小学校理科における「電磁石の性質」についての実験の現状と課題
永尾敬一
*(2017 年 8 月 31 日受理)
The current status and issues of experiments on “the properties of electromagnets” in elementary school science
Keiichi Nagao* (Accepted August 31, 2017)
*茨城大学教育学部理論物理学研究室(〒310-8512 水戸市文京2-1-1; Theoretical Physics Laboratory, Faculty of Education, Ibaraki University, Bunkyo 2-1-1, Mito 310-8512, Japan).
Abstract
茨城県教育委員会は,いばらき理科教育推進事業の一環として,小学校教員の理科の指 導力を高めることを目的として,推進地域モデル小学校公開授業研究会を実施してきた。
その内容は,授業の公開と研究協議,そして,茨城大学教員による助言と指導である。私は,
単元名「電磁石の性質」についての公開授業研究会に,平成
23年から毎年,通算で
6回 参加してきた。本稿では,現場の様子を報告するとともに,現場で気づいた課題の改善方 法を提案する。
1.はじめに
我が国において,児童生徒の理科離れが報告されて久しいが,その原因の一つとして考えられて いるのが,教員自身の理科嫌いである。理科嫌いの教員が理科嫌いの児童生徒を生み,その児童生 徒が理科嫌いの教員になるという悪循環が繰り返されていると考えられる[
1-3]。そのような現状 を改善するべく,茨城県教育委員会は,茨城大学との連携事業として,いばらき理科教育推進事業 を行っている。その一環として,小学校教員の理科の指導力を高めることを目的として,茨城県内 の様々な小学校で,推進地域モデル小学校公開授業研究会を実施してきた。その内容は,授業の公 開と研究協議,そして,茨城大学教員による助言と指導である。様々な単元について,公開授業研 究会が行われてきたが,これまで私は,単元名「電磁石の性質」についての公開授業研究会に,以 下の通り,平成
23年から毎年,通算で
6回参加してきた。
•
平成
28年
11月
15日 鹿嶋市立中野西小学校
•
平成
27年
10月
7日常陸太田市立太田小学校
•平成
26年
11月
28日土浦市立都和南小学校
•平成
25年
11月
28日小美玉市立野田小学校
•平成
24年
11月
15日那珂市立横堀小学校
•平成
23年
11月
29日鹿嶋市立三笠小学校
6
年間現場に出たことで,ある程度全体的な傾向が掴めたので,これまでに現場を見て気づいた ことを簡潔に記し,現状を改善する方法を提案する。本稿の構成は以下のとおりである。
2章では,
小学校学習指導要領[
4,
5]における「電磁石の性質」の位置づけを確認し,電磁石についての予 備知識について述べる。
3章で,現場の様子について報告し,
4章で,現場で気づいた課題の改善 方法を提案する。
5章で,まとめを行う。
2. 「電磁石の性質」の位置づけと電磁石についての予備知識
2.1「電磁石の性質」の位置づけ
今回の公開授業研究会のテーマは,第
5学年の「電磁石の性質」である。まず,小学校学習指導 要領[
4,5]におけるその位置づけを確認しておく。小学校の理科は,
A.物質・エネルギー,
B.生命・
地球からなる。電気と磁気は,
Aに分類される学習概念である「エネルギーの変換と保存」におい て,付録
Aの表
1と表
2で示されているように,第
3学年から第
6学年の間に学習する。なお,付 録
Aの表
1と表
2は,それぞれ,小学校学習指導要領解説理科編[
6,
7]を参照して作成した。また,
付録
Bには,小学校学習指導要領[
4,
5]における「電磁石の性質」に関する記載事項を抜粋した ものを与えた。学習指導要領の改定に伴い,多少の変更がされているが,本質的な点は変わってい ない。このテーマにおける目標は,手短に言えば,コイルに流れる電流が作る磁場の向きや強さが,
電流の向きや大きさ,コイルの巻き数,そして,コイルの中に入れる芯などによって変わってくる ことについて理解するとともに,その実験に対する取り組み方と技能を身に付けることである。
