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(1)

i 資 i i 料 i

アンソロジ l ・陪審制論評

『岡山大学法学会雑誌』第57巻第3号 (2008年3月)

は じ め に

今回の司法制度改革の目玉の一つに国民の司法参加として裁

判員制度の導入(二

OO 九年五月までに実施予定)がある︒戦

前にも大正時代に陪審制度が制定され︑昭和前半期に停止され

た経緯をもつが︑今回の裁判員制度の方が国民の叶法参加とし

ては本来的なものとして設計されている︒もちろん︑裁判員制

度の導入に対しては賛否両論が今なお論じられている状況であ

り︑たしかにどう根づいていくのかどうか︑あるいは︑うまく

運用できるのか等々︑未だ不明なところが多々ある点は否めな

い︒古代アテナイの民衆法廷から陪審制・参審制に至るまで︑

同じく賛否の意見が繰り返されてきた︒また︑文学作品では往

キにして郁捻的に取り扱われることもあった︒トルストイの作

品はその一つの典型であろう︒トルストイ晩年の作品である﹃復

活﹂︹一八九九年︺は︑一九世紀末の帝政ロシアを時代背景にし

593 

て法廷場面から始まるのつまり︑その法廷に関わる裁判官︑検

察官そして陪審員たちについての戯画的描写でもってその小説

の幕は開かれるのである︒すなわち︑愛人との情事のことで頭

が一杯の裁判長︑妻との夫婦暗喋が気になって仕方のない一人

の判事︑胃病に気を取られているもう一人の判事︑そして︑酒

と女遊びの徹夜明けでまだ調書を読んでいない検察官︑最後に

ともかく早く家に帰りたい陪審員たち︒彼らによって構成され

た法廷という場面で小説の幕は開けられる︒

本稿は︑かような弛緩した法廷にならないために︑裁判員制

度の本来的な目的・意味はどこに求められるのかということを

知る一つの手がかりとして︑つまり︑裁判員制度の意義を考え

る材料の一つとして︑欧米および戦前の日本で論じられた陪審

制に関する論評を集成し︑講学上の資料とするものである︒こ

のような形である意味で便宜的に︑また︑原著からの一方的な

切り取りであるのみならず︑社会的政治的文脈からも切り離し

て提供するだけでは︑原著者の主張を正しく理解する上では問

ノ、

(2)

594  法 (57‑3)

題があることはもちろんであるが︑ここでは講学上の理由を優 先したものである︒既訳のあるもののうち原文を入手できたも

のについては︑既日訳を参照しつつ一応訳出した(既訳者の方今

にはお礼申しあげるが︑必ずしも訳文のままではない箇所もあ

ることもお断りしておきたい

)

0その他については︑訳文をその

まま利用させていた︑だいた︒なお︑訳文中の︹︺内は筆者・

平田の補起である

c

(l

)

司法制度改革審議会の最終意見書(二

O O

一年)については︑法律時報増刊﹁司法改革E﹄(最終意見と実現の課題)(日本評論社︑二

0 0

一年)参照︒また制度の概観については︑丸田隆﹁裁判員制度﹂(平凡社新童口︑二

O

O六年)︑西野喜一﹃裁判員制度の正体﹄(講談社現代新書︑‑一 としては︑高山俊吉﹁裁判員制度はいらない﹄(講談社︑二O O四年)参照︒以対論

0

0七年)︑伊藤乾編・同藤重光﹁反骨のコツ﹄(朝日新書︑‑一

OO

七年)などがある︒

( 2 )

以下の引用は︑木村浩訳﹁復活﹄(上)(新潮文庫︑一九八O

年)

によ

る︒

裁判長は﹁きょうの裁判をいつもより早日にはじめて早目に切りあげ︑なんとか六時までにこの赤毛のクララ・ワシl

リエ

ヴナを訪ねようと考えていた︒彼女とは去年の夏に別荘でロマ

ンス

が生

れた

ので

ある

﹂(

一一

一五

頁)

別の﹁この判事はおそろしく凡帳面な男で︑今朝も女房とけんかして不愉快な場面を演じてきたのだった︒女房一はどんなことでもやりかねない女だから︑本当にあの脅し文句を実行するかもしれないと︑彼は内心びくびくしていたのである﹂(一二

六頁

)︒

﹁三番目の判事は︑:胃カタルを患っていて︑今朝から医者のすすめる新しい療法をはじめたところだったので︑いつもより家で手間どってしまったのである0e今も裁判官席へ向いながら︑・占っていたのは︑判事室から裁判官席までも歩数が三できれいに割りきれれば︑新しい療法で胃カタルは全治するだろうし︑もし割りきれなかったら︑だめだ︑というもの

だっ

た﹂

(四

二頁

)︒

検事補は﹁昨晩はほとんど寝ていなかったo同僚の送別会の席で︑大いに飲み︑二時頃まで勝負事をやったすえ︑ついに六ヵ月前までマlスロワが働いていた売春宿へくりこんだため︑例の毒殺事件の調書を読む暇がなく︑これからざっと日を通しておこうと思っていた矢先であった﹂(二一七三八頁)︒﹁何よりもいちばん主な理由は︑︹陪審員︺全員が疲れきっていて︑一刻も早く解放されたいと思い︑早くまとまりそうな

決定

に賛

成す

る気

にな

った

から

であ

る﹂

(一

一一

一五

) C

(3)

595 

ノ、

アンソロジー・陪審制論評

次欧米編

Iプラトン

2モンテスキュー3アダム・スミス4アレクサンダl・ハミルトン

5フリードリyヒ・リスト6トクヴィル7

ジェ

1ムス・プライス

8ロスコ1・バウンド

9カント

ω ヘ

lゲル

日 イ エ

1

リン

*ク

ロ ダ イ シ

l

日 ウ ェ

lパl

u

ラlトブルフ

E

日本編 福沢諭吉

江木衷 植木枝盛

吉野作造 長谷川如是関

美濃

部達

士口

欧 米 編

目 4 

プラトン︑森進一・池田美恵・加来彰俊訳﹁法律﹄(上・

下)(岩波文庫︑一九九三年)

