消えていく伝統文化 ~宮古島の民謡~
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(2) チ ャ ー」 が あ る。「 ア ー グ 」 の 語 ✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣ 八月踊りと比較して 源 は 「綾 言」 で、 綾 な る 言 葉、 美 「八月踊り」は昭和 年5月に しい言葉であり言霊思想に基づく 国の重要無形民俗文化財に指定さ 「聖なることば」を意味するもの れ た。 八 月 踊 り の 時 期 は 島 を 離 れ で あ る と 考 え ら れ て い る。「 ク イ た 人 々 も 里 に 帰 り、 そ れ に 文 化 財 チ ャ ー」 の 語 義 は 「 ク イ ( 声 )」 調査の関係者や観光客などがこの を 「 チ ャ ー ス ( 合 わ せ る )」 で あ 祭 り に 合 わ せ て 島 を 訪 れ、 に ぎ わ る。 こ こ か ら 生 活 の 場 で の 集 団 的 い を み せ る。 宮 古 島 の 謡 わ れ な く 歌 謡 と い う 特 徴 が 見 え て く る。 な っ た 民 謡 と、 島 を あ げ て の 行 事 抒 情 的 歌 謡 に は 「ト ー ガ ニ」 や に な っ た 「八 月 踊 り」 を 比 べ る こ 「 シ ュ ン カ 」 が あ る。 呪 禱 的 歌 謡 と で、 そ こ か ら 民 謡 が 受 け 継 が れ や叙事的歌謡までは対句・対語を 繰 り 返 し た 長 詩 形 の 歌 謡 で あ る が、 な く な っ た 要 因 を 考 察 し て い く。 八月踊りの発生は民謡と同様に こ の 二 つ は、 い ず れ も 短 詩 形 を 連 島民たちがその頃に課せられた厳 ねた個人の感情を謡った不定形の し い 人 頭 税 の 苦 し み か ら 解 放 さ れ、 歌 謡 で あ る。 呪 禱 的 歌 謡 と 叙 事 的 慰めあうための手段であったとさ 歌謡の抒情的な部分を受け継いで れ て い る。 成 り 立 ち の 理 由 が 同 じ 生 活 の 場 で 発 展 し た も の が、 抒 情 に も か か わ ら ず、 今 も 盛 ん に 行 わ 的 歌 謡 と 考 え ら れ て い る。「 と ー れ て い る も の と、 そ う で な い も の が に」 の 語 義 は す ば ら し い 絹 糸 の と の 違 い は ど こ に あ る の だ ろ う か。 音 色 を 意 味 す る「 イ チ ュ ニ( 糸 そ れ は 時 代の 流 れ に 沿って、そ 音 )」 の 対 語 「 ト ー ガ ニ ( 唐 の の 伝 統 文 化 が ど う 形 を か えて き た 音)」 である。「シュンカ」 は多良 の か に 関 係 し ている ので は な い か 間島だけで謡われているものであ と 考 え た。 「八 月 踊 り 」は明 治の る。 そ の 語 義 は 「 し ょ う が な い 」 初期から中期になって「古典踊り」 という諦めの気持ちを吐き出した や「 組 踊 り 」が首 里を中 心に沖 縄 も の で あ る。 任 務 を 終 え て 離 島 す 本島から伝承されたようである。 る 役 人、 そ の 旅 先 で の 妻 と の 離 別 つ ま り、 元 来 の 「八 月 踊 り」 と の 悲 し み を 謡 っ た も の で あ る。 沖 縄 本 島 の 「 組 踊 り 」、 こ の 二 つ 51. が 融 合 さ れ 現 在 の 「八 月 踊 り」 と な っ た の で あ る。 洗 練 さ れ た 芸 能 が 融 合 さ れ た こ と に よ り、「 八 月 踊 り」 は 観 客 の 存 在 を 意 識 し た 芸 能へと発展を遂げたのではないか と 考 え る。 こ の こ と が、 現 在 で も 島 を 賑 わ す ほ ど 活 気 を 持 ち、 伝 承 され続けている要因ではないだろ う か。 も ち ろ ん、 伝 承 さ れ て き た 要 因 は そ れ だ け で は な い。 島 民 の 共同体の連帯意識が根強く残って い る こ と な ど も 言 わ れ て い る。 け れ ど、 沖 縄 本 島 の 「組 踊 り」 が 伝 わ っ て き た と い う こ と も、「 八 月 踊 り」 の 存 続 の 要 因 の 一 つ で は な い か と 考 え た。 こ こ で、 宮 古 島 の 民 謡 と の 違 い を 見 る こ と が で き る。 民 謡 は、 島 民の想いや願いを謡い込んだもの で あ り、 そ れ を 聞 い て 楽 し む も の で は な い。 民 謡 は 謡 う こ と に よ っ て 苦 し み を 発 散 し、 謡 う こ と に よ って明日への活力を見出すことが で き る。 つ ま り、 一 人 が 謡 い 一 人 が 聴 く と い う 構 図 で は な く、 二 人 で共に謡うという構図になるので あ る。 共 に 謡 う と い う こ と は、 観 客 の 存 在 は 意 識 し な い。 そ し て、 時代の流れとともに島民の想いや 願 い が 少 し ず つ 変 わ り、 民 謡 で 謡. われている歌詞の内容との間に違 い が 生 じ、 あ ま り 謡 わ れ な く な っ て し ま っ た の で は な い か と 考 え た。. 卒業論文を通して宮古島の民謡 についてを全てとは言えないまで も以前よりは知ることができたと 思 い ま す。 こ れ か ら、 こ こ で 得 た 知識を何らかの形で役立てて行け た ら と 考 え て い ま す。. 参考文献 . J95-779. ● 仲 宗 根 將 二『 宮 古 風 土 記 上 巻 』 ひるぎ社 1997 ● 仲 宗 根 將 二『 宮 古 風 土 記 下 巻 』 ひるぎ社 1997. ※ 図 書 館 で は 1988 年出版の を所蔵しています。. ● 日 本放送協会編『日本民謠大観(沖 縄 奄 美 ) 宮 古 諸 島 篇 』( 日 本 放 )( 請 求 記 号 ◦ 送 出 版 協 会 1990 ) F16-328 ● 新 里 幸 昭『 宮 古 の 歌 謡 』( 沖 縄 タ )( 請 求 記 号 ◦ イ ム ス 社 2003 ) J98-842 ●『多 良間島の八月踊り』(多良間村市 )(請求記号◦ C58-179 ) 役場 1993 ● 渡 久 山 春 英『 宮 古 あ や ぐ と 人 頭 税 』 ) (ぐしけん印刷 2000 ● 仲 間 井 佐 六『 多 良 間 村 』( 近 代 情 報 ) 1983 ●『宮 古の歴史と文化を歩く』(沖縄県 ) 歴史教育者協議会宮古支部 2006 ● 平 良重信『聲楽譜附宮古民謡工工四』 ) (重信時計店 2001 ●『郷 土の音楽』(沖縄県教育委員会 ) 1981. おくだいら のりこ ありがとうございました。 たんでぃが〜、 たんでぃ。. 7.
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