2.2 電磁石についての予備知識
電磁石についての予備知識を簡潔に述べる。真空中に置かれた単位長さあたりの巻き数が
n[
m-1] の十分に長いコイルに電流
I[
A]を流した時,コイルの両端に生じる磁束密度
B[
T]は,
B = µ0nI
(
1)
で与えられる。ここで,
µ0 = 4π×
10-[
7 N ·A-2]は,真空の透磁率である(
µの添字の
0は,真空 を表している)。
Eq.(
1)は,電磁場の基本法則の一つであるマクスウェル・アンペールの法則から 導くことができる。例えば,文献[
8]においては,
p.177の
Eq.(
6.41)が上の
Eq.(
1)に対応し,
その導出は,
p.176の例題
2に掲載されている。この式からすぐにわかることは,真空中のコイル の両端に生じる磁場の強さが,コイルの単位長さあたりの巻き数
n[
m-1]とコイルに流れる電流
I[
A]の両方に比例しているということである。
次に,このコイルの円柱状の空洞部分に物質
Xの芯を挿入した場合を考える。この場合に,コイ ルの両端に生じる磁束密度
BX「
T]は,
Eq.(
1)で,
µ0を物質
Xの透磁率
µXに置き換えたもの
BX = µXnI
(
2)
で与えられる。
µXは,物質
Xの種類ごとに値が違う。例えば,鉄,アルミ,木材,空気,銅の透磁率は,
真空の透磁率
µ0に対して,
µ鉄
≫
µアルミ≃
µ木材≃
µ空気≃
µ0≃
µ銅(
3) という関係がある。よって,単位長さあたりの巻き数
n[
m-1]と電流
I[
A]を一定とした条件下では,
コイルに物質
X(鉄,アルミ,木材,空気,銅)の芯を入れた場合の磁束密度
BXには,
B鉄
≫
Bアルミ≃
B木材≃
B空気≃
B0≃
B銅(
4) という関係があることになる。このように,コイルに鉄心を入れると,コイルの両端に生じる磁場 はとても強くなり,これが電磁石として利用される。また,コイルに入れる鉄心の太さを変えた場 合は,鉄心が太い方が,磁束密度が大きい領域の割合が大きくなるため,電磁石は強くなる。
ここで,
Eq.(
1)と
Eq.(
2)が,コイルが十分に長い場合に成立する式であることに注意が必要 である。実際に実験で使うコイルは,十分に長いとは言えないことがほとんどなので,
Eq.(
1)と
Eq.(
2)は,正確には成立せず,近似的な関係式となる。ただし,小学校の理科のレベルで,電磁 石の定性的な振る舞いを把握するにはそれで十分なので,電磁石の実験を行うにあたって,予備知 識として
Eq.(
2) を覚えておくと便利である。なお,
Eq.(
2) を見ると,磁場の強さが,コイルの単 位長さあたりの巻き数
nとコイルに流れる電流
Iの両方に比例していることがわかるが,ここで,
nが,単位長さあたりの巻き数であることに注意が必要である。そのため,例えば,同じ
100回巻 きの電磁石でも,長いコイルでできたものより,短いコイルできたものの方が,強い電磁石という ことになる。小学校学習指導要領[
4,5]では気にしていないことではあるが,知っておいた方が よい性質である。その意味でも,予備知識として
Eq.(
2)を覚えておくと便利である。
また,長さ
l[
m],断面積
S[
m2],抵抗率 ρ
[Ω
· m]の導線の抵抗
R[Ω]は,R=ρ Sl
(
5)
で与えられる。この式は,例えば,文献[
8]の
p.132に
Eq.(
5.6)として掲載されている。この式から,
細い導線よりも太い導線の方が,抵抗が小さい,すなわち,より大きな電流が流れることがわかる。
そのため,コイルの導線を太くすると,より強い電磁石になる。
Eq.(
5)は,
Eq.(
2)よりも基本的
で,覚えておくべき式である。
3. 現場の様子
どの小学校においても,公開授業研究会の現場の様子は,概ね以下の通りであった。
3.1 参加者と当日のスケジュール
•
参加者
現場と近隣の小学校教員・教育委員会関係者を合わせて,約
40~
50名
•当日のスケジュール
1
.受付
2
.開会式・事前説明
@体育館
3
.公開研究授業「電磁石の性質」
@理科実験室
4.研究協議
@体育館
5
.助言者指導
@体育館
6.閉会式
@体育館
3.2 児童の様子
児童は合計約
