身体 障害者福祉法 の制定過程
一総 則 規 定 を 中心 に 一そ の1
矢 嶋 里 絵
〔 要 約 〕
わ が国 にお け る障害 者福 祉法 の起 点で あ る 「 身体 障害 者 福祉 法」の制 定過程 を、
基礎 的 な史 料 に基 づ いて 検 証 す る。 と くに本 稿 で は、 日米 の 障害 者福 祉 に対 す る考 え 方 の違 い、 法 案 作 成 を め ぐる交 渉 経 過 、 障 害者 に よ る法 制 定要 求 の展 開 等 に着 目 して 、 法 成 立 に至 る道筋 を 明 らか に した い。
〔キ ー ワ ー ド〕
身 体 障 害 者 福 祉 法 、GHQ/PHW、 更 生 、 傷 疲 者
目次
は じめ に
149年 法 と現 行 法 との比 較 2制 定 当 時 の障 害 者 の状 況 3法 制 定 まで の経 緯
449年 法 の論 点 さ い ごに
資 料
(以 上本 号)
は じめ に
1949年 の 身 体 障 害 者 福 祉 法(昭 和24年 ユ2月26日 法 律 第283号 、 以 下 「49年 法 」
と い う)の 成 立 は 、GHQの 反 対 に よ っ て 遅 れ た と さ れ る 。 そ して そ れ は 、 障 害
者 施 策 が 旧傷疲 軍 人 等 に対 す る優 遇措 置 とな り、 非 軍 事 化 ・民 主 化 とい う対 日 占領 政 策 に反 す る と考 え られて いたため で あ る と説 明 され て きた。 と ころが、障 害者 福 祉 につ いて のGHQ(と くにPHW)1)と 日本 それ ぞれ の思 惑 は如何 な る も の で あ った の か 、両 者 の か け ひ きが ど う展 開 し身 体 障 害者 福 祉 法 成 立 へ と結 実
して い った の か 、 障害 者 当事者 の運 動 は法 成 立 の要 因 とな り得 た のか 、 ア メ リ カの 障 害者 関連 法 か らどの よ うな影 響 を受 け たの か 等 々 にっ いて 、詳 細 は未 だ 明 らか に され て いな い。
本 法 制定 か ら約50年 の歳 月が過 ぎよ う と して い る今 、早 急 に着 手 すべ きは、散 逸 した史料 と数 少 な い関 係 者 か らの証 言収 集 で あ ろ う。 そ して 現 在 は、本 法 の 問題 点 を指 摘 し将 来 の方 向性 を探 る議 論 が 当事 者 に よ って な され て い る時 で も あ る2》 。 こ こで 、わ が 国 の障 害者 福祉 法 の起点 で あ る身 体 障害 者 福 祉 法の形 成 過 程 を検 証 す る こ とは 、 この議論 を進 め る上 で 不 可 欠 の 前提 と い って よ いで あ ろ
う。
そ こで 本 稿で は、不十 分 なが ら、収集 し得 た基 礎 史料 に基づ いて 、49年法 の総 則規 定 の成 立 過 程 に 限定 して検 討 を加 え る こ ととす る3)。
な お、 史料 の 収集 にあ た って は、 日本 社 会 事 業大 学 佐 藤 久 夫 氏 、 日本 社 会事 業 大 学 図書 館 職 員 の方 々、浴 風 会 理 事 高 橋喜 三 郎 氏 、 長 野 大学 寺 脇 隆夫 氏 、 そ の他 多 くの方 々 に御 世話 にな った。厚 く御礼 を 申 し上 げ た い。
149年 法 と 現 行 法 と の 比 較
現 在 の 障害 者 福祉 法 の起 点 を探 る と い う本 稿 の趣 旨 に則 り、49年 法 の総 則規
定(第1条 〜 第3条)と 現 行 法 の それ とを、比 較 対 照 して お こ う(資 料[1]参
照)。
資 料[1]49年 法 と現 行 法 の総 則 規 定 比 較
[49年 法]
第1条(法 の 目的)
「この法律 は 、身体 障 害者 の更 生 を援 助 し、
そ の更生 の た め に必 要 な保護 を行 い、 もっ て身体 障 害者 の福祉 を図 る ことを 目的 とす る。」
第2条(更 生 へ の努 力)
「 すべ て身体 障害者 は、自 ら進 んで その障害 を克服 し、す み やか に社会 経済活 動 に参 与 す る ことが で きる よ うに努 め な けれ ば な ら
ない。 」
第3条(差 別 的取 扱 の禁 止)
「 国地 方公 共団体 及 び国民 は、身体 障害者 に 対 して 、そ の障 害 のゆ えを もって 不 当な差
[現行法]
第1条(法 の 目的)
「この法律 は、身体 障害者 の 自立 と社会 経済 済活 動 へ の参 加 を促進 す るた あ、身 体 障害 者 を援助 し、及 び必 要 に応 じて保 護 し、 も っ て身体 障害 者 の福 祉 の増 進 を 図 る こ とを 目的 とす る。」
第2条(自 立 へ の努力及 び機 会 の確 保)
「 す べて身体 障害者 は、自 ら進 んで その障害 を克服 し、そ の有す る能 力 を活 用す る こと に よ り、社 会経 済活 動 に参加 す る こ とがで きるよ うに努 め なけれ ばな らない。
