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企業の社会的責任

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(1)

論文

Ar t i cl e

企業の社会的責任 ( CSR)

‑ その歴史的展開 と今 日的課題‑

加賀 田 和弘事

要 旨】

相次 ぐ企業不祥事の発生や地球環境 問題‑ の対応 な ど、様 々な局面で企業の社会的責任

( CSR)

を問 う 声が高まるのを受 けて、近年 、大企業 を中心に多 くの企業が

CSR

‑の取 り組み に力 を入れ始 めてい る。

しか し、そ もそ も

CSR

とは何 を意味す るのか、本来営利追求組織で ある企業が

CS R

に ど う取 り組むべ き か、といった点については、依然 として論争 の的になってお り、統一 した見解 は得 られ てない。その理 由 の一つ として、歴史的に見て

CSR

とい う言葉 に、それぞれ の時代 の価値観や、人々の企業の役割 に対す る期待 な どを反映 した、微妙 に異なる様 々な定義が行 われ てきた ことが挙 げ られ る。

本研究 の 目的は、 この 「企業 と社会

」( Bus i ne s s良 Soc i e t y)

論の領域 において議論 され てきた

「 CSR」

について、その歴史的生成お よび議論の展開か ら、今 日の

CSR

概念 に内包 され てい る基本概念お よび諸 理論 を抽 出 し、その課題 を検討 しなが ら、企業 は現在そ して今後

、CSR

に ど う取 り組 んでい くべ きか を 考察す ることにあるO本稿 では特 に、この研究領域 において常に世界 を リー ドしてきた米国にお ける

CSR

論 の歴史的展開を中心 に、その発端 となった出来事や論者 の主張、その後 の理論展開を年代別 に取 り上げ、

考察 してい る。

キー ワー ド :企業の社会的責任

( CSR)

、企業倫理、ステー クホル ダー理論 、経営社会政策過程

1 .は じめに

近年、安全や晶質に関す る企業不祥事の頻発、地球環境問題‑の対策な ど、「企業 と社 会」に見 られる様々な局面で、企業の社会的責任

( cor por a t esoci alRe s pons i bi Ht y:CSR

以下

CSR

と表記)を問 う声が高まってきている。このよ うな社会か らの要請に対処すべ く、

大企業を中心に、多 くの企業が

csR

‑の取 り組みに力を入れ始めている。

2003年以降、 リコー、松下電器産業、帝人、 ソニー、キヤノンな ど一部の先進企業は、

それまでの環境経営か ら

csR

経営‑の転換 を打ち出 し

、CSR

担 当組織の設置

、CSR

担 当 役員の任命 など

CSR

経営体制の整備 を行 っている。また、経済団体 も

CSR

に関心を示 し てお り、例 えば経済同友会は2003年に15回企業 白書 「市場の進化 と社会的責任経営」を 公表 し、その中で

、CSR

は 「議論の段階か ら実践の段階‑移行すべき時期にある」と述べ、

「 csR

の実践 とその継続 を支える哲学 と仕組みを経営者 自らが評価 し、将来の 目標の設定 と実践を促進 してい くための企業評価基準」を提案 している。同様 に 日本経団連でも、2004

'関西学院大学大学院総合政策研究科研究員

( ps ms l O1 3 @ bc . kw a ns e i . a c . j p)

43

(2)

KAGAT A: Co r po r a t eS o c i a lRe s p o n s i b i l i t y

年 に 「企業の社会的責任

( CSR)

推進 にあたっての基本的な考え方」 を公表 し、企業行動 憲章 を

、CSR

を踏まえて改定 した上で、憲章の精神 を実践 してい くための 「実行の手引き の要点」を作成 している。さらに行政 も

csR

に積極的に関与す る動 きを見せている。経済 産業省 は

、I SO

CSR

マネジメン ト規格化の動きに対応すべ く

、2004

年に 「企業の社会的 責任

( CSR)

に関す る懇談会」を設置 している。環境省で も、同 じく

2004

年に 「社会的責 任 (持続可能な環境 と経済)に関す る研究会」を設置 している。

以上のように、社会現象 としての

CSR

論は、民間経済団体や行政 を巻き込みなが ら、実 践 ・政策の両面において、一部の先進的な企業だけでなく、すべての企業が取 り組むべき 経営課題 として、特に

2003

年以降広 く議論 されてきた。しか し、今 日議論 されている

CSR

は、論者や時代 によって異なる様々なアプローチを内包 した、ある意味で総合的な概念で あ り、その意味するところは極めて多様であるといえる。そのためか

、CSR

の議論は少々 混乱 しているよ うにも思われ る。そこで、今改めて、そもそ も歴史的にどのよ うな背景か

csR

の議論が出てきて、それは どのような諸理論‑ と展開 してきたのかを検討 してお く ことは、今 日における

CSR

論の課題 を理解する うえで意義のあることだ と思われ る。

csR

は、企業の社会における影響力の拡大に伴って議論 されてきた背景があるため

、 csR

が問われ るようになった社会的背景 としてのその時々の社会的経済的環境変化 と理論展開 の双方を考察対象 とす る必要がある。偶発的な社会運動がそれまでの企業行動の新 しい理 論形成 に大きな影響 を与 える場合がある一方で、現実 と帝離 した ところで更なる理論展開 がな され る場合 もあるO特に

CSR

は、それまでの営利追求を是 とす る古典経済学的な企業 モデル とは別次元の企業モデル を想定 してお り、社会 における企業のあ り方そのものを問 う研究領域であるため、時に

NPO

NGO

、慈善団体 と同 じよ うな役割を期待す る言説が 提示 され ることがある。 しか し、そのような企業の基本的前提 としての営利性 を放棄 した 上での議論は現実的 とは言 えず、理想主義のそ しりを免れない。

本稿では、以上のよ うな問題意識の下

、1 950

年代か ら

80

年代にかけて議論 されてきた 従来の

CSR

論の各論者 の主張を再検討するとともに

、90

年代以降の社会 ・経済変化の中 か ら議論 され るようになってきた新たな

csR

の潮流、今 日的位置付け、そ して今後の方向 性について考察を行 っている。

2 . CS R の生成 と展開 一米国 と日本での理論展開を中心に して‑

2 . 1 戦前の CS R

欧米では、すでに経営学の分野で

She l don ( 1 9 24)

の著作において

CSR

に関す る記述が見 られ るよ うに、現代の

CSR

につながる議論の端緒は、米国において近代企業が巨大化 し、

その社会的影響力が大 きくな り始めた

1 920

年代にさかのぼることができるといわれてい

l 。

I

Mi t c h e l l , N . J . ( 1 9 8 9 ‑ 2 0 0 3 )

.

