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(1)

2001.05.24[ 表現法・実用表現法 ]

「しぐさ」という動作の表現

―多田

太郎著『しぐさの日本文化』に誘

れて―

「咳

払い」

1

戸井田 道 三 『 能芸 論 』に 、 咳払いす るとき の 実 感 を 反 省 し て み ると 、こと ば がな めら か に 出て こな い の は、何かが 邪 魔 を し て いる から と無意識の う ちに 感 じ 、そ れを吹 き 払お うと する気 分 がある。 ちょう ど 痰 が 、の ど に からま っ て発声 を さまた げ ているの を吹 き払うの と 同 じである 。あるいは 類 感呪術 と い われ る べ きものかも知れない。と に か く 、 意志的に咳払い を す る とこ ろ に 、 ひ と り で に 出てくる生理的 な 咳 と は ち がった社会性 をみ と め ないわけにはいか ないの で あ る。 類感 呪術(模 倣呪術)/ Ho moe opathic (Imi tative ) m agic 呪術形態の一つ 。 共感 の法 則を 前提とす る 。 類 似 の 法則と は 「似たものは 似たものを生む 」 となる。こ の 応用 と し て 「 何かがあ る行動をすれば 、 似たものも同様 の ことをする」 「何 か に 起こ ること は 似 た も の にも 起こ る」 「 似 たも の 同 士は 性質を 共 有す る」とい う 三 つの 法則があ る。 もとも と 悪魔 外道 の跳 梁を 払いの け る た め の もの で 、 決然 と 何 かを述 べ よう とする時には、おの ず から「エヘ ン 」 と一つ咳 払い をす る。ここから、まつ ろ わぬ輩 を 威圧 したり、敵意 をもつ連中 を見下し たりする とき 、 「 エ ヘン 」 と 一つ 咳払い をし て威風 を 示し て見 せる とい う行動 が 起こる 。 社会性 を 産む 「 同調の咳払い 」←まがまがしい世界への非 同 調 性 =魔 除 け …外道退散 を願 う意 志表 示・ 権威依存 「そうです ネ 」 と いう応 対 表現 ←世 間 の 通 念 によ りかか っ た ( 「よらば 大樹の陰 」 ) 姿勢表 現 そ の 回 転 展 望 閣 自 体 が ? 回 って る ん じゃ な く て ~ 、 床 だけ が 回 って る ん で ? 、 こ う 、 足 を ~、 あのこうや っ て 、 両 方 に置いて る と ~ 、 あ の 最後には 股裂け に なっちゃ うって い う そ ういう(笑) 、世界なんですけれども~。ん~と ネェ、 そうです ネ 今ネェ … …ど のく らい 回ったのかな~、 ここに上ってきて もう一周 くらい~したかもしれ ま せ んネェ。 《 [ ネッ ト 検索 ] 松浦有希の、夕暮れ探険隊 》 《 [ ネッ ト検索 ] " 真夜 中人魚 " 再録 》

2、手を左右に振る→拒否表現

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「…… じ や な い が 」 南方熊楠 の文章 予幼 時、 和 歌 山の小学 生など 、 人が 斬れ たとか 、 負 傷 し た とか、 の 噺をす る に、必ず『 吾 が身 じゃ な い が 』と前 置 して 、さ て 爰 を こ う斬れた 、こ れ か らそれ迄火 傷 したなど と自身 の其 所を 指して 話 し た 。 先 ず 自 身を 祓除 して 、後 に凶 事を 教示す る のだ 。 板坂 元 『 日本人の論 理 構造 』 芥川の 言葉 じゃ な い が 、 人 生は 一行 のボ ード レールに も し かな い 私た ち日本人の ば あ い 、 困 っ た こ と 、嫌 なことがお こ った り、 ある いは 思い切っ て何かの意 思 表 示を しな け ればな らぬハメ に陥 った りす ると 、 手 で 「 払 い 」 の け る 身振 りを し た り 、 ある いは「エヘ ン 」 と 強く 咳払 いしたり するの で ある。 こうし て 身近 な神 々を払 い の け 、タタ リ の 神 々 の 関 ら ぬ 「 日 常性 」 を 確保 しよ う と する 。こ うし て確保 さ れた「 日 常性」 こ そ 、 私た ち の たしかな生活 の基盤 と な る の で ある。 と こ ろで 、現代ヨーロッパ で は 、困った とき、口ごもった とき、 「 エヘン」 というかわりに どうい う ことばを とな え、 どう い う 身 振 り を する の で あ ろ う か 。 「 Mon D ieu! 」 ( わが神よ ) http://catholiquedijon.cef.fr/Nouv elles/Pages_anne xe s/parole.htm http://utsunomiya.cool.ne.jp /kido_4 5/spot/ spot2_10.htm

