宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ 緒 言 本稿は、宏智頌古百則の研究︵四︶となる。既に︵一︶ より︵三︶までの考察を終えて、今回は第八十一則より第 百則までを収載した。 本論考では、先学の成果を参考にしつつ、独自の考察を 進めてきた。従来は、坐禅体験に基づいた提唱の形態か、 学問的考察による和訳の形態でまとめられてきたが、本稿 では釈意に重点を置き、宏智が伝えようとした思想に迫ろ うと試みた。 今回の︵四︶に参加してくれたのは、佐藤清道氏、伊藤 秀真氏、大橋崇弘氏、西川慈恩氏、杉原修一氏、富川拓哉 氏を中心として、関美那子氏、有田大悟氏の参加も得た。 参加諸氏の協力に感謝している。
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶
佐
藤
悦
成
編
第八十一則
玄沙到県
︻本則︼ 擧。 玄 沙 到 蒲 田 縣。 百 戲 迎 之。 次 日 問 小 塘 長 老。 昨 日 許 多 喧 鬧。 向 什 麼 處 去。 小 塘 提 起 袈 裟 角。 沙 云。 料 掉沒交渉。宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [和訳] 諸 君、 よ く 聞 き な さ い。 玄 沙 師 備 が 蒲 田 県 に 行 く と、歌や踊りなど様々な歓迎をうけました。翌日、 玄 沙 は 小 塘 長 老 に 「 昨 日 は 賑 や か で し た が、 今 日 は、 そ の 賑 や か な 様 子 は ど こ に い っ た の で し ょ う か 」 と質問をしました。すると小塘は袈裟の角をつ ま み 上 げ る 所 作 で 応 じ ま し た。 そ れ を 見 て 玄 沙 は 「 目 前 の 事 実 に 分 別 を 加 え る 必 要 は あ り ま せ ん。 昨 日のことは昨日のことで、今日のことは今日のこと です 」 と言いました。 [釈意] 玄沙は、蒲田県で歓迎をうけたことを題材にして、小塘の境地を 点検している。昨日の喧鬧を煩悩にみたてて、得悟の後に煩悩は 何処に行ったのかを問い、小塘に悟道の在り方を質した。それを 受 け て、 小 塘 は 袈 裟 の 角 を つ ま み 上 げ て、 こ と ば で の 応 答 を 避 け、本来の自己に何も変わりがないことを示した。小塘は、仏法 が日々日常にあることを示し、悟道の後もそれは変わらず、修行 が慈悲行に転じるだけだと示している。煩悩は除くもので、悟道 は理想であるという分別にないことを端的に示した。玄沙は小塘 の 応 答 に 対 し て、 「 料 掉 没 交 渉 」 と 言 っ て 「 昨 日 の こ と を 今 日 に 持ち込む必要はない 」 と示し、分別に滞らず、修行︵昨日︶が慈 悲行︵今日︶に転じるのみと示した小塘の境地を認めた。 [訓読] 挙 す。 玄 沙 蒲 田 県 に 至 る。 百 戯 し て 之 を 迎 う。 次 日 小 塘 長 老 に 問 う。 昨 日 許 多 の 喧 鬧、 甚 麼 の 処 に 向 か っ て 去るや。小塘 袈裟角を提起す。沙云、料掉没交渉と。 ︻頌︼ 頌曰。 夜壑藏舟。 澄源著棹。 龍魚未知水爲命 。 折不妨聊一攪。 玄沙師。 小塘老。 函蓋箭鋒 。 探竿影草。 潜 縮也老龜巣蓮。遊戲也華鱗弄藻。 [訓読] 頌に曰く。夜壑に舟を蔵し、澄源に棹を著く。龍魚は知らず 未だ水を命と為すを。折は妨げず 聊か一攪する
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [和訳] 天童覚和尚が頌にいいました。夜の闇が舟の姿を隠 しています。澄んだ水面に棹をさして船が進んでい きます。龍魚は水中でしか生きていけないことを知 りません。折れた箸で水面をかき回せば、水の中に いることを少しは分かるでしょう。玄沙と小塘の境 地は、箱の蓋と本体が合わさるように一致していま す。また、射られた矢が寸分違わず正面からぶつか るように、玄沙師と小糖老の境地は同じです。一方 が探竿を用いれば、一方は影草を用います。老いた 亀が蓮に巣をつくって静寂を保ち、鯉が藻の隙間を 自由に泳ぐようなものです。 [釈意] 夜中の暗さで舟の姿がみえないことは、平等の意を示し悟境を表 している。棹を動かして舟を進めることは悟りの世界に安住しな いことを示している。これは、龍魚は水の中を自由に泳ぎまわっ て い る が、 自 身 に 水 の 中 と い う 意 識 は な い。 悟 り に 至 っ た 人 は 悟ったと分別に陥らないのである。玄沙はそれを試している。折 れた箸でかき回すのはその譬えである。分別に陥らず、迷妄の無 い境地という点では玄沙も小糖も同等である。例えば、老いた亀 が 蓮 の 根 元 で 佇 む か と 思 え ば、 鯉 が 藻 の 隙 間 を 自 由 に 泳 ぐ よ う に、二人とも分別の跡形をのこさず、真に自在であることを示し ている。 を。玄沙師。小塘老。函蓋箭鋒。探竿影草。潜縮や老亀蓮に巣い、遊戯や華鱗藻を弄す。 [語彙] ︻玄沙︼玄沙師備︵ 835∼ 908︶のこと。閩県︵福建省︶の人。雪峰義存の法嗣。普応山に庵した後、玄沙院、安国院に住す。 ︻小 塘 長 老 ︼ 不 詳 の 人。 玄 沙 の 会 下 と も。 ︻ 許 多 ︼ た く さ ん。 多 く の。 ︻ 喧 鬧 ︼ や か ま し い 様 子。 ︻ 料 掉 没 交 渉 ︼ 関 わ り が 無 い。 離 れている。目算や計較では仏法を体得することはできないことをいう。 ︻夜壑蔵舟︼身をかくして顕さないこと。 『 荘子 』 の引 用。 ︻折︼折れた箸。 ︻探竿影草︼盗賊の用いる探り棒と蓑。 ︻華鱗︼鯉のこと。また、魚をほめた言葉。
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 雲門が初めに、香厳撃竹の話と霊雲桃華の話を示した。これは、 声境を通じて悟りに至ることもあれば、色境を通じて悟りに至る こともあることを説いている。二人に共通しているのは、悟りへ の執着を脱した久参修持の功であり、分別に縛られていない点で ある。観世音菩薩であっても、お金を払って我が物としたという 分別に滞れば、胡餅を買ったと思っていたものが饅頭であったと いう錯誤に陥る。心に捉われや分別がはたらいていては、悟道は 困難なことを表して いる。 [和訳] 諸君、よく聞きなさい。雲門文偃がいいました。香 厳智閑は、竹の音を聞いて悟りに至りました。霊雲 志勤は、桃の花の色を見て悟りに至りました。観世 音 菩 薩 が お 金 を 持 っ て 胡 餅 を 買 い ま し た。 胡 餅 を もっている手の中をみたらそれは饅頭でした。
第八十二則
雲
門声
色
︻本則︼ 擧。雲門云。聞聲悟道。 見色明心。觀世音菩薩。將錢買胡餅。放下手却是饅頭。 [訓読] 挙す。雲門云く。聞声悟道。見色明心。観世音菩薩、銭を将って胡餅を買う。手を放下すれば却って是れ饅頭。 ︻頌︼ 頌曰。出門躍馬掃攙搶。 萬國煙塵自肅清。十二處亡閑影響。三千界放淨光明。 [訓読] 頌に曰く。門を出て馬を躍らして攙搶を掃う。万国の煙塵自ら粛清。十二処に閑影響なく、三千界に浄光明を放 つ。宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 雲門が説いたのは、心に湧き起こって止むことの無い分別を彗星 に喩え、修行はそれを掃うことに譬えている。これは、修行の基 本であり、油断すれば直ぐに迷妄に陥るという。対象を捉えて認 識することに迷いが生じるのではなく、好悪などの分別が加わる ことで真実を会得できないのである。 [和訳] 天童覚和尚が頌にいいました。将軍が馬を躍らして 城門を出て、真っ直ぐ突き進んで国中の敵を一掃し たので平和がおとずれました。目前の対象に心を奪 われることがなければ、この三千大千世界は仏の世 界そのものです。 [語彙] ︻ 雲 門 ︼ 雲 門 文 偃︵ 864∼ 949︶ の こ と。 嘉 興︵ 浙 江 省 ︶ の 人。 一 七 歳 の 頃 出 家。 睦 州 道 蹤 に 参 じ た 後、 雪 峰 義 存 に 参 じ て 法 を 嗣 ぐ。 ︻聞声悟道見色明心︼ 「 聞声悟道 」 は、外界の声境を通じて自己の本心をあきらかにすること。香厳智閑︵?∼ 898︶の故事 に由来する。 「 見色明心 」 は、ものを見て自己本具の心性をさとること。霊雲志勤︵生没年不詳︶の故事に由来する。 ︵↓ 『 碧 巌録 』 七八︶ ︻胡餅︼小麦粉のお焼き・煎餅の類。 ︵↓七八則︶ ︻攙搶︼彗星。 ︻十二処︼認識の主観的能力としての六根︵眼・ 耳・鼻・舌・身・意︶と、客観的対象としての六境︵色・声・香・味・触・法︶のこと。 ︻三千界︼三千大千世界のこと。
