関東地方のある高校における麻疹集団発生事例
―感染拡大防止策とワクチン効果に関する疫学的検討―
1)国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP),2)鹿児島大学大学院医歯学総合研究科小児科学分野,
3)防衛省海上自衛隊,4)国立感染症研究所感染症情報センター,5)練馬区保健所,6)東京都教育庁
(*現 自衛隊中央病院泌尿器科)(†現 東京都健康安全研究センター)(‡現 新宿区保健所)
徳田 浩一
1)2)五十嵐正巳
1)3)*山本 久美
4)多屋 馨子
4)中島 一敏
4)中西 好子
5)†島 史子
5)‡寺西 新
6)谷口 清州
4)岡部 信彦
4)(平成 21 年 12 月 24 日受付)
(平成 22 年 7 月 20 日受理)
Key words : control measure, measles outbreak, vaccine
要 旨
2007 年 3 月初旬,練馬区内の公立高校(生徒数 792 人)で麻疹発生が探知された.同校は,練馬区保健 所及び東京都教育庁と連携し,ワクチン接種勧奨や学校行事中止,臨時休業を実施したが発病者が増加した.
対応方針決定に詳細な疫学調査が必要となったため,同保健所の依頼で国立感染症研究所実地疫学専門家養 成コース(Field Epidemiology Training Program : FETP)チームが調査支援を実施した.全校生徒と教職 員を対象として症状や医療機関受診歴などを調査し,28 人の症例が探知された.麻疹未罹患かつ麻疹含有 ワクチン(以下,ワクチン)未接種者に対する電話でのワクチン接種勧奨や保護者説明会,緊急ワクチン接 種等の対策を導入し,以後新たな発病者はなかった.症例のうちワクチン接種群(n=12)は,最高体温,
発熱期間,カタル症状(咳,鼻汁,眼充血)の発現率が,未接種群(n=13)より有意に軽症であった(p<
0.05).過去における 1 回接種の効果を評価したところ,93.9%(95%CI : 87〜97)(麻疹単抗原 93.5%,MMR 94.3%)であり,製造会社別ワクチン効果にも有意差はなかった.1 回接種群(n=838)に発病者があり,2 回接種群(n=21)に発病者がないことから,1 回接種による発病阻止及び集団発生防止効果の限界が示唆 された.集団発生時の対策として,文書配布のみによる注意喚起や接種勧奨では生徒や保護者の接種行動を はじめとした実際の感染対策には繋がり難く,母子健康手帳など記録による入学時の感受性者把握やワクチ ン接種勧奨,麻疹発病者の早期探知など,平時からの対策が必要であり,発病者が 1 人でも発生した場合,
学校・行政・医療機関の連携による緊急ワクチン接種や有症者の早期探知と休校措置を含めた積極的な対応 策を早急に開始すべきと考えられた.
〔感染症誌 84:714〜720,2010〕
序 文
感染症法に基づく感染症発生動向調査において麻疹 は,2007 年 12 月末までは全国約 3,000 カ所の小児科 定点医療機関と,16 歳以上については全国約 450 カ 所の基幹定点医療機関からの報告による定点把握疾患 であった.流行年であった 2001 年以降,1 歳になっ た児へのできるだけ早期のワクチン接種を積極的に勧
奨する対策により順調に報告数が減少したものの,
2006 年に南関東地域で局地的流行があり,2007 年の 報告数は増加に転じた.2007 年の特徴として,1 歳か ら 7 歳の報告者割合が減少する一方,10 歳から 19 歳 の報告者割合が過去 8 年間で最も高かった1).全数報 告となった 2008 年も,報告者割合が最も高いのは 15 歳から 19 歳の 26.4%,次いで 10 歳から 14 歳の 16.7%
と,2007 年と同様の傾向であり,第 52 週までに計 11,007 例が報告された2).また近年,中学校や高校に おける集団感染事例の発生や,麻疹排除に成功したア 原 著
別刷請求先:(〒890―8520)鹿児島市桜ヶ丘 8 丁目 35―1 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科小児科学分
野 徳田 浩一
メリカ大陸など他国への麻疹ウイルスの持ち出し(輸 出麻疹)への厳しい監視など,年長児や若年成人層に おける麻疹流行は,国内・国際双方における公衆衛生 上の重要な問題として注目されている.
