第二章 先行研究
第一節 女性の雇用環境の改善
2015年8月、「女性活躍推進法」が成立した。この法に定められた行動(現状把握・
調査・分析・行動計画策定)が義務となっているのは従業員301名以上の大企業であり、
中小企業については努力義務となっている。
また、総務省統計局の労働力調査(2015)によると、女性の労働力率は2011年に一旦 減少したが、近年再び増加の傾向にある(図2-1)。また、年齢階級別の労働力率について、
日本では結婚・出産を機に30代での落ち込みが大きくなるが(M字カーブ)、近年の女 性の社会進出に伴って、近年その落ち込みは小さくなってきている。注1 ゆえに、労働力 への女性の貢献度は確実に上昇しているといえる。
図2-1 男女別労働力率の推移 総務省統計局労働力率調査(2014)より引
用
第二節 女性の活躍に関する議論と現状
この節では、女性の活躍や雇用環境についての議論について見ていく。
第一項 経営者の意識の重要性
山口(2014)は、日本的な雇用システムは、女性の活躍を阻む要因であるとした。そし
て、具体例として、終身雇用制度や年功序列制度を挙げている。山口は、これらの制度に ついて、正規雇用者への雇用保障のためには労働時間を基準にする必要があるため、長時 間労働が発生しやすいと述べている。また、日本は協業文化が強いゆえに、他の社員と のつながりや利害の連動があることから、社員はみな「運命共同体」的な状況にあると も述べている。ゆえに、女性にとっては自由が利かない環境であり、現行の日本の雇用 システムを継続していては女性の活躍は進ないとしている。そして、改善策として企業 トップの意識向上、現行制度の見直しや廃止などの案を挙げ、日本の労働慣行を根本から 見直すべきだと主張している。
一方、芝原(2009)は、1986年の男女雇用機会均等法の施行前から施行後を俯瞰し、女 性が企業で活躍するための条件を提案している。芝原は、均等法施行後も女性活用は依然 として道半ばだと述べている。その改善のためには、まず経営トップからの強い意思表 示、確固たる方針の提示が必要であるとした。
山口、芝原の言うように、経営者の考えは会社の今後を左右する非常に重要なものであ る。それは女性の雇用環境にもあてはまることであり、社内で女性が活躍できるか・で きないかというのは経営者にかかっているといっても過言ではないだろう。ゆえに、経 営者の女性への評価や活躍推進の意思表示は、会社での女性の活躍において必要不可欠な ものであるといえる。
第二項 ジョブローテーションの必要性
大久保・石原(2014)は、企業で女性が活躍するためには、結婚前や休業前にキャリア を積ませて自信をつけさせ、管理職への可能性を高めていくことが大事だと主張してい る。そのために企業がすべきこととして、女性のジョブローテーションを早くすること
(例:入社5年以内に2回は異動)、そして、リーダーの経験も早いうちにさせて、リー ダーシップを覚えさせることなどを挙げている。
ジョブローテーションは、社員一人ひとりの能力の発見や向上、今後の仕事のモチベー ションを高める役割として、とても有効なものだと考えられる。一方で、この施策を行 うには、安定した社員数や長期的な人事計画が必要であり、経営面でのゆとりがないと実 現が難しいと思われる。
第三項 評価制度と意思の疎通
芝原は、表面的な制度(タテマエ)を変えることだけでなく、企業の理念や風土など
(ホンネ)と、社員個人の考えや価値観を考慮に入れて、方針を考えていくことが必要だ とした。そして、この先企業がすべきこととして、短期的で数字的な結果を求める「定 量的課題」、長期的で会社一体となって行う「定性的課題」を挙げている注2。 また、企 業だけでなく、女性自身も自ら行動していく姿勢が大事だとした注3。 また、大久保・石 原も、社員を結果で評価して昇進させるのではなく、可能性のありそうな社員には期待 から入り、いろいろな仕事をさせていくことが、将来の管理職への昇進の可能性を高め ると述べている。
女性の活躍推進に限らず、企業側と社員との意思の疎通は、お互いが気持ちよく働くう えで重要なものである。職場での風通しの良さは、仕事のやりがいや自信にもつながる だろう。しかし、社員が企業側の変化を待っているだけではいけない。社員自らが動き アピールや仕事の工夫といった努力を積極的に行っていくことも必要である。そして、
企業側もそうした社員の努力に適切に反応し、それ相応の評価をしなければならない。
企業と社員が、しっかりと同じ方向を向いて対話する姿勢が重要である。
第四項 取り組みによる効果と企業のメリット
厚生労働省の雇用均等基本調査(2014)によると、企業が女性活躍推進で感じた効果と しては、「男女ともに職務遂行能力によって評価されるという意識の向上」が最も多く、
次いで「女性の能力が有効に発揮されることにより、経営の効率化ができた」こと、「男 女社員の能力発揮が生産性の向上や競争力の強化につながった」ことが続く。
