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健康の社会的決定要因に関する 国際共同研究者会議報告

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Academic year: 2021

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健康の社会的決定要因に関する 国際共同研究者会議報告

Social Determinants of Health:

A Report of International Joint Meeting in Tokyo 2008

関根道和・立瀬剛志

Michikazu SEKINE, Takashi TATSUSE

Department of Welfare Promotion and Epidemiology

University of Toyama Graduate School of Medicine and Pharmaceutical Sciences

健康格差に対する要因解明と健康政策への貢献を目的とした国際共同研究の研究者会議 が,2008年8月27日に東京で開催された。この国際共同研究では,英国国家公務員対象の 追跡研究(ホワイトホール研究)をもとに日本およびフィンランドで比較可能な研究を実 施し,国際比較を行っている。英国の研究者からは,社会的ネットワークと精神的な健康 度との関係に関する比較研究が報告された。フィンランドの研究者からは,職域における 心理社会的ストレスと健康リスク行動に関する比較研究が報告された。日本の研究者から は,3ヵ国の健康格差の特徴および心理社会的ストレスの健康格差への寄与について報告 された。心理社会的ストレスは,健康リスク行動を介して健康格差に寄与するが,国家間 差や性差があることから,更なる検討の必要性が明らかとなった。今後,仕事の満足度や ワーク・ライフ・バランスの問題などにも取り組むことを確認し,会議は閉会した。

Abstract

A joint meeting for international collaborative study of social determinants of health and policy implications was held in Tokyo on August 27, 2008. The collaborative study is based on the Whitehall II study, a prospective cohort study of British civil servants, with international comparisons of findings from Finnish and Japanese civil servants study. Researchers from Britain reported that there were the links between social network and psychological well-being. Researchers from Finland reported there were the associations of psychosocial stress with health risk behaviors. Researchers from Japan reported that there were socioeconomic differences in physical and mental functioning and psychosocial stress contributed in part to the differences in health. The similarities and differences in findings from 3 countries and their potential reasons were discussed. Researchers agreed to include job satisfaction and work-life balance as the future research topics in this international comparison. The researchers concluded that international comparisons of data from different social welfare regimes provide useful information for further understanding of social determinants of health.

Key Words: 社会経済格差,健康格差,心理社会的ストレス,ワーク・ライフ・バラン ス,公務員

国際会議報告

富山大医学会誌 19巻1号 2008年

富山大学大学院 医学薬学研究部 保健医学講座

63

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はじめに

社会経済的要因による健康格差の拡大は,世界的に公衆衛生上の喫緊の課題となっている。英国ロンドン 大学ユニバーシティ・カレッジの Marmot らは,健康格差に対する要因解明と健康政策への寄与を目的と した英国の国家公務員を対象とする前向きコホート調査(ホワイトホール研究)を1985年に開始した1)。そ の後,ホワイトホール研究と比較可能な前向きコホート研究が,日本(日本公務員研究)とフィンランド(ヘ ルシンキ健康調査)で開始された2〜10)

この国際共同研究では,英国公務員研究で使用された質問票の翻訳・逆翻訳の手順を経て作成した質問票 を用いており,また,すべて公務員を対象としているという点で比較可能性が高いことを特徴としている。

一方,日本・英国・フィンランドは,それぞれ保守型,革新型,北欧型という異なる社会福祉体制を持つ国 である。社会経済的要因による健康格差の程度は国家間で異なっており,社会福祉体制の差が寄与している ことが示唆されていることから,社会福祉体制の異なる日本・英国・フィンランドの3ヵ国比較研究は,健 康格差に対する公衆衛生政策を策定する上で重要な視点を提供できる。

英国,フィンランド,日本の研究者は,定期的に共同研究者会議を実施して,国際共同研究の研究報告や 今後の方針を決定している。今回,東京で開催された国際学会への参加を目的として英国およびフィンラン ドの研究者が来日することを契機に,著者ら日本側が議長国として2008年8月27日に国際共同研究者会議を 実施したので報告する。

英国の研究者からの報告

英国の研究者からは,社会的ネットワークの精神的健康度に対する影響に関する日英比較研究の結果が報 告された。社会的ネットワークは,労働者の職域ストレスの緩衝要因として知られており,近年,人々の社 会的つながりが希薄となる中で,その重要性が再認識されるようになった。

英国では,男女とも,親戚づきあいや友人との交流がある人ほど精神的健康度が高い傾向にあった。また 女性においては社会活動やボランティア活動に参加している人ほど精神的健康度が高かった。男女とも,宗 教的な活動と精神的健康度とは有意な関係を認めなかった。それに対して,日本では,男女とも親戚づきあ い,社会的な活動やボランティア活動をしている人ほど精神的健康度が高かったが,女性では友人交流の頻 度と精神的な活動とは関連性がなかった。また,男性では,宗教活動をしている人ほど精神的健康度は低 かった。

