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教育の機会(2)

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(1)

Educationa1 0pportunity(2)

教育社会学研究室 後 本 稿のね らいは

,

教育機会の創 出と変動を

,

政治 との関連 において 把握す る 努力のための予備 的考察 を行 な うことにある。前 稿

(1)に

おいて

,教

育体制論を概 略構造化 してみた。 それは

,ほ

と ん ど教育機会を契機 と した

,機

会設定 と利用 との交 互作用の上 に成立 していた。教育体制が

,そ

れ 自体 で独 自な機能 と領域 を持つ ことは認 め られ よ う。 しか し

,教

育 の組織 が

,社

会 的行為 の組織 で あ る限 り

,教

育体制外か らの影響 を うけないはずはない。教育体制の根幹 をなす教育政策が

,い

か に策定 され

,い

か に体系化 され

,制

度化 され て ゆ くかは

,教

育 の 機 会 の本質 にかかわるPrHE題で あ る。教育政策 は

,昨

今 経済計画 に刺 激 され

,教

育 経 済 学的発想を深めている。

(2)し

か し

,政

策 は

,む

しろ経済 との きづ なよ り

,政

治 との連 関が強 いで あろ う。経済的な観点 は

,経

済 的価値 の生 産 を注視す ることによって考 え られている。 そ こには

,経

済的価値 の分配 とい う考慮 は合 まれてい ない。我 々の生存は

,そ

う した経済的価値の分配 にあづか ることによって維持 されている。経済的 価値 の分配様式を

,あ

る イデ オ ロギ ーに転移 させ

,そ

れ に期待 と確信を抱かせ る操作 は

,単

に経済 との関係 における企業者 サ ー ビスとい う発想 では説 明で きない。教育の機会創 出を考慮す る場合, 経済 とは別 に政治 との関連を導入 しなけれ ばな らない。何故 な ら

,政

治 は

,価

値 の分配 の様式 を決 定 す る機能であると考 えたか らである。 この意味で

,本

稿 では

,教

育 と政 治 との関連をかな りの程度論及す る予定 で あった。 しか し

,十

分 の時間がなか った ことで

,問

題 提起 にとどまって しまった。 1 マクロな形での教育体制が

,総

体社会の政治の動向と無関係であるはずはない。政治は

,一

定社 会の目標達成 に必要な用具の可処分性を操作することであると言われ る。

(3)こ

の ことは

,そ

の社 会の変動を

,あ

る種の意志決定を通 して統制することを意味する。従 って

,社

会構造の再編成

,即

ち変勃を先 どりする機能である。 もちろん

,変

動は経済 (用具の開発 と生産

)の

基盤の上に成立す る。[政治の機能が

,

現実的には経済に雁行するものと しても

,

一定の意志決定を 通す ことによっ て

,

経済的価値は成員の生存に変動をあたえることか ら

,

経済に対する 先行条件 となる。 経済的 価値は

,政

治の機能を通 して

,そ

の価値が実質化す るのである。現代社会の変容は

,用

具の発達の 急速性に依拠 して 顕著なものがある。 政治 (変軸の計画

)は ,

①一定の規準によって 用具の価値 判断を行ない

,②

その用具の有用性の分配の様式化を企図することにある。 このことによって

,新

たに生産 された価値 とその分配は秩序立て られ

,変

動は

,現

社会構造内で ミクロに消化 され るので ある。 とすれば

,政

治過程は

,用

具の価値判断と有用性の分配を

,社

会成員 との関係において様式 也 誠 藤

(2)

後 藤 誠 也 :教 育 の 機 会 (2) 化 し

,生

存 と秩序維持 の イデ オ ロギ ー と して成 員 に潜在 化 させ る過程 と言 えよ う。同一の イデ オ ロ ギ ーの下 における変動 は

,社

会全体 か らは ミクロな ものである。 それは

,用

具の有用性 の分配 の様 式 に

,若

子 の変動 を加 え るもので あ るか ら。従 って

,変

動 の計画 は

,同

時 に分配 の統制を も意 味す る。政治状況は常 に流動 して も

,な

お ある種 の安定 が保たれ るのは この故である。 で あれば こそ

,新

たな用具の生産 に対す る資本配分 の意志決定 とその 生 産 に 対す る保証 によ っ て

,政

治 と経済 との交換過程 が成立す る。 その価 喧判 断 と分配 における利用の濫用を調整す る統合 化 (行 政 と司法

)機

関 との交換過程 も成立す る。政 治の機能 は

,総

体社 会の成 員 の生存条件 の 向上 を保証す る意志決定で あることは もちろんで ある。 それは

,用

具 の価 値判 断その ものが

,成

員 の生 存 の合法性 と成員の生存要求を基盤 とす るが故 であ る。成員が直接 に生存 に関 して交換過程を成立 させ るのは

,経

済 との間 においてで あ る。 しか し

,一

般 的 に

,あ

る種 の様式 に従 って

,成

員個 々と 経済 との交換過程 は構造化 されている。職業 ない し職種 がその様式の指標である。成員はその様式 に対す る依存 と不満を内に合みなが ら

,社

会 の中の位置づ けを確認 し

,そ

れを基盤 に生存活動を維 持 して い る。政治は

,マ

ク ロな立場での様式の構造化 を規定す るもので ある。 文化 の相異 によ る階級

,階

層 の概念 は

,本

質 的には

,用

,価

値へ の接近

,価

値分配 におけ る力 関係 の差異 に基 づ く。同時 に

,価

値分配 が一定 の層序 に従 って構造化 され

,統

制 され てい る事実を 示す。文化の相異 は

,用

具 の個人 的 な蓄積

,分

配 にあづか る力 の様式 が

,層

序 的に成 員 に溶在化 し た結果 の現象で ある。文化即ち生存様式は

,用

,価

値へ の接触 と獲得 に対す る社会 的許容 の度合 の中に位置づけ られ ることによって

,成

員 は

,

自己の生存 にあ る期待 と要求を持つ ことが可能 とな る。 BCllは言 う。「個人的 諸要望の実現 され る機会 と分配上 の正義の原則が存在す る社会 において, 個人 が あ る位置を 占めてい るのだと感 じるときにのみ

,民

主主義 は可能で ある。 この ことは

,高

度 の社会移動

,機

会 均等 と くに教育上 の機会均等

,生

活水 準の上昇 な らびに所得の公正 な分配へ の期 待を意味す る」 と。① ここで言われ る期待は

,個

々の生存権 の主張 に対す る許容を層序化す るこ とが可能 な ことを示唆す るものだと理解で きないだろ うか。 そ して

,生

存 の安定を主張す る個 に対 し

,価

値 の分配上 の権力の拡大を

,主

体 的 に幻想化 させ

,心

理 的に安定 させ る地盤で もあろ う。 こ の よ うな層序化 と安定化 は

,直

接 に政治過程 において な され よ う。 しか し

,そ

の場合で も

,た

とえ 一貫 した論理構造を持つ イデ オ ロギーを提示 して も

,な

,特

殊 のバ イアスがかか って くる。現代 社会 においては

,権

力へ の接近様式および権力保持 それ 自身の本質の二つの変化 が進行 中で あ ると 言 われ る。 このよ うな状況の中で

,特

殊 のバ イアスのかか るイデ オ ロギ ーは

,成

員すべ て か らの授 権 を獲得 で きない。十分納得 しうるイデ オ ロギ ーを用意す ることは

,現

代 におけ る政治 の要諦 であ る。問接的に権力分配の統制を行 ないえ

,

しか もそれ には矛盾 と疑間を感 じえない象徴が必要 なの で ある。 それ は

,政

治 とは中立の形 で

,

しか も実質 的 には政治過程を代替す る機能でなけれ ばな ら ない。 それは誰 もが納得 し

,そ

れ に埋没 し

,

しか も政治 とは一見無縁の ものでなければな らない。 この よ うな論理の もとに

,教

育 とい う作用が

,政

治 と成 員 の生存 との間 に介在 しくて る緒 が あった のだ し

,教

育 が政治 に代 って

,間

接 的 に価値 の分配 の社会的統制者 と しての役割を果す契機 もあ っ たのだ と言 えよ う。① 総体社会の政治 と社会成員の生存 との関係 が遊離 し

,政

治 とい う統合的な意志決定機能 が

,個

人 の生存 と独立 に作用す る要 因の究 明は

,ふ

たた び個人 の問題 に帰着す るか も知れない。政治 は

,成

員個人 の分配参加への主張

,要

求 の総 和で あ る。個人 が どのよ うな イデ オ ロギーを 自己の主張 に合 158

(3)

