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公債に依る完全雇傭の理論

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(1)

公債に依る完全雇傭の理論

調

l︑自由主義経済の難鮎

ィ︑順位原則と隼産費原則

ロ︑生産の安定に必要なる條件

二︑経済政策の目棟と心ての就業率の決定要因

三︑国家介入に依る隼産畳の増加

ィ︑国家介入に依る完全雇倍宜現の前提條件

ロ︑ナーメルのインフレーション諭に封する批判−ニ種の国家目的

玉︑昇他の諸問題

公債に依る完全雇僻の理論三五

(2)

一 六

ロ︑雇傭政策と貨幣債値引下

耀

'

( 4 )  

特に近年に於ける経済史上の事件を解明せんとするに営わて︑古き経済準設の不充分性が明確に現はれる︒古

き準設に於ては︑資本と労働との完全雇傭が暗黙の前提となってゐるのであるが︑之を前提せぎる新しき経済理

論ヲ}そ始めて充分に現賓を明白にするであらう︒

勿論自由主義経済政策の原理も亦古典的経済皐設の上に基礎付けらるLものである︒自由主義経済原理に従へ

ば︑自由競争は富と所得と+伊長大ならしむるものとなし︑従て経済政策の要諦は︑経済生活に封して出来る丈自

由なる進路を許容するに在るとなすのである︒本稿に於ては先づ此自由主義経済準設の基調を考察し︑自由主義

経済政策より生中る難黙を展開し如何にして公債に依る園家介入の方法が此難黙を排除し︑叉如何なる傑件の下

に此方法が其目的に到達し得るや治解明しようと思ふ︒

古き経済皐設の根本的原則︑そなすものL一として︑最大利潤の原則が存する︒企業者は最大利潤を獲得せん事

を希ひて行動する︒古典問中汲の理論は︑企業が此原則に従て行動するが如き自由競争の行はる﹄社舎に於ては︑

(3)

最大の一踊利が到達せられると論じた︒此所論は前述の如く自由主義政策の支桂の一である︒

自由主義的なる経済逐行に官りて︑此最大の一帽利が確震に到達せられ得ない事は明白である o何となれば斯る

経済遂行に在︒て︑持働と資本とが利用し設され争に在ると云ふ事賓が存するからである︒此事賞は自由主義経

済原理の誤謬を立詮するが如くであるが︑只此庭に考慮すべき一騎位︑極端なる自由主義経済遂行に在わても︑

自由競争に封して重大なる制限の加へらる﹄場合(例へば野働組合・カルテル等)ある事是である︒此貼巻考ふれ

ば︑生産をして最大の生産より活かに低下せしむる原因となるものは︑自由主義経済政策に非宇して︑自由競争

の撹乱であるとの議論が成立つ︒此見地は近年多く解明せられ来れる所である︒従て吾等は︑制限の加へられぎ

る完全なる自由競争に於ても亦︑此原則は自動的に最大生産を保障するものではなく︑例へば大なる失業に導く

場合ある事巻明かにしなければならない︒

最大利潤原則を分析して二つの原則とする事が出来る︒此場合の分析は︑企業者の内心を二つの形相に分析す

る事に相応する︒則ち一の形相に於ては︑企業者は畢完彼の自由に底分し得る生産要素の利用の震に奥へらる﹄

凡ての可能性に順位︑を定める︒此順位を定むるに首bて︑彼はより大なる利潤を供するの可能性は︑より小なる

利潤(叉は損失)を供するの可能性よりも︑之を優先せしなるのである︒凡ての可能性の内︑伎は先づ伎の順序に

)

於て先頭に立つ所の可能性在遂行する︒

第二の形相に於ては企業者は生産在制限する︒此生産の制限は︑収益が生産費を越える (企業者は彼の生産能力圏内にある凡ての可能性を常に必争しも遂行し

公債に依る完全雇傭の理論

一 七

(4)

/

可能性を有する生産方法のみの利用せらる﹄やうにして行はれる o斯くして最大利潤原則は二つの原則に分析す

る事が出来るo(

Nf ﹀は︑﹁牧盆性大なる生産可能性は︑牧盆性小なる生産

可能性に優先する﹂事を明かにし︑第二原則たる生産費原則(閃

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耳 目

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は︑﹁凡ての生産可能性の内︑其

期待牧盆が生産費︑を越える生産可能性のみの遂行せられる﹂事を明らかにするものである︒

右の如く企業者の内心を大系化する事は︑賓際の過程に取りでは常に必示しも重要なるものではない︒順位原

則と生産費原則との適用は︑震際上最格には区別し得ない︒乍然自由主義経済政策に封する批判を行はんとする

に営めでは此爾者を区別する事は︑著しく重要である︒自由主義経済は︑出来得る限り自己の企業の利益在計る

所の企業者が同時に全経済の利益を促進するとの原理に基礎を置く︒此命題は﹁最大利潤原則の途行は︑同時に

企業の利益と経済吐舎の利益とに役立つ﹂との命題と同意義である︒此命題の蛍らざる事を明かにする震には︑

之を順位原則と生産費原則とに医別して検討する事が最も便宜である︒

が二つの活動方法の内︑ 順位原則に於ては︑企業者の利益と吐曾の利益とが平行する事は︑容易に洞見し得る所である︒例へば企業者

より悪ま方法を選揮すると・すれば︑彼は自己の利益を侵害するに止まら争︑会経済的に

見て︑生産の合目的性をも段損ずる事となる︒企業者︒か最良の方法を以て投資を行ひ得ぎる場合︑叉は其生産物

に封する最上の市場を見出し得ぎる場合等︑同様の京が営山吹るであらう︒然るに生産費原則に於ては︑事情巻異

にする︒此場合に在りでは︑企業者の利益と全経済の利盆とは︑常に必やしも平行的なるものではない︒例へば

(5)

