1
.はじめにボールゲームにおける競技力向上を目指すための 方法として、実際に行われるボールゲームを客観的 に分析・評価することは、ゲームに現れる技術や戦 術を把握し、トレーニングの場に有用な知見を得る ために必要である。
ハンドボール競技の攻撃活動は、ボールの獲得 から速攻と遅攻にわけられ、攻撃の狙いは、いかに 多く得点するかどうかである。そのことで攻撃における 集団戦術は、目的として数的優位の実現にあるとし、 攻撃の成功率を高めるためには、数的優位状況を作 り出すことの容易な速攻による攻撃力を高める必要が
あるとしている1)。
一次速攻の戦術的目的は、防御からサイドプレー ヤーおよびポストプレーヤーの先行プレーヤーで攻 撃活動が行われ、高度な戦術的展開を要せず、比 較的容易にシュートへ至ることができ得点に結びつく。
二次速攻の戦術的目的は、一次速攻よりも多くの 相手プレーヤーが帰陣しているため、先行プレー ヤーにバックプレーヤーが加わり、防御システムが 十分に機能する前の時期を利用するため、速い走り と短く素早いパスのコンビネーション、コート中央を 支配するように迅速に移動し攻撃を行う必要がある。 三次速攻の戦術的目的は、相手防御プレーヤー が帰陣する中で防御隊形がほぼ完成に近い状態で の攻撃構造ではあるが、攻撃側を追いかけての防御
となり、段階的な罰則などが受けやすい状況下であ ることから危険な局面である。攻撃により数的優位が 獲得できない状況下では、テンポを換え相手防御を 突破するために様々な攻撃の展開や戦術的バリエー ションが要求され、それがうまくいかないようであれば 速攻活動は中止され、遅攻への攻撃組立、システ ム攻撃と締めくくり局面に移行する。
そこで本研究では、ハンドボール競技の速攻に着 目し、速攻攻撃の全体像から開始局面、速攻展開 局面(空間的要因)から成功要因を明らかにしていく ことを目的とする。
2
.方法ハンドボール競技のゲーム分析
―
速攻における局面に着目して―Game Analysis of the Handball Competition:
Pay Attention to the Situation in the Swift Attack
キーワード:ハンドボール・ゲーム分析・速攻八尾 泰寛
図
1
分析コート図平成
24
年度関東学生秋季ハンドボールリーグ戦 における6
試合を分析の対象とした。分析には、日 本ハンドボール協会公式記録用紙、スコアーブック を基に攻撃全体を集計し、全6
試合をVTR
カメラに て、コートサイドの中央からコート全体を撮影し、記 録したデーターを基に攻撃権の獲得方法別に速攻 攻撃を集計した。また、ゴールエリアラインとフリー スローラインを3
分割した分析用紙(図1
)にて、速 攻攻撃時の先行プレーヤーのポジショニングを集計 し、成功要因について分析を行った。3
.結果および考察1
試合における攻撃回数の平均および標準偏差は60.8
回(±6.2
)、得点22
点(±4.3
)であった。攻撃 ごとの平均はセットオフェンス40.2
回(±6.9
)、得点15.1
点(±4.0
)、一次速攻2.3
回(±1.4
)、得点1.2
点(±0.8
)、二次速攻9.1
回(±8.1
)、得点3.3
点(±2.6
)、三次速攻9.3
回(±6.3
)、得点2.5
点(±2.6
) であった。攻 撃 全 体の割 合( 図
2
)は、セットオフェンス66.0%
、速攻34.0%
で、成功率では、セットオフェ ンス37.6%
、速攻33.5%
であった。速攻の攻撃ごと では、一次速攻51.9%
、二次速攻35.8%
、三次速 攻26.8%
で、1
試合におけるセットオフェンスの攻撃 回数は6
割強を占めるが、攻撃成功率が4
割弱であ ることから、防御隊形が整っている状況を打破でき ず、シュートミスや規則違反およびボール保持ミスに て攻撃が完了していることが伺える。また、1
試合あ たりの二次速攻、三次速攻は約3
回の攻撃に1
回は 得点していることが示され、速攻の攻撃割合が約3
割を占めることから、速攻による攻撃も必要不可欠な 攻撃戦術と言える。速攻における攻撃権の獲得方法攻撃割合(図
3
)では、相手シュート完了による攻撃権の獲得が45.5%
、パス・キャッチミスによる攻撃権の獲得が32.7%
、規則違反による攻撃権の獲得が21.8%
であ るが、相手シュート完了からの攻撃権獲得よりも、規 則違反・パス・キャッチミス時の攻撃が約6