本集団発生は 2007 年 3 月 13 日,練馬区内の公立高 校から同区保健所への,麻疹による生徒 2 人の欠席報 告により探知された.3 月 14 日,同校及び保健所,東 京都教育庁が協議し,生徒の麻疹含有ワクチン(以下,
ワクチン)接種歴把握と麻疹未罹患かつワクチン未接 種者への接種勧奨を実施したが,以後も麻疹発病者の 発生が続いた.追加対策として,3 月 22 日に学校行 事と部活動を中止して全生徒を下校させ,3 月 23 日 の修了式を中止し,以降を臨時休業としたが,3 月 27 日までに計 20 人の発病が学校に報告された.3 月末 より米国渡航予定の生徒と教職員がいること,また 2007 年における都内初の高校での集団感染事例とし て,対応方針決定に詳細な疫学調査が必要であったこ とから,同区より国立感染症研究所に調査支援が要請 された.3 月 28 日,保健所・東京都教育庁・中部学 校経営支援センター・学校医・練馬区医師会の合同対 策会議に,国立感染症研究所感染症情報センターと同 研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)からの調 査チームが参加し,活動を開始した.今回,実地疫学 調査の結果から,ワクチン接種歴別の麻疹臨床像,幼 児期接種のワクチン効果と感染拡大防止策について検 討した.
対象と方法
2006 年度に在籍した 1〜3 年生の全生徒 792 人及び 教職員 66 人,2007 年度の入学予定者 246 人を対象と した.2007 年 4 月入学予定者(以下,2007 年度 1 年 生)は,入学準備として 2007 年 3 月中に 3 日間の登 校日があったため対象に含めた.症例定義を,「同校 の 2006 年度生徒及び教職員,2007 年度 1 年生におい て,2007 年 2 月 1 日以降に発病し,(1)医療機関で 麻疹と診断された者,あるいは(2)医療機関未受診 で,37.5℃ 以上の発熱かつ発疹のあった者.但し,検 査診断で麻疹が否定された者は除外する.」と定めた.
積極的症例探査及び感染リスク評価を目的として,
全生徒の保護者宛に,2 月 1 日以降の症状(37.5℃ 以 上の発熱,発疹,カタル症状の有無)や医療機関受診 歴,麻疹罹患歴(以下,罹患歴)やワクチン接種歴(以 下,接種歴)などに関するアンケートを 3 月 28 日に 郵送した.調査票への回答は,保護者が母子健康手帳 で確認して行うよう依頼した.アンケート実施以降の 発病については,健康観察表を用いて生徒自身が毎日 の身体状況(体温,発疹・カタル症状の有無)を学校 に報告し,緊急ワクチン接種の実施状況も本表を用い て調査した.教職員に対しては,同様の内容に関する
聞き取り調査を実施した.米国渡航予定の生徒 11 人 と教職員 1 人については罹患歴と接種歴の調査に加 え,全員に対して酵素抗体測定法(EIA 法)による 抗体検査を実施し,陽性者(麻疹特異的 IgG 抗体 4.0 以上)のみ渡航を許可した.また滞在中は,全員の健 康状態を引率の教職員が把握し,毎日学校へ報告する よう義務付けた.
症例発生が最多であった 2 年生のうち,罹患歴の無 いことが母子健康手帳で確認できた 198 人を対象に,
過去の 1 回接種によるワクチン効果(vaccine effi- cacy : VE)を後ろ向きコホート研究で検証した.ワ クチン接種群を 2007 年 1 月 31 日現在の 1 回既接種者 とし,ワクチン未接種群を 2007 年 1 月 31 日現在の未 接種者として,同年 2 月 1 日から 3 月 24 日の両群の 発病率から VE を評価した.VE は,ワクチン接種群 の発病率(attack rate of vaccinee : ARV)と未接種 群の発病率(attack rate of unvaccinee : ARU)から,
VE=(ARU-ARV)!ARU×100(%)の計算式で算出 した.発病率の評価は,Dr. SPSSII(Windows)を用 い,Fisher の正確確率検定を行った.また同様の方 法でワクチン製造会社別の VE も算出し,独立性の検 定を実施した.統計学的有意水準は 5% とした.