(3)

KGPSRe vi e w No. 7Oc t obe r2006

米国にお ける

1 920

年代は、第一次世界大戦‑の物資の輸 出によって発展 した重工業へ の投資、戦争帰還兵 による消費の拡大、モー タ リゼー シ ョンのスター トによる自動車工業 の躍進 な どによって、大恐慌

(】929‑1 939)

の発端 となった

1929

年のニュー ヨー ク市場の 大暴落まで、空前の経済的繁栄 を遂 げ、大量生産 ・大量消費の生活様式が確立 した時期 に あた る

。 1920

年代の このよ うな社会 ・経済変化 は、近代企業の巨大化 と社会的影響力の増 大を促す と同時に、企業の規模拡大 と高度技術追求のための必要資本の増大による株式の 多数化お よび分散化 、そ してその結果、株主の企業支配か らの後退 と専門経営者 による企 業支配の台頭、すなわち

、 Be一 l e‑Means (1932)

の指摘す る 「所有 と支配 の分離」 をもた らした。それまでの企業の支配者 とい う立場 を離れて 「単なる資本の報酬の受取人

2

」にな って しまった株主は、従業員、消費者 な どと並ぶステー クホル ダー (利害関係者) の一員 となった。森本

(1 994)

は、 この株 主か ら専門経営者‑の企業支配者 の交代が、 自己利益 の極大化 とい う従来の企業の経営原理 に大 きな変化 をもた らした とい う点 を指摘 し、以下 のよ うに述べてい る。「経営者 を新 しい支配者 とす る企業 は、これ ら環境主体 (筆者注 :ス テー クホル ダー と同義)の期待 ない し利害にこたえるよ う経営 され なければな らな くなる。

その経営原理は、出資者 の期待である収益性 はもとよ り、労働者や消費者 な どの環境 主体 の期待 を内包 し、統合 し、止揚できるものでなけれ ばな らない。 ‑ (中略)‑この よ うに して企業は、出資者 の所有物である収益性追求機 関 としての性格 を脱 し、多様 な環境主体 と相互作用 しなが ら、経営者 の指導 のもとで多数の構成員が協働す る社会的機 関‑ と変貌 した。」同様 に、高 田

(1974)

も 「所有 と支配 の分離」に よって、専門経営者が、それ まで の株主 に対 してのみ忠誠 を尽 くす とい う制約か ら解放 され 自由裁量 を得た ことは

、CSR

経営理念化 し実行す る可能性 を示す ものである

3

としてい る。

一方

、 M i t chel l (1989‑2003)

、 Ber l e‑ Mea ns (1932)

以降の企業の支配形態 について 分析 した諸理論 を整理 した上で、株 主 (所有者)支配型企業 と経営者支配型企業 との間で、

利益極大化志向に差はな く、両者 の企業で同 じよ うに企業社会政策

4

ぉ よび

csR

の理念 が 認 め られた。す なわち、支配形態に関係 な く大企業は企業社会政策お よび

CSR

の遂行 を行 っていた

5

と指摘 してい る。さらに彼 は、企業 による社会政策お よび

csR

の遂行 の 目的は、

社会 問題‑の関与ではな く、巨大化 した企業が、大衆か らの非難 を回避 し、 自らが有す る 権力 の行使 を利害関係者 か ら承認 され、その社会的存在 としての正 当性 を獲得す ることで

̀Be r l e , A. A.a ndMe a n s

,

a C.( 1 932)p

.3.

3高 田

( 1 974) p . 30

.

4社会経営政策とは、「一つ、あるいは複数の社会的課題、社会問題に関して、その企業の目的、目標、

プログラムを規定するような、企業における一つ、あるいは複数の政策

」 ( pos

t,

J . M. , e t al . ( 2002)p. 606. )

のことである。「福祉資本主義

( wel f a T eC a pi t a l i s m)

、「産業改善

( i ndus t r i albe t t e r me nt )

」とも呼ばれる

。 具

体的は、企業 (経営者)による、年金制度、生命保険制度、失業保険、就業時間の制限、住宅、病院、図 書館、教会の建設、寄付など、企業内の従業員と企業外のコミュニティの両方を対象とした様々な活動の ことをいう。通常これらの政策の実施は政府の仕事であるとされるが、米国において

、1 9

世紀後半から いくつかの企業 (経営者)が自発的に実施し始め

、1 9 20

年代には、多くの企業で実施されるようになっ た。その後の大恐慌

( 1 929‑ 1 939)、1 935

年に制定された社会保障法

( TheSoc i a lSe c ur i t yAc t )

を契機に、

企業によるこうした政策の積極的な推進は終君を迎えることになるが

、Mi t c he

llはこの

1 920

年代の企業 による社会経営政策こそが、現在の

CSR

、フイランソロフィーの原点であるという

。 ( Mi t c b c l l ,N .J . ,

( 1 989 ‑2003)p. 22

.お よび

p. 56

.参照)

5

Mi t c he u,N.I . ,( 1 989‑2003)pp. 72‑ 82.

45

(4)

KAGATA: Co r po r a t eSoc i a lRe s po ns i bi l i t y

あった と主張 してい る。そ して、この企業社会政策お よび

csR

の遂行は、新 しい経営イデ オ ロギー として近代の大企業の成立に伴 って制度化 され、継続化 された機能である

6

と述べ ている。

いずれにせ よ、米国における

1 9 2 0

年代の企業の巨大化、影響力の増大 と、それに対す る 社会か ら批判 ・懸念が、それまでの利潤極大化一辺倒だった企業の行動原理に大きな変更 をもた らした といえる。その後の大恐慌

( 1 9 2 9 ‑ 1 9 3 9 )、1 9 3 5

年に制定 された社会保障法

( Th e

soci alSe cur i t yAc t )

を契機 に、企業によるこ うした社会経営政策の積極的な推進の多 くは 終蔦 を迎えることになるが、この

1 9 2 0

年代の社会 ・経済変化、その結果大企業が行った様々 な社会経営政策は、現在に通 じる

CSR

、フイランソロフィーの原点をなす もの と考 えられ よ う。

2. 2 戦後 〜1 950 年代の CSR

戦後間もない

1 9 4 8

年には、バーバー ド・ビジネス ・スクールの年次総会が 「企業経営 者の責任」 とい うテーマで開催 されている。そこでは、企業の指導的立場にある役員や政 府 の官僚 を交え、企業の活動によ り影響を受 ける様々な集団のそれぞれに対す る企業人の 責任 を明確 にすべ く活発 な議論が行われた。 ここでい う●「様 々な集団」 とは利害関係者の ことであ り、具体的には 「大衆、労働者、政府、消費者、株主、国境 を越 えた世界」が含 まれていた

7 。Me 汀i l l( 1 9 4 9 )

は総会が企業の責任概念 を拡充 しようとす る動機 に取 り付か れていた として、次のように記 している.「企業人の唯一の責任 は、お金を稼 ぐことである (まった くそ うだ と考え られ る場合 もあるが)と考えられ る時代 もあった。(‑中略・)し か し、そ うした考えがな くなって久 しい

