リーダーシップとしての企業家 55
リーダーシップとしての企業家
―企業家研究における信用と正統性,
戦略的行為―
高
橋
勅
徳
1 はじめに 将来に向けたビジョンを構築し,事業を構築していくことは,経営学におい て企業家研究とリーダーシップ論という,異なる二つの論理に基づいて展開さ れてきた。リーダーシップ(あるいはリーダー)と企業家は,共に組織におい て指導者機能を果たす人々に注目する概念である。しかしながら,同じ現象に 注目しながらも,異なる概念を用いるということは,我々(研究者)がその概 念を通じて異なる解釈を現象から見いだしていることを意味する。本論文の目 的は,企業家研究を改めてリーダーシップという視点から整理し,この研究領 域が提示してきた,リーダーシップ研究とは異なる指導者類型―すなわち企業 家―について理解することにある。 そこで本論文では,まず企業家研究の持つ独自の理論的視座を明らかにした 上で(2),企業家的リーダーシップの発露を起業に際しての資源動員(3) と,事業展開に際しての新商品・技術の普及戦略および参入障壁の構築(4)と いう,二つの論点から先行研究をレビューしていく。 2 変革の主体としての「企業家」 企業家という概念は,経済社会における指導者類型であり,リーダーシップ を発揮する人々を捉えた概念でもある。それゆえ,リーダーシップ研究におけ るリーダー(管理者)という概念と,企業家研究が捉えようとする企業家によ るリーダーシップの違いについて,まず論じておく必要がある。本論文ではま ず,企業家という概念の定義と,この概念が提案された意図に遡ることで,企56 彦根論叢 第367号 平成19(2007)年7月 業家研究が捉えようとするリーダーシップのイメージについて明らかにする。 2.1 企業家研究という研究領域 企業家研究の鍵概念であり,分析単位でもある企業家(entrepreneur)は, シュムペーター(1926)の『経済発展の理論』を出発点としている。同書にお いてシュムペーターは,経済社会における慣行を破壊し,新たな組織,市場, サービスを提供する「イノベーション(新結合)の遂行者」という人間類型と して企業家を位置づけている。均衡状態に生活する経済的に合理的な人々は, 与件に自動機械的に反応して行けば,損を被ることも無駄足を踏むこともなく 効率的に日常生活をおくることができる。従って日常生活において人々が均衡 状態を乱すような行動を選択する理由は無く,(たとえ創造的であっても)均 衡状態を破壊してしまう行動に対して人々は強い反発と弾圧を加えることにな る。シュムペーターはそのような反発や弾圧を乗り越え新結合を遂行する人間 類型として企業家という概念を提唱した(塩野谷,1995)。均衡と企業家によ る創造的破壊という対置が示すように,安定状態を暗黙的に真であると考慮す る我々(とりわけ経済学者)にとって,理論的に理解しがたい行動をとる人々 をとらえ,経済発展の主要因として理解と理論化の範疇に納めるために,企業 家という概念は用意された。例えばチャンドラー(1962)による『経営戦略と 組織』においては,企業内で生じる戦略的・組織的な意志決定を,自分たちに 割り当てられた経営資源の範囲内で調整し,評価し,計画を立てる人を管理者 (managers)とし,与えられた役割と資源の範囲内で決定し行動することを「現 業的(operating)決定」と呼んだ。それに対して,企業全体の為に新たな資源 を割り当てたり,あるいは割り当て方を変える決定を下す人々を企業家とし, 彼らの行動と決定を「企業家的(entrepreneurial)決定」とした。チャンドラー は,とりわけ企業家的決定に注目し,デュポンや GM における少品種大量生 産から多品種少量生産への移行,シアーズローバックの登場による地域単位の 小売業から全米をマーケットとしたスーパーマーケットの登場について,従来 の経営慣行とは異なる画期的な新戦略を構想した,当時の経営陣の個人史にま
