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第 7 回
日 本 の 次 世 代 リ ー ダ ー 養 成 塾
報 告 書
【 開 催 日 程 】
2 0 1 0 年 7 月 2 8 日 ∼ 8 月 1 0 日
2 0 1 0 年 1 2 月
無断転載禁止
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目 次
ペ ー ジ1 . 第 7 回 日 本 の 次 世 代 リ ー ダ ー 養 成 塾 を 開 催 し て ・ ・ 1
2 . 開 催 概 要 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 2
3 . カ リ キ ュ ラ ム 表 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 3
4 . 講 師 ・ 講 義 内 容 一 覧 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 4
5 . 講 義 概 要 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 6
6 . 塾 期 間 に お け る 成 果 や 今 後 の 課 題 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 1 8
7 . ハ イ ス ク ー ル 国 会 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 3 7
【 資 料 】
1 . 塾 期 間 中 の 塾 生 ア ン ケ ー ト 調 査 結 果 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 4 9
2 . 塾 生 の 生 活 実 態 調 査 結 果 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 5 5
3 . 卒 塾 後 の 塾 生 ・ 保 護 者 ア ン ケ ー ト 調 査 結 果 ・ ・ ・ ・ 6 0
4 . 受 講 者 概 要 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 6 4
5 . 受 講 者 高 校 一 覧 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 6 5
6 . ク ラ ス 担 任 ・ 学 生 リ ー ダ ー 及 び ス タ ッ フ 名 簿 ・ ・ ・ 6 6
7 . ご 協 賛 い た だ い た 皆 様 と ご 協 力 い た だ い た 皆 様 ・ ・ 6 8
1.第7回日本の次世代リーダー養成塾を開催して
第7回日本の次世代リーダー養成塾を、おかげさまで終えることができました。本当に ありがとうございます。新たに青森県、静岡県が参画県に加わり、全国20都道府県、海 外2カ国から例年より20人増やして、180人の高校生が参加しました。 リーダー塾の特長は、一流の講師陣によるエネルギーあふれる講義は言うまでもないで すが、講師と塾生との問答、協賛企業からの精鋭を担任として、クラス別に講義を深く掘 り下げていくディスカッションです。さらに今年も、2週間かけて一つの作品をつくりあ げていくプロジェクト型の取り組みとして、「ハイスクール国会」を実施しました。 昨年は、2大政党に分かれてマニフェストをつくって競い合いましたが、今年は、初め て宿題を出して、それぞれ自分の住んでいる地域を「高校教育」「地域活性化」「高齢社会」 「国際交流」の4分野で調べ、塾期間中はまず5人1組の小政党から連立を繰り返し、最 終的には9つの政党で政策公約を策定し、第一党を選び、総理大臣を任命しました。 第一党に選ばれた「ニッポン元気党」は嫁姑関係修復法を制定したり、かつてアイドル に憧れた60代以降の女性で「OGB48」を結成したり、世界朝野球選手権大会を4年 に一度日本で開催するなど、ユニークな政策を発表。食料品を除いた消費税率を10%、 たばこ税を200%に引き上げるなど財政の裏打ちをしたことも審査員に評価されました。 党首に選ばれた青森南高校3年の久保田圭祐君は「政治は国民のもの。みんなで知恵を 出し合い、行動して、激動の時代を究極の感動表現である『えがお』で満たしたい」と今 の政治家に聞かせたい立派な所信表明演説をしました。 党ごとに意見がなかなかまとまらず、リーダーが怒ったり、泣いたり、多くのドラマが ありました。しかし、2週間で見違えるほど、生き生きと発表する姿に、負荷をかけた次 世代への教育の必要性を痛感しました。 今年で、卒塾生は、1155人となりました。また、今春、初めての大卒社会人が誕生 しました。就職難にもかかわらず、外務省、三菱商事、日本銀行、新日鉄、読売新聞、み ずほコーポレート銀行などに就職し、社会人の第一歩を踏み出しました。日本の大学と決 別してハーバードやコーネル大学など米国をはじめとした海外の大学に進んだ塾生も多く います。また、バングラデシュの農村から難関ダッカ大学を目指す高校生に対して遠隔地 映像教育を行って見事合格に導いた卒塾生もいます。日本男子は「草食系」と巷で言われ ていますが、今年は男子が率先してリーダーを務めました。 来春には第一期の担任だったクウェート三井物産有限会社の山根正司社長らのお誘いで クウェートと日本の外交樹立50周年の記念すべき年に学生交流をする予定です。今年2 月、山折哲雄先生にご同行していただいたカンボジアスタディツアーに引き続き、卒塾生 への教育にも力を入れていきたいと思います。 今年も無事にリーダー塾を終えることができたのは、各地方自治体、協賛企業、講師の 皆様、各関係施設や個人として応援していただいたすべての皆様のおかげです。本当にあ りがとうございました。今後ともご指導のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。 日本の次世代リーダー養成塾事務局長・加藤暁子2.第 7 回 日 本 の 次 世 代 リ ー ダ ー 養 成 塾 開 催 概 要
1 . 主 催 者 日本の次世代リーダー養成塾 塾長:米倉弘昌/社団法人日本経済団体連合会会長 2 . 開 催 日 程 2010年7月28日(水)∼8月10日(火) 3 . 開 催 ・ 宿 泊 施 設 グローバルアリーナ(福岡県宗像市吉留46−1) 波戸岬少年自然の家(佐賀県唐津市鎮西町名護屋5581−1) 4 . 塾 生 対象:高校生(1年生∼3年生) 20都道府県、及び海外2ヶ国(アメリカ・カナダ) 人数:180名 ※参画 県 (北 海道 ・青 森県 ・岩 手県 ・神 奈川県 ・ 静岡 県・ 岐阜 県 ・ 和歌山県・福岡県・佐賀県・大分県)による推薦枠120名、及び全国から の一般公募枠60名 5 . カリキュラム概要 教養系 (哲学、近現代経済・文明史、医学、情報、芸術など) 日本を代表する講師が高校生に知的好奇心を湧かせる講義をします。 ビジネス系 (日本企業の活躍、ビジネスのしくみなど) 世界を相手に日夜活躍するビジネスの最先端の方々や、MBA教育の現場から、時 代を背負う気概とロマンを伝えます。 国際系 (アジア要人との交流、国連やNGO活動への理解、国際問題など) 広く世界に目を向け、日本人としてのアイデンティティを持ち、国際的なバランス を保つ術を授けます。 人間学 (将来の夢をどう具現化するか、人生を成功させる秘訣など) 人生の先達が 21 世紀の日本を背負って立つ人材に必要なことは何かを語ります。 体験型実習 インプロ・シンキング・ワークショップを通して、自分を高める自分力やリーダー として重要なチームワーク力を養います。 見学・鑑賞 佐賀県立名護屋城博物館見学 当時の貴重な資料や遺産を見学し、現在の日本と朝鮮半島間の課題の背景に 何があるのかを学びます。 ★ 約20名のクラス分け(8クラス)で、日本を代表する企業の中堅社員からなる異色の クラス担任が、各講義をきめ細かくフォローします。