1 序 近年 、 堅固 なセキュリティが 求 められている 。 そ の 典 型 例 と 考 え ら れ る の が 監 視 カ メ ラ で あ る 。 駅 や A T M で 監視 カメラと 目 が 合 うことや 、 犯罪 に 関 わるショッ キングな 映像 をテレビで 見 ることは 、 今日 、 幅広 く 共有 され た 経験 だろう ︵ Norris & Armstrong 1999 : 69 ︶ 。 そのことは 、 日本防犯設備協会 の 調査 から 裏付 けることが できる 。 映像監視装置 の 市場規模 は 、 この 二 ○ 年間 で 約八倍 になり 、 二 ○○ 七年度 には 、 二一九五億円 という 過去最高 の 水 準 に 達 す る 見 込 み で あ る ︵ 日 本 防 災 設 備 協 会 編 二 ○ ○ 七 : 七 ︶ 。 浜 島 望 は 、 こ の 統 計 の 二 ○ ○ 二 年 度 版 を 検 討 し 、 国 内 の 設 置 台 数 が 二 ○ ○ 万 台 以 上 で あ る と 概 算 し て い る ︵ 浜 島 二 ○○ 三 : 四三│四四 ︶ 。 ま た 、 そ の 空 間 的 な 広 が り も 指 摘 さ れ て い る ︵ 杉 浦 二 ○ ○ 二 ︶ 。 従 来 、 監 視 カ メ ラ は 、 金 融 機 関 な ど の 屋 内 か 、 釜 ヶ 崎 などの 限定 された 区域 に 設置 されてきた 。 だが 一九九 ○ 年 代 から 急速 に 、 不特定多数 の 者 が 通行 する 公共空間 にも 監視 カ メ ラ は 進 出 し は じ め て い る ︵ セ キ ュ リ テ ィ 産 業 新 聞 二 ○ ○ 五年一月二五日号 ︶ 。 さ ら に 設 置 主 体 も 変 化 し て い る 。 行 政 や 警 察 だ け で な く 、 地域住民 が 多数 の 監視 カメラを 設置 する 例 も 今日 では 少 なく ない ︵ 朝日新聞 二 ○○ 七年二月一 ○ 日夕刊東京版一四面 ︶ 。 このため 、 われわれが 監視 カメラに 接 する 機会 は 飛躍的 に 増大 したといえる 。 同時 に 、 監視 カメラの 日常化 は 、 それ 自体 、 大 きな 社会的 関心 を 集 めることにもなった 。 例 えば 、 遍在 する 監視 カメラ
地
域
住
民
が
監
視
カ
メ
ラ
に
寄
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る
多
様
な
意
味
―― 関西地方 X 地区 の 事例 から ――朝田
佳尚
の ﹁ 恐 怖 ﹂ や 、﹁ 安 全 ・ 安 心 ﹂ と ﹁ 管 理 ﹂ の バ ラ ン ス に つ い て 触 れる 新聞 や 雑誌 、ニュース 番組 は 枚挙 にいとまがない ︵ 読 売新聞 二 ○○ 三年九月二七日朝刊東京版一面 ︶ 。 だが 、 こうしたマスメディアの 言説 では 、 既知 のイメージ や ﹁ 意識調査 ﹂ の 結果 から 演繹 された 説明 が 非常 に 多 く 、 設 置現場 における 人々 の 動向 を 内在的 に 検証 する 試 みはあまり 見 られない 。 いわばマスメディア 言説 では 、 暫定的 な 現状把 握 が 優先 され 、 具体的 な 設置過程 の 解明 は 差 し 置 かれる 傾向 にあったのである 。 そこで 本稿 は 、 これまで 見過 ごされてきた 現場 の 動向 に 照 準 を 合 わせ 、 それを 時系列 に 沿 って 記述 することで 、 いかに 監視 カメラの 設置 が 決 まるのかを 明 らかにしたい ① 。 2 先行研究と本稿の目的 セキュリティに 社会的 な 関心 が 集 まるとともに 、 社会学 の 分野 では 、 監視 を 主題 とする 研究 が 展開 されるようになって いる 。 その 中 でも 、 とりわけ 現代的 な 監視 に 関 わるのが ﹁ 監 視社会論 ﹂ である ︵ Lyon 2001 = 二 ○○ 二 、 東 二 ○○ 二 ︶ 。 その 中 では 主 に 、 パノプティコンのような 図式 では 現代 の 監視 が 捉 えきれないと 指摘 される 。 そして 個人 をデータに 還 元 し 、 必要 なときに 引 き 出 し 判定 ・ 選別 に 用 いるような 監視 のあり 方 から 、 新 しい 監視概念 が 模索 される ② 。 また 監視社会論 は 、 この 新 しい 監視 が 登場 した 社会的背景 やその 影響 も 捉 えようとする 。 例 えば 、 近代 の 深 まりととも にコミュニケーション 可能 な 時空間 が 拡大 したために 、 それ に 対 応 し て 監 視 も 変 容 し た と 指 摘 す る 研 究 が あ る ︵ Lyon 2001 = 二 ○ ○ 二 : 一 八 │ 二 二 ︶ 。 あ る い は 、 規 範 が 弱 体 化 し 個 人 の 選択肢 が 過剰 に 増 える 社会 においては 、 微細 かつ 多岐 に わたる 監視 のデータが 、 諸個人 にとっての 便利 な 判断基準 に な り う る と 述 べ る 議 論 が あ る ︵ 東 二 ○ ○ 二 : 二 七 三 ︶ 。 ま た その 議論 では 、 データへの 過剰 な 依存 が 、 選択 の 自由 の 自発 的 な 放棄 につながるという 懸念 も 寄 せられている 。 監視社会論 は 、 以上 のような 多様 な 論点 を 、 社会学的 な 観 点 からいちはやく 扱 い 、 その 問題 に 人々 の 注意 を 喚起 したと いう 点 で 非常 に 意義 のある 研究 であった 。 だがこの 研究 は 、 監視 を 通 して 社会 の 輪郭 を 浮 き 彫 りにす ることに 主眼 を 置 くため 、 監視 が 広 がる 具体的 な 過程 につい てはそれほど 詳 しく 言及 してこなかった 。 それに 対 して 、 監視 が 広 がる 過程 に 言及 する 監視研究 も 確 認 で き る ③ 。 例 え ば 酒 井 隆 史 は 、 福 祉 国 家 の 衰 退 に 象 徴 さ れ る 社 会 の 自 己 責 任 化 に よ り 、 労 働 や 消 費 に 参 与 で き な い 層 が 社 会 的 に 統 合 さ れ る 機 会 は 激 減 し 、 社 会 か ら 完 全 に 切 離 さ れ つ つ あ ると 指 摘 す る 。 そ し て 切 離 さ れ た 層 は 、 た だ 無 用 で 排 除 す べ き 存 在 だ と 社 会 成 員 から 見 な さ れ る た め に 、 監 視 装 置 の 設 置 が 広 く 容 認 さ れ る よ う に な っ た と 述 べ る ︵ 酒 井 二 ○ ○ 一 :
二 八 六 、二 九 一 ︶ 。 酒井 の 研究 は 、 社会的 な 変容 がいかに 人々 のまなざしを 変 え 、 監視装置 が 呼 び 込 まれるかという 動員 の 過程 にまで 踏 み 込 んだ 検討 を 行 っている 。 そのためこの 研究 は 、 監視 の 広 が りを 理解 するにあたって 非常 に 有効 な 枠組 だといえる 。 だがこの 研究 は 、 監視 が 広 がる 過程 を 俯瞰的 な 視座 から 整 合的 に 理解 しようとするため 、 批判的意図 から 抽象 した 図式 に 社会 や 主体 のあり 方 を 還元 して 理解 する 恐 れがある 。 こうした 研究 に 対 して 、 日本 の 地域社会 を 事例 に 、 複数 の アクターの 絡 まり 合 いという 視座 から 、 監視 の 広 がりを 検討 する 研究 も 展開 されはじめている 。 その 代表例 が 、 吉原直樹 の 調 査 研 究 で あ る ︵ 吉 原 二 ○ ○ 七 ︶ 。 吉 原 が 示 す の は 、 地 域 におけるまちづくり 協議会 が 、 行政 、 警察 、 自治会 、 関係団 体 と 協力 する 中 で 、 結果的 には 自 らの 地域 が 抱 える 危険性 を ﹁ 発 見 ﹂ し て し ま う と い う 事 例 で あ る 。 そ こ か ら 吉 原 は 、 一 見 すると 住民 の 自発性 からなるまちづくり 活動 が 、 国家的 プ ロジェクトを 背景 として 出 され 、 またその 活動内容 も ﹁ 警 察 およびそれと 一体化 した 行政 によって 巧 みに 水路 づけられ て い る ﹂ と 述 べ る ︵ 吉 原 二 ○ ○ 七 : 四 三 ︶ 。 そ の た め こ の 過 程 を 通 して 、 住民 は 地域 を ﹁ セキュリティ 空間 ﹂ として 捉 え るようになる ④ ︵ 吉原二 ○○ 七 : 四七 ︶ 。 この 研究 の 意義 は 、 複数 のアクターを 考慮 に 入 れ 、 監視 が 広 がる 社会的 な 布置 を 現場 から 明 らかにした 点 にある 。 その ため 、 吉原 の 研究 は 監視研究 の 新 たな 方向性 を 示 しているよ うに 思 われる 。 特 に 地域 において 、 まちづくりという 自発性 の 名 の 下 に 監視化 が 達成 されるという 視座 は 、 本稿 にとって も 参照 すべきものである 。 しかしながら 本稿 は 、 こうした 視座 を 踏 まえながらも 、 先 行研究 とはやや 異 なる 点 に 目 を 向 ける 。 