スポーツ科学の限界と可能性 : 科学論の視点から
全文
(2) 目. 次. 序 章· · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · 1 第一節 研究の動機と目的 ··································································································· 1 第二節 先行研究の検討 ···································································································· 12 第三節 研究の方法と論文の構成 ···················································································· 14. 第一章 スポーツ科学を考察するための科学論の基盤 · · · · · · · · · · · · · 20 第一節 近代科学への「知」の系譜 ··················································································· 21 第一項 神学あるいは虚構の段階から形而上学あるいは抽象の段階 ····························22 第二項 形而上学あるいは抽象の段階から科学あるいは実証の段階 ··························· 32. 第二節 近代科学の思想的特徴 ······················································································· 43 第三節 「科学哲学」の誕生とその視点の必要性 ·························································· 53 第一項 科学におけるインターナルな視点 ····································································· 57 第二項 科学におけるエクスターナルな視点 ·································································· 73. 第二章 スポーツ科学における科学論の現状 · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · 84 第一節 第二節 第三節 第四節. わが国の体育学者における「科学」への期待 ················································· 85 体育学・スポーツ科学に関わる学問の名称問題とその未来像 ··················· 90 「モルフォロギー的考察」の功罪-金子のスポーツ科学への視点 ··········· 106 スポーツ科学の研究統合とアイデンティティの問題 -岸野のスポーツ科学への視点 ····································································· 113 第五節 体育学・スポーツ科学の学問性に関する問題 -佐藤のスポーツ科学への視点 ····································································· 120 第六節 スポーツ科学に対する科学論的批判 -樋口のスポーツ科学への視点 ····································································· 130. 第三章 スポーツ科学の限界 ··················································································· 138 第一節 スポーツ科学における「客観性」から見た限界·············································· 138 第一項 スポーツにおける様相の変化と「客観化」の結びつき····································· 141 第二項 スポーツにおける「数量化」の陥穽 ··································································· 156 第三項 スポーツ科学者における「主観-客観」図式の対概念理解の欠落 ·············· 163 第四項 研究方法における「主観」排除の不可能性 ····················································· 174.
(3) 第二節 スポーツ科学における「理論と実践」の関係から見た限界 ························ 182 第一項 スポーツ科学における理論の特性 ·································································· 184 第二項 実践の「知」の特性 ···························································································· 192 第三項 理論の「知」の特性····························································································· 199 第四項 理論知の実践知への適用の限界 ···································································· 209 第五項 運動学習の特異性-「わかる」と「できる」の関係 ··········································· 219 第六項 スポーツ科学における「理論の実践への適用」の認識論的限界 ·················· 229. 第四章 スポーツ科学の可能性 · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · 233 第一節 科学における新たな知的探究の方向性-「客観性」を越えて·················· 233 第二節 制度や研究方法の変化における「理論と実践」の新たな関係·················· 242 第三節 新たな研究方法の可能性-アクション・リサーチを中心として ·················· 249 第一項 アクション・リサーチとは何か-その背景 ························································· 251 第二項 アクション・リサーチの特徴 ··············································································· 255 第三項 共同生成としてのアクション・リサーチとその研究としての評価 ····················· 258 第四節 スポーツ科学の新たな可能性への展望 ························································· 263 第一項 「モード1」におけるスポーツ科学の位置づけ ················································· 263 第二項 「モード2」におけるスポーツ科学の位置づけ ················································· 266 第三項 「モード1」と「モード2」の関係におけるスポーツ科学の可能性 ····················· 269. 結 章 · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · 281 第一節 総括と結論 ············································································································· 281 第一項 スポーツ科学の限界 ························································································· 281 第二項 スポーツ科学の可能性 ····················································································· 284 第二節 今後の課題 ············································································································ 287. 文献一覧 · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · 289 謝 辞 ········································································································································· 303.
(4) 序 章. 序. 章. 第一節. 研究の動機と目的. 1964 年 10 月 10 日 、多 くの日 本 国 民 が待 ち望 んでい たオリンピッ クが東 京 で開 催 された。開 会 式 当 日 の朝 日 新 聞 社 説 は「オリンピックの開 会 を 迎 え て」と題 し 、1940 年 に第 12 回 大 会 の東 京 開 催 をかちとりながら戦 禍 に妨 げ ら れて返 上 し たこ と、ま たそれを 乗 り越 え 、 ス ポー ツを 通 じ て 平 和 な世 界 を 築 こ う とする クー ベ ル タ ンの 祈 念 にも 似 た日 本 のス ポ ーツ 界 の 願 い が 、今 回 の 大 会 にはあることを述 べた上 で、以 下 のように続 けている。. 今 大 会 は また 科 学 オ リン ピッ ク とも い わ れ る よう に 、電 子 計 算 機 に よる IBM の速 報 装 置 が初 め て本 格 的 に 全 会 場 に使 用 さ れる ほか に、自 動 電 子 式 審 判 装 置 や自 動 記 録 装 置 、超 音 波 方 式 の風 速 風 向 計 など、各 種 の電 子 機 器 や 、36 種 1,278 個 を数 える 競 技 用 時 計 が、すべて日 本 製 品 によっ てま かなわ れる のも 、国 産 品 使 用 の 画 期 的 な試 み とし て 力 強 い も の を 感 じ る 。シンコ ム3号 による テレビ の世 界 放 送 が初 め て実 現 する こ とととも に、科 学 オリンピッ クにふさわしい成 果 が期 待 されるのである 1 ) 。. 朝 日 新 聞 の社 説 が述 べる よう に、東 京 オリンピックは、まさ に 科 学 オリンピ ック. 2). であった。池 田 内 閣 によっ て「 国 民 所 得 倍 増 計 画 」 が閣 議 決 定 (1960. 年 )され、社 会 資 本 の充 実 と産 業 構 造 の高 度 化 が重 点 政 策 課 題 として設 定 されてスター トした 1960 年 代 は、日 本 にお ける戦 後 の復 興 を世 界 に誇 示 す るうえ で、またとない 機 会 であっ た。そし て 科 学 オリンピッ ク であるこ とは、電 子 機 器 の使 用 だけを根 拠 とするも のではなかった。. 1 ) 朝 日 新 聞 社 説 、1964 年 10 月 10 日 付 け朝 刊 . 2 ) 科 学 オ リ ンピック で あること を強 調 するのは 、朝 日 新 聞 だけで は ない。讀 賣 新 聞 は. 「科 学 兵 器 登 場 」(1964 年 10 月 10 日 付 け朝 刊 )と いう見 出 しで 、毎 日 新 聞 も 「科 学 の『選 手 』」(1964 年 10 月 13 日 付 け朝 刊 )と いう見 出 し で 、今 大 会 が「科 学 的 」で ある こ と を強 調 し ている。. 1.
