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87 1. 先行研究 調査方法

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Academic year: 2021

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86 はじめに  移動動詞に係る格助詞「より」「を」は,「起点」および「経路」を表す用法を持つと される。例えば,(1)の「より」,(2)の「を」は,「起点」,(3)の「より」,(4)の「を」は, 「経路」を表す例である。 (1) 亦,太子,六歳ニ成給フ年,百済国ヨリ僧来テ,経論持渡レリ。 (11-1・③ 52,14) (2) 而ル間,霧嶋ヲ去テ,筑前ノ国背振ノ山ニ移リ住ス。 (12-34・③ 185,16) (3) 「我レ,此ノ間ニ妻ノ許ヘ行ム。仏ハ必ズ本ノ道ヨリゾ返給ハム,我レハ他 ノ道ヨリ行ム」 (1-18・① 90,1) (4) 其ノ寺ノ北ノ路ヲ馬ニ乗テ通ル間ニ,其ノ人聞ケバ,……。 (12-13・③ 146,11)  現代語では,三宅(1995,1996),藪崎(2012),加藤(2006),岡田(2013)などによっ て「から」(古代語の「より」に相当)と「を」の使い分けが指摘されている。現代語の 研究では,「から」と「を」が,相互に置き換え可能かどうかという観点から,その使 い分けを明らかにしようとする方法が一般的である。古代語では,内省が利かないため,

松 本 昂 大

キーワード:移動動詞,起点,経路,動詞の意味的特徴,出現・出発 要  旨  本稿では,移動動詞に係る格助詞「より」と「を」が,「起点」と「経路」のどち らを表すかを検討する。「より」「を」を承けるかどうかと,その助詞が「起点」と「経 路」のどちらを表すかという観点から,移動動詞を A ∼ D 類の 4 種に分類した。A 類の動詞は,「より」「を」を承け,「より」は「起点」と「経路」を表し,「を」は「起 点」のみを表す。B 類の動詞は「より」,C 類の動詞は「を」,D 類の動詞は「より」「を」 を承け,それらはすべて「起点」のみを表す。D 類の「出づ」は「出現」を表す場 合は「より」,「出発」を表す場合は「を」と結びつくという傾向が見られ,「出現」 は B 類,「出発」は C 類の動詞と意味的特徴が共通する。以上のことから,助詞の用 法は移動動詞の意味的特徴によって決定されるということを主張する。

古代語の移動動詞と「起点」「経路」

──今昔物語集の「より」「を」──

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同様の観点は使用できず,両者の使い分けは明確であるとは言えない。本稿では,「より」 と「を」が係る移動動詞に着目して,その使用実態を明らかにすることを目的とする。 1. 先行研究  古代語の場合,移動動詞に係る「より」「を」にはどのような用法が認められている だろうか。主な先行研究注 1では,用語の細かい差はあるが,「より」「を」には「起点」 「経過するところ」を表すという共通した用法があるということは,概ね認められてい る。この「起点」や「経過するところ」を表す語として,「起点」「離点」「出発点」「離 格」や「経路」「経過点」「通過点」「経路格」など様々な用語が用いられるが,本稿では, それぞれ「起点」,「経路」と呼ぶことにする。これは,「より」と「を」の用法を比較 するための便宜的な呼称であり,「より」と「を」によって表される「起点」および「経 路」が,完全に同一の用法であると考えることによるものではない。  万葉集の語法について述べた森本(1933)では,「を」が特定の動詞,すなわち「離 れる意味を表す動詞注 2」に係る場合にのみ,「を」に「起点」を表す用法を認めており, 動詞と助詞の結びつきに特定のパターンがあることを示している。本稿は,今昔物語集 を用いて,移動動詞と助詞の結びつきのパターンを採集し,移動動詞と助詞の結びつき の共時的な体系を明らかにし,移動動詞の意味的特徴との相関を記述することを目的と する。具体的には以下の手順で進めていく。  ・「より」「を」がどのような移動動詞と結びつくかを明らかにする。  ・ 「より」「を」がある動詞と結びついたとき,「起点」と「経路」のどちらを表すの かというパターンを明らかにする。  ・結びつきのパターンと,移動動詞の意味的特徴の相関を記述する。 2. 調査方法  調査資料は今昔物語集である。今昔物語集を資料とした理由は,格助詞が明示されや すく,調査に十分な分量を有していると考えられるためである。テキスト注 3には日本 古典文学大系(岩波書店)所収の今昔物語集(1965─1969年,第 4 刷)を用い,表記は一部, 新字体に改めた。用例の所在は(巻数-話数・〇(旧大系分冊巻数)頁,行)のように示す。 本文欠と考えられる箇所は,一字の場合は□で,二字以上の場合は□□で記した。  調査対象とするのは,「より」「を」を承けている移動動詞である。移動動詞は動作主 自身の空間的な移動を表すものに限り,他動詞,「使役」「受身」を表す助動詞が下接し た動詞,および複合動詞注 4は扱わない。また,「走る」「飛ぶ」など,移動の様態を表 すものも扱わない。さらに,読みは原則として大系に従うが,「行く」(「ゆく」「ありく」), 「上る」(「のぼる」「あがる」),「下る」(「おりる」「さがる」)などは,読みが確定できない

