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Jpn J Rehabil Med 2014 ; : lateralization 1 Broca lateralization Jpn

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(1)

は じ め に 我が国において,医学的に「高次脳機能障害」と呼 ばれているものは,失語,失行,失認が代表的であ り,さらに,記憶障害,半側空間無視,遂行機能障害 も含む.要素的な運動・感覚を越えて,いつ,どこ, 何,どうする,あるいは,個体同士の相互作用などの 側面に 1 つでも関与し,感覚と運動がつむぎ合わされ れば「高次」な脳機能であり,脳の損傷により様々な 障害が起こる1).除外すべき病態は意識障害とせん妄 である. 高次脳機能障害は,症候と病巣あるいは脳の神経 ネットワークとの対応を理解すると見落としのない診 療が可能となる.ヒトの大脳半球は,種々の高次脳機 能に関して,左右の大脳半球への機能分化がみられ, これを「側性化(lateralization)」という.右利き者の 大半において,左半球が言語性優位半球である.一 方,右半球で最も優位性が確実なのは,空間性注意機 能である.左右の大脳半球の側性化を図 1 に示す. 左半球の脳卒中と言語の神経ネットワーク 左半球の中大脳動脈領域の脳梗塞や被殻出血では, 右片麻痺に加えて,失語と失行が起こることが多い. 失語は,シルビウス裂の周囲に広がる言語野の損傷で 起こり,脳が言語をうまく操れない症状である.図 2 に言語性に優位な左半球における脳内の言語処理のイ メージを示す.音は左右の一時聴覚野(横側頭回)で 処理されるが,言語音として認知し把持するのは左上 側頭回の後部付近の機能である.その後,語としての まとまった音(語形)として認知され,さらに,左側 頭葉前部にある言語性意味記憶と照合される.語レベ ルの意味処理は側頭葉内で概ね可能であるが,文など 語レベルを超えた意味処理は,前頭葉―島皮質下―側 頭葉―頭頂葉・後頭葉からなる腹側のネットワークが 担う1).発話の自発性は,補足運動野から前頭葉深部 を経る白質路により駆動される.Broca 野後部を含む 運動前野下方で言語の音である音韻の配列が準備さ れ,中心前回の中・下部が構音器官をコントロールす る.弓状束は復唱のルートと考えられてきたが,上・ 中側頭回後部と前頭葉を結んでおり,運動―感覚協調 という意味で,音韻選択・構音と言語音・語形認知を 正しく遂行する上で重要と思われる.このような言語 野の働きをイメージすると,失語型分類だけでなく, 個々の症例における症状の理解が容易になる.

《教育講演》

Jpn J Rehabil Med 2014 ; 51 : 771.773

概 説

高次脳機能障害の定義−病巣と症候の整理−

*1

石合 純夫

*2 2014 年 11 月 14 日受稿 *1 本稿は第 51 回日本リハビリテーション医学会学術集会構造教育講演「高次脳機能障害対応」(2014 年 6 月 5 日,名古 屋)をまとめたものである. *2 札幌医科大学医学部リハビリテーション医学講座/〒 060.8543 北海道札幌市中央区南 1 条西 16 丁目 E-mail : ishiai@sapmed.ac.jp

構造教育講演◎高次脳機能障害対応

図 1 大脳半球の側性化(lateralization)

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(2)

石 合 純 夫 右半球の脳卒中と空間性注意のネットワーク 右半球の中大脳動脈領域の脳梗塞や被殻出血では, 左片麻痺に加えて,半側空間無視がしばしば起こる. 半側空間無視は,身体から見て病巣と対側の刺激を発 見して反応したり,その方向を向くことの障害であ る.頭部や視線の動きを自由にした状況で生じる症状 であり,多くの生活場面に無視症状が現れる.空間性 注意の神経ネットワークを構成する皮質領域は,下頭 頂小葉(角回と縁上回)と下前頭回後部である(図 3).両者は上縦束で結ばれ,さらにそれぞれ内包後脚 と前脚の白質線維を介して視床と結ばれ,基本的な空 間性注意のネットワークを構成する1).後方の下頭頂 小葉病巣では感覚表象に依存した無視として,例えば 線分二等分や横書き単語の読みにおける無視が起こ り,前方の下前頭回後部病巣では探索運動に依存した 無視として,例えば,抹消試験や探索を伴う日常的課 題における無視が起こりやすい.半側空間無視におい ても,症状の特徴と病巣部位の関係を見つめて,適切 なリハビリテーションを考えたい. 脳内側部の病巣 脳内側部は脳梗塞,ヘルペス脳炎,前交通動脈瘤破 裂等で損傷され,様々な記憶障害(前向性健忘と逆向 性健忘)を起こすほか,作話を伴うことがある.新し いことを覚える近時記憶について最も重要なのは Papez の回路である.Papez の回路は,海馬―脳弓― 乳頭体―視床前核―帯状束―(脳梁膨大後域)―海馬と いう構成からなり脳の内側に位置する(図 4).その ため,記憶障害は,運動麻痺や言語の障害とは独立し て起こることが多い.Papez の回路のうちのどこかが 損傷されると,新しいことが覚えられない前向性健忘 が生じる.さらにこの回路を超えて病巣範囲が拡大す ると,発症時点よりも遡って思い出せない逆向性健忘 を伴いやすくなる.前交通動脈瘤破裂では,前脳基底 部(図 5)が損傷され,記憶項目の組織化と時間順序 の障害からなる特徴的な健忘が起こる.病巣範囲が拡 大して前頭葉眼窩面から内側面の損傷が加わると,し ばしば現実とは異なる空想的な内容の作話が自発的に 産出される. 図 3 空間性注意の神経ネットワーク ゅᅇ㻌 ୗ๓㢌ᅇ ᚋ㒊㻌 どᗋ㻌 ୖ⦪᮰䊡㻌 ෆໟ㻌 ๓⬮㻌 ᅇ ୗ ୗ どᗋᗋ ෆໟໟ ෆໟໟ ๓⬮ ๓ ๓⬮ ๓⬮ ๓ ๓⬮⬮⬮ ୗ ⦕ୖᅇ㻌 ୖ⦪᮰䊢㻌 ど ど ど ど ど ど ෆໟ㻌 ᚋ⬮㻌 ⦕ 㢌㡬ⴥ㻌 ഃ㢌ⴥ㻌 ᚋ㢌ⴥ㻌 ๓㢌ⴥ㻌 ゝ㻌ㄒ㻌 㐠㻌ື㻌 どᗋ㻌 ங㢌య㻌 ᾏ㤿㻌 ᖏ≧᮰㻌 図 4 脳内側部に位置する記憶のネットワーク 図 5 前脳基底部 ⬻ᱱ㻌 㢌㡬ⴥ㻌 ഃ㢌ⴥ㻌 ᚋ㢌ⴥ㻌 ๓㢌ⴥ㻌 ๓⬻ᇶᗏ㒊㻌 図 2 言語の神経ネットワーク ᘪ≧᮰㻌 㻮㼞㼛㼏㼍㔝䠄Ⅼ⥺䠅㻌 ㄒ䝺䝧䝹䜢㉸䛘䛯㻌 ព࿡ฎ⌮㻌 Ⓨヰ䛾㻌 㥑ື㻌 ㄒ㻌 ᙧ㻌 㻌 ゝㄒᛶ㻌 ព࿡グ᠈㻌 㢌㡬ⴥ㻌 ഃ㢌ⴥ㻌 ᚋ㢌ⴥ㻌 ᚟㻌 ၐ㻌 ๓㢌ⴥ㻌 ㄒ ㄒ ㄒ ㄒ ㄒ䝺 ㄒ䝺 ㄒ ㄒ ㄒ ㄒ ㄒ ㄒ ㄒ ㄒ ㄒ ㄒ ㄒ ㄒ ㄒ ゝㄒ㡢㻌 ㄆ▱㻌 ᵓ㡢㻌 㢌ⴥ 㢌ⴥ ㄒ䝺䝧䝹䜢㉸䛘䛯㻌 ព࿡ฎ⌮㻌 䝹 ㉸䛘䛯㉸ 䝹䜢㉸㉸㉸ 䛯䛯䛯䛯 㡢㡩䛾㻌 ฟຊ‽ഛ㻌 ⿵㊊㐠ື㔝䠄Ⅼ⥺䠅㻌

(3)

