政治風刺画による「支配」の社会言説化とその表象 機能関する研究 : ノースカロライナ州における「
反黒人キャンペーン」と図像イメージ
著者 深松 亮太
著者別名 FUKAMATSU Ryota
発行年 2018‑03‑24
学位授与番号 32675甲第419号 学位授与年月日 2018‑03‑24
学位名 博士(国際文化)
学位授与機関 法政大学 (Hosei University)
URL http://doi.org/10.15002/00014620
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博士学位論文
論文内容の要旨および審査結果の要旨
氏名 深松 亮太
学位の種類 博士(国際文化)
学位記番号 第646号
学位授与の日付 2018年 3月24日
学位授与の要件 本学学位規則第5条第1項(1)該当者(甲) 論文審査委員 主査 教授 熊田 泰章
副査 教授 大中 一彌 副査 教授 輿石 哲哉
副査 (学外) 佐賀大学教授 木原 誠
政治風刺画による「支配」の社会言説化とその表象機能に関する研究
―ノースカロライナ州における「反黒人キャンペーン」と図像イメージ―
1. 学識確認試問の成績
2017 年 12 月 16 日の公開口頭試問においては、論文審査とともに、筆者の学識を確認する ための試問(語学に関する能力の確認も含む)も行った。その結果、本小委員会としては、筆者が 高度な研究能力およびその基礎となる豊かな学識を有していることを確認した。
2.はじめに
深松亮太氏提出の博士学位請求論文『政治風刺画による「支配」の社会言説化とその表象機能 に関する研究―ノースカロライナ州における「反黒人キャンペーン」と図像イメージ―』は、国際文 化学、とりわけ複合領域研究である「間文化性研究」への学術貢献をなすものとして企図され、19 世紀から 20 世紀への転換期における政治的社会言説が、新技術を用いた大量印刷流布による図 像表象の前景化の進行とともに、それまでの言語表象を専らとした段階から、図像表象と言語表象 の結合による複合作用による形成へと転換する過程を経ていることを、図像表象と言語表象とを綿 密に分析することで、明らかにするべく構想された研究である。
本研究の主要な骨格をなす諸論考は、国際文化学研究の論集である法政大学国際文化学部
『異文化』、同学部・研究科の研究成果集『国際文化研究への道―共生と連帯を求めて―』、国際 文化表現学会学会誌および上智大学アメリカ・カナダ研究所論集に発表され、それぞれ掲載推薦、
査読、講評を受けており、加えて法政大学国際文化研究科での論文指導と各年度の口頭発表に よる研究各部分の分析と執筆を行いながら、論旨・論証・論述の精査を受け、最終的にそれらに大 幅な加筆・修正を施して本論文を構成する各章とし、博士学位請求論文の備えるべき学術性を整 えるために、論文全体にわたり、資料分析の統一性、論文主題・立論・論証の一貫性を確保したも
2 のである。
本研究の論文主部構成は、以下の目次のように序論、本論 3 部6章と結語からなる。
3.論文の研究目的と考察方法
本研究の目的は、20 世紀への転換期、すなわち、情報を作り、行き渡らせることを情報の作り手 がその意図によって大規模かつ強力に推し進めることが可能となった、今日の用語で言うならば、
新技術を用いた情報化社会への転換期において、政治的社会言説が新たな形成手段と形成過 程を獲得すること、すなわち、作り手の意図の新技術による社会飽和化という情報化社会固有の新 たな形成手段と形成過程を政治的社会言説が獲得することを、言語と図像の言説資料分析によっ て明らかにし、かつ、その時期のアメリカ合衆国南部において生起した政治事象の動的要因の分 析研究として、このような新段階での言説形成があってこそ、その政治事象の生起が可能であった ことを、言説資料分析を綿密に行うことを通して指摘することである。
近現代に向かう世界の変化において、産業革命による下部構造の変化が行き渡っていくことで、