農業の場合を見よ︒農業企業者は其雇傭する所の労働者の教は︑之を若干愛更し得るものである︒土地の牧盆は

労働者敢に従ひて増加すぺきも︑乍然主(増加する牧盆は︑増加する個々の欣労働者に取りでは低下する︒生産費原

則に従へば︑農業企業者は最後の労働者に封する増加牧盆が︑生産費則ち労働者の賃銀よりも︑より大なる程度

に於て雇傭すぺき附労働者数を決定する︒若し農業企業者が此程度の教を越えてM(

低下する︒此程度の数を越えて雇傭せらる﹄州労働者におする賃銀は︑増加収益を越える︒乍然雇傭せられぎる努

働者の存する限りに於ては︑生産費原則に依りて奥えらる﹄此限界を越える事は︑憶かに全経済に取りて有害で

あるとは云ひ得ない︒此場合農業企業者の利益は低下すべきも︑問労働者の所得は上昇し︑そして農業企業者と労

働者との所得合計も亦上昇する筈である︒賓に生産増加の程度丈正確に上昇する筈である︒

由是観之︑雇傭せられざる労働者と利用せられざる資本の存在する時は︑生産費原則の限界を越えて行はる与

生産の擦張は︑常に企業者所得の低下と所得総計の増加を生ぜしむるものと云はねばならない︒従て生産費原則

の遂行は全経済の利盆と常に必示しも一致するものではない︒殊に失業の支配的なる場合に在りでは︑生産費原

則の適用を制限する事が必要である︒園家の利益と企業者の利盆との間に存する此矛盾を無視し来った事は︑自

由主義経済政策論の決定的誤謬であった︒現震は此誤謬を排除せんとすゐ試みを強要する︒吾等は此試みを詳細

に考察する前に︑右の解明と就業率に関する周知の理論との関係を簡単に述ぺようと思ふ︒

( )

公債に依る完全雇傭の理論

一 九

(6)

前節に於ては︑生産の限界は生産費原則に依りて決定せらるLものである事を述ぺ大︒今此庭には此限界が完

全雇傭より著しく離隔する場合ある事を洞察しようと思ふ︒此洞察は︑就業率は如何なる傑件の下に完全雇傭の

水準の上に安定し得るやの問題と密接なる関係がある︒此後の問題の解答の震には︑先づ第一に生産の安定の魚

の僚件を一般的に考察する事が有益であると考へる︒

生産の安定に必要なる篠件は︑ケインズに従ひ︑貨幣の流通を中心黙に置く場合︑最も容易に形成せられ得

る︒蓋生産の安定に取りて貨幣流通の不愛である事が重要である︒吾等は凡τの経営の貨幣支出細川額が長期の考

察に於て其牧入総額を越え得ざるものであるとの事賓より出議する︒同時に此貨幣支出細川額は継続的により低ま

ものでもあり得ない︒然らぎれば経営に於ける支挽手段保蔵量は継続的に低下するか︑叉は凡ての制限を越えて

増加しなければならない筈である︒此故に更に吾等は次の如く論結する事が出来る︒則ち牧入総額と支出総額と

は︑生産の愛化を惹起せしむる事無くしては︑党化し得ぎるものであると︒何となれば一方に於ては経営の支出

総額は園民の貨幣所得額に一致し︑他方に於ては此貨幣所得額は

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俄令正確にではなく共

111

額に等しきものと一式ひ得るからである︒従て経営の牧入総額が愛化(例へば低下)する場合に於ては︑支出総額従

て図民の貨幣所得額と生産の官︑幣債値とは殆んど同一程度に低下する筈である︒乍然生産の貨幣債値の低下は︑

生産量の低下や債格の低下と伴ふであらう︒勿論生産の貨幣債値の低下は︑債格低落に依りて補償せらる・﹄事が

考へられ得る︒乍然此可能性は一一般に賢現し得ない︒生産の一部は常に﹁限界生産﹂︑則ち生産費原則に依りて

(7)

