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公的債務をめぐる中央銀行と財政当局の行動

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(1)

【論 説】

公的債務をめぐる中央銀行と財政当局の行動

―動学ゲームにおける構造パラメータの推定―

  北 坂 真 一  

1 は じ め に

 わが国は1990年代の半ば以降,相次ぐ景気対策とデフレによる税収不足等 から巨額の財政赤字を抱えるに至った.その公債残高は主要国で突出した規 模に達しており,今後は巨額な財政赤字をいかに減らしていくかが,わが国 のマクロ経済にとって大きな課題になることは間違いない1).例えば,櫻川・

細野(2008)は一般均衡モデルにより政府債務残高の予測を行い,100年後の わが国財政が「破綻する」確率は6割を超えることを示して注目された2).  財政赤字削減のための政府の財源としては,租税と貨幣発行益(シーニョレッ ジ)がある.多くのマクロ経済学のテキストが想定するように,通常は金融 政策を担う中央銀行と財政政策を担う財政当局を一括して「統合された政府」

を考える3).そこで,政府としては財源を租税に求めるのか,それとも貨幣 発行益に求めるのか,という政策手段の選択問題が生じる.これら2つの財

* 本研究を学習院大学と神戸大学で報告した際に,細野薫,宮川努,三井清,櫻川昌哉,櫻川幸恵,

石原秀彦,地主敏樹,藤原賢哉,家森信善,宮尾龍蔵,の各氏をはじめ多くの方から有益なコ メントをいただいた.ここに記して感謝申し上げたい.なお本稿は『財政・金融当局のマクロ 政策に関する実証的研究』(科学研究費補助金研究成果報告書)の一部に基づいており,科学研 究費補助金(課題番号13630033)と平成21年度私立大学等経常費補助金特別補助高度化推進 特別経費大学院重点特別経費(研究科分)から研究助成を受けた.

1) わが国における大量の国債発行を背景に,国債管理政策の重要性と理論的枠組みを提示した 研究として竹田(2003)がある.

2) 元になる論文は,Sakuragawa and Hosono (2010)である.

3) 例えば,北坂(2003)を参照.

(2)

源調達の手段を持つ「統合された政府」の最適な行動や,その実証的妥当性 については,Mankiw (1987)やPoterba and Rotemberg (1988),Trehan and Walsh (1990),Guender and Lees (1999)などで検討されている4)

 こうした「統合された政府」は,中央銀行と財政当局が財源の調達に関し て協力することを前提としている.しかし,実際には金融当局と財政当局の 意思決定は分権化されており,その政策目標が異なることからしばしば対立 する.

 わが国でも,中央銀行(日本銀行)はインフレを抑制し貨幣価値を維持する ことを最大の政策目標とするために,財政赤字をファイナンスするための貨 幣の増発には消極的である.また一般的にも,貨幣価値の下落はマクロ経済 に悪影響を及ぼすために,中央銀行の独立性が尊重され,国債の中央銀行引 き受けや貨幣増発による財政赤字の削減は避けるべきものと考えられている.

 一方,財政当局(財務省)は,表面的には財政規律を重視する立場から,財 政支出の増加や減税には消極的である.これを文字通りに受け止めれば,財 政赤字の削減は財政当局の政策目標として重視され,その手段として政府支 出の削減や増税が用いられることが予想される.

 しかし実際にわが国の経済をみると,1990年代以降,財政は基本的に赤字 が続いており,他方で一時期は日本銀行による大量の貨幣増発が行われた.

はたして,実証的にみて財政赤字の削減,あるいはその安定化が,表面通り に財政当局の目標として重視されてきたかどうかは疑わしい.

 そこで本稿ではTabellini and LaVia (1989)に従い,中央銀行と財政当局を独 立した目的関数を持つ主体と考え,両者による動学ゲームのもとで導出され る均衡戦略を推定する.これにより,わが国の金融・財政当局が財政赤字に 関してどの様なスタンスをとっていたかを計測できる.