3、

でぐ

英 語 で は 「ボデ ー ・エクスプレッション」 と いうこと ばがある。また、それを研究 す る 学問 分野もひらけ つつあ る ようだ 。 しかし、 まだ まだ幼 稚 なも の で 、たとえばしょ ち ゅう腕組みし ている人物は攻撃的性 格だ といったあん ばい だ。 どういう身振 り、しぐさをす る か 、 こ の 「無言 の 言語」は学 問 的に未開拓の分野 であ る。し か し 、こ れ は こと ば よ りもは る かに深 く 人間 の身体 に し み つい たな にも の か で あ り、 「心」と 社会 を つ な ぐ 確実な 兆 候で あ る 。 《 きま ぐ れ 占 い 》 《 恋愛 統計 学 》 《 しぐ さ で わ か る 性 格判 定 》 個人の 心 理の内奥を、おそ らく しぐ さはのぞかせるもの で ある 。無意識 であればあるだ け 、 そ れ は ゆ る がせに で き ない しるし な の で ある 。同時に 、しぐさ は一つ の 文 化 である。社 会 の さ まざまの集団 につたわる伝 承の文化で あ る。個人は、個 人 と し て の し ぐ さをもち 、さら に その 底に集 団 に共通 の し ぐ さを も つ 。 人 間はこと ば を 交換す る こと でコ ミュ ニケー シ ョンを 成 立 さ

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せ、 文化 をもつよ う に 、無意識の う ちに他人の身 振り、しぐさをまねることで 社 会 人 となり、 一文 化の 構成員とな る 。 ―― と 、 こ の よ う に考え て くる と、私たち日本の文化 は、私た ち 日 本 人 のど のよ うなし ぐ さ によって 表 現 され て い るの か。もっと 正 確にいうと、たがい に しぐさ を まねあうことで 、 私た ちは どの よ う な文 化をつく っ て きているの か 。そ うい う疑問 が わく。

4、

ち」

あい づち 【 合 [相] 槌 】 ~ を 打 つ chime in ((with)) ; make agreeable respon ses . 《 EXCEED 和英辞 典 》 あい づち あひ ― 【相鎚・相 槌 】 ( 1 ) 鍛冶(かじ)で 、 師匠 の打 つ鎚に合わせて 弟 子が鎚 を入 れる こと。あいのつ ち 。向か い 鎚 。 ( 2 ) 相手 の話に 調 子 を 合わ せ て する 応答 。― ―を 打 ・ つ 相手 の 話 に合 わ せ て受 け答 えの 言葉 をは さん だり、 う なず いたり す る 。 《 『 大 辞 林 』 第 二 版 》 「あいづ ち」ということば は、二人の 共 同作業の 快 味 をよ く 伝 え て いる 。正 月の 餅つ き、 杵 を 搗 く人 よりもむ しろ 、拍子面 白く 臼取りす る人の ほ う が 、 仕 事 と して 難しくおも し ろ い ので は な か ろ うか 。受 け 身 の、 従の 立場の 方 が、共同 の 仕 事 の な か で、よ り 困難 でよ り愉 快味のあ る役 割 で ある よ う だ。 ヨーロッパで は相手の感情をくん で 、好い 振 舞をす る こと を「タ ク ト」 と い う 。 《参考文 献資料》 ◇多田 道 太郎 著『 しぐ さの 日本 文化 』に 誘わ れて ―