認められたる生産の限界黙に在る生産である︒経験に依れば︑生産費は殆んど不援のものなるが故に︑債格の低h

‑下は常に生産の一部を排除するであらう︒従て生産の安定の震には︑経営の牧入総額が時の経過と共に愛化せ宇

して︑支出総額則ち園民の貨幣牧入に一致する事が﹁必要である︒

次に生やJる問題は︑如何なる僚件の下に牧入総額と支出総額との此一致が到達せられ得るやである︒

一部が貯蓄せられると云ふ事が出来る︒泊費支出は経営の牧入の主要部分をな

し︑残徐の経営牧入は貨幣資本供給の方式に於ける投資貨幣である︒従て経皆に於ける牧入と支出との一致の魚

には︑貯蓄せられたる貨幣量︑が︑投資せられたる貨幣量に等しい事が重要である︒貯蓄と投資との此一致は常に

沿

必争しも制連せらる与ものではない︒何となれば貯蓄の動機と投資の動機とは全く異なるものなるが故である︒

貯菩の動機は︑将来に於ける需要充足の確保と経済力の形成に在るのであるが︑乍然投資の動機は利潤の獲得に

在る︒利潤の獲得の魚に投資を行ふの可能性に依如する時は︑貯蓄貸幣は累積すぺく︑此可能性の豊富に存在す

る時は︑﹁信用﹂叉は﹁貨幣﹂が銀行に依りて附加的に創出せられる事となる︒

一定の就業率に於て︑若し貯蓄と投資との均衡が存在するとすれば︑就業率が上昇するに至れば︑此均衡は存

在せざるに至るであらう︒何となれば就業率が上昇する時は︑所得は著しく増加し︑そして此所得の内︑相封的

により大なる部分が貯蓄せられ︑収益的なる投資への機舎はより小なる程度に大となるに過ぎないからである︒

従て﹁貯蓄貨幣過剰﹂(E

m oE pg gn F5

九)が成立し︑生産は低下するであらう︒此場合景気の愛動を不問に

会債に依る完全雇備の理論

(8)

附する時は︑労働機舎は再び均衡水準││貯蓄貸幣宣と投資貸幣量とが一致する賠

1 1

の上に復蹄する(詮)自由

主義経済に於て完全履傭を確保する事の不可能なる原因として堪けらるべき事は︑貯蓄貸幣形成と投資との均衡

が常に必中しも完全雇傭に於て確保せられない事是である︒

(

) 生直噌加に嘗りて︑貯蓄貸筋量が牧益的投資の可能性よりも︑より強度に増加するものであるとの主張は︑統計的に 立詮せられたものではない︒景気的生産蹟援に際しての経験は︑此主張に背離するが如くである︒蓋投資貨幣丑は︑斯 る場合屡々貯蓄貨幣是よりもより大であるからであるo乍然比背離は皮想的なるに止まる︒景気上昇の初期に於ては︑

憶かに英大なる投資を見るべきも︑共末期に於ては投資は次第に小となり︑貯蓄資本形成よ

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も著しく低下するに至る であらう︒若し景気循環の平均的考察をなす時は︑投資可能性の博成的

(E 22 Z5

0ロ=)増加は生産に精く正比例して

現はるふ事あるも︑乍然貯蓄貨幣形成は上り著しく強度に噌加する事を期待し得るであらう︒

( )

を次第に増加せしむる原因が二つ考へられる︒

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ZRSS・∞・笠岡)(詮} 特に近代工業園家に於て構成的に投資そ低下せしめ︑従て所謂﹁構成的失業﹂

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) 一九二九年以後世界恐慌は深刻にして︑世界の経済的基礎の境化が現はれざるやの問題が論議せらる

λ程となった︒

恐慌なる現象形態の下に於て︑失業は最も人の注目するものであり︑少く共現在の鱈湾機構が存続する限りに於ては︑

振興と恐慌との波動を凡て超越して︑漸次大なる失業者群が恒常的に残存するに非ずやの疑問が浪厚となって来たので

(9)

経済亭に於て﹁構成的失業﹂の問題は︑久しき以前より論議せ

bれ来ったが︑

題に閲する労作を公にした戸

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42

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︒其後位合政策皐舎に於て此問題は詳細

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0・)︒此場合構成的失業を概念的に其他の失業方式より直分する事は容易ではなかった

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る概念規定に於て︑所奥の奥件に於て箆化が自ら内部より生ずるとの思考の上に大なる債値を置く時は︑比奥件に於け る凡ての漣化は︑同時に梼滅的援化と見

b

るべきであるo乍然景気を︑類同的形態に於て繰返し(但正確に定期的又は

一九二七年y

1

従て構成的事象は︑ 週期的に非ず)現はる与所の箆化として解する時は︑一時性・・非回期性を一示す所の凡ての鐙化を﹁構成的﹂と解ナベく︑

週期的又は非週期的なる麗化に封し.て︑永積的なる経済的現象であると云はねばならない事とな

構成的失業なる観念は︑雇傭欣態の景気的高知に就ても命失業の股態に止るであらう所の失業者群を注目するo斯種 の失業は摩擦的並に季節的失業と直別し得る︒

則ち主(原因の一は少く共中欧並に西欧に於ては︑間民経済の生産の分量が縮小すべき事是である︒何となれば

二十世紀の初期迄に企業者に取りて常に'耕なる投資の原因たりし魅力は現今左程大ではないからである︒現在の

より大なる投資を受くる事無くして︑現在の力を以て技術的任務を果たし得機械工業は非常に良く構成せられ︑

る程度に達してゐる︒自由なる債格形成の時代に在わては︑より安ま販買債格を以て他の生産方法を撃破する潟

公債に依る完全雇傭の理論

(10)