20 :0 0 20 :0 0 ハ イ ス ク ー ル 国 会 卒 塾 生 の 活 動 報 告 ハ イ ス ク ー ル 国 会 掃 除 片 付 け 姜 信 子 ( 作 家 ・ 恵 泉 女 学 園 大 学 客 員 教 授 ) 古 川 康 ( 佐 賀 県 知 事 ) 夕 食 ( 3 0 分 交 代 ) 朝 食 ・ 掃 除 ( 3 0 分 交 代 ) ハ イ ス ク ー ル 国 会 明 石 康 ( 元 国 連 事 務 次 長 ) 移 動 浪 曲 ワ ー ク シ ョ ッ プ オ リ エ ン テ ー シ ョ ン 榊 原 英 資 ( 青 山 学 院 大 学 教 授 ) 書 禅 委 員 会 ハ イ ス ク ー ル 国 会 李 鳳 宇 ( 映 画 プ ロ デ ュ ー サ ー ) 昼 食 ( 萬 坊 ) 移 動 受 付 講 義 朝 食 ・ 掃 除 ( 3 0 分 交 代 ) グ ル ー プ ・ デ ィ ス カ ッ シ ョ ン 夕 食 ( 3 0 分 交 代 ) 昼 食 昼 食 夕 食 イ ン プ ロ シ ン キ ン グ ワ ー ク シ ョ ッ プ 川 勝 平 太 ( 静 岡 県 知 事 ) 朝 食 ・ 掃 除 ( 3 0 分 交 代 ) 移 動 ・ 朝 食 名 護 屋 城 博 物 館 見 学 学 芸 員 さ ん の お 話 H R 朝 食 ・ 掃 除 書 禅 講 義 グ ル ー プ ・ デ ィ ス カ ッ シ ョ ン 入 塾 式 玉 川 奈 々 福 ( 浪 曲 師 ) 朝 食 ・ 掃 除 ( 3 0 分 交 代 ) 書 禅 朝 の つ ど い 荷 物 移 動 18 :0 0 15 :0 0 グ ル ー プ ・ デ ィ ス カ ッ シ ョ ン 荷 物 移 動 小 手 川 強 二 ( フ ン ド ー キ ン 醤 油 株 式 会 社 代 表 取 締 役 ) 社 長 ) 次 世 代 み そ 汁 コ ン テ ス ト 就 寝 就 寝 就 寝 準 備 片 づ け 確 認 卒 塾 式 就 寝 就 寝 準 備 就 寝 記 念 撮 影 就 寝 準 備 就 寝 就 寝 準 備 就 寝 就 寝 準 備 就 寝 就 寝 準 備 就 寝 3 . 第 7 回 日 本 の 次 世 代 リ ー ダ ー 養 成 塾 カ リ キ ュ ラ ム 表 ( 2 0 1 0 年 7 月 2 8 日 ∼ 8 月 1 0 日 ) 22 :0 0 19 :0 0 6: 0 0 8: 00 9: 00 13 :0 0 17 :0 0 23 :0 0 18 :0 0 7 :0 0 6: 0 0 2 7 / 2 9 ( 木 ) 1 4 掃 除 確 認 1 4: 0 0 10 :0 0 17 :0 0 1 2 15 :0 0 1 6: 00 8 / 1 0 ( 火 ) 13 :0 0 10 :0 0 掃 除 12 :0 0 帰 路 へ 朝 の つ ど い 1 1: 00 12 :0 0 8 / 8 ( 日 ) 2 1: 00 7 :0 0 朝 食 1 6: 00 1 1: 00 2 1: 00 19 :0 0 23 :0 0 22 :0 0 就 寝 準 備 就 寝 就 寝 就 寝 準 備 1 3 8 / 9 ( 月 ) 8: 00 9: 00 1 4: 0 0 6 8 / 2 ( 月 ) 1 0 8 / 6 ( 金 ) 1 1 8 / 7 ( 土 ) 9 8 / 5 ( 木 ) 8 / 3 ( 火 ) 就 寝 準 備 8 8 / 4 ( 水 ) 7 朝 食 ・ 掃 除 ( 3 0 分 交 代 ) 書 禅 1 7 / 2 8 ( 水 ) 日 程 7 / 3 0 ( 金 ) 7 / 3 1 ( 土 ) 4 日 目 3 5 8 / 1 ( 日 ) 退 所 式 佐 賀 佐 賀 佐 賀 朝 食 ( 3 0 分 交 代 ) 書 禅 入 所 式 就 寝 準 備 ス タ ッ フ ・ 施 設 紹 介 夕 食 入 浴 就 寝 準 備 就 寝 就 寝 準 備 夕 食 麻 生 渡 ( 福 岡 県 知 事 ) 歓 談 室 伏 き み 子 ( お 茶 の 水 女 子 大 学 教 授 ) 朝 食 ・ 掃 除 ( 3 0 分 交 代 ) 書 禅 牧 野 健 太 郎 ( 株 式 会 社 N H K フ ゚ ロ モ ー シ ョ ン 執 行 役 員 ・ 企 画 事 業 部 統 括 部 長 ) ハ イ ス ク ー ル 国 会 金 澤 一 郎 (宮 内 庁 皇 室 医 務 主 管 ・ 日 本 学 術 会 議 会 長 ) ハ イ ス ク ー ル 国 会 朝 食 ・ 掃 除 ( 3 0 分 交 代 ) 書 禅 前 半 担 任 企 画 味 噌 汁 コ ン テ ス ト 打 合 せ 笠 谷 和 比 古 ( 国 際 日 本 文 化 研 究 セ ン タ ー 教 授 ) ハ イ ス ク ー ル 国 会 入 浴 H R 書 禅 石 原 進 ( 九 州 旅 客 鉄 道 株 式 会 社 代 表 取 締 役 会 長 ) H R グ ル ー プ ・ デ ィ ス カ ッ シ ョ ン H R ハ イ ス ク ー ル 国 会 朝 食 ・ 掃 除 ( 3 0 分 交 代 ) 書 禅 安 田 喜 憲 ( 国 際 日 本 文 化 研 究 セ ン タ ー 教 授 ) 加 藤 暁 子 ( 日 本 の 次 世 代 リ ー タ ゙ ー 養 成 塾 事 務 局 長 ) マ ハ テ ィ ー ル ・ モ ハ マ ド ( マ レ ー シ ア 元 首 相 ) H R 荷 物 移 動 千 住 博 ( 日 本 画 家 ) 朝 食 ・ 掃 除 ( 3 0 分 交 代 ) 書 禅 山 折 哲 雄 ( 宗 教 学 者 ) グ ル ー プ ・ デ ィ ス カ ッ シ ョ ン 荷 物 移 動 昼 食 ( 弁 当 ) グ ロ ー バ ル ア リ ー ナ へ 移 動 グ ル ー プ ・ デ ィ ス カ ッ シ ョ ン H R 入 浴 宇 佐 元 恭 一 ( シ ン ガ ー ソ ン グ ラ イ タ ー ) 夕 食 ( 3 0 分 交 代 ) 昼 食 ( 3 0 分 交 代 ) 昼 食 昼 食 昼 食 H R H R H R 夕 食 夕 食 夕 食 夕 食 入 浴 ハ イ ス ク ー ル 国 会 就 寝 準 備 就 寝 卒 塾 生 の 活 動 報 告 J I C A 説 明 書 禅 グ ル ー プ ・ デ ィ ス カ ッ シ ョ ン 昼 食 ( 3 0 分 交 代 ) ハ イ ス ク ー ル 国 会 昼 食 ハ イ ス ク ー ル 国 会 昼 食 H R グ ル ー プ ・ デ ィ ス カ ッ シ ョ ン 昼 食 ( 3 0 分 交 代 ) H R グ ル ー プ ・ デ ィ ス カ ッ シ ョ ン H R 夕 食 ( 3 0 分 交 代 ) ハ イ ス ク ー ル 国 会 グ ル ー プ ・ デ ィ ス カ ッ シ ョ ン 中 村 俊 郎 ( 中 村 フ ゙ レ イ ス 株 式 会 社 代 表 取 締 役 ) 寺 尾 明 人 ( 社 団 法 人 日 本 ユ ネ ス コ 協 会 連 盟 組 織 部 長 ) 朝 食 書 禅 目 標 宣 言 石 倉 洋 子 ( 一 橋 大 学 大 学 院 国 際 企 業 戦 略 研 究 科 教 授 ) 夕 食 ( 3 0 分 交 代 ) デ ィ ス カ ッ シ ョ ン ・ ワ ー ク シ ョ ッ プ 夕 食 夕 食 グ ル ー プ ・ デ ィ ス カ ッ シ ョ ン ハ イ ス ク ー ル 国 会
4 . 第 7 回 日 本 の 次 世 代 リ ー ダ ー 養 成 塾 講 師 ・ 講 義 内 容 一 覧
