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Jpn J Rehabil Med 2013 ; : Pathophysiology of Spasticity Yoshihisa MASAKADO Abstract : Spasticity is a frequent and often disabling feature of

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は じ め に 痙縮は,脳卒中,頭部外傷や脊髄損傷などの疾患に よって生じる,いわゆる上位運動ニューロン症候群に よる症候の 1 つである1).腱反射亢進を伴った緊張性 伸張反射(筋緊張)の速度依存性増加を特徴とする運 動障害2)で,伸張反射の亢進の結果生じる,上位運 動ニューロン症候群の一徴候と定義されている3) 上位運動ニューロン症候群の特徴的な所見には,い わゆる陽性徴候と陰性徴候がある.陽性徴候としては 筋緊張の増加,腱反射の亢進,伸張反射の他筋への波 及,クローヌスといった痙縮の所見および痙性異常姿 勢,病的共同運動,病的同時収縮,屈曲反射の亢進な どがある.一方,陰性徴候として麻痺,筋力低下を認 め,運動は巧緻性に欠け,労力を要する4) 上位運動ニューロン症候群においては,陽性徴候, 陰性徴候のほかに,運動麻痺による筋の不動にともな い,筋硬直,拘縮,線維化,萎縮など,いわゆる非神 Jpn J Rehabil Med 2013 ; 50 : 505.510

《まとめ》

2012 年 6 月 6 日受稿 *1 本稿は第 49 回日本リハビリテーション医学会学術集会シンポジウム「脳卒中上下肢痙縮に対するボツリヌス療法」 (2012 年 6 月 1 日,福岡)をまとめたものである. *2 東海大学医学部リハビリテーション科/〒 259.1193 神奈川県伊勢原市下糟屋 143

Department of Rehabilitation Medicine, Tokai University School of Medicine E-mail : masakado@is.icc.u-tokai.ac.jp

痙縮の病態生理

*1

正 門 由 久

*2

Pathophysiology of Spasticity

*1 Yoshihisa MASAKADO*2

Abstract : Spasticity is a frequent and often disabling feature of neurological disease

encoun-tered in Rehabilitation Medicine. The core feature of the spastic state is the exaggeration of stretch reflexes, which manifest as hypertonus. The stretch reflex threshold is reduced, and its gain may be increased. The result is a velocity-dependent increase in the resistance of a passively stretched muscle. Spasticity is traditionally ascribed to damage to the pyramidal tract. However, studies in animals clearly implicate additional motor tracts in the pathophysiology of spasticity. In cerebral lesions some of the drive on the inhibitory center in the caudal brainstem is lost result-ing in a spastic hemiplegia. Partial spinal lesions usually involve the lateral corticospinal and dor-sal reticulospinal tracts, as most commonly seen in multiple sclerosis. Investigations have been conducted to ascertain which alterations in spinal reflex transmission could be responsible for the increased stretch reflex activity. Many spinal reflex pathways may increase or decrease the effect of the monosynaptic excitation : muscle spindle group II afferent, Ib inhibition, recurrent inhibi-tion, presynaptic inhibition of Ia afferent terminals, reciprocal inhibition from muscle spindle Ia af-ferents from the antagonist muscles, fusimotor drive, post activation depression, plateau poten-tials, etc. Many of the factors mentioned above may contribute differently to the degree of the spasticity, depending on the location of the lesion (spinal or cerebral), disease, the extent of the lesion, etc. Gaining a more detailed understanding of the mechanisms underlying the develop-ment of spasticity will increase the possibilities of developing more optimal and differentiated methods of treatment and rehabilitation. ( Jpn J Rehabil Med 2013;50:505.510 )

Key words : pathophysiology(病態生理),spasticity(痙縮),tonic stretch reflex(緊張性伸 張反射),phasic stretch reflex(相動性伸長反射)

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正 門 由 久 経性の変化が生じ,筋の粘弾性が高まる.上述した陽 性徴候の 1 つとしての筋緊張の増加に加えて,筋の粘 弾性増加は筋緊張を増加させるもう 1 つの要因とな る5) 痙縮,痙性異常姿勢,病的同時収縮などの異常な過 活動が起こる一方,運動麻痺により不動となり,二次 的に筋骨格系に変化を及ぼし,筋粘弾性の変化,拘 縮,筋硬直,関節の構造変化などが生じ,さらに相乗 的に病態を悪化させ,最終的に機能障害にいたる6) 本稿では,痙縮の病態生理について述べる. 痙   縮 痙縮(spasticity)は上位運動ニューロン症候群によ る症候の 1 つであり,腱反射亢進を伴った緊張性伸張 反射(筋緊張)の速度依存性増加を特徴とする運動障 害であることは上述した定義である.これは 1980 年 に Lance が定義したもので3),いまでも広く使われて いる.つまり,痙縮の診断・評価には単なる腱反射充 進だけでは判定できず,徒手的筋伸張により,筋伸張 刺激の進行中にのみ出現し,停止で直ちに減弱する抵 抗2),伸張速度が高いほど強くなる抵抗を確認するこ とが必要である(図 1).また痙縮が高度になると, クローヌスや折りたたみナイフ現象を示す. 原因は,大脳から脊髄に至る中枢神経系内のさまざ まなレベルに生じる機械的損傷,血流障害,変性など の幅広い障害である.つまり脳卒中,脳性麻痺,頭部 外傷,無酸素脳症,脊髄損傷,多発性硬化症,神経変 性疾患などが原因疾患となる2).疾病やその障害部位 によって,より多彩な症状が加わり複雑となる.主な ものとして,運動麻痺,屈筋反射充進,病的反射出 現,感覚障害などが挙げられる.さらに病変の重症度 によってそれらの量的加重関係も考慮する必要があ る.そのなかでも最も注目されるのは,“痙性麻痺” と呼ばれる麻痺である.しかし,痙縮と麻痺のそれぞ れの程度が並行しない症例が少なからずみられ,麻痺 を伴わない症例すらみられる2).これは,両症状発現 の神経機序に相違があることを示唆している.また痙 縮が麻痺の二次的原因となる場合もある2) 痙縮は上述したような疾患で起こるわけであるが, 痙縮の程度や分布は病変部位,その他のさまざまな要 因で異なっている場合が多い.たとえば脊髄病変で は,下肢は伸筋に強い筋緊張があり,はさみ足歩行や クローヌス,屈筋スパスムがよくみられる.一方,脳 卒中などの大脳病変では,通常上肢では屈筋の筋緊張 が高く,下肢では,伸筋の筋緊張が高い7) Lance の定義は,比較的狭く,筋緊張亢進の中での “痙縮”という定義であるが,上位運動ニューロン症 侯群で起こる陽性徴候のすべてが“痙縮”とよばれる ことが多い7).たとえば,屈筋スパスムの頻度が多く なり,強くなったことも“痙縮が増強した”と表現す る場合がある.陽性徴候すべてが同一の患者に起こる 場合もあるが,その程度は異なり,通常すべての兆候 が同様に起こることは少ない7,8).一方腱反射亢進や バビンスキー反射陽性だけで“痙縮”が存すると呼ぶ 傾向もある.以上のように,どのような病態を“痙 縮”と呼ぶのかをしっかりと意識して,“痙縮”を使 用することが必要である. 陽性徴候すべての徴候が,必ず一患者に存するわけ ではなく,さらに筋骨格系の粘弾性の変化が影響し, “筋緊張が高い”となっている場合もある.上位運動 ニューロン症侯群における陽性徴候のそれぞれの病態 生理は,均一ではない.それゆえに,それぞれの徴候 や重症度に合わせ,治療を進めていくことが必要とな る. ⑙䚭⦨ ୕⭆୔㢄➵ ✒ฦೋ 䟺∞㯖⑯䟻 ➵ఘᒈ 図 1 痙縮 (文献 2 より引用改変) 筋伸張刺激の進行中に出現し,伸張速度に依存して反応が変化する.腱反射の亢進, クローヌスなどを伴う.