(5) 序 章. 1959 年 IOC 総 会 において第 18 回 オリンピック大 会 の開 催 地 が東 京 に決 定 さ れる ととも に 、日 本 オ リン ピッ ク委 員 会 は、 「世 界 各 国 の選 手 を 迎 え る に 当 っ て、日 本 の選 手 を 強 化 し て、試 合 内 容 を も りあげる こ とが主 催 国 の義 務 であり、礼 儀 でもあるし、国 内 に向 っては、日 本 の選 手 が、国 民 の皆 さんに 納 得 し て も ら え る だけ の 成 績 を あ げる こ と が 責 任 でも ある 」 3 ) とし て 、1959 年 JOC ( 日 本 オ リン ピッ ク 委 員 会 ) の総 会 にお い て「 東 京 オ リン ピッ ク選 手 強 化 対 策 本 部 」の規 則 を決 定 。日 本 体 力 医 学 会 の東 俊 郎 理 事 長 と日 本 体 育 学 会 の加 藤 橘 夫 理 事 長 の会 談 によって、1961 年 2月 に正 式 な「スポーツ科 学 委 員 会 」が組 織 されたこともまた 科 学 オリンピッ ク の根 拠 であった 4 ) 。 「スポー ツ科 学 委 員 会 」 における研 究 テー マは、1.トレーニングの本 質 とね らいについて、2.発 育 との関 係 における負 荷 について、3.各 種 競 技 種 目 に おける身 体 適 性 と強 化 の方 法 について、4.スポー ツ栄 養 ( 付 ドーピングの効 果 ) につい て、5.環 境 衛 生 につい て、6.い わゆる あがりについ て、7.ス ポー ツ力 学 につい てであり 、こ れらのテーマを 、体 力 管 理 部 会 、トレ ーニ ング部 会 、 技 術 部 会 、心 理 部 会 とい う 各 々の組 織 におい て研 究 が進 め られた 5 ) 。こ こ に、 それまで日 本 体 力 医 学 会 と日 本 体 育 学 会 とに分 散 していた「スポー ツ科 学 」 の芽 が、東 京 オリンピッ クとい う 一 大 イ ベントのも とに結 集 さ れ、花 開 い たと言 えるであろう。 しかしながら、1 4 日 間 のオリンピッ ク大 会 を 終 えた時 点 での評 価 は、芳 しい ものではなかっ た。朝 日 新 聞 社 説 は「オリンピック大 会 の成 果 」と題 し、「94 カ 国 、7千 人 に及 ぶ空 前 の参 加 選 手 と、20 競 技 、163 種 目 にのぼる大 量 の競 技 種 目 を 経 とし 、近 代 建 築 の粋 を こ らし た 各 種 の競 技 施 設 や 、現 代 科 学 の 誇 る 電 子 工 学 機 器 と多 種 多 様 の 競 技 用 時 計 を 緯 とし たオ リンピッ ク東 京 大 会 の構 図 は、その斬 新 (ざんし ん) と規 模 の壮 大 において、これまでの大 会 に みられなかったものだけに、今 回 の大 会 が画 期 的 な民 族 図 会 を織 りなすであ 3 ) 東 俊 郎 (1965)、序 文 、東 京 オ リ ンピックスポ ーツ科 学 研 究 報 告 、財 団 法 人 日 本 体 育. 協 会 、p. 3. 4 ) 日 本 のオ リ ンピック体 制 の確 立 については 、関 春 南 (1997)、戦 後 日 本 のスポ ーツ 政. 策 −そ の構 造 と 展 開 、大 修 館 書 店 、pp. 85-170.参 照 。 5 ) 加 藤 橘 夫 、黒 田 善 雄 (1965)、スポ ーツ 科 学 研 究 委 員 会 設 立 の経 過 と 5年 間 のあゆ み、東 京 オ リ ンピックスポ ーツ 科 学 研 究 報 告 、財 団 法 人 日 本 体 育 協 会 、pp. 21-22.. 2.
(6) 序 章. ろうことは、国 民 のひとしく期 待 したところであった」 と述 べる。そして競 技 成 績 に関 し ては、「健 闘 し た日 本 選 手 」 とし つ つ も 、「オリンピッ クにお い ては、厚 く、 広 い 競 技 者 層 の中 から厳 選 さ れた心 身 とも にき わ め て強 力 な選 手 だけ が栄 冠 を 握 り 得 る 」 こ と か ら「 日 本 の ス ポ ー ツ 界 は 、 ( 中 略 ) す べ て の 競 技 種 目 に お い て、ピラ ミッ ド の底 辺 を ひろ げ、競 技 者 層 を 厚 くする 工 夫 と努 力 が何 よ り も大 切 なことを 知 らされた」と述 べている 6 ) 。 結 局 、 科 学 オリンピッ ク と称 さ れた東 京 オリンピッ クは、日 本 の建 築 物 や 電 子 機 器 等 の活 用 においては目 を見 張 る 成 果 があったものの、「スポーツ科 学 委 員 会 」がも たらし た研 究 成 果 にお い ては、期 待 さ れたほどの成 果 を あげ ることができなかっ たと言 わざるをえない。メ ダルの獲 得 数 も、金 メダル 1 6、銀 メ ダ ル5、銅 メ ダ ル8であっ たが、陸 上 では円 谷 選 手 の銅 メ ダ ルのみ で、水 泳 では1個 のメダルも獲 得 できなかっ た。 こ れらの結 果 を 受 け て、ス ポー ツ科 学 研 究 委 員 会 の委 員 長 を 務 め た東 は 、 報 告 書 において以 下 のように総 括 している。. こ の 委 員 会 (ス ポー ツ 科 学 委 員 会 : 引 用 者 注 ) のメ ン バ ー は 、全 国 的 な 視 野 に た っ て 、 広 く スポ ー ツ 医 学 研 究 者 、体 育 学 者 、 心 理 学 者 の 中 か ら 約 70 名 が選 任 さ れ、こ の人 々が4つ の部 会 (トレーニング部 会 、管 理 部 会 、 心 理 部 会 、 キネ シオ ロ ジー を 含 ん だ技 術 部 会 ) に各 々 属 し て 専 門 の 研 究 活 動 を 開 始 し た 。 特 に 、 こ の 際 、 現 場 と の連 絡 を 充 分 に と る 必 要 性 か ら 、 各 競 技 団 体 からも適 任 者 に加 わっ ても らう こととし 、コ ーチ諸 君 との合 同 会 議 を 随 時 開 催 、 更 に現 場 で の 生 き た協 力 が 出 来 る よう に 、 チー ムド ク ター 制 を採 用 し た。 こ れまで長 い 間 の日 本 ス ポー ツ界 の 悩 み で あっ た科 学 性 の欠 陥 を 是 正 す る ため の、極 め て有 効 適 切 な方 法 であり 、東 京 オリンピッ クが 、日 本 のス ポー ツ界 に残 し た数 々 の貴 い 経 験 の中 でも 一 つ の大 き な贈 り物 とい っ てよ. 6 ) 朝 日 新 聞 社 説 、1964 年 10 月 25 日 付 け朝 刊 .なお、毎 日 新 聞 、讀 賣 新 聞 も 「社 説 」. で は 一 様 に「成 功 」と 評 価 し ているが、伝 統 ある水 泳 競 技 や陸 上 競 技 と いう個 人 競 技 の不 振 を付 け加 え ていること が特 筆 さ れる。. 3.