講 師 2 3 名 (五十音順) 明石 康 /元国連事務次長 「グローバルな舞台に必要な力」 麻生 渡/福岡県知事 「日本とアジア」 石倉洋子/一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 「21 世紀の世界、新しいビジネス、新しいキャリア」 石原 進/九州旅客鉄道株式会社代表取締役会長 「地域から世界に向けて新しい国のかたちを考える」 宇佐元恭一/シンガーソングライター 「宇佐元恭一スペシャルコンサート∼永遠(とわ)、ナル、モノ∼」 笠谷和比古/国際日本文化研究センター教授 「日本の近代化の扉を開いた指導者―将軍吉宗」 金澤一郎/宮内庁皇室医務主管・日本学術会議会長 「脳の不思議」 川勝平太/静岡県知事 「平城京±千三百年」 姜 信子/作家・恵泉女学園大学客員教授 「『私の偉人』伝を書く―人の心を動かす文章―」 小手川強二/フンドーキン醤油株式会社代表取締役社長 「発酵食品の魅力」 榊原英資/青山学院大学教授 「君たちは何のために学ぶのか」 千住 博/日本画家・京都造形芸術大学学長 「芸術とは何か?」 玉川奈々福/浪曲師 「浪曲ワークショップ―楽しむ・つくる・ほとばしる!」寺尾明人/社団法人日本ユネスコ協会連盟組織部長 「Think globally, act locally」 中村俊郎/中村ブレイス株式会社代表取締役 「空想の翼で駆け現実の山野を往かん−世界遺産石見銀山に生まれ、育ち、伝える−」 古川 康/佐賀県知事 「21 世紀のリーダーになるための7つの条件」 牧野健太郎/株式会社NHKプロモーション執行役員・企画事業部統括部長 「浮世絵からみた日本のソフトパワー」 マハティール・モハマド/マレーシア元首相 「アジアから見た日本―日本の次世代リーダーのあるべき姿」 室伏きみ子/お茶の水女子大学教授 「自分自身を知るための命の科学―40 億歳の生物たち」 安田喜憲/国際日本文化研究センター教授 「国土喪失は日本人を消滅させる」 山折哲雄/宗教学者 「親鸞と道元―人間の比較―」 李 鳳宇/映画プロデューサー 「映画は感動を届ける」 加藤暁子/日本の次世代リーダー養成塾事務局長 「リーダーに求められる条件―哲人宰相マハティールに学ぶ」 【見学】佐賀県立名護屋城博物館 【体験学習】インプロ・シンキング・ワークショップ、浪曲ワークシップ、次世代みそ汁コンテスト
第7回
日本の次世代リーダー養成塾
講 師 陣
(総勢23名 講義順) 麻生 渡 榊原 英資 川勝 平太 姜 信子 古川 康 李 鳳宇 玉川 奈々福 石倉 洋子 中村 俊郎 石原 進 明石 康 笠谷 和比古 小手川 強二 寺尾 明人 加藤 暁子 マハティール・モハマド 安田 喜憲 室伏 きみ子 牧野 健太郎 山折 哲雄 金澤 一郎 千住 博 宇佐元 恭一5 . 第 7 回 日 本 の 次 世 代 リ ー ダ ー 養 成 塾 講 義 概 要
今年も、各界を代表する23名の講師にご講義いただいた。講義全体を通して、塾生達は、こ れから世界に通用する人材となるために、学ぶことの大切さを再認識し、様々なリーダー像にふ れ、何よりも国際舞台で活躍するために、日本という国をきちんと知ることの重要性を強く感じ ていた。 各講義の要点と、塾生の感想(代表的な意見を抜粋) 麻生 渡 氏 「日本とアジア」 (講義要点) 塩野七生氏の「ローマから日本が見える」には、次のようなリーダーの資質があげられている。「知力」 「説得力」「自己抑制力」「持続する意志」。歴史というのは、社会構造を分析することという考え方もある が、塩野氏は人間の活動の集積という考え方である。歴史を作るのは人間であり、本当の歴史は細部に宿 っている。 かつて、宗像の沖の島のさらに沖合において、日本は日露戦争に勝利した。この日本の勝利により、ア ジア諸国が独立について大いなる希望を持つ契機となった。中国の孫文やインドのガンジー、トルコのケ マルパシャなどだ。皆さんは、昭和史を学ぶことが必要だ。幕末以降近代化政策に成功し、戦後の復興に も成功した日本は、今新しい課題に直面している。どんな高齢社会を作るのか、これは先進国共通の課題 である。このことを忘れずに皆さんには、新しい社会作りに取り組んでいただきたい。 (講義の感想) ○高齢社会、環境問題、経済政策の3つが日本、そして世界の課題であること。力のない国や人は相手に されないから世界の課題である3つに特に力を入れていると思う。でも日本だけが頑張っても他の国との 協力がなければ意味がないと思うし、日本も世界に目を向けて活動しなければいけないと思った。 ○一番心に残ったのは戦後の日本が福祉、衛生医療の面の活動に力を入れたことで、長寿という大きな成 果を得たということです。そして新たな高齢社会という中での問題が出て来ており、その解決に努力する のは私達だと強く感じた。 ○日本がこれまで続けてきた経済成長が止まり、高齢社会がやってきたのは日本が行き詰まったのではな く、進んできた結果新たな課題として見えてきたということ。もっと進んでいくために、子供を増やし経 済成長を起こさなくてはならないと思った。 榊原 英資 氏 「君たちは何のために学ぶのか」 (講義要点) 日本の社会は、これまでは平等だったが、グローバリゼーションの世界では二極分化する。今後は、学ぶ ということが非常に重要になる。どのくらい専門家になっていくか、プロになることが必要な時代となる。 これから社会人になる君たちは、英語をきちんと話せることが必須である。 日本という国は、いい意味でも悪い意味でも特殊な国で、歴史上異民族に征服されたことがない珍しい国 であり、平和な時代も長かったため、高いレベルの文化が育まれた。また、四季がはっきりしており、食材 が多く、健康で長寿の人が多い。夜も女性が一人で街を歩いて安全である。素晴らしい文化と歴史を持った 国である。日本は世界のリーダーになれる。18,19 世紀はイギリスの、20 世紀はアメリカの時代だったが、 21 世紀は日本の、アジアの時代となる。君たちは、英語で日本を発信する技術を磨き、日本の誇る環境、 安全、健康を伝えてほしい。そのためには、説得する技術や日本の歴史を学ぶことも重要である。 (講義の感想) ○英語を学んでそれを使って日本を発信していくというお話が印象に残りました。生きた英語を喋れるよう になって、日本の文化をしっかりと学び、国際社会で日本の素晴らしさをアピールしたいと思いました。 ○プロフェッショナルになれというお話が一番心に残った。私は特別に1つ極めているものがないので、プ ロフェッショナルになれるように努力しようと思った。 ○私たちが大人になって本当にリーダーになるときには、日本やアジアが世界を引っ張っていかねばならな いので、一生懸命勉強して、何かの専門家にならなければならないと感じた。川勝 平太 氏 「平城京±千三百年」 (講義要点) この国を「にっぽん」と称し、天皇という言葉ができたのは、いつからかという特定はできないが、今 からちょうど 1300 年前、平城京の時代には、そう言っていたことがはっきりしている。「日本」は、奈良 時代には、中国の北方の文化を、鎌倉時代には中国の南方の文化を取り入れ、消化し、やがて、学ぶもの がなくなったとき、室町時代の後半くらいから中国の文化が国風化され、江戸時代には中国文化から卒業 し、日本の伝統文化が育っていった。その後明治時代以降、東京を中心とした時代には、欧米の文化を学 び取り入れてきた。京都には東洋の文明が、東京には西洋の文明がとけ込んでいる。日本では、東洋の文 明と西洋の文明が交流し調和している。人類の文明のエッセンスがあり、世界の文明の博物館であるとい える。 ちょうど 2,600 年前に、世界で儒教や仏教、ギリシア哲学や一神教の祖が一斉に生まれている。母系文 化から父権文化へ変換する時期に、こういった人たちが同時に出てきたというのは興味深い。一神教とギ リシア哲学は、発生後西に伝わり自然哲学に昇華された。儒教と仏教は、東に向かい、技芸を生んだので はないかと仮説している。日本は、儒教と仏教に学び、家の中に宗教があり、生活の中に美術がある美の 国である。 (講義の感想) ○日本は世界の文明の博物館だなんて考えたこともなくて、驚きました。日本の美の文明は人間を豊かに すると思います。だから世界の人にも美を伝えたいです。 ○これから東京だけが中心ではなくなる。好きな地元で将来は地域活性化のために役に立ちたいと思った。 ○歴史から見ていくと、次の時代は地方が中心となる。自分が地方を動かす原動力になるべきだと思いま した。 姜 信子 氏 「『私の偉人』伝を書く―人の心を動かす文章―」 (講義要点) 君たちには世界はどう見えているのか、世界はどうあればいいと考えているのか、その世界の中で、君 たちはどう生きたいのか。