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痙縮の病態生理 痙縮の病態生理2,7,9) 痙縮の病態生理については,複雑であり,いくつか の因子が考えられる. 上位運動ニューロンの障害によって,痙縮をはじめ とするさまざまな陽性兆候が生じる.その陽性徴候の 最大の特徴は,伸張反射の亢進である.正常では上位 中枢が伸張反射,固有感覚反射,皮膚反射,侵害受容 器反射などの興奮性を調節していると考えられる.上 位中枢の障害によって,これらへの調節機構が破綻 し,抑制が減少し,過剰な興奮となることで陽性兆 候,すなわち伸長反射の亢進につながるものと考えら れる. 痙縮は,錐体路の障害とされているが,動物実験な どからは,他の経路も含んだ障害によって起こると考 えられている2,7,9).錐体路への損傷実験では,必ずし も そ れ に よ っ て 痙 縮 は 生 じ な い. つ ま り, 運 動 野 Broadman area 4,延髄錐体路,外側皮質脊髄路をそ れぞれ単独に傷害・損傷しても,筋力低下,筋緊張低 下 は 生 じ て も, 痙 縮 は 生 じ て い ない7,9). 運 動 前 野 Area 6 の損傷をさらに加えると痙縮が生じることが報 告されている7,9).上位運動ニューロン症候群のほか の陽性兆候もすべてが錐体路障害によって説明される 訳ではなく,純粋な錐体路の障害では,生じないこと も報告されており,“錐体路障害”としての痙縮は明 らかでない.しかしながら大脳皮質からの影響は,錐 体路以外の下行路を含め,筋緊張に関わっていること は明らかである.それらが脳幹の様々な経路,つまり 脳幹からの網様体脊髄路,前庭脊髄路などを支配し, さらにそれらから支配される脊髄レベルでのさまざま な反射経路の興奮性調節に関与している.上位運動 ニューロン症候群の結果,痙縮などの異常な過活動が 起こることは,以上のような調節機構の障害が原因で あると考えられる. 1.脊髄反射の興奮性変化 脊髄よりも上位中枢からの抑制性,興奮性入力のバ ランス,脊髄内の介在ニューロンの活動によって,脊 髄反射の興奮性は保たれており,その興奮性が高まる のは,上位中枢障害の結果としての脱抑制のためと考 えられる.しかしながら,急性期には反射が減弱し, 徐々に筋緊張が高まっていくのが通常よくみられ,脊 髄における興奮性の継時的変化によるものと考えられ る.

1)相動性伸長反射 phasic stretch reflex7)

伸長反射の亢進には,深部腱反射の亢進,腱反射の 波及とクローヌスがある.伸張反射の波及は,刺激自 体が波及して起こるのか? 受容器の感受性が高まっ ているのか? または受容器からの回路の興奮性が高 まっているのかは明らかでない. クローヌスは,筋の伸展に際して起こるリズミック で,しばしば持続する,間欠的な筋収縮である.ク ローヌスの起源は不明であるが.腱反射の亢進,相動 性伸張反射の亢進と同様と考えられる.例えば,足ク ローヌスでは,伸張の程度を変えることで,その頻度 を変えることができる.また足関節の保持をある程度 の力で続けることにより,間欠的収縮が持続する. こ の 伸 張 反 射 の 亢 進 に よ っ て, 運 動 障 害 が 生 じ る2,10).図 2 は,足関節の急速な背屈運動を行わせた ときのものである.能動的背屈によるヒラメ筋の筋伸 張に対する過剰な反応があり,それによって運動障 害,つまり背屈障害が生じている.これは相反性抑制 の障害によるものと考えられる.下腿三頭筋の痙縮を 抑える目的で,キシロカインブロックを行うと,伸筋 群の痙縮が減弱するとともに,拮抗筋である屈筋群の 筋力が増強する.

2)緊張性伸長反射 tonic stretch reflex7)

筋緊張は,検者が関節を受動的動かすことにより評 価され,検者によって感じられる抵抗によって評価さ れる.上位ニューロン症侯群の 1 つとしての筋緊張の 亢進が痙縮である.ゆっくりした受動運動では,抵抗 は少ないが,速度が速くなると抵抗が高くなる.これ が緊張性伸長反射と呼ばれている. 緊張性伸長反射は,健常人では筋を伸長しても,そ の速度が相当速くならない限り,生じない.しかしな がら上位運動ニューロン症侯群では,伸長速度が低く ても生じ,またそれを生じる伸長速度の閾値が低くな る.それととともに,速度依存性,つまり伸張速度が 増加するとそれに伴って反射も強くなるであることが 特徴である. 3)他の徴候 ほかにも,折りたたみナイフ現象7),病的同時収 縮7),痙性姿勢異常7),屈曲反射の亢進7,9,11),病的連 合反応12 ∼ 15)等が見られる16) 2.生体力学的変化17,18)(表) 上位運動ニューロン症候群によって筋緊張の状態が 変化し,筋肉や腱の短縮によって,拘縮が起こること

(4)

正 門 由 久 は,よく見られる.伸張反射の過興奮性による拘縮ば かりでなく,麻痺や不動などによって生じるものと考 えられている.これによって筋緊張が増していると判 断されている場合も多い. これは,筋緊張の診断・評価に際して,つまり痙縮 の評価・治療に大変重要な問題とある.つまり筋抵 抗,筋緊張の原因が神経性の因子なのか生体力学的な 原因なのかによって,前者であれば,抗痙縮作用のあ る経口薬,ボツリヌスやフェノールが効果的であるは ずであるが,後者であれば効果を期待することはでき ない. 痙縮による運動障害の本態2) 痙縮に関してさまざまな動物実験による研究が行わ れてきた.痙縮をもたらす可能性のあるメカニズムに ついて,筋伸張反射回路要素とそれへの上位脳からの 図 2 痙性患者の足背屈運動の異常 (文献 2 より引用) 痙性患者に急速な足背屈運動を行わせると, 主動筋である前脛骨筋の筋電図に最初の群発―小 休止―第 2 群発, 拮抗筋であるヒラメ筋に前脛骨筋の小休止の時期に対応した群発が観察され る(A,B).問題は, 実際の動きが滑らかでなく, 運動開始後百数十ミリ秒で一時的に底屈方 向に引き戻されることである(C,D:白矢印).この直接の原因はヒラメ筋に代表される拮 抗筋の第 2 相筋電図活動が異常に強いことにある.この活動は能動的足背屈運動による下腿 三頭筋の筋伸張に対する過剰な反射反応である. 表 筋の粘弾性などの変化 ●Reflex-mediated stiffness

●non-reflex,passive,intrinsic mediated stiffness

  関節可動域の制限   筋粘弾性の変化   筋硬直   筋短縮

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痙縮の病態生理 入力様式を中心に,整理した模式図を示す(図 3)2) g 運動ニューロンの活動性の亢進,筋紡錘感受性の上 昇,Ia 群線維終末に対するシナプス前抑制の減少,Ia 群線維の変性/発芽現象,さらには a 運動ニューロン への興奮性入力の増大および抑制性入力の減少やシナ プス後膜の感受性の上昇(a 運動ニューロン自身の興 奮性の変化)などの関与が推測されているものの,詳 細はいまだに不明である.以上のそれぞれが,疾患あ るいは病巣によって,質的および量的に痙縮への寄与 の程度が異なるものと推測される. この中で,最も可能性が高いと考えられているの は,g 運動ニューロン活動の亢進である.除脳固縮 (痙縮の動物モデル)ネコで,局所麻酔薬による g 運 動ニューロンブロックを行い,それが伸張反射を減弱 させるものの,筋張力を保つことより,痙縮が動的 g 運動ニューロンの活動性の亢進によって起こる可能性 を示唆した2).実際ヒトでの局所麻酔薬によるブロッ クでも病的な同時収縮の改善が認められ,痙縮への g 運動ニューロンの関与が示唆される2).しかしヒトで の g 運動ニューロン亢進の直接的の証拠は明らかでは ない,つまり脳卒中患者などでの microneurography による Ia 線維群からの記録の報告によれば,健常人 と明らかな活動,感受性の差がなかったと報告されて いる19).しかし被検筋が必ずしも痙縮を呈している筋 ではないこと,手技が困難でサンプル数が限られてい ること,定量的な評価ではないことなどより,未だに g 運動ニューロンの痙縮への関与は不明である.疾 患,患者によっても異なる可能性がある. 筋紡錘自体の感受性の上昇も可能性がある.g 運動 ニューロンの活動の亢進の有無にかかわらず,何らか の原因によって Ia 線維―運動ニューロン間のシナプ スでの伝達効率の上昇が起これば,筋緊張亢進が起こ る可能性がある2).その原因としては,シナプス前抑 制の低下などが挙げられる.ほかにも動物モデルにお ける痙縮,除脳固縮は,急性の条件下で生じされる が,ヒトにおける痙縮は徐々に発達してくることか ら,Ia 線維の発芽現象,シナプス後膜の感受性増大 が原因である可能性がある. ヒトでの研究では,Ia 相反性抑制の低下,シナプ ス 前 抑 制 の 低 下,Ib 抑 制 の 低 下,post-activation de-pression の低下,Ⅱ群線維による促通の過剰などが報 告されている20) また運動ニューロン自体の膜電位の変化も最近提唱 されている.これは plateau potential と呼ばれている ものである21,22).一過性の興奮性入力による脱分極 で,運動ニューロンの膜特性が変化し,ある閾値を超 えると,運動ニューロン自身に持続的な内向きの電流 し,plateau potential が発生する.すると,外部から の synaptic excitation が 止 ま っ て も, 持 続 的 に 運 動 ニューロンは発射し続ける.これら plateau potential は spinal cord を切断することで一旦失われるものの, ノルアドレナリンやセロトニンなどの注入によって回 復することから,これらの伝達物質を介する回路,つ まり脳幹からの網様体脊髄路などによって引き起こさ 図 3 痙縮の病態生理 (文献 2 より引用) 介在ニューロンは多シナプス性結合を代表させており, 必ずしも 1 個とは限らな い.白抜きマークは興奮性 (+),黒マークは抑制性(−) であることを示す.