それは 、 監視 が 広 が る 過程 において 、 住民 や 諸関与者 が 実 に 多彩 な 意味 づけを 行 っているということである 。 この 点 に 着目 するのは 、 先行研 究 の 興味 が 監視化 の 達成事例 に 集中 することで 、 地域社会 が 単線的 に 表象 されてしまい 、 そこに 回収 されない 多元的 な 論 理 がこぼれ 落 ちてしまうと 考 えられるからである 。 いわば 先 行研究 は 、 複数 のアクターに 触 れながらも 、 結局 、 監視化 を 推 進 す る 者 と し て 彼 ら を 同 型 的 に 扱 っ て し ま う よ う に 思 え る 。 その 結果 、 地域 で 流通 する 多様 な 思惑 とそれらのせめぎ 合 い 、 あるいは 監視 の 論理 を 相対化 する 意味 づけといった 現 場 で 生起 している 可能性 を 覆 い 隠 してしまう 恐 れがある 。 そこで 以下 では 、 監視 カメラの 設置 が 決 まる 過程 を 、 地域 住 民 と 諸 関 与 者 が も つ 多 様 な 視 点 か ら 解 明 し て い く ⑤ 。 監 視 カ メラの 設置過程 において 住民 はどのような 思 いを 抱 くのだろ うか 。 そこにいかなる 関与者 が 現 れ 、 どのような 衝突 や 妥協 が 確認 できるのだろうか 。 これらを 明 らかにするのが 本稿 の 目 的 で あ る ⑥ 。 そ し て そ こ か ら 、 既 存 の 監 視 研 究 を 捉 え 直 し 、 新 たなアプローチの 提唱 を 試 みる 。
3 調査概要 本稿 では 、 監視 カメラ 設置 の 決定過程 と 、 地域住民 の 意味 づけを 検討 するために 、 調査地 を 限定 して 、 関連 する 各層 に 対 する 聞 き 取 りや 参与観察 を 行 った ⑦ 。 調査地 に 選 んだのは 、 関西 の 都市中心部 に 位置 する X 地区 である 。 X 地区 は 、 以下 に 示 すような 地域社会 に 共通 する 問 題 を 背景 に 、 公共空間 に 向 けて 住民 が 監視 カメラを 設置 する ことから 、 現代 の 都市部 における 監視 カメラ 設置 の 典型例 だ と 見 なすことができる 。 X 地区 は 戦後 、 繁華街 として 発展 してきたが 、 一九八 ○ 年 代 からは 地価 の 高騰 を 受 けて 住民 が 減 っていく 。 一九七五年 には 二七五六人 だった 人口 は 、 二 ○○ 五年 の 時点 で 八五 ○ 人 にまで 減少 している 。 また 、 地域 の 子 どもの 数 も 、 一九七五 年 の 三七五人 から 、 二 ○○ 五年 の 六八人 に 減少 している 。 そ の 結果 、地区 の 中心 に 位置 する 小学校 は 閉校 に 追 い 込 まれた 。 とりわけ 、 後 に 監視 カメラ 設置 の 場 となる 街路 Y では 、 住 民 が 去 った 跡地 に 、 全国 チェーンの 娯楽施設 や 風俗関連 のビ ルが 林立 することになった 。 こうした 店舗 は 出店 ・ 転居 が 激 しいため 、 数 は 十分 に 把握 できないが 、 全長約八百 メートル の 街路 に 一 〇〇〇 以上 の 店舗 があると 言 われている 。 このた め 、 近年 に 至 るまで 、 街路 Y には 商店会 などの 組織 が 成立 す ることはなかった 。 ただし 、 住民 のつながりは 自治会 に 根強 く 残 っている 。 自 治会 は 、 町内会 の 代表者 である 理事二 ○ 名 ほどからなり 、 清 掃 、 防犯 、 青少年育成 、 福祉 、 イベントの 開催 を 主導 するな ど 、 現 在 で も 地 区 の 主 要 な 組 織 と し て 活 動 し て い る ⑧ 。 そ の た め 、地区 で 何 か 問題 が 起 きれば 自治会内 の 理事会 が 対応 する 。 理事会 の 議論 は 、 多数決 などの 明確 な 方法 で 決 まることもあ るが 、 理事 たちの 日常的 な 意見交換 から 結論 が 出 ることも 多 い 。 こうした 自治会 の 活動 とは 別 に 、 数年前 から 、 上述 した 地 区 の 問題 について 、 いくつかの 組織 ・ 団体 が 集 まって 議論 す る 場 も 設 けられている 。 それが ﹁ まちづくり 会議 ﹂︵ 以下 、﹁ 会 議 ﹂ と 略記 ︶ である 。﹁ 会議 ﹂ は 、行政 の 外郭団体 である ﹁ ま ち づ く り セ ン タ ー ﹂︵ 同 ﹁ セ ン タ ー ﹂ と 略 記 ︶ と 自 治 会 を 中 心 に 、 警察 、 商店会 、 料飲組合代表 、 風俗店 の 代表者 、 大学 教員 や 学生 などの 参加 の 下 、 活性化策 の 募集 と 実行 を 目指 し て 、 月 に 一度開催 されている 。 ﹁ セ ン タ ー ﹂ は 、 都 市 中 心 部 の 再 活 性 化 と 都 市 景 観 の 保 全 を 目指 した 行政 によって 一九九七年 に 財団法人 として 設立 さ れ 、 ゴミ 処理 、 違法駐車 ・ 駐輪 、 街路整備 、 歴史的建築 の 修 復 などを 地域 と 連携 して 行 ってきた 。 X 地区 への 関与 は 二 ○ ○ 三年 に 始 まる 。 その 年 に 、 X 地区 の 自治会理事長 である A 氏 が 、 行 政 の 行 事 に 参 加 し 、﹁ セ ン タ ー ﹂ 職 員 と 出 会 い 、 X
地区 にも 協力 してほしいと 要請 したのである 。 その 後 、 話 し 合 いの 機会 をもった A 氏 らと ﹁ センター ﹂ は 、 地域 おこしの ためには 、 地区 を 越 えて 広 く 関与者 を 募 るべきという 意見 で 一致 し 、 二 ○○ 四年 に ﹁ 会議 ﹂ が 設 された 。 したがって X 地 区 に は 、 自 治 会 と ﹁ 会 議 ﹂ と い う 二 つ の 主 要 な 話 し 合 い の 場 が あ る 。 こ の よ う に X 地 区 に は 、 現 代 の 都 市 中 心 部 に 共 通 す る 問 題 が あ り 、 そ の 対 応 を 話 し 合 う 中 で 、 住 民 が し だ い に 監視 に 着目 していくのである 。 次 節 か ら は 、 こ の 設 置 過 程 を 綿 密 に 記 述 し て い く 。 そ の 際 、 議 論 を わ かりやすくするために 、理事会 と ﹁ 会 議 ﹂ で 重 要 な 役 割 を 担 う A 氏 と B 氏 の 対 立 を 基 盤 に 据 え る 。 A 氏 は 設 置 に 消 極 的 、 B 氏 は 設 置 に 積 極 的 で あ り 、 そ れ ぞ れ 別 の 意 味 づ け を 監 視 カ メラに 寄 せている 。 こ の 二 名 を 取 り 上 げ る の は 、 普 段 は 設 置 に 曖 昧 な 態 度 を と る 住 民 の 多 く が 、 具 体 的 な 決 定 の 際 に は 、 二 名 の ど ち ら か と 同 型 の 意 味 づ け に 依 拠 し て 発 言 す る 傾 向 が 見 ら れ る た め で ある 。 いわば 二名 の 意味 づけは 、 住民 の 意思 の 代表例 だと 考 えられる 。 そこで 二名 を 軸 に 、 彼 らを 支持 する 様々 な 関与者 を 重 ねて 叙述 していく 。 先取 りになるが 、 この 対立 を 検討 すると 、 X 地区 の 設置過 程 は 三 つの 時期 に 分 けることができる 。 それぞれを 話 し 合 い の 場 と 合 わ せ て 示 せ ば 、 以 下 の よ う に な る 。︻ 第 Ⅰ 期 : 意 味 の 競合 ︼ 警察 の 影響 から 監視 カメラが 地区 で 話題 になり 、 そ の 設置 をめぐり 、﹁ 自治会 ﹂で 意味 づけの 競合 が 発生 する 時期 。 ︻ 第 Ⅱ 期 : 意 味 の 統 合 ︼ 一 度 挫 し た 設 置 計 画 が 、 ま ち づ く り の た め と 意 味 づ け ら れ 再 生 す る 。 そ し て こ の 意 味 づ け が 、 ﹁ ま ち づ く り 会 議 ﹂ に 参 加 す る 諸 関 与 者 の 後 押 し に よ っ て 正 当 化 さ れ 、 地 区 内 で 統 合 的 な 地 位 を 得 る 時 期 。︻ 第 Ⅲ 期 : 意 味 の 弱体化 ︼﹁ 会議 ﹂ で 統合 された 意味 の 枠組 が 弱体化 して 、 新 たな 意味 づけが 形成 される 時期 。 やや 冗長 にはなるが 、 それぞれの 時期 を 以下 の 三 つの 節 に 分 け 、 順 に 確認 していきたい 。 4 第 Ⅰ 期 : 意味の競合 4 ・ 1 警察による焦点化︵∼二○○三年秋︶ X 地区 では 、 二 ○○ 二年頃 、 学区 PT A の 青少年指導 に 関 する 会合 で 、 はじめて 監視 カメラが 焦点化 された 。 B 氏 は 自 治会 の 副理事長 であるとともに 、 この 会合 のまとめ 役 も 担 っ � ��� �� ������ ������� ��� ��� �� ��� �� �� ���� �� ������ ������������� �� ��� �� �� ����� �� ����� ������������� �� ��� �� �� �� ������� ����������� �� ��� �� �� �� ����� ����������� �� ��� �� �� ���������� ������ ��������������� �� ��� �� �� ��� ���������� ������ ������������� 表1 登場する住民・関与者一覧
