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音楽を享受する快楽,視覚と共受する喜び

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DOI: http://dx.doi.org/10.14947/psychono.35.7 25 山崎: 音楽を享受する快楽,視覚と共受する喜び

音楽を享受する快楽,視覚と共受する喜び

山 崎 晃 男

大阪樟蔭女子大学

The pleasure of music by itself and with visual stimuli

Teruo Yamasaki

Department of Psychology, Faculty of Liberal Arts, Osaka Shoin Women s University

Music often moves us and provides great pleasure. The origins of this ability of music remain a mystery. Re-cently, an increasing number of studies have proposed evolutionary theories of human musicality, although several researchers deny the adaptive value of music. In this paper, the origins of the pleasure that music provides were dis-cussed in terms of human evolution and cultural adaptation. A possibility in which both evolutionary and cultural adaptation resulted in the pleasure of music was shown. Next, the relationship between music and visual stimuli was focused on. Owing to the development of music devices and the Internet, music is heard increasingly with visual stimuli, like background music in everyday life, films, drama, dance, computer games, music videos, etc. Based on the author’s findings on the cross-modal effects between music and visual stimuli, the pleasure of listening to music with visual stimuli was discussed. It was emphasized that the meaning of music is strengthened, changed, and multi-layered by visual stimuli when it is enjoyed with the visual stimuli.

Keywords: human musicality, evolution, cultural adaptation, cross-modal, pleasure of music

は じ め に 音楽は人の心を動かし,快楽をもたらす。また,現代 では再生機器やインターネットの発達などにより,音楽 は集中的聴取の対象として単独で享受されるだけではな く,視覚刺激とともに「共受」されることも多い。本稿 では,まず音楽が快楽をもたらす理由について,ヒトの 進化に音楽が果たした役割と,聴覚の特性に基づく文化 的適応という 2つの観点から説明を試みる。そのうえ で,音楽が視覚と共受されるときのクロスモーダルな相 互作用とそこから生じる喜びについて考えてみたい。 音楽の進化的起源 進化心理学の興隆,そしてPinker (1997)が音楽を「生 き残りのための有利さは何も与えない」が「私たちの少 なくとも6つの精神機能の感じやすいところをくすぐる ように絶妙に作られた聴覚的チーズケーキである」と述 べたことに刺激され,Pinkerとは逆に音楽性は適応価を 持つがゆえにヒトの進化の過程で獲得されたものである という主張が近年,様々な研究者によってなされてい る。このような主張は,そもそも Darwin (1874 池田・ 伊谷訳 1979)が「人類の起源」の中で「人間の先祖の 男または女,あるいは男女ともに,有節音による会話で 互いに愛をうちあける能力を身につけるまでは,音楽的 な調子やリズムで相手を魅惑しようと努力したというこ とがあったかもしれない。」という形で示唆している。 近年では,Miller (2000)が同様に,音楽は直接的な生 き残りには役立たないが,心的・身体的協応能力や認知 的情動的能力など様々な能力の高さを示す正直な信号と して働くので,音楽性の高い個体は異性に選ばれやす い,という性選択説を主張している。 一方,配偶者獲得ではなく,音楽性は社会的な結びつ きを強める機能ゆえに進化したと主張する研究者もい る。Aielo & Dunbar (1993)は,霊長類の集団サイズは 新皮質の相対的サイズと関係し,霊長類の集団サイズと 社会的グルーミングに割く時間にも一定の関係があるこ とを示したうえで,社会的グルーミングに割くことので きる時間は餌集めなどそれ以外に割く必要のある時間を

The Japanese Journal of Psychonomic Science

2016, Vol. 35, No. 1, 25–28

講演論文

Copyright 2016. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Corresponding address: Department of Psychology, Faculty

of Liberal Arts, Osaka Shoin Women’s University, 4–2–26 Hishiya-nishi, Higashi-Osaka, Osaka 577–8550, Japan. E-mail: [email protected]