概説:高次脳機能障害の定義―病巣と症候の整理― 外傷性脳損傷による高次脳機能障害 病巣はしばしば両側性またはびまん性で,運動麻痺 は少なく,また,いわゆる「巣症状」は少ない.この ように「一見普通にみえる」外傷性脳損傷者への行政 的支援を行うために,「障害」名としての「高次脳機 能障害」が診断基準とともに提示されている.この場 合の高次脳機能障害は,記憶障害,注意障害,遂行機 能障害,社会的行動障害などの認知障害を主たる要因 として,日常生活及び社会生活への適応に困難を示す 障害である2).たんに「高次脳機能障害」と診断する のではなく,神経心理学的評価の読みと行動評価を掘 り下げて,医学的診断(ICD コードを含む)に結び付 けることと障害内容を正確に見極めることとが大切で ある.例えば,外傷性脳損傷でよくみられる記憶障害 は,アルツハイマー病のように少し前のことが真っ白 に消えてしまう典型的な前向性健忘とは異なる.外傷 性脳損傷患者は,ニュース記事のような 3 つ位の文章 をまとめて聞いて内容を把持できない「論理的記憶障 害」を示すことが多い.一方で,単語のペアを 8 組 (ウエクスラー記憶検査 WMS-R3))ないしは 10 組(標 準言語性対連合学習検査4))覚える言語性対連合学習 は比較的成績が良い.種々の検査法の下位検査プロ フィールまで良く眺めて障害の本質を見抜いてほし い. 文   献 1) 石合純夫 : 高次脳機能障害学第 2 版. 医歯薬出版, 東京, 2012 2) 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部 国立障害者 リハビリテーションセンター . 高次脳機能障害診断基 準. Available from URL : http://www.rehab.go.jp/ri/ brain_fukyu/handankizyun.html

3) 杉下守弘 : 日本版ウエクスラー記憶検査法 (WMS-R). 日本文化科学社, 東京, 2001

4) 高次脳機能障害学会 : 標準言語性対連合学習検査S-PA. 新興医学出版社, 東京, 2014

(4)

は じ め に 脳出血は脳血管が破綻し,脳組織の中に出血したも のをいう.脳出血患者の多くは高血圧を有する.加齢 とともに動脈硬化が進んでくると,血管は弾力性が失 われる.脆弱化した血管に高い圧が加わることによっ て,破綻し出血する.また,高血圧がなくても,脳動 静脈奇形やもやもや病,アミロイドアンギオパチーな どでは血管が脆弱し,脳出血をきたすことがある.脳 内に流れ出た血液は,そこで固まり,血腫をつくり, 脳細胞や神経線維を圧迫あるいは破壊するために,さ まざまな神経症状が出現する.そのため,リハビリ テーション(以下,リハ)の対象となる脳出血は少な くない. 脳出血の頻度と治療 脳卒中急性期患者データベース(1999 ∼ 2008 年) の 45021 名のデータでは,脳出血は全体の 18 %を占 める.脳出血の 82 %が,高血圧性脳出血で,脳動静 脈奇形からの出血は 2.2 %にすぎない1).高血圧性脳 出血は大脳深部にある被殻や視床,小脳,橋に好発す る.リハ科を受診した脳出血 450 名のデータを図 1 に 示す2).被殻出血と視床出血が大半を占めるが,通常 は血腫の伸展方向や拡がりによってタイプ分類され る3).被殻出血の多くは中大脳動脈から分岐する穿通 枝(レンズ核線条体動脈)の破綻で生じる.これに対 して,視床出血は主に視床膝状体動脈や視床穿通動脈 (傍正中視床動脈)の破綻によって生じる. 高血圧性脳出血の治療の基本は保存的治療で,血圧 をコントロールし,再出血による血腫の増大を防ぐこ と,血腫による頭蓋内圧上昇を管理すること,さらに 血腫周囲の脳浮腫を抑えること,誤嚥性肺炎などの合 併症を管理することが重要となる.一方,血腫量が多 く,頭蓋内圧亢進をきたしたり,神経症状を呈した場 合には,救命あるいは神経症状の改善を目的として, 血腫除去術を施行することがある.脳卒中治療ガイド ライン4)では,出血部位に関係なく,血腫量 10 ml 未 満の小出血や神経学的所見が軽度な症例は手術の適応 に な ら な い. ま た, 意 識 レ ベ ル が 深 昏 睡(Japan Coma Scale:JCS でⅢ.300)の症例に血腫除去は勧め ない.被殻出血では,神経学的所見が中等症,血腫量 が 31 ml 以上でかつ血腫による圧迫所見が高度な被殻 出血では手術の適応を考慮しても良いとされている. 特に,JCS でⅡ.20 ∼ 30 程度の意識障害を伴う場合 は,定位的脳内血腫除去手術が勧められる.一方,視

《教育講演》

Jpn J Rehabil Med 2014 ; 51 : 774.777

脳出血による高次脳機能障害

*1

前島伸一郎

*2

  岡本さやか

*2

  岡 崎 英 人

*2

  園 田  茂

*2 2014 年 11 月 7 日受稿 *1 本稿は第 51 回日本リハビリテーション医学会学術集会構造教育講演「高次脳機能障害対応」(2014 年 6 月 5 日,名古 屋)をまとめたものである. *2 藤田保健衛生大学医学部リハビリテーション医学Ⅱ講座/ 〒 514.1295 三重県津市大鳥町 424.1 E-mail : maeshima@fujita-hu.ac.jp 構造教育講演◎高次脳機能障害対応 図 1 脳出血の部位(N=450) (文献 2 より)

(5)

脳出血と高次脳機能障害 床出血では,急性期の治療として本症に血腫除去を勧 めるだけの根拠はない.最大径が 3 cm 以上の小脳出 血で神経学的症候が増悪している場合や,小脳出血が 脳幹を圧迫し脳室閉塞による水頭症をきたしている場 合には,手術の適応となる.したがって,開頭手術に 至った脳出血患者では広範な脳損傷があり,通常は高 次脳機能障害を伴うと考えて診療にあたらねばならな い. 症例(代表例を供覧する) 患者:49 歳,女性,右手利き,高校卒.店員,ア パートで独り暮らし. 【主訴】左片麻痺. 【既往歴】高血圧を指摘されていたが放置していた. 【現病歴】耳鳴りと左半身のしびれを自覚し,救急 受診した.脳出血の診断で入院し,保存的治療が行わ れた.18 日後に当院へ転院となった. 【入院時現症】意識ほぼ清明で,垂直性眼球運動障 害と左同名半盲を認めた.顔面を含んだ左片麻痺 (Brunnstrom stage 上肢Ⅰ,手指Ⅰ,下肢Ⅱ)と左上 下肢の表在・深部感覚障害を認めた.左半側空間無 視,構成失行を認めたが,失語症や失行症はみられな かった. 【画像検査】頭部コンピューター断層撮影(CT)に て右視床から内包および中脳に進展する出血を認めた (図 2). 【神経心理学的検査】入院時,言語性知能指数(IQ) 93 と良好であったが,視知覚の低下,半側無視によ り 動 作 性 知 能 の 低 下 を 認 め た( 表 ).Behavioral Inattention Test(BIT)は通常検査 85/146,行動検査 68/81 といずれも明らかな低下を認めた(図 2). 【入院後経過】基本動作の獲得を目的に,積極的な 離床と,起立訓練,移乗訓練を繰り返し実施し,車椅 子駆動,トイレ動作,更衣,整容などの訓練へと進め た.半側空間無視に対しては,視覚探索課題や代償法 などを用いた訓練を実施した.また,積極的に家族の 訓練参加を促し,症状を具体的に説明して,介助方法 の習得に努めた.3 カ月後に短下肢装具と 4 点杖で屋 内は自立し,自宅退院となった.退院時機能的自立度 評価法(FIM)は運動項目 75 点,認知項目 33 点と なった(図 3). 図 2 本症例の発症時 CT と BIT 行動性無視検査

(6)

