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日本西蔵学会々報 (46) 002三谷 真澄「『般若灯論』中の『無畏』 : ルイゲンツェンの翻訳手続きに関する一試論」

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(1)

Japanese Association for Tibetan Studies

NII-Electronic Library Service Japanese  Assoolatlon  for  Tlbetan  Studles

     

若 灯 論

無 畏

イゲ

ツェ ン の

訳手

き に

試論

 真

1

  は じめ

 

チベ ッ ト語 翻 訳 文 献 を 取 り

場合

の通

と い う も の が あ る

。一

つ は

チ ベ ッ ト語 訳は

散失

し て し まっ た サ ンス ク リッ ト原 典を

元し得 る ほ

の 逐 語 訳 的 な 文 献で あるという 理 解 である

しか し

その 理 解 は

そこから派 生 して

チベ ット語訳 は原 典に忠

で あ る が

そこ に翻 訳 者の 介 在 が 存 在 しない かの よ うに取り

うことがで きるという

もう

つ の固

な 理

か いか ねない。

 

前 者につ いて

関説

す れ ば

イン ド

仏教

重 要

資料的価

値を

っ てい るこ と は周 知の

事実

で あ る

イン ド中 観 学 派の よ うに依 拠 すべ き サン ス ク リッ ト本の乏 しい場 合

資 料 と し てチベ ッ ト語 訳 を 利 用 す る他 は な く

しい研

成 果 は

それに

依拠す

る こ と

で あっ たこと は 言 を 待た な い

し か し

後者

につ い て は

そ れ が翻 訳である に も か か わ ら

ず、

究者

に よっ て は翻 訳

在が ほ と ん ど意 識され るこ と な く 扱 わ れているのでは あるまい か。 それ が翻 訳である限 り、 訳 者の存 在 が 全 く等 閑 視 さ れて よいの で あろ う か

斎 藤明氏の

中 論ω 頌 チ ッ ト訳 成 立に関 する

研究

ω は

視点

え て い る

つま り

中論

」 の

諸注釈

テ キ か れ る偈 頌異 同 か ら

翻 訳 者 ル イ

ン ツ   翻 訳 手

き を明ら か に してお られ るのである

も ちろん

そ れ は 偈 頌 だ けの 問 題 に と ど まらず

テ キス ト全 体 に 渡る問 題でも ある

 

本 稿では

、特

『般 若

論』 の注

釈文

に顕

に見ら れる 『

無畏

』(4>の文 章との パ ラレルな

箇所

の う ち

特 徴 的 な 部 分 をい くつ か 列 挙 し

ル イゲン ツェ ンの翻訳上の問

、未

だに謎 とし て未

決の

注釈書、

チベ ッ ト訳のみ 現 存 する

r

無 畏』の成 立につ い て仮 説 を 示したい (s)。

2

 

斎 藤

明 氏 の

想 定

 

さ て

斎 藤 明 氏は、

9

世 紀 初 頭の ル イ ゲン ツェ ン (

Klu

i

 rgyal mtshan )の 「中論」注 翻 訳 手 順にっ いて

般若

灯 論

を翻 訳 する

から

その

解 説

に照ら し て

所 引

の 『

般若

語 を 決 定

したがっ て

後者

に引か れ る 『根 本

論』の

分も

こ のと き に出 来上 が る こ と にな る。 (中 略 〉 その後 に、 『無 畏 論』 お よ び 『仏 護 注』 の翻 訳 は 手 掛 け られ たの

17

N工 工

Eleotronlo  Llbrary  

(2)

Japanese Association for Tibetan Studies

NII-Electronic Library Service Japanese  Assoolatlon  for  Tlbetan  Studles

般若 灯論の 冒無畏

である が

両 注 釈 文 献に引 用さ れ る

r

根本 中論

本論

の 訳

すで に確 定 さ れ た 先の

そ れ が

ほ ぼ 機 械 的 に 当ては め られて し ま う。

とされ

中 論諸 注 釈 チベ ッ ト訳の翻 訳 段

につ い て

以 下の よ う に ま と め ておられる  。

ルイ ゲン ツェ ン

Klu

i

 rgyal mtshan 訳

9C

初頭

  

1

prr .

 

PR

 

P −MK .

 

    (

2

BP .

 

ABh .

ニ マタ クnyi ma  

grags

》11C 後半

  

3

PSP

 

P −

MK

 

 

事 実、 偈 頌 部 分では、 ル イ

ン ツェ ン訳の 『無 畏』 (

ABh .

仏護註

BP .

)、

般若灯論

』 (

PP

)の 三注 釈 がほぼ 共通 であり

ニ マタ ク訳の 『明 らか なこ と ば』 (

PSP

) が 相 違 するとい う

い わけである が

ところが

、各注釈者

頌理

を 無

して

偈 頌 部 分の訳 が 共 通 している 場 合 が 見 られ るの であ る。 つ ま り、 すで に出 来 上 がっ ていた 偈 頌 部 分の訳を

機械的

仏護

や 『無

』を

翻訳

する

にあては め

、注釈

釈 と齟 齬 を き た す ことになっ たの で あ る

『デンカルマ 目

』 (

824 年

)の

の 「

観の論

dbu

 ma ’

i

 

bstan

 

bcosj

の項において は

、r

般 若 とい う 名の根 本 中 論 頌』 (

P

−MK .

