• 検索結果がありません。

幼児期の記憶と保育体験(2):

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "幼児期の記憶と保育体験(2):"

Copied!
10
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

1.はじめに

(1)問題の所在(背景)

 現在,日本の幼児のほとんどが小学校就学前に集団保 育を経験する幼稚園と保育所はそれぞれ目的を異にする 施設ではあるが,3歳以上児の保育に関しては平成 20 年改訂・改定の幼稚園教育要領・保育所保育指針におい て保育内容の統一化が図られており,共通の保育内容に よる子どもの経験の保障が目指されている。この幼稚園 教育要領・保育所保育指針の内容の統一化とその告示は 平成 20 年以降のことであるが,両者の営みはこれまで もともに「保育」ということばで表され,その共通化が 図られてきた1)。幼稚園教育においては,昭和 22 年の 学校教育法制定時から幼稚園での教育はその独自性を重 視して「幼稚園は幼児を保育し」と記し,その制定時に おいては幼児期の教育の独自性を守るためには「保育」

でなくてはならないという主張があったという。保育は,

教育と養護との分離することのできない渾然一体となっ たものであると考えられており,もとより保育所におけ る「保育」と幼稚園教育とは子どもを対象とする営みと いう点においては大きな違いはないものと考えられてい

たと理解できる2)

 すなわち,それは,幼児期ならではの養護的かかわり

(care)を基盤とした独自の教育であり,生涯にわたっ て自立した一個の主体として育つよう子どもの育ちを支 える営みであった。近年は OECD の国際比較調査の結 果報告3)においても,養護と教育の一体化や,子ども の主体性の重視が求められる乳幼児期の保育すなわち Early Childhood Education and Care(以後 ECEC と略 記)が生涯にわたる成長の基盤となる乳幼児期の発達を 保障するものであると謳われている。

 このように考えられている「保育」について現行幼稚 園教育要領においては,「幼稚園教育の基本」として「幼 児の自発的活動としての遊び」が生涯にわたる発達の基 礎を培う重要な学習である」として,「遊びを中心」とし た総合的な指導の重要性が述べられている4)。幼児が主 体性を発揮して活動できるものは,他からの目的を課さ れたものとは異なる,自発的な遊びの経験のことである。

 現代の社会では,子どもの生活,子どもが育つ家庭や 地域での生活は大きく変貌し,幼児期の発達を支える「遊 び」の体験はその質・量とも大きく変化している。現代

幼児期の記憶と保育体験(2):

保育形態の違いは幼児期の経験とどのようにかかわるのか

奥 山 順 子・山 名 裕 子

The relationship between memories in early childhood and the experiences of child care and education (2):

How do types of child care and education affect children’s experiences?

Junko OKUYAMA & Yuko YAMANA Abstract

  We analyzed memories of 91 university students concerning their experiences of child care and education. We asked them if they experienced play-centered child care or undifferentiated uniform education when they were preschool children. Thirty-six percent of the participants responded the former type of education and more than half of them the latter type. Memories concerning their teachers or caregivers were more or less related to positive emotions. On the contrary, negative emotions were related to uniform education or every day routines that they experienced. We also investigated another group of 33 adults who experienced play-centered child care at a certain kindergarten where children’s spontaneous activities were respected. Many of their recollected memories involved their plays. They reported fewer events or experiences related to negative emotions. It is considered that investigations concerning early childhood memories might suggest preferable type of child care and education which is difficult to identify.

Key words : child care and education, early childhood, memory, forms of care and education, play

(2)

の幼稚園・保育所は一人の主体として子どもが生き生き と生活する重要な体験である「遊び」の保障という意味 でも,その役割の重要性が高くなっている。

 ところで,平成 27 年度からいわゆる子ども・子育て 関連3法が施行されるが,それに向けた国による議論の 中では,幼保一体型認定こども園の増設推進に当たって,

養護と教育とが混然と一体化した「保育」とは異なるニュ アンスの表現が散見される。たとえば,幼稚園・保育所・

家庭における子どもに対する営みをそれぞれ「教育」「保 育」「養育」ということばで表現し,あたかも「教育」

の場である幼稚園と「保育」の場である保育所という異 質の施設を一体化するとの誤解をもまねくような表現が なされている。いうまでもなく幼稚園は学校教育体系に 位置付けられた施設であり,その幼稚園教育の営みを「保 育」であるとしているが,保育所の「保育」に対して幼 稚園の「教育」とが併記されたとき,それぞれの言葉の 意味するものは,本来の ECEC とは異なる意味に理解 されがちである。「教育」を狭義にとらえられるとき,「保 育」本来の意味も現行幼稚園教育要領の「幼稚園教育の 基本」の理解にも歪みが生じる可能性があるであろう。

 また,幼稚園とは異なる保育所における「保育」の理 解も鯨岡(2010)が指摘しているように,乳児への世話 や,生活習慣等にかかわる働きかけのみを意味する狭義 の理解として,幼稚園における保育と質的に異なるもの としての誤解を招いている5)

 上記のように現在は子どもの生活に重要な遊びの体験 を保障する数少ない場所としての役割を担う現代の幼稚 園・保育所さらには認定こども園の保育の基本を,新制 度発足の時期に再度,その基本を再考し,保育の在り方 を再確認する必要があるであろう。

 では,現在の幼稚園教育・保育現場における実践の実 情はどうであろうか。いうまでもなく幼稚園教育要領・

保育所保育指針は国による保育の基準である。他校種と 異なりその多くを私立の施設が運営する幼児教育は,建 学の精神に基づく独自の保育を展開しているところが少 なくない。また,保護者支援が大きな役割となっている 現在の幼稚園・保育所では,子どもの保育よりも保護者 への保育サービスが優先される傾向も問題として指摘さ れる。