2す べて身体 障害者 は、社会 を構成 す る一員 と して社 会 、経済 、 文化 そ の他 あ らゆ る分 野 の活動 に参 加す る機 会 を与 え られ る もの
とす る。」
第3条(国 、地方公 共団体 及 び国民 の義務)
「 国及 び地 方公共 団体 は、前条 に規 定す る理 念が 具現 され るよ うに配慮 して 、身体 障 害 者 の 自立 と社 会経 済活 動 へ の参 加 を促 進 す るた めの援助 と必 要 な保護(以 下r更 生援 護』 とい う。)を 総合 的 に実施 す るよ うに努
めな けれ ばな らない。
2国 民は、社 会連帯 の理念 に基づ き、身体 障 害者 が その障 害 を克服 し、社 会経 済活 動 に 参加 しよ うとす る努 力 に対 し、協 力す るよ
うに努 め なければ な らな い。」
(1)ど ち ら も 「身 体 障害 者 の福 祉(の 増 進)を 図 る こと」を 究極 目的 とす る(第
1条)。 た だ、 目的達 成 の たあ の手 段 に関 して は、49年 法 は、身 体 障害 者 の更 生
の援 助 と更 生 の た め に必 要 な保 護 を 行 う こと と し、 現 行 法 は、 身 体 障 害 者 の 自
立 と社 会 経 済 活動 へ の参 加 を促 進 す るた め の援 助 と必 要 な保 護 を 行 う こ と と し
て い る(第1条)。 その文言 は一 見異 な るが 、49年 法 第2条 が 、障害 の克 服 と社
会 経済 活 動 へ の参 与 を 「更 生 」(見 出 し)と して い る こ とか ら、実 質 的 な相 違 は 少 な い と解 す る ことが で きよ う。 また、現 行 法 第3条1項 が 「 身 体 障害 者 の 自立 と社会 経 済活 動 へ の参加 を促 進 す る ため の援 助 と必 要 な保 護 」を 「 更 生援 護 」 と 要 約 して い る こ と も、 そ の裏 づ け とな るで あ ろ う。
っ ま り、現 行 法 に い う 「自立 と社 会 経済 活 動 へ の参 加 」が ほ ぼ49年 法 の 「更 生 」に あ た る こ とに な るが、身体 障害 者福祉 法 は、そ の出発 点 にお いて なぜ 「更 生 法 」 た る性格 を付 与 され た の か、 が 問 わ れ な け れ ば な らな い。
(2)49年 法 と現 行 法 との違 いが 顕 著 な の は以 下 の 点 で あ る。
第 一 は、 現 行法 第2条2項 が 、49年 法 に は な い社会 ・経 済 ・文 化活 動 へ の参 加 の機 会 の確 保 を定 めて い る点 で あ る。
第 二 は、現 行法 が 第3条 で 、国 や地 方 公共 団体 の更 生 援 護実 施 の努力 義務 と国 民 の協 力 義 務 を 明記 して い る点 で あ る。 これ に対 し、49年 法 第3条 は差 別 禁止 を定 め る に と ど ま る。 しか し、 法 案 作成 段 階 で は、 国 や 地方 公共 団体 が そ の責 任 に基 づ いて 障害 者 の社 会 復 帰 を促 進 す る趣 旨の規 定 を もっ 案 が 構想 され て い た(資 料[7][8]参 照)。 に もかか わ らず、なぜ最 終 案 か らは姿 を消 したので あ ろ うか 。
(3)こ れ らに か ん す る詳 細 は 、 後 に述 べ る。
2制 定 当 時 の 障害 者 の状 況
厚 生 省 に よ って 全 国 規 模 の 身 体 障 害 者 実 態 調 査 が 行 わ れ る の は 、1951(昭 和26) 年 の こ とで あ る4)。 した が っ て 、49年 法 制 定 当 時 の 障 害 者 の 状 況 を 把 握 す る の は 困 難 で あ る 。 そ の 意 味 で 以 下 の 数 字 も正 確 な もの とは 思 わ れ な い が 、 立 法 の基 礎 資 料 と さ れ た もの もあ る の で 、 と りあ え ず み て お こ う。
資 料[2]は1948年1月2日PHWか ら民 政 局(GS=GovernmentSection)宛
部 内 連 絡 票(CheckSheet)5)に 掲 載 さ れ た もの で あ る。 こ れ に よ れ ば 、 当 時 の 障 害 者 は約49万 人 、 うち 約32万 人 は 退 役 軍 人 で あ り全 体 の ほ ぼ6割 を 占め る。 男 女 比 を み る と9対1と 圧 倒 的 に 男 性 が 多 い。
っ ぎ に 、 法 案 提 出 の 参 考 資 料 と さ れ た 資 料[3]6)に よ れ ば 、 障 害 者 総 数 は約80
万人 で あ り、 うち身体 障 害 者福 祉法 の対 象 者 は7割 程度 の60万 人弱 で あ る。 障害 種 別 で は 「四 肢 不 自由 」 と 「強 い弱 視 」 が 多 数 を 占あ る。
資 料[2]原 因 別 障 害者 数(単 位:人)
男 女 計
退役傷疲軍人 軍役以外の負傷者 災害 による負傷者 戦争 による負傷者 事故 による負傷者
324,622 8,781 46,530 5,695 51,596
一