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正 門 由 久 れるものと考えられている. その意義については不明であるが,上位運動ニュー ロン症候群における痙縮などにも plateau potential の 関わりが示唆されており,病的状態における運動 ニューロンの膜電位変化が痙縮などの異常な興奮性増 大の 1 つの原因になっている可能性が示唆されてい る21,22) お わ り に 痙縮の病態については,未だに不明な点が多い.そ れは,様々な疾患,病巣部位で生じること,しかしな がらさまざまな症候が同様に同程度に起こる訳ではな いこと,などが原因である.治療を進める上で,常に その病態,原因を頭に置いておくことが必要である. 特に,筋緊張の亢進ばかりでなく,筋や腱の弾性や拘 縮についても考慮しなくてはならない. 文   献

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医学 1995 ; 32 : 97.105

3) Lance JW : Symposium synopsis. in Spasticity : disor-dered motor control (ed by Feldman RG, Young RR, Koella WP). Year Book Medical Chicago 1980 ; pp 485.494

4) 正門由久, 辻 哲也 : 上位運動ニューロン症候群患者の マネージメント―痙縮などの治療をどうリハにいかし ていくか. J Clin Rehabil 2002 ; 11 : 900.906

5) Gracies JM : Pathophysiology of impairment in patients with spasticity and use of stretch as a treatment of spas-tic hypertonia. Phys Med Rehabil Clin N Am 2001 ; 12 : 747.768

6) 笠原 隆, 正門由久 : 成人の痙縮 (梶 龍兒 編). シ リーズボツリヌス治療の実際 神経疾患のボツリヌス 治療. 診断と治療社, 東京, 2010 ; pp 65.80

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8) Sheean G : The pathophysiology of spasticity. Eur J Neu-rol Suppl 2002 ; 1 : 3.9

9) Brown P : Pathophysiology of spasticity. J Neurol Neuro-surg Psychiatry 1994 ; 57 : 773.777

10) Corcos DM, Gottlieb GL, Penn RD, Myklebust B, Agar-wal GC : Movement deficits caused by hyperexcitable stretch reflexes in spastic humans. Brain 1986 ; 109 : 1043.1058

11) Burke D : Spasticity as an adaptation to pyramidal tract injury. Adv Neurol 1988 ; 47 : 401.423

12) 中村隆一 : 臨床運動学第 3 版. 医歯薬出版, 東京, 2002 13) Dvir Z, Penturin E, Prop I : The effect of graded effort

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15) Honaga K, Masakado Y, Oki T, Hirabara Y, Fujiwara T, Ota T, Kimura A, Liu M : Associated reaction and spas-ticity among patients with stroke. Am J Phys Med Reha-bil 2007 ; 86 : 656.661 16) 大田哲生 : 脳卒中片麻痺患者に対する低周波刺激の効 果の臨床的および電気生理学的検討. リハビリテー ション医学 2001 ; 38 : 109.118 17) 関 勝 : 痙性片麻痺患者における足関節他動運動時の 生体力学的特性に関する研究. リハビリテーション医 学 2001 ; 38 : 259.267

18) Dietz V, Sinkjaer T : Spastic movement disorder : im-paired reflex function and altered muscle mechanics. Lancet Neurol 2007 ; 6 : 725.733

19) Wilson LR, Gandevia SC, Inglis JT, Gracies J, Burke D : Muscle spindle activity in the affected upper limb after a unilateral stroke. Brain 1999 ; 122 : 2079.2088

20) 正門由久 : 痙縮 (1) ―その病態生理―. 臨床脳波 2006 ; 48 : 169.177

21) Bennett DJ, Li Y, Harvey PJ, Gorassini M : Evidence for plateau potentials in tail motoneurons of awake chronic spinal rats with spasticity. J Neurophysiol 2001 ; 86 : 1972.1982

22) Gorassini MA, Knash ME, Harvey PJ, Bennett DJ, Yang JF : Role of motoneurons in the generation of muscle spasms after spinal cord injury. Brain 2004 ; 127 : 2247. 2258

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は じ め に 2010 年 10 月より我が国において上下肢痙縮に対す る A 型ボツリヌス毒素の使用が可能となった.上下 肢の痙縮は運動能力の低下,手指などの衛生状態の悪 化,関節拘縮を引き起こすとともに,それ自体が疼痛 の原因となることもある.これまで痙縮の治療には内 服薬を用いたりフェノールブロックを施行したり,装 具を用いたりとリハビリテーション(以下,リハ)医 療においても様々な方法が用いられてきたが,副作用 の問題や手技の問題などがあり,必ずしも的確に治療 されてきたとはいえないと思われる.脳卒中上下肢痙 縮に対するボツリヌス療法は,まだ本邦における歴史 は浅いものの,その効果はてきめんであり,今後,脳 卒中における痙縮治療の中心をなすものと考えられ る.本稿では脳卒中上下肢痙縮に対するボツリヌス療 法について具体的な方法および,そのこつについて述 べる. ボツリヌス療法の適応 この治療方法を検討するにあたり「どのような症状 がボツリヌス療法の適応となるか」といった疑問がま ず最初にでるであろう.痙縮の悪影響を考えることで Jpn J Rehabil Med 2013 ; 50 : 511.514

脳卒中上下肢痙縮に対するボツリヌス療法の手技とこつ

*1

大 田 哲 生

*2

Botulinum Toxin Type A for Upper and Lower Limb Spasticity Poststroke

*1 Tetsuo OTA*2

Abstract : More than two years have passed since Botulinum toxin type A (BoNT-A) was

ap-proved for upper and lower limb spasticity after stroke. BoNT-A works well for spasticity, so it is one of the most effective treatments for spastic paresis in stroke patients. We usually treat elbow flexors, wrist flexors and finger flexors in the upper limb, and hip adductors, knee flexors and an-kle plantar flexors in the lower limb in order to improve motor function, maintain sanitary condi-tions and reduce the burden of care. We often use motor point block with 5 % phenol for the treatment of spasticity. Though BoNT-A treatment has some weak points including its cost, the risk of antibody production and dosage limitation, this treatment is easier than phenol block in the technique of injection. Additionally, injection with electrical stimulation or ultrasonography will be helpful to insert the needle into the targeted muscle more accurately. ( Jpn J Rehabil

Med 2013;50:511.514 )

Key words : 脳卒中(stroke),痙縮(spasticity),A 型ボツリヌス毒素(Botulinum toxin type A)

2013 年 5 月 24 日受稿

*1 本稿は第 49 回日本リハビリテーション医学会学術集会シンポジウム「脳卒中上下肢痙縮に対するボツリヌス療法」

(2012 年 6 月 1 日,福岡)をまとめたものである.