 もし財政当局が財政赤字の削減に努めるならば,金融政策は財政赤字を

4) この問題に関するわが国の実証分析としては,柴田(1991)がある.また,これらの研究を 含む最近の日本の財政運営に関する展望と実証分析としては,井堀・加藤・中野・中里・土居・

佐藤(2000)がある.

(3)

考慮することなく主体的に行われたことになる.このような状況は,Barro

(1979)で想定されたリカードの等価定理の世界である.他方,もし中央銀行が

貨幣の増発により財政赤字の削減を行うなら,財政政策が財政赤字にしばら れることなく主体的に行われたことになる.このような状況は,Sargent and Wallace (1981)で示されている.

 こうした分析は,日本経済が直面するデフレ経済の克服とも密接に関連す る.Leeper (1991),Sims (1994),Christiano and Fitzgerald (2000),Woodford (2001), 竹田(2002),木村(2002),河越・広瀬(2003)などで,「物価水準の財政理論」(FTPL

Fiscal Theory of Price Level)が広く議論されている.そこでは,財政政策と金融

政策がともに政府の予算制約式を通じて,物価水準の決定に影響することが 示されている.もし財政政策で公的債務の安定化が計られるなら,金融政策 が物価水準の決定に大きな影響を持ち,反対に金融政策が公的債務の安定化 に向けられるなら,物価水準の決定には財政政策が影響する.したがって,

公的債務の安定化を担う政策がいずれであるかという問題は,物価水準の決 定,したがってデフレの克服に向けるマクロ政策の選択にも影響する.これは,

現在の日本経済にとって重要な問題である.

 本稿の構成は,次の通りである.まず第2節で,中央銀行と財政当局の目 的関数を明示し,動学ゲームから推定可能な均衡戦略を導出する.第3節では,

実証分析に用いるデータと推定方法について説明する.第4節では,推定結 果を示して中央銀行と財政当局の政策スタンスについて考察する.最後に第 5節で,まとめを述べる.

2 モ デ ル

 中央銀行と財政当局の行動は,2つの段階に分けてモデル化される.まず 第1段階において,中央銀行と財政当局は通常のマクロ経済学が想定するよ うに,ある政策目標に関して操作変数を最適に定めるような政策反応関数を 考える.次に第2段階において,双方の政策主体がそれぞれの操作変数をそ

(4)

の最適値からの乖離と公的債務残高を最小にするように,実際の操作変数を 選択するものと考える.

 このように,政策主体の行動を二段階に分けることの利点は2つある.ま ず第1は,このような設定によって動学ゲームの明示的な解を得られること である.第2は,得られた均衡解から構造パラメータを識別できることである.

具体的に以下でモデルを示すが,すべての数量変数は名目GDPで基準化され ている.

 まず,第1段階における中央銀行の最適反応関数は,次のように表される.

    ¯mt=α0+α1xt (1)  

ここで,中央銀行の操作変数はマネタリー・ベースの増加分mtであり,m¯tは その最適な値である.またxtは,中央銀行が考慮する目標変数ベクトルであり,

マクロ経済の指標である.したがって,α0やα1は中央銀行の政策反応係数 になる.

 次に,財政当局の最適反応関数は,次のように表される.

    ¯ft=β0+β1xt (2)  

財政当局の操作変数は,財政当局が意図的に選択する構造的な財政収支赤字 ftであり5)¯ftはその最適な水準,また β0や β1は財政当局の政策反応係数で ある.

 次に,第2段階における政策当局の損失関数を示す.まず,中央銀行の損 失関数は次のように書ける.

    VM(d0)=1 2 E

t=0

ρt

[

(mt−m¯t)2+τd2t

]

  (1 > ρ > 0 , τ≥ 0) (3)  

ここで,Eは期待値演算子,ρは主観的割引率,dtは公的債務残高,τ は中央 銀行の公的債務安定化に関するパラメータである.中央銀行はこの損失関数 が最小になるように,後で示す政府の予算制約式と財政当局の決める財政収 支の流列ft,それに初期の公的債務残高d0を与えられたものとして,マネタ

5) 構造的な財政収支の意味やその具体的計算方法は,次節で説明する.

