資
料
院内助産で分娩管理を行った生殖補助医療(ART)妊婦の
産後過多出血の検討
Investigation of postpartum hemorrhage related
to assisted reproductive technology (ART) pregnancy managed
by in-hospital midwife care system
大 島 和 美(Kazumi OSHIMA)
*1横 井
暁(Akira YOKOI)
*2,†柴 田 幸 子(Sachiko SHIBATA)
*1真 野 真紀子(Makiko MANO)
*1 抄 録 目 的 バースセンター(以下BC)は,総合周産期母子医療センターに併設する院内助産施設である。BCで は妊娠分娩経過は正常であっても,出産後に予期せぬ多量出血を経験することがある。生殖補助医療 (以下ART)妊娠は癒着胎盤のリスク因子と言われており,且つ癒着胎盤は産科危機的出血の原因とな り得る。当施設ではART妊娠であっても院内助産分娩希望があれば,産科医許可のもとBCで分娩を取 扱っている。本研究では ART妊娠(新鮮胚移植妊娠,融解胚移植妊娠)の産後過多出血(以下PPH)を 検証し,院内助産におけるリスク評価,及び対応を検討した。 対象と方法 研究デザインは症例対照研究である。対象は 2013 年 4 月から 2016 年 3 月の調査期間中に BC で取り 扱った分娩 604 例で,うち非ART 妊娠は 567 例,ART 妊娠は 37 例(新鮮胚移植 9例,融解胚移植28 例) であった。非ART妊娠と新鮮胚移植妊娠,融解胚移植妊娠で分娩後出血量,産褥24時間出血量,及び PPH(分娩後出血 500ml 以上,産褥 24 時間出血 800ml 以上)頻度の統計解析を行った。分娩後出血量, 産褥24時間出血量を重回帰分析で,PPH頻度を多変量ロジスティック分析により検証した。 結 果 融解胚移植妊娠は分娩後出血量,産褥24時間出血量が非ART妊娠より有意に多く,PPHの頻度は非 ART妊娠より有意に高かった。PPHのうち4例が産科危機的出血であったが,うち3例は融解胚移植の ART妊婦であった。 2017年10月4日受付 2018年9月28日採用 2018年12月25日公開*1名古屋第一赤十字病院(Japanese Red Cross Nagoya Daiichi Hospital)
*2名古屋大学大学院医学系研究科産婦人科学(Department of Obstetrics and Gynecology, Nagoya University Graduate School of Medicine)
(現所属)†テキサス州立大学MDアンダーソンがんセンター婦人科腫瘍・生殖医療学(Department of Gynecologic Oncology & Reproductive
Medicine, The University of Texas, MD Anderson Cancer Center)
ART妊婦の中でも融解胚移植妊娠はPPHのリスク因子になることが示唆された。融解胚移植妊娠に ついては医師と速やかな医療連携がとれる体制の確立,及び将来的に院内助産分娩の対象から除外すべ きか検討するための調査が必要と考える。 キーワード:院内助産システム,産後過多出血,生殖補助医療妊娠,融解胚移植妊娠 Abstract Purpose
The authors' birth center is an in-hospital midwifery facility annexed to the Perinatal Medical Center. Even if the course of pregnancy and delivery is uneventful, unexpected massive bleeding can occur after childbirth. Pregnancies conceived via assisted reproductive technology (ART) are said to be a risk factor forplacenta accreta; and placenta accreta can cause critical obstetrical hemorrhage. In our facility, if a parturient conceived via ART wishes to give birth in an in-hospital midwifery unit, childbirth is carried out in a birth center with the permission of the obstetrician. We conducted a case-control study about postpartum hemorrhage (PPH) to examine the safety of giving birth of pregnant women conceived via ART (fresh embryo transfer and cryopreserved embryo transfer) in an in-hospital midwifery care. Subjects and Methods
During the survey period between April 2013 and March 2016, the total number of birth center deliveries was 604, including 567 not conceived through ART and 37 conceived through ART: fresh embryo transfer in 9 cases and cry-opreserved embryo transfer (CET) in 28 cases. We carried out a statistical analysis of the amount of postpartum bleeding, the amount of bleeding during the 24 hours following delivery, and the frequency of PPH (postpartum bleeding of 500mL or more, or bleeding of 800mL or more during the 24 hours following delivery) among pregnancies not conceived through ART, pregnancies conceived through fresh embryo transfer, and pregnancies conceived through CET. Multiple linear regression analysis of the amount of postpartum bleeding and the amount of bleeding during the 24 hours following delivery was performed, and the frequency of PPH was determined using multivariate logistic analysis. Results
The amount of postpartum bleeding and the amount during the 24 hours following delivery were significantly greater among pregnancies conceived through CET than among those not conceived through ART; the frequency of PPH was also significantly higher among pregnancies conceived through CET than among those not conceived through ART. In addition, PPH consisted of critical obstetrical hemorrhage in 4 cases, 3 of which occurred in mothers pregnant with fetuses conceived through ART using CET.