その後の討議では,日英ともよく似たような結果であったが,宗教的な活動と精神的健康度との関連性が 両国で異なっていることが注目された。この理由としては,日本は英国とは異なり,日常生活の中に盛り込 まれた宗教的な活動が多く,それ以外の宗教活動をしている人は,逆に生活面での問題を抱えているなどの 理由で精神的健康度が低い故に宗教活動をしている可能性があるといった意見や,日本人にとって宗教的な かかわりは社会的な立場による葬儀への参加などが主であり,それ以外での宗教行事を持つ人は精神的な健 康度という点ではあまりよくないのではないかといった意見が出された。

また,英国の研究者からは,旧共産圏のいくつかの国において,ホワイトホール研究と比較可能な研究が 開始されたとの報告があった。今後の発展が期待される。

フィンランドの研究者からの報告

フィンランドの研究者からは,心理社会的ストレスと健康リスク行動との関連性に関する3ヵ国比較研究 の結果が報告された。職場における裁量度が低く,要求度が高く,支援度が低いといった心理社会的ストレ スは,冠動脈疾患,筋骨格系疾患,うつ病などの発生率を高めることが知られているが,職場の心理社会的 ストレスが高い労働者ほど喫煙や飲酒などの健康リスク行動が多いことがその背景にあると考えられてい る。

食習慣に関して,英国の女性では,仕事での要求度が高い人において,健康的な食品群の摂取頻度が少な かった。英国の男女では,仕事での裁量度が低い人において,健康的な食品群の摂取頻度が低かった。運動 習慣に関して,英国の女性では裁量度が高い人で身体活動度が高いが,日本の女性では裁量度が高い人で身 体活動度が低かった。英国の男性では,長時間勤務の人において,身体活動度が高かった。飲酒習慣に関し て,英国の女性では,裁量度が高い人ほど飲酒量が多い傾向にあった。現在喫煙に関して,フィンランドの 男性では,要求度が高く長時間勤務の人において,現在喫煙は少なかった。フィンランドの女性では,裁量

富山大医学会誌 19巻1号 2008年 64

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度が低い人に現在喫煙は多かった。また,日本の男性において長時間勤務の人に現在喫煙は少なかった。結 論として,心理社会的ストレスと健康リスク行動にはある程度の関連性があるが,各国で一貫性がなく,心 理社会的ストレスの健康リスク行動への影響は限定的である可能性が示唆された。

その後の討論では,英国とフィンランドにおいては,心理社会的ストレスは健康リスク行動に結びつく傾 向があるのに対して,日本ではあまり関連性がない点が注目された。日本の研究者からは,日本は,喫煙に ついては,昔は成人男性のたしなみという感覚があったが,最近は特にそうした理由では吸わなくなった。

そのため,日本の喫煙率は,中高年で高く,若年で低い。また,飲酒についても,特に,成人男性では晩酌 という食文化があり,これは,毎晩飲酒をするが必ずしも大量飲酒ではない。心理社会的ストレスと健康リ スク行動との結びつきが弱い理由は明確でないが,健康リスク行動の形成における文化的な差異があるので はないかとの意見が出された。

また,日本では社会経済的要因と健康リスク行動との関連性は弱いが,社会経済的要因と健康度には強い 関連性がある点も注目された。日本の研究者からは,他国と比較して,心理社会的ストレスの健康影響は,

慢性ストレスとして健康リスク行動を介した間接的な影響よりも,急性ストレスとして自律神経系やホルモ ン分泌などへの直接的な影響の方が強いのではないかといった見解が述べられた。

日本の研究者からの報告

日本の研究者からは,3ヵ国の公務員における職業階級(以下職階)を指標とした社会経済的状態と心理 社会的ストレスや健康との関連性について報告された。

3ヵ国の心理社会的ストレスと職階の関係は,日英 フィンランドの男女とも,職階が低いほど裁量度が低 かった。日英フィンランドの男女とも,職階が高いほど 要求度が高かった。労働時間については,日英フィンラ ンドの男女とも,職階が高いほど労働時間が長かった が,日本の男性のみ職階と労働時間の関連性がなかっ た。健康度については,3ヵ国とも,男女とも,職階が 低いほど身体的健康度は低かった。心理社会的ストレス を統計学的に調整すると,男性では身体的健康度の職階 による差が縮小したが,女性ではむしろ拡大した。精神 的健康度については,男女とも,英国では職階差を認め なかったが,日本では職階が低いほど精神的健康度が低 く,フィンランドでは職階が低いほど高かった。心理社

会議参加者一覧

日本:富山大学 関根道和(議長)

