ア ー ノ ル ド
・ ト イ ン ビ ー の 肖 像
歴史 学か ら比 較 文明 学へ の道
吉 澤 五 郎
目 次 一 トイ ンビ ー生 誕一 二〇 周年
﹂ を迎 えて 二 ト イン ビー 思想 の現 在
﹁グ ロー バリ ゼ ーシ ョン
﹂論 の指 標 三 ト イン ビー の知 的履 歴
﹁ギ リシ アへ の 愛﹂ と超 克 四 ト イン ビー の比 較文 明 学
﹁近 代歴 史学
﹂ の彼 方に 五 二 一世 紀の 文明 史像 と トイ ンビ ー
一
(A. トインビー 1889‑1975)
一 ト イ ン ビ ー生 誕 一 二
〇 周 年
﹂ を 迎 え て 新た な二 一 世紀 の開 幕 は︑ 周 知の よ うに
︑ 国連 の
﹁文 明 間の 対 話国 際 年﹂
︵二
〇〇 一 年︶ とし て 始 ま っ た︒ 他な ら ぬ
﹁文 明﹂ と いう 全 体論 的 な概 念が
︑ 新し い 世界 秩 序を 読 み解 く キー ワ ード と なる
︒し かし 現実 に は︑
﹁新 し い冷 戦﹂ の 暗 雲が た ち こ め︑ む し ろ対 話 を拒 む
﹁文 明衝 突 説﹂ の 翳り も 深い
︒ 今日
︑ 二一 世 紀と と もに
﹁ 第三 千 年紀
﹂を も 迎え る
︒と く に︑ 人 類文 明 史の 根 本的 な 変容 と して
︑ 二一 世紀 を つつ む
﹁第 三 千年 紀
﹂の 意 味は 重 い︒ ち なみ に︑ 西欧 キリ ス ト教 世 界で の
﹁千 年 紀﹂
︵ミ レ ニ ア ム︶ 問 題 は︑ た んに 千 年を 画す る 数値 と いう よ り︑ 一 種﹁ 黙 示録
﹂ の恐 怖 と希 望 を秘 め た﹁ 世の 終 わり
﹂ に対 す る懸 念 が深 い
︒ とこ ろで
︑ 二一 世紀 を 覆う 難 問は
︑ 基本 的 に﹁ 文 明の パ ラド ッ ク ス﹂ と い う 観 点 か ら捉 え る べ き で あ ろ う︒ そ の 歴 史 的 な 淵 源 は︑ 本 来文 明 の誕 生問 題 に遡 る とも い えよ う
︒も と より
︑ 文明 社 会の 礎 とな る
﹁農 業革 命
﹂は
︑ 食糧 生 産の 増 加と 技 術的 な 進歩 に よる 人 類史 の 発展 を約 束 する も ので あ った
︒ しか し
︑そ の 代償 と して
︑ 経済 的 な格 差と 階 級分 化 とい う 社会 的 なひ ず みを 背 負う 身 とな っ た︒ そ の矛 盾と 相 克は
︑ 不幸 に も歴 史 上の 構 造的 な 差別 と 破壊 的 な戦 争 への 道を 拓 いた
︒ 今日
︑ この よ うな
﹁ 文明
﹂ 概念 の
二 律背 反 的な 両 義性 が 醸す
︑ 重大 な 試練 と 超克 の狭 間 にあ る とい え よう
︒ 現代 文 明は
︑ その 命 運を 賭 けた 運 命的 な 岐路 に立 っ てい る
︒問 題 の 核 心 は︑ と り わ け 近 代 文 明 の
﹁人 間 の 原 理﹂ を 中 心 と す る
﹁上 昇の ダ イナ ミズ ム﹂ が︑ 一 部 の楽 観主 義 を こ え て﹁ 文 明 の 同 時 崩壊
﹂ とい う 死の 記 号を 秘 める こ とで あ る︒ 現況 は
︑一 方 に科 学
・技 術 文明 の 恩恵 と して
︑ 人類 の 夢を 託 した