Conclusions
Our study suggested that pregnancy conceived through CET was a risk factor for PPH. Regarding care system and eligibility for giving birth of pregnant women conceived through CET in an in-hospital midwifery unit, further investigations are needed.
Key words: midwife care system, postpartum hemorrhage, assisted reproductive technology, cryopreserved embryo transfer
Ⅰ.緒 言
近年,我が国では院内助産システムが推進され,助 産師主導で正常分娩を取り扱う施設が増加してきてい る(日本看護協会健康政策部助産師課,2017)。院内 助産施設は正常な妊娠分娩経過をたどる妊産婦を分娩 の対象としているが,分娩後に予期せぬ多量出血を経 験することがある。異常発生時には,併設する医療機 関の産婦人科医師と連携し緊急時対応に当たるが,産 科危機的出血の回避および適切な対処は,院内助産施 設にとって重要な課題である。 バースセンター(以下BC)は,総合周産期母子医療 センター(以下周産期センター)に併設する院内助産 施設で,生殖補助医療(以下ART)妊娠であっても合 併症がなく妊娠経過が正常で院内助産分娩希望があれ ば,産科医の許可のもと BC にて分娩を取扱ってい る。 産婦人科診療ガイドライン産科編 2011 では,Low risk妊婦抽出のためのチェックリストとして,対象と なる妊婦が院内助産管理可能かどうかの識別のため の参考基準を提示している(日本産婦人科学会他, 2011)。また,助産業務ガイドラインにおいても,同様の目的で妊婦管理適応リストが示されている(日本 助産師会,2014)。どのような異常が認められた場合 に医師主導に移行するかは,施設ごとに予め医師と助 産師との間で策定しておくことを勧めているが,これ らのチェックリストの中に ART 妊娠の項目は設定さ れていない。 近年晩婚化が進み,加齢に伴う妊孕性の低下と共に ART妊婦は増加し,当施設では院内助産分娩を希望 するART妊婦も増加傾向にある。また,開設後3年間 の 604例の正常分娩後に 4例の産科危機的出血を経験 し,うち 3例が融解胚移植による ART 妊娠であった。 これらのことを契機に,ART 妊娠(新鮮胚移植妊娠, 融解胚移植妊娠)の産後過多出血(以下 PPH)を検証 し,院内助産におけるリスク評価,及び対応を検討す ることを目的として本研究を行うに至った。
Ⅱ.研 究 方 法
1.研究デザイン 診療録及び助産録を用いた症例対照研究である。 2.研究対象 2013年 4 月 1 日から 2016 年 3 月 31 日の間に,BC で 取り扱ったすべての助産師立会い分娩604例を対象と した。 BCにおける妊娠分娩管理は,2008年度厚生労働科 学研究費補助金分担研究報告書の「院内助産ガイドラ イン医師と助産師の役割分担と協働」(中林,2009), および産婦人科診療ガイドライン産科編2011<「助産 師主導院内助産システム」で取り扱い可能なLow risk 妊娠・分娩とは?>(日本産科婦人科学会他,2011) に準拠している。分娩は,妊娠経過に異常のなかった 妊娠36週0日から41週6日までの自然分娩のみとして いる。なお分娩開始時,分娩中に異常経過となった場 合には,併設する病院の周産期センターに移動して医 師立会い分娩となるため,研究対象からは除外した。 分娩後は,胎児娩出後早期に出血予防目的で子宮収 縮剤(一般名:メチルエルゴメトリンマレイン酸塩) を1錠0.125mg内服しているが,分娩第III期短縮のた めのブラントアンドリュース胎盤圧出法などは行わず に胎盤の自然剥離徴候を待機している。正常分娩の範 囲内と考えられる分娩時の自然会陰裂傷は,助産師が 縫合処置を行っている。なお分娩後からの出血が 500mlを超えた場合を医師報告基準としている。 3.