.1 9 4 8

年 とい う困難で複雑な時代をよ り認識 しよ うと新 しい考えが起 こっている。それは、企業人の責任 を自分 自身 と直接関係するものを 超 えて拡充す るものである。事実、その主なものは、他者 に対 してであ り、その決定 と行 動によ り影響を受ける多 くの集団に対 してである。(‑中略‑)企業経営を行 う者の課題 は、

これまでほ ど単純ではない。企業人は自らの責任 を受け入れ るか、 さもなければ、その責 任 は他の諸集団に委ね られ、企業人 と自由企業は存続 しなくなる8.」

Me 汀i

llによるこのよ うな指摘は、その後の 「企業 と社会」をめぐる様々な論争、具体的 には、環境保護、従業員の健康、安全、女性労働者、人権、差別、人種や民族、障害者の 雇用政策な どに関連 して発生す る種 々の問題の増大を予見 させ るものである。

しか し、このよ うな議論が当時の企業経営者全体に広まることはな く

、1 9 5 0

年代 を通 じ て企業や経営教育の双方の領域において、企業倫理や

csR

について関心が高まることはな かった とされている9。米国における

1 9 5 0

年代の

1

0年間は

、】 9 3 0

年代の大恐慌 による混 乱、その後の戦争 を乗 り越 え、アイゼ ンハ ワー時代の 「平和 と繁栄」を享受 した静寂の時

PI bi d, ,p p・ 1 01 ‑

7

1 6 ・

7

Me r

,i

l l , H. F . Ed( 7 9 4 9 ) p . V . li bi d・ , p・ vi ・

9E.M.エプスタイン (特別寄稿)経営学教育における企業倫理の領域 :過去 ・現在 ・未来」, 中村瑞穂 編著

( 2 0 0 3 )p 2 0 6 .

(5)

KGPSRe y i e wNo . 7Oc t o b e r2 0 0 6

代であった。第一次大戦後 と同様 に、戦争帰還兵による消費拡大、結婚 ・出産の急増、安 価で高性能の 自動車の普及、高速 自動車道路網の整備、戦前の家族制度に縛 られない核家 族化の進行 を背景 とした住宅需要の拡大 と家電製 品の普及、戦争 によって再び荒廃 した欧 州‑の輸出な どによって経済活動が活性化 し、それが企業のさらなる巨大化 を促 した。実 際には、米国の政府指導者によって法的には無視 された社会的、経済的、政治的課題、ま すます進む企業社会の価値構造に関す る不安が現れ始めているが、こうした事柄は多 くの 米国人の中で重大な関心になっていなかった

' 0

そのよ うな状況ではあったが、現代の

CSR

の議論につながる著作がい くつか出版 されて い る. と りわけ重要 なのが

、 Bowe n,H.R.(1 953)

による

So ci alRe s po n s i bi l i t i e so ft he Bu s i ne s s ma nである 。Bowe n

は、 ビジネスマ ンとして期待 され る社会に対する責任 とは何 かについて考察 し、 ビジネスマンの社会的責任 を 「我々の社会の 目標 と価値の観点か ら望 ま しい と思われ る深慮を追求 し、意思決定を行い、行動す るビジネスマンとしての義務に 属す るもの

」 ( p. 6)

と定義 してい る

。Bowe n

は、特に社会的責任 の教義、すなわちそれが 何を意味す るのかについて特に関心を抱いていた。 この定義の問題は、今 日でも熱心な議 論が行われている。また彼は

、CSR

は決 して万能薬ではない ものの、将来のビジネスの行 方 を左右す るかもしれない重要な真実を内包するものであると考 えていた。 このよ うな点 を評価 し

、Ca 汀 0 1 1 ( 1 999)

、Bowe n

「 csR

の父」 と呼ぶべきであるとしている

日。

1 950

年代に出版 されたその他の重要な著作 として、のちの企業倫理 の展開に貢献す る

sel e kma n ( 1 959)

のAmo

r alPhi l o s o ph yf o rMana ge me nt 、Chi l d‑Ca r t e r( 1 954)

Et hi c s i n

Bu s i ne s sSoc i e

OJがあ り、経営学者の一部 に、戦後の企業社会の到来を予測 し、経営者 自身 の倫理やモ ラルの確立の重要性 を指摘す る者 もあった。

日本でも、戦後間もない

1 956

年には、経済同友会の決議 「経営者の社会的責任 の 自覚 と実践」を契機 として、問題提起 と論争が行われている。 しか し、この社会的責任 の内容 表現は抽象的で、問題提起の粋を出てお らず、実践上の見るべき成果 を引き出す ところま では至 らなかった

1 2

とされている。 日本における

CSR

の原点をこの経済同友会の決議 を起 点 とす る場合が多いが、 しか しそれは必ず しも正確ではな く、堀越

( 2006)

によると、企 業の社会的責任論の第一期 として山城

( 1 949)

、高田

( 1 950)

、岡田

( 1 950)

、菅谷

( 1 953)

村本

( 1 953)

な どが挙げ られ るとい う。彼 らは、戦後改革における経済民主化の進展、戦 後労働運動の激化の中で

、70

年代以降に見 られ るよ うな 「社会的諸問題‑の対応」とい う

よ りも、戦後の新 しい企業 ・経営体制、新 しい経営者 のあ り方の問題 として、 「経営者の 社会的責任論」を中心に取 り上げた とされ る

1 3。

1

0

前掲書

,p p. 2 0 6 ‑ 2 0 7

.

日ca 汀

0

1 1 ,

A.

a. , ( 1 9 9 9 )p . 2 7 0 .

2森本

( 1 9 9 4)p . 8 0 . 1 3堀越 ( 2 0 0 6 )p p. 6 7 ‑ 7 3 .

47

(6)

KAGATA: Co r p o r a t eS o c i a lRe s p o n s i b i l i t y

2. 3 1960‑ 70 年代の社会変革 と s RI 、CSR

米国において

1 950

年代以降急速に進んだ大量生産 ・大量消費はいわば豊か さの象徴で も あった。経済の発展に伴い生活水準が向上す ると、人々は物質的な豊か さに加 えて精神的 な豊か さを求めるよ うになる。同時に、教育水準の高ま り、テ レビの普及による新たなマ ス ・メデ ィアの発達は、人々の社会的な問題‑の関心 ・関与を増大 させ ることになった。

1 960‑70

年代のアメ リカは、黒人差別の撤廃 を目指 した公民権運動

( 1 963

年は奴隷解放

1 00

周年)、女性の地位 向上、マイ ノリティの権利獲得、障害者の権利獲得、ベ トナム反戦 運動、ウオーター ・ゲー ト事件

( 1 97

2

)

、ロッキー ド事件

( 1 97 6)にみ られ る政府の不祥事

‑の糾弾、環境保護運動

( Rac he lCa r s on

の 『沈黙の春

si l e ntSpr i ng

』は

1 96 2

年に出版。)、

キャンペー ン

GM ( 1 969‑ 73)

、フォー ド・ピン ト事件 (フォー ドの欠陥 自動車 ピン トをめ ぐる一連の事件)

( 1 9

7

21 1 978)

な どの社会運動や消費者運動が大いに盛 り上が りを見せた.

