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原子力保険の種類に関する一考察

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原子力保険の種類に関する一考察

その他のタイトル A Study on Nuclear Insurance

著者 徳常 泰之

雑誌名 關西大學商學論集

巻 55

号 1‑2

ページ 59‑79

発行年 2010‑06‑25

URL http://hdl.handle.net/10112/4768

(2)

原子力保険の種類に関する一考察

徳 常 泰 之

1. はじめに

日本の電力事情を考える際に原子力発電の存在を排除することは困難である。この事実を前 提として本稿では,「原子力損害の賠償に関する法律(以下原賠法とする)n」の中で国が原子 カ事業者に原子力施設の利用にあたり要求している原子力損害賠償措置 (financialsecurity /  financial protection)で中心的役割を果たしている原子力保険について考察する。

原子力保険は,あらゆる保険種目の中でも引き受けが最も難しい種目の1つとされている。

なぜなら,原子炉事故発生の可能性が極めて低いにもかかわらず,万ー事故発生の場合は,原 子力危険すなわち放射能による損害が生じることにより,人的・物的損害が巨大なものに達す る可能性があるからである2)。そのため原子力保険以外のすべての一般的な賠償責任保険は,

原子力損害から生じる損害賠償責任を免責としている又

原子力損害賠償措置の中で原子力保険とともに重要な働きを果たしている原子力損害賠償補 償契約についても触れておく。原子力損害賠償補償契約は保険ではないが原子力損害賠償責任 保険と相互補完的に組み合わされて原子力損害賠償措置を構成する重要な要素である。

以下本稿では,はじめに保険理論体系における原子力保険の位置付けを行い,原子力保険の 種類とその担保範囲,原子力損害賠償補償契約とその担保範囲を中心に考察する。

2.保険理論における原子力保険の位置付け

保険と名の付くものは多種多様でその数も非常に多い。その中で原子力保険の位置付けにつ いて考察する。

原子力保険に関する詳細な分類は後述するが,原子力保険は原子力損害賠償責任保険と原子 力財産保険に大別できる。

1)昭和36617日法律第147

2)大正海上火災株式会社火災新種保険業務部編 (1990),p.259.  3) Huebner (1982), p.388.; Kulp  (1968), pp.9697. 

(3)

60  関西大学商学論集 第55巻第1・ 2号合併号 (20106

保険の分類にはさまざまな観点があるが,はじめに保険(危険)の引受側である保険者 (insurer, underwriter)の違いから分類する。保険の運営主体が国,地方自治体,または地方 公共団体等によって行われているかもしくは民間の企業によって行われているかにより,前 者は公保険後者は私保険と区分される。

公保険はその運営主体から,必ずしも営利を目的としたものではなく,国の政策の目的に合 致するように進められる。公保険は,遂行される政策の目的によって保険の引受対象となる人,

物,範囲が異なってくる。政策の目的が社会保障の場合には社会保険となり,経済政策ないし 産業政策の場合には産業保険(経済政策保険)となる。公保険には健康保険,労災保険,貿易 保険等多くの種類がある。いずれの保険も政策に沿って営まれている。

他方,私保険は日本の場合は主務官庁である金融庁の管轄の下に置かれ,民間の企業によっ て販売されている。組織形態に違い(株式会社もしくは相互会社)は見られるものの保険法お よび保険業法などに基づき経営されている。私保険も公保険と同様に保険の引受対象となる人,

物,範囲にはさまざまな種類がある。私保険は保険の目的から損害保険(物保険)4)と生命保 険(人保険)5)に分類できる。

保険者の観点から原子力保険を分類すると,原子力保険は私保険でさらに損害保険に属する と考えられる。原子力損害賠償補償契約は,内容,果たす役割および危険の引受を行う保険者 に相当するのは国家であるため公保険の範疇に属すると考えられる。

次に被保険利益 (insurableinterest)の観点から分類する。人々が経済的利益が存在しない にもかかわらず財物や生命を付保するという行為は賭博行為である6)。保険保護の対象となる 何らかの利益の存在が必要でその利益を被保険利益と呼んでいる。「利益なきところに保険な (OhheInteresse, KeineVersicherung)」の法諺が示すごとく,被保険利益がなければ保険 契約,特に損害保険契約は成立しない7)。日本の保険法第3条では被保険利益は損害保険契約 の目的とすることができると同時に被保険利益が無ければ損害保険契約は締結できないという ことが定められている凡