*2 旭川医科大学病院リハビリテーション科 /〒 078.8510 北海道旭川市緑が丘東 2 条 1 丁目 1.1

Department of Physical Medicine & Rehabilitation, Asahikawa Medical University Hospital E-mail : tetsuota@asahikawa-med.ac.jp

《まとめ》

シンポジウム◎脳卒中上下肢痙縮に対するボツリヌス療法 表 痙縮の悪影響 • 正常肢位の保持困難 • 上肢随意性の低下 • 手指等衛生状態の悪化 • 歩行能力の低下 • 疼痛 • ROM 制限 • 褥瘡の発症 • 介助量の増大

(8)

大 田 哲 生 この疑問は簡単に解決すると思われる.代表的な痙縮 の悪影響を表に,麻痺肢の状態を図 1 に示す.随意性 のある麻痺肢では痙縮による上肢巧緻性の低下や内反 尖足による歩行能力の低下が引き起こされるため,こ れらの運動能力の改善を目標としてボツリヌス療法が 用いられる.随意性の低い麻痺肢であったとしても, 痙縮による異常肢位がもたらす外見上の問題や手指や 陰部の衛生上の問題の解決のためにボツリヌス療法は 効果的である.また,寝たきりの状態にあったとして も,異常肢位による局所の圧迫を軽減することで褥瘡 予防につながったり,筋緊張軽減が関節可動域改善を もたらし介護量の軽減に結びつくこともありうる.さ らに筋緊張亢進自体が疼痛をもたらす場合にも疼痛緩 和のためにボツリヌス療法は良い適応となる. 脳卒中患者の場合,上肢では肘関節および手関節の 屈曲,手指の屈曲に対して,下肢では股関節内転,膝 関節屈曲,内反尖足,足指の屈曲に対して用いられる ことが多い. 標 的 筋 次に脳卒中患者における代表的な標的筋について以 下に述べる. 1.上 肢 肘関節屈曲を緩和させたい場合は上腕二頭筋,腕橈 骨筋に,手関節屈曲を緩和させたい場合は橈側手根屈 筋,尺側手根屈筋に,手指屈曲を緩和させたい場合は 浅指屈筋,深指屈筋を標的とする.母指 IP 関節の屈 曲緩和に対しては長母指屈筋に,母指内転緩和に対し ては母指内転筋に施注する. 2.下 肢 股関節内転を緩和させたい場合は大内転筋や長内転 筋などの股関節内転筋群に,膝関節屈曲を緩和させた い場合は大腿二頭筋,半腱様筋,半膜様筋に,尖足を 緩和させたい場合は腓腹筋(内側頭,外側頭)および ヒラメ筋に,足部内反を緩和させたい場合は後脛骨筋 に,足指屈曲を緩和させたい場合は長趾屈筋,長母趾 屈筋を標的とする. フェノールブロックとボツリヌス療法 痙縮の治療においてはよく筋弛緩剤の内服が行われ ている.内服薬による治療は簡便ではあるが,肝機能 障害や眠気,だるさなどの副作用が少なからず伴い, 症状改善のために内服薬を使用したり増量したりする ことは必ずしも容易なことではない.そこで局所に作 用を限局させることが可能な注射によるブロック療法 が以前から用いられている.その代表的なものが 5 % フェノール水溶液を用いた motor point block である. 5 %フェノール水溶液にはタンパク変性作用があり, これを神経破壊剤として用いている.その結果,一度 の治療で数カ月にわたる効果を持続させることが可能 である. フェノールブロックの手法として神経本幹を標的と する方法と motor point を標的とする方法がある.神 経本幹には運動神経のみならず感覚神経も含まれてお り,治療後に感覚障害や疼痛を伴うことがあるため, これらの問題を避けるために motor point を狙ってブ ロックする方法がよく行われている.フェノールを用 いた motor point block は薬剤が安価であるという長

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脳卒中上下肢痙縮に対するボツリヌス療法の手技とこつ 所はあるが,フェノール水溶液は市販されておらず, 自前で調達する必要があったり,motor point を探す ための手技に熟練を要したり,感覚神経の破壊を伴え ば感覚障害や疼痛をきたしてしまったり,治療の反復 による筋の瘢痕化を伴うといった短所が問題であっ た. 対してボツリヌス療法では手技が簡単なことが第一 の利点として挙げられる.motor point block のように motor point を探す手技が必要なく,針先が標的とす る筋に挿入されていれば薬剤の効果が期待できる.さ らに筋肉の器質的な変性を伴わないため,反復して治 療を行う場合には適していると考えられる.しかしな がらボツリヌス療法の短所もいくつか存在し,薬剤が 高価であることが大きな問題であろう.その他,本邦 で認可されている薬剤の最大使用量が海外に比して少 ないため,大きな筋に使用したい場合や上下肢の複数 の筋に一度に使用したい場合には,各筋に対する分配 を慎重に検討する必要がある.患者の要望にじっくり と耳を傾け,施注筋および各筋に対する薬剤量を検討 することが重要となる.また,ボツリヌス製剤に対す る抗体産生をきたさないように注意する必要がある. このために 3 カ月以内の再投与を避けることが重要と なる. フェノールブロックとボツリヌス療法を比較した場 合,手技の簡便さという点でボツリヌス療法に軍配が 上がると考える.しかし,複数の大きな筋に対して治 療を行う場合は,認可されているボツリヌス製剤の使 用量では足りないことが起こりうるため,フェノール ブロックの併用を考慮すべきと思われる.経済面を第 一として選択すると,フェノールブロックに軍配が上 がることもあろう.股関節内転筋群の筋緊張亢進によ るハサミ足に対しては標的筋が大きく多くなるため, 多量のボツリヌス製剤を要することある.よって, フェノールを使用した閉鎖神経ブロックが有用と考え る. ボツリヌス療法の注射手技 各筋に対する注射部位の詳細は誌面の都合もあり省 略する.解剖や筋電図関連の清書を参照していただき たい.一般的に上腕二頭筋や腓腹筋などの表層の大き な筋肉に対しては,ブラインドで施注しても治療効果 は期待できると思われる.しかし,深部の筋肉や小さ い筋肉を治療の標的とする場合は,電気刺激やエコー を併用して針先が目的の筋に到達していることを確認 しながら治療を行うことが勧められる1,2).筆者は電 気刺激を併用しながら標的筋を確認している.筋肉が 線維化している部位に針先がある場合は十分な治療効 果が得られない可能性があるため,標的が大きな筋で あったとしても電気刺激を行うことは重要と考えてい る. 注射のこつ 脳卒中患者の上肢では手関節と手指屈曲のため,橈 側手根屈筋,尺側手根屈筋,浅指屈筋,深指屈筋,長 母指屈筋が標的筋となることが多い.前腕の断面にお ける筋走行を考慮すると,表層に橈側手根屈筋があ 図 2 針のタイプ

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大 田 哲 生 り,その深部に浅指屈筋,さらにその深部に長母指屈 筋が存在する.従って,1 カ所の刺入部位から深さを 変えて 3 つの筋に施注可能となる.同様に表層にある 尺側手根屈筋の深部には深指屈筋が存在するため,1 カ所の刺入部位から深さを変えることで 2 つの筋に施 注可能である.針刺入時の疼痛軽減という観点から, 手技に慣れてくるとこのような方法を用いることを考 慮しても良いだろう.同様に下肢でも内反と足指屈曲 を伴う場合は針の深さを変えることで後脛骨筋と長趾 屈筋を 1 つの刺入部位から施注可能である.また,ヒ ラメ筋の深部では外側には長母趾屈筋,内側には長趾 屈筋があり,1 つの刺入部位で複数の標的筋を治療す ることが可能となるため,参考にしていただきたい. また,電気刺激を用いて施注する場合,通電可能な 針にはシリンジに直接付けるタイプと,ポール針のよ うに接続ラインを持つものがある(図 2).それぞれ 一長一短があり,各人の好みに応じて用いるのがよい と思われる. お わ り に リハ医療における脳卒中患者に対するボツリヌス療 法は,ボツリヌス製剤を注入することだけが目的では なく,その後の治療の効果を大きく左右するリハ訓練 をいかに併用するかが大事である.麻痺肢の随意性を 上げるための訓練方法や筋緊張軽減効果の継続期間を 長持ちさせるための訓練方法をいかにして見出してい くかが今後の課題として挙げられるであろう.また, 装具療法の併用も有用であり,今後,ボツリヌス療法 に併用されるこれらのリハの方法を発展させていくこ とが脳卒中患者の QOL 拡大に重要と考える. 文  献 1) 木村彰男 編 : 痙縮のボツリヌス治療─脳卒中リハビリ テーションを中心に─. 診断と治療社, 東京, 2010 2) Picelli A, Tamburin S, Bonetti P, Fontana C, Barausse M,

Dambruoso F, Gajofatto F, Santilli V, Smania N : Botuli-num toxin type A injection into the Gastrocnemius mus-cle for spastic equinus in adults with stroke, Am J Phys Med Rehabil 2012 ; 91 : 957.964