30名いて,数名ずつのグループに分かれていた。概ね全員の児童が,静かに教員 の話を聞き,グループ毎に楽しそうに実験に取り組んでいた。
3.3 実験器具 1
.コイル
2
.コイルの中に入れる芯(鉄,木,アルミなど)
3
.電池
4.電池ケース
5.導線
6.スイッチ
7.クリップ
3.4 教員の教育体制と教え方
教員の教育体制と教え方について,
1.どの小学校においても共通していた点,
2.小学校によっ て違っていた点,
3.特定の小学校における特筆すべき点 は,以下の通りであった。
1
.共通点
•
理科が得意な教員が担任の教員について,
2名体制で授業を行っていた。
2
.相違点
•
電池の数などの条件について,何を一定にして何を変えられるのかという条件の設定が,小学 校毎に違っていた。
3
.特筆すべき点
•
鉄心やコイルの導線の太さを変えるといったかなり詳細な条件まで変化させていた。
•
画用紙に描いた魚にクリップを貼り付けて,魚釣りゲームにするという工夫が見られた。
4. 現状を改善するための提案
4.1 上記 3.4 における共通点について
理科が得意な教員が,担任の教員につき,
2名体制で授業を行うというシステムは,現在,茨城 県内では多く取り入れられているそうだが,これはとても有効に機能していると思われた。理科に 苦手意識を持つ教員が多いのが現状なので,理科が得意な教員がサポート・バックアップすること は,理にかなっている。理科に苦手意識を持つ教員は,日々の業務に追われながらも,理科におけ る内容の理解と実験の技能の向上を図るべく,努力することが求められる。一方で,理科が得意な 教員には,その分,何らかのインセンティブが与えられるべきではないだろうか?そうすれば,理 科の能力向上への動機付けがより一層図られて,
1.児童,
2.理科が苦手な教員,
3.理科が得意 な教員 の三者にとって,
Win-Win-Winとなる。なお,理科という科目においては,自信をもって 正しくしっかりと教えられる教員が少なく,そのように理科を教えられる教員が求められている。
そこで,[
2,
3]で提案したことであるが,理科が得意な教員として,ポストドクターを登用する といいのではないかと思う。現在,日本国内において,多数のポストドクターが任期付きの研究員 等の身分で研究を行っている。彼らの多くは教育経験が無いので,小学校等の現場で講師をするこ とができれば,教育経験を積むことができるという意味で彼らにとってもメリットがある。また,
児童にとっても,様々な研究の最先端の話について,直接質問して回答を得られるというのは,大 いに刺激になるに違いない。そのため,ポストドクターを理科の講師に登用することは,ポストド クターと教育現場の双方にとって
Win-Winである。彼らの理科講師としての登用を積極的に検討す るべきである。
ところで,児童生徒の理科離れの原因の一つとして考えられているのが,教員自身の理科嫌いで ある[
1-3]。その主な原因は,十分に理科を学習・理解しないまま,教員免許をもらって大学を卒 業できたり,教員採用試験に合格できるというシステムにある。特に,各都道府県の教員採用試験 においては,教員養成系大学や教育学部向けに推薦枠が設けられていることが多いが,これが問題 である。学生時代に必修科目ではないために理科を勉強せず,さらに,推薦枠で教員採用試験にお ける筆記試験が免除されることにより,ほとんど理科を学習・理解しないまま教員になれるという 抜け道が存在している。中学校・高校教員のように自分の得意とする科目の教員になるというよう な場合には,特に大きな問題は無いかもしれないが,小学校教員の場合は問題である。少なくとも,
教員採用試験においては筆記試験を免除するような推薦枠は廃止し,そして,大学においては, [
2,3] で提案したことであるが,理科を必修科目にするなどして,上述したような抜け道を無くすべきで ある。なお,数学についても同様のことが言える。理科と数学は密接に関係しているので,教員の 理科力向上のためには,同時に数学力の向上も図る必要があり,数学も必修科目にするべきである。
以上で述べたことは,まだ教員になる前の学生の段階での改善策であるが,現職教員が理科嫌い
の意識を克服するにはどうすればいいのだろうか?現在,文部科学省によって,理科に限らず,教