リーダーシップとしての企業家 57 で遡って詳細な記述を行っている。彼の研究に代表されるように,経営学にお いて企業家とは,新たな経営慣行(新しい戦略・組織の類型の創造や,新産業 の創出)の出現について,個人の創発性に基づいて分析される際に用いられる 概念である1)。 現在,欧米を中心に研究蓄積が進められている「企業家研究(entrepreneurship research)」は,シュムペーターの提唱した「企業家」という指導者類型を鍵概 念としつつも,その出自である経済学の理論的文脈から離れ,経営学,社会学, 心理学など様々な理論的背景を有する研究者が独自に研究蓄積を進めるモザイ ク状の研究領域として成立している2)。この点で,心理学を基礎理論としミシ ガン研究からオハイオ州立研究へと段階的に発展していったリーダーシップ研 究と比較して,企業家研究は学説史的発展も全体像も漠として掴みづらい研究 領域である。それゆえ,企業家研究に携わる研究者は,その研究目的に従い, 無秩序に拡大し続ける先行研究群の中から批判検討すべき研究を取捨選択せね ばならない。さしあたって本論文では,起業という場で人々が企業家としてい かにリーダーシップを発揮するのか,という研究目的を設定しておくことにし よう。 2.2 リーダーシップとしての企業家 前段で指摘しているとおり,企業家研究は様々な理論的背景を持つ研究者が 独自のサブカテゴリーを形成するモザイク上の集合体として形成されており, 確固たる理論的系統性を有しているわけではない。ただし,起業という現象に おいて企業家という指導者類型を果たす人々に注目し,そのような行為を可能 となるメカニズムの解明を目指すという点で,共通する問題意識を共有してい る。それゆえ,起業という現象を捉えるまなざしのあり方に注目して研究群を 1)もちろん,リーダーシップ研究に置いても,リーダーによる変革機能は研究テーマの一 つである。その際,その創発性の源泉はビジネスとは一見関係のない,個人的経験や彼の みが知りうる知識に求められる。 2)これは,コール,A. H. がハーバード大学に設立したハーバード企業家史研究センター にシュムペーターが招かれ,経済学という理論的文脈から離れた,企業家的行動に注目し, その解明を目指す新たな研究領域の構築を目指したからである(米倉,1999)。
58 彦根論叢 第367号 平成19(2007)年7月 捉え直すことで,初めて批判検討すべき先行研究の流れが立ち現れることにな る。 企業家を変革の遂行者という指導者類型の一つとして捉えたとき,企業家研 究は大きく分けて以下の二つの論点から先行研究が展開されてきた。 第一の論点は,人々(企業家)がいかにして起業という行為を実現していく のか,というものである。もちろん,Calrand, et al(1984)が指摘しているよ うに,起業という行為とイノベーションの遂行者としての企業家は必ずしも同 一の存在ではない。フランチャイルズチェーンを利用した起業や,職人の世界 でみられる「暖簾分け」による起業のように,イノベーションが生じる余地が 少ない起業のありかたが存在するのも事実である。同時に,企業家という概念 を用い,起業という行為の中にイノベーションの可能性を見いだすのが企業家 研究の理論志向である限り,起業という行為が成立するメカニズムを解明する ことが,企業家研究における第一義の研究課題といえるだろう。本論文ではこ の起業のメカニズムを,資源動員を通じた企業家によるリーダーシップの発露 として捉えていく。 第二の論点は,企業家が自らの事業を社会的圧力から守り,普及させていく 際に執る戦略的行為への注目である。優れた新技術を用いた新製品を企画し, その事業化に必要な資金を獲得し起業に成功したとしても,その後の成功が約 束される訳ではない。とりわけ,情報技術や医療技術,バイオテクノロジーな どの先端的技術を用いたハイテクベンチャーを対象とした研究領域では,起業 後のベンチャー起業の成否を左右する問題として,技術の普及や技術標準の獲 得を巡る争いに企業家がいかに対処するのかについて,分析の対象となってい る。ここにあるのは,自らの事業の正統性を社会的に認知させるために,企業 家が様々なアクターと連携し自身に有利な社会的コンテクストを構築していく プロセスである。本論文ではこのプロセスについて,企業家による正統性のマ ネジメントとして,リーダーシップの発露を捉えていく。
リーダーシップとしての企業家 59 3 企業家による資源動員 起業するということは,事業に必要な資源を動員し,事業システムを構築し ていくことである。しかし,起業に必要な資源―人・モノ・金―は有限であり, 既存企業が保有し容易に手に入らない場合が多い。それゆえ,人々が起業する 際に最大の課題となるのが,事業化に必要な資源をいかに動員するのかという 問題である。企業家研究においてこの資源動員の問題は,企業家の個人的資質 の問題ではなく,資源動員を可能にする社会的メカニズムの問題として捉えら れてきた。 本章では企業家が資源動員を可能となる―すなわち,企業家として資源動員 というリーダーシップの発露を可能となる―メカニズムについて,ネットワー ク・インフラといった社会的システムの形成と,そのシステムを支える信用の 問題として捉える。 