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は じ め に 中枢性神経疾患における上位運動ニューロン症候群 の 陽 性 徴 候 は, 深 部 腱 反 射 の 亢 進, ク ロ ー ヌ ス, Babinski 徴候陽性,痙縮,筋スパズム,共同運動パ ターン,連合反応があり,陰性徴候は,脱力や巧緻動 作の低下,疲労などがある. これらの中で痙縮は,内反尖足などによる運動障 害,日常生活動作(ADL)の低下,セルフケア・清潔 保持の低下,介護への依存,自尊心喪失,疼痛,うつ 状態,生活の質(QOL)低下をきたしてしまうため, 痙縮をうまくコントロールすることが重要である.痙 縮治療の目標は,表 1 に示した. 痙縮に対するリハビリテーション(以下,リハ)で は,薬物治療,バクロフェン髄注,神経ブロック,リ ハ,装具療法,電気刺激などが推奨されている1)が, ボツリヌス療法による痙縮のコントロールは日本にお いても多く行われるようになってきている.ここで は,痙縮のコントロールの進め方および上肢の痙縮に ついて説明を行う. Jpn J Rehabil Med 2013 ; 50 : 515.519

上肢痙縮に対するボツリヌス療法の実際

*1

中 馬 孝 容

*2

Botulinum Toxin Injections in the Treatment of Upper Limb Spasticity

*1 Takayo CHUMA*2

Abstract : Spasticity in patients with upper neuron syndrome is significant problems. It causes

difficulties with activities of daily living, interferes with voluntary movement, and causes pain, de-pression, and dependence on caregivers. One of the treatments for limb spasticity is botulinum toxin-A (BTX-A) therapy. BTX-A therapy improves muscle tone in upper and lower limb spastici-ty, and is safe and effective. We use BTX-A therapy to control spastic upper limbs targeting the shoulder, elbow, wrist, and finger joints. Following treatment, improved ROM, voluntary move-ment of fingers and the lessoning of pain, improved ADL, and improved hand function are expect-ed. A multidisciplinary team approach is best. In such an environment, BTX injections can yield additional medical benefit by combining BTX treatment with rehabilitation. ( Jpn J Rehabil Med

2013;50:515.519 )

Key words : ボツリヌス毒素(BTX),痙縮(spasticity),上肢(upper limb),リハビリテー

ション(rehabilitation)

《まとめ》

2013 年 6 月 10 日受稿 *1 本稿は第 49 回日本リハビリテーション医学会学術集会シンポジウム「脳卒中上下肢痙縮に対するボツリヌス療法」 (2012 年 6 月 1 日,福岡)をまとめたものである. *2 滋賀県立成人病センターリハビリテーション科/〒 524.8524 滋賀県守山市守山 5.4.30

Department of Rehabilitation Medicine, Shiga Medical Center E-mail : chuuma@mdc.med.shiga-pref.jp シンポジウム◎脳卒中上下肢痙縮に対するボツリヌス療法 表 1 痙縮の治療の目標症状の改善: 疼痛・筋スパズム・連合反応に関連した 不随意運動 ◆活動機能の改善   移動:スピード,バランス,歩行パターン    移乗動作・巧緻動作・リーチ・セルフケア(更衣・ 洗顔など)・食事など ◆介護の軽減(移動,ポジショニング,衛生,更衣など)拘縮・変形の予防・装具の装着ボディ・イメージの改善痙縮軽減の薬剤の軽減リハ効果の増強

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中 馬 孝 容 ボツリヌス療法による痙縮のコントロールの進め方2) 痙縮の治療の目的は,疼痛・筋スパズム・連合反応 に関連した不随意運動などの症状を改善し,活動的な 機能の改善を図ることである.例えば,歩行時のス ピードやバランス,歩行パターンの改善,移乗動作・ 巧緻動作・リーチの改善,更衣・洗顔などのセルフケ アや食事動作の改善が可能となり,さらに,移動,ポ ジショニング,衛生,更衣などの介護の軽減,拘縮・ 変形の予防,装具装着をしやすくさせ,ボディ・イ メージの改善,痙縮に関する薬剤を軽減させ,リハ効 果の増強が期待できる.痙縮による異常肢位の原因と なる筋とその治療効果について表 2 に示した3) 英国内科医師会によるガイドラインよると,痙縮の 治療の進め方としては,まず,痙縮を増強させている 原因があれば,まずその対策が必要とのことである. 疼痛や不快になっていること,便秘や尿路感染症,呼 吸器感染症等の有無について確認し適切な対応が必要 となる.衣類の不適切さ,バルーンカテーテル留置や 不良姿勢などの確認,さらに,不良肢位に対するスプ リントや装具の検討,理学療法による筋や関節周囲の 軟部組織の拘縮予防を図る.その後,問題となる痙縮 が体のどの部位にあるのかを評価し,適切な治療法を 選択する.例えば,限局性に認める痙縮に対しては, ボツリヌス療法,フェノールブロックなどが選択さ れ,対麻痺などに対してはバクロフェン髄腔内投与を 検討する.臨床の現場では,薬物療法・神経ブロック 療法,バクロフェン髄腔内投与,外科的治療などを組 み合わせて用いることが多い(表 3). 痙縮のみられる患者に対する治療において,まず, 痙縮は患者にとって有害なものかどうかについて検討 する必要がある.痙縮を利用して肘屈曲位でカバンな 表 2 痙縮パターンと治療効果 (文献 3 より) パターン上肢 関与する筋 BTX 注射による改善点 肩関節内転内旋 大胸筋・広背筋・円筋 群・肩甲下筋 菱形筋・肩甲部の筋 座位姿勢 更衣 腋窩衛生 歩行バランス・対称性 時に,肘・手の痙性軽減 肘関節屈曲位 上腕二頭筋・上腕筋・腕 橈骨筋 屈曲変形・リーチの改善 前腕回内 円回内筋・方形回内筋 手の機能向上 手関節屈曲・clenched hand 尺側・橈側手根屈筋・浅 指屈筋・深指屈筋・長母 指屈筋 手掌の衛生 離握手・把持の改善 母指屈曲・手内筋の拘縮 母指対立筋・内転筋・短 母指屈筋・虫様筋・骨間 筋 把持の改善 表 3 Management strategy (文献 3 より) ×Prevention of aggravating factors

  (pain/constipation/infection/tight clothing/poor postural management) ×Physical treatments

  posture management, physiotherapy, splint ×Treatment options

 ⇒ Generalised spasticity → Oral agents  ⇒ Multi-focal and focal spasticity

→ Intramuscular botulinum toxin → Orthopedic surgery Phenol nerve/ muscle blockade

 ⇒ Regional spasticity → Intrathecal baclofen → Neurosurgery Intrathecal phenol

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上肢痙縮に対するボツリヌス療法の実際 どを把持したり,手指関節屈筋群の痙縮を利用して物 の把持を行っていることがあり,ボツリヌス療法によ る痙縮軽減で今まで行うことができていた動作ができ なくなることがある.このような可能性がある場合に は,必要に応じて,局所麻酔薬のリドカインを用いて 同様のブロックを行い,効果を主観的,客観的に行う ことで,患者の不利益を回避できる. 英国内科医師会のガイドラインよりボツリヌス療法 の進め方について簡単に説明する(表 4).ここで大 切なことは,適切に患者を選択し,多職種からなる チームで治療法についての意見をまとめ,痙縮に対す る治療戦略,治療対象の筋,引き続き行う理学療法の 計画,結果の評価方法などを検討するということであ る.チームで検討し,目標・治療内容・治療効果・今 後の方針を的確に判断できると考える.また,治療対 象者にはインフォームドコンセントを行い,治療の目 的や目標を理解してもらうことは重要である.さら に,ボツリヌス療法後の合併症の有無,満足度につい ても経過を追う.表 5 にボツリヌス療法の際に注意す べきことを示す. ボツリヌス療法の評価として,一般的に行われてい るのは,Modified Ashworth scale,ROM(range of mo-tion),歩行解析(10 m 歩行時間・6 分間歩行距離な ど),疼痛に関する VAS や NGRS(Numeric Graphic Rating Scale),ADL の 評 価 と し て FIM(Functional Independence Measure),BI(Barthel index)などが ある.また,ビデオ撮影をボツリヌス療法の前後で行 うことで,評価が深まる.治療対象者の自覚的な満足 度も大切な評価の 1 つである. 上肢痙縮に対するボツリヌス療法2) 上肢痙縮に対してボツリヌス療法の対象筋となるの は,肩関節内転内旋位に対して大胸筋,大円筋等,肘 関節屈曲位に対して上腕二頭筋や腕橈骨筋等,手・手 指関節屈曲位に対して橈側手根屈筋,尺側手根屈筋, 浅指屈筋・深指屈筋・長母指屈筋等がある.原則とし ては,単関節筋ではなく二関節筋を中心にブロックを 行うように努める.単関節筋の場合,痙縮軽減だけで なく時に脱力に転じてしまい,今まで可能であった動 作ができなくなってしまうため注意が必要である.ボ ツリヌス療法時のモニターとして筋電図や超音波など が勧められている. 痙縮のコントロールではボツリヌス療法のみで完結 するわけではなく,かならず,リハの指導(自主訓練 の指導も含め)が必要となる.