 実際の保育では,遊びが重要と謳いながらも,特定の 知識や技能の習得を目指す保育は少なくなく,保護者か らの支持も得ている。この背景には,保育者自身による 理解や外部への遊びの意味の説明困難といった問題もあ ろう。幼児教育・保育の成果が形としては表れにくいこ とはその一因であろう。このことは,幼児期における発 達に必要な経験の保障という意味のみならず,幼保小の 連続性を考えるうえでも課題となる。幼稚園・保育所に

おける幼児の主体的な遊びの意義の理解と,保護者をは じめとする保育の外部に対するその説明能力は保育者に 求められる重要な専門性の一つであると言えよう。

 幼児の主体的な遊びの意義に関する議論は,その成果 が形には表れないこと,また幼児教育の目標そのものが 幼児期における達成目標ではなく,将来にわたる方向目 標として考えられていことから実証が困難である。また,

何らかの実証をしようとすること自体が,本来の遊びの 世界を阻害することにもなりかねない。しかしながら,

遊びの重要性が適切に理解されなかったり,乳幼児に対 するその重要性が心情論的に語られたりするだけでは,

上記のような現状の中で乳幼児期に必要な遊びの体験や それが保障される場を守ることはできない。

 制度の改革に伴い,保育については,保育の専門分野 のみならず社会経済や労働の在り方,女性の生き方など 様々な分野から議論されている現代であるからこそ,「保 育」本来の在り方,特にその基本とされている子どもの 遊びを中心とする保育についての本質的な議論が求めら れよう。

(2)遊びを中心とする保育の研究動向

 本論は実証困難な,遊びを中心とする保育の意義を探 るための手がかりとして,大学生の幼児期の記憶につい て,保育形態の違いと保育体験の記憶との関連を比較・

考察することを試みたい。

 これまでの保育の形態や内容に関する研究では,日本 の幼稚園の多様性に着目した Holloway, S. D.(2000)に よる報告がある。Holloway は多様な日本の保育を集団 の質や保育者と子どもとの関係についての違いによって 3つのタイプに分けて検討し,それぞれの特色をとらえ ている。特に,特定の活動のトレーニングを集団的に行 う教育における子どもと保育者との関係の問題や,園生 活に独特の生活様式への適応の問題について日本独特の 保育の特色として指摘している6)。一方,結城(1998)

は集団での課題活動が多い保育の中での子どもの集団行 動への適応をフィールドワークによって具体的にとらえ ている。保育者の意図とそれに応じる子ども,また子ど もが自分たちで見出していくその場での暮らし方,ふる まい方などをとらえており,全体指導における教師の意 図と子どもの理解のずれもとらえている7)

 遊びを中心とする保育の意義についての研究では,多 方面から子どもの発達を分析的に捉えたり,活動の展開 という形での考察を行ったりするものはあるが,保育に おける「遊び」のとらえ方自体が明確ではなく,保育の 実証ということの困難さもうかがうことができる。近年 は,小学校との連続性や接続といった視点からの保育の 在り方の検討や評価などの実践の場での現代的課題を背

(3)

景とする研究が多い。遊びを中心とする保育の検証とい える研究は実証の困難さゆえに多くはない。そればかり か,「遊びを中心とする保育」自体があいまいで,子ど ものどのような経験を保障する保育であるのかといった ことに関する保育実践をベースにした研究も多くはな い。

 筆者らは,これまで「遊びを中心とする保育」の周辺 の課題に多様な角度からアプローチしようとしてきた。

保育の計画という視点からは,実践の基本における「遊 び」の位置づけから,中心であるとされる「遊び」は保 育者によって真に重要な保育実践であるとの理解が得ら れていないという実情を明らかにした8)。保育者がとら える遊びの「楽しさ」と子ども自身の意識との違いも実 践の中からもとらえてきた9)。また,子どもの遊びの場 面の参与観察によって保育の中での子どもの経験の意味 の豊かさや学びの質を明らかにしてきた10)

 以上のようにこれまで,遊びを中心とする保育の実現 を阻む要因に迫ることや,幼稚園における幼児の自発的 な遊びの中での経験を具体的にとらえてその意味を丁寧 に考察することを研究の課題としてきた。本論は,「あ と伸びする力」を育てる,「みえない教育」とも言われ る「遊びを中心とする保育」の意義を,成長後の大学生 の記憶を分析することによって読み取ろうと試みる,探 索的な研究である。

2.研究の目的

(1)目的

 多様な保育体験を持つと考えられる大学生の幼児期の 保育体験の記憶を,幼児主体の遊びを中心としていたと 考えられる保育を受けた者と,一斉の課題活動による保 育を受けた者とで比較検討する。記憶の内容の違いをと らえ,その違いから保育の意味を検討する可能性を探る。

また,幼児主体の生活を重視して保育を行ってきたと考 えられるA幼稚園卒園児の幼児期の記憶の質と保育形態 や内容との関連を探ることにより,子どもにとっての幼 児期の生活の意味を成長後の記憶からとらえることを目 的とする。

(2)研究に当たって

 幼児期の記憶は,個々により鮮明度は異なる。また,

想起される場面やそこにまつわる思い等は,幼児期の記 憶でありながら後年になってからの体験によって再構成 され,文脈をもったエピソードとして記憶されることも 多い。当然のことながら記憶は客観的な幼児期の生活の 記録とはなりえない。しかしながら,本論においてはそ の点を踏まえつつ,後年想起されたことへの意味づけや 解釈であっても,後の発達につながる幼児期の体験とし てとらえて考察をする。

 考察に当たっては,記憶の傾向を量的に把握したデー タとともに,現時点で想起できるエピソードを簡単に記 述してもらうことにより,幼児期の体験の質もとらえよ うとした。