) が 筆 頭に置か れ

その 後に

PP .

 

PPT .

 

BP .

 

ABh .

の 順に

、MK

関 係の注 釈 文 献 が 並べ られている

この順 序 は 著 作 順では な く

訳 出 順であった ものと思わ れ る。 これ が事 実で あれば

、r

無 畏』 は

 

r

灯 論』及 びその

複註

の訳

その訳文 を 利用 しな がら訳 出できる こと になる

実 はそ こ に

無 畏とい う注

釈 書

特殊

があろう。

3

ェ ン

中論

 

同じくル イ

ン ツェ ンの翻 訳 に なる

無 畏

仏 護 註

般 若 灯 論』 の テ キス トの間に は

相 互 にパ ラレル な 箇 所 が

数 存 在 する

それ を便 宜 的 に 以 下の よ う に 分 類 してお き たい

 

畏』

、r

仏 護 註』

 

r

般 若 灯 論 が 全て 共 通 する場 合

 

無 畏』 と

仏護註

』 が共 通

場合

 

護 註』 と般 若 灯 論 が 共 通 する場 合

 

無 畏 般 若 灯 論が 共 通 す場 合

 

につ い て は

偈 頌 部 分を除い て は

少である。 ただし

斎藤氏

指摘

さ れ る よ う に

偈 頌の語 句 が 全 同 だ か ら と言っ て も

し も 各 注 釈 家の 見 解 を 反 映 してい ると は 言 え ない ものも含 ま れる

意 し な

れ ば な らない

 

について は

、若

見さ れ るが

まとまっ た もの と して は

 

場合

よ り も

な い

 

に つ いては

、一

般 に は

仏 護 と 月 称 が 帰 謬 論 証 派

清 弁 が 自立 論 証 派 と して

相 互 に対 立 した と い う

常識的

が あるため に

、奇

異に見 られがちである が

、偈

頌そ のもの の理

につい て は、 共 通 する

所 は

随所

られる

さ らに

特徴的

なのは 聖

提婆

Aryadeva

リャ

一18 一

N工 工

Eleotronlo  Llbrary  

(3)

Japanese Association for Tibetan Studies

NII-Electronic Library Service Japanese  Assooiation  for  Tibetan  Studies

若 灯論 』中の 『無畏』

ァ)の偈の引 用で あり

注 釈 中の 引用

引 用 偈 と もに完 全に共 通し ている。

 

最 後 に

挙げ

 

の場 合 が

、本稿

のテ

マ と か か わるもの で あ る。 かな り長 文で

しか も ま と まっ て全 く

注釈

文 が 現 れる こ と に

4

 

ト間

平 行

 

以 下

具 体

記述

を見てい くが

、丹治

氏が、 第

18

章 全

る詳 細 な 諸 注 釈の

釈 を示 し て お られ、 その中で 『

般若

灯 論』の注 釈 文 と 先 行 する二 注 釈 書との間 に 多 数のパ ラ レ ルな 部 分 が 存 在 する こ と を

指摘

し てお られる

 

す な わ ち

般若

灯 論

方法

他 学 派 定 説論 駁 」と 「自己の定 説の論 述」 に お い ているが、 他

派の

定説

の 「論 駁 は 最 初の 三

の 理論 的 問 題 に 限 られて い て

の偈 の注 釈では

(中 略 )

く 『無 畏 に従っ てい るの で

自 己の定 説と さ れるものは

多 くの 場 合

実 質

に は 『無 畏』 の

指す

下 線 は

1

(7)と さ

的 に は 「

清弁

は第四 偈の場 合 は

、仏護

の注 釈 文に手 を 加えて

文意

の説 明に

第五偈の前 半 の

部 と後 半の大

で は 『無 畏 を その ま ま

使

し て

の よ う に清 弁 は 既 存注 釈

を 借 用 しているの であ る が

その取 捨 や

除と加

と に

彼 自身

の見 解 を盛 り込 んで い る と

え よ う。」   と さ れ

清 弁 が

仏護

を敵 視 したり

r

畏』 を 無 視 した り して い る わけでは な く、 む しろ 『無 畏

解釈

尊重

し てる と理 解 し てお られ

4

1

 

r

無畏 』

釈文

検討

  

18

章第

6

偈一

 

注 釈 文 が

、一

部 は

仏護

、一

部 が

r

般若

灯 論』 に共通 な

所をもつ 、 第

18 章

6

偈につ いて 引 用

るe イ タ リック で 示 し た箇 所 が

護註

』 と共 通 箇 所

下 線 部 が 『般 若

灯論

』 との共 通 箇 所であ る

1

  

ABh

 ad 

XV

6

 

ABh .

