• 検索結果がありません。

消えていく伝統文化 ~宮古島の民謡~

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "消えていく伝統文化 ~宮古島の民謡~"

Copied!
2
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)〜宮古島の民謡〜. 奥平 教子 (音楽教育学科音楽教育専攻平成19年度卒業). ウタキ. なぜ、 宮古島の民謡があまり謡わ れなくなってしまったのか。 多良間島の伝統文化である八月 踊りと比較し、 その要因を考えた。. 沖縄の地図『沖縄を深く知る事典』 (日外アソシエーツ 2003) (請求記号● R219.9/O)より. 私 が 「消 え て い く 伝 統 文 化 〜 宮 「御嶽」で豊年や健康を願う儀礼 古 島 の 民 謡 〜」 を 卒 業 論 文 の テ ー が 行 わ れ て い る こ と を 知 っ た。 マ に 設 定 し た 理 由 は、 3 年 生 の と そ し て、 そ の 中 で 民 謡 に つ い て きに行ったインタビューがきっか の こ の よ う な 話 が あ っ た。 昔 の 儀 け で あ る。 イ ン タ ビ ュ ー で は、 祖 礼 で は、 地 域 の 人 々 が 輪 に な っ て 母に宮古島で行われている伝統的 歌 っ て い た 民 謡 も、 今 で は 録 音 さ な 行 事 に つ い て の 話 を 聞 い た。 そ れ た 民 謡 を 使 う と い う も の だ。 こ こ で、 沖 縄 の 地 域 を 守 護 す る 聖 域、 の よ う な 儀 礼 が あ る こ と を 初 め て. 消えていく伝統文化. 知 っ た 私 は、 祖 母 の 住 む 宮 古 島 に ついての知識が何もないことを恥 ず か し く 感 じ た。 そ し て、 祖 母 が 話 を し た 後 の 「昔 な が ら の も の が な く な っ て し ま う の は、 悲 し い。 なくしてはいけないものだと思う の だ け れ ど」 と い う 言 葉 に 共 感 し、 卒 業 論 文 の テ ー マ を 設 定 し た。 そ こ で 論 文 で は、 宮 古 島 や 民 謡 の 歴 史 か ら、 時 代 の 流 れ と 民 謡 が 伝承されなくなった理由との間に ど の よ う な 関 係 が あ る の か 考 え た。 ま た、 先 島 諸 島 に 存 在 す る 伝 統 文 化 と 宮 古 島 の 民 謡 と を 比 較 し、 今 も受け継がれている伝統文化とそ うでないものの違いについて論じ て い く。 ✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣. 歴史から見る民謡の発生. 宮 古、 八 重 山 の 人 頭 税 の 重 課 や 検 地、 開 拓 事 業 が 強 力 に 推 進 さ れ るようになったのは1609年の 薩 摩 に よ る 琉 球 入 り 後 で あ る。 薩 摩は王府に財源を求めていくとい う 図 式 で あ る。 人 頭 税 の 始 ま っ た 1 6 3 7 年 か ら、 廃 止 に な っ た 1 9 0 3 年 ま で の 2 7 0 年 間、 島 の人々はこの悪税に苦しめられる こ と に な る の で あ る。 そ し て、 薩 摩 入 り 後 の 世 相 を 反 映 し て、 生 活. の苦しみを歌で表現するようにな っ て く る。 こ れ が 民 謡 の 発 生 だ と さ れ て い る。. ✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣. 民謡について. 宮 古 島 の 民 謡 は 現 在、 呪 詞 ・ 呪 禱 的 歌 謡、 叙 事 的 歌 謡、 抒 情 的 歌 謡 の 3 つ に 分 類 さ れ て い る。 呪 詞 ・ 呪 禱 的 歌 謡 は そ れ を 唱 え、 謡 う こ と に よ り 凶 を は ら い、 吉 を 招くという一種の言霊信仰に支え ら れ て い て、 歌 謡 の 先 行 形 態 と し て 位 置 づ け ら れ て い る。 呪 詞 的 歌 謡 は 「唱 え も の」 と も 呼 ば れ 歌 謡 のように歌詞と曲とが結びついて 旋 律 化 し て い な い の が 特 徴 で あ る。 ま た 「唱 え も の」 は 明 る い 面 を 表 現 す る 「ニ ガ リ」 と 暗 い 面 を 表 現 す る 「ヂ ー ユ ン」 に 分 け る こ と が で き る。 そ し て、 呪 禱 的 歌 謡 は 旋 律 化 さ れ て お り 「謡 い も の」 と も 呼 ば れ、 呪 詞 的 歌 謡 と 区 別 さ れ て い る。 次 に、 叙 事 的 歌 謡 と は 村 落 の 英 知 に た け、 力 の あ る 英 雄 の 事 績 ・ 事件・事柄の発端から事の成就の 過 程 を、 個 人 の 感 情 を 交 え ず、 対 句 ・ 対 語 を 用 い、 進 行 形 で 集 団 的 に 謡 っ た も の で あ る。 そ し て、 叙 事 的 歌 謡 に は 「ア ー グ」 と 「ク イ. 6.