3.研究の方法

(1)質問紙調査 1)調査対象者

① 教員養成学部の学生 91 名

② A幼稚園卒園者 2)調査時期

① 2011 年 11 月5日  ② 2011 年8月 12 日 3)手続き

①  小学校教員免許必修科目授業終了前の時間に受講者 91 名に質問紙を配布し集団で行った。所要時間約 20 分

②  A幼稚園の創立 100 周年記念事業のタイムボックス 開封式に参加した卒園後 30 年の卒園生に受付で質問 紙を配布し,終了時 36 名が任意に提出した。

4)質問内容

   どちらの対象者にもA4版で両面印刷された1枚の 質問紙を準備した。共通の質問として,幼稚園(また は保育園)での出来事に関して具体的に自由に記述す ることを求める空欄を設けた。そのエピソードの鮮明 度,確信度,その後のリハーサルの様子や頻度など 16 項目に対し,7段階評定の回答を求める項目を配 列した。

   タイムボックス対象者には,それ以外に当時の幼稚 園の場所などの記憶,大学生には先生にかかわる思い 出や保育形態などの質問を配列した。

2)インタビュー調査

)調査の目的 調査対象者在籍時のA園の保育形態及 び内容の概要をとらえる。

2)調査対象者

   上記1)②の調査対象者がA幼稚園に在籍していた 当時の5歳児学級担任保育者

3)調査時期  2011 年 10 月 21 日  4)インタビューの形態・内容・手続き等

   質問紙調査対象者の当時の年長児卒園翌年(昭和 58 年)からA幼稚園に勤務した経験のある筆者(奥山)

との対談形式で,筆者研究室において2名のみで実施 した。当時の保育資料等を見ながら,具体的な保育の 様子や行事のもち方,園としての保育研究の取組等に ついて,互いの記憶を補完しながらインタビューを 行った。IC レコーダーに録音し,その後に逐語記録 化した。所要時間は約2時間であった。

(4)

4.結果と考察

(1)大学生の保育体験

 幼児期に体験した保育の内容および形態を 10 に分類 して選択肢を設定した。幼児が主体的に遊ぶ時間の設定 の仕方の違いをとらえて3つの項目を設けたほか,保育 者による意図的な活動の設定の仕方と内容,行事のもち 方に関する項目をそれぞれ設定し,複数回答可として質 問した。

 回答はあくまでも大学生の現時点での記憶である。任 意で記述を求めた園名・施設名によって同一園の卒園者 を比較したが,「一日の大半を好きなことをして遊んで いた」と回答した学生と「特定の実技に力を入れて指導 していた」と回答した学生がいるなど回答には違いがみ られた。しかしながら,現時点で記憶され,想起された 保育がそうであることは,それとは異なる内容や形態で 行われた保育であっても体験として意味づけられていな いと考えられることから,ここでは記憶についての回答 をその対象者にとって意味がある経験として記憶された ものとして,特にその真偽を問うことはなしに分析対象 とすることとした。

 なお,覚えていないと回答した学生は6名,6.6%で あった。

① 園生活での遊びの位置づけに関する記憶

 表1に示すように,「一日の大半は好きなことをして 遊んでいた」としたものは 36.4%であり,あまり多くは ない。前述のように幼稚園教育要領では「幼児の自発的 活動としての遊びを中心に」することが重視する事項と されている。調査対象者の学生は現行教育要領の総則に 示される「幼稚園教育の基本」と内容がおなじ幼稚園教 育要領(平成元年版)の時代に幼児期を送った世代であ

る。実際にはこの回答者以外にも遊びを中心とする保育 を受けたものもいる可能性はあるが,学生の意識に残る

「遊びを中心とする保育」の割合は高くはない。一方,

半数以上(57.1%)の学生は「②大半の時間は遊んでい たが,決まった時間になるとみんなで一緒の活動をした」

と回答しており,多くの園では遊びを重視しながら,食 事や生活行動以外の意図的な集団での活動も重視してい たことが伺われる。

② 集団活動の位置づけや内容に関する記憶

 上記のように,半数以上(57.1%)の学生は「②大半 の時間は遊んでいたが,決まった時間になるとみんなで 一緒の活動をした」と回答している。「③自由に遊ぶ時 間はあったが,遊ぶ場所や範囲は日や時間帯によって決 められていた」とする回答は 15.6%であった。②と③を 併記した回答者は4名おり,①または②と回答したもの は合わせると 84.6%の学生は決められた時間には「遊び」

以外に計画された,生活行動以外の何らかの活動を経験 していたと記憶している。

 保育活動の子どもにとっての意味は保育形態のみに よって考察できるものではない。特に子どもの主体性の 発揮ということについては,単に自由か一斉かの形態の 違いではとらえることはできない。しかし,子ども(学 生)自身によって「好きなことをしていた」と意識され ていることは少なからず主体的な活動場面を体験してい たと考えることもできるであろう。一方で,決まった時 間になるとみんなで一斉の活動(食事や生活行動以外)

をしていた」と回答したものの体験は多様であると考え られる。園生活の中での保育者を含む集団内の人間関係,

特に保育者との関係の質と主体性の発揮にかかわる経験 とは深く関連する。ここで回答された一斉の課題活動と 思われる場面においても,意欲的,主体的に活動した幼 児(学生)は少なくないのかもしれない。

 ところで,平成元年版幼稚園教育要領から,保育は幼 児の自発的活動としての遊びを中心にするものと明確に 規定され,それまでの保育にみられた様々な反省から,

『幼稚園教育要領解説』においては保育は「特定の知識 や技能を取り出して指導することではない」と記されて いる。また現在と同様の「幼稚園教育の基本」が示され た元年版教育要領対応の指導書においてはそれを「望ま しくない」ものとして明記している。