(7) 序 章. いのではなかろう か。(中 略 ) その結 果 、 今 日 まで、 口 には 言 わ れ なが ら も 、実 際 に は、 仲 々出 来 な か っ たス ポーツと科 学 の結 びつき が、よう や く軌 道 に乗 り、数 多 くの実 用 的 研 究 が実 を 結 び 、 それ が 今 日 まで の トレ ーニ ング 方 法 の 反 省 材 料 と なり 、未 だ充 分 とはい え ない までも 、ある 程 度 の成 功 を かち得 る に至 っ たこ とは、誠 に喜 ばしい限 りである 7 ) 。. 東 は 、 「 ス ポ ー ツ 科 学 委 員 会 」 の 研 究 成 果 を 「 未 だ 充 分 と はい え ない ま で も」としつつも 、「長 い間 の日 本 スポー ツ界 の悩 みであっ た科 学 性 の欠 陥 を是 正 する 」 ため に、 そし て 「 口 に は言 わ れな が らも 、 実 際 に は 、仲 々 出 来 なかっ た スポ ー ツ と 科 学 の 結 び つ き 」と い う 点 を 高 く 評 価 し てい る 。 こ う し て 、 5 年 間 に約 7,700 万 円 弱 8 ) を費 やし たスポー ツ科 学 プロジェクトが終 了 し たのであ る。 東 京 オ リ ンピッ ク 以 降 、日 本 選 手 の 強 化 を 目 指 し 、競 技 成 績 の向 上 を 求 め たス ポーツ科 学 へ の期 待 は、紆 余 曲 折 を 経 つつ 現 在 にお い ても 継 続 し て いる。それは、文 部 科 学 省 が 2000 年 8月 に告 示 し た「スポーツ振 興 基 本 計 画 」 におい て「我 が国 の国 際 競 技 力 の総 合 的 な向 上 方 策 」を 掲 げ、その「政 策 目 標 達 成 のため に必 要 な施 策 」 とし て日 本 のスポーツ医 ・科 学 ・情 報 の拠 点 としての国 立 スポー ツ科 学 センター(Japa n Institute of Sp orts Science) がその中 核 的 役 割 を 担 う こ とが期 待 さ れて 設 立 さ れたこ とからも 知 る こ とがで きよう 。一 方 で、東 が東 京 オリンピッ クの競 技 成 績 につい て感 じ た「スポーツと 科 学 の結 びつ き 」 におけ る ある 種 のわ だか まり、すなわ ちス ポー ツ科 学 によっ て充 分 な研 究 成 果 が得 られなかっ たという 事 実 は、現 在 におい ても 常 なる課 題 として存 続 している。 7 ) 東 俊 郎 (1965)、前 掲 書 、pp. 3-4. 8 ) スポ ーツ 科 学 研 究 委 員 会 年 度 別 決 算 の推 移 (加 藤 橘 夫 、黒 田 善 雄 (1965)、前 掲. 書 、p. 29.)。なお 1964 年 は 9月 30 日 ま でのも のである。し か しながら、讀 賣 新 聞 (1964 年 10 月 10 日 付 け朝 刊 )は 、「選 手 の強 化 費 」と し て5年 間 で 、23 億 円 (コーチ 制 度 の確 立 、スポ ーツ 科 学 者 の支 援 集 団 の編 成 、海 外 遠 征 、海 外 か らの著 名 コー チ の招 聘 など)を使 い、金 メダル獲 得 数 15 個 を予 想 し たと して(実 際 は 、16 個 で あっ た)一 個 につき、1億 5千 万 円 で あったと 報 じ ている。. 4.
(8) 序 章. こ のよう に東 京 オリンピッ クを契 機 として、スポーツ界 においては「 スポー ツ」 、、、、 を科 学 的 対 象 とするこ とに対 する 期 待 のまなざし が注 がれたわけ である が、こ のことが社 会 一 般 、あるいは学 問 的 な世 界 に対 する認 知 度 と結 びつくわけで はなかっ た。 福 江 は 雑 誌 「 科 学 」 の コ ラ ム欄 に 「 × × を 科 学 す る 」 と 題 し て 以 下 の よう に 述 べている 。「 ペケペケは印 刷 の伏 字 じゃ なくて、ここ に SF とかス ポーツとか 恋 愛 とか、さまざまなジャンルの言 葉 が入 る」。そして「研 究 者 は自 分 の 専 門 を …ア カ デミッ クな学 術 研 究 を し てい る 」だけ でなく、「 ア カ デミッ クな学 術 研 究 とは別 に、身 のまわ りの現 象 とか、趣 味 的 なこ ととか、およそ学 術 論 文 に は な らない 類 のこ と に も 興 味 が 沸 い て 、つ い 科 学 的 考 証 を し てみ た くなる 研 究 者 もいる 」と述 べる 9 ) 。確 かに「 科 学 」 は、自 然 現 象 であれ社 会 現 象 であ れ、あらゆ る 現 象 を そ の対 象 とし てき た。し かし なが ら福 江 にとっ ては「 ス ポー ツ」も また「およそ学 術 論 文 にはならない 類 」 であり、つ い「 科 学 的 考 証 をし てみ たくなる 」も のの一 つとし てし か捉 え られてい ない 。し かし ながら現 状 は異 なる 。ス ポー ツは立 派 な「 学 術 論 文 」 の研 究 対 象 とし て社 会 的 、学 術 的 に認 められ、現 実 に「スポーツ科 学 」なるものは存 在 しているのである。 福 江 個 人 の「現 状 認 識 の甘 さ 」を 指 摘 するこ とは容 易 であろう 。今 日 、オリ ンピックや各 スポーツ種 目 における世 界 選 手 権 及 びワールド・カップ等 のメ ガ・スポーツイベントが開 催 さ れる たびに、様 々なメ ディアを 通 して、確 かに 我 々はス ポー ツ科 学 とい う 言 葉 を 目 に す る 。それだけ に留 ま らず 、一 般 市 民 が 日 常 の ス ポ ー ツ 活 動 を す る 際 にお い ても 、 ス ポ ー ツ に お け る 「 勝 利 」 とい う 成 果 、あるい はスポーツ活 動 を 行 うこ とによっ て得 るこ とのでき る「健 康 」 とい う 成 果 を よ り合 理 的 、 効 率 的 に 、い う な れば 「 科 学 的 」 に 得 る こ とを 目 的 とし て 蓄 積 さ れつつ ある 人 間 の「知 」 とい う 前 提 におい てス ポーツ科 学 という 用 語 が 使 用 さ れてい る とい う 認 識 。さ らにス ポーツ科 学 は、日 本 学 術 会 議 の会 員 で ある「日 本 体 育 学 会 」と「日 本 体 力 医 学 会 」 を母 体 とする多 くの研 究 者 によっ て、 そ れぞ れ の 領 域 か らさ ら に 専 門 化 さ れ た 新 た な 学 会 組 織 にお い て 研 究 が な さ れ て い る とい う 学 問 上 の 認 識 。 こ う し た ス ポ ー ツ 科 学 の 存 在 理 由 を 説 9 ) 福 江 純 (2007)、コラム:科 楽 講 座. ××を科 学 する、科 学 、Vol. 77、No. 6、p. 554.. 5.