ている 。 会合 には 他 の 理事 だけでなく 、 複数 の 警察官 も 入 れ 替 わりで 同席 して 、 地域 の 青少年指導 について 継続的 な 話 し 合 いや 活動 が 行 われている 。 B 氏 は 、 監視 カメラ 設置過程 を 振 り 返 る 語 りの 中 で 、 会合 に 同席 した 警察官 が 、 犯罪 の ﹁ 凶 悪化 ﹂ に 対応 するために 、 地域 で 連携 を 深 める 必要 があると 話 し 、 それが 監視 カメラ 設置 の 端緒 になったと 述 べる 。 そ の とき に 警 察 の 方 か ら 最 近 は 若 者 の 犯 罪 が 多 い と い う こ と で 、 そ の た め に ア メ リ カ で は 割 れ 窓 理 論 と い う ん で す か ⑨ 、 そういうのがあって 、 地域 が 一体 となって 普段 から 人 の 目 を 確保 することが 非常 に 重要 だし 、 そういうものが 必要 な 時代 になっているということを 聞 きまして 。 それで 、 カメ ラ と い う も の も 最 近 で は 付 け て い る と こ ろ が あ る と いう の も あ り ま し た か ら 、 そ れ も 一 つ の 方 法 や な と な っ た ん で す ⑩ 。 B 氏 はこの 語 りの 前 に 、 監視 カメラによる 犯罪摘発 という 報道 も 知 っており 、 理事 たちの 間 で 監視 カメラが ﹁ あったら いいかもしれん ﹂ と 話 していたが 、 他 の 防犯手段 と 比 べて 監 視 カメラが 特別 に 焦点化 されることはなかったと 述 べる 。 む しろ 、 地域 における ﹁ 目 の 確保 ﹂ という 防犯 のあり 方 が 警察 か ら 説 得 的 に 展 開 さ れ た こ と が 契 機 に な っ た と B 氏 は 語 る 。 いわば 、 この 防犯活動 を 通 して 監視 の 目 を 受 け 入 れる 素地 が 形成 されたのである 。 4 ・ 2 警察による提案と自治会の拒否 ︵二○○三年秋∼二○○四年三月︶ そして 、 このような 素地 の 上 に 、 二 ○○ 三年 の 秋 には 、 具 体的 な 監視 カメラ 設置計画 が 、 PT A 会合 とは 別 に 、 警察 か ら 理 事 会 に 打 診 さ れ る 。 警 察 の 担 当 者 か ら 示 さ れ た 内 容 は 、 自治体 の 来年度予算 において 、 監視 カメラ 設置 に 向 けた 調査 費 が 計上 される 予定 であり 、 自治会 からの 要望 という 形式 さ えあれば X 地区 で 実施 したいというものである 。 台数 は 五 ○ 台 で 、 管理 ・ 運営 は 隣 の 地区 にある 警察署 で 行 うこと 、 設置 予定場所 は 、 地区 の 中 でも 酒類 を 提供 する 飲食店 が 密集 する 街路 Y であることが 伝 えられた 。 この 打診 に 対 して 、 主 に 二 つの 反応 が 示 される 。 B 氏 や 防 犯関連 の 役職 に 就 く 理事 たちが 、 街 の 安全 のためには 必要 だ と 賛意 を 示 すのに 対 して 、 A 氏 たちは 消極的 な 反応 を 示 した のである 。 A 氏 らは 、 地域 の 防犯 を 考慮 すれば 反対 ではない が 、 提案 が 唐突 であり 、 また 計画 が 地域 の 印象 をいかに 変 え るのか 判断 がつかないという 感想 をもった 。さらに A 氏 らは 、 管理 ・ 運営 が 警察 という 点 に 対 して ﹁ なんぼなんでも ﹂ とい う 否定的 な 反応 を 示 した 。 こうした 反応 について 、 A 氏 は 次 のように 述 べる 。 警察 が 管理 ・ 運営 するということは 、 いわゆる 国家 による
監 視 と い う と こ ろ が や っ ぱ り あ る し 、 プ ラ イ バ シ ー と か 、 それが 付 いた 後 で 将来 にわたってどう 使 われていくかわか らんということもあるでしょう ⑪ 。 こうした 監視 カメラに 対 する 意味 づけの 対立 は 、 理事会内 の 意見集約 を 困難 なものにした 。 だが 、 打診 が 緊急 に 検討 を 要 する 課題 であること 、 また 打診 の 性質 からすれば 、 住民全 体 の 意見聴取 が 必須 であることは 対立 を 越 えて 共有 されてい た 。 そこで 理事会内 の 意見集約 よりも 、 地区住民 に 対 するア ンケートを 先行 させることで 妥協 がはかられた 。 そして 打診 の 賛否 を 問 うべく 、 地区内 で 一五 ○ 票 が 配布 された 。 しかし 、 回答 があったのはわずかに 一三票 だった 。 警察 か らの 打診 に 対 して 、 ほとんどの 住民 は 明確 な 判断 の 表明 を 避 けたのである 。 またこのアンケートの 最中 に 、 監視 カメラ 設 置 に 批判的 な 記事 が 全国紙 に 載 ったことも 、 理事会 における 議 論 を 方 向 付 け た ⑫ 。 A 氏 に よ れ ば 、 記 事 に は 、 プ ラ イ バ シ ー の 問題 と 警察 の 策動 という 論点 が 記載 されていた 。そのため 、 もし 苦情 などがあれば 誰 が 対応 するのかを 心配 する 声 が 上 が り 、 また 警察 が 先取 りで 予算 を 計上 した 経緯 を 疑問視 する 意 見 が 出 やすくなったのである 。 この 二 つの 要因 に 後押 しされることで 、 A 氏 ら 慎重派 の 意 見 が 理事会 でより 強 い 力 をもつことになった 。最終的 には ﹁ 年 度末 までに 住民 の 意思 の 集約 は 困難 ﹂ という A 氏 の 発言 が 承 認 され 、 警察 による 監視 カメラ 設置提案 は 挫 することにな る 。 このように 、 事例 を 確認 すれば 、 一見住民 が 設置主体 であ る 場合 でも 、 住民以外 の 関与 が 存在 していると 同時 に 、 地域 内 にも 複数 の 意味 づけがあることや 、 その 対立 から 監視 の 広 がりが 抑 えられることが 確認 できる 。 5 第 Ⅱ 期 : 意味の統合 5 ・ 1 ﹁まちづくり会議﹂での再焦点化 ︵二○○四年七月∼一二月︶ ところが 、 X 地区 における 設置計画 は 、 自治会 とは 別 の 場 所 で 再生 することになる 。 その 場所 となるのが 、 二 ○○ 四年 七 月 に 設 立 さ れ た ﹁ ま ち づ く り 会 議 ﹂ で あ る 。﹁ 会 議 ﹂ は 、 活性化策 を 広 く 募 る 場 と 設定 されたために 、第一回会議 では 、 自 治 会 外 の 参 加 者 に 自 由 な 提 案 を し て も ら う こ と に な っ た 。 そこで 、 街路整備 や 看板規制 、 風俗店対策 が 提案 されるとと もに 、 監視 カメラ 設置 を 提案 する 声 があがったのである 。 最初 に 監視 カメラについて 発言 したのは 、 X 地区 で 居住 も 営業 もしていないが 、 料飲組合 の 代表 として 参加 した C 氏 で あ る ⑬ 。 彼 は 、 以 前 の 警 察 提 案 が 挫 し た 経 緯 に つ い て 尋 ね る とともに 、 自身 は 提案 を 肯定的 に 捉 えており 、 計画 の 再検討 が ﹁ 会議 ﹂ からできないかと 提案 したのである 。 C 氏 のよう