う もの と して受容す るかは

,個

人 の問題 にかか るか らであ る。 教 育体制は

,社

会 の変動 に関す る政 治的意志決定

,権

力 によ る報酬分配の統制 とその対象 との間 に介在す ることによって

,社

会 的

,経

済 的価値 の分配 の実質 的な窓 口であった と言 えよ う。 その意 味 で,教育 の機会 は ,分配 での取 り分 の ランクア ップを可能 にす る象徴であった と言 えよう。 それ故 に

,教

育 の機会 は

,利

用 の要求 に先行 して設定 され る性格を持つ。従 って

,政

治的 な意 味での変動 の 中の対象 に直接 に接触す るもので あった。 このよ うな教育の生産 に対 し

,政

治の先行を否認す る ことはで きない。教育 とい う行為 が

,社

会 的 な生 産 の過程 で ある以上

,政

治 との関連は重要 な問題 で ある。 同時 に政治の教育 に対 す る関与を

,積

極 的 に是認 して ゆかね ばな らない。政治の原理が, 現 状維持 的で あれ

,現

状 改革 的で あれ

,そ

れ 自体

,用

,価

値 分配 に関す る権 力様式の層化をね ら う限 り

,そ

の正統性を成員 によ って認容 されねばな らないか らで ある。 教育体 制 それ 自体 で

,内

発 的に変動を企図 し

,実

行 し

,統

制 す る ことは不可能である。経済 に対 す る企業者 サー ビス(労 働能力再構造化のサー ビス)の見返 りと して

,教

育 的価値再統合 の委託 とい う経済 か らの刺激 は

,な

,教

育体制変容の計画化 に対す る刺激であって

,そ

れ以上ではない。新 た な価値分配 の様式 と変容を受 け るべ き教育の機会 との結合 を待 って

,は

じめて教育体制 の変動 は 実 質化す る。(6) つ た 政治の機 能 は

,一

定社会 の用具

,価

値 の可処分性 の操作 と して

,一

応定義づけ られて きた。 この ことは

,い

わ ば文化の問題 とかかわ りを持つ ことになる。文化 は人 間が

,

自然 との問いの中か ら学 び とった

,生

存へ の条件づけで ある。 これ には

,①

比較的変容のはげ しい用具等の物質 的文化

,②

それ ら用具等 の有用性 の抽象化 された情報 ない し象徴 と しての価値 的文化

,③

両 者 を 統 合 均衡 さ せ

,人

間行為 の型 を きめ る準拠枠 と しての心理的文化 とに大別 され よ う。心理的文化は

,複

数 の人 間相互 (集 団等

)に

おけ る

,価

値 的文化の相互交換 を法則化 した行為の手 つづ き

,影

響 関係調整 の 手 つづ きで あ る。価値 的文化は

,人

間 の相互 関係 の中で

,あ

る行為

,あ

る価値判 断が妥当な もの と して保証す る基準 である。文化 は

,従

って

,成

員 が用具 の価値 とその分配 に接触 し

,獲

得 す る こと によって

,人

間 の生存様 式 に制度化 された もの と言 える。換言 すれば

,政

治過程への成員の参加の 形 態を表現す るもので ある。「 社会 は,報酬 とその分配 にあづ か る権力を,成員 に配分す るための, そ して債務 (SanctiOn)と 義務

(perfOrmancc)を

課 す るための組織 的体系で あ る。 その 枠組 み内 で倫理 (価値 的文化 および心理 的文化

)は

配分の正 当性 を取 り扱 か う。政治は

,配

分の具体 的様式 で あって

,報

酬 (社 会 的価値

)の

分配 にあづ か る権 力を決定す る

,組

織 的下位 諸集団間の権 力闘争 を意味す る。 ……多元 的社会の基礎 は

,こ

の倫理 と政治 との分離 に依存 し

,倫

理を政治ゲームの形 式 的諸規則 に限定す ることにあ る。」④

BCllが

,

このよ うに判 断 した根拠 と しての社会状況 は

,す

で に過去 の もので あろ うとも

,

この ことばの意味す る本質 的な部分は現在 において もあては まる。 社会 的諸規範 は

,文

化 の内容 と して と りあげ られて いる。 しか し

,そ

の現実 に

,具

体 的 に持 つ意 味 は

,用

具 に象徴 され る社会 的価値 の分配権力へ の接近のあ り方

,度

,結

果 なので ある。用具 に対 す る価値判 断には

,そ

の価値の分配様式

,分

配 にあづ か る成員 の資格の決定を予見 しなければな ら ない。階級

,階

層 とい う成員 に対 す る操作概念 は ここか ら くる。 この操作は

,二

つの対置 され る極 に分 け られて原理 とな る。①社会全体 の成員 の生存 にプ ラスす る形

,全

体 の水準 向上 をね らうのか

(4)