439 20,467 2,449 30,018
324,622 9,220 66,997
8,144 81,614
計 437,224 53,373 490,597
出 典)1948年1月2日CheckSheet,"ProgramforPhysicallyHandicapped"(社 会 福 祉 研 究 所,1978,p.92)
資 料[3]障 害 種 別 障害 者 数
(a) (a) (b) (b>
障害の種類 障害者の数 (c) 本法該当者数 (d) 備考
人 % 人 %
全盲 34,312 4.3 26,490
..昭 和22年10月 の 国 勢
強い弱視 261,041 32.6 180,594 30.2 調 査 に よ る結 果(4〜
聾唖 83,501 10.4 58,405 9.6 40才)に 対 し年 齢 別 人
強い難聴 ユ14,790 14.3 80,047 13.4 口数 に よ って検 算 した
盲聾唖 4,800 0.7 3,016 0.5 もの
強い難聴強 い弱視 56,690 7.i 36,861 6.2
四肢不 自由 214,399 26.8 196,593 32.8 昭和22年 協 助 会 調 査 に 内之軍 人属
( 一 般
125,779 i:.1
125,779 70,814
よ る
結核 20,166 2.5 8,435 1.5 社 会 局調 査 に よる
頭部障害 10,279 1.s 8,411 1.4 同上
(c) (d)
計 799,978 100.0 598,852 100.0
出典)r身 体 障害者福 祉法案参 考資料』(1949年11月)
3法 制 定 ま で の経 緯
本 稿 で は 、 終 戦 を迎 え た1945(昭 和20)年8月 か ら身 体 障 害 者 福 祉 法 が 成 立 す る1949(昭 和24)年12月 ま で を3つ の 時 期 に分 け て 、法 成 立 の 経 緯 を み て い く こ と に す る。
第1期 「混乱期 」1945年8月 〜1947年7月 中旬
(1)1945年8月 に 戦 争 が 終 結 し、 わ が 国 はGHQに よ る 占領 期 を 迎 え る こ と に な る。GHQの 対 日 占領 政 策 の 基 本 方 針 は 、 日本 の 非 軍 事 化 と民 主 化 で あ っ た 。 こ れ に よ って 、 「職 時 中 は … 戦 意 昂 揚 の 立 場 か ら実 に至 り尽 せ り」7)で あ った 傷 疲 軍 人 に 対 す る処 遇 は 一 転 す る 。
ま ず 、11月24日 のGHQの 「恩 給 及 び年 金 に関 す る件 」(SCAPIN338)に よ って 軍 人 恩 給 停 止 が 指 令 さ れ た の は 、 そ の 代 表 的 な で き ご とで あ っ た 。 これ を う け て 翌1946(昭 和21)年2月1日 に 公 布 さ れ た 「恩 給 法 ノ特 例 二 関 ス ル件 」(勅 令 第68号)に よ り、 旧 軍 人 軍 属 へ の 普 通 恩 給 ・扶 助 料 ・軽 症 者 に 対 す る増 加 恩 給 ・ 傷 病 賜 金 等 の 支 給 が 廃 止 さ れ た 。
さ ら に 、 国 の 責 任 に お いて 医 療 か ら職 業 補 導 に至 る一.の 援 護 を 行 って い た 軍 事保 護 院 が 廃 止 さ れ た の も(11月 に 保 護 院 と 医 療 局 に 分 割 さ れ 解 消 した後 、翌 年2月 に 勅 令 第27号 に よ って 保 護 院 廃 止)、GHQの 方 針 に よ る も の で あ っ た 。
(2)膨 大 な貧 困層 に よ る社 会 不安 の発生 に は、GHQも 日本 政府 も共 に危 機感 を 抱 いて いた。
そ こでGHQは 、1945(昭 和20)年12月8日 「救 済並 福祉 計画 ノ件」(SCAPIN404) を 出 し、 最 低 生 活保 障 ・差 別 的取 扱 いの禁止 ・現 行 救 済 制 度 の 見 直 しを指 示 し た。 これ に対 す る 日本 政府 の回答(同 年12月31日 「 救済 福祉 に関す る件」)にGHQ が条 件 っ き承 認 を与 え たのが1946(昭 和2D年2月27日 の 「公 的扶 助 に関 す る覚 書 」(SCAPIN775)で あ る。本 覚書 に示 され た いわゆ る 「公的 扶助 に関す る4原 則」
(e公 的責 任 の原 則 、公私 分 離 の原 則 、無 差別 平等 の原 則、必要 充 足 の原則)は 、
以 降 の社 会 福 祉 全 体 に共通 す る基 本 原 則 とな った 。 と りわ け、 身 体 障害 者 福祉
法 の制 定 過程 に しば しば登 場 し、議 論 の焦 点 とな ったの は、「無 差別 平 等 の原 則 」 で あ る。