(5)

リー・ベースの変化分mtの流列を選択する.

 次に,財政当局の損失関数は次のように書ける.

    VF(d0)=1 2 E

t=0

ρt

[

(ft−f¯t)2+λd2t

]

  (1 > ρ > 0 , λ ≥ 0) (4)  

ここで,主観的割引率ρは中央銀行と同じに仮定されており,λは財政当局 の公的債務安定化に関するパラメータである.財政当局はこの損失関数が最 小になるように,政府の予算制約式と中央銀行の決めるマネタリー・ベース の変化分mtの流列,それに初期の公的債務残高d0を与えられたものとして,

財政収支の流列ftを選択する.

 中央銀行と財政当局にとって共通の政府の予算制約式は,次の関係で示さ れる.

    dt+1=rdt+ft−mt+et (5)  

ここで,dtは公的債務残高(期首)etは景気の変化で自動的に変動する循環 的な財政収支赤字,rは実質経済成長率で基準化されたグロスの実質金利であ る.本稿では,先に述べたように経済変数を名目GDPで基準化しているので,

rについて次の関係が成り立つと考える.

    r=1+n 1+g

ここで,nは基準化前の実質金利,gは実質経済成長率である.rは単純化の ために,一定と仮定する.

 以上の設定の下で,中央銀行の公的債務安定化のパラメータτと,財政当 局の公的債務安定化のパラメータλを計測することが目標となる.もしτが 有意に正で他方λがゼロであれば,中央銀行が貨幣の増発により財政赤字の 削減を行うことになり,財政政策は財政赤字にしばられることなく主体的に 景気対策などを行うことになる.反対に,λが有意に正でτがゼロであれば,

財政当局は財政赤字の削減に努め,金融政策は財政赤字とは関係なく主体的 に行われることになる.後者の状況は,リカードの等価定理の世界である.

(6)

 構造パラメータτとλは直接に観察できないので,モデルを解くことに よって均衡解を導出し,それを推定することによって間接的に計測する.ま ず,モデルを解くために外生変数であるマクロ経済の指標(目標変数ベクトル)

xtと循環的な財政収支赤字etについて,次のような生成過程を想定する.

    et=γ0+γ1et−1+γ2xt−1ut     xt=δ0+δ1et−1+δ2xt−1+υt

(6)  

ここで,utvtは相互に独立で系列相関のない撹乱項である.形式的に(6)

式を1本にまとめると,生成過程は次数「1」のVARモデルとなっている.γi とδi(i=0, 1, 2)は係数パラメータであり,適当に整形されたVARモデルの 係数行列の固有値は単位円に入るものと仮定する.

 以上の設定の下で,線形二次形式の動学モデルを考える.双方のプレイヤー,

すなわち中央銀行と財政当局は,対称的な情報を持ち,各自ナッシュ・プレ イヤーとして行動する.また,選択される戦略は状態変数dtを通じてのみ過 去に依存するものと仮定する.このような仮定の下で選択されるフィードバッ ク・ナッシュ均衡は,次のような簡単な線形モデルで表されると推測できる.

    mt=θ0+θ1dt+θ2et/t+θ3xt/t

    ft=π0+π1dt+π2et/t+π3xt/t (7)  

ここで,et/txt/t(6)式からt期の情報に基づいて得られる期待値である.

実証分析では,この(7)式を推定する.

(7)式を政府の予算制約式(5)式に代入すると,次のような公的債務残高に 関する均衡経路を得る.

    dt+1=(π0−θ0)+(r+π1−θ1)dt+(π2−θ2)et/t+(π3−θ3)xt/t+et (8)  

 次に以下では,(7)式や(8)式のパラメータと,政策当局の目的関数との関係,

すなわち構造パラメータの識別について説明する.中央銀行に関する現在価 値ハミルトン関数は,(3)式,(5)式,(7)式から次のように表すことが出来る.