(9) 序 章. 、、、、 明 すれば 、それなり の「 格 式 」に基 づい た「 科 学 」 である こ とは、多 くの人 の理 解 を得 ることができるものと言 えるであろう 。 とは言 う も のの、こ れらの説 明 でも っ て、福 江 の「 ス ポーツ」 に対 す る 文 化 的 な価 値 付 け とい う 個 人 的 な思 い だけ でなく、スポーツ科 学 そのも のが「 科 学 」 とし て成 立 し てい る か否 かとい う 「誤 解 」 の全 てを 解 消 す る こ とになる のであろ う か。さ らに 言 う ならば 、ス ポーツ 科 学 に 関 わ る 研 究 者 は、 福 江 だけ で なく 他 の領 域 の研 究 者 、 ある い は 一 般 の 人 々 が 持 つで あろ う ス ポー ツ科 学 に対 す る 「 誤 解 」を 解 くため に、充 分 な説 得 力 を 持 ちえ ている と言 え る であろう か。そ こにはどうしても 、「ス ポー ツ科 学 」という用 語 の存 在 を認 めつつも 、一 方 で「ス ポ ー ツ 科 学 」 が 学 問 と し て 存 在 す る こ と への 違 和 感 が 残 さ れ る 。 こ れ は 何 に 由 来 するのであろう か。 こ う し た「 違 和 感 」 が 、筆 者 の 個 人 的 感 情 か ら出 来 す る も の でない こ と は 、 「 ス ポー ツ 科 学 」ある い は そ の 多 く の 研 究 者 の 母 体 であ る 「 体 育 学 」 の 「 内 に ある 研 究 者 」によって、自 らの学 問 を 「 外 から」眺 める 視 点 において、こ れまで 批 判 的 に検 討 さ れてきたことからも 理 解 する ことができよう 。 例 え ば 佐 藤 臣 彦 は 、桑 原 武 夫 の「 文 化 力 」 1 0 ) とい う 語 法 にヒ ン トを 得 て、 「当 該 の学 問 が対 象 とする事 実 を合 理 的 に説 明 するとともに、適 切 な対 処 能 力 を 現 実 に対 し て発 揮 す る こ とで世 間 一 般 を 納 得 せし め る 力 量 のこ と」を 「学 問 力 」 と命 名 している が 1 1 ) 、スポーツ科 学 にお いてもまた、その「 学 問 力 」 の有 無 が問 題 にさ れ続 けてきてい るこ とを 指 摘 する 。具 体 的 には樋 口 聡 によ る 「 ス ポ ー ツ 科 学 は 学 問 と し て 充 実 し てい る の か 否 か 」 、 あ る い は 「 そ の 独 自 性 や ア イ デ ン テ ィ テ ィ を ど の よ う に 主 張 で き る の か 」 12 ) と い う 問 い が そ れ で あ る。 こ の問 い の矛 先 は、現 状 のス ポー ツ科 学 全 般 に向 け られたも のである 。そ してそれは、今 日 におけるス ポー ツ科 学 が、スポー ツ哲 学 やス ポーツ史 学 、ス. 1 0 ) 桑 原 武 夫 (1981)、「文 化 力 」と いうこと 、桑 原 武 夫 集 第 10 巻 所 収 、岩 波 書 店 . 1 1 ) 佐 藤 臣 彦 (2000)、体 育 学 における哲 学 的 研 究 の課 題 と 21 世 紀 への展 望 、体 育 学. 研 究 、第 45 巻 3号 、p. 433. 1 2 ) 樋 口 聡 (1999a)、科 学 論 か ら見 たスポ ーツ 科 学 の<内 >と <外 >、体 育 学 研 究 、第 44 巻 1号 、p. 44.. 6.
(10) 序 章. ポー ツ 社 会 学 等 のい わ ゆ る 人 文 ・社 会 科 学 の範 疇 に 属 す る 分 野 が 存 在 す る 一 方 で、ス ポ ーツ生 理 学 、 スポー ツ医 学 、ス ポー ツバ イ オメ カ ニ クス 等 々 の 自 然 科 学 の範 疇 に属 する 分 野 まで多 岐 に渡 っているこ とや 、そこ における研 究 成 果 が現 実 的 に社 会 に貢 献 し うるも のとなってい るのか、という 点 に向 け ら れ てい る の で ある 。こ の よ う な 状 況 を 鑑 み る とき 、 スポ ー ツ 科 学 にお け る 研 究 方 法 論 の独 自 性 がどこ にある のか、という問 いの必 然 性 も また理 解 されるとこ ろである。 こうしたスポーツ科 学 における学 問 的 状 況 は、多 くの先 行 する個 別 科 学 に おいても 、同 様 の様 相 を示 し てきた。それは物 理 学 を端 緒 とする 「科 学 主 義 」 の方 法 論 に準 拠 することこそが「学 問 」とし て認 知 される必 要 条 件 であり、さら には そ の個 別 科 学 の 独 自 性 と 自 律 性 も ま た求 め られ たき た から である 。言 う なれば、物 理 学 誕 生 以 降 に勃 興 し た全 ての学 問 におい て求 め られる問 題 で あったとも言 えよう。 例 えば 、体 育 学 の母 体 である 教 育 学 におけ る「科 学 化 」運 動 もまた、こうし た状 況 と類 似 の様 相 を示 してきた。 教 育 学 が、教 育 に 関 する 個 々 人 の経 験 や 信 念 を 述 べる だけ のも のか ら、 それらを 理 論 的 に 体 系 づけ たの は、教 育 の 目 的 を 倫 理 学 に、 また方 法 を 心 理 学 に求 めたヘルバ ルト( Johann F ried rich Herbart, 1 776−18 41)の『一 般 教 育 学 』にあるとされている。し かしながら、その「教 育 学 」 の独 自 性 を問 う とき、 「 教 育 学 」 は 何 らか の 基 礎 学 ( 倫 理 学 や心 理 学 ) に 立 脚 する 応 用 科 学 な の か 、 あ る い は 一 個 の 独 立 科 学 な の か 、 も し 独 立 科 学 で あ る と する な ら ば 、 隣 接 する 諸 個 別 科 学 から 区 別 さ れる 学 問 とし ての固 有 性 は何 なの か等 々 、 教 育 学 が個 別 科 学 とし ての 性 格 が あい まい で ある が 故 に 、多 様 な 議 論 を 生 み 出 してきた。なかでも ドイ ツでディルタイ(Wilhelm Christian Lutwig Dilthey, 1833− 1911 )を 元 祖 とし て打 ち立 て られた「 精 神 科 学 的 教 育 学 」 は 、ドイ ツ・ ワイ マール 共 和 国 時 代 や第 2 次 世 界 大 戦 の後 、し ば らくの 間 、ドイ ツ の大 学 の教 育 講 座 を支 配 していたが、こ れは「 科 学 的 」な方 法 とは言 っても 「解 釈 学 的 」な方 法 であり、どちらかと言 え ば 、やはり 哲 学 的 な方 法 論 を 用 い たも ので. 7.