第八十三則
道吾看病
︻本則︼ 舉。 山 問 道 吾。 甚 麼 處 來。 吾 云。 看 病 來。 山 云。 有 幾 人 病。 吾 云。 有 病 者 不 病 者。 山 云。 不 病 者 莫 是 智 頭陀麼。吾云。病與不病。總不干他事。速道速道。山云。道得也沒交涉。 [訓読] 挙 す。 山 道 吾 に 問 う。 甚 麼 の 処 よ り 来 る や。 吾 云 く、 看 病 し 来 る。 山 云 く、 幾 人 有 っ て 病 む や。 吾 云 く、 病 者と不病者有り。山云く、不病者は是れ智頭陀なること莫しや。吾云く、病と不病とすべてに他の事に干らず。 速やかに道え、速やかに道え。山云く、道い得るも也た没交渉。宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 何処から来たのかという質問は禅問答では単なる挨拶ではなく、 根本を問うことが多い。道吾は場所を聞かれても何をしていたか を返答し、病人の数を聞かれても病の者とそうでない者がいると 答えた。これには山の問いの意図を見抜いた道吾の応対が伺え る。そこで山は、不病︵悟境︶という分別が君に残っているの ではないかと指摘した。道吾はこの問いに対して、迷悟の分別に 滞ることなく、本質を既に掴んでいると境地を披瀝し、逆に滞り があるのは山ではないのかと問い詰めた。そこで山は、こと ば で 悟 境 を 表 す こ と は 誤 り に 陥 る と 答 え て、 道 吾 の 応 対 を 認 め た。 [和訳] 諸君、よく聞きなさい。山霊祐が道吾円智に尋ね ま し た。 「 何 処 か ら 来 た の で す か 」 と。 道 吾 は 「 看 病してきました 」 と答えました。山は 「 どれほど の人が病んでいたのですか 」 と言いました。すると 道 吾 が 答 え ま し た。 「 病 気 の 者 も 病 気 で は な い 者 も いました 」 と。山は 「 病気でない者は円智和尚、 あ な た で は な い の で す か 」 と 言 い ま し た。 道 吾 は 「 衲 は 病 で も 不 病 で も あ り ま せ ん。 そ の よ う に 尋 ね る理由を速く答えて下さい 」 と言いました。山が 答 え ま し た。 「 そ れ を 言 っ た と し て も、 病・ 不 病 と は無関係になってしまうでしょう 」 と。 ︻頌︼ 頌 曰。 妙 藥 何 曾 過 口。 神 醫 莫 能 捉 手。 若 存 也 渠 本 非 無。 至 虛 也 渠 本 非 有。 不 滅 而 生。 不 亡 而 壽。 全 超 威 音 之前。獨步劫空之後。成平也天蓋地擎。運轉也烏飛兔走。 [訓読] 頌に曰く。妙薬何ぞ曾て口に過さん。神医も能く手を捉ること莫し。若存や 渠本無に非ず。至虚や 渠本有に非 ず。 滅 せ ず し て 生 じ 亡 ぜ ず し て 寿 し。 全 く 威 音 の 前 を 超 え 独 り 劫 空 の 後 を 歩 む。 成 平 や 天 は 蓋 い 地 は 擎 ぐ。 運転や 烏飛び兔走る。
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 本則は病・不病を主題として取りあげているが、頌ではそのよう な 二 見、 分 別 を 越 え た 存 在 の 本 質 に つ い て 語 ら れ て い る。 そ れ は、道吾も山も共に分別に渉らない境地に達しているためであ る。この二人のような達道の人々は苦に動じることがないため、 薬の効能や医者の腕について一喜一憂することはない。彼らが観 ているものは病や健康という表面的な現象ではなく、自己の本源 といえる仏性である。それは眼に見えるような実体としては捉え られないが、この世界に普遍的に存在し、過去から未来へと綿々 と続いていくものとして語られている。 [和訳] 天童覚和尚が頌にいいました。病・不病から解き放 たれた人は、良薬を口にする必要もなく、名医の世 話になることもありません。それはたとえ目に見え なくても存在しているので無ではなく、しかし、存 在していても根源的有ではないのです。それは消滅 しないで偏在し、不滅であるからこれから先も続い ていくでしょう。最初の仏が現れるより前にあらわ れ、この世界が消滅してからも続いてゆきます。そ れは空が世界の全てを覆い、大地が生けるものを余 すことなく支えているようなものです。 また、 太陽と 月が天空を運行するように真実そのものなのです。 [語彙] ︻山︼山霊祐︵ 771∼ 853︶、第十五則を参照。百丈懐海の法嗣。 ︻道吾︼道吾円智︵ 769∼ 835︶、第二十一則参照。薬山惟儼の法 嗣。 ︻智頭陀︼智は道吾円智を指す。頭陀は乞食を行じる修行者から転じて僧侶のこと。 ︻沒交涉︼何の関わりもないこと、ま た互いがそむいて応じないこと。 ︻渠︼それ、本来の面目、仏性のこと。 ︻威音︼法華経に説かれる最初に顕れた仏。無量無辺 の 最 遠 に た と え ら れ る。 ま た、 父 母 未 生 以 前 の 面 目 も 指 し、 そ の 場 合 は 仏 性 を 指 す。 ︻ 擎 ︼ 持 ち 上 げ る、 さ さ げ る、 差 し 出 す の意。
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 倶胝が立てた一指には眼前には、この世界のすべてが収められて いる。言い換えれば、それは内もなく外もなく、一切の二元論的 対立を超越して一つとなった姿といえる。倶胝はそうした仏教の 極意をことばや理屈を用いることなく、たった一本の指で体現し てみせたのである。 [和訳] 諸君、よく聞きなさい。倶胝和尚は尋ねられた時は いつでも一本の指を立てて応じました。
第八十四則
倶胝一指
︻本則︼ 擧。倶胝和尚凡有所問只竪一指。 [訓読] 挙す。倶胝和尚 凡そ所問有らば只だ一指を竪つ。 ︻頌︼ 頌 曰。 倶 胝 老 子 指 頭 禪。 三 十 年 來 用 不 殘。 信 有 道 人 方 外 術。 了 無 俗 物 眼 前 看。 所 得 甚 簡 施 設 彌 寛。 大 千 刹 海飮毛端。鱗龍無限落誰手。珍重任公把釣竿。師復竪起一指云看。 [訓読] 頌 に 曰 く。 倶 胝 老 子 指 頭 の 禅。 三 十 年 来 用 い て 残 さ ず。 信 に 道 人 方 外 の 術 有 り。 了 に 俗 物 眼 前 に 看 る こ と 無 し。 所 得 甚 だ 簡 に し て 施 設 弥 寛 し。 大 千 刹 海 を 毛 端 に 飲 む。 鱗 龍 無 限 に し て 誰 が 手 に 落 ち ん。 珍 重 す 任 公 の 釣 竿を把ることを。師 復一指を竪起して云く 看よ。宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 倶胝は臨終の際に 「 三十年の間、一指の禅を使い切ることができ なかった 」 と言い遺したという。宏智はこの言葉を頌の冒頭に引 用している。こうした教化の方法を宏智は高く評価し、真摯な修 行を不断に実践するものには有効であると説いている。世俗の人 から見ればたかが一本の指でも、見るものが見ればその中に大海 が広がるようだという。大魚を釣り上げたという任公子に倶胝を なぞらえ、彼の釣りあげた龍魚の鱗が無限であるように、衆生の 誰もが悟る素養を持っていることを暗示している。 [和訳] 天童覚和尚が頌にいいました。倶胝和尚の指を立て る禅は、和尚が三十年の間使っても、使い尽くすこ とができませんでした。これは実に常人の域を超え た方法です。そのため真実を求めることのない凡夫 の目に映ることはありません。その所作はとても簡 素ですが、修行者を教化する方途として無限の力を 備えています。それはあたかも大海を一本の毛の先 端に収めてしまうようなものです。無限に存在する という龍の鱗は誰の手に落ちたでしょうか。任公が 釣り竿を手に取ったことは喜ばしいことです。同じ ように覚和尚が優れた修行者を釣り上げるべく、ま た一指を立てていいます。 「 さあ見なさい 」 と。 [語彙] ︻倶胝︼ ︵生没年不詳︶南岳門下の僧。尼僧の質問に答えられなかったことから、遍歴の旅に出る。大梅法常の法嗣の天龍和尚 に参じた時、指を立てられたのを見て開悟した。 ︻用不残︼残は尽と同義。用い尽くさないこと。 ︻施設︼先を見越して作って お く こ と で、 禅 宗 で は 修 行 僧 を 導 く た め に 設 け る 様 々 な 方 法 や 手 段 の こ と を 言 う。 ︻ 任 公 ︼ 先 秦 の 人、 任 公 子 は 巨 大 な 釣 り 針 と糸を用意し、これに五十匹の牛を餌につけ東海に竿を垂れ、やがて巨大魚を釣り上げたという︵ 『 荘子 』 外物篇︶ 。