3.1 ネットワークとインフラ 一般に起業という現象は社会に偏在する現象ではなく,特定の時代,空間, 集団に偏って連鎖的に生じる傾向のある現象であることが知られている。例え ばソフトバンクや楽天といったネット系ベンチャー企業の台頭は,90年代中盤 から終盤にかけて,東京を中心とした都市圏の大学で情報技術を学んだ20代の 若者を中心に生じた起業の連鎖であり(米倉,1999),日本全国に遍在して生 じた現象ではない。Vesper(1989)が「状況による支援」という概念を提示し ているように,起業という現象がある時空間に偏り,連鎖的に生じる背景には, 起業を可能にする社会的システムが存在することが指摘されている。 比較的早い段階で,社会における起業現象の偏りに気づいたのは文化人類学 者である(Light, 1984)。彼らは,米国において華僑やユダヤ移民といった特 定の民族集団が起業し,エスニック・ビジネスを形成していることを指摘し,
移民企業家研究(Aldrich and Waldinger,1990)やファミリー・ビジネス研究(マ
60 彦根論叢 第367号 平成19(2007)年7月 を形成した。 移民先という不利な状況下において,特定の民族集団が起業を可能としてい る背景にあるのがネットワークである。移民は母国語や学歴の問題から,労働 市場において不利な状況に置かれており,「民族の繋がり」を根拠に互いに助 け合うというインセンティブが集団内で働いている。彼らは民族集団内の繋が り―ネットワークを基盤として資源を動員し,起業を連鎖させることで,エス ニ ッ ク・ビ ジ ネ ス を 移 民 先 で 形 成 し て い る の で あ る(Aldrich and Zimmer, 1986;Fernandez and Kim,1998;高橋,2002)。
資源動員メカニズムとしてのネットワークは,移民集団に限られた現象では ない。ボストン近郊のベンチャー企業の集積を調査した金井(1994)の場合は マサチューセッツ工科大学やハーバード大学の同窓会組織が,イタリアにおけ る中小企業の集積を調査した稲垣(2003)の場合は徒弟制をベースに技術を習 得するコミュニティが,ネットワーク形成の基盤となっている。更には,大学 発ベンチャーが特定の大学に偏って生じる現象について,大学研究室とベン チャーキャピタル間の私的ネットワークの形成に求めたグプタ(2000)のよう に,学校や同窓会組織,職人集団という公式組織以外でも,資源動員を可能と するネットワークは形成されている。 以上のように,起業が連鎖的に生じる地域・集団では,起業のために資源動 員を可能とするネットワークが自然発生的に形成されている。逆に言えば,企 業家の資源動員というリーダーシップの発露を可能とするのは,彼がネット ワークに参加し,資源動員のメカニズムに埋め込まれているからである(Gra-novettor,1985;Thronton,1999)。 さて,このネットワークによる資源動員というアプローチを起業支援の政策 論の下で再考した場合に登場するのが,ネットワークを別の時空間において人 為的に再現を試みるインフラストラクチャーの整備という考え方である(Van de ven,1993)。 この起業支援のためのインフラ整備という発想の典型例が,インキュベー ション施設の運営である。ここにあるのは,安価で立地・設備ともに充実した
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オフィスとバックヤードサービス,経営コンサルティングサービスを備えた施 設を準備することで,技術やアイディアに優れるものの資金や経営ノウハウの 面で劣る企業家の弱みを補完していこうという考え方である。
実際,Allem amd McClusky(1990)や Siegel et al(2003)は,インキュベー
ション施設への入居がベンチャー企業の生き残り率や成長率に有意な影響を与 えることを指摘しており,一定の効果が認められている。このインキュベーショ ン施設は,本来,企業家がネットワークへの参加を通じて実現する資源動員を, 行政や政府など新産業の創出を狙うアクターが代替するものである。この意味 で,インキュベーション施設においてリーダーシップを発露しているのは企業 家ではなく,施設を企画立案し,運営していく施設管理者である。そのため, 近年のインキュベーション施設に関する研究は,施設管理者の戦略的行為に焦