(11) 序 章. あ っ た と 言 う13 ) 。 こ の 「 解 釈 学 的 」 方 法 論 に 対 す る 「 方 法 論 の 素 朴 さ 、 非 科 学 性 」 が批 判 さ れ、教 育 学 には「自 已 の教 育 認 識 の妥 当 性 を つね に事 実 と の対 応 におい て検 証 し 、事 実 に即 し た より 正 確 な認 識 」 におい て克 服 する こ とが求 め られた 1 4 ) 。 こ う し た 状 況 を 脱 却 す る 意 図 か ら 、 例 え ば ブ レ ツ ィ イ ン カ ( Wolfgang Brezinka, 1928 −) は『 教 育 学 から教 育 科 学 へ 』を 著 し てい る 。そこ でのブレ ツィイ ンカ の提 案 は、教 育 学 とい う それまで の伝 統 的 形 式 にお い ては蓄 積 さ れてこ なかっ た教 育 にかかわる 知 識 を 、「 教 育 科 学 」、「教 育 の哲 学 」、「実 践 的 教 育 学 」 の三 つ の研 究 領 域 に 分 割 す る こ とに よっ て、 「教 育 学 」 とい う 「一 つの同 じ 学 問 の内 部 で科 学 的 目 標 と哲 学 的 、実 践 的 目 標 とが互 いに混 じり 合 っ て追 求 さ れてき た とき よりも 、各 部 門 の ねらい とする 異 なっ た課 題 が かな り首 尾 よく達 成 できるようになる」とい う確 信 を基 にしたも のであっ た 1 5 ) 。そして そこ で採 用 さ れた方 法 が、教 育 現 象 そのものではなく、教 育 の理 論 を 対 象 と する 「教 育 理 論 の批 判 的 ・ 規 範 的 理 論 」も しくは簡 潔 に「 教 育 のメ タ理 論 」で あった 1 6 ) 。 こ う し た「 教 育 のメ タ理 論 」とい う 方 法 論 によっ て、「 教 育 学 」 は批 判 的 に検 討 さ れ、その一 つとし て「 教 育 科 学 」の成 立 の必 要 性 が提 唱 された。ブレ ツィ イ ン カ が それ ま で の 教 育 学 の 現 状 を ど の よ う に捉 え てい た の か につ い て 、新 井 は以 下 の点 を 指 摘 し ている。それによれば、第 一 に、教 育 現 実 についての 正 確 な( 厳 密 に言 え ば 確 度 の高 い ) 知 識 の 提 供 が 少 な かっ た ため 、知 識 獲 得 の方 法 が自 覚 さ れず に、し た がっ てまた 発 達 し なかっ たこ と、第 二 に、ある 事 実 につい ての不 確 かな認 識 にも とづい て、別 のより複 雑 な事 実 を 説 明 し よ う とすれば 、そ の説 明 は どう し ても 恣 意 的 に ならざる を 得 なかっ たこ と 、そし て 第 三 に 、一 お よび 二 の帰 結 とし て 、実 践 の ため の有 効 なプ ログ ラムを 提 示 し. 1 3 ) N. ケーニヒ (K. ルーメル、江 島 正 子 訳 )(1980)、教 育 科 学 理 論 、学 苑 社 、p. Ⅰ. 1 4 ) 高 橋 勝 (1977)、W .ブ レツ ィンカの「教 育 科 学 論 」のも つ意 義 −教 育 研 究 における. 科 学 と イ デオ ロギーの問 題 をめぐ って、教 育 哲 学 研 究 、No. 35、pp. 32-52. 1 5 ) W . ブ レツ ィンカ(小 笠 原 道 雄 監 訳 )(1990)、教 育 学 か ら教 育 科 学 へ―教 育 のメタ理. 論 ―、玉 川 大 学 出 版 部 、pp. 39- 40. 1 6 ) W . ブ レツ ィンカ(1990)、同 上 書 、p. 4.. 8.
(12) 序 章. 得 なかっ たこ とである 1 7 ) 。確 かに、教 育 事 実 を 正 確 に認 識 するこ とは教 育 問 題 解 決 のため の端 緒 であろう 。それ故 、「 教 育 学 の科 学 化 」によってそれらの 知 識 を 理 論 化 し 体 系 化 す れば 、 教 育 問 題 解 決 に 向 け た 「 実 践 の ため の 有 効 なプロ グラ ム」を 提 供 し う る とす る 「 教 育 科 学 」 そのも の に対 す る 信 頼 は 、こ うした方 法 によって物 理 学 が成 し 遂 げてきた成 果 を 省 みる までも なく、絶 大 な ものであったと考 え られる。それはまた、科 学 の方 法 論 に準 拠 し て導 き 出 され た理 論 の体 系 化 を 行 なうことこ そが、「教 育 学 」を「教 育 科 学 」という社 会 的 に 認 知 された学 問 へと誘 う刺 激 であるとともに、また求 める方 向 性 であった。 ブレ ツィインカにおける 「メ タ理 論 」的 方 法 は、先 にも述 べたように「教 育 学 」に向 け られたも のであっ た。し かし ながら 問 題 は、そこ に留 まる も のではな い 。 す な わ ちこ の 「 教 育 科 学 」 の 成 立 の た め の 「 科 学 的 方 法 」 に 対 す る 「 メ タ 理 論 」 も ま た 、実 は 問 わ れ る べき 問 い で あっ た。 確 かに ブレ ツ ィイ ンカ も 、「 科 学 的 方 法 の一 般 原 則 は、決 し て誤 り を 含 ま ない も のではない 」 とい う こ とを 前 提 にし ているものの、「多 くの学 問 で、科 学 的 方 法 を 通 してす でに獲 得 さ れて .. い る 諸 知 識 の こ と を 考 慮 す る な ら ば 、 教 育 問 題 の 解 明 と 解 決 も 、 や は りこ の 方 法 を 適 用 するこ とによっ てなさ れるのではないか」 という記 述 1 8 ) からする なら ば、「科 学 的 方 法 」に対 する期 待 は大 なるものであっ た。 こ れら のこ と か ら推 測 す る な らば 、あ らゆ る 学 問 にお い て 「 科 学 的 方 法 」 に 準 拠 す る こ と は、 学 問 と し て そ の信 頼 度 を 高 め る ため にも 、あ る い はそこ か ら 生 じる社 会 的 あるい は学 問 的 に認 知 される ためにも 、避 け て通 ることのでき な い「方 法 論 」であったと言 わざるを得 ない 。 ス ポー ツ科 学 者 におい ても 、「 科 学 的 方 法 」 に準 拠 し たス ポー ツ科 学 への 学 問 的 信 頼 に は 大 な る も の が あ る 。す な わ ち ス ポ ー ツ を 科 学 的 に 研 究 す れ ば 、 そ れ ら の成 果 に よっ て 「勝 利 を も た らす 」 、 ある い は 「 健 康 な 身 体 を 培 う 」 ため の諸 知 識 を得 るこ とができ るという スポー ツ科 学 の「 科 学 的 方 法 」 に対 す る 期 待 の前 提 に は、人 間 の発 す る 問 い す べ てに対 し て、科 学 的 に探 求 す る 1 7 ) 新 井 保 幸 (1978)、教 育 学 の科 学 的 性 格 について−W . ブレツ ィンカ『教 育 学 か ら教. 育 科 学 へ』私 註 −、人 文 論 究 、北 海 道 教 育 大 学 函 館 人 文 学 会 編 、第 38 号 、 pp. 5-6. 1 8 ) W . ブ レツ ィンカ(1990)、前 掲 書 、p. 48.. 9.