ゆっくりとではあるが、そして時には急激に、上部構造の変化が励起されていくことを思い起こすな ら、19 世紀が進むにつれて、それまでのどの時代にもあった社会変化が、技術的、物理的な諸条 件が新たに許すことにより、それまでのどの時代よりも急速度で大規模、広範囲に起こっていった がゆえに、そして、その変化が現在においても継続ないし反復しているがゆえに、人と物の一過性 ではなく通過するだけでもない移動が押し寄せたアメリカ合衆国での社会変化を、様々な事例掘り 起こしとその様々な問題化によって研究することは、個別で特殊な事例の研究として論を究めるこ とに加えて、間文化性研究の論考として複合言説作用の働きについて論を為すことができるならば、
今日の社会変化を捉え直すためにも有効な研究となることが期待できる。その際に、社会の出来 事それ自体は、社会規模が今日的な大規模化と多様化、多層化となっている段階においては、一 人の社会構成員には、直接に体験し、目撃できるものではなく、あるいは、そうであったとしても、そ の出来事の社会的意味は、社会を横断し共有される言説によって形成され、付与されていくので あり、本研究は、このような社会言説形成の新たな様相を、その勃興期に関する研究として解明す るものである。
本研究は、19 世紀の後半から世紀転換期におけるアメリカ合衆国南部、特にノースカロライナ州 での州政治の変化する政治の諸相を事例として求心的に取り上げ、その固有の諸条件と政治的 出来事の動的で複合的な関係と力学を、政治的社会言説の形成研究として解明するものであり、
そこで用いられる研究方法は、一次資料の整理と分析、二次資料の整理と批評、それらを重ねる 総合的分析を行うことである。一次資料は、ノースカロライナ州でこの時期に刊行されていた新聞 に書かれた記事における主要政党に関連する政治記事を主たる資料として用いて、それらにおけ る政治的社会言説を、テクスト論研究の記号分析とテクスト分析によって表層分析し、政治的出来 事とその社会言説化が社会の変化に呼応し、また社会の変化を作り出す動的関係性を明らかに するための深層分析することを、豊富な資料を活用して綿密に行っている。その一次資料分析を、
二次資料のアメリカ合衆国を中心とするこれまでの研究結果と参照して、先行研究には、図像言語
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分析が不足していることを指摘し、言語と図像の作り出す複合表象が新たな言説形成の手段とな っていくことで、ここで取り上げる事例における社会言説形成において有効に機能し、かつ、それ があってこそ、ここにおける政治社会言説が作用することができたことを論証することが、資料実証 分析研究とともに、本研究の主部となっている。
4.論文の目次 序論
1.黒人の政治参加の軌跡とその削除 2.先行研究の検討
3.本研究の狙いと構成
第 1 部:風刺画にみられるイメージの連続性と他者の表象 第 1 章:風刺メディアの流行とイメージの連続性
1-1.Review of Reviews誌の創刊と新聞メディアにおける影響 1-2.Review of Reviews誌からみる風刺画の模倣と応用 1-3.Norman E. Jennett の風刺画にみる表現の模倣と応用 第 2 章:19 世紀後半アメリカ合衆国における市民要件とその表象
2-1.19 世紀後半の合衆国における政治・社会状況と人種・エスニシティ 2-2.移民の政治動員への反発と戯画表現
2-3.海外領土住民に対する教育・保護の言説と戯画表現 第 2 部:黒人の政治参加と白人社会の動揺
第 3 章:共和党と人民党の連立政権と人種間の政治的提携 3-1.人民党運動の展開と衰退
3-2.黒人農民の組織化と南部における反黒人キャンペーンの展開 3-3.ノースカロライナ州における反黒人キャンペーンの展開と人民党 3-4.「貧しい農民」の連帯から「貧しい白人農民」の連帯へ
第 4 章:黒人の公職登用と白人社会の危機意識 4-1.黒人の地位向上と「黒人支配」