け ア テ ナ イ の 裁 判 制 度

古代のアテナイにおいて直接民主制の原理が採用されていた

ことは周知の事柄であるが︑その原理はいわゆる立法および行

政の分野においてのみならず︑司法の領域においても貫徹され

ていた︒ヘリアイアと呼ばれる民衆法廷の存在である︒ここで

の裁判の仕組みについてはアリストテレス﹃アテナイ人の図制﹄

に詳しいが︑司法への民衆参加の点では陪審制とも共通し︑そ

れゆえその元型とも見なされてきた︒一方︑素人による裁判が

陥りがちな︑その場の雰囲気や好悪の感情に左右されて判定を

下すという欠点を示す好例として挙げられることもしばしばで

あった︒その典型例とされるのが紀元前三九九年アテナイで行

われたソクラテス裁判であることもまた言うまでもないだろ

う︒その裁判の様子は︑プラトン﹁ソクラテスの弁明﹂によっ

てわれわれは知ることができるのであるが︑プラトンは師の裁

判が決して合理的理性的に行われた正当なものではなく︑中傷

と嫌悪感に基づく判定であったと見ていた(それなりの理由・

事情がソクラテスの側にもあったのだが)︒そのようにアテナイ

の一般市民による民衆裁判に否定的な態度を示したプラトンに

あっても︑決して市民の裁判参加それ自体を全否定するもので

はなかったことに注意しておきたい︒むしろ︑原則的には裁判

2  3  5  6 

(4)

596 

法 (57‑3) 

への市民参加は国家にとって必要不可欠なものであると見てい

た︒それを一不すのが﹃法律﹂におけるプラトンの裁判論である︒

口 プ ラ ト ン の 裁 判 論

川一

一一

審制

プラトンは︑いわば三審制の裁判制度を考えている︒まずは 隣人法廷︑次いで部族民法廷︑最後に専門家による最仁級審で

ある

﹁よい裁判を行なうには︑裁判(日が多数でも困難であるし︑ ︒

また少数でも︑無能な人たちであれば︑やはり凶難である︒ま た︑つねに双方の争点が明瞭になることが必要であり︑時間を かけてゆっくりと︑たびたび審議を行なうことが︑争点を明瞭 にするのに役立つ︒だから︑互いに争う人びとは︑まず隣人や 友人や︑争われている事柄を︑もっともよく知っている人びと

のところへ行くべきである︹第一審︺︒しかし︑もしそれらの人

びとのところで充分な裁決を得られなければ︑別の法廷に赴か

なければならない︹第二審︺o

そしてこの二つの法廷が解決する ことができなければ︑第三の法廷がその訴訟に決着をつけるべ

きである︹第三審︺﹂(七六六

D 1七六七

A)

凶 国 民 参 加 の 必 要 性 注目すべきは︑プラトンは国民の裁判参加は不可欠なものと 考えていることである︒公的事件はもちろんであり︑私的訴訟 にも民衆参加は必要とされる

o

国家成員としてのアイデンティ

ティを得るためである︒

﹁国家に対する罪の告発では︑まず一般大衆が裁判に参加す

ることが必要であるーーなぜなら︑誰かが国家に対して不正を

六回

行なった場合には︑被害を︑つけるのは同民すべてであり︑彼ら

がそのような裁決に参加しないならば︑不平を抱くのはとうぜ んであろうからーーしかしながら︑このような裁判の初めと終 りは︑民衆に委ねられるべきであるが︑審理は被告と原告の双 方が同意する︑二人の最高の役人によって行なわれなければな らない︒もし双方が自分たちだけで合意に達することができな

ければ︑政務審議会が彼らの双方の選択に決養を与える︒

しかし私的な訴訟にも︑できるだけすべての市民が参加すべ

きである︒なぜなら︑裁判に参加する権利にあずからない人は︑

自分が国家の一員であるとはまったく考えないから︒そこでこ のゆえにまた︑部族民による法廷が設けられ︑そのっと︑必要 に応じて︑畿によって選ばれた裁判宵が︑歎願に動かされるこ となしに︑裁判を行なわなければならない︒しかし︑これらす

べての法廷のうち︑隣人法廷でも部族民法廷でも︑解決を得る

ことのできない人︑びとのために︑最終決定を下すものは︑かの

第三審の法廷であり︑それは︑人間の能力の許すかぎり︑外か らの力に友右されることのもっとも少ないようにつくられてい

る︑とわれわれが言︑っところのものである﹂(七六八

Al

C)

0 日 三 審 制 の 詳 細 以下で︑やや詳しく第一審から第三審までの特徴を見てみよ

︑ つ ノ

O川まず第一審となる法廷は︑﹁隣人法廷﹂(七六八

B)

およ

び﹁仲裁裁判﹂(七六六

D)

の性格をもっ身近な人びとによって

構成される法廷である

oプラトンはこれを︑﹁村人や隣人たちの

法廷に七六二

A)

︑﹁隣人や友人や︑争われている事柄を︑もつ

(5)

アンソロジー・陪審制論評

ともよく知っている人びと﹂による法廷(七六六

E)

とも呼ん

でいる︒それを第一審とする理由は︑﹁当事者各自が共同して誰

かを選んで︑自分たちで自分たちのために設置するのが︑もっ

とも本来的な意味における法廷だとすべきである﹂(七六七

B)

からである︒この最も本来的な法廷は︑係争当事者双方が︑争

われている事柄を最もよく知っている人びと︑つまり︑隣人や

村人のなかから︑仲裁人を選んで︑事の決着を図ろうとする﹁仲

裁人もしくは隣人たち﹂によるもの(九二

OD )

であ

る︒

したがって︑﹁法廷のなかで第一審のものは︑原告と被告とが

共同で選ぶところの︑︹私的に︺選出された裁判官たちから構成

されているものであり︑この人たちは裁判官というよりは︑仲

裁人と呼ばれる方がよりふさわしい者たちです﹂(九五六

B)

いうことになる︒つまり︑第一審はいわゆる裁判というよりも

仲裁や調停に近いものが考えられていると言っていいだろう︒

もっとも︑解放奴隷についての裁判は別であり︑それは︑﹁部族

民法廷で行なわれるものとする︒ただし︑それ以前にすでに︑

訴訟当事者たちが︑隣人たちなり︑内分たちの選んだ裁判官(仲

裁人)たちなりの前で︑相互に和解ができている場合は別であ

る﹂(九一五

C) 0

山次に︑第二審については︑﹁部族民法廷﹂(七六八

Bl C)

とか﹁公共の法廷﹂(七六二B︑八四六

Al B)

とか呼ばれ︑

﹁第二審の法廷は︑地方の住民ないし部族民たち︹から抽畿で

選ばれた裁判官たち︺によって構成されているものであり︑彼

らは一二の法廷に分かれて配属されているのです﹂(九五六

C)

とされる︒つまり︑これは︑そのつど︑畿によって部族民から

597 

選ばれる裁判官によって構成されるが︑﹁公共の法廷﹂と呼ばれ

ているところからも︑各部族ごとの地方法廷ではなく︑各部族

民の代表者から構成される国家的規模のものであると考えられ

団最後に︑第三審は︑そのままに﹁第三の法廷﹂(七六七 る ︒

A)