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26 基礎心理学研究 第35巻 第1号 考えると昼間時間の 30%程度までであると仮定し,ヒ トの化石資料が示す新皮質のサイズの変遷にこれらをあ てはめると,ヒトの集団サイズは約50万年前に社会的 グルーミングの限界に達し,一度により多くの個体間で コミュニケーションが取れる音声的コミュニケーション が必要になったと推測している。Dunbar (2012)はさら に,音声的コミュニケーションに必要であろう呼吸の制 御と舌の制御が約50万年前に向上したことを化石資料 が示している一方,文法能力と関係していると考えられ るFOXP2遺伝子が約20万年前までには生じていなかっ たという知見を引きながら,音声的コミュニケーション の成立と文法を有する言語の成立との間の時期には合唱 のような形態のコミュニケーションが社会的グルーミン グと同様の社会的紐帯維持の機能を有していたと論じて いる。 音楽と社会的な結びつきとの関係についての心理学的 研究としては,Hagan & Bryant (2003)が,音楽演奏の 各パートの同期の程度を操作した刺激を用いた聴取実験 を行い,同期の程度によって左右される音楽の質が演奏 者の集団凝集性に対する聴取者の判断に影響することを 見出した。彼らはこの結果を,音楽が集団の凝集性の高 さを他集団に示すための信号として働く証拠であると考 えている。Loersch & Arbuckle (2013)は,自分の属する 集団(内集団)を自分が属さない集団(外集団)よりも 好意的に評価するという内集団バイアスの高さと音楽に 対する主観的反応性(音楽によって感情が影響を受ける と自分で考えている程度)の間に正の相関があること, 内集団への帰属欲求の高さと音楽に対する主観的反応性 の間に正の相関があること,内集団への帰属性が脅かさ れた者は音楽に対する反応性が高まることなどを実験に よって示し,これらの結果は音楽が人々の社会的結びつ きを強めるために進化してきたことを示唆するものであ ると主張している。 Levitin (2008)が「我々が今のような音楽との関係を 持っているのは,我々の祖先の中で音楽的であることが 楽しいと思った者が,自分の遺伝子を後世に伝えるのが うまかったからだ。」と述べているように,音楽性が適 応価を持ちヒトの進化の過程で獲得されてきたものであ れば,そのこと自体が音楽に対する快楽の理由となる。 音楽が配偶者獲得に関係するのであれば,音楽を聴くこ とは性的興奮や異性に対する肯定的感情を喚起すること になるだろう。また,音楽が社会的紐帯を強めたり集団 凝集性を示したりする機能を有するのであれば,音楽の 演奏や聴取は好意,誇り,忠誠,高揚などといった対人 あるいは対集団的な様々な感情をもたらすことになるだ ろう。もちろん,音楽の起源を進化に求める主張にはま だまだ実証的証拠が不足している。しかし,音楽的とみ なせる活動を有しない文化が今のところ見出されていな いことにも示される「音楽の快楽」の普遍性は,音楽性 が進化的適応として獲得された可能性を示唆しているの かもしれない。 音楽の文化的起源 これまで述べてきたように音楽の進化的起源を強調す る研究がある一方,音楽をヒトの持つ様々な生得的メカ ニズムを利用して文化的に作り上げられてきたものと考 える研究者たちもいる。その代表が先に述べた Pinker (1997)である。彼は,音楽そのものには適応を助ける ような機能はなく,音楽とはそれとは関係なく進化した 6つの精神機能(ただし,6つめの精神機能は「その他」 とされているので,特定されているのは5つ)を巧みに 刺激するように作られた「麻薬のカクテル」に過ぎない, としている。彼があげている精神機能は,言語,聴覚の 情景分析,情動のコール,生息地選択,運動制御である が,最初の4つは聴覚を通じて快をもたらし,最後の運 動制御は運動を通じて快をもたらす精神機能であるとさ れる。 より最近になって,Changizi (2011)も音楽性の起源 を進化以外に求める主張をしている。彼は「人の動き」 に注目をし,人の動きが発生する動作音が音楽の起源で あると述べている。例えば,人の歩行に特徴的なリズム や他者が自分に接近・後退するときに動作音に生じる ドップラー効果などが,それらの動作が人にもたらす感 情的効果のゆえに音楽のリズムやメロディの基本パター ンとして取り入れられ,文化的に洗練されていったとい う主張である。 PinkerにせよChangiziにせよ,音楽性はその適応価ゆ えに進化し快楽をもたらしているのではなく,音楽は適 応に関わる別の理由で快楽をもたらす音の特徴を取り込 み,文化的に作り上げられたとの主張であろう。音楽の 進化起源説と同様,こちらの主張にもまだまだ圧倒的に 証拠が足りないが,音楽の快楽の究極因を明らかにする ためにはこうしたアプローチを推し進めていく必要があ るのではないだろうか。もちろん,現在我々が聴いてい る音楽の多様性を考えた場合,音楽の進化起源説と文化 起源説の両方が正しく,音楽の快楽の強さと多様性をと もにもたらしているという可能性も十分にあるように思 われる。