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 歴史上では、粛宗帝は慧忠より先に没しているため、ここで粛宗 帝とあるのは子の代宗帝︵七二六∼七七九、在位・七六二∼七七 九︶の誤りであると思われる。おそらく慧忠の示寂直前のことで あろう。帝は百年後ということばで、時間を超えて 「 真に必要な もの 」 は何であるかを尋ねている。それに対して慧忠は無縫塔を 建てるという表現で、真の自己の確立を示した。師を尊敬する帝 は言葉通りに受け取り、真意を会得できなかったため、このこと [和訳] 諸君、よく聞きなさい。粛宗帝が南陽国師に問いま し た。 「 百 年 後 に 必 要 な も の が 何 か あ り ま す か 」 と。 国 師 は 言 い ま し た。 「 こ の 老 僧 の た め に 墓 塔 を 作ってください 」。皇帝は言いました。 「 師よ、どの よ う な 形 が よ い か 教 え て い た だ き た い 」。 国 師 は し ば ら く の 間、 黙 っ て い た 後 に 言 い ま し た。 「 解 り ま し た か 」 と。 皇 帝 は 言 い ま し た 「 解 り ま せ ん 」。 国
第八十五則
国師塔様
︻本則︼ 擧。 粛 宗 帝 問 忠 國 師。 百 年 後 所 須 何 物。 國 師 云。 與 老 僧 作 箇 無 縫 塔。 帝 曰。 請 師 塔 様。 國 師 良 久 云。 祖 。 帝 曰。 不 會。 國 師 云。 吾 有 付 法 弟 子 耽 源 却 諳 此 事。 後 帝 詔 耽 源 問 此 意 如 何。 源 云。 湘 之 南 譚 之 北。 中 有黄金充一國。無影樹下合同舡。瑠璃殿上無知識。 [訓読] 挙 す。 粛 宗 帝 忠 国 師 に 問 う。 百 年 の 後 須 う る 所 は 何 物 ぞ。 国 師 云 く、 老 僧 が 与 に 箇 の 無 縫 塔 を 作 れ。 帝 曰 く、 請う師 塔様。国師良久して云く、会すや。帝曰く。不会。国師云く、吾に付法の弟子耽源有り 却って此事を諳 ず。 後 に 帝 耽 源 に 詔 し て 此 意 如 何 と 問 う。 源 云 く 湘 の 南 譚 の 北。 中 に 黄 金 有 り て 一 国 に 充 つ。 無 影 樹 下 の 合 同舡。瑠璃殿上に智識無し、と。宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ に 捉 わ れ る こ と を 避 け る た め、 あ え て 慧 忠 は 弟 子 の 耽 源 に 任 せ た。耽源は慧忠の意図を理解して、仏性はこの世界に満ちている のだから、そのことを自ら会得するようにすべきでる、という意 味の偈を述べた。この世界が仏の世界であり仏法のないところは ないのだと、耽源は師とは異なる表現をしたのである。耽源は慧 忠の法を正しく嗣いでおり、師の物まねではなく、家風を確立し ていることがわかる。 師 は 言 い ま し た。 「 衲 の 弟 子 に 耽 源 と い う 者 が お り ます。衲よりよくこのことを解っております 」 とい いました。慧忠の死後、皇帝は耽源を召し出して、 どのような意味であったのかと問いました。耽源は 言 い ま し た。 「 ど こ も か し こ も、 こ の 世 界 す べ て に 黄金が満ちみちています。この世界は対立のない仏 の教えという舟に乗っているようなものです。すべ てが仏の世界で、誰もが仏なのです 」 と。 ︻頌︼ 頌 曰。 孤 迥 迥。 圓 陀 陀。 眼 力 盡 處 高 峩 峩。 月 落 潭 空 夜 色 重。 雲 收 山 痩 秋 容 多。 八 卦 位 正。 五 行 氣 和。 身 先 在裏見來。南陽父子兮却似知有。西竺佛祖兮無如奈何。 [訓読] 頌 に 曰 く。 孤 迥 迥。 円 陀 陀。 眼 力 尽 き る 処 高 く し て 峩 峩 た り。 月 落 ち 潭 空 う し て 夜 色 重 し。 雲 收 り 山 痩 せ て 秋 容 多 し。 八 卦 位 正 し く 五 行 気 和 す。 身 先 ず 裏 に 在 り 見 来 る や。 南 陽 父 子 却 っ て 有 る こ と を 知 る に 似 た り。 西 竺の仏祖も如奈何ともする無し。 [和訳] 天 童 覚 和 尚 が 頌 に い い ま し た。 実 に 広 大 で 深 遠 で す。真円で完全無欠です。頂上が眼に見えないくら い高くそびえ立っています。月が沈み、川面に光が [釈意] 慧忠の境地は完全円満の一円相そのものである。ただし、代宗帝 のように分別を以てそれを見ようとするなら、その姿ははるか高 くそびえる山のようで、全く捉えることはできない。円満な仏性
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ は誰もが備えているものである。慧忠と耽源の師嗣にはそのこと がよく解っているので、仏祖でさえも何も口を挟む余地が無いの である。 なくなって、夜の景色は真っ暗闇になりました。雲 がなくなり山容が現れて秋の静かな景色が目の前に あ り ま す。 八 卦︵ 乾・ 坤・ 震・ 巽・ 坎・ 離・ 艮・ 兌︶の各位は正しく並び、五行︵木・火・土・金・ 水︶のすべてが整っています。慧忠国師の姿がそこ に現れています。慧忠と耽源の師嗣は真実を見抜い ています。たとえ天竺、震旦の優れた祖師方も、こ の二人には太刀打ちできないでしょう。 [語彙] ︻粛宗帝︼唐の第七代皇帝︵ 711∼ 763、在位・ 756∼ 762︶。玄宗の第三子。安史の乱の最中に即位したが、乱を鎮定しきれず、戦禍 のうちに治世を終えた。 ︻忠国師︼南陽慧忠︵?∼ 775︶。俗姓は冉氏。六祖慧能の法嗣。慧能門下の五大宗匠の一人に数えられ る。粛宗と子の代宗の二代にわたって帰依を受け、大証国師と諡された。 ︻百年後︼没後。死後。 ︻無縫塔︼卵塔とも。四角ま た は 八 角 形 の 台 座 の 上 に 卵 形 の 塔 見 を 載 せ た 石 塔 で、 主 に 禅 僧 の 墓 に 用 い ら れ る。 ︻ 耽 源 ︼ 法 号 は 応 真 と も 真 応 と も さ れ る。 生没年不詳。慧忠の侍者を務めていたともいわれるが詳細は不明である。 ︻湘之南譚之北︼ ︵『 碧巌録 』「 第十八則 」︶ 「 どこもか し こ も 」 の 意。 ︻ 無 影 樹 下 合 同 舡 ︼ 影 の 無 い 樹 は あ り え な い が、 そ れ に よ っ て も の の 実 体 の 無 い こ と、 幻 の ご と き 存 在 性 を 示 し て お り、 そ の も と で は い か な る 身 分 の 違 い も 存 在 し な い と い う こ と。 ︻ 孤 迥 迥 ︼ は る か に 離 れ て 孤 立 す る さ ま。 広 大 で 深 遠 なさま。 ︻円陀陀︼丸くて佳麗な珠の如き様子。
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [和訳] 諸君、よく聞きなさい。臨済義玄が黄檗希運に質問 し ま し た。 「 仏 法 の 最 も 大 切 な と こ ろ と は 何 で し ょ うか 」 と。すると黄檗は臨済を打ちました。このよ うな事が三度あり、臨済は黄檗の下を去って、高安 大 愚 に 会 い に 行 き ま し た。 大 愚 は 質 問 し ま し た。 「 どこから来たのか 」 と。臨済は言いました。 「 黄檗 か ら 来 ま し た 」 と。 大 愚 は 言 い ま し た。 「 黄 檗 は ど
第八十六則
臨済大悟
