eusch はの べ て い る [RoucH l968:433]。要 約 す れ ば de Heusch の 注 目す る点 は, 映画 カ メ ラが ス ク リー ンを通 じて 与 え て くれ る人 間 との接 触 で あ り , そ れ に よ って 他 の 民族 が持 って い るさ ま ざ ま な感 情 を 理 解 し, そ の 民族 の持 っ て い る 世 界 観 に迫 る人 間 学 を映 像 に よ って 考 察 しよ う とす る とこ ろ にあ る。
以 上 の よ うに, 人 類 に 隠 さ れ た多 くの 問 題 の解 決 の糸 口 と な る無 限 の 可能 性 を秘 め る映画 映 像 につ いて さ ま ざ ま な定 義 が提 唱 され て きた。 しか しどれ 一 つ と して完 全 な 定 義 は存 在 して いな い の が現 状 で あ る。 そ れ は結 局 の とこ ろ ,映 画 映 像 を正 し く利 用 し, そ の映 像 が正 し く現 実 を捉 えて い るな らば,映 画 製 作 の あ らゆ る方 法 が許 され る こ とを 意味 して い る。 とな れ ば撮 影 に お いて もあ らゆ る考 え方 が許 され て もよ い こ と にな る。
科 学 的研 究 の ため の 映 画 で あ れ ば , どん な 撮 影 方 法 を して も良 い と考 え る Leroi・ Gourhan は映 画 の 幅 広 い可 能 性 を認 め て い た 。 した が って映 画 内 容 の意 味 に も多 様 性 が あ る こ とを認 めて い る。 一方 ,視 覚 的 に一 つ の テー マ を限 定 し, 分 析 的 に 文 化 現 象 を解 明 す る映画 や , フー テ イ ジ ・フ ィル ム製 作 を 目的 と した W olfは, で き るだ け 単一 の意 味 あい を持 つ 映 像 表 現 に 焦 点 を あ てて 撮 影 す る こ とを主 張 した 。 後 年 ,教 育 用 と して長 編 民族 誌 映 画 を推 奨 した とは い え ,撮 影 方 法 は客 観性 重 視 の立 場 を 貫 き,
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国立民族学博物 館研究報告 9巻 2号 研 究 撮 影 者 で あ る主体 の動 きを最 少 限 に して , 撮 られ る側 の客 体 の 動 き にだ け 注 目 し て い る。
同様 に分 析 映 画 の 利用 を 中心 とす る撮 影 方 法 を 実行 した M ead や Sorenson らは , 非 言 語 伝 達 情 報 に注 目 して ,子 供 た ち同 士 の コ ミュニ ケ ー シ ョ ンや 親 子 の コ ミュニ ケ ー シ ョ ン,そ して意識的には 目にとま らないような 日常の動作 などの長編記録を作製 して い る。 彼 らの撮 影 方 法 は客 観 性 重 視 で あ るが ,主 体 と客 体 の 関係 が 映 像 を 通 じて 自然 に表 現 され て お り,視 聴 者 の誰 もが野 外 調 査 の 現 場 を容 易 に理 解 で き る。
こ う した 三 つ の定 義 に さ さ え られ た撮 影 方 法 は,機 械 技 術 の発 達 に大 き く左 右 され て は い る もの の 歴史 的状 況 と も関係 して い る。 そ れ らにつ い て少 し述 べ て お こ う。
2. 撮 影 方 法 の 歴 史
1) す ぐ れ た 民 族 学 資 料 を 求 め て
前 章 で 述 べ た 民 族 誌 映 画 の 撮 影 方 法 を さ さ え る さ ま ざ ま な 方 法 論 を 生 ん だ 歴 史 的 背 景 は , 映 画 誕 生 の 契 機 と 関 連 して い る 。 す な わ ち 現 在 の よ う な 動 く映 画 が 誕 生 す る 以 前 に , 動 物 の 生 理 学 研 究 や 人 間 の 行 動 分 析 に 関 す る 研 究 に 連 続 写 真 が 用 い られ た こ と が , 今 日 の 民 族 誌 映 画 誕 生 の 一 要 因 を な し て い る の で あ る 。 フ ラ ン ス の 生 理 学 者 だ っ 1た Eti
enne J. M arey の Fusil photographique 写 真 銃 (1882) は , 今 日 の 撮 影 カ メ ラ と 同 じ機 構 を 持 って い た 。 ま た 写 真 家 と し て 出 発 した , ア メ リ カ の Eadweard M uybridge が 動 物 や 人 体 の 運 動 な ど の 研 究 に 用 い た 連 続 写 真 (1877), そ して ア メ
リカ の 大 発 明 家 Thom as Edison が 音 や 言 葉 の 記 録 を 補 足 す る 映 像 と して 発 明 した kinetograph 撮 影 機 (1891) な ど は , 科 学 的 に 利 用 さ れ る 映 画 映 像 の 発 達 に 役 立 った の で あ る [ッ ェ ー ラ ム 1977:106−177]。