後 藤 誠 也 :教 育 の 機 会 (2) ②特定少数の成員 に対 して プ ラスの判 断をす るのかである。① ここでは文化 の差異 を解 消 し

,階

級 階層 を 消滅 させ ることによって

,す

べ ての者 を同一 の文化 的状 態 に平均化す る。②階級

,階

層 とい う文化の差異 をその まま定着 させ

,価

値分配 の権力を層序化 しよ うとす る。

3

社 会移動の問題は

,教

育社 会学 において

,重

要 なテ ーマ と成果 を提供 して くれ て い る。

(8)社

会 的な上昇移動への動機づ け とその達成手段 と しての教育は

,す

で に多 くの学者 が

,そ

の価値 な り重 要性 を指摘 して くれてい る。 しか し

,

ここで問題 となるのは

,従

来 の社会移動 論 が

,や

や静態的な 状 況 においての量 的な把握 に とどまっていたのではないか

,と

い うことであ る。移動現象を示す社 会状況 その ものが

,急

速 に流動性を増 して きている現在 において も

,か

な り

,流

動 の速度を遅 いと 判 断 しているか らである。世代間移動 は

,少

な くとも20年 の時間差の上 に成立す る。 この20年 間の 流動 は

,関

連の要 因に種 々な ものを導入 して きてい るはずである。(9) 社会移動 はそれ 自体

,一

社会 の

,一

見不安定 な

,無

定形 に見 え る社会変動 が

,先

取 りされ る現象 と把握せねばなるまい。社会移動 が

,単

に量的な形 で とらえ られ るときは

,そ

の移動の中に関与 し て くる社会的条件 と

,い

くらかみ合わせてみて も

,究

,個

ない しは特殊 の総和 で しかない。教育 による移動達成の可能性 が増大 して きた と言 うとき

,そ

こに

,何

らかの社会決定論的な考慮 を持 ち こむ必要 はないだろうか。 社会 的 な上昇 を意志決定す る個人 は

,単

に 自己内発 的な生存条件の確保

,安

定 を求 めての意志決 定 なので あろ うか。個 と側 との相対 的な位置変動を

,社

会移動 の尺度 とすれ ば

,移

動 の量 的 ない し 質 的な把握 は可能 である。 もう一歩進 めて

,

こうした諸移動を

,和

と して の社会 の中で見 るとき, 個 を超 えたサムシ ングを考 え る必要があろ う。社会決定論的な考慮 と言 うとき

,個

をの社会移動現 象 は

,総

体社会 内でのある枠組み内での問題 に解 消 され る。即 ち

,移

動 は計画 的に操作 されている ことを意 味 させ ることになる。 とい うことは

,個

の社会上昇移動 は

,あ

る種 の操作が加わ り

,そ

れ に誘発 されて起 ることを意味す る。現象的には

,個

におけ る欲求の充足を あたえ る

,

自己完結 的 な サ イクルがあるかのよ うに。 この ことは

,上

昇移動 その ものの量は有 限で あることを意味す る。 こ の立場 に立てば

,社

会 的 な上昇 移動は

,そ

れを受容 し

,認

容す る枠組 みの 中においてであることに な る。 それは

,い

くら移動 が顕著 に行 なわれた と して も

,体

制 自体何 の変容 も起 さない ことか ら証 明で きる。 この ことは

,社

会移動 の顕 著 さは,価値 分配 の原理 その ものの変容 ではな く,原理 その も のの存立 に抵触 しない範 囲での

,分

配 量の増 で ある ことを意味す る。 ある枠組みは

,個

を超 えた あ る種 の意志決定機能が存在 し

,そ

こで予見 され

,移

動 を認 容す る何かの操作が働 いてい ることを想 定せね ばな らない。 現代社会が

,民

主主義を標傍す る際は

,こ

の よ うな操作主体 は国民で あると言 う。 国民 とい う個 は

,そ

れぞれ,先述 BCllの 期待 を持つ。 とい うことは,そこに基本 的には個 の生存権 に従 って,価値 分配へ の権力を持つ とい う意識 が生 じ

,政

治へ の参加の幻想を実想 と してす りかえ る。(10)こ の こ とは

,個

の立場 よ りす る移動 の結果 (生存条件の安定

)は

個 の努力

,政

治へ の参加 の結果 と理解 さ れ

,心

理 的安定を もた らす ことを意味す る。 しか し

,

この場合

,あ

くまで個 の観 点か らの発想であ る。 も し

,

この観点を乗 り超 え ると した とき

,つ

ぎの よ うな問題が出て くるだ ろう。①社 会移動を 認容 し

,そ

の枠を規定す る要 因は何か。②移動を政治への

,従

って権力への参加 と した とき

,そ

(5)

許容は

,

どの よ うに象徴 され

,

どの よ うに操作 され るのか。 今 日の教育計画 は

,社

会 的移動 の一種 の計 画で あ る。 この計画は

,長

期 の経済計画 に触発 され, なかば従属す る形 で進 め られて きてい る。 そ こには

,前

提 と して,経済成 長 (結果 と して,国民総生 産 ない しは一人 あた り国民所得 の伸 び

)が

あ る。教育は

,

この経済成長 に寄与で きる人間能力の確 保 と育成 を重要 な役割 と している。 しか し

,経

済成長 とい う教育計画 の前提条件 につ いては

,論

議 を省略す る。経済成長 ない しはその可能性 とは

,我

々 (の社会移動

)に

とって

,い

ったい どの よ う な意 味を持つ ものであろうか。社会移動 には二つの起因があると言 う。①職業構成 の変化

,②

社会 移動 の開放性 の拡大がそれで あると言 う。 経済 が成長 し発展す るとい うことは

,経

済 的生産 の質量の変化

,生

産要素 の再編

,技

術水 準 の革 新

,労

働能力 の変容等 に基づ く。 その結果 と して

,職

,職

種構成 の変化 は当然予想 され る。移動 の開放性 の拡大 によって

,人

間能力 は集積 されて ゆ く。 この段階 に限 って言 えば

,問

題 は二つ に し ば られ る。① 経済成長は我 々にとって如何 なる意味を もつか。②社会移動 の率 が変更 され るのは何 故 か。①我 々の生存条件 のよ り安定 した状態 の確保 が可能 となることである。生活設計 の基盤 の変 更

,改

善へ の可 能性 および成 功へ の効率 が

,個

に とって

,よ

り価値 の高 い もの と認識 され る ことで あ る。経済成長 とは

,マ

クロに言 えば

,一

定社会 の価値 の余剰がよ り大 となることで ある。 とすれ ば

,個

が あづか りうる分配 の量や質 に変化 が起 ることで もある。ただ

,分

配 の質 量 の変化は

,経

済 成長 に寄与 した質量 に依存す ることを も合む。② ここでは

,余

剰 の配分様 式 が問題 となる。我 々の 生 存条件 の うち

,物

的 な ものに限 り (経 済 その ものがそ う した性格を持つ限 り

)こ

れ までの分配の 規範 と実践では

,社

会成員 すべ て の コ ミッ トメン トを獲得 で きない ことになる。 それ故 に

,成

員全 体 に分配量 の増加 となお特定 の有資格者 に質 的な変更を加 えねばな らな くな るので ある。 経済成長は操作の概念を合む。単純 な経済 的事象 ではない。成員 それぞれが

,生

活 設 計 におい て

,生

存 の安定 と拡大 を主要 な政策 的観点 にす ると同様

,社

会全体 の生存権 の安定 と強化をね らう ものが

,経

済成 長 で表現 されて いるのである。 ここに も

,何

らかの社会状況の維持 をね らう契機 が あ る。つ まり

,経

済成長 は

,現

体制 内において

,社

会 的価値 の分配様式 の再編 を 目標 と した

,社

会 変動 の基盤 で あ る。従 って

,分

配基準 の変容 が必然的 とな る。規準の変更 は二つ の面 が並行 す る。 ①単位権力 あた りの分配量の増加

,②

権 カ ランクとよ り高 い ランクヘ の加入可能性 の拡大 が それで あ る。 当然

,そ

こには

,成

員 に対す る報酬の操作 とい う政治過程が存在す る。社会移動 は

,

このよ うな報酬の操作の変容 に基づ く

,政

治 的 な権力構造 の平衡化運動であると言 えよ う。 (11)こ のよ う な平衡化運動 は

,価

値 の分配 に関 して行 なわれ る性格 の もの と規定せねばな らない。人 間の生存へ の執念 が

,生

存 条件の安定 と強化を第一義 的なもの と しているか らで ある。更 にそのためには

,社

会 的価値 の個別 的な蓄積の可能性を

,安

定 の尺度 と しなければな らないか らである。 このよ うな平衡化運動を操作す るものは

,そ

の社会で優勢である政治的原理で ある。 この原理を 実質 的 に機能 させ,政治過程 と して社会成員 に対す るものに,立法的な意志決定機 関が ある。 国会 な い しはそれ に準ず る国民の意志代表機 関等が それであろ う。 これ ら機関は

,国

民 あ るいは人民 の委 託 を得て

,政

治的な意古決定を行 な う。 どのよ うな政 治原理 に立脚 しよ うと

,少

数 の例外 を除 き, 形 式 的には

,政

治 の操作主体 は国民 (世 論

)で

あ る。 しか し

,現

代 は

,国

民 の政 治 (価値 の分配様 式 の決定

)へ

の直接参加を許すだけの小社会ではない。国民 (世論

)は

,そ

の意志

,主

張 を述べ る ことで

,か

ろ うじて政治へ の参加が可能 とな っている。 いわば

,

自己 (個

)以

外 の ものに

,政

治原 理 の決定 と実質履行を委託 して しまってい る。多 くの国民 (個

)は

,社

会 的価値 の公 正 な分配

,そ

(6)