点を当てた研究が主流となりつつある(Bollingtoft and Ulhoi, 2006;宇田・高
橋,2006)。 さて,ネットワーク―インフラストラクチャーといった,起業に際して資源 動員を実現する社会的システムを明らかにするに従って問題となるのが,なぜ, 企業家(あるいはインフラを形成する政策者)が資源動員を許されるのかとい う問題である。ネットワークへの参加(あるいはインキュベーション施設への 入居)が認められた企業家のみが,社会的に希少な各種資源の動員が認められ, 自らの事業を形成することができる。これは,特定の時空間において起業が連 鎖的に生じる現象に対して,更に深い洞察得る手がかりでもある。 3.2 信用の担保 シュムペーターは主著『経済発展の論理』において,企業家による新結合の 実現に際して,銀行家による与信機能が必要不可欠であることを指摘している。 銀行家は企業家の資金面でのパトロンであると同時に,未知の製品・サービス を提供する企業家が市場に受け入れられる際の社会的信用を提供する存在でも ある。 この信用という概念に注目したとき,先行研究が捉えてきたネットワークの
62 彦根論叢 第367号 平成19(2007)年7月 背後に移民集団や同窓会組織,インフラストラクチャーの背後に行政や大学, 政府といった制度当局が存在することに,我々はより注意を払うべきであるだ ろう。「国籍」や「同窓生」という事実性はネットワークの参加者が互いに相 互扶助すべき存在と認め合う根拠であり,資源動員の際に,ネットワークの構 成員に対して企業家が信用を獲得する根拠となっているのである。 あるいは,インキュベーション施設の入居に際して実施される「入居審査」 は,特定の人々に希少な資源を与えることを社会的に認めさせるための手続き であり,行政や大学といった組織が運営母体となることで「入居審査」の信用 を高めていると考えられる。ネットワークであれインフラストラクチャーであ れ,その外形的な特徴を真似て再現することは容易である。しかし,ネットワー クなりインフラストラクチャーを通じて実際に資源を動員し,起業を連鎖させ ていくためには,人々がそのシステムの正しさを認め,資源動員を自発的に実 践し起業につなげていくための信用を担保する組織・集団が必要不可欠である と考えられる(Hoang and Antoncic,2003)3)。
Aldrich and Fiol(199 4)はこのような信頼や信用について,認知的正統性(cog-nitive legitimacy)と社会政治的正統性(sociopolitical legitimacy)の二類型に分 類し,企業家による資源動員を議論している。前者は,集団や組織が歴史的に 形成してきた文化や歴史といったように,人々が正統であると認知しうる根拠 に基づく資源動員のありかたである。これは,移民集団やファミリー・ビジネ ス研究が重視してきた,文化や家訓に基づく起業の連鎖にあたる。他方で社会 政治的正統性とは,法律や行政,政府といった社会的公正(moral)や規則(regu-latory)に基づく資源動員のあり方を捉えるものである。インキュベーション 施設における「入居審査」や,その背後にある行政機関や大学は,特定の人物 に資源を投入することを承認させるために,公正さを確保するための社会的メ カニズムなのである。 3)この信用機能の付与という考え方は,社内ベンチャー研究においても指摘されている。 社内ベンチャーの先進企業である3M の挿話的研究を行った Pinchot(1983)は,社内起 業家を輩出するための3M の組織的特徴を詳細に記述した上で,3M の社員すべてが新商 品のアイディアを探索することを是とする組織文化の存在を重視している。
リーダーシップとしての企業家 63 セルズニック(1957)は,『リーダーシップと組織』において,資源の配置 と機械的な役割分担としての組織と,人々が役割を自覚し,組織を駆動させる メカニズムとしての制度を区別してリーダーシップの役割を制度の構築に求め た。このセルズニックの知見に基づいた場合,企業家のリーダーシップはネッ トワークに代表される社会システムにではなく,その社会システムに対する 人々の信頼や信用に根付いたものである。企業家がリーダーシップを獲得し, 資源動員を実現するためには,ネットワークやインフラストラクチャーなどの 社会的システムに対して,いかに信用を担保していくのかということが問題と なる。もちろん,ネットワークやインフラストラクチャーを通じて資源を獲得 しようとする企業家は,信用を担保する組織・集団に認められ,受容される必 要がある。