に︑投資が行はれたものであるが︑現在の機械工業の扶態に在りでは︑債格機構の硬直性に依りて︑斯る投資は

放果なきものとなってゐる︒

より重大なる事は︑古き工業園家に於て外園貿易が退歩しつLある事是である︒此事賓は︑海外の原料図が工

業化せられたと云ふ理由より危倶せらる与に非宇して︑寧ろ此工業化がより良き生産保件の上に支持せられてゐ

ると云ふ理由より危倶せらる﹄のである︒今や欧洲諸園は工業の猫占擢を喪失しつ﹄ある︒此庭に於て貿易の障

害が現はれて︑共震に新告の工業園家が最も合理的なる生産力の利用を行ひ得ざるに至ったのである︒

そして一生産車位宛の労働需要は︑合理化の促進と共に低下するであらう事を承認しなければならない︒斯る

理由よりしても少く共欧測と米図とは︑構成的失業を経験すべき事は明白である︒

右の事態に封抗すべき方策を此蕗に考へて見ょう︒先づ政府の経済政策は多かれ少かれ経済的振興を資らし︑

諸図に於て悲観的思想を抑制した事が想起せられる︒特に狗逸に於ける政府のM労働調達政策の著しき妓呆は︑園

家に封する図民経済の信頼を次第に大ならしめた︒園防と四ヶ年計重とは︑失業を治失せじめ︑寧ろ勢働者不足

を出現せしむるに至った︒

他方に於て経済皐も亦︑或は現震の経済政策に先んじ︑或は臼疋に遅れて︑特に短期に於ける間労働調達の問題を

研究した︒景気政策上の論争は︑主として物債安定の問題︑特に生産量の安定の問題を取上けた︒そして此問題

に極めて近接する問題は︑生産要素特に人間のM労働力を完全に雇傭するに至らしむる僚件如何であった︒此場合

(11)

如何にして経済は縫綬的に完全雇傭の欣態に維持せられ得︑叉如何にして構成的失業は排除せられ得るやの問題

が提起せられたものである︒然かも倫完全雇傭に閲する多くの文歓は︑長期的問題を不明確ならしめた︒何とな

れば官時の多くの文献に於て︑問中者は経済史上未曾有の不且呆気なる思考の下に此問題を取扱ったからである︒斯

る思考は勢ひ研究をば︑如何にして経済政策は景気上規制せられたる失業より完全雇傭への道を後見し得るやの

問題に誘導した︒則ち或は現存の不完全雇傭より股出するの方法如何を研究し︑或は従来の景策政策論の領域に

於て景気鑓動への絶えぎる傾向を容認し︑如何にして園家と後多銀行とは︑振興・恐慨・停滞の中に於て其封策

完全雇傭政策を取上けたる若干の閥単者は︑其考察の範国を庚く将来にも損充した︒(詮)長期的雇傭政策の手段

を相互に比較して︑就中失業増加への構成的傾向の容認の下に之を検討する事は重要である︒

(

)

ケインズは共所一前に於て︑構成上可箆的なる多︿の奥件を不問に附したるも(同・冨・問︒河口2

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2加盟野谷氏謹二九五頁)︑崎市来の構成上の見透しを行ワてゐる

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ω芯同盟野谷氏謹三八八頁以下︑四五一一員以下)︒

濁逸卒者の内プ

UWρイセレは︑最も明白に構成上の問題に注目してゐる(同・国号

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R3同・)︒しかし彼に於ては︑公債の景気均街化的佼割の問題が前而に現はれてゐるから︑構成上の問 題は僅かに暗示的なるに止まる︒彼は又﹁労働調達の潟の公債﹂

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﹁因家の捗働任務の府仰の公債

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公債に依る完全一雇怖の理論

(12)

四六

ω・ ∞

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乍然比直別よ加盟して彼は雨目的の何れを採る予の決定K

依り図家干渉の方法を異にすべきであるとの

結論を引出してはゐない︒

右の場合吾等は︑図家の雇傭政策の縫絞的挿入無くんば︑奮工業国家に於ては労働機舎が恒常的に治失すると

の前提より立論するものではない︒吾等は意識的に次の俄定を置くものである︒則ちM

園家の居傭政策に依りて︑雇傭性向低下の時代が附労働力に封する需要増加の時代に鑓化するならば︑此雇傭政策

が存続し得るとの仮定是である︒

'

賢際に於ける構成的労働政策の可能性を考察せんが震には︑一度園民経済の就業率の直接なる決定要因を一瞥

する事が有益である︒就業率は︑事賃上労働関係に在る人々則ち就業者の教と︑金持働者(剣ち賃銀獲得者とし

て附労働契約を締結せんとする意思ある人々の教)との割合である︒事賓上の就業者数は︑図民経済に於て毎日給

(

労働時間にて計量しての)と此労働民主に封して各人の参加する割合則ち毎日の労働時間に依りM

て定まる︒此持働長は閤民経済の金生産力に依りて︑そして賓に一生産車位宛使用せらるべき人間の努働時間数E

(生産の千均的集約度)に依りて定まる︒故に就業率は大践に於て次の方程式に依りて示す事が出来るであらう︒

H

E

議│国也~Il

側、xl

II

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、│議

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議│き~I綿

蜜│知

(13)