上 の4原 則 にの っ と り、1946(昭 和21)年9月 旧生 活 保 護 法(法 律 第17号)が 成立 した8)。本 法 は、 国家 責 任 に基 づ き無 差 別平 等 に生 活 困窮 者 を保 護 しよ う と す る もの で あ る。 したが って、 傷 疲 軍 人 優遇 措 置 の温 存 に腐 心 す る 日本 政 府 に 対 して9)、GHQは 障害 者 も 「無差 別 平等 に」貧 困者 と して生 活 保護 法 で 救済 す れ ば よ い と して 、 と りあわ な か った とされ る10)。この当 時 のGHQは 、身 体 障害 者 福祉 法 の よ うな障 害 者 福 祉 の側 面 に着 目 した法 律 を 作 る必要 性 を認 識 して いな か った よ うで あ る。
(3)1946(昭 和21)年11月3日 、 日本 国 憲 法が 公布 され、大 日本帝 国 憲 法 には な か った生 存 権 が 第25条 に規 定 され た。 身 体 障 害者 福 祉 法 は、 この生 存 権 の理 念 を身 体 障 害 者 福 祉 の 分野 にお いて実 現 す るこ とを あ ざ した もので あ る。
1第2期 「 傷鷲 護㈱ 」1947年7月 梅1948年7肋
(1)厚 生 省 社 会 局 は1947(昭 和22)年7月 下 旬 、 多数 の障 害 者 を放 置 す る こ と は、 第 一 に本 人 の 困窮 状 況 か ら して、 第 二 に国 家 的 な生 産 復 興 の点 か ら して 悶 題 で あ る と して 、傷疲 者 保 護 の ため の総 合 的 対 策 の樹 立 を決 め、案 を作 成 した。
そ の後 、 これ を も とに医 務 局 や職 業 安 定 局 等 の 関係 機 関 と会 合 して保 護 対 策 要 綱 案 を ま とめ、8月1日 にGHQに 提 出す る こ と とな る。
これ は 「戦 争 、 災 害 、 事故 、 そ の他 の原 因 で傷 疲 に罹 り現 に身 体 的/,t.陥を有 す る者 約50万 人 と推 定 され 、其 の多 くは甚 だ し く困窮 して居 るの で、 生 活 保 護 法 に よ り保 護 し得 る点 につ いて は、 之 に よ って保 護 す るが 、 それ と同時 に身 体 的敏 陥 に鷹 じた特殊 の対 策 を講 ず る必 要 が あ る」 と して、 以 下 の障 害 種 別 の貝 体 的 対 策 を示 して い る。
・失 明 者 一国 立 収 容施 設 設 置 と地 方 盲 学 校 で の職 業 教 育
・四肢 切 断者 一職業 補導 、住 居 と授産 場 を兼 ね た収容施 設の設 置、
義 肢 修 理所 の増 設
・内部 疾 患 者 、 頭 部 損 傷者 一授 産 と医 療 を 兼 ね た集 団保 護 施 設 の設 置
・全 く就 職 不 可 能 な者 一特 別 の終 身 収 容施 設 の設 置
・傷 演 者 一医薬 品 ・保 温 具 等 の特 別配 給
これ以 降 、GHQと 綿 密 な折 衝 を重 ね なが ら 日本 政 府 は 、傷疲 者 保護 の ため の 総 合 計 画(以 下、 「傷 疲 者 保護 計 画 」 とい う)の 立 案 をす す め る ことに な った。
この よ うに、1947(昭 和22)年 の夏以 降'1)、GHQは 「 不 具者 に対 して も方 策 を 講 ず る こ とは良 い こ とで あ る」 と して 、計 画 立 案 にあ た って 留意 すべ き点(諜 障害 の原 因 に よ る差 別 禁 止 、文 部 ・労 働 ・厚 生 ・大 蔵 等 関 係 方面 の協 力 、 積極 的 かっ 広 範 な対 策 の 実 現 、責 任 主 体 の 明 確 化 と責 任転 嫁 の禁 止 等)を 細 か く日 本 政 府 に指 示 す るよ うに な った12)。
(2)傷 疲 者 保 護計 画 は第4次 案(!0月18日 付)の 段 階 で、 ほぼGHQの 了解 を と りっ けた とい って よ い。 ただ、本 計 画 の具 体 案 策 定 にっ いて 、GHQは 、 さ らに 関 係 各 省 ・教 育 者 ・心理 学 者 ・医 師 ・雇 用 主 ・労 働 者 ・婦人 を メ ンバ ー とす る 委 員 会 を 作 り、そ こで 審議 す るよ う提 案 した(11月8日)。 これ を うけた厚生 省
は、11月18日 「 傷 疲者 保 護対策 委 員会 要領 」をGHQに 提 出 して 了解 を得 た後 、翌 年3月 、 中央 と地方 に委 員 会 を発足 させ たの で あ る13)。 委 員 会 は、社 会 事業 家 ・ 事 業 主 代 表 ・労働 者 代 表 ・学 識経 験 者 ・関係 官 庁 の官 吏等 の委 員 か ら構成 され 、 中央 委 員 会 は、 傷 疲 者 保 護対 策 の調 査 研 究 審議 と関係 大 臣へ の建 議 、 地 方 委員 会 は、 地 方 で の具 体 策 の 研 究審 議 と実 質 的 活動 にあ た った。
た だ し本 委 員会 の任務 は、傷 疲 者 保護 計 画 の具 体 案 の策定 とそ の実 施 にあ り、
本委 員 会 が 、 直接 、 身 体 障 害者 福 祉 法 の立 案 にあ た った わ けで は な い し、 この 時点 で は、 その必 要 性 を認 識 して もいな い。 これ は、1947(昭 和22)年8月23日 PHW福 祉 課 長N,B.ネ フが社 会 局長 を招 致 して計 画 実施 に伴 う法 令案 を 出す よ
