はじめに
2019年 4 月 20 日(土)・21 日(日)の二日間、平成最後となる日本アーカイブズ学会大会が 学習院大学で開催された。元号が平成から令和へと変わる歴史的な転換点である年に、数少ない アーカイブズ学専攻を設置している学習院大学が会場となったことは感慨深いものがある。令和 はアーカイブズについての社会の認知度や専門家の技術開発、研究活動がより活発になることを 祈りつつ、大会の報告を行いたい。 なお、すべての発表を拝聴することができなかったため、今回は特に印象に残った発表や企画 研究会でのディスカッションについてまとめることとする。1.「事例研究:米国の州公文書館と民間アーカイブズ
―普及(利用の促進・連携)等についてのインタビュー事例を中心に―」
/淺野 真知 氏
淺野氏の発表は、アメリカ合衆国ニューヨーク州にある州立公文書館であるニューヨーク州公 文書館と民間アーカイブズのトンプキンス郡歴史センターの職員への聞き取り調査を行い、それ ぞれの業務や収集する資料の違いから比較検討を行うものであった。 ニューヨーク州公文書館の収集する資料はニューヨーク州政府の記録であり、私的記録は収集 していない一方、トンプキンス郡歴史センターでは家系調査に関わる資料や個人の日記、写真、 教会の記録から衣服まで、私的な記録を主に収集しているとのことだった。アメリカ合衆国では 家系調査に関する問い合わせが多く、その際には州立公文書館では入港記録など公的な記録を調 べ、民間アーカイブズで教会の記録や寄贈された資料、過去の住所録から自らのルーツをたどる ことができるという。 発表を拝聴し、日本は公文書館の収集する範囲以外の記録は主に郷土資料館や博物館に収蔵さ れる印象があったため、より地域に密着したアーカイブズがあることや、収集する資料に明確な 住み分けがあるということに驚いた。もしも日本でアメリカ合衆国の民間アーカイブズのような 機能を公文書館が求められた場合、市区町村レベルの地方自治体の公文書館がその役割を担うの ではないかと考えた。ただし、地方自治体が運営する公文書館はあくまでも当該地方自治体の行 政文書を扱うための施設であることが前提のため、日本ではどのように民間の資料群を利用でき るようにするかも今後検討していく必要があると感じた。はじめの一歩
―日本アーカイブズ学会 2019 年度大会参加記―
The First Step: JSAS Conference Participation Report
荒川 理佐
Risa ARAKAWAアーカイブズ学研究 No.31 (2019.12)
2.「まんが関連ミュージアムにおけるアーカイブズ資料の管理・利用と専門職の役割」
/蓮沼 素子 氏
蓮沼氏は海外、特にアメリカ合衆国のまんがやアニメーションに関するアーカイブズ資料の取 り扱いの事例から、現在の日本のまんが関連施設での資料の管理体制の改善について発表され た。日本にもまんが・アニメーション資料を取り扱う施設はあるものの、まんがやアニメーショ ンの世界を再現したジオラマや原画、原作者に関する資料の一部を展示しているに留まり、アー カイブズ資料としての機能を十分に発揮できていない。その原因の一つにはアーキビストをはじ めとした専門職の不在もあるという。 アメリカ合衆国には、企業単位や大学のコレクション単位でアーカイブズ資料を管理している 例がある。企業アーカイブズでは作者の作品や原画、図書等をコレクション・マネージャと呼ば れる立場の職員とアーキビストと呼ばれる職員が分担して管理をしているほか、出版・ライセン ス関係の記録管理も行われている。大学のコレクションは主に寄贈によってできており、教員と 兼任するアーキビストと専門スタッフによって原画を含め資料群全体がアーカイブズ資料として 管理され、利用されている。企業も大学もデジタルアーカイブを公開しており、レファレンス対 応も行っている。 発表を拝聴して感じたのは、アメリカと日本のまんが資料の収集状況の違いだ。日本のまん が・アニメーションに関わる施設は特定の作者の資料のみを取り扱うもの、特定の会社の資料の みを取り扱うものが多いように感じる。そのため、施設の規模が大きくできず、アーカイブズと して機能させるための専門知識をもつ人材の確保も難しいのではないかと思った。対してアメリ カ合衆国やヨーロッパではまんがという資料群として関連ミュージアムや大学にコレクションが 集まっているという印象を受けた。蓮沼氏も言及されていたが、個人のアーカイブズ資料レベル からより大きな資料群として保存・活用していく意義を見出していくことが今後の課題になって いくと思った。まずは各施設が所蔵している資料のうち、展示されない死蔵状態の資料にもより 簡易にアクセスできるようになればと考える。3.大会企画研究会 テーマ:社会が求めるアーカイブズ
「社会的養護に関する記録管理―ケアリーヴァーにとっての記録とは何か―」
/阿久津 美紀 氏
「記録を残し、公開することの意味―旧優生保護法、ハンセン病の記録を題材に
考える―」
/薄井 達雄 氏
今回の大会企画研究会では、社会的に不利益を被りうるレコードやアーカイブズ資料がどのよ うな状況に置かれているか、それらを保存する際にどのように考えればよいのかを二つの発表か ら議論した。 阿久津氏はなんらかの事情によって社会的養護の下で育った経験がある人(ケアリーヴァーと はじめの一歩―日本アーカイブズ学会 2019 年度大会参加記―(荒川)55