と称され︑それは﹁選抜裁判官たち﹂による法廷(九五六

D)

である︒そして︑この法廷の構成︑運営については︑七六

七C1Eに詳しく述べられる︒

つまり︑﹁一年もしくはそれ以上の任期を持つすべての役人

が︑夏歪の翌月︑新しい年が始まる日の前日に︑一つの神殿に

集まって︑神に誓いをたてた上で︑それぞれの役職から一人を

裁判官として︑いわば初穂の如く捧げなければならない︒つま

り︑それぞれの役職において最善と思われ︑来るべき一年間︑

白八刀の同胞のためにもっともよく︑もっとも敬度に裁きを行な

うと忠われる人を選ぶのである︒そしてこれらの人びとが選ば

れると︑選んだ人びと自身によって︑資格審査が行なわれ︑も

し誰かが審査に溶ちれば︑同じ仕方で別の人が代わりに選ばれ

る︒そして審査に合格した人びとは︑他の法廷からと告してき

た人びとに対して裁判を行ない︑この際の投票は公開とする︒

そして政務審議会議員︑およびこれらの裁判官を選出した他の

役人たちは︑これらの裁判を傍聴し︑立ち会うことを義務づけ

られるが︑その他の人びとにあっては︑希望者にかぎる﹂︑とい

う︒すなわち︑第三審の法廷は︑各役職から最普と目される者

一名ずつを選んで構成されるもので︑裁判を素人の一般民衆か

ら専門知識をそなえた少数の人身の手に移し︑審理を尽くすべ

六五

(6)

598  法 (57‑3) 

しというプラトンの考えが反映されたものである︒

( キ 土

I)

古代アテナイの民衆裁判については︑橋場弦﹃丘のうえの民

主政﹄(東京大学出版会︑一九九七年)︑とくに一O

七頁

以下

一六六頁以下︑参照︒

(2

)

ソクラテス裁判については︑桜井万里子﹃ソクラテスの隣人

たち﹄(山川出版社︑一九九七年)︑とくに一九一頁以下︑参

照︒新しくは加来彰俊﹃ソクラテスはなぜ死んだのか﹄(岩波

書属︑二

OO

四年

)︑

参照

(3

)

古代アテナイの裁判制度を知る上で︑アリストテレス︑村川

堅太郎訳﹁アテナイの国制﹄(岩波文庫︑一九八O年)は欠か

せない︒それによると︑アリストテレスは︑ソロンの制度の民

主的な点として︑民衆法廷を挙げている︒これは﹁法廷への回

付であり︑︿これによりV大衆は最も勢力を得たといわれる︒

なぜならば民衆は投票権を握ったとき国制の主となるからで

ある﹂(一一七頁)︑と︒アリストテレスによれば︑陪審員は総計

六000人であり︑一年任期である︒彼らは一O部族のなかか

ら摘畿で選ばれ︑そしてどの法廷に配属になるのか︑また係争

事件がどの法廷の担当になるのかなども︑いずれも拍簸方式で

決められた︒公訴の法廷は五O一人︑私訴の法廷は二O

一人

しくは四O一人の法廷にかけられるということなどについて

は︑同書第六三章以下に詳しい(同書一O

四頁

以下

)︒

ところで︑当時のアテナイの民衆法廷では︑数百人という多

数の人たちにより︑かつ︑法律には素人の市民が︑そのっと畿

によって裁判官(審判人)に選出されるというものであった︒

したがって︑そこでは実質的な審議は不可能であり︑また︑そ

こでの判決が最終的なもので︑上訴制がなかった点は︑後世か

ら欠点の一つとして指摘されることになる︒裁判官たちも多く

ム ハ ム ハ

の場合︑当事者の一涙や弁舌に左右されて︑一票を投じたと言わ

れる︒ソクラテス自身もそのことを批判している︒田中美知太

郎訳﹁ソlクラテ│スの弁明・クリトlン・バイトI

ン﹄

(新

潮文庫)によると︑﹁自分はこれよりも小さな訴訟事件の当事

者であったときにも︑多くの涙を流し︑できるだけ多くの同情

をかち得るために︑自分の子供を登場させ︑またほかに家人や

友人にも︑多数出てもらって︑裁判する諸君に哀訴嘆願したの

に︑わたしはと見れば︑そういうことを一つもしようとしない

ではないか・だから︑そういう点が念頭にあるために︑わた

しに対する気持が硬化して︑正にそのことへの腹立ちから︑腹

立ちまぎれに投票するというような︑人も出て来るかもしれな

い﹂

(三

C1

D)

o

しかし︑本来のあるべき裁判官の姿はそう

ではない︒﹁裁判官という者は何のために︑そこへ坐っている

のかといえば︑それは正邪を判別するためであって︑それを依

怖の沙汰とするためではない︒また彼は︑自分の気に入った者

を依伯ひいきすることなく︑法律に従って裁判すべきことを誓

った

のだ

﹂(

一一

.五

C)

︒(他の制訳として︑山本光雄訳﹃ソクラ

テスの弁明﹂(角川文庫)︑久保勉訳﹁ソクラテスの弁明クリ

トン﹄(岩波文庫)等がある)︒かような欠点のあることは承知

しながらも︑しかしながら︑市民が裁判に参加することの必要

性そのものはプラトンも強調している︒そこで︑﹁法律﹂では︑

市民による裁判を認めながら︑かつ︑少数の専門知識をもった

裁判官が審議を尽くすことのできるような裁判制度を考えて

いる

︑と

一一

討え

る︒

(7)

アンソロジー・陪審制論評

2モンテスキュー︑野田良之他訳﹃法の精神﹄︹一七四八年︺

(上)(岩波文庫︑一九八九年)(原著名一宮

B R E E

‑ 2

・ロ

F .