な 事業者 は 、 地区 を 商業的 な 目的 から 捉 えており 、 通行客 を 呼 び 込 むためには 店舗 と 街路 の 安全 を 優先 して 確保 すべきと 考 えていたのである 。 また 、 この 発言 から 監視 カメラ 計画 を 知 った 他 の 参加者 や ﹁ ま ち づ く り セ ン タ ー ﹂ は 、 す で に 打 診 の あ る 設 置 計 画 を 成 果 の 見 えやすい 議題 だと 捉 え 、C 氏 に 同調 する 発言 を 行 った 。 当然 B 氏 ら 以前 の 賛成者 も C 氏 に 同調 した 。そして A 氏 らも 、 ﹁ 会 議 ﹂ が 自 治 会 外 の 場 で あ る こ と か ら 、 改 め て 検 討 す る こ と 自体 に 異議 はないと 考 えた 。 こうして 監視 カメラ 設置計画 が 、 まちづくりの 中 で 再検討 さ れ て い く こ と に な る 。 そ し て 、﹁ 会 議 ﹂ に は 警 察 も 参 加 し ていたことから 、 提案 さえ 行 えば 計画 は 簡単 に 再生 すると 誰 もが 考 えていた 。 だ が こ の 再 検 討 に は 最 初 か ら 問 題 が 生 じ る 。 と い う の も 、 このときすでに 、警察 は 設置 に 消極的 となっていたのである 。 計 画 の 再 検 討 の 可 能 性 に つ い て 、﹁ 会 議 ﹂ で 意 見 を 求 め ら れた 警察 の 代表者 は 次 のように 述 べる 。 監視 カメラ 設置 の 可 否 は 犯罪発生 についての ﹁ 厳格 な 基準 ﹂ から 判断 されるため 、 犯罪 が 減少傾向 にある 街路 Y では 予算 が 下 りないというので あ る ⑭ 。 そ の た め 代 表 者 は 、 提 案 が あ っ て も ﹁ 設 置 主 体 に も な らず 、 予算 も 出 さない ﹂ と 通達 する 。 この 後 も 警察 は 、 まち づ く り と し て 監 視 カ メ ラ 設 置 を 計 画 す る な ら ば 、﹁ 商 業 基 盤 整備事業費 ﹂ のような 行政 の 補助金 を 活用 するといった ﹁ 工 夫 が 必要 ﹂ という 発言 を 繰 り 返 し 、 徐々 に 会議 から 距離 をと るようになっていく 。 これを 受 けて 、 実現 する 可能性 が 低 い 監視 カメラ 計画 には 関心 が 寄 せられなくなっていった 。 5 ・ 2 まちづくりのための監視カメラという意味の形成 ︵二○○四年一二月∼二○○五年一二月︶ だが B 氏 らは 、 設置 に 前向 きな 者 が 少 なからずいたことか ら 、 やはり 監視 カメラを 要望 する 関係者 は 多 く 、 取 りあげる べき 話題 であるという 印象 をもった 。 そのため 、 その 後 も B 氏 らは 監視 カメラ 設置 を 提案 し 続 けた 。 このこだわりは B 氏 の 個人的 な 感情 に 還元 されない 側面 も ある 。 なぜなら 安全 を 優先 した B 氏 の 思 いは 、 地区 の 住民 に と っ て も 理 解 可 能 な も の だ っ た か ら で あ る 。 上 述 し た 通 り 、 X 地区 では 住民 が 減 ることで 、 よそよそしさが 増 していると 感知 されており 、 可能 な 安全対策 があれば 実行 した 方 がよい という 意見 は 、地区住民 にある 程度共有 されていたのである 。 B 氏 らにすれば 、 そうした 感覚 があり 、 地域住民 に 明白 な 反 対意見 がないにもかかわらず 、 せっかく 浮上 した 監視 カメラ 計画 が 何度 も 挫 したということは 理解 に 苦 しむことであっ た 。 このため B 氏 らは 、 まちづくりの 文脈 でも 監視 カメラが 優先的 な 事案 であるという 枠組 を 形成 しながら 、 再 び 議題化 を 求 めようとする 。 B 氏 に よ れ ば ま ち づ く り と は 、﹁ 街 の 問 題 を 逐 次 解 決 す る
中 で 、 地 域 の 人 々 が 関 係 性 を 結 び な が ら 成 長 し て い く こ と ﹂ であり 、 今 は 安全 の 問題 に 関心 が 集 まっているのだから 、 そ のための 対策 を 優先 すべきだというのである 。 いわば B 氏 た ち は 、﹁ 会 議 ﹂ を 問 題 解 決 の 場 と し て 構 想 し 、 そ の 枠 組 の 中 に 監視 カメラを 位置 づけているのである 。 この B 氏 らの 枠組 は 、 C 氏 など 監視 カメラに 期待 を 寄 せる 関 与 者 に は 支 持 さ れ 、﹁ 会 議 ﹂ で 断 続 的 に 主 張 さ れ る よ う に なる 。 またその 主張 の 妥当性 を 立証 する 努力 もなされた 。 例 えば 地区 でイベントを 行 う 際 に 、 感想 を 聞 くアンケートを 配 るが 、 この 中 に 地区 の 安全性 や 、 対策 としての 監視 カメラの 有効性 を 聞 く 項目 を 入 れ 込 んだのである 。 そして 、 その 結果 をもって 、 監視 カメラを ﹁ 会議 ﹂ で 検討 するよう B 氏 や C 氏 らは 求 めた 。 このように 、 警察 からの 拒否以後 は 、 あくまで 地域 のまち づくりの 中 で 、 監視 カメラは 意味 づけられていく 。 もちろん B 氏 らの 主張 は 、 A 氏 のような 消極派 には 過去 の 問題 のぶり 返 しと 映 った 。 そこで 、 設置 ができなった 経緯 が A 氏 らから 何度 も 説明 された 。 だが 、 B 氏 らの 断続的 な 発言 と A 氏 た ち の 説 明 は 、﹁ 会 議 ﹂ や イ ベ ン ト で 繰 り 返 さ れ 、 と きにその 議論 を 感情的 なものにした 。 そのことは ﹁ 会議 ﹂ の 正当性 を 危 うくする 可能性 があった 。 なぜなら 、 広 く 地区全体 から 意見 を 募 るという ﹁ 会議 ﹂ の 目 的 からすれば 、 B 氏 や C 氏 らの 提案 をないがしろにし 続 ける こ と は 、﹁ 会 議 ﹂ の 存 在 意 義 を 否 定 し か ね な い か ら で あ る 。 そのため 、 監視 カメラがまちづくりの 議題 として 前面 に 押 し 出 されることを っていた A 氏 らも 、 設置 の 是非 をもう 一度 だ け ﹁ 会 議 ﹂ で 検 討 す る こ と を 了 承 し た 。 A 氏 自 身 も 、﹁ 必 ずあったら 悪 いというわけではない ﹂ という 論理 でこの 再議 題化 を 認容 した 。 こうして 、 二 ○○ 六年度 の 議題 として 再 び 監視 カメラ 設置 の 是非 が 話 し 合 われることになった 。 5 ・ 3 関与者の後押しと設置の正当化 ︵二○○六年一月∼二○○六年一二月︶ これまで 見 てきたように 、 監視 カメラ 設置 に 対 する 見解 は 住 民 間 で 分 か れ て い た 。 だ が 、﹁ 会 議 ﹂ の 正 式 な 議 題 と し て 扱 わ れ る こ と で 、 住 民 以 外 の 関 与 者 の 影 響 が 強 ま っ て い く 。 その 結果 、 監視 カメラをめぐる 対立 のバランスが 変容 してい くことになる 。 この 関与者 としてまず 挙 げられるのが ﹁ まちづくりセンタ ー ﹂ で あ る 。﹁ セ ン タ ー ﹂ は 、 住 民 だ け で 継 続 し て ま ち づ く りを 行 うのが 理想 だと 考 えているが 、 それと 同時 に 、 住民 が 短期的 な 成果 を 期待 する 傾向 も 理解 している 。 そのため 、﹁ セ ンター ﹂ の 職員 たちは 、 実行可能 な 提案 があれば 、 それを 達 成 しながら ﹁ 会議 ﹂ の 意義 を 理解 してもらいたいと 考 えてい た 。 ただし ﹁ センター ﹂ は 中立 の 立場 を 旨 としており 、 B 氏 を 意 図 的 に 支 援 す る こ と は な い 。 む し ろ 、﹁ セ ン タ ー ﹂ 職 員
らによる 会議 の 円滑 な 運営 が 、 結果的 に 議題 である B 氏 の 提 案 を 達成 に 向 かわせることになる 。 ﹁ セ ン タ ー ﹂ と 同 様 の 動 き を 見 せ る の が 、 オ ブ ザ ー バ ー と し て ﹁ 会 議 ﹂ に 招 聘 さ れ た 大 学 教 員 の D 氏 で あ る ⑮ 。 D 氏 は 、 地域住民 の 自発性 は 尊重 したいが 、 住民 だけでは 、 有効 な 活 性化策 を 立案 ・ 実行 するのは 難 しい 場合 があると 考 えている 。 そのため 、 もし ﹁ 会議 ﹂ で 興味深 い 提案 があがればそれに 越 したことはないが 、 ひとまず 現状 では 、 小 さな 課題 の 解決 を 重 ねて 達成感 をもってもらえばいいと 、 D 氏 は 想定 していた のである 。 ﹁ センター ﹂ から ﹁ 会議 ﹂ のまとめ 役 を 任 された D 氏 は 、﹁ 会 議 ﹂ の 意見調整 を 行 うことで 、 結果的 に 議題 の 成立 に 寄与 し ていく 。 それまで 利害 や 感情 の 対立 から 紛糾 することもあっ た ﹁ 会議 ﹂ は 、 D 氏 による 論点 の 整理 が 始 まると 、 議決 を 踏 まえて 次 の 展開 に 移 るという 話 し 合 いの 形式 が 確立 し 、 継続 的 な 議論 の 場 として 以前 よりも 機能 するようになる 。 また D 氏 は 、 監視 カメラ 計画 を 住民 が 具体的 に 話 し 合 える ように 、 情報 の 提供 も 行 った 。 例 えば 、 ニューヨークにおけ るコミュニティ ・ ポリシングについての 自身 の 調査 をまとめ た 資料 や 、 監視 カメラを 批判 するテレビ 番組 を 紹介 し 、 さら に 監視 カメラを 設置 した 近隣 の 商店会 からの 聞 き 取 りを 実行 し た ⑯ 。 そ う し た も の の う ち 、 D 氏 の 調 査 資 料 と 商 店 会 か ら の 聞 き 取 りでは 、 日常的 な 監視 による 治安回復 という 有効性 が うたわれた 。それに 対 してテレビ 番組 では 、﹁ 監視社会 の 恐怖 ﹂ というイメージは 強調 されたが 、 生活 に 直結 するような 実例 は 乏 しかった 。 