︻本則︼ 擧。 臨 濟 問 黄 檗。 如 何 是 佛 法 的 的 大 意。 檗 便 打。 如 是 三 度 乃 辭 檗。 見 大 愚。 愚 問。 甚 麼 處 來。 濟 云。 黄 檗 來。 愚 云。 黄 檗 有 何 言 句。 濟 云。 某 甲 三 問 佛 法 的 的 大 意。 三 度 喫 棒。 不 知 有 過 無 過。 愚 云。 黄 檗 恁 麼 老 婆 爲爾得徹困。更來問有過無過。濟於言下大悟。 [訓読] 挙 す。 臨 済 黄 檗 に 問 う。 如 何 な る か 是 れ 仏 法 的 的 の 大 意。 檗 便 ち 打 つ。 是 の 如 き こ と 三 度 乃 ち 檗 を 辞 し 大 愚 に 見 ゆ。 愚 問 う。 甚 麼 の 処 よ り 来 る や。 済 云 く、 黄 檗 よ り 来 る。 愚 云 く、 黄 檗 何 の 言 句 か 有 り し や。 済 云 く、 某甲三たび仏法的的の大意を問うて、三たび棒を喫す。知らず過有りや無しや。愚云く、黄檗 恁麼に老婆 爾が 為に徹困なるを得たり。更に来って有過無過を問う。済 言下に大悟す。 [釈意] 臨済義玄が師である黄檗希運に対して、仏法の本義について尋ね た。しかし、黄檗は一言も喋らず、臨済を棒で打つことを三回繰 り返しただけであった。仏とは自分自身であると識れ、の意であ る が、 こ の 時 の 臨 済 に は 会 得 で き な か っ た。 機 縁 が 熟 し て い な か っ た の で あ る。 臨 済 は 黄 檗 に 指 示 を 得 て 高 安 大 愚 に 会 い に 行 き、黄檗がどのような教えを示したのか問われる。臨済は黄檗の 行動の意図を理解できず、思わず大愚に愚痴を漏らしてしまう。宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [和訳] 天童覚和尚が頌にいいました。臨済は九つの徳を兼 ね備えた鳳雛のようであり、一日千里を走る駿馬の ようです。南風は笛の中を通って妙音を響かせ、霊 妙な働きは細かく入り組んだからくりを開きます。 聞 い た 大 愚 は、 「 黄 檗 の 丁 寧 な 指 導 に も 気 付 か ず、 自 己 に 執 着 し ている 」 と指摘される。そこで臨済は、自己へのこだわりが悟道 への障害であったことを理解し、達悟に至るのである。 ん な 教 え を 君 に 示 し た の か 」 と。 臨 済 は 言 い ま し た。 「 衲 は 三 度 仏 法 の 最 要 を 質 問 し て、 三 度 棒 で 叩 かれました。何か過ちが有ったのか無かったのか、 わ か り ま せ ん 」 と。 大 愚 は 言 い ま し た。 「 黄 檗 は 君 のために、まるで孫に対する老婆のように徹底して 親切だ。それなのに君はまだ、過ちの有る無しにこ だわり、迷っている 」 と。大愚が言い終わると、す ぐに臨済は大いに悟ったのでした。 ︻頌︼ 頌 曰。 九 包 之 。 千 里 之 駒。 眞 風 度 籥。 靈 機 發 樞。 劈 面 來 時 飛 電 急。 迷 雲 破 處 太 陽 孤。 虎 鬚。 見 也 無。 箇是雄雄大丈夫。 [訓読] 頌に曰く。九包の雛。千里の駒。真風籥を度し、霊機枢を発す。劈面に来る時 飛電急なり。迷雲破る処 太陽孤 なり。虎鬚をづ。見るや也無や。箇は是れ雄雄たる大丈夫。 [釈意] ここでは臨済のことについて述べており、鳳雛や駿馬を例に述べ て、今は未熟ながら素質が素晴らしい様に例えている。真風は南 風のことで、南風が笛の中を通る様は、大愚が臨済を導いて修行 を成就させたこと、霊妙な機転がからくりを開ける様は、臨済の
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ 迷いがなくなって悟りを開いたことを表している。そして、黄檗 の 警 策 を あ っ と い う 間 に 来 る 稲 光 に 喩 え、 臨 済 の 迷 い を 雲 に 喩 え、得悟を太陽が輝く青空と表現している。弁道の蓄積が、優れ た手腕の正師に導かれれば、仏性は一瞬にして表れるという。黄 檗と大愚の指導が卓越したものであることを表している。虎の髭 をなでることは、危険を顧みずに敵に立ち向かうことの例えであ り、ここでは大愚下で悟った後、黄檗のもとに帰り、師を打った ことを表している。このことで仏として師の元から自立したので ある。 真実が正面から来る時は、稲光のようにあっという 間です。迷う雲が破れて太陽が輝けば青空が現れま す。黄檗の元に戻って一掌を与えたのは、虎の髭を 引っ張るように危ういものでした。このような人を これまでに見たことがありますか。臨済はまさしく 優れた立派な男です。 [語彙] ︻臨済︼臨済義玄︵?∼ 867︶のこと。中国臨済宗の開祖。曹州南華の人。 ︻黄檗︼黄檗希運︵不詳︶のこと。福州の黄檗山で出 家。百丈懐海の弟子となり、その玄旨を得た。 ︻大愚︼ ︵不詳︶唐代の人。臨済義玄を接化した人として知られ、瑞州高安に住 した。 ︻老婆︼老婆心の略。 ︻徹困︼心配する。 ︻九包之雛︼九つの徳を兼ね備えた鳳雛のことで、霊利の衲僧の例え。 ︻千里之 駒 ︼ 一 日 に 千 里 を 走 る 駿 馬 の こ と で、 後 日 大 人 物 と な る べ き 逸 材 の 例 え。 ︻ 籥 ︼ 三 孔 の 竹 管 の 楽 器。 ︻ 霊 機 ︼ 霊 妙 な 機 転 の こ と。 ︻劈面︼正面から。面と向かって。 ︻大丈夫︼男子の美称。
第八十七則
疎山有無
︻本則︼ 擧。 疎 山 到 山 便 問。 承 師 有 言。 有 句 無 句。 如 藤 倚 樹。 忽 然 樹 倒 藤 枯。 句 歸 何 處。 山 呵 呵 大 笑。 疎 云。 某 甲 四 千 里。 賣 布 單 來。 和 尚 何 得 相 弄。 山 喚 侍 者。 取 錢 還 者 上 座。 遂 囑 云。 向 後 有 獨 眼 龍。 為 子 點 破 去宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 「 有句︵偏位︶と無句︵正位︶は 本来の面目に一体となって巻き 付いている藤のようなものだ 」 という山の言葉に関しての問答 である。達悟したとき、凡夫としての自分に内在していた煩悩は どうなってしまうのか、と質問したといってもよい。それを聞い た山は呵々大笑することで、いずれの姿も自分以外ではないと 示 し た。 山 は 有 句︵ 偏 位 ︶ と 無 句︵ 正 位 ︶ は 一 体 の も の で あ り、分けて考えることは分別であるという。後に疎山は明昭徳謙 の 処 に 行 っ て こ の 問 答 に つ い て 話 し た。 こ れ を 聞 い て 徳 謙 は、 「 山 が 言 っ た こ と は 始 め か ら 終 わ り ま で 完 全 無 欠 で 正 し い。 し [和訳] 諸君、よく聞きなさい。疎山が山に到着して尋ね ました。衲は 「 有句無句は藤の樹に倚るが如し 」 と 言われたと聞いています。もしそうならば、突然巻 き付いていた樹が倒れた時、樹に巻き付いていた藤 はどうなるのでしょうか、と。山は呵呵大笑しま し た。 疎 山 は 云 い ま し た。 「 衲 は 反 物 を 売 り な が ら 旅費を作り、はるばる四千里も歩いてやっと山に たどりつきました。そんな衲をどうしてからかうこ とができるのですか 」 と。山は侍者を喚び、この 在。 後 到 明 昭 舉 前 話。 昭 云。 山 可 謂。 頭 正 尾 正。 只 是 不 遇 知 音。 疎 復 問。 樹 倒 藤 枯。 句 歸 何 處。 昭 云。 更使山笑轉新。疎於言下有省。乃云。山元來笑裡有刀。 [訓読] 挙す。疎山 山に到って便ち問ふ、承たまはれり 師言へることあり、有句無句は藤の樹に倚るが如しと、忽然 として樹倒れ藤枯れなば、句何の処に帰すや。山呵呵大笑す。疎山云く、某甲四千里に布単を売り来たる、和 尚何ぞ相弄することを得たる。 侍者を喚び 銭を取って這の上座に還せと。遂に囑して云く、向後独眼龍あっ て 子 が 為 に 点 破 し 去 る こ と あ ら ん。 後 に 明 昭 に 到 り て 前 話 を 挙 す。 昭 云 く、 山 頭 正 し く 尾 正 し を 謂 ひ つ べ し。只是れ知音に遇はず、と。疎復た問ふ、樹倒れ藤枯る、句何の処に帰するや。昭云く、更に山をして笑い 転た新たならしむ。疎 言下に於て省あり。乃ち云く、山元来笑裏に刀あり。
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ か し、 残 念 な こ と に そ れ を 君 が わ か ら な か っ た だ け だ 」 と 言 っ た。明昭はさらに、山の教示以外に適切な方法はないと言い、 こ れ を 聞 い た 刹 那 に 疎 山 は 山 の 真 意 を 悟 り、 「 山 の 呵 々 大 笑 は真実そのものであった 」 と云ったのである。 修行僧に旅費を渡してやりなさいと言いました。そ し て、 疎 山 に 向 か っ て、 「 君 は そ の う ち 片 目 の 偉 い 和尚に出会い、君の眼を開いてくれるだろう 」 と予 言しました。後に疎山は明昭徳謙の処に行って山 での話をしました。明昭は云いました。山が言っ たことは始めから終わりまで完全無欠で正しいのだ が、残念なことにそれを分かる友人に会わなかった のだ、と。疎山はまた同じことを聞きました。突然 樹 が 倒 れ た 時、 巻 き 付 い て い た 藤 は ど う な る の で し ょ う か、 と。 明 昭 は 云 い ま し た。 「 衲 も 別 に 説 き ようはない。もう一度山に大笑いしてもらうしか ないでしょう 」 と。これを聞いて疎山は悟り、山 の呵々大笑には元来活殺自在の力がある、といいま した。 ︻頌︼ 頌曰。藤枯樹倒問山。大笑呵呵豈等閑。笑裡有刀窺得破。言思無路機關。 [訓読] 頌 に 曰 く。 藤 枯 れ 樹 倒 れ て 山 に 問 ふ。 大 笑 呵 呵 豈 に 等 閑 な ら ん や。 笑 裏 に 刀 あ り 窺 得 を 破 す、 言 思 路 な く して機関を絶す。