 一斉の活動に関連して,特定の知識や技能に関する活 動に関する選択肢では,「⑦ひらがなや漢字,英語,算 数などの学習を取り入れていた」が 12.1%,「⑤マーチ ングや楽器演奏,武道,体操など特定の実技に力を入れ ていた」が 6.6%であった。⑤と⑦の併記者はおらず,

22.1%は就学前に特定の知識や技能に焦点化した保育活 表1  保育形態・内容の記憶

度数 %

① 一日の大半は好きなことをして遊んでいた。 28 36.4

大半の時間は遊んでいたが,決まった時間 になるとみんなで一緒の活動をした。(食

事やお昼寝以外) 41 57.1

③ 自由に遊ぶ時間はあったが,遊ぶ場所や範囲は日や時間帯によって決められていた。 12 15.6

④ 園の先生だけではなく習い事の教室や塾などの先生が指導する時間があった。 10 13

⑤ 小学校のように時間割があって,いくつかの活動をした。 2 2.6

⑥ マーチングや楽器演奏,武道,体操など特定の実技に力を入れて指導していた。 6 7.8

⑦ ひらがなや漢字,英語,算数などの学習を取り入れていた。 11 14.3

⑧ たくさんの準備がなされた盛大な行事が行われていた。(運動会,発表会など) 24 31.2

⑨ その他 2 2.6

⑩ 覚えていない。 6 7.8

(5)

動を経験していたことがわかる。その内容には一部は小 学校教育の先取り的な学習も含まれている。

③ 行事にかかわる記憶

 年間を通して様々な行事が行われることは日本の幼児 教育・保育の特徴の一つとして挙げられる。幼児の園生 活に取り入れられる季節行事等のほか,運動会などほと んどの園で行われている日本固有の行事や,社会全体に 文化として浸透しているような行事もあり,園の子ども の活動としてだけではなく,地域の行事のような性格や,

家族で楽しさを共有できる体験としての意味がある。一 方で行事をめぐっては,幼児の活動が保護者や家族に見 せることが目的の活動となってしまうことや,コンクー ル等の園としての成績を競うような活動の問題が指摘さ れており,一部では園経営上の戦略として利用される場 合もある。

 行事の実施について,「⑧たくさんの準備がなされた 盛大な行事が行われていた」という選択肢を選んだ大学 生は 31.2%であった。ほぼすべての園で運動会や発表会 等の行事があり,日常の保育とは異なる準備をして行事 が行われていると考えられる。そのため,この選択肢で は子ども自身の活動よりも保育者や保護者によるかかわ りの多いものを前提として「たくさんの準備がなされた 盛大な行事」として設定した。数は多くはないが,行事 に関する学生の思い出のエピソードには保育者との関係 に関するある傾向があった。それについては後述する。

 ところで,A幼稚園卒園者は大学生よりも,好きな遊 びを思い出に残ることとして答えたものの割合が多く,

行事については大学生の方が多かった。一斉の活動につ いてあげたものはA幼稚園にはいなかった。A幼稚園卒 園者は調査対象者数が少なく,幼児期からの経過時間も 異なるため単純な比較からその傾向をとらえることは難 しい。しかし,本調査がA園の周年記念行事の際に自ら の意志で出席した人を対象に実施していたこと,タイム ボックスの開封という機会に接し,日ごろよりも幼児期 の生活を思い出す機会が多い時期であったと考えられる こと,また幼稚園時代の写真をこの機会に見たと話す人 が多かったこと,そしておそらく家族が撮影した幼稚園 での写真や記念写真には行事のものが多かったであろう ことを考えると,A園回答者の多くが行事よりも好きな 遊びを思い出に残る場面として選択していたことは興味 深い。

 当時のA幼稚園の保育については後述する。

(2)保育の質と記憶の関係

 大学生の中で①②を選択したもの(遊びが生活の中心 であったと答えたもの)をA群,④〜⑧を選択したもの

(学習や体育指導など特定の学習活動が計画されていた 保育を受けたと考えられるもの)をB群として記憶に残 るエピソードと思い出に残る活動をカテゴリー化して比 較した。[表2] 

 

① 保育における行事の位置づけ

 前述のように,行事が盛大に行われていたとした学生 は全体の 31.2%であった。行事自体が一般的にはある程 度は盛大な活動であるため,選択肢をあえて「盛大な行 事」としたことによって,選択数が多くなかったとは考 えられる。

 思い出に残っている活動として行事を挙げたものは多 い。全体の 53.9%が行事を思い出に残る活動としている。

A群が 57.1%,B群が 48.6%とA群の方が多かった。ま た,一斉活動を思い出に残る活動として挙げているもの は,大学生A群は 16.1%,B群は 8.6%と,遊びが中心 であった園の学生の方がわずかに多かった。また,日常 の 遊 び 場 面 が 印 象 に 残 っ て い る と し た 学 生 は A 群 23.2%,B群 28.6%とこちらも差は少ないが,B群がわ ずかに多い。つまり,一斉的課題活動も,日常の遊びも,

それが保育の中心になっていないと答えた学生の方でわ ずかに印象に残る活動としてとらえられていることがわ かる。非日常の出来事の方がより記憶として残りやすい という側面もあろう。しかしながら,全体として保育体 験の質は思い出・記憶に反映されているが,行事は思い 出に残る活動として挙げられてはいてもエピソードとし て挙げられる例は少ない。

 これについては,その質的な検証も含めた今後の再検 討が必要である。

② 保育者との関係

 保育者に関するエピソードでは,プラスの感情とマイ ナス感情の比率はA,B群に殆ど差はなく,半数以上は

「優しかった」「大好きだった」などのプラス感情である。

マイナスの記憶は全体の 24.2%であるが,そのうちの約 6割は,行事や一斉活動,お昼寝や食事など日常繰り返 される場面でのエピソードが記述されていた。

表2 保育の質と記憶の質(大学生)