そのため 、 結果的 に D 氏 の 例示 は 、 監視 カメ ラの 有用性 を 人々 に 印象付 けることになった 。 だがこうした 関与者 による 後押 しは 、 設置 の 十分条件 では なかった 。 なぜなら 、 住民 にとっては 、 費用負担 と 運用 ・ 管 理 を 誰 が 行 うかという 問題 が 非常 に 重要 だからである 。 これ までは 、B 氏 らがいくら 監視 カメラの 意義 を 主張 しようとも 、 必 ず 消極派 から 費用負担 などの 問題 が 提起 され 、 この 点 が 解 消 されないかぎり 、 いくら 抽象的 な 議論 をしても 無意味 だと 指摘 されるのが 通例 だった 。 それに 対 してこの 年 には 異 なる 動向 が 生 じた 。 それが 街路 Y の 商店会 による 費用負担 と 、 運用 ・ 管理 の 引 き 受 けである 。 商店会 は 、 街路 Y の 店舗間 に 協力関係 を 築 きたかった E 氏 を 中 心 に 、 こ の 直 前 の 二 ○ ○ 六 年 の 春 に 設 立 さ れ た 。 だ が 、 一 〇〇〇 以上 の 店舗 がある 街路 において 、その 加入店舗数 は 、 数十 にとどまっていた 。 そこで 会長 となった E 氏 は 、 監視 カ メラの 設置 を 商店会 が 担 うことで 、 その 活動 を 根付 かせ 、 さ らにはその 存在意義 を 周知 したいと 考 えたのである 。 これを 受 けて 設置 に 反対 する 理由 はなくなり 、 A 氏 を 含 め た 住民 も ﹁ 設置 して 悪 いということはない ﹂ と 同意 する 。 こ うして 監視 カメラに 対 する 意味 づけは 、 まちづくりのためと いう 枠組 に 統合 され 住民 に 受 け 入 れられた 。
以上 のように 、 まちづくりの 文脈 に 監視 カメラが 定位 する ことで 、 それぞれの 思惑 をもった 関与者 が 参入 し 、 それらが 絡 まり 合 った 結果 、 設置 が 決定 される 。 そうした 過程 が 、 事 例 からは 確認 できる 。 ここで 諸関与者 が ﹁ まちづくり ﹂ のために 結集 しているこ とには 注意 が 必要 だろう 。 なぜなら 、 地域 の 活性化 という 言 説 によって 、 人材 と 資金 が 投下 され 、 それらが 媒介 となって 、 地域 が 再編 されるという 社会的 な 布置 をそこに 見 てとること ができるからである 。 そのため 、 設置決定 までの 経緯 は 、 社 会構造 に 規定 されたまなざしが 、 地域 を 貫 いていく 象徴的 な 過程 だといえる 。 だが 、 それぞれの 思惑 を 包含 するこの 意味 の 枠組 は 、 それ が 寄 せ 集 めであるために 、 それほど 強 い 統合力 をもっている とは 必 ずしもいえない 。 意味 の 枠組 が 再 び 力 を 失 い 、 監視 カ メラに 対 する 否定的 な 意味 づけが 生起 することもまた 十分 に 考 えうる 。 実際 に 、 そうした 変化 は 、 X 地区 における 設置決 定後 の 語 りから 確認 することができる 。 6 第 Ⅲ 期 : 意味の弱体化︵∼二○○七年六月︶ 意味 の 枠組 の 弱体化 は 、 議題 として 監視 カメラを 支持 して きた 諸関与者 が 、 監視 カメラ 自体 にはほとんど 価値 を 認 めて いないことから 必然的 に 生 じる 帰結 でもあった 。 設 置 を め ぐ る 議 論 か ら わ か る よ う に 、﹁ セ ン タ ー ﹂ や D 氏 が 求 めていたのは 、 監視 カメラの 設置 そのものではなく 、 そ の 議題 の 成立 から ﹁ 会議 ﹂ の 意義 を 住民 に 感 じてもらうこと だった 。 そのため 設置決定後 、 諸関与者 に 個人的 な 感想 を 尋 ねると 、 彼 らは 、 監視 カメラに 実効性 がないことをよく 知 っ ていると 吐露 する ⑰ 。 また E 氏 も 、監視 カメラの 議題以降 は﹁ 会 議 ﹂ に 出席 することがなくなり 、 商店会 を 基盤 に 据 えて 街路 Y でのみ 活動 するようになっている 。 そのため 、 監視 カメラの 設置 が 関与者 に 支援 されるのと 同 様 に 、 その 設置 に 制限 が 設 けられることもある 。 その 端的 な 例 が 監視 カメラの 台数 である 。 上述 したように 、 商店会 によ る 引 き 受 けは 、自身 の 振興 を 志向 したものだった 。 そのため 、 監視 カメラに 対 する 負担 は 、 商店会 に 可能 な 範囲 で 抑 えられ ることになった 。 引 き 受 け 提案 の 時点 では 、 複数 の 企業 によ り 、 四 ○ 台 から 五台 まで 様々 な 選択肢 が 提示 されたにもかか わらず 、 予定台数 は 最少 の 五台 に 落 ち 着 いたのである ⑱ 。 こうした 諸関与者 の 動向 は 様々 な 場面 を 通 して 表 れ 、 統合 された 意味 の 枠組 も 徐々 に 弱 まりつつある 。 その 中 で 一定 の 共感 を 得 ているのが 、A 氏 による 次 のような 意味 づけである 。 まあ 防犯 カメラというのも 、 これまでのことを 繰 り 返 して いるというところもあって 、 結局 は 土木 というか 何 かをつ くったりして 、 まちづくりをするという 発想 なんです 。 た
だ 私 は そ う い う こ と で は な く て 、 自 分 た ち で 軸 を 決 め て 、 そこから 話 を 始 めるということが 絶対 に 必要 だと 思 ってい ます ⑲ 。 A 氏 は 、 設置決定 に 対 する 個人的 な 感想 を 述 べる 中 で 、 既 存 の 公共事業 と X 地区 の 監視 カメラの 設置 が 、 地域住民 の 意 図 とは 半 ばずれながら 人 と 物 が 集中 した 帰結 であり 、 実 は 類 似 していることを 見抜 く 。 そして 、 そのような 意味 づけを 監 視 カメラに 付与 することで 、 今回 の 過程 を 反省 し 、 今後 のま ちづくりに 何 が 必要 かを 再考 する 契機 にしたいと 述 べる 。 そ う し た 意 味 づ け を 行 う A 氏 は 、﹁ ま ち づ く り 会 議 ﹂ に 関 しても B 氏 とは 異 なる 意義 を 見出 している 。 彼 にとっての 意 義 と は 、﹁ 軸 ﹂ や ﹁ ビ ジ ョ ン ﹂ と い う 言 い 方 に 典 型 的 に 表 れ て い る 。 A 氏 は 、﹁ 今 後 一 〇 年 二 〇 年 、 こ の 街 が ど う な っ て いくか 、 周 りの 地区 と 比 べてどんな 特徴 があって 、 その 中 で どうしていくのか ﹂ということを 共有 するための 場 として ﹁ 会 議 ﹂を 構想 しているのである 。 A 氏 にとってまちづくりとは 、 こうしたビジョンづくりを 優先 させたものであり 、 その 中 に 各施策 を 位置 づけていくことである 。 このため A 氏 は 、 監視 カメラも 現前 の 問題解決 としてではなく 、 ビジョンの 中 で 本 当 に 有意義 なものなのかを 問 い 直 した 上 で 、 その 必要性 が 検 討 されるべきと 述 べる 。 こ の 意 味 づ け は 、 設 置 に 対 す る 疑 問 の 浮 上 と も 相 ま っ て 、 人々 の 意識 に 浸透 し 始 めている 。 例 えば 設置決定後 に ﹁ 防犯 カメラ 設置委員 ﹂ になった F 氏 は 、 これまでの 過程 を 振 り 返 り 、 監視 カメラの 効果 ばかりが 問 われ 、 その 目的 が 主題化 さ れてこなかったと 述 べる 。 結局 な 、 みんながどうしたいかっちゅうのが 一番必要 なこ とやねん 。 この 街 をどうしたいのか 。 そういうことを 考 え なあかんのに 、 そういうことをせえへんやろ 。 防犯 カメラ が 必要 かというふうに 言 われれば 必要 やで 。 そんなもん 付 けられるなら 付 けたらええんや 。 でもな 、 それは 一番大事 なことちゃうねん 。 そういう 意味 では A さんの 言 うことは 正論 なんや ⑳ 。 F 氏 はこのように 述 べ 、 監視 カメラ 設置 の 意味 を 深 く 考 え ずに 実行 しようとする 意見 が 、 地域 のまちづくりの 中 で 前面 に 押 し 出 されることに 対 して 違和感 を 表明 する 。 そして 、 そ うした 議論 から 成立 した 地区 の 監視 カメラ 計画 を 、 地域 にと って 何 ができるのかがまったく 考慮 されていない ﹁ 設置 のた めの 設置 ﹂ であると 批判 し 、 むしろ A 氏 のような 観点 が 必要 だったと 述 べる 。 この 事例 からは 、 設置 が 決 まった 地域 においても 、 監視 カ メラに 対 する 意味 づけが 変容 しうることが 確認 できる 。 同時 に 、 こうした 変容 が 、 地域 に 根 ざした 意味 の 枠組 から 生起 し