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27 山崎: 音楽を享受する快楽,視覚と共受する喜び 音楽と視覚刺激の違い ここまで音楽の快楽の起源について考えてきた。とこ ろで,音楽が進化的な起源を有するのであればもちろん のこと,そうでなかったとしても音楽は先史・有史を通 じてほとんどの時代に儀礼やダンス,演劇など音楽以外 の要素とともに享受され,音楽が単体で集中的聴取の対 象とされることはむしろ少なかったと考えられる。さら に今日では,再生装置やインターネットなどの発達に よって,私的空間,公共空間,商業空間などの別なくい つでもどこでも音楽を流すことができ,音楽が視覚刺激 と共受される場面はきわめて多い。そこで,ここからは 本稿のもう一つのテーマである「音楽と視覚刺激の共 受」について考えてみたい。 これまでに述べてきた音楽の起源に関する諸説は様々 であるが,音楽が何らかの状態を示すことでその機能を 果たしていると考えている点では共通している。たとえ ば,配偶者となるにふさわしい高い心的・身体的能力を 有していることや,相手に対して敵意がなく友好的であ ること,集団として結束していること,周囲の環境が安 全であること,他者が近づいてきていることなどであ る。また,音楽は感情と密接に関わるが,感情も人間の 持つ状態の重要な側面である。このように,音楽は一般 的に物事が「どのように」あるのかということを伝える。 それに対し,視覚は一義的には「何」が「どこ」にある のかを示す。少なくとも,絵画や室内装飾,風景など, 静止もしくはそれほど変化しない刺激の場合はそうであ ろう。もちろん,現実に展開していく出来事,ダンス, 映画,演劇などの場合は,視覚刺激も「何」と「どこ」 に加えて「どのように」という情報を与える。音楽と視 覚刺激の共受を考える際には,音楽と視覚刺激のこうし た特性を考慮する必要があるだろう。 クロスモダリティ実験 筆者が音楽と絵画を用いて行った研究では,音楽と風 景画をそれぞれ単独もしくは同時に呈示し,単独の時と 異なるモダリティの刺激と組み合わされた時とでの印象 の変化を測定した(山崎,2013)。その結果,異なるモ ダリティの刺激と組み合わされることで音楽も絵画も組 み合わされた刺激の印象に近づく方向に印象が変化する が,音楽による絵画の印象の変化の方が,絵画による音 楽の印象の変化よりも大きかった。一方,今回の日本基 礎心理学会大会で発表した研究では,音楽と写真を用い て,同様の実験を行った。ただし,今回は静止した写真 を音楽と組み合わせる条件に加えて,類似した印象を与 える写真が1秒に1枚の割合で次々に切り替わるという 条件を設けた。その結果,静止写真では絵画と同様,音 楽による写真の印象の変化の方が写真による音楽の印象 の変化よりも大きかったが,連続的に変化する写真で は,音楽による写真の印象の変化は写真による音楽の印 象の変化と同じかむしろ小さかった。 我々は様々な感覚器官からの情報を統合して環境を把 握する。音楽と視覚刺激が同時に呈示された時もそれら を統合した解釈を作り上げようとし,その一方の印象の みを尋ねられた場合にももう一方の情報が自然と影響し てしまうのであろう。その際,音楽は全体が「どのよう な」場であるかを示すことを通じて視覚刺激の印象に強 く影響するのに対して,もっぱら「何」が「どこ」にあ るかを示すだけで「どのように」をあまり示さない静止 した視覚刺激は音楽にそれほど強い影響を与えない。と ころが静止した視覚刺激であっても連続的に呈示された 場合には「どのように」という意味が生じ,音楽にも強 い影響を与えるのではないだろうか。 音楽と視覚刺激の共受 現実に音楽と視覚刺激が共受される状況としては, 様々な空間でのBGMの使用,映画,演劇,ダンス,コ ンピュータ・ゲームなどでの音楽の利用,ミュージッ ク・ビデオなど様々なものがある。このうち,空間での BGM使用では,その空間が比較的定常なものであれば 空 間 の 印 象 に 音 楽 の 印 象 が 大 き く 影 響 す る だ ろ う (Yama saki, Yamada, & Laukka, 2013)。この場合,音楽が 空間の解釈を導いていると言えるかもしれない。映画や 演劇,ダンス,コンピュータ・ゲームなどでは視覚刺激 が時間的に変化をし「どのような」という意味を生成す る。したがって,そこで流れる音楽が持つ「どのよう な」との間で,意味を強調しあったり,異化しあった り,二つの「どのような」が並列的に存在して意味を複 層化したりといった,様々な事態が生じることになる。 また,ミュージック・ビデオは音楽が主で視覚が従とい う数少ない例であるが,音楽の「どのように」を視覚に よって強調するために,視覚的なものの中でも我々に とって強い意味を持つダンスのような人の動きが多用さ れている。 音楽と視覚刺激を共受する喜びとは,異なったモダリ ティ間で生じる,こうした意味の導入,強調,異化,複層 化がもたらすものではないだろうか。音楽は単体でも 我々に強い快楽を与えてくれる。しかし,視覚とともに共 受される時,単体での享受とはまた異なる意味の躍動が 生じる。これもまた音楽がもたらす快楽,喜びであろう。