(%)日常の中で 固定化され た活動

普段の遊 び 

一斉

活動 行事 なし

エピソード

全体 44.0  30.8 7.7 7.0 1.1 A群 37.5 35.7 5.4 1.8 0 B群 54.3 22.9 11.4 14.3 0 思 い 出 に

残っている 活動

全体 20.9 25.3 13.2 53.9 3.3 A群 21.4 23.2 16.1 57.1 0 B群 20.0  28.6 8.6 48.6 0

(6)

 保育者に関するマイナスのエピソードでは,[表3]

に示すようにプラスの感情とマイナス感情の比率はA,

B群にほとんど差はなく,半数以上はプラス感情であり,

B群の方がわずかに上回っている。

 エピソードは[表4]に例示したとおりである。行事 や一斉活動などが,子どもと保育者の関係性の質に影響 を及ぼしていること,時には子どもによる保育者の理解 が大きく転換するきっかけにもなっていることも示唆さ

れている。

 一方で,保育者に対するプラスの感情に関する記述で は,[表5]に例示したように抱っこなど直接的な触れ 合いを含んでいる自分を受け止めてくれた保育者のかか わりに関するものが多かった。幼い子どもとのかかわり の中での大人の対応としては当然とも考えられることで あるが,この点は,保育の独自性,ECEC 特有の保育者 の専門性を考察するうえでも重要であろう。

 

③生活行動とルーティンとしての活動

 日本の保育活動では,たとえば朝や降園時の挨拶,食 事の前後の毎日の決められた活動,当番活動などで,そ の園独自の文化ともいえる行動様式やことばなどが子ど もたちに要求されることがある。

 [表6]のようにA幼稚園卒園者には,日常繰り返さ れる活動,生活場面を挙げたものは少なかった。これに ついても,行事と同様にマイナスの記憶自体は数は多く はないが,その多くが保育者との関係性や集団の中での 個としての認められ方に関するものである。

表3 保育者の思い出エピソード

A群 B群 その他

度数 度数 度数 プラスの感情を伴

う思い出 26 53.1 22 59.5 4 80.0  マイナスの感情を

伴う思い出 11 22.4 8 21.6 0 0.0  その他・おぼえて

いない 12 24.5 7 18.9 1 20.0  49 100.0  37 100.0  5 100.0 

表4 マイナスの記憶に関するエピソード例 何でかは忘れましたが,割と怒られた覚えはあります。

こてき隊の指揮者になった時,昼休みも先生と2人で練習する日が多かった。

先生とけんかして窓をわりながら外に走ったこと。

保育所での,お昼寝の時間に,いつも寝つきが悪くて先生に注意されていたこと。

プールでおぼれさせられた。

お遊戯会で花屋さんをやったこと。綺麗な花柄のワンピースを着たこと。アトムの真似で変なダンスを踊らされたこと。

お肉が食べれなくてお昼寝が終わる時間まで残されていた。

給食が食べられなくてみんながお昼寝している中,一人で食べさせられていた。先生が少しずつ食べて協力してくれたけど,

全部食べられた記憶はほとんどない。

ほとんどこわい先生だった

卒園のうたの練習をしているときに「らんらんちょうちょがついてくる〜♪」という歌の歌詞を友だちとふざけて「つい てこな〜い♪」と歌っていたらすごく怒られた。

基本,はだしで過ごしていたこと。雪が降ってどれだけ寒くてもはだしで過ごしていました。がびょうが刺ってすごく痛 い思いをしたこともありました。

ほとんどこわい先生だった。

朝登園途中,道できれいな石を拾って登園した。しかし,遊んでいる途中でなくしてしまい,悲しくなって家に帰りたくなっ た。先生に「帰りたい」と言うと,不登校が収まり始めた時期だったからか,お母さんに会いたくて帰りたいのだと思われた。

恥しくて石をなくしたことは言えなかった。

よくわからないことで怒られた 

クリスマス会の時三角の帽子をかぶることになった。自分の好きな色を選んでよいということだったので,ピンクがほしい と思ったが残り1つだった。そこでピンクを取ると,自分より1つ下の女の子もピンクがほしかったようで,取り合いになっ た。しばらく取り合いが続いたが,その女の子が「ふん」と怒って緑の帽子を取って行ってしまった。自分がピンクの帽 子をかぶることになったのだが,自分より年下の子に譲ってもらったということがひっかかって全く嬉しくなかった。

お弁当の時に出ていた牛乳を,最後まで飲まされたこと。 

幼稚園の劇?おゆうぎ会?で白雪姫をやることになり,配役を決めるためにやりたい役のセリフを先生の前で1人ずつ発 表するオーディション(と先生たちは言っていた)があった。自分は主役がやりたかったのだが,おきさき様役に選ばれ てすごくくやしかった。でも本番はキラキラした衣装を着れてうれしかった。

(7)

④ A幼稚園の保育

 これまで大学生とA幼稚園卒園児の幼児期の園生活に 関する記憶比較から,幼児期の保育体験の質と体験の記 憶を比較してきた。大学生については前述のように体験 した保育の内容や形態をA群,B群と分けて比較したが,

それはあくまでも学生本人の記憶による分類であり,保 育形態・内容の客観的な分類とはなっていない。そこで 本論の目的の一つである,遊びを中心とする保育の意味 へのアプローチのために,A園の当時の保育について回 答者の担任保育者へのインタビューをとおして,当時の 保育を具体的にとらえようとした。

 インタビュー調査は対象者の年長組の担任保育者T氏 に対して行った。筆者(奥山)はその翌年から同園に勤 務した体験を持つため,T氏との対談形式により,当時 の実践を確認しながら,できるだけ調査対象の卒園児の 在園中の保育が想起されるよう,当時の写真や資料を参