立瀬剛志

英国:ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ Dr Tarani Chandola

Dr Noriko Cable Dr Hynek Pikhart

フィンランド:ヘルシンキ大学 Dr Eero Lahelma

Dr Ossi Rahkonen Dr Mikko Laaksonen Dr Tea Lallukka

図1 各国からの報告

図2 討議の模様

図3 会議後の記念撮影

国際会議報告 関根ほか:健康格差に関する国際共同研究者会議報告 65

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会的ストレスを統計学的に調整したところ,英国では精神的健康度の職階差は男女とも変化を認めず,日本 では男性の精神的健康度の職階差は縮小したが,女性では精神的健康度の職階差は拡大し,フィンランドで は男女とも精神的健康度の職階差が拡大した。

以上から,男性では,社会経済的要因による健康格差は,職域における心理社会的ストレスの職階差に よって,ある程度説明されることが示唆された。したがって職場のストレス対策により健康格差を改善する ことが可能であろう。女性では,心理社会的ストレスを調整後に健康格差は拡大したが,これは男性では職 階が低いほど心理社会的ストレスが多い一方,女性では職階が高いほど心理社会的ストレスが多いなどの心 理社会的ストレスと職階との関係の性差に,ある程度由来すると考えられる。また,精神的健康度について は国家間で一貫性がなかったことなどから,女性および異なる国家間における精神的健康度の健康格差に は,より特異的なアプローチが必要であることが示唆された。

上記の報告の流れから,その後の討論では,身体的健康度について3ヵ国で職階との関連性が同じである にもかかわらず,精神的健康度については3ヵ国で職階との関連性が異なっていたことが話題となった。こ の点に関しては,3ヵ国の社会福祉体制の差に由来する可能性があるとの意見が出された。たとえば,フィ ンランドの社会民主主義においては所得の再分配が他国より強く経済水準の平準化がなされるため,その結 果として健康格差が小さくなっているのではないかとの意見が出された。しかし,その理由であるとすれ ば,身体的健康度においても同様の結果になるはずであるが,身体的健康度については3ヵ国で職階との関 連性が同様のパターンであったことからも,他にも要因がある可能性は十分に考えられ,さらなる研究の展 望が示されることとなった。

今後の方向性

これら各国の報告並びに討議を踏まえ,今後の研究の方向性が検討された。近年の女性の社会進出および 男性の家庭生活への貢献とともに重視されるようになったワーク・ライフ・バランスの問題,成長の限界に 直面している成熟社会において労働者の仕事満足度をいかに高めるべきかといった問題,アウトカムとして 個人および社会にとって重要な意味を持つ心臓血管疾患や病休の問題などのテーマを重点化するという一定 の方向性が打ち出された。今後とも国際共同研究を継続し,健康寿命延伸に向けた社会文化間の相互理解お よび健康政策への貢献など,さらなる発展に努めることを確認し,会議は閉会となった。

参考文献

1)Marmot MG, Wilkinson RG, eds.: Social Determinants of Health (2ndedition) Oxford University Press, USA 2005 2)Sekine M, Chandola T, Martikainen P, et al. Explaining social inequalities in health by sleep: the Japanese civil

servants study. J Public Health, 2006;28: 63―70.

3)Sekine M, Chandola T, Martikainen P, et al.: Work and family characteristics as determinants of socioeconomic and sex inequalities in sleep: the Japanese civil servants study. Sleep, 2006;29: 206―16.

4)Sekine M, Chandola T, Martikainen P, et al.: Socioeconomic inequalities in physical and mental functioning of Japanese civil servants: explanations from work and family characteristics. Soc Sci Med, 2006;63: 430―45.

5)Sekine M, Nasermoaddeli A, Wang H, et al.: Spa resort use and health-related quality of life, sleep, sickness absence, and hospital admission: the Japanese civil servants study. Complement Ther Med, 2006;14: 133―43.

6)Hu L, Sekine M, Gaina A, et al.: Association of smoking behavior and socio-demographic factors, work, lifestyle and mental health of Japanese civil servants. J Occup Health, 2007;49: 443―52.

7)Martikainen P, Lahelma E, Marmot M, et al.: A comparison of socioeconomic differences in physical functioning and perceived health among male and female employees in Britain, Finland and Japan. Soc Sci Med, 2004;59:

1287―95.

8)Chandola T, Martikainen P, Bartley M, et al.: Does conflict between home and work explain the effect of multiple roles on mental health? A comparative study of Finland, Japan, and the UK. Int J Epidemiol, 2004;33:

1―10.

9)Lallukka T, Lahelma E, Rahkonen O, et al.: Working conditions and health behaviours: comparing British, Finnish, and Japanese public sector employees. Soc Sci Med, 2008;66: 1681―98.

10)関根道和・立瀬剛志・鏡森定信:日本・英国・フィンランドの公務員における社会経済的状態と健康:心理社会

的ストレスと健康リスク行動の役割 厚生の指標 2008年(印刷中)

富山大医学会誌 19巻1号 2008年 66

参照

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