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津軽南部地方の湧水と水環境

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(1)

津軽南部地方の湧水と水環境

弘 前 高 等 学 校 福 士 書 一

1 . はじめに

日本は,温帯地域の島国のため降水量が多く山紫水明で,良い水に恵まれてきた口しかし,近年 さまざまな地域開発が進められてきた結果,水をめぐる環境が悪化し,蛇口をひねれば安全で、おい しい水が飲めると L 寸神話がくずれてきた二大都市でほカピ臭や塩素尖,有害物質の除去のための 浄水器がつかわれ,安全で健康や美容にもよい美味しい水としてボトルウォーターが発売されてい る二安全性に不安を持ちながらも,わが国の 95%以上の人達は水道の水を飲んでいるのであり,私 達が住む津軽南部地方の人達の多くも,岩木川や浅瀬石川から収水している水道水を飲んで、いる

C

しかし,昭和 3 0 年頃までのわが国の水道普及率は 30% に達せず,この津軽地方でも水道水を飲ん でいたのは,昭和 7 年に着工し昭和 1 1 年に完成した弘前市街地だけであった(黒石市の水道は昭和 3 8 年九一般の家庭では,手押しポンプ井戸・釣瓶井戸・掘抜き井戸・湧水(シツコ・シズコ)の 井戸で飲料水をえていたっ手押しポンプ井戸を除いては. 10‑20 軒ぐらいの共同井戸で,特に,掘 抜き井戸・湧泉井戸は,現在の富田のシツコの様な水枠(大抵は 2っか 3つ)で飲料水をえ,米を 磨いたり野菜なとミを洗ったのである

D

そこは井戸端会議の場であり,近所の人達の親近感の醸成の 場でもありましたっ平賀町本町の私の家でも前の家の井戸へ天秤棒で前後に桶を担いで水を汲にい き,台所のめんじゃ(流し場)の桶に;留め,飲み*.洗面,煮焚きに使ったのであるコ汲むにいく のが少量であるので丁寧に使っていたと思うコ*(ま少し赤茶けて渋みがあり今からいうとまずい水 であったっ昭和 3 1 年,後ろの家の掘抜き井戸をさらに上総掘り(となり村の大光寺に職人がいたっ) で深く掘り,簡易水道になったので,前よりはおいしい水を蛇口で飲むことができた苧母の里は弘 前市小比内の船水家の湧水の井戸で、あったので, きれいでおいしい水が湧きでていて 25軒ぐらいの 家で汲みにいっていたコ山里などでは,小川の水で鍋や茶碗を洗ったりしていたが, ときどき腸チ フスや赤痢などが流行したっ

昭和 3 0 年頃から普及した簡易水道は生活を一変させたっ蛇口から水がふんだんに出て,風呂を持 つことができ,洗濯機を普及させ,食器洗いを簡単にさせたっ人々の生活は衛生的になり,いわゆ る垢抜けし,伝染病もぴたりと無くなったョ農村地帯も近代化がはじまり耕地整理が行われ,曲が りくねった堰もコンクリートの用水路に変わっていったョ用水路には白浄能力を越えた汚濁排水が 流れ込み,水質は急速に悪化したこ私の所も,昭和 63年には浅瀬石川ダムからの上水道がひかれ,

今年からは下水道もヲ│かれることになり,水環境も近代化してきたコ

生活は効率化され便利になったが,味気ない直線的な風景が展開されるようになったコ清らかな

ν

(2)

せせらぎが失われ.潤いのある水場がなくなり,人々の関保も希薄になって靖諸もなくなってきた のであるコそこで,身近にある清法な水で,古くから地域住民の生活に融けこみ,住民によっ 全がなされてきた湧水が注巨された字昭和 6 0 年環境庁によって身近な立を弘症し, B  重さが再認識されるよう「若本名水 E としてえらばれたのである

口 u

H U

  水百選

さの再認識や し , さらに しの

: p f f .  