(13) 序 章. ことによっ て解 答 を 与 える ことができ るという 前 提 があると考 えられる 。し かしな がらこう し た前 提 がそのまま、スポー ツ現 象 の文 化 的 高 まりや スポー ツ科 学 の 学 問 的 充 実 と直 結 す る と仮 定 する こ とは、 可 能 なのであろう か。とりあえ ず 言 え る こ とは、. 科 学 オ リン ピッ ク と称 さ れた 東 京 オ リン ピッ ク は、 電 子 機 器 等. における「科 学 技 術 」における成 功 であっ た。にもかかわらず、毎 日 新 聞 の 「 科 学 の『選 手 』」 とい う 見 出 し に見 られる よ う に、い わ ゆ る 「機 器 」 による 成 功 が「選 手 」もまた科 学 によって強 化 さ れ「大 会 の成 功 」へ 導 いたという すり替 え が 、どこ か で成 さ れ たとい う こ と で ある 。 ま た それ は 後 述 す る よう に、 今 日 にお いても 見 出 すこ とができ るというこ とを 我 々 は看 過 する ことはでき ない 。こ うし た 「事 実 誤 認 」によって、スポー ツ科 学 に対 す る期 待 は、大 き な世 論 とし て形 成 されやすい側 面 を残 すことになる。 社 会 との関 連 で今 一 度 スポーツ 科 学 の「 学 問 力 」 を 問 う とき 、こ れまでスポ ーツ科 学 者 の研 究 に対 する 思 考 方 法 がい かなる も のであっ たのかという 問 い もまた検 討 対 象 となろう 。という のも、例 え ば 1965 年 にノーベル 医 学 生 理 学 賞 を 受 賞 し た ジャコ ブ( Jacob, F rançois, 1 920-) は「 学 者 は自 分 に接 近 可 能 と思 わ れる 問 題 、つ まり正 し い かどう か は 別 にし て 、とも かく自 分 に 解 決 可 能 と思 わ れる なか でい ちば んおも し ろい 問 題 に取 り かかる 」 1 9 ) と述 べてい る 。 こ の言 に従 う ならば、ス ポー ツ経 験 を 持 つ 研 究 者 にとっ て「 ス ポー ツ」 は、「お も し ろい 問 題 」 で あり 、そ れを 対 象 とす る こ と によっ て「 解 決 可 能 」 な問 題 か ら 取 り 上 げ られてき たのかも し れない 。し かしながらジャコ ブはさ らに付 け 加 え て 「科 学 的 方 法 とは、存 在 しうるも のを 、存 在 するものと絶 えず 突 き合 わ せるとこ ろにある」 2 0 ) と述 べる。果 たし てスポーツ科 学 者 は「 存 在 しうるも の」と「存 在 す るも の」 を 見 極 め た上 で、スポーツを 研 究 対 象 とし て来 たと言 える であろうか。 ある い は、「 存 在 し う る も の」を 越 え 「 存 在 し て欲 し い も の」を 求 め て 、ス ポ ー ツ 科 学 者 はただ闇 雲 に「科 学 的 探 究 の継 続 が真 理 に到 達 す る 」 とい う方 法 論 に絶 大 なる 信 頼 を 置 き 、そ の科 学 的 方 法 に「自 分 に解 決 可 能 と思 わ れる な. 1 9 ) F. ジャコブ (原 章 二 訳 )(2000)、ハエ、マウ ス、ヒト−一 生 物 学 者 による未 来 への証. 言 、みすず書 房 、p. 5. 2 0 ) F. ジャコブ (2000)、同 上 書 、p. 6.. 10.
(14) 序 章. かでい ちばんおもし ろい 問 題 」をインプッ トす ることで研 究 結 果 を 導 き出 してき たの では なか ろう か。 そし て その 研 究 成 果 が、 例 え ば スポー ツ実 践 の場 にお いてどれほど役 立 つか否 かは別 として、とり あえず「学 問 らしさ」を装 うこ とで満 足 してき たのではない か。社 会 とス ポー ツ科 学 の関 係 を 再 考 するため にも 、ま たス ポー ツ科 学 の真 なる 「学 問 力 」を 問 う ため にも 、まず はス ポー ツ科 学 者 が 自 ら 採 用 する 「科 学 的 方 法 」と は何 である のかを 問 う こ とが 求 め られる で あろ う。 これまで述 べてきたこ とから言 えるこ とは、科 学 は、近 代 という 時 代 を 形 成 し つつ世 界 的 な規 模 で拡 大 し てき たこ とであり 、そこ から導 き出 さ れた帰 結 は、 学 問 と し て の 正 当 な 資 格 は 科 学 だけ に 認 め よ う と す る 考 え 方 が 一 般 的 に な っ たと言 う こ とである 。そし てこ れからも また、 学 問 の基 準 とし て重 要 な 位 置 を 占 め る こ とに なる であ ろう 。 すなわ ち 理 論 的 なす べて の学 問 にとっ て 、科 学 と しての方 法 と体 裁 を整 えるこ とが理 想 とさ れねば ならない のである 。こ のことは ス ポー ツ科 学 におい ても 例 外 ではない 。では、こ う し た科 学 主 義 全 盛 の時 代 に お い て、 ス ポー ツ 科 学 そ の も のを 疑 う と い う よ う な 問 題 はい か に し て 検 討 し ていくことが可 能 であろうか。 山 本 は「形 而 上 学 の可 能 性 」という 論 文 の冒 頭 におい て以 下 のよう に述 べ てい る 。「こ の 論 文 では 主 とし て科 学 を 相 手 どっ て 議 論 が進 め ら れる 。 より 正 確 にい え ば、 相 手 は 科 学 そ のも の で はな く 、科 学 的 知 識 を 絶 対 化 す る 考 え 方 、す なわ ち、世 界 につい ての真 の知 識 は科 学 とし てのみ得 られ、それに尽 、、、、 き る とい う 考 え 方 である 」 2 1 ) 。こ の科 学 に対 する まなざし こ そが、ス ポー ツ科 学 へ の 視 点 、 すなわ ち ス ポ ー ツ 科 学 を < 外 > から な がめ る 視 点 の 必 要 性 を 示 唆 するものである。 このス ポーツ科 学 を< 外 > からながめる 視 点 つい ては、後 に検 討 する 樋 口 の論 文 に詳 しい 。それは「スポーツ科 学 」における< 内 >における 問 題 は、そ の<内 > において解 決 される も のではなく、当 該 の学 問 の<外 >における 視 点 からの問 題 とし てとりあげ られる べき であり、それを なし う る 可 能 性 を 持 つ の. 2 1 ) 山 本 信 (1977)、形 而 上 学 の可 能 性 、東 京 大 学 出 版 会 、p. 226.. 11.
(15) 序 章. が「ス ポーツ科 学 論 」である という 指 摘 である 2 2 ) 。そしてこうし た研 究 方 法 その も のを 問 う 、いわ ゆる 「メ タ」的 な問 い は、ス ポー ツ科 学 者 自 身 におい てなされ う る も のではなく 、こ れまで の科 学 におい ても そう であっ たよう に 、哲 学 的 な視 点 か ら の 問 い が 求 め ら れ る の で あ る 。 そ し てそ れ は 、 ス ポ ー ツ 科 学 が 科 学 の 一 分 野 であろう とする 限 り におい て、そこ に はどの よう な限 界 が存 在 する の か を まず は 問 う こ と であ り 、こ の 限 界 を 明 ら か にする こ と によ っ て 、ス ポー ツ科 学 の可 能 性 を求 めることができると考 え られる。 以 上 を 動 機 とし 、 本 研 究 の 目 的 は 、 ス ポ ー ツ 科 学 論 の 展 開 を 目 指 し 、哲 学 の一 分 野 である 科 学 論 (科 学 哲 学 ) の視 点 から、科 学 を 絶 対 視 する 科 学 観 を 相 対 化 し つ つ、ス ポーツ科 学 の限 界 を 明 らかにし 、そ れを 踏 まえ た上 で これからのスポーツ科 学 の可 能 性 を 考 察 す ることにある。. 第二節. 先行研究の検討. 今 日 における「科 学 論 (Science Stud ies)」 という用 語 は、科 学 史 、科 学 哲 学 、科 学 社 会 学 などを包 括 する 総 称 として用 いられている 2 3 ) 。科 学 論 は、科 学 哲 学 2 4 ) を その 端 緒 とし てい る わ け である が 、後 に科 学 史 や 科 学 社 会 学 と いう研 究 手 法 によって、科 学 実 験 に利 用 される器 具 の史 的 考 察 や科 学 者 集 団 を研 究 対 象 とし ても展 開 さ れてきている 。 「 ス ポー ツ 科 学 の 限 界 と 可 能 性 」 に つ い て 科 学 論 の 視 点 か ら論 じ よ う と す る 本 研 究 に 直 接 関 わ る 先 行 研 究 とし ては 、 『 体 育 科 教 育 』 に連 載 さ れ た「ス 2 2 ) 樋 口 聡 (1999)、前 掲 書 、pp. 42-46.参 照 。 2 3 ) 野 家 啓 一 (2002)、現 代 科 学 論 と サイエ ンス・ウ ォーズ、情 況 出 版 編 集 部 編 、科 学 ・. 環 境 ・生 命 を読 む、情 況 出 版 、p. 32. 2 4 ) D. ルクールによれば、フランス語 で 「科 学 哲 学 」という連 語 を作 ったのは、アンド レ=マ. リ ー・アンペール(1775-1836)の『科 学 哲 学 についての試 論 、あるいは 、あらゆる人 間 認 識 の自 然 なクラス分 けについての分 析 的 提 示 』 (1834)で あり、同 じ 頃 、オ ーギ ュスト ・コント も ま た科 学 哲 学 と いう連 語 を使 用 し ている。一 方 、イ ギリ スにおいては 、 1840 年 にウ ィリ アム・ヒ ューウ ェ ル(1794-1866)が『そ の歴 史 に基 づく帰 納 的 諸 科 学 の哲 学 』(1840)の最 終 見 地 において科 学 哲 学 が登 場 し たと している(D. ルクール (沢 崎 壮 宏 、竹 中 利 彦 、三 宅 岳 史 訳 )(2005)、科 学 哲 学 、白 水 社 、pp. 20-22.参 照 )。. 12.