(2) チ ャ ー」 が あ る。「 ア ー グ 」 の 語 ✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣ 八月踊りと比較して 源 は 「綾 言」 で、 綾 な る 言 葉、 美 「八月踊り」は昭和 年5月に しい言葉であり言霊思想に基づく 国の重要無形民俗文化財に指定さ 「聖なることば」を意味するもの れ た。 八 月 踊 り の 時 期 は 島 を 離 れ で あ る と 考 え ら れ て い る。「 ク イ た 人 々 も 里 に 帰 り、 そ れ に 文 化 財 チ ャ ー」 の 語 義 は 「 ク イ ( 声 )」 調査の関係者や観光客などがこの を 「 チ ャ ー ス ( 合 わ せ る )」 で あ 祭 り に 合 わ せ て 島 を 訪 れ、 に ぎ わ る。 こ こ か ら 生 活 の 場 で の 集 団 的 い を み せ る。 宮 古 島 の 謡 わ れ な く 歌 謡 と い う 特 徴 が 見 え て く る。 な っ た 民 謡 と、 島 を あ げ て の 行 事 抒 情 的 歌 謡 に は 「ト ー ガ ニ」 や に な っ た 「八 月 踊 り」 を 比 べ る こ 「 シ ュ ン カ 」 が あ る。 呪 禱 的 歌 謡 と で、 そ こ か ら 民 謡 が 受 け 継 が れ や叙事的歌謡までは対句・対語を 繰 り 返 し た 長 詩 形 の 歌 謡 で あ る が、 な く な っ た 要 因 を 考 察 し て い く。 八月踊りの発生は民謡と同様に こ の 二 つ は、 い ず れ も 短 詩 形 を 連 島民たちがその頃に課せられた厳 ねた個人の感情を謡った不定形の し い 人 頭 税 の 苦 し み か ら 解 放 さ れ、 歌 謡 で あ る。 呪 禱 的 歌 謡 と 叙 事 的 慰めあうための手段であったとさ 歌謡の抒情的な部分を受け継いで れ て い る。 成 り 立 ち の 理 由 が 同 じ 生 活 の 場 で 発 展 し た も の が、 抒 情 に も か か わ ら ず、 今 も 盛 ん に 行 わ 的 歌 謡 と 考 え ら れ て い る。「 と ー れ て い る も の と、 そ う で な い も の が に」 の 語 義 は す ば ら し い 絹 糸 の と の 違 い は ど こ に あ る の だ ろ う か。 音 色 を 意 味 す る「 イ チ ュ ニ( 糸 そ れ は 時 代の 流 れ に 沿って、そ 音 )」 の 対 語 「 ト ー ガ ニ ( 唐 の の 伝 統 文 化 が ど う 形 を か えて き た 音)」 である。「シュンカ」 は多良 の か に 関 係 し ている ので は な い か 間島だけで謡われているものであ と 考 え た。 「八 月 踊 り 」は明 治の る。 そ の 語 義 は 「 し ょ う が な い 」 初期から中期になって「古典踊り」 という諦めの気持ちを吐き出した や「 組 踊 り 」が首 里を中 心に沖 縄 も の で あ る。 任 務 を 終 え て 離 島 す 本島から伝承されたようである。 る 役 人、 そ の 旅 先 で の 妻 と の 離 別 つ ま り、 元 来 の 「八 月 踊 り」 と の 悲 し み を 謡 っ た も の で あ る。 沖 縄 本 島 の 「 組 踊 り 」、 こ の 二 つ 51. が 融 合 さ れ 現 在 の 「八 月 踊 り」 と な っ た の で あ る。 洗 練 さ れ た 芸 能 が 融 合 さ れ た こ と に よ り、「 八 月 踊 り」 は 観 客 の 存 在 を 意 識 し た 芸 能へと発展を遂げたのではないか と 考 え る。 こ の こ と が、 現 在 で も 島 を 賑 わ す ほ ど 活 気 を 持 ち、 伝 承 され続けている要因ではないだろ う か。 