 

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70a6 〜

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Italic

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BP

underline

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11

 

XVIII−

6

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lda

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pa

 

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 [

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X

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一19一

(4)

Japanese Association for Tibetan Studies

NII-Electronic Library Service Japanese  Assooiation  for  Tibetan  Studies

般若の 『無 畏

S 一

9

ンuア

pa

 

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9

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409

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par

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pa

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dag

 

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241b7 〜

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par

 

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du

 

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byed

 

kha

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du

 

byed

 

bdag

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pa

 

byed

 

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re 

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pa

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gzhan

 

du

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par

 

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pa

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la

 

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 med  na 

 

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dang

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bu

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 nas

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par

 

gyur

 

ba

 

dag

 

gis

 ni 

bdag

 

go

 zhes  

kyang

 

btags

 

par

 

gyur

to〃

gzhan

 

gang

 

dag ’

di

 ni 

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dang

 

dbang

 

Po

 

dang

 

blo

i

 

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du

 zad  

de

di

 

la

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dang

bras

 

bu

 

las

 

gang

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 ’

gyur

 

ba

i

 

bdag

 ni ngo  

bo

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〃sems  can 

du

 

bgrang

 

ba

i

du

 

byed

 

bdag

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pa

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gnas

 

pa

 

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 su ma  

byas

 

pa

di

 

dag

 

la

 

yang

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ba

 

mi

 

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do

 zhes 

bya

 

bar

 

rig

 nas /rgyu 

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bu

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pa

 

la

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pa

 

dag

 

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 ni 

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par

 

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pa

 

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gyur

 

pa

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p

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y

 

g

 

P

・・

b

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PP .

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186bl

6

]t

 

以上 の

例は

、 『

無畏

』 の

注釈文

護 註』 と 『般

』 の両

者別個

に共 有 せ られて い る

合であ る が

その

場合、清弁

既存

注釈書

である

r

無 畏』 を

己の

注釈

と して 「

借用

して い る の で あっ て

特 別 に その

挙 げ

用 して い るわ けでは ない。

 

既存

注釈書

として 『無

』が

在 した な ら

ば、

そ れ 以

立 した と さ れ る 諸 注 釈

に ど う して引 用 さ れ ない の で

か。

伝承

に あるよ う に 龍 樹の著 作 で あ れ

さ らである が

、龍樹

の著 作では ない注

釈書

と して

存在

したとして も

その

が 挙 がっ て こない の はな ぜ で あろ うか。 こ の

問題

、第 18 章

っ たことで は な く

い くつ か の

若 灯 論』 の

叙述

が 『無 畏』 のそ れ と

く同

え られる

釈 文 が 見 出せ る の である

4

2

 

般 若 灯論

注 釈

検討

22

章第

13

15

 

第 22 章

につい て

て みたい

この章 は 「

考察

」 と

られ

、16

偈 か らな る。 「中 論 で は

数少

い、

直接覚

りの

問題、悟

りの人 格 者 た る如

につ いて

扱 う章

である。 ま た

仏護 自身

注釈

と して は実 質 的 な 最

終章

に あ たる

で も

る。

 

注釈文

るが

イ タ リッ クで示 し た

箇所が、

仏護註

』 との共 通 箇

、下

線部

畏』との

共通箇所

である

。一見

して

無 畏

般若灯論

との共 通

箇所

顕著

るこ とは

かで

る。

       

Italic

PP

BP .

underline :

PP .

ABh .

・20 一

(5)

Japanese Association for Tibetan Studies

NII-Electronic Library Service JapaneseAssociation forTibetanStudies

rpazfi`f.mpPo

Tfi.eem

2

PRadXXII-13

[PRtsha,217b3・v6]

gang

dag

'di

skad ces

don

dam

par

de

bzhin

gshegs

pa

yod

pa

kho

na

yin

te

/

mya ngan

1as

'das nas med

do

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phyir

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ll

la

ni sgrub

pa

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bu

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1

de'

yin

no zhes zer

ba

de

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gi

phyir

'di

kyis

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pa'i

blo

gros

can

'di

na mo

gsham

gyi

i

phyir

ro

ll

don

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par

de

bzh

bshad

de

/

rnam

par

rtog

pa

sna tshogs

la

goms

pa'

bu

lta

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gang

yod

pa

ma

yin

pa

de

in

gshegs

pa

ni

yod

pa

kho

na

ibag

chags

gang

gis

'ctzinsdug

gzung

gyurpa

1

de

ni mya ngan'clas

pa

la

1

de

bzhin

gshegs

pa

yod

ce 'am1 med ces mam rtogmog

par

byed

I

de

bzhin

gshegs

pa

mya ngan

las'das

nas

yod

ce

[XXII-13]

'am

f

de

bzhin

gshegs

pa

mya ngan

las

'das nas med ce'am

/

de

bzhin

/

de

bzhin

gshegs

pa

mya ngan

las

'das

nas

yod

kyang

yod

la

/

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kyang

med ce 'am

gshegs

pa

mya ngan

1as

'das

nas

yod

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ma

yin

/

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pa

yang

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zhes

bya

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rnam

par

rtog

pa

la

rnam

par

rtog

par

byed

do

ll

3

PR

ad

XXII-14

[PRtsha,217b6・v7]

yang

dag

pa'i

ye

shes

kyi

mig

bye

ba

dag

la

ni

ngo

bo

nyid

kyis

stong

de

la

1

sangs

rgyas

mya ngan'tias nas ni

1(ABh.:las

'dos nas)

yod

do

zhe 'am med

do

zhes

/

bsampa'thad

pa

ayidmi'gyur"

rnam

par

rtog

pa'iblo

yul

med

pa

la

skye

b

[XXII-14]

ar

mi

'gyur

ba'i

bas

na

1

'dir

yang

gtan

tshigs

kyiskyon

dan

phyir

ro zhes

bya

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so

ll

de

lta

g

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skyon

de

dag

nyid

yod

do

ll

4PR

ad

XXII-15[PR

tsha,

217b7・v218a4]

de'i

phyir

de

ltar

yod

pa

dang

1

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pa

dang

X

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pa

dang

1

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1

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dang/mtshan

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dang1[218a]

1

mtshan nyid

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dang/rgyu

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pa

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pa'ispros

pa・dag

gis

gang

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sangs r:gyas

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!