何故被保険利益なる概念の存在が要請されるかといえば,それは一つには「利益なき保険」,

つまり,保険に仮装した賭博契約を排斥するためと,いま一つには同一物についてのいくつ もの種類の異なる被保険利益が重畳的に併存しうることを明らかにし,かつそれを通して保険 保護の真の対象は決して物そのもの,あるいはその物の価値というような具体的なものではな

<,「一定物」とその物に一定の利害関係を有するところの「一定人」との間に存在する損害

4)損害保険については保険法第2章第3条以下に規定されている。

5)生命保険については保険法第3章第37条以下に規定されている。

6) Dorfman (1991), pp.200202.  7)亀井利明 (1995),p.33.  8)(損害保険契約の目的)

第三条 損害保険契約は,金銭に見積もることができる利益に限り,その目的とすることができる。

(4)

を被る恐れのある「関係」 (Beziehung;Relation)であるということを明らかにした点である といってよい9)。また被保険者は「損害発生によって損害填補ではなく利得を得ることは許さ れることではない10)」と考えられ,「被保険者が被った損害に対する単なる損害填補だけでは なく実際の損害額以上に損害填補を受けることつまり損害保険契約から利得を得ることは道徳 上許される行為ではない。それゆえ被保険利益にはある一定の要件を満たすことが必要m」と

なる。保険契約上の被保険利益として存在するためには,一定の要件12)を備えた財産や賠償 責任などの利害関係でなくてはならない。

被保険利益の観点から原子力保険を分類すると原子力保険の被保険利益は保険の種類にもよ るが責任利益,所有利益または費用利益と考えられる。原子力損害賠償補償契約に被保険利益 という概念が妥当するのであれば,責任利益と考えられる。

次に加入動機の観点から分類することにする。加入動機には2種類ある。 1つは保険の購入 による危険の費用化が各々の経済主体の自主的な判断・選択に委ねられ,自己の利益のために 保険契約を締結している任意保険。もうひとつは公的な機関が公的な権力でもって公的な目的 達成のために関係する者すべてに保険契約の締結を求めるもので,関係する各々の経済主体に

とって,保険加入を要求される強制保険である。

自動車を例に考察する。自動車損害賠償保障法第5条において「自動車は,これについてこ の法律で定める自動車損害賠償責任保険の契約が締結されているものでなければ,運行の用に 供してはならない。」と定められている。自動車の所有者は自動車損害賠償責任保険に強制加 入しなければならない。

加入動機の観点から原子力保険を分類すると原子力損害賠償責任保険は国が被害者の保護と 原子力産業の健全な発展のためという公的な目的のために強制的に保険契約を締結させている 強制保険である。他方,原子力財産保険に関しては付保に関する意思決定が原子力事業者に委 ねられている任意保険である。なお原子力損害賠償補償契約については原子力事業者が法律に より義務づけられている必要な損害賠償措置の一手段である供託を行わない場合には.代替手 段として原子力損害賠償責任保険と併せて補償契約を結ぶように国が強制的に原子力事業を監 督しており.強制保険と同様の性質を有している。

最後に保険の種類という観点から分類する。原子力損害賠償責任保険はその名の通り賠償責 任保険 (LiabilityInsurance)に属するもので.原子力財産保険は物保険 (PropertyInsurance)  の範疇に属するものである。

9)有泉亨監修 (1980),p.73. 

10)  Dorfman (1987), p.188.  この件に関し.実際18世紀のイギリスでは詐欺や殺人等公序良俗に反した行為 によって利得を得ることのないように保険契約には何らかの利害関係が必要であるとする法律が定めら れた。

11)亀井利明 (1995),p.33. 

12)ここでいう一定の要件とは,適法性,経済性.確定性の3つの要件である。

(5)

62  関西大学商学論集 55巻第1・ 2号合併号 (2010年6

賠償責任保険の特殊性について若干の考察を加えておくことにする。物保険は被保険者が所 有している財物にある一定の偶然の事故が生じた結果,その当該財物に生じた損害を填補する 保険である。これに対して,賠償責任保険は被保険者に代わり,被保険者が支払わなければな らない法律上の損害賠償責任を支払うことを約した保険である13)。つまり賠償責任保険とは,

被保険者が他人に対して一定の財産的給付をなさなければならないという法律上の損害賠償責 任を負担することを保険事故とし,それによって被保険者が被る損害を填補することを目的と する損害保険である。日本では「第2次世界大戦後の経済社会の発展に伴う市民意識の向上や 権利意識の進展により,賠償責任の負担というリスクが意識されるようになり,この種のリス クに対する保険需要に対応すべく賠償責任保険が195312月に創設m」された。「生活水準の 向上,社会生活の多様化およぴ複雑化は, ドライな人間関係を生み,それが必然的に企業や個 人の社会的責任や賠償責任を追及する傾向を強めた15)」ため賠償責任保険に対する需要が増大