構成的失業を生起せしむるの可能性並に之を克服するの方法は︑右の基本且且一の内の一より立論しなければなら

ない︒就業率の構成的低下密輸胤言する人々の多くは︑投資意思・投資機舎・総出の沿失に因めて金生産が低下す

るであらうとの見込より出裂するか︑或は合理化の進歩に因り人間附労働の全生産に於て占むる割合が減少すぺき

事宇佐恐れるかである︒斯くて此方程式の四つの基本長に封する輸出防封策が討究せられ得る︒此場合四つの愛数の

一に封する針策と其他の鑓数に謝する封策とが共作用に於て差異を生守る︒故に政治的遂行上︑政治上欲求せら

る﹄が如き作用を有する方法を選捧する事が重要である︒

右の方程式に於て︑分母の大さの縮小は︑就業率を大ならしなるに役立つ︒其愛教の一大る労働者細川教の減少

を計る事は︑産児制限の問題として世上多く論議せられ来つ花所であるが︑国より国策として之を奨闘し得ない

ものがある

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(

) 人口中最も態化を奥へ得るものは︑賃銀労働者の数である︒何となれば活動能力ある成年者が濁立業者として可なり 充分なる生計を維持し符る場所の数は︑現存の賃銀接働者の場所よりもより少いからである︒買に現在の農・工・商業

K

於ける多くの﹁淘立業者﹂の所得は︑賃銀接働者の同種所得よりも遥かに少い︒若し失業者が﹁濁立業者﹂として定

住する時は︑不幸・は減少せずして︑却て靖加するであらう︒努働しつAある妻や子女に代へるに男子を以てする封策は︑

一見有設の如く見えるけれ共︑乍然此場合根本に横はる一位倉問題は︑完全に消失せずして︑其位置を鐙化するに過ぎ

ず︑失業なる負強は他の人々の負ふ所となる︒何となれば妻が賃銀附労働に専らなるが如き家計は︑夫一人にては充分に

は維持し符ざるが如き家計であるからである︒従て傍働者総数の低下に依りて就業率を改善せんと欲するならば︑人口

公債に依る完全一属傭の理論

(14)

J

穂数の減少が唯一句本設なる針策となるであらう

o

新奮のマYサス主義に関する論争を比庭に取上げようとするのではない︒王口崎一寸の取扱.ひっ︑A

ある問題の領域に在りて は︑機関的失業を保定ずる場合︑努働者数が比縫観的失業の程度丈減少する限り

K

於て︑人口制限は生産減少の作用を 生ぜしめざるを一般とするものである︒何となれば夫業者は所得を収得せざるものなるが故に︑消費者として生産を刺

b

ペき事は︑共が著しく長期的に︑則ち約十五年後に至りて始めて設呆を生ずると云ふ事是である︒産児制限が設呆を現 はし始むる時はー縫積的失業が却って努働者不足に帯化する場合がある得るo斯る場合K於ては労働力の不足と共に︑

図民経済の生産力は低下するであらう︒比黙は不同に附するとしても︑産児制限の問題は決して衣食の考慮上りして解 決し得られずして︑政治的見界よりしてのみ解決し得与る

λ

ものなる事を考へねばな

b

ない︒如何なる国家と雄︑自己 の任務を歴史の内に見出す所の国家は︑歴史的決定の舞蓋より返さ得るものではない︒産児制限に因りて縫続的失業を 克服せんとする計霊は︑設呆の後生ずる迄に長年月を要する厨仰に望多きものに非ぎるのみならず︑完全雇傭に代ふるに 園家の歴史的任務の放棄を以てする事を意味するものである︒

分母中のもう一つの護教大る労働時間の引下は︑現存の労働支を多くの努働者数に割営てんとするものである

が︑斯くする事に依りて生産其ものが低下し︑従て割営てらる﹄附労働機舎が結局縮小せぎるやの問題を生ぜじめ

る︒従て附労働時間縮小の奏功するや否やは疑問であり︑之を有功ならしめんとすれば図家に依る雇傭政策の支援

(

)

(註)附労働時間縮小は特に恐慌に際して論議せb

れたものである︒構成上の考察を行ふ震には︑比方法の短期に於ける経済

(15)

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振興的作用又は景気妨害的作用如何は闘係が少いo又呉なれる柑労働時間制度の韓換の場合に生ずる一時的障害も問題で

はない︒寧ろ重要な事は︑柑労働者一人宛の労働時間を縮小する事に依りて︑結局生産量が低下して︑柑労働栂舎が減少せざ

る?であるo是が恐怖せらる与のは︑多くの場合︑持働時間の短縮がかわ大なる物件費を以て全生産物に負捲を課するか らである︒此事は労働時間と同時に経営時間の短縮せらるふが如き極替のみに蛍依るのではない

0盟労働者交代制度に依

b

る込場合に於ても︑前記捗働時間制度の麓更より生ずる困難以外に︑倫例へば三回交代制度より四国交代 制度への移行は︑生産の費用を大ならしむ事を示してゐる︒則ち柑労働の初と終に於ける休止は増加し︑賃銀記帳の費用 は仕事を休止する持働者数の増加丈噌大ずる︒就中重要な事は︑