F0

5)

﹁権力による権力の抑制の仕組み﹂を作ることで︑権力の腐

敗や暴走を阻止しようとしたモンテスキューは︑権力分立制を

説くなかで裁判権は常設の機関ではなく︑随時の法廷において︑

また︑人民のなかから選出された人びとに委ねられるべきこと

を提唱する︒かっ︑裁判官は法律の文言を機械的に適用するこ

とを要求され︑また︑法律の解釈も禁じられ︑そうすることで

裁判官を厳格に法律に拘束することによって裁判権の濫用を防

ぐことができると考えていた︒

﹁裁判権力は常設的な元老院に与えられるべきではない︒そ

れは︑必要とされる期間だけ存続する裁判所を構成するために︑

人民の団体から︑一年のある時期に︑法律に規定された仕力で

選び出された人々によって行使されるべきである︒このように

すれば︑人々の間でひどく恐れられる裁判権力が︑ある身分に

も職業にも結びつけられないので︑いわば眼に見えずに無とな

る︒人は裁判役をいつも眼の前にすることなく︑裁判役職を恐

れて︑裁判役を恐れない﹂(二九三二九四頁)︒このように随

時の︑かっ︑特定の身分・職業と結びつかないものであるがゆ

えに︑﹁裁判権力はある意味では無である﹂(二九七頁)︑とされ

すなわち︑﹁国民の裁判役は︑・︒法律の一言葉を発する口﹂ る ︒

︹裁判官は法律の口である︺にすぎず︑その力も厳しさも緩和

することのできない無生物である﹂(三O

二百

円)

︒つ

まり

︑事

599 

に対して法律を機械的に適用することだけが裁判官の仕事なの

であ

る︒

3 1

アダム・スミス︑水田洋訳﹁道徳感情論﹄︹一七五九年)

(岩波文庫︑上・下︑二

O

O三年)(原著名・﹀念日

ωB PF

J

}

52 可

ζ

0 5 5 8

B

B F

g )

スミスによれば︑通常の人間すべてに自然的正義の観念が植

えつけられているという︒したがって︑誰しも陪審員となりう

るの

であ

る︒

﹁人間社会の全成員は︑相五の援助を必要としているし︑同

様に相互の侵害にさらされている︒その必要な援助が︑愛情か

ら︑感謝から︑友情と尊敬から︑相互に提供されるばあいは︑

その社会は繁栄し︑そして幸福である

o e‑ ‑

しかし︑必要な援

助が︑そのように寛谷で利害関心のない諸動機から提供されな

いにしても︑・その社会は︑::・必然的に解体することはな

いだろう︒社会は︑さまざまな人びとのあいだで︑さまざまな

商人のあいだでのように︑それの効用についての感覚から︑相

五の愛情または愛着がなにもなくても︑成立しうる︒‑正義

を守ることを強制するために︑自然は人間の胸のなかに︑それ

の侵犯にともなう︑処罰にあたいするという意識︑相応的な処

罰への恐怖を︑人類の結合の偉大な保証として︑うえつけてお

いたのであって︑これが弱者を保護し︑暴力をくじき︑罪をこ

らしめることになるのである﹂(上・二二二二二四頁

) 0

六七

(8)

600 

法 (57‑3) 

3 2

アダム・スミス︑高島善哉・水田洋訳﹁アダム・スミス

グラスゴウ大学講義﹂︹一七六三年︺(日本一討論社︑一九四七

年)

(原

著名

Z 2 R g s τ 5 2

・ 旬 ︒ 一

5

2

・ 月

B E g

﹀円

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巾包‑55dE

︿ 巾 門 印

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山 間一 (

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国E

ω

RF

‑ 円 巾

]UCコ一巾︽凶寸可白印門戸日仏巾ロ門↑ロ]{吋品

ω ) スミスは︑陪審制をイギリスの自由の保障制度であるとして

さまざまな箇所で積極的に一評価する︒

﹁イングランドの法律はいつも自由の友であるが︑公平な陪

審官についての周到な規定に見られるほと︑称讃に値する事例 はない︒選出される人々は︑彼等が犯罪に精通する機会をもち 得るやうに︑犯罪が犯された場所の近くにゐる者でなければな

らない0

・‑生命と自由と財産に対して︑この制度より大きい

保障はあり得ない︒裁判官は廉直の士であり︑独立してゐて︑

終身官であるが︑しかし法に縛られてゐる︒陪審(日は諸君の隣

人であって︑諸君の牛命を左右する一つの事実を判断すべき人 び と で あ る

︒ 彼 等 も ま た 種 々 の 理 由 で 忌 避 さ れ 得 る

﹂ ( 一 六

一頁

)︒

たとえば︑不合理な羊毛の輸出禁止策についても︑国民の健 全な感覚が陪審裁判において作用することで︑それは犯罪とし

て処罰されるに至らなかったとされる︒

﹁侵

ER

害可は当然︑傍観者の憤りをよび起し︑それ故に︑

犯罪者の処罰は︑公平な傍観者がそれに共感し得るかぎり︑正 当である︒これは処罰の自然の尺度である︒ここに注意すべき は︑我々が刑罰を是認する第一の根拠は︑通常考へられてゐる

やうな公益匂戸

σ r

E

庄司の尊重ではない︑といふことである︒

. ︑

rk

J

真の原理は︑被害者の憤りに対する我々の同感である︒それが 効用であり得ないことは︑次の例によって明らかである︒イン

グランドでは︑羊毛は国民の富裕の源泉であると考へられた︒

それでその商品を輸出することは死罪とされた︒しかも羊毛は

以前のやうに輸出されてゐて︑人々はその慣行が有害︹違法︺

だと確信してゐたけれども︑その犯罪者に不利な証言をする陪 審官は一人も見当たらず︑さうした証拠も一つも得られなかっ

た︒羊毛の輸出は一冗来犯罪ではなく︑人守はそれを死刑に処す

べきものと考へるやうにはなれなかった﹂(二八六二八七頁

) 0

(l

)

イギリス人の自由の憲章マグナ・カルタ(一一二丘年)第一一一九条によると︑﹁いかなる自由人も︑彼の同輩の合法的裁判

(}

ω‑

oE

2E

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古田

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町口

二戸

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白百

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同 E ω 門 出 ︒ 吋 ω )

によ

り︑

また

は同

法(

2一

]

o p F Z S ι )

によ

るのでなければ︑逮捕︑監禁︑差押︑法外放置もしくは追放をうけ︑またはその他のいかなる←刀法によっても侵害されることはない︒朕も彼の卜に︹軍隊とともに︺赴かず︑また彼の上に

︹軍

隊を

︺派

遣し

ない

﹂︒

なお︑スミスの当該部分の新訳によると︑﹁つねに白由の味方であるイングランド法は︑中立的な陪審員についての注意ぶ

かい規定について︑他のどのようなばあいにもまさって称賛にあたいする︒選ばれる人びとは︑その犯罪を熟知する機会をもつことができるように︑それが犯された場所の近くにいるのでなければならない︒この制度ほと大きな︑生命︑白山︑所有についての安全保障はありえない︒裁判符たちは廉直の人であり︑まったく独立であり︑終身官であるが︑法律にしばりつけられている︒陪審員たちは︑あなたの隣人たちであって︑あ

(9)