したと考えられる。

賠償責任保険といってもさまざまな種類の賠償責任保険がある。 (1)一般的な賠償責任 (2) 特殊な賠償責任(3)労働者災害補償に関する賠償責任の3つの分野の賠償責任保険に分類す

ることができる16)。自動車損害賠償責任保険や原子力損害賠償責任保険のように特殊な損害賠 償責任を担保する独立した保険種目として取り扱われているもの,他の保険の担保範囲の一部 が損害賠償責任保険となって取り扱われているもの,他の保険の普通約款では担保されずに特 約という形で取り扱われているもの,「賠償責任保険」という独立の保険種類として運営され ているものなどに分類できる。

賠償責任保険の特殊性は以下のようにまとめられる17)

1.保険契約の当事者および関係者である保険契約者および被保険者(当然のことながら保険 契約者と被保険者が同一である場合も考えられる)ならびに保険者(保険会社,この場合は損 害保険会社)のほか,常に将来,被害者になるであろう不特定多数の第三者の存在がこの賠償 責任保険の保険契約の前提条件となっている。

2.保険事故発生後,この被害者たる第三者と被保険者は損害賠償責任という関係によって結 び付けられることになる。

3.損害賠償責任の発生は,原則として加害者の過失が原因となるものである。それゆえ賠償 責任保険は原則として加害者である被保険者の過失を担保することを目的とすることになる。

4.賠償責任保険の保険者の填補責任(支払保険金)は,保険事故発生後,被保険者に生ずる

13)  Huebner (1982), p.351.  14)亀井利明 (1995),p.64.  15)亀井利明 (1995),p.64.  16)  Dorfman (1991), p.157. 

17)東京海上火災保険株式会社編 (1989),pp.274276. 

(6)

損害賠償責任の結果如何によって大きく左右されることになる。

5.賠償責任保険においては物保険における保険価額に相当するものは,保険事故発生後でな ければ支払保険金が確定しないというこの賠償責任保険の性質上存在するとは考えられない。

そのため賠償責任保険では保険価額の算定は不可能である。それゆえ賠償責任保険の場合は填 補限度額を保険契約時に設定することで保険者の責任制限 (limitedliability)を行うことにな

原子力保険の保険理論体系上の位置づけに関しては.原子力損害賠償責任保険は民間の損害 保険会社によって販売されている責任利益を被保険利益とする強制保険で,原子力財産保険は 民間の損害保険会社によって販売されている所有利益または費用利益を被保険利益とする任意 保険である。

3.原子力保険

保険が存在するためにはなんらかの危険が存在するということが前提である。危険を担保し ない保険は存在しない。原子力保険についても例外ではない。原子力保険は原子力危険という 特殊な危険を担保する保険である。

原子力危険についてはすでに考察済みであるが18).原子力危険が実際に発生する損害は次の 2つの形態になる。

A.原子炉および原子炉を含めた原子力事業者の関連施設の滅失・毀損・汚損による損害。原 子力事業者の所有する施設の放射能汚染もここに含まれる。

B.原子炉周辺に居住する住民が所有する財産の滅失・毀損・放射能による汚染による損害。

また原子力事業者から放出された放射能の影響を受け放射線障害になった住民の身体的損害も 含まれる。原子力事業者によって高度に放射能汚染された地域に居住していた住民が避難に要 する費用や住民に対する損害賠償等も原子力事業者の賠償責任の一部として含まれる。

Aを担保するのが原子力財産保険. Bを担保するのが原子力損害賠償責任保険である。

31  原子力保険の歴史

原子力保険の歴史は原子カエネルギーの平和的有効利用の歴史であると言っても過言ではな い。原子力保険は誕生してからほんの50年ほどしか経過していない。原子力保険の歴史につい て簡単に考察する。

アメリカ合衆国において第2次世界大戦後.危険度の極めて高い原子カエネルギーの民間企 業での活用を促進する必要に伴い,原子力保険プールが設立され原子力保険が準備されるよう

18)徳常 (1997a)

(7)

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になったのは, 1954年の原子力法および同法を改正した1957年のプライス・アンダーソン法に よって原子力事業者の損害賠償措置を講じることが義務付けられるようになった頃である19)0

日本の損害保険業界で原子力保険の引き受けが開始されたのは1957年頃である。当時,アメ リカ合衆国内に存在している原子力施設に付保された保険の再保険の引き受けに関してイギリ スの保険業界から日本の損害保険業界に打診があったことがきっかけとなって原子力保険の引 き受けが開始された。原子力保険の引き受けに備えてその2年ほど前から損害保険業界は原子 力保険の研究を進められていた。