﹁世 界 の一 体 化﹂ が 実現 し
︑さ ら に人 間 の知 的 地平 と 物資 的 な富 もは る かに 増 大し た
︒ 他方
︑ 今日 世 界に は びこ る 核拡 散 の脅 威 や﹁ グロ ー バリ ゼ ーシ ョ ン﹂ の 波 は︑ 超 大 国 の 政 治 的対 立 や 南 北 間 の 経 済 格 差 を 助 長 し
︑病 め る﹁ 地 球 と 人 間﹂ の 症 状 を 深 め て い る︒ 現 に 地 球 上 で は
︑ま だ 三 万発 を こえ る核 兵 器が 貯蔵 さ れて い る︵
﹁国 際 原 子 力 機 関﹂ 報 告︶
︒ いわ ば︑ 地球 その も のが 危 険 な 火 薬 庫 とな り
︑人 類 の生 存 を脅 か して い る︒ 他 面︑ 続 発す る 地域 紛争 や 迫害 等 から 逃 れ︑ 強 いら れ た移 動 下に あ る難 民 の数 は
︑す でに 三 千二 百 万人 に も達 し てい る︒ さら に︑
﹁一 日 一ド ル以 下﹂ の 生 活に あ え ぐ 人 び とは 十 三億 人に の ぼる
︒冷 戦後 の今 日 も
︑﹁ 平 和 の 配当
﹂か ら 除 外さ れ た貧 し い人 び との 悲 惨な 姿 は消 え ない
︒ とこ ろ で
︑今 日 の 流行 語 と な る
﹁グ ロ ー バ リ ゼ ー セ シ ョ ン﹂
二
︵ グロ ーバ ル 化︶ と い う概 念は
︑ま だ言 葉 の多 用 と乱 用 の 渦 中 に あり
︑ かな ら ずし も﹁ 共 有さ れ た定 義
﹂を み ない
︒ 一般 的 な意 味 では
︑ さし ず め昨 今の 経 済・ 技 術の 国 際化 や アメ リ カ主 導 の世 界 市場 化 を指 す こと にな ろ う︒ も っと も
︑広 義 にみ た
﹁グ ロ ーバ リ ゼー シ ョン
﹂の 原 像 は︑ 人 間本 来 の
﹁移 動 す る人 間
﹂︵ ホ モ・ モ ビリ タ ス︶ と その 地理 的 な拡 大 を基 本 とし て おり
︑ それ 自 体を 悪 と する も の で は な い︒ 少 な く と も︑ そ の 基 本 概 念 は
﹁一 つ の 全 体﹂ と して の 世界 認識 で あり
︑ さら に 今日 的 状況 と して の
﹁世 界 の縮 小
﹂か ら
︑と くに 国 家を こ える 相 互関 係 の望 ま しい 調 和と 進 展を 期 する も ので あろ う
︒ 今日
︑経 済 の自 由化 や 情報 技 術等 の 発達 に より
︑ ます ま す世 界 の相 互 依存 性は 深 まり
︑﹁ グロ ー バリ ゼ ーシ ョン
﹂の 急 速 な 進 展 をみ て いる
︒ もは や︑ か つて の よう に 主権 や 領土 概 念に 加 護さ れ た神 聖 不可 侵 の国 境も 徐 々に 消 失し
︑ 自由 な 人口 移 動や 情 報交 換 も可 能 にな っ た︒ つま り
︑従 来 の﹁ 一 国の 国 際化
﹂ とい っ た︑ 国 家主 体 の世 界 参画 や伝 播 とは 趣 を異 に して い る︒ 反 面︑ 現 代世 界 の 情景 は
︑と く に 西 欧お よ び ア メ リ カ 等 先進 国 の 経 済 戦 略 と し て︑ 世 界市 場 の独 占化 と 一元 化 にあ る
︒い わ ば︑ 冷 戦型 イ デオ ロ ギー の 残像 と もい える