前島伸一郎・他 脳出血の症状 脳出血の症状は血腫の部位や大きさによって,その 程度が異なる.被殻に限局した小さな出血では明らか な症状はみられないが,内包へ及ぶと運動麻痺を生じ る5).出血が広範になると,感覚障害や視野障害,失 語症や半側空間無視などの高次脳機能障害をきたす. これらは,出血による周囲の圧迫や皮質下線維の障 害,diaschisis* による遠隔効果が原因と考えられて いる.被殼出血では血腫量が 20 ml 程度では失語症や 半側空間無視はみられないが,30 ml 以上では残存す ることが多い(図 4)7).但し,失行症や半側空間無視 では,50 ml を超えても症状が一過性で消失するもの があり,いずれも年齢が 50 歳未満であった6,7) 一方,視床出血は,後大脳動脈の分枝である視床穿 通動脈の破綻によって生じる.血腫が視床に限局すれ ば,感覚障害や縮瞳,鼻尖凝視などを呈し,広がると 運動麻痺や視野障害をきたす.発病初期には失語症や 半側空間無視などの高次脳機能障害をきたすことが多 い.この場合,thalamic aphasia(視床性失語),ある いは thalamic neglect(視床性無視)と呼ばれるが, 視床に限局した少量の出血でもみられることがあり, 皮質の直接圧迫というよりも,皮質下線維の障害によ る皮質の機能障害,あるいは diaschisis と考えられ る8,9) 小脳出血は,めまいや嘔吐で発症する.運動麻痺は認 めないが,起立障害や歩行障害,失調などをきたす. 最 近, 小 脳 病 変 で Cerebellar cognitive af fective syndrome(CCAS)と呼ばれる大脳皮質症状がみられ ることが注目されている10 ∼ 13).これは,小脳と脳幹か ら視床を介して大脳皮質へ投射する線維の障害でみら れると考えられている.また,血腫が拡がり,脳幹に 及ぶと,意識障害,呼吸障害などがみられる.橋出血 は意識障害,呼吸障害,眼球運動異常,片麻痺や四肢 麻痺などを呈することが多い.神経症状が重度で,救 命できても重篤な後遺症を残すため自立することは稀 である.脳幹病変による高次脳機能障害は近年注目さ れており,遂行機能障害や知能障害等が高率に生じる ことが報告されている14 ∼ 16).橋出血では,大脳連合野 と小脳の線維連絡が断たれ,認知機能障害がみられる 可能性が高い.また,橋は脳幹網様体調節系や視床下 部調節系に関与しているため,これらの障害によって * diaschisis:神経線維によってつながっている領域の脳 活動が,損傷によって連絡が途絶えて機能が抑制され ることをいう. 図 4 血腫量,ADL と半側空間無視の予後 (文献 7 より) 表 神経心理学的検査結果の経過 転入時 (発症後 20 日) 退院時 (発症後 80 日) Mini-mental state examination 26 27 Raven’s coloured progressive matrices 18 29 Frontal assessment battery 14 15 Digit Span forward/backward 6/3 6/5 Word fluency test

 Category 14.15.9 22.11.11  Letter 8.5.6 9.5.4 Wechsler adult intelligence scale 3rd ed

 Verbal IQ 93 103  Performance IQ 59 65

 Full IQ 74 85

Behavioral inattention test (BIT)

 Conventional(/146) 85 110  Behavioral(/81) 68 81 図 3 本症例の ADL の経過 FIM 運動項目 FIM 認知項目 FIM 利得 49 入院日数 94日 FIM 効率 0.51

(7)

脳出血と高次脳機能障害 大脳半球へのネットワーク障害が生じた可能性も考え られる. このような機会を与えてくださいました才藤栄一会長, 司会の石合純夫先生に深謝いたします. 文   献 1) 脊山英徳, 塩川芳昭, 柴田健雄, 小林祥泰 : 脳出血の原因 別・部位別・年代別・性別頻度. 脳卒中データバンク 2009 (小林祥泰 編). 中山書店, 東京, 2009 ; pp 130.131 2) 前島伸一郎, 大沢愛子, 棚橋紀夫 : 急性期脳出血におけ る摂食・嚥下障害の検討. Jpn J Rehabil Med 2013 ; 50 : 290.297

3) Kanaya H, Yukawa H, Ito Z, Kagawa M, Kanno T, Ku-wabara T, Mizukami M : Neurologic grading for patients with hypertensive intracerebral hemorrhage and a clas-sifi cation for hematoma location of computed tomogra-phy. in Proceedings of the 7th Conference on Surgical Treatment of Stroke. Neuron Publishing, Tokyo, 1978 ; 265.270

4) 脳卒中合同ガイドライン委員会(篠原幸人, 小川 彰, 鈴木則宏, 片山泰朗, 木村彰男 編) : 高血圧性能出血の 手術適応. 脳卒中治療ガイドライン 2009. 2009 ; pp 152. 155

5) Maeshima S, Osawa A, Nishio D, Hirano Y, Kigawa H : Takeda H : Diffusion tensor MR imaging of the pyrami-dal tract can predict the need for orthosis in hemiplegic patients with hemorrhagic stroke. Neurol Sci 2013 ; 34 : 1765.1770

6) Maeshima S, Truman G, Smith DS, Dohi N, Kuno Y, Na-kai K, Itakura T, Komai N : Apraxia and cerebral haemor-rhage : the relationship between haematoma volume and prognosis. J Clin Neurosci 2000 ; 7 : 309.311

7) Maeshima S, Ueyoshi A, Matsumoto T, Boh-oka S, Yoshida M, Itakura T, Dohi N : Unilateral spatial neglect in patients with cerebral hemorrhage : the relationship between hematoma volume and prognosis. J Clin Neuro-sci 2002 ; 9 : 544.548

8) Osawa A, Maeshima S, Yamane F, Uemiya N, Ochiai I, Yoshihara T, Ishihara S, Tanahashi N : Agraphia caused by left thalamic hemorrhage. Case Rep Neurol 2013 ; 5 : 74.80

9) Maeshima S, Osawa A, Ogura J, Sugiyama T, Kurita H, Satoh A, Tanahashi N : Functional dissociation between Kana and Kanji : agraphia following a thalamic hemor-rhage. Neurol Sci 2012 ; 33 : 409.413

10) Schmahmann JD, Sherman JC : The cerebellar cognitive affective syndrome. Brain 1998 ; 121 : 561.579

11) 前島伸一郎, 大沢愛子, 松田博史, 宮崎泰広, 石原正一郎, 栗田浩樹, 佐藤 章, 棚橋紀夫 : 小脳出血急性期におけ る認知機能障害. Dementia Japan 2011 ; 25 : 164.169 12) Maeshima S, Osawa A : Stroke rehabilitation in a patient

with cerebellar cognitive affective syndrome. Brain Inj 2007 ; 21 : 877.883

13) 大沢愛子, 前島伸一郎 : 小脳を中心としたテント下病変 の高次脳機能. 高次脳機能研究 2008 ; 28 : 192.205 14) Garrard P, Bradshaw D, Jager HR, Thompson AJ,

Los-seff N, Playford D : Cognitive dysfunction after isolated brain stem insult. An underdiagnosed cause of long term morbidity. J Neurol Neurosurg Psychiatr y 2002 ; 73 : 191.194

15) Maeshima S, Osawa A, Kunishio K : Cognitive dysfunc-tion in a patient with brainstem hemorrhage. Neurol Sci 2010 ; 31 : 495.499

16) 前島伸一郎, 大沢愛子, 松田博史, 棚橋紀夫 : テント下病 変による高次脳機能障害のみかた. 認知神経科学 2012 ; 13 : 225.230

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は じ め に 脳梗塞の発症率は,人口 10 万人対 100 ∼ 200 人前 後, 40 歳以上に限れば人口 10 万人対 600 人と非常に 発症率の高い疾患であり,急激な超高齢化や食生活の 西洋化なども影響し,発症数/総患者数/死亡者数/要 介護者数のすべてにおいて,今後もますますの増加が 予想されている.日本人の三大死因は長らく悪性新生 物・心疾患・脳血管疾患であったが,2011 年からは 肺炎が脳血管疾患を抜いて 3 位,脳血管疾患は 4 位と なっている.その背景には,医学の発展により,脳卒 中急性期にはなかなか命は落とさなくなり,生存した 脳卒中患者が慢性期において肺炎とくに誤嚥性肺炎で 亡くなるケースが増えていることも 1 つの要因になっ ていると思われる.また脳梗塞は,このセッションの テーマである高次脳機能障害の原因疾患としては最大 要因である.本稿では脳梗塞を原因として生じる高次 脳機能障害の特徴について概説する. 高次脳機能障害の定義 高次脳機能障害という言葉の定義としては,もっと も広義には「高度・複雑・抽象的処理を必要とする脳 機能の障害全般を指す用語」ということになる.しか し,常にこのような広い意味で「高次脳機能障害」と いう用語が使われている訳ではなく,時には「高次脳 機能障害」の一部の機能に焦点を当てて失語・失行・ 失認のような「巣症状」を指す場合もあれば,表 1 に 示すような行政用語として使用されることもある.こ のように高次脳機能障害という言葉の定義には定まっ たものはなく様々で,文脈から用語のその時々の用い られ方,あるいは意味を判断する必要があるため,そ の理解を難しくさせている1).さて本稿の担当部分で ある「脳梗塞による高次脳機能障害」という場合の 「高次脳機能障害」は,脳卒中の主要症状としての 「高次脳機能障害」であり,主には失語・失行・失認 などの症候を指すことが多い.本稿では,分担に従 い,失語・失行などの優位半球症状について概説す る. 脳梗塞による高次脳機能障害の特徴 同じ脳血管障害でも脳梗塞と脳出血の違いは,脳梗 塞の場合,損傷域は概ね動脈灌流域に影響を受けるの に対し,脳出血は血管支配と関係なく病巣ができると いう点が一番大きな違いといえる.ゆえに脳梗塞によ る高次脳機能障害の特徴は,症状が病変のある動脈に 対応し概ね決まったものとなる点であるといえる.ゆ えに脳梗塞による高次脳機能障害を考える上において は,大脳を灌流する動脈系の理解が必須となる.しか し一口に脳梗塞といっても,アテローム血栓性脳梗塞 では側副血行が働きにくい境界域に梗塞巣を来すこと が多く,つまり梗塞巣は血管支配に完全には一致しな いことも多く,一致する場合には塞栓性機序を考える など,病態を把握した上で判断する必要がある2).と はいえ動脈灌流域を越えて症状が出ることはまれであ ることや,血管の灌流域は多少のバリエーションを除 けば大きな個人差はないため,脳出血よりも出現する 症状に予測は立てやすいといえる.