ていることも 確認 できる 。 そこでは 、 安全 を 前面 に 押 し 出 し てきた 意味 の 枠組 が 、 地域 にとって 必要 なものという 意味 づ けの 中 に 包含 され 位置 づけられる 対象 として 、 後景化 されて いくのである 。 7 結 以上 のように 本稿 では 、 監視 カメラの 設置過程 を 、 意味 の 競合 、 統合 、 弱体化 という 三 つの 時期 に 分 けて 詳細 に 記述 し てきた 。 まず 警察 からの 設置提案 があった 時期 においては 、 設置 を 歓迎 する 意見 とともに 、 監視 カメラに 対 する 否定的 な 意味 づ けもまた 地域 で 形成 されていた 。 そして 、 この 否定的 な 意味 づけが 、 地域 の 意見集約 の 難 しさやマスメディアの 批判的言 説 に 後押 しされることで 、 最終的 に 設置 が 拒否 されていた 。 また 、 まちづくりの 時期 においては 、 監視 カメラによる 安 全 の 確保 こそが 、 まちづくりにとっての 優先事項 だという 意 味 づけが 成立 するとともに 、 それが 諸関与者 の 思惑 に 支援 さ れることで 、 設置 が 決 まる 過程 も 確認 してきた 。 そして 最後 に 、 諸関与者 の 思惑 の 絡 まり 合 いとして 監視 カ メラ 設置 を 理解 することで 、 一度 は 統合 された 意味 の 枠組 が 再 び 弱体化 する 過程 も 確認 できた 。 そこでは 、 監視 カメラの 効果 に 関 する 是非論 などが 展開 されるのではなく 、 監視 カメ ラの 設置 のあり 方 をその 地域 に 根 ざした 意味 づけから 問 い 直 す 試 みが 展開 されていたのである 。 このように 事例 からは 、 設置 をめぐって 多元的 な 意味 のせ めぎ 合 いがあること 、 監視 が 広 がっていく 社会的布置 の 中 に あっても 、 ただそこに 埋 め 込 まれるのではなく 、 妥協 しなが ら も 距 離 を と る 実 践 が 存 在 し う る こ と を 確 認 し て き た 。 こ れ は 本 稿 の よ う に 、 現 場 の 過 程 を 綿 密 に 確 認 す る こ と で こ そ 、 汲 み 取 ることのできる 知見 である 。 そしてこれらの 知見 は 、 監視研究 を 捉 え 直 す 立脚点 のひと つとなるだろう 。 なぜなら 、 監視化 が 進 むという 観点 から 現 象 の 理解 を 進 めてきた 既存 の 監視研究 は 、 監視 を 欲 する 主体 として 人々 を 一元的 に 理解 することで 、 実際 に 人々 が 属 する 生活領域 やそこに 生起 する 可能性 を 捨象 し 続 けてきたことが 明 らかになったからである 。 いわば 既存 の 監視研究 は 、 研究 者 がつくった 図式 を 暗黙裡 に 議論 の 基盤 に 据 えることで 、 監 視化 の 隘路 に 自 らを 落 とし 込 んできたといえる 。 それどころ か 、 その 図式 を 過度 に 現実的 なものと 見 なすことで 、 監視研 究 が 批判 のために 描 いた 社会像 こそが 、 監視化 はやむをえな い と い う 言 説 を 神 話 化 し て し ま う 危 険 性 す ら あ っ た の で あ る 。 したがって 今後 の 監視研究 は 、 監視 の 賛否 やその 論理 、 あ るいは 監視化 の 成功例 と 失敗例 、 また 歴史的 な 事例 をも 含 み 込 んだ 上 で 、 なぜ 現代 において 監視 が 要請 されるのか 、 ある
いは 現代 における 監視 の 内実 とはいかなるものかといった 諸 点 を 総体的 に 捉 えていくことが 求 められる 。 われわれは 、 地域 の 現場 だけではなく 、 言説 をつくり 出 す 場 でもヘゲモニックな 争 いに 参与 している 。 そのことに 留意 しながら 、 事象 に 内在 した 監視研究 を 進 めていく 必要 がある だろう 。 注 ① 筆 者 は こ れ ま で も 、 地 域 に お け る 監 視 カ メ ラ 導 入 に つ い て の 調 査 研 究 を 行 っ て き た ︵ 朝 田 二 ○ ○ 六 、二 ○ ○ 七 ︶。 し か し 、 そ こ で の 調 査 対 象 は 組 織 の 代 表 者 に 限 定 さ れ て き た 。 そ れ に 対 し て 本 稿 は 、 複 数 の 住 民 や 関 係 す る 諸 層 な ど 多 様 な 対 象 を 視野 に 入 れている 。 ② 新 し い 監 視 概 念 に つ い て は 、 M ・ フ ー コ ー の 規 律 = 訓 練 型 権 力 ︵ Foucault 1975 = 一 九 七 七 ︶ を 批 判 的 に 検 討 し た G ・ ド ゥ ル ー ズ の 論 考 が し ば し ば 参 照 さ れ る ︵ Deleuze 1990 = 一九九二 ︶。 そこでは 新 しい 監視概念 が 、 例 えばネット 空間 に お け る フ ィ ル タ リ ン グ の よ う に 、 あ る 場 所 に ア ク セ ス す る 選 択 肢 自 体 を 制 御 す る 管 理 の 様 式 と し て 理 解 さ れ て い る 。 現 在 こ の 概 念 は 、 監 視 を 忌 避 す る 感 覚 の 鈍 磨 や 、 ア イ デ ン テ ィ テ ィ あ る い は 公 共 圏 の 変 容 と い っ た 論 点 に も 応 用 さ れ て い る ︵ 毛利 一九九九 、 阿部 二 ○○ 六 ︶。 ③ 監 視 装 置 が 広 が る 理 論 的 な メ カ ニ ズ ム に つ い て は 、 社 会 的 な 流 動 性 の 増 大 か ら 分 析 を 行 う 研 究 や ︵ Bauman 2000 = 二 ○ ○ 一 ︶、 ﹁ リ ス ク ﹂ と ﹁ 危 険 ﹂ の 差 異 と い う シ ス テ ム 論 の 観 点 を 利用 した 研究 も 確認 できる ︵ 鈴木 二 ○○ 五 ︶。 ④ 同 様 の 分 析 を 行 う 研 究 と し て 山 本 奈 生 の 看 板 規 制 に 関 す る 調 査研究 も 挙 げられる ︵ 山本 二 ○○ 八 ︶。 山本 は 、 国家政策 と 諸 ア ク タ ー の 絡 ま り 合 い の 帰 結 と し て 、 地 域 の ﹁ 問 題 ﹂ が 形 成 され 、 その 解決 のために 空間 の 編成 が 行 われると 指摘 する 。 ⑤ 監 視 研 究 は 、 監 視 カ メ ラ の み を 対 象 と し な い が 、 監 視 カ メ ラ が 実 例 と し て 繁 に 取 り 上 げ ら れ る こ と や 、 現 代 に お け る 監 視 カ メ ラ の 一 般 性 を 鑑 み れ ば 、 事 例 と し て 扱 う こ と に 支 障 は ないだろう 。 ⑥ 地 域 に お け る 施 策 の 決 定 過 程 は 、 社 会 運 動 論 、 環 境 社 会 学 、 政 治 社 会 学 な ど で す で に 幅 広 く 分 析 さ れ て お り 、 近 年 も 様 々 な 議 論 が 展 開 さ れ て い る ︵ 長 谷 川 二 ○ ○ 三 、 帯 谷 二 ○ ○ 四 、 土屋 二 ○○ 八 ︶。 だが 、 本稿 はこうした 研究 に 深 く 立 ち 入 らず 、 あくまで 監視研究 との 関係 から 検討 を 試 みている 。 ⑦ そ の た め に 、 筆 者 は 以 下 で 述 べ る ﹁ ま ち づ く り 会 議 ﹂ に 参 加 し て そ の 議 事 録 を 利 用 し た 。 ま た ﹁ 会 議 ﹂ や 自 治 会 の 活 動 で は 観 察 を 行 う と と も に 、 休 憩 中 や 会 議 後 の 懇 談 の 際 に 、 参 加 者 から 聞 き 取 りを 行 った 。 とりわけ 重要 な 参加者 については 、 個別 の 聞 き 取 りを 行 った 。 主要 な 理事 や 関与者 、﹁ まちづくり セ ン タ ー ﹂ 職 員 、 調 整 役 の 大 学 教 員 な ど 合 計 で 一 七 人 に 、 議 事 録 な ど の 情 報 を 確 認 し な が ら 聞 き 取 り を 行 っ た 。 調 査 期 間 は 、 二 ○○ 七年六月 から 二 ○○ 八年六月 である 。 ⑧ Y 以 外 の 街 路 に は 、 商 店 会 や 料 飲 組 合 が す で に 存 在 す る 。 だ が 、 そ の 活 動 範 囲 が X 地 区 の 外 径 と 一 致 せ ず 、 X 地 区 を 代 表 す る 組 織 と は 見 な さ れ て い な い 。 防 犯 ボ ラ ン テ ィ ア 団 体 や 交 通 関 係 の 団 体 が 活 動 す る 際 も 、 地 区 に 影 響 が 及 ぶ 場 合 に は 自 治会 と 協力 するのが 通例 である 。