後 藤 誠 也 :教 育 の 機 会 (2) の機会の平等 を実現 して くれ るはず とい う期待 とひ きかえに

,分

配 規範 の様 式化を委託 して い るの で ある。従 って

,直

接 に

,委

託 の見返 り

,期

待 の充足 を満 た して くれ る象徴 を欲 して い る の で あ る。 その象徴 のひ とつが

,教

育 で あ る。教育 の機会 は

,間

接 的 に もせ よ

,政

治へ の参加

,価

値 の分 配 にあづか る権 力へ の接近 の入 口とル ー トを示す情報 なので ある。 そ こには

,政

治参加 に必要 な役 割履行 とそれ に対 す る報 酬 とが明示 され て い る。

4

社会階級 ない し階層 とい う概念 は

,お

よそ研究者 のテ クニカル タームで あった。 マル クス らのよ うに

,階

級 を権力 の力関係 と して把握す るのは別 に して も

,階

,階

層 を政治過程 の段階 と把握 す る ものは少 なか った と言 えよ う。従 って

,我

々の生存 につ いては

,主

観 的 な説 明に終 って いたので はなかろ うか。従来 の集団論か らすれば

,た

とえ便宜的に分割 され よ うと

,そ

れぞれ の集団的 な も の は

,何

らか の生存観 に差異 があることにな る。 同時 に

,社

会 的 な上 昇へ の動機 づけの要 因が摘 出 で きる。 しか し

,そ

こか ら考慮 され る階層間移動

,

ことに上昇移動 につ いて は

,単

な る結果 のみが 指摘 され るにとどまって いる。上昇移動が何 を意味す るかは問題 と して は 出 て こ ない。極言 すれ ば

,社

会移動 は単 なるテクニカル タームの上 でのみ存在す るに過 ぎない。社会移勘の前提 には

,①

現 社会構造 は変容 しない

,②

個 の努力に対す る報酬である

,

とい う発想がある。 この発想 は主 と し て 経済的なタームの範 疇内での考慮である。事実上

,経

済 的な指標 が

,具

体 的な権力保持 のそれ で あ る ことは認 めねばな らない。 もう一歩進 めて

,よ

り本質 的に社会移動 を問題 とす るな らば

,社

会 移動現象 が

,ど

の よ うに政治過程 と結 びついて いるかを間 うことが重要 になろう。社 会 移 動 現象 が

,権

力保持 と移譲の システムに どう関係す るのか

,既

成 の権力の層序 の再編成 に どう結 びつ くの か を問い返す ことである。(12) 社会移動現象は

,い

わば計画化 された社会的価値分配の規範の図式中のものである。 もちろん, 個 に

,経

済的な面 に視点を置いたとき

,

このような暴言は許 されまい。 しか し

,社

会全体か らみれ ば

,移

動は予見 され

,様

式化 されているはずである。階層決定の主要な指標である経済的指標 (収 入

,職

業等

)の

分割の尺度は

,か

なり流軸的である。時間差修正のために

,金

の実質的価値 に換算 し直すとして も

,そ

れは単 に操作を合理化するだけのものである。金に対置 される生活上の物やサ ー ビスは

,恒

常性は持ち得 ない し

,そ

れ らの普及の度合によっては

,生

活上の価値そのものも変容 す る。同時に産業構造の変化にともない

,職

業構成にも変化が くる。 社会移動を個の立場か らみるとき

,か

な りの量が対象にあがって こよう。 しか し

,

このような移 動が

,権

力構造の中で無限定に行なわれることはないはずである。 もし無限定であれば

,構

造 は混 乱に到達する。あるいは

,総

体的に

,単

なる平行移動 (権力構造の地盤隆起

)に

す ぎな くなる。社 会移動が

,個

の相対的な現象であると把握 されている限 り

,既

成の権力構造は崩れて こない。 ここ が問題である。社会移動は

,個

の政治参加への期待を充足 して

,社

会変車 の起動力になるものでは なかろう。む しろ

,

政治参加への欲求 と不満 とを

,

社会移動 とい う経済的報酬に吸収 し

,

解消 さ せ

,既

成の権力構造を維持 してゆ く政治過程ではなかろうか。経済成長はそのための経済的報酬の 創出であり

,そ

れにともなう職業構成の変化は

,分

配様式の手直 しとなる。政治過程は

,

このよう に

,成

員の政治参加への欲求 と不満とを受容 し

,既

成の価値分配の権力構造を

,従

来 とは矛盾な く 再編成 してゆ く過程である。

(7)

このような再編成過程 の中で

,権

力行使 が どのよ うに現実 に示 され るのか

,最

終 的に意志決定 は どのよ うになされ るかは

,後

の問題 と して残 され る。基本 的には

,個

の委託 を うけた少数者 が想定 され る。原理的には これで よい。多 くの先進 国では

,ど

の よ うな政治原理 に基づいて も

,特

定 のパ ワー 。エ リー トが形成 され る。 そ して そ こにある既成秩序が存在 す る。 国民の

,人

民 の意志決定委 託 を うけた少数者 で形成 す る政治機関は

,

この秩序 を安定 させ る ことをね らう。 ここに

,政

治的意 志決定の実施を担 当す る統合化機能 (主 と して行政

)が

勢 力を持 つ契機 がある。 この統 合 化 機 能 は

,次

第 に政 治 に先 行 す る条件 をつ くり出そ うとす る。 その圧 力 は

,政

治を して

,一

定 のル ー トの 確立をせ まる。 このルー トが国民 に

,政

治参加 の期待を生み

,ま

た幻想 を抱 かせ る。 このルー トが教育機能 の中 に敷設 され るので ある。 ここに

,教

育 は何 のために存在 す る機能 なのか の間 いに

,接

近 させ る緒 が あ るので ある。政 治的 イデ オ ロギ ーとい うことばほ どあいまいな意味を持つ ものはなかろう。 ここ で は

,社

会 的価値 の分配規範 の構造

,個

の生存 に対 す る規範 の構造

,そ

して この構造への政治の主 権者 た る国民 の潜在 化 された期待 と確信 で あると してお く。(13)こ こか ら

,一

定社会 が

,成

員 に対 して

,

どの よ うな人 間観

,権

力観 を持 つかが問題 とな ろ う。政 治過程 は

,個

(成員

)の

意志 の総和 と して把握 され る ことが多 い。 しか し

,

この立場 を承継す ることで

,問

題解決 は

,個

の段階 に引 き 下 げ られて しま う。せ いぜ いよ くて

,人

間関係 の問題 に置 き換 え られて しまう。 ここでの立場 は, 政 治過程 を

,個

にいかなる イデ オ ロギ ーを受容 させ

,そ

れ に どの よ うに期待 と確信 を抱かせ

,権

力 構造 の正 当性を支持 させ るか

,

とい う社会的過程 と考 えたい。 個 に対す るイデ オ ロギ ーの意 味は

,社

会 的価値配分様式 の中へ位置づ けを確認 させて くれ る

,規

待 の準拠枠 で ある う。 イデ オ ロギ ーは

,個

々の生存権 の主張の妥協 的和か ら成 立 している。従 っ て

,個

々に とって は

,十

分 な期待 と確信 の枠組 みで はないか も知 れ ない。 しか し

,生

存 につ いての 合法性 の保証 は

,

これ に準拠 しなければ得 られ ない。 イデ オ ロギ ーは

,一

般 的 な意 味で

,生

存権 の 保証 の象徴 である。既存 の イデ オ ロギ ーに十分満足 しないな らば

,新

た な準拠枠 となる別の イデ オ ロギ ーを模索せねば な らない。 ここに反体制的発想が政治 の問題 と して登場す る。 イデ オ ロギ ー は

,そ

れ が流布す る社会成員 に港在化 され ることが望 ま しい。 それは単 にアジテーシ ョンによって は

,港

在化へ の道 をた どらない。 イデ オ ロギーは

,空

間 において

,成

員 の位置を確認 させ るための 座標軸 で あ る。 これ によって

,成

員 は

,権

力構造

,価

値 の分配構造 の 中に座標 と して位置づけ られ る。 マル クスはか って

,

この座標軸 に

,生

産 関係 ない しは生産手段 の所有 とい う

,経

済 的な指標で 権 力構造を持 ち こんだ。 そ して生産手段 の寡 占を

,分

配規範 の構造化 の原理 と して採 用す ることを 拒否 した。 ア メ リカの社会学者 たちは

,す

でに確立 された生産手段 の私的所有を前提 と して

,そ

れ らの象徴 で あ る威信 や技術を

,分

配規範 の構造化の原理 と して採 用 した。前者 は

,分

配規範 の構造 原 理 の変革

,即

ち イデ オ ロギ ーの時間 的変化を

,生

産手段 の大衆 (プ ロレタ リアー ト

)支

配へ の階 級闘争 に従 うもの と して把握 した。後者 は

,教

育 による

,生

産手段へ の接近 の 自由競争 に従 うもの と して把握 した。 マル クスは

,(14)Tumerの

言 う保護 的な社会移動 を裏 がえ した に過 ぎなか った。 腐敗 した既成 の秩序

,価

値 の分配 規範 が

,多

くの貧 困にあえ ぐ大衆 の犠牲 の上 に構造化 されていた社会状況 に封 し

,大

衆 の生存権主張を基盤 に

,価

値 分配 の規範 の新 しい構造 化 を理論 づ けた。 それ に必要 なブル ジ ョアジーの崩壊

,プ

ロ レタ リアー トの独裁 的状況 の必然の予言 も

,政

治的 には

,単

な るコ ップの 中の嵐 にす ぎない権 力交替 の予言 で しか なか った。 その後 のマル クス的考 え方 (社 会主義

)は

,人

(8)