~ては,

ら 7 8 4

: )   ,次のよう により 1 0 0

I } i  間辺環境,

による保全活動がある とし,他に

ら見て,

( 2 )   上の二項を

( 3 )   規模 (4)  故事来歴 ( 5 )   希少性,特異性,

を勘案している

は,弘議事の富自の活水,王子資重 I の j 軍神の清水がえら ; f れたのである=清水は,一般に はシミズ,キヨミズと言われているが諜軽ではシツコ,シズコ,枝問・宮城ではシズ,スズ,北陸 ではショウズ¥九州ではソウズなどと呼ばれる苧スズというのはススグの詑幹でヨ t で、清める J 意 から l j 青進 j 紫粛する場所」で宇治山田(現伊勢市)の五十鈴 1 1 1 などそれにあたるが,スズというの はきれしミな水と関係があり,スズ(鈴・珠洲),スズキ(鰭・鈴木,鈴置・須々という主主名も

き出るところと関?系があるようであるつ

シツコ・シズコのコというのは,ベコッコとかリンゴ、ツコと同二接尾語と考えられる会ち なみに,弘前市大清水をいまではオオシミズとよんでいるが,前にはオオシスといっており,これ

もなんでもなく,こちらが本来の呼び方といえるので為る そこで青森県の百名水について述べてみようコ富田

,津軽藩主信政のとき,旧郵便局のところ 三河の今泉伝兵衛,

白五の紙議議入を語いて, 格町(現在{立中央分離帯に その椿を{吏用し,富田のシヅコで譲たのであるな 水のところから保健所西南の低いところま

りに歩いたとし寸。土手町の商家の著し

選 伯合 ら取寄せた楕を楠えている)に捕を

「弘首総 f 臼絵[ま I J では,御膳 で水桶で ちが, ここに 7 J (

を な

にくるのが日課であり,

かち持娼が払下げら

の初め頃まで重い もなくなり,専ら

ミでいたというみ製紙;ま明治;こ をj 鹿き直して細々と行っていたが,昭和 2  したとし¥うっ と L て利用され,水槽が 4 つに仕切られ,水の流れる J I I 員

‑ 4 0  

(3)

に飲料・米磨き・

ミ .

i 軍神の j 毒水;丸町の中心から の

F

害竹から小国に山越えする する済であった

3

また,

ここの清水で日を洗うと治ったという られてきたコ

ルールが決まっている。

に至るぞ f 山の麓の道沿いにある湧水。昔の旅人が平賀町

,)日神

山にいく前に人馬が本を飲み一体み をはったとき隈病になったさい,

といわれ, 日の守護神として崇め

ここでわが国の水がなぜ美味しいのか触れてみたし九日本では 1 1 J が誌とんど木々の緑にかこまれ,

巨大な水がめとして機能している

3

雨と雪は落葉正葉摺(酉議日本も高い出}の奈によって語、過さ れ,地下水となりJlI となるコ日本の河 1 1 1 は急流が多く,水中にたくさんの薮素を含むことになる=

また,渓流沿いの樹木から 吸い為げた でいるベまた,

資 料 おいしい水む水嚢粂件 葉が落ち , i 可水はまた石灰分も多く

山にぬみこんだ地下水も,日本は火山が多く 配も急で、地下水の i 走れも速く,本の新諌代蓄量も

日本の水の土中での;書官時需;ま一般に数年から であり, U J 護や票状撞の浸井戸の水は一般に新鮮で味 がよいコヨーロッパの本の子均;書留時間

' J , ミネラル含脊量が多くなり過ぎてまずい水になる

フ ヴ

1 )  

九数量については資料工を参照されたいご

まずいといわれる水道の水で、も冷蔵庫に入れて 14~

1 5

0

C に冷やせば,いく分おいしく飲めるつ

回. ?勇水の形態

次に j 鼻水の形態について述べてみたいー地形でみると 水・酒屋・ ‑サイダー・紙漉・紺,室・そ

が多いっ崖下j 勇水 l 立本が少量で,

どがあり,信仰との関係が深い乞

‑小杉沢の水道水源・農業用水・桜林の水道水源・

開の水;原地など信仰にも関採があるが,どちらかというと

(嬢生省}

ム消費最

: l : M ;   S 失 pH 

タイプとしては,裂隷泉は岩石の書

IJ

れ E や節理の裂け目から調き 神 社 .{軍神のj 毒水があるコ池状泉

主 るが, 一自 i 相 1 1 上流の十和田貴船神社がある

d

ように i 議き指てくる るが,弘前市石 ' 1 1 の御茶の水・

などがそれにあて改まる

2

4 1  ‑

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1 0 0 m

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3‑30m

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3 以下 0 . 4 m q m q / l 以ド

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0

C 以下

も多く,数料 て手1j,Eちされていること

いろは

‑または小沢大 されている

ο

るが.東目躍 らj 勢

み のマリ

(4)