⑨ こ の 当 時 、 犯 罪 ﹁ 増 加 ﹂ に 対 処 す る 方 法 の 一 つ と し て 、 警 察 は ﹁ 割 れ 窓 理 論 ﹂ に も と づ い た 防 犯 活 動 を 推 奨 し は じ め て い た 。﹁ 割 れ 窓理論 ﹂ とは 、ある 場所 で 軽微 な 事犯 を 放置 すると 、 さ ら な る 犯 罪 の 発 生 ・ 悪 化 を 招 く と い う も の で あ る 。 そ の た め 、 コ ミ ュ ニ テ ィ に よ る 日 常 的 な 防 犯 活 動 と 防 犯 意 識 の 醸 成 が 求 められていた ︵ 警察庁 二 ○○ 二 : 八六 ︶。 ⑩ B 氏 による 語 り 。 二 ○○ 八年二月二九日 。 ⑪ A 氏 による 語 り 。 二 ○○ 八年三月一日 。 ⑫関係者 の 記憶 によれば 、 掲載紙 は ﹃ 読売新聞 ﹄ である 。 だが 、 掲 載 日 や 詳 細 な 内 容 に つ い て は 確 認 す る こ と が で き な か っ た 。 ⑬ 料 飲 組 合 は 、 飲 食 店 の 同 業 者 組 合 で あ る 。 X 地 区 だ け で は な く 近 隣 地 区 も 含 め た 範 囲 で 活 動 し て い る 。 そ の た め 自 治 会 内 の 会合 に C 氏 は 参加 してこなかった 。 ⑭議事録 によれば 、 警察 は 以下 のように 報告 した 。 X 地 区 で 平 成 一 四 年 に は 一 三 ○ 六 件 あ っ た 認 知 件 数 は 、 一 五 年 に は 一 ○ 七 三 件 に 減 少 し て い る 。 そ れ に 対 し て 、 設 置 が 行 われた 金沢市片町 では 、﹁ 犯罪 の 発生 が 四二倍 ﹂ という ﹁ 明 白 な 増加 ﹂ が 見 られた 。 た だ し 二 ○ ○ 二 年 に 金 沢 県 警 に 提 出 さ れ た 答 申 で は 、 四 二 倍 と は 、 片 町 と 他 の 地 域 に お け る 認 知 件 数 の 差 だ と 記 さ れ て い る ︵ 石 川 安 全 ・ 安 心 ま ち づ く り 懇 話 会 二 ○ ○ 二 年 一 二 月 一 六 日 h tt p :// h o n b u .p o lic e .p re f.i sh ik a w a .lg .jp /s e ia n _ b u / seiankikaku/bohan/pdf/ 501 _toshin.pdf ︶。 そ の た め 、 警 察 か 議事録 のいずれかは 誤 っている 可能性 がある 。 ⑮ D 氏 は 都市設計 を 研究 しており 、﹁ センター ﹂ とは 設立時 から 交流 をもつ 。﹁ センター ﹂ は 、 利害 ・ 感情的対立 から 会議 が 停 滞 す る の を 防 ぐ た め に 、 中 立 的 な 意 見 調 整 者 と し て D 氏 を 招 聘 している 。 ⑯ 関 係 者 に よ れ ば 、 番 組 と は 以 下 の も の を 指 す 。 日 本 放 送 協 会 ﹃ 世 界 潮 流 二 ○ ○ 四 監 視 社 会 あ な た は い つ も 見 ら れ て い る ﹄ 二 ○○ 四年八月一日放送 。 ⑰例 えば D 氏 は 、﹁ 防犯 カメラなんて 意味無 いことがわかってい る じ ゃ な い で す か 。 イ ギ リ ス で も 四 ○ ○ 万 台 付 け て 、 そ の 後 の 犯 罪 の 発 生 に は 何 に も 関 係 な い と い う こ と じ ゃ な い で す か ﹂ と 述 べる 。 二 ○○ 八年六月一 〇 日 。 ⑱ 調 査 時 の 商 店 会 の 会 費 は 一 店 舗 あ た り 年 間 約 六 千 円 で あ っ た 。 さ ら に 設 置 の た め の 積 み 立 て 基 金 を 一 店 舗 あ た り 年 間 六 千 円 ほ ど 徴 収 す る こ と に な っ た が 、 年 間 で 一 ○ ○ 万 円 を 積 み 立 て る の が 限 界 で あ る 。 そ れ に 対 し て 監 視 カ メ ラ は 、 電 線 や モ ニ タ ー 、 監 視 カ メ ラ を 支 え る 柱 な ど の 諸 設 備 を 合 わ せ る と 、 最 低 で も 一 台 あ た り 数 十 万 円 ほ ど が 必 要 と な る 。 こ の た め 、 商 店 会 理 事 た ち が 多 め に 負 担 す る と し て も 、 そ れ ほ ど の 台数 は 設置 できないと 当初 は 考 えられていた 。 だ が こ の 後 、 行 政 か ら の 補 助 金 の 拠 出 が 確 実 に な る と 、 商 店 会 内 で は 、 よ り 多 く の 加 入 店 を カ バ ー す る 方 が よ い と い う 意 見 が 大 勢 を 占 め た 。 本 稿 で は こ の 話 し 合 い の 過 程 に 触 れ る 紙幅 はないが 、 結果 として 一七台 が 設置 される 運 びとなった 。 ⑲ A 氏 による 語 り 。 二 ○○ 八年三月一八日 。 ⑳ F 氏 の 語 り 。 二 ○○ 七年一一月八日 。 一 見 す る と こ の 実 践 は 、 地 域 を ﹁ 軸 ﹂ に ま と め て 本 質 化 し 、 社 会 構 造 か ら 与 え ら れ た 意 味 づ け と 対 置 す る 試 み に も 思 え
る 。 だ が 、 A 氏 ら の 実 践 は 、 そ れ だ け に 還 元 で き な い 側 面 が あ る 。 な ぜ な ら 、 A 氏 ら が ﹁ 軸 ﹂ と 呼 ぶ も の は 、 地 域 を 一 元 的 に 表 象 し て 導 出 し た 施 策 な ど で は な い か ら だ 。 む し ろ A 氏 ら が 語 る ﹁ 軸 ﹂ と は 、 非 常 に 多 義 的 な も の で あ る 。 例 え ば 、 地域 に 独自 な 施策 をつくる 必要 があると 言 いながら 、 同時 に 、 話 し 合 い や ま ち づ く り を 楽 し む こ と 自 体 、 あ る い は そ れ を 可 能 に す る 彼 ら の 生 活 が 最 も 重 要 と 言 う よ う な も の な の で あ る 。 そ の た め 、 こ こ で の 意 味 づ け は 、 意 識 的 な 主 体 に よ る ふ る ま い と い う だ け で は な く 、 与 え ら れ た 意 味 の 枠 組 を 可 変 的 な 生 活 の 便 宜 に 合 わ せ て ず ら し て い く 実 践 、 す な わ ち 小 田 亮 が ﹁ ブリコラージュ 的戦術 ﹂ と 呼 ぶ 実践 の 側面 を 含 むように 思 わ れる ︵ 小田 一九九六 : 八四八 ︶。 参考文献 阿部潔 、 二 ○○ 六 ﹁ 公共空間 の 快適 ―― 規律 から 管理 へ ﹂ 阿部潔 ・ 成 実 弘 至 編 ﹃ 空 間 管 理 社 会 監 視 と 自 由 の パ ラ ド ッ ク ス ﹄ 新 曜社 : 一八 ― 五六 朝 田 佳 尚 、 二 ○ ○ 六 ﹁ 防 犯 カ メ ラ の 設 置 過 程 に 関 す る 社 会 学 的 考 察 ―― 商 店 街 に お け る 調 査 事 例 か ら ﹂﹃ 京 都 社 会 学 年 報 ﹄ 一四 : 一│二 ○ ―――― 、 二 ○ ○ 七 ﹁ 偽 装 さ れ た セ キ ュ リ テ ィ ― ― 監 視 社 会 論 の 陥穽 ﹂﹃ 現代思想 ﹄ 三五 ︵ 一四 ︶ : 一四一 ― 一五六 東浩紀 、 二 ○○ 二 ﹁ 情報自由論⑥ ﹂﹃ 中央公論 ﹄ 一一七 ︵ 一二 ︶ : 二六四│二七三 B au m an , Z yg m u n t, 20 00 , L iq ui d M od er ni ty , P oli ty P re ss .︵ = 二 ○○ 一 、 森田典正訳 、﹃ リキッド ・ モダニティ ﹄ 大月書店 ︶ D ele u ze , G ille s, 19 90 , Po ur pa rle rs : 1 97 2-19 90 , L es E d iti on s d e Minuit. ︵ = 一九九二 、宮林寛訳 、﹃ 記号 と 事件 ﹄ 河出書房新社 ︶ Foucault, Michel, 1975 , Surveiller et Punir - Naissance de la Prison , Gallimard. ︵ = 一 九 七 七 、 田 村 淑 訳 ﹃ 監 獄 の 誕 生 ― ― 監 視 と 処罰 ﹄ 新潮社 ︶ 浜島望 、二 ○○ 三 ﹁﹃ 防犯 カメラ ﹄ という 名 の 監視 システム ① ﹂﹃ 技 術 と 人間 ﹄ 三二 : 三八│五三 長谷川公一 、二 ○○ 三 ﹃ 環境運動 と 新 しい 公共圏 ―― 環境社会学 の パースペクティブ ﹄ 有斐閣 警察庁 、 二 ○○ 二 ﹃ 警察白書 ︵ 平成十四年度版 ︶﹄ Ly on , D av id , 20 01 , Su rv eil la nc e So cie ty M on ito rin g E ve ry da y L ife ,
