茨城大学教育学部教育研究所紀要16号(1984)109−115 109
幼児の心の育ちをどうとらえるか
松丸令子・久保田江満子・山路純子・多田慧子・大里道子 福田洋子・下山田祥子・下村照美・遠藤由美子・青木宣子
(1983年10月29日受理)
1. は じ め に
「幼児の発達のふし目をどうとらえるか」というテーマに基づいて継続的研究に取り組んで来て いる。その中から,幼児の発達にはふし目があることが分かり,ふし目に入り込んだ幼児が葛藤し ながら乗り越えて行く姿をとらえることが出来た。その時の幼児は,周りから一歩離れた 個にか える 状態にあり,幼児自身内面的に充実して来た時に様々なきっかけや働きかけにより次の状態 へと伸びて行くのである。ふし目到来のリズムやテンポはそれぞれの幼児によって異なって来るの であるから,そこに働きかけて行く適切な時期を見極ある確かな眼が要求されてくる。それには,
保育中は勿論の事,あらゆる機会にあらゆる角度から出来る限り幼児について正しく知り,育ちを とらえて行くための努力をして行く事によって,一人ひとりの幼児に即した指導の手立てが明らか になって行くと考えている。
2.心の育ちをとらえて行くことについて
過去3年間の継続的研究の中で発達を四側面(情操的。社会的・思考的・身体的側面)から視点 を当ててとらえて来たのであるが,一側面ずつを切り離してとらえて行くことは不可能であり,各 側面が絡み合った状態としてとらえて来たわけである。何故ならば,幼児の発達は感情を基盤とし て他の三側面が複雑に絡み合いながら促されているらしいと考えるからである。
従って,幼児の育ちをとらえて行くには,総合的な立場でとらえて行く事の方が,幼児の発達に はより即していると言える。幼児の育ちを 心の育ち として日々の営みの中から総合的にとらえ て行くための試みを進めて来ている。そして更に,幼児の育ちの姿を整理しながら共通するものを 見い出して行くことにより,そこに幼児の辿る発達の道筋が明瞭化されて来るのではないかと考え ている。
3.発達のふし目を見直すことについて
幼児の発達過程には,いくつかのふし目を乗り越えて行く姿を認めることが出来るのである。こ のふし目について更に深く見つめて行くと,ふし目には大きなふし目と小さなふし目とがあるので はないかと思われるのである。
つまり,小さなふし目とは,それぞれの幼児によって様々な現れ方や,乗り越え方をして行きな がら,大きなふし目に辿りついて行くのではないかということである。そして,大きなふし目とは
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その現れて来る時期が幼児によって多少ずれては来るが,どの幼児にも必ず現れて来るものである と考えている。大きなふし目は,また,それを飛び越えて次の段階へ進むことはほとんどなく,仮 に飛び越えたとしても,次の段階での発達がうまく促されて行かないことが多いのである。
今までの研究の中では,この 大きなふし目.の存在に時々気づきどらえては来ていたのである が, 小さなふし目 とはっきりした区別をせずに使っていたのである。大きなふし目,それは言い 換えれば人間が成長して行く過程における共通的な道筋であると思うのである。
(図1) 大きなふし目・小さなふし目
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@
焉̲捧)粘 \←!
馳、 「おんなじ」と言う言
(例) tを使う
仲間以外は拒否する
撫職・茜難舌雛る
スでも「ダメ」曳 ノ 、舳● , 1 ニ言う。
(1)小さなふし目の現れ方は,一人ひとりの幼児によって異なる。
・ α一6一α一6を幾度となく繰り返す。
・ α(又はゐ)の期間が長く,δ(又はα)の期間が短い。
・ α(又はb)を飛び越す。
・ α一6の現れ方の順が逆である。
② 大きなふし目は,一人ひとりの幼児にほぼ似かよった共通性のある様相で現れて来る。
・ ふし目Aを経験してから次の大きなふし目に向かう。
・ ふし目Aを仮に飛び越してしまうと次の大きなふし目が不十分な現れ方をする。
・ ふし目Aを確かに乗り越えることにより,次の発達が安定した状態で促されて行く。
4.研究の進め方
幼児の育ちをより総合的な立場からとらえて行くために,次のような方法によって研究を進めて
いる。
(1)日々の記録から心の育ちを読み取る。一クラス並びにクラスの枠を越えて
・ 保育の中の幼児の言動を筆記,写真,ビデオ,テープレコーダーでとらえて行く。変化や 特徴などについて見直しながらディスカッションしてより確かなものにする。
(2)研究日を通して,全教官により育ちの確かめをする。
・ 観点を決めて記録した言動を分析し,育ちを押えて行く。
松丸他:幼児の心の育ちをどうとらえるか 111
(3)長期的な視点で育ちを読み取る。
・ 日々の記録をもとに長期的に見つめ直し,一日ではとらえにくい育ちを押えて行く。なぜ 変化が見られるようになったか,その前後の様子から背景やきっかけとなっていたものを
探る。
・ 他の幼児との比較や年度の異なる記録を重ね合わせ,育ちの共通性を見い出す。
(4)園と家庭を結ぶ連絡ノートから育ちを知る。
・ 園生活でとらえられない場面での育ちを知る手がかりとする。
⑤ アセンブリーを通して親の養育観を知ると共に啓蒙を図る。
。 各クラス或いは学年学級の枠を越えた教師と親の集いの中で,幼児を確かに見つめる眼を お互いに成長させながら,情報交換の機会とする。
㈲ 登降園児の触れ合いの中から幼児の様子をとらえる。一親←→副園長 ・担任
・ 僅かな時間ではあるが,幼児についての様子・変化など生の声を聞く 中で育ちの一端を知
る。
(図2) 様々な角度から一人ひとりの幼児を知るために