調査方法 電子カルテ内の診療録及び助産録より,PPH のリ スク因子とされる初産,肥満,分娩遷延,短時間の分 娩, 分 娩 第 III 期 の 遷 延(日 本 産 科 婦 人 科 学 会 他, 2014)などを考慮してデータを収集した。データの項 目は,母体年齢,妊娠歴,初経産,非妊時BMI,分娩 週数日,分娩所要時間,分娩第II期所要時間,出生児 体重,分娩第 III 期所要時間,及び分娩後出血量,産 褥24時間出血量とした。 妊娠歴は ART 妊娠の有無で区別し,ART 妊娠の場 合は融解胚移植妊娠に PPH のリスク因子となる癒着 胎盤の頻度が増加するとの報告(Kaser, et al. 2015)を 考慮し新鮮胚移植と融解胚移植で分類した。 産婦人科診療ガイドライン産科編 2014 は,経腟分 娩での PPH の基準として出血量 500ml 以上/24 時間 を採用している(日本産科婦人科学会他,2014)。同 じく WHO も PPH に対する予防と治療の推奨の中で (World Health Organization, 2012),出血量500ml以上/ 24時間を PPH の基準として提唱している。一方で日 本産科婦人科学会等による産科危機的出血への対応ガ イドライン 2010 には,分娩時出血量の 90 パーセンタ イル値(単胎,経腟分娩)として800ml以上との記載が ある(日本産科婦人科学会他,2010)。助産業務ガイ ドライン 2014 は,その発行にあたって PPH の基準を 当初の 800ml 以上/2 時間から,急遽 500ml 以上/2 時間 に変更して採用しており(日本助産学会,2014),「分 娩時」「分娩後」「500ml 以上」「800ml 以上」「 /2 時間」 「 /24時間」と定義,基準の混乱が収束していない。そ こで今回著者らは PPH の基準を,A. 胎児娩出直後か ら胎盤娩出・裂傷縫合終了までの分娩後出血量500ml 以上,B. 産褥 24時間出血量 800ml以上,C. 分娩後出 血量500ml以上または産褥24時間出血量800ml以上(A またはB),と設定して研究を行うこととした。 BCでの医師報告基準としている分娩後からの出血 が500mlを超えた症例を含め,産褥異常経過の症例に ついては,医師による診察・処置の具体的内容,輸液 の有無と輸液の具体的内容,周産期センターへの移送 の有無について追加の調査を行った。 4.分析方法 目的変数として,分娩後出血量,産褥 24 時間出血 量,基準 A,B,C での PPH の有無,を設定した。説 明変数として,非 ART 妊娠と新鮮胚移植妊娠,非 ART妊娠と融解胚移植妊娠,母体年齢,初経産,非 院内助産で分娩管理を行ったART妊婦の産後過多出血妊時BMI,分娩週数日,分娩所要時間,分娩第II期所 要時間,出生児体重,分娩第 III 期所要時間,を設定 した。分娩後出血量,産褥 24 時間出血量の連続変数 については単回帰,重回帰分析を,基準 A,B,C で の PPH の有無の離散変数については単回帰,多変量 ロジスティック回帰分析を行った。本研究におけるす べての統計解析は,非 ART 妊娠と新鮮胚移植妊娠, 非 ART 妊娠と融解胚移植妊娠の背景因子の二群間比 較でのロジスティック回帰分析を含め,SPSS version 24.0(SPSS Inc. Chicago, Illinois, USA)を用いて行い, 有意水準は0.05とした。 5.倫理的配慮 本研究は,後方視的検討のため研究対象者から同意 を得ていないが,名古屋第一赤十字病院倫理審査委員 会(整理番号:2016-20)の承認を得て行った。イン ターネットに接続不可能でパスワードによりセキュリ ティーが保たれた状況下の電子カルテからデータ収集 した。研究対象者の氏名及びカルテIDと研究IDの照 合表を作成した連結可能匿名化データのため,著者の 責任において照合表は厳重に管理し,また今回の研究 結果の記載の中で研究対象者の個人情報が特定できな いよう配慮した。
Ⅲ.研 究 結 果