4-2.黒人公教育の制度基盤強化と「特別教育税」の導入 4-3.黒人の投票権剝奪と識字率に対する危機意識 4-4.「黒人支配」への対抗意識と人種間の融和
第 3 部:「黒人支配」のイメージ化と逆転のレトリック 第 5 章:「黒人支配」の言説形成と政治風刺画
5‐1.風刺画に表現された人民党内部の連立をめぐる対立 5‐2.表象の目的としての政党間の対比と支持層の拡大
5‐3.反黒人キャンペーンにおける人種表象と「黒人支配」の問題化
4 第 6 章:黒人投票権の剝奪と政治風刺画
6‐1.Norman E. Jennett の風刺画にみられる連続性と断続性 6‐2.連立政党の弱体化と黒人の権力肥大
6‐3.黒人の暴力性と支配・被支配の逆転 結語
付録 参考文献
5.初出一覧 序論 書き下ろし 第1章 書き下ろし
第 2 章 「19 世紀後半アメリカ合衆国における市民要件とその表象言説―新聞メディアにみる
『人種イメージ』の形成―」(法政大学国際文化学部編『異文化』18、2017 年、所収)。
第 3 章 「『貧しい農民』の連帯から『貧しい白人農民』の連帯へ―ノースカロライナ州におけるポ ピュリスト運動と黒人投票権の剝奪―」(上智大学アメリカ・カナダ研究所編『アメリカ・カナダ研 究』29、2012 年、所収)。
第 4 章 書き下ろし
第 5 章 「政治風刺画の『意図』と『解釈』―ノースカロライナ州における反黒人キャンペーンと図 像イメージ―」(熊田泰章編『国際文化研究への道―共生と連帯を求めて―』彩流社、2013 年、所収)。
第 6 章 「黒人投票権の剝奪と政治風刺画―ノースカロライナ州における事例を通じて―」(国際 文化表現学会編『国際文化表現研究』第 13 号、2017 年、所収)。
結語 書き下ろし
6.論文構成
本論文は、主部が序論、本論 3 部6章と結語からなり、最後に、論文主部で用いた一次資料英文 テクストの日本語訳が添えられ、また、論証に必要な図像テクストが本論当該個所に挿入されてい る。
序論は、本研究が詳細に研究する対象を 20 世紀に向かう世紀転換期におけるアメリカ合衆国ノ ースカロライナ州の政治事象とすることを述べ、そこで注目するのが、人民党と共和党の緊密な連 携の成立と崩壊であり、その際に起こっている出来事を詳細に分析することが、本研究の事象分析 の要点であることを示す。それに加えて、アフリカ系市民(本論文では、以降「黒人」と略記される)
が政治と行政の参加主体としての地位と役割を獲得していくにつれ、黒人層の支持を取り込んだ
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人民党と共和党の連立政治がいったん成立した後、「白人」(本論文では、アメリカ合衆国の構成 員としてのいわゆる「白人」を論中において「白人」と呼んでいるが、論文各部では「白人」の様々な 弁別化に注意深く言及する)からの黒人排除が活発になり、対立政党である民主党による政権奪 還のための政治運動として、「これ以上黒人支配を許すな」が叫ばれていき、次の州議会選挙で民 主党が勝利する、この政治上の変転に伴う政治的言説形成の過程とその手段の解明に取り組むこ とが、本論文の社会言説形成における新段階に関する考察の要点であることを述べる。そこにお いては、言語表象と図像表象の重ね合わせた使用による社会言説形成の新たな段階を見てとるこ とが重要となる。
本論第 1 部では、まず、図像表象がそもそもどのようにして新たにメディア化されたのかを述べる。
図像表象を、意味伝達機能を有するテクストとして、言語表象テクストに合わせて使用する顕著な 事例の研究を行うために、ここで扱うノースカロライナ州の政治活動において反黒人キャンペーン として新聞等に掲載された政治風刺画を取り上げることを説明し、そのような政治風刺画が、この時 代に成立した新聞マスメディアで、その点で先行したイギリスなどとの相互的影響を受けながら、国 民国家間の国際的な流通性を有しつつ、国内的に大きな発信力を持つ図像言語化することを明 らかにする。