世界はことばで造られている。ことばとことばの脈絡で形づくられている。無 定型の定型詩、このことに無自覚になっていると、自由な表現のできるはずの詩でさえ、定型詩になって しまう。今、世の中には、自分のものでない言葉を、要領よく操って話す人がいるが、これは人として、 精神の自殺行為だ。私にはこんな世界が見えているんだということを語るためには、自分のことばを造り あげていかなければいけない。 歴史は、勝者の記憶によって紡がれた物語で、それは「大きな物語」である。「大きな物語」からはみ出 たもの、追われたものの声を聴け。俯瞰からの大きな声、断定する声でなく、地べたを生きるもの達の小 さな声、歌声、うなり声、笑い声を聴け。私たちが今生きている世界ではそぐわないものとして、世界の 見えざる手によって切り捨てられた可能性と記憶がそこにある。その小さな声の側にあるのが浪曲である。 君たちは、次世代のリーダーを目指すのだから、世界を書き換える位の気持ちを持たないといけない。 「小さな物語を語るべし」、私には世界はこう見える。ただし、これをやると「大きな物語」のなかでは 「気違い」とよばれる。ローマン・ヴィシュニアックは、1936 年から 4 年間にわたりユダヤ人の写真を撮 り、1983 年に写真集を出版した。「それはなされなければならなかった。気づいてしまったものが背負わざ るを得ない使命がある。」と彼は語っている。世界はこのようにあってはならない。そうであるなら、そう 思う自分自身の手で世界を書き換えねばならない。書き換えられないなら、せめて伝えなければならない。 小さな物語を語る人、気違いが出てくれば、取り返しのつかない世界、予感がいつも災いの後にやって くる世界を書き換えられるかもしれない。それは大それたことではない。きっと、あなた方一人ひとりが できることである。そのためには、「想像するな」「語るな」「分かるな」。自覚のない想像は単なる条件反 射であり、自覚のない語りは単なる反復である。自覚のない理解は単なる刷り込みであり、自ら世界を開 いていく可能性を、造りあげていく可能性を消してしまう。 「さあ、気違いになりなさい」。 (講義の感想) ○気違いになれということ。みんなから変な目で見られるのが嫌で、型にはまってしまいがちだが、時に は気違いになることも大切だと思った。 ○自分が世界はどうあればいいのか、どう生きいくのかをはっきりと考えていないと、自分の言葉で伝え ることはできない。今まで意識していなかったので、もっとよく考えて生きていきたい。 ○「気違いになれ!」というお言葉。私も小さい頃から、なぜみんなが同じような教育(同一化、画一化) なのか疑問を持っていたし、何か違うと思ったから、自分が世界を変えるつもりで動かなくてはならない と思った。
古川 康 氏 「21 世紀のリーダーになるための7つの条件」 (講義要点) 21 世紀のリーダーの条件は7つある、明るい人であること、忘れる人であること、あきらめない人であ ること。媚びない人であること、日本のことを知る人であること、世界でひるまない人であること、泣い て笑える人であること。いくつか説明すると、明るいってことは大事で、会って暗い気持ちになる人とは 話したくないし、元気じゃない人というのは損だ。明るいと、いろんなものが寄ってきてくれる。忘れる こと、これも必要な能力で、日々反省したり悩んだりしても、ひきずらない、つらい経験をしても、でき るだけ早く忘れる。よく、記憶力がないとかいうけれど、それは、言い換えれば忘れる能力があるってこ と。それから、あきらめない人であるというのも大事で、成功するしないの差は、成功するまであきらめ ずにやったか、成功する前にあきらめてやらなかったかだけの違い。あきらめずに続ければそうなる。例 えば、「宇宙飛行士になりたい」では叶わないかもしれないが、「宇宙飛行士になる」と決めてやれば、そ うなるために何をすればいいか考え、努力する。目標に向かって、考え工夫することで、叶うように行動 するものだ。 (講義の感想) ○成功する人は成功するまでやった人、成功しない人は成功するまでしない人。当たり前のことですが、 とても難しいことでもあると思います。私も前者側の人間になれるように諦めない気持ちで何事にも取り 組もうと思いました。 ○一つの目標に向かうにしても、やり方は色々ある。いつも、物事を考えるときに限られた視点でしか見 れないでいたので、これからはもっと色々なところから物事を見つめてみようと思います。 ○人の努力は必ず見られている。という言葉が強く心に響いています。今日から見られていないところで も努力しようと思いました。 李 鳳宇 氏 「映画は感動を届ける」 (講義要点) リアルな演技とは、台詞ではなくて、表情や特にリアクションの中にある。アクションではなくて、リ アクション、相手の話をちゃんと聞く、ちゃんと受け止める、それによって演技に現実味が出る。 日本の映画館の上映方法は、独自で、年間 52 週を割り振って配分を決めたら、ヒットしても 4 週間で上 映をやめるし、がらがらでも続けて上映する。だから大ヒットは出にくい。やり方を変えたいと思って、 皆いろいろ工夫しようとしているが、未だこの慣習は打ち崩せないでいる。 物語、ドラマは誰にでも作れる。ドラマ作りを突き詰めていくと、そこに必ず自分が投影される。ドラ マは、みんなが共通認識のある世界観、みんなが共感できるところから作っていくと伝わりやすい。映画 は、第 7 芸術ともいわれる。そこには、絵画や建築や芸術の全ての芸術があるからというのがその理由だ。 知らない国のことも、二時間映画を見ることで、文化や生活やいろいろなことが分かる。映画の持つ情報 量や、影響力というのは、凄いものである。政治ができないことも、1 本の映画が変えてしまうことがあ る。知らない国のことも、二時間映画を見ることで、文化や生活やいろいろなことが分かる。皆さんも、 是非いろいろな映画を映画館でみてほしい。 (講義の感想) ○ちゃんと聞いていることが大切。今まで自分の意識としてよく話したり積極的に行動する人がリーダー だと思っていた。もちろんそれも大切であるが、本当のそれが出来る人はちゃんと人の話を聞ける人だと 分かった、リーダーまがいじゃなくて、本当のリーダーになるために誰からの声も聞こえるようになりた いです。 ○言葉で伝える素晴らしさ、映像が伝える美しさ、汚さ、などなど。人っていうものは、生きる為に生ま れたのだと思いました。これからも、五感をフルに使って生活していきたいです。 ○セリフを話すことより、まず聞くことが出発点だということ。演技といったらセリフが上手いイメージ があったので、びっくりした。でも、相手の言っていることに注意深くなれるということはコミュニケー ションにおいてすごく大切なことだし、そうでない会話は不自然なものになると思った。私ももっと聞き 上手になりたいと思った。
玉川 奈々福 氏 「浪曲ワークショップ―楽しむ・つくる・ほとばしる!」 (講義要点) 日本の話芸は大変種類が多く豊かだ。日本の話芸には、落語、講談、浪曲とある。浪曲は、独りでの芸 ではなく、三味線が付く。節と言って、歌の部分があり、いわば日本版ミュージカル。日本の芸能は、全 て仏教伝来まで遡ることができる。仏教が伝来し、お経が伝わると、庶民に伝わりやすくするため、お経 にだんだん節が付いて、やがてお釈迦様の生涯を物語化するようになり、辻で語るといったように変化し ていった。 浪曲は、昭和 22 年頃大人気で、戦後の貧しい暮らしの中大衆に大変支持された。これは、浪曲が差別さ れてきた芸能、舞台などで上演できなかった芸能であったことによるのだろう。浪曲は観客参加型の芸能 で、掛け声で、観客も一緒に演芸を盛り上げる。日本人は、物語が好きだし、物語に入り込むのが好き。 浪曲を演じるに当たって、まずはご挨拶から。声を張る、間をおく、出で観客に好感をもってもらう、 興味を引く。会場全体を見渡す。語る際、上と下を使い分ける。目上の人に話しかける際は上手(演者の 左手)を向き、目下の人に向かう際は下手を向く。そして、テーマをしっかり決める。伝えたいことをは っきりさせて、何をしたいのかを考える。