《教育講演》

Jpn J Rehabil Med 2014 ; 51 : 778.781

脳梗塞による高次脳機能障害とその対応

*1

平 岡  崇

*2 2014 年 10 月 11 日受稿 *1 本稿は第 51 回日本リハビリテーション医学会学術集会構造教育講演「高次脳機能障害対応」(2014 年 6 月 5 日,名古 屋)をまとめたものである. *2 川崎医科大学リハビリテーション医学教室/〒 701.0192 岡山県倉敷市松島 577 E-mail : hiraoka@med.kawasaki-m.ac.jp 構造教育講演◎高次脳機能障害対応

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脳梗塞による高次脳機能障害とその対応 1.血管別症状の違い 本章においては,大きく前/中/後大脳動脈系の 3 つ に大別して高次脳機能障害に着目して概説する. 前大脳動脈皮質枝閉塞時に生じる高次脳機能障害に ついては,表 2 に示す.各動脈の閉塞に応じて「失語」 「脱抑制」「発動性低下」「他人の手兆候」「観念運動失 行」「失認」など様々な高次脳機能障害の出現を見る ことがある.Heubner 動脈領域では「失語」,前頭眼 窩動脈領域では「脱抑制/意思決定障害」,前頭極動脈/ 前内側前頭枝領域では「判断の障害/うつ/失語/健忘/ 運動の解放現象による把握反射・吸引反射」,中間内 側前頭枝/後内側前頭枝領域では,「無動/運動無視/発 動性低下/失語/他人の手兆候/観念運動失行」,上/下 内頭頂動脈領域では,「失認」が生じるといわれる3) 中 大 脳 動 脈 領 域 に お い て は,Prefrontal area/Pre-central area は,Broca 野を含むので,この領域の障 害 で は, 左 半 球 損 傷 な ら ば Broca 失 語 を 生 じ る. Broca 失語だけでなく病巣と反対側の舌や顔面に麻痺 を来すことが多く,Broca 野より頭側の病変では超皮 質性運動失語が起きるとの報告がある.Posterior pa-rietal area/Angular gyrus area の障害,つまり主に頭 頂葉が障害された場合の高次脳機能障害は,右半球で は,左半側視空間失認や着衣の障害などが見られる. この着衣の障害には 2 つの機序が考えられるが,1 つ は左半側視空間失認などのため左に意識を向けられな いために左袖を通せない障害で,もう一方は,左半側 表 2 前大脳動脈皮質枝閉塞時に生じる高次脳機能障害など 前大脳動脈分岐   灌流領域  高次脳機能障害 Heubner の反回動脈 尾状核頭部/内包前脚の 前下部/淡蒼球前部/被殻 顔面・舌・上肢近位の麻痺 失語・精神機能低下 前頭眼窩動脈 嗅球/前頭葉眼窩面内側 意思決定障害/脱抑制/模倣行為 前頭極動脈 前頭葉前極部の内側 判断の障害/うつ/失語/健忘/運動の 解放現象による把握反射・吸引反射 前内側前頭枝 上前頭回内側の前部 中間内側前頭枝 上前頭回内側の中間部 無動/運動無視/発動性低下/失語/他 人の手兆候/観念運動失行 後内側前頭枝 上前頭回内側の後部/帯状 回の一部 中心傍小葉枝 中心傍小葉 上内頭頂動脈 楔前部の上部 感覚障害/失認 下内頭頂動脈 楔前部の下部 表 1 行政用語としての高次脳機能障害診断基準 Ⅰ.主要症状等   1)脳の器質的病変の原因となる事故による受傷や疾病の発症の事実が確認されている.   2) 現在,日常生活または社会生活に制約があり,その主たる原因が記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社 会的行動障害などの認知障害である. Ⅱ.検査所見    MRI,CT,脳波などにより認知障害の原因と考えられる脳の器質的病変の存在が確認されているか,あるいは 診断書により脳の器質的病変が存在したと確認できる. Ⅲ.除外項目   1) 脳の器質的病変に基づく認知障害のうち,身体障害として認定可能である症状を有するが上記主要症状 (I.2)を欠く者は除外する.   2)診断にあたり,受傷または発症以前から有する症状と検査所見は除外する.   3)先天性疾患,周産期における脳損傷,発達障害,進行性疾患を原因とする者は除外する. Ⅳ.診断   1)Ⅰ−Ⅲをすべて満たした場合に高次脳機能障害と診断する.   2)高次脳機能障害の診断は脳の器質的病変の原因となった外傷や疾病の急性期症状を脱した後において行う.   3)神経心理学的検査の所見を参考にすることができる. なお,診断基準のⅠとⅢを満たす一方で,Ⅱの検査所見で脳の器質的病変の存在を明らかにできない症例について は,慎重な評価により高次脳機能障害者として診断されることがあり得る.

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平 岡  崇 視空間失認に関係なく服が着ることができない,いわ ゆる着衣失行である.また左半球の障害では,Wer-nicke 失語・あるいは伝導失語が生じ,さらに観念運 動失行が起きるといわれている.左 angular area の障 害では,失語症は軽度だが失読と失書が生じ,また Gerstmann 症候群が出現することもある.左 temporo-occipital area の 梗 塞 に よ っ て も Wernicke 失 語 が 起 きるが,比較的軽症で改善も期待できるといわれてい る3) PCA については,様々な視覚系高次脳機能障害が 出ることが多い.たとえば鳥距動脈や頭頂後頭動脈が 閉塞すると,相貌失認や物体失認など見えないことに 気付かず否定するアントン徴候を呈すことがある. 失行を含む行為の障害の診断と対応 失行については,こういう症状が認められたら失行 であるといったような診断基準がないのが特徴であ る.Liepmann の定義では概ね「運動自体は可能であ るにもかかわらず合目的的な運動ができない状態」と されており,指示された運動を間違って行うか,渡さ れた物品を誤って用いる患者のうち,その他の障害が 除外された場合に失行と診断される.その他の障害の 具体例としては,麻痺や失調などの運動障害,失語, 失認,認知症,意欲障害といったものが挙げられる. もちろんこれらの障害と失行は合併するということも 考えられる. 多彩な失行が存在するが,代表的なものについて表 3 にまとめる. 1.失行の診断の進め方 失行については,多くの場合患者から訴えはない. 訴えない理由は,失語症のため訴えられない場合や, 失行を指摘しても「利き手じゃない左手なのでうまく いかない」などと訴える場合もある3).しかし実際は 失行を伴うことも多いので左半球病変例においては全 例検査してみることが望ましいと考える.具体的には 「警官のように敬礼をしてみてください」と口頭で指 示した際に,手を握ったまま振り回すような誤反応が あった場合には失行か失語が疑われる.この段階では 失行と断定はできないが,命令に対し何らかの行動を 起こした点からは,命令自体は理解できている可能性 があるので,次に言語に頼らない模倣をさせてみて本 当に失行なのか確認する必要がある.具体的には実際 に検者が敬礼をやってみせて,まねするように患者に 指示する.そのときも先程と同じように誤反応があれ ば,失行と判断してよいと考える.こういった動作か ら,運動麻痺や失語は,否定的となるためである.敬 礼が可能であれば,さらに難易度の高い動作の模倣に 進めるという手順で確認を続ける.たとえば物品の単 純な操作や一連の複合動作といった順に進めて確認す る.誤反応としては,形をなさない無意味な運動,運 動が下手になる,運動の意味がすり替わったり途方に 暮れて運動が中断するなどが見られる. 2.行為の障害に対する対応 先述のような「失行」は,障害の分類上もう一階層 上げて考えると「行為の障害」に含まれる.「行為の 障害」の生じる原因には「失行」以外にも様々な病態 が含まれる.たとえば,「道具の使用困難」という 「行為の障害」を例にとると,道具が使えない理由は, 物体失認のために道具を選べないのかもしれないし, 観念運動失行の影響で道具をうまく把持したり動かせ ないのかもしれないし,また観念失行の影響で動作の 手順がわからないのかもしれない.もしこの道具が使 えないという「行為の障害」の原因が,観念失行なら 道具を使う順番をカードで訓練するとか,視覚失認で 道具が選べないなら,視覚以外の感覚様式を利用して 道具が選べないか探索してみるなど,問題を明らかに 表 3 失行と責任病巣 失行 症状 責任病巣 観念失行 系列動作ができない 左頭頂後頭葉 観念運動失行 指示に従った行為ができない 左頭頂葉 肢節運動失行 手先を使うことができない 左右中心溝周辺 着衣失行 服を着ることができない 右頭頂葉 構成失行 形を作ることができない 左右頭頂葉 視覚性運動失調 見たものをつかむことができない 頭頂葉,脳梁 左手の観念運動失行 左手を使うことができない 脳梁幹後部 拮抗性失行 左右両手を強調させて使うことができない 脳梁膝部から脳梁幹前部,前頭葉内側面