2013年 4 月 1 日から 2016 年 3 月 31 日の 3 年間に取り 扱った BC 分娩 604 例中,ART 妊娠は 37 例(6.1%)で, うち融解胚移植妊娠は28例,新鮮胚移植妊娠は9例で あった。 表1に非ART妊娠567例,融解胚移植妊娠28例,新 鮮胚移植妊娠9例における母体年齢,初経産,非妊時 BMI,分娩週数日,分娩所要時間,分娩第II期所要時 間,出生児体重,分娩第 III 期所要時間と,分娩後出 血量,産褥 24 時間出血量,基準 A,B,C 各々での PPHの頻度について概要を示した。融解胚移植妊娠 は非 ART 妊娠より有意に高年齢で(p<0.01),分娩第 II期所要時間が長かった(p=0.04)。新鮮胚移植妊娠 も非 ART 妊娠より有意に高年齢で(p<0.01),分娩第 II期所要時間が長かった(p<0.01)。その他の背景因 子の初経産,非妊時 BMI,分娩週数日,分娩所要時 間,出生児体重,分娩第 III 期所要時間については, 非 ART 妊娠と ART 妊娠(融解胚移植妊娠および新鮮 胚移植妊娠)で有意差は認められなかった。 表2に示したように分娩後出血量に関する単回帰分 析では,非 ART 妊娠と融解胚移植妊娠,分娩第 II 期 所要時間,分娩週数日,出生児体重,分娩第 III 期所 要時間で有意差が認められた。そこで,これら5項目 について重回帰分析を行ったところ,非 ART 妊娠と 融解胚移植妊娠,分娩第 II 期所要時間,出生児体重, 分娩第 III 期所要時間で有意差が認められた。また, 産褥 24 時間出血量に関する単回帰分析では,分娩後 出血量と同様に非 ART 妊娠と融解胚移植妊娠,分娩 第II期所要時間,分娩週数日,出生児体重,分娩第III 非ART妊娠 ART妊娠 融解胚移植妊娠 新鮮胚移植妊娠 N 567 28 9 母体年齢(y),Mean±SD 31.8±4.3 36.3±3.2 37.3±2.4 初産婦,%(n/N) 43.7(248/567) 42.9(12/28) 66.7(6/9) 非妊時BMI,Mean±SD 20.5±2.7 20.8±2.9 20.0±1.7 分娩所要時間(分),Mean±SD 541±418 661±394 470±293 分娩第II期所要時間(分),Mean±SD 60±58 83±65 102±65 分娩週数日,Mean±SD 39w4d±1w0d 39w4d±1w1d 39w 2d±1w 0d 出生児体重(g),Mean±SD 3,066±324 3,149±351 2,971±266 分娩第III 期所要時間(分),Mean±SD 16.2±14.9 15.2±11.1 8.1±2.7 分娩後出血量(ml)*, Median(min-max) 200(10-1,780) 493(30-2,338) 190(90-760) 産褥24時間出血量(ml),Median(min-max) 280(50-2,223) 588(90-3,747) 260(120-1,000) 基準A PPH, %(n/N) 13.4(76/567) 50(14/28) 11.1(1/9) 基準B PPH, %(n/N) 10.8(61/567) 28.6(8/28) 11.1(1/9) 基準C PPH, %(n/N) 15.2(86/567) 50(14/28) 11.1(1/9) *分娩直後より胎盤娩出・裂傷縫合終了までの出血量 基準A.胎児娩出直後から胎盤娩出・裂傷縫合終了までの分娩後出血量500ml以上 基準B.産褥24時間出血量800ml以上 基準C(基準AまたはB).分娩後出血量500ml以上または産褥24時間出血量800ml以上期所要時間で有意差が認められた。そこで,これら5 項目について重回帰分析を行ったところ,非 ART 妊 娠と融解胚移植妊娠,出生児体重,分娩第 III 期所要 時間で有意差が認められた。 表3に示した基準AでのPPHの有無に関する単回帰 分析でも,非ART妊娠と融解胚移植妊娠,分娩第II期 所要時間,分娩週数日,出生児体重,分娩第 III 期所 要時間で有意差が認められた。そこで,これら5項目 について多変量ロジスティック分析を行ったところ, 非ART妊娠と融解胚移植妊娠(オッズ比6.07,95%信 頼区間 2.68-13.75),分娩第 II 期所要時間(オッズ比 1.01,95% 信頼区間 1.00-1.01),分娩第 III 期所要時間 (オッズ比1.02,95%信頼区間1.01-1.03)で有意差が認 められた。基準BでのPPHの有無に関する単回帰分析 では,非 ART 妊娠と融解胚移植妊娠,分娩週数日, 出生児体重で有意差が認められた。そこで,これら3 項目について多変量ロジスティック分析を行ったとこ ろ,非 ART 妊娠と融解胚移植妊娠(オッズ比 3.10, 95%信頼区間 1.29-7.46),出生児体重(オッズ比 1.00, 95%信頼区間 1.00-1.00)で有意差が認められた。