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権利 Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

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愛すべきERIAローカル職員 (異文化言い分EVEN)

著者 山田 公士

権利 Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization (IDE‑JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名 アジ研ワールド・トレンド

巻 184

ページ 50‑50

発行年 2011‑01

出版者 日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL http://doi.org/10.20561/00046266

(2)

50

アジ研ワールド・トレンド No.184 (2011. 1)

  私は二〇〇八年六月から約二年間︑インドネシ

アのジャカルタで設立間もない東アジア・アセアン経済研究センター︵ERIA︶の財務課長とし

て働く機会を得た︒今回は︑この場をお借りし︑

このときの経験︑特にERIAのローカル職員と

の仕事を通じて私なりに感じたインドネシア人の

気質や物の考え方︑また︑彼らとの接し方や印象

に残った習慣などを述べさせて頂くこととする︒

  ERIAの職員数も立ち上げ当時は西村事務総

長を含めわずか五名であり︑全員日本人であった︒

そのERIAもローカル職員や研究者などを少し

ずつ採用していき︑今や四〇名を超えるまでにな

り︑その約半数をインドネシア人であるローカル職員が占めることとなった︒私の担当である財務・

経理部門も私以外は五名全てがローカル職員であ

り︑彼らとのコミュニケーションをうまく取らな

いと︑当然業務にも支障を来すこととなる︒特に︑

彼らは全員ムスリムだったので︵他の部署にはキリスト教徒もいたが︑財務・経理部門の職員はた

またま全員ムスリムだった︶︑一日の内で数回は︑

お祈りの時間になると事務所内にあるムショラと

呼ばれる礼拝室に行くことになり︑そのたびに業 務が中断されることになった︒特に︑金曜日ともなると男性のムスリムはモスクで礼拝することになっており︑金曜日は通常よりも長めにお昼休みを取らせる様配慮する必要がある︒この点︑私の部下五名の内三名が男性であったため︑実に課員の半数以上は金曜のお昼前後二時間位は席を外さざるを得ないことになり︑その時間帯は︑たとえ急な仕事が入ってきても︑彼らに仕事を振ることができなかった︒さらに︑これがラマダンとなると約一カ月間︑日中は断食することとなり︑やはりいくら彼らにとっては毎年のことで慣れているとは言っても︑少し仕事の効率やペースが落ちているのではないかと思うことがある一方で︑空腹である彼らに対しこちらが気を遣わざるを得ないこともあった︒こういった様々なことを念頭において︑日々の業務を進める必要があった︒  ただ︑一方で︑彼らは非常にやさしい一面もあり

︑ 私が残業などしていると

︑たまにケンタッ

キー・フライド・チキンやマクドナルド・ハンバー

ガーなどを差し入れてくれた︒もちろん︑私の方

も時々ご馳走してあげていたので︑そのお礼という意味もある

のかもしれな

いが︑ささや

かながら幸福

感に浸ることができた︒ま

た︑私の帰国

が 迫 っ た 頃

︑ バ ン ド ン に

行ってみたいと言うと︑綿

密にスケ

ジュールを考

え︑行きは電 車︑帰りは車での日帰り旅行に付き合ってくれ︑

さらに歌好きの私のためにカラオケ・ボックスな

どにも誘ってくれた︒ちなみに︑インドネシア人

はなぜか五輪真弓の﹁心の友﹂が好きである︒私

たち日本人は五輪真弓というと﹁恋人よ﹂を思い出すが︑彼らにとっては日本語の歌というと五輪

真弓の﹁心の友﹂である︒彼らは日本人なら誰で

も﹁心の友﹂を知っていると錯覚しており︑こち

らが知らないと言うとなぜあれ程有名な歌を知ら

ないのかと不思議に思われてしまった︒私はこの歌は実は日本でも非常にポピュラーな歌で単に私

が知らなかっただけではないかと不安になり︑周

りの日本人に確認してみたが︑やはり他の日本人

も余りこの歌を知らないということが分かり安心

したものである︒いずれにしても︑インドネシア人はよく親日的と言われるが︑私が接したインド

ネシア人もその例外ではなかった︒

  インドネシアの習慣で面白いと思ったのは︑誕

生日にお祝いしてもらうべき本人が職場の方々に

ケーキやお菓子を配るということである︒これは

もしかしたらERIAのローカル職員だけの習慣だったのかもしれないが︑いずれにしても︑はじ

めは本人がケーキをご馳走すると聞いたときは冗

談だと思ったのだが

︑実際にケーキをご馳走に

なったときには少々驚いた︒もちろんご馳走にな

るだけではなく︑私も自分の誕生日には︑ケーキを職場の方々全員に行き渡るように購入した︒職

員数も業務委託で派遣されている受付や清掃の職

員も含めると五〇人近くに達するためその人数分

だけ用意しなければならず︑日本円で一万円位の

出費になってしまった︒でも︑毎月誰かの誕生日

があるので︑そのたびにおいしいケーキを頂くことができたので︑ラッキーだったかもしれない︒

  また︑何度か結婚式にも招待して頂いたが︑そ

の内の一度は︑女性課員の出身地であるスマトラ

やまだ こうし/アジア経済研究所 ERIA支援室主幹

2007年5月よりバンコク研究センター(現バンコク・センター)にてERIA支援事業に従事。そ の後、ジャカルタに設立されたERIAに財務課長として出向し、2010年7月帰国。

ERIAローカル・スタッフの結婚式にて(中央が筆者)。

愛すべき ERIAローカル職員

山田公士

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51 アジ研ワールド・トレンド No.184 (2011. 1)

のパダンで結婚式を挙げるということで︑現地ま

で赴いた︒披露宴はホテルなどではなく女性課員の余り広くはない実家で行われた︒それは質素で

慎ましいものではあったが︑新婦の装飾鮮やかな

民族衣装は素晴らしかった︒ただ︑残念なことに

その数カ月後にスマトラ島沖でM七・六の地震が

発生し

︑パダンを中心に多くの犠牲者が出てし

まった︒結婚式を挙げた女性課員に加えもう一人︑

男性課員もパダン出身ということで心配したのだ

が︑幸い実家の家屋に多少の被害は出たものの︑

家族は無事であった︒

  なお︑私が仕事を共にしたインドネシア人に関

して言えば︑彼らはあまり自己主張せず︑どちらかというと他人︵特に上司︶の顔色を伺いながら︑

仕事を進めるところがあった︒それはたまたま私

が日本人であり業務遂行上も明確な上下関係が存

在していたからであって︑インドネシア人同士で

は多少違うのかもしれないが︑少なくとも日本人である私に対してはそうであった︒別の表現をす

れば︑彼らは協調性を重んじるものの︑一方で上

司に対する依存心が強いのではないかと私には感

じられることも多かったが︑仕事は行い易かった

と言える︒

ERIAローカルスタッフとともに。

  何はともあれ︑私にとって︑ERIAでともに

汗を流したインドネシア人スタッフは非常に愛すべき存在であり︑帰国した今でも心の支えとなっ

ている︒

参照

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