女性活躍に関して、国が優良企業を表彰するものがある。その例としては、経済産業省 の行う「ダイバーシティ経営企業100選」、「なでしこ銘柄」がある。前者は、女性に 限らず、障がい者、外国人、高齢者といった多様な人材を積極的に活用する企業を選定し 表彰するものである。後者は、東証一部上場企業の中から、女性が働き続けるための環境 整備を含め、女性人材の活用を積極的に進めている企業を業種ごとに表彰している。これ らの表彰を受けた企業は、同省のパンフレットやホームページで取り組みが紹介される 。 ゆえに、ニュース等で特集が組まれることも増えると思われる。
女性の活躍に向けた取り組みを通して、企業の業績の向上に期待ができたり、社員のや りがいが促進されたり、企業の社会的評価が高くなったりすることは非常に魅力的なこ とである。一般的な世間での認知度が高まるとともに、応募者の増加による優秀な人材の 確保、信頼度の向上など多くの効果が期待できる。
第五項 この節のまとめ
ここまで、様々な女性の活躍のための現状や提言を見てきた。これらを整理してみる と、①経営者の意識、②ジョブローテーション、③適切な評価、④企業のさらなる向上へ の期待の4つに分けられ、これらが女性の活躍のための機動力となるようだ。
しかし、ジョブローテーションと企業向上への期待については、大企業でしかやりに くいという難点があるように思われる。中小企業は社員数も少なく、定期的に仕事を回 す余裕がないのではないか。また、中小企業にとって人員の確保は大きな課題であるが 企業の知名度や魅力を学生に伝える機会は、大企業に比べると少ないように思われる。大 企業のような大規模なメディアでの紹介は、あまり機会がないものであろう。そして、
経営面で余裕がないと、目の前の仕事の達成や会社の存続にいっぱいになってしまいが ちなため、新しい取り組みの開始はあまり実現できないのではないだろうか。
ゆえに、上記4点の取り組みは、すべての企業に「行えば良い変化があるもの」とは 言い難い。社会に出て働く女性は、大企業でしか活躍できないわけではない。むしろ、
中小企業で働く女性にこそ、活躍の可能性があるのではないだろうか。女性活躍推進法の 内容からは、どこか「
・ ・ ・
すべての女性が活躍できる社会」に対して、本気でない印象を受 ける。確かに中小企業ができることは、大企業に比べれば少ないかもしれない。しかし 、 筆者は社内の制度や会社の規模に関わらず、会社と女性自身がしっかりと対話し、働く気 持ち・モチベーションを高めていけることが、本当の「女性の活躍」だと考える。
では、中小企業では女性の活躍に向けた取り組みの現状はどのようになっているので あろうか。次節では、中小企業の女性支援についての先行研究を用い、現状分析を行う。
第三節 中小企業の現状
第一項 中小企業における女性の活躍に関するデータ
厚生労働省「雇用均等基本調査」(2015)では、ポジティブ・アクション注4の取り組み の推進状況について調査し、企業規模別に集計している(図2-2)。グラフの色つきの部分 が「取り組んでいる」と回答した企業の割合である。このグラフを見ると、企業規模の 大きさと取り組みの推進度は、おおむね比例していることが分かる。また、調査年別に グラフを見ると、平成24年度から25年度を見比べると、「取り組んでいる」と回答し ている企業の割合が一旦落ち込んでいるが注5、平成25年度から26年度は再び割合が増 えていることが分かる。
図2-2 企業規模別 ポジティブ・アクション推進率 厚生労働省「雇用均等基本調査」(2015)より
引用
また、財団法人 商工総合研究所(2012)は、厚生労働省(2009)の調査結果を用い、中小 企業の女性活用に向けた取り組みについて分析し、ポジティブ・アクションの取り組み 事項を企業規模別のグラフにしている(図2-3)。このグラフを見ると、例えば「企業内の 推進体制の整備」、「女性の能力発揮の状況や能力発揮に当たっての問題点の調査・分 析」、「女性の能力発揮のための計画の策定」といった項目は、5000人以上の企業の取 り組みの比率が高くなっている。また、「女性がいない又は少ない職務について、意欲 と能力のある女性を積極的に採用・登用」、「人事考課基準を明確に定める」、「出産や 育児等による休業等がハンディとならないような人事管理制度、能力評価制度の導入」と いった項目については、企業の規模が大きくなるほど、取り組みのある比率も高くなる 傾向がある。
中小企業は、大企業に比べれば取り組みの比率は低いと言える。しかし、「女性がいな い又は少ない職務について、意欲と能力のある女性を積極的に採用・登用」や、「働きや すい職場環境を整備」「職場環境・風土の改善」といった項目は、企業規模でのバラつき は少なくなっている。このようにしてみると、中小企業は、人事管理及び能力評価に関 する制度の整備や、そのための調査・分析などに関しては、大企業に後れを取る傾向が見 て取れるが、実際の女性の登用や職場環境の整備に関しては、必ずしも遅れているわけ ではないと言える。