︑ 強者 の
﹁力 の 論理
﹂ を盾 と する
﹁ 一つ の 価値
﹂ の支 配 と強 制が 潜 んで い る︒
この よ うな
︑ 世界 大 の﹁ 同 質化
﹂ と﹁ 多 様化
﹂の 波 に揺 れ る対 抗 形態 は
︑現 に
﹁グ ロ ーバ リ ズム
﹂ と﹁ 反 グロ ーバ リ ズム
﹂ をめ ぐ る激 し い闘 争 とし て 展開 さ れて い る︒ 身 近に は︑ ち ょう ど 最新 技 術の シ ンボ ルと し て世 界 を駆 け巡 る﹁ レク サ ス﹂
︵ト ヨ タ の 国 際 的高 級 車︶ と
︑伝 統 的価 値 のシ ン ボル と して 人び と の心 に 根づ く
﹁オ リ ーブ の 木﹂ の せめ ぎ 合い と して 語 られ たり す る︒ ま た︑ 日 常風 景 の﹁ マ クド ナ ルド 化
﹂現 象 とし て
︑人 間の 合 理的 な 均一 化 や機 械 化に 対 する 危 惧の 念 も深 い
︒ とり わ け︑ 今 日に み る﹁ グ ロー バ リゼ ー ショ ン﹂ の 進行 は
︑世 界 の不 均 等な 発展 か ら新 た な序 列を 現 出し た︒ い わ ゆる
︑﹁ 開 か れ た社 会
﹂の 極 度の 変 形と 危 機を ま ねく 事 態と なっ た
︒と く に︑ ア メリ カ のグ ロ ーバ ル 覇権 や 一極 支 配構 造 のも とに
︑ 極端 な 市場 万 能主 義 や競 争 主義 の 罠に 陥 って い る︒ そ の結 果︑ 一 連の
﹁ 地球 規 模の 問 題群
﹂ とし て
︑資 源 枯渇 や 貧困 問 題さ らに 環 境汚 染 や気 候 変動 等 の異 変 が押 し 寄せ る こと に なる
︒ 他な らぬ
︑ 人間 の 総体 的 な不 安 状況 を 告げ る
﹁グ ロ ーバ ル 危機
﹂ の到 来で あ る︒ 今日
︑ 国連 大 学を 中 心に 提示 さ れた
﹁グ ロ ー バ ル 危機
﹂︵ 世 界 危 機
⎜
W o rl d C ri si s
︶の 特 徴 は
︑た ん に
﹁政 治・ 経 済﹂ 上 の 危 機
︵五 百 年︶ に 留ま ら ない
︒ その 全 体の 様 相は
︑す で に武 者 小路 公 英氏 が 人類 史 的な 危 機と し て描 く よう に
︵﹃ 平和 研究
﹄︑ 二 七︑
三
日本 平 和学 会︑ 二
〇
〇二 年
︶︑ さ ら に﹁ 文 明
﹂の 危 機︵ 五 千 年
︶ か ら﹁ 生 活・ 生 命﹂ の 危 機︵ 五 百 万 年
︶に ま で 遡 及 す る
︒い わ ば︑ 相 互に 時 間系 列の 異 なる
﹁ 三つ 巴 の危 機
﹂が
︑ 同時 に 進行 す ると い う前 代 未聞 の悪 夢 であ る
︒事 実
︑人 類 と生 命 圏の 未 来は
︑ 深い 憎 悪に 満 ちた 戦争 お よび テ ロ行 為 の連 鎖 や︑ ま た自 然 環境 の 破壊 と 生態 系 の悪 化等 に よっ て
︑他 な らぬ
﹁ 宇宙 船 地球
﹂ 号の 運 行を 危 うく し てい る︒ 眼 前の
﹁ グロ ー バル 危 機﹂ は
︑広 く 文明 史 およ び 生命 史 をも 包む 根 源的 な 危機 を はら ん でい る
︒現 代 に課 さ れる 大 きな 試 練と 挑戦 は
︑一 面 これ ま で人 類 文明 史 が営 々 と築 い てき た