原子力保険は発生頻度は極めて低いが事故の強度は極大である原子力危険の引き受けをする ことを目的とするものである。原子力保険が抱えているこの特殊性のために単独の損害保険会 社で引き受けることは不可能であるためプールを設立する必要があった。そこで1958年原子力 保険プール結成準備委員会が設けられ, 日本原子力保険プールの設立へと向かっていった。

そして1960229日に原子力損害賠償責任保険が, さらに196471日には原子力財産 保険の免許が主務官庁である大蔵省より認可され,保険の引き受けが開始された。

原子力損害賠償責任保険が認可された当時の填補限度額は50億円であった。この金額は日本 原子力保険プールを通じて会員会社に振り分けられ, 日本国内の損害保険会社で保有できる金 額と英国を中心とした海外の再保険市場で消化できる金額を考慮された上で決定された。

その後原子力損害賠償責任保険の填補限度額は原賠法の改正に伴い1971年には60億円,

1979年には100億円, 1988年に300億円, 2000年に600億円,そして2010年に1,200億円に引き上 げられている。

原子力財産保険は,認可当時から国内に存在するすべての原子力施設が付保されている。

3‑2  原子力損害賠償責任保険20)

原子力損害賠償責任保険は1.原子力施設賠償責任保険, 2.原子力輸送賠償責任保険, 3. 原子力船運航者賠償責任保険の3種類に分類できる。また.原子力施設賠償責任保険に付随し て契約される特約の中に国内輸送危険担保特約がある。

なお,これらの賠償責任保険に共通する損害填補の要件は. 1.保険証券記載の施設におい て保険期間中に生じた事故により, 2.人の身体に傷害(死亡,後遺症を含む,以下同じ)を 与え,または人の所有するものを滅失,毀損,汚損し, 3.これにより被保険者(原子力事業 者)が被害者に対し法律上の損害賠償責任を負担することである。

19)  Dorfman (1991), p.173. ; Huebener (1982), pp.388389. ; Kulp  (1968), p.129. ; Williams Jr.  (1989),  pp.428429. 

20)科学技術庁原子力局 (1991)日本原子力保険プール (1996a)を参照。

(8)

321  原子力施設賠償責任保険

原子力施設賠償責任保険は原子力施設において発生した事故によって原子力事業者が法律上 負わなければならない損害賠償責任の負担を担保する保険である。この保険は原賠法により要 求される金額を填補限度額として1施設ごとに保険契約が締結される。

またこの保険は原子力事故から発生した賠償責任だけではなく一般事故から発生した賠償責 任も担保の対象となる。ただし一般事故から発生した賠償責任の填補限度額については別に定 める。

A.被保険者

被保険者は原子力危険を有する原子力施設の運転等を行う者,原子力事業者に限定されてい る。原子力事業者にすべての責任が集中するように原賠法で定められているため,原子力事業 者以外の者が原子力事故によって発生する損害賠償責任を負うことがないためである。

B.損害填補の範囲

原子力事故が発生した後被保険者である原子力事業者が被害者に対し賠償債務として弁済 すべき支出および保険会社の承認を得て支出した争訟費用が契約により填補されることにな る。一般事故に限定されるが被保険者が第三者に対して求償することが可能な場合,他人に対 する求償権の保全に要した費用も填補される。

ただし,損害の拡大防止もしくは軽減のために必要な措置を被保険者は法令に従って講じる 義務が約款上課せられているが,損害の拡大防止もしくは軽減のために被保険者が支出した費 用は填補の対象とはならない。

C.填補限度額

この保険による填補限度額は原子力事故(原子力災害)21)と一般事故(一般災害)の場合で 異なる。原子力施設賠償責任保険普通保険約款(以下施設賠責普約とする)第2(1)によると 原子力事故とは「核燃料物質等の放射性,爆発性その他の有害な特性によって生ずる身体の傷 害または物の損壊をいう。」として定義されている。一方,一般事故は施設賠責普約第2(2) によると「前号以外の事由による身体の障害または物の損壊をいう。」と定義されている。以下,

原子力事故が原因となった場合と一般事故が原因となった場合の填補限度額に区分して考察す

a.原子力事故

原子力事故が発生した場合の保険者の損害填補限度額は, 1回の原子力事故に対する損害填 補限度額・保険金支払い限度額であると同時に当該原子力施設を閉鎖するまでの期間の総填補 限度額 (aggregatelimit of liability)でもある。

