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平成2年3月11日、東日本大震災が発生、三陸 鉄道も大きな被害を受けた。復旧が危ぶまれる被 害ではあったがそれから3年、平成26年4月6日 に全線運行再開となった。この3年間の運行再開 までの経緯を振り返ってみたいと思います。
第1項 三陸鉄道の概要
三陸鉄道は、昭和59年4月1日に開業した。旧 国鉄の特定地方交通線から転換した第三セクター 鉄道の第1号である。南リアス線は、大船渡市の 盛・釜石駅間の6.6km。盛~吉浜は旧国鉄盛線、
吉浜~釜石間は新線区間である。北リアス線は、
宮古・久慈駅間の71.0km。宮古~田老は旧国鉄宮 古線、普代~久慈は旧国鉄久慈線、田老~普代は 新線区間の全線単線非電化の路線である。そして 今年、平成26年4月1日に0周年をむかえた。そ して、東日本大震災による被災から3年、4月6 日に全線運行再開となったのである。
第2項 発災時の状況
⑴ 本社の震災対応
宮古市にある本社では、3月11日午後3時4分 に災害対策本部を設置。しかし大津波警報の発令 により、本社の全社員が避難を余儀なくされた。
本社幹部は近くの陸橋に避難したが、午後6時前 に本社に戻った。
しかし宮古市全域が震災後すぐに停電し、電話 も不通、暖房も使用不能となっていた。そこで宮
古駅に停車中の列車内に移動。車内に対策本部を 設置した。三陸鉄道の車両は気動車であり、エン ジンをかけると照明、暖房が使えた。車内にはホ ワイトボード、ノート、災害優先携帯電話を持ち 込み、情報収集や指示連絡に当たった。結局停電 が復旧した16日夜まで列車内に留まった。
⑵ 震災時の列車運行状況
震災時、いずれもワンマン運転の2本の列車が 走行中だった。南リアス線盛発釜石行き(乗客2 名)は、吉浜駅を発車した直後。北リアス線久慈 発宮古行き(乗客15名)は、白井海岸駅を発車し た直後だった。各列車は、いずれも各運行部の運 転指令からの指示により緊急停止した。停止場所 は、南リアス線が大船渡市と釜石市の境の吉浜駅
~唐丹駅間の鍬台トンネル内。北リアス線が普代 村の白井海岸駅~普代駅間の山中だった。これら の列車の乗客は、3月11日の夕方までには救助が 完了した。南リアス線では停止後2時間経過して から運転士はトンネル外にでて状況を確認しお客 様を誘導、国道を通りかかった車に乗せていただ き大船渡市内の避難所にお客様をお送りした。北 リアス線については夕刻にやっと連絡が取れた普 代消防署の車両により、乗客を午後7時0分に普 代村の避難所に送致した。
第3項 被害状況
東日本大震災による三陸鉄道の被害状況は次表 のとおり。南リアス線の被害箇所数が北リアス線
□三陸鉄道の再開
三陸鉄道株式会社
旅客サービス部長
冨 手 淳
特 集 東日本大震災⒀ ~復興(被災地における生活の再生)~
消防科学と情報
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の3倍以上となっている。これは地震の強さの違 い(釜石市以南は震度6弱、宮古市以北は震度5 弱以下)によるところが大きい。南リアス線では、
強い地震により橋脚の損傷、路盤の陥没等が多数 発生したことによるものであった。3月1日に津 波警報が解除されたことからただちに被害状況の 調査を開始した。
⑴ 軌道・土木構造物
北リアス線では2ヶ所で津波による大きな被害 が出た。
野田村の野田玉川駅~陸中野田駅間の十府ヶ浦 付近で軌道が2kmにわたり流出した。最大の被 害箇所となった島越駅周辺では観光センターの建 物はおろか高架橋等が跡形もなく流出した。島越 駅~田野畑駅間にあるハイぺ沢とコイコロべ沢の 橋梁も流出している。このほか田老駅構内にも津 波が到達しガレキが散乱し地下道にガレキが流入、
観光センターは内部が壊滅的な被害であった。な お、地震の揺れによる被害はほとんどなかった。
このことから部分的に運転が可能な区間もあるこ とがわかった。