照し,具体的な幼児名も出しながら当時の保育を振り 返った。

 T氏は大学卒業後,他の私立幼稚園に1年勤務したの ちにA幼稚園に勤務した。調査対象者の担任は勤務2年 目のことである。その後,一旦仕事を離れ,現在は民間 の保育所に勤務している。

 A幼稚園は,実践研究として学級の枠を外した保育

(オープンコーナー)の実践を続け,幼児自らが選んだ 活動や異年齢との交流活動を実践していた。

T:A園に来る前に別の幼稚園に1年間勤めていた。行 事の準備などがとても大変で,行事が一つ終わるごとに 体重が減っていくような状況だった。A幼稚園に来たこ ろは,ちょうどオープンコーナーの研究のまとめをして いる時で,私の1年目の保育も載った本が出版された。

オープンコーナーはいつもやっていたわけではなく,普 段は学級の活動が中心。好きな遊びの時間が長かったが,

おゆうぎ会の練習をしていたときでしたが,私は友人の女の子とふざけて遊んでいました。すると,その友人がおゆうぎで 使うむぎわら帽子のひもと,私が使うバラの造花が複雑にからまり,とれなくなったので,先生に取ってくれるよう頼むと,

「どうしておゆうぎの練習中にあそぶの!!」といつも優しい先生に怒られたのでショックで覚えています。

年長さんのとき,「ジャックと豆の木」の絵本で,自分が描きたいところの絵を描く,という時間がありました。最初は,ジャッ クが木を登っているところを描いていたのですが,先生に何度も注意されてしまいました。しかし,どこがいけないのか ( 間 違っていたのか ) が分からなかったため,「なぜ私はおこられているのだろう?」という気持ちしかありませんでした。先 生の言葉をなかなか理解できなかったため,かなり怒られました。結局,ちがう場面の絵を描くことでなんとかなりまし たが,泣きながら描いた記憶しかありません。

年長になってからは,怒られた記憶ばかりで,何だか悲しかったです。「自分が悪いんだ」と思うことばかりで,子どもな がら切なかったです。

マーチングの練習で全園児の前でおこられたこと。

昼寝のとき,年長で,先生たちがまわってくるタイミングでまわりの友達とたぬきねいりをしていた。

帰りのバスで具合が悪くなった子どもをおこっていたようす。

表5 保育者に関するプラスのエピソード例

親から聞いた話だが,大好きな先生がいたらしい。朝職員室に行って「私の○○先生いますか」と言ったらしい。

昼寝で一度も寝たことがなく,ただボーっとしていただけの時間だったが,卒園が近くなったころ,いきなり昼寝の時間 に泣き出すようになった。そのとき園長先生が隣に寝てくれて,私の家族やいとこの話を出して ( おそらく母から聞いたの だと思う ) 私のことを安心させてくれた。

居残り保育をしているとき,いつも先生たちが遊んでくれた。

不安な時に先生の方を見るといつもにこにこと笑顔で見守ってくれた記憶があります。お別れの時,みんなで書いた絵を プレゼントしてくれたり,転園してしばらくの間手紙のやり取りをしました。

時々寝る前に,体をさすってくれたのが,すごくうれしかった。

私は泣き虫だったため,3才の頃はよく先生に抱っこしてもらっていた。

きもだめしで途中でこわくてないてしまって進めなくなったのを,手をつないで一緒に行ってくれた。

バスのグループで,私の組のバスグループが女の子が私だけで泣いていたら,お見送りとして,つれていってくれた。また,

隣の組につれていってくれた。

一緒に遊んでくれた。

卒園式にぎゅっとしてもらったこと。

さわこ先生。さわるとプニプニして気持ちよかったからさわこ先生。

「家に帰りたい」とよく泣いていたので,その度に園長先生が抱きしめてなだめてくれた。

先生の部屋に行くと,園長先生がいてハンカチでねずみを作ってくれた。それを目当てに何度も通っていた。

(8)

 当時のA幼稚園では好きな遊びや生活行動以外の,一 斉の学級全体の活動も組み入れられていた。保育活動の 内容は基本的に学級担任に任されていたため,学級全体 の活動も幼児の自発的な活動における計画も,学級の幼 児の興味や関心をとらえて自由に行うことができていた ようである。

 また,オープンコーナーによる保育という当時の先進 的な保育実践研究を続けてきた結果,その成果とともに,

本当の意味での子どもの主体的な活動ということへの問 題意識が保育者間で共有されるようになっていたと考え られる。オープンコーナーという幼児に選択権を与え,

学級という枠に縛られない生活を目指していたが,実は 保育者の意図が強く表れた活動枠の中での選択にすぎ ず,幼児の発想による活動展開や創造的な遊びの工夫を 引き出したいといった思いもあった。

 また,運動会の見直しが試みられ,行事の中でも幼児 の生活から生み出された活動を幼児の選択によって計画 するという実践を通して,保育者同士の課題は確認,共 有されていたと考えられる。

 当時のA幼稚園では,必ずしも自由な遊びだけが中心 の保育が行われていたとは言い難い。しかし,自由な形 態の活動時間が生活の中心ではあった。また,一斉活動 は,遊びとの関連の中で計画されることが多かったと考 えられる。これらの実践上の課題に対して,回答者卒園 の翌年からは「幼児と共につくる保育」を研究テーマと して掲げて,幼児主体の園生活を目指して実践を検討し ている。

 A幼稚園の卒園者の記憶において,大学生の記憶との 比較によってとらえられた特徴は,第一に行事の記憶よ りも日常の遊びの記憶について答えたものが多かったこ とである。生活の仕方の違いが記憶の違いとなって表れ ることは当然ではあるが,一般に行事という決められた 行動を要求されることの多い場面より,自発的・主体的 な活動としての遊びが記憶に残っているということは,