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 疎山は、仏としての自己と、凡夫としての自己があると想定し、 悟道には煩悩の淘汰が必要であると思い込んでいる。山は、有 無に関わらず、全て自分であることを大笑いで示すが、疎山は得 悟 に い た ら ず、 明 昭 徳 謙 に 導 か れ て 開 悟 す る。 山 の 大 笑 い に は、藤も大樹も共に切り倒してしまう力が秘められていた。 [和訳] 天童覚和尚が頌にいいました。 疎山は山に 「 突然樹 が倒れた時、樹に巻き付いていた藤はどうなるので しょうか 」と聞きましたが、 山は呵々大笑しただけ で し た。 山 の 呵 々 大 笑 は お ざ な り な も の で は な く 、 一番適切な回答だと言えるでしょう。大笑いの裏に は分別妄想を断絶する力があります。言葉や思慮で 明らかにしようとしても近づくことはできません。 [語彙] ︻ 疎 山 ︼ 匡 仁︵ 837∼ 909︶ の こ と。 盧 陵︵ 江 西 省 ︶ の 人。 洞 山 了 价 の 法 嗣。 ︻ 藤 枯 れ ︼ 煩 悩 が 消 滅 す る 喩 え︻ 樹 ︼ 真 の 自 己。 仏 性。 ︻ 山 ︼ 山 霊 祐︵ 771∼ 853︶、 第 十 五・ 八 十 三 則 を 参 照。 百 丈 懐 海 の 法 嗣。 ︻ 等 閑 ︼ な お ざ り。 ︻ 呵 呵 ︼ 笑 う 様 子。 ︻ 窺 得 破︼気づくこと。 ︻笑裏刀︼笑いの裏には分別妄想を切断する力がある。 ︻言思路無くして機関を絶す︼言葉や思慮で明らかに しようとして、分別では近づくこともできない、の意。
第八十八則
楞厳不見
︻本則︼ 舉。 楞 嚴 經 云。 吾 不 見 時。 何 不 見 吾 不 見 之 處。 若 見 不 見。 自 然 非 彼 不 見 之 相。 若 不 見 吾 不 見 之 地。 自 然 非 物。云何非汝。 [訓読] 挙す。楞厳経に云く、吾が不見の時 何ぞ吾が不見の処を見ざる。若し不見を見るといはば 自然に彼の不見の相 に非ず。若し吾が不見の地を見ずんば、自然に物に非ず。云何ぞ汝に非ざらん。宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 『 首 楞 厳 経 』は ブ ッ ダ と 阿 難 の 対 話 に よ り 構 成 さ れ る。 し か し、 引 用された 『 首楞厳経 』 の文章は一部が省略された不完全な文節で ある。 『 首楞厳経 』 第二巻の経文は次のようになる。 「 もし見これ 物ならば、即ち汝、吾が不見を見るべし。もし同じく見るをば名 づけて吾を見るとせんなら、吾が不見の時、何ぞ吾が不見の処を 見ざる。もし不見を見ば、自然に彼の不見の相に非ず。もし吾が 不見の処を見ずんば、 自然に物に非ず。 いかんが汝にあらざらん 」 この則で示されているのは、我々にとって 「 今 」 と云う時をどの ように認識すればよいのかとの点にある。見たといえば過去の出 来事であり、未だ見ていないといえば未来のことである。その何 処に 「 今 」があるといえるのであろう。主客未分の 「 今 」 にこそ、 我々の本性︵本来の面目︶の働きや作用あるというのである。未 分であればこそ、迷にも悟にも属さない真実が現れるのである。 [和訳] 諸 君、 よ く 聞 き な さ い。 『 首 楞 厳 経 』 に 次 の よ う に 記されています。もし見るということが客観的な行 為であるならば、衲が見ないということ︵不見︶も 客観的行為として見ることができるはずです。しか し、 衲 が 見 な い 時︵ 不 見 ︶ に は、 そ れ は 見 え ま せ ん。どうして衲が見ないこと︵不見︶が見えないの でしょう。もし、衲の不見のところが君に見えるな らば、それはもう不見の相とは言えません。君が衲 の不見の地を見ることができないのは、見るという 働きが本物ではないからです。見るという働きが君 の本性そのものだからです。 ︻頌︼ 頌 曰。 滄 海 瀝 乾。 太 虛 充 滿。 衲 僧 鼻 孔 長。 古 佛 舌 頭 短。 珠 絲 度 九 曲。 玉 機 纔 一 轉。 直 下 相 逢 誰 識 渠。 始 信 斯人不合伴。 [訓読] 頌 に 曰 く、 滄 海 を 瀝 乾 し、 大 虚 に 充 満 す。 衲 僧 鼻 孔 長 く、 古 仏 舌 頭 短 し。 珠 糸 九 曲 を 度 り、 玉 機 わ ず か に 一 転 す。直下に相逢う 誰か渠を知らん。始めて信ず 斯の人伴うべからざることを。
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 煩悩の海を干上がらせてみれば、どこもかしこも真実そのもので あると説いている。これをことばで表そうとすれば、祖師といえ ども説くこ とができないが、真実はことばで表せるか否かに関わ ら ず、 「 こ こ 」 に 存 在 す る の で あ る。 真 実 の 人 を 求 め て 修 行 を 完 成させてみれば、真実の人とは衲自身のことであった。 [和訳] 天童覚和尚が頌にいいました。煩悩妄想の海を一滴 も残さず乾かせば、大虚に充満して明々歴々露堂堂 の世界に出ることができます。その時、十方世界は 自己の光明となるでしょう。その世界を体験した禅 僧の意気はあくまでも高く、古仏といえども悟りの 世 界 を 説 明 す る こ と は で き ま せ ん。 曲 が り く ね っ て、通り抜けることが困難な道のような分別妄想を 掃蕩すれば、機織り機がわずかに一転するように、 迷から悟に転じることができます。そこで出会う彼 と は 誰 の こ と で し ょ う。 こ の 人 と は い つ も 一 緒 で あったと思っていましたが、実は私自身のことだっ たのです。 [語彙] ︻ 滄 海 ︼ 大 海。 思 想 の 海。 煩 悩 妄 想 の た と え。 ︻ 瀝 乾 ︼ 一 滴 も 残 さ な い よ う に 乾 か す こ と。 ︻ 鼻 孔 ︼ 鼻 の 孔 で は な く、 鼻 の こ と。 ︻衲僧鼻孔長く︼その世界を体験した禅僧の志気はあくまでも高い。 ︻古仏舌頭短し︼古仏といえども 「 滄海を瀝乾し、大 虚 に 充 満 し た 世 界 」 を 説 明 す る こ と は で き な い。 ︻ 珠 糸 九 曲 を 度 り ︼ 孔 子 の 故 事。 孔 子 が 陳 の 国 に 拘 留 さ れ て い た 時、 九 曲 の 小さな穴が開いた玉に糸を通せという難題を出された。孔子は蟻を糸で縛り玉の穴に入れた。そして、出口の穴に蜂蜜を塗り 付けた。蟻は蜂蜜の香りを求めて出口の穴から出てきた。それで九曲の珠に糸を通すことができたという。ここではこの故事 を 分 別 妄 想 の 曲 が り く ね っ た 穴 道 を 通 り 抜 け て 悟 り の 世 界 に 出 る こ と を 喩 え て い る。 ︻ 珠 糸 九 曲 を 度 り、 玉 機 わ ず か に 一 転
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [和訳] 諸君、よく聞きなさい。洞山良价が大衆に向かって い い ま し た。 「 夏 安 居 が 終 わ り、 秋 を 迎 え る と、 弟 子たちは東や西にそれぞれ行きます。ひたすら草が 生えていない万里の道を歩みなさい 」 と。また洞山 は 「 ただ、草が生えていない万里の道を行くには、 す ︼ 曲 が り く ね っ た 分 別 妄 想 を 掃 蕩 し、 玉 機 わ ず か に 一 転 す る よ う な 一 転 機 を 経 て、 悟 り の 世 界 の 世 界 に 出 る こ と。 ︻ 渠 ︼ 本 来の面目。真の自己。 ︻斯人伴うべからざることを︼この人には誰も同伴者はいない。宇宙に唯一の存在であること。 ︻直下相 逢 う て 誰 か 渠 を 知 ら ん。 始 め て 信 ず、 斯 人 伴 う べ か ら ざ る こ と を ︼ 僅 か な 距 離 も な く、 真 の 自 己 と 直 接 接 し て、 会 っ て い る の に未だ分からないとは言わせない。この人には誰も同伴者はいない。宇宙に唯一の存在であることをよく知れ、の意。
第八十九則
洞山無草