第 2 部では、南北戦争以後のノースカロライナ州の政治シーンにおいて、「白人」の社会的階層 分化と、かつ「黒人」の社会的階層分化がどのように進んだのかを明らかにし、黒人に関わる問題 が政治シーンの重要問題になった経緯を示した上で、「黒人が支配的地位に就いている」としてそ れを糾弾する言説が形成されるに至った過程を明らかにする。
第3部では、政治キャンペーンとしての「黒人支配糾弾」という言説が、言語表象に加えて大量 の図像表象を合わせて流布することで形成されていったことにより、社会言説形成の新たな段階に 変移していくことを明らかにする。1898 年の選挙キャンペーンと、黒人投票権の剥奪を主たる目標 とした 1900 年のキャンペーンを一連の政治的ヘゲモニー奪取の運動としてとらえ、これらのキャン ペーンにおける言語表象と図像表象の複合作用が累積して効果を上げていくことを詳らかにす る。
結語においては、20 世紀への世紀転換期のアメリカ合衆国ノースカロライナ州で生起した政治 事象が、新たな経済体制の下で階層分化した多様な複層性に属する市民への大衆メディアを利 用した政治動性の方向付けによって動かされていったことを、本研究の各部の論証で明らかにし たことを確認し、そのために用いられた融合化した言語言説と図像言説の果たした役割をまとめる ことになる。
7.本研究の成果
以上の考察により、本研究は、序論において目的と方法を示し、本章においては、19 世紀後半 から 20 世紀に至る時期におけるアメリカ合衆国ノースカロライナ州における州政治権力基盤の変 転の様相を明らかにした上で、州議会選挙での対立する政党による選挙運動が、「人種」を問題化
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することにより、「黒人」を改めて差別する意識を明確に持つ者としての「白人」を政治的に統合す るために、そのキャンペーンでは、言語記号による表象に加えて図像記号による表象を大量に用 いて、言語記号と図像記号の相乗的効果に依拠する、社会言説形成の新たな段階を作り出したこ とを明らかにした。
序論では、20 世紀に向かう世紀転換期におけるアメリカ合衆国ノースカロライナ州の政治事象 において、人民党と共和党の緊密な連携の成立と崩壊に着目して、その出来事に関する新聞記 事と政党の政治キャンペーン記録を一次資料として用いる詳細な分析が、これまでの先行研究で すでに行われてきたことを確認した。それに加えて、本研究では、対立政党である民主党の政治 運動で用いられた「反黒人」パロールが、言語表象と合わせて図像表象が大規模に用いられたこと による社会言説形成の新段階を示す証左であることを重視しなければならないとして、この論点に よる研究を提出することを本論文の果たす貢献として提示した。
第 1 章では、20 世紀転換期に各国で描かれた図像群が、模倣と応用を繰り返すことによって、
その表現様式を確立していった経緯を示した。19 世紀後半の列強諸国では、政治や社会の出来 事を単純化して伝える手段として風刺画を新聞等の紙面に掲載することが活発に行われていた。
1890 年に創刊されたReview of Reviews誌は、世界の出来事を把握するための総合誌としての地 位を確立すると同時に、各国から集められた風刺画の掲載によって、画家たちが表現方法を共有 することが可能となり、「知的交流空間」としての役割を担っていたのである。この章では、Review of
Reviews 誌に掲載された図像群が、それぞれ相互参照されたことを図像の類縁関係の分析によっ
て明らかにした。その上で、本研究が考察対象とした Norman E. Jennett の風刺画が、Review of
Reviews やニューヨークで発行されていた新聞に掲載された風刺画から受けていた影響について
明らかにした。