割と高 かった。これは、プレーイング内、またはサイドラインからの攻撃となることで、ボールの所在が明確で あることが伺える。攻撃成功率(図
4
)では、規則違 反からの攻撃が40.7%
、パス・キャッチミスからの 攻撃が37.0%
、シュート完了からの攻撃が27.4%
で あった。規則違反による攻撃権の獲得は、審判の笛 にて一時的にプレーが止まるが、反則を犯したチー ムおよびプレーヤーは反則位置より3m
離れることが ルール規則にあることで、攻撃への移行すなわち短 いショートパスを駆使し、一斉に帰陣する防御に対しn=730
1次速攻,3.7% 2次速攻,
14.9%
3次速攻,
15.4%
セットOF, 66.0%
n=248
規則違反,21.8%
パスキャッチミス,
32.7%
シュート完了,
45.5%
図
2
攻撃全体割合図
3
速攻での獲得方法別割合図
4
速攻での獲得方法別成功率数的優位な状況を作り出すことが可能であると考えら れる。パス・キャッチミスのボールの所在のほとんど がプレーイングエリア内で起こることで、ボールの所 在が明確であることを意味し、インターセプトやルー ズボールの処理から速攻に移行していることが伺え る。シュート完了からの攻撃成功率が低いことは、相 手シュート完了時のゴールキーパーがシュートされ たボールをコントロールできるかが速攻に影響を持 ち、ゴールキーパーのボールコントロールに時間を 要しないトレーニング、速攻への判断と素早いポジ ショニングからグループ戦術へのトレーニングが必
要であると考えられる。
攻撃方法ごとの割合を図
5
、成功率を図6
に示し た。一次速攻のシュート完了による攻撃権の獲得 は14.8%
、パス・キャッチミスによる攻撃権の獲得 は66.7%
、規則違反による攻撃権の獲得が18.5%
であった。成功率ではシュート完了による攻撃では
20.0%
、パス・キャッチミスによる攻撃では61.1%
、 規則違反による攻撃の獲得が50.0%
であった。一 次速攻の戦術的目的は、防御からサイドプレーヤー およびポストプレーヤーなどの先行プレーヤーで攻 撃活動が行われ、高度な戦術的展開を要せず、パ ス回数が少ないことで、比較的容易にシュートへ至る ことができ得点に結びつく。このことで、ボールの所在が明確な、パス・キャッチミスからの攻撃、規則 違反による攻撃の成功率が高いことが言える。相手 シュート完了による速攻割合、成功率が低いことで、 ゴールキーパーがシュートされたボールをコントロー ルできていないか、または、防御との関連性がないこ とでセービングすることに精一杯であることが示され
た。
二次速攻のシュート完了による攻撃権の獲得は
32.1%
、パス・キャッチミスによる攻撃権の獲得は42.2%
、規則違反による攻撃権の獲得は25.7%
で あった。成功率では、二次速攻のシュート完了によ る攻撃は25.7%
、パス・キャッチミスによる攻撃は37.0%
、規則違反による攻撃権の獲得は46.4%
で あった。二次速攻の戦術的目的は、一次速攻よりも 多くの相手プレーヤーが帰陣しているため、先行プ レーヤーにバックプレーヤーが加わり、防御システ ムが十分に機能する前の時期を利用するため、速 い走りと短く素早いパスのコンビネーションにて試行 されることから、規則違反からの攻撃は、反則を犯し たチームおよびプレーヤーは反則位置より3m
離れる ことがルール規則にあり、攻撃への移行すなわち短 いショートパスを駆使し、一斉に帰陣する防御に対し 数的優位な状況を作り出すことが可能であると考えら れる。パス・キャッチミスからの攻撃は、速攻のため の的確なポジショニングを取ることが困難になること から、先行プレーヤーの自由な攻撃活動に委ねられ、 ミスや反則を起こしやすくなると考えられる。シュート完了からの攻撃は、ゴールキーパーがボールコント ロールするまでの間に速攻攻撃の適切なポジショニ ングをとることができるため、組織的な二次速攻が行 えると考えられる。
三次速攻のシュート完了による攻撃権の獲得は 図
5
速攻攻撃ごと獲得割合図
6
速攻攻撃ごと獲得方法成功率65.2%
、パス・キャッチミスによる攻撃権の獲得は15.2%
、規則違反による攻撃権の獲得が19.6%
で あった。成功率では、三次速攻のシュート完了によ る攻撃では28.8%
、パス・キャッチミスによる攻撃は11.8%