たなの生命がかかっている犯罪行為について︑かれらが判断することになるのである︒かれらもまた︑それぞれの坦由で忌避されうる﹂(水田洋訳﹃法学講義﹄(岩波文庫︑二

OO

五年)九八九九頁)︒

(2

)

アダム・スミス︑水田洋監訳︑杉山忠平訳﹃国富論﹂(第一二

巻)

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︒刊 百円 55

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においても︑羊毛輸出禁止を批判しており︑その際︑スミスは陪審制によって国民の健全な判断が保障されたと一許価する︒すなわち︑チャールズ二世による羊毛輸出禁止法により違反者は重罪を科され︑重い刑罰と財産没収に処せられ

ることになったが︑この法律の不合理さ・苛酷さに反対するスミスは︑しかしイギリス国民は賢明な判断を不したという︒つまり︑﹁同氏全体の風習はまだこの法律の立案者のそれほとには腐敗していないから︑私はこの条項が了肢でも適用されたとは聞いていない﹂(二七五貞)として︑陪審制が国民の健全な判断を保障する仕組みであることを示唆している︒

アンソロジー・陪審制論評

アダム・スミス﹃法学講義﹂︹一七六三年︺(﹀念日

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以下の引用は︑スミスの﹃法学講義﹄のうち前出のものとは

異なる版によるものであり︑一七六三年三月一一日(金)付け

の講義ノlトからの部分である︒ここでも︑陪審制を同じくイ

ギリス人の自由を保障するものととして高く評価する︒

﹁陪審員の公平性を確実なものとすることに︑イギリスの法

ほど注意深く正確を期している法はない︒彼らは当事者が住ん

3  3  601 

でいる州から選び出されなければならない︒財産が争われてい

る場合には︑その土地の隣人のなかから選ばれなければならな

0 .

a当事者は陪審員を忌避することもできる0・・︹イギ

リスの陪審制度は︺人の自由の最大の保障であるように思われ

る︒ここでは一方で︑自分の職務を一生燃山命に行う︑それゆえ

独立していて︑国王の影響下にない裁判官︑つまり法律家へと

仕込まれ︑しばしば王国における第一級の人たちの一人であり︑

したがって法を遵守すべく厳格に拘束された︑大いなる尊厳と

知識の持ち主によって審理が行われる︒そして事実の点は︑審

理さるべき当事者の同輩の陪審員によって決定される︒彼らは︑

事件の性質にしたがって隣人のなかから選ばれ︑彼らのうち一

三人までは当事者が忌避できるのである︒・イギリスのこの

陪審制度ほど︑自由

( } H Z 1 M 1 E

( 日 同 門

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を保護するために

みごとに工夫されたものはない︒人びとはまもなくそれに惚れ

込んでしまい︑ついにマグナ・カルタの一条項にまでなったの

であ

る﹂

(ロ

‑N

定混

血)

︒ 4 A

・ハミルトン﹁陪審制の検討﹂(一七八八年︺︑斉藤真︑

武則忠見訳﹃ザ・フエデラリスト﹂所収(福村出版︑一九九

八年)(と日包含門出血

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アメリカにおいても︑イギリスと同じく︑陪審制は自由の保

障であり︑自由の友であるとされるが︑ハミルトンは︑陪審制

と自由との関係は刑事事件における陪審裁判に限られるという

(以下の引用において︑漢数字は邦訳の具︑算用数字は原文の

L

(10)

602 

法 (57‑3) 

頁を一不す︒以下の他の引用文についても同じである

) 0

陪審裁判制度は﹁自由に対する保護策﹂であり︑﹁自由の友﹂

である︒﹁宙寸断的な弾劾︑犯罪容疑に対する専断的な起訴︑専断

的な判決にもとづく専断的な処罰が︑これまで司法の専制支配

の大起動力であった﹂から︑﹁自由の存立と民事訴訟における陪

審裁判とは不可欠な関係にあると短絡して認めることはできな

い﹂

(四

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ハ頁

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虫色

) 0

つまり︑﹁自由﹂の保護と直接的に関

係するのは︑刑事事件における陪審裁判だということになる︒

﹁民事訴訟における陪審裁判の長所は︑自由の維持とは無関

係 の 事 情 に も と づ い て い る よ う に 見 え る

﹂ ( 凹

O

七 頁

‑U

NAF

)

﹁各邦における民事事併の陪審制度には︑その制限と範閉と

に大きい差異がある﹂ので︑憲法において一つの邦の制度を標

準に定めることは問題が多い(四O九頁・ロ

‑N

令 円

) 0

﹁自由の安全保障は刑事事件における陪審裁判においてのみ

重大な関係があり︑この点は憲法会議の案にきわめて十分な方

法で規定されて・おり︑また︑民事事件の大部分と社会の大

部分が関心をもっている訴訟事件については︑この陪審裁判方

法は︑各邦憲法で規定されている通りであって︑憲法会議の案

により変更を加えられることも影響を受けることもなく︑これ

まで通り有効に適用される﹂(四二二頁‑HYN2

)0

七 0 

5フリードリッヒ・リスト︑小林昇訳﹃経済学の国民的体系﹄

︹一八四一年︺(岩波書庖︑A九七O年)(原著名一河口包コ各

仁印?り即日ロ

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5

)

ドイツ人のリストにとってもイギリスはお手本であった︒リ

ストは︑ローマ法の継受を拒否したイギリスは︑独自の陪審裁

判を維持することによって自由と公正を確保してきたのであ

り︑それが国力の発展につながった︑と評価する︒

﹁イギリスのはかりしれぬ生産力と大きい富とが国民の物質

的な力や伺人の利欲の結果だけによるものではなく︑民族の本

源にある︑自由と法律とへの意識︑精力︑宗教感情︑道義性が

それにあずかつており︑国の憲法︑制度︑政府と貴族との聡明

さや力などがそれにあずかつており︑地理的位置︑閣の運命い

な僕倖さえもがそれにあずかっていることは︑真実である︒

:アングロサクソン・ノルマン種族は︑他のノルマン系の諸

民族に対して︑一つだけ︑自由のための宝物を守ってきた︒そ

れはイギリス人のあらゆる自由と公正との感覚を発生させてい

るものの核心│!すなわち陪審裁判であった

0

::

・イ

タリ

アで

ロlマ法集成︹学説蒙纂︺が墓から掘り出されて︑この屍体(な

んといっても偉大な死者であり︑生きていたうちは賢人であっ

た)が大陸の諸民族に法律上の害悪をもたらしたときに︑イギ

リスの議会に貴族たちは判定を下して︑イギリスの法律は変え

てはならないfとしたo彼等はこのことによって︑将来の世

代になんという大きさの精神的な力を確保してやったことであ

ろう/この精神的な力がのちに物質的生産の諸力の上にどん

なに影響したことであったろうf

﹂(

一一

ムハ

i

一一七資

) 0

(11)