調査結果から,本事例で臨時休業や緊急ワクチン接 種など適切な対策が実施されていなかった場合の麻疹 症例数を,感受性者が曝露された場合に 90% が発病 するという文献的データ3)から,未罹患または罹患歴 不明の生徒のうち未接種者と 1 回接種歴のある者の
(100-VE)%との合計を感受性者数として試算した.
接種歴不明者の接種率は,接種歴が判明している生徒 と同等と仮定した.また同様の方法で,2007 年 4 月 以降の同校の集団発生リスクについて,対策実施前後 の感受性者数を比較した.なお対象は,対策前は 2006 年度 1〜3 年生,対策後は 2007 年度 1〜3 年生とした.
結 果 1.感染拡大防止策と症例発生動向
計 1,038 人 の 生 徒 に ア ン ケ ー ト を 実 施 し,985 人
(94.9%)から回答を得た.教職員への聞き取り調査 は,2006 年度教職員 66 人中,嘱託職員を除く 48 人
(72.7%)に実施した.症例定義に合致した者は,生 徒 28 例(2006 年度 1 年生 5 例,2 年生 21 例,3 年生 2 例)であり,2007 年度 1 年生と教職員に症例は認め なかった.性別は男子 17 例,女子 11 例であった.1 年生(6 クラス)と 3 年生(7 クラス)ではともに 2 クラスで症例が発生し,2 年生では 7 クラス全てで症 例が発生した.2 月 17 日の 2 年生の発病者が初発例 であったが,麻疹おたふくかぜ 風 疹 混 合 ワ ク チ ン
(measles-mumps-rubella vaccine : MMR)接種歴があ り軽症であった.3 月 3 日と 5 日に,同じクラスの親
Fig. 1 Date of measles onset at school (n = 28) February 1―April 27, 2007
しい友人 2 人が発病した.2 人に麻疹の既往歴はなく,
前者にはワクチン接種歴もなかったが,後者には麻疹 単 抗 原 ワ ク チ ン(measles monovalent vaccine : MMV)の接種歴があった.二人とも 39℃ 以上の発 熱と発疹,咳など典型的な麻疹の症状があった.この 二次感染者 2 人は発熱時も定期試験のため登校し,以 後さらに感染が拡大した.
同校は 3 月 12 日と 14 日に,保護者宛ての文書で緊 急ワクチン接種勧奨と麻疹を疑う症状のある生徒の登 校停止を注意喚起したが,発熱している生徒の登校や 部活動への参加を阻止できなかった.3 月 16 日〜27 日に新たに発病した症例は 25 例であり(Fig. 1),う ち 7 人が発熱後も登校していた.3 月 28 日に送付し たアンケート結果から麻疹未罹患かつワクチン未接種 と判明した生徒 19 人に対して,3 月 30 日以降,学校 から保護者へ電話によるワクチン接種勧奨を開始し,4 月 1 日に保護者説明会を実施した.3 月 28 日以後は 新たな症例発生はみられなかった.部活動等の休止を 含む臨時休業は 4 月 10 日の始業式当日まで継続され た.米国渡航予定の生徒と職員については,出発前に 全員の抗体陽性が確認され,米国滞在中に発病した者 はいなかった.調査の結果,最終的に 90 人への緊急 ワクチン接種を実施(4 月 10 日までに 83 人が接種)
し,2007 年度 1〜3 年生においては,未罹患かつ未接 種者は 1 人となった.
2.集団発生前のワクチン接種状況と接種歴別の麻 疹臨床像
アンケート回答者 985 人のうち,母子健康手帳を確 認して回答したのは 925 人(93.8%)であった.罹患 歴がある生徒は 109 人(11.1%)であり,2007 年 1 月 31 日までに接種歴のある生徒が 859 人(1 回接種 838
人,2 回接種 21 人),接種歴のない生徒は 94 人,接 種歴不明者は 32 人であった(Table 1).なお,1 月 1 日から学校が対策を開始した 3 月 12 日までの接種者 はいなかった.発症症例 28 例中,1 回接種歴ありは 12 例(42.9%),接種歴なしは 13 例(46.4%),接種歴不 明が 3 例(10.7%)であった.2 回接種歴のある症例 はいなかった.接種歴が母子健康手帳で確認された 25 例の症状を Table 2に示す.最高体温,平均発熱期間,
咳・鼻汁・目の充血の有無は,接種歴のある群はない 群よりも有意に軽症であった.合併症のあった症例は 28 例中 5 例であった.4 例は接種歴がなく,気管支炎,
気管支炎と腸炎,腸炎,腎機能障害が各 1 例であり,
接種歴のある 1 例には肝機能障害がみられたが,いず れも後遺症なく回復した.3 例が入院(接種歴あり 1 例,接種歴なし 2 例)したが,いずれも脱水症治療の ための入院であった.合併症及び入院例の発生数に関 して,接種歴のある群とない群で有意差はなかった
(各々 p=0.19,p=0.32).
