Newsletter of the National Museum of Modern Art, Tokyo [Oct.-Nov. 2013] │ 10
米国の
美術館
は︑設立当初より﹁
教育
﹂
をミッションの
中心
に据えるところも多
く︑その
活動
は
日本
の
美術館
に大きな影
響を与えてきた︒
筆者
は
現在
︑学校教育
に連動させた所蔵作品の
鑑賞教育
プログ
ラムについて
共同研究
﹇註
1﹈を進めてお
り︑その一環として︑米国の六つの美術館
の現地調査﹇註
2﹈を行った︒訪問先では︑ K-12︵幼稚園から高校生︶対象のギャラリー
トークの見学︑あるいはそれらを想定した
トークのデモンストレーションの
体験
︑各
館の活動概要と関連情報の収集︑教育担
当者との意見交換などを行った︒
位置
どの美術館でも鑑賞学習の基本となっ
ているのは︑作品解説ではなく
based inquiry ︑ 〝
〟 ︵ 探求型
︶のギャラリートークであ
る︒このトークは︑時間をかけて作品を観
察し︑進行役が学習者の興味・疑問・解釈
を引き出していくことに特徴がある︒また
今回︑ほぼ全ての美術館で︑作品情報︵ま
たは知識︶を︑適切なタイミングで教えてい
るということを確認した︒
グッゲンハイム
美術館
シャロン・バツス キーの︑
小学校高学年
を
対象
にしたトー
ク・デモを例に挙げよう︒ピサロの風景画
﹇註
3﹈の前で
︑ ﹁ 何に気付きましたか?﹂と
トークを始め︑
参加者
の
観察
と
気付
きを
促す︒皆の解釈が﹁どこにでもある田舎の
午後の風景﹂だと落ち着きかけた時︑シャ
ロンは歴史的背景や作者に関する情報を
ピンポイントで与え
︑ ﹁ 産業革命
で失われ
つつある田園風景を惜しんで描いたもの﹂
だという︑より深い
解釈
につなげていっ
た︒この情報提供は︑この学年が歴史を学
んでいることが前提になっている︒同じ作
品でも
対象
が
小学校低学年
であれば︑音
や匂いの連想ゲームで詩を作るなど︑別の
アプローチがとられることになる︒情報提
供の
判断
は
︑ ﹁ いつも︑どのタイミングで︑
どれを出そうかと︑頭の中で蠢いている﹂
とシャロンが言うように︑進行役の腕が試
される所である︒
ニュ
ーヨ
ーク
近代美術館︵MoMA︶で受け
た︑
ジェ
シカ
・バルデンホファーによるトー
ク・デモでも︑
情報
が
簡潔
に与えられて
いた︒MoMAのウェブサイトには︑トーク
の
指針 として︑①observation︵
観察
︶ ︑ ②
description︵
詳述
interpretation︶ ︑ ③︵解
釈︶ ︑
④connection︵身の回りのものへの関
一條 彰 子
米国
の 美術 館教育 リポ ー ト │
学校教育
へ の ア プ ロ ー チ
教 育 普 及
連付け︶と四つのポイントが示されている
が︑③の解釈を深めるために︑的を射た情
報提供は有効であると感じた︒
ジェ
シカ
に
よると﹁情報を与えるタイミングについて
は︑メトロポリタン美術館︵MET︶やホイッ
トニー
美術館
との間でも
合意
に達してい
る﹂とのことである︒
八〇
年代
にMoMAから
発信
された鑑
賞教育の手法︑VTS ︵Visual Thinking Strategies︶では︑子どもの批判的思考力
を
育成
するために
作品情報
は与えないこ
とになっている︒日本はこの影響を強く受
けており︑トークで作品情報を与えるべき
か否か︑与えるならばいつどのように等︑
美術館
でも
学校
でも
結論
が出ていないと
ころが多い︒この点で︑エデュケータや教
員養成
で
指導的立
場にあるブルックリン 美術館
アリソン・デイの
︑ ﹁ 我々
は︵トーク
の手法について︶さまざまなストラテジーを
持っており︑VTSはそのひとつに過ぎな
い﹂との見解は参考になる︒
とはいえ︑すべての美術館が同一の見解
を持っているわけではない︒フリック・コ
レク
ショ
ンの
リカ
・バ
ンハ
ムは
︑ ﹁ エ
デュ
ケー
タは質問を多発すべきでない﹂と︑最近の
傾向に警鐘を鳴らす︒トークには︑打ち解 けた﹁カンバセーション
﹂ ︑ 質問と応答によ
る﹁
ディ
スカ
ッシ
ョン
﹂ ︑ その中間の﹁ダイア
ローグ﹂など︑いろいろなスタイルがあり︑
何よりも
鑑賞者
の
自由
が
保障
されること
が
大切
という︒
実際
︑リカによるトーク・
デモでは︑リカから一度も質問が発せられ
ないのに対話が深
まっ
てい
くと
いう
得難い
体験を味
わっ
た︒
美術館でギャラリートークを担っている
のは︑多くの場合︑有償の契約エデュケー
タか︑無償のドーセントである︒どちらが
対応するかは︑館によって︑また対象者に
よっ
て異なる︒
トークの
実演
を見て
採用
されるエデュ
ケータは︑
自分 でプ
ログ
ラム
を
組み立て
ることのできる
専門知識
と
経験
を持つ︒
MoMA
教育部
には十一人のエデュケータ
が配され︑
複数
の
美術館
を掛け持ちする
人もいる︒グッゲンハイムやブルックリン
も︑児童生徒へはエデュケータが対応する︒
一方
ドーセントは︑
美術館
が
提供
する