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ものとして,今回は対象外とした。そのような基準によって選定した移動動詞のうち, 「より」「を」を承けている例が,合計 2 例以上見られたものを調査の対象注 5とする。 調査対象となる動詞は「至る」「出づ」「御(おは)す」「返る」「来たる注 6」「越ゆ」「去る」 「過ぐ」「通る」「離る」「参る」「渡る」となった。 3. 「より」「を」の用法  調査結果を先取りすることになるが,今昔物語集における,「より」「を」と移動動詞 の結びつきのパターンをまとめると表 1 のようになる。  表 1 では,「より」「を」との結びつきのパターンによって,移動動詞を A ∼ D 類の 4種に分類している。本節では,この分類をもとに,それぞれの移動動詞に係る「より」 「を」が「起点」と「経路」のどちらを表しているか,用例を見ながら確かめていく。 3.1. A 類の動詞  A 類に属する動詞は,「返る(「帰る」も含む)」「越ゆ(「超ゆ」も含む)」「過ぐ」「通る」 「渡る」である。これらの動詞の特徴は,「より」「を」のどちらも承ける例が見られる ことと,それらに「経路」を表す例があるということである。まず,「を」を承ける例 を見ていく。用例数は,「を返る」が 2 例,「を越ゆ」が 17 例,「を過ぐ」が 60 例,「を 通る」が 41 例,「を渡る」が 110 例見られた。 (5) 「……,我レヲ縛テ将行ク。極テ暗キ道ヲ過グ,……」 (6-21・② 89,1) (6) ……京様ニ一条ヲ返ルニ,暗ク成ヌレバ,……。 (27-41・④ 537,15) (7) ……,男ノ云ク,「橋ヲ渡ラム事ノ難キニハ非ズ,……」 (27-13・④ 492,8)  (5)∼(7)は「を」が「経路」を表す例であり,上接語がそれぞれ,「暗キ道」「一条」「橋」 となっている。このように,「より」「を」が「道」や「橋」を表す語に下接する例を「経 路」の典型的な例と考える。A 類の動詞に係る「を」は,(5)∼(7)で「経路」を表す例 が認められたことから,「道」や「橋」を表す語を承けていない例においても,「経路」 表 1 今昔物語集における,「より」「を」と移動動詞の結びつき A類 B類 C類 D類 返る,越ゆ,過ぐ, 通る,渡る 至る,御す, 来たる,参る 離る,去る注 7 出づ より(起点) ○ ○ × ○ より(経路) △ × × × を (起点) × × ○ ○ を (経路) ○ × × × ○:用例が見られる ×:用例が見られない △:特別な場合にのみ用例が見られる

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を表す可能性があると推測される。実際に(8)(9)の「を」も「経路」を表しており,調 査範囲内の他の例においても「起点」を表すと解せる例はない。A 類の動詞に係る「を」 は,常に「経路」を表すと言える。 (8) 「今我レ,……,山ヲ超テ伊勢ノ國ニ行ムト思フ」 (12-31 ③ 177,2) (9) ……,北山ニ木伐ニ行テ返ケルニ,鵜ノ原ヲ通ケレバ,……。 (20-2 ④ 148,17)  次にこれらの動詞が「より」を承ける例を見ていく。「より返る」は 12 例,「より越ゆ」 は 2 例,「より過ぐ」は 4 例,「より渡る」は 22 例見られた注 8 (10) 今昔,伊勢ノ国ヨリ近江ノ国ヘ超ケル若キ男三人有ケリ。 (27-44・④ 541,13) (11) 今昔,百済国ヨリ渡レル僧有ケリ,名ヲバ義覚ト云フ。 (14-32・③ 321,12)  (10)(11)の「より」の上接語は,移動の開始地点であり,「起点」を表すものである と解せる。ここまで確認した限りでは,A 類の動詞の場合は,「を」が「経路」を,「よ り」が「起点」を表していた。しかし,このような使い分けに反する例も存在する。そ れは,「より」が「道」や「橋」を表す語に下接する例であり,この「より」は「起点」 を表すとは解せない。同様の例が「より返る」に 2 例,「より過ぐ」に 1 例,「より渡る」 に 5 例見られた。 (12) 「我レ,此ノ間ニ妻許ヘ行ム。仏ハ必ズ本ノ道ヨリゾ返給ハム,我レハ他ノ 道ヨリ行ム」ト思テ行ク程ニ,仏,空ニ其ノ心ヲ知給テ,其ノ難陁ガ行ク道 ヨリ返リ給フ程ニ,難陁,遥ニ仏ノ来給フヲ見奉テ,……。 (1-18・① 90,1∼2)  (12)の「より」2 例は,「本ノ道」「難陁ガ行ク道」に下接しており,「経路」を表す ものと解す方が自然である。現代語では,一般に,このような「より」は「経路を強調 するもの」と説明されることがあるが,具体的に,どのような場合に強調されるのだろ うか。(12)の例では,「経路」に二つの選択肢がある。二つの道のうち,どちらを通っ ていくかという点で,移動の過程に特別な関心注 9があると言える。このように,移動 の過程に特別な関心がある場合には,「より」が「経路」を表すことがある。 (13) ……,孔子,其ノ側ニ来リ給テ,童ニ語テ云ク,「汝等,速ニ道ヲ避テ我ガ 車ヲ可過シ」ト。童咲テ云ク,「未ダ不聞ズ,車ヲ避ル城ヲバ。但シ,城ヲ 去ル車ヲバ聞ク」ト。然レバ,孔子,車ヲ去テ,城ノ外ヨリ過ギ給ヒヌ。 (10-9・② 289,7) (14) ……,一人ノ聖人有テ,此ノ橋壊レテ人皆河ヨリ渡ル事ヲ テ,徃還ノ人ヲ 助ケムガ為ニ,……。 (31-2・⑤ 250,6)  (13)は「童が作った土の城を崩したその跡」と「土の城を避けた道」,(14)は「壊れ た橋」と「川」というように「経路」に選択肢が考えられる。 (15) 「其ノ時ニ,河ノ上ヨリ五百ノ車渡リキ。然レバ,水ヲ汲テ佛ニ奉ルニ不能