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脳梗塞による高次脳機能障害とその対応 してから訓練を組み立てないと効果的な訓練は行えな い4).つまり行為の障害があるからといって,ただ闇 雲に動作をさせようとしても上手くはいかない.まず はどの情報処理系が「行為の障害」の原因となってい るのかを,少なくともある程度は同定して,リハビリ テーションを計画することが重要であると考える. お わ り に 脳梗塞に伴う高次脳機能障害の特徴や,失行を主体 とした行為の障害に対する評価や対応などについて概 説した.脳梗塞に伴う高次脳機能障害の最大の特徴 は,概ね動脈灌流域に影響を受ける点であるといえ る.失行・失認などの高次脳機能障害のリハを考える 際には,その原因となっている情報処理系を同定し, 残存機能を再建/強化すると同時に,適切な代償法の 選択を行うことが,社会参加の観点からは重要である. 1) 平岡 崇 : 高次脳機能障害. リハビリナース 2014 年秋 季増刊 リハビリナースのための超重要疾患マスター ブック (目谷浩通, 沢田光思郎 編). メディカ出版, 大阪, 2014 ; pp 80.92 2) 橋本洋一郎 : 病因からみた神経心理学 1 脳梗塞. 脳血管 障害と神経心理学 第 2 版 (平山惠造, 田川皓一 編). 医 学書院, 東京, 2013 ; pp 10.16 3) 武田克彦 : ベッドサイドの神経心理学. 中外医学社, 東 京, 2003 4) 早川裕子, 瀬間久美子 : 訓練の方法―理論と実際 行為 の障害. 高次脳機能障害マエストロシリーズ 4 (鈴木孝 治, 早川裕子, 種村留美, 種村 純 編). 医歯薬出版, 東 京, 2006 ; pp 41.46

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は じ め に くも膜下出血は脳を覆う髄膜のうち,くも膜と軟膜 の間のくも膜下腔に出血が生じ,脳脊髄液中に血液が 混入した病態のことをいう.本邦での年間発症率は 10 万人あたり約 20 人で,脳卒中全体に占める割合は 約 10 %である1).突然の強い頭痛,嘔吐,意識障害, 痙攣などで発症することが多く,8 割以上は脳動脈瘤 破裂によるものである.その病態は重篤で,致死率が 高いだけでなく,救命し得ても様々な高次脳機能障害 を伴うことが多く,日常生活や社会生活への復帰の妨 げとなる.そのため,リハビリテーション(以下,リ ハ)医療分野においても重要な疾患として位置づけら れている.本稿では,リハ科に紹介されたくも膜下出 血の症例を紹介し,高次脳機能障害の原因やその特徴 について述べる. 症 例 紹 介 症例2):56 歳,右手利き,男性. 【主訴】記憶力低下. 【既往歴】特になし. 【家族歴】特記事項なし. 【学歴・職歴】大学卒,保険会社勤務. 【現病歴】自宅で,トイレに行った後,突然の強い 頭痛と嘔吐が出現し,ドクターヘリにて救急搬送され た.頭部コンピューター断層撮影(CT),磁気共鳴画 像(MRI)および磁気共鳴血管造影(MRA),脳血管 撮影を施行され,左後大脳動脈瘤の破裂によるくも膜

下出血と診断された.来院時,Hunt and Kosnik の重 症度分類(H&K grade)3)は gradeⅠ,世界脳神経外 科 学 連 合(World Federation of Neurosurgical Societ-ies:WFNS) の 重 症 度 分 類4)は gradeⅡ,Fisher の CT 分類5)では grade Ⅳで,左海馬から海馬傍回付近 の血腫を認めた(図 1 上段).同日,コイル塞栓術が 施行され,翌日,在宅復帰に向けたリハ目的に当科に 紹介された.経過中,正常圧水頭症や脳血管攣縮,痙 攣の発症などはみられなかった(図 1 下段). 【初診時現症】覚醒は良好だが,前向健忘に由来す る日付,場所の見当識障害を認めた.Glasgow Coma Scale では E 4 V 4 M 6.日常会話では明らかな語健忘 や錯語はなく,失語症は認めなかった.四肢に明らか な運動麻痺や感覚障害はなかった.視力,視野は正常 で,脳神経系の異常所見はみられず,腱反射も正常 で,運動失調はなかった. 礼節は保たれており,諸検査にも協力的であった が,見当識障害を指摘すると,「昔から忘れやすいか ら」とごまかすことが多かった.記銘力低下に関する 病識は保たれ,作話はみられなかった.家族や仕事の 内容は覚えていたが,発症日や発症前日の行動や食事 の内容などについては答えることができなかった.発 症から数週間さかのぼった記憶もあいまいであった. 発症 1 週間時点での神経心理学的検査の結果を表 1 左欄に示す.見当識と記憶に関する項目で失点があ り,Mini-mental State Examination(MMSE)は 21/ 30 点であったが,記憶以外の項目は正答し,レーヴ ン色彩マトリックス検査(RCPM)も 31/36 点と良好

《教育講演》

Jpn J Rehabil Med 2014 ; 51 : 782.786

くも膜下出血による高次脳機能障害

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大 沢 愛 子

*2 2014 年 11 月 18 日受稿 *1 本稿は第 51 回日本リハビリテーション医学会学術集会構造教育講演「高次脳機能障害対応」(2014 年 6 月 5 日,名古 屋)をまとめたものである. *2 国立長寿医療研究センターリハビリテーション科,自立支援開発研究部認知行動科学研究室/〒 474.8511 愛知県大府 市森岡町 7 丁目 430 番地 E-mail : aiko_o_med@yahoo.co.jp 構造教育講演◎高次脳機能障害対応

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くも膜下出血による高次脳機能障害 で,全般的な認知機能は保たれていた.Trail Making Test(TMT) や 遂 行 機 能 障 害 症 候 群 の 行 動 評 価 (BADS)では,課題の途中でどのような問題であっ たかを忘れてしまい減点・失点し,課題遂行に時間が かかることが多かった.順唱は 8 桁,逆唱は 4 桁で即 時記憶は保たれていた.ウエクスラー記憶検査改訂版 (WMS-R)では,注意・集中力は保たれていたが,言 語性記憶だけでなく,視覚性記憶も 50 未満で,遅延 再生の課題では,ほとんど答えることができなかっ た.またリバーミード行動記憶検査(RBMT)も非常 に低得点で,上記の記憶の問題が,大きく日常記憶に も影響していた.また,約束などの課題では,内容記 憶だけでなく,存在記憶も障害されていた. 【リハ】まず見当識の獲得を目的に現実見当識訓練 を実施し,日時の確認とスケジュール管理をかねて, スケジュール帳を作成した.開始当初は,時間毎のス ケジュールを記入しても,手帳をみることを忘れてし まったり,付き添い家族に聞いてしまったりすること が多かったが,家族と共に根気よく手帳の利用を促す ことで,手帳の使用が定着した.また,会社の上司の 訪問など,重要な予定の前には手帳をみることを促す 目的で携帯電話のアラーム機能を利用した.記憶の直 接的な訓練としては,間隔伸張法と視覚イメージ法を 用いた.本症例では,視覚認知機能は保たれており, 本人の内省でも「イメージすると頭の中がはっきりし てわかりやすい」と受け入れも良好であった.いずれ の訓練も誤りなし学習を行った. 【その後の経過】発症 4 週間で一旦自宅に退院し, 日常生活に復帰した.退院時,身体機能には全く問題 を認めなかったが,記憶障害,遂行機能障害などは残 存し,外出には家族の付き添いが必要であった.スケ ジュール帳は,退院後も日々のスケジュール管理のた めに継続して活用していた.退院直後は,まだ「ぼ う」とした感じで目的もなく家の中にいることが多 かったが,次第に散歩や体操,脳トレなどの日課を見 つけ,行動のスピードも病前と変わらないレベルに なった.発症 10 週目に実施した,神経心理学的検査 の結果を表 1 右欄に示す.見当識と記憶に関する項目 の失点は大幅に減少し,MMSE は 28/30 点と改善し ていた.IQ 値は言語性,動作性のいずれも正常範囲 で,TMT や BADS の注意や遂行機能に関する項目も 大幅に改善し,正常値となっていた.一方,Auditory 図 1 発症時 CT(上段)と術後 MRI(下段) 左海馬から海馬傍回近傍に血腫を認める(上段).急性水頭症の発症やその他の部位の損傷はみられない(下段).