この時期の社会運動には、外部か ら企業に向けて展開 された運動の他に、ベ トナム戦争 で使用 された枯葉剤 とナパーム弾製造 中止を求めて、その製造元であるダウ ・ケ ミカル社 に対 して株主提案 を行 った 「人権のための医学委員会

1 4

」のよ うに、企業‑の投資行動 を 通 じて株主 としての立場か らその企業行動を改め させ よ うとす るものも多い。

とりわ け、社会派の弁護士であった

Ra l phNa de r

によって展開 されたキャンペーン

GM

はその後の消費者運動や

csR

・社会的責任投資

( soc i a 一Res pons i bl el nve s t me mt:

以下

SRI

と表記)の議論が大いに盛 り上がるきっかけになった事件 として有名である

。Na de r

は、

1 965年に 『どんなス ピー ドでも危険だ‑ アメ リカの 自動車に仕組 まれた危険 』 ( Uns a f ea t A

n yspe e d:TheDe s i gne d‑ I nDa nge r soft heAme r ic a nAut omobi 一 e)

を出版 して、アメリカの 自 動車産業は、安全性 向上のための投資を渋ってお り、多 くの自動車は車輪付の棺桶である と述べ、全米に衝撃を与えた

。Na de r

が特にゼネ ラル ・モータース

( GM)に欠陥が多い と

指摘 したことをきっかけとして、

GM

に対す る社会的関心が高ま り、欠陥車問題 に限 らず、

雇用や公害の防止な ど

GM

の社会的責任 を幅広 く問 う活動‑ と発展 した。 キャンペーン

GM

に賛同す るメンバーは

GM

の株主 とな り

、70

年の株主総会で、消費者や少数民族の代

] 4

医師や看護師 ・検査技師 ・ソーシャル ワーカーな ど医療 に従事す る人び とが活動す る 「人権のための 医学委員会

」( TheMe d i c a ]Co mm it t e ef o rHu m

an

Rj g

hts)は

、6 0

年代後半にはベ トナム戦争 に反対 して、森 や 田畑 を枯 らす枯葉剤や 、人や家屋 を焼 くナパーム弾 を生産す る化学会社 に対 し抗議 のキャンペー ンを仕 掛 けてい る

。6 8

年 、ダウ ・ケ ミカル社 の株式

5

株 を寄付 され 、株主 となった医学委員会 は、ダ ウ ・ケ ミ カル社 の理事会 に書簡 を送 り、人間の殺傷 を 目的 とす る兵器 の生産は人権 に反す ると厳 しく批判す る。そ して、ナパーム弾が生産 できない よ うに会社定款の書 き換 えを求 め、株主総会で提議 して議決 に持 ち込 も うとした。 しか し、ダ ウ ・ケ ミカル社 の経営陣は、この株 主提案 を株主 に送付 され る委任状資料か ら削除 しよ うとした。ダ ウ ・ケ ミカル社 は、医学委員会の提議 には政治 目的があ り、州法で認 め られた株 主の権 限を逸脱す るものだ とし、提議 は無効だ と主張 したのである。この動 きに医学委員会 は抗議 したが、問題 を審議 したアメ リカ証券取引委員会

( SEC)

がダ ウ ・ケ ミカル社 の主張を認 めたた め、医学委員会 は、ア メ リカ証券取引委員会 を告訴 したOそ して

、7 0

年、高等裁判所 は医学委員会 の訴 えを支持 して、証券取 引委員会 に再審議 を命 じる一方、ダ ウ・ケ ミカル社 に対 しては

、1 9 6 0

年代か らの世論の高ま りを受 けて、

この医学委員会 の株主提案 を株主投棄 の対象 とすべ きであった とす る判決 を下 した。判決 を受 けてダ ウ ・ ケ ミカル社の経営陣は

77

年 、株主の委任状 に医学委員会 の提議 を盛 り込んだ。結局、提議 はわず か

2 %

の賛成票 を集 めただけで否決 され たが、裁判所が判決文 の中で企業の社会的責任 を問い、株主が企業の社 会的責任 に関す る株主提案 を行 う権利 を認 めた とい う点で、画期的な判決だ とされてい る。

(7)

KGPSRe v i e w No. 7Oc t o b e r2 006

表者 を取締役会‑参加 させ ること、企業の責任 についてのア ドバイスを行 うための株主香 員会の設置、マイノ リテ ィの雇用や公害防止な どの社会的責任 を問 う多 くの株主提案 を試 みた。 これ らの提案は株主総会において否決 されたが、キャンペーン

GM

のメンバー らは

GM

の委任状獲得 を 目指 して、機 関投資家な どに対 して働 きかけを行い、これをマスコミ が取 り上げたことな どか ら、このキャンペーンは広 く社会の注 目を集 めるに至った。 この

ような社会全体か らの関心の高ま りを受けて

、GM

は牧師の レオン ・サ リバ ンを初 の黒人 取締役 として任命 し、また公共政策委員会を創設することになった150

キャンペー ン

GM

」による株主行動の試みは、それまでタバ コやアル コールなど、特 定企業‑の投資を排除す る倫理的投資を行ってきた教会な どの関係者 に重要な示唆 を与 え ることになった。教会の資産をもって、それを運用 していた彼 らは、 自らの株主 としての 力 とその責任に気づいたのである。企業の株式を保有す る株主は、その企業の法的意味で の所有者である。株式に投資す るとい うことは、経営者の選任や経営方針の決定な ど、投 資家 として投資先企業の事業内容や運営方針に影響を与える立場になるとい うことである。

71

年 にはい くつかの教会がグループを結成 し、株主の立場か らの行動 をは じめた。

GM

に対 して、同年の株主総会で南アフ リカか らの事業撤退 を求める株主提案がなされた。

当時の南アフ リカにおいて、GMは最大の雇用主であ り、南アフ リカで事業 を展開す るこ とは、納税や外貨獲得 を通 じて、アパル ト‑イ ト政策 を続 けている現地の 白人政権 を支 え ることにつながっていると考えられたのである。