一の作業や一の経皆目的の潟に︑=一ワの従業者群の代

りに四つの従業者群が責任者となる事是である︒維が生起する損害に責任を有すべきかは何人も知るを符ない︒此故に 傍働の注意と経皆目的に封する関心は著し︿軽減する︒

労働時間の短縮に依

p

て︑其生産費の低下するが如き経管も亦確かに見出される︒又州労働者の給付能力が従来に比し

てより大となる事があり得る︒又曾ての八時間接働の代りに六時間にてニ交代の労働をなさしめ得る経佐官も亦存ずる︒

(八時聞にてニ交代の柑労働は︑夜間照明の費用大なる震に︑之を考ふる事は出来ない場合と躍︒)又若し五時間又は六時

間を越える柑労働時間に封しては︑租税的又は一位合的なる負捨の噌加する場合があり︑斯る経管に在りでは︑生産低下従

て生産費噌加が大して重要性なさ事となるo斯︿種々の場合を考ふれば︑畢覚勢働時間短縮の致呆は確定的ではない︒

乍然若し捗働時間短縮に依

p

て傍働量を配分せんとする凡ての試みが其目的を逸脱する危険ありとすれば︑比試みを園 家の失業封策に依りて支援する必要が存する︒

労働時聞の短縮が雇傭噌加の目的を以て行はれずして︑図民に封してより長さ自由なる時間を奥へる目的を以て行は るふ揚合に於ては︑特に図家の支援を必要とするであらう︒図民の賃質所得又は個人の自由時間を捨加する事が批舎の 公債に依る完全雇傭の理論

(16)

E

福利の魚に必要なりや否中は︑各園が自らの居仰に行ふ政治的決定に依りて定まる︒只完全雇傭が国家の支援の下に到達

せらるミ時は︑労働集約度にして不麓なる限

p︑長さ柑労働時聞に於て完全雇傭の到達せら

fL

場合に比して︑生産量は

より低下するであらう︒

右の方程式に於ける分子の愛数の各々を大ならしむる方策は︑就業卒中ぜ大とする所以である︒努働集約度の増

加は︑之を租税其他の枇舎的負携を遁営に構成する事に依ゎτ︑達成せんとする提案がなされ来った︒則ち大な

る賃銀集約度を有する経皆の一位曾的負携は之を軽減し︑大なる資本集約度を有する経営の負捲は之を重課し︑以

て一生産皐位に就きてのM労働集約度従て努働需要度を引上けんとする方策である︒此方法は賃銀費の低下がM

者に打撃の痛感せらる﹄名目賃銀引下の方式に依りて行はれやJして︑祉舎的負携の構成の愛化に依りて行はる﹄

との長所を有するも︑乍然斯る負携均衡化政策は企業者に封して共生産要素の結合に関して自由なる選揮や許容

するが故に︑極限の場合に於てのみ︑則ち機械利用の強化と附労働集約の強化との雨者の内の何れを濯揮すべきか

の前に立ち︑而かも何れを選揮するも生産総費用には大して影響を奥えずる極限の場合に於てのみ︑ー企業者に封

して影響を奥へるものである︒

従て新る方策の採らる﹄場合に於ては︑附労働時間短縮の場合とは具にして︑一位合的生産物の分量は低下せぎる

+伊二般とする︒何となれば一の生産要素が他の生産要素に蒋換するに過ぎないからである︒租税士(他の吐合的負

携が不耕民なる限り︑生産物に劃する会支出は愛化なきものである︒只現在に於ては人的附労働の魚により多く支出

(17)

せらる﹄に至りたる代りに︑機械利用の震にはより少く支出せらる与に至りたるに止まる︒企業者は現在に於て

も従前と同様生産要素の適度の結合を探求する︒斯くして賃銀費に封して諒せらるL負擦は︐次第に低下し︑資本

費に封して諒せらる﹄負携は次第に増大し︑経には人的生産要素は完全雇傭に到達するであらう︒此負捨均衡や}

して州労働市場の扶態に適合せしむる事に成功したる以後に於ては︑凡ての愛化に庭Cて機械の使用が開始する︒

買上と生産とが増加し︑完全雇傭に到達してゐる時は︑機械に封する需要も亦増加する︒需要が低下する時は︑

機械に封する後詰は行はれ宇して︑多く人的労働が採用せられるであらう︒生産量其ものは直接には位合的負捲

の変化とは関係なくても︑向需要方面よりの凡ての動揺に従て変動する︒

乍然確賓に愛化する所のものは︑社舎的生産物と附労働支出との割合である︒就中資本支出を課税し労働支出に

封する課税の軽減をなす所の経済指導は︑失業者に謝して﹁雇傭﹂を典︑失業者をして怠惰と云ふ不道徳より

菟かれしむるの作用ある事は確かである︒乍然斯る経済指導は︑他の事情にして同一なる限り︑同一の世舎的生

産物の震により多くの労働時間を支出せしむるの結果を駕らすものである︒若し此負捲均衡化政策と同労働時間短

縮政策との内︑何れかや選捧採用し得る時は︑同一の枇舎的生産物をより大なる労働支出を以て生産すると︑減

少したる枇合的生産物を不援なる︑乍然より良く配分せられたる労働苦痛を以て生産すると︑何れが可なりやが

問題となるであらう︒此庭に於て一位合的生産物其ものを増加する事︑従て勢働力に封する需要を増大する事が可

能ならざるやを研究しなければならない事となる︒

公債に依る完全雇佑の理論

(18)