アンソロジー・陪審制論評

一方︑ドイツでは︑ロlマ法を継受したことによって︑民衆

と法律家のあいだに大きな溝が生まれ︑無力な固になってしま

った︑とリストは嘆くo

﹁ ロ 1マ法の採用は︑どんな国民よりも︑ドイツの国民を弱

化させた︒その採用は司法的諸関係に名状しがたい混乱をひき

おこしたが︑それは悪影響のなかの最悪のものではなかった︒

もっと有害なことは︑この採用が人民とは精神と言葉とのちが

う学者や法律家の世襲職業身分をつくり出したということであ

った︒彼らは人民を法律に通じない者であり未成年者であると

して取扱い︑常識の通用をことごとく拒否し︑いたるところで

公開に代えるに内密をもってし︑権力に強く依存して生きつつ

いたるところでその代弁をし︑その利益を代表し︑いたるとこ

ろで自由の根をかじったのである︒こうして︑十八世紀のはじ

めになってもまだドイツに見られるものは︑学芸と一言語との未

聞︑立法と行政と司法との未開︑農業の未開︑工業とあらゆる

大規模な貿易との衰微︑岡氏という結合体の統一と力の欠如︑

外国に対するあらゆる点での無力と弱体と蔑視の甘受とであ

る﹂

(一

四五

頁)

こうしてリストによれば︑イギリスに限らず︑ヴエネツィァ︑

ハンザ︑スペイン等今にも見られるように︑国力の発展は国民

の自由の度合いに依存しており︑したがって国の発展にとって

自由な社会制度の存夜は不可欠であるとされ︑そのなかの一つ

に陪審裁判も挙げられるのである︒

﹁イギリスの工業と勢力とのほんとうの飛躍は︑イギリスの

国民的自由がほんとうに基礎づけられたときからようやくはじ

603 

まるのであるが︑ヴェネツィア人︑ハンザ同盟人︑スペイン人︑

ポルトガル人の工業と勢力とは︑彼らの自由の衰微と時をおな

じくして衰微するのである︒個人がどんなに勤勉︑節約︑発明

的︑知的であったとしても︑自由な諸制度の欠如をそれで補う

ことはできなかった︒こうして歴史は︑個人はその生産力の大

部分を社会的な制度と状態とから汲みとるものであることを教

える﹂(一七一頁

) 0

﹁キリスト教︑一夫一婦制︑奴隷制と農奴制との廃止︑王位

の世襲︑{子母書法・印刷機・郵便・貨幣・度量衡・暦・時計の

発明︑治安警察︑自由な土地所有制度の実施︑輸送手段は︑生

産力の豊かな源泉である︒このことを確信するためには︑ヨー

ロッパの諸国の状態をアジアの諸問の状態とくらべさえすれば

よい︒思想と信教との自由が国民の生産諸力にあたえる影響を

知るためには︑イギリスの歴史を読み︑それからスペインの歴

史を読みさえすればよい︒司法の公開︑陪審裁判︑議会による

立法︑国家行政の社会的監査︑市町村︒

8 5

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巾と地方組織

問︒

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5 0

ロとの白治︑出版の自由︑公益目的のための結社は︑

良憲国家の成員にも国家権力にも︑ほかの方法ではつくり出す

ことのむずかしい大量のエネルギーと力とをあたえる︒生産力

の増加なり減少なりに多かれ少なかれ影響をあたえないような

法律とか公共の施設とかいうものは︑まず考えられない﹂(二O

三頁

) 0

6トクヴイル︑松本礼二訳﹁アメリカのデモクラシー﹄︹一八

三五年︺(第一巻・下)(岩波文庫︑二

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O五年)(原著名一

(12)

604 

法 (57‑3) 

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出∞をも参照)

陪審制を司法制度としてばかりでなく︑むしろその政治制度

としての側面に注目したのが︑トクヴイルである︒トクヴイル

は︑司法制度としての陪審制はむしろ未熟な裁判制度であると

する一方︑その政治的意味を積極的に評価するのである︒つま

り︑陪審制は人民主権の一部であると評価し︑また︑陪審員が

特定の階級からではなく︑広く一般国民から選出されることで

共和的性格を有することになるという︒さらに︑とくに民事陪

審に参加することによって︑人びとの法教育・政治教育が行わ

れ︑アメリカの民主︑王義の基礎になっているというのである︒

﹁陪審の制度は︑単純な事実問題以外は滅多に裁判にもちこ

まれることのなかった未発達な社会で生まれたものである︒人

間関係が著しく多様化し︑また知性と教養がそれを特徴 F

つけ

いる時代に︑これを文明の開けた国民の必要に適応させること

は容易な仕事ではない︒

陪審制を司法制度として見ることに限るとすれば︑思考を著

しく狭めることになろう︒なぜなら︑陪審制が訴訟のあり方に

多大な影響を及ぼすとしても︑それはなおはるかに大きな影響

を社会の運命それ自体に及ぼすからである︒陪審制は︑だから︑

なによりも一つの政治制度である︒これについて判断を下すに

は︑つねにこの見地に立たねばならない﹂(一八三一八四頁

) 0

そして︑﹁陪審の制度は︑陪審をどの階級から選ぶかによって︑

貴族的にも民主的にもなりうる︒だがそれは︑社会の実質的指

導権を為政者ではなく︑被治者ないしその一部の手に委ねると

いう点において︑ある共和的性格をつねに保持するものである﹂

(一

八四

)o

したがって︑﹁アメリカで理解されているような

陪審制度は︑普通選挙と同様に︑人民︑王権の教義の直接かっ極

端な帰結であるように思われる︒両者とも多数者を君臨させる

強力な手段である︒:::陪審制はなによりも一つの政治制度で

あり︑人民主権の一つのあり方と考えねばならぬ﹂(一八五一

八六頁

) 0

しかも︑ハミルトンとは異なり︑トクヴイルはむしろ民事事

件における陪審裁判の効用をこそ評価する︒民事における陪審

裁判が同民の法教育・権利教育の場となり︑ひいては正義感の

泌養や︑実際的センスや良識の育成に役立つものになるからで

ある︒トクヴイルは︑ここにアメリカの︑いわば草の根民主主

義の源を見るのである︒

﹁ところが︑︹陪審制が刑事事件に限られることなく︺陪審制

が民事事件にまで拡げられると︑その実態が刻守目に触れる︒

このとき陪審制はあらゆる利害に関わり︑誰もがその作用に手

を貸す︒こうしてそれは生活習慣の内部に浸透し︑人間精神を

その形式に慣れさせ︑いわば正義の観念そのものと一つになる﹂

二 八 七 頁

) 0

﹁陪審制は︑人民の判断力の育成︑理解力の増強に信じられ

ないほど役立つ︒私の見解では︑これがその最大の利点である︒

それは無償でいつでも開いている学校とみなすべきである︒陪

審員が一人一人そこに来て自分の権利を学び︑上流階級の中で

(13)