3.幼児期に接種したワクチンの VE
罹患歴のない 2 年生 198 人について,ワクチン接種 群 は 189 人 で あ り,発 病 率 は MMV 接 種 群 5.1%,
MMR 接種群 4.4% であった.また,未接種群は 9 人 で,発病率は 77.8% であった(Table 3).この結 果 から VE は MMV 93.5%,MMR 94.3% と算出された.
さ ら に 製 造 会 社 別 の VE に つ い て,A・B・C 社 は MMV 93.2〜100%,MMR 90.6〜100% と算出された.
D 社の MMV は接種者が 2 人しかおらず,統計学的 に有意な解析結果は得られなかった.各種ワクチンの VE に関する独立性の検定では,A〜C 社間で有意差 はなかった.
4.対策効果の推計と対策前後の感受性者の比較
Table 1 Preoutbreak students vaccine coverage
Student Respondent (%)
Immunized/Student with measles history (SHM) (%/%)
Nonimm-unized/
SHM (%/%)
Unknown/
SHM (%/%) Second
dose
Single dose
Total
Monovalent MMR Unknown
Incoming n=246
244 (92.4)
5 (2.0 /0 /0.0)
188 (77.0 /4 /1.6)
27 (11.1 /1 /0.4)
2 (0.8 /0 /0.0)
222 (91.0 /5 /2.0)
20 (8.2
/13 /5.3)
2 (0.8 /0 /0.0) First-year
n=237
235 (99.2)
5 (2.6 /0 /0.0)
129 (56.3 /4 /1.7)
62 (27.1 /3 /1.3)
5 (2.2 /0 /0.0)
202 (86.0 /7 /3.0)
27 (11.5
/18 /7.7)
6 (2.6 /2 /0.9) Second-year
n=277
276 (99.6)
4 (1.5 /0 /0.0)
116 (43.6 /5 /1.8)
100 (37.6 /7 /2.5)
15 (5.6 /6 /2.2)
235 (85.1
/18 /6.5)
31 (11.2
/18 /6.5)
10 (3.6 /3 /1.1) Third-year
n=278
230 (82.7)
6 (2.8 /0 /0.0)
93 (43.1 /3 /1.3)
89 (41.2 /5 /2.2)
12 (5.6 /4 /1.7)
200 (86.9
/12 /5.2)
16 (7.0
/12 /5.2)
14 (6.1 /2 /0.9) Total
n=1,038
985 (94.9)
21 (2.1 /0 /0.0)
526 (55.1
/16 /1.6)
278 (29.1
/16 /1.6)
34 (3.6
/10 /1.0)
859 (87.2
/42 /4.3)
94 (9.5
/60 /6.1)
32 (3.2 /7 /0.7)
Table 2 Clinical symptoms by immunization history Immunized
(n=12)
Nonimmunized
(n=13) p
Peak body temperature (℃ )a 38.7 ± 0.78c 39.6 ± 0.72c 0.015
Fever (days)a 4.4 ± 2.7c 8.0 ± 2.3c 0.019
Cough (cases)b 6 13 0.005
Runny nose (cases)b 1 11 < 0.001
Hyperemic conjunctiva (cases)b 1 7 0.020
aStudentʼs t test bFisherʼs exact test cMean ± SD
Table 3 Vaccine efficacy of single-dose immunization in second-year students Number of
immunized students
Cases Other students
Incidence rate (%)