︻本則︼ 擧。 洞 山 示 衆 云。 秋 初 夏 末。 兄 弟 或 東 或 西。 直 須 向 萬 里 無 寸 草 處 去。 又 云。 只 如 萬 里 無 寸 草 處。 作 麼 生 去。石霜云。出門便是草。大陽云。直道。不出門亦是草漫漫地。 [訓読] 挙す。洞山 衆に示して云く、秋初夏末 兄弟或いは東し或いは西す。直に須らく万里無寸草の処に向いて去くべ し。また云く、只 万里無寸草の処の如き 作麼生か去ん。石霜云く、門を出づれば便ち是れ草。大陽云く、直に 道わん 門を出でざるも亦これ草漫漫地。 [釈意] 夏安居が終わり、修行僧は次の安居が始まるまで各地を転々とす る。万里は遠い道を転じて修行者が歩む道を指し、草はその修行 中に起こる様々な煩悩による心の働きを意味する。煩悩がある世 界でも真実の世界であるからこそ、洞山は夏安居が終わったあと も、どのように安居中の無分別心を維持するのかを聞いている。宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 「 荊棘林中 」 は叢林での厳しい修行を指し、 「 夜明簾外 」 は悟後の 様をいう。末尾の二句は、この二句の言い換えである。悟道の後 も仏向上へと道は続いているのである。 しまうことを補足するのである。 行中においても油断していると心が揺れ動いて煩悩に惑わされて 保つように言うのである。さらに大陽は安居期間だけでなく、修 世界であろうとも、安居中と何も変わらないありのままの自己を ては意味がない。そこで石霜は外の世界は草が生えている煩悩の 悟りの境地に達したとしても、外の世界の煩悩によって惑わされ ど の よ う な 方 法 で 行 け る の で し ょ う。 わ か り ま す か 」 と聞きました。石霜慶諸は 「 修行道場から出れ ば、草はどこにでも生えています 」 と言いました。 後から大陽警玄が 「 修行道場を出なくても、常に草 はあらゆる所に生えているものです 」と言いました。 ︻頌︼ 頌 曰。 草 漫 漫。 門 裏 門 外 君 自 看。 荊 棘 林 中 下 脚 易。 夜 明 簾 外 轉 身 難。 看 看。 幾 何 般。 且 隨 老 木 同 寒 瘠。 將 逐春風入燒瘢。 [訓読] 頌 に 曰 く。 草 漫 漫。 門 裏 門 外 君 自 ら 看 よ。 荊 棘 林 中 脚 を 下 す こ と 易 し。 夜 明 簾 外 身 を 転 ず る こ と 難 し。 看 よ 看よ。幾般何ぞ。且つ老木に随いて寒瘠を同うし、将に春風を逐うて焼瘢に入らんとす。 [和訳] 天童覚和尚が頌にいいました。草は限りなく生えて います。それは修行道場の内にも外にも生えている ので、あなた自身で見極めなければなりません。い ばらの林から抜け出ることは簡単です。しかし、夜 に水晶で出来た簾をめくってなかに入ることは難し いものです。皆識るべきです、識るべきです。それ
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ がどれほど困難であるかということを。しばらくは 老 木 に 身 を 寄 せ て 冬 の 寒 さ に 耐 え る が い い で し ょ う。やがて春の暖かい風が吹いて、新芽が顔を出す でしょう。 [語彙] ︻洞山︼洞山良价︵ 807∼ 869︶のことで青原下。 ︻万里無寸草︼万里は極めて遠いこと。また広いこと。万里無寸草は万里の間に 草 が 一 本 も な い こ と。 草 は 縛 り つ く こ と を 意 味 し、 煩 悩 の た と え。 ︻ 石 霜 ︼ 石 霜 慶 諸︵ 807∼ 888︶ の こ と。 洞 山 と 同 じ く 青 原 下。 道 吾 円 智 の 法 嗣。 ︻ 大 陽 ︼ 大 陽 警 玄︵ 943∼ 1027︶ 曹 洞 宗。 ︻ 漫 漫 ︼ 果 て し な く 広 い さ ま の こ と。 ︻ 荊 棘 林 ︼ 荊 棘 は、 い ば ら の こと。転じて煩悩や邪見などの意味。それが林であることから、いばらの林のこと。菩提の悟りの世界に対して煩悩の迷いの 世 界 の こ と。 向 下 の 和 解 な ど を い う。 ︻ 夜 明 簾 ︼ 水 晶・ 白 玉 で つ く っ た 簾 の こ と。 夜 に な っ て も 光 る こ と か ら、 悟 り の 境 地 を 指す。 ︻幾般︼数種類の、また、いかなるたぐいの。
第九十則
仰山謹白
︻本則︼ 擧。 仰 山 夢 往 彌 勒 所。 居 第 二 座。 尊 者 白 云。 今 日 當 第 二 座 説 法。 山 乃 起 白 椎 云。 摩 訶 衍 法。 離 四 句 絶 百 非。謹白。 [訓読] 挙す。仰山 夢に弥勒の所に往いて、第二座に居す。尊者白して云く、今日第二座の説法に当たれり。山 乃ち起 て白椎して云く、摩訶衍の法は四句を離れ百非を絶す。謹んで白す、と。宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 仰山は仏教の教えは様々な分別から離れることであると述べてい る。第一則の 「 世尊陞座 」 では、釈尊の前で文殊菩薩が鎚を打っ て説法を行っている。仰山は仏法の教えを説くと共に、文殊師利 が行った体技を用いて説法を行ったのである。また、仰山の説法 の背景には、夢の中で弥勒菩薩との出会いや文殊師利の用いた説 法など、最も釈尊に近い祖師らに対しての尊敬の念を表している とも言える。しかし、最大の論点は、 「 夢の中 」 である。 「 四句を 離れ百非を絶す 」 るのも、分別という夢の中のことであり、非と しなければならない。 [和訳] 諸君、よく聞きなさい。仰山慧寂は夢の中で弥勒菩 薩に出会い、会下の第二座になっていました。尊者 が 申 し ま す。 「 今 日 は 第 二 座 の 仰 山 が 説 法 を 行 い ま す 」 と。 仰 山 が 立 ち あ が っ て 鎚 を 打 ち、 「 仏 の 教 え はあらゆる分別を離れることです 」 と大衆に謹んで 告げました。 ︻頌︼ 頌 曰。 夢 中 擁 衲 參 耆 舊。 列 聖 森 森 坐 其 右。 當 仁 不 讓 犍 椎 鳴。 説 法 無 畏 獅 子 吼。 心 安 如 海。 膽 量 如 斗。 鮫 目 泪流。蚌腸珠剖。譫語誰知泄我機。龐眉應笑揚家醜。離四句絶百非。馬師父子病休醫。 [訓読] 頌に曰く。夢中 衲を擁して耆旧に参ず。列聖森森として其の右に坐す。仁に当たって譲らず 犍椎鳴る。説法無 畏 獅子吼す。心 安きこと海の如く。胆の量 斗の如し。鮫目 泪流れ、蚌腸 珠培う。譫語誰知らん 我が機を泄 らすことを。龐眉応に笑うべし 家醜を揚ぐることを。四句を離れ百非を絶す。馬師父子 病に医を休む。 [和訳] 天童覚和尚が頌にいいました。夢の中で衲は徳の高 [釈意] 仰山が鎚を打って放った説法は、真実は眼前にあるということで
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ あった。分別を離れれば、この世界こそ唯一の真実であることが 会得できる。そこに疑う余地はないが、この世界が真実であらね ばならないと思い込むことは、仰山が夢の中で説法したことと同 じく幻想となる。最後に馬祖をとり上げるのは、仰山が南嶽系統 だからであろうか。 い 祖 師 に 参 じ て、 歴 代 の 祖 師 方 が 並 ぶ 横 に 坐 り ま す。 指 名 さ れ、 誰 に も 譲 ら ず に 鎚 を 打 ち 鳴 ら し ま す。その説法は的確であり、確信をもって師は大き い声で言いました。心は平穏な海のように広く剛胆 で余裕があります。内容は鮫の涙が真珠となるよう に、慈悲に満ちています。また、ハマグリが内蔵を 見せるように隠すところは何もありません。夢の中 で 仏 法 の 秘 密 を 漏 ら し た こ と を 誰 が 知 っ て い る で し ょ う。 祖 師 菩 薩 は 仰 山 の 説 法 を 笑 う こ と で し ょ う。しかし、分別を離れて真実を説くのに、馬祖の ように手段を用いませんでした。 [語彙] ︻仰山︼仰山慧寂︵ 807∼ 883︶のこと。仰宗の人で、山霊祐の法嗣。 ︻弥勒︼弥勒は五六憶七千万年の後に閻浮提に下生し、 釈尊の次に成仏するとされる菩薩。南方インド出身の実在人物であったらしく、それがやがて将来佛とされるようになり、大 乗教典等では弥勒菩薩として随処に説かれている。※文殊師利は佛位に次ぐ法王の位にある文殊師利の意味である。諸菩薩の なかで、文殊師利は智慧第一とされている。 ︻第二座︼首座を第一座と呼ぶのに対して、書記のことを第二座という。 ︻白椎︼ 禅院で何か行う時に、大衆に知らせるために鎚を打つこと。白は申すこと。 ︻摩訶衍︼大乗のこと。 ︻四句百非︼四句は四句分 別のことで、全ての分別判断のことをいう。百非は否定の意。 ︻耆舊︼法臘五十歳以上の徳望高い出家人をいう。 ︻列聖︼歴代 の 天 子 の こ と。 こ こ で は 歴 代 の 祖 師 の こ と。 ︻ 仁 ︼ あ な た。 ほ ぼ 同 じ 身 分 の 者 の 間 で い う。 ま た、 や や 上 位 の 者 に 対 し て 言 う こ と も。 丁 寧 な 気 持 ち を 意 味 す る。 ︻ 無 畏 ︼ 真 理 に つ い て 正 し く 知 り、 確 信 を も っ て 語 り、 な ん ら 不 安・ 疑 惑 を 存 し な い こ と。 ︻龐眉︼長い眉や太い眉のこと。 ︻家醜︼我が家の醜さで、家風を謙譲していうこと。家醜外に揚ぐで、我が家の恥をさら