泣かせたいのか、笑わせたいのか。相手にどう伝えるかを、し っかり考えて創っていく。 (講義の感想) ○他人の言葉を使って、自分の意見を表現するのではなく、自分が本当に感じている思いや、考えをその ままの自分の言葉で相手に伝えていきたいと思った。 ○先生の持つパワーとユーモアに惹きつけられた。恥じらいを捨てろ!というお言葉は私にとって頑張ろ う!と思える言葉だった。 ○表現の方法は人それぞれで、正解がない。人の言葉ではなく、自分の言葉で表現しようとすると、言葉 が出てくる。今度から表現するときはよく考えて書いたり、話したりしたい。 石倉 洋子 氏 「21 世紀の世界、新しいビジネス、新しいキャリア」 (講義要点) 21世紀は、オープン化、スピード感、力のシフトの時代である。国境や業界や会社といった境界がな くなり、今までと全然違うスピード感の変化がある。変化が日常で、毎日変化している。ICT(インフ ォメーション・コミュニケーションテクノロジー)、情報通信技術によって、どこにいても、誰にでも、何 歳でも即時機会が開かれている時代となった。誰でも発信する中身で勝負できる。その代わり、競争相手 も世界中に広がっている。現代では、消費者の力が大きくなり、消費者からの情報発信が、ビジネスに大 きな影響を与えるようになっている。ウィキペディアには、専門家でなくても百科事典の内容を書き込め る。執筆者の層が広がったことで、より情報がフラットになった。 これからは、やろうと思えば何でもできる。自分にしかできないことを考えること、好きでやりたいこ とを見つけることが大事だ。そして、何かに取り組むときは集中すること。他のことを考えながら、別の ことをやるのは非常に非効率。集中するときは集中し、遊ぶときは遊ぶメリハリが必要だ。一流のものや 人にふれることも大事で、その気持ちを相手や周りに伝えることも重要。いいと感じたことを相手に伝え るだけでいい。その結果、世界が広がるきっかけになることもある。 未来は予測するものではなく創るもの。やりたいと思ったことは、やってみる。できるできないは、や ってみなければわからない。やってみてできなければ、そのときに考えればいい。 Stay Hungry,Stay Foolish. (講義の感想) ○「集中とリラックスのメリハリ」。集中するときにリラックスのことは考えてないけど、リラックスする ときに集中することを考えて不安になってしまうことがよくある。これからはリラックスするときは思い っきり楽しもうと思う。 ○今日は世界的に皆が学び、それぞれで発展していく機会をもっている時代である。自分自身でつかみと ることのできる機会にめぐりあうためにも学び続けなければならないと思った。 ○グローバリゼーションの進む中でオープン化が進み、世界の舞台で誰にでもチャンスが生まれる。自分 もそのチャンスを生かす努力をしたいと思った。
○"stay hungry, stay foolish"という言葉についてのお話が一番心に残った。今は将来について悩んでい ることや不安が多くあるけれど、「何でも挑戦してみて自分のやりたいことをしよう」「新しい夢の可能性 もあるし、夢の形が変わってもかまわない」という言葉にとても勇気付けられた。とにかく諦めずに努力 することが大切なんだと感じた。
中村 俊郎 氏 「空想の翼で駆け現実の山野を往かん−世界遺産石見銀山に生まれ、育ち、伝える−」 (講義要点) 26歳10ヶ月で故郷に戻り、中村ブレイスを立ち上げた。「山の中で何もできるわけない、1、2ヶ月 で京都やアメリカに帰る」とも言われていたが、自分を育んでくれた街、大好きな地域が寂しくなってい るのであったら、一生懸命地域をブレイスしてみたい、やればできる、と思った。ブレイスは、支える、 しっかり留めるという意味で、人の支えになりたいという願いを込めている。今、会社は70人の義肢装 具士集団、ここまでくるのに35年かかった。今年は36年目、みんな人に喜んでもらおう、世界に人々 の支えになろうと働いている。 義肢装具の改良に努めてきたが、価格の問題を最近は考えている。大腿義足で100万円以上では、限 られた人しか利用できない。先月、三肢欠損のアンヘリト君の義足を届けるために、フィリピンのパナイ 島に行った。行ったけれど、材料が何もない。電気もガスも工房もない。一時は途方に暮れたが、ベテラ ンの装具士が考えて、ギプスを利用した仮の義足を作ってみたところ、自分で立てること、歩けることを 非常に喜んでくれた。そこで、下腿義足なら、現地にある資材でできると考えた。竹で義足を編むことを 現地の竹細工職人に伝え、竹の義足を作った。これなら、材料も竹を利用する技術も現地にある。義肢装 具の技術を伝えれば、より多くの人が利用できる。費用も抑えられる。やる気と優しさと知恵があれば、 やればできる。 「夢を語ることはできる」「石見銀山から世界を考える」とかつて妻に語った。商売としてではなく、地 域を日本を世界をブレイスする役割は、まだ何もしていない。これからも、その夢を追い続けていきたい。 (講義の感想) ○「ゆっくりでも1歩1歩前に進めばいい。後退することはない」。物事は必ずしも迅速に達成できるわけ ではなく、腰を据えてじっくり取り組むことも必要であると思った。 ○やろうと思ったら取りあえずやってみようということが心に残った。やる気・知恵・ネットワークは特 に大切な三つだと思う。プラス志向に考え、一歩一歩確実に成長して行きたい。 ○何もしなければ変わることはない。なんとかしようと思って積極的に挑戦して行くのが大切。自分は「出 来ない」と言って後悔することが多いため、やるならやってみて、失敗してもそれはそれで成長になると 思うから、チャレンジ精神を常に持ちたいと思った。同時に自分はまわりの人に支えられ、いかされてい るという、どれだけ偉くなっても、忘れることのない謙虚さは本当に見習いたいと感じた。 石原 進 氏 「地域から世界に向けて新しい国のかたちを考える」 (講義要点) 鉄道会社は、地域と運命をともにする共同体。20年後の人口は九州7県で現在の88%、150万人 減ると推計されている。一人あたりの年間消費は124万円といわれているので、地域の消費が1兆8千 億円減る計算となる。現在でも、九州7県の平均課税所得は76万円で、東京の150万円の約半分と経 済格差がある。 一方中国、特に上海の発展は目覚ましく、上海−南京間、約 500 ㎞の新幹線が2年で完成し、高さ 100m 以上のビルは 6,000、高速道路は年間に 8,000 ㎞から 9,000 ㎞建設されている。中国の経済の発展、お金の 動きは目覚ましく、日本は、完全にこの中国の経済発展の取り込みに失敗した。これほど中国、アジアが ドラスティックに成長すると考えず、アジア重視対策を怠った結果、リーマンショック後、輸出産業に打 撃を受ける結果となった。九州はアジアに近い。福岡−上海間は、福岡−東京間よりも距離が近い。この ことを活かして、中国、アジアの経済成長を取り入れるなら、経済の問題はなくなるはず。 また、自前の産業を育てることが重要である。地理的な近さを活かし観光、公害を克服したノウハウの ある環境政策などである。そのためには、インフラの整備や世界に通用する人材の育成も必要である。人 材に必要な条件としては、目標を持つこと、自主自立、公の心を持つこと、人のせいにしない、チャレン ジする、相手の求める水準を超えて応える等である。 (講義の感想) ○僕たちは行政に文句や要求を言うばかりではなく、一人一人が出来ることを小さいことでもすべきだと 思った。 ○「目標無くして計画なし、計画なくして行動なし、行動なくして成功なし」。目標を定めるところから始 めようと思い、その目標もはじめから高くなくて、やれる範囲からどんどんやっていきたい。
○ Above the Expectation 私はいつも「今このくらいできるから、あれなら余裕を持って行ける…」と 自分の予測と同じくらい、またはそれ以下を目標としてしまうから、その気持ちは捨てて志を高く持って いたい。