(6)

-21-Japanese Association for Tibetan Studies

NII-Electronic Library Service Japanese  Assoolatlon  for  Tlbetan  Studles

r

般 若 灯論無 畏

zad 

pa

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la

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byedpa

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bzhin

 

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XXII −15

spros 

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blti

 

gros

 

kyi

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dag

 

thams

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1

 

de

 

bzhin

 

gshegs

 

pa

 ni chos  nyid  

las

 

blta

 

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ba

 

yin

 

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ltar

 

yang

 

gang

 

gis

 

rten

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byung

 

ba

 mthong  

ba

 

des

 chos

mthong  ngo 〃

gang

 

gis

 chos  mthong  

ba

 

des

 sangs  rgyas  mthong  ngo  zhes  

gsungs

 

pa

i

 

phyir

 ro 〃

yang

 na 

de

 

bzhin

 

gshegs

 

pa

 ni 

gzugs

 

kyi

 sku

o 〃

de

 

bzhin

 

gshegs

 

pa

 ni 

bstan

 

pa

i

 chos  

kyi

 sku ’e

zhes /

gang

 

dag

 sangs  rgyas  spros ’

das

 shing 〃zad  

pa

 med  

la

 spros  

byed

 

pa

〃spros  

pas

 nyarns  

pa

 

de

 

kun

gyis

de

 

bzhin

 

gshegs

 

pa

 mthong  mi

gyur

XXII −15]

ji

 skad 

du

 / 

gang

 rnams  

gzugs

 su nga  rnthong  zhing 〃

gang

 

dag

 nga  

la

 sgrar shes 

pa

log

 

par

 spong

bar

 zhugs  

pa

 ste〃skye  

bo

 

des

 ni nga mi mthong 〃zhes 

gsungs

 

pa

 

lta

 

bu’

o 〃

 

上 に 挙

た よ う に

15

偈 に おいて 『

無畏

は 「

戯論

超越

不滅

世 尊 を、 有、

無、常住、無常、色

、法

身、 教 説

、 能 相、

所相

、 因

、果、智、所証、

、不

空 な ど という

論によっ て

戯論

、分

別し

、妄想す

者達

」云々 と 注 釈 す る が

清 弁 は、 戯 論 に 関

で あ る 下 線 部 を そっ く りその ま ま 偈の

い て い る

ま た

第 13 偈

にっ いて 『無 畏』は

の 「

執着

に と らわ れて いる

」を 「

々 の

分別な

どの

薫習

によっ て

汚染

され た 知 恵 を 持つ 」 「これのみ が

諦)

っ て

は無

味である と執 着 を もつ者」 と している

が、

前 者 は 『般 若 灯 論

後者

仏護註

にそのま ま

見 出

せる

 

こ の よう な 『

無畏

= 『

般若灯論

『無 畏』 = 『仏 護 註』 の

他、

仏護註

= 『

般若

灯論

』 の

一致

、第 ll 偈

注釈

られる

。仏

護 は

(本 来 説 か れ るべ き で な

)空、

不 空

の 四

が、 「

虚妄

なる

分別

つ た め に

、勝義

真実

施設す

る目

で 」

か れ た とす る が、 その

の 「

虚妄分

別」 の

使

用 が 『

虚妄分別

うた めに 」 = 『無 畏) に見 え る

半 は

』 と

ま た

、仏護

はこ の第

11

偈 注 釈 下に

Aryadeva

引用

して い るが

こ の

じ偈 が

r

般 若 灯 論』に あ る。 こ の

Aryadeva

偈 (

大半

『四

』 に同

しうる

仏護註

合計

25

箇 所

23

偈 引 用 さ れて いる が、 『

般若灯論

』 では

13

箇 所 に 過

ない。 その 『

般若

』の

べて

仏護註

』 のそ れ と 同

っ て い る。 つま り

清弁

、同一

章 同

下 に

仏護が引

取捨

し た

け で

、独 自

用 は して い

い の である(9)

5

 

r

』 と

r

 

以 上

般若灯論

引用

という

では 現 れ ないが

確 実 に

致 す る

r

畏』 の

文章を抽

出 した が

先 述 した ル イ

ン ツェ ンの翻 訳

方法 が、単

偈頌

のみにと ど ま らない ことが 示 さ れる で

清弁

、論証 因

が 成 立 しない と か

、喩例

成立

しない と か

、章

最初

挙 げ

22 一

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r

般 若灯 論

た、 反 論 者の推 論式に付 随 する過 失 を

指摘す

る論 理 学の術 語 を 駆

使

し な が ら解 釈 すと が 特 徴 と して

え られる他は

ほ と ん ど

r

無 畏』 と共 通で ある。 これほ ど

『般 若 灯 論』が 『無 畏』 とい う注 釈

に従っ て いるな ら ば

その

を挙

るか、 あるいは 『無 畏』 と い う

書物

挙 げ

て参 照 すべ き旨を述べ べき であ ろ う。 しか し

は そ れ を せ

、 丹 治 氏の言 葉 を 用いるならば

用 ] で あ るe ま た

r

無 畏』 と い う現

のチベ ッ ト訳テキス ト の 原 典 が

で に仏 護や

清弁

よ り以 前 に存 在 して い た と いう前 提の下 に

「踏

」 と か 「

とい う表 現 が

使

わ れて いる わ けである

 