第 2 章では、当時の合衆国において横断的に進められつつあった市民要件の人種化の過程に 注目し、人種を区分して人種間の優劣を明確にする言説が、図像表象を通じて明示されていく過 程について考察した。その結果、黒人を劣等な存在として印象付ける表象範例的図像が多用され ていたことが確認できた。すなわち、先行事象としてのアイルランド系移民差別の言語化と図像化 が、米西戦争で獲得した新領土住民に対して反復されることと等しく、南北戦争後の奴隷制度廃 止を経て再度行われる黒人への人種差別がその言語化と図像化として行われることを示し、そこで 用いられる図像表象相互の通時的・共時的な影響関係について明らかにした。
第 3 章では、アメリカ合衆国南部諸州における政治の変転を取り上げ、その中でのノースカロラ イナ州の州議会選挙に焦点を絞って、資料分析と考察を行った。黒人への政治上の権利付与か ら黒人の政治参加を経て、黒人を新たな支持基盤とみなし、労働者階級の統合を党是として勢力 を拡大した人民党が、人種問題をめぐって、その対処を迫られる中での、人民党の諸活動を詳細 に分析した。および、それに対抗する民主党が行った、白人支持者の囲い込みと反黒人キャンペ ーンに関する分析を行った。民主党が統一スローガンとして多用したのは、州内の政治権力が「黒 人支配」化しており、それによって白人社会が脅かされているということを言葉と図像で訴えかける ことであった。1898 年と 1900 年の選挙では、民主党は、白人女性が黒人男性による性的脅威にさ
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らされていると主張し、黒人の政治的権利の制限の必要性を声高に求めた。人民党は、民主党に よる「黒人問題」の単一争点化として批判し、それがフリー・シルバーをはじめとした経済政策など の重要な問題と争点を隠蔽するためのものであるという立場をとり、人民党の機関紙では、人種を 超えた政治的な提携の必要性を述べている。しかしながら、民主党が州憲法選挙権条項の修正 案を提出し、財産と教育水準を基準とする選挙権の制限を求め、下位層の排除を図ったことに対 し、人民党は、このような修正によって、貧しさゆえに適切な教育を受けることができない貧困層の 白人が権利を否定されるとして批判し、また一方で、教育を受けたエリート層の黒人が投票する権 利を維持することになるとして、これを批判した。つまりは、「貧しい者たちの政治的提携」を訴えた 人民党は、人種問題が争点化されたことにより、もはやその争点化の圧力を無視できないのであ り、人種区分と階級区分の錯綜化に苦しむことになった。
第 4 章では、ノースカロライナ州で発行されていた黒人読者対象の新聞Gazetteを主たる史料と して用い、民主党の言うところの、「黒人支配」によって苦しむ白人社会を救わなければならないと いう言説に対して、その批判と非難の対象とされた黒人が示した反応について考察した。Gazette の史料分析によって、理念としての「平等」を黒人がいかにとらえ、それをいかに述べているかとい うことを確認することができた。人種間提携を進めるとした人民党であるが、この提携は、あくまで政 治的提携に限ったものであるとし、白人と黒人の「社会的平等」については明確に否定していた。
このような状況下において、黒人指導者は、およそ白人が忌み嫌う人種間の社会的平等を積極的 に主張することはなく、政治的平等のみを求めることを選んだ。Gazette には、黒人が欲しているの は、識字力の向上や産業労働者として必要な技術の習得であり、そのために教育施設の充実を希 望するという演説などを掲載することで、融和的な主張を展開したのである。このように、黒人は、
「黒人支配」を打破せよという言説が流布され、白人社会の危機意識が煽られている現状を認識 し、そのような恐怖を抱く白人を刺激する言動を避け、産業社会における労働者としての地位向上 に必要な要求を行うことを選択していたのである。