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Verbal Learning Test(AVLT)の即時再生,遅延再生 は改善傾向にあったが,まだ低下がみられ,WMS-R でも記憶指標の低値は残存していた.日常生活は自立 して可能であったが,RBMT の点数からも明らかな ように,展望的記憶(予定記憶)の低下も強く残存 し,職場復帰についてはまだ未定で,配置転換なども 含め,検討が必要である. くも膜下出血と高次脳機能障害 高次脳機能障害全国実態調査6)における“高次脳 機能障害とその原因”によれば,くも膜下出血を原因 とする高次脳機能障害は多くはない.しかし,前述の ように,くも膜下出血が脳卒中全体の約 10 %であり, かつ初期動脈瘤破裂直後の死亡率が 15 ∼ 20 %と致死 率も高い疾患であることを考えると,くも膜下出血 は,生存した場合,高次脳機能障害を呈しやすい疾患 と考えてもよいだろう.また,くも膜下出血の重症度 や血腫の広がりは,退院時の転帰とよく相関すること が知られており,転帰良好とされる modified Rankin Scale 0 ∼ 2 の 患 者 の 割 合 は,H&K gradeⅠ,WFNS

の重症度分類Ⅰ,Fisher の CT 分類 gradeⅠではいず れも約 80 %であるが,grade が進むつれ,その割合 は低下し,例えば H&K gradeⅤの場合,約 10 %にす ぎない7).したがって,リハにおいてくも膜下出血の 帰結を考える際には,発症時の患者の状態を把握し, くも膜下出血の重症度を知っておくことが重要であ る.ただし,“転帰良好”とされる modified Rankin Scale 0 ∼ 2 の中には,「全く症候がない」ものから 「発症以前の活動が全て行えるわけではないが,身の 回りのことは介助なしに行える」レベルまで,幅広く 含まれている.特に本稿で紹介した症例のように,帰 結は modified Rankin Scale 2 であり,一般的には予後 良好群に含まれる患者でも,実際には著明な記憶障害 を伴っており,社会復帰に際しては様々な困難が予想 される.このように,一般的に予後良好群と判断され ている者の中にも,多くの高次脳機能障害患者が含ま れていると考えられる8)ため,入院中より高次脳機 能障害の存在を疑って,精査を進めるべきである. くも膜下出血後の高次脳機能障害の原因としては, 出血や血腫による脳損傷,手術手技による脳損傷,脳 表 神経心理学的検査結果 (文献 2 より引用) 発症 1 週 発症 10 週 Mini-mental state examinaton(/30) 21 28 数唱 順唱    逆唱 8 4  8  4 Auditory verbal learning test (/15)

 即時再生  再認  遅延再生 3,4,5,5,4 13 0 4,7,6,9,6 14  3 レーヴン色彩マトリックス検査(/36) 31 34 Frontal Assessment Battery(/18) 14 14 Trail Making Test A

         B 3’38” 6’16” 2’03” 3’40” ウエクスラー成人知能検査 第 3 版  言語性 IQ  動作性 IQ 88 70 100 90 ウエクスラー記憶検査 改訂版  言語性記憶  視覚性記憶  一般的記憶  注意/集中  遅延再生 52 50 未満 50 未満 98 50 未満 79 70 72 117 50 未満 リバーミード行動記憶検査  スクリーニング点(/12)  標準プロフィール点(/24) 0 2  0  5 遂行機能障害症候群の行動評価 年齢補正した標準化得点<区分> 53 障害あり 102 平均

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くも膜下出血による高次脳機能障害 血管攣縮,正常圧水頭症などが挙げられる.出血や血 腫,手術手技による脳損傷は,基本的には直接損傷で あるため,脳損傷が生じた部位に該当する高次脳機能 障害を呈する.また,脳血管攣縮も攣縮の程度が強 く,期間も長ければ,最終的には脳梗塞と同様の症状 を呈し,遅発性虚血性神経脱落を来す.この場合も虚 血を来した脳部位に相当する機能低下が出現する.基 本的には,失語症や失行症,記憶障害など,要素的な 高次脳機能障害を呈することが多いが,正常圧水頭症 の場合は,全般的な認知機能の低下を来すことが多 い.出血や血腫,手術手技による脳損傷による影響は 覚醒直後からみられるが,脳血管攣縮は発症数日∼ 2 週間までに出現することが多い.これまで流暢に話し ていた患者が急に話せなくなったり,麻痺が出現した りして気づかれることもある.正常圧水頭症の場合 は,そのような激烈な症状の出現はないものの,最近 なんとなくぼうっとしている,つじつまのあわない会 話をするようになった,動作が遅くなり立位や歩行の バランスが悪くなった,失禁がみられるようになった など,全般的な脳機能低下を示唆する症状がみられや すい.正常圧水頭症はくも膜下出血の 15 %程度に出 現するとされ,症候性のものはそのうち約 40 %であ るという9).脳の直接損傷でない場合は,リハの訓練 場面で気づかれることも多いため,リハを実施する場 合,このような病態が発現する可能性について留意し ておくべきである.  くも膜下出血の高次脳機能障害の内訳としては,失 語症が最も多く,記憶障害,注意・遂行機能障害,認 知症,行動・情動障害,失認症・失行症と続く6).失 語症が中等度以上に存在している場合には,他の機能 の精査は困難であるが,著明な失語がなく,しっかり 評価ができる患者の場合,やはり多くみられるのは, 記憶障害や注意障害,遂行機能障害である.本稿で紹 介した症例も,発症当初はこれらの機能の明らかな障 害を認めた.しかし,発症 10 週での検査結果では, 記憶障害だけが強く残存した.エピソード記憶に関わ る神経回路として,海馬,視床前核群,乳頭体内側 核,海馬傍回を中心とする Papez の回路や,扁桃体, 視床内側核,前頭葉下面を中心とする Yakovlev の回 路が知られており,それぞれが独立しながらも,お互 いにきわめて密接な関係にあるとされている.本症例 で損傷された海馬ならびに海馬傍回近傍は Papez の 回路の腫瘍な構成要素であり,くも膜下出血の血腫に よる直接損傷を受けたか,後大脳動脈の還流域である 海馬・海馬傍回などの循環障害を来したため,記憶障 害が残存したものと考えられた2) 著者らは以前,くも膜下出血後の記憶障害の特徴に ついて,聴覚的言語記憶検査の 1 つである AVLT を用 いて検討した10).特に,同じ語を繰り返し覚えさせる という課題において,前大脳動脈系や椎骨動脈系の破 図 2 破裂動脈瘤の部位と AVLT (文献 10 より引用改変)

Case first(1 週目評価)では学習曲線の平板化,Case second(10 週目評価)では学 習の不安定さを認める. 14 12 10 8 6 4 2 0 1st 2nd 3rd 4th 5th List B 6th Recognition 7th コントロール群 椎骨脳底動脈系 Case second 前大脳動脈系 内頸動脈系 中大脳動脈系 Case first 再生数(/15)

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裂動脈瘤を有した患者で,他の部位に比べ,学習曲線 の平板化が認められた(図 2).このグラフに本症例 の即時再生の値を Case first(1 週目評価),Case sec-ond(10 週目評価)として書き入れてみると,1 週目 の評価では学習曲線の平板化が著明で,10 週目には 改善を認めるものの安定せず,やはり言語性の記憶学 習が不良であることを示している.一方,一貫して再 認の値が良好であることを考えると,記憶の情報処理 モデル11)としては,繰り返しによる語の符号化や貯 蔵は可能であるが,語の検索(想起)が困難であるも のと予想された.一般に記憶に関連するといわれる辺 縁系の Papez 回路や Yakovlev 回路は,いずれも,前 大脳動脈,Heubner 反回動脈,前脈絡動脈,後交通 動脈および後大脳動脈からの穿通枝,後大脳動脈の海 馬枝などから血流を受けており12),本症例では海馬に 関係する動脈瘤の破裂により,記憶障害が出現し,残 存したものと推測された. 以上,症例を提示しながら,くも膜下出血による高 次脳機能障害について,記憶障害を中心に紹介した. くも膜下出血の帰結は,発症時の重症度とよく相関す るため,発症時の状態を知ることが大切だが,手術手 技や脳血管攣縮の有無,水頭症の有無などによって も,病態は容易に変化するため,高次脳機能障害の存 在を念頭に,詳細な観察および評価と,問題点の抽出 を行うべきである.  1) 平田陽子, 井上 亨 : 【脳卒中診療の新しい展開】 治療 脳動脈瘤クリッピング術. 臨床と研究 2009 ; 86 ; 1635. 1640