こ の よ うに見て くると

無 畏』 は

る に 足 ら ぬ注 釈と か

清 弁

仏護

対 し空 性 論 証の方

相違

か ら厳 しい批 判を加え るのであ る か ら

釈 やその 他の注 釈

方法

につ いて も

冷淡

な 態 度 を取っ ている との見 方 が あ れ ば

そ れ は誤 りで あること が理

され よ う

し か し清 弁 は

中論

偈 そのもの の解 釈につ い て

先 行 する二 注 釈 書

に 『無 畏 解 説 を 取 捨 し な が ら

自己の注 釈 文の

と し て取り込ん で い るのであっ て

そ の名 称に言 及 して の引用で はない

この あた り に 『無 畏』の

立にか か わる問 題 が 潜ん で い る ように思 われる。

 

丹 治 氏 は

「(

印度

西域に おい て

、r

無 畏』 の名で

え ら れ、 その同 じ注 釈 書 が

そ の伝 承 成 立 以

に よっ て 青 目

Hfigala

の著

と して中 国に伝 え られ たの で はないで

ろ うか。」( lo) される が 、 羅 什の見 た 「

論」注 と、 ル イ ゲン ツェ ン が見 た 「中 論」注 が

元 来

じ ものであっ た とす れ ば

そ れ が

中 国 において は

青 目註

r

中 論』と な り

チベ ッ ト に おい て は龍 樹 自注 『無 畏』 と た と して もで は

、一方

で は

、漢

鳩 摩 羅 什 が か か わり

もう

方でル イ ゲンツ ェ ン という チベ ッ ト

が大 き くか か わっ てい たの で は な いであろ うか

ルイ

ン ツェ ンは

チベ ッ ト訳にの み 現 存 する

r

無畏』 とい う

の冠せ られ た 注 釈

の成 立に深 く か か わっ て い るよ う に 思 わ れる(1D

6

 

『無 畏』

異 性

 

注 釈 書研 究 に おい て は

お び ただ し

的業績

積 み 重 ね ら れているが

依 然 として 『

い う 注

釈書

の置かれてい る立

は明 確でない

チベ ッ ト訳の

書に記さ れ る龍 樹 自 注 という

評価

今 日

否 定

に取り扱 わ れるの

学界

常識

である

ま た その 釈 史

的価値

につ いて も

偈 文の繰り返しや

意 味 不 明な喩 例 が 挙 がっ ている など

あまり顧 み ら れ ない のが 普 通である

最 古の注 釈 書とい うことで

究者

が取 り上

る に 過

な い。 しか し

、最古

の注 釈 書であるならば

な ぜ 後の

仏護

や清 弁は 、 こ の注 釈 を 引 用 しないの か。 『無畏』 と い う名 前 を 挙 げて

る こと も なけれ ば 、 その注 釈 内 容 を

批判す

る こ と も な い

先 行 する注

釈書

に対 する にして はあまりに冷 淡 な 態 度で あ る

ま してや 龍 樹の 自注で あっ た とす れ ば なお さらである

 

と こ ろ が

上来 見て き た ように、 仏 護 や

清弁

の注 釈には

引用 と い う形で はないが

現 行 の 『

注 釈と パ ラ レ ル な 文 章 が

、多

数 見 られる、 それは引 用で は な く

自己の注 釈と して

いわば 取 り込 まれた形と して存 在 しているの で あ る

これ は 翻 訳

が共 通 し て い るこ

23

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般 若 灯 論

と か ら、 常 識 的には 現テキス トの文 章 も 同

であっ た とい う よ うに考 え られる。 従っ て

も し仮 に 龍 樹 自

と い う こ とが インドに お い て

ら れ て い た な らば

、後

の注

釈家

貫し て

し た態 度 を とっ た り

ま してや 勝 手 に 自 己の注 釈 と して取 捨 選 択 すること は

さ れ ない で あろう

ま た 龍 樹 自

で な か っ た と し て も

行す

る注

釈書

文章

る につ い て

引 用である旨を示さないのは ど う してなの かe 仏 護 や 清 弁 は 先 行 す る 『四百 論』を 引 用 する 場 合

  

」 と 示 て い と に 反 し

冷淡

態度

ない

 

こ の こ とを

決 する鍵は

イン ド に お け る

著作

立と

チベ ッ ト に おける翻 訳の成 立と いう

二 つ の

時期

を想 定 することで は ない か と 思 わ れる。 つ ま り、 イン ドに おいては、 仏 護 や 清 弁 に 先 行 する現 行 チベ ッ ト訳の

r

無 畏』の原 典 に 相 当 する著

、少

な くと も

ら には

られて お ら

ず、

r

畏』 はチベ ッ ト訳の段 階で成

した と考 え れ ば 説 明 がつ く よ う に思わ れ る。 実 際、 『無 畏』 が 注 釈 書 と して重 要 視 さ れ たのは

チベ ッ トに おいて であ り、 斎 藤 氏の指 摘 される ル イゲン ツェ ン の訳

出手続

きを さ ら に

、注釈文

の訳

に も

れ ば

先 ず

複注

と と も に

r

般若

灯 論』 の翻 訳が

成せ られ

、r

仏 護 註』と並んで

その翻 訳 文 が 適 用されて成 立 し た 注 釈 書 に

r

無 畏』 という 名 称 が 冠 せ られ

龍 樹の著 作 と して権 威 づ け ら れ た と考 えるのが 妥 当 なの ではないだろ う か

7

 