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ザリキ」 (4-1・① 268,10) (16) ……大河ノ海ニ流レ出タル尻也。其レガ湊ノ浪ニ被打塞テ,堤ノ樣ニ成タリ ケルニ,……其ノ堤ノ様ナル上ヨリ渡ルニ,俄ニ上ヨリ水押シ崩ス。 (16-24・③ 474,6)  (15)は,講談社学術文庫で「川上を五百の車が渡りました。そのため,水が濁り,水 を汲んで仏に差しあげることができなかったのです」とあるように,水が汚れた原因を 車が川上を渡ったことに求めている。また,(16)は,堤のようなところを渡って,水に 押し流されてしまった場面であり,そこを渡ったがために被害が生じた例である。この ように,「経路」が注目される場合には,「経路」が「より」によって示されることがある。  以上,A 類の動詞に係る「を」は「経路」のみを表し,「より」は「起点」を表すが, 移動の過程に特別な関心がある場合には「経路」を表す注 10ということを明らかにした。 3.2. B 類の動詞と C 類の動詞  B 類と C 類の動詞は,それに係る助詞が「経路」を表さないという共通点を持ちな がらも,「より」「を」のそれぞれ一方のみを承けるという際立った違いも有している。 B類の「より至る」は 2 例,「より御す」は 4 例,「より来たる」は 106 例,「より参る」 は 6 例,C 類の「を離る」は 93 例,「を去る」は 60 例見られた。これらに係る「より」 「を」は,A 類の動詞と異なり,「道」や「橋」を表す語に下接する例は見られない。こ こでは,両者の中から「より来たる」と「を離る」を代表させて,その上接語について 見ていく。 (17) 「日本ノ国ヨリ法ヲ求メムガ為ニ来レル僧也」ト答フ。 (11-11・③ 81,3) (18) 『天王寺ヨリ僧共来テ,太子ノ作リ給ヘル所ノ一巻ノ疏有リ,上宮王ノ疏ト 云フ。……』 (14-11・③ 296,7) (19) 家ヨリ人来テ,突タル男ヲバ検非違使ニ取セテケリ,……。 (26-22・④ 472,7)  「より来たる」の上接語で,最も多く見られたのは(17)(18)のような【国名,地名】 であった。これらは,空間的に幅のある場所を表すものであるが,そこを通ってきたと 表 2 「より来たる」と「を離る」の上接語注 11 来たる 【国名,地名】(32),【不定語】(26),【名詞+ノ「方」】(17), 外(屋外の意)(8),【方角】(「西方」など)(9),【屋内】(4), 空(3),遠ク(2),彼方(2),遥(2),階 離る 【抽象的な概念】(50),【人】(「妻」など)(9),【名詞+ノ「側」「辺」】(6), 【屋内】(3),悪道(4),地獄(2),地(2),人間,餓鬼,火宅,三途,郷,寺, 本山,都,【その他】(「経」「身」「火」など)(9) 括弧内は例数。例数を示していないものは孤例

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いう「経路」を表す例と解すべきものではない。(17)のように人物の出自・来歴を述べ る例や,(19)のように上接語が【屋内】の例も,「起点」と解す方が自然である。次に 多く見られた【不定語】は,調査範囲内で,「来たる」と「御す」にのみ見られたもの である。 (20) 「汝ハ何コヨリ来レル人」ト。 (4-20・① 302,12) (21) 「我レ,君ヲ誰トモ不知ネバ,極テ不審シ。何クヨリ御スルゾ。……」 (31-34・⑤ 304,12)  (20)(21)は,どこを通って来たのかという「経路」ではなく,人物がどこから来たの かという「起点」を問題にしている例である。「来たる」は意味的に,「経路」を表す助 詞を承けてもよさそう注 12であるが,すべて「起点」を表すものであった。他の B 類の 動詞「至る」や,「来たる」の尊敬語である「御す」,謙譲語である「参る注 13」も同様 である。 (22) 是ニ依テ,菩 ,天竺ヨリ震旦ニ至テ,五台山ニ尋ネ詣給タルニ,道ニ一人 ノ老翁値テ菩 ニ告テ云ク,……。 (11-7・③ 71,3) (23) 「然々ノ事ニ依テ,天王寺ヨリ参レリ」ト。 (14-11・③ 296,4)  「を離る」は,ほかの移動動詞と比べると,場所を表す名詞を承ける例が少なく,場 所以外を表す名詞も幅広く承ける。 (24) 『……,此レヲ聞テ,皆,苦ヲ離レテ楽ヲ得タリ』 (6-19・② 86,3)  (24)は「苦」という【抽象的な概念】が上接語となっている。【抽象的な概念】には, ほかに「生死」「凶害」「愛欲ノ心」などが見られる。また,次の(25)や(26)など,「家」 や「本山」などの場所を表す名詞が上接語にくる例もあるが,場所を表す名詞のなかで も,(27)のように,「地獄」「人間」(人間道の意)「餓鬼」(餓鬼道の意)など,仏教にお ける世界を表す語が上接語となるのは,「離る」と「去る」に特有のものであった。 (25) 「命ヲ助ケムガ為ニ,家ヲ離レテ流浪スル也」 (9-46・② 263,10) (26) ……,本山ヲ離レテ,京ニ出テ住ム間ニ,……。 (15-11・③ 360,13) (27) 『我レ,此ノ功徳ニ依テ,地獄ヲ離レテ忉利天ニ生ヌ』 (14-8・③ 292,1)  「を離る」は,場所だけでなく,【抽象的な概念】や【人】などの名詞も承けるという 特徴が見られる。【抽象的な概念】が多いのは,本作品の内容も関係していると思われる が,調査範囲内で【抽象的な概念】や【人】が上接語となるのは「離る」のみであった。  以上の用例から分かる通り,「離る」に係る「を」は,すべて「起点」を表している。 そもそも,「を離る」や「を去る」の場合,仮に上接語が「道」や「橋」を表す語であっ たとしても,「その道を外れる」という意味になり,「経路」と解することはできず,C 類の動詞に係る「を」が「経路」を表すことは,動詞の意味からしてあり得ない。  以上,B 類の動詞に係る「より」は「起点」を表し,C 類の動詞に係る「を」は「起 点」を表すということを明らかにした。