それは,国籍や血縁のように先天的に付与された属性から得られる 場合もあれば,審査や実績など後天的な努力を通じて得られるものでもある。 そして,どの組織・集団から信用を獲得し,資源を動員するのかは,企業家の 戦略性に基づいた意志決定に依存した問題である。 この,企業家による戦略的な意志決定により焦点をあてたのが,次章におけ る正統性のマネジメントを巡る,企業家のリーダーシップの発露である。 4 企業家と正統性 起業という現象において,企業家によるリーダーシップの発露を論ずるに当 たって問題となるのが,彼らが自らの事業を社会的圧力から守り,普及させて いく際に執る戦略的行為である。 企業家が遂行するイノベーションは,同時に従来の社会を支える慣行を破壊 するものでもある。それゆえ,企業家が遂行するイノベーションは,社会的な 抵抗にさらされ頓挫する場合が多い。前段で指摘しているように,企業家研究 が資源動員のメカニズムを問題としてきたのも,多くの企業家予備軍が起業に 必要な資源を入手できず,失敗する事例が多いからである。この際,資源動員 を可能にする社会的システム(ネットワークやインフラストラクチャー)に必 要とされるものが,組織や集団が担保する信用であった。
64 彦根論叢 第367号 平成19(2007)年7月 他方で,企業家が,起業に成功した後,自らの事業を顧客に認めさせ,競合 企業による模倣や市場侵入を防ぐ参入障壁を構築する際,企業家によるイノ ベーションを社会的に需要せしめる諸力が必要とされる。先行研究に於いてこ の諸力は,正統性(legitimacy)として捉えられ,企業家による正統性の獲得 と戦略的な利用がベンチャー企業の成否を左右する問題として研究蓄積が進め られてきた。本章では,企業家がいかに正統性を獲得し,利用していくのかに ついて,詳述していくことにする。 4.1 新技術の普及と正統性の獲得 企業家と正統性の関係が,もっとも顕著に表れる事例が新技術を用いた起業 である。大学や研究機関で生み出された技術は,その新規性ゆえに高い競争優 位となりうる。同時に,新技術はその新規性ゆえに,利用方法やそこから得ら れる便益について理解しがたく,製品・サービスとして社会的に受容され難い という特徴がある。先行研究においてこの問題は,ベンチャー企業間のディファ クトスタンダード争いを通じて分析されてきた。
例えば Garud and Van de Ven(1994),Garud and Rappa(1994)らは,人工内 耳技術における単線型技術仕様(single-channel technology)と複線型技術仕様 (multi-channel technolory)という,性能も安全性も異なる医療技術の事業化 を目指した二つのベンチャー企業のディファクトスタンダード争いについて, 正統性を鍵概念とした分析を行っている。 人工内耳事業の草創期,人工内耳の開発者であり第一人者である House と 3M が共同出資で事業化を目指した単線型技術仕様と,後発のメルボルン大 学が設立した Nucleus 社が押す複線型技術仕様という,二つの異なる技術仕様 の争いが生じていた。手術に際して人体への負担が少なく,安全性は高いが聞 き取り能力にやや難のある単線型技術仕様と,健常者と同レベルの聴力を回復 しうるが,内耳に複数のデバイスを埋め込むため人体への負担が高い複線型技 術は,それぞれにメリットとデメリットがあり,どちらが優れた技術という訳 ではなかった。
リーダーシップとしての企業家 65 Garudらは,この新しい治療技術の普及に決定的な影響を与えた要因として, FDAのアニュアルレポートと医学界での研究成果報告に注目する。人工内耳 技術は医療技術であるため,事業化に際しては FDA4)からの許認可を必要とし ている。FDA は新たな医療技術の許認可を判断する際,医学界における研究 報告を参照する。それゆえ,医療系ベンチャー企業の成否には,その経営者が 医学界での研究成果をいかにコントロールするのかが問題となる。実際,3M が単線型技術仕様の事業化を目指したのも,この技術の開発者であり人工内耳 の第一人者である House と組むことで,医学界で評価を固めることができる からであった。その目論見は当たり,人工内耳技術の事業化後数年は,人工内 耳技術の標準技術は単線型技術仕様と認知され,3M/House グループは大きな 市場シェアを獲得する。それに対して Melbourne/Nucleus グループは,医学界 において「聞き取りやすさ」という新たな評価基準を軸にした,臨床実験の研 究報告を蓄積していく。