r

中論

r

無 畏

成 立

 鳩

摩 羅

の生 没 年 は

350

409

年 頃 (

344

413

年 と も) とい わ れ

大 乗 仏 教論 書 を は じ めて中国 に も た ら し

そ れ以

仏教

乗 仏 教を中 心とする ものに再 編さ れて い くの である。

35 部 294 巻

の翻 訳の内

『中 論』 の 果 た した 役 割 は 重 大であっ た が

その翻 訳の際に底 本 と した 青 目註 は

いか なる 形態であっ たの か は不 明で あ る

ま た

訳 がいつ

成 したのか も

かでない

し か し

401 年

に長

入り した 羅

の翻 訳 年

を考 慮 すれば

、5

頭に は

現 行 漢 訳 大 蔵 経 本の基になる

目註 『

』 の テ トが

し ていな けれ ば な らない。

っ て

底本

である

原典

がイン ド

4

世 紀の 中頃 まで に は成 立 し ていた と考え られ る。 仏 護 (

470 〜

540

。 た だ しこ の 年 代 は 再 検 討 が 必 要 と思 わ れ る ) や 清 弁 (

500

70

) 及 び 月 称 (

600

50

年 代 を考 慮 す れ ば

れ がイ ン ド成 立あ れ ば

当 然 彼 ら よ り先に

立し て い なければな らない。   し か し

そのテ キス トは原 典 は おろか チベ ッ ト訳 に おいて もその名 称 をみない。 そ して何 よ り重 要 なのは

仏 護 や 清 弁及び月

注釈

に そ の言 及が な い こ と で あ る

。最古

の注

で あ れ ば

なにが しかの

及 があっ て し か るべ き であ ろ うが

、名

称を

挙げ

て の引 用 も批 判 も ない の であ る。 た

テキス トの批 判 的 研 究の成 果 は

現 行 蔵 経 本の漢訳 『中 論』 が

チベ ッ ト訳 にのみ存 在 する 『無 畏』 と

親関係

と を

指摘

テ キ

能性

さ れ る に至っ てい る(12)

こ の こと を 事 実 とす れ

ば、

9

初頭

、他

諸注釈

同時期

に チベ ッ ト訳されて

』 と

称 を 冠され、 龍 樹 自注 と さ れ た ということにな る。 そ の間の 経 緯は明 らか で はない が、 少 な く と も、 チベ ッ トでは、 龍 樹 著 と し

権 威 づ け られ

一24 一

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般 若 灯 論 』

r

やテンギュル に も

入さ れ たの で ある

原テキス トは

と同 系 統の もので あっ た が

チベ ッ ト訳 成 立の際 に

諸 注 釈 統

と い う形で 『無 畏 いう 名 称 を

、龍樹

自注

とい う権 威 付 け を

し た の で はないだ ろ うか

 

大 胆 な 推

れば

チベ ッ ト訳 『無畏 』の

テキス トと し ての 『

』 と

の注

釈書

はイン ドに おいては存 在 し なかっ たの で はない か とい うこと である。 従っ て、 後 代の

釈 家 達 に よっ て

及や 引用 が ない のは 当

である。 チベ ッ ト訳 に 存 在 する表 現上 の パ ラ レ ル な

箇所

翻 訳 者 ルイゲンツェ ンの諸 注 釈の解 釈 統 合の意思 の

れ と見るべ き か も しれ な い 。

下に 『

畏』 の成 立 過 程 に 関 する推 測 をま と め て お き たい

 

中論

註 (『無 畏』 の

、名称 ・著

者 不 明

  

青 目

   

5

世 紀

 

摩 羅 什漢 訳 中 論 』(

註)…

  

の意 訳

   

9

世 紀 初 頭

 

ル イ ゲン ツ ェ ン の チベ ッ ト訳 (

r

無 畏』 と 命 名 )

      

・・.

諸 注 釈 との校 合

統 合 整 理

、龍樹 自

注 と し て

   

824

ン カ ル 目 録 に記 載(13)

   

現存

写 本 と し流 布

訳 語

用 以 降

は旧

規則

う)q4)

   

→ 現 行 チ ッ ト大

蔵経

のテキス ト (新 綴 字

則に従い変 更

写 本 )

   

→ 現

ベ ッ ト大 蔵 経テ キ ス ト (版 本 )

8

  お わ りに

 

従来、

無 畏

仏 護 註

般若

灯 論』 の三注 釈 書 は

いず れもイン ド に おい て こ の

順序

に著 述 さ れ

の 『明 らか なこと ば』 に先

し か もチベ ッ ト訳 者 が 共通 で あ る と い う こ とが

、中

期 中 観 学 派の 研 究及び 『

中論

注 釈 書 を 平 行 し て

む 上 で常 識 。 本 稿 は

般 若 灯 論

を探る中で

チベ ッ ト訳と して伝 わる現 行の 『成 立 につ いて問 題

提起す

る ことになっ た

 