明石 康 氏 「グローバルな舞台に必要な力」 (講義要点) 緩慢な人口減少社会でも、立派な国として活躍を続けることができる。まず、育児と仕事を両立できる環 境を保証すること、若者全体が希望を持って働けるような明るい経済社会を実現させること、定年で一律に 辞めさせるのではなく、働きたい高齢者が働けるよう仕事を保証すること、そして、移民をもっと受け入れ ることである。移民の受け入れについては様々な課題もあるが、育成型の政策で受け入れ、移民にとっても 解放された社会をつくれれば少子高齢化社会の問題は解決できる。グローバル化する世界の中では、単一言 語、単一民族でやっていくことの限界がある。日本だけがぬくぬくと安全と安心を楽しむ社会を継続するこ とは難しい。グローバル化に前向きに弾力的に立ち向かうこと、心構えを持って勉強し、スキルと競争力を 身につけるしかない。問題は合理的な政策のミックスにより解決できる。日本の将来について暗くなる必要 はない。 個人のレベルでいえば、若いうちは、いろんなことをやってみる、手をつけてみるといい。問題にぶつか ることで、各自の適正がわかる。また、望むこと、必要とすることは口に出して伝えることが必要で、言わ なければ伝わらない。人は、いつも日が当たるところにいるとは限らない。障害物にぶつかることもあれば、 努力しても報われない、進歩がないと感じたり、成果が上がらないこともあるだろう。それでも、一生懸命 自分を磨いていくことが大事である。 (講義の感想) ○思ったことは言わないとグローバル化されていく社会では無視される。そして恥をかくことを恐れずにチ ャンスがあれば素早く捕まえることで思いがけない運命に繋がる。私も何か自分を表現できるチャンスがあ れば、できる、できないで判断してやらないより、できないかもしれないけどやってみるということを大事 にしようと思いました。 ○「いつも日のあたるところにはいられない」というお話が一番印象に残った。成果が出なかったリ、上手 くいかなかったりしても、日陰で努力して自分を磨くことが大切なのだと分かった。影でも努力し、我慢で きる強い心を持ちたいと思った。日陰にいる間は日向で輝くための重要な時間だから、どちらも大切にした い。 ○人生はまっしぐらに一直線に進むものではなく、道草しながら迷いながら進むことで、新たな発見をした り、自分と合ったものを見つけやすくなる。自分には必要ないと選り好みするのではなく、興味のあること に積極的に取り組みたいと思う。 笠谷 和比古 氏 「日本の近代化の扉を開いた指導者―将軍吉宗」 (講義要点) 19世紀、アジアの国で独自に近代化を遂げ独立を保ったのは日本のみである。日本の近代化全体に影響 を与えたのが、徳川吉宗とその一連の改革であり、この改革がなければ、日本の近代化は50年から100 年遅れるか、または近代化できなかったかもしれない。 吉宗は1代で20近くの改革を成し遂げている。まず、財政のシステム化、予算の作成、財政部局の形成、 政治の公共性理念を明確にすることにより、財政再建を果たした。また、目安箱を設置し、幕府の方策につ いての人民の批判の声を聞き、政策の方向性を確認しようとした。これは国家と人民のための将軍であり幕 府で、将軍と幕府のための国家人民ではない、という後の時代にヨーロッパでみられる思想を既に持ってい たためである。さらに、幕府の人事は能力主義に基づいて行われるべきとし、人材登用のあり方を改革した。 その際、身分主義を単純に否定するのも軋轢を産むため、旧来からの秩序も尊重し、足高の制(たしだかの せい)を取り入れた。これは、幕府の各役職にあらかじめ基準の石高を設定して、世襲家禄がそれ以下の者 が就任する場合、在職中のみ不足している石高を補う制度で、これにより保守派からの反発を抑えた。また、 一般庶民が武家の社会に入れることを認め、下級身分の武士の身分は買えるようにした(御家人株の売買)。 政治は公共性を追求しなければならない、公共的な善と公共的な理念は国家と人民の幸福にある。そのた めに、国の富をいかに増進していくか、そこに蘭学が勃興してきた所以があるということを理解していただ きたい。享保の改革が引き金となり徳川社会の内発的な近代化が成った。欧米文明に関心を持ち、世界の地 理に対する目を開き、科学知識に対して関心を持つことで、欧米の状況をいち早く知り、研究し、欧米の文 明を導入した。このことは、欧米の侵略に対抗するために、欧米の文明を導入すべしという幕末の思想へと つながっていく。 (講義の感想) ○賛成派、反対派の両者の意見を尊重できる新たな解決策を見つける。どちらかに重点を置いてしまえばど ちらかに反発され、争いになってしまう。両者が円満に暮らせるようにサポートする人もリーダーとして必 要だと思いました。 ○「人を動かすための努力」が必要だと思いました。人を動かすためにはまず発言することが大切だと思い ます。でも、発言するだけではなく、自分の意見を相手に納得してもらうための「説得力」も必要。 ○「いい政治は批判をいかにして取り入れるか」。やはり賛成者しかいない組織では良い企画も生まれない。
小手川 強二 氏 「発酵食品の魅力」 (講義要点) 発酵食品である醤油を作るのには、麹菌に働いてもらう必要がある。麹菌が働きやすいように酸素を送 るが、この時、ふんだんに供給せず、むしろ少し足りないくらいに調節すると、厳しい状況に適応した、 たくましい菌が育つ。人も同じで、精神的に厳しい状況に身をおくこと、厳しい条件や目標を自らに課す ことで、自身を鍛えることが大事である。 人は、生まれ持った能力の差は、あったとしても 2 倍程度しかない。意欲を持って、努力することで、 その差は埋められる。その程度の差しかない。若いうちは、とかく視野が狭くなりがちだが、世の中には、 正しいことはいくらでもある。いろんな人と出会って、いろんな考え方や習慣や、生活様式があることを 知り、違いがあることを知ること。そして、自分が信じる道を生きることが重要である。常に成功すると は限らない。それでも、多面的に物事をとらえ、意欲を持って努力していくことが大事である。 (講義の感想) ○菌と同じように人も、精神的に厳しい環境の中でたくましくなる。成長するためには、自らをそうした 環境におくことも必要だなと感じた。 ○個人の能力差は努力すれば縮まるし、差はあっても2倍だが、意欲の差は 10∼1000 倍にもなるというこ と。何かができなくて人と比べるとき、「あの人には才能があるから」と考えてあきらめてしまったり、「も っと才能があればいいのに」と思ってしまったりすることが沢山あった。今、「絶対差が縮められる!」と まだ確信はできないけど、努力を忘れずに 1000 倍の意欲をもって取り組みたい。 ○失敗してもその後の行動が大切だ。失敗して落ち込んでいても、次は頑張ろう、と前向きにとらえて成 長していきたい。
寺尾 明人 氏 「Think globally, act locally」 (講義要点) ユネスコ(UNESCO)は国連の専門機関で、日本語では「国際連合教育科学文化機関」を意味する。第二次 世界大戦後、二度と戦争を起こさないようにするため、教育の分野でそのことを成し遂げるためにできた機 関である。ユネスコ憲章には、戦争という負の遺産を乗り越えるために、「心の中に平和の砦を築こう」と ある。具体的には、相互の風習や文化、考え方を知らなかったため、相手に不信感を持ち戦争になった。そ うならないように、お互いのことをよく知り、信じられるようにする。無知と偏見が人間、人種を不平等に したのであるから、人間は平等であるということをもっと知らなければならない。人間の尊厳、平等を否定 してしまったための悲劇であったから、民主主義の原則に立ち返ろう、といったことである。 ユネスコは、客観的心理が拘束を受けずに探求でき、偏見を持たず、自由に研究し意見交換ができること により、平和な社会が生まれると考えている。そのためには、学校で学ぶ権利、文字の読み書きが必須であ る。また、世界の人が知的精神的連帯を持つ、つまり、人と人とがつながることで平和が生まれる。現在加 盟国は 193 カ国で、本部はパリに、日本では文部化学省の中に支部がある。 皆さんには、ユネスコの視点を持っていただきたい。自分の立っている位置を、地球の、アジアの、東ア ジアの、日本の、○○県の、○○市の、と変えながら物事を見てみてほしい。どの位置で見るかによって、 ものの見方は変わってくる。多重的なアイデンティティで物事を見る、ということを心がけてほしい。物事 にはいろんな見方がある。宇宙の視点、地上の視点を自由に行き来し、あるいは、自分からみた場合、違う 人から見た場合、自分の位置をずらして考えることを身につけてもらいたい。 (講義の感想) ○今のものの見方が全てじゃない。別の見方をすれば違うものが見えてくる!話し合いの場において自分が 絶対だと思ってしまうと、それ以上進まなくなってしまうからもっと人の立場に立って考えられるようにし たい。 ○生存の権利を保障する。同じ地球に暮らす人間として、命の重さに違いがあってはいけないと感じた。そ して、その国の文化を守りながら支援する事が大切だと思う。 ○若いうちにいろんな人と接し、人の考え方や社会の現実を知ること。また、外国の文化を知ること。今、 実際に私が進んでやっていることなので、これからもこのメッセージを心にとめ、学んでいきたいと思いま した。