も ち ろ ん、 伝 承 さ れ て き た 要 因 は そ れ だ け で は な い。 島 民 の 共同体の連帯意識が根強く残って い る こ と な ど も 言 わ れ て い る。 け れ ど、 沖 縄 本 島 の 「組 踊 り」 が 伝 わ っ て き た と い う こ と も、「 八 月 踊 り」 の 存 続 の 要 因 の 一 つ で は な い か と 考 え た。 こ こ で、 宮 古 島 の 民 謡 と の 違 い を 見 る こ と が で き る。 民 謡 は、 島 民の想いや願いを謡い込んだもの で あ り、 そ れ を 聞 い て 楽 し む も の で は な い。 民 謡 は 謡 う こ と に よ っ て 苦 し み を 発 散 し、 謡 う こ と に よ って明日への活力を見出すことが で き る。 つ ま り、 一 人 が 謡 い 一 人 が 聴 く と い う 構 図 で は な く、 二 人 で共に謡うという構図になるので あ る。 共 に 謡 う と い う こ と は、 観 客 の 存 在 は 意 識 し な い。 そ し て、 時代の流れとともに島民の想いや 願 い が 少 し ず つ 変 わ り、 民 謡 で 謡. われている歌詞の内容との間に違 い が 生 じ、 あ ま り 謡 わ れ な く な っ て し ま っ た の で は な い か と 考 え た。. 卒業論文を通して宮古島の民謡 についてを全てとは言えないまで も以前よりは知ることができたと 思 い ま す。 こ れ か ら、 こ こ で 得 た 知識を何らかの形で役立てて行け た ら と 考 え て い ま す。. 参考文献 . J95-779. ● 仲 宗 根 將 二『 宮 古 風 土 記 上 巻 』 ひるぎ社 1997 ● 仲 宗 根 將 二『 宮 古 風 土 記 下 巻 』 ひるぎ社 1997. ※ 図 書 館 で は 1988 年出版の を所蔵しています。. ● 日 本放送協会編『日本民謠大観(沖 縄 奄 美 ) 宮 古 諸 島 篇 』( 日 本 放 )( 請 求 記 号 ◦ 送 出 版 協 会 1990 ) F16-328 ● 新 里 幸 昭『 宮 古 の 歌 謡 』( 沖 縄 タ )( 請 求 記 号 ◦ イ ム ス 社 2003 ) J98-842 ●『多 良間島の八月踊り』(多良間村市 )(請求記号◦ C58-179 ) 役場 1993 ● 渡 久 山 春 英『 宮 古 あ や ぐ と 人 頭 税 』 ) (ぐしけん印刷 2000 ● 仲 間 井 佐 六『 多 良 間 村 』( 近 代 情 報 ) 1983 ●『宮 古の歴史と文化を歩く』(沖縄県 ) 歴史教育者協議会宮古支部 2006 ● 平 良重信『聲楽譜附宮古民謡工工四』 ) (重信時計店 2001 ●『郷 土の音楽』(沖縄県教育委員会 ) 1981.  おくだいら のりこ ありがとうございました。 たんでぃが〜、 たんでぃ。. 7.

(3)

参照

関連したドキュメント

この条約において領有権が不明確 になってしまったのは、北海道の北

共通点が多い 2 。そのようなことを考えあわせ ると、リードの因果論は結局、・ヒュームの因果

であり、 今日 までの日 本の 民族精神 の形 成におい て大

ふくしまフェアの開催店舗は確実に増えており、更なる福島ファンの獲得に向けて取り組んで まいります。..

私たちは、私たちの先人たちにより幾世代 にわたって、受け継ぎ、伝え残されてきた伝

親子で美容院にい くことが念願の夢 だった母。スタッフ とのふれあいや、心 遣いが嬉しくて、涙 が溢れて止まらな

単に,南北を指す磁石くらいはあったのではないかと思

良かった まぁ良かった あまり良くない 良くない 知らない 計※. 良かった まぁ良かった あまり良くない