  HMt=E 1

2(mt−m¯t)2+1

d2t−μ1t(dt+1−(r+π1)dt+mt−et−π0−π2et/t−π3xt/t)

(9)  

(7)

ここで,μ1tは公的債務残高の運動方程式に関する共役状態変数である.1階 の条件式は,制御変数と共役状態変数に関する次の2本の式で表される.

    mt¯mt/t+μ1t

    μ1t=ρτdt+1/t+ρ(r+π11t+1/t (10)  

ここで,¯mt/tdt+1/t,μ1t+1/tはそれぞれt期の情報に基づく期待値である.

 次に同様の形式で,財政当局の現在価値ハミルトン関数は次のように表さ れる.

  HFt=E 1 2(ft−f¯

t)2+1

2λτd2t−μ2t(dt+1−(r−θ1)dt−ft−et+θ0+θ2et/t+θ3xt/t)

(11)  

ここで,μ2tは公的債務残高に関する共役状態変数である.1階の条件式は,

次の2本の式で表される.

    ft=f¯

t/t−μ2t

    μ2t=ρλdt+1/t+ρ(r−θ12t+1/t

(12)  

 さて動学システムは(5)式,(10)式,(12)式に未定係数法を用いることで 解くことが出来る.その結果から(7)式における係数パラメータθ1や π1と 政策当局の目的関数に現れる構造パラメータτや λ との関係は,次のよう に表すことが出来る.

θ1=ρτ(r+π1−θ1)+ρθ1(r+π1) (r+π1−θ1)

π1=−ρλ(r+π1−θ1)+ρπ1(r−θ1) (r+π1−θ1) (13)  

 したがって,ρやrにある一定の仮定を置くと,推定された係数パラメータ θ1やπ1から構造パラメータτやλを計算できる.また,その標準誤差は テイラー展開に基づく線形近似(デルタ法)により計算できる6)

6) Greene, W. H. (2000),pp.117-118を参照.

(8)

3 データと推定方法

 前節で説明したように推定の対象は(7)式であり,マクロ経済指標xt /t に は具体的にGDP成長率と消費者物価上昇率を選択する.また,説明変数に定 数項とともに線型トレンドを加える.この結果,(7)式は次のように書きな おすことができる.

    mt=θ0+θ1dt+θ2et/t+θ3gt/t+θ4pt/t+θ5T

    ft=π0+π1dt+π2et/t+π3gt/t+π4pt/t+π5T (14)  

ここで,mtはマネタリー・ベースの増加分,ftは構造的プライマリー・バラ ンス,dtは公的債務残高,etは循環的プライマリー・バランスであり,これ らの変数はいずれも名目GDPで基準化されている.また,gtはGDP成長率,

ptは消費者物価上昇率,Tはタイム・トレンドである.θ1,π1i=1,2,3,4,

5が,推定の対象になるパラメータである.

 まず第 1 図には,金融政策の操作変数であるマネタリー・ベースの増加分 の動きが示されている.一見して明らかなように,1975年以降から2000年 までは対名目GDP比率で1%の範囲内で上下している.さらに細かく見ると,

1990年度にほぼゼロまで落ち込んだものの,それ以降は毎年のように増加幅 を増やしてきたことが分かる.その後,2000年度に急低下し,2001年度と 2002年度は過去に例を見ない大幅なマネタリー・ベースの増加を示した.こ れはよく知られるように,日本銀行が2001年以降,量的緩和政策を行ったた めである.

 次に,財政政策の操作変数であるプライマリー・バランスについて説明する.

財政政策は,直接には公共投資などの政府支出(歳出)や,減税など税収(歳 入)の増減で捉えることが出来る.こうした政府の歳出と歳入の関係は,第 2 図のように示すことが出来る.