この 「ダウ ・ケ ミカル社の社会的株主提案判決」 と 「キャンペー ン

GM」の経緯は、そ

の後 「企業が関わる社会問題」に対 して、株主の立場か ら企業に社会的責任 を求める株主 議決権行使の流れを作った といわれている。

1 960

年代後半までは、教会 グループは株主提案に関 しては過激す ぎるとして否定的な立 場 を放っていたが、 この 「キャンペーン

GM」をきっかけに、それ以降は積極的な株主行

動を行 う機 関投資家 としての活動を活発化 させていった。72年には、教会 グループ として 株 主行 動 を リー ドして い くた めの団体 で あ る

I CCR 】 6 (l nt er f a i t h Ce nt e ron Cor por a t e Res pons i bi l i t y)

が設立 されている。

この頃か ら、教会グループ以外にも、南アフ リカ問題 をは じめ、環境 問題や雇用の平等 といった問題 について、株主の立場か らその権利 と影響力を行使 し、その企業の社会的責 任 を問 うてい くとい う行動が社会問題に関心の高い投資家 グループの間に見 られ るよ うに なって くる。また、企業の社会的責任について調査を行 うことを 目的 とした機 関も設立 さ れ始めた。

60

年代後半、ベ トナム反戦運動が盛 り上が りを見せ ると大学の資産運用にあたって戦争 に関与 している企業に投資を行い、そこか ら収益を得 ることを批判す る声が、大学の反戦

15

谷本 ( 1 9 87) 第 7 章お よび水 口他 ( 1 9 9 8)pp. 1 2‑

1

3.

1

6

I CCR は 20 05 年 現在 、275 のプ ロテス タン ト、ローマカ トリック、ユ ダヤ教 の宗教 的機 関投資家 ( 教会 、 そ の資産運用 団体 、教会 系の年金 団体、互助 団体 な ど)の連合 で、運用資産 の合計額 は 日00 億 ドル ( 節 1 2 兆 円) にのぼ り 、1 9 98 年 に提 出 された株 主提案 の機 関投資家 の 中で、労働組 合 ( 全体 の 1 5 %) 、 フ ァ ン ド ・マネー ジャー ( 1 2%) に次 ぐ 3

番 目

( 8 %) の株 主提案者 にな ってい る. この S Rlの大規模化 が、

米 国 にお け る CSR の議 論 に大 き く影響 してい る とされ る 。 ( Mun ne

ll,

A. l La ndSun

°

e n , A. ,1 99 9)

4 9

(8)

KAGAT A: Co r p o r a t eSo c i a l Re s p o n s i b i l i t y

グループを中心に上がった。そこでは学生 らが中心 となって、戦争に関与 している企業の 株式を保有することの是非、株主 として声を上げ企業行動を変えさせ るべ きか否か、 とい った ことが議論 された。ハーバー ド大学では、当時黒人に対す る差別的な扱いで人権問題 が国際的に問われていたアンゴラで事業を行 っていたガル フ石油の株式を保有 していたこ とか ら、ガルフ石油の株式 を保有す ることは株主 としてアンゴラの現状 を支持す るもので あるとの批判の声が上がった。 これ に対 して大学側 はガル フ石油の株式を売却せず、また 株主提案‑の投票を棄権す ると発表 したことか ら、これに反発 した学生が学長事務室を占 拠す るとい う事件が起きた。事件後、大学側 はアンゴラの状況について調査を本格化 させ たが、ベ トナム反戦に関連す る株主提案などと同様に、企業の社会的責任 について専門的 な調査を行 う機 関が必要であるとの声が高ま り

、7

2年ハーバー ド大学な どの大学基金が中 心 となって

I RRC ( l nve s t orRe s pons i bi l i t yRe s e a rc hCe nt e r )

が設立 された

1 7

70

年代になると sRlを扱 う投資信託が登場 し始 める

。71

年には、すべての投資対象に ついて、その企業が社会的責任 を果た しているかを問 うソーシャル ・スクリー ンを行 う初

S

R】投資信託パ ック ・ワール ド・ファン ド (現在のパ ックス ・ワール ド・バ ランス ド) が発売 されている。ここで注 目され るのは、単に特定の企業を除外す るだけのネガテ ィブ ・ スク リーンだけでな く、公正な雇用慣行 をもち、公害防止対策を行っている非軍事関連の 企業の 「良い企業」を積極的にポー トフォ リオに組み込むポジテ ィブ ・スクリーンも行 っ ていたことである。 この時期 になると

、csR

として議論 され る問題領域が拡大 し、労働慣 行や環境 問題‑の取 り組みな どを単純に良いか悪いかではな く、その取 り組み方を、総合 的に評価 ・判断す る必要が出てきた。そこで、再び何 をもって

CSR

とす るのかが議論 され るよ うになる。

以上のよ うな社会問題、 とりわけ 「企業 と社会」に関す る様々な消費者運動の盛 り上が りや

sR

lの成立 といった企業に対す る社会的要請の変化 と、それに対す る企業の応答は、

1 960‑70

年代 を通 じて

CSR

の理論展開を促 した。

Da vi s( 1 960)

CSR

について、「少 なくとも部分的には、企業の直接的な経済性や利益 を超 えるところの思慮分別のために行 うビジネスマンの意思決定や行動」 と定義 している

1 8

0彼 は

、CSR

の概念は漠然 としたものではあるが、企業経営の文脈で考 えるべ きであ り、

その取 り組みは長期 にわたって企業に経済的利益をもた らす。」 と述べている

( p. 70)0

また、現在では有名 になっている 「責任の鉄則」

( I r onLa wofRe s pons i bi l i t y)

とい う言葉で、

「ビジネスマンの社会的責任 は、社会的権力の増大に比例 して要求 され るものである

。」

( p‑ 71

) とし、 「社会的責任 を避 けることは、徐々にその企業の持つ社会的権力 を蝕んでい くことを意味す る

。 」 ( p. 73)

と述べ、社会的責任 を果たす ことは企業の大規模化 に伴 う必 然であると説いている

。Mc Gui r e ( 1 963)

、CSR

について 「社会的責任 の概念には、経 済的 ・法的義務だけでな く、それ らの義務を超 えた ところの社会に対す る責任が想定 され てい る。

」 ( p. 1 44)

と述べ、さらに 「それ ゆえ、企業は正 しい市民がそ うであるよ うに、" 正に"振舞わなければな らない。

」( p. 1 44)

として、後の企業倫理や 「良き企業市民

」( Cor po r a t e

1 7

谷本

( 2 0 0 3 )p p. 1 2 ‑

1

3.

18

Da v i s , K. ( 1 9 6 0 )p . 7 0 .