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3.3. D 類の動詞  D 類の動詞「出づ」は「より出づ」が 95 例,「を出づ」が 132 例見られた。 (28) ……戌時ニ龍興寺ヲ出テ,江頭ニ至テ船ニ乗ケル間,……。 (11-8・③ 72,3) (29) 〔僧が〕一部ヲ誦シ畢テ,罪障ヲ懺悔シテ,次ニ弥陀ノ念仏ヲ唱ヘテ,迴向 シテ持仏堂ヨリ出ヌ。 (15-29・③ 386,5)  (28)(29)を見ると,「より」も「を」も,「起点」を表しているということが分かる。 ここでは「出づ」がどのような移動の動作を表しているかが問題となる。『日本国語大 辞典 第二版』(小学館)の「いず」の項には,次の記述がある。 ①(ある限られた場所から)その外へ進み動いて行く。また,外のある場所に位置を 変える。 ㋑(出発点に重点がおかれ,動作性が強い場合)外へ行く。出かける。出発する。 ②(今まで隠れていたものや,なかったものなどが)表に現われる。 ㋑(さえぎられたり,おおわれたりなどして隠れていたものが)表に現われてくる。 出現する。  ①と②それぞれの代表的な用法である㋑の用語を借りると,「出づ」は「出発」と「出 現」という二種類の動作を表しうる。(28)は,「龍興寺」を出発して「江頭(大系訓 エ ノホトリ)」に到着する,という文脈であり,①の「出発」の意味で用いられている。 一方,(29)は,単に「持仏堂」という空間から出た,という文脈であり,②の「出現」 の意味で用いられている。本稿では,以下で示すア∼ウの観点を用いて,両者を分類す る。  ア 動作主が無情物 (30) 然レバ,堅キ木也ト云ヘドモ母ト思テ孝養ヲ至セバ,天地感有リ,赤血,木 ノ中ヨリ出ヅ。 (9-3・② 192,1) (31) ……僧俗ハ歯ヨリ汗出デヽ,我レニモ非ヌ心地共シテ……。 (19-18・④ 100,9)  「出発」は,「外へ行く」「出かける」と説明されているように,目的地に向かう移動 であるから,意志的に統御可能な移動に限られる。一方,「出現」は,限られた空間か らただ「表に現われてくる」移動であるから,意志的に統御不可能な移動も考えられる。 そのため,移動の動作主が無情物の場合,「出づ」は,すべて「出現」を表すものとする。  イ 出自・来歴 (32) ……,女ノ顔ヲ打見テ云ク,「何人ノ此テハ独リ御ゾ」ト。女ノ云ク,「清水 ヨリ出ヅル人也」ト。 (16-9・③ 442,13) (33) 女,僧ノ遅ク来ヲ待チ煩ヒテ,道ノ邊ニ出デ,徃還ノ人ニ尋ネ問フニ,熊野

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ヨリ出ヅル僧有リ。 (14-3・③ 278,5)  (32)は清水からここに至るまでの動作を表しているのではなく,どこから来たのかと いう来歴を説明するものであり,(33)は僧の出自を説明するものである。このように, 出自・来歴を説明する文で用いられる「出づ」は,すべて「出現」を表すものとする。  ウ-1 「出づ」の後に別の移動があるもの (34) 熊野ヨリ出デヽ(旧大系 読点)本寺ニ返ル間,紀伊ノ国ノ美奈部郡ノ海辺 ヲ行ク程ニ,日暮レヌ。然レバ,其ノ所ニ大ナル樹ノ本ニ宿ヌ。 (13-34・③ 252,5) (35) 女,更ニ此ヲ不用シテ,独家ヲ出テ,鵜足ノ郡ノ家ニ行ヌ。 (20-17・④ 179,6) (36) ……ト思テ,竊ニ城ヲ出デヽ,望夷宮ト云フ所ニ篭ヌ。 (10-1・② 271,15) (37) 守既ニ任畢テ京上シヌ。国ノ舘ヲ出デヽ(旧大系 読点)二三日許ニ成ル程ニ, 其ノ神ノ御有様,守ニ申シ上シ庁官ノ夢ニ,……。 (19-32・④ 125,15)  「出発」は目的地に向かう移動である。そのため,「出づ」という移動の後,さらに別 の場所へ向かって移動する(あるいは,移動した)ということが示される。(34)(35)には, 「返る」「行く」という動詞が現れており,動作主が「出づ」という移動の後,「本寺」「鵜 足ノ郡ノ家」へと移動したことが分かる。このように,「出づ」の後ろに,別の移動動 詞が現れるものが「出発」を表す例の典型である。また,「を出づ」には,後ろに別の 移動動詞が現れない場合でも,動作主が別の場所へ移動したことが読み取れる例があ る。(36)は「望夷宮ト云フ所ニ篭ヌ」とあり,「望夷宮ト云フ所」に移動したことが分 かる。(37)は,「二三日許ニ成ル程ニ」という表現から,「国ノ舘」を出てからも,目的 地へ向けての移動が継続していたということが窺える。動作主が「出づ」という移動を 行った後,別の場所へ移動したことが読み取れる場合は,「出づ」は「出発」を表すも のとする。  ウ-2 「出づ」の後に別の移動がないもの (38) ……,殿上ノ方ニ,俄騒ギ喤ル音シケレバ,鴨継驚テ走入タルニ,御帳ノ内 ヨリ,此聖人出タリ。鴨継,聖人ヲ捕ヘテ,……。 (20-7・④ 156,13) (39) 驚キ騒テ峒ヲ出デヽ見ルニ,向ナル木ニ一ノ鷲居テ……。 (5-14・① 369,1) (40) ……,行ヒ畢テ奄ヲ出ヅルニ,僧値テ云ク,……。 (15-27・③ 382,6) (41) 此ノ夫人ノ胎ノ中ノ御子ハ必ズ光ヲ現ゼル釋 ノ種族也。胎ヲ出給ハム時, 大ニ光明ヲ放タム。 (1-1・① 53,4)  「出現」は空間から出た時点で移動が終了しているので,その後の移動は示されない。  (38)は,「出づ」という動作の後,動作主が捕えられる場面である。動作主の意志に よる「出づ」という移動は「御帳ノ内」から現れた時点で終了している。「出現」の例