アンソロジー・陪審制論評

ももっとも学識に富み開明的なメンバーと日今交わり︑法律を

実用に即して教わる学校︑弁護士の活躍︑判事の見解︑さらに

は原告被告の熱意を見ているうちに︑法律の内容が陪審員にも

理解できるようになる︑そういう学校である︒アメリカ人の実

用的知性と政治的良識とは︑主として彼らが民事における陪審

制に長い間慣れてきたことに帰すべきだと思う﹂(一八八一八

九頁

) 0

最後にトクヴイルは︑陪審制と職業裁判官とは対立するもの

ではなく︑むしろ相互に協力し合い︑アメリカの政治生活に資

するものであるという︒

﹁陪審制は司法官の権利を損なうように見えるが︑実際には

その力を確立するのであり︑人民が裁判官の特権に部分的に与

っている国ほど︑裁判官の力の強い固にはない︒

アメリカの司法官が私の一一一日︑っ法律家精神を社会の最底辺にま

で浸透させるのは︑なによりも民事陪審制のおかげである︒

このように陪審制は︑人民を支配させるもっとも活動的な手

段であると同時に︑また人民に支配の術を教えるいちばん効果

的な手段である﹂(一九一頁

) 0

アメリカでは陪審裁判が憲法上の権利として保障されていることについては︑まず憲法修正筒条を見られたい︒アメリカ合衆国憲法修正筒条ご七九一年)(高橋和之編﹃新版・世界憲法集﹄

(岩

波文

庫︑

二 OO

七年)︑七四七六頁)によると︑

川修正第五条﹁何人も︑大陪審による告発または起訴によらなければ︑死刑に当たる罪またはその他不名誉な重罪について︑

605 

その

責を

負わ

ない

﹂︒

山修正第六条﹁すべての刑事上の訴追において︑被告人は︑犯罪が行われた州の当該地区(地区は予め法律により確定しなければならない)の公平な陪審による迅速かつ公開の審理を受ける

権利

を有

する

﹂︒

間修正第七条﹁コモン・口1上の訴訟において︑訴額が二0

ドルを超えるときは︑陪審による審理を受ける権利が保障されな

けれ

ばな

らな

い﹂

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7プライス︑松山武訳﹃近代民主政治﹄︹一九一一一年︺(第一一一

巻)

(岩

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一九

一二

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原著

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ロ自 己口 問︒ 巾印

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プライスは︑専門家たる裁判官の力量不足をむしろ陪審員が

補完しているという︒

﹁人々は連邦内の多くの地方では︑連邦裁判所及び若干の州

の裁判所を除けば︑強き人格者を期待しないやうになった︒訴

訟は高価な賛沢である︒・・陪審の理解力︑及び弁護士聞の学

識手腕は(恐らくは法学教育にかけては合衆国の如く完全な処

はあるまいて幾多の点に於て力量足らざる裁判官を助けてゐ る﹂(第三巻(四三司法部及び公共の秩序)︑五二

i

五三頁

) 0

このように守フライスは︑現代アメリカの陪審制については一

応肯定的評価を下しているが︑古代アテナイの民衆裁判につい

ては︑否定的であった︒群集心理による判定︑政治的悪用︑控

訴が認められなかったことなどがその理由である︒

﹁アテネの民主政治の特質にして近代人の自に最も奇異に映

ずるは︑司法上の事務の為めに設置せられた機関︑及び問機関

(14)

606  法 (57‑3)

を政治上の目的の為めに利用したことである︒市民は司法上の

事務を処理する為めへリアエアと称する団体に組織され︑この

ヘリアエアは裁判上の宣誓を申出た総ての人今によって形成さ

れた︒その定員は六千人と伝えられる︒ヘリアエアは全体

としても公判に当ったが︑普通十班に分かれた︒各班はデイカ

ステリ

l

(陪審︺︑班員はデイカスト︹陪審員︺と呼ばれた︒

:定員は五百人位と思はれるが︑往キにしてより少人数で︑

恐らくは二百五十人乃至二百人位であったらしい︒各人はいづ

れの班に属す可きやは抽畿によって定められた︒民事刑事のあ

らゆる事件はいづれかのディカステリーによって審理された︒

‑総てはディカストの群集の手で委ねられてゐたが︑彼等は

群集の常として感激性に富み︑その感情又は偏見に訴へる言葉

によって忽ちにして昂奮させられ︑容易に巧一吉の附附着するとこ

ろとなった︒こんな有様で法律は不充分のものとなり︑弁護者

の手練は専ら事実の善用︑否寧ろその悪用に傾注されたのであ

った

oデイカストリlの多数者の投票には控訴が出来なかった︒

ディカストリーは判決を下し︑又罰金額を決定した︒

斯かる欠陥は甚だしく私訴に於ける正義公正を損なったけれ

ども︑その政治上に粛した害毒に至っては更に甚だしきもので

あった︒:・・:告発は明かに政敵を傷つけるだけでなく︑告発者

が名声を得んとし︑或は合法的な手続の脅迫で︑強請をする手

段となった﹂(第一巻(一六占代の社会に於ける諸共和国)︑

二O

七 二

O九頁

) 0

七 四

バウンド﹁法の任務﹂︹一九四四年︺(刀O

凹 円 ︒ ︒

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戸忌怠)(末延三次訳﹁法の任務﹄(岩波書庄︑一

九五四年)︑九一│九三頁を参照)

社会学的法学を提唱したバウンドは︑これまでの論者とは異

なる別の角度から陪審裁判の利点を挙げている︒つまり︑﹁書か

れた法﹂が時代の動きに対応できなくなったとき︑陪審員の実

際的感覚によって妥当な判断が下される余地が認められ︑そう

することで法律は変更されなくとも時代や社会の変化に対応で

きるとされるのである︒

﹁結

審の

法律

無視

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‑由

主巾

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ということが︑法を︑

その実際の運用において矯正する大きな働きをしてきたのであ

った

e‑

:陪審の法律無視の範囲を拡大しようとする傾向は︑

前世紀︹一九世紀︺では︑アメリカのほとんど全部の州に明瞭

に見られる現象であったが︑そういう傾向は︑現在あるがまま

の法には社会心理学的な保証を欠いている多くの点があること

を示している︒‑陪審の権限が拡大された目的は何か︒また︑

その理由は何であるか︒・・・主に︑その目的は︑法の文言は法

典に書いてある通りのままにしておいて︑陪審に︑事件の実際

の決定にあたって︑︹法とは︺違ったル│ルを適用したり︑法以

外のことを考慮に入れる自由を与えようとするものである︒ま

た︑その理由は︑大衆の思想や行動が法典に書いてある教義や

ルlルと食い違うようになり︑そのため︑何か擬制のようなも

のを用いて︑司法権運用の過程を以前とは違ってきた公衆の感

情に順応させる一方︑それらの教義やルlルはあるがままの姿

で残しておこうとしたからである﹂(匂・呂∞念︒

(15)