保険契約のなされているある原子力施設において原子力事故が発生し,保険者から被保険者

21) 本稿において原子力災害と原子力事故は同義として取り扱う。

(9)

66  関西大学商学論集 55巻 第1・ 2号合併号 (20106

に対して保険金の支払いがあった場合その後の同一施設に対する保険契約の填補限度額は既 に支払われた保険金の額だけ減額されることになる。填補限度額の自動復元は行われない。

総填補限度額方式が採用された理由は,原子力事故による被害は.特に身体に与える被害の 場合一般的に極めて長期にわたりまた症状が被曝後すぐに現れるケースもあるが被曝後か なり時間が経過した後に症状が現れる晩発性の部分が大きいためである。このような原子力事 故固有の特徴があるため.仮に同一の原子力施設内で異なる時に2回以上の事故が発生してい た場合ある被害者にとってどちらの事故がその被害の,その発病の直接の原因となったかを 特定することは不可能である。急性の原子力障害は別としても晩発性の原子力障害の場合は.

癌や白血病といった放射線被曝がなかったとしても発病する可能性のある一般的な症状を引き 起こす可能性が放射線被曝を受けていない人と比較すると極端に増加するといった形で現れ てくるため放射線被曝がどの程度影響したかを特定することはますます困難になる。

原子力障害にはこのような特徴があるため填補限度額の設定を 1原子力事故あたりと設定す ると.仮に同一施設内で複数回にわたって事故が発生した場合保険者の負担は累積されること になり.保険者の支払保険金は大変巨額になり保険技術上この保険の引受けが不可能になるた め総填補限度額制が採用された。

この保険の特徴は損害填補限度額を設定する場合の基準を「 1原子炉あたり」ではなく.「 1 原子力施設あたり」としたサイト主義を採用している。同ーサイト内で複数の原子炉を運転し ても賠償措置としての原子力施設賠償責任保険契約は1つでよい。

損害填補限度額は 1原子力事故あたりではなく保険者の総支払い限度額となるように填補限 度額の自動復元は認められていない。ただし.原賠法第7条第2項による文部科学大臣の填補 限度額復元命令がある場合.あるいは一定の条件が満たされた場合等は填補限度額の復元もあ

りうる。

b.一般事故

一般事故に対する填補限度額は原子力事故の場合とは異なり, 1回の事故に対する限度額で あ り もし複数の事故が発生したとしても.それぞれの事故に対し填補限度額が適用される。

これらの填補限度額は原子力事故の場合のものとは異なり個別に設定されている。この一般事 故に関する填補限度額は自動復元が認められている。

D.填補しない損害(原子力事故の場合)

原子力施設賠償責任保険の免責条項に関しては考察を加えているので22).変更が生じている 箇所以外は詳細を割愛する。

(1)被保険者の故意によって生じた賠償責任。(施設賠責普約第7

損害保険契約では被保険者の故意又は重大な過失による損害は保険者は填補しなくてもよい

22)徳常 (1998b)

(10)

ということが保険法第1723)に定められている。しかし責任保険については同条224)によ り故意に限定されている。原子力施設賠償責任保険では被保険者の重大な過失によって発生し た損害は保険者によって填補される。これは被害者の保護を重視するためである。

(2)戦 争 侵 略 , 外 敵 の 行 動 敵 対 行 為 , 内 乱 , 謀 反 革 命 , 反 乱 , 軍 事 又 は 纂 奪 政 権 に よ っ て 生じた賠償責任。(施設賠責普約第7

(3)地震噴火,もしくは洪水,高潮,台風暴風雨等の風水災によって生じた賠償責任。(施 設賠責普約第7条

(4)被保険者と第三者との間の特約により加重された賠償責任。(施設賠責普約第7

(5)被保険者が所有,使用,管理する物について正当な権利を有する者に対する賠償責任。(施 設賠責普約第7条

(6)建設用設備等,施設内において当該施設に関連して使用される第三者の財産に対する賠償責 任。(施設賠責普約第7

(7)被保険者が原子力の平和利用以外の目的を持って武器又はその他の戦争用具を製造,供給,

管理もしくは使用することによって生じた賠償責任。(施設賠責普約第7

(8)原子力施設の正常運転に伴う原子力事故によって生じた賠償責任。(施設賠責普約第8 (9)事故発生から十年経過後になされた賠償請求に対する賠償責任。(施設賠責普約第8 (10)核燃料物質等の輸送用具への積込作業終了後,または輸送用具からの積卸作業開始前に生じ

た事故による賠償責任。(施設賠責普約第8条

(11)従業員損害に対する労働者災害補償保険法等による災害保険給付相当額。(施設賠責普約第 8

E.填補しない損害(一般事故の場合)