2) Maeshima S, Osawa A, Yamane F, Shimaguchi H, Ochiai

I, Yoshihara T, Uemiya N, Kanazawa R, Ishihara S : Memor y impairment caused by cerebral hematoma in the left medial temporal lobe due to ruptured posterior cerebral artery aneurysm. BMC Neurol 2014 ; 14 : 44 3) Hunt WE, Kosnik EJ : Timing and perioperative care in

intracranial aneurysm surgery. Clin Neurosurg 1974 ; 21 : 79.89

4) Drake CG : Report of World Federation on Neurological Surgeons Committee on a universal subarachonoid hem-orrhage grading scale. J Neurosurg 1988 ; 68 : 985.986 5) Fisher CM, Kistler JP, Davis JM : Relation of cerebral

va-sospasm to subarachnoid hemorrhage visualized by computerized tomographic scanning. Neurosurger y 1980 ; 6 : 1.9 6) 種村 純, 大槻美佳, 河村 満, 熊倉勇美, 小林祥泰, 七 條文雄, 渋谷直樹, 田川皓一, 立石雅子, 田丸冬彦, 能登 谷晶子, 長谷下和賢一, 浜田博文, 平田 温, 深津玲子, 藤田郁代, 前島伸一郎, 三宅裕子 : 高次脳機能障害全国 実態調査報告. 高次脳機能研究 2012 ; 31 : 19.31 7) 柿野俊介, 小笠原邦昭, 芝田健雄, 小林祥泰 : くも膜下出 血の重症度分類と部位別・CT所見別頻度. 脳卒中デー タバンク 2009 (小林祥泰 編). 中山書店, 東京, 2009 ; pp 150.151

8) Tidswell P, Dias PS, Sagar HJ, Mayes AR, Battersby RD : Cognitive outcome after aneurysm rupture : relationship to aneurysm site and perioperative complications. Neu-rology 1995 ; 45 : 875.882

9) Graff-Radford NR, Torner J, Adams HP Jr, Kassell NF : Factors associated with hydrocephalus after subarach-noid hemorrhage. A report of the Cooperative Aneu-rysm Study. Arch Neurol 1989 ; 46 : 744.752

10) 大沢愛子, 前島伸一郎, 棚橋紀夫 : 脳動脈破裂によるく も膜下出血後の言語性記憶の特徴. Jpn J Rehabil Med 2012 ; 49 : 625.630

11) Sohlberg MM, Mateer CA : Introduction to Cognitive Rehabilitation : Theor y and Practice. Guilford Press, New York, 1989

12) 秋口一郎, 狩野正志, 亀山正邦 : 脳血管障害と健忘. 神経 進歩 1988 ; 32 : 646.657

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は じ め に 脳炎・脳症は様々な原因,病態を含んでいる.おお まかには頭痛,発熱や巣症状,髄液中の細胞数増加な どがあり炎症所見を認めるものを脳炎,対して非炎症 性のものを脳症と呼んでいるが臨床的に鑑別が困難な 場合がある.当院へ 2002 年 2 月から 2011 年 12 月に かけて高次脳機能障害の評価・治療を主目的に当科入 院し,一定の条件を満たした 18 ∼ 60 歳についての就 労状況調査の対象者 146 名中に脳炎が 7 名,低酸素脳 症が 6 名含まれていた.リハビリテーション(以下, リハ)診療において脳炎・脳症による高次脳機能障害 への対処を求められることは決して稀ではない. 脳炎について 急性脳炎の病因には感染症(ウイルス,細菌,マイ コプラズマ,真菌など),自己免疫疾患(膠原病,血 管炎症候群,傍腫瘍症候群など),ワクチン接種など がある. 単純ヘルペス脳炎は成人では主として単純ヘルペス Ⅰ型ウイルスの再活性化時にみられ,三叉神経などか らウイルスが逆行性に上行して側頭葉を中心とした脳 炎を発症する.わが国の脳炎の約 20 %を占め,病原 体が確定された脳炎としては最も多い.抗ウイルス薬 であるアシクロビルの登場で予後が大きく改善した が,なお死亡率 10 %前後である1).典型例では発熱, 頭痛,精神症状,意識障害,痙攣などを認め,頭部コ ンピューター断層撮影(CT),磁気共鳴画像(MRI) などで側頭葉・前頭葉(主に側頭葉内側面・前頭葉眼 窩面・島回皮質など)に認める病巣に伴い記憶障害, 遂行機能障害,言語障害,情動障害などの後遺症を生 じる.なかでも記憶障害は単純へルペス脳炎後遺症と して頻度が高く,内側辺縁系を構成する海馬の病巣に よって,いわゆる側頭葉性記憶障害を呈する.脳炎で は両側性に海馬が障害されることも稀でないため症状 は重度となる. 画像診断で両側海馬・扁桃体などに異常を認め,ウ イルス学的検査で単純ヘルペスウイルスが否定される 脳炎を非ヘルペス性辺縁系脳炎と総称している.自己 免疫性,ウイルス性,傍腫瘍性などの原因があり,単 純ヘルペス脳炎と同様に後遺症を生じる2).脳炎後の 記憶障害などへのリハ対応は他の脳損傷と大きく変わ るところはないが,辺縁系の障害からも情動障害が評 価や訓練を困難にする例が多い印象をもっている. また,脳炎後には症候性てんかんのコントロールに 難渋する例があり,てんかん性の高次脳機能障害につ いても考える必要がある.てんかん性健忘,てんかん 性失語,てんかん性幻視,性格行動変化などが挙げら れる.記憶障害など高次脳機能障害の存在下でいかに して確実な抗てんかん薬の内服を行うかも課題とな る.また,非痙攣性てんかん重積では痙攣を伴わずに 持続する高次脳機能障害を認める.さらに,抗てんか ん薬が高次脳機能に与える影響(注意や覚醒,精神運 動速度の低下など)も考慮する必要がある. 脳症について 急性脳症は中枢神経系の非炎症性の浮腫による機能 障害であり,脳機能が全般的に低下し,意識障害・痙

《教育講演》

Jpn J Rehabil Med 2014 ; 51 : 787.789

脳炎・脳症による高次脳機能障害

*1

岡 﨑 哲 也

*2 2014 年 9 月 1 日受稿 *1 本稿は第 51 回日本リハビリテーション医学会学術集会構造教育講演「高次脳機能障害対応」(2014 年 6 月 5 日,名古 屋)をまとめたものである. *2 産業医科大学リハビリテーション医学講座/〒 807.8555 福岡県北九州市八幡西区医生ヶ丘 1.1 E-mail : tetsu-ok@med.uoeh-u.ac.jp 構造教育講演◎高次脳機能障害対応

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岡 﨑 哲 也 攣などを生じる症候群で炎症所見を伴わないものであ る.これには低酸素性脳症,Wernicke-Korsakoff 脳症 などがある. 低酸素脳症は脳細胞への酸素供給が低下し,ある範 囲にわたり細胞壊死をもたらした結果生じる脳の障害 である.主に低酸素性低酸素血症,貧血性低酸素血 症,虚血性低酸素血症の 3 つの病因がある.低酸素脳 症では低酸素状態に脆弱である両側海馬の障害により 重度のエピソード記憶障害をきたしやすい.低酸素脳 症では記憶障害のほか視覚認知障害,遂行機能障害, 人格・行動変化,運動障害など多彩な症状を示す3) 脳浮腫をきたす急性期以降の頭部 CT,MRI では前 頭葉,側頭葉に優位な脳萎縮が主な所見となる.低酸 素脳症による高次脳機能障害は脳外傷などに比べ回復 が緩慢で長期にわたるリハの関わりが必要である.ま た低酸素脳症の原因が自殺企図にある場合には発症前 から社会的背景に問題を抱えており,支援にあたって 配慮を要する. 記憶障害,社会的行動障害のリハ 脳炎,脳症によるエピソード記憶障害へは外傷性脳 損傷や脳卒中において推奨されている内容4)に準じ て対応する.軽度の記憶障害に対して内的方略(視覚 イメージ法など)や外的代償手段(メモリーノートな ど)の使用を試みる.重度の記憶障害に対しては直接 的な代償機器(ページャーなど)の使用を考慮する. 現在のわが国では携帯電話の一部機能などが相当す る.重度の記憶障害に対しては患者自身の日常生活に 実用的な意味を持つ領域特異的な知識・技能の習得を 促す.そのために誤りなし学習などを活用する.原則 として訓練効果の汎化が乏しいため,習得をめざす知 識・技能については実生活の中から重要な課題を抽出 する視点が重要となる.   また,収納のラベリングや家電機器の手順書など適 切な環境調整は患者の負担を軽減できるし,手続き記 憶獲得の糸口ともなる. 脳炎,脳症による社会的行動障害が意欲低下として あらわれている場合には,興味・関心のあることがら を課題とする,選択肢を用意する,生活の枠組みを提 供する,達成感を持てる課題を通してはっきり誉め る,などを心がけてはたらきかける.いわゆる問題行 動を認める患者への対応に周囲は難渋するが,本人に とっては理由があることが多い.決して容易ではない が,負の感情を持って接さないこと,問題行動の強化 因子や誘因を除くこと,などに注意する.著しい脱抑 制症状の出現時はその場で説得しようとせずに時間を おく,あえて無視する,注意を他に転換させる(制止 でなく誘導する)などの対応を試みるとともに,接し 方について家族への情報提供が必要である.   症 例 紹 介 25 歳,女性,右手利き.既往歴・家族歴に特記事 項なし.X 年 2 月職場で突然の心肺停止を生じ,搬送 先の病院で蘇生に成功した後に重度の意識障害が 1 カ 月間ほど遷延した.7 月には車椅子で自宅退院し,9 月には歩いて外出可能となった.重度の記憶障害が残 存するため 10 月当院を紹介受診し,12 月に高次脳機 能障害の評価目的に入院した. 入院時は意識清明であるが発動性は低下しており, 発話はやや緩慢で上下肢とも左優位に軽度の協調運動 障害を認めた.表在知覚,深部感覚とも正常で深部腱 反射は左右差なくやや減弱しており,病的反射は認め 表 神経心理学的検査結果 MMSE 25 点(見当識,計算で減点) WAIS-R 言語性 IQ 70 動作性 IQ 51(全 IQ 59) WMS-R 言語性 50 未満 視覚性 50 未満 一般 50 未満 注意集中 59 遅延再生 50 未満 Rivermead 行動記憶検査 標準プロフィール点 1/24 三宅式記銘力検査 有関係対語 5.6.5 無関係対語 0.1.1 Rey 複雑図形 模写 27/36  3 分後再生 8/36 Frontal assessment battery 13/18