加藤 暁子 「リーダーに求められる条件―哲人宰相マハティールに学ぶ」 (講義要点) 日本は明治以降、脱亜入欧でやってきた。近代化は素晴らしいが、魂、モラルを失っているのではないか。 アメリカに傾倒し過ぎではないか。最近の日本の政治家にはどっしりとしたものがなく、軽く感じられる。 一本筋が通った政治家がいないように感じる。 皆さんをみていて、学級委員タイプが多いというか、状況が良いときは良いけれど、人に批判されたり壁 にぶつかったときに、案外ともろいものを感じる。次世代を担うリーダーとして必要なのは、ぶれないこと、 あきらめないこと。危機に直面したとき、ぶれないで、あきらめないで、自分の考えを貫き通すことが必要 だ。これは、独りよがりに自分の考えを押しつけるというのとは違う。状況を見て、人を納得させること、 粘り強く説明することで理解してもらうこと。それから、人の話をちゃんと聞くことだ。 (講義の感想) ○主張することと説得することは全く別だということ。いくら自分の意見を明確にできても、それを相手に 理解してもらえなければ全く物事は前に進まないので、とにかく熱意を伝えつつ、きちんと相手の意見にも 耳を傾けていきたいと思う。 ○「諦めない(ピンチをチャンスに)」。壁にぶつかった時諦めずにがんばったらピンチをチャンスにできる。 この言葉の通り、あらゆるピンチをチャンスに変えていけるようにしたい。 ○最近の日本人は折れやすい。政治家に限らず、今後の日本を支えて行く私たちには、自分の決めた事は信 念を持って貫き通す事が大事だと思った。 マハティール・モハマド 氏 「アジアから見た日本―日本の次世代リーダーのあるべき姿」 (講義要点) 現在の変わりゆく世界の中で、日本は今までより大きな役割を果たすことが求められている。日本人はど ちらかといえば内向きの姿勢で、自分の国のことしか分からず、世界の中でリーダーたる資格がない。これ は、第二次世界大戦以後、世界の政治状況にあまり関わらず、世界を市場としてしか見てこなかったからだ。 敗戦後、世界の中でリーダーシップを発揮するということができなくなってしまった。「日本はアジアを侵 略した」ということにとても縛られているようにみえる。世界の人々に、日本は、ビジネスや科学技術の分 野では優れているが、国際情勢の中ではリーダーたり得ないとみられている。 日本にとって、リーダーシップを発揮することは重要なことか。世界の人は、日本にはアジアの中でバラ ンスを取るという重要な役割があると考えている。そのためには、自分の国の周りで何が起きているか、世 界で何が起きているのかに関心を持たなければならない。そして、その役割を果たすために、軍事力に頼る べきではないと、私は考えている。アメリカは、軍事的同盟国として、日本に軍備を強くするようにいうが、 それは日本にとって良いことではない。日本は独立した国としてやっていく必要がある。独立したというの は、国際問題が発生したとき、独自の立場で自分たちのことは自分たちで決めることを意味している。日本 がアメリカの衛星国家だ、と見られている限りは、世界からリーダーとしてはみられない。独自の判断を持 つためには、あらゆる情報にアクセスできるようにならなければならない。一方的な情報のみでなく、犠牲 者側の声にも耳を傾けてほしい。 皆さんは、何か問題が起きたときに、両者の意見をきちんと聞いて判断できる人材になってほしい。その ような人材が出てきたら、日本は世界のリーダーになれる。また、独立した国として、今以上に世界に受け 入れられる。何でも西欧のやり方が正しいわけではない。自分の国の文化に、ビジネスのやり方に、誇りを 持つべきだ。西欧のビジネスのやり方を取り入れて、日本は不況になったと私は思っている。日本はもはや 成功のモデルでなく、失敗のモデルになってしまった。今後の日本は、あくまでアメリカのやり方に追随し ていくのか、独立した国としてやっていくのかは、未来のリーダーたる君たちの手に委ねられている。 (講義の感想) ○昔の日本はお手本になったが、今の日本はならないと聴き、これから自分たちがこの国を引っ張っていっ て、またお手本になるような国にしたいと思った。 ○日本はアメリカに追随しているということ。確かにそうだけど、やっぱりアメリカに意見するのは怖い。 だけど、今の日本を変えるにはそうすることも必要だからこれから私たちが引っ張っていかないといけない と感じた。 ○マハティール先生の本を読んだり、講義を聞いて一番に心に残ったのは、 日本はアジア、世界において バランスをとる立場になるべき というお話です。自分たちの国、日本の問題点をもう一度考え直そうと思 いました。
安田 喜憲 氏 「国土喪失は日本人を消滅させる」 (講義要点) 小泉改革の後、日本はアメリカ型の経済主義、市場原理主義を導入した。これは、人は悪いことをすると いう考え方にたったシステムで、コントロールを要するシステムであり、定期的なチェック体制が取られる。 この体制では、短いスパンで常に成果を問われるので、自分のことに集中しなければ、常時成果は上がらな いため、周囲や同僚に気を配る余裕がなくなる。元々日本は、人を信用する経済システムであった。過去か ら引き継がれて、自分という存在があり、未来へとつないでいく、そのことは忘れてはならない。「サムシ ンググレイト」(目に見えない力)を信じるか信じないかは大きい。市場原理主義には、過去も未来もない。 現在があるのみだ。 市場原理主義はメソポタミア文明から始まった。その遺跡には木も森もない。かつては楢の木の森があっ たのだが森を破壊してその跡で放牧をしたため、森は再生できなくなった。今、日本で、金儲けのために売 ってはならない国土まで売りに出されはじめている。水源林を外国に押さえられれば、日本人は終わりであ る。その大事な水源林を、今外国資本がたくさん買いに来ている。水源林は、他国に売ってはならないもの。 日本の水ほどきれいで素晴らしい環境はない。巨木をみても感慨を覚えず畏怖の念も持たず、切り倒して開 発する西洋文明より、巨木をみると標縄をはって、大事にしようとする日本の文明。日本の文化やシステム の良いところは残さなければならない。今、市場原理主義の名の下に、短期的な利益のみを追い水源林が売 られるような、取り返しのつかないことがこれ以上起きないように、このことをしっかりと認識すべきだ。 (講義の感想) ○「日本は一番売ってはならない国土を売り始めた。水源を押さえられたら日本は終わりだ」というお話が 一番印象に残った。日ごろ生活していく中で日本は水が豊かな国だということを考えたことはなく、これが 普通だと思っていたけれど、世界的に見ると本当はすごく恵まれている国なんだと分かった。日本はもっと 危機感を持つべきだと思う。 ○日本人はハングリー精神が弱くなっている。それは多分人任せになっている部分がそれぞれにあって、自 分1人やってなくても大丈夫だろうと思ってしまっているのだと考える。