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とする。また,「を出づ」には,その後の移動が想定できない例が 3 例のみ見られた。(39) (40)は「見る」,「値ふ(会ふ)」という動作が示されているのみで,「出づ」後の移動は 想定できない。(41)は出産の場面で,やや特殊な例である。これらも,「出現」の例と する。  これらの観点で「出づ」を区別したものが表 3 である。なお,打消しや推量の助動 詞が下接したものや,「出ル事」のように,動作をひとまとめに捉えたものは,「出づ」 の後に移動を行ったかどうかの判断が解釈によるところが大きいので,対象外とした。  表 3 を見ると,「より出づ」は,「出現」を表すことが多いが,「出発」を表すことも ある。それに対し,「を出づ」は,用例数自体は多いものの,そのほとんどが「出発」 を表している。今昔物語集では,明確な分担はなされていないものの,「より出づ」は「出 現」を表し,「を出づ」は「出発」を表すという傾向が見られる。  以上,D 類の動詞に係る「より」と「を」は,動詞がどのような移動を表すのかによっ て使い分けの傾向が見られるということを指摘した。 4. 移動動詞の意味的特徴  ここまでの調査によって,今昔物語集における格助詞「より」「を」と,移動動詞の 結びつきのパターンが明らかになった。結果は先に表 1 で示した通りである。本節では, 「より」「を」の使い分けと移動動詞の意味的特徴の相関について記述する。  A 類の動詞は「経路」と結びつくことができる動詞である。「経路」は「移動の過程」 に関わる地点であるため,A 類の動詞には,「移動の過程」に焦点を当てるという意味 的特徴注 14が認められる。このことは,A 類の動詞に移動中の場面を表す例が多いとい うことからも確かめられる。 (42) 前ノ様ニ指縄ヲ以テ,強ク結付テ京様ニ一条ヲ返ルニ,暗ク成ヌレバ,数ノ 従者共ヲ以テ,或ハ前ニ火ヲ燃サセ,……。 (27-41・④ 537,15) (43) 其ノ間ニ数ノ兵,奈良坂ヲ越ル時ニ,「西ノ谷ニ盗人,人殺ス」ト云ケルヲ 聞テ, ヲ番テ十余騎許峯ニ走リ登テ見レバ,……。 (19-36・④ 131,17)  (42)は,「一条を帰っている間に,暗くなったので」,(43)は「奈良坂を越えている間 に声を聞いて」というように,移動中に,事態が起こる,あるいは変化する場面を表し 表 3 「出づ」の動作の意味分類 出現 出発 対象外 計 ア 無情物 イ 出自 ウ-2 後の移動なし ウ-1 後の移動あり より 15 2 52 18 8 95 を 3 118 11 132

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ている。調査対象となった A 類の動詞が移動中の場面を表す例は,「返る」14 例中に 3 例,「越ゆ」19 例中に 3 例,「過ぐ」64 例中に 24 例,「通る」41 例中に 24 例,「渡る」 132例中に 20 例見られた。それに対して,B 類の動詞は「来たる」106 例中に 1 例のみ, D類の動詞は「出づ」227 例中に 2 例のみで,C 類の動詞には見られなかった。B,C, D類の動詞に移動を表す例が僅か注 15しか見られないのは,これらの動詞が移動の過程 に焦点を当てるものではないからである。移動の過程に焦点を当てた A 類の動詞は,「起 点」標示には「より」,「経路」標示には「を」と「より」が用いられる。  では,B,C,D 類の動詞には,どのような意味的特徴があるのだろうか。これらは「起 点」の標示方法が異なり,特に D 類の動詞は,「より」と「を」の両方を承けるため, B類と C 類の中間的なもののようにも見える。以下では,「着点」との結びつきも交えて 検討を進める。「着点」を表す助詞「に」と共起する例数を示したものが表 4 である注 16  まず,B 類と D 類の動詞は,「着点」を表す「に」と共起する例が,他の助詞と共起 する例よりも多いという点で共通している。これは,B 類,D 類の動詞と「着点」との 結びつきが強いということを意味する。では,「起点」との結びつきはどうであろうか。 (44) 明徳,利徳ガ出タルヲ不知ズシテ利徳ガ家ニ来レリ。 (10-40・② 339,16) (45) 今昔,天竺ニ 葉尊者,里ニ出デヽ(旧大系 読点)乞食シ給ヒケリ。 (2-6・① 132,3)  (44)(45)はともに,「起点」が明示されず,「着点」のみ明示された例である。(45)の 「出づ」の移動は,「着点」である「里」に着いた時点で終了しているので,この「出づ」 は「出現」を表している。(44)(45)からは,移動の「起点」は読み取れないが,「来たる」 と「出づ」の移動の内容は十分に表されている。つまり,B 類の動詞と「出現」を表す 「出づ」は,「着点」との結びつきが強く,「起点」との結びつきが弱いと言える。  このような結びつきの強弱から,これらの動詞には,「移動完了後の存在」に焦点を 当てるという意味的特徴が認められる。B 類の動詞は,「動作主が現場に到着して,そ の場に存在する」ということを表し,「出づ」の「出現」は,「隠れていたものが現われ てくる」ということを表す。両者とも,移動の結果,動作主が以前とは異なる場所に「存 在する」ことに焦点を当てるものである。移動完了後の存在に焦点を当てた B 類の動 詞は「起点」標示に「より」が用いられ,それに共通する意味的特徴が認められる「出 表 4 「着点」を表す「に」との共起 に より を 来たる(B 類) 209例 110例 なし 出づ (D 類) 166例 95例 132例 離る (C 類) なし なし 93例