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 陸亘大夫は僧肇の言った 「 天地同根万物一体 」 という語に感心し て、それこそが仏教の本質であるのだろうと師の南泉に話しかけ た。それに対し南泉は目の前の牡丹を自分の目できちんと見るよ うに促した。目の前の牡丹を素直に見ればそれでよいものを、理 論を加えて自分の中に引き込み、まるで夢の中で幻想を見ている かのような大夫の姿勢は誤りであると示した。分別に留まった知 解を何かありがたい教えのように奉じることは、真実を見誤るこ とと示したのである。 [和訳] 諸君、よく聞きなさい。ある日、陸亘大夫が話のつ い で に 南 泉 普 願 に こ う 言 い ま し た。 「 僧 肇 法 師 と い う人は大変優れた方ですね。天地万物はすべてその 本体は同一である、とは実にうまく言い当てていま す 」 と。すると南泉は庭前の牡丹を指差してこう言 い ま し た。 「 大 夫 よ、 今 時 の 人 は こ の 一 株 の 牡 丹 を、まるで夢の中で見るように見ているのですね 」 と。 すこと。宗義を外に向って表詮すること。表詮は肯定すること、または表示すること。
第九十一則
南泉牡丹
︻本則︼ 擧。 南 泉 因 陸 亘 大 夫 云。 肇 法 師 也 甚 奇 特。 解 道。 天 地 同 根 萬 物 一 體。 泉 指 庭 前 牡 丹 云。 大 夫 時 人 見 此 一 株 花如夢相似。 [訓読] 挙 す。 南 泉 因 に 陸 亘 大 夫 云 く、 肇 法 師 也 た 甚 だ 奇 特 な り。 道 う こ と を 解 す、 天 地 同 根 万 物 一 体 と。 泉 庭 前 の 牡 丹を指して云く、大夫 時の人此一株の花を見ること夢の如くに相似たり。宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 機 会 が あ る た び に 思 慮 分 別 は 発 生 す る も の で あ り、 そ の こ と に 一々心を動かされることなく諸法の実相を見るように心がけるべ きである。虎が嘯いて風が起こることも、龍が歌いだして雲が起 こることも、すべてありのままのことである。そのことが分かれ ば、自身が弥勒菩薩であることに気が付くだろう。 [和訳] 天 童 覚 和 尚 が 頌 に い い ま し た。 万 物 の 根 源 を 見 通 し、様々に入り乱れている諸法の実相を見なさい。 心を空劫の境界に置けば、何の差し障りもないので す。父母未生以前に着目して普遍のものを知るので す。虎が嘯けば、びゅうびゅうと音をたてて岩の間 から風が起こり、龍が歌いだすと雲がもくもくと湧 き出て空を暗くします。南泉はさまよっている人を 夢から覚ましました。それは、その人自身が弥勒菩 薩であることを知らしめるためです。 ︻頌︼ 頌 曰。 照 徹 離 微 造 化 根。 紛 紛 出 沒 見 其 門。 游 神 刧 外 問 何 有。 著 眼 身 前 知 妙 存。 虎 嘯 蕭 蕭 巖 吹 作。 龍 吟 冉 冉 洞雲昏。南泉點破時人夢。要識堂堂補處尊。 [訓読] 頌 に 曰 く。 離 微 造 化 の 根 に 照 徹 し、 紛 紛 た る 出 没 其 の 門 を 見 る。 神 を 刧 外 に 遊 ば し め て 問 う て 何 か 有 ら ん。 眼 を 身 前 に 著 け て 知 妙 に 存 す。 虎 嘯 け ば 蕭 蕭 と し て 巌 吹 作 り、 龍 吟 ず れ ば 冉 冉 と し て 洞 雲 昏 し。 南 泉 時 人 の 夢 を 點破す。堂堂たる補処の尊を識らしめんと要す。 [語彙] ︻ 南 泉 ︼ 南 泉 普 願︵ 748∼ 834︶ の こ と。 馬 祖 道 一 の 法 嗣。 ︻ 陸 亘 大 夫 ︼ 蘇 州︵ 江 蘇 省 ︶ の 人。 字 は 景 山、 官 は 戸 部 部 中・ 太 常 少 卿。 観 察 使、 さ ら に 御 史 大 夫 と な り 陸 亘 大 夫 と 称 さ れ る。 南 泉 普 願 に 師 事 し、 ま た、 さ か ん に 禅 客 と 交 わ り を な し た。 ︻ 肇 法 師︼僧肇︵ 374∼ 414︶のこと。長安︵陜西省︶の人。鳩摩羅什に師事し、四哲の一人に数えられる。中国禅に多大な影響を与え
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 雲門は、修行僧がしばしば仏性に優劣があるように錯覚すること に対し、自己の心の在り方に優劣などは無く、自分の存在の真実 は 今 こ こ に あ る 自 己 の み で あ る こ と を、 「 宝 」 と い う 語 で 示 し た。そして分別によらずにあるがままの姿で修行を行うべきであ ると説いたのである。第十九則からの関連性が考えられる。 [和訳] 諸君、よく聞きなさい。雲門文偃大師がこう言いま し た。 「 こ の 天 地 の 内 に、 ま た、 宇 宙 の 間 に、 そ の 中にただ一つの宝がある。それは我々の肉体の中に 秘められている。これにより、灯籠を点けて仏殿内 に持ってゆくこともできる。また、三門を灯籠の上 に置くこともできるのだ 」 と。 た。 ︻ 天 地 同 根 万 物 一 体 ︼『 宝 蔵 論 』 涅 槃 無 名 論 の 引 用。 天 地 万 物 は み な そ の 本 体 は 同 一 で あ る と い う 意 味。 ︻ 照 徹 離 微 造 化 根︼ 『 宝蔵論 』 からの引用。離微は空の色、造化根は万物発生の根源、照徹は見通すことという意味。 ︻游神刧外︼劫は四劫の こ と で あ り、 こ こ で は 空 劫 を 指 す。 自 ら の 精 神 を 何 に も 固 定 さ せ な い 境 界 に 置 く と い う 意 味。 ︻ 身 前 ︼ 父 母 未 生 以 前 の こ と。 ︻堂堂補處尊︼堂々たる威風をもった弥勒菩薩。
第九十二則
雲門一寶
︻本則︼ 擧。雲門大師云。乾坤之内。宇宙之間。中有一寶祕在形山。拈燈籠向佛殿裏。将三門來燈籠上。 [訓読] 挙す。雲門大師云く。乾坤の内、宇宙の間。中に一宝ありて形山に秘在す。燈籠を拈じて仏殿裏に向う。三門を 将て燈籠上に来たる。宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 修行僧は分別に捉われて迷いから抜け出せずにいるのであろう。 月影、蘆花、釣り人のいずれも一宝のたとえである。自己の存在 を知り、而今の自己意外に自己はないことを明確にして、自分か ら離れないことが重要である。 [和訳] 天童覚和尚が頌にいいました。心に思うことをすべ て閉じて、一切の煩わしさを捨てなさい。そうでな ければ、巡り巡って一生の間、居場所に迷い続ける でしょう。樵は腐った斧を持ちながら何か方法がな いかと迷っています。壺公は桂樹に美しい家を持っ ています。夜の水面はきらきらとした月影を映して います。秋の風の中、白い蘆の花が咲き乱れていま す。寒いときには、魚は餌を食べずにじっとしてい ます。釣り人も興ざめしてしまい、歌を歌いながら 小船を転じて帰路につきました。 ︻頌︼ 頌 曰。 收 卷 餘 懐 厭 事 華。 歸 來 何 處 是 生 涯。 爛 柯 樵 子 疑 無 路。 桂 樹 壺 公 妙 有 家。 夜 水 金 波 浮 桂 影。 秋 風 雪 陣 擁蘆花。寒魚著底不呑餌。興盡淸歌却轉槎。 [訓読] 頌に曰く。 餘懐を収巻して事華を厭う。 帰り来りて何の処か是れ生涯。 爛柯樵子路無きかを疑う。 桂樹の壺公妙に 家あり。 夜水金波桂影を浮ぶ。 秋風雪陣蘆花を擁す。 寒魚底に著いて餌を呑まず。 興尽きて清歌却って槎を転ず。 [語彙] ︻ 雲 門 大 師 ︼ 雲 門 文 偃︵ 864∼ 949︶ の こ と。 嘉 興︵ 浙 江 省 ︶ の 人。 雪 峰 義 存 の 法 嗣。 ︻ 乾 坤 ︼ 天 地。 ︻ 宇 宙 ︼ 宇 は 天 地 四 方、 宙 は 往古今来の意味。つまり天地を指す。 ︻一寶︼ここでは人間の体そのものという意味。 ︻形山︼形は肉体を指し、肉体には五蘊 ︵色、受、想、行、識︶が積み重なっていることから形山という。 ︻三門︼三解脱門︵空門、無相門、無願門︶のこと。悟りに