N. 津軽南部地方の湧水

「日本名水百選 J ,こ準じて,昭和的 ‑63 年までに,青喜県で が選ばれた苧{資料

,  30 のうち 27 が湧水で, 3 が河川水(うち滝 2 )である

C

そのうち宰軽地方のものは

について みたい

資 料 2 むのものとヰ異なる二) 前市)

観音巡り一番札所・

(弘前市)

を 2 として久波寺と改称手 十三

のj 勇水・白蛇神社も近くにある苧 タムロンに している

笹清水九頭龍権現 江戸時代に秋旧

j 者向という人がきて,現在の青銀弘鶴本昌のところで紅花告を開いたコある日,台所から 1 びきの蛇が出てきたので「蛇は実金の神と申す」といって飼ったところ大繁盛したっところ がだ、んだん大きくなって来客が気味悪がったので,宇和野の森の義松の霊泉の浅くところを げてきて, したが,あまり人目につくようになった,よし を見つ けてきた J といって,そこに棲まわせ,吉日をえら

の神社という

(弘前市)……神社は最上神社というが,

かき,龍神であるコ断崖絶壁をめぐる

して記ったのがいま

がみ神社 J といったおおがみは霊と 宅にあたり,大和 沢 J l f の涜れ自体は龍神の拐体で,貴船神社の地;ま頭である 走るだけでなく,

水のように地中 社の龍神・

自由自在に頭を出したのが各地の議本である叩中野の;毒水・三岳神

‑大清水. i 育水森の清水などまさ i 二八頭龍であるごまた,

は,大清水#堀越の

日を諾う水を汲みにいった所といわれているつ のj 青木(弘前市)……前述コ

( 1881 )  ,明治天皇が御巡幸された折りに,料理やお茶にこの 本が科用された

2

水増は 3 つで,第 1 ,第 2 が飲料水で,第 3 の枠で器物類を洗浄している

れになち,昭和 5 9 年修復されたが,現在また水量が少なくなっている

Jま二、約

審胸肩神社(弘前市)……市杵島比売・田心比究・多岐都比売の宗像三神を記'),境内に j 毒水が j 勇き,通称「弁天様 J といわれている

3

美人になるといわれ,龍蛇の絵馬が奉納されている

3

というョ仏教に入って舌・財・福・智慧・延寿を

‑・…・大和 j 尺 J I I 扇状地試流の湧 * i 告で罷霊神を 現在, {

μA

(5)

資料岳 マムたちの名本 J の水質調査結廉 r ,  初: d Jl llJ 刻字

1

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,) JJ 若手市 何 )11 ノド 7.6  7.1  :3.

1. 7  O.

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D.02  1.日 1.:)7  D.OO  0.3  0.17  .お 0.03  O.()

(j 

0.03  0.32 

13i!~袋の水

のみ 1'

,J'

lll lJ rli  j 呼ぶ 12.0  3.D  6.5  22.3  2.5  325  14f'j  L の減水 (しらうえのゆっ

4、)

!寸Ll I+l dJ  湖水 ]2.0  3.0  6.5  27.1  2.2  :5.2 ,1  I  ~~落人の燃の水 {川と山内みれ ート手lI UJrH I ぬ/)< 10.5  3.0  6.7  12.2  1. 4  2.44 

弘品

16 お;水大切 j神の水{か川 ト和fH rli i 労/)< 13.0  3.0  6.0  3 1. 4  2.6  17 小紗沢の湧水 18 縦常法/)< ;勇手 C 6.70  191 自;J<観音水