員としての能力が保持されるようにするために,教員免許更新制が実施されている。しかし,この 教員免許更新制は,その趣旨は悪くないのであるが,教員の能力を抜本的に向上させられるような ものにはなっておらず,本質的な意味があるとは決して言えないのが実情である。それは,実施さ れている各講習において,試験の結果がよほどの事が無い限り不合格にはならないように,特別な 配慮が求められているからである。実力が無ければ実際に不合格になるような厳格な試験をして初 めて,教員免許更新制が本質的な意味を持つのだが,現状の教員免許更新制は,残念ながらそうは なっておらず,ただの茶番劇なのである。そこで,すでに[
2,
3]で提案したことであるが,厳格 な教員免許更新制を導入して理科や数学の試験を課すことを再度提案したい。これこそが,現職教 員の理科力や数学力を抜本的に向上させられる唯一の方法である。
4.2 上記 3.4 における相違点と特筆すべき点ついて
電磁石の性質を調べる実験を魚釣りゲームにしている小学校があった。理科としての本質を学習・
理解させるには,クリップで十分なのだが,教員に余力がある場合には,このような魚釣りゲーム の形態を演出してあげると,より児童の興味・関心を引き付けられる可能性が高く,取っ掛かりと して有効であると思われた。なお,小学校によって,電池の数やコイルの巻き数の少なくとも一方 が一定であるところがあったが,電池の数とコイルの巻き数については,両方とも変えられた方が いいと思われた。また,コイルの中に入れる芯として,鉄に加えてアルミなど他の物質で出来たも のも用意することで,児童に鉄の強磁性という際立った性質をよりはっきりと実感してもらえるは ずである。さらに,電池のつなぎ方を直列だけではなく並列でもできるようにしたり,芯やコイル の導線の太さも変えられるようにすると,かなり実験のバリエーションを増やすことができる。一 方で,あまりにバリエーションが多いと,ポイントがぼやけてしまう危険性が高くなる傾向がある のも事実である。どの程度のバリエーションを用意するのが最適解なのかは,児童の学習能力や習 熟度,そして,どれくらいの時間を実験に割り当てられるのかにも寄ってくるので,バランスの問 題であり,うまく見極める必要があるだろう。なお,細かいことではあるが,小学校によっては,
クリップの数が少なかったために,各グループ内で実験の順番待ちをしている光景が見られた。時 間の有効活用,そして,児童にできるだけ実験で試行錯誤する機会を与えるという意味で,あまり 順番待ちをしなくてもすむように,クリップ等の実験器具は十分な数を用意しておくことが望まれ るだろう。
授業時間の制約上,実験に打ち込んでいる児童がいたとしても,時間が来たら,一斉に強制終了 させて次の課題に取り組ませるのが通常日本で行われている教育のやり方である。一方,北欧のデ ンマークでは,没頭・集中して取り組んでいる児童生徒がいる場合,強制終了させずに,とことん 本人の気がすむまでやらせるそうである。そして,達成感を得させることで,個性や才能を伸ばし ていくというのである[
9]。例えば,実験において,この考え方を取り入れてみるのはどうだろう か?授業以外の時間,例えば,放課後等に,実験を続けたい児童には実験を続けられるような環境 を用意してあげるのである。十分な時間があれば,意欲のある児童は気がすむまで試行錯誤できる。
こういう場合にこそ,実験で多くのバリエーションを与えてあげるのがいいだろう。安全管理等様々
な事情も考慮しなければいけないが,理科の実験に限らず他の教科においても,可能な範囲で放課
後等に何かをやりたい児童には自由にやらせてあげられるような環境を用意してあげると,児童の 個性や才能をより大きく伸ばしていけるはずである。なお,諸外国でも物理教育の難しさが数多く 指摘されているが[
10-17],デンマークの教育方法は,万国共通で有効である可能性が高いと私は 考えている。
5.終わりに
茨城県教育委員会は,茨城大学との連携事業として,いばらき理科教育推進事業を行っている。
本稿では,茨城県教育委員会がその一環として実施している推進地域モデル小学校公開授業研究会 のうち,私がこれまで参加してきた単元名「電磁石の性質」についての公開授業研究会について,