ほぼ

同じ

論述

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3にも見られる︒

﹁陪審の法律無視は︑法をその実際の運用において大きく修正

するためのものである︒・・陪審の法律無視の範聞を拡大しよ

うとする傾向は︑ほとんどすべての裁判所において現われてい

るが︑それは︑修正ないしより良き調整がなされなければなら

ない多くの点がそこにはあるということを示している︒・・実

際には︑その目的は︑大部分において︑法の文一言を法典に書か

れているままにしておく一方︑陪審には実際の決定に当って異

なったル1ルの適用や法外の考慮を行うことを許すためである

││書かれた法と運用される法とのあいだに新しい断絶を生

み︑今ある断絶をさらに広げることを許すためである︒その理

由は︑大衆の考え方や行動が書かれた教義やル│ルの多くと相

違しているからである︑つまり︑法が︑つるはしを鞘っきナイ

フと呼ぶというような古き良き工夫によって︑後者︹書かれた

法︺を救済し︑自らを前者︹大衆の考え︺に適応させようとす

るからである﹂

g a g ‑

‑ 8 0

アンソロジー・陪審制論評

カント﹃人倫の形而上学﹄︹一七九七年︺(円558

口町

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出 口町 可

巴 印円

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曾 仏巾 叶

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日 間

5 8 ) (

加藤新平・三島淑臣訳﹃人倫の形而上学(法

論)﹄(中央公論社︑一九七三年)四五五四五六頁および樽井

正義・池尾恭一訳﹁人倫の形而上学﹂(岩波書居︑二

O

O二

年)

一六

O二ハ一頁も参照︒)

カントによれば︑本来的な裁判とは国民の同民による審判に 9 

607 

他ならず︑したがって︑国民だけが自分たちのなかから委任し

た陪審員によって裁判することが可能になるのである︒一方︑

裁判官も裁判所も権力行使の一態様として判決を下しているに

すぎない︒カントの場合︑この意味において︑陪審裁判のみが

本来的な裁判であるということができるだろう︒

﹁国家支配者も執政者も裁判することはできないのであって︑

ただ国家官吏としての裁判官を任命することができるだけであ

る︒国民は︑同胞である閏民によって自分自身を裁くのであり︑

彼らは国民の代表者として︑しかもそれぞれの審判のために特

別に︑自由な選挙によってそのために指名されるのである︒と

いうのも︑法的宣告(判決)なるものは︑公的正義の(配分的

正義の己邑

E

而島

田E

σZ

C︿白巾)個別的な働きであり︑それは︑

臣民に対して︑すなわち︑国民に属しており︑したがって各人

に彼のものを認定する(授与する)権力をもっていない者に対

して︑ある国家官吏(裁判官または裁判所)によってなされる

ものだからである0・裁判所は︑訴訟事件におけるこうした

事実認定をふまえて︑法律を適用し︑そして執行権を介して各

人に彼のものを与える裁判権をもっている︒したがって︑ただ

国民だけが︑自分自身によって委任された代理人(陪審員]ロミ)

を通じて︑国民に属する各人について︑間接的な仕方であるけ

れども︑裁判を行うことができるというわけである﹂

( ω

C

円台・中公版四五五四五六頁

) 0

七五

(16)

608 

法 (57‑3) 

ω 1

1ゲル︑上妻精・佐藤康邦・山旧忠彰訳﹃法の哲学﹄

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第 二 二 七 節 補 遺 ( 陪 審 裁 判 ) に お い て

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の認定は﹁法律家的素養﹂の事柄ではなく︑﹁一般的教養﹂の事

柄であるとい︑っ︒つまり︑法律専門家に限らず︑一般人にも事

実認定は可能であることになる︒

﹁法律の専門家である裁判官だけが事実の確定を行うべきで

あると考える根拠はない︒というのも︑このことは︑一般的教 養すべての事柄であって︑ただ法律家的素養にのみ限られた事

柄ではないからである︒訴訟事実の判定は︑経験的な諸事情︑

また行為についての証言ゃ︑これに類する日撃にもとづいて行 われるが︑しかしまた以下のような事実︑すなわち︑そこから 行為について推理することができ︑それが行為をありえるもの としたり︑ありえないものとしたりする事実にもとづいても行

われる︒ここで獲得されるべきは確信であって︑完全に︑水遠な

ものであるような高次の意味での真理ではない︒この確信はこ こでは主観的な信念であり︑良心であって︑この確信が裁判に おいていかなる形式をもつべきかということが問われるのであ

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第二二五節において︑ヘl

ゲルによれば︑事件に法律を適用

して判決を下す行為には二つの側面があるとする︒つまり︑一

つはいわゆる事実の認定であり︑二つにはその事件を法律に包 摂する行為である︒前者は陪審員が行い︑後者は裁判官の仕事 である︒法廷がこのような二元構造をもつのは︑訴訟の本性に

基づくものであるという︒

第二‑一五節﹁伺別の事例に法律を適用して判決を下す︑と いう仕事には︑二つの側面がある︒一つは︑たとえば︑契約等 々が存在するのか︑侵宗行為は実際になされたのか︑実行者は

だれか︑など︑事例のありさまを個別の事例に即して認識し︑

刑法の場ム円なら︑行動の実質をなす犯罪の特質をふりかえって

明確にする側面であり︑もう一つが︑事件を法律のもとに包綿い

することによって法(正義)を回復するという側面︑刑法でい えば︑刑罰を確定するという側面である︒二つの側面にかんす

る裁定は︑仕事柄のちがうものである︒

第一の仕事は結審員がおこない︑第二の仕事は裁判官がおこ

ないます︒陪審裁判は︑訴訟の第一の側面についてだけ判断し︑

そのあとは専門の裁判官が審理し︑決断します︒そうした区別 は︑訴訟そのものの本性にもとづくもので︑その結果︑法廷そ

のものが二つにわかれます︒

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参照

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