幼児期の保育の意義を考えるうえで興味深い結果と言え よう。これは大学生A群とも異なる特徴であった。

 A幼稚園卒園者の記憶の第二の特徴は日常的に固定化 された活動の記憶が少ないということである。A幼稚園 の保育の中ではルーティンワークのような繰り返される 活動や,言葉や行動が固定化された生活行動が少なかっ たためとも考えられる。しかし,これも,大学生の記憶 では,保育形態にかかわらずに多くみられた。先述のよ うに大学生のマイナスの記憶の内容の多くがこれらの行 事や固定化された活動の中での保育者や友達との関係に まつわるものである。日常繰り返される生活行動の記憶 は,その中で起こった突発的なできごとや,特に記憶に 残る感情体験である場合が多い。特に大学生で保育者と 表6 大学生とA幼稚園卒園者との比較

A幼稚園卒園 大学生 度数 (%) 度数 (%)

普段の遊び 13 (50) 29 (28)

意図的な特定の活動(一

斉活動) 0 ( 0) 2 ( 2)

行事 3 (12) 22 (22)

思い出 8 (31) 34 (33)

日常の中で固定化された

活動(朝の会,昼寝など) 1 ( 4) 8 ( 8)

その他 1 ( 4) 0 ( 0)

26 95

学級全体での活動も毎日行っていた。基本的には担任に 任されていて,私は他園から来た当時は,子どもが広い 園庭のいろいろなところに行って遊んでいることが不安 で,朝は一度子どもを集めていたように思う。一斉にい ろいろなことをやらせたり,行事のために練習したりす ることがとても大変で疑問も持っていてA園に来たのに,

自由に,というのは保育者としてはとても心配で不安で あったことをおぼえている。

筆者:私が来た当時はすでにオープンコーナーは誕生会 の時くらいで普段はあまりしていなかったように思う。

勉強してから着任したつもりだったのだけれど,結局は オープンコーナーも保育者が主導で用意したものに子ど もを導いていっているのでは,という問題提起がされて いたことを記憶している。

T:異年齢交流も,作られた場ではなくて普段の生活の 中の自然なかかわりを大事にしたい,というようなこと。

筆者:私もその前に勤めていた幼稚園から来て,少し違っ た形での運動会などの行事が印象に残っているのだが…。

T:運動会の中にもコーナーで自由に遊ぶ時間があった。

筆者:運動会より前の普段の生活の中で,例えば縄跳び とかドンじゃんけんとかを,T先生が担任していた年長 組さんが,私が担任していた年中の子どもたちを入れて いろいろ教えてくれたり,主体的に進めていくのを,い いなぁ,すごいなぁ,と思ってみていた。ちょうどクラ スに兄妹の子もいたので子どもたちも参加しやすかった のね。

T:そうそう,あのころの子どもたちは,今思っても自 分たちでよく遊べていたと思う。でも,今のように一日 の大半を好きな遊びをしているというようなことではな かった。学級の活動はみんなしていたよね。

筆者:教育要領も「望ましい経験や活動」の時代だった…。

T:だからと言って,クラスの活動が遊びと全然関係な いということではなくて,好きな遊びの中で子どもたち がしていることから学級の活動を考えたり,逆にみんな でやったことを,今度は子どもたちが自分たちで進めて いくようにしたりする,といったように…。

(9)

の関係にかかわるマイナスの記憶が多く,A園卒園者で はその記憶自体が少ないことは,保育の質を考察するう えで興味深いことである。

4.まとめ

 本論は,大学生と特定の幼稚園卒園者とを対象に行っ た幼児期の保育体験の記憶を比較検討することにより,

保育形態や内容の違いとそれぞれの意味を幼児期の記憶 から考察することの可能性を探ることにあった。

 ひとの記憶は,その内容が対象となる時期の経験その ものを客観的にとらえているとは言えない。本調査にお いても,同一園の出身者でも保育形態に関する回答に違 いがみられるなど,事実を正確に再現できているとは考 えられない。また,鮮明度に個人差が大きかったり,そ の経験への意味づけは後年の別の体験によってなされて いたりする可能性があることなど,体験の正確な把握と いう点では問題もある。比較検討に関しても,記憶が不 鮮明な群と鮮明な群とを比較することの問題も考えら れ,記憶の質的な比較は不可能でもある。また,記憶の 鮮明度と体験の意味の重要性は必ずしも一致しない。本 人の自覚のないことで意味ある経験となっていることは 多く,保育という営みが「みえない教育」と言われるこ とにもそうした経験の重要性が保育の特色であることが かかわっていると考えられる。

 しかしながら,記憶をエピソードとしてとらえること は,すでに様々な分野でのライフヒストリー等の研究で,

その質的な研究としての意義が明らかにされてきた。本 研究では大学生に対して「思い出に残るエピソード」「先 生についての思い出」という設問で簡単な記述で回答を 得ている。中には記述から具体的な保育の状況をとらえ ることが難しい回答もあり,記憶をエピソードで再現す るための方法は今後の課題であろう。

 上記のように記憶から保育の意味を考察するうえでの 課題は認められるが,この調査では次のような傾向が明 らかになっている。第一に,現行教育要領同様に「幼児 の主体的な遊び」を中心とするとされた幼稚園教育要領 の下で幼児期を過ごした現在の大学生は,幼稚園や保育 所で食事やお昼寝等のクラス等での日々の生活行動以外 は一日の大半を遊んで過ごしていたと答えたものは多く はないということである。また半数以上は,毎日一定の 時間に集団での活動を行っていると答えている。

 第二としては盛大な行事が行われていたとする学生が 多かったということである。これは日本の保育の文化の 一つともいえ,当然の回答であるともいえる。しかしな がら,保育者に対する負の記憶に関しては行事と生活の 中でのルーティン的な活動が多く,この点については,