うに要 求 した が、 日本 が 「 本 案 施行 の ため新 に法律 を制 定す る必 要 はな い」'41と 回答 して い る こ とか らわ か る。
(3)た しか に、傷 庚 者 保 護 計画 策 定 の議 論 が 、身 体 障 害 者福 祉 法 制 定 に 直結す
るわ けで はな い。 しか し、 この 時期 に 、 あ る意 味 で は 身体 障 害 者 福祉 法 成 立 の
萌芽 と もいえ る動 きが あ った。
そ れ は まず 第 一 に、 「傷疲 者 保 護 更 生対 策 要 綱 案」(厚 生 省 社 会 局)'5)の 中 で 、 失明 者 対 策 の ひ とつ に盲 人 福祉 法制 定 を あ げて い る ことで あ る。 そ こに は、 「 盲 人 の福 祉増 進 を図 るため盲 人福 祉 法 を制 定 して、盲 人 の登 録 、杖 の特 定 、免 税 、 盲人 用 郵 便 物 の料 金 割 引 、 就 學 費 の補 給 、付 添 人 の旅 客 運 賃 割 引等 を 行 ふ 」 と あ る。
第 二 に、 委 員 会 で の審 議 に基 づ いて 「傷 疲 者 の 保護 並 びに更 生 に関 す る法律 案要 綱」16)が作成 され た と推 測 され る こ とで あ る(作 成 時期 が 不 明 で あ るため 断 言す る ことはで き な い)。 本 要 綱 は冒頭 で 「この法 律 は傷 疲者 が そ の原 因の いか ん を問 はず 無 差 別 平 等 に國 、地 方 公 共 団 体 及 び國民 か ら保 護 を受 け且 っ傷 疲 者 自 ら速 やか に そ の傷 疲 を 克 服 して社 会 活 動 に参加 し、社 会 に寄 與 す る こ とが 出 来 る様 に、國 、地方 公 共 団体 、及 び國民 が援 助 す る義 務 を 規定 す る もので あ る」
と立 法 趣 旨 を説 明 して い るの で あ る。
この 限 りにお いて は、 身 体 障害 者 福 祉 制 定 へ の道 が 徐 々 に開 か れっ っ あ った とみ る こ と もで きよ う。
(4)傷 疲 者 保 護 計 画 の 具 体 的 な 実 施 ま で に は、 まだ 時 問 を 要 した 。 そ の た め 、緊 急 対 策 と して 身 体 障 害 者 収 容 授 産 施 設 が 、9都 道 府 県(東 京 ・神 奈 川 ・愛 知 ・京 都 ・大 阪 ・兵 庫 ・新 潟 ・北 海 道 ・香 川)、12カ 所(総 定 員 約1,000名)設 置 さ れ
る こ と に な った 。 こ の た め に1947年 度 予 算5千 万 円 が あ て られ た 。
(5)1948(昭 和23)年 は、GHQの 対 日占領 政 策 に大 きな変化 が み られ た年 で あ る17)。障害者 施 策 につ いて も同様 で あ り、1948(昭 和23)年1月2日GHQ内 部 文 書 に あ る 「PHWは 、現 在 の保 健 福祉 プ ログ ラム に、 この種 の プ ログラ ム(障 害 者 に対 す る職 業 訓 練 や 教育)を 付加 す る こ とは望 ま しい とい う結 論 に達 した」ie)
との記 述 は、PHWが 障害 者 プ ロ グラ ムの策 定 に肯 定 的 とな った こ とを示 して い
る。 なぜ この よ うな対 応 の変 化 が起 きた のか につ いて 同文 書 は、①終 戦 か ら2年
半 とい う時 間が 経 過 した こ と、② 医療 を終 え た に もか か わ らず 、 戻 る家や 勤 め
先 を見 っ け る こ とが で きず に病 院 に滞留 して い る人 が い る こ と、 ③ この種 の プ
ログ ラ ム の対 象 とな る傷 疲 軍 人 が攻 撃 力 を もは や持 って い な い こと、 ④ 無差 別 平 等 原 則 の重 要 性 を 日本 政 府 が 認識 した こ と、等 と説 明 して い る。
ただ その一 方で 、元 軍人 に対す るサ ー ビス の実施 へ の懸 念 も、依然根 強 く、そ れ を示 す 例 と して 次 の もの を あ げ る ことが で き るf9)。
まず 、1948(昭 和23)年1月31日 に 「財 団法 人協 助 会」20)が解散 を命 ぜ られ、翌 日2月1日 に解 散 し、財産 を政 府 に接 収 され た。協 助 会 は、大 日本傷 庚軍 人 会2') の財 産 を承 継 し、構i成員 も4分 の1以 上 が 大 口本 傷庚 軍 人会 の メ ンバ ーで あ った
こ とに よ る。
つ ぎに 、傷 疲 軍 人 に と って の最 後 の恩 典 で あ った鉄 道 運 賃 の無 賃 ・割 引 の制 度(傷 疲 軍 人 国有 鉄 道 無賃 乗車 規 程1938年 鉄 道 省告 示第302号 、旅客 運 賃規 則告 示第26号)が 同年6月 に廃 止 され、か れ らに対 す る優 遇措 置 は これ によ り、一切 消滅 す る こ とに な る。