 第2図において,フローの財政赤字は次のように定義される.

(9)

    財政赤字=(税収など)−(歳出全体)=公債金収入

この財政赤字の定義によれば,歳出全体が税収などを上回り,公債が発行さ

[プライマリー・バランスの赤字] [プライマリー・バランス均衡] [プライマリー・バランスの黒字]

(歳入)(歳出) (歳入)(歳出) (歳入)(歳出)

利払い費

債務償還費 公債金収入

公債金収入

(プライマ リー・バラ ンスの赤字)

公債金収入 利払い費 債務償還費

利払い費 債務償還費

税収など一般歳出

など 税収など 一般歳出

など 税収など 一般歳出 など

財政赤字

(プライマ リー・バラ ンスの黒字)

第 2 図 政府の歳入と歳出

−0.03

−0.02

−0.01 0 0.01 0.02 0.03 0.04 0.05

1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 年 対名目GDP比

注:準備率調整後の当年4月平残と翌年4月平残の差.

出所:日本銀行ホームページ他から筆者作成.

第 1 図 マネタリー・ベースの増加分(対名目GDP比率)

(10)

れる限り財政は赤字である.確かに,政府の歳入と歳出の関係はこの通りで あるが,歳出の中には過去に発行された公債の利払い費や債務の償還費が含 まれており,この部分は過去の公債発行の状況から先決的に決まっている部 分である.

 したがって,その年の財政支出に関する政府の意思は,直接的に歳出のう ち利払い費や債務償還費を除いた部分と,税収などの歳入のうち公債金収入 を除いた部分のバランスでみることができる.これがプライマリー・バラン スであり,次のように定義できる.

  プライマリー・バランスの赤字=(一般歳出など)−(税収など)

       =(公債金収入)−(利払い費・債務償還費)

このプライマリー・バランスの赤字が増えると,政府は民間経済に対してネッ トの財政支出を増やしたことになる.

 しかし,さらにこのプライマリー・バランス(の赤字)は,循環的な部分と 構造的な部分に分類できる.循環的なプライマリー・バランスとは,景気の 変動を受けて自動的に税収や歳出が変動する部分であり,非裁量的な財政政 策,あるいは財政の自動安定化装置(オートマチック・スタビライザー,あるいは ビルト・イン・スタビライザー)と呼ばれるものに対応する.

 例えば,税収のうち法人税は景気の波以上に大きく変動することが知られ ており,景気の変動をある程度緩和する自動安定化効果があると考えられて いる.これは,政府による裁量的な財政収支のコントロールではないので,

それによるプライマリー・バランスの変動は循環的な部分と判断される.

 そこで,政府の意図した裁量的な収支のコントロールは,プライマリー・

バランスのうち循環的な部分を除いた構造的なプライマリー・バランスに,

反映されると考えることが出来る.構造的財政収支,あるいは構造的プライ マリー・バランスの計測については,経済企画庁(1998)や吉田・福井(2000), 西崎・中川(2000)など多くの議論がある.

(11)

 その計測は,構造的プライマリー・バランスをGDPギャップがゼロ,すな わち潜在GDP(あるいは完全雇用GDP)の状態におけるプライマリー・バラン ス(または財政収支)と定義することで行われる.実際の計測では,(1)自動安 定化効果を持つ歳入・歳出項目の選択,(2)GDPギャップの計測方法,(3)各 歳入・歳出項目の実質GDP弾力性の値,などが問題となり,これらの方法の 違いにより計測結果が異なる.本稿では,自動安定化効果を持つ項目として,

所得税,法人税,消費税7),酒税,揮発油税を選択し8),GDPギャップは実 質GDPを定数項と1次と2次のトレンドに回帰した逐次残差から求め,各項 目の実質GDP弾力性の値は内閣府(2001)の値を用いた.

 こうして計測されたプライマリー・バランスの構造的部分と循環的部分の

7) 消費税導入前は,物品税を当てる.