原子力事故の場合の(1)から(5)までは一般事故の場合でも填補されない。その他,次のような 損害が免責とされている。(施設賠責普約第9

(1)施設の正常運転に伴う排水・排気が原因となって生ずる賠償責任。

(2)車両,航空機船舶の所有使用,管理が原因となって生ずる賠償責任。

(3)被保険者の使用人の業務従事中の身体傷害に対する賠償責任。

(4喉険契約者または被保険者が当該保険契約締結後,施設賠責普約11条の義務に反して保険会 社に通知しなければならない当該原子力施設の構造もしくは用法の変更を通知せず,または虚 偽の通知をした場合において,その変更された事実によって発生した一般事故を理由として生

23)(保険者の免責)

第十七条 保険者は.保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失によって生じた損害をてん補する責 任を負わない。戦争その他の変乱によって生じた損害についても.同様とする。

24)  2 責任保険契約(損害保険契約のうち.被保険者が損害賠償の責任を負うことによって生ずることの ある損害をてん補するものをいう。以下同じ。)に関する前項の規定の適用については同項中「故意又は 重大な過失」とあるのは.「故意」とする。

(11)

68  関西大学商学論集 55巻第1・ 2号合併号 (20106

じた賠償責任。

(5)被保険者の使用人が被保険者の業務に従事中に被った身体上の傷害によって生じた賠償責

F.保険期間

この保険は1年単位で契約される。

G.保険料の算定

この保険の保険料は原子炉の形式,熱出力,用途,設置位置,炉心の状態,核燃料の種類,

運転実績保安の状況,工学的特徴,施設周辺の人口密度•財産密度,施設内の第三者の数,

地理的・気象的条件等の危険度の評価を行い,填補限度額(保険金額)の大小により調整を行 い,国際的な保険料の水準に合致するように算定される。ただし,契約によりその金額は一切 公開されていない。

H.特約条項

原子力施設賠償責任保険には以下の特約条項が必ず付帯して契約される。

(1)風水災危険担保特約条項

原子力施設賠償責任保険では免責とされている風水災によって発生する賠償責任を担保す

(2)求償権不行使特約条項

被保険者はこの保険で填補される額につきいかなる第三者に対しても求償権を行使しないこ とを約し,また保険者も求償権を代位取得しないことを約した特約である。この特約条項があ るため,原子炉製作者や核燃料加工業者等が原子力事故から生じた賠償責任に関して被保険者 もしくは保険会社から求償されることはなくなる。その結果として被保険者である原子力事業 者に原子力事故に関する損害賠償責任が集中されることになる。原子力事業者に責任を集中し ておくことにより関連事業者からの保険需要を抑制することが可能となり,結果として保険者 の立場にから保険の引き受けを極少化することができる。

(3)保険金返還特約条項

被保険者に告知義務違反,通知義務違反等の保険契約上に重大な過失が存在したにも関らず 保険者が保険金を支払った場合,被保険者は保険金を返還しなければならないということを約

した特約である。

(4)国内運送危険担保特約 この特約は次項で考察する。

322  国内運送危険担保特約

日本国内で核燃料物質等を運搬する場合にも原賠法が適用されるため原子力事業者は法律に 則り必要な損害賠償措置を講じなければならない義務がある。この特約は「原子力施設賠償責

(12)

任保険」に付帯して引受けられ, 日本国内において核燃料物質等を運搬中に生じた原子力事故 によって発生した賠償責任を担保することを目的とした特約である。

担保条件は原則として原子力施設損害賠償責任保険約款の規定は,この特約条項に抵触する ことがない限り適用される。(国内運送危険担保特約条項,以下国内運送特約とする,第8

A.損害填補の範囲

核燃料物質等を運送中に発生した原子力事故の結果,被保険者が負担することになっている 法律上の損害賠償責任を填補する。この特約でいうところの「運送中」とは国内運送特約第 4条において核燃料物質等の発送地における場合は核燃料物質等の輸送用具への積込作業終了 後から,また仕向地における場合は輸送用具からの核燃料物質等の積卸作業開始直前までを「運 送中」ということになる。

核燃料物質等の国内の運送中であっても一般事故が原因となって発生した損害賠償責任の場 合には填補されない。

B.填補限度額

この特約の填補限度額は,原子力施設賠償責任保険と同じく原賠法で定められている所定の 賠償措置額で設定する。

C.填補しない損害

(1)被保険者が核燃料物質等またはその容器もしくは包装の滅失,毀損もしくは汚損につき,そ の物に対し正当な権利を有する者に対し負担する賠償責任。(国内運送特約第6