これは,3M/House グループが「安全性」を軸にした 臨床データを蓄積してきたことに対する,対抗戦略であった5)。複線型技術仕 様のデータが蓄積され,安全性において単線型技術仕様と同レベルであること が明らかにされるにつれ,医学界における人工内耳技術の評価基準は「安全性」 から「聞き取りやすさ」へと移っていった。その結果,町中や運転中の会話で の聞き取り性能に難のある単線型技術仕様は,複線型技術仕様に劣る技術と見 なされるようになった。実際,年を追うごとに FDA の評価レポートは複線型 技術の優位性を指摘するものが中心となり,患者・医師共に複線型技術を支持 するようになった。その結果,Melbourne/Nucleus グループはディファクトス タンダードを獲得し,市場シェアの逆転に成功したのである。 4)米国食品医薬品局の略称。 5)Garud らによる人工内耳事業に関する研究においてもう一つ重要な点は,研究者出身の ハイテクベンチャー経営者が持ちうる,研究活動や学会での人脈がベンチャー企業のコア コンピタンスであることを指摘したことである。従来の研究では,研究者出身の企業家は, 卓越した技術力に比して,経営資源や経営ノウハウに欠ける存在として仮定され,そこに インキュベーション施設の有効性が論じられてきた。しかしながら,Graud らによる研究 は,新技術の普及に際しては,企業家の研究者としての活動そのものが決定的な要因にな りうることを,暗喩しているのである。
66 彦根論叢 第367号 平成19(2007)年7月
この Garud and Van de ven, Garud and Rappa らの研究は,新技術の普及に際 して,医学界や FDA といった正統性を保有する制度当局が決定的な影響を与 えることを指摘している。人工内耳技術の事業化の場合,医学界や FDA といっ た技術の性能に対する評価を決定する制度当局の承認を経て,複線型技術仕様 が産業に影響を与える技術として認知されている。ここで注目すべきは,3M/
Houseグループ,Melbourne/Nucleus グループが共に,医学界や FDA など既存
社会を形成する組織を利用し,新技術を普及させていったことである。これは, 前段で Aldrich and Fiol が社会政治的正統性の源泉として指摘している, 法律, 政府,行政,学校など,既存の組織といかに連携し正統性を獲得するのかが, 企業家に求められるリーダーシップであるといえる。とりわけ,用途や性能の 評価基準が曖昧な新技術を事業化する場合,自社の技術の優位性を市場に認め させるために,顧客や関係業者,同業者に対して強い影響力を持つ権力を有し た組織と関係を構築し,正統性を確立していく必要がある(Lawrence,1999)。 Garudらによる人工内耳技術の他にも,DOS 規格の普及を教育機関との連携
から指摘した Zimmerman and Callaway(2001),映画産業の成立と上映技術の
発展について,上映時間に対する発言権を有する映画館・劇場と,コンテンツ 作 成 を 一 手 に 担 う 制 作 会 社 組 合 と の 関 係 か ら 捉 え た Mezias and Kuperman
(2000)など,技術の普及と新産業の成立を,企業家による正統性の獲得戦略 として捉える実証的研究が進められている6)。 また,正統性は技術の普及にのみならず,模倣を防ぐためにも企業家にとっ て必要不可欠なものである。特許権の取得や,弁護士と裁判所を利用した訴訟 は,資本力や既存社会への影響力にかける企業家が,大企業による新技術の模 倣や収奪から自社を守るために取り得る,安価で確実性の高い正統性である
(Aldrich & Martinez,2003)。企業家支援施策に,資源動員のためのインフラ整
備に加え,法体系の整備が必要とされるのは,脆弱な企業家が法律という正統
6)正統性の獲得は,技術の普及だけに限られた問題ではない。例えば Greenwood and Suddaby (2006)は,会計事務所の税務コンサルティング業務への事業転換に際してはクライアン トと法曹界が正統性の源泉として機能していることを指摘している。
リーダーシップとしての企業家 67 性を必要としているからなのである。 4.2 正統性のマネジメント ここで注目されるのが,企業家による正統性のマネジメントである。 正統性とは,ある集団内の文化,規範,価値体系内で妥当,あるいは適切で あると受け入れられる一般化された認識である(Suchman,1995)。前章で Aldrich and Fiolが認知的正統性と社会的正統性という二類型を指摘していることから も伺えるように,我々が受容しうる正統性は様々なカタチがありうる。それゆ え企業家が,様々な正統性の源泉にアクセスし,状況に応じて正統性を使い分 けていることに我々は注意を払う必要がある。