ボツリヌス毒素注射は Modified Ashworth Scale や ROM(range of motion),痛み,ADL の改善だけでな く,運動学的解析での効果,上肢痙縮の治療による歩 行への影響についての報告がみられる.Ashford らは

表 4 Key steps to treatment of spasticity with botulinum toxin (文献 3 より) Step 1 Before considering BT Appropriate physical programme in place

Step 2 Patient selection Focal or multi-focal spasticity Demonstrable muscle over activity Clearly identified goals for treatment Step 3 Agree with multidisciplinary team Strategy for spasticity management

Priority target muscles for treatment Step 4 Prior to injection Provide appropriate information

Informed consent Recorded baseline

Step 5 BT injection Using EMG or nerve/muscle stimulator, or imaging Step 6 Follow up 7.14 days to review need for splinting /orthotics

4.6 weeks to assess effect and patient status

3.4 months to assess functional outcome and plan further treatment Step 7 Documentation to include

表 5 注意すべきこと治療目標を決定する患者・家族への説明(インフォームドコンセント)注射施行にあたり,末梢神経・筋の解剖を知っておく必要に応じてモニターを行う.局所麻酔薬による効果を確認することも考慮する.目的とする筋の作用と運動の変化・バランスを評価す る. ◉数週間にわたる効果および合併症有無の確認する.

(14)

中 馬 孝 容

脳卒中や頭部外傷の肩甲帯や上肢近位筋の痙縮に,訓 練は継続しながら,ボツリヌス毒素注射を行い,注射 16 週間目の評価で痙縮(Modified Ashworth Scale), 疼痛,洗体・更衣・アームレストへのポジショニング についての点数化は有意に改善し,患者が到達すると 予測される結果に対する実際の到達度を評価する Goal Attainment Scaling において改善がみられたと報 告している4).Lim らは,肩痛のある片麻痺患者をラ ンダムに,棘下筋,肩甲下筋,大胸筋へのボツリヌス 毒素注射を行った群とトリアムシノロン・アセトニド の肩関節内注射群に分けて,上肢機能への影響につい て検討し,肩関節注射群に比べ,ボツリヌス毒素注射 群の方が,肩痛と肩の関節可動域を有意に改善したと 報告している5).Esquenazi らは,上肢痙縮のため肘 屈筋群へのボツリヌス毒素注射により上位運動ニュー ロン症候群における歩行速度を改善させたと報告して いる6) 上肢痙縮に対する治療の評価は上肢機能も重要であ るが,痛みや姿勢・歩行も含め全身への影響を考慮す る必要がある.  最近は,ボツリヌス毒素注射と他の治療を組み合わ せによる治療効果に関する報告がある.Meythaler ら は,脳卒中患者に一般的な療法プログラムに加えて, ボツリヌス毒素注射を組み合わせることで,さらに機 能の向上が増強されると報告している7) Sun らは上肢痙縮のある脳卒中患者をランダムに, ボ ツ リ ヌ ス 毒 素 注 射 と modified constraint-induced movement therapy との組み合わせを行った群とボツ リヌス毒素注射と伝統的なリハを行った群に分けて, 上肢の痙縮,機能面,患者の満足度について検討を 行っている.6 カ月後において,前者の組み合わせの 群の方が,肘・手・手指の痙縮,上肢運動機能は有意 に改善したと報告している8).ボツリヌス毒素注射と どういったリハプログラムを組み合わせることで,よ り効果が増強するかということについて検討を行って いる. 筆者は上肢痙縮に患者にボツリヌス療法を行ってい るが,肩が痛い,肩のあたりがひっかかるという患者 に対しては,よく大胸筋にボツリヌス療法を行ってい る.痙縮に伴う痛みやこわばりはほぼ改善する.ま た,患側手指の集団屈曲伸展ができる場合は,治療後 に手指の分離運動がみられ,自主訓練指導を行うこと が重要である.ときに,注射直後より効果がでる場合 もあり,痙縮と呼んでいる病態は筋スパズムなども含 めて非常に多様な状況を含んでいるとのではないかと 推測している. お わ り に 痙縮の治療においては,英国内科医師会のガイドラ インに記載があるように,まず,痙縮の治療が必要な 対象患者を選定し,ボツリヌス療法以前の痙縮の対応 およびボツリヌス療法による痙縮の治療目的を決定し た上で戦略を立てる必要がある. 英国内科医師会のガイドラインにおいて,「ボツリ ヌス療法は注射後の運動,筋ストレッチ,適切な臨床 効果を得るためのスプリントの検討も含めリハプログ ラムの一部である.」とされ,推奨グレード A として 掲載されている.ボツリヌス療法の前後における検 討・評価は重要である.同時に,リハの一環であるこ とを念頭におきながら,ボツリヌス療法と他の痙縮の 治療との組み合わせについての検討は重要な今後の課 題である.また,期待通りの治療効果が得られない場 合は,表 6 に示したことが一般的な対策である. 文  献 1) 脳卒中合同ガイドライン委員会 : 脳卒中治療ガイドラ イン 2009 (篠原幸人, 小川 彰, 鈴木則宏, 片山泰朗, 木 村彰男 編). 協和企画, 東京, 2009 2) 中馬孝容 : 最近の文献レビュー. 痙縮のボツリヌス療 法, 脳卒中リハビリテーションを中心に (梶 龍兒 総 監, 木村彰男 編) 診断と治療社, 東京, 2010 ; pp 99.106 3) Spasticity in adults : management using botulinum toxin.

National guidelines Royal College of Physicians, 2009 4) Ashford S, Turner-Stokes L : Management of shoulder

and proximal upper limb spasticity using botulinum tox-in and concurrent therapy tox-interventions : A prelimtox-inary analysis of goals and outcomes. Disabil Rehabil 2009 ; 31 : 220.226

5) Lim JY, Koh JH, Paik NJ : Intramuscular botulinum

tox-表 6 期待された効果が得られない場合 ×その原因について検討する.   ⇒治療目標の再検討.    投与部位・投与量の再検討. ×施行前に,廃用による筋力低下もしくは ROM 制限の 有無を確認する.    ⇒リハ指導等による改善が必要. ×チームでの評価を定期的に行う. ×患者の満足度が得られない場合,BTX 注射の目的につ いて再検討・再確認が必要.

(15)

上肢痙縮に対するボツリヌス療法の実際

in-A reduces hemiplegic shoulder pain : a randomized, double-blind, comparative study versus intraarticular tri-amcinolone acetonide. Stroke 2008 ; 39 : 126.131 6) Esquenazi A, Mayer N, Garreta R : Infl uence of

botuli-num toxin type A treatment of elbow fl exor spasticity on hemiparetic gait. Am J Phys Med Rehabil 2008 ; 87 : 305.311

7) Meythaler JM, Vogtle L, Brunner RC : A preliminary as-sessment of the benefits of the addition of botulinum

toxin A to a conventional therapy program on the func-tion of people with longstanding stroke. Arch Phys Med Rehabil 2009 ; 90 : 1453.1461

8) Sun SF, Hsu CW, Sun HP, et al : Combined botulinum toxin type A with modifi ed constraint-induced movement therapy for chronic stroke patients with upper extremity spasticity : a randomized controlled study. Neurorehabil Neural Repair 2010 ; 24 : 34.41

(16)

は じ め に ボ ツ リ ヌ ス 療 法 は,「 脳 卒 中 治 療 ガ イ ド ラ イ ン 2009」において脳卒中後の上下肢痙縮に対してグレー ド A として推奨されおり,上肢痙縮に関しては,上 腕,前腕,手指屈筋群へのボツリヌス毒素の注射が, 上肢痙縮の軽減,関節可動域の増加及び日常生活上の 介助量軽減に有効とされている1).ボツリヌス療法の 目標として,痛みやスパズムの軽減,セルフケア,ポ ジショニングの改善など passive な目標と,手指機能 や上肢機能の改善など active な目標がある2).これま でのエビデンスは passive な目標に対する効果が多く, ボツリヌス療法が上肢機能向上をもたらしているか否 かのエビデンスはまだ不十分である.ここでは脳卒中 上肢痙縮に関して,ボツリヌス療法による上肢機能向 上に対する過去の報告をまとめ,当院で行っている取 り組みを紹介し,ボツリヌス療法による社会参加の可 能性を探りたい. 上肢痙縮に対するボツリヌス療法の機能向上効果 これまでの報告では,上肢痙縮に対するボツリヌス 療法によって,上肢リーチ,ものつかみ,運ぶ動作が 改善したとの報告3)や,麻痺上肢の連合反応が減少 した報告4),麻痺上肢の痙縮改善によって歩行速度が 向上した報告5)などがある. ボツリヌス療法は注射を行うだけでは効果が不十分