(9)

KGPSRe v i e wNo . 7Oc t o b e r2 0 0 6

ci t i z e ns hi p)

つながる説 明を行 ってい る

1

9.樫井

( 1 99

1)は、この 「企業 と社会」論

( Bus i ne s s a ndSoc i e t y)

とい えるよ うな研 究成果 の噂矢 は、Bo

we n ( 1 95 3)である とともに、正面か

ら 「企業 と社会」論 として展開 された書物 は、この

Mc Gui r e( 1 96 3)に始 まる とみて よい 20

としてい る。また、St

e i ne r( 1 9 7

1)は、「ビジネス とい うものは、依然 として基本的に経済 制度 である。 しか し・企業には、社会がその基本的な 目的を達成す るための支援 を行 うと い う責任 がある。企業が巨大になれ ばますます、その責任 も増大す る。 しか し、すべての 企業が、長期的な利益 をもた らすの と同時に しば しば短期的な利益 をもた らしうるその責 任 を、 コス ト負担 な しに引き受 けることができる

」 として、CSRへの取 り組みが企業利 益 につなが りうることを述べてい る。そ して彼は、企業がその社会的責任 を引き受 けるこ とについて、「それ は、古 く偏狭で、飽 きることのない短期的な 自己利益に比べて、長期的 な視点をもって社会的利益 と啓発 された 自己利益 を考慮す る経営哲学である。」(

p. 1 6 4)と

述べてい る。 これまで、社会的利益 の追求 と企業の 自己利益 とは別 に論 じられ ることが多 かったが、社会的な活動が長期的には 自己利益 につながるのだ、だか ら企業はそれ を積極 的に行 うべ きだ とす る

St e i ne r

の主張は、後述す るよ うに以後、企業が

csR

を推進す る際 の基礎 的な論拠 と見な され るよ うになる。

1 970

年代 になると、この 「企業 と社会」論の研究分野では、企業 に対す る社会的要請 の 変化 に対応 して、CSR概念の展開 と並んで、「社会的即応性」 (

soc i a 】Re s pons i ve ne s s )

と呼 ばれ る新 しい考 え方が登場す るよ うになる。Ac

ke m a n‑Ba ue r( 1 976)は、CSR‑の人々の

関心の高ま りは、企業が財 ・サー ビスの提供 とい う従来の伝統的な役割 を超 えた課題事項 に対応す ることを求 めてい ることの現れである と指摘 し、その よ うな課題事項が さらに伸 び続 けてい る状況 を鑑み、企業 は、社会的業績

( soc i a lPe r f bm a nc e )

向上のために、 これ らの課題事項 に対 して、事後対応

( r e a c t i ve )ではな く、先見的 ( a nt i c i pa t o

ry)かつ事前対 応的

( pr oa c t i ve )に対応 しなけれ ばな らない としてい る。

この よ うな

csRへ の高い関心は、企業お よび教育界の有力指導者 200

名 で構成 され る経 済開発委員会

( Commi t t e ef brEc onomi cDe ve l o pme nt :

以下

CED

と表記)か らも政策見解 と

して意見が表明 され てい る。C仁D (

1 97

1)は、当時の米国世論 の動向、特に消費者保護 、 環境規制 、雇用の平等 な どに現れた企業 に対す る要求の拡大 を、 「一時的な流行 ではな く、

強固で持続 的な傾 向であ り、将来 においてそれが減少す る どころか、む しろ増大す ること が見込まれ る

」とし 「企業が社会 に奉仕す るために存在す る限 り、企業の将来は、常に変 わ り続 ける大衆か らの期待 に どう反応 できる とい う経営者 の質 にかかってい る

。」 ( p. 1 6)

としてい る。

以上の よ うに、1

960‑70

年代 には、CSRに関 して様 々な議論 が展 開 されてい る。Ca

汀01 1 ( 1 979)は、混乱す る CSRの概念 を 「

経済的責任」r法的責任倫理的責任裁量的 ( 会貢献型)責任」の

4

つのパー トに分 けて考 えて、その企業の社会業績 を測定す るための 方法 を提案 している。

また、Da

vi s( 1 97 3)は、CSRが問題 となってきた背景 として、1

.多元主義、2.相互依存

19

ca 汀

011,A.

Bっ( 1 9 9 9 )p . 2 7 2 .

2 0

##

( 1 9 91 )p . 3.

51

(10)

KAGAT A: Co r p o r a t eS o c i a lRe s p o n s i b i l i t y

の増大 と複雑化

3.

富 と文化の向上 と保存の必要 (保持 したい と思 う富 と文化が増大すれば す るほど、それ を破壊す る反社会的な行為を認 めなくなる。)

、4.

企業 と社会の関係の知識 向上、5.政府介入の阻止 (企業が責任 ある行動をしなければ政府の介入 を許す ことにな り、

自由主義を維持できな くなる。)

、6.

倫理的要求、7.所有 と経営の分離 と専門経営者 (所有 と経営が分離す ることによって所有経営者の場合に比べて、経営責任 の所在が不明確 にな る。) を挙げている。CSR積極論の各論 はそれぞれ あるが、お よそこの

7つの要因につい

て焦点を当てた ものに区別できる2

1

。 この頃

csRの遂行 と企業利益 との関係 について提起

された 「啓発 された 自己利益」 (s

t e i me r ,1 971 ,Da vi s‑Bl oms t r o m,1 975)

とい う言葉は、現 在で も、CSR論やフイランソロフィー (社会貢献活動) と長期的な企業利益 との両立を論

じる際の根拠 として、頻繁に引用 され る言葉である。

さらに学術研究分野でもこの

CSR

を取 り上げるものが多 くなっている。 1

971

年には、

アメ リカ経営学会

( Ac a de myofMa na ge me nt )で 「

経営における社会的課題事項」 (

soc i a l l s s ue si nMa na ge me nt :SI M)部会が設立 され、多 くの ビジネス ・スクールで 「

企業 と社会」

とい う科 目が設置 されている

2 2 。

しか し一方で

CSRに対 して、否定的な見方をす るグループも登場 している。特に有名 な

のが、個人の利 己心や利 己的な行為 を全面的に認 める立場に立って、 自己の効用の最大化 を 酎宥して行為する 「経済人」をその基本モデル とし、その経済合理性 を追求す ることを 究極の 目的 とす る、新古典派 といわれ る経済学者の

Fr i e dma n ( 1 970)である。

Fr i e d ma n

は、 「帰結 における自己の利益の最大化 を図るように行為せ よ」 とい う行動原 則 を主張す る立場である倫理的利 己主義に立脚 している。一般には、こ うした利 己的行為 は反倫理的だ とみな されがちであるが、一人一人が 自己の利益を最大化す るように行為す ることは人間の本性か ら考えて 自然なことであ り、人間のもっとも根本的な行為のあ り方 として積極的に評価すべきであるとい うのがこの立場の主張である。そ して、この立場が 重要なのは、現代資本主義では、経済合理性 を追求す るとい う経済理論の大前提 として、