幼児期の発達の特性,または「保育」本来の ECEC と

しての在り方といった観点から今後検証していく必要が あろう。幼児主体の活動を展開しようとしていたA幼稚 園卒園者には見られなかった傾向であることも興味深い。

 その一方で,保育者についてのプラスの記憶では,直 接的な触れ合いや自分自身の多様な思いを受け止めても らったとする,保育者のケア的なかかわり方を記述した 回答者が多かった。こうした点も,今後,保育における 幼児の主体的な活動としての「遊び」の検討とともに,

保育にこそ求められる専門性といった面からさらに考察 することが必要である。

 以上のように,記憶を手がかりとするには課題も多い が,本調査では保育形態・内容による幼児期の記憶の違 いがとらえられた。記憶の内容を直接的に幼児期の体験 の意味として考えることはできないが,直接的な成果の 確認が困難な保育の在り方を検証する可能性を示唆する ものであると考えられた。

 ところで,本調査は調査対象を教員養成学部の学生と している。学生の体験は当然多様であるが,現在,子ど もについて関心を持ち,学び,また教育について考えて いる学生であることが,過去の記憶への意味づけにも影 響を及ぼしていると考えられる。また,小学校以降の学 校教育においては比較的,学校教育に適応することがで きていた人が多いと考えられる。今後は,異なる対象者 で再検討することも必要であろう。

註】

1) 3 歳以上児の保育内容の共通化は,この改訂・改定以前 にもなされているが,これ以前の保育所保育指針では,幼 稚園教育要領において修了までに達成されることが望まし いとされるねらいや内容を年齢ごとに段階的に配列するな どの違いも見られる。

2) 日本保育学会(1980)戦後保育史第一巻,フレーベル館.

pp.21-29.

3) OECD(2011)OECD保育白書―人生の始まりこそ力強く:

乳幼児の教育とケア(OECD)の国際比較―,明石書店.

4) 本来「遊び」は自発的なものであるととらえられるが,

ここで「自発的活動としての」とされて背景には,それま での幼児教育には「遊び」と名付けられてはいても教師に よる課題活動を意味するものが多かったり,一斉授業型の 保育が多かったりしたことへの反省もあった。

5) 鯨岡峻 (2010) 保育・主体を育てる営み,ミネルヴァ書房.

6) Holloway,S.D.(2000).Contested Childhood; Diversity and Change in Japanese Preschools. Routredge. S. D.ハロウェイ,

高橋・南・砂上(2004)ヨウチエン 日本の幼児教育,そ の多様性と変化,北大路書房.

7) 結城恵 (1998).幼稚園で子どもはどう育つか 集団教育の

エスノグラフィ,有信堂.

8) 奥山・山名 (2006)幼稚園教育における計画の位置づけ―

保育者の意識調査にみる保育の計画性と保育者の専門性 ―,

秋田大学教育文化学部研究紀要 教育科学 61, pp.83-90.

(10)

上(2007)幼稚園教育における計画の位置づけ― 保育者の 計画理解と「遊びを中心とする保育」―,秋田大学教育文化 学部研究紀要 教育科学 62, pp.43-51. 山名(2007)大学生が 考える「遊びの中の学び」,秋田大学教養基礎教育研究年報 9,

pp.23-29. 奥山(2008)保育者の資質としての「遊び」理解

保育者の「語り」にみる保育観形成過程 ―,秋田大学教 育文化学部研究紀要 教育科学.63, pp.13-23. 

9) 奥山(2010)保育者の計画理解における情緒性 ―「ねらい」

としての「楽しむ」ということばの周辺―, 秋田大学教育 文化学部研究紀要 教育科学 65, pp.13-20. 奥山(2010)「遊び」

を中心とする保育−保育者にとって「遊び」とは−,秋田 乳幼児保育研究会報第2号pp.25-32.同(2010)「慣れる」こ とをめぐる保育者と子どもの関係性,同上pp.18-24.

10) 同上(2008) 幼稚園教育における「集団」の意味 − 3 歳児

の園生活への「適応」をめぐって−,秋田大学教育文化学 部教育実践研究紀要 30, pp.121-132.山名(2011)幼児が遊び を通して学んでいること ―「遊び」の中の「学び」という 観点から―,秋田大学教育文化学部研究紀要 教育科学 66,

pp.55-61.奥山(2012) 幼稚園教育における「集団」の意味(そ

の2)−4歳児にとっての「いっしょにあそぶ」ということ

−,秋田大学教育文化学部教育実践研究紀要 34,pp.105-118.

山名(2013)幼児が遊びを通して学んでいること(2)-「遊 び」の中で育まれる数量感覚に着目して-,秋田大学教育文 化学部研究紀要 教育科学 68, pp.35-40.

参照

関連したドキュメント

It is assumed that the reader is familiar with the standard symbols and fundamental results of Nevanlinna theory, as found in [5] and [15].. Rubel and C.C. Zheng and S.P. Wang [18],

A lemma of considerable generality is proved from which one can obtain inequali- ties of Popoviciu’s type involving norms in a Banach space and Gram determinants.. Key words

We have formulated and discussed our main results for scalar equations where the solutions remain of a single sign. This restriction has enabled us to achieve sharp results on

Since we are interested in bounds that incorporate only the phase individual properties and their volume fractions, there are mainly four different approaches: the variational method

The variational constant formula plays an important role in the study of the stability, existence of bounded solutions and the asymptotic behavior of non linear ordinary

For a positive definite fundamental tensor all known examples of Osserman algebraic curvature tensors have a typical structure.. They can be produced from a metric tensor and a

7.1. Deconvolution in sequence spaces. Subsequently, we present some numerical results on the reconstruction of a function from convolution data. The example is taken from [38],

In this paper we study certain properties of Dobrushin’s ergod- icity coefficient for stochastic operators defined on noncommutative L 1 -spaces associated with semi-finite von