図2-3 企業規模別ポジティブ・アクション取り組み事項 財団法人 商工総合研究所(2012)より引用
また、松井(2012)は、日本政策金融公庫のアンケート調査をもとに、中小企業におけ る女性の活躍に向けた取り組みについて分析している。日本政策金融公庫は、2011年に 融資先の中小企業約8000社に対して、企業経営と従業員の雇用関するアンケート調査を 行った(回収率36%)。その結果によると、回答企業の約40%が女性の活躍に「取り組
んでいる」と回答した。また、回答企業の約26%が、「これから取り組む方向だ」と回 答した。また、取り組みを行っている企業について、取り組みのきっかけは、「男女の 能力に差はないと考えた」こと、「事業活性化のため」という回答が上位2つだった
(図2-4参照)。実際の取り組みの効果としては、「人材確保」、「職場の雰囲気が良く なる」、「従業員の勤労意欲の向上」の回答が上位3つだった(図2-5参照)。さらに、
女性の活躍を阻む要因については、「家事・育児の負担考慮」、「結婚・出産による退 職」、「残業・出張・転勤のさせにくさ」が上位3つだった。また女性の活躍に向けた取 り組みを行っている企業と行っていない企業の回答を比較すると、取り組みを行ってい ない企業は、取り組みを行っている企業よりも女性の活躍を阻む要因について「女性が 就ける職種が限られている」という項目の選択が約2倍も多かった。
図2-4 女性の活躍に取り組んだきっかけ 松井(2012)より引 用
図2-5 女性の活躍の取り組みの効果 松井(2012)より引 用
これらの調査結果から分かることをまとめると、女性の活躍に向けた取り組みに積極 的な中小企業も少なからずあり、前節で述べたような、取り組みによる効果の期待もし ていることが分かる。そして、実際にその期待は実現しており、一定の会社のメリット として機能している。また、取り組みを行っていない企業は、「女性が就ける職種が限 られている」と考える傾向がある。女性活躍のために、男女での職種の垣根を可能な範囲 で減らし、職域の拡大を行うことが重要な要素の一つである。
そして、中小企業は女性の活用のための制度の制定・整備で後れを取っている傾向があ るが、環境整備や実質的な女性の登用の進度については大企業と大きな差はなく、比較的 有効に機能していることが伺える。ゆえに、中小企業には、制度が無くても女性を支え られる要素があると考えられる。
第二項 中小企業の有利点
前項で浮かび上がった、制度がなくても女性を支えられる要素の一つとして、中小企 業の柔軟性が考えられる。高道(2014)は、中小企業の柔軟性について、ワーク・ライ フ・バランスの観点から企業にインタビュー調査をしている。中小企業の柔軟性が伺え
る点としては、社員一人一人の支え合いの精神からくるもの、日常会話からの自然な社員 の状況の把握、経営トップの直接的な介入という3点が挙げられている。そして、こう した柔軟性の背景としては、業種の特徴、慢性的な人材不足という状態が関連していると いう。
中小企業は社員数が少ないゆえに、大企業ではできないようなきめ細やかな対応やコ ミュニケーションができるのではないだろうか。そして、社員同士の距離が近く、お互 いの状況を理解した上で助け合える環境にあることが、社員の働きやすさに繋がってい ると考えられる。
第四節 先行研究のまとめ
人材の確保とコスト意識のバランスが課題である中小企業にとっては、長期にわたる 優秀な人材の確保は重要なものであり、そのためにも女性に対する支援は整っている必 要がある。これまでのデータから中小企業の現状を見てみると、コストの高さや、会社 のニーズの低さという点からも、中小企業にとっては、先進的な女性の活躍に向けた取 り組みは必ずしも必要とは言えないと考えられる。そして、中小企業には大がかりな制 度に頼らずとも女性が活躍できる要素があると考えられる。
ゆえに筆者は、「大がかりな制度の整備がなくとも、中小企業の女性の活躍推進は可能 であること」を仮説とした。そうした状況の背景としては、第一にコストの課題が挙げ られる。第二に、中小企業の内実的な面や、大企業とは異なるシステム面での特徴が考え られる。今回の調査では、主に後者に焦点を当てていきたい。分析の観点としては、本章 第二節で触れた、①経営者の意識、②ジョブローテーション、③適切な評価、④企業のさ らなる向上への期待という4点を軸に、大企業との相違点に留意しつつ、調査分析を進め ていきたい。調査の対象は、女性活用に一定の成果を上げている中小企業とし、それぞれ の企業が行っている女性の活躍に向けた取組、現状等を調査する。そして、中小企業にお ける女性活躍の可能性と課題について考察したい。