第 5 章では、1898 年の選挙において、民主党の選挙キャンペーンのために用いられた風刺画 の表象が有する諸特徴を整理し、これらの図像使用によって民主党からの特定の意味伝達が強化 されたことを確認した。1898 年の選挙に向かう政治情勢において、人民党は、連立をめぐる党内対 立を抱えており、人民党の指導者の一部は、過去 2 回の選挙において連立を組んだ共和党では なく、民主党への接近を模索していた。しかし、結局のところ、1898 年 8 月末に人民党は共和党と の連立を正式に決定するに至るのであるが、このような背景から、この正式決定までの間、民主党 の選挙情宣風刺画では、人民党を攻撃的に批判することが抑えられ、人民党支持者を民主党支 持へと転向させる呼び掛けを読み取ることができる。風刺画における人物描写では、白人の登場 人物が写実的に描かれた一方で、黒人を通常の人物造形を越えた邪悪な存在として描くことで、
「黒人支配」に対する恐怖を増幅させる作図となっていた。また、「黒人による白人の管理」を表す 図柄が用いられ、それまで白人が黒人に対してとってきた管理・支配の方法が逆転して表現されて おり、この手法を通じて「黒人支配」の恐怖感に現実味を付加することがなされたのである。これら の選挙によって、民主党はノースカロライナ州議会における与党の座を奪還するのである。
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第 6 章では、ノースカロライナ州議会を制した民主党が、政治における「白人支配」をさらに強化 するために、選挙キャンペーンから引き続いて進めた情宣活動において、いかなる表象行為を行 ったのかを分析した。同時にこの章では、2 つの選挙キャンペーンにみられる連続性と断続性につ いても検討した。その結果として明らかになったのは、敵対する白人政治家の描き方に大きな変化 があったということである。1898 年の選挙キャンペーンでは、白人政治家が写実的に生き生きと表 現されていた。それに対して、1900 年のキャンペーンでは、訴えかける意図に応じて白人政治家 の描写を使い分けていたことが指摘できる。つまり、敵対政党の弱体化を印象付ける際には、政治 家の人物描写が弱者のそれとなり、一方で、敵対政党の黒人との癒着を通じて政治力を取り戻す 可能性を警告するためには、いかにも禍々しい造形を施したのである。また、1900 年のキャンペー ンで描かれた風刺画では、2 年前のものと比べて、黒人による暴力が描かれる頻度が高くなってお り、暴力行為を為す者として黒人を表象することで、黒人の政治的跋扈を恐れさせようとする選挙 キャンペーンに身体化された恐怖を煽る図像を加えていったのである。
結語においては、これまでの論証をまとめて記すことにより、これらの考察を通じて、20 世紀への 転換期のアメリカ合衆国南部社会において、「黒人支配」を恐れよとの言説が生み出され、広く共 有されていった経緯と、その影響力を明らかにした。この言説形成の過程においては、政治風刺 画は、文字によって表現された言説を「現実化」するための装置として、重要な役割を担っていたこ とが明らかとなった。
8.本研究の総合評価
本研究は、序論で示した目的と方法に即して、20 世紀に向かう世紀転換期のアメリカ合衆国ノ ースカロライナ州における州政治権力の奪還を目指した政治活動において、それが「反黒人」パロ ールとして実体化する際に、言語記号による表象のみならず図像記号による表象が大規模に使用 され、言語記号と図像記号が複合化した新たなランガージュを生み出し、社会言説形成の新たな 段階に至ったことを明らかにした。
序論は、20 世紀への世紀転換期におけるアメリカ合衆国ノースカロライナ州の大きな政治的転 換となった社会事象として、人民党と共和党の緊密な連携の成立と崩壊に着目し、新たな言論メ ディアである新聞の記事と政党によるキャンペーンの資料を一次資料とする分析を詳細に行うこと の重要性を、これまでの先行研究と共有することを明らかにした。しかし、本研究では、これまでの 先行研究が言語資料分析に偏していて、図像資料の扱いが不十分であることを指摘し、図像資料 を詳細に分析し、これまでの研究の言語資料分析と総合することを新たな研究課題とすることが示 された。