基準 Cでの PPH の有無に関する単回帰分析では,非 ART 妊娠と融解胚移植妊娠,分娩第II期所要時間,分娩週 数日,出生児体重,分娩第 III 期所要時間で有意差が 認められた。そこで,これら5項目について多変量ロ ジスティック分析を行ったところ,非 ART 妊娠と融 解 胚 移 植 妊 娠(オ ッ ズ 比 5.22 , 95% 信 頼 区 間 2.33-11.74),分娩第 II 期所要時間(オッズ比 1.01,95% 信 頼区画 1.00-1.01),分娩第 III 期所要時間(オッズ比 1.02,95%信頼区間1.01-1.03)で有意差が認められた。 表4に示したように,分娩後出血量,産褥24時間出 血量に関する重回帰分析,基準 A,B,C での PPH の 有無に関する多変量ロジスティック分析のいずれにお いても,非 ART 妊娠と融解胚移植妊娠の間に有意差 が認められた。 表5に非ART妊娠とART妊娠(融解胚移植,新鮮胚 移植)のPPHの詳細,概要を示した。非ART妊娠567 例中,基準 A 且つ基準 B で PPH は 51 例(9.0%),基準 Aで PPH であるが基準 B で PPH ではないものは 25 例 (4.4%),基準 A で PPH ではないが基準 B で PPH のも のは 10 例(1.8%)であり,基準 C で PPH は 86/567 例 (15.2%)であった。PPHによる周産期センターへの移 送は 18/567 例(3.2%)であった。そのうち 1 例が出血 量1 L以上,ショック指数1以上,院内医師緊急招集, 周産期センター移送の産科危機的出血に該当する症例 であった。PPH の原因は,弛緩性出血 43 例,産道損 傷 5 例,付着胎盤 4 例,胎盤一部遺残 3 例,不詳 31 例 であった。付着胎盤 4 例のうち 1 例は臨床的分類第 3 群の癒着胎盤が疑われた。 一方,融解胚移植妊娠28例中,基準A且つ基準Bで PPHは 8 例(28.6%),基準 A で PPH であるが基準 B で 表2 分娩後出血量,産褥24時間出血量と属性との関連 単回帰 重回帰 標準化係数β p値 標準化係数β p値 分娩後 出血量 非ART 妊娠と新鮮胚移植妊娠 −0.02 0.63 非ART 妊娠と融解胚移植妊娠 0.24 <0.01 0.23 <0.01 母体年齢 0.03 0.46 初経産 −0.06 0.13 非妊時BMI 0.06 0.14 分娩所要時間 0.06 0.15 分娩第II期所要時間 0.19 <0.01 0.15 <0.01 分娩週数日 0.08 0.04 0.05 0.25 出生児体重 0.15 <0.01 0.11 0.01 分娩第III期所要時間 0.22 <0.01 0.21 <0.01 産褥24 時間 出血量 非ART 妊娠と新鮮胚移植妊娠 −0.02 0.57 非ART 妊娠と融解胚移植妊娠 0.27 <0.01 0.26 <0.01 母体年齢 0.05 0.23 初経産 0.00 0.92 非妊時BMI 0.05 0.18 分娩所要時間 0.01 0.84 分娩第II期所要時間 0.12 0.00 0.07 0.07 分娩週数日 0.10 0.01 0.08 0.07 出生児体重 0.14 0.00 0.09 0.03 分娩第III期所要時間 0.20 <0.01 0.21 <0.01 院内助産で分娩管理を行ったART妊婦の産後過多出血
単回帰解析 多変量解析 p値 オッズ比 (95% 信頼区間) p値 オッズ比 (95% 信頼区間) 基 準 A 非ART妊娠と新鮮胚移植妊娠 0.84 0.81 (0.01-6.55) 非ART妊娠と融解胚移植妊娠 <0.01 6.46 (2.96-14.08) <0.01 6.07 (2.68-13.75) 母体年齢 0.54 1.02 (0.97-1.07) 初経産 0.37 0.81 (0.52-1.27) 非妊時BMI 0.26 1.05 (0.97-1.13) 分娩所要時間 0.85 1.00 (1.00-1.00) 分娩第II期所要時間 <0.01 1.01 (1.00-1.01) 0.00 1.01 (1.00-1.01) 分娩週数日 0.05 1.04 (1.00-1.07) 0.13 1.03 (0.99-1.07) 出生児体重 0.02 1.00 (1.00-1.00) 0.20 1.00 (1.00-1.00) 分娩第III期所要時間 0.01 1.02 (1.00-1.03) 0.01 1.02 (1.01-1.03) 基 準 B 非ART妊娠と新鮮胚移植妊娠 0.97 1.04 (0.13-8.43) 非ART妊娠と融解胚移植妊娠 0.01 3.32 (1.40-7.86) 0.01 3.10 (1.29-7.46) 母体年齢 0.85 1.01 (0.95-1.06) 初経産 0.33 1.29 (0.77-2.15) 非妊時BMI 0.09 1.07 (0.99-1.17) 分娩所要時間 0.62 1.00 (1.00-1.00) 分娩第II期所要時間 0.20 1.00 (1.00-1.01) 分娩週数日 0.04 1.04 (1.00-1.08) 0.29 1.02 (0.98-1.07) 出生児体重 0.00 1.00 (1.00-1.00) 0.02 1.00 (1.00-1.00) 分娩第III期所要時間 0.06 1.01 (1.00-1.03) 基 準 C 非ART妊娠と新鮮胚移植妊娠 0.74 0.70 (0.09-5.66) 非ART妊娠と融解胚移植妊娠 <0.01 5.59 (2.58-12.15) <0.01 5.22 (2.33-11.74) 母体年齢 0.86 1.00 (0.96-1.05) 初経産 0.74 0.93 (0.61-1.43) 非妊時BMI 0.20 1.06 (0.98-1.13) 分娩所要時間 0.91 1.00 (1.00-1.00) 分娩第II期所要時間 <0.01 1.01 (1.00-1.01) 0.00 1.01 (1.00-1.01) 分娩週数日 0.04 1.04 (1.00-1.07) 0.15 1.03 (0.99-1.07) 出生児体重 0.01 1.00 (1.00-1.00) 0.11 1.00 (1.00-1.00) 分娩第III期所要時間 0.02 1.02 (1.00-1.03) 0.01 1.02 (1.01-1.03) 基準A.胎児娩出直後から胎盤娩出・裂傷縫合終了までの分娩後出血量500ml以上 基準B.産褥24時間出血量800ml以上 基準C(基準AまたはB).分娩後出血量500ml以上または産褥24時間出血量800ml以上 表4 産後出血状況と属性との関連の要約 産後出血状況 分娩後出血量 産褥24時間出血量 PPHの有無基準Aでの PPHの有無基準Bでの PPHの有無基準Cでの 属 性 新鮮胚移植妊娠 融解胚移植妊娠 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 母体年齢 初経産 非妊時BMI 分娩所要時間 分娩第II期所要時間 ◎ ◎ ◎ 分娩週数日 出生児体重 ◎ ◎ ◎ 分娩第III期所要時間 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎,重回帰,多変量ロジスティック分析でp<0.05 基準A.胎児娩出直後から胎盤娩出・裂傷縫合終了までの分娩後出血量500ml以上 基準B.産褥24時間出血量800ml以上 基準C(基準AまたはB).分娩後出血量500ml以上または産褥24時間出血量800ml以上
PPHではないものは6例(21.4%),基準AでPPH では ないが基準 B で PPH は 0 例で,基準 C で PPH は 14/28 例(50%)であった。PPH による周産期センターへの 移送は3/28例(10.7%)で,その3例ともが上記の産科 危機的出血に該当する症例であった。PPHの原因は, 弛緩性出血 5 例,産道損傷 1 例,付着胎盤 2 例,胎盤 一部遺残 1 例,不詳 5 例であった。付着胎盤 2 例のう ち1例は臨床的分類第3群の癒着胎盤が疑われた。 非 ART 妊娠 567 例,融解胚移植妊娠 28 例の分娩第 III期所要時間(Mean±SD)は,各々16.2±14.9,15.2± 11.1分で有意差は認めなかった(表1参照)。停留胎盤 (分娩第 III 期所要時間 30 分以上)も,各々48/567 例 (8.5%),4/28例(14.3%)で有意差は認めなかった。非 ART妊娠567例中の付着胎盤,胎盤一部遺残は,分娩 後過多出血のなかった 5 例を含めて 12 例(2.1%),融 解胚移植妊娠28例中の付着胎盤,胎盤一部遺残は3例 (10.7%)であった。