5、

「ゑみ」と 「 わらい」の違いを 明確に示した 柳田国男 は、 「 わ ら い 」 に は必 ず声 があり、 「 ゑ み」には少しも な いという。 そ し て 、 「 わらい」の場合、時 と し て 相手に 不 快感 を与える 。ま た、や さ しい 気 持 ち の こ も って いない「わらい 」 もある。 それ に反し、 「ゑ みには如何な る場 合も そ う いこと が ない。 是 が明らかなる一つの差別であった」 ( 『 女の 咲顔 』より ) 。 ラ フ カ ディオ ・ハーン は、日本人の 表情 について 鋭い 観察を の こ し た 人 で あ る。彼があ る と き 、 三人の 日 本婦人 と 汽車に乗り 合 わした 。 彼女 らは 左の 袂 で 顔 を隠し、こくり こ く り居 眠り し て いる。そ れは「まる で 流 れ の ゆ る い 小 川 に咲 い て いる蓮の花のよ う だ」 ( 『 心 』平井呈一 訳 ) という 。 自 身 の 寝 顔 が 美しいかどう か は 、当人にはわ からない 、当 人に と っ て 乗 り合わせた 同 性で あ

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る 他 人の 寝 顔 をも っ て 自身 の寝 顔 を 想 定 するしか術 が ない から である 。 そ れ は夢 見る 天使の如 き や さ し き 寝 顔 であり 、 ひょっ と する と、不用意 な 顔 を 見 せ るの で は とい うこにも なり か ね な い。 そ う 自身のあ りのままの表情を さらけ出す の だ か ら 、 自 身 の寝顔がどち らを見せて い るか が 気 になっ て し ま う の だ 。少な く と も、ひと ころ 昔の女人のたしな みにはなか っ たこと だ 。 袂の袖 で 顔を 隠 す というのは、時には愁 いを時に は恥ずか し さ を … … 、 つま りあ らわ な 表 情 を人に 見 せま い と する 「しぐさ」 そ の も の で ある 。この「 しぐ さ」 が 日 本の 伝統的 な つ つ しみ の表 現 で あることは言 わずも が な で あ ろ う。 和服姿 の 女人がめっ き り少な く な っ た今、―― そ れも 「晴れ 姿 」 の みの儀礼化が 進んだな か で、着 付 けも で き ないお嬢 さんた ち が、 はた し て 袂の 袖 で 顔を隠 す 行 為 を す る だ ろうか? 確た るこ と は わ か ら な い ま で も 、ラ フカ ディ オ ・ ハ ー ン は 、 袂 の 袖 で 隠 さ れ た顔 を 美 し く 感 じ たこ と は 言うま で もない。そし て、その姿態を日本人の 微 笑 と 結び つ け て考え て いたのは、なるほ ど鋭い観察眼にほ かならない の だ。 ラ フ カ ディオ ・ハーン は、さき ほ ど の話しに つづけて 、 「わたしの家 で 長 年 使 っ て い た 下 男 が あ ったが、こ の 男のこと を、わたし は ふだ んか らしご く快 活な 、 後 生 楽 な 男 と ば か り 思って い た。 物 を 言い かけ ると 、こ の男 はい つ で もけ らけ ら 笑 って い る 。 《 中略 》と ころ が 、 ある日 の こと 、こ の男が自分ひと り で い る と き に 、 わ たしはそ っ と の ぞ い て 見て 、まる で 男が 気のゆるん だ 顔をしてい る のに驚いたことが あ る 。いまま でこ っ ち が知 っ て いた 顔とはま る で 打 っ て変わった 顔 つ き なの だ。心の痛み と腹 立 ち の こ わい 皺が あらわれて、年が二十も老 け て 見 えた 。わたしは エヘ ンと咳払 いをして、自分 の い る ことを知 らせ てやった。すると、た ちま ちその 顔 が や わらい で 、まる で 若返りの 奇跡にあったようには っと 明 る くな っ た ので あ る 」 ( 同上 ) 。 人は「こ の男 」のこ の 笑いをど う解 釈す るで あろ うか 。面従 腹 背と 攻 撃 す る か 。 それと も 、 お世辞笑いの欺瞞 と 指 摘 す る か 。それ と も、例によっ て の 不可解 な 日本人の 笑い をうんぬんす る か 。ラフカディ オ ・ ハーン は 違 う 。彼は言っている。 「これなど は 、じ つに、 ふ だん自分を 殺 し つ けて いる自 制 の奇跡で あ る 」と… … 。 日本人の 笑いは主 とし て自制の 笑い であり、 自制が さ らに きび し い 場 合 には、 そ の 笑 い す ら、 袂の袖 で 隠して し まうこともある 。 高 ら かに笑 う こ と が不 自然である と 人 が 感じたとき 、 笑い は こ の よ うに 抑制 的 な もの となっ て い っ た 。 さ き に触 れた柳 田 國男の 云 う、一座の な か で 笑っ ている人がいる と きに 、これに同 調 する「ほほえ み」 が「 わら う」人より も 数多くいる 。 公然 たる笑 い でな く、 「笑っ て いる人に対し て の 一種の 会 釈」 だった と いう。 「 こん なこ とに笑 い こけ るのは 、 は し たないと 内 心で は 思 って も 、 自分ば か り つ んと して いて は 、 反感を 表 示し た こと にな る。 人が 楽 し み 又 は 気 にな って い る 場 合 が 、 こ と に ま わ り の者 のエ ガオ の 必 要な 時だ っ た ので 、 是 を 雷 同 附 和と は 誰 も み て い な い ので あ る 」 ( 同上 ) 。 笑 い がも し哲学的解釈 を必 要 と する む つ かし い 現 象 だ と す れば、 微 笑 は 社 会 心理学的― ― そ れもきわ め て 微妙な ― ―解釈を必要 とする む つかしい現象 だ。 個人 差― ― と い う よ う な こ とは 今はさ て お い て、 ラフカディ オ ・ハ ーン や 柳田 国男 が提 示し