呼ばれる)の記録が社会的養護を行っている施設、例えば児童養護施設などでどのように扱われ ているのかを実例と共に紹介された。運営が地方自治体か法人かで大きく差は出るが、どちらに しても統一された保存年限等のルールが存在せず、個人のデータの残存量にばらつきがあるとい う。当事者であるケアリーヴァーから記録を閲覧・利用したいという要望があった時にすぐに対 応できるよう管理の体制を整えることが求められるということであった。 薄井氏は県立アーカイブズ機関で勤務された経験から、当事者および家族等関係者が不利益を 被りうるアーカイブズ資料の管理の在り方を紹介された。大会開催時は旧優生保護法に関わる報 道が日々されており、氏の発表も旧優生保護法を中心に行われた。 公文書館に移管された歴史的公文書は原則として公開される。個人情報等が含まれる場合も、 利用審査の上マスキングや袋掛け等の対応をしたうえで基本的に利用に供する。しかし、「独立 行政法人国立公文書館における公文書管理法に基づく利用請求に対する処分に係る審査基準」1) によれば、30 年を経過した特定歴史公文書等に記録されている個人情報のうち、「重要な」もの で「一定の期間は」公にすることによって当該個人(またはその遺族)の権利利益を害するおそ れがあると認められるものは 80 年または 110 年かそれ以上の期間制限がかかる場合もある。 そもそも公文書館は収集した資料を利用してもらうための施設であり、収集や閲覧には一定の 基準が設けられている。職員は常に中立の視点を持ち、損得や感情ではなく理論的に文書を残し ていく立場にあると述べられた。 両氏の発表に続き、コメンテーターとしてご自身もケアリーヴァーであり、現在は阿久津氏と 共にエリザベス・サンダース・ホームの資料群の保存に尽力されている岡村正男氏を交えてディ スカッション・質疑応答が行われた。 会場からの質問は「旧優生保護法やハンセン病、被差別地域問題など当事者に不利益が生じる 資料を公開する場合、所蔵する公文書館側はどのように考えるのか」「デジタル化された記録の 閲覧制限はどう行っているのか」等であった。前者の質問に対しては、「ネガティブ・センシ ティブな内容を含む資料は特定できてしまう部分は隠すが事実は公開するという考えである。例 として挙げられた問題も存在したことは事実で間違いないことから、後世の人々、当事者以外の 第三者にとっても重要である。個人的な考えに過度に干渉されることなく客観的に選定・審査す ることが重要である」との回答があり、後者の質問には「児童福祉施設では電子化が遅れており、 地方自治体も行政文書の電子化は始まったばかりであるため、その段階まできていない。今後は 閲覧時のマスキングなどの技術面を協議していく必要があると考える」とのことだった。 岡村氏が取り組まれているエリザベス・サンダース・ホームの資料群の公開については、ルー ルを定めるにあたって協議に施設の OB・OG が招かれ、当事者の意見が反映される環境で行わ れているという報告もあった。施設を卒業した卒業生やその子供、孫から資料について問い合わ せがあったり、直接調べに来たりすることもあるという、当事者たちが非常に愛情をもっている エリザベス・サンダース・ホームという施設の資料群の利用ルールがこのように決められていく アーカイブズ学研究 No.31 (2019.12)
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のはとても理想的だと感じた。ディスカッションの内容は非常にセンシティブなものであった が、岡村氏の朗らかさでとても暖かい雰囲気で行われたのが印象的であった。
おわりに
私は 2019 年 4 月にアーカイブズに携わる仕事に就いたばかりのため、今回の大会はアーカイ ブズに関する知識・経験が非常に浅い中での参加となった。仕事に触れるまでは「アーカイブ ズ」とは何かもはっきりとわからなかったし、仕事を始めた現在も「アーカイブズとは何か、そ れに関わっているあなたはどのような業務をどのような手法で行っているのか」という質問に明 瞭な説明をすることはまだ難しい。しかし、今大会に初めて参加してアーカイブズについて研究 する世界へ飛び込んでみることで、アーカイブズに対する規則の構築や収集・管理、保存修復、 利用促進など多くの課題を知ることができた。 日本の公文書館管理体制が国際的にも大きく後れをとっていることは近年話題となっている。 公文書以外にも、蓮沼氏の発表に関連するようなまんがやアニメーションなど現代の日本を代表 する文化の資料群に対するアプローチもようやく少しずつ動き始めたといったところだ。アーキ ビストという仕事も博物館の学芸員や図書館の司書と比較すると依然知名度は低く、専門性や業 務内容も定まっていないと感じる。アーカイブズに携わる者としてこれから自分の技術の専門性 や知識を高めていき、一人でも多くの人にアーカイブズとアーキビスト、そしてそれを支えるこ のアーカイブズ学が重要であるかを伝えられるようになりたいと感じた。 注 1)国立公文書館「独立行政法人国立公文書館における公文書管理法に基づく利用請求に対する処分に係る審査基 準」、http://www.archives.go.jp/information/pdf/riyoushinsa_2011_00.pdf(参照 2019−09−22)この基準は 1968 年の ICA(International Council on Archives)マドリッド大会において採択したとされる 30 年 原則をふまえた公開に加え、それでもなお利用制限が必要なものに対して制限を設けている。それぞれの基準 については、別添参考の表が分かりやすい。
荒川 理佐
日本アーカイブズ学会会員Risa ARAKAWA
Member of the Japan Society for Archival Scienceはじめの一歩―日本アーカイブズ学会 2019 年度大会参加記―(荒川)