この胎盤関連疾患(付着胎盤,胎 盤一部遺残)を目的変数とした統計解析で,説明変数 の非 ART 妊娠と融解胚移植妊娠,非 ART 妊娠と新鮮 胚移植妊娠,母体年齢,初経産,非妊時BMI,分娩週 数日,分娩所要時間,分娩第II期所要時間,出生児体 重(分娩第 III 期所要時間は含めず)のうち,単回帰, 単変量解析で有意差を認めたのは非 ART 妊娠と融解 胚移植妊娠(p<0.01),母体年齢(p=0.03)の 2 つの因 子であった。この非 ART 妊娠と融解胚移植妊娠,母 体年齢を2変数とした多変量ロジスティック回帰分析 で,胎盤関連疾患は非 ART 妊娠に比べて融解胚移植 妊娠が有意に高い頻度であった(p=0.02,オッズ比 4.46,95%信頼区間1.26-15.75)。 なお,新鮮胚移植妊娠では 9 例中の 1 例(11.1%)が 弛緩性出血を原因とする基準 A 且つ基準 B で PPH で あったが,周産期センターへの移送は要していな かった。残りの8例は基準Aでも基準BでもPPHには 該当しない正常範囲の出血量であった。また,分娩第 III期所要時間(Mean±SD)は 8.1±2.7 分で,非 ART 妊 娠と有意差は認めなかった(表1参照)。
Ⅳ.考 察
最新の ART 妊娠の周産期予後に関する 50のコホー ト研究を用いたメタ分析の中で,11,300 の ART 単胎 妊娠と28,883の自然単胎妊娠の比較が行われ,相対危 険度1.29(95%信頼区画 1.06-1.57;P=0.01)で PPHが 増加すると報告されている(Quin, et al. 2016)。ART 妊娠の中でも融解胚移植妊娠のPPHに関する報告は, 著者らの調査した限りでは見つからなかった。今回の 研究のサンプルサイズは大きくはないが,BC の分娩 のため合併症がなく,妊娠,分娩経過に異常のない Low riskの正常単胎経腟分娩の集団であるという特徴 を有する。本BC分娩では,PPHのリスク因子とされ 表5 非ART,ART妊娠・分娩の産後過多出血(PPH)の頻度と原因 非ART妊娠 ART妊娠 融解胚移植妊娠 新鮮胚移植妊娠 N 567 28 9 基準A且つ基準BでPPH,%(n/N) 9.0(51/567) 28.6(8/28) 11.1(1/9) 基準AでPPHであるが基準BでPPHではない,%(n/N) 4.4(25/567) 21.4(6/28) 0 基準AでPPHではないが基準BでPPH,%(n/N) 1.8(10/567) 0 0 基準CでPPH,%(n/N) 15.2(86/567) 50(14/28) 11.1(1/9) 出 血 の 原 因 弛緩性出血,%(n/N) 7.6(43/567) 17.9(5/28) 11.1(1/9) 産道損傷,%(n/N) 0.9(5/567) 3.6(1/28) 0 付着胎盤*,%(n/N) 0.7(4/567) 7.1(2/28) 0 胎盤一部遺残**,%(n/N) 0.5(3/567) 3.6(1/28) 0 不詳***,%(n/N) 5.5(31/567) 17.9(5/28) 0 停留胎盤****,%(n/N) 8.5(48/567) 14.3(4/28) 0 PPHによる総合周産期母子医療センターへの移送,%(n/N) 3.2(18/567) 10.7(3/28) 0 産科危機的出血,%(n/N) 0.2(1/567) 10.7(3/28) 0 *分娩第III期所要時間30分以上で且つ胎盤用手剥離を要した症例 **超音波診断で確認し産褥子宮内清掃術を要した症例 ***医師処置あるいは輸液(オキシトシン混注)なく経過観察が可能であった症例 ****分娩第III期所要時間30分以上 基準A.胎児娩出直後から胎盤娩出・裂傷縫合終了までの分娩後出血量500ml以上 基準B.産褥24時間出血量800ml以上 基準C(基準AまたはB).分娩後出血量500ml以上または産褥24時間出血量800ml以上 院内助産で分娩管理を行ったART妊婦の産後過多出血児,多胎などは当初より除外されている。そのような 集団を対象とした今回の研究結果では,非 ART 妊娠 と新鮮胚移植妊娠の PPH に関する変数はいずれも統 計的有意差はなかったが,融解胚移植妊娠では,A, B,CいずれのPPH基準でも有意に頻度が高く,かつ 分娩後出血量,産褥 24 時間出血量も有意に多量であ ることが認められた。 