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︵ = 二 ○○ 二 、河村一郎訳 ﹃ 監視社会 ﹄ 青土社 ︶ 毛利嘉孝 、 一九九九 ﹁ 安全性 の 専制 都市空間 の 編成 と 警察的管理 ﹂ ﹃ 現代思想 ﹄ 二七 ︵ 一一 ︶ : 一九六│二 ○ 五 日 本 防 犯 設 備 協 会 編 、 二 ○ ○ 七 ﹃ 防 犯 設 備 機 器 に 関 す る 統 計 調 査 報告書 平成一九年版 ﹄ N o rr is , C liv e, a n d A rm st ro n g, G ar y, 1 9 9 9 , T h e M a xi m u m Surveillance Society , the Rise of CCTV , Berg. 帯 谷 博 明 、 二 ○ ○ 四 ﹃ ダ ム 建 設 を め ぐ る 環 境 運 動 と 地 域 再 生 対 立 と 協働 のダイナミズム ﹄ 昭和堂 小 田 亮 、 一 九 九 六 ﹁ ポ ス ト モ ダ ン 人 類 学 の 代 価 ― ― ブ リ コ ル ー ル の 戦 術 と 生 活 の 場 の 人 類 学 ﹂﹃ 国 立 民 族 学 博 物 館 研 究 報 告 ﹄ 二一 ︵ 四 ︶ : 八 ○ 七 ― 八七五 酒井隆史 、 二 ○○ 一 ﹃ 自由論 ―― 現在性 の 系譜学 ﹄ 青土社
杉 浦 弘 和 、 二 ○ ○ 二 ﹁ イ ン タ ビ ュ ー 昭 和 の 凶 悪 事 件 を 契 機 に 、 一 気 に 需 要 が 広 ま っ た 監 視 カ メ ラ ﹂﹃ セ キ ュ リ テ ィ 研 究 ﹄ 四九 : 二三 ― 二五 鈴木謙介 、 二 ○○ 五 ﹁ 監視批判 はなぜ 困難 か ﹂﹃ 社会学評論 ﹄ 五五 ︵ 四 ︶ : 四九九│五一三 土 屋 雄 一 郎 、 二 ○ ○ 八 ﹃ 環 境 紛 争 と 合 意 の 社 会 学 N I M B Y が 問 いかけるもの ﹄ 世界思想社 山 本 奈 生 、 二 ○○ 八 ﹁﹃ 監 視 社 会 ﹄ と 空 間 の ポ リ テ ィ ク ス ― ― 京 都 市 繁 華 街 の 事 例 を も と に ﹂ 第 五 九 回 関 西 社 会 学 会 大 会 報 告 原 稿 吉 原 直 樹 、 二 ○ ○ 七 ﹃ 開 い て 守 る ― ― 安 全 ・ 安 心 の コ ミ ュ ニ テ ィ づくりのために ﹄ 岩波 ブックレット No. 692 付 記 本 稿 は 、 平 成 二 ○ ∼ 二 一 年 度 日 本 学 術 振 興 会 科 学 研 究 費 補 助金 ︵ 特別研究員奨励費 ︶ による 成果 の 一部 である 。 謝 辞 調 査 の 際 、 お 世 話 に な っ た す べ て の 方 々 に 心 よ り 感 謝 申 し 上 げ ま す 。 皆 様 の 温 か い ご 協 力 が な け れ ば 本 稿 は 完 成 し ま せ ん で した 。 ま た 学 会 発 表 や 研 究 会 、 読 書 会 、 大 学 院 ゼ ミ で 有 益 な コ メ ン ト や 批 判 を し て い た だ い た 先 生 方 、 院 生 の 皆 様 に も お 礼 申 し 上 げ ま す 。 さ ら に ﹃ ソ シ オ ロ ジ ﹄ 編 集 委 員 の 先 生 方 か ら は 非 常 に 建 設 的 な コ メ ン ト を い た だ き ま し た 。 そ れ に よ り 、 本 稿 の あ ら ゆ る 点 を 見 つ め な お す こ と が で き 、 ま た 今 後 の 方 向 性 に つ い て も 考 え る こ と ができました 。 この 場 をお 借 りして 深 くお 礼申 し 上 げます 。 ︵あさだ よしたか・京都大学大学院文学研究科博士後期課程 /日本学術振興会特別研究員︶
The Diverse Meanings of CCTVs as Expressed by Local Residents
――A Case Study of an Urban Community in the Kansai Region
――Yoshitaka ASADA
Research Fellow of the Japan Society for the Promotion of Science Graduate School of Letters
Kyoto University E-mail: [email protected]
This paper aims to clarify the decision process of installing CCTVs (Closed Circuit
Televisions). To approach this question, I conducted fieldwork in a community located in an urban area in the Kansai region. The data collected can be divided into three periods
as follows: 1) an offer by the police to install CCTVs, 2) debates regarding the installation
of CCTVs as part of an urban development project, and 3) the period following the
decision to install CCTVs.
In the first period, the police were responsible for the focus on the use of CCTVs in
the community. The police informed the jichikai (community association) about the ideas related to the broken windows theory in crime prevention, and after that offered to install CCTVs. Their offer resulted in debates over the pros and cons of CCTVs. Ultimately, because of the fear of CCTVs controlled by the police and the difficulty of achieving a concensus among the residents, the offer was denied.
In the second period, plans for installing CCTVs were brought back as part of an
urban development project to renovate the community. The meetings to discuss this project were usually attended by a number of local residents, researchers specializing in urban engineering, the representatives of unions related to drinking and commercial establishments, and the representatives of an association affiliated with the local government. Because the project s principal members wanted to create a concrete plan for the community, they made an effort to listen to the ideas of the residents, after which they showed their support for those residents who believed that CCTVs should be installed.
In the third period, the above process was questioned by some residents who
wondered whether CCTVs were really necessary for their town and for the urban development project. These residents pointed out the need for better planning to attend to the real needs of local residents, and reinterpreted CCTVs in keeping with this perspective.
Based on the data above, I argue that most studies about surveillance tend to focus on
a successful installation process, and conceal the diversity of meanings including those meanings stemming from a reinterpration by local residents. Therefore, these meanings should be taken into account if we are to rethink surveillance studies and create a critical perspective in the future.