8) 自動安定化効果を持つ歳出項目としては,失業給付金が最初に思い浮かぶ.しかし,経済企 画庁(1998)が指摘するように,わが国の歳出に占める失業給付金の比率はきわめて低く,歳 出全体はそれ自体景気に感応しないと見ることができる.したがって,取り上げる項目は歳入 の項目とする.

−0.05

−0.04

−0.03

−0.02

−0.01 0 0.01 0.02 0.03

1975 1980 1985 1990 1995 2000 年

対名目GDP比

構造的 循環的

プライマリー・バランス

注:作成方法は本文を参照.

第 3 図 プライマリー・バランスの推移(一般会計ベース)

(12)

推移は,第 3 図に描かれている.ここでは,歳入・歳出を国の一般会計を対 象に考えており,プライマリー・バランスも,林(2007)の巻末に掲載された 一般会計における国債費と公債発行額の差額から求められている.

 第3図からも明らかなように,わが国のプライマリー・バランスは,1980 年代に大きく改善し,一旦は黒字が定着するように思われた.しかし90年代 に入って再び赤字傾向になり,特に1998年以降は大幅な赤字が続いている.

また,プライマリー・バランスの動きは基本的にその構造的部分によって左 右されているが,循環的部分に注目すると,80年代後半のバブル経済下では その黒字が比較的大きく,プライマリー・バランスの好転が法人税収の伸び などによって支えられたことが推測できる.さらに90年代の赤字傾向につい て,循環的部分の比率は小さいが,1998年以降の構造的部分の赤字傾向が大 きく影響していることも観察できる.

 以上のようなプライマリー・バランスの動きにあわせて,国の公的債務残高,

すなわち公債残高も第 4 図のように1990年代後半に大きく上昇している.な 0

0.25 0.5 0.75 1 1.25

1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 年 対名目GDP比

出所:林(2007)他より筆者作成.

第 4 図 公債残高の推移(対名目GDP比率)

(13)

おここで,公債残高は普通国債の残高を用いた.

 最後に,マクロ経済指標として用いたGDP成長率と消費者物価上昇率につ いて若干のコメントをしておく.GDP成長率について,現在公表されている

93SNAに基づくGDPは1980年までしか遡及データが作成・公表されていな

い.そこで,それ以前については古い68SNAに基づく実質GDP伸び率を用 いた.各変数を基準化する名目GDPも,同様に93SNAと68SNAを接続して いる.

 消費者物価上昇率については,総務庁のホームページよりとられているが,

経済企画庁「物価レポート 90」と「物価レポート 98」に従い,消費税の導 入(1989年4月)と税率引上げ(1997年4月)の影響を除くために,1989年度

は1.2%,1998年度は1.5%をそれぞれ公表データの伸び率から控除した.

4 推 定 結 果

 ここでは(14)式の推定結果と,(13)式に基づく構造パラメータ τ と λ の 計算結果を示す.推定には,1975年度から2002年度までのデータを用いた.

(14)式において,説明変数には予想変数が含まれている.また,説明変数 の内生性の問題も残されている.そこで,予想変数を事後的に観察される実 現値に置き換え,一致推定量を得るために推定方法としてGMM(一般化積率 推定法)を用いた.操作変数は,定数項とトレンド項に説明変数と被説明変数 のラグ付き変数を加えたものである.なお,共分散行列を計算するために用 いる加重行列のラグ次数は,1次を仮定した.このラグ選択はいくつかのケー スを試みたが,結果に大きな違いは無かった.

 まず第 1 表には,操作変数として1次のラグを使った結果が示されている.

個々の係数は誘導形のパラメータであるから直接考察の対象にはならないが,

総じて標準誤差は小さく推定結果は安定している.モデル全体の妥当性を示 すJ統計量も,通常の有意水準でモデルが正しいという帰無仮説を棄却でき ない.