後 藤 誠 也 :教 育 の 機 会 (2) 民 大衆 か ら

,そ

れを併呑す る国家機構 に

,更

には党 に

,生

産手段を集 中す ることにな って しまった か らで あ る。 それは

,プ

ロ レタ リアー トによる保守的な権力構造 の到来 の必然性 をい ったに過 ぎな か った。 もち ろん

,形

式 的 には

,人

民 の多数 が権力へ の参加 の機会があたえ られてい る。 しか し, 究 極 は

,個

を捨象 し

,権

力行使 の裁 量権を党 に集 中管理 させ ることで

,個

々の生存 か ら政治過程を 切 り離す ことになってい る。

19世

紀 まで に達成 された ヨー ロ ッパ での市民革命 を

,

更 に一歩進 め て

,全

人 民の権力参加を明確 に提示 した ことで

,彼

の業績 は高 く評価せねばな らない。BOttOmore の 指摘す るよ うに(15), 西 ヨー ロッパ 諸国に比べ

,富

の分配の均等化 は推進 されて きてい る。 しか し

,純

粋 の意 味での人民 によるコ ミュニズムは到来 しなか った。む しろ

,修

正資本主義的な形 での 党 によ る

,権

力構造 の層序化 が進 んでい る。 そ こでは

,分

配規範た るイデ オ ロギ ーは

,政

治以外の 機 能 による成員へ の滲透 が

,政

治課題 と して とりあげ られ るに至 ってい る。 ア メ リカにおける階層 の概念 は

,既

存 の社会構造へ の ノスタル ジアか ら出発す る。階層間移動 は 政 治過程での問題ではない。 コ ップの中の水 の位置変動 は

,外

か らの刺激 がなければ

,大

幅 には起 り得 ない ことを前提 と してい る。社会移動 は

,経

済 的 な領域 における秩序 の若千 の変動 で あ るに過 ぎない。教育 とい う手段を

,国

民 に広 く

,均

等 に開放す ることによって

,既

存秩 序 に不 満を持つ者 を 吸収 しよ うとす る。 いずれにせ よ

,両

者 とも

,マ

ク ロな観点 か ら

,社

会変動 を引 き起す形 での社会 移動 は閉鎖 的で あ る と言 えよ う。経済の構造 が資本主義 (競争

),社

会主 義 (計画

)に

よろ うとも

,そ

れ らは

,社

会 的価値 の分配 の基盤た る生産の原理 にとどまる。分配の原理は

,生

産 の原理 とは異 なってお り

,

し か も

,両

者 に共通 な ものがあ るとも考 え られ る。権力構造 内での保持 の様式

,移

譲 の様式 が

,と

も に

,現

在 では

,教

育体制を通 じて決定 されてい ることが見 て とれ るか らである。

5

もち ろん

,生

産 の原理 に従 って

,社

会構造 あるいは分配 の規範 に差異 は生ず る。両者 に差異 を も た らし

,ま

た共通性を持 ちきた らしたのは

,教

育機能 で あ ることも明 らかな ことであろ う。競争経 済 にせ よ

,計

画 経済 にせ よ

,そ

こで生産 され た価値 の分配 には

,そ

れぞれ を象徴化す る イデ オ ロギ ーが原理 と して必要 となる。教育機能 は

,国

民 の

,そ

して人民の名 において

,

この よ うな分配規範 の構造化 とイデ オ ロギー潜在化の一翼を担 わ され ることになる。教育の機会均等化 の運動 は

,権

力 構造 の開放性 を象徴 し

,そ

れ に参加す る可能性 を期待 させ た。 しか し

,結

果 は十分 な期待 充足 を実 現 させ は しなか った。特定 の能力保持者 が

,わ

ずか に恩恵を うけたのみで あ り

,教

育 の機会均等化 は

,そ

の実

,機

会 の不均等化 につ なが った。

Langevin改

革案のいわゆる正義 の原則 も

,(16)能

力 以外 の要 因におけるもので

,

こと能力 とい う要因に関 しては

,問

題 を残す ことにな ってい る。 コ ップの中の水は

,外

力 によ るので ななけば動揺 しは しない。 コ ップの中の水 は

,誰

かが コ ップ を手 に持 って揺す ることによって動 く。 また

,上

か ら水 を注 ぎこむ ことによって も動 く。 どのよ う に コ ップを揺す り

,

どの くらいの量 の水 を注 ぎこむかの差異 は

,結

,既

存 の秩序を どう見 るかに か か って い る。社会 は コップの中の水 で ある。 コップを揺す り

,ま

た水を注 ぎこむ ことは既存 の秩 序 を

,水

の中の浮遊物 が澱 まないよ うにす ることによって

,即

,秩

序 の中の不満を動揺 の中に解 消す る ことによ って維持 しよ うとす るものである。 も し

,既

存 の秩序

,政

治 の原理 が

,成

員 の十分 な コ ミッ トメン トを得 られなければ

,

コ ップの中の水を取 り替えなければな らない。 しか し

,そ

う 164

(9)

した ところで

,落

着 した ところ

,同

じコ ップの中に入れ られた同 じ水 なのである。既存 の秩序

,権

力 構造

,分

配規範を打 ち倒 し

,新

しい構造や規範 に作 り直 して も

,早

,新

旧の差 のみで

,権

力構 造 の体系 には大 きな変動はない。 どの よ うな政治原理 に基づいて も

,

政治機能 の中には

,

特定 の最終 的な意志★定を行 な う群 が 必 要 となる。政治即 ち価値 の分配様式 の決定権力 によ り接近 してい る 集 団 成 員 を エ リー トと呼べ ば

,(17)ど

の政治原理 に もエ リー トが問題 となる契機 がある。 そ して

,意

志決定 に最 も便 で あ る形 で

,エ

リー トの質量の限定

,開

放性 の大小 が

,社

会移動 の質量を規定す る。 も し

,現

在 の よ うに, 教 育 (学 歴

)に

よ る社会移動が

,顕

者 にな りつつ あ ることを一応認 めれば,教育 は ,権力付与 の最大 の選別

,陶

汰機 関 とい うことがで きよ う。教育は何 のために存在 す るのか

,と

問 うた時

,一

つ の解 答 と して

,

この ことがあげ られ るのには

,そ

れ な りに一義があろ う。 もちろん

,教

育 が

,現

在 の よ うに経済計画 に見 あ う形 で計画化 され

,あ

たか も経済へ の従属 の観 を呈 してい るが如 く

,政

治に従属す ると断言 す ることはまだで きない。 しか し

,相

互 に大 きな影響 を 及 ば しあいなが ら

,

しか も

,教

育 の社会的機能を重視す るな らば

,教

育は よ り大 き く

,政

治 に影 響 され ると考 え られ よ う。教育機能の保守性 の一面 は ここに起因す る。教育体制内での イデ オ ロギ ーの教育内容化は

,教

育体制外 の流動 との間 に時間差 があることを認 めねばな らない。 と同時 に , イデ オ ロギ ーの港在 化 のためには

,一

定時間

,そ

の本質

,内

容 に変化 が こない ことも前提 しなけれ ば な らない。 このある程度 の現状維持 的な性格 が

,

イデ オ ロギ ーの潜在化のル ー トと して

,よ

り大 きな価値 を持 ち

,活

用 の根拠 とな るのであ る。 今 日のエ リー トは

,過

去 のエ リー トの如 く

,血

統 や経済 的基盤 に頼 り

,閉

鎖 的な層序 に しがみつ くことは許 されていない。能力主義が叫ばれ るの も

,す

で にエ リー トの意味その ものが変質 してい る ことを意味す る。社会 的価値 の生産 は

,現

状 において は限界 があるとは 考 え ら れ な くな ってい る。経済 が国際化へ の道を急速 にた どり始 め ると

,価

値 (経済 的な

)の

生産 と倉J出は拡大 され るも の と考 え られ るよ うになってい る。従 って

,価

値 は

,成

員 の多 くに多量に分配 され る可能性 がでて きた。 そのために

,分

配規範 の手直 しが必要 にな って きてい る。 と同時に

,名

目的 には

,成

員 すべ て の エ リー ト化 が模索 されは じめてい る。 コー ンハ ウザーの言 う,「 エ リー トの閉鎖性 がな くなった社会」(18)を,今日の大衆社会状 況を指 す もの と考 えれば