﹁負 の 遺産
﹂と も いえ よ う︒ 他方
︑こ の 緊急 事態 に 際し て
︑国 連 が唱 導 する
﹁ 人間 の 安全 保 障﹂
︵
H u m a n S ec u ri ty
︶問 題 が登 場す る
︒こ の 新 し い理 念 は
︑ 国連 開 発計 画の
﹁人 間開 発 報告
﹂︵ 一九 九 四 年︶ と し て 発 表 さ れ たも の で︑ 現 下の グロ ー バリ ゼ ーシ ョ ンを 一 因と す る﹁ 人 間と 地 球﹂ の 破壊 に 対す る告 発 でも あ る︒ い まや
︑ 国家 主 体の 軍 事的 な 安全 保 障だ け でな く︑ 人 間中 心 の視 点 に立 つ 包括 的 な安 全 保障 の 概念 と 方策 が 要請 され る
︒そ れ は︑ こ れま で
︑主 と して 先 進諸 国 が強 行 した 経 済重 点主 義 に対 し て︑ と くに 人 間の 生 存を は じめ 生 活や 尊 厳性 等 の深 まり を 期し た
﹁人 間 の顔 を した グ ロー バ ル化
﹂ への 目 標転 換 であ る︒ こ の﹁ 人 間の 安 全保 障
﹂の 遂 行は
︑ 日本 外
交 に課 せ られ た 重要 な 任務 の 一つ で もあ る
︒ま た︑ 二 一世 紀 の平 和 構築 に 向け た 最大 の 挑戦 で ある
︑ とい え よう
︒ 申す ま でも な く︑ 現 代文 明 の位 相 は︑ ま さに 人類 文 明史 を 画す る 大変 動 期に あ る︒ す でに
︑ 最初 の 世界 史 家・ ポリ ュ ビオ ス が大 著
﹃世 界 史
﹄︵ 全 四 十 巻
︑B C E 二 二 一
⎜ 一 四 四 年
︶の 冒 頭 で 明言 し たよ う に︑ 新 しい 歴 史状 況 下で は
︑こ とに 人 間事 象 の諸 出 来事 を 統一 的 に把 握 する
﹁ 全体 的 な研 究
﹂が 不可 欠 であ る
︒い わ ゆる
︑ 世界 史 的な 認 識と し て︑ 人 類の
﹁ 共有 遺産
﹂ を築 く 全体 的 な視 点 と意 味 解釈 が 求め ら れる
︒ これ ま で︑ 人類 史 上を 飾 る自 己 表現 も
︑全 体 の表 象 とし て
︑単 一 の普 遍 性と 多様 な 固有 性 の相 互 媒介 性 にあ る
︑と い えよ う
︒ 今日
︑ とり わ け﹁ 新 し い世 界 史﹂ 像 の 構 築 と し て︑
﹁個 別 と 普 遍
﹂の 両 者を つ なぐ 総 合へ の
﹁特 別 の意 欲
﹂が 必要 で あろ う
︒そ の 先達 の 一人 とし て︑
﹁ 二〇 世 紀最 大の 歴 史家
﹂と も謳 わ れ た ア ー ノル ド・ トイ ン ビー の姿 が あ る︒ こ の ほ ど︵ 二
〇
〇九 年
︶︑ 折 し も﹁ ト イン ビ ー生 誕 一二
〇 周年
﹂ を迎 え た︒ トイ ン ビー は
︑い ち 早く 今 日の
﹁ 地球 文 明﹂ に かな う 新し い 世界 史像 を 大成 し
︑明 日 の人 間 と文 明 の命 運 を真 摯 に問 い かけ た
︒い ま︑ 二 一世 紀 の道 標 とし て
︑そ の 歴史 的 知見 と 洞察 に 学ぶ 意 義は 深い
︒ 本稿 で は︑ あ らた め てト イ ンビ ー の知 的 肖像 を 描き な がら
︑そ の 卓抜 な 知的
四