(14)

 推定された係数パラメータから(13)式に従い,ρ=0.95とr=1を仮定して 計算された構造パラメータτとλの値が,同じ第1表に示されている.こ れをみると,両方のパラメータとも正で計測されており,少なくとも金融政 策と財政政策が公的債務残高を考慮してそれを安定化させる方向で運営され た可能性が示唆されている.しかし,係数推定値は財政当局の公的債務安定 化のパラメータλの方が大きく,Wald検定でも通常の有意水準で帰無仮説「0」

を棄却する.これに対して,中央銀行の公的債務安定化のパラメータ τ の推 定値は小さく,Wald検定でも通常の有意水準で帰無仮説「0」を棄却できない.

注: 推定値下の( )内は標準誤差.J統計量はGMMにおいてモデルが正しいという帰無仮説のも とでχ2分布に従う.J統計量横の( )内は自由度、下の[ ]内はp値.

   τとλの計算ではρ=0.95,r=1を仮定し,その標準誤差はデルタ法で計算した.[ ]内は χ2分布に従うWald統計量のp値.

第 1 表:推 定 結 果(1)

操作変数:定数項,mt−1,ft−1,dt−1,et−1,gt−1,pt−1,トレンド 推定期間:1976年度−2002年度

パラメータ mt ft

定数項 −0.03368

(0.00911)

0.11869

(0.02945)

d 0.02183

(0.00933)

−0.12688

(0.02749)

e 1.2248

(0.75298)

9.8974

(2.4616)

g 0.34116

(0.16564)

−1.6795

(0.45970)

p 0.43123

(0.08206)

−1.3648

(0.30406)

トレンド 0.00064

(0.00035)

−0.00008

(0.00120)

J統計量 4.2010(4)

[0.379]

τ 0.00793

(0.00497)[0.111]

λ 0.03278

(0.01467)[0.025]

(15)

 したがって,この結果,すなわちλが有意に正でτがゼロ,を受け入れると,

財政当局が財政赤字の削減に努め,金融政策は財政赤字とは関係なく主体的 に行われた,と解釈できる.この状況は,リカードの等価定理の世界である.

 この結果の頑健性を確認するために,操作変数のラグ次数を「2」とし,そ れに合わせて推定期間も一期短い場合を推定した.その結果が,第 2 表に示 されている.

 推定値に大きな変化は無く,第1表の場合と同様にJ統計量によってモデ ルは支持されている.また,構造パラメータτと λ はともに正で計測され

注: 推定値下の( )内は標準誤差.J統計量はGMMにおいてモデルが正しいという帰無仮説のも とでχ2分布に従う.J統計量横の( )内は自由度、下の[ ]内はp値.

   τとλの計算ではρ=0.95,r=1を仮定し,その標準誤差はデルタ法で計算した.[ ]内は χ2分布に従うWald統計量のp値.

第 2 表:推定結果(2)

操作変数:定数項,mt−2,ft−2,dt−2,et−2,gt−2,pt−2,トレンド 推定期間:1977年度−2002年度

パラメータ mt ft

定数項 −0.02411

(0.00948)

0.08985

(0.02058)

d 0.02275

(0.01040)

−0.15013

(0.02632)

e 1.2942

(0.59364)

9.4193

(1.4721)

g 0.26240

(0.11673)

−1.2433

(0.28277)

p 0.27639

(0.13342)

−1.1501

(0.32544)

トレンド 0.00026

(0.00021)

0.00155

(0.00069)

J統計量 7.1151(4)

[0.130]

τ 0.00961

(0.00590)[0.103]

λ 0.04435

(0.01681)[0.008]

(16)

ている.係数推定値の大きさをみると,財政当局の公的債務安定化のパラメー タλの方が大きく,Wald検定でも帰無仮説「0」を棄却する.第1表の場 合と同様に,中央銀行の公的債務安定化のパラメータ τ の推定値は小さく,

Wald検定で帰無仮説「0」を棄却できない.