{皐よJ

,寸ずかんのリ j 兎/)< 10.0  0.29  20 堂ヶ平松清水 しみず) 弘前市 t 労ノド 10.0  0.25  21 羽黒神社 3 霊泉

1

, まのしつこ) 樹木間 i 魂水 12.0  1.お 22 八甲部浪水 23 関恨の清水 24['‑1 翁泉

(jよく

戸町 l  ゆ/,K 1  10.0  1  17.0  G.5  1  29  1. 7  23  0.09  1. 7  <0.01  12  t 県;J<

(6)

大和沢川扇状地と湧水点

~泊 5∞m L.ーー」ーー‑i

畠;量氷点 しつこ 富田の清水lしつこI平J 大和沢の吠流水の;鼻水です

N' 

... 11 

士清水 国道7号館

資料③

弘前市街地と周辺の地形

AAs u

τ  

E

ヨ開析昔

(

菅地) 匿 酉 洪積台地

~ 扇状地 0

0  

O  O  O 

o .  0 

o  0 

0 .0 

資料④

(7)

;ま;埋めたてられて, の遊園地になっているニ 現 在 は

板垣家清水2 1軒→ 5軒 , 船

ワンゴ畑の清水 ……堀越小学校北方会休憩持の欽患と

ポンプ i こよう れ ハ

仏分離で, l ま (弘前市〉…・

となったが,本来は古野山の本持を祭~)

,裏の小誌に龍神を杷っている宇津軽為{言が違較を 統一すると,散味方の戦没者の霊を軍めるために大祭壇を築き,領内の全警告を

を行い,ここの良水を献ピたと~

)う二称名曜の裏にも清水が

4

つあり,

家の門口の下から i 勇水がでており,

までの j 香水は,大和沢 J f I

や }

3

⁝ る

ピ や ヵ

/j 

L ているつ

…大沢喜方の堂ヶ平山の中震にあり,津軽地方の修験の地と L い竪史を持つむ樹齢 7 0 0 年ぐらいの殻明杉があり,

を示しているョそれに j 患の中

る コ もここま

口から7k会 q まと L f しってい るつ鷺康水と L て汲みにくる

…比叡山に天台法華宗を開いた最澄は,

大 の

くった

3

つづく,円仁(慈覚大詰)は宮教を学び ¥j 善治、ら 観音・毘沙問崇拝のいとぐちをつくり,神仏j 昆 j 肴を

をおき,修

J

験道イヒを

もと まれる基礎をつ

に認めら

自覚

j 竜の中に

をもっため,回峰移行 ¥ ま

不動明王の姿を感得し,掠きついたところ,

日の難行の上,不動明王を彫ヮてirIE 1 )   ,務 J I I 明王誌を関宮 J I し ることが多く,水神信{印と

秋詰 ま

を記

り,

五ているコ にも桂の木があり, ぱを乾か L て援み, したのと混 仏前に供えていたことを患い出す

i

…~関山の中漢にある士

に,石川で され,

つことも呼んでし

E

るが, s ) J   を召されたこと

4 5  

(8)

による

田貴船神社{大鰐町)……三日内 1 ) 田山山中の貴船神社 津軽の十和

られてい 一 一 一 ロ ロ

ド い

J T

ミをしたっ山j 菜いため江 撃して貴船神 して 社としているご山上に池があり,三自 i 勾川から平Jl I 下淀の人々

し I モチ J といわれるク口サンショウウオ

よいか判断をする

3

また池辺につどいて,米銭の参{共{散{共}を池水に を占う合本謙信仰の場である

3

なお,宮司は本校の木田多 のお

大円寺

3 年(1 6 5 0 ) 3  コ明治初め弘前から

る む

と 1 , , ) つ 自 を残しているが,襲安 によって現在地へ移された

3

本尊は

てきて寺号を改称

c

は 2 代目会 ( 1 雄桂は萩のような在が咲き,

仏大鰐の湯野川窓会、ら湯をぬる ( 匝

に似た奇本として脊名っ

, y   ミ る ( J

める水として嶺で汲みにきた。現在;ま司 たと L 寸伝承もあり.弁天堂もあり,

れる

していると かれ

も考えられるので,古くは天台系であったと

は古くから 和田の小池があるコ

(弘前市)