,政

治 的意志決定 には

,過

去 の非 エ リー トで ある多数者 が

,分

入 す る機会 が増大 した と考 え られ よ う。教育の大衆化現象が

,

このよ うな機会 の拡大 のために起 ったのか

,エ

リー ト 層 に対 す る迎合 とい う政治判 断か ら起 ったのかは論議がわかれよ う。今 日の教育状況か らは

,少

な くと も後者 の色彩が強い と考えねば な らないだろ う。社会状況は

,過

去 の非 エ リー ト層 か ら

,従

来 の ことばで言 えば

,ェ

リー トた るにふ さわ しい有能者を発掘せねば

,円

滑 に進歩を続 けて ゆ くこと は不可能 になってい る。 それだけ

,エ

リー トの質 に変化が来てい ることであろ う。 大衆 社会状況 は

,権

力 の分配 に関す る政 治的 イデ オ ロギーの変動 の必要性か ら

,引

き起 された もの と考 え られ よ う。 教 育機能 は

,

この変動を先取 りす る先兵であった。19世 紀後半か らの国民教育運動

,義

務 教 育化 の運動 は

,そ

の意味で

,大

衆社会状況 の先駆 的事件 であった と言 えよ う。 曲折を経た あ と

,1940年

以 後 の教育の理念 と目標 は

,旧

社会状況の中に芽 をふいた。 当時の政治

,教

育関係者 が

,教

育体制 の確立 の 目標 の中に

,将

来 を ど う予見 しよ うと したかは不 明で あると して も

,教

育 は

,政

治過程 の 中で果 す役割の大 であることを想定 していた(19)と も考え られ る。

(10)

後 藤 誠 也 :教 育 の 機 会 (2) 教育の機能の体系化 は

,教

育 が

,社

会 との関係 で機能 的 な価値 を もつ と

,政

治 が理解 しは じめた 時 か ら

,急

速 に新 しく な り肥大 して くる。現実の教育 によ る人材生産 は

,人

材 の需給 の均衡 の上 で な されて きた。 で も体系化 と教育機会 の設定 は

,

単 な る人 材生産 のみを 目標 とす るので はなか っ た。単線型的あ るいは複線型 的に教育 が組織化 され よ うと

,そ

の制度化のね らいの中に

,国

民 の政 治参加を刺激す るで あろ うことは考慮 の中にあった と考 え られ る。 その結 果 と して

,旧

秩序 は早 晩 くずれ去 り,エ リー トの解放性 はよ り大 になるもの とい う見通 しが,意 識の中になか った と して も。 教 育機会 の拡大 と解放

,そ

して その分配規範 の変容 は

,常

に教育政策 の主要 なテーマであった。 大衆社会状況 は

,多

元 的社会 であるとされてい る。 これ は否定で きないであろ う。 ここで多元を 一元化す る契機 はないのか とい う問題 が提示 され る。現代社会 においては

,特

定 の諸国を除 き

,単

独 に イデ オ ロギーを一元化 す る論拠 を持 ちあわせていない。政治は

,意

志決定 とい う段階を通 して の権力行使 であるとすれば,大衆 が ,過 去の非 エ リー トが

,政

治へ の参加 の過程 において主張す る権 利 と自由は

,大

きな差異 があ る。特定 の集団の主義主張は

,そ

れ が

,十

分 に浸透 す るほ どの優勢 さ は望 みえない。大衆社会の政治組織

,そ

の原理 における民主主 義は

,そ

の意味内容 において不定 で あ る。 それぞれの集団 は

,そ

れぞれ の利害 において

,

自己の特権擁讚 の原則 を

,民

主主義 と翻訳す る。 これ らの翻訳 は

,

何 らかの伝達方式を通 じて

,

よ り多 くの大衆 に流 され

,

協 賛を得 よ うとす る。教育機能tま

,

この中で ことに重要な伝達手段として注視 される。公教育の発展は

,時

の比較的 優勢なイデォロギー集団の支配の下に入る。政治は

,

こうして

,教

育機能を傘下に置 くことによっ て

,勢

力を倍加 させ る。 ヽ

6

政治の スローガ ンの中に教育制度 が重要 な部分を 占め るよ うになったのは この意味か らである。 教 育は

,

従来保守性 の強い ものであると理解 されてい る。先 述 の よ うに

,

教育体制 内での価値化 は

,教

育体制外での価値変動の一応 の落着をみてな され ると考 え られ ることによる。 しか し

,そ

の よ うに教育体制 内での価値化は

,政

治 的 イデオ ロギー に追随す るだけではないも 意識 的

,無

意識 的 にせ よ

,教

育政策 は

,現

在 を超 えて

,未

来 におけ る状況 を予見 す る形 で提示 され る。教育政策論争 がよ って立つ イデ オ ロギーは

,未

来 の我 々の生存 の しかたを想定 し

,そ

こを基盤 と している。 この ことは

,教

育機能 の革新性 を示す一面 である。だが

,教

育 には現政 治体制 の革新を予見 したよ うな 形 での未来を想定 で きない性格 が強い。変更 され うる青写真 と しての革新性 なのか も知れない。 教 育は

,政

治 の動 向のパ イロ ッ トである。1960年 以後 の各 国の教育制度 の改革 は

,

ミクロには, 過去の制度 の手直 しで あ り

,教

育体制 とそれ以外の体制変動 との時間差の縮少 ない しは先取 りであ った。一方 マ クロには

,未

来 の政治的 イデオ ロギー

,価

値の分配規範を想定 し

,社

会移動 を規定 す るものであった。 教育の大衆 化 は

,量

的な局面 を終 了 し

,質

的 な展 開を指向 しは じめてい る。 この ことは

,教

育 が 政治過程 の先端 に

,明

確 に位置づ け られ た ことを示す。表面 的には

,教

育機会 の拡大

,均

等化へ の 道 を歩 んでい る。 それ はそれ な りに高 く評価で きよ う。 しか し

,機

会 の拡大

,均

等化への道の背後 には

,表

面 的 な評価 のみ では律 しきれない ものがあ る。 教育政 策 の発想 は

,1950年

代後半以後

,正

に大衆 によ る支配 (教 育の大衆化

)に

迎合す る形 でな されて きた。がなお

,貴

族 主義 的な発想 を衣 の下 にか くし

,新

た なエ リー ト層 の確定を合理化す る

(11)

姿 勢 を と り続 けて きた。 教 育 の普 及 は

,

それな りに先進諸国では

,

国民 の高学歴 化を促進 して き た。 しか し

,そ

れを評価 す るの と同時 に

,常

に問題 とされ るのは

,更

に高 い学歴 によるエ リ… 卜層 の確定である。経済成長 の達成 に必要 な人材の育成 と確保を

,教

育 の重要 な役割 とす ることは 自明 の こととされてい る。ハ イ・ タ レン トな ることばで

,新

エ リと 卜層を想定 してい るのである。 これ も認 め られ よ う。 ここに二 つの問題 が生 じる。①ハ イ・ タ レン トヘ の道 に通ず る教育 の機会 が どの よ うに設定 され るか。② それ は

,政

治過程 におけ るエ リー トと同義で あ るのか。 教育段階 の名称 が

,過

去 の それ との対 比 において

,教

育 の大衆 化 が問題 とされ るのはおか しい。 名 称 とその 中での教育現実 は

,か

な り異 な った様相を呈 してい る。 わが国の今 日の大学教育 は

,過

去 の大学教育 とは異 な る。過去 の大学教育 は

,今

日の大学院教育に移換 されている。 このよ うな事 象 は

,教

育 によ る国民 の高 学歴化 を

,そ

の ままの形 で認容す ることを許 さない。職業

,職

種 と学歴 との関連か ら推論すれば

,今

日の大学卒業者 は

,過

去 の中等教 育卒業者 と同列 で論ぜ られ て然 るべ き ものがあ る。 経済 の成長 による生存権 の増 幅

,か

さあげには

,そ

れ に必要 な科学技術 の発展 が表裏 とな る。文 明 の発展 が

,一

般 的水準 向上 の起 動力 とな るのは

,教

育作用を通 してのみで ある。 ここに教育政策 上 の矛盾 が生ず る。大衆社会 においては

,名

目的で あろ うとも

,意

志 決定 の主体 は大衆 である。 こ れ らが

,真

の意 味で意志決定者 にふ さわ しい能力保持者 であるとい う判 断は

,政

治 にはない。教育 は

,政

策的には意志決定者 にふ さわ しい能力 の育成 を 目的 と しなが らも

,欠

格者 の除去 の機能 も, あわせ持た されてい る。 この ことが

,大

衆 社会状況 を前提 と しなが らも

,権

カ エ リー トを新 たな形 で成立せ しめん とす る

,教

育 の役 割 の二重構 造 が あるのだ。 エ リ

T卜

とな るためには

,特

別 の資格が必要で あることを

,成

員 個 々に承認 させ ることが

,政

治 過 程 で必要 な こととされ る。ただその ことを政治機能 その ものが明示す る ことはで きない。教育 は そのための先端的機能を果す ことが要請 され る。 それは