この利 己心や利 己的な行為を全面的に認 める立場である倫理的利己主義が暗黙の うちに組 み込まれてお り、 日本や米国を含 めた現代資本主義社会にあっては、 こうした経済学的思 考方法を論拠 として、政府の種々の政策立案にまで、現実に取 り入れ られているとい うこ とである。 このような倫理的利 己主義を経済政策や企業の役割や企業の社会的責任 にまで 拡大 して論 じたのが

Fr i e dma

nである2

3 。

Fr i e dma

nは

CSRについて、「ビジネスの唯一の社会的責任は、その利益 を増大 させ るこ

とである2

4

」 とい う極 めて明快な論理 を展開 した。その主張は 「自由主義経済体制の下で は、 ビジネスの社会的責任はただ一つ しかない。それは利潤 を増大 させ ることであるO 自 らの資源 を活用 し利潤の増大を 目指 した様々な活動に没頭す ることである。ただ し、それ は詐欺や欺晴のない開かれた 自由な競争 とい うゲームの規則の範囲内でのことである。」に

2 ‑cs R

各論 については、高 田

( 1 9 7 4 )

、樫井

( 1 9 9

1)、森本

( 1 9 9 4 )

な どが詳 しい。

2 2E. M.

エプス タイ ン

( 2 0 0 3 )p . 21 1

.

2 3

梅津

( 2 0 0 2 )p p . 2 4 ‑ 2 8 .

2 4F r i e d m

a

n,M. ( 1 9 7 0 )p p . 1 2 2 ‑ 】 2 6 .

(11)

KGPSRe y i e wNo . 7Oc t o b e r2 0 0 6

要約 され るものである25。企業の唯一の社会的責任 は利潤の最大化 を考えることだけであ り、企業が慈善行為 をす るのは間違 っている。そ うした行為は個人が 自らの判断で行 えば よい とフ リー ドマンは主張す る。また、慈善事業に寄付す ることが回 りまわって商売のた めになると考えているのな ら、それは不純な儲 け主義 を内に秘めた偽善行為に他な らない

と、前述 した 「啓発 された 自己利益」の考え方を暗に批判 している。

同様の主張には

Ha ye k ( 1 960)、Le vi t t( 1 958)

らがお り、これ ら

csR

消極論 をま とめる

、csR

を行 うことは、それによってもた らされ る以下の 「危険」か ら不適切であるとい うことになる

2 6

。I.無責任な権力を企業に与える危険 (経済領域以外の意思決定を出資者 の 受託者にす ぎない経営者 に与えることは、資源の不適切な使用を許容す ることによってコ ス ト増をもた らし、企業利益の極大化 とい う目的を希釈 させ、出資者の利益を侵害す る。)、

2.

政府ない し国家の経済への介入による自由抑制の危険

( CSR

‑の取 り組みは公益‑の関 与であるが、それは、本来の公益保護者である政府ない しその根源 としての国家権力の企 業に対す る干渉や支配を招来 し、企業の 自由度が喪失す る。)

3.

価格 メカニズムの破壊の危 険 (イ ンフレ回避の名 目で

CSR

の観点か ら実践 され る価格抑制が、資源配分メカニズムを 無視 した歪んだものになる)

、4

個 人主義社会を否定 し、企業国家 とい う一元社会を導 く危

( csR

は企業の文化活動、教育、慈善‑の寄付 を正当化す るが、経営者の寄付先の窓意 的な選択は、企業による文化、教育、慈善の支配につながる。 これは個人の自由な選択を 重ん じる多元社会の特質を破壊 し、企業社会 とい う一元社会‑の誘導につながる) とい う

ものである

この

CSR

消極論 に対 して森本

( 1 994)

は、「企業は慈善団体ではないか ら、最低限の採 算を度外視 したよ うな社会関与はあ りえない」点などを消極論の説 く意義 として認 めつつ

1.消極論は

、1 960

年代までの所産であ り

、1 970

年代以降、新 しい論拠に立った有力な 展開が現れていない

、2.

消極論は、理論的演樺によって企業の

CSR

が好 ま しくない ことを 説 くが、事実や実証に即 して

CSR

の非現実性 を説 く部分は見 られない。すなわち

60

年代 以降急速 に展開 しい く

CSR

実践の現実をほとん ど反映 してお らず、企業 レベル においても、

収益性追求のための規模拡大 とそれに伴 う社会的影響力の増大により、利害関係が複雑多 様化 して、他の利害をすべて手段化 して収益性だけを追求す ることが事実上不可能になっ てきている現代の状況変化に対応できていない、な どの問題点を指摘 し、「結局の ところ、

消極論は、積極論の対極 に位置 しなが ら、積極論の反面教師 となって積極論の展開に貢献 したのである」 と述べている

2 7

しか し、梅津

( 2002)

によると

、1 970

年代後半か ら

、Fr i e dma

nのこ うした倫理的利 己主 義に根 ざした論理は、実際アメ リカで広範な支持 を集 めるようにな り、 リバータ リアニズ ム (

Li be r t a r i a ni s m)

といわれ る社会哲学にまで結実 しているとい う

28 。

現代では、日本の経営学者や経営者の多 くは、この

Fr i e dma n

らの立場 には与 しないのが

2

5Fr i e d m

a

n , M. , ( 1 9 6 2 ) , p . 1 3 3

.

2 6

以下、森本

( 1 9 9 4 ). p p. 3 9 40 .

の考察 を参考 に してい るC 27#*

( 1 9 9 4 ). p p.

41

‑ 46.

2 8梅津 ( 2 0 0 2)p p . 2 7 ‑ 28 .

53

(12)

KAGA T A: Co r p o r a t eS o c i a l Re s p o n s i b i l i b ,

普通であるが

、1 9 6 0

年代か ら

7 0

年代にかけては、 日本でも消極論の立場で、タテマエは ともか く、実際には利益第一主義 を貫き、r企業は利潤を追求 して税金 を納めさえすれば十 分に社会的責任 を果た している」 と主張す る経営者 も多 くいたよ うである

2 9 。

日本 における

1 9 6 0

年代か ら

7 0

年代にかけての高度経済成長は、同時にその歪み として 深刻 な公害を発生 させた。 この産業公害の発生 こそが、その発生者 としての企業の責任が 厳 しく問われた事件であ り、企業不信や、企業行動の全般、さらには 自由企業体制のあ り 方 さえもが、全面的な批判にさらされ ることとなった。このよ うな状況は

、CS R

消極論か

cs R

積極論‑の転換の強制に他 な らず30、この頃になってよ うや く日本企業は

CS

良の重 要性 を痛感するよ うになった。

また

7 0

年代に発生 した

2

度のオイル シ ョックや変動相場制‑の移行は、高度経済成長 の終蔦 を意味 し、イ ンフ レか ら企業による便乗値上げ ・買 占め ・売 り惜 しみな どによ り、