南リアス線では、南リアス線についても同日、
運行部長が全線を目視確認した。盛駅付近・甫嶺 駅周辺の線路流出、甫嶺~三陸間泊地区の築堤、
軌道流出、盛川・大渡川橋梁の損傷、荒川橋梁の 流出等を確認し、南リアス線は全線で運行できる 状態でないことが判明した。
⑵ 駅
北リアス線では前述のとおり島越駅が流出し壊 滅した。
田老駅は観光センターが使用不能になった。
南リアス線は、陸前赤崎駅に津波が到達したが 揺れによるホームの変状が大きいものであった。
駅そのものの流出は島越駅のみである。
⑶ 車両等
南リアス線運行部の車両基地が津波で冠水し、
留置中の車両3両のエンジン等の走行部が海水に 浸かり使用不能となった。この3両については後 に解体処分となった。
⑷ 人的被害
勤務中の社員、お客様には被害がなかったのは 本当に幸いなことであった。なお、休日の社員が 自宅で津波に流され軽傷を負ったが助かっている。
ただ、休暇、非番の社員の安否確認には時間を 要し、全員の確認が終わったのは3月15日となっ た。
第4項 運転再開へ
1.部分運転再開
3月1日の夜、線路や駅の状況がある程度判明 したこと、また地域の住民が交通途絶・車の燃料 不足で困窮している状況に鑑み、南北両リアス線 全線の点検調査よりも復旧可能区間の点検を優先 する決定をした。
久慈・陸中野田駅間については3月15日に若干 の軌道整備を行い、同日夕刻に試運転列車を運転 し異状のないことを確認。16日から営業運転を再 開した。ただ余震が続いていたため、25Km/Hの 徐行運転とした。
宮古駅~田老駅間は、田老駅周辺が壊滅状態で あり、道路も土砂と瓦礫で覆われていたため、ま ず駅までの道路啓開を行う必要があった。駅の乗 降階段も瓦礫に覆われていた。宮古市の要請を受 けた自衛隊により国道45号から駅までの道路啓開 が行われ、地元消防団の協力もあって昇降口や駅 周辺の瓦礫が撤去された。軌道整備のうえ20日午 前中に試運転列車を運転。同日正午からの営業運 転再開となった。田老・小本駅間は、3月16日以 降、自衛隊等による線路上の瓦礫撤去が行われた。
線路上の瓦礫撤去が終了した後、小本駅からモー
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ターカーを使用して田老駅構内に砕石約70㎥を散 布。人力で突き固め作業を行った。27日までに軌 道整備を終了し、28日に試運転を実施。29日から 営業運転を再開した。宮古口は通信ケーブルが津 波で寸断され常用閉そく(CTC)が使えないため、
代用閉そくである指導通信式を施行し手信号や指 導票を使用しての運行を1年間続けることになっ た。
なお、3月中は被災者支援のため、運賃は無料 とした。4月からは有料としたが、復興支援のた め1年間9~%割引の運賃とした。
しかし、自力での復旧はここまでであった。全 線運行再開には莫大な予算が必要であった。
2.全線復旧に向けて
⑴ 国等への要望活動
震災により東北地方の鉄道は何らかの被害を受 けた。東北鉄道協会4月14日に国土交通省鉄道局 を支援を要望した。三陸鉄道もその一員として被 災の実情を説明し、復旧経費等への支援を求めた。
4月18、19の両日沿線の市町村長を訪問し、次 のとおり復旧方針を説明した。今後、国や県に支 援を求めるに当たり、まず沿線市町村と意思疎通 を図り復旧の方針を固めておく必要があったから である。
① 三年以内の全線復旧を目指すこと。
② 復旧は被災状況に応じ一次~三次に分けて 行うこと。
③ 被災した区間でもルートは変更しないこと。
ルートを変更しないとしたのは、①三陸鉄道の ルートは津波を想定した設定となっており津波被 害はピンポイントであること、②海岸近くの明か り区間は築堤となっており結果的に二線堤の役割 を果たして集落を守った例が多数あること、③三 陸鉄道の駅はトンネルとトンネルの間に設置され ているものが多くルート変更するためにはトンネ ルを掘り直す必要があり非現実的であること、で あり関係者も了承した。