そうではなく、1人ひとりが日本 を創っていくことをもっと自覚するべき。 室伏 きみ子 氏 「自分自身を知るための命の科学―40 億歳の生物たち」 (講義要点) 宇宙が誕生したのは 137 億年前、地球は約 46 億年前に、生物は約 40 億年前に生まれた。私たち人類、ホ モサピエンスの祖先は、約 16 万年前のアフリカにさかのぼるといわれている。この長い期間には、様々な 環境変化があった。環境変化は生物にとって大きなストレスで、生物を常に脅かしてきたストレスである。 この大きなストレスから自分自身を守る能力を身につけたもののみが、現在まで生き残ってきたわけで、私 たちはその能力を得て生き残った原始生物の子孫なのである。 人間は過剰なストレスがかかると病気になったり、病気が進行したりすると言われている。ストレスが引 き起こすと言われる病気は、気管支ぜんそく、心筋梗塞、狭心症、胃潰瘍、過敏性腸症候群などがある。し かしストレスは怖いもの、悪いものとばかりはいえない。なぜなら、ストレス応答能力を身につけた生物の みが生き残ってきているのであり、自分を強くするストレス、良いストレスもあるといえる。例えば、自分 を高めるための試練、夢の実現に向かってがんばる際のもの、好きなスポーツをがんばる際の苦労、こうい った良いストレスは、人生を充実させることができる。小さな挫折を何度か経験して、挫折に耐えるバネを つけていくことは、人としてとても大切なことである。小さな挫折経験なしに大きな挫折に直面すると折れ てしまう。だから、あなた方は、未だ若いのですから、これからいろいろなことに挑戦して、試してみて、 たくさん失敗して、そこから学んでほしい。そうすることで、たくましく強くなり、能力も高めることがで きる。苦労や失敗は人を強くし、耐える力や他を思いやる心、想像する力、工夫して切り抜ける力、生きる 力がつく。あなた方は、この長い年月を生き抜いて、引き継がれてきたかけがえのない素晴らしい存在であ るから、自分自身を、周りの人を、世界中の人々を、地球上の他の生物もみんな大事に思ってほしい。そし て、良い社会人として活躍できるように、生きる力、良い社会人として幸せに生きるために必要な力をつけ ていってほしい。 (講義の感想) ○多少の苦労や失敗等のストレス経験が人を強くする。私はストレスを感じることが多く、自暴自棄になっ てしまいがちだが、それを乗り越えることができるのだとこれからはポジティブに考えていこうと思った。 ○地球は人間だけのものではない。人間は地球で好き勝手しているので、もう少し他の目線から考えて、地 球を大切にする必要があると思いました。 ○私たちは地球環境の変化に応じてそれに耐える力を身に付けた生物が繋げてきた命だ。生きていることが 奇跡だと思った。自分はすごくいろんな命を背負っているんだなと感じた。その命を生きているのだから、 もっと有意義に強く生きて生きたいと思った。そのために、もっと色々挑戦してストレスを与え、負けずに 苦労して行きたい。
牧野 健太郎 氏 「浮世絵からみた日本のソフトパワー」 (講義要点) 19 世紀初頭、アメリカの富豪ウィリアム・スチュアートとジョン・テイラーのスポルティング兄弟は、 当時帝国ホテルを設計した建築家、フランク・ロイド・ライトを通じて、浮世絵版画を 6,500 点購入した。 その購入金額は、40 億円とも 400 億円ともいわれる、ライトの審美眼によって選ばれたこの素晴らしいコ レクションは、1921 年にボストン美術館に寄贈された。その際、寄贈の条件として、光による劣化等を避 けるため、公開展示の禁止、美術館の外に出さないという条件が出され、今日に至るまで非常に良好な状態 で大切に守られ、現存する浮世絵の中でも最も美しく色柄の保たれた状態を保っている。その厳重な管理体 制故に、幻のコレクションとも呼ばれていた。 ボストン美術館のアジア部門の部長に、このコレクションを是非見たいと話したところ、公開禁止である からと断られた。そこで、写真に撮ることを打診した。写真に撮ることは禁止されていなかったし、作品を 劣化させない程度の光源でデジタル撮影する新しい技術が出来たところだった。そこで、作品に影響を及ぼ さないよう、また、美術館外持ち出し禁止の条件を守り、美術館の地下にフォトスタジオを設け、撮影に 3 年、解読に 5 年かけ、デジタル画像の撮影を行った。 そうやって撮影された劣化のきわめて少ない浮世絵をみると、例えば、鳥瞰図でとらえた町並み、美人画 の精巧な表現、白波を静止画のように正確に切り取った表現など、当時の絵師の技術、また、彫師(ほりし) 摺師(すりし)の技術の高さが、非常に良く分かる。浮世絵は、その画面に判じ絵を潜ませるところといい、 メディアであるというのがよく分かる。このような浮世絵が作られた時代、世界では、未だ銅板画で白黒の 時代に、日本では庶民が低廉な価格で色刷りの木版画を楽しんでいた、というのはすごいことである。ヨー ロッパでは、カラーの画は、貴族が絵師に画かせて楽しんでいた時代に、日本では庶民が楽しんでいたとい うのは実にすごいことなのである。 (講義の感想) ○浮世絵からその時代の生活がわかることを聞いて、驚いたと同時に、日本の技術力の高さと職人のすごさ に気づかされた。日本には浮世絵だけではなく、もっと日本の文化を大切にしていくことが大切だと感じた。 ○外国に行くときにどうすれば良いか?という質問の答えで、200 年前のアメリカ人が好きそうな日本画を 買って、徹底的に調べて英語で言えるようにすれば良い。これを聞いて、使えると思いました。また、優れ た文化を持っている日本人を世界に広めたいと思いました。 ○大好きなことは一生懸命やれば、結果はついてくる。好きなことをやるより現実を見るべきだと考えてい ました。しかし何事でも一生懸命取り組み、諦めなければ絶対に結果は付いてくるのだなと感じました。 山折 哲雄 氏 「親鸞と道元―人間の比較―」 (講義要点) 今日は、専門家になることが求められている時代である。専門家には、ならなくてはならない。しかし、 大学で専門的に学び、卒業後は、もっと大きな広い世界のことが分かる人間にならなければならない。そう 言った意味で、約 800 年前の二人の日本人、道元と親鸞は、私たちに多くの示唆を与えてくれる存在である。 二人は日本を代表する宗教家であり、それのみでなく、また、思想家でもあり、一級の知識人でもあり、 そして何よりも詩人であったと、私は思っている。二人とも下級貴族の家に生まれ、子供の頃に親と死に別 れ、比叡山で修行をしている。道元は、2 年で山を下り、親鸞は 20 年間山で修行をした。道元は、天才肌 で短気、親鸞は遅熟、じっと辛抱して努力してやろうというタイプで、人は大体、このどちらかのタイプに 分かれる。二人とも、中国人と日本人の師匠を一人ずつ持ち、親鸞は日本人の師匠法然に生涯随従した。道 元は明全とともに中国に渡り、やがて中国人の如浄に師事した。親鸞は、弟子を徹底的に突き放し、道元は 弟子を徹底的にいじめぬいた。教えるということのやり方は、この 2 種類のどちらかでしか徹底できないと 私は考えている。 将来、あなた方が大学で学ぶとき、簡便な言葉で教える人こそ、その道に達した人であることを覚えてお くといい。親鸞は、念仏を唱えることで救われる、と説き、道元は、ただ座れ、と教えた。ともに非常に分 かりやすい表現である。あなた方が今後、大学等で学ぶ、ものを考える出発点は、自立した独りの個人とな ることである。それには、姿勢を正し呼吸を整え瞑目することである。 (講義の感想) ○「独り」の概念は現代では変わってしまった。「独り」には孤独や寂しさのイメージがあるが、昔は自分を 深める時間だと聞いて驚いた。自分にも一人で考えて自分自身を見つめる時間が足りないと感じた。 ○リーダーになるには複眼思考をもつこと、単眼思考ではだめだ。私もその通りだと思った、リーダーはい ろいろな人の立場に立って理解しなければならないと思う。 ○「筆記用具をしまえ、姿勢を整え、目をつぶれ!」この始まりからとてもわくわくした。「やり遂げるこ との大切さ」を知り、常に上を向いて頑張ろうと思った。