Trail making test Part A 307 秒  Part B 546 秒 レーヴン色彩マトリックス検査 28/36

MMSE:Mini-Mental State Examination,WAIS-R:Wechsler Adult Intelligence Scale-Revised,WMS-R:Wechsler Memory Scale-Revised

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脳炎・脳症による高次脳機能障害 なかった.屋内歩行は自立していたが歩隔が広く,歩 幅は著しく小さかった.Barthel index は 100 点であっ た.神経心理学的評価は表に示す通りで,知能低下, 重度の記憶障害,精神運動速度の低下などが明らかで あった.発症 10 カ月後の頭部 MRI ではびまん性の脳 萎縮を示し,大脳白質の容積減少による脳室拡大や右 側優位に両側の海馬や海馬傍回の萎縮を認めた(図). 本例の中核症状である記憶障害の主因は酸素供給低下 による海馬の損傷で,記憶の貯蔵,固定の障害が主体 と思われた.作話はなく,再認も重度に障害されてい た.記憶障害が重度であり,かつ知能低下,発動性低 下のため代償手段獲得が困難な状態であった.このた め環境調整を重視し,日常生活の必要事項や見当識に ついて誤りなし学習を継続した. 自宅では物の置き場所のわかりやすい表示,洗濯機 やコーヒーメーカーなどの手順書貼付などの配慮が行 われた.希望の献立を尋ねられても答えられないが複 数呈示された献立から選ぶことはできたので,様々な 機会に選択肢を用意して自己決定を促した.メモの確 認,携帯メール使用を試みたが習得は困難であった. 本人,家族とも通所サービスは希望されず,家族が同 行して定期的かつ頻回に外出した.不定期ながら旧知 の友人の誘いでも外出した.社会・経済的には退職 し,障害年金(精神・肢体)を受給した.X+4 年に 再度心停止のエピソードがあり,植え込み型除細動器 を挿入されたが高次脳機能障害については増悪を認め なかった. その後の長期経過のなかで自発性の向上を認め,促 されることなく洗い物をしたりコーヒーを淹れたりす るようになった.時折は発症以後にデビューしたタレ ント名など新しく覚えた記憶内容も認めているが,総 じて記憶障害の改善は乏しかった.本例では低酸素脳 症後の高次脳機能障害の評価をもとに本人,家族の粘 り強い取り組みによって新しい生活スタイルが構築さ れた. お わ り に 脳炎・脳症による高次脳機能障害の諸症状へのリハ の基本方針は脳外傷等と同様であるが,てんかん等の 合併症や緩慢な改善経過より長期にわたってのかかわ りを必要とすることが多い.自殺企図による低酸素脳 症例など社会的背景に問題がある場合には,積極的に 精神科や他機関との連携を図るべきである.後遺症が 重度な場合も当事者,家族その他の支援者と話し合い ながら,有意義な新しい生活スタイルの構築を共に目 指す姿勢を持ちたい. 文  献 1) 木村 宏 : 急性脳炎・脳症の病因・病態 単純ヘルペ ス脳炎. 日本臨牀 2011 ; 69 : 437.441 2) 深津玲子 : 神経疾患と高次脳機能障害 脳炎と脳症. 神 経内科 2008 ; 65 : 142.146 3) 渡邉 修 : 疾患別高次脳機能障害のみかた 低酸素脳 症. MB Med Rehabil 2006 ; 70 : 38.47

4) Cicerone KD, et al : Evidence-based cognitive rehabilita-tion : updated review of the literature from 2003 through 2008. Arc Phys Med Rehabil 2011 ; 92 : 519.530

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は じ め に 東京都は 2008 年に高次脳機能障害者数の実態を調 査するために,都内全病院に向けてアンケート調査を 行った.その結果,東京都内の 1 年間の高次脳機能障 害者の推計発生数は 3010 人で,推計発生数より推定 された都内の高次脳機能障害者総数は 49 ,508 人(男 性 33,936 人,女性 15,572 人)であった.このなかで, 頭部外傷に起因する例は約 7000 人であった1).従っ て,わが国で頭部外傷により高次脳機能障害を有する 例は,その約 10 倍の 7 万人程度と概算することがで きる.本稿では,この 7 万人の障害像とリハビリテー ション(以下,リハ)の特徴について,事例を交えて まとめてみたい. 頭部外傷分類と受傷機転 脳への外力には主に 2 つの加わり方がある.1 つは 頭部打撲のように,直接に外力が直線的に加わる場合 (linear force)であり,もう 1 つは,外傷性頚部症候 群(いわゆる“むちうち症”,whiplash syndrome)の 重症例や shaken baby syndrome のように,頭部が頚 部,脳幹を基点として前後左右に加速,減速され,回 転加速度が加わり,その直接的,間接的衝撃の結果, 脳に外力が加わる場合(rotational force)である.外 傷性脳損傷(traumatic brain injury:TBI)の分類と し て 国 際 的 に 汎 用 さ れ て い る Gennarelli ら の 分 類 (表)は,脳の損傷範囲を,局所性とびまん性に分類 している2).局所脳損傷とは,主に前者の,外力が直 接に直線的に加わった場合に生じ,急性硬膜外血腫, 急性硬膜下血腫,脳挫傷,外傷性脳内血腫を生じる. いずれも,受傷時の力学および脳構造の観点から,前 頭葉皮質,側頭葉皮質に損傷をきたしやすい.ただ し,急性硬膜下血腫は,後者の回転加速度に因ること がはるかに多く,急性硬膜外血腫例よりも重篤となり やすい. びまん性脳損傷は,後者のように脳へ回転加速度が 加わった結果生じ,意識障害の有無,時間により,① 軽症脳震盪,②古典的脳震盪,③びまん性軸索損傷 (diffuse axonal injury:DAI) の 3 つ に 分 類 さ れ る.

びまん性軸索損傷に注目すると,表のように昏睡期間 および脳幹部障害の有無によって,mild DAI,moder-ate DAI,severe DAI に分類される.そして,病理学 的見地から,Adams らは,DAI について,3 段階の grading を提唱している3).Grade Ⅰとは,DAI が顕 微鏡レベルで主に前頭葉の傍矢状面の皮質・皮質下に 分布する例を,Grade Ⅱとは,Grade Ⅰに加えて脳梁 に 局 所 損 傷 を 伴 う 例 を,Grade Ⅲ と は Grade Ⅰ, Grade Ⅱに加えて,中脳背外側に損傷のある例をさし ており,これらの grading は予後と密接に相関してい る. 頭部外傷が重度な場合,以上の一次損傷の後に,脳 の浮腫,虚血,脳圧亢進,グルタミン酸の上昇,細胞 内カルシウム濃度の上昇,フリーラジカルの発生等の 二次損傷を生じ,皮質細胞は低酸素から細胞死に至る 可能性がある.このような事態となると,機能的回復 は長期的にみても,軸索の損傷に比し不良となること が予測される. 以上述べてきた受傷機転より,頭部外傷では,重症

《教育講演》

Jpn J Rehabil Med 2014 ; 51 : 790.793

頭部外傷による高次脳機能障害

*1

渡 邉  修

*2 2014 年 6 月 30 日受稿 *1 本稿は第 51 回日本リハビリテーション医学会学術集会構造教育講演「高次脳機能障害対応」(2014 年 6 月 5 日,名古 屋)をまとめたものである. *2 東京慈恵会医科大学附属第三病院リハビリテーション科/〒 201.8601 東京都狛江市和泉本町四丁目 11 番 1 号 E-mail : shuwata@jikei.ac.jp 構造教育講演◎高次脳機能障害対応

参照

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