その現状を報告するとともに,いくつか気づいた点について,以下のような改善方法の提案を行っ た。第一に,理科が得意な教員がそうではない教員のサポート・バックアップするというシステム において,理科が得意な教員に何らかのインセンティブを与えるということである。これによって,
理科力向上への動機付けがより一層図られて,
1.児童,
2.理科が苦手な教員,
3.理科が得意な 教員 の三者にとって,
Win-Win-Winとなる。第二に,理科が得意な教員としてのポストドクター の登用である[
2,
3]。ポストドクターにとっても教育経験を増やせるという意味でメリットがあり,
また,児童にとっても研究者と直接話ができる機会を持てて大いに刺激になるので,ポストドクター と教育現場の双方にとって
Win-Winとなる。第三に,理科に苦手意識を持つ小学校教員を生まない ために,各都道府県の教員採用試験において,教員養成系大学や教育学部向けに設けられている推 薦枠(筆記試験の免除)を廃止することである。そして,教員養成系大学や教育学部においては,
理科と数学を必修科目にすることである[
2,
3]。現状では,理科や数学をほとんど学習・理解し ないまま,教員免許をもらって大学を卒業し,教員採用試験では推薦枠によって筆記試験が免除さ れて教員になれるという抜け道が存在している。そのような抜け道は早急に塞ぐべきである。また,
現職教員に対しては,現状の教員免許更新制は茶番劇であるため,厳格な教員免許更新制を導入し て理科や数学の試験を課すべきである[
2,
3]。これこそが,現職教員の理科力や数学力を根本的 に向上させられる唯一の方法である。第四に,「電磁石の性質」を調べる実験においては,電池の 数やコイルの巻き数などの条件をいろいろと変えられるようにした方がいいということである。そ の際,実験のバリエーションが多すぎると,ポイントがぼやけてしまう危険性が高くなるので,児 童の学習能力や習熟度,そして,どれくらいの時間を実験に割り当てられるのか等を考慮して,最 適解を見極める必要がある。第五に,デンマークの個性や才能を伸ばす教育方法[
9]の導入である。
意欲のある児童が放課後等に気がすむまで実験を続けられるような環境を用意してあげれば,児童 の個性や才能をより大きく伸ばしていけるはずである。理科の実験に限らず,他の教科においても,
そのような環境を用意してあげることが望まれる。
教育で一番大事なのは,嘘を教えないことである。近年,教員養成系大学・教育学部において,
教え方や伝え方が重要視されてきている傾向があるが,教える内容をしっかり理解しておくことの
方が,ずっと重要である。教科書に書かれている内容だけでなく,関連分野の内容まで含めて,広
く,かつ,深く,学習・理解していなければ,余裕をもって正しく教えることはできない。そのよ
うにしていなければ,仮にもし,優秀な児童から鋭い質問をされたとしても,的確な回答をするこ とはできないのである。また,いくら教え方や伝え方が上手だったとしても,言っている事や回答 している内容が間違っていたとしたら,それは無意味であるどころか有害ですらある。逆に,たと え教え方や伝え方が下手だったとしても,正しい事を言っていれば,その方がずっと有益であり,
教育となり得る。そのため,教え方や伝え方等の実践力に重点を置くのではなく,教科の内容の学 習・理解に重点を置くべきである。また,現在,小学校・中学校・高校の学習指導要領の表題は,「生 きる力」である。理科は,最低限の正しい知識と考え方を身に付けておくと,日常生活で役に立つ だけでなく,自分の命を守る上でも非常に有効である。例えば,車に乗る際にはシートベルトの着 用が法律で義務付けられているが,それは,事故の際に,車内で他の乗員に衝突したり,車外に(窓 ガラスを突き破って)放り出されるのを防ぐためである。もし, 「慣性の法則」を知っていれば,シー トベルト着用の有効性をしっかりと自分の頭で認識することができるので,仮にそのような法律が 無かったとしても,自らシートベルトを着用しようと考える可能性が高くなるのである。ここでは たった一つの例を挙げただけだが,理科力はまさに「生きる力」に直結する。微力ながら今後も引 き続き,理科力の向上に貢献させていただく所存である。
謝辞
いばらき理科教育推進事業の公開授業研究会を円滑に企画・運営された茨城県教育委員会の皆様,