失業封策の任務は生産を撲大し︑貯蓄と投資との聞の不一致を排除する事に依りて︑此撰大せられたる生産を

安定化するに在る︒然るに失業封策として従来研究せられ来りたる凡ての手段に在りでは︑失業封策は生産量の

増加を探求するものでは無く︑生産量‑をより良く配分する事巻探求するものとして考へられ︑﹁生産量﹂なる要

素︑従て就業率は認識せられホして︑凡ての撹乱に放任せられてゐる︒より多くの自由時間を園民に奥へる免

に︑大なる犠牲なくして平均的M労働時間を短縮する事に成功する場合と雄︑前述の他の構成的原因よ'りして生産

量が低下せざるやは懸念せられてゐない︒乍然図民一服利の潟には︑車なる雇傭よりも︑生産量がより重要なるも

凡ての場合に於て︑図家指導に依りて生産量の後展を維持し︑此後展よりして就業率を規制せん

とする要求を生やる事になる︒

私経済を投資に誘導し︑従て恒常的なる生産量増加に導くの手段として︑周知の如くケインズは利子低下巻提

(

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pw

司 ・

ω ω ω

円盤野谷氏語︑前一掲書三八五頁以下)︒吾等は園家と後多銀行と協力する場合︑利

子低下が国民経済の矯に自由に行はれ得る事を知ってゐる︒乍然構成的に牧縮しつLある投資欲と大なる機械化

とに封抗しつ¥投資の増加が図民経済に於ける労働者供給を吸収し得るであらうか?

恐らくは是は不可能の

事と見なければならない︒図家が生産量の上に作用を及尽す事間接的であればある程︑此方策の作用程度を殻見

する事は困難である︒

景気的・短期的なる失業封策の論議に於て︑園家の行ふ封策は今や大なる重要性を占なるものとなった︒別ち

(19)

図家は附加的に賄はるL所の愛註︑従て主(家計の収入ぞ越える後註に依'りて︑不足する雇傭を創造すべきである

となす主張が重要となって来大︒乍然構成的考察に在りては︑園家後註に依る失業針策の提唱位︑跨跨せらる﹄

が如くである︒何となれば個人の経済活動は不変的なる傾向叉は上昇的なる傾向を辿るものであると想像せらる

L限'りに於て︑園家がさなく共何時かは行ふべき所の後註は之を︑私経済的不景気の時代に行ふ事が勧奨せらる

﹄を一般とするものなるが故である︒乍然若し私経済的部面の内部に於て︑生産低下の傾向又は合理化の増進に

依る就業率低下の傾向ありとすれば︑園家は此窓際を充さんが震に附加的経費││然らざれば園家の行はぎる経

費ーーの支出を次第に増加しなければならないであらう︒

閤家の介入に依りて生産の限界としての生産費原則を排除し︑生産を此限界以上に損張する震の方策は︑既に

存在する︒斯種の方策は自由主義経済原理に大に背反するものなるが故に︑大なる抵抗の下にのみ行はれ来つ

大︒そして是等方策を採用するの己むを得ざる場合に在︒ては︑是等方策は﹁緊念手段﹂としてのみ解せられた︒

私経済に刺戟を奥へる震に最も屡々利用せられ来わたるものは主として商業政策的方策であった︒職入関税や輪

出奨助金に依わて︑経済は屡々よ0大なる活動への刺戟が奥へられた︒是等の方策は︑私経済の掠張が生産費原

則の排除に因︒てのみ到達せらる﹄となす一般的原則を満足せしむるものと見る事が出来る︒職出奨関金に依り

て︑生産はより低尿なるものとなり︑利益を供せぎる輪出可能性も振興を受ける︒叉同様に保護関税に依りて︑

閣内債格水準と世界市場債格との開きが成立するであらう︒此債格の開きは︑蛍該商品の生産費に釘する園民の

公債に依る完全雇傭の理論

(20)

割前と見らるべきである︒乍然是等商業政策的方策の殻果は向疑問である︒何となれば是等方策の世界商業に封

して及除す影響は無雑作に瞥見せられ得るものではなく︑且商業政策的方策に依わりてのみは︑完全雇備の問題は

解決し得られないからである︒

'

F

(

)

失業の克服の震に古くより利用し来れる方法に公共事業が存する︒則ち庚汎なる公共事業の遂行に依りて︑直

援に多数のM労働者を雇傭するのみなら示︑経済の私的部面を﹁振聞にせしめんとするもの是である︒此方法の作

用は︑以上の考察よりして容易に解明し得る︒貯蓄資本形成が投資を越えるが如き決態に到達したるものとせ

よ︒此場合若し図家が介入して公共事業を起す時は︑貯蓄と投資との均衡が出現して︑此決態は安定し得る︒若

し此公共事業が図民財産の増加として考察し得るならば︑貯蓄資本の一部が其潟に引出され得べく︑そして貯蓄

資本と投資との間の不均衡は︑新る方法にて減少するであらう︒新る場合に於ける公共事業が寧ろ泊費の増加と

見らるべき場合もあり得る︒此場合に於ては其公共事業の魚に必要なる経費は︑園民の所得に封する租税に依り

て支梯はるべき事が直ちに想起せらるLであらう︒此租税は貯蓄資本の形成を減少せしめる︒特に出来る又遁営

に租税方式巻構成する事に依りて︑貯蓄資本形成の引下が促進せらるL

(21)