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現」を表す「出づ」にも同様の傾向が見られる。  一方,C 類の動詞には,「着点」を表す「に」と共起する例注 17は,1 例も見られない。 さらに,C 類の動詞は,「起点」が明示(あるいは含意)されなければ,その移動の内容 を十分に表すことができない。つまり,「着点」との結びつきが弱く,「起点」との結び つきが強い動詞であると言える。このことから,C 類の動詞には,動作主が存在した場 所から「いなくなる」ことに焦点を当てるという意味的特徴が認められる。この点では, C類の動詞は,前述の「出づ」と性質を異にしていると考えられる。しかし,「起点」 標示のほとんどを「を」が担う,「出発」を表す例に限って見ると,共通点が見えてくる。  まず,「出発」を表す「出づ」には,「A を B に出づ」という形は見られず,「出づ」 自体が「着点」を承けることはない。加えて,「出づ」は,「A を出発して,B に行く」 という移動の「A を出発して」の部分の表現を担っており,「起点」が明示(あるいは含 意)されなければ,移動の内容は十分に表されない。これは,「出発」を表す「出づ」も, 動作主が「いなくなること」に焦点を当てる動詞であるということに通ずる。動作主が いなくなることに焦点を当てた C 類の動詞は,「起点」標示に「を」が用いられ,それ に共通する意味的特徴が認められる「出発」を表す「出づ」にも同様の傾向が見られる。  このような事情から考えると,「出づ」の「を」による「起点」標示は,C 類のそれ に引かれたということも考えられるが,それを明らかにするためには無助詞の場合も含 めた通時的な調査が必要となるので,可能性を指摘するに留めておく。  最後に,「より出づ」と「を出づ」という,二つの「起点」標示がどのように行われて きたか,その通時的な流れを見ていく。「より出づ」と「を出づ」に関しては鍵本(1993) によって上代から中世鎌倉期までを対象とした通時的な研究がなされている。それによ ると,散文では,「平安末期から中世にかけて「を」が多く用いられるようになった」 という指摘があり,それ以前は「より」が用いられることが多かったということが示さ れている。つまり,「より出づ」が先にあった形で,「を出づ」は後発のものであるとい うことである。以上の指摘と,「出現」「出発」という用法の区別を併せて検討するため, 国立国語研究所(2016)『日本語歴史コーパス』https://chunagon.ninjal.ac.jp/(2016 年 4 月 5 日確認)を用いて,他作品における「より出づ」「を出づ」の用例を調査注 18した。  時代ごとに見ていくと,平安時代初中期は,「より出づ」が優勢であり,「出現」「出発」 という二つの移動動作を表していたことが分かる。「を出づ」は,「出発」を表す例に限 られ,その用例数も少ない。鎌倉時代になると,用例数は,依然「より出づ」が多いが, その用例は「出現」の場合に限られており,反対に,「を出づ」が「出現」と「出発」 の両方を表すようになっていったということが読み取れる。 (46) 院より,「あなかしこ,よくつつしみて,夜の御殿を出でさせたまはで,し ばし」と申させたまひしかば,……。 (讃岐内侍日記 457,12) (47) ある坊見給ふに,八九十ばかりなる老僧の,ただ二人ゐて囲碁を打つ。……

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達磨件の坊を出でて,他の僧に問ふに,答へて曰く,……。 (宇治拾遺物語 361,5)  (46)は,病気の堀河天皇が白河院に,夜の御殿を出てはいけないと言われる場面,(47) は,達磨が,二人の老僧が碁を打っている坊を出て,ほかの僧にその仔細を尋ねるとい う場面である。ともに「を出づ」が「出現」を表している例である。  このように,用法ごとに用例数の変遷を追っていくと,「を出づ」は,その移動が「出 発」であることを明示するために用いられていたが,のちに「出現」をも表すようにな り,「より」の領域を侵食していったという通時的変化が窺える。本稿で調査した今昔 物語集は,平安時代末期の言語実態を反映した作品とされており,その段階では,「よ り出づ」は,「出現」と「出発」の両方を表しつつも,その用例は「出現」に偏っており, 「を出づ」は,ほとんどが「出発」を表し,「出現」の例は僅かであるという状況であっ た。これは,「を出づ」の用法の拡大の一端が窺える分布と言える。 おわりに  本稿は,今昔物語集を資料として,格助詞「より」と「を」の使い分けの記述を試み た。その結果,「より」「を」が「起点」「経路」のどちらを表すかは動詞の意味的特徴 によって決まるということが明らかになった。以下,グループごとに結果をまとめる。 ・A 類の動詞(返る,越ゆ,過ぐ,通る,渡る)は,「より」と「を」を承ける,移動 の過程に焦点を当てた動詞である。「より」は,「起点」を表すが,移動の過程に特別 な関心がある場合には,「経路」を表すこともある。「を」は,「経路」を表す。 表 5 「より出づ」「を出づ」の用法ごとの用例数 平  安 土佐 平中 蜻蛉 落窪 枕 源氏 和泉 紫式部 堤中納言 より(出現) 1 1 2 6 2 より(出発) 3 1 4 1 1 を (出現) を (出発) 1 2 1 平  安 鎌  倉 室 町 更科 大鏡 讃岐内侍 宇治拾遺 十訓抄 虎明本狂言集 より(出現) 10 8 11 より(出発) 4 を (出現) 1 2 2 1 を (出発) 3 4 3 1

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・B 類の動詞(至る,御す,来たる,参る)は,「より」のみを承ける,移動完了後の 存在に焦点を当てた動詞である。「より」は,「起点」を表す。 ・C 類の動詞(離る,去る)は,「を」のみを承ける,動作主がいなくなることに焦点 を当てた動詞である。「を」は,「起点」を表す。上接語は必ずしも「場所」を表す語 でなくてもよい。 ・D 類の動詞(出づ)は,「より」と「を」を承ける動詞であり,移動完了後の存在 に焦点を当てた「出現」と動作主がいなくなることに焦点を当てた「出発」の二つの 移動を表す。「起点」の標示には本来的に「より」を用いるが,特に,「出発」の移動 であることを明示する場合に「を」が用いられていた。  以上,移動動詞と格助詞の結びつきの共時的なパターンを明らかにし,各グループの 動詞の意味的特徴を記述したことで,移動動詞の意味的特徴と格助詞の使い分けに相関 が認められた。本稿で得られた動詞のグループ分けは,今回の調査範囲外の動詞の意味 的特徴や助詞の使い分けを記述することにも応用でき,他の時代,他の資料における助 詞の使用実態が明らかになることも見込まれる。また,動詞と格助詞との結びつきを論 じる際に,動詞を用法ごとに区別することは,現代語研究においても必要な観点である と言える。今後は,4 節でも述べたように,無助詞も含めた研究を行い,さらに多くの 移動動詞と格助詞の結びつきに関する,通時的な変遷を明らかにすることが課題であ る。 注 1 山田(1952),湯沢(1959),橋本(1969),松尾(1969),松村(1969)。 注 2 森本(1933)は「離ル」「別ル」「出ル」の三語を挙げている。 注 3 先行調査には,国文学研究資料館の「大系本文(日本古典文学・噺本)データベース」 (http://base3.nijl.ac.jp/)を用いた。なお,用例は,先行調査後,通読によって採集した。 注 4 「給ふ」など,敬譲の意を表す補助動詞が下接したものは,調査対象に含める。 注 5 なお,①のように,「此ヨリ」「其ヨリ」など,代名詞に「より」が下接した場合は,時 間的な起点を表す場合があるので,代名詞が確実に場所を表していることが分かる例以外 は調査対象外としている。また,②のように,「より」に方位や位置(「上」「下」など)を 表す名詞が下接した場合は,「より」が移動の起点ではなく,その方位や位置を指し示すた めの基準点を表しているとも考えられるので,調査対象外としている。 ①其ヨリナム家ニ返ニケル。 (28-16・⑤ 81,1) ②御子ノ日ノ逍遙ノ為ニ,……,堀川ノ院ヨリ出サセ給テ,二条ヨリ西ヘ大宮マデ, 大宮ヨリ上ニ御マシケルニ,物見車所无ク立重タリ。 (28-3・⑤ 56,14)  また,「より」「を」の上接語に,「門」や「戸」などの,空間と空間の境界を表す語が立 つような場合は,「起点」とも「経路」とも捉えることができてしまうので,調査対象外と した。 注 6 今昔物語集の「来」は,小池(1981)滋野(1985,1996)などで訓じ方が検討されている。