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たよ うな微笑、これは 日本人固有のもの だ ろ うか。ある意 味で はそ う で は な いと思う。わたし の 出 会った数少ない国々 の 人は、 や はり共感の微笑をもら す。フランス語の s o u r i r e という こと ばは 、ほと ん ど 正 確に日 本 語の微笑 にあた る 。 イギ リ ス のかなり格式 ば っ たパー テ ィで、日本の婦人が笑い ― ―それもおそらく微笑をかく すべ く 口 許を手 で 覆ったところが、 そ れ はは な は だ非礼として咎 め られた と いう話しがある が 、 真偽のほどはどうであ ろ うか。しかし、笑いを 隠 す 動作を、もしかりに不 作法だ と 思 う 人がい たとすれば、かなり人 間の表 情 とその表現につ い て 鈍 感な人 で あるまいか。⇒ 《諺 》 に 「 処 変 われば 品 変わる」 会 釈 として の 微笑はお そら く ど の 国 の人 々 に も共通の表情 で ある。 と は いうものの、た と え ばさ きに いったフ ランス語の s o u r i r e ということば には、人 を 小 馬鹿にした う すら笑い とい う 意 味もあり、われわれ の 「微笑」には そのよ う な意味は少 し も な いことには注意しなければ ならない。つまり、会釈として の微笑は、 わ が国 で は 社 会 に広く行き渡った自制とし て の 微笑 とな っ て いる。これは「文化 」 として、 わが 国 に ははっきり定着し てい る と いうことだ。 モ ナ リ ザ の 微 笑 だ か ら、 私たち は 文化 に従 って 人の微 笑 の 意 味を 正確に 読 み 取 るが、 それ は文 化を異 に す る 他 国 の人には、かならずしも 正 しく通じていないと い うことでもある。 柳田 国男 は、微笑を け っ し て 付 和雷同の 笑い で は ない といった 。確 かに人 に つ ら れ て 笑 う と い っ た も の で は な いが、し かし 、他 人 と の 場 にお ける 同調 がほ とん ど自発的 とみ える ぐら い、 ごく自然なな りたちで 行われて いる社会で の 、これ は 目立っ た表情な の で あ る。 私た ち は 長い間微笑しつ づ けてき た 。とり わ け「目 上 」の人 に 対 し て。それはほ とん ど第 二

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の天性で あ る 。 会釈 とし ての微笑、 こ れは異国の人に理解される 。 し か し 、 自 制と して の微笑、これ は時 に 人を 感動 させ 、と き に 人を 惑 わ せ る 。 し か も 、 私 たち は 、 自 制 と し て の 微 笑 か ら 、 さ ら に 内 に 屈 折 し、複雑化 し た 「 微苦笑」の笑いに移ってき た。 ラフカデ ィオ・ ハ ーン ( 小泉 八雲 ) は、 微笑に 自 制心 を み たわけだが、 「微」 と いうのは 「 小 」 に 通 ずる。 「 小股の切 れあがった」 とか「 小 手 を か ざ す」 とか い う と き の 「 小」 である。 「 小 手」 とい う手の部 分がある の で は な い。 それは手 を 「 ち ょ っ と 」 か ざ す という意味 な の で ある。 その 「 ち ょっと 」 とは 、 抑 制の効い た、 自制心 の あ る と い う 意 味を匂わせ て い る 。 そ ういえば 、 人 を 呼ぶとき 「 ち ょっ と 」 と 呼 びか け る のは、呼びか けという どうしようもない不 作 法に対す る和らげ の気持ちからである。 最も、 今 では 「 ち ょっ と 」 と い うこと ば もすたれ てきたし、 「 小 」 は 「 小 生 意気 」とか 「 小 賢 しい 」と か、悪い 意味 のも のばか りが残って いるような 気 がす る。 抑制よ り も 攻 撃 の 方 に 、 力 点が うつ りつ つある。 こ れ は 文 化 と し て は一 種の 後 退 現象 である。