ことが執権北条泰時

2 年 に 毘 沙 門 堂 の 別 ら子 は比叡山系(天

L U で,アチャラ ;人頂上にも/ト十

されている

O

桂の大木はごよいが,桂清水が残っており,

水をヲ I p ており,蛇口から本を飲むことができる

る広船神社の鰻音堂{ま,

るコ観音清水;ま裏山の湧き水かちヲ[1"ミてきている二簡 しても利用しているコ

(平賀町)

軒)…… として短ちれる L ミたる 自

いマリア{象がまつられ湧水が流れている三この;毒水は 黒石カトリック

にちなんでマワ

ら愛飲していたが,

しださい南フランスのルル

る , くりぬく,決壊する

さ く ら は , サ ク ル じ で え ぐ りこんで刻られたところにつく

として信仰されているの両方とも に利用さ

46 ‑

(9)

れている

. . . 1 8 名 と : ま , 夫 天 j で , 妙 見 に f ヒ身するつ弘前の良(うしとら=東北)にあたり, の

山王日吉神社,江戸のと野の寛永寺・ と同じ の 鏡 池 り,北の後に i ま る が , 今 は 水 が 語 れ て い る の 筆 頭 社 と し て 藩 政 時 代 か ら 倍 仰 さ f

J

  . 山 王 日 吉 の 小 社 が J うるご ご休替、されたとき

れている の;青水はきれい 水 量 も 多 し 眼 病 に 効 く と い わ れ て い る コ こ こ も 坂 上 を 治 し た と い う 伝 説 が あ る 《 健 康 水 と し て 本 を 汲 み に く る 人 々

岩本山神社御神水(岩本書 n … … 明 治 初 期 ま で 光 明 院 富 沢 寺 ( 真 言 宗 ) と をそなえていた

G

鳴 治 拐 め

ら本が流れ藩ちる口明

された

人 々 は 身 に つ い て い る 罪 や 械 れ を

(弘前市)……かつて

3 年 4

明 治 3 年 の 神 仏 分 を模し 出 j から清澄な靖水が流れてしミて,

となっている 清 水 龍 神 大 神 と

(岩木町) の 東 麓 弥 生 集 落 の 北 西 の I lJ梓の中に湧く。 ‑女童の 2 つ の 油 き つ 況 が あ り , 水 麓 豊 富 で あ る

地 は 農 業 用 水 に 広 く 利 用 さ れ て い る

E H 神社の霊泉(謀関軒〉

となっているむ

た と い わ れ そ の 1 つ コ 霊 泉 は 各 地 か ら 集 ま っ ち るコ散{共場の誌もあるつ

湯水池に十和田神社を配り,医 I の

医 … 一 ふ 吉 生ま

れっき され,

川を 町)

か っ た 苧 市 い に よ っ て 夫 に な る 人 が み ち の く の 外 ヶ 浜 に い る と 知 ら してきたコ五本松のところまで、きて,そばを流れる小 1 1 1 の誌と し て み る と 醜 さ 試 す っ か り 変 わ り 美 交 と な っ て い た

3

これも神仏の加

i と呼ぶようになっ

人の墓の台誌の屈下湧水色 っかり i 回れているが,

昌をなおすj 脅 7 J えとして信仰さ

4 7  

(10)

V. おわりに

日 よ与 いわれ, を な本を利用し まれ

てきた=世界の年平均降水量は 9 7 3 ミリであるが,日本はその1. 8 倍の 1 7 8 8 ミリである

3

しかし,降 水量の多い年もあるし,少ない年もあるご多いときは洪水になり少ないときは渇本になる《武田の

うまくゆくかどうか。人々にとっては死活問題であるコ

を始め j 良間五本松の加茂神社(言需),木造舘岡の広瀬神社(虫神),深浦成j 顧の龍田神社(風神) を領内 4 社として,雨乞い・止水の摂願をしていた

c

本源近くにある十指田神社も本源信仰のあら われであるコアドの恩恵に感謝し.ァ 1 ( の恐'簡を諸神仏に析ったのであるニ稲作民挟であるアジアの人

アジアで、は水神ナーガ,東アジアでは龍蛇を水神として信保してきたと龍は雲を 天するというが,雲が多くなれば耐を降らせる=地上の河の流れも龍蛇に似ているコ氷は西 E