、規則違反による攻撃権の獲得が31.8%
で あった。三次速攻の戦術的目的は、相手防御プレー ヤーが帰陣する中で防御隊形がほぼ完成に近い状 態での攻撃構造であり、攻撃側を追いかけての防御 となることで、相手防御を突破するために様々な攻撃 の展開や戦術的バリエーションが要求される。シュー ト完了からの攻撃活動はゴールキーパーによるボー ル処理からの攻撃展開となり、適切なポジショニン グをとることができるため、システム防御を組ませない ような戦術を駆使し、攻撃を継続することが必要であ ると考える。先行プレーヤーにおける位置別の割合では、二 次速攻・三次速攻でのバックプレーヤーがセンター ラインを超えた際の割合では、
A
エリア9.5%
(二次 速攻9.2%
、三次速攻9.8%
)、B
エリア52.0%
(二次 速攻42.2%
、三次速攻61.6%
)、C
エリア16.3%
(二 次速攻15.6%
、三次速攻17.0%
)、D
エリア22.2%
( 二 次 速 攻
33.0%
、 三 次 速 攻11.6%
)であった。 ゴールエリアラインとフリースローライン間のA
・B
・C
エリアで77.8%
、フリースローラインとセンターライ ン間のD
エリアで22.2%
であることで、多くの得点を あげるために先行プレーヤーの素早いスタート、走 りにより速攻活動が行われていることが伺える。成功 率(図7
)では、38.1%
(二次速攻20.0%
、三次速攻54.5%
)、B
エリア32.2%
(二次速攻37.0%
、三次速 攻29.0%
)、C
エリア19.4%
(二次速攻23.5%
、三次 速攻15.8%
)、D
エリア34.7%
(二次速攻44.4%
、三 次速攻7.7%
)であった。速攻は短時間でシュートま で持っていくことが要求され、二次速攻においては、 防御側も帰陣の中で即座に組織的な防御システム を整えることができていないことで、D
エリアからのグ ループ戦術でも得点が可能であると思われる。三次 速攻では、相手防御プレーヤーが帰陣する中で防 御隊形がほぼ完成に近い状態での攻撃構造で、攻 撃側を追いかけての防御となることから、速攻攻撃の 先行プレーヤーは素早くゴール近くのエリア位置A
・B
エリアを獲得することが、得点を獲得するための 条件と考えられる。速攻攻撃の移行は、三次速攻ま での展開を要求されることで、先行プレーヤーはA
・B
・C
エリアを獲得し、二次速攻・三次速攻時にはA
・B
エリアへの移動から攻撃活動を行うこと。このこ とで、グループ戦術が行いやすく、数的優位な状況 を獲得することが可能と考え、攻撃戦術を取り入れた トレーニングの必要性が示唆された。4
.まとめ本研究では、大学女子の試合から速攻の局面に 着目し、速攻攻撃の全体像から速攻の開始局面と展 開局面(空間的要因)から成功要因を検討した。結 果として、以下のような所見を得た。
(
1
)二次速攻・三次速攻は1
試合あたり3
回の攻 撃に1
回は得点していることから、ゴールキー パーのボールコントロール技術、得点力につ なげるボール展開時のポジショニングからの 攻撃手段の必要性。(
2
)パス・キャッチミス、規則違反によるボール 獲得からの攻撃は、一次速攻・二次速攻へ の素早いスタートからの攻撃展開の必要性。(
3
)先行プレーヤーは、素早くゴール近くのエリ アを獲得することで速攻の成功率が高まる。 図7
エリア別成功率5
.付記本研究は、平成
24
年度東京女子体育大学実践 研究活動補助費による研究成果の一部である。引用・参考文献
1.
大塚秀幸・浅野幹也・小山哲央・中川武夫(
1992
)ハンドボール競技のゲーム分析―速 攻について― 1991
全日本学生ハンドボール 選手権.中京大学体育学論叢.34-1: pp. 91- 100.
2.
浅野幹也・大塚秀幸・小山哲央・藤松博(1992
) ハンドボールのゲーム分析―平成3
年度全日 本学生ハンドボール選手権大会より―.中京大
学体育学論叢.32: pp. 47-53.
3. H.
デブラー:稲垣安二・上平雅史監訳・谷口了正訳(
1986
)球技運動学.不昧堂出版.東京:pp. 11-350.
4.
クンスト. GI
:木野実・杉山茂監修・中村一夫 訳(1981
)ハンドボールの技術と戦術.ベース ボールマガジン社.東京:pp. 20-95.
5.
(財)日本ハンドボール協会・笹倉清則監修(