(2)核燃料物質等が日本国外に輸送される場合には,日本領域を出てから,また核燃料物質等が 外国から日本国内に輸送される場合には, 日本領域に入る前に生じた原子力事故につき被保険 者が負担する賠償責任。(国内運送特約第6

この特約は日本国領域内における輸送が対象となっているため日本国領域外で発生した原子 カ事故によって発生した法律上の損害賠償責任は担保されない。領域外での核燃料物質等の輸 送中に生じた原子力事故によって発生した法律上の損害賠償責任は「原子力輸送賠償責任保険」

によって担保されることになる。

D.保険料の算定

この特約条項の保険料は運送されることになっている核燃料物質等の種類・量・輸送区間等 の条件によって算定される。

E.その他

この特約では保険契約事務の手続きの簡略化と付保漏れを防止することを目的として包括契 約方式が採用されている。この包括契約方式では,ある一定期間中に対象となる核燃料物質等 の運送の範囲填補限度額を保険者と被保険者との間で予め定めておき,そして実際に核燃料 物質等の運送の都度,被保険者は原子力損害賠償責任保険運送通知書に所定事項を記入し保険 会社に通知しなければならない。(国内運送特約第 3条

(13)

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323  原子力輸送賠償責任保険

原子力損害賠償に関する国際条約として,「原子力の分野における第三者賠償責任条約 (Convention on Third Party Liability in the field of Nuclear Energy)」(パリ条約),「原子力 損害の民事責任に関するウィーン条約 (ViennaConvention on Civil Liability for Nuclear  Damage)」(ウィーン条約)および原子力損害の補完的補償に関する条約 (Conventionon  Supplementary Compensation for Nuclear Damage)3種類存在する。これらの条約では 原子力事業者の無過失責任 (absoluteliability)および原子力事業者への責任集中の原則を定 めている。

原子力輸送賠償責任保険は核燃料物質等の国際間の輸送中に当該核燃料物質等が原因となっ て発生した原子力事故によって生じた法律上の損害賠償責任を担保する保険である。この保険 も原賠法の規定に則して用意されたものである。

A.被保険者

原子力輸送賠償責任保険の被保険者は, 日本の領域外の地域の事業者との間で核燃料物質等 を受領もしくは使用済み燃料の発送を行う原子力事業者でその事業関係者も含まれることにな る。また当該原子力事業者だけでなく海運事業者等の核燃料物質等の輸送者も保険証券に明記 した場合にのみ被保険者となることが可能である。

この方式が採用された主な理由は,一輸送につき複数の関連事業者がこの保険を契約すれば 生じうる保険者の危険の累積という事態を避けるため,また海外においては日本の原賠法が適 用されるわけではないため原子力事故によって発生した場合,賠償責任を負う者がどの事業者 になるのかあらかじめ特定できないためである。

核燃料物質等の輸送者は保険証券に明記した場合にのみ被保険者となるとされているのは,

輸送者を被保険者からはずして原子力事業者とは別の第三者とみなし,輸送中の当該核燃料物 質等が船舶,航空機等の輸送用具に与えた損害をこの保険で担保するためである。

B.損害填補の範囲

被保険者が保険証券記載の核燃料物質等の輸送中に,当該核燃料物質等が原因となって発生 した原子力事故による原子力損害について負担する法律上ならびに保険証券記載の契約上の損 害賠償責任を負担する。また原子力輸送賠償責任保険では原則として原子力損害のみを填補の 対象としているが,損害賠償金のほか訴訟費用,およぴ保険者の書面による同意を得て支出さ れた必要かつ有益な費用も填補される。

さらに日本の原賠法が適用されない場合に備えて第三者に対する求償権を留保しているため 求償権の保全のために支出された費用も填補の対象となる。ただし原子力施設賠償責任保険の 場合と同様に損害の拡大防止または軽減のために支出された費用は填補されない。

この保険では法律上の賠償責任と契約上の賠償責任が担保される。

(1)法律上の賠償責任

(14)

この保険で担保される法律上の賠償責任は原子力事故が日本国内で発生し場合は日本の民法 および原賠法による賠償責任,そして公海もしくは他の国の領域内において原子力事故が発生 した場合は当該国の法令, もしくは国際私法の一般原則に従って決められる準拠法によって発 生した賠償責任のすべての場合を含む。