,特

殊 の能力 を持 った者 が

,よ

り高度 の教 育機 関 に接近 しうるのだ とい う信念 を

,教

育機能 の大前提 と して

,教

育体系 が制度化 され ることで 果 され る。教育の機会 が

,マ

クロには拡大 され

,均

等化 され ると して も

,い

わゆ る

Langevin委

員 会 の正義の原則 力ヽ 上述 の機能を合理化 して くれ るのだか ら。

7

大衆の教育程度を高め

,そ

のことによって

,政

治一権力への接近の可能性を象徴 し

,期

待を確固 とさせ

,そ

のイデオ ロギーに安住 させ るな らば

,政

治は

,教

育を通 して

,新

たな政治的エ リー トの 確立をめざ していると言いえよ う。教育は

,そ

の社会的存在意義において

,エ

リー ト選抜機能は, 第二義的なものだと考え られようと

,

これをはずす ことはできない。 コー ンハ ウザーは

,「

エ リー ト選抜の様式は制度化が可能であり

,そ

の ことによって

,政

策決定 が外部の干渉 にさらされるのは

,定

まった方法で

,定

まった時点においてだけになる。 これは

,権

力機構を保護することと同時に

,一

方では民主的な参加 と統制とを認めることになる。」(20)と言 う。彼のこの表現は

,教

育が政治の先端 として

,あ

るいは

,教

育が政治の役割を代替履行すること によって

,実

質的にエ リー ト層の再構成を行ない うる余地のあることを意味 していよう。教育の政 策的立案が

,

最近のように行政に強 く依存 しはじめている状況では

,

この ことが更に強調 されよ う。行政は既存の政治過程の管理 と運営を担道す る機能である。それ故に

,行

政過程の自己保存の

(12)

後 藤 誠 也 :教 育 の 機 会 (2) た めに政策立案 に対 して大 きな圧力を生 み 出すか らである。

_

教 育 は

,政

治か らの中立性 を原点 と して

,独

自の機能を生 み 出すべ きであると主張す る。 この考 え方 が

,従

来 の教 育 に対す る伝統的な立場 で あった と思 う。 しか し

,教

育 が

,政

治過程 と切 り離 さ れ て存在 す ることは

,教

育 の社会的存在 意義を消滅 させ る。 なるほど

,特

定 の政治的 イデォ ロギー のみ に立脚 した教育理念 と実践 は

,憲

法 や教育基本法の規程 に反 するか も知れ ない。 しか し

,教

機能 が政治か ら中立 であるべ きと主張す る ことは

,教

育機能 それ 自体で完結 的なサ イクルを なす と い うことになる。事実上

,教

育過程 で生 産 され るものは

,政

治的 な人 間である。未来 の政治過程 に 入 るべ き世代 に対 して

,教

育作用 はな されて ゆ くか らである。 このよ うに考 えた とき

,教

育 はむ し ろ

,政

治 との関係をよ り密 にすべ きである。 どのよ うな政治原理を とろうとも

,教

育 と政治 との関 係 を否定す ることはで きないであろ う。現在 わが国で

,教

育 の 中立性 を主張す る人 たちは

,多

く反 体 制 的 な思考を とる。 とい うことは

,政

治過程 ない しは

,価

値 分配 の様式化 に

,反

体 制 的 イデ ォ ロ ギ ーを持 ってい ることを意味す る。逆 に言 えば

,

自己と同一 の イデオ ロギーが

,政

治 的原理 と して 採 用 され た とき

,中

立性 の問題 は どのよ うになるのだろ うか。 とぃ うことは

,常

に教 育 は

,体

制 も も しくは反体制のイデオ ロギーに立 って

,そ

の機能 が問題 とされ るのだ と言 うことであ る。教育の 制度 は

,常

に政治組織

,原

,過

程 との関連 において理念化 され

,体

系化 され るのである。批判 は もとよ りせねばな らぬ。 しか し

,ど

の よ うな意味であれ

,エ

リー トは

,教

育の過程を通 して生産 さ れ

,エ

スタブ リッシュメン トを変容 させてゆ くのであることを

,ま

った く否定す ることはで きない だ ろ う。 それに関連 させて教育の機会を考え るとき

,現

在 は

,従

来 とはかな り異 なった考え方 をせねばな らない。現在 の大学教育 までが

,

従来 のエ リー ト育成 と確保 の機能を放棄す る形 で

,

機 会 の拡大 と均等化 が進 め られて きてい ることで ある。 我 々の多 くは

,

過 去の大学教育 とイ メー ジをダ ブ ら せ ることによって

,

あたか も

,

我 々

,

また我 々の子弟 が うけ る大学教育を

,

エ リー トヘ の道 と 誤信 してい るのである。政治への大呆参加 は

,

すで に政治過程 において

,

このよ うな誤信へ の委 託 を生 じさせてぃ る。従来

,大

学教育 は

,ス

タ ッフ育成 的な発想 の もとに考 え られて きて いた。今 や大 学教育 も

,義

務教 育

,後

期 中等教育 と同 じく

,

ライ ン育成 的な発想を持 ちつつ ある。後期中等 教 育の多様化

,

高等教育の再編成 な どの問題 の背後 には

,

こ うした ライ ン的思想があ るはずであ る。 国民的な教育要求

,市

民 の権利 と しての教育権 も

,教

育機 会設定の原理 か らは

,身

近 か な関係 の 中で充足 され る個別的な利益 と しての教育的価値を

,総

和 した ものと考 え られ よ う。教育機会の設 定 が

,

不」用 に先行す ると した ことは この意味で ある。親 の教 育権 と しての教 育へ の要求 も

,

いわ

,政

策 の前では

,無

定形 の国民の身近 かな利益要求 の総 和である。政策 は

,こ

れ を教育機会 の均 等化 の中に消化 させ るのである。 この ことが

,一

面 では

,中

央集権的にエ リー ト層 の特権 擁護 の路 線 を敷 くことに もつながる。 教 育機会の肥大化現象 は

,学

歴 の高水準平均化を もた らす。 この現象が

,社

会移動 を大 幅に して い ることは

,表

面上 は認め られ る。現実 は名 目上 の高原平均化にす ぎず

,社

会移動 も名 目上 の もの にす ぎない。多 くの場合

,そ

れ は相対 的移動 ではな く

,平

行移動 にす ぎないか らである。 ライ ン的 発想は この幻想 に基盤を置 く。早晩

,学

校教 育のエ リー ト育成 に関す る役割は

,現

行 の大学教育 ま で は

,か

な り稀薄化す ることにな りは しないか。 近年 の情報化社会論は

,

このよ うな教育状況 に新 しい意味を もた らした。同時に

,教

育 が政治 と

(13)