第 1 部第 1 章では、20 世紀転換期に各国で描かれた政治風刺画の図像群が、相互に参照と引 用を重ねていくことによって、その記号性を確立していったことを明らかにした。19 世紀後半の欧米 列強諸国では、新聞のマスメディアとしての機能が高度化し、国内外の政治や社会の出来事を送 り手の意図によってその意味を単純化して伝え、送り手の理解させたいことを受け入れるように受
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け手を誘導する手段が、そのメディア表現として用いられ、新技術による新たな機械工業的印刷技 術として図像を大量に使用することが可能になるとともに、それを活用して、風刺画を紙面に掲載 することが広く採用された。このことを指摘したベンヤミンの論考などは、本論文では参照されてい ないが、また、メディア論の先行研究への言及も十全とは言い難いが、本論文のこの章におけるメ ディア生成史の考察は、図像表象の記号化について焦点を絞ることにより、本研究の目的を満た すものである。1890 年創刊のReview of Reviews誌が、19 世紀における産業と人の国際化に対し てのメディアからの応答として、世界情勢を知る国際誌として機能することにより、出来事を知ること の共有性のみならず、それらを論じることの言説化の共有性、なかんずく言語と図像の二つの意味 表象手段の共有性をもたらしたことを、本研究では、十分に重く受け止めている。
第 2 章では、市民要件の人種化が考察されている。当時の国際化された社会で、アメリカ合衆 国がヨーロッパ列強と異なることとして、移民の大量移入があり、しかも、それらの移民をも国民国 家の市民とすることによる国力強化に邁進することが不可欠であるがゆえに、また奴隷制度を廃止 して以後の黒人の市民化、中国人などのこれまでと全く異質な流入者などの複雑な事態をかかえ こむアメリカ合衆国であるがゆえの、また、そもそもの国家形成において移民として入った者たちか ら始まる植民地創出と国家としての独立という過程を基とするのであるから、これらの相乗化による 国民間の人種問題の複雑化がそこにあるのであって、本研究が、第 2 章をその考察に向けたこと は、適切である。しかも、本研究の研究目的に即して、これらの人種問題をその表象化から考察す ることは適切であり、アイルランド系移民差別の言語化と図像化を明らかにしたことによって、19 世 紀後半のアメリカ合衆国南部における黒人の再差別化、その言語化と図像化が先行事例をなぞる ことで進行することを指摘したことは、本研究の成果である。
第 2 部第 3 章では、「黒人支配」打破を求める言説が形成されるに至る前段階となった人民党運 動を編年的に整理し、人民党の躍進が払拭できない社会階層の分裂を明らかにすることによって、
人民党と共和党の連携を粉砕する対抗運動としての民主党による反黒人キャンペーンが、白人を 統合する運動であったことを明示することができた。1898 年と 1900 年の両選挙では、公的地位へ の黒人の進出により白人の社会的優位性が脅かされるとみなすことを、白人女性が黒人男性によ る性的脅威にさらされていると言い換えることで情宣効果を高め、白人有権者を民主党に結集させ ようとする、民主党による世論誘導が強力に行われた。本章の考察により、経済政策における明確 な相違を競うことができない中で、また、市民の階層分化に対する有効な社会政策を提示できない 中で、本来、複雑であるところの人種に関わる問題を、「反黒人」として単純化された争点とすること の選挙キャンペーンとしての有効性を明らかにしている。
第 4 章では、黒人の公的地位獲得について、事例を挙げて検討し、「反黒人」言説における「黒 人支配」が、事態を誇張して表現されたものであることを確認した。また、学校教育の全社会階層 への普及を促進する政策に対する、民主党の「反黒人」キャンペーンによる、白人の納付した税金 を黒人の教育のために投入するとした批判に関して、詳細に事実と、これに関わる民主党からの主 張、黒人からの Gazette による反論を分析した。これによって、「反黒人」に収斂した言説に対する、