中 論」 頌 を

い た龍 樹著 作 は なq5)こ と は お そ ら く 首 肯 し うるに して も

ではいつ だれ に よっ て書 か れ たのか という点は未 だ明 か で な い

し か し

その成 立の 問 題 は

漢 訳

に 「意 訳 ま た は恣 意

」 と いう翻 訳裁 量 が 承 認 さ れて い る よ う に

にチベ ト訳場 合 も

図 とう もを 考 慮 しな け れ ばな ら な いの で と考 える。

 

本 稿で

い得た ところは

r

般 若

灯論

』 と い う注 釈 書に頻 出 する 『無 畏

仏護

特 に 『無 畏 の平

行箇所

指摘

することであっ た

単 なる テ キス ト

ii

リ テ ィ

クの材 料と し てチベ ッ ト訳 を 見る の で はな く

あ く までも

とい う

意志

っ た 人 間の

を無 視 す る こ と は で きないとい うこ とを

指摘

し たい (16)。

25

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般 若 灯論

』中の 『無 畏

キス

P ・

MK .

 

P

加  

mu

lamadhyamaha −ha“

rika (『般 若とい う

の根

中 論 頌

D .

Ne .

3824

       

PNo .

5224

ABh

BP

PP

PSP .

PPT

MuJlamadhyamaka −

vrtti 

Akutobhaya”

(『無 畏』)

D

 

No

3829

 

P

 

No

5229

Buddhapa

lita

mu

lamadhyamaka

vrtti (『

仏護

D .

 

No .

3842,

 

P.

 

No .

5242

P

41p

α

mu

lamadhyamaka −

vltti (『般 若 灯 論』)

D .

 

No .

3853

 

P

 

No

5253

Mu

lamadhyamaka −

vptti 

Prasannapada−

r

明 らか なこと ば』)

D

 

No

3860

 

P

 

No5260

Pr

勿毋

4

葡 (『

般若

論註

』)

D .

 

No .

3859 ,

 

P.

 

No .

5259

1

) 以 下の論 述では 「中 論」は

ル ジュ ナ (Nagatjuna

150

250)の主著としての

約 450    偈 か らなる 「中 論 (頌 )」を意 味し

中論』 は

鳩摩羅什訳青目釈

r

中論』 (大正巻

30

) を指す    こととする

(2) 斎 藤 明 「『根 本 中 論』 ペ ッ ト訳 批 判亅平川彰編 『仏 教研 究の諸問題』1987

pp

246〜221.

  

斎 藤 明 「根 本 中論テ ク ス ト」 『崎 直 道 博 士 還 暦 記 念

ド学 仏 教 学 論 集

1987,pp.

764〜

   755

3

) 原田覺 氏 は

ル イゲン ツェ ン につ い て

以 下の よ う に指 摘さ れて い る。        チベ ッ トの伝 承によると

吐蕃 期の大翻 訳 師として上述のイェ シェデとペ ル ッェ ク

そ し

    

て ル イ ゲ ンツェ ン

  Klu

irgyal

 mtshan の三者が 並 び称さ れるが

ルイゲン ッェ ンは共訳 者

       と の関 係 か らペルツェ ク と殆 ど 同 時 期の者 と 考 え られる

ル イ ゲン ツェ ン の著 作は

『デン        カ ルマ 目 録』 (五 三

番 ) と プ トゥン (

H

二 二

二 六番)に記載されて い るが

蔵 経 (『北 京        版』

四 四巻

五八 四 番 等 参 照 ) と 敦 煌 本 中 に は ま だ 確 認 さ れて いない

ル イ ゲン ツェ ン の        翻訳は蔵経 中に幾 点か が収載され

敦 煌 本 中にも見 出 さ れる

彼の翻 訳 点 数 はペ ルッェ ク        の 約 四分の

に過 ぎな い が

その う ち 約三分の

が仏 説 部であ り

論 部で は約二 分の

が        律 疏 部であって

約三分の

が中観 部に属 してい る

(原 田 覺 「吐 蕃 訳 経 史 講 座 敦 煌 

    6

巻 『煌 胡語文 献』

IV−1 

チベ ッ ト語文 献

仏 教 文献

七 「吐 蕃 訳 経史」

1985,

 p

436」)    ま た

こ の時 期の翻 訳 動 向 と して

デ 等仏 説 部

大 乗 経

さ ら に

  

識部 等の翻 訳 が 行 わ れ た

次いで ルイ ゲン ッェ ン等に よって戒 律 部と律 疏部

そ し て中観 部の    翻 訳 が 行 わ れ たe さ ら にペルツェ ク 等 に よっ て阿 毘 達 磨 や 因 明 部 を中心に して

以前の翻訳 を

  

補う形 で諸部の翻 訳 が 行 わ れ たの である

(原田同 論 文

p.

437

)」 と想 像 さ れて い る

4

) 梶 山 雄

氏は

「ナ

ル ジュ ナに帰せ られて い る 『無 畏 注』 (チベ ッ ト訳に の み現 存 ) は 語 句    の解 釈に終始する簡 単な注釈であるう えに

第二 三 章第

七 詩 以 下 は 『

リタ 注』と    同

の テキス トになっ て い る。 こ の間の事 情は 不 明 で あ る が

『無 畏 注』 自体 は あ ま り有 用 で な    い う えに

ル ジュ ナ作と い うことも疑わ しい

」 と さ れ

こ の注 釈 書の資 料 的 価 値 を あ

  

まり評価されて いない。 梶山雄

「中観派の歴 史 と文 献」 『講 座 大 乗 仏 教』

7

「中 観 思 想1

春 秋

  

,1982,

p.