《短 報》《原 著》《まとめ》

Jpn J Rehabil Med 2013 ; 50 : 520.524

上肢機能向上と社会参加

*1

松 嶋 康 之

*2

  蜂須賀明子

*2

  蜂須賀研二

*2

Improving Upper Limb Function in Stroke Patients

*1 Yasuyuki MATSUSHIMA,*2Akiko HACHISUKA,*2Kenji HACHISUKA*2

Abstract : Botulinum toxin type A (BTXA) injections are effective for treating upper limb

spas-ticity after stroke. Treatment has been shown to reduce muscle tone and improve basic upper limb activities such as hand hygiene and facilitation of dressing. However, the evidence on the ef-fect of BTXA injections on active function such as reaching or grasping is unclear. Rehabilitation should be combined with BTXA injection to improve upper limb function after stroke. We experi-enced two cases with spastic upper limb hemiparesis where upper limb function improved after combined application of BTXA injections, robotic therapy and intensive occupational therapy. Their ability to reach and grasp improved and they were able to participate in social activities. To evaluate upper limb function, the Wolf Motor Function Test and Motor Activity Log were espe-cially useful because these scores were correlated with the degree of patient satisfaction. Com-bined therapeutic application of BTXA injections and new therapeutic strategies such as repetitive transcranial magnetic stimulation, transcranial direct current electrical stimulation, constrained-induced movement therapy, and robotic-assisted therapy may be useful to improve active function for paralytic upper limbs after stroke. ( Jpn J Rehabil Med 2013;50:520.524 )

Key words : ボツリヌス(botulinum),上肢機能(upper limb function),社会参加(participation), ロボット支援訓練(robotic therapy)

《まとめ》

シンポジウム◎脳卒中上下肢痙縮に対するボツリヌス療法 2012 年 8 月 29 日受稿 *1 本稿は第 49 回日本リハビリテーション医学会学術集会シンポジウム「脳卒中上下肢痙縮に対するボツリヌス療法」 (2012 年 6 月 1 日,福岡)をまとめたものである. *2 産業医科大学リハビリテーション医学講座/〒 807.8555 福岡県北九州市八幡西区医生ヶ丘 1.1

Department of Rehabilitation Medicine, University of Occupational and Environmental Health, Japan E-mail : y-matsu@med.uoeh-u.ac.jp

(17)

上肢機能向上と社会参加 であり,注射後のリハビリが大切である.ボツリヌス 療法とリハビリテーション(以下,リハ)の併用効果 としては,通常の訓練にボツリヌス療法を組み合わせ るとさらに機能が向上したとの報告6)や,ボツリヌ ス療法と修正 CI 療法(constrained-induced movement therapy)の併用で機能向上の効果があったとの報告7) がある.また,ボツリヌス療法とアームサイクル訓練 の併用によって fMRI で大脳皮質の組織再構築を認め たとする報告8)もあり,ボツリヌス療法による機能 向上のメカニズムとして脳の可塑性も関与していると 考えられる. 最近ボツリヌス療法が麻痺上肢機能を向上させるか について,英国での多施設共同無作為化比較試験が報 告された9).脳卒中発症 1 カ月以上経過した 333 名を 対象に,ボツリヌス投与群とコントロール群を比較し た.両群とも 1 回 1 時間の訓練を週 2 回,4 週間行い, 訓練内容は,ストレッチ,自動・他動運動,課題指向 的訓練を含んでいた.ボツリヌス投与群ではボツリヌ ス投与後に訓練を 4 週間行うことを 3 カ月毎に 3 回反 復し,コントロール群は 3 カ月ごとに訓練のみ 4 週間 行った.1 カ月,3 カ月,12 カ月の時点で評価した結 果は,Action Research Arm Test(ARAT)で評価した 上肢機能は有意差を認めず,手の衛生,更衣のしやす さはボツリヌス投与群で有意に改善した.これは麻痺 の程度を重度か否か(ARAT の得点 0 ∼ 3 の群と 4 ∼ 56 の群),発症からの期間を 1 年未満と 1 年以上に分 けたサブグループ解析でも同様であった.この報告は ボツリヌス療法の上肢機能向上効果について否定的な 結論であったが,症例や訓練方法によって効果が認め られる可能性があり,今後さらなる検討が必要であ る. 当院での上肢機能向上の試み 我々は,上肢痙縮に対して,積極的な機能改善を目 指す症例に対して,外来でボトックス® 注射を行い, 注射 1 週後から 2 ∼ 3 週間入院による集中的な訓練を 行っている.上肢痙縮に対しては,Arm Trainer(Bi-Manu-Track® )による上肢ロボット支援訓練 1 日 20 分間を含む集中的な上肢機能訓練を行っている(図 1).Arm Trainer は,健側患側とも他動的に動かす

passive-passive mode と 健 側 active, 患 側 passive の active-passive mode があり,また,前腕の回内・回外 運動と手関節の屈伸運動を選択でき,それらを組み合 わせている.その他の訓練としてはストレッチ,課題 指向的な作業療法を行っている.また,具体的な日常 生活動作の向上を目標とし,実際の日常生活動作での 使用を増やすことが重要であり,そのための指導を 行っている. 上肢機能向上を評価するには評価法が重要である. Modified Asworsh Scale(MAS)による痙縮の評価や 関節可動域の評価だけでなく,Wolf Motor Function Test(WMFT)や Fugl-Meyer 上肢機能評価による詳 細な上肢機能の評価,Motor Activity Log(MAL)に よる麻痺上肢使用の頻度,自覚的な患者満足度など用 いて多面的に評価を行っている. 症   例 上肢痙縮に対してボツリヌス療法後の集中的な上肢 機能訓練によって上肢機能の向上が得られた症例を例 示する. 症例 1 は 58 歳,男性.くも膜下出血後の脳血管攣 縮 に よ る 右 中 大 脳 動 脈 領 域 の 脳 梗 塞 で 左 片 麻 痺 Brunnstrom stage 上肢Ⅳ手指Ⅳ下肢Ⅴ,MAS は肘屈 筋群 1+,手屈筋群 3,手指屈筋群 3,歩行は自立し ていた.主訴は「娘の結婚式で手を引いて歩きたい」 であった.橈側手根屈筋,尺側手根屈筋,深指屈筋, 浅指屈筋,長母指屈筋,母指内転筋に合計 200 単位の ボトックス® 注射を行い,1 週後から入院による 2 週 間の集中的訓練を実施した.また,3 カ月後に再度ボ トックス® を上腕二頭筋の部位を追加し合計 240 単位 注射し 1 回目と同様に訓練を行った.

図 1  Arm Trainer (Bi-Manu-Track®

) 前腕の回内・回外運動を行っているところ

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松 嶋 康 之・他 MAS はボトックス療法後に手と手指で 1 段階から 2 段階改善した.MAS は 3 カ月後にはもとに戻って いたが 2 回目のボツリヌス療法後に肘,手,手指とも さらに 1 段階改善した(図 2). Fugl-Meyer 上肢機能評価はトータルスコアが徐々 に改善し,その中で肩・肘・前腕の機能が向上し,手 指の機能も向上した.Fugl-Meyer 上肢機能評価は 1 回目の治療後に上昇し,それが 3 カ月後にも保たれて いた(図 3).手指の伸展が容易になり,注射前はで き な か っ た 積 み 木 の 把 持 が で き る よ う に な っ た. WMFT は 1 回目の治療後に向上し,それが 3 カ月後 にも保たれており,2 回目のボツリヌス療法後にさら に向上した(図 4).麻痺側上肢の使用頻度を表す MAL は 1 回目の治療後には変化を認めなかったが 2 回目の治療後に向上した(図 5).

Visual analoge scale で示した「現時点で,あなたの 麻痺手の運動機能に関してどの程度満足しています か?」の設問に対する自覚的満足度は 1 回目の治療前 後では 25 %と変化を認めなかったが,2 回目治療前 が 37 %, 治 療 後 が 42 % と 軽 度 増 加 し た( 図 6). MAS の変化は機能とは必ずしも相関せず,Fugl-Mey-er 上肢機能評価は頭打ちしても,WMFT や MAL は 時間をかけて向上し,それが自覚的満足度と相関して いた(図 4,5,6).本症例は 2 回目の治療後,娘の

図 2  Modified Asworsh Scale(MAS)の変化

図 3  Fugl-Meyer 上肢機能評価の変化

図 4  Wolf Motor Function Test(WMFT)の変化

各動作の質を Functional Ability Score で評価している.