(14)

明確な訓じ分けの基準は設定されるに至っていないが,小池(1981)は「(天竺,震旦部の みならず 筆者注)本朝部においても,「来たる」が基本的語彙であ」ると指摘している。 本稿では,調査範囲内に,送り仮名によって四段「キタル」の確例と判断できる例が 30 例 見られたこと,カ変「来」の確例が見られなかったことから,「来」を四段「キタル」と考 え,論を進める。 注 7 「去る」に係る「より」「を」には,「起点」や「経路」とは異なる性質のものが存在する。 ③其伯父ガ家ハ五町許ヲ去タリケルニ,人ニモ不見シテ,……。 (26-5・④ 420,15) ④……,此社ヨリ郷ノ家村ハ遠ク去タレバ,……。 (26-8・④ 437,1)  ③④の「去る」は,数量詞や距離を表す語と結びつき,主格に立つものが,ある地点か らどれほど離れて存在するかを表している。このような「去る」は,移動の動作を表さな い特殊な用法であるため,本稿では除外した。「より去る」は,調査範囲に現れた 9 例すべ てが特殊な用法であったため,「去る」は C 類の動詞とした。また,特殊な「を去る」は, 16例見られた。 注 8 「より通る」には「起点」を表す例は見られない。しかし,移動してくる方向を表す例「西 ノ方ヨリ人多ク通ル」(16-33・③ 492,10)があることから,他の A 類の動詞と同様の性 質を有していると言える。 注 9 小柳(2011)は,ヨリ類(ヨ・ユリ・ユを含む)の,「始発地点」から「経由地点」へと いう意味内容の拡張について,以下のように述べている。 始発地点には,ある地点を起点と定める位点性と,到達地点を指向する方向性がある。 これが,始発地点よりも到達地点までの過程に関心が移ると,方向性を保ったまま位 点性(起点性)が退き,移動過程上の注目すべき地点が際立つようになる。それが経 由地点だと考えられる。(P.7) 注 10 そのほか,(16)の類例として,「此ノ河ヨリ一人ノ男渡ルニ,水ニ レテ流レテ没ミ浮 ミ下ダル,既ニ死ナムトス」(5-18・① 375,14)のように,河を渡ろうとして溺れ死んで しまった場面がある。また,「長五寸許ナル五位共ノ……枕上ヨリ渡ケルヲ」(27-30 ④ 518,12)は,身の丈五寸ほどの霊が通過していく場面であり,特殊な存在による特殊な場 所の移動と言えよう。 注 11 名詞は,実際の用例を挙げる場合は「 」で,名詞を意味,または形態的な共通点から ひとまとめに捉える場合は【 】で示す。(例:【屋内】「家」「堂」,【名詞+ノ「傍」】「児ノ 傍」) 注 12 現代語の例であるが,岡田(2013)は,「くる」に「名詞+をとの結合において用いら れる場合がある」(P.118)として,以下のような例を挙げている。 [148]翌日は日曜である。三四郎は午飯を澄ましてすぐ西片町へ来た。新調の制服を 着て,光った靴を穿いている。静かな横町を 広田先生の前まで来ると,人声がする。 (『三四郎』115)  岡田(2013)は,「くるは,名詞+をとの結合において用いられることは決して多くな」 いとしながらも,その結合を認めている。これは「を」について述べたものであるが,「経 路」を表す用法自体は「より」にも確認できたため,B 類の動詞に係る「より」が「起点」 と「経路」のどちらを表しているかを検討する必要がある。 注 13 調査対象の「参る」は 5 例が(23)のような「来たる」の謙譲語,以下の 1 例が「行く」 の謙譲語である。

(15)