そ して 1885年 の パ リの エ ッ フ ェ ル 塔 の 下 で 開 催 さ れ た 「西 ア フ リカ の 民 族 誌 展 」 で は , 早 く も 人 類 学 に 深 い 関 心 を 抱 い て い た , M arey の 仲 間 で あ っ た F61ix−Louis R egnault と Charles Contes の 2人 が , フ ル ベ 人 , ウ ォ ル フ人 , デ ュ ラ人 達 の 身 体 の 動 き や , 土 器 づ く り の 技 術 に 関 す る 連 続 写 真 を 発 表 した [ROUCH I968:435]。
こ れ は 後 の 民 族 誌 映 画 発 達 史 の 第 一 歩 を 記 す も の で あ っ た 。
当 時 , Edw ard Tylor,そ し て Lewis M organ ら の 進 化 論 的 人 類 学 の 盛 ん な 時 代 に , す で に ア フ リ カ か ら動 き の あ る映 像 を 撮 影 して 持 ち 帰 り公 表 し て い た こ と は 注 目 す べ
き で あ る 。
1895年 に A uguste と Louisの 二 人 の Lum iさre 兄 弟 が 今 日 見 る よ うな 映 画 (無 声 ) を 完 成 さ せ る と , 映 画 は そ れ ま で の 実 験 映 画 の 段 階 か ら社 会 的 な 影 響 力 を 持 つ 映 画 に 432
大森 民族誌映画の撮影方法に関す る試論
脱 皮 した 。 これ に よ って , もの の 自然 な動 きを大 きな 画 面 を用 い て大 衆 に投 影 して見 せ る ことが で き るよ うに な った 。 現 実 の 様子 を その まま 映 像 化 す る映 画 の 出現 は, 当 時 西 ヨー ロ ッパ の 国 民 国 家 の形 成 と確 立 , そ して資 本 主 義 発 展 の た め に な され た帝 国 主 義 的 な海 外 進 出 な ど と並行 して ,海 外 情 報 を 自国 に もた らす 強 力 な映 像 資 料 とな っ た 。 しか し,1930年 代 後 半 ま で人 類 学 ・民 族 学 研究 の た め の映 画 は ほ とん ど製 作 され ず に過 ぎて しま う。 こ の間 に撮 影 さ れ た映 画 と して イギ リス の動 物 学 者 で 後 に人 類 学 者 とな った Alfred Cort Haddon の トレス海 峡 地方 の研 究 フ ィル ム (1898), オ ー ス トラ リア研究 者 で あ った Baldwin Spencer の オ ー ス トラ リア原 住 民 の儀 式 を 中 心 と した撮 影 フ ィル ムが わ ず か に残 され て い る。
この よ うに民族 誌 映画 の空 白 の時 代 を 作 り出 した背 景 に は, Lumiさre 兄 弟 以 後 , Georges M 61iさs の考 案 した トリ ックに よ る創 作映 画 の大 発 展 が 逆 に, 科 学 研 究 用 映 画 の発 達 を妨 げた こ とな どが , そ の理 由 と して あ げ られ る。 ま た 初 期 の人 類 学 ・民 族 学 の 研 究 が , ど ち らか と言 え ば ,専 門家 の現 地 調 査 に も とつ く観 察 記 録 と して の民 族 誌 作 成 を 研 究 者 が した が らな い時代 で あ った た め, 研 究 者 に よ る撮 影 フ ィル ムな ど作 られ も しな か った し,利 用 もされ な い とい った状 況 が続 い た 。 した が って 商 業 的 あ る い は政 治 的 目的 で 撮 影 さ れ た多 くの 海 外情 報 映 画 は, 旅行 者 ,宣 教 師 また 興 業 師 な ど の手 に よ って 撮 影 され た記 録 映 画 で あ った 。 これ らの映 画 が , 民 族 学 の概 念 規 定 を 作 るた め に参 考 資 料 と して 試 写 さ れ は した が ,映 画 に よ る本 格 的 な 研 究 が な さ れ る こ と はな か った。 そ の一 方 で は, 文 字 で書 か れ た民 族 誌 よ りは ,映 画 自体 が 現 実 的 で真 実 性 の あ る もの だ とい う偏 った 幻 想 に つ か れ て , すべ て の記 録 映 画 を盲 目的 に信 頼 す る 危 険 性 が あ った。
2) 研 究 者 自 身 に よ る 映 画 撮 影
1920年 代 にな る と, イ ギ リス の Bronislaw M alinowski に代 表 さ れ る野 外 調 査 を 中心 と した, 民 族 学 が生 ま れ て くる。 そ れ は , 進 化論 的 な学 説 や ドイ ッ ・オ ー ス トリ ア に広 ま った文 化 圏 説 , あ るい は編 年 史 的 な 文 化 諸 要 素 の 表面 的 な全 体 比 較 に重 点 を 置 いた 従来 の学 説 に と って 代 る こ と にな る。共 時 態 と通 時態 の総 合 的 研究 を 目指 す人 間 を 中心 と した文 化 や 制 度 の 機能 面 に ,人 類 学 ,民 族 学 の 焦 点 が移 行 した の で あ る。
す る と,野 外調 査 に よ って ,現 在 そ こに存 在 して い る物 や 制 度 と人 間 の関係 が動 的 に 把 握 され ね ばな らな くな った 。 この 時期 に民 族 誌 映 画 へ の 関 心 が再 び たか ま る こ と と な った。 .