(16) 序 章. ポー ツ科 学 論 序 説 」 2 5 ) を あげ る こ と が でき る 。 こ の「 スポ ー ツ科 学 論 序 説 」 で は、「スポーツ科 学 論 」を「スポーツ科 学 の本 質 や意 義 に関 する哲 学 的 考 察 」 2 6 ) と捉 え、その構 想 は、. ①「 体 育 学 」 とい う 学 問 の 枠 組 み におい て 誕 生 し 、 発 展 し てき た 我 が 国 の スポー ツ 科 学 の 歴 史 的 な系 譜 を 辿 り 、現 在 の ス ポ ー ツ科 学 が置 か れて い る 状 況 を 生 み出 し た歴 史 的 背 景 を 、イ メージの問 題 も 絡 め ながら探 る 27)、28)、29). 。. ②スポーツ科 学 が 問 題 にし よう とする テー マ は、多 かれ 少 なかれ広 い 意 味 での「トレ ーニ ング」 に関 わるも のである が、そのトレ ーニ ングとは、身 体 に 対 す る 人 為 的 な働 き かけ (= 身 体 へ の加 工 技 術 ) であり 、ス ポー ツ科 学 が人 間 の身 体 を ど の よう に見 てい る のか 、 その 「ま なざし 」 の質 を 考 察 す る30)、31)、32)。 ③ス ポーツ科 学 は役 に立 つのかとい ったテー マとの関 連 で、理 論 と実 践 の 関 係 の問 題 を取 り上 げる。理 論 知 と実 践 知 という「知 」の種 類 を取 り上 げる 。 理 論 知 と 実 践 知 とい う 知 の「 種 類 」 を 考 察 す る が 、そ う い っ た 知 に ついての見 方 の基 本 ・源 流 を探 る 3 3 ) 、 3 4 ) 、 3 5 ) 。 2 5 ) 「スポ ーツ 科 学 論 序 説 」は 、「体 育 科 教 育 」において、第 46 巻 第 6号 (1998 年 4月 ). か ら、第 2000 年 3月 号 ま で、2年 間 に渡 って連 載 された。 科 学 論 の意 義 、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :①、体 育 科 教 育 、第 46 巻 6号 、p. 63. 樋 口 聡 (1998b)、イ メージの生 成 −わが国 におけるスポ ーツ 科 学 の誕 生 Ⅰ、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :②、体 育 科 教 育 、第 46 巻 8号 、pp. 57-59. 樋 口 聡 (1998c )、イ メージの生 成 −わが国 におけるスポ ーツ 科 学 の誕 生 Ⅱ、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :③、体 育 科 教 育 、第 46 巻 9号 、pp. 51-53. 樋 口 聡 (1998d)、イ メージの生 成 −わが国 におけるスポ ーツ 科 学 の誕 生 Ⅲ、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :④、体 育 科 教 育 、第 46 巻 10 号 、pp. 54-56. 新 保 淳 (1998a)、スポ ーツ 科 学 における身 体 への「ま なざし 」の質 (Ⅰ)、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :⑤、体 育 科 教 育 、第 46 巻 12 号 、pp. 63-65. 新 保 淳 (1998b)、スポ ーツ 科 学 における身 体 への「ま なざし 」の質 (Ⅱ)、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :⑥、体 育 科 教 育 、第 46 巻 13 号 、pp. 45-47. 新 保 淳 (1998c )、スポ ーツ 科 学 における身 体 への「ま なざし 」の質 (Ⅲ)、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :⑦、体 育 科 教 育 、第 46 巻 14 号 、pp. 57-59. 林 英 彰 (1998a)、実 践 知 の立 場 か らと らえ たスポーツ 科 学 (Ⅰ)−ディレンマ−、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :⑧、体 育 科 教 育 、第 46 巻 16 号 、pp. 61-63. 林 英 彰 (1998b)、実 践 知 の立 場 か らと らえたスポーツ 科 学 (Ⅱ)−理 論 知 の囲 い込 みと 科 学 の逸 脱 −、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :⑨、体 育 科 教 育 、第 46 巻 18 号 、. 2 6 ) 樋 口 聡 (1998a)、序 論 27) 28) 29) 30) 31) 32) 33) 34). 13.
(17) 序 章. ④運 動 生 理 学 と い っ たス ポ ー ツ 科 学 の 具 体 的 な 試 みを 取 り 上 げ 、ス ポー ツ科 学 の内 部 の問 題 からスポーツ科 学 が有 している学 問 的 前 提 や性 格 を明 らかにする 3 6 ) 、 3 7 ) 、 3 8 ) 。 ⑤スポーツ科 学 の具 体 的 な内 容 か らは離 れ、ス ポー ツ科 学 を 一 つ の人 間 の営 み と見 なし 、職 業 とし て のス ポー ツ科 学 の側 面 に 光 を 当 てる 。学 問 、 研 究 、 教 育 の 内 容 云 々 で は な く 、 ス ポー ツ科 学 者 そ し て 広 く 学 校 教 育 の教 師 も 含 めた体 育 関 係 者 という人 々が構 成 する一 種 の利 益 集 団 をめ ぐる諸 問 題 を 考 察 する 3 9 ) 、 4 0 ) 、 4 1 ) 。 ⑥「 ス ポー ツ科 学 論 」は「 科 学 論 」を その理 論 的 背 景 とし て見 据 え てい る が、 スポーツ 科 学 論 で指 摘 さ れる こ と がら が、 決 し てスポー ツ科 学 や体 育 学 だけに特 有 の問 題 ではなく、学 問 全 体 の流 れや動 きと無 関 係 でないこと を 示 すため に、一 般 の科 学 史 ・科 学 社 会 学 の視 点 からスポー ツ科 学 に も適 用 可 能 な理 論 装 置 を検 討 する 4 2 ) 、 4 3 ) 、 4 4 ) 。 ⑦ス ポーツと同 様 に実 践 を含 んだ領 域 とし て特 に芸 術 を 取 り上 げ、その学 問 的 考 察 である美 学 に着 目 し、近 代 日 本 における学 問 の受 容 と成 立 pp. 60-62. 3 5 ) 林 英 彰 (1999)、実 践 知 の立 場 か らと らえたスポーツ 科 学 (Ⅲ)−スポ ーツ 科 学 は 《役. 36). 37) 38) 39) 40) 41) 42) 43) 44). に立 つ》のか ?−、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :⑩、体 育 科 教 育 、第 47 巻 1号 、 pp. 62-64. 中 村 好 男 (1999a)、無 酸 素 性 閾 値 にみる科 学 的 データの恣 意 性 −呼 吸 データ計 測 における先 入 見 の役 割 −、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :⑪、体 育 科 教 育 、第 47 巻 3号 、 pp. 53-55. 中 村 好 男 (1999b)、無 酸 素 性 閾 値 にみる科 学 的 データの恣 意 性 Ⅱ−閾 値 判 定 の 恣 意 性 −、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :⑫、体 育 科 教 育 、第 47 巻 4号 、pp. 60-62. 中 村 好 男 (1999c )、無 酸 素 性 閾 値 にみる科 学 的 データの恣 意 性 (Ⅲ)−理 論 構 築 の恣 意 性 −、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :⑬、体 育 科 教 育 、第 47 巻 5号 、pp. 60-62. 小 林 勝 法 (1999a)、スポ ーツ 科 学 研 究 の職 業 集 団 の誕 生 (Ⅰ) 職 業 と してのスポ ーツ 科 学 、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :⑭、体 育 科 教 育 、第 47 巻 7号 、pp. 44-46. 