7,

「髪をなで る 」 「 脚を組む 」 「 眉毛に ふ れる」 「 ため息をつく」 「 欠伸をする」 「 目 をつぶる 」 「耳を動かす 」 「 腰 に 手を 当て る」 など など 、まだ ま だ 取 り上げ た ら数え 切 れ ま い 人 して の動作 の な か で 多 様な 「しぐさ」を みせ てい るの である 。 あ な たも 注 意 深く 観 察 し て み ま せ ん か? 。

まと

「 し ぐさ 【 仕 種 】 」と いう 「立ち 居 振 る 舞い 」という タ イ ト ル は、両 者 と も に 人 が 催 す 動 作 行為 を表象 し たこ とば表 現 である 。 この と き 、人は身 体の ど の 部 位 を用 い て この 行為 を魅 せる か で ある 。この一連の 聯続した 動作行為が立ち 居 振る舞 い となっ て いく。 こ の 演 じ 手 の身 体構 造 と も い う 脚 であ れ、 手 で あれ、 髪 であ れ、 その 一つ 一つ の部 位 が 美 し いのに超 し た こ と は な い。 美的セン スからす れば 、ど こ ま でを 美人 の領域と 見 定 めるかで あろう。 たとえ ば 、 女 は美 人 で ある こと に超した ことは な い と いう。 で は、男はどうだろうか ?「美人」ということば 表 現を もって 仕 え る のだろ う か … … 。 日本の伝統芸術 で ある歌舞 伎役 者は、全員男性 で ある。女役 を担当す る役者を「女形」 と 呼 称す る。 文字通 り 、 女 人のかたち し て あ らゆ る女 人(= 老 婆 ・ ご新 造・姫 ・ 娘など ) を 演 ず る からである。 その立 ち 居振る舞いは 女人の立 ち 居 振 る 舞い已上に美しい 。 だ がこれを評し て 「 美 人」と表現 す るの だろうか?聊か話 しがそれたかのよ う に 思うが、この歌舞伎役 者に焦点を絞 って こ の 立ち 居 振 る舞 いと その し ぐ さを 見て おくこ と は 、 実 は 大いな る 指 標 を お いて の 話 し だ

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から で ある。 英国の俳優チャップ リ ンが 演じたその多くの世界は、 男性社会で の 紳 士 像だ った。 そ れも 「放 浪紳 士」 、そ の姿 態や 行動、 そ のしぐさはまさしく紳士な のに、彼は戸外 で ある街じゅ う をス ッテキを片手に放浪徘徊する。決して 大 きな 屋敷や庭園 に 身を おいて 人 々と宴会を 催 す よ うな 人 物 では ない から だ。 だが、そ の 所 作 の 基 本 作法は、 ハ ン ケチ を所持 し 、 料 理の ナイ フ・ フォ ーク も実 に洗 練さ れた捌きを 見 せて 、 多 くの婦 人 を 談 笑 さ せ る こと もでき る 能 力 を 有 して い た 。 こ の 「し ぐさ 」 は 、 人 間行動学で は ない、 人 間観察学という領 域の 学 問 が存在す る と す れ ば 、 毎日同じ よう に 行 動す る電車 に 乗って く る多種 多 様 な 乗客(=老若男女)のしぐさや立ち 居振 る舞いのパターン分 類 考察がこ の方法で あっ て 、 こ れ をこと ば にしてど う表現す るかというこ と に もな ろ う 。 人 は己 が氣付 か ずじ まい のうち に 、 他 人 に そ の 一 部 始 終 の活 動 行 為を 観 察 され 続ける生 き物な の か も 知れない。 ※本日の講義を 終 了しま す 。ありがとう !

参照

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