 したがって,これらの結果は,わが国では赤字国債の発行後,その公的債 務残高を安定化する目的は主に財政当局によって追及され,金融政策は財政 赤字とは関係なく行われたと解釈できる.

 最後に,これまでの手順では構造パラメータτと λ の計算において,政 策主体の主観的割引率ρと実質経済成長率で基準化されたグロスの実質金利 rに一定の値を仮定してきた.これらの値が変わると,これまでの考察は大き な影響を受けるだろうか.

 先の分析の手順から,たとえρやrの値を変えても,もとの(14)式の推定 には何ら影響を与えないことは明らかである.したがって,基本的に構造パ ラメータτとλの標準誤差は大きく変わらない.

 また,ρやrの値は理論的にも実証的にもそれほど大きく変化するもので はないことが明らかである.その場合,簡単な計算である範囲でρ やrの値 を変えてもτやλは大きく変化しないことが確認できる.例えば,rが「1」

の 状 態 でρが「0.99」 で は τ=0.008448,λ=0.03662,ρが「0.90」 で は τ

=0.01122,λ=0.05496,となる.また,ρが「0.95」の状態でrが「1.05」で はτ=0.00683,λ=0.02595,rが「0.95」では τ=0.01262,λ=0.06415となる.

いずれも変化は単調であり,τとλの大小関係に大きな変化はない.したがっ て,ρやrの想定はここでの考察結果に本質的な変更をもたらすものではな いと考えられる.

5 ま と め

 本稿では,中央銀行と財政当局を独立した目的を持つ主体と考え,両者に よる動学ゲームのもとで導出される均衡戦略を推定した.これにより,わが

(17)

国の金融・財政当局が公的債務に対して,どの様なスタンスでそれぞれの政 策に取り組んできたかを計測できる.

 ここでの計量分析によると,わが国では公的債務の安定化は主に財政当局 によって追求され,金融政策はそれらを特に考慮することなく主体的に行わ れていた可能性が高い,という結果を得た.このような状況は,Barro (1979) で想定されたリカードの等価定理の世界である.

 この結果は,通常に予想されるものと整合的である.すなわち,わが国で は赤字国債の発行後,日本銀行はインフレの抑制や景気の刺激を目標に,主 体的な金融政策を行った.他方,財政当局は財政規律を重視する立場から,

財政支出の増加や減税には消極的であり,財政赤字の削減は財政当局の政策 目標として重視されていた,ということが言える.

 しかし,留意すべき点も多い.本稿の分析はわが国で赤字国債が発行され た1975年以降2002年までの長い期間にわたるデータを対象に行われており,

この期間の平均的な中央銀行と財政当局の行動原理を示したに過ぎない.本 文でも見たように,2001年以降日本銀行は過去に例をみない規模で大量のマ ネーの供給を行い,他方でプライマリー・バランスは赤字が続いている.こ のことは,過去20年以上におよぶ平均的な中央銀行と財政当局の関係が,変 わりつつあることを示唆するものかもしれない.また本稿の結果は,「物価水 準の財政理論」(FTPL;Fiscal Theory of Price Level)によるデフレ克服のための 議論にも重要な示唆を与える.今後この方面からの分析と併せて,一層の検 討が必要であろう.

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(きたさか しんいち・同志社大学経済学部)

(20)

The Doshisha University Economic Review Vol.62 No.3 Abstract

Shin-ichi KITASAKA, Money, Deficit, and Public Debt in Japan

  This study estimates the underlying parameters in a dynamic game between the fiscal and monetary authorities over the determination of public debt. These estimates reveal the policymakers’ attitudes toward the goal of stabilizing the time path of public debt. The central finding is that, in Japan, during the 1975–2002 period, this goal was pursued by the fiscal authority but not by the central bank.

Monetary policy did not monetize the stock of public debt outstanding, whereas cyclically adjusted fiscal deficits were reduced to offset increases in the stock of debt in circulation.

参照

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