狂乱物価 といわれ る状況 を生み出 した。 このよ うな点か らも企業の社会的責任が問われ る よ うになった。

1 9 6 0

年以降、 日本で出版 された

cs R

に関連す る著作には、米国を中心に海外の理論や 現状を紹介 ・検討 した文献が多 く、この分野の研究には海外、特に米国の影響が大きいが、

経営学の分野では、学術研究上の深化 も顕著であ り、高 田馨の

4

著、樫井克彦の

3

著、対 木隆英、森本三男の諸文献がそれ にあたる。

以上のよ うに

1 9 6 0‑7 0

年代は、社会運動を契機 として沸 き起 こった

CS R

論が、多 くの 論者 によって取 り上げ られ、その理論的発展を遂 げた時期にあた る。米国に限 らず、 日本 においても公害をは じめ として、「企業 と社会」の領域で発生 した具体的な出来事を経て 様々な議論が展開された。この時代に特徴的なのは

、CS R

論の積極的な理論展開がなされ るとともに

、F r i e d ma n

をは じめとす る

CS R

消極論 との間に、激 しい論争が繰 り返 されたこ とである。森本

( 1 994)

のい うよ うに

、CS R

消極論には、社会か らの要請の増大に伴い、

企業が通常の経営活動を行 う上でも

cs R

を意識せ ざるを得な くなっていた とい う現実を 踏まえていない とい う欠点があるものの、それまでの

CSR

論において、ますます顧み られ な くなっていた株主の権利 を再確認 した とい う点で大きな意義があるといえる。 この株主 重視の考え方は、その後 コーポ レー ト・ガバナ ンス論に結実 し

、90

年代後半以降、 日米両 国において再び議論 され ることになる。

2

.

4 1 980

年代 にお け る

CSR論 の細分化 :

ステー クホル ダー (利 害 関係者 )論 の 確 立 と企 業倫理 の発展

米国での

CSR

の議論は

、1 9 6 5‑7 5

年の

1

0年間にピークを迎え、その間

CS R

について 様々な定義がな されてきた。その後

8 0

年代に入 ると、以前のよ うな大々的な社会運動は影 を潜 め

、cs R

の議論は収束 していったかに見える。 しか し

、Ca rr o 1 7( 1 9 9 9 )

、1 9 8 0

年代

2 9

例えば、公害発生の企業責任に触れた松下幸之助 (ただし後に考えを転換している。)、経済同友会幹 事であった 日向方斎 な どO川村

( 2 0 0 4 )p

.2.お よび森本

( 7 9 9 4 )p . 8 0 .

な ど。

30森本

( 1 9 9 4 )p . 8

1

.

(13)

KGPSRe v i e wNo . 7Oc t o b e r2 0 0 6

CSR

‑の関心が消え うせたわけではな く、社会的即応性 、企業社会業績、企業倫理 、ス テー クホル ダー論 な ど‑細分化 していった こと、それ までの概念定義か ら、社会的責任 を 果た してい る企業は業績 も良いのか といった財務業演 との関係 をみ る実証分析 に研究者 の 関心が変化 した ことな どを指摘 してい る3】

とりわけ重要 なのが

、Fr e e ma n ( 1 984)

によるステー クホル ダー

( s t a ke ho一 de r )

概念の提 唱である

。s t a ke hol de r

とい う言葉 自体は

、1 8

世紀初頭か ら使用 されてお り、もともとは 「 博 の賭 け金

」 ( s t a ke)

の 「保管者

」 ( hol de r )

を意味 していた

。Fr e e ma n

によれば、それが経 営学の領域 において 「利 害関係者」を意味す る言葉 として最初 に用い られたのは

、1 963

のスタンフォー ド研究所 であった とい う

3 2

。 その経緯 について、彼 は次の よ うに説 明 して い るo 「その用語 は、経営者 が即応 的

( r e s pons i ve)

であることを求め られ る唯一の集団 と しての株主の概念 を一般化す る目的で使用 された.すなわち、『その支持 な くしては組織が その存在 を停止す るよ うな集 団』 として定義 されたのである。利害関係者の リス トに当初 含まれていたのは、株主、従業員、顧客、取引先、金融業者、そ して社会であった33。」そ して 「利害関係者」の概念 は、その後

、Ans of f ( 1 965)

、同研究所 関係者 による戦略計画論 ・ 戦略経営論 な どの分野での使用 を介 して、知 られ るよ うにな り、経営計画論 、システム論、

csR

論、組織論 な ど、経営学の様 々な分野での研究に用い られ るよ うになったのである34 その後、特 に

CSR

論 の文献において当初の 「利害関係者」概念 に大 きな変化が生 じること になる。その変化 の原 因は

、 「 60

年代 か ら

70

年代 にかけて発生 した、公 民権、反戦、消費 者保護 、環境保護、女性 の権利 な どに関連す る社会運動が、社会 にお ける企業 の役割の再 考 を促す触媒 として働いたこと

35

」であった。そ して

、「 CSR

に関す る文献の顕著 な特徴 は、

利害関係者概念 を、企業 に対 して通常対立関係 にあるとされ る非伝統的な利害関係者 に適 用 してい るとみ られ るこ と、特にその所有者 を満足 させ ることにはそれ ほ ど重点 をおかず、

大衆、コミュニテ ィ、従業員 な どに相対的に大きな重点を置いていることである

36 。

」 と指 摘 してい る。そ して

、Fr e e ma n ( 1 98 4)

は 「利害関係者」に次の よ うな定義 を与 えている。

ある組織 にお ける利害関係者 とは、その組織 の使命 ・目標 の達成 に影響 を及 ぼす こ とが できるか、もしくは、そ こか ら影響 を受 ける集 団や個人である

37 。

」 さらにこの定義 につい て以下のよ うに説 明 してい る。「私がこの よ うな定義 を行 う理 由は、過去数年間に企業が経 験 した変化 にある

。20

年前 には企業 の行動 に対 して何 の効果 も持たなかった集 団が、今 日 ではそれ に影響 を及 ぼす ことができる。その主た る理 由は、それ らの集団に対す る効果 を 無視 した企業の行為その ものにある。(‑ヰ 略‑・)この定義 を理解す る一つの方法は、利害 関係者集団の概念 をもって、企業戦略お よび企業の社会的即応性 における諸 問題 をその下 に収 める傘 と考 えることである。有効 な戦略の立案者であるためには、あなたに影響 を与

3

‑ca 汀 O l

l,

( 1 9 9 9 )p p. 2 8 4 ‑ 2 8 5 . 3 2F r e e m

an,

( 1 9 8 4)p .

3

1 .

33

i b i d ・ , p ・

3

1 ・

34中村他

( 1 9 9 4)p. 2 5 5 .

3 5 F r e e m

an

( 1 9 8 4 )p . 3 8 .

3 6 i b i d "p ・ 3 8 ・

3 7 i b i d ・ , p ・ 4 6 1

55

参照

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