VE (%)
95%
CI p
Immunized Monovalent 99 5 94 5.1 93.5 83.7, 97.4 < 0.001
Manufacturer A 9 0 9 0.0 100.0 ― 0.001
B 19 1 18 5.3 93.2 52.9, 99.0 < 0.001
C 59 3 56 5.1 93.5 79.2, 97.9 < 0.001
D 2 1 1 50.0 35.7 − 168.4, 84.6 0.49
Unknown 10 0 10 0.0 100.0 ― < 0.001
MMR 90 4 86 4.4 94.3 84.2, 97.9 < 0.001
Manufacturer A 12 0 12 0.0 100.0 ― < 0.001
B 19 0 19 0.0 100.0 ― < 0.001
C 41 3 38 7.3 90.6 70.5, 97.0 < 0.001
Unknown 18 1 17 5.6 92.9 50.5, 99.0 < 0.001
Nonimmunized 9 7 2 77.8
2006 年度 1〜3 年生で未罹患及び罹患歴不明の 699 人中,2 回接種者 13 人,1 回接種者 589 人(MMV 330 人,MMR 240 人,種 類 不 明 19 人),接 種 歴 な し 24 人,接種歴不明 73 人であり,2007 年度 1〜3 年生で は未罹患及び罹患歴不明の 649 人中,2 回接種者 80 人,1 回 接 種 者 558 人(MMV 386 人,MMR 157 人,
種類不明 15 人),接種歴なし 1 人,接種歴不明 10 人 となった.感受性者数は,対策実施前 63.2 人,実施 後 36.0 人と算出された.また,適切な対策が導入さ
れなかった場合の推定発病者数は 56.9 人となり,約 30 人の生徒が今回の対策により罹患から守られたと推測 された.
考 察
世界保健機関(World Health Organization : WHO)
は世界を 6 つの地域に区分し,日本を含む西太平洋地 域では 2012 年を麻疹排除の目標年と定め,各国で対 策が実施されている.本邦では 2006 年 6 月より,1 歳及び小学校就学前 1 年間に該当する児に対する 2 回
の定期予防接種(以下,定期接種)と,2008 年 4 月 から 5 年間限定の,中学 1 年生及び高校 3 年生相当を 対象年齢とした定期接種が導入され,各自治体が主体 となって対策を実践しているが,麻疹排除に要する 2 回予防接種率 95% 以上を達成した都道府県や地域は 少ない4).接種率向上の努力とともに,集団発生をい かに阻止するか,あるいは,いかに最小規模に抑制し 得るかが,集団免疫(herd immunity)が向上するま での重要な課題といえる.
本事例は,接種歴があり修飾麻疹を発症した初発例 から親しい生徒 2 人に感染し,典型的な麻疹を発症後,
感染拡大して集団発生に至った.定期試験中は集会や 部活動は行われておらず,二次感染者と三次感染者間 で明らかな接触歴のない症例が多かったこと,発端者 の所属クラスに近いクラスからより多くの症例が発生 した傾向がみられることから,流行当初の感染拡大は 麻疹の強い空気感染力を反映していると考えられた.
同校は,生徒の麻疹発病の第一報を受けた同日に,保 護者宛の文書による注意喚起と予防接種勧奨を行って おり,対応は迅速であったと評価される.しかし,以 後も発熱者の登校や部活動等への参加が続いた上,緊 急ワクチンの接種者は増えず,感染拡大防止策に対す る生徒や保護者の協力は不十分であった.その後,学 校行事の中止や臨時休業,電話によるワクチン接種勧 奨,保護者説明会など,より積極的な対策を導入し,
ワクチン接種者の増加や感染伝播の完全な遮断を成し 得たことで,ようやく本事例は終息に至った.このこ とは,集団発生時における感染拡大防止策として,生 徒及び保護者の理解と協力を得るためには,文書によ る通知のみでは不十分であり,登校時の健康調査や保 護者説明会の実施,そしてさらに感染拡大の危険性が 高い場合には学校行事や部活動の中止,休校措置など,
より積極的な対策の必要性を示すものと考えられた.