乍然投資誘導乃至経済振興を必要とする場合に際しては︑租税は心理的にも生産を抑堅し︑屡々生産費を増加

する︒(此賠に就きでは︑商業と経済︑第二十三年第一所所載拙稿﹁公債の作用と公債原則﹂四四頁以下参照﹀︒

故に此場合の園家牧入調達方法も︑公債を優れてゐるとしなければならない︒特に諸園に於て園家と護家銀行と

融合したる現代に於ては︑公債の畿行が最も遁蛍とせらる﹄理由が存する︒(此鮪に就きでは後述する所を参照

)

公共事業に依りて失業が完全に克服せらるべき場合に在りでは︑若干の前提唱が必要である︒

第一の前提は︑公共事業の銭に利用し得る事物の充分に多数存在すべき事是である︒園家の活動する領域に封

しでも︑亦順位の原則が遁用せられる︒只此場合財政的牧入性の見地が﹁利用性﹂ハ

22 2長 ︒

E o

u)の見地に依

りて代位せらる与の区別の存するのみである0︿芭乍然失業の排除の翁には︑多くの事業の遂行が必要であり︑

主(震に結局に於て利用性が著しく小となる場合があり得る︒此危険は園家が積極的に活動し得る局面の小である

場合特に大である︒則ち斯る場合に於ては︑殆んど利用性なき事業に着手する事無くしては︑充分なる弊働可能

性を後見する一暑が不可能となるであらう︒斯る事業の遂行は︑M労働者の道徳に好ましからざる作用を及除すが震

に︑回避する在可とする場合がある︒

(

) 路島には﹁利用性﹂と云ふ柏主不明確なる用語が選ばれてゐる︒蓋諸国に於ける図家活動の評債は各種々なる標準に 依りて行はれ得るからである︒例へば財政的又は国庫的見地に従て此評債を行ふ亭は︑自由主義的なる観念に従ふもの 公債に依る完全雇傭の理論

(22)

である︒今日に於ては斯る評債方法が国家任務を誤認するものなる事は勿論である︒

閤家介入に依'りて労働可能性が供せらる﹄場合に於ては︑第二の前提として︑労働に謝する賄ひが充分保設せ

られねばならない︒労働に依る所得は常に園民の財産の増加又は園民所得の一部と見らるべきものである︒乍然

附労働は多くの場合に於て自動的に図家の貨幣牧入の相熔なる増加に導くものと一式ふを得ぎるが故に︑必要なる賃

銀共他の経費の支排の震には︑何等かの収入調達封策が要求せられる︒牧入調達方法としての租税の提唱は︑多

くの園家に於ける公共事業の庚汎なる計霊の賢現を困難ならしめた︒何となれば大なる課税は︑屡々園民より反

封を受け︑此反封は多く園家の強行に依りてのみ克服せられ得るものなるが故である︒故に牧入調達方法として

此場合公債がより遁営である事は前述の如くである︒

( )

らる﹄場合よりも︑ 此庭に五口等は公債に依る公共事業乃至園家後註は︑過度に行はる﹄事無きや︑叉此場合佐倉的生産物は放任せ

より大となるやを考察しなければならない︒

経費を二種の類型に区別して考察し度いと思ふ︒此二種の経費類型は吾等の以下の論議に於て霊要なるもので

あるが︑通常屡々軽視せられ来れるものである︒凡ての園家指導は︑経常収入よりしては支携し得ぎる程度の大

なる費用を必要とする所の多くの事業企霊を有するものである︒其民族的なる力の新なる興起を経験する所の図

民︑又は園家の将来の運命に閲する決定的争闘たる戟争中ぞ行ふ所の図民に取りでは︑費用の如何は敢て問ふ所で

(23)

はない︒斯る事態に際しては︑政府が是等任務の震に閣民に犠牲を要求する事は︑容易な事である︒之に反して

無僚件的に必要なる以上に︑図民に封して︑図家経費に依る犠牲を謀し得ない事がある︒一時的なる不景気を排

除する事は︑経費の支出と云ふ難賠の存する震に︑政府に許容せられざる事屡々である︒是等二つの態度に熔じ

て︑政府は失業に封抗する争闘に於て二種の目標を定める事が出来るであらう︒

相互に他の態度も重要性を有する事︒か往々にして存するものではあるが)︒多くの図家的任務を成し途ぐる所の

第一の方向は︑五口等は之を任務政策(﹀丘四

υZ

ロ 旬

‑ E r )

と呼ばんと欲する︒図家は此場合存在するM労働力の全部 (只此二つの目的決定に於て︑

を利用せんとするものである︒第二の方向は︑之を雇傭政策(出g岳山町民間

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}

{

て︑特に失業を一の佐倉問題として採り上ぐるものである︒第二の方向は活動能力ある者に封して︑機寵して所

得を稼得する事を可能ならしめんとするものにして︑勿論此所得を必要以上に徴牧せんとするものではない︒国

より是等二つの方向の問には︑雨者混請したる部面が存し︑屡々二つの動機が合流する事がある︒乍然元来雨者

は各々全く異なりたる態度を要求するものにして政府は何れの目採決定がより重要なりゃを判定じなければな

右の二種の型の区別をなす理由は︑共各々に於て所謂インフレーション限界が全く異なる意義を有するからで

公債に依る完全雇怖の理論五七

参照

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