小 林 勝 法 (1999b)、スポ ーツ 科 学 界 の急 成 長 と学 術 界 か らの認 知 職 業 とし てのス ポ ーツ 科 学 、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :⑮、体 育 科 教 育 、第 47 巻 9号 、pp. 51-53. 小 林 勝 法 (1999c )、後 継 者 の養 成 と 採 用 職 業 と し てのスポ ーツ 科 学 、スポーツ 科 学 論 序 説 :⑯、体 育 科 教 育 、第 47 巻 11 号 、pp. 68-69. 成 定 薫 (1999a)、ディシプ リ ン・パラダイ ム・ルール スポ ーツ と 科 学 の間 、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :⑰、体 育 科 教 育 、第 47 巻 12 号 、pp. 57-59. 成 定 薫 (1999b)、ノーベル賞 と オリ ンピック スポ ーツ と 科 学 の間 、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :⑱、体 育 科 教 育 、第 47 巻 13 号 、pp. 69-71. 成 定 薫 (1999c )、不 正 /逸 脱 行 為 と 倫 理 スポーツ と 科 学 の間 、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :⑲、体 育 科 教 育 、第 47 巻 15 号 、pp. 57-59.. 14.
(18) 序 章. 過 程 からスポー ツ科 学 の問 題 を浮 き彫 り にする 4 5 ) 、 4 6 ) 。. とい う も のであっ た 4 7 ) 。こ れらの構 想 に沿 い 、それぞ れの論 者 によっ てテー マ ごとに議 論 が展 開 さ れたが、樋 口 は「連 載 の諸 論 文 の概 略 を振 り返 る だけ で、 さ まざまな問 題 の広 がり が見 え てくる 」 とし 、 「 それらは、新 たな 考 察 が展 開 す る出 発 点 である。そこにすでに科 学 論 の可 能 性 は示 唆 されているだろう」と 総 括 し ている 4 8 ) 。こ のこ とからも 、こ れら一 連 の論 文 は、「スポー ツ科 学 論 」 へ と誘 う先 行 研 究 とみなすことができるであろう 。 一 方 で、本 研 究 で対 象 とす る ス ポー ツ科 学 は、その出 自 におい て体 育 学 と密 接 な関 わりを 持 つ。それ故 、体 育 学 やスポーツ科 学 に関 し てその自 律 的 、 発 展 的 個 別 科 学 とし て成 立 さ せるこ とを 目 指 し た「 学 問 論 」 に関 しては、これ までも 数 多 く論 じ られてき た 。中 でも 『 体 育 の科 学 』 に連 載 さ れ た、「ス ポー ツ 科 学 の 体 系 化 と名 称 問 題 」 4 9 ) シリー ズに お い ては、 学 問 にお け る 「名 称 」 が 、 そ の 領 域 に お け る 研 究 対 象 を 特 定 す る と とも に 、 他 の 研 究 領 域 と の 差 異 を 確 定 するとい う意 味 におい て重 要 な意 味 を 持 つという 視 点 から展 開 された議 論 である。 またス ポーツ科 学 の「科 学 性 」に対 す る 批 判 から提 出 さ れた「 モル フォロギ ー 」 概 念 に関 連 する 金 子 明 友 の一 連 の文 献 5 0 ) も 、運 動 学 を 中 心 とし たス ポ ーツ科 学 批 判 を前 提 にし た独 自 の理 論 展 開 がそこ にはある。 さ らには 英 米 語 圏 にお い て 近 年 出 版 さ れ たスポーツ に関 する 科 学 哲 学 関 係 の先 行 研 究 としては、唯 一 、マクナ ミー( McNamee, M. J.)によって編 集 さ. 4 5 ) 青 木 孝 夫 (2000a)、藝 術 ・スポ ーツ ・演 劇. 変 身 する身 心 文 化 (そ の一 )、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :⑳、体 育 科 教 育 、第 48 巻 1号 、pp. 74-76. 4 6 ) 青 木 孝 夫 (2000b )、 文 物 文 化 ・ パフ ォーマ ン ス・ 藝 能 変 身 す る身 心 文 化 (そ の 二 )、 スポ ーツ 科 学 論 序 説 :21、体 育 科 教 育 、第 48 巻 3 号 、pp. 53-55. 4 7 ) 樋 口 聡 (1998)、前 掲 書 、pp. 63-64. 4 8 ) 樋 口 聡 (2000)、科 学 論 の可 能 性 −連 載 のまとめと 展 望 −、スポ ーツ 科 学 論 序 説 : 22、体 育 科 教 育 、第 48 巻 4 号 、p. 50. 4 9 ) 「体 育 の科 学 」(第 41 巻 6号 (1991)か ら第 42 巻 1号 (1992))ま で 8回 連 載 さ れた。 5 0 ) 金 子 の文 献 と し ては 、例 えば、金 子 明 友 (1997)、モ ルフォロギ一 、宮 本 省 三 ・沖 田 一 彦 選 、運 動 制 御 と 運 動 学 習 、協 同 医 書 出 版 社 .,金 子 明 友 、朝 岡 正 雄 編 (1990)、運 動 学 講 義 、大 修 館 書 店 .,金 子 明 友 (2002)、わざの伝 承 、明 和 出 版 . 等 があげられる。. 15.
Outline
関連したドキュメント
As a special case of that general result, we obtain new fractional inequalities involving fractional integrals and derivatives of Riemann-Liouville type1. Consequently, we get
Then it follows immediately from a suitable version of “Hensel’s Lemma” [cf., e.g., the argument of [4], Lemma 2.1] that S may be obtained, as the notation suggests, as the m A
Applications of msets in Logic Programming languages is found to over- come “computational inefficiency” inherent in otherwise situation, especially in solving a sweep of
Shi, “The essential norm of a composition operator on the Bloch space in polydiscs,” Chinese Journal of Contemporary Mathematics, vol. Chen, “Weighted composition operators from Fp,
[2])) and will not be repeated here. As had been mentioned there, the only feasible way in which the problem of a system of charged particles and, in particular, of ionic solutions
This paper presents an investigation into the mechanics of this specific problem and develops an analytical approach that accounts for the effects of geometrical and material data on
p≤x a 2 p log p/p k−1 which is proved in Section 4 using Shimura’s split of the Rankin–Selberg L -function into the ordinary Riemann zeta-function and the sym- metric square
In Section 4, by using Lashkevich’s construction of vertex operators in the GKO construction, an isomorphism is given between the fusion product of level 1 and level k