10。

5

) す でにこ の問 題 につ いては

、1993

9

12

北 海道 大 学で開催され た第 52回 日本 宗教 学会

  

学術 大 会に おいて

「『無 畏』 『仏 護 註『般 若 灯 論』相互 の文献上 の問 題」

と題し て

口頭 発表を    行った

表 題 は 大 き な もの であるが

そ の趣旨 は清弁の注 釈 文には

、r

無畏』や

仏護 註』 の

  

章とパ ラ レ ル な もの が 多 数 あ ること を 指 摘 する ことであった

本 稿は

そ の後検 討し たこと も

一26 一

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般 若 灯 論 無 畏

ふ ま え

若 干の考 察 を 加 え た もの である

ま た 最 後 に

、r

無 畏』 という 注 釈 書の問 題に つ い て い くつ かの間題を指 摘する

6

)斎 藤前 掲 論文 「『根本中論ベッ ト訳 批 判」

p.

230

参 照

7

)丹治昭義 『沈黙と教説

 

中観思 想 研究 1』関 西 大 学 東 西 学 術 研 究 所 研 究 叢 刊 六

1988,

関 西 大 学 出

  

版 部

p.

51.

8

) 丹 治 前 掲 書

p.

57.

(9)本 稿末 尾の対 照 表 を 参 照

般 若 灯 論』 の引 用 は

、r

仏 護』 の引用箇所

引 用と も

で あ    り

明 らかに仏 護に従っていること が 知 ら れる

な お

『仏 護 註』 の日本語 訳につ い て は

拙 稿

  

中論仏 護 註

22

章 和 訳『龍 谷 大 学 大 学 院 研 究 紀要

人文 科 学』

9,1988,pp.

22〜40

参照

10

) 丹 治昭義 氏は

、r

無畏』(Akutobhaya) は

派 が 確す る 以 前

初 期 中 観 派時 代論 書    と考え ら れ る。」 と

最 初 期の注 釈 書であるこ と を認め た上 で

「『無畏』の著 者は龍 樹でな く

   青目 と考えられ る。 従っ て、 青目釈

羅 什 訳 というのは

『無 畏』 の羅 什 訳 とい うこと に なる

  

と さ れる

丹 治前 掲書 p

41.

11

) 本 稿 で は

主 と して 『無 畏』 に か か わるル イ ゲン ツェ ンの翻 訳 手続きにつ い て 問題として いる    が

仏 護 註』 の の問 題として

23

章以下が 『』 か わ れ た こ と が推測されて    いる

こ の ことに関 して

般 若 灯 論

23

章 以 下 は

覧 表よ う に

仏 護 批 判     が 全 く存 在 し ていない

こ の こと か ら 清 弁 は

r

仏 護 註』 の第 23章 以 下 を 知ること が な かっ たの    で はないか とも 考 え られる

あるい は ル イ ゲン ツェ ンが

すで に翻 訳の完 成し た 丁無畏』 か ら

  

補っ て

『仏 護 註』の注 釈 書 と しての体 裁 を 整 え たのか も しれ ないが

少な くとも

こ こ には清    弁に よ る批 判箇 所は見 あ た らない

PR

の仏 護 批 判の箇所 (

 

 

数 字批 判箇 所番 号 )

   chapter

−kari

】cfi

   

I−1

(      )

4a

(  )

7d

(  )

9d

(  )    

n−2d,

(  )

22d

(  )

23d

(  )

  

III

2cd (  )

3cd (  )

  

V

3cd (  )

  VL5ab

 

5cd

  )

  

Vll

34cd (

 

  IX−8d

 

  X −13b

 

)    

XVI −3cd

(  )

  XVIII−7cd

 

  XIX −2cd

 

5d

 

)     XX

11cd  (  )

23  (  )   第 21 章以下に は PP

(PPT

)の仏 護批 判は見 られ ない こと が 指 摘 さ れてい るe 光 川 豊 藝 「『般 若灯論』 に おける清弁の仏 護 説 批 判

章 よ り第 十 章 まで

」 r龍 谷 大 学 論 集』

389 ・390,

1969,pp.157

〜 17L 「『般若』 に お 仏 護 説 批 判 承 前 )

第 十

章 よ り第 十 七 章 まで

」 『龍谷 大 学論 集』395

1971

pp.

69

92

 ち なみ に 『般 若 灯 論』 の

23

章 以 下

22

章 まで の よ う な 『無畏 』 と の パ ラ レ ル な箇所も 殆 どみ ら れず

特 に

偈の列 挙 が 非 常に多く なる こ とが注目さ れ る。 こ の こ と は 『無畏

2

のテ キ ス ト 自体 が 前

22

章 と 何 らかの成 立 上の相 違 が ある の では ないか と 思 わ せるが

本稿では触れ ない

12

) そ こ で は 「『無 畏』 と青 目 注』 と がじ もの 」 で ある理 由の

つ と して

二 十 六 章の 『

一27 一

N工 工

Eleotronio  Library  

表 注 1thar   la   gal   te   bdag   yod   brtag   t   gal   te   med   na   mi ( P :   ) rtag   ’ gyur /

参照

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