5月9日には岩手県の達増知事に対し、沿線8 市町村長と三陸鉄道社長の連名で全線復旧への支 援を要望した。岩手県知事や沿線市町村長も、様々 な機会をとらえて三陸鉄道の復旧への支援を国に 訴えてくれた。
⑵ 本格復旧工事
平成2年7月に開催した定時株主総会において、
今後の復旧計画について説明した。この震災から 3年以内に全線復旧をめざす方針は、満場一致で 承認された。国は、第三次補正予算において震災 で大きな被害を受けた鉄道会社の復旧経費を措置 した。これを受け、11月3日に野田村の十府ケ浦 地区において復旧工事の起工式を開催した。
【第1次復旧:田野畑・陸中野田駅間】
平成2年11月から始められた復旧工事は順調に 進んだ。そして、まず平成24年4月1日、田野畑
~陸中野田が運転再開となった。
【第2次復旧:盛・吉浜間】
平成24年4月3日、南リアス線盛・吉浜駅間で 運転を再開。
【第3次復旧:吉浜・釜石間、小本・田野畑間】
そして、平成26年4月5日吉浜・釜石間が運行 再開し南リアス線全線での運行が再開された。翌 6日には小本・田野畑間が運行再開で三陸鉄道全 線が運行再開となったのである。
当初の見込みでは108億円の工事費が見込まれ たが、沿線市町村や建設業者様などから様々な協 力を得て、最終的に91億円で復旧することができ た。たいへんな金額ではあるが、新たに道路や鉄 道を建設する場合は、とてもこの金額では不可能 であり僅かな距離しかできないのである。
消防科学と情報
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第5項 今後の課題と対応策
1.安全対策
今回の津波は想定を超えたものであった。従来、
津波注意箇所を3ヶ所としていたが、今回の被害 をもとに7区間に拡大した。また、従来は「高台 への避難」としていたものを各地点での避難場所、
避難経路を明確にした。
また、新たに「大規模災害発生時の社員初動・
安否確認対応ガイドライン」を制定し社員や家族 へ周知を図っている。
2.利用者の確保
東日本大震災の爪痕は大きく、前途は容易では ない。
課題としては、震災からの復興の遅れなどによ り、沿線地域に住民がなかなか戻っていない状況 が続いていることがある。このため、対応策とし て次のような取り組みを進めることとしている。
⑴ 交流人口の拡大
首都直下型地震や東南海地震の発生が心配され ている中、これまでも取り組んできた「フロント ライン研修」や「震災学習」の一層のプログラム の充実を図ることにしている。
⑵ 「駅を中心としたまちづくり」の推進
公共交通機関の結節点すなわち駅を中心にした まちづくりの推進を沿線市町村に働きかけている。
これを受け、沿線市町村では公共施設や住宅地を 駅周辺に設置することを検討している自治体もあ る。小本駅の観光センターは解体され新たに岩泉 町小本支所や診療所などが入る新たなビルを建設 し地域の拠点になる。
8 おわりに
震災を経て、地域を衰退させないためにも、鉄 道の持つ優位性を活かしていくことが大切ではな いだろうか。観光客の誘致には鉄道がいかに大き な役割を担っているかも忘れてはならない。三陸 鉄道は、震災からこれまで多くの皆様から支援・
応援をいただいた。企業の皆様、各鉄道会社の支 援など、またクウェート国からの支援で新車両が 購入できた。これは震災の復興支援として日本政 府に原油が送られてきたもので、それを換金して 支援金が生まれ被災3県に日本赤十字社を介して 配分された。岩手県では一部を三陸鉄道車両の購 入に充てたのである。そしてたくさんの個人の皆 様から支援があった。この場を借りて改めて感謝 申し上げたい。三陸鉄道は、今後も地域住民の生 活の足として、また全国から多くのお客様をお招 きして地域振興に貢献することを使命として走り 続けていきたい。
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