⑤「我レ, 木ノ山ヨリ金峯ノ山ニ参ル□□道ト為ム」ト。 (11-3・③ 62,13) 注 14 薮崎(2012)では,「述語の表す移動動作に,動作過程が有るか無いか」(P.26)を判別 するため,移動性述語と,「過程の様態」「時間限定」の表現との共起に関するテストを行っ ている。 ⑥{道に迷いながら/脇目もふらず/10 分で}帰った。   (筆者注 動作過程あり) ⑦{*道に迷いながら/ *脇目もふらず/ #10 分で}出発した。 (筆者注 動作過程なし)  薮崎(2012)では,「動作過程」の有無を上記のテストによって判別しており,本稿の「移 動の過程に焦点を当てるという意味的特徴」とは認定の方法が異なるため,両者を区別し て考える。 注 15 移動中の場面を表す「出づ」「来たる」の例を示す。 ⑧……,暁ニ御堂ヨリ出ル間,六波羅ノ程ヲ下ルニ,極メテ苦シクテ,愛宕ノ大門ニ 寄テ息ミ居タリ。 (16-9・③ 442,9) ⑨其時ニ城ノ中ニ一ノ婆羅門有テ,外ヨリ来ル間,佛ヲ見奉ルニ,佛,光明ヲ放テ魏々 トシテ在マス。 (1-36・① 118,6) 注 16 移動動詞と着点を表す「に」との共起の調査には,国文学研究資料館の「大系本文(日 本古典文学・噺本)データベース」を用いた。検索文字列は「ニ来」,「ニ離」,「ニ出」な どである。本稿では,検索によって得た用例から,複合動詞の例や,上接語が場所を表す 名詞でない例などを除いた用例数を示している。 注 17 「離る」,「去る」は,「着点」を表す「に」を承けることはないが,「に」自体を承ける ことはある。⑩は,「起点」を表す「に」,⑪は,「方向」を表す「に」である。 ⑩……,大中臣ノ□□トテ御ケルモ,参テ共ニ蹴給ケルニ,御子ノ鞠蹴給ケル御沓ノ, 御足ニ離テ上ケルヲ,入鹿誇タル心ニテ,宮ノ御事ヲ何トモ不思シテ テ,……。 (22-1・④ 226,9) ⑪今昔,延喜ノ御代ニ,仁寿殿ノ台代ノ御燈油ヲ,夜半許ニ物来テ取テ,南殿様ニ去 ル事毎夜ニ有ル比有ケリ。 (27-10・④ 488,10)  「起点」を表す「に」については,中西(1996),工藤(1978)などに記述が見られるが, その意味用法は,まだ十分に明らかにされていない。また,「出づ」も「出発」の場合,「に」 はほかの動詞と結びつくことが多いため,「出づ」自体との結びつきはそれほど多くない。 注 18 検索対象「平安・鎌倉・室町」キー「語彙素読み「イデル」・「デル」」前方共起「キー から 10 語以内,語彙素:「を」「より」」で検索。調査対象とする基準は,本稿 2 節に準じ たほか,出家を表す慣用的な例,「歌,狂言集の韻文,注釈,ト書き」の例を調査対象から 除外した。 参考文献 岡田幸彦(2013)『語の意味と文法形式』笠間書院 鍵本有理(1993)「「∼より出づ」と「∼を出づ」」『国文学』70(関西大学国文学会) 加藤重広(2003)『日本語修飾構造の語用論的研究』ひつじ書房 加藤重広(2006)「対称格と場所格の連続性」『北海道大学文学研究科紀要』118,加藤(2013) 所収 加藤重広(2013)『日本語統語特性論』北海道大学出版会 金水敏(1993)「古典語の「ヲ」について」仁田義雄 編『日本語の格をめぐって』くろしお出版,

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工藤力男(1978)「格助詞と動詞との相関についての通時的考察」『岐阜大学教育学部研究報告・ 人文科学』26 小池清治(1981)「今昔物語集本朝部「来」字の訓法──キタルとク──」『馬淵和夫博士退官記念 国語学論集』大修館書店 此島正年(1973)『国語助詞の研究 助詞史素描』桜楓社(初版は(1966)) 小柳智一(2011)「古代の助詞ヨリ類──場所格の格助詞と第 1 種副助詞──」青木博史編『日本語文 法の歴史と変化』くろしお出版 近藤泰弘(2000)『日本語記述文法の理論』ひつじ書房 滋野雅民(1985)「今昔物語集における「来」の用法と訓法について──来レリ・来タリを中心とし て──」『東京成徳短期大学紀要』18 滋野雅民(1996)「「つ」「ぬ」の承接からみた『今昔物語集』の「来」の訓じ方」『山形大学紀 要(人文科学)』13-3 中西宇一(1996)『古代語文法論 助動詞篇』和泉書院 橋本進吉(1969)『助詞・助動詞の研究』岩波書店 松尾拾(1969)「を〈古典語・現代語〉」松村明 編『古典語現代語 助詞助動詞詳説』學燈社 松村明(1969)「より〈古典語・現代語〉」松村明 編『古典語現代語 助詞助動詞詳説』學燈社 三宅知宏(1995)「ヲとカラ──起点の格標示──」宮島達夫・仁田義雄編『日本語類義表現の文 法(上)』くろしお出版 三宅知宏(1996)「日本語の移動動詞の対格標示について」『言語研究』110,三宅(2011)所収 三宅知宏(2011)『日本語研究のインターフェイス』くろしお出版 森本治吉(1933)「萬葉集品詞概説 1 代名詞・助詞・接頭語・接尾語」 佐佐木信綱・藤村作・ 吉澤義則 監修『萬葉集講座 第三卷 言語研究篇』春陽堂 藪崎淳子(2012)「位置変化の始発点を示すカラとヲ」『表現研究』95 山田孝雄(1952)『平安朝文法史』宝文館出版(初版は(1913)) 湯沢幸吉郎(1959)『文語文法詳説』右文書院 [付記] 本稿は,筆者が 2015 年 1 月に國學院大學大学院文学研究科に提出した未刊の修士論文 を改訂したものです。編集委員会および査読者の皆さまに多くの貴重なご意見を賜りました。 記して厚く感謝申し上げます。 ──山野日本語学校専任講師── (2016 年 1 月 6 日 第 1 稿受理) (2016 年 7 月 16 日 最終稿受理)

(17)

102

Keywords: motion verbs, start point, route, semantic features of verbs,

appear-ance and departure

This paper investigates two Japanese case-marking particles—yori and wo—

that follow motion verbs in Konjaku Monogatarish

ū, an anthology of Japanese

folk tales. Specifically, it focuses on whether the particles signify a start point

or route of the motion. Motion verbs were categorized into four groups (A to

D) according to the particles followed and their semantic significations. For

verbs in Group A, yori signifies both the start point and the route, whereas wo

represents only the former. Particles in all other groups signify only the start

point, whereas the verbs in Group B connect with yori, those in Group C with

wo, and those in Group D with both particles. Interestingly, the verb izu in

Group D exhibits a tendency to take the particle yori when it means

appear-ance, whereas the verb connects with the particle wo when signifying departure.

Furthermore, the meanings of appearance and departure correspond with the

semantic features of the verbs in Group B and C, respectively. Consequently,

this paper proposes that the functions of the particles are determined

accord-ing to the semantic features of motion verbs.

M

ATSUMOTO

Kōdai

Motion Verbs Determining the Functions of Particles’

“Start Point” or “Route” in Classical Japanese:

参照

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