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28 基礎心理学研究 第35巻 第1号

引 用 文 献

Aiello, L. C., & Dunbar, R. (1993). Neocortex size, group size and the evolution of language. Current Anthropology, 34, 184–193.

Changizi, M. (2011). Harnessed: How language and music

mimicked nature and transformed ape to man. Dallas, TX:

BebBella Books, Inc.

Darwin, C. R. (1874). The descent of man. 2nd ed. London: John Murray.(ダーウィン, C. R. 池田次郎・伊谷純一 郎訳(1979).ダーウィン(pp. 63–560).中央公論社) Dunbar, R. (2012). On the evolutionary function of song and dance. In N. Bannan (Ed.), Music, language, & human

evo-lution. (pp. 201–214). Oxford: Oxford University Press.

Hagen, E. E., & Bryant, G. A. (2003). Music and dance as a

co-alition signaling system. Human Nature, 14, 21–51. Levitin, D. J. (2008). The world in six songs. New York: Dutton/

Penguin.

Loersch, C., & Arbuckle, N. L. (2013). Unraveling the mystery of music: Music as an evolved group process. Journal of

Per-sonality and Social Psychology, 105, 777–798.

Miller, G. (2008). Evolution of human music through sexual selection. In N. L. Wallin, B. Merker, & S. Brown (Eds.) The

origins of music (pp. 329–360). Cambridge: The MIT Press.

Pinker, S. (1997). How the mind works. NY: Norton.

山崎晃男(2013).音楽と絵画の相互作用について 大 阪樟蔭女子大学研究紀要,3, 73–81.

Yamasaki, T., Yamada, K., & Laukka, P. (2013). Viewing the world through the prism of music: Effects of music on per-ceptions of the environment. Psychology of Music, 43, 61– 74.

参照

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