本事例で 1 回接種者からも症例発生がみられたことか らも示唆されるように,感染拡大防止策には 1 回接種 者をも感受性者とみなした対策が必要であり,本邦で は中高校生における 2 回接種者は未だ少ないこと,罹 患歴と予防接種歴を把握できている学校はほとんどな いという現状を考慮した場合,麻疹が発生した学校に おいて患者と感受性者の接触を防止するには休校措置 が必要であると考えられる.麻疹患者が学校内で発生 した際の休校措置の必要性については,「学校におけ る麻しん対策ガイドライン」5)に明記されており,潜伏 期(通常 10〜12 日)以上の閉鎖期間が望ましいと記 されている.今後,本邦でワクチン 2 回接種率が高まっ た場合には休校措置でなく,感受性者のみの登校制限 で流行拡大を阻止し得る可能性もあるが,少なくとも 生徒の罹患歴と予防接種歴を正確に把握できていない
学校では休校措置が必要であり,さらに 2 回接種者の 少ない学校も休校措置を検討すべきと考えられる.
接種歴のある症例群は,ない群より有意に軽症との 結果が得られたが,VE の算出結果から,1 回接種者 の約 6% が麻疹を発病する可能性のあることが示され たのに対し,2 回接種歴のある生徒には症例発生がな かったことから,今回の結果は 1 回接種の限界,すな わち麻疹排除における 2 回接種の重要性を示している と考えられた.ワクチンの種類(MMV,MMR)や 製造会社別の VE には有意差を認めず,発病を左右す る因子である可能性は低いと考えられた.
一般的に麻疹患者との接触から 3 日以内のワクチン 接種により発病阻止や軽症化が期待できるとされてお り,緊急ワクチン接種の集団発生時における有効性を 示した報告も散見されるが6)7),種々の対策とともに実 施されるため,ワクチンのみの効果は評価が難しい場 合が多い.本事例では,調査結果から実際の発病者と ほぼ同数の約 30 人の発病が予防できたと推計された が,発病者の登校が 3 月中旬以降も続いており,3 月 23 日の休校措置による感染伝播遮断のみでは,既に 曝露された生徒群における,3 月 28 日以降の新規発 病者を完全には阻止し得なかった可能性が高い.28 日以降の発症者が少なかった要因は,偶然に感受性者 が曝露を受けなかった,あるいは,発症後も登校して いた三次感染以降の症例 5 人の内訳が,授業への参加 が 2 人と学外での活動(試合等)への参加が 3 人であ り,学内における曝露者が限定的であった,などが考 えられた.さらに曝露から 3 日を超えた場合でも,緊 急ワクチン接種が感染者の発病予防及び感染拡大防止 に有効である可能性も考えられ,過去に同様の考察を 行った報告も存在するが8),この点については今後さ らなるデータの集積が必要である.WHO のガイドラ インでは,難民キャンプ,病院,軍兵舎など濃厚接触 の可能性のある居住区や施設で集団発生が探知された 場合,迅速な補足的ワクチン接種の実施を勧告してい る.
同校の 2006 年度 1〜3 年生における集団発生前のワ クチン接種率は 87.2% であり,同じ年齢群の全国平 均 89〜95% とほぼ同等の結果であった9).本事例調査 で,積極的な対策により未罹患・未接種者が 1 人のみ となった同校においても,対策後(2007 年度 1〜3 年 生)の推定感受性者数は対策前(2006 年度 1〜3 年生)
の半減にとどまり,なお 20 人規模の集団発生リスク を有すると示されたことから,2 回接種率の向上はも とより,麻疹発病者発生の早期探知など,平時からの 対策の重要性も再認識された.具体的には,母子健康 手帳などの記録による入学時の接種歴把握や 2 回の予 防接種を受けていない者への接種勧奨,校内における
発病者発生の早期探知が重要であり,これら基本的対 策の実施が,集団発生規模に大きく影響すると思われ る.2007 年に麻疹流行がみられた東京都では,東京 都教育委員会が主体となり,主に都立学校を対象とし た罹患歴・接種歴調査や緊急予防接種など,流行拡大 阻止を目的とした積極的な対策が実践された10).また 前述のガイドライン5)でも,校内で麻疹患者(疑い含 む)が 1 人発生した場合の早期対応の必要性が強調さ れている.今回の調査から,発病者発生を探知した場 合の保護者への情報提供方法としては,文書による通 知のみでは不十分であり,特に感受性者に対しては電 話等によるより積極的な情報提供と接種勧奨が必要と 考えられた.接種勧奨は未罹患・未接種者はもとより,
接種歴不明者や 1 回接種者も対象にすべきであり,登 校前後の健康観察も校内の感染伝播阻止に必要であ る.さらに 2 次感染以降の発病者が発生した場合は,
有症者に外出を控えるよう指導した上で休校措置等の 対策も考慮すべきであり,これら平時から集団発生時 における準備と対応は,学校と行政,医療機関の密な 連携のもとでの構築が不可欠と考えられた.