また,当日の研究会を準備・実施された鹿嶋市立三笠小学校,那珂市立横堀小学校,小美玉市立野
田小学校,土浦市立都和南小学校,常陸太田市立太田小学校,鹿嶋市立中野西小学校の先生方,そ
して,近隣から参加された多くの先生方に,教育の現場と研究協議を拝見する貴重な機会を与えて
くださったことに感謝致します。
表
1:電気と磁気の学習の流れ(現行の小学校学習指導要領解説理科編[6]に基づく。)表
2: 電気と磁気の学習の流れ(新小学校学習指導要領解説理科編[7]に基づく。)A. 小学校学習指導要領における第 5 学年「電磁石の性質」の位置づけ
テーマ 項目
第
3学年 磁石の性質 磁石に引きつけられる物異極と同極 電気の通り道 電気を通すつなぎ方電気を通す物 第
4学年 電気の働き 乾電池の数とつなぎ方光電池の働き 第
5学年 電流の働き 鉄心の磁化、極の変化電磁石の強さ
第
6学年 電気の利用
発電・蓄電
電気の変換(光、音、熱などへの変換)
電気による発熱
電気の利用(身の回りにある電気を利用した道具)
テーマ 項目
第
3学年 磁石の性質 磁石に引き付けられる物異極と同極 電気の通り道 電気を通すつなぎ方電気を通す物 第
4学年 電気の働き 乾電池の数とつなぎ方
第
5学年 電流がつくる磁力 鉄心の磁化、極の変化電磁石の強さ
第
6学年 電気の利用 発電(光電池を含む)、蓄電電気の変換電気の利用
B. 小学校学習指導要領における「電磁石の性質」に関する記載事項
•
以下は,現行の小学校学習指導要領[
4]の第
2章各教科第
4節理科〔第
5学年〕から抜粋した。
1
.目標 (
1)
物の溶け方,振り子の運動,電磁石の変化や働きをそれらにかかわる条件に目を向 けながら調べ,見いだした問題を計画的に追究したりものづくりをしたりする活動を 通して,物の変化の規則性についての見方や考え方を養う。
2
.内容
A物質・エネルギー (
3)電流の働き
電磁石の導線に電流を流し,電磁石の強さの変化を調べ,電流の働きについての考 えをもつことができるようにする。
ア 電流の流れているコイルは,鉄心を磁化する働きがあり,電流の向きが変わると,
電磁石の極が変わること。
イ 電磁石の強さは,電流の強さや導線の巻数によって変わること。
•
以下は,新小学校学習指導要領
[5]の第
2章各教科第
4節理科〔第
5学年〕から抜粋した。
1
.目標 (
1)物質・エネルギー
① 物の溶け方,振り子の運動,電流がつくる磁力についての理解を図り,観察,実 験などに関する基本的な技能を身に付けるようにする。
② 物の溶け方,振り子の運動,電流がつくる磁力について追究する中で,主に予想 や仮説を基に,解決の方法を発想する力を養う。
③ 物の溶け方,振り子の運動,電流がつくる磁力について追究する中で,主体的に 問題解決しようとする態度を養う。
2
.内容 A物質・エネルギー (
3)電流がつくる磁力
電流がつくる磁力について,電流の大きさや向き,コイルの巻数などに着目して,
それらの条件を制御しながら調べる活動を通して,次の事項を身に付けることができ るよう指導する。
ア 次のことを理解するとともに,観察,実験などに関する技能を身に付けること。
(ア)電流の流れているコイルは,鉄心を磁化する働きがあり,電流の向きが変わ ると,電磁石の極も変わること。
(イ)電磁石の強さは,電流の大きさや導線の巻数によって変わること。
イ 電流がつくる磁力について追究する中で,電流がつくる磁力の強さに関係する条 件についての予想や仮説を基に,解決の方法を発想し,表現すること。
引用文献
1
. 経済産業省の News Release「進路選択に関する振返り調査について」(平成
18年
1月
31日発表),毎日新 聞 2006 年
2月
7日夕刊 p.8 「教師の卵から改善を⁉」.
2
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教育学部紀要(教育科学)』56,91-102.
3
.
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4
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5
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