ガイドラインをもとにトークを行うボラ
ンティアである︒ボランティアの長い歴史
を持ち︑莫大な数の学校来館を受け入れ
11 │ Newsletter of the National Museum of Modern Art, Tokyo [Oct.-Nov. 2013]
るMETやワシントン・ナショナル・ギャ
ラリー︵NGA︶では︑ドーセントが
児童生
徒へのトークの大部分を担う︒ハイディ・
ヒニシュが率いるNGA教育部では︑七十
名のドーセントが年間約二万五千人の児
童生徒
へトークする︒NGAドーセントの
座右
の銘は﹁ステージの
中央
ではなく傍
らに立つ
﹂︑
つまり
学習者中心
の
探求型
トークに徹することであり︑そのための
理論と方法を︑彼らは二年間の養成研修
で学ぶ︒
学校教育
児童 生 徒
をギャラリートークで受け入
れる際の流れと
要点
は︑METのウィリア
ム・クロウによると次のとおりである︒ま
ず︑教員がウェブサイトから申し込む︒そ
の際︑トークのテーマを﹁コミュニティ
﹂ ︑
﹁アイデンティティ
﹂ ︑ ﹁
イスラム
文化
﹂など から選択する︒テーマは︑
ナシ
ョナ
ル・
スタ
ンダード︵
全米教育
基準
︶ ︑ あるいは州のス
タンダードで定められた学年別のカリキュ
ラムを
反映
させて︑
美術館教育部
が
作成
する︒いわばテーマは︑所蔵作品を学校教
育に繋ぐ連結器の
役割
を果たすものとい
える︒申し込みが受け付けられ︑担当ドー
セントが決まると︑ドーセントはガイドラ
インに従ってテーマにふさわしい作品を三
つ選び︑補助ツールやアクティビティを資
料室で準備する︒ガイドラインや補助ツー
ルの使い方は
養成研修
でも学ぶが︑ドー
セント用の非公開サイトでも確認できる︒
この
仕組
みによって
児童 生 徒
は︑
学校
の
カリキュラムに沿って
鑑賞
できるように
なっ
てい
る
︒
教員向
けの
資料
や
教材
も
豊富
に
提供
されている︒ウェブサイトには授業案やパ
ワーポイント資料が掲載され︑トークのノ
ウハ
ウを
動画で学ぶことができる︒
教員向けの研修は︑単発のものから連続
のものまで種類が豊富だ︒平日の夕方に︑
飲み物や
軽食付
きで
教員
レクチャーを開
催する美術館は多く︑気軽に参加できる︒
本格的
な
研修
としては︑ブルックリン
美術館
が
六日間
かけて
実施
する﹁ティー
チャーズ・インスティテュート﹂が知られ
ている︒
美術以外
の
教員
にも開かれてお
り︑ニューヨーク
市教育委員会
の
認定
に
より︑
教員
の
職階向上
のための
単位
が与
えられる︒
マンハッタンの四つの
美術館
が︑
毎年 七月 第二 週
に
共同開催
する﹁コネクティ
ング・コレクションズ﹂は︑MoMA︑MET︑
グッゲンハイム︑ホイットニーを一日ずつ
周り︑近現代美術の所蔵作品を授業で使
えるようにする
教員研修
で︑
全米
や
海外
からも参加者が集まるほどの人気がある︒
そのほか︑グッゲンハイムの〝Learning Through Art〟や︑NGAの〝Art Around the Corner〟など︑
美術館
と
学校
を行き
来する﹁複数回訪問プログラム﹂が
存在
す
るなど︑学校教育へのサポート体制は全般
的に強力である︒その背景には︑学校予算
の削減や教員資格の厳格化という公教育
の
見直
しがあり︑それらを補う
機関
とし
て美術館は期待されているのだといえる︒
美術館運営上
も︑
教育事業
は
今後
ますま
す重要視されていくことだろう︒
調査
を通じて︑今の
米国美術館
におけ
る
鑑賞教育
の
基本的
な考え︑
組織
のあり
方︑
学校連携
の
仕組
み︑ナショナル・カリ
キュラムの
反映
︑教員研修
︑ウェブサイト
の有効利用などが明らかになった︒
最も
印象
に残ったのは︑
美術館教育
の
ゴールやガイドラインを明示し︑あらゆる
機会
を捉えて
理解者
を増やしていこうと
する︑担当者たちのオープンな姿勢であっ
た︒ドーセントを含めると一〇〇人を超え
るような
大所帯
を切り盛りしていくため
にも︑
助成
などの
外部資金
を
獲得
するた
めにも︑明示と情報共有は必須である︒熱
心であるとともに戦略的でもある︑米国の
美術館教育部門であった︒
︵企画課主任研究員︶
註1
平 成 二 十 四
│
二 十 六 年 度 基 盤 研 24300315﹁美術館の所蔵作品を活用した鑑賞 B究︵︶
教育
プロ グラ ムの
開発
﹂ ︵ 代表一條︶ 2平成二十五年二月二十五日│三月五日︒大 高幸
のコーディネーションによる︒
同行者
は他
に︑上野行一︑奥村高明︑寺島洋子︒訪問先は︑
グッ ゲン ハイ ム
美術館︑
ニュ ーヨ ーク
近代美術館︑
フリック・
コレ クシ ョン
︑ブルックリン美術館︑メ
トロポリタン
美術館
︑ワシントン・ナショナル・
ギャラリー︑PS49Q︵
ニュ ーヨ ーク
州立クィーンズ第
四十九小学校
︶ ︒ 3
カミーユ・ピサロ︽エルミタージュの丘︑ポン
トワーズ︾一八六七年︒
「具体」展開催中のグッゲンハイム美術館でトーク・デモを 受ける調査チーム。手前右側が学校教育担当ディレクター。