我が国の ART 妊娠の周産期合併症に関する大規模 調査が,日本産科婦人科学会周産期登録データベース (2001~2008年の477,432例)を使用して,日本産科婦 人科学会周産期委員会により行われている。その中に PPHの集計はないが,ART 単胎妊娠で自然単胎妊娠 に比較して癒着胎盤の相対危険度が 2.27(95% 信頼 区間 1.84-2.80)と高くなることが報告されている(藤 森他,2011)。そして,最近ハーバード大学から癒着 胎盤は ART 妊娠の中で新鮮胚移植に比較して融解胚 移植で有意に増加する(調整後オッズ比 3.20;95%信 頼 区 間 1.14-9.02)と 報 告 さ れ て い る(Kaser, et al. 2015)。産科危機的出血を起こすリスク因子を調べる と,産科危機的出血への対応ガイドラインの中に,前 置・低置胎盤,癒着胎盤疑い,巨大子宮筋腫,羊水過 多,巨大児,多胎などが挙げられている(日本産科婦 人科学会,2010)。このリスク因子のほとんどは妊娠 中に検出することが可能だが,癒着胎盤だけは検出困 難で,前置ではない常位の癒着胎盤に関する分娩前診 断の報告例はほとんどなく,一般的には分娩前診断は できないとされている(板倉,2009)。すなわち,BC 分娩希望者の中から PPH のうちでも重大な危険性を 有する癒着胎盤を検出除外することは困難ということ になる。ちなみに,今回の研究で付着胎盤,胎盤一部 遺残の頻度を非 ART 妊娠と融解胚移植妊娠で比較し たところ,オッズ比 4.461(信頼区間 1.264-15.745)で 融解胚移植妊娠に頻度が高かった。 今回の研究結果について,生殖医療の専門家とも議 論を重ねたが,「そのような少数のサンプルサイズの 研究で融解胚移植妊娠が癒着胎盤に関連すると簡単に 結論付けるのはいかがなものでしょうか。そもそも ARTを必要とする患者さんは妊娠すると 35 歳以上の 高齢妊婦に該当してしまう年齢の方も多く,子宮筋腫 核出術や帝王切開,流産や子宮内掻爬といった子宮手 術の既往が多く,元々の不妊の原因として,子宮内膜 の形成不全の可能性があることも考えられます。それ を融解胚移植の採卵や胚移植時の子宮内操作の影響 でしょうか。加えて癒着胎盤の発生機序は現在も不明 です」という指摘が寄せられた(承諾を得て記載)。確 かに,今回の研究のサンプルサイズは小さく,また ART,融解胚移植が必要になった妊婦の詳細な背景, 具体的に子宮内掻爬といった子宮手術の既往の調査 はできておらず,これらは本研究の限界とも考えら れた。 今回の研究からは,ART 妊娠の中でも融解胚移植 妊娠は PPH のリスクが高いことが明らかになった。 安心で安全に出産できるような院内助産システムの確 立に向け,さらなる検討が必要と考えられる。本研究 結果をふまえ,当施設では院内の取り組みとして,院 内助産を担う助産師全員と連携する産婦人科医師の間 で今回の研究結果の共有,及び融解胚移植妊婦の分娩 入院時点での医師への事前報告の徹底を行っている。 今後,産婦人科診療ガイドライン産科編2017<「助産 ケア中心の妊娠・出産支援システム」の対象にできる 妊娠および分娩は?>の,Low risk妊婦抽出のための チェックリストに融解胚移植妊娠を追加すべきかどう か,既設の日本産科婦人科学会生殖・内分泌委員会と 周産期委員会の合同小委員会などで,ART 妊娠,融 解胚移植妊娠と産後過多出血に関する調査が行われる ことを期待したい。 謝 辞 研究全般にわたって御助言をいただいた元名古屋第 一赤十字病院産婦人科 石川薫先生に深く感謝いたし ます。また,データの収集にあたって御協力をいただ いたBCの助産師の皆様にも深く感謝いたします。 利益相反 論文内容に関し開示すべき利益相反の事項はない。 文 献 藤森敬也,菅沼亮太,高橋秀憲(2011).ART 治療症例の 周産期予後調査 ― 日産婦周産期登録データベースを 用いて.産科と婦人科,89(7),863-869. 板倉敦夫(2009).産科疾患の診断・治療・管理 異常分娩 の管理と処置 癒着胎盤.日本産科婦人科学会雑誌, 61(3),N62-66.
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