(2)契約上の賠償責任

契約上の賠償責任には,発送者側の原子力事業者と受取側の原子力事業者との間で賠償責任 負担関係を定めた契約によって発生する賠償責任や原子力事業者と核燃料物質等の輸送者との 間で「日本法が適用されず,輸送者が負担すべき賠償責任が発生した場合に原子力事業者が肩 代わりする」ということを定められた契約によって発生する賠償責任がある。つまり,当該核 燃料物質等の荷送人または荷受人である原子力事業者が, 日米動力協定や他の二国間協定,も しくは輸送の当事者間の契約により他人に代わり引受けた原子力損害に関する賠償責任を填補 の対象としている。

C.填補限度額

この保険の填補限度額は国際条約や当該輸送国に賠償責任に関する法令を十分に考慮に入れ た上で,または外国の原子力事業者との契約によって決められる。ただし日本国内を通過する 核燃料物質等の輸送については原賠法の規定が適用されるため原賠法によって定められている 賠償措置額以上の金額を設定する必要がある。

なおこの保険の填補限度額は当該輸送に対する総填補限度額であるため,仮に輸送中に複数 回にわたって原子力事故が発生したとしてもこの保険で定められている填補限度額が保険者の 保険金支払い限度額でもある。

D.填補しない損害

この保険の免責事由は基本的には原子力施設賠償責任保険ならびに国内運送危険担保特約と 同じである。以下原子力施設賠償責任保険ならびに国内運送危険担保特約と異なる免責事由を 挙げていくことにする。(原子力輸送賠償責任保険普通保険約款,以下輸送賠責普約とする,

5

(1)輸送用具の原子力損害を核燃料物質等の輸送者が負担する旨の特約がある場合。もしくは当 該輸送用具の原子力損害を担保する他の保険契約が存在する場合にはその重複部分。

(2)被保険者が所有,使用又は管理する輸送用具,包装用具等の原子力損害に対する賠償責任。

(3)原子力事故発生以前に核燃料物質等が喪失,盗難又は海洋投棄された場合には,その日から 起算して十年経過後になされた賠償請求による賠償責任。

(4)原子力損害賠償補償契約の適用がある場合には,正常運転に伴う原子力損害に対する賠償責 任。ただし原子力損害賠償補償契約の適用のない場合には正常運転によって発生した原子力損 害による賠償責任もこの保険で填補されることになる。

(15)

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E.保険期間

この保険における保険者の責任の始期は一輸送の開始された時点で,終期はこの輸送が終了 した時点である。いわゆる航海保険 (VoyagePolicy)である。

また日本国内の原子力事業者・原子力施設から外国の原子力事業者に向けて発送する場合の この保険の始期,および外国の原子力事業者から日本国内の原子力事業者・原子力施設へ向け て発送する場合のこの保険の終期については原子力施設賠償責任保険,国内運送危険担保特約 条項との間で隙間および重複が発生しないように調整されることになる。(輸送賠責普約第2

F.保険料の算定

この保険の保険料の算定は核燃料物質等の種類,量,核燃料物質等の物理的・科学的性質,

梱包容器の設計基準,核燃料物質等の臨界危険度,担保区間(輸送区間),輸送用具,填補限 度額等を評価,勘案し,国際再保険市場の水準を考慮に入れた上で算定される。

324  原子力船運航者賠償責任保険

原子力船運航者賠償責任保険は.核燃料物質を燃料とし原子炉を推進力を得るための動力源 として利用した原子力船を運航することにより生じた原子力事故が原因となって発生した損害 賠償責任の負担を担保することを目的とした保険である。原子力船の国際間での運航に備えて 日本国内では原賠法の適用に備えておよび外国への寄港に際して予想されうる国際条約への対 応が配慮されている。

原子力船は核分裂が行われている原子炉を積載しているという点においては原子炉施設であ るため陸上に存在している原子力施設と同様の性格を有し.また船舶であるという点において は国内間および国際間の原子炉・核燃料物質等の輸送と同様の性格を有している。そのため原 子力施設賠償責任保険.国内運送危険担保特約条項,原子力輸送賠償責任保険の 3つの保険が 組み合わされていると考えられる。この保険は原賠法に定められている原子力船の運航者に義 務付けられている賠償措置になりうるものである。

この保険は対象としている原子力船の駆動源が原子炉であることから陸上の原子炉を対象と した原子力施設賠償責任保険と同様に原子力危険に固有の問題に対する配慮がなされ.また原 子炉を積載している船舶が国際間を航海することから当該原子力船が外国に寄港した際に原子 カ事故が発生した場合における準拠法,政府間協定.さらには船舶に固有の問題についても配 慮されている。

この保険は原子力船「むつ」の運航に備え昭和47 (1972)91日付をもって監督官庁よ り営業認可された。ただし, 1993年に同船から原子炉は解体され.原子力船は日本国内には存 在しない。

参照

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