ように不動明王・龍神の蔀神体となるのである

c

鎌 倉 3 代将軍の歌に γ 時により すぐれ;ま氏のなげきなり ¥)蓮蛇神を司水神としたのであるつ

山にあち,稲沖の成否 水が再られるかどうかにかかっているので,山岳信仰は多く を集めたご る山伏の{孝行が行なわれ,出羽三山や岩木山の 部もその例である

また水(土,罪・汚れを城う力を持つご水註すること,水を欽むことによって身心を るさもっとも生気のある水は湧き出したばかりの本である。正月に若水を汲み神にささげ,

を払うのも,泉や滝が f 言{年の対象;こなっているのもこの理由によるコ昔の人々詰寄気になる と,金もなく,いい薬もないので、湧き水を汲みに¥,>き,祈祷してもらい,神イムに主Ff i 人 病 気 を 治 そ うと L たのである。とくに目は湧き水のきれいな本で洗うと治 1 ) ,霊験あらたかなので日

として信印され.伝説もよく残されている

により る所が多い。

として,古い時 f t の津軽の神社や仏寺の誕生の地となり,

が建てられる前からの信仰の場として現代まで連綿とし

‑て¥,)

昭和 3 0 年から始った生活の近代化は,私達の生活にいろいろ影響を与えてきた

3

弘前市荷で法下 よって水股がきられ街轄水などの水j 回れをきたしている

3

また,富田の清水など雑現 による汚染が心配される。さらに大和沢Jl I 上流にダムを建設する

どの飲料水,奥羽本線近くのりんご加工・詑濯工場や農業用水に影響がないもめ かどうか心配される ダムができ,用水路ができて水不足の心配がなくなったが,用

水路;まじ くなり,ブナやドジョウが生めなくなり, トンボなどの

昆虫もいなくなり ないものになった土最近それが長省され,河)11の近自 批るようになっている くの腰巻 J I I がそうなっているが,まだま

違和感といえば. もあまりに近伐的に造 1 ) 遅ぎて不評であるとまた,謡に

4 8  ‑

(11)

からの清流にホタルが飛んでいたのに U 字溝になっていなくなってしまった。人為的な環境によっ て私達は多くのものを失ってきたのである口

最近,コンクリート化によって失われた水辺を市民の手に取り戻す水辺復権運動が盛んになって きたご大小の河川や,泉・池・沼は身近な自然のなかでとりわけ楽しみの多い場所として人々の記 憶に残っている♀「神が自然(田園)をつくり,人聞が都市を造った」という諺があるが,人間は 近代化=都市化の過程で水と緑を多く利用し,かつ,失ってきたのである

D

前は飲料水と農業用水 だけの利用であり,そう汚染されずに水循環が行われていたが,現在工業用水・上水道・下水道な

どで大量の水が利用されるご家庭の日常生活で使用する水の量は,飲み水の200 倍近くになってい るつ都市住民一人・一日あたり 500 リットルを使用しているコ洗剤などによる生活排水の汚染が心 配されるこまた農業用水も,化学肥料,殺虫剤,除草剤などによる汚染も心配されるご

人々の水を清浄に保つという生活倫理が失われたのほ,水道が設置されてからというコ水道のも たらした利便性は前述のように大きし L 便利になった分だけ水の使用量も増加し,自然の水に対す る感謝と畏敬と祈りの心は消失していった。水や川を汚さないという生活規範はゆるんだのである士 私達はもう一度水環境を考えなおさなければならないコ自己と子孫がおいしく安全な水が飲めるよ

うに,水源の山の緑を保全し,生活排水の汚染を少なくし,環境アセスメントを厳しくし,自然、と 人聞が共生で、きるようにしなければならない。

49 

(12)

②小沢龍神温泉裏古山家の湧泉

④笹清水九頭龍権現の湧泉

⑧胸肩神社の弁天様の湧水

‑ 50‑

(13)

⑪ 小比内船水家の清水(現在は簡易水道)

⑬清水森工藤家の門口下からの湧水

⑮ 堂ヶ平桂清水の龍口からの湧泉

‑ t

FH

(14)

⑪浪岡吉野田の十和田神社の霊泉

※岩手県浄法寺町天台寺の桂清水

5 2

参照

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