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [和訳] 諸君、よく聞きなさい。魯祖宝雲が南泉普願に質問 し ま し た。 「 摩 尼 珠 は 誰 も 気 が つ か ず、 如 来 蔵 の 中 に直接しまわれているそうです。この如来蔵とはど のようなものでしょうか 」 と。南泉は言いました。 「 こ の 王 老 師 と 君 の 間 を 行 っ た り 来 た り し て い る も の が そ れ だ 」 と。 魯 祖 は 言 い ま し た。 「 行 っ た り 来 通 ず る 入 り 口 の こ と。 ︻ 餘 懐 ︼ 心 に 思 っ て い る だ け で、 い ま だ に 実 行 に 至 っ て い な い こ と。 ︻ 事 華 ︼ 多 事 繁 華 の 略 。︻ 爛 柯 ︼ 腐 っ た 斧。 ︻ 桂 樹 壺 公 妙 有 家 ︼ 費 長 房︵ 生 没 年 不 詳 ︶ が 仙 人 の 壺 公 と と も に 桂 樹 に 掛 け て あ る 壺 の 中 に 飛 び 込 ん で み る と、 そ こに仙界が広がっていたという故事による。 ︻金波︼月のこと。 ︻桂影︼月影のこと。
第九十三則
魯祖不會
︻本則︼ 擧。 魯 祖 問 南 泉。 摩 尼 珠 人 不 識。 如 來 藏 裏 親 收 得。 如 何 是 藏。 泉 云。 王 老 師 與 汝 往 來 者 是。 祖 云。 不 往 來 者。泉云。亦是藏。祖云。如何是珠。泉召云。師祖。祖應諾。泉云。去。汝不會我語。 [訓読] 挙す。魯祖 南泉に問う。摩尼珠 人識らず、如来蔵に親しく収得す。如何なるか是れ蔵。泉云く、王老師と汝と 往来するもの是。祖云く、往来せざる者は。泉云く、亦是れ蔵。祖云く、如何なるか是れ珠。泉召して云く、師 祖。祖 応諾す。泉云く、去れ、汝 我が語を会せず。 [釈意] 魯祖宝雲が南泉普願に質問しているが、魯祖は南泉の法兄にあた る。 そ の よ う な 関 係 で 「 師 祖 」「 汝 」 と 呼 び 掛 け る の は 不 審 で あ る。魯祖は如来蔵と摩尼宝珠を題材にしているが、元は永嘉玄覚 の 『 証道歌 』 の中の語で、仏に至れば全ての物事は思いのままで あるという意味である。南泉は君も衲も仏であり、どのような場 合でも、仏であることに変わりはないとした。さらに、魯祖は摩宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ 尼珠とは何かと南泉に問い、南泉の呼びかけに対して、分別を働 かせずに応じたことで、南泉はこの無分別こそが如来蔵であり、 それでよしとしたのである。 たりしないものはどうなのでしょうか 」 と。南泉は 言 い ま し た。 「 こ れ も ま た 如 来 蔵 だ 」 と。 魯 祖 は 言 い ま し た。 「 摩 尼 珠 と は ど の よ う な も の で し ょ う か 」 と。 南 泉 は 魯 祖 を 呼 び 寄 せ ま し た。 「 師 祖 よ 」 と。 魯 祖 は 返 事 を し ま し た。 南 泉 は 言 い ま し た。 「 立 ち 去 り な さ い。 君 は 衲 の こ と ば を 理 解 し て い な いようだ 」 と。 ︻頌︼ 頌 曰。 別 是 非。 明 得 喪。 應 之 心 指 諸 掌。 往 來 不 往 來。 只 這 倶 是 藏。 輪 王 賞 之 有 功。 黄 帝 得 之 罔 象。 轉 樞 機 能伎倆。明眼衲僧無鹵莽。 [訓読] 頌に曰く。是非を別ち、得喪を明かし、之の心に応じて諸掌を指す。往来不往来。只這れ倶に是れ蔵。輪王之を 有功に賞し 黄帝之を罔象に得たり。枢機を転じ伎倆を能す。明眼の衲僧鹵莽なること無かれ。 [和訳] 天童覚和尚が頌にいいました。良し悪しをはっきり させ、得失を明らかにし、そのことを心の思うまま に 自 由 に 使 う こ と が で き、 掌 に 載 せ て 指 し 示 し ま す。往来するのもしないのも、すべてそのまま如来 蔵なのです。転輪浄王が手柄ある者に賞を与えたよ [釈意] 前半は如来蔵、後半は摩尼珠について述べている。物事の良し悪 し、得失をはっきりさせることは、物事を心の思うままに自由に することで、そのあるがままの状態こそ如来蔵であるとした。そ して、根と境が関わるも関わらざるも、あるがままの状態で存在 するとした。それはあたかも、黄帝のなくした珠を、盲目であり
宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ ながら聡明な者達より真っ先に見つけた罔象のような、ありのま まに物事をとらえる人物をいうのである。禅僧は自身の本質を見 極めるにあたって決して軽率であってはならないのである。 うに、黄帝がこれを罔象から得たように、物事の大 事な部分を動かす腕前を発揮します。眼を具えた禅 僧は軽率であってはいけません。 [語彙] ︻ 魯 祖 ︼ 魯 祖 宝 雲︵ 不 詳 ︶ の こ と。 中 唐 の 人。 池 州 魯 祖 山 に 住 し た。 し か し、 こ こ で は 南 泉 の 弟 子 で あ っ た 雲 際 師 祖 の こ と で ある。 ︻南泉︼南泉普願︵ 748∼ 834︶のこと。俗姓は王氏で 「 王老師 」 というのは南泉自身を指す。馬祖道一の法嗣。 ︻摩尼珠︼ 摩 尼・ 如 意 珠・ 如 意 宝 珠 と も。 全 て の 物 事 を 思 う 通 り に 叶 え て く れ る と い う 珠。 ︻ 如 来 蔵 ︼ 仏 性 と も。 衆 生 の う ち に あ る 成 仏 の可能性。仏と違わない本来清らかな心。 ︻師祖︼雲際師祖︵不詳︶のこと。唐代の人。南泉普願の法嗣。 ︻得喪︼得ることと 失 う こ と。 ︻ 輪 王 ︼ 転 輪 聖 王 の こ と。 仏 教 で は 三 十 二 相・ 七 宝 を 具 備 す る と さ れ、 天 か ら 感 得 し た 輪 宝 を 転 が し て 四 州 を 治 め る。 ︻黄帝︼中国の古代伝説上の帝王。三皇五帝の一人。 ︻衲僧︼衲子とも。禅僧のこと。 ︻鹵莽︼お粗末なこと。軽率。
第九十四則
洞山不安
︻本則︼ 擧。 洞 山 不 安。 僧 問。 和 尚 病。 還 有 不 病 者 麼。 山 云。 有。 僧 云。 不 病 者 還 看 和 尚 否。 山 云。 老 僧 看 他 有 分。僧云。和尚看他時如何。山云。則不見有病。 [訓読] 挙す。洞山不安。僧問う、和尚病む。還って病まざる者ありや。山云く、有り。僧云く、病まざる者は還って和 尚を看るや否や。山云く、老僧 他を看るに分有り。僧云く、和尚 他を看る時如何。山云く、則ち病有ることを 見ず。宏智禅師頌古百則の研究︵四︶ ︵佐藤︶ [釈意] 僧はこの質問で 「 病気になる者とならない者 」 に分けて、悟と未 悟の分別にとらわれていることを露わにしてしまった。洞山は導 く た め に 話 を 合 わ せ て 「 あ る 」 と 返 答 し た。 こ の 質 問 に お け る 「 病 気 に な ら な い 者 」 と は 分 別 に 迷 わ な い 者 の 意 で あ り、 仏 の こ と と い え る。 次 の 「 病 気 で な い 者 が 病 人 を 看 る 」 と い う こ と は 「 順 」 で あ り、 片 方 の 形 に 過 ぎ な い。 そ れ 故、 洞 山 は 「 逆 」 を 示 し て、 「 衲 が 仏 を 看 る 」 と 示 し た。 修 行 に よ っ て 得 悟 の 後 は、 世 俗 で の 慈 悲 行 の 実 践 が な け れ ば、 仏 道 の 完 成 と は い え な い と い い、 「 衲には衲なりの仏の見方がある 」 といい、 「 衲には誰もが仏 に見える 」 と答えたのである。 [和訳] 諸 君、 よ く 聞 き な さ い。 洞 山 良 价 は 体 調 不 良 で し た。 そ の 時、 あ る 僧 が 質 問 し ま し た。 「 和 尚 は 病 気 になられましたが、病気にならない者はいますか 」 と。 洞 山 は 言 い ま し た。 「 い る 」 と。 僧 は 言 い ま し た。 「 病 気 に な ら な い 者 は 和 尚 を 看 病 す る の で し ょ う か 」 と。 洞 山 は 言 い ま し た。 「 衲 に は 彼 を 看 病 す る 義 務 が あ る 」 と。 僧 は 言 い ま し た。 「 和 尚 が 彼 を 看病するのはどういうことでしょうか 」 と。洞山は 言いました。 「 その時は病気ではない 」 と。 ︻頌︼ 頌 曰。 卸 却 臭 皮 袋。 拈 轉 赤 肉 團。 當 頭 鼻 孔 正。 直 下 髑 髏 乾。 老 不 見 從 來 癖。 少 子 相 看 向 近 難。 野 水 痩 時 秋潦退。白雲斷處舊山寒。須剿絶。莫。轉盡無功伊就位。孤標不與汝同盤。 [訓読] 頌に曰く。臭皮袋を卸却し、赤肉団を拈転す。当頭鼻孔正しく、直下髑髏乾く。老医従来の癖を見ず。少子相看 し て 向 近 す る こ と 難 し。 野 水 痩 す る 時 秋 潦 退 き、 白 雲 断 ゆ る 処 旧 山 寒 し。 須 ら く 勦 絶 す べ し。 す る こ と 莫 れ。無功を転尽して伊れ位に就く。孤標汝と盤同じうせず。