黒人からの反論を丹念に確認している。黒人が主張するのは、法の公正な執行であり、機会の平
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等である。さらには、法の不正な適用と、人種であれ財産であれ、何らかの恣意的根拠を立てた不 平等政策に反対することが表明されている。
第 3 部の第 5 章と第 6 章では、第 1 部による図像表象のメディア言述記号としての使用確立の 確認と差別の言語と図像による言説化の実態の確認、第 2 部によるアメリカ合衆国、とりわけノース カロライナ州の社会情勢と政治権力の奪い合いの実相の確認を受けて、本研究の目的において、
最も重要な考察が展開されている。すなわち、政治的言説形成における新たなメディアの果たした 役割を、実例に即して論証することである。そのために、第 5 章では、1898 年の選挙において民主 党が用いた風刺画を考察対象とし、第 6 章では、1900 年の選挙におけるそれらの風刺画を考察対 象として、それぞれ図像の作画の表層分析を行って、何が描かれているのかを克明に調べ、その 図像の意味伝達機能に関して分析した。その際に、図像による言述を用いる過程においては、送 り手も受け手も、先行する図像の画像表面の作画とその図像言語機能としての意味をすでに理解 していて、その既知情報を基に新しい図像言語の送受信を行い、理解を行うことを、例示する多数 の風刺画によって順次解明していった。言語による言述行為と図像による言述行為は、それぞれ 単独でも成立するものであるが、それらが同時に、あるいは前後して用いられることにより、そこに 複合された言述記号作用が生起するのであり、このような過程が成立することを可能にしているの が、新技術によるメディアの発展なのであり、この第 3 部で、これらのことを述べることに本研究は成 功している。
以上をもって、本研究は、20 世紀への転換期において、すなわち、内に多くの矛盾と対立を含 み込みながら国家としての権力体制が構築され、情報処理と管理、統制が新技術を用いて促進さ れる社会への転換期において、政治的社会言説が新たな形成手段と形成過程を獲得すること、と りわけ、言語表象と図像表象の統合化と飽和化による言説の共有と強制が進行したことを、特定の 政治事象に関する豊富な言語と図像の言説史料/資料分析によって明らかにし、事象の動的要 因の分析研究として、このような新段階での言説形成があってこそ、その政治事象の生起が可能 であったことを論証したのである。
なお、今後の研究への期待として、以下のことを補足しておきたい。
歴史史料/資料の選択と解釈において、それが研究者の立論上の都合による恣意でしかない という批判に向き合うことは、本研究の宿痾と言うべきところであるが、本研究の特に第 3 部におい ては、先行研究における文献史料研究の成果に基づく史料の選択と意味付けが行われており、そ れに合わせて、図像史料/資料を突き合わせることにより、図像の選択と解釈に客観性を確保して いる。その上で、言語言説と図像言説の統合化された意味形成を確認しているのであり、方法とし て堅実なものであると言える。しかしながら、第 3 部の論証と論述が、政治事象の生起に寄り添って 順次に進められる中で、本研究の要点である、図像言語の言語体系性確立の確認が論文の各頁 では見えにくくなっていることを指摘しておきたい。しかし、これは、論文の瑕疵としてあげつらうと いうことなのではなく、本研究が、実は、それほどに複雑な論理構成を取る論文であることを再確認 しているのであり、本論文に引き続き、図像言語の言語体系性の確立とその持続ならびに変容に
11 関する研究と論文が本論文と合わさることを期待したい。
9.結論
以上により、本審査小委員会は、深松亮太氏の博士学位請求論文『政治風刺画による「支配」の 社会言説化とその表象機能に関する研究―ノースカロライナ州における「反黒人キャンペーン」と 図像イメージ―』を優れた研究であると評価し、博士(国際文化)の学位を授与されるに十分な資 格を有するものである、との結論に達した。