さ らに、PHW記 録用 覚書 で は、「(障害 者統 計 は)… 元 軍 人(Ex‑servicemen) の ニ ー ズ を強 調 しなが ら戦後 に損 傷 を受 けた 市 民 の数 を最 少 限 に して あ る。 こ の こ とは 、GHQ/SCAPに と って危 険信 号 で あ る。 と い うの は、 この プ ログ ラ ムが 日本 の陸 ・海 軍 の 旧軍人 に優 先 的 処 遇 を 与 え る と い う特 殊 目的 の ため に支 持 され るか も しれ な いか らで あ る」 と して 、 これ へ の対 応策 と して 「旧軍 人 と 市 民 の受 給 者 との 問 に明確 な割 合 を設 定 す べ きで あ る」 と して い る22)。しか し、
この割 合 の設 定 は、関係 者 に差 別 観 を持 続 させ る こ とにな り、 「 無 差 別平 等 の原 則 」 に も と る こ とを 理 由 に厚 生 省 が反 対 を し、実 現 に は至 らな か った23・24)。
(6)1948(昭 和23)年4月18日 、衆 議i院議員 鈴 木 仙八(民 主 自由党)を 会 長 とす
る 「全 國身 髄 障害者 甦 生 同盟 」が 静 岡県 熱 海 で結 成 大 会 を開 いた。 「 凡 ユ ル身体
障 害者 ガ ー 致 シテ民 主 的 協力 ト自治 ノ下 二福 利 厚 生 ノ途 ヲ講 ジ民 主 日本 ノ建設
ト世 界 平 和 ノ確立 二寄 與 ス ル事 」(全 國 身 髄 障害 者 甦 生 同盟 規 約 第4条)を 目的
と し、 これ に賛 同す る者 は性別 や障 害 原 因 の 如何 を 問 わず 会 員 と した(同 規約
第6条)。 この団 体 は、 国会 に対 す る請願 陳 情 な どを 中心 に、法制 定 要求 運 動 を
展 開 した 。 な お、 会 長 の 鈴 木 は 自 ら も障 害 者 で あ り、後 に 「身体 障害 者 対 策 に
関す る決議 案 」を第5国 会 に提 出 し、通 過 させ た中心 的 人物 で あ る(こ れ にっ い
て は後 述 す る)。
全 國身膿 障害者甦生 同盟 も含めた団体 ・個人か らの請願 や陳情 にっ いては資
料[4]を 参 照 さ れ た い 。
資 料[4]衆 参 両議 院厚 生委 員 会 に付 託 され た障 害者 関連 の請 願 ・陳 情
(第1国 会 〜 第5国 会)
<第1国 会>1947年 衆議 院厚 生 委 員会
・「 傷 疲 者 の保 護 に関す る請 願 」第323号(協 助 会)
・「 傷 疲 者 の保 護 に関 す る請 願 」第560号 参議 院厚 生 委 員会
・「 傷 疲 者 更生 援 護 に 関す る請願 」 第199号
・「 傷f者 保護 に関 す る請 願 」第285号(協 助 会)
〈第2国 会>1948年 衆議 院厚 生 委 員会
・「 傷 痩 者 の保 護 に関す る請願 」 第4号
戦 争 の犠 牲 者 で あ る傷 痩 者 は現 在全 国 に170万 を 算 え、 医療 そ の他 あ らゆ る保 証を 断 た れ 、そ の家 族 と共 に 困窮 の どん底 にあ る、つ いて は(一)國 立 病 院 の 医療 費政 府 負担(二)七 項 症以 下の 該 当者 の再 診 査実 施(三)恩 給年 金 の 引上(四)元 将 校 、下 士官 、兵 等 の保 証 の差 別 撤 廃(五)地 方援 護 の 全面 的 強化 を な され た い。
・「 傷 痩 軍 人保 護 に関 す る請 願 」第901号
・「 全 国身 体 障害 者 に対す る補償 制 度 に 関す る請願 」第1425号(全 國 身髄 障害 者 甦生 同盟) 参 議 院 厚生 委 員 会
・「傷 い者 保 護 に 関す る請願 」 第664号
・「全 国身 体 障 害者 の援 護 に 関す る請 願 」第985号(全 國 身膿 障 害者 甦 生 同盟)
<第3国 会>1948年 衆 議 院厚生 委 員会
・「 盲 人 福祉 法 制 定 に 関す る請願 」 第304号(京 都府 立 盲 学校)
・「 盲 人 福祉 法 制 定 に 関す る請願 」 第539号(日 盲 連)
・「 盲 人 福祉 法 制 定 の陳 情 」 第357号(京 都府 立 盲 学校) 参議 院厚 生 委 員会
・「 盲 人 福 祉法 制 定 に 関す る請願 」 第15号(京 都 府 立 盲 学校)
・「 傷 い者 保護 対 策 確 立 に関 す る請 願 」第123号
・「盲 人福 祉 法制 定 に関す る陳情 」 第27号(京 都府 立盲 学校)
<第5国 会>1949年 衆 議 院 厚生 委 員 会
・「身体 障害 者 福 祉法 制 定促 進 の 請願 」 第1574号
・「身 体 障害 者 の 保護 に関す る請願 」第1725号 参議 院 厚 生委 員会
・「 元 軍 人傷 い者 優遇 に関 す る請 願 」第438号
・「 傷 い者 福祉 法 制 定 に関す る請 願 」第523号(全 國 國 立 病 院患 者 同盟)