例えば Mayer and Rowan(1977)は,組織構造の決定に影響する正統性とし
て,強制的同型化圧力(coercive isomorphism:上位組織による下位組織への強 制に基づく垂直的な類似),模倣的同型化圧力(mimetic isomorphism;目覚ま しい成果を根拠とした模倣による類似),規範的同型化圧力(normative isomor-phism;複数の組織を跨る専門家集団による水平的な類似)の三類型を指摘し ている7)。前述の人工内耳技術の事例の場合,FDA は強制的同型化圧力の源泉 であり,医学界は規範的同型化圧力の源泉であると考えられる。また,これら 二つの正統性に影響された患者が「聞き取りやすさ」という基準から複線型技 術仕様を選択し,治療実績を上げたことが結果として模倣的同型化圧力となり, Melbourne/Nucleusグループに対する医学界や FDA による支持を生んだとも考 えられる。 強制的同型化圧力(FDA による許認可)は規範的同型化圧力(医学界)に 依存しており,規範的同型化圧力の一部は模倣的同型化圧力(患者による支持) によって構成されている。更に,模倣的同型化圧力は強制的同型化圧力の下で
7)DiMaggio and Powell(1991)を端緒とする新制度学派に基づく経営組織論は,組織構造 の類似が何故生じるのか,という問題意識に基づいて展開されてきた。彼らの主張は,官 僚制,事業部制,職能制といった組織形態が,経済的合理性に基づく合理的判断によって 選択されるのではなく,そのような組織形態が肯定され,企業・官庁などあらゆる組織体 に受け入れられ,普及してく社会的コンテクストの中で捉えるべきというものである。
68 彦根論叢 第367号 平成19(2007)年7月 成立している。 Melbourne/Nucleus グループを率いる企業家は, FDA, 医学界, 患者という相補的でかつ異なる正統性を有するグループをマネジメントし,自 社に有利な社会的コンテクストを構築することが求められたのである。 この,企業家による正統性のマネジメントに焦点を当てた研究が,Maguire et al(2004)らによる,カナダにおける HIV/AIDs 治療事業の成立に関する研 究である。彼らは,政府,製薬会社,民間ボランティア等の相互関係の中で, HIV/AIDsの治療が社会的問題として認知され,治療事業が成立していく過程 を描き出した8)。 カナダにおける HIV/AIDs は,80年代末のアウトブレイクを機に社会問題と して認知され,治療事業が形成された。しかしながら,当初,HIV/AIDs とい う病はホモセクシャルを中心とする特殊なカテゴリーに属する人々に特有の病 であり,一般人にも観戦する可能性のある伝染病と認識されていなかった。そ のため HIV/AIDs は,政府にとって小さな社会問題であり,医学界にとっては 特殊な病であり,医学界は治療薬を開発しても採算の取れない病として捉えら れ,本格的な治療事業が成立しづらい状況にあった。その中で,Maguire らが 注目する2人の企業家達は,カナダ国内で活動する患者コミュニティ間の交流 を促し団結を強め,政府や議会へのロビー活動やマスコミを通じての啓発活動, 大学などと連携したシンポジウムの開催などの活動を行い,政府・医学界・製 薬会社に対して治療事業の開始を促す活動を実施した。この2名の企業家は, 政府や議会に対しては患者コミュニティ間の団結や大学/医療機関との連携を もとに陳情し,他方で大学やマスコミに対しては治療法が確立してない難病の 患者という立場を利用し,患者のみが知りうる病気に関する知識を提供するこ とで注目を集め協力者を募るなど,医薬品産業の社会的コンテクストを構成す
8)Maguire らが注目したのは,NPO や NGO の設立者であり,必ずしもベンチャー企業の 経営者ではない。しかし,企業家研究においては,行政,地域社会,産業界を跨ぎ,新産 業の成立に貢献する人々を社会企業家(social entrepreneur)と呼び,企業家の類型として 位置づけている(Mair and Marti,2005)。社会企業家は必ずしもベンチャー企業の経営者で はなく,利益を生み出す主体ではないが,イノベーションの遂行者という意味では企業家 なのである。