図 5 Motor Activity Log(MAL)の変化

図 6 自覚的満足度の変化

「現時点で,あなたの麻痺手の運動機能に関してどの 程度満足していますか?」の設問に対する自覚的満足 度を Visual analoge scale で示している.

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上肢機能向上と社会参加

結婚式で手を引いて歩く目標を達成でき,治療による 満足度が高かった.

症 例 2 は 26 歳, 男 性. 脳 挫 傷 に よ る 右 片 麻 痺 で Brunnstrom stage 上肢Ⅴ手指Ⅳ下肢Ⅴ,MAS は肘屈 筋群 1+,手屈筋群 3,手指屈筋群 1+で,杖なしで 歩行は自立していた.職業はグループホームの清掃員 で,主訴は「母の肩をもんであげたい」であった. 上肢痙縮に対してボツリヌス注射後 1 週後から 2 週 間,症例 1 と同様に入院リハを行った.入院中は麻痺 上肢の使用を日常生活に反映させることを重点的に 行った.目標を「右手で人の肩を揉む」「右手で箸を 使えるようになる」「右手も回して,両手で雑巾を絞 る」と具体的に決め,ベッドサイドに目標を貼った. 毎日,リハの確認表と MAL の項目ができたか確認し た. ボツリヌス療法後に手指屈筋群の MAS が 3 から 1 に改善した.Fugl-Meyer 上肢機能評価は変化がなく, WMFT や MAL は向上し,それが自覚的満足度と相 関していた.特に MAL の向上とともに自覚的満足度 が向上していた.治療前は手指の伸展が不十分であっ たが,治療後 3 週目には手指の伸展が改善し,右手で 物を掴めるようになり,両手で雑巾絞りをしたり,母 の肩もみをしたりできるなど目標を達成した.雑巾絞 りはグループホーム職員としての作業に必要な動作で あった.症例 2 では具体的な目標を決め,毎日確認し たことが機能向上と満足度の向上につながった. 症例 1,2 ともにボツリヌス療法とその後の集中的 な機能訓練によって上肢機能が向上した.ボツリヌス 療法によって,症例 1 は結婚式への参加,症例 2 は親 孝行と職場での作業向上と社会参加につながった. 上肢機能向上に対するアプローチ 近年,脳卒中後の上肢機能向上に対するアプローチ として,経頭蓋磁気刺激,経頭蓋直流電気刺激,CI 療法,ロボット支援訓練など新しい治療戦略が試みら れている.これらの治療の効果のメカニズムとしては 脳の可塑性,神経回路の再構築が考えられている.上 肢機能向上を目指すこれらの治療とボツリヌス療法を 組み合わせることの有効性が徐々に報告されている. 角田らはボツリヌス療法と rTMS,集中的作業療法 の併用効果に対する予備研究を報告している10).ボツ リヌス投与後 4 週目から 15 日間の併用訓練を行うと 4 カ月後に MAS,Fugl-Meyer 上肢機能評価,MAL の 改善を認めた.当教室の研究では tDCS とロボット支 援訓練である Arm Trainer の併用訓練の結果,Fugl-Meyer 上肢機能評価,MAL の改善を認めた11).過去 には Arm trainer のみの訓練で痙縮が改善するとの報 告12)もあるが,併用することで相乗効果が期待でき る. 麻痺側上肢に対して多くの方法が選択できる中で, ボツリヌス療法は上肢機能を向上させる方法の 1 つと 位置づけることができる.ボツリヌス療法によってあ らかじめ痙縮を改善させた後に,CI 療法やロボット 支援訓練などの治療を行うなど治療拡大も期待でき る. お わ り に ボツリヌス療法による上肢機能向上のエビデンスは 明らかでないが,ボツリヌス療法と集中的な機能訓練 によって上肢機能が向上する症例がある.ボツリヌス 療法後の上肢機能評価としては WMFT と MAL が自 覚的満足度と相関している.ボツリヌス療法は rTMS や tDCS,ロボット支援訓練等と組み合わせることで さらなる麻痺上肢機能向上を期待できる.ボツリヌス 療法とリハを組み合わせることで上肢機能が向上し, 日常生活動作の向上や職場復帰などの社会参加を促す 一助となることを期待したい. 文   献 1) 篠原幸人, 小川 彰, 鈴木則宏, 片山泰朗, 木村彰男 : 脳 卒中治療ガイドライン 2009 (脳卒中合同ガイドライン 委員会 編). 協和企画, 東京, 2009 2) 正門由久 : 痙縮(2)―その評価とマネージメント―. 臨 床脳波 2006 ; 48 : 241.247

3) Fridman EA, Crespo M, Gomez Argüello S, Degue L, Villarreal M, Bohlhalter S, Wheaton L, Hallett M : Kine-matic improvement following Botulinum Toxin-A injec-tion in upper-limb spasticity due to stroke. J Neurol Neu-rosurg Psychiatry 2010 ; 81 : 423.427

4) Bhakta BB, O’Connor RJ, Cozens JA : Associated reac-tions after stroke : a randomized controlled trial of the effect of botulinum toxin type A. J Rehabil Med 2008 ; 40 : 36.41

5) Esquenazi A, Mayer N, Garreta R : Infl uence of botuli-num toxin type A treatment of elbow fl exor spasticity on hemiparetic gait. Am J Phys Med Rehabil 2008 ; 87 : 305.310

6) Meythaler JM, Vogtle L, Brunner RC : A preliminary as-sessment of the benefits of the addition of botulinum toxin a to a conventional therapy program on the func-tion of people with longstanding stroke. Arch Phys Med

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松 嶋 康 之・他

Rehabil 2009 ; 90 : 1453.1461

7) Sun SF, Hsu CW, Sun HP, Hwang CW, Yang CL, Wang JL : Combined botulinum toxin type A with modified con-straint-induced movement therapy for chronic stroke pa-tients with upper extremity spasticity : a randomized controlled study. Neurorehabil Neural Repair 2010 ; 24 : 34.41

8) Diserens K, Ruegg D, Kleiser R, Hyde S, Perret N, Vuadens P, Fornari E, Vingerhoets F, Seitz RJ : Effect of repetitive arm cycling following botulinum toxin injec-tion for poststroke spasticity : evidence from fMRI. Neu-rorehabil Neural Repair 2010 ; 24 : 753.762

9) Shaw LC, Price CI, van Wijck FM, Shackley P, Steen N, Barnes MP, Ford GA, Graham LA, Rodgers H, Investiga-tors B : Botulinum Toxin for the Upper Limb after Stroke (BoTULS) Trial : effect on impairment, activity

limita-tion, and pain. Stroke 2011 ; 42 : 1371.1379

10) Kakuda W, Abo M, Momosaki R, Yokoi A, Fukuda A, Ito H, Tominaga A, Umemori T, Kameda Y : Combined ther-apeutic application of botulinum toxin type A, low-fre-quency rTMS, and intensive occupational therapy for post-stroke spastic upper limb hemiparesis. Eur J Phys Rehabil Med 2012 ; 48 : 47.55

11) Ochi M, Saeki S, Oda T, Matsushima Y, Hachisuka K : Effects of anodal and cathodal transcranial direct cur-rent stimulation combined with robotic therapy on se-verely affected arms in chronic stroke patients. J Rehabil Med 2013 ; 45 : 137.140

12) Hesse S, Schulte-Tigges G, Konrad M, Bardeleben A, Werner C : Robot-assisted arm trainer for the passive and active practice of bilateral forearm and wrist move-ments in hemiparetic subjects. Arch Phys Med Rehabil 2003 ; 84 : 915.920

図 1 麻痺側手指屈筋の筋緊張亢進と麻痺側の内反尖足
表 4 Key steps to treatment of spasticity with botulinum toxin  (文献 3 より) Step 1 Before considering BT Appropriate physical programme in place
表 6 期待された効果が得られない場合 × その原因について検討する.   ⇒治療目標の再検討.    投与部位・投与量の再検討. × 施行前に,廃用による筋力低下もしくは ROM 制限の 有無を確認する.    ⇒リハ指導等による改善が必要. × チームでの評価を定期的に行う. × 患者の満足度が得られない場合,BTX 注射の目的につ いて再検討・再確認が必要.
図 1  Arm Trainer  (Bi-Manu-Track ®
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