戦 争 あ るい は災 害 、 病魔 に よ る多 くの身 体 不 自由 者 の生 活 は 困窮 の 極 に達 し、 自か ら生 命 を絶 つ 者 す ら出 て い る現状 で あ る。 しか して 、政 府 は傷 い者 福祉 法(仮 称)を 準 備 中の 由 で あ るが 、本法 設 定 は 緊急 を 要 す る もの で あ るか ら、 是 非 本法 案 を第 五國 会 に提 出せ られ 、 ま た國 家 保 障 の 一環 と し て國 鉄 無 賃乗 車 証 が 、盲 、ろ う、あ者 に 対 して 交付 され て い るが 、内臓 外 科 的傷 い者 及 び結 核 者 に 対
して も傷 い の程 度 によ って 交付 せ られ る よ う、特 に考慮 せ られ たい 。
(筆者 作 成)
注)請 願 ・陳 情 した 団体 名 につ いて の み記 した。
第3期 「身体障害 者福祉 法制定準 備期」1948年7月 中旬 〜1949年12月
(1)第2回 国 会 で 「 失 明 者 を保 護 し、 その更 生 と福 祉 を図 るた め、 厚生 大 臣の 管理 に属 す る国 立 光 明 寮 を 設 置す る」(第1条)国 立 光 明 寮設 置 法(昭 和23年7 月15日 法 律 第162号)が 成 立 した。 これ に よ って、公益 法 人 で あ った失 明軍人 援 護 寮 が 国立 光 明寮 と して 国 の施 設 とな った。
本 法 成 立 は 、 「 身 障 対 策 の突 破 口zs)と 称 され る、 わ が 国 障害 者 施 策 の一大 転 機 と もい うべ き出来 事 で あ る。 と い うの は、 当時 の厚 生 省 社 会 局 長 葛 西嘉 資 の 誘 いで塩 原 光 明寮 を見学 したPHW福 祉 課長N,B,ネ フが 、 この種 の事業 は国 の 責 任 の下 に行 うべ きで あ る と認 識 を改 め、 以 降 、 障害 者 福 祉 に関 す る資料 を ア メ リカ か ら持 ち帰 って 厚 生 省 関係 者 に説 明 す る等 意 欲 的 とな り、 障 害 者 福祉 関 係 法 制 定 へ 向か う勢 いが 増 した の で あ る26)。
(2)障 害 者福 祉 に対 す る一 般 国 民 の関 心 を高 め た のは 、1948(昭 和23)年8月29 日の、 ヘ レ ン ・ケ ラ ー来 日27)で あ る。 約2カ 月 の滞在 期 間 に15都 市 を公 式訪 問
し、22回 の講 演 を行 ったが 、 この講 演 で強 調 したの は、盲 人 の職 域 の拡大 、早 期 障 害 児 教 育 と障 害 防 止 施 策 の必 要 性 等 で あ るza)。
と ころで 、 この ヘ レン ・ケ ラ ー来 日は、 毎 日新 聞社 の協 力 を得 た岩 橋 武夫 の 尽 力 によ る ところが大 で あ った。 岩橋 武夫 は、同年8月17日 に結 成 され た 「日本 盲人 会 連合 」(日 盲連)の 会 長 とな った。 結成 大 会 決 議 に 「世界 的 標準 に立っ 盲 入 社 会 立 法 の制 定 を 期 す る」 を うた った 日盲連 は 、交 通 運 賃 の割 引 ・点字 図書 の 出版 ・税 の減 免 ・生業 資 金貸 付 等 を保 障 す る 「盲 人 福 祉 法 」 の制 定 を 目指 し 国 会 へ の請 願 陳情 を は じめ と した法 制 定 運 動 を行 った(前 掲 資料[4]参 照)。 そ
の運 動 が 実 って、盲入 福 祉法 は国 会提 出 に こぎっ け るか に思 われ た29)。だが しか し 「 盲 人 とい う狭 い対 象 に限 らず む しろ可能 な る限 り廣 く、聾 唖 、 肢体 不 自由 の 障害 を有 す る者迄 をr̲5て 立案 され るべ きで あ る」30)とい う厚 生 省 の方 針の下 、 実 現 を み な か った。
(3)1948(昭 和23)年8月 、厚 生 省社 会局 に、身体 障害者 更 生 事 業 を専 管 す る更
生 課 が お か れ た(8月11日 厚 生 省 訓 令 第351号)。 初 代 更 生 課 長 の 黒 木 利 克 は 、9 月 に 渡 米 し 、 障 害 者 福 祉 法 関 連 の 資 料 の 蒐 集 に あ た っ た31)。7カ 月 余 り に 及 ぶ 滞 米 中 に 学 ん だ 三 法 、 す な わ ち 、 ① 職 業 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン 法(Vocational
RehabilitationActAmendmentsof1943,July6,1943,ch190,ァ1,57Stat
374)、 ② ワ ー グ ナ ー 一 オ デ イ 法(Wagner‑O'DayAct,June25,1938,ch697, 52Stat1196)、 ③ ラ ン ドル フ ー シ ェ パ ー ド法(Randolph‑SheppardVending
StandAct,June20,1936,ch638,49Stat1559)は 、 身 体 障 害 者 福 祉 法 立 案 の 際 に 参 考 と さ れ た32)。 ① は 身 体 障 害 者 の 職 業 復 帰 の 促 進 、 ② は 盲 人 製 作 品 の 政 府 購 買 、 ③ は 連 邦 所 有 建 物 内 の 売 店 設 置 に 関 す る 盲 人 の 権 利 に っ い て 定 め た も の で あ る 。 こ れ ら の 詳 細 と 、 わ が 国 の 身 体 障 害 者 福 祉 法 に 与 え た 影 響 に つ い て は 後 述 す る 。