オ セ ア ニ ア研 究 を して いた フ ラ ンス の 民 族 学者 Patrick O Reilly は, M alinowski が 自分 の研 究 に役 立 て るた め , トロブ リア ン ド島 の 「ク ラ」 につ いて映 画 撮 影 に 関心 433
国立 民族学博物館研究報告 9巻 2号 を 示 して い た こ とを 述 べ て い る [0 REILLy l970:282]。 ま た彼 自身 もサ モ ア 島 の 道 具 作 りの技 術 につ いて の フ ィル ム を撮 影 し,1934年 「ブ ーゲ ン ビル」 を 完成 さ せ た 。 ま た 同 じ頃 ,Griaule は 西 ア フ リカ の ドゴ ン族 の 映画 撮 影 を実 行 した。 す で に述 べ た よ う に M ead も1936年 か らバ リ島 とニ ュ ー ギ ニ ァの 研 究 に フ ィル ム撮 影 を 導 入 した 。 こ う した民 族 誌 映 画 へ の 関 心 の 高揚 は , 「肘 掛 椅 子 の人 類 学 者 」 か ら脱 皮 した現 地 野 外 調査 そ の ものか ら文 化 や社 会 制 度 の 問題 を解 明 しよ う とす る学 者 に よ って生 じた と 言 え る。
この時 期 に撮 影 され た映 画 は,「もの」 に関 す る製 作 工 程 ,使 用 方 法 な ど技 術 フ ィル ム や人 間 の行 動 を 中 心 と した もの が大 半 を 占 めて いた 。 そ れ は ,映 画 は撮 影者 の主 観 に よ って対 象 が 決 め られ るが ,撮 影 さ れ る も の は客 観 化 され , フィル ム に残 され る の は科 学 的 な 映 像 だ とす る考 え に も とつ いて いた 。
第 二 次 大 戦 中 の技 術 革 新 は ,撮 影 機 材 の小 型 化 を 成功 させ た ので あ る。 そ の結 果 , 野外 調 査 に小 型 カ メ ラを 持参 して貴 重 な記 録 映 画 が 作 製 され た。 ま た この 時期 に小 型 録 音 機 も発 明 さ れ て ,映 画 と 同時 録 音 ので き る時代 を迎 え る こと とな った 。
3) 映 画 ペ ン と 直 接 観 察 映 画
技 術 の 進 歩 は , ま ず35ミ リ版 の 映 画 フ ィル ムの使 用 が16ミ リに代 る こ とか ら急 速 に 撮 影 カ メ ラが 軽 量 に な り,扱 い易 くもな った 。 す る と研 究 撮 影 者 は ,被 撮 影者 よ りも 早 目 に撮 影 準 備 を しな け れ ば な らな い と い う制 限 か ら も解 放 され て ,行 動 範 囲 を拡 大 し三 脚 も持 た ず に 自 由 に撮 影 す る こ とが で き るよ うに な った 。 こ う して 撮影 者 は ,事 象 が 起 る直 前 か ,起 る と同 時 に カ メ ラを 回 す こ とが可 能 な 状 態 を 常 に保 て る よ うにな
った 。
この 時期 に民 族 誌 映 画 は ,大 き く成 長 を とげ る。 それ まで の 典 型 的 な 民族 誌 映 画 は , 動 物 や人 間 の身 体 の動 き, そ して各 種 の技 術 に 関す る短 い フ ィル ム撮 影 が多 か った 。 そ の 代 表 的 な もの と して, 前 章 で述 べ た ドイ ッの エ ンサ イ ク ロペ デ ィア ・シネ マ トグ ラ フ ィカ (E・C) の短 い テ ー マ ・ユ ニ ッ トの 映 画 と, 文 化 とパ ー ソナ リテ ィ を心 理 学 的 に見 る, ア メ リカ の文 化 入 類 学 者達 に よ って受 け継 がれ て きた フー テ イ ジ ・フ ィル ム 研 究 が あ る。
そ の 一方 で は ,映 画 の誕 生 以 来 ,撮 影 さ れ て きた異 国 趣 味 的 な 風俗 紹 介 映 画 , な か で も Robert Flaherty の エ ス キモ ー に 関す る映 画 「極 北 の ナ ヌー ク (Nanook of the North)」 (1922) の よ うな 物語 の あ る記 録 映 画 は後 の民 族 誌 映 画 に多 大 の 影 響 を 与 え た 。 ま た1920年 代 か ら盛 ん に な った 社 会 派 の記 録 映 画 , 例 え ば John Grierson の
「夜 行鄧 便 (Night M ail)」 (1936)や , Basil W right の 「セ イ ロ ンの 歌 (The Song
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