リーダーシップとしての企業家 69 るそれぞれの組織を自らに好意的なアクターへと変えていくために,もっとも 効果的な戦略的行為を実践していった。Maguire らはこれらの活動を,団結に よる信頼(calculus-based trust)―患者コミュニティ間の連携―,知識による信 頼(knowledge-based trust)―患者のみが知りうる知識の提供―,出自による信 頼(identification-based trust)―HIV/AIDs の患者であること―に類型化し,企 業家がこれらの正統性を最も効果を発揮する状況と相手に対して駆使し,彼ら にとって望ましい社会的状況を構築していくプロセスを描いている。彼らが注 目するのは,治療事業の確立を目指して,様々な正統性を駆使していく,企業 家の戦略的行為である。 近年,このような企業家による正統性のマネジメントについて,制度的起業 (institutional entrepreneurship)を鍵概念とするサブカテゴリーが形成され,研 究蓄積が進められている(Garud, et al. 2002)。この制度的起業に関する研究が 注目するのは,政府,行政,裁判所,大学,既存企業,顧客など社会を形成す る様々なアクターとの関係性の中で,正統性を駆使して資源を動員し,新技術 や新たなビジネスモデルを普及させ,競合企業による模倣や進入を防ぐ参入障 壁の構築を図る,企業家の戦略的行為にある。 企業家がリーダーシップを発揮するためには,正統性という他者をコント ロール下に置く強制力が裏付けとして必要となる。しかし,正統性は社会に偏 在しているだけでなく,その効力は社会的コンテクストに依存している。その ため,企業家によるリーダーシップの発露を理解するためには,彼らが自身を 取り巻く社会的コンテクストをいかに認識し,どのような意図に基づいて正統 性を選択し,戦略的行為を遂行しているのかについて注目せねばならないので ある。 5 おわりに 本論文はこれまで,起業という場で人々が企業家としていかにリーダーシッ プを発揮するのか,という研究目的を設定し,先行研究のレビューを行ってき た。企業という現象において,企業家によるリーダーシップの発露が求められ
70 彦根論叢 第367号 平成19(2007)年7月 る場面は,企業に必要な資源を動員する場面と,事業展開に際して自社商品の 普及や参入障壁を構築する際に正統性のマネジメントを求められる場面とい う,二つの場面に集約されると考えられる。 前者の場面については,ネットワークやインフラストラクチャーという社会 的システムを通じた資源動員の問題として捉え,企業家がその社会的システム を通じた資源動員を実現する背景として民族集団や同窓会組織といった,企業 家の信用を担保する組織の存在を指摘した。後者の場面については,企業家が イノベーション―新技術や新アイディアをベースとした新事業―を普及させ, 他者から守るために,行政,政府,学会から得られる正統性を駆使する,戦略 的行為(制度的起業)としてリーダーシップが発露することを指摘した。 企業家研究におけるリーダーシップを捉える際に注意すべきは,この研究領 域がリーダーシップの源泉を個人特性や行動様式ではなく,彼らを取り巻く社 会の側に求めている点である。企業家は移民集団に所属したり,行政による審 査を経て始めて信用を担保されて,ネットワークやインキュベーション施設を 通じた資源動員が可能となる。また,事業展開に際しても,学会における研究 成果や,行政や省庁による許認可,顧客からの支持というカタチで正統性を獲 得しない限り,彼らの行為はリーダーシップとして機能し得ない。企業家にとっ てリーダーシップの源泉は彼らを取り巻く社会的コンテクストに埋め込まれた ものであり,彼らの属人的な特性に依存するモノではない。企業家という言葉 が内包する,カリスマや天才性といったイメージとは裏腹に,彼らは社会的な 関係性の中にあって初めて指導者たりえる力を獲得しうる。その際に我々が注 目すべきは,企業家がいかにして信用や正統性の源泉にアクセスし,状況に応 じて使い分け,自身の意図する事業を実現に導くのかという,戦略的行為のディ テールである。それゆえ,企業家研究におけるリーダーシップとは,リーダー シップ研究のように体系化・定式化されることはなく,個別の詳細な事例の累 積と絶えざる類型化の過程として提示されるものであると考えられる。
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