(4)身 体 障害 者 福 祉 法 は、 当初 、第5国 会(1949年2月11日 召 集5月31日 閉会) へ 提 出 され る予 定 で あ っ た。 しか し 「現 代更 生事 業 立 法 にっ いて の客 観 的 状 勢 が未 だ熟 して い なか った」 ため に33)、 っ ま りは、施 行 に要 す る経 費 確 保 の 見通 し が 立 た なか った たあ に、提 出 は見 送 られ た34}。
しか しなが ら、 同 国 会 で は注 目さ れ る三 っ の動 きが あ る。
第一 は、国 立身 体 障害者 更 生指導 所設 置 法(昭 和24年10月1日 法 律第152号)が 成 立 した こ とで あ る。 本 法 に基 づ き、 わ が 国初 の身 体 障 害者 の リハ ビ リテ ー シ
ョンセ ンターで あ る国立 身体 障害者 更 生 指導所 が、同年10月1日 神 奈 川 県高 座郡 相模 原 町 に開設 され た。 こ こで は、医療 を終了 した者 を対 象 に、相談 ・指 導 ・訓 練 が実 施 され た。 この更 生指 導 所 が 必 要 とされ た の は 次 の事 情 に よ る。 か つ て 軍 事保 護 院(p.46参 照)が 存 在 した時 には 、医療 一更 生訓 練 一職業 補 導 とい う 一 貫 したサ ー ビス体 制 が 確保 され て い た。 と ころが 、保 護 院 廃 止 に伴 い この体 制 が くず れ て しま った。 その た め、 病 院 で の 「医 療 」 を終 え 、 職 業 補 導 所 で の
「職業 補 導 」 を受 け るまで の間 、「更 生 訓 練 」を受 け る機 関 が無 か った ので あ る。
そ の機 能 を担 う必 要 性 か ら創設 され た のが 更 生 指 導 所 で あ る。 こ こで の入 所 者 の状 況 にっ いて は、 資 料[5]を 参照 され た い。
第 二 は、鈴 木 仙八 らが 各党 共 同提 案 で 「身 体 障 害 者対 策 に関 す る決 議 案 」(資
料[6])を 提 出 し5月13日 に採 択 され た ことで あ る。 同決議 は、福 祉法 制定 まで に早急 に実 施 され るべ き施 策 と して 、① 中途 失 明 者 に対 す る保護 対策 樹 立 、② 婦 人 ・老 人 ・幼 年 の身 体 障 害 者 に対 す る特 殊 援 護 施 設 の整 備 、③ 各種 公 共 施設 の身体 障害 者 優 先 開 放 、④ 胸 部 疾 患 者 に対 す る栄 養 食 餌 の補 給 と特配 、⑤ 重 度 身 体 障 害者 の授 産設 備増 設 、 を あ げて い る。
なお 提 案 に あた って鈴 木 は、 当時 の 障害 者 の生 活 が 日本 国 憲 法25条 の 「健 康 で 文 化 的 な最 イ 邸 艮度 の生 活 を営 む 権 利 」 といか に か け離 れ た状 況 に あ るか を述 べ て い るが 、 と くに 、 この決 議 案 が 、 ハ ンデ ィキ ャ ップが 加 重 す る女 性 障害 者 や、 障 害 者 の家 族 の 視 点 か ら言 及 して い る点 は、 注 目され よ う。
第 三 は 、職 業安 定 法が改 正(昭 和24年5月20日 法 律第88号)さ れ 、身体 障害 者 に対 す る職 業補 導 の規定(26条 の2)が 整 備 され た ことで あ る。 これ によ って法 的裏 づ けを与 え られ た労働 省 所 管身 体 障害 者 職業 補 導 所 は、11都 府 県(大 阪 ・福 岡 ・宮 城 ・東 京 ・茨 城 ・群馬 ・富 山 ・大 分 ・栃木 ・熊 本 ・千 葉)13カ 所 にあ った が 、定 員 は全 体 で745人 と少 な く、期 間 は6カ 月 な い し1年 と い う短 期 補導 のた め35>、「補 導修 了 後 に お いて も一 人 前 の技能 者 と して迎 え られ るに も至 らず 、極 めて 不 満 足 」 と いわ れ る状況 で あ った36)。
資 料[5]国 立身 体 障 害者 更 生 指 導 所 の入 所者 の状 況
資 料[5コ ー1入 所 ・修 了 ・中 退 者 数 資 料[5〕‑2入 所 者 障 害 主 要 疾 患 (1950〜1952年)(1950〜1952年)
入所者
男 女
224人 42
計 266
中退者 計 40
修r者
男 女
177 36
計 2!3
在所者 計 13
切断 127人 47.7
脳性麻痺 25 9.4
脊髄性麻痺 37 13.9
骨関節疾患 43 16.2
先天性疾患 7 2.6
そ の 他 27 10.2
計 266 100.0
資料[5]‑3傷 疲 軍人 一般 別 資 料[5]‑4入 所者 障害等 級表 (1950〜1952年)(1951〜1952年)
傷疲軍人 一般
30人 236
11.3
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