謝辞:本調査支援において多大なご協力を頂きました,
東京都教育庁 清古愛弓氏に深謝いたします.
なお,本論文の要旨は,第 82 回日本感染症学会総会学 術集会(2008 年,島根)で発表した.
文 献
1)厚生労働省,国立感染症研究所:感染症発生動 向調査感染症週報 2007 年第 51 週.http:!!idsc.ni h.go.jp!idwr!kanja!idwr!idwr2007!idwr2007-51.
pdf.
2)厚生労働省,国立感染症研究所:感染症発生動 向調査感染症週報 2009 年第 4 週.http:!!idsc.ni h.go.jp!idwr!kanja!idwr!idwr2009!idwr2009-04.
pdf.
3)Mason WH : Measles. In : Kliegman RM, Behrman RE, Jenson HB, Stanton BF, eds. Nel- son Textbook of Pediatrics(18th ed). Elsevier Saunders, Philadelphia, 2007;p. 1331―7.
4)国立感染症研究所感染症情報センター:麻疹予 防接種 情 報.http:!!idsc.nih.go.jp!disease!measl es!01.html.
5)国立感染症研究所感染症情報センター:文部科 学省,厚生労働省監修,学校における麻しん対 策ガイドライン.http:!!idsc.nih.go.jp!disease!m easles!guideline!school̲200805.pdf.
6)越田理恵,川島ひろ子,中村英夫,渡部礼二,西 田直巳,成田光生,他:大学での成人麻疹集団 感染と緊急ワクチン接種による流行阻止.日小 児会誌 2005;109:351―8.
7)宮澤 裕,東裕利子,金田智子,高橋宏子:創 価大学における麻疹の流行とその対応.CAM- PUS HEALTH 2008;45:53―8.
8)Ruuskanen O, Salmi TT, Halonen P:Measles vaccination after exposure to natural measles. J Pediatr 1978;93:43―6.
9)国立感染症研究所:厚生労働省感染症流行予測 調査事業.2006 年度 年齢別!年齢群別麻疹予防 接種率(全国).http:!!idsc.nih.go.jp!yosoku!An nual-J!2006!06menu.html.
10)小黒有紀,寺西 新:東京都教育委員会の麻疹 対策.臨床と微生物 2008;35:73―7.
A High School Measles Outbreak
―Control Measures and Vaccine Efficacy―
Koichi TOKUDA1)2), Masami IKARASHI1)3), Kumi Ueno YAMAMOTO4), Keiko Tanaka TAYA4), Kazutoshi NAKASHIMA4), Yoshiko NAKANISHI5), Fumiko SHIMA5), Arata TERANISHI6),
Kiyosu TANIGUCHI4)& Nobuhiko OKABE4)
1)Field Epidemiology Training Program, National Institute of Infectious Diseases,
2)Department of Pediatrics, Kagoshima University Graduate School of Medical and Dental Sciences,
3)Japan Maritime Self Defense Force, Ministry of Defense,
4)Infectious Disease Surveillance Center, National Institute of Infectious Diseases,
5)Nerima Public Health Center,6)Board of Education, Tokyo Metropolitan Government
Epidemiological investigation of a March 2007 detected measles outbreak of 28 cases in a 792-student high school in Tokyo. Students with a vaccination history had significantly milder symptoms than those without, and no cases occurred among students having two of measles vaccine in two doses of measles vac- cine in their childhood.
Vaccine efficacy(VE)calculated in our investigation was 93.9%(95%CI : 87-97),and no significant differ- ence was observed in vaccine type or manufacturer product.
Students and parents were extremely difficult to persuade to cooperate in control measures such as emergency vaccination and home isolation through notification letters even during outbreaks. Schools should thus develop measles outbreak preparedness and response plans and identify potentially susceptible students in advance through documented proof of case histories and MCV vaccination. Outbreaks should promote early detection of patients and emergency vaccination targetting potentially susceptible students backed through close cooperation with medical facilities, education institutions, and the public health sector, together with school closures as appropriate.