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5. 研究を通して得られたものから
一3年保育3歳児の記録をもとに一一 次に3年保育3歳児一学期の日々の記録をもとに,研究の中から私共がとらえ得た幼児の育ちの 一端にふれてみたいと思う。3年保育3歳児は1クラスで現在19名(△男児10名 ○女児9名)
である。一人ひとりの幼児について日々の記録をもとに,その幼児の変化して来る様子をとらえて 行ったものが図表1である。入園当初の不安定な時期を教師とのかかわりによって乗り越えて友と の遊びへと向かう姿が認められる。
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松丸他:幼児の心の育ちをどうとらえるか 113
次の表は,図表1から更に共通する行動を整理したものである。線で結んだ所は,教師とのかか わりで安定し,教師の働きかけによって自分の周囲に展開する友との遊びへと向かい始める時期で ある。集団生活に溶け込んで行くためにどの幼児も踏んで行く大切なステップであると考えられる。
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3歳児の1学期には,ほとんどの幼児が教師とのかかわりを多く持ち,気持ちを安定させるよう になる。この時の幼児は,教師の目や耳を通して周りの物を見たりとらえたりしている。この時期 の長さは幼児によって長短があり,時期を一斉にそろえることは出来ない。ここに一人ひとりの幼 児にかかわりながら,その幼児に即した指導の必要性が強調されるところである。その過程に見ら れる特徴的な言動をもとにまとめたものが下の図3である。教師も人的環境のひとつとして幼児に 直接的にかかわって行くのが〔A〕の時期であり,次第に幼児同士のかかわりを背後から見守り時 には働きかけて行くのが〔B〕の時期である。
(図3) だれもが通ると思われる育ちの道筋((イ)(ロ)の←)) に見られる特徴的言動
ρ一 ■噛r mノρ @ ■」、
1 、
抱えこむ
Dきな遊びや安定の場
何でも真似る ヌいかける
泣 く 亀環境 が見つかる からまり合う
1賭.いらいら 1物1
次々と遊びや物を 自己主張が強くけんかを
且 試す 特定の する。
1 逃 避
oやたらに拒否 ①が誘うと遊びにチわる
友とかカ →
墲 自分の場をしっかり確保 キる。
覧一人で見ている ① ①と一緒に遊びながら ダメの連発をする 友とかかわる
@に甘える
@にして欲しい事を言
、①の承認を得たいと思う
拒否の理由づけをする。
㈱ヤとしての意識力咄る
(イト\\ 9 \㍉..i
._。....・・一・・一… P→
Q....・・・・…一畠
o lヨ ρ
①とのかかわりで安定し周りが見え始める時期 ,C,C9
,
iイ} {ロ〕 ひ→ /
身分から友とのかかわりを求めて行こうとする時期
@ {二)
次の図は,幼児(イ)〜(勾までをどのように経験して行くかその道筋を辿ったものである。いくつ かの共通性によって育ちの傾向がとらえられるので,特徴的な幼児について示している。
(図4)共通的な道筋を通って行く幼児のさまざまな姿一△児△児②児④児一
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松丸他:幼児の心の育ちをどうとらえるか 115
△児のように(イ}〜(二)と順序性を持って経験して行く幼児がほとんどである。しかし,中には,
飛び越したりする姿も認められ,これは入園までの幼児の育った環境による影響が多いようである。
②児のように(イ)の時期に入るまでに非常に時間のかかる幼児もある。
④児のように初めから友とのかかわりにうまく入り込んだように見える幼児も,友と意見が合わ ず衝突したり壁にぶつかると,自分の方から(イ)…教師とのかかわりを求めて来る姿も見られる。
△児のように,(イ)から(二)へと飛び越した幼児には,問題がある。教師とのかかわりを十分にせ ぬまま気の合った友との安定した遊びに入り込んでしまうため,周囲を見ようとする力が育たない ために,他の友とのかかわりに向かう時期が非常に遅れてしまうことが,その後の記録から言える ことである。
以上のように,入園当初の幼児にとっては,〔A〕の時期をたっぷり経験させることが大切であ る。この時期を過ぎて次へ向かう適切な時期が訪れたことへの見極めは,教師の幼児を見つめる確 かな目によるものである。早急に(勾へ向かわせることへの問題性がこのことを意味している。こ の時期の幼児にとって,教師との様々なかかわりこそ,幼児にとって辿るべき大きなふし目ではな いかと思うのである。
(図5) 大きなくくりとしての〔A〕・〔B〕
絢、
穿会業鑛①¢ ①}
曜 糟鵯?
鰐
量瀧箇 露薪
(イ} (ロ} レ→ (二り
ひ渉 ①がいて ①とのかかわり
友の存在をと 友とかかわる
轡歯㊦θ
安定する で視野が広がる らえる 謬 璽 豊
穿乙 ①
[る承 認
纂懸動 哩るで
風 ψ わ
劣 穿 嬢
〔B〕
〔A〕
6. ま と め
今までとらえて来たふし目を整理し分析して行くことによって,それぞれのふし目の質の違いや どの幼児にも現れる発達の上での共通性のある大きなふし目のあることに気づいて来るのであると 考えている。そして,大きなふし目は,幼児が発達して行く上で必ず通って行く道(幼児の側から すれば経験)であり,共通性のある大きなくくりは教育課程の柱になって行くのではないかと思わ れる。以上のような方法で,幼児の育ちを丹念に見直して行くことを続けながら,ふし目の持つ意 義を探り,教育課程の見直しをすると共に,個に即した教育課程をそこに位置づけて行きたいと考 えている。