の関係を深 め させ る機縁 ともなってい る。 それは

,近

代 の成績 主義 が一種 の出来高払 いを基 盤 とす るに対 し

,情

報 の選択能 力

,そ

の処理能力 に基づ くもので あるか ら。 それは新たな学歴 の意 味づ け を課題 と して提示す る。 このよ うな情報化社会論 に

,教

育政策 が迎合す る 日は近いであろ う。情報 化社会論 は

,政

治 的意志決定 において

,大

衆 によ るエ リー トヘ の幻想 と

,ま

,能

,成

績 主 義 と い う近代 的な血統主義の破棄をせ まることになろ う。情報化社会 におけ る集団の適応策は

,偽

似 ス タ ッフ的集団 における情報選択 と意志決定 にある。 この場合

,集

団 は フ ィー ドバ ックの機能 を そ な えなが ら

,

日標達成 に対 し必要 な情報 をそろえ

,そ

れ に従 って意志決定 の案を作成 し

,実

施 ル ー ト を決定す る。 そ こでは

,情

報 の選択 と収集 が

,特

有 の タス クとな る一群 の集団 が必要 とな る。 つ ま り

,

ビュー ロクラテ ィックな組織を必要 とす ることを意味す る。 そ こに合 まれ る個人 は

,

ライ ン的 な育成を経た者 となる。

8

新 しい情報化社会 の課題 については

,最

近 経済審議会 の情報研究 委 の報告(21)が 出 された。 この 報告の求 め るものは

,社

会 の情報化 に ともな う人 間生 活 の変容 と

,教

育 の重要性 を基盤 と した

,新

しい タテ型社会 である。 そ こでの教育 の役割 は ライ ン的課業 に適応す る人材の発掘であ り育成 で あ る。新 しい価値体系 と して

,従

来支配 的で あ った「 物」 の価値 に相対 して

,「

情報」 の価値 が過大 に評価 され る。 そ して

,

この社会の中で生 き残れ る人 間を

,問

題処理型 よ り問題提起の可能 な人間 と してい る。 そ こには

,人

物評価

,即

ち分配への権力接近 の原理 が

,血

統主義か ら成績主 義 に移 っ た今世紀 中に更 に新たに問題 (解決

)主

義 に基 づ くことにな りそ うな ことを示唆 してい る。 社会的な均質化 の進行 は

,一

面 において進 行 す るで あろ う。 しか しそれ は

,今

日の学歴 の如 く, 名 目的 な もの にす ぎない。情報 化 され た社会 において は

,価

値分配権力 はあたえ られ るもので は な くな る。本質的 には

,主

体 的 に獲得す るもの とな る。第 四次産業 は

,従

来 の学校教育体系 を変質 さ せ るで あろう。教育 の果す役割は

,情

報化社 会 に適応 で きる人材の育成 にあると して

,極

度 の注視 を うけ るだろ う。教育の高水準化は

,就

業構造 の大 きな変化

,労

働流動性 の増大 と並行 して

,意

志 決定へ の参加 の幻想を更 に高 め る ことになろ う。報告 も述 べてい るよ うに

,将

来 の価値観 は

,成

債 業績 よ り

,参

,問

題解決の過程へ と移 る可能性 は大 であろう。 とい うことは

,教

育 が

,

システム の一部 に組み こまれ

,

ライ ン育成 的な役割を果す ことにな ろう。 教育 には

,情

報処理 セ ンター と して

,偽

似 的 スタ ッフの育成 の場 とい う政治 的な役割 が付 加 され るで あろ う。 この ことは

,よ

うや く政治 が

,教

育 の 中に入 りこむ顕在 的 な機会 ともな って きた こと を意味す る。個 の価値分配へ の権力参加 の程度 が

,特

定 の スタ ッフによって

,デ

ー タバ ンクに登録 され

,有

無 を言 わ さぬ民主主義 に移行 す るで あろ う。 よかれ あ しかれ

,社

会 は一元化 され

,組

織 の法則 と して の集 中が確立 す るで あろ う。政治へ の参 加 は情報へ の参加を意味す る。情報へ の参加 は

,教

育段階 と系列 を通 して構造化 され るで あ ろ う。 新 たな生存権 の拡大へ の動機 づ けは

,十

分な論理性 とあい まい性 とを持 って

,我

々の前 に立 ち現 わ れて きた。 教育 は福祉 国家 におけ る保 障 ではな くな る。教育へ の主体 参加 は

,生

存 において単 な る経 由で は な くな り

,必

然 の階程 とな る。教 育体制を通 る ことな しに

,教

育 の洗礼 を うけ ることな しに

,情

報 へ の接近 は困難 とな る。情報へ の接近の強弱 は

,今

や労働 の質 (従来 のいわゆ るメ リッ ト

)に

関係

(14)

後 藤 誠 也 :教 育 の 機 会 (2) す る。労働の質の経済生産へ の寄与率 は

,

メ リッ トとプ ロジェク トの二要素 に大 き く分割 され るだ ろ う。 この ことは

,社

会成員 の経済 との交 換過程 (生存権 の安定強化

)が,従

来 よ り多 くの要素 に よ って段階化 され

,権

力構 造へ の参加 を

,よ

り困難 にす ることを明示 してい ると理解 で きよ う。 教 育体制は

,ス

タ ッフ育成 か

,

ライ ン育成 かの二者択一的な 目的選択を迫 られてい る。 この こと は

,社

会構造

,価

値 の分配構造 において

,ス

タ ッフとライ ンとの分離を もた らし, Galbraithの 言 うテ クノス トラクチ ュアが

,(22)益

々監固にで きあがってゆ くことを予見 させ ることを意味す る。 権力へ の接近 は

,弱

肉強食 的 な運 動 となろ う。政治 とい う権力分配 の様式 は

,情

報 に関連 して, 大 きな支 配力を作 り出す だろ う。すで にテ クノス トラクチュアは

,成

員 に対 して

,支

配力 に近 づ き うるとい う幻想をつ くり出 し

,意

志決定 の実 質を

,集

団 に委託 させ は じめて いる。 も し

,テ

クノス トラクチュアの存在 (意 義

)を

認 め るな らば

,政

治過程 は

,益

々保守へ の傾斜を強め るであろう。 今 日の革新 は明 日の既成 秩序で ある。教育 は

,そ

の先兵 と しての役割 を社会的に要 請 さ れ てい る。現代社会は

,権

力 の移譲手段

,権

力へ の特定の接近様式 の制度化 は

,ま

だ十分 明確 ではない。 しか し

,早

,教

育体制 は

,保

守 的車新 のよろいを着せ られ

,常

に新 しい権 力 の 構 造化へ の寄与 を

,こ

れ までよ り強 く要請 され ることになろ う。

9

究極は

,教

育 と政治 との関係を否定 しえないことになろう。すべての政治原理は

,教

育作用によ って

,国

民に特定のイデオ ロギーを浸透 させ

,定

着 させ

,社

会的な秩序を維持 してゆ くのだか ら。 従 って

,教

育体制と政治体制 との関連をとりあげ

,そ

こか ら教育機会の創 出と変動を考察すること は必要なことになろう。教育体制の創出する教育の機会は

,社

会成員 にとって

,

どのよ うな意味を 持つのだろうか。教育の機会の倉」出の しかたは

,将

来の権力構造の効率性 と有効性を左右するもの となろう。従 って

,教

育体制内的な価値の体系化

,そ

れによる教育の機会の様式化は

,現

実の社会 状況 との間に

,大

きな時間差があってはならない(23) 注 lll 後藤誠也

;

ミ教育の機会、 (「鳥取大学教育学部研究報告・ 教育科学」第ηO巻第 2号

,1968j,PP244

--272 12)教育による人材生産を労働能力という観点か ら把握すれば

,い

わゆる経済的な側面か らの把握が強まる。 教育による人材生産を有効かつ効率的に計画するとなれば

,経

済的な側面か らの把握は妥当であろう。 こ の場合

,勢

い量的な測定 とその計画化が重視されすぎる。教育による人材生産は有効かつ効率的であるこ とが望ましい。 しか し

,そ

のような教育生産の計画化

,経

済化は

,社

会構造ない し政治的な権力構造 との 対比において政策化されるはずである。そこに

,教

育計画

,教

育制度の変容の政治性を考慮する視点があ ろう。

(3)Parsons,T,and N.」

,SmeISe■ Economy and Society,1956(富永健一訳「経済と社会」は】19

50,

訳書 PP 74-75。 Parsons,T.; “On the COncept of Political POwer''in`CIass,Status

and Power'(Bendix, R.and S, M. Lipset eds,), 1966, PP 240-265

(4)Bell,D.,The End of ldeology,1%0